「おやめください!水柱様!」
最後の戦いを終えてしばらくしてから、蝶屋敷に看護師である女の子の叫び声がこだまする。
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「何事ですか!?」
この屋敷の主人、胡蝶しのぶに代わって治療を取り仕切っている神崎アオイが叫ぶ。いつも一癖も二癖もある鬼殺隊員が集まる蝶屋敷ではトラブルなど日常茶飯事だ。けれど、今日この日だけはトラブルなど起こしてはならないのだ。
「アオイ様…水柱様が…」
「…水柱様…これはどういうおつもりですか?」
「…」
アオイは水柱こと、冨岡義勇をジッと睨む。睨まれている義勇は見つめ返しはするものの、特に何も答えない。
「…」
「ちょっと!どこに行くんですか!?」
アオイを無視して、その場を去ろうとする義勇に立場を忘れて叫ぶ。それくらい、今日と言う日は邪魔されてはならないのだ。
「…他に花はないか?」
「…は?」
ようやく返ってきたのは、意味のわからない問いだった。花?どうして花など気にするのだろう。
「さっきから、水柱様が花を捨ててしまうんです!」
「な、何を考えているんですか!?今日の花はしのぶ様の…」
「あぁ、だからこそだ…」
花を捨てている。どうしてそんなことをするのだろう。今日この蝶屋敷にある花は、しのぶのための…しのぶの葬式のために贈られてきた花ばかりだ。
今日はこの屋敷の主人、胡蝶しのぶ葬式なのだ。
「やめてください!どうしてそんなことするんですか!?」
「…本当にわからないのか?」
「はぁ!?」
呆れてものも言えないとばかりの目線で見つめてくる義勇。その自信はどこから来るのだろうか。
「おい、冨岡ァ!こっちは片付いたぞォ!」
「半々羽織ぃ!こっちも終わった!」
「か、風柱様!?伊之助さん!?」
気づけば風柱である不死川実弥、カナヲと同期である嘴平伊之助も、どうやら義勇と同じくしのぶに手向けられた花束を捨てて回っていたようだ。
「どうして…どうしてそんなことを…」
「あ?お前、花見てねぇのかよ?」
「え?」
伊之助に言われて、アオイは初めて捨てられてぐちゃぐちゃになった花に目を向ける。
「あっ…」
捨てられていたのはどれもこれも、藤の花だった。
「酷い…」
「藤の花はしのぶ様が好きだった花なのに…」
「屋敷にも植えていらしたのに…」
違う、違う、違う、違う、確かにしのぶ様は藤の花を屋敷に植えていた。そして、手に持っていることもよく見られた。けどもそれは好きだったからじゃない。全ては鬼を[ピーーー]ため。自分の身体を毒に変えるために、育てていただけなのだ。
「なぁ、アオコ、お前ならわかるだろ?何も…向こうでまで、藤の花を見ることねぇじゃねぇか…」
「伊之助さん…」
死後の世界なんて信じていなかった伊之助が、こんな発言をするようになったのも、全てはしのぶ様との関わりからだ。
「…あいつらは…せめて向こうでは幸せになってほしいよなァ…」
あいつ"ら"というのは、この屋敷の先代の主人のあの人のことだろうか。この人もまた、彼女に救われた一人なのだろう。
「なぁ、胡蝶…お前はいつも他人のことばかりで、自分のことは二の次だったな…」
義勇は空を見上げる。ここまで優しい目をしている義勇を、アオイは今まで見たことがなかった。
「次に生まれ変わって…もしもまた出会えたら…」
聞こえるか聞こえないかの声で、呟く。それはまるでしのぶ様にだけ聞こえればいいと、そう思わせるような小さな声で…
「今度は、好きな花くらい教えてくれ…」
小さく弱々しくて、消え入りそうな声は夜の暗闇に溶けていった…
それから何百年後…どこかの町の、どこかの学校で
「どうしたんですか?冨岡先生?え?好きなお花?」
終わり
乙
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