あかり「ちなつちゃん、大好き」 (18)
屈託なく笑って好意を伝えてくれるあかりちゃんが好きだった。
あかりちゃんはいつまでも私を好きで居続けてくれるんだって、私はなんの根拠もなしにそう思っていた。
だって、あかりちゃんだ。いつでもいい子で優しくてかわいい、私のお友だち。
――この関係が変わるだなんて、考えたこともなかった。
◆
最初に違和感を感じたのは、少し前のこと。
ちなつ「ありがとう、あかりちゃん。大好き」
いつもみたく結衣先輩とのことについて相談にのってもらって、それがうれしくってお礼を告げた、お泊まりの日のある夜のこと。
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あかりちゃんからも、「あかりも、ちなつちゃんのこと大好きだよ」って、そう返ってくるんだと信じて疑わなかった。
いつだってそうだったから。
眠るために薄ら暗くした部屋の中、ベッドの上を見上げる。返事は中々聞こえなかった。
もう寝ちゃったかな。
ついさっきまで普通にお話していてもそのすぐあとに眠ってしまっているなんて日常茶飯事のあかりちゃんのことだから、その段階では特になにも感じずに、布団の中で寝返りをうって背を向けた。
あかり「あかりは……」
夜の静かな、あかりちゃんちの部屋の中。
すっと息を吸い込んだ音が聞こえた。
そのあとすぐに小さなあかりちゃんの声が聞こえて、私はもう一度あかりちゃんを振り仰いだ。
ちなつ「うん?なあに?」
寝言かな。そう思ったのに。
あかり「ううん、なんでもない」
くぐもった声がした。あかりちゃんは、頭から布団をかぶってしまっていた。なんでもないよ。またすぐあとにもう一度重ねられた言葉は、なんだか自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
あの日以降、私はあかりちゃんのひとつひとつの言葉や行動が、なんだかいつもと違うような気がしてならなかった。
小さなものでも、降り積もって行けばあっという間に大きな違和感に変わってゆく。
今だって、そうだ。
あかり「あ、あかりちょっと図書室に行ってくるね」
ちなつ「なにか借りるの?」
あかり「うん、借りたい本があったの思い出したんだぁ。ちなつちゃんは先に部室に行っておいて」
さらりと手を振って、あかりちゃんが私の横を通りすぎてゆく。
なにそれ、と思う。
今は私とあかりちゃんふたりだけの部室だ。先に行ったって誰もいないし、いつだってふたりきり。
きっと本当に今すぐにでも借りたい本があるのかもしれない。
一緒に行こうと誘われないのは、私が先に勉強を始められるようにという気遣いなのかもしれない。
いつものあかりちゃん、これまでのあかりちゃんだったら、私は素直にそう思えたのかもしれないのに。
大きくなった違和感は、違う理由を私の頭にちらつかせていく。
ちなつ「……うん、わかった。まってるね」
あかりちゃんの背中にそう声をかける。
すぐ行くねとは返って来なかった。またひとつ、小さな違和感が重なった。
――――――
――――――
ふたりしかいない茶道部(――の部屋を使って活動するごらく部)の部室は、最初に思っていたよりも広かった。
ひとりとなると尚更だ。
図書室へと向かったあかりちゃんを見送った私は、あかりちゃんの言われた通りに先に部室に行ってしまうのがなんだか癪で。
そうしてふと思いついた行先が、生徒会室だった。
向日葵「避けられてる?吉川さんが、赤座さんに?」
私は神妙な顔をして頷いた。
櫻子「さすがにちなつちゃんの思い込みじゃない?」
向日葵「この件に関しては不本意ながらも櫻子と同意見ですわ」
櫻子「不本意ながらってなんだよー」
相変わらずのやり取りを繰り広げる向日葵ちゃんと櫻子ちゃんを前にして、私は「そうかなあ」と呟く。
自分が思っていたよりも弱気な声だった。
それを聞いて、今にも痴話げんかを始めそうだったふたりが同時に私を見た。
向日葵「なにか心当たりはあるんですの?」
向日葵ちゃんはやわらかい声で私に訊ねた。
櫻子ちゃんが、向かい合った席から身を乗り出して私の顔を覗き込んでくる。
櫻子「あかりちゃん、いつも通りにしか見えないけどなあ」
ちなつ「うん、私もね。心当たりなんてなんにもないし、避けられてるかもしれない、くらいなんだよね」
私自身、あかりちゃんはあかりちゃんだと思ってる。
はっきりと避けられてると言えるほど距離が離れているわけではないし、毎日一緒にいる私たちのことを、そんなふうに思うひとなんてほぼいないだろう。
けれど、この違和感は毎日一緒にいるからこそ、だった。
中学校に入学して以来、ずっと同じクラス。おまけにひょんなことから部活まで一緒になって。
最初は部活が一緒のただのクラスメイト。
けれどいつのまにかあかりちゃんは私にとってなんでも相談できてなんでも話せる唯一の親友になっていた。
ごらく部の先輩ふたりが卒業し、私たちが最上級生になった今でもそれは変わらなかった。少なくとも、私にとっては。
だからこそ。
だからこそ、あかりちゃんがいつもと違うこと、わかってしまう。
でも、あかりちゃんと同じく一年生から変わらず仲が良いクラスメイトの向日葵ちゃんと櫻子ちゃんが「気のせい」だって言うんなら、
そうなのかもしれない。
本当に心当たりなんてないから、私はふたりの言葉を信じるしかなかった。
ちなつ「気のせい、だったらいいな」
櫻子「うん、大丈夫!あかりちゃんはそんなことするような子じゃないよっ」
身を乗り出したままの櫻子ちゃんがにっと笑ってそう言った。
その笑顔を見て、少し気が楽になった。
向日葵ちゃんが「吉川さん」と私の名前を呼んだ。
向日葵「あまりに考え込んで苦しくなってしまったときは、またお話聞きますわ」
ちなつ「うん、ありがとっ」
七森中の生徒会長ふたりが、とてつもなく心強く思えた。
◆
あかりちゃん、そろそろ来てるかな。
仕事の邪魔になってはいけないからと、相談を終えると早々に生徒会室を出た。
図書室に寄ってみようかと思ったけれど、私の足はそのまま部室に向かった。
まだそこにいるあかりちゃんを見るのが嫌だなと思ったから。
できたら私より先に部室にいて、「ちなつちゃん、どこ行ってたの!?」なんて心配したみたいにそう言ってほしかった。
果たしてあかりちゃんは――来ていた。
いつも通り、机に教科書とノートを広げて。
ぼんやりと俯いていた。
ちなつ「――あかりちゃん?」
あかりちゃんは私が来たことにも気付かなかったみたいで。
私が声を掛けると、大袈裟に驚いてみせた。
あかり「えっ、わっ、ちなつちゃんっ!?」
ちなつ「どうかした?」
あかり「ううん、なんでもないよっ。ちょっと考え事してたんだぁ」
ちなつ「そう……?」
悩みごとがあるなら話してね。
そう言おうとして喉元まで出かかったその言葉を押し戻す。
今、あかりちゃんにそう言っていいのかどうか私にはわからなかった。
ちなつ「あかりちゃん、借りたかった本は借りられた?」
あかり「あ、うん。借りられたよ」
向かい合わせになるように座って、私も鞄から教科書とノートを取り出して机に並べる。
あかりちゃんを見た。
あかりちゃんの視線は決して私に向くことがなかった。落ち着かない様子でシャーペンの先を指先でいじっていた。
私はね、あかりちゃん。生徒会室に寄ってたんだよ。
言おうとして、結局言わなかった。
あかりちゃんは私がどうして後に来たのかなんて興味なさそうだった。
こっちを向くことも、なさそうだった。
そういえば最近、あかりちゃんの目をあまり見てないな。
そんなこと、はじめて気が付いた。
――――――
――――――
ふたりで一緒に部室を出た。
もう春は終わり、夏が近づいてきていた。日がずいぶんと長くなった。まだ暮れることのない空をぼんやりと見上げた。
あかり「そういえば、もうすぐ中間テストだね」
ちなつ「うー思い出したくないこと思い出させないでよあかりちゃん」
あかり「えへへ、ごめんね」
ちなつ「勉強、しないとなあ」
あかり「そうだねぇ」
他愛ない話はいつもと同じ。
隣を歩く距離だって、いつもと同じ。
こうしていると、私の積まれた違和感は薄く消え去っていくみたいだった。
けれど、そっとあかりちゃんの横顔を眺めた。
出会った当初より背が伸びたあかりちゃん。
気が付けば同じくらいだった背丈が、今はずいぶん差があった。
変わってくのかな。この身長みたく、あかりちゃんも変わってくのかな。
やだな。
私はたしかにそう思っていた。
変わってくあかりちゃん、やだな。
あかりちゃんが変わってしまったら、もうあかりちゃんは私と一緒にいてくれないかもしれない。
そんなことわからないのに、私はなぜだかそれが真実であるかのように感じ始めていた。
きっと降り積もった違和感のせい。
ちなつ「テスト勉強、一緒にしようね」
私は浮かび始めた不安に蓋をするみたいに、あかりちゃんに約束をねだる。
あかりちゃんは、「うん」と笑ってくれた。
それだけで少しほっとする。
ちなつ「今回は、うちの家にする?」
だから。
テスト前、お泊まりして。テスト勉強そっちのけでおしゃべりに花を咲かせて。これまでみたいに、できると思っていた。
あかり「あ、えっとね……」
あかりちゃんがふと言葉を濁した。
見つめた横顔、その口元がきゅっと引き結ばれた。
あかり「しばらくお泊まりは、なしにしたいなぁ」
なんでって聞くことも、ましてや聞き返すことすらできなかった。
「ごめんね」と言ったあかりちゃんの瞳はゆらゆらと濡れていた。
久し振りに視線を交わした。
あかりちゃんの目には、どんな私が映っていたんだろう。
あとになってそれが知りたくなった。
けれど、この時は「あかりちゃんに拒絶された」ということだけがびりびりと頭の奥底を焦がして、なんにも考えられなかった。
◆
大好きって言えば、大好きって返ってくるのが当たり前だと思っていた。
私とあかりちゃん。
いつまでも仲良しでいられるって、そう思っていたのに、な。
部屋のベッドで丸くなって膝を抱える。
あの後結局、私はうまく言葉を返すことができなくて、うやむやに頷いて終わっていた。
気まずい帰り道を辿って、部屋へ駆け込み、現在に至る。
思えば、結衣先輩と京子先輩の卒業を見送ってから度重なる「へんだな」があった。
あかりちゃんのこと。
けれどそれは一過性のものに過ぎなくて、だから私は気付かなかった。気付けなかった。
あかりちゃんの一番の友達は私のはずなのに。
――私は、あかりちゃんに嫌われてしまった?
本日の更新は以上。
また書ける時に書きに来ます。
いいぞ
思春期の苦しさみたいなものが伝わってきていい…
考えれば考えるほど信じられなくて――思えば思うほど、苦しくなった。
ちょっとくらいわがまま言ったって、ちょっとくらい振り回したって、ちょっとくらい困らせたって。
あかりちゃんは私の傍を離れないって。
思い込んでいた自分が、なんだかとても惨めだった。
なにかしちゃったのかな。
自分でも気づいていないうちに。
あかりちゃんがいやだと思うこと、しちゃったの?
でも。
あかりちゃんは優しい。
信じられないくらい優しい子だと思う。
だからこそ、「ちょっとくらい」ならゆるしてくれるはずだって、今でも確信している私がいる。
本当にそんなあかりちゃんに嫌われたのなら、私はあかりちゃんにどんなひどいことをしてしまったんだろう。
―――――――
――――――――
夢を見た。
まだ、あかりちゃんと出会ったばかりの頃の夢。
一年生。
恋を覚えたばかりで、結衣先輩のことしか頭になかった。
初恋の熱に浮かされていた私がはじめてあかりちゃんを「友達」だと認識したときのこと。
細かい部分は覚えていない。
ただひとつ、あかりちゃんが私に向けた言葉はひどく強烈に頭に残っていた。
その衝撃は、夢の中でも同じだった。
「ちなつちゃん、ずっとあかりとお友達でいてね」
当時の私は、「結衣先輩の幼馴染」を妬ましく思うこともあるくらいで。
言ってしまえば、あかりちゃんは結衣先輩と仲良くなるためだけに一緒にいるような存在だった。
――この子はそんな私のことを友達と思ってくれているんだって、純粋な驚きだった。
そして、出会って日の浅い私に「ずっと」をねだる、あかりちゃんの無垢さがただただ眩しかった。
あの時から、私の中であかりちゃんの隣はひどく居心地の良い場所に変わっていった。
今では、あかりちゃんのことを親友と臆することなく言えるくらい。
だいじな存在。
目が覚めても、その思いは揺らぐことがなかった。
いくらあかりちゃんが私のことを嫌いになろうと、私のことを避けようと――
私は、あかりちゃんと友達でいたいって思う。一番でいたいって思う。
それならチーナ、私にできることはなに?
まだ夜は深い。
暗いくらい部屋の中で、目を閉じるとさらに闇が濃くなった。
その中で、私は手探りで答えを導き出す。
正しいかどうかなんてわからない。
だって、あかりちゃんの気持ちがわからないから。
それでも今私ができることは――あかりちゃんの手を離さないこと。
◆
翌朝の私はひどい顔をしていたんだと思う。
洗面所で鉢合わせたお姉ちゃんから、「なにかあったの?」とひどく心配されてしまった。
そんなお姉ちゃんに「なんでもないよ」と嘘をついた私は、ふと最後にお泊まりした日のあかりちゃんを思い出した。
ともこ「お友達とケンカでもした?」
ちなつ「もう、なんでもないってば」
ケンカという言葉に少しずきっとした。
むしろケンカのほうが良かった。もしもこれがただのケンカだったら、仲直りして済む話だ。
だけどそうじゃない。あかりちゃん、いっそ怒ってくれたらいいのにな、なんて理不尽なことを思った。
ちなつ「私もう行くね」
ともこ「え、朝ごはんは?」
ちなつ「いらない」
ともこ「まだ遅刻するような時間じゃないでしょ?」
ちなつ「今日は急いでるの」
きゅっと髪を結い終える。
鏡に映るのはいつものツインテールな私の姿。
うん、ばっちり。大丈夫。いつもと変わらない私だ。
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