キョン「ほらよ」佐々木「ん? なんだい、この小包は?」 (13)

「バレンタインデーなんて、くだらない」

俺がまだ中坊だった頃の話だ。
2月14日のバレンタインデーが近づき、教室内に甘ったるいチョコレートの香りが漂っているのではないかと思うほど浮ついた学友達を睨み、前の座席の女生徒は忌々しげに吐き捨てた。

「キョン、キミもそう思うだろう?」

まるでそれが世間一般の見解であるかのように同意を求めてくるが、凡庸たる俺には世の中の空気や流れに叛逆する気概など持ち合わせてはおらず、当たり障りのない返答で茶を濁した。

「そう邪険にしなくてもいいだろう。楽しんでいる奴らが居ることには違いないわけだしさ」
「おや。キミもそのひとりと言うわけかい? やれやれ、よもやキミが僕を裏切るとはね」

大仰な物言いで露骨に失望を露わにしてきた。
僕なんて一人称と、男みたいな口調であるが、こいつは歴とした女であり、女子中学生だ。
もう少し、この華やかなイベントを楽しんだとしてもバチは当たらないと思うがね。

「ふん。いいかい、キョン。少なくともこの日本においてはバレンタインデーなど菓子メーカーの企業戦略に過ぎないんだよ。クリスマスプレゼントと同様に、と言えばキミにもわかるかい? 僕の記憶が間違っていなければ、確かキミはサンタの存在を信じていなかったよね?」

たしかに俺はガキの頃からクリスマスにプレゼントを配る赤服のじいさんの存在をこれっぽっちも信じちゃいなかったが、それと聖ウァレンティヌス伝説はなんら関係ない。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1581422397

「はん。聖ウァレンティヌス、ね……」

どうでもいいが、小馬鹿にしたように鼻で嘲笑うのは女子中学生の仕草としてどうかと思う。

「ああ、失敬。偉大なる聖人様を鼻で笑ったことは素直に謝罪しよう。仮に伝承通りならば彼は宗教弾圧下の古代ローマ帝国において、立派にその務めを果たしたと言える。しかしだね」

バレンタインデーをくだらないと言うわりには存外、その由来には詳しいらしく、饒舌に大昔の偉人を褒め称えたあとで、くつくつ喉の奥を鳴らしてから、上機嫌で続きを語る。

「肝心の聖人として列福するに至る奇跡とやらがあまりにお粗末が過ぎる。彼が成した奇跡はローマ皇帝に捕らえられた折、盲目の看守の目を見えるようにしてやっただけで、恋愛の成就とは程遠いものだった。そんな偉大なる聖ウァレンテヌスが恋人達の守護者とは、恐れ入る」

ケチをつけ終えて、再び、くつくつと笑った。
皮肉げにつりあがった口角が、無駄に格好良く様になっているが、こいつは女子中学生だ。

「佐々木、その辺にしとけ。口がひん曲がったまま元に戻らなくなっても知らないぞ」
「生憎、この口は生まれつきさ。心配御無用」

別に心配しているわけではないが困った奴だ。

「そもそもだ、キョン」
「なんだよ」
「盲目の看守の目を癒してやったとして、その看守は果たして幸せになれたのだろうか」

それは当然、この上ない幸福だったと思うが。

「見たまえ、キョン」

佐々木がまたもや大仰な手振りで現在進行形で繰り広げられる教室内のざわめきを示す。

「こんな有様を見せつけられている僕らは今現在、果たして幸せだと言えるだろうか?」

まあ、たしかに多少なりとも不愉快ではある。

「僕は大層不愉快だよ。この上なく、ね」

心底呆れたように嘆息して、頬杖をつく佐々木はなんだか拗ねているように見え、不覚にも年相応な可愛らしさに見惚れた。

「なんだい、キョン。不機嫌な僕を見て何をそんなに嬉しそうにしているんだ? それが気分を害している友人に取る態度なのかい?」

おっと、八つ当たりだけは御免被る。
というわけで、少し早いが渡しちまおう。
俺は鞄をガサゴソ漁って、ブツを取り出した。

「ほらよ」
「ん? なんだい、この小包は?」

ちょうど、ルービックキューブ大の小包を差し出すと、虚を突かれた佐々木は頬杖が外れてガクンとなりつつも、両手でそれを受け取った。

「当ててみろ」
「ほう? なかなか面白い催しだね」

などと余裕を装いながらも困惑気味な佐々木。

「この場で開けたら駄目なのかい?」
「今はちょっと恥ずかしいな」
「ふむ……では、自重しておこう」

流石に公衆の面前で包みを開けられると俺としても困るので、自重していただいた。

「いくつか質問しても構わないか?」
「ああ、いいぜ」
「これは食べ物かい?」
「口に合えばな」

すると佐々木は途端に警戒して質問を重ねる。

「キョン、僕はこれまで何度もキミに煮湯を飲まされてきた。だから当然、警戒している」
「どうした、何をそんなにびびってる?」
「これまでの経験上、この箱の中には茶色の物体が収納されている可能性が非常に高い」

流石は佐々木だ。色味はたしかに合っている。

「しかしながらそれが来たる2月14日のイベントに関連した物かどうかまでは判断出来ない」
「意外だな。お前でもわからないなんて」
「僕だって何でもお見通しなわけじゃないさ」

揶揄うような口調で軽口を叩いても、佐々木は依然として堅い口調で慎重姿勢を崩さない。

「キョン、僕はキミを信じていいのか?」
「好きにしろよ」
「す、好きだなんてっ……もう。気が早いよ」

気が早いのはどっちだ。思わず呆れていると。

「そもそもだね、どうして男のキミが僕に……」
「なんだ、佐々木。知らないのか? バレンタインってのは欧米じゃ男女関係なく親しい相手にプレゼントを渡す日なんだぜ?」
「そ、そのくらい存じているともっ」

ここぞとばかりにそんなトリビアを披露すると蘊蓄博士の逆鱗を触れたらしくペラペラと。

「だから欧米ではホワイトデーがないのさ。あくまで企業戦略である日本ではそのような日を設けて二重に搾取する悪しき伝統が根付いているがね。まったく、卑しいにも程があるよ」
「なんだ、お返しはくれないのか?」

ホワイトデーを貶す佐々木に尋ねると慌てて。

「ぼ、僕がそんな不義理な人間に見えるかい!? 当然、相応の見返りは用意するさ! というか、そもそも初めからそのつもりで……」
「そのつもりで、どうしたんだ?」
「キ、キミの行動があまりに予想外だったから、その……出遅れたけれど、これ……」

追求すると、佐々木も包みを取り出してきた。

「なんだ、お前も用意してたのか」
「か、勘違いしないでくれたまえ! これはあくまでバレンタインデーに対する抗議というか、意地でも2月14日に渡してやるものかという僕の意思を示したもので……とにかく、はい!」

はいっと手渡されて有り難く包みを受け取る。

「ありがとな、佐々木」
「ふん……味は保証出来ないよ」
「どれどれ」
「あっ……こらキョン、待ちたまえ!」

制止を振り切り、包みを開けると中には形良く焼けたチョコレートクッキーが入っていた。

「美味そうだな」
「そうまじまじと眺めるような物じゃないよ」

しげしげと眺める俺を嗜める佐々木の顔は赤く、眼福とばかりに照れたご尊顔を目に焼きつけてから、照れ隠しに茶化しておく。

「いや、お前のことだから大昔の迷信なんかを取り入れて、クッキーに自分の髪や爪なんかを仕込んでるんじゃないかと思ってな」
「な、なんでわかっ……」
「え?」
「う、ううん! そんなわけないだろう!?」

大丈夫だろうかこのクッキー。ちょっと怖い。

「もういい。今度はこっちの番だ」

ひとしきり俺に揶揄われた佐々木は仕返しとばかりに先程渡した小包をいそいそ開け始めた。

「家に帰ってからにしろよ」
「ふんだ。キミにだけは言われたくないね」

すっかり対抗心剥き出しの困った親友は、包みの中の茶色い物体を見て、その動きを止めた。

「うっ……こ、これは……」
「んん? どぉしたぁ? 佐々木ぃ?」

我ながら意地の悪い口調だったと思う。
俺が佐々木に渡したのは一見するとなんの変哲もないただの『トリュフ・チョコレート』。
しかしこれまでの経緯という幻惑がかかって。

「これは、まるで……」
「うんこ、みたいだろ?」
「ひっ!?」

耳元で囁くと、佐々木が包みを手放しかけた。

「おっと、危ない。ちゃんと持てよ」
「ご、ごめん……僕としたことが、つい」
「ほら、まだほんのり温かいぜ?」
「キョン! いい加減にしたまえ!」

ああ、愉しい。バレンタインデーは愉しいな。

「なんだよ、佐々木。取り乱してどうした?」
「抜け抜けと……キミのせいだろ!」
「俺が何をしたって? ただいつも世話になってる親友にチョコを渡しただけだぜ?」

そう開き直ると、佐々木は悔しげに唸った。

「ううっ……本当にチョコだろうね?」
「当たり前だろ。嘘だと思うなら食ってみろ」
「こ、心の準備が……」
「だったらほら、俺もお前から貰ったこの得体の知れないウンコクッキーを食うからさ」
「そんなものは断じて入れてない!!」
「なら安心だな。んじゃ、頂くぞ」

憤慨すると佐々木の目の前でバリバリ食うと。

「あっ……僕の髪の毛……」
「佐々木……お前、本当に入れたのか?」
「や、やだなぁ! そんなわけないだろ!?」

これは入れてるな。
たぶん、みじん切りにしてる。
なんにせよ、クッキーは大変美味だった。

「ご馳走さん。美味かったよ」
「お、お粗末さまでした……」
「今度はお前の番だぞ、佐々木」

さあ。いよいよ、その瞬間が近づいてきた。

「ほら、佐々木。パクッと食っちまえよ」
「その前に、匂いを……」
「いいから、さっさと口開けろ」

匂いを嗅ごうなどという無粋な真似は断じて許さず、俺はチョコを摘んで佐々木の口元へと運んでやった。お約束のあーんをしてやる。

「ううっ……どうしても食べなきゃダメ?」
「食えよ。せっかく作ったんだから」
「わ、わかった……僕、頑張るよ」

涙目の佐々木が素晴らしくかわいい。好きだ。

「好きだ」
「えっ?」
「……隙あり」
「むぐっ!?」

ちょっとしたアクシデントもあったが、ポカンと開いた口にチョコを放り込むと、佐々木はまるで苦虫を噛んだかのように目を固く閉じて。

「あれ? 苦く、ない……?」
「当たり前だろう。チョコなんだから」

盲目の佐々木は聖ウァレンティヌスの奇跡によって視力を回復したらしく、呆れる俺を見つめてにっこりと微笑んだ。やっぱり好きだ。

「すごく美味しかったよ……ありがとう」
「それは何よりだ」

ゆっくりと味わうように咀嚼して、俺が妹と一緒にこしらえたチョコを食べ終えた佐々木。
改めて感謝されて、妙に気恥ずかしくなり。

「まあ、なんだ。これでお前も少しはバレンタインデーを好きになれたんじゃないか?」
「うん……好きになった。君のせいでね」

冗談めかしてそう付け加える佐々木がくつくつと喉の奥を鳴らして笑うので、いよいよ小っ恥ずかしくなった俺は、やむを得ず茶化した。

「うんこじゃなくて、残念だったな!」
「キョン、キミって奴は……やれやれ」

嘆息した佐々木がジト目をして、手招きする。

「キョン、ちょっと」
「ん? どうした?」

すると佐々木は、こんな耳打ちをしてきた。

「あのね、キョン」
「なんだよ?」
「僕はキミのうんちなら食べてもいいよ」
「フハッ!」

やれやれ。これはいくらなんでも反則だろう。
偉大なる聖ウァレンティヌスだって驚きだ。
殉教した彼に代わり、俺は愉悦という名の福音を、哄笑に変えて盛大に、高らかに響かせた。

「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

願わくば、俺もいつか。いつの日か。
佐々木の『トリュフ・チョコレート』を。
尻から直食いをしてみたいもんだと、思った。


【ザ・デイ・オブ・ウァレンティ◯ヌス】


FIN

おつんこ

気持ち悪いぞガイジ

ルルーシュの人か?
懐かしいな

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom