中野四葉「まにまにりぽーと」 (253)

五等分の花嫁のss。R18。

過去スレ貼るのが面倒になったのでそっちは皆様に丸投げ。

「うげっ」
「その反応は人としてどうなのよ」

 チラシに挟まっていた特売情報に釣られてやって来た、日頃利用しないスーパーで知った顔に遭遇した。時に、この知った顔という表現は俺にとってかなり厄介なものであるように思える。なにせ、別人のくせに顔が同じという面倒な連中と付き合いを持ってしまっているものだから。

「ちょうどいいから手を貸しなさいよ。この卵、おひとり様一パックまでらしいから」
「……ったく」

 差し出された10個入り1セットの生卵を渋々受け取る。我が家ほどではないが、彼女たちの家計も贅沢が許されないレベルのものなのは知っているので、ここで無碍に断るのは良心が痛む。本当は、もっと他に痛めるべきポイントがあるのかもしれないが。
 元から自分が持っていた買い物カゴにそのパックを詰め込み、ゆっくりフェードアウトしようとしたところで彼女に腕を掴まれる。二乃は、こういう時に簡単には逃がしてはくれない奴だ。

「あんたにどっか行かれたら意味ないじゃない」
「そこはほら、また後日的な」
「待ってる間に消費期限が来ちゃうわよ」

 たいてい二週間くらいの猶予はあるのだし、それに間に合わないことはないだろうと思った。しかし、その言葉は胸の奥底にしまいこむ。揚げ足を取るのはいいが、そうすると自分の揚げ足が取られる確率まで上がってしまうからだ。失言や失態と無縁ではない生き方をしている自覚があるのも相まって、ここで余計なことをするのは悪手だという直感が走った。
 諦めて、二乃の横につく。が、無抵抗の意思表示をしているにも関わらず、彼女は俺の腕を返してくれなかった。

「逃げないっての」
「分かってるわよ」
「それが分かるなら俺の言いたいことも察しろ」

 言葉を濁して自分の意思を他人に推し量ってもらうというのは酷い甘えだし、傲慢であるとも思う。だが、その理由を口に出すのも出すので憚られるという極大のジレンマが、俺の動きを鈍らせた。公衆の面前で女子と引っ付くのが恥ずかしいだなんて、堂々と言えることではない。

「これ?」

 二乃は、解放するどころか自分の腕を俺に絡めてくる。いたずらっぽい笑みは、『意図を理解した上でやっている』というおちょくりか。

「もちろんわざとやってるんだけど、なんでだと思う?」
「なぜクイズ」
「正解は、見せつけたいから、でした」
「答えさせてもくれないのか……」

 思ったことをそのまま伝えてくれるのは、裏を疑わなくていいという点ではものすごく楽だ。楽だ……が。それにしたって、時と状況を選んでもらわないことには、こちらが対応策を用意できなくなってしまう。端的に言えば、すごく困る。

「しょうがないでしょ。こうでもしないとあんた、私のこと意識もしないんだろうし」
「俺はそこまで鈍い奴だと思われてんのか」
「思ってるからやってるのよ」

 ごもっとも。だからといって受け流せるかといえば、それもまた別問題だが。
 
「誰かさんが直々に、『卒業までは考えさせろ~』なんて言うもんだから、私はそれまでの得点稼ぎに必死なの」
「その発言が俺の心象を悪くするとは思わなかったのか?」
「薬まで使って色々やった人間に対する感情が、たかだか一つや二つの言葉で変わるわけもないでしょ」

 それもまたごもっとも。酷い正当化だとは思うけれど。
 しかし、彼女の言う点数稼ぎとやらは、かなり体を張る行為らしい。その証拠として、毅然と振舞おうとしているのはなんとなく分かるけれど、二乃の瞳は妙に揺れている。

「恥ずかしいならやらなきゃいいものを」
「うるさいわね。慣れてないだけよ」
「お前、これに慣れるつもりなのか……?」
「ゆくゆくはね」

 ゆくゆく、というのがどれくらい先を指しているかは不明だった。卒業までか、あるいはもっと未来までか。万一後者だったとして、こいつはいつまで俺に執着する気なのだろう。

「式ではどうせこのスタイルなんだし」
「俺はお前が怖いよ」

 式と言うのはたぶん、冠婚葬祭の頭から二つ目のアレだ。確かにバージンロードを歩く新郎新婦は腕組みをしているイメージがあるが、そこまで見据えているというのは流石に恐ろしい。なぜこの段階から俺と添い遂げる覚悟を固めているんだこの女子高生は。

「もう否定するのも疲れたから聞くんだけどさ、お前の人生設計ってどうなってんの?」
「子供は二人以上欲しいわね」
「家族計画はまた今度聞くから今は控えろ。俺が聞きたいのは、何歳で何をして~みたいなのだ」

 とんでもない爆弾発言が飛び出たが、そこまで驚きもしなかった。既にそれを目的とした行為を重ねてしまったからというのが主要因だと思う。俺は二乃が怖いが、それ以上に自分も怖い。

「取りあえずはまあ、高校卒業よね」
「そっちの見通しはだいぶ立って来たな」

 今は屋根の下にいるから感じないが、外に出れば既に秋の匂いが漂う時期だ。途中途中のテストなんかも順当に突破してきていて、よっぽどのことでもない限り彼女たちは当初の目標通りに高校修了の有資格者となる。

「そうしたら、料理の専門学校にでも行こうかしら」
「得意分野だもんな」
 
 自分の店を持つみたいな話もあった。なら、そこに至るまでに必要とされるものをかき集める必要があるだろう。俺が思いつく範囲では、調理師免許とかだろうか。

「で、そこも卒業したら就職よね」
「おう」

 当たり前の流れだ。ここまでは俺でも予想できる。

「その場所で二年働いて」
「なるほど」

 起業のための準備金を貯めると。プランとしては悪くない。ただ、二年でどこまで貯金できるかがネックか。そこは彼女の頑張りにも依るだろうが、それにしたって昨今の労働状況では、二十代前半からがっぽり稼ぐのは厳しい。だから銀行にでも頼るのかと思って、次の言葉を待つと。

「そして、ちょうど大学卒業のあんたと入籍ね」
「おい」
「しばらくは家事育児に追われるだろうから専業主婦で」
「おい」
「子供から手が離せるようになったら、そこでようやく夢の実現に向けて頑張ろうかしら」
「おい」
「何よ?」
「それは俺の台詞なんだけど」
「どこかおかしかった?」
「全体的にな」

 具体的にどこが、と指定するなら、大学卒業~のくだりからだろうか。何と言うか、自分の人生設計に他人を絡めすぎていやしないか、これ?

「あんたとくっつくのは確定事項だもの」
「おかしいな認めた記憶がない」
「認めさせるわ、近いうちにね」

 背中に鳥肌がぶわぁっと広がった。嫌な予感は、今日も休まず俺の後方数センチの至近距離に詰めてきている。
 この強引さが二乃らしさなのだろうとは思うが、やっぱりしばらくの間はこいつから供与される飲食物に対して一定以上の警戒心を持っていた方が良さそうな気がした。それから、ハンコの類は絶対に隠していようとも。

「あれだけ色々したんだもん、責任取ってもらわなくちゃ」
「ピンポイントで俺の弱点刺すんじゃねえよ……」

 そこを指摘されたら何も言い返せないのだ。だから、そればっかりは勘弁してもらわないといけない。それからその理論で行くと、俺にはあと二人ほど責任を回収しなきゃならない相手がいる。
 先のことを考えてため息を吐くと、二乃との距離がいっそう縮まった。いつだかにたっぷり堪能した柔らかさが一瞬だけ呼吸を乱すが、しっかり落ち着いて「あんまりくっつくな」と冷静な返答を選択する。

「卵が割れるだろ」
「必要経費よ」
「まだ未購入だってのに……」

 それでも離れてはくれないらしくて、なおも腕をホールドされたまま、生鮮売り場やら野菜売り場やらを巡る。忘れかけていたがこれはそもそも我が家のための買い物なので、自分の目的物も手に取っていかなければならない。
 夕時のスーパーは仕事帰りのサラリーマンやら材料を買い込みに来た主婦やらでごった返していて、そんな中で女子とべたべたくっつきながら歩くのはなかなかにキツかった。主に浴びせられる視線が。

「そういえばさ」
「なんだよ?」
「私さっき、あんたが大学行く前提で話しちゃったけど、そういうのって考えてるの?」
「問題のある仮定はそっちの方じゃないだろ」
「いや、これは割と真面目な話」
「……どうだろうな」

 学びを深めるという点では、間違いなく大学進学は価値のある行為だ。ただ問題があるとしたら、俺は別に好きで勉強をやっているわけではないということ。いつか獲得した知識や知恵が役立つようにと思って励んではいるが、そこに重きを置き過ぎたせいで将来像はまるで固まっていないように思う。過程と結果が存在する世界で、過程に力を注ぎ過ぎてしまったのかもしれない。
 だから、迷いがある。

「知ってるとは思うが、ウチに俺を道楽で進学させられるほどの余裕はない」
「まあ、なんとなくはね」

 借金は伏せてあるが、それにしたって切迫した懐事情については既にバレバレだ。そんな中、なんとなくで四年間も家の負担にはなれない。進学するなら、明確な理由が要る。
 それが今の俺にあるかと問われれば、答えに窮する。『いつか役に立つように』は明確な理由足りえない。

「だから、ギリギリまで考える。何をしたいかとか、何が出来るかとか」
「人の進路ばっかり気にして自分の将来設計がすっからかんなところとか、すごいあんたらしいわね」
「うっせ」

 奨学金に頼ればどうにかならないこともない。だけど、それだって一応は借金の部類だし。

「ま、最悪路頭に迷った時は私が養ってあげるから安心して」
「迷わねえからお前も安心しろ」

 こういう場面での軽口は、素直にありがたかった。今までに色々あったが、そこで培われた信頼の一端を見ることが出来たように思えるから。邂逅から一年、忙しない毎日を駆け抜けてきたが、走った後にはちゃんと道が出来ている。この事実が救いになるかどうかは、今はまだそこまで分からないけれど。

「あんた向きの仕事、私は一つ思いつくけどね」
「なんだ?」
「秘密。こういうのって、自分で気づくのが大切なんじゃない?」
「そういうもんか?」
「あんただって、最初から答えは教えないでしょ」
「そういうもんか……」

 動機づけの根っこはあくまで自分であるべき、か。他人の言葉を原動力に走るのは美しいが、それ以上に脆い。理由が自分の中にないわけだから、迷った時に立ち返る場所が消え去るのだ。やっぱり、最終的な責任は自分自身で負えるように立ち回る方が理性的。誰かのせいにして、己の惨めさに潰されないようにするためにも。

「前途多難だ……」
「頑張りなさいよ。頼りにしてるんだから」

 そうだった。俺の双肩には、五姉妹の未来ものしかかっている。ここでダウンするのはあまりに早すぎるだろう。
 もうひと踏ん張り、だ。

「手間賃」

 引き止められてイートインスペースに座らされると、二乃にホットココアを手渡された。特売の卵で得た利益が消し飛んでいる気がしたが、もらえるものはもらっておくことにする。……だけど、その前に。

「ほれ、毒見」

 プルトップを持ち上げて、最初の一口目を彼女に譲った。気が付いたらベッドの上……なんて事態はもう御免だ。やり過ぎな感もあるが、これくらい警戒しているのだというスタンスを示すことで大きな牽制になる。俺としては、むしろそれがメインの狙いだった。

「ん」

 何事もなく二乃が数口飲み干して、ちょっとだけ容積が減った缶をこちらに返してくる。当たり前だが、何かが盛られてはいなかったようだ。

「もちろん薬は入ってないわ」
「……似たようなことしたなあ」
「……?」
「こっちの話だ」

 見たところ、鼻水が入っていることもないだろう。だからそのままごくごくと、貴重な甘味を摂取していく。
 そういえばこれは、世間で言うところの間接なんちゃらにあたるのだろうか。直接どころか舌の感触まで知っている身なので、特に気にすることもなかったが。
 それは彼女も同じようなものだろうなと思って、顔をちらと覗くと。

「……そういえば間接キスは初めてよね」
「新たに倒錯した性癖に目覚めるな」
「喉渇いたからもう一口ちょうだい」

 これはやべーぞと、一気に残りを飲み干した。炭酸ジュースでなくて良かったと一安心だ。
 
「けち」
「倹約家と呼べ」

 近くにあったゴミ箱に、空き缶を投げ捨てる。もし回収されたら何に使われるか分からないので、出来るだけ奥の方を狙って。

「……まあいいわ。付き合わせて悪かったわね」
「気にすんな」

 足元に置いたレジ袋を持って、自動ドアの方に足を向ける。当然彼女もそうするものだとばかり思っていたが。

「…………っ」

 気の抜けた一瞬の隙に、もう奪うだけの価値が残っているのかどうかすら分からないものを、目にも止まらぬ速さで奪取された。あまりに手際が良すぎたせいで、反応らしい反応も、抵抗らしい抵抗も出来なかった。

「一日一回、今日はまだしてなかったでしょ……?」

 「じゃ」と短く言って、二乃はすたこらと店外に出ていった。残された俺はと言えば、にわかに色めき立った周囲の視線に晒されながら、ただ一人で項垂れるだけ。

「…………くそ」

 変なルール作るんじゃなかった。
 呟きは喧噪に溶けてしまって、きっと誰の耳にも届いていない。

今日はここまで。前回は結果的に二乃の話だけ薄くなってしまったのでそれの補填の意味で。
またしばらくちまちま更新していくので、良ければお付き合いください。


ありがたい…

空行で時間経過を表す癖のせいで分かりにくくなりましたが、23からは買い物後です。一応間違いのないように。


押せ押せな二乃いいね

毎作おつかれさまやで

流石暴走機関車よ

今週の二乃ヤバ過ぎた。ってわけでちょっと更新。

 季節は巡る。時間は過ぎる。途中でどれだけぐだぐだとやっていても、それだけは間違いのないことに思える。悩みも葛藤も、苛まれている期間にはそれが永遠に続くような気がしてならないが、後から振り返ってみれば、それがなんてことない出来事だったなんて事態はザラだ。
 なら、俺が今胸中に抱えているはっきりとはしない靄のかかった感情も、数年後、数十年後から見れば取るに足らない些末事に映るのだろうか。
 
「上杉さん?」
「…………悪い。考えごとしてた」

 一応は仕事中なのに、意識を散らしてしまっていた。目先に色々な障害があるせいで、ここ最近は何事においてもイマイチ集中できていない気がする。
 
「体調悪いんですか?」
「そうじゃない」

 手を振って否定。寝不足など今に始まったことではないし、その他体に異常が出ているわけでもない。ただ、進路のことだとか、保留しまくっている告白のことだとか、簡単には片付いてくれそうにもない問題たちに追い込まれているだけだ。

「でも、最近元気がないように見えます」
「お前と比べればな」
「前の上杉さんと比べてもです」

 左右の手を上下させて、比較を表そうとする四葉。表出するほど参っているつもりではなかったが、知らず苦しんでいる部分もあったようだ。それを指摘されたら、否定できないかもしれない。

「私、そんなに危ないですか?」
「それも違う。むしろ良くやってる方だ」

 採点し終えたばかりの答案を彼女に返す。〇と×の比率は目算で半々程度。進学意思があるなら相当マズいが、目標を卒業だけに据えるなら余裕の合格点だ。当初のスカスカな解答用紙を思い出せば、これだけ大きな成長も他にはないだろう。
 だから、俺が妙に気の抜けた仕事をしてしまっているのは、環境が寄与するところもあるのかもしれない。

「ノルマは全員クリアしていて、しかもバイトのブッキングで今日居るのはお前だけ。そのせいで変に落ち着いてんのかもな」

 姉三人組の前では色々な意味で気が抜けないので、その分の揺り戻しを四葉と五月にぶつけている気がする。こちらの勝手な事情に巻き込んで申し訳ないが、緩急をつけないと俺が早々に死んでしまうから。
 姉妹間で扱いに差をつけているつもりはないが、どうしても意識の外で、妹二人に甘えている感じはあった。あからさまな恋愛感情から逃げるためにはそうする外になかったし。……いつか必ず向き合う問題とは分かっていても、相応の準備期間は要るのだ。向こうもそれはなんとなく承知してくれているみたいで、一時期の烈火のごときアプローチは鳴りを潜めてくれたけれど。

「まあ、俺の問題だからお前は気にすんな。このペースを維持できれば、卒業はほぼ確実だ」

 俺の懸念を他所に、勉学には全員が真摯に取り組んでくれている。だからもう、俺の役割は教師ではなくモチベーターと言った方が近い。誰かが息切れしないように、少し後ろで見守ってやるだけでいい。
 正直、この時点で任の大部分は完遂したと言っても良かった。後は彼女たちが、自分の力で勝手に欲しいものをつかみ取ってくれる。

「あの、上杉さん……」
「ん?」
「それなら一つ、おねだりしてもいいですか……?」
「……ん」

 特に何を考えることもなく首肯。他人のことばかり考えて行動する四葉が、明確に自分の願望を遂げようとするその光景に、少し興味が湧いたというのもあった。

「その、ですね――」

 告げられる言葉を、そのままに受け入れる。
 それはやっぱり、彼女にしてはかなり意外なお願いで――

情報の後だしは卑怯なので最初に言っておくんですが、〇〇が一番好き! という言い方をするとちょっとアレなので、普段から俺は「さいかわは四葉!」と訴えています。それが文章に露骨な形で反映される可能性があるかもなので許してください。

大丈夫だ、問題ない
むしろガンガンやってください

四葉かわいいの気持ちを爆発させてもいいのです

このシリーズって単行本派だとネタバレある感じですか?

基本は書き始めたあたり、つまりは昨年十二月初旬までの原作情報で構成しているつもりですが、整合性が取れる範囲で最新話の情報なんかも盛り込む可能性があります。ネタバレ注意と打っておいた方が良かったかもしれません。まったく考慮せずに進めていてすいませんでした。

「秋晴れの気持ちいい空です!」

 両腕を目いっぱい広げて、四葉が息を大きく吸い込んだ。言葉の通り空の色は澄んでいて、程よい陽気に包まれている。
 休日の昼間にこうして出歩いた経験が少ないもので、感じる光や匂いがどうにも新鮮に思えた。別に、大気の組成が他の日から変わっているわけもないというのに。

「なあ四葉」
「なんです上杉さん?」
「どうして急に散歩?」
「まあまあ、たまにはこういうのもいいじゃないですか」

 四葉が数歩前を先行し、俺がそれに続く。本来ならば勉強に充てている時間をこんな風に使う罪悪感は消しきれなかったが、あのまま続けたところで、という思いもあった。なら、今日は四葉に付き従ってみるのもアリかもしれない。

「ずっと家の中にいてばかりじゃ、体にカビが生えちゃいますし」
「ちなみにカビ菌は誰の体にでも常在してるぞ」
「えっ」

 凍り付いた四葉を追い越す。秋色に染まった世界は全てがゆっくり動いているようで、自然と自分の中にも余裕が生まれてくるような気がした。思えば最近、小休止すら挟むことなく駆け抜け続けていたかもしれない。そんな溺れかけの頭で何を考えようと、画期的なアイデアは生まれないだろう。
 だから、今日はこうやって一息つく機会を与えてくれた四葉に感謝すべきなのかもしれない。サボりの正当化と言われればそれまでだけれども。

「水虫とかがそれだな。まあ、若いうちにはそこまで気にすることでもない」
「不吉なこと言わないでくださいよぅ」

 白癬菌がどーたらとか、カビと言えばペニシリンだとか、そこから話を広げる手段はいくつか自分の中に用意されていたが、要らない蘊蓄を垂れ流す場面でもないだろうと思って控えた。インテリジェンスな事柄からは、少しの間だけ距離を置こう。それが、今の俺に必要なことな気がする。
 正しく気を抜こう。自分の体の中にあるガスだまりを少しでも小さくすれば、もう少しだけ、頑張れる気がするから。

「で、ここから何すんの?」
「色々考えてありますよ。行きたい場所、たくさんあるので」
「……まあ、ほどほどに付き合おう」

 なんなら、このまましばらく歩き続けるだけでも良かった。だが四葉に案があるというのなら、それに乗っかるのもやぶさかではない。積極的休養というやつだ。
 
 さっき追い越した四葉がまた俺の横に並ぶ。別に競争をしているわけじゃないのに俺の中の負けず嫌いが顔を出して、更に一歩前に踏み出そうとする。
 しかし、それは四葉の手によって阻まれてしまった。

「もう」
「なんだよ」
「歩幅、気を付けないとダメですよ」
「……?」
「女の子と歩く時はちゃんと足並みそろえないと」
「そろえないとどうなる?」
「愛想をつかされます」
「じゃあ俺は今、お前からの愛想とかいうものを全部失ったってわけか?」
「はい。……ですが」
「ですが、なんだ?」
「これまでの貯金分があるので、ギリギリ一回コンティニューですね」

 微笑む四葉。困惑する俺。どこにそんな蓄えがあったかは謎だが、継続してくれるのならまあ、悪くはないか。
 こんなところで信頼関係を砕く意味は感じられない。自分からアクティブに失っていこうと思えるものでもない。
 彼女がゆっくり歩けと言うのなら、それに合わせるくらいは、良いとしよう。

「それと、上杉さん?」
「ん?」
「女の子と二人っきりの時に『落ち着く』は禁句ですよ」
「どうした急に」
「さっき家で言ってたじゃないですか。居るのはお前だけだから落ち着くって」
「まあ、確かにそんなこと言ったような、言ってないような……」
「それは良くないです」
「なぜ?」
「なんでもです。少なくとも私はちょっぴり傷つきました」
「落ち着いてないほうが良いのか?」
「それもちょっとだけ違いますけど……。でも、さっきのはアウトです。だから今日はもうツーアウトなんです」
「もう一回アウトになると?」
「本当に愛想をつかせます」
「うえぇ」

 かねてから一番協力的だった四葉に背を向けられては、さしもの俺も心が折れてしまうかもしれない。それは好ましくないことだと、素直に思った。

「綱渡りみたいだ」

 バランスを取りながら狭所を歩いている感じ。あまり俺の得意とするところではない。

「もちろん、得点を稼げばその限りではありませんよ」
「なんだ、ご機嫌取りでもすればいいのか」
「もう、上杉さんはすぐそういうこと言う」
「そういうこと言わなきゃいいの?」
「それもちょっと違いますね」

 言って、四葉は俺の手を取って。

「ほら、こういうの、なんて言うんでしたっけ?」
「は?」
「休日、男女でお出かけするの、なんて言うんでしたっけ?」
「…………」
「去年も一回したじゃないですか」
「…………デートだな。デート」
「正解です!」

 そのまま、腕を絡めとられる。ちょっと前にも二乃から同じことをされたが、彼女と四葉とでは筋肉のつき具合に違いがあるせいか、今はより強固に、腕を引っ張り込まれている感覚があった。

「これで1ポイントですね」
「ちなみにそのポイント、貯めるとどうなるんだ?」
「428ポイントまで貯めるとギョウザ無料券と引き換えできます」
「ラーメン屋かよ」

 道のりの長さに対して景品が異様にしょぼい。途中でカウントが忘れ去られそうだという懸念もつきまとう。なんにせよ、カウンターがストップすることはなさそうだ。少なくとも、俺の手によっては。
 しかし、デートと来たか。こいつはそのあたりのフットワークは軽そうだから、大した意味があるわけでもないのだろうが。それこそ去年の例もあるし。
 だからきっと、腕を持って行ったのも雰囲気作りの一環だ。去年の段階でやられたら多少は狼狽していたかもしれないが、今の俺には、その程度ならなんでもない。この前衆人環視の下で接吻を喰らった人間を甘く見ないで欲しい。

「じゃ、ぼちぼち行きましょうか?」
「おう、どこでもいいぞ」

 俺の反応に対し、四葉が「ちっちっち」とややオーバーに顔の前で人差し指を振る。何やらもの申したげな様子だ。

「そこは、『お前と一緒ならどこでも楽しいぞ』ですよ」
「オマエトイッショナラドコデモタノシイゾ」
「これで2ポイントですね♪」

 どこまで形から入るつもりなんだとため息を吐いた。あと426ポイントは、やっぱり絶対貯まりそうにない。

今日は終了。総員アニメ四話に備えてどうぞ。

四葉めっちゃ可愛い


四葉は姉妹の中でも筋肉質で独特な抱き心地なんだろうね

このシリーズってアニメしか知らないとネタバレある感じです

 彼女の言うように、去年の勤労感謝の日にも似たような調子で街を練り歩いた。その時は金持ち特有の壊れた金銭感覚に散々振り回されたが、現況を鑑みれば、流石にあの時と同じようにはいかないだろう。彼女たちはバイトで生計を立てる身になったし、棲み処だって大幅にランクが下がった。それでもなおウチよりはよっぽどマシな場所に住んでいるが、節約することは覚えたはずだ。そもそも元はかなり貧乏な生活を送っていたらしいから、ひもじさやら惨めさやらには耐性があるのかもしれない。
 生活レベルを下げるというのはなかなかに苦痛の伴うことだと聞いているが、残念ながら最底辺を脱したことがないので俺にその感覚は理解できなかった。同時に、それを彼女たちに聞こうとも思わない。ドンケツ同士の比べあいなど、虚しいだけで何も生み出さないという自覚があるからだ。

「四葉」
「はい?」
「それ、楽しいか?」
「ええ、すっごく」

 導入らしい導入はなかったのに、自身を責める貧乏に気分を暗くしていた。先が見えないというのはどうにも厄介で、じくじくと心の深くを蝕んでいく。それなりに受け入れていることではあるのだけれど。
 だからこそ、最近はそれなりに苦しい生活を送っているはずなのに明るさを絶やすことのない四葉を不思議に思った。今も、商品棚にならんだガラス細工に目を光らせて、とっかえひっかえ手に掴んでは興味深そうに眺めている。
 個人の性格決定に環境の寄与が大きいとするのなら、それこそ彼女の行動は奇行の類に該当するのではないか。困った生活状況の中で笑い続けられるというのは、ほとほと理解しがたいものがある。まあ、同じ環境で育った人間が五人いて、その全員がまるっきり違う人間性を手にしている以上、そんな仮定は無意味かもしれないが。性格は遺伝子によって定められているとかなんとかいった情報を、いつだか目にした記憶もあるし。
 だが、目に見えないサイズ感で進行している塩基配列の話などはこの際どうでもよかった。俺が疑問視している主題は、そんなところに置かれていない。

「綺麗なものを見ていると、なんだかとても幸せな気持ちになれますから」
「そんなもんか」

 さっきまで四葉の手のひらの中にあった小物を、今度は俺が手に取る。
 なんてことはない、ただの雑貨。そもそもからして雑貨という単語が担う構造物の範囲が曖昧すぎて俺はもやもやするのだが、そんな愚痴を彼女に言っても意味がない。生産性がない。だから、俺も彼女がそうしていたように、ガラス細工を照明に透かして見る。

「どうです、何か感じました?」
「この前解いたレンズの問題を思い出した」
「……む」
「ってのは嘘で」

 嘘じゃないが、嘘にした方が良さそうだ。わざわざ喧嘩を売っても仕方ない。
 しかし、これといって思うこともなかった。実用性に重きを置く人生なので、動物の形を模したただの飾りに飾り以上の意味を見いだせない。発想力の貧困を指摘されても、おそらく俺はそれを否定できないだろう。

「嘘なんだが……」
「なんでしょう?」
「……すまん、こういう時って何を思うのが正解なんだ?」

 堪らず教えを乞うた。俺の人生経験からでは、彼女が望む回答を導き出せない。それこそ逆立ちしたって無理なものは無理。加減乗除を知らない人間に複雑な方程式が解き明かせようはずもないのだ。
 だから、普段は教える立場の俺が、その立ち位置の逆転を是とした。四葉相手につまらない意地を張るだけ無駄だ。

「上杉さんは、難しく考えすぎなのかもですね」
「そうか?」
「はい。綺麗なものを見たら綺麗。美味しいものを食べたら美味しい。面白い話を聞いたら面白い。それで全然良いんです」
「発展性が……」
「応用問題ばかりじゃないんですよ、世界は」

 一を見て一を知るだけでは、知的生物として著しく停滞しているように思うが。しかし彼女的には、そうでもないらしい。
 手に持ったイルカっぽい雑貨を前に硬直した俺の周りを、四葉がぐるっと一周した。何かを伝えたいが故の行動なのか、それとも無意味なのか、俺にはさっぱり分からない。

「たとえばほら、こんなのはどうです?」

 近くにあったしゃれた髪飾りを手に取って、頭に重ねて見せる四葉。それに対して、どうですかと言われれば。

「しっかり着用しないあたりに売り物への配慮が見える」
「やっぱり考えすぎです。もっと単純に、さあ」
「リボンと合わせてお前の頭部の無秩序感が留まることを知らなくなった」
「はっきり言い過ぎです。他には?」
「他にはって……」

 感じたことをそのまま言ってみたけれど、それでもまだ答えがひねたものになっているらしい。こうなると、もはや彼女の裁量に俺の価値観を合わせているだけにも思えてくるが。

「女の子がかわいいものを身に着けているんですよ?」
「似合ってる?」
「惜しい! ニアピン賞です。でも、もっともっと単純なの、ありません?」
「単純、ねえ」

 四葉が出した例えをもとにして、導き出される答えとは何か。正直なんとなく気づいてはいて、実のところは口に出すのが恥ずかしいだけだってことは、胸の内にそっと秘しておくことにして。

「…………かわいいな、それ」
「はい!」

 ようやく俺から引き出せた言葉にご満悦なのか、花のように笑う四葉。誘導尋問だろと文句の一つも言ってやろうかと思っていたが、こうも幸せそうな顔をされると、毒気を抜かれてしまってダメだ。

「でも、『それ』が余計だったので、ちょっとだけ減点です」
「手厳しいこった」

 そこが譲歩できる最低のラインだった。あくまでものに対して褒めるスタンスなら、俺でもギリギリ対応できる。本人含めてとなると、流石にこっぱずかしいんだ。分かれ。

「で、今のは結局何点だったんだ?」
「合計して今日の終わりに発表する手筈ですので」
「繰り上がりには注意な」

 酷い忠告だが、四葉なら冗談抜きでやりかねないミスだ。それに対して彼女は「オブラートに包むのとはまた別です!」とぷっくりむくれていた。相変わらず、他人の心情を推し量るのは難しい。

「じゃあ、お会計してくるのでちょっとだけ待っててください」
「買うのかそれ?」
「はい。褒めてもらったので」

 ほとんど褒めさせられたのだけれど、そこは関係ないらしい。
 俺がスマートな男だったら代わりに金を払ってやるシーンなのかもしれないが、残念なことにそんな甲斐性はどこにもなかった。
 だから、まあ、ちょうどいい妥協点として。

「……今度があるなら、もうちょいストレートに感想言うわ」
「おおっ、ポイント稼ぎに来てますね?」
「うっせ」

 リボンの片耳を、型崩れしない程度の力で引っ張る。彼女はまるでそこにまで触覚が通っているような様子で「あうー」と目を瞬かせるが、当然リボンは肉体から独立した機構なので無視した。いつものように少しだけ手直しは加えたけれど。

「今度、今日中に来ると良いなあ」
「いくらなんでもペースが早えよ」

 そうなったらそうなったで、どうせ俺は二の脚を踏んでしまうのだろう。ためらっている自分の姿だけははっきりと思い描けて、情けなさに苦笑した。

 落ち着いた店の中に、これまた落ち着いた音楽が流れている。世代が違うからさっぱり分からないが、こういう場所に流れているのは数世代前に流行ったジャズだと相場が決まっているので、そんなもんなんだろうと思うことにする。残念なことに、世代直撃の音楽ですら俺には良く分かっていないけれど。
 しかし、そんな適当な認識なりに、今響いている曲がいわゆる名曲の類であることは分かった。音量の割に思考の邪魔をしないし耳障りでもないので、BGMとしてはこれ以上ない代物だろう。

「で、ここでは何をするんだ?」
「喫茶店なんですから、喫茶するんじゃないでしょうか?」
「だろうな」

 場所を移して、くつろいでいる。照明は全体的に暗めで、西側から差す木漏れ日が目立った。もしかすると、それを意図して設計された店内なのかもしれない。
 やたらと木目が強調されたテーブルはマホガニー材で出来ているとこれまた相場が決まっているので、そんなもんなんだろうと思うことにする。厨房の方からはシロップ系の甘い香りが漂って来ていて、思いがけずに空腹を刺激された。

「ここのパンケーキがとっても美味しいんですよ」

 メニュー表を指さしながら教えてくる四葉。三段重ねの生地の上にはアイスクリームとさくらんぼがのっかっていて、確かに美味そうだった。
 こんな状況で唐突に脱線するが、俺は未だにパンケーキとホットケーキの違いが理解できていない。

「上杉さん、今パンケーキとホットケーキの違いがさっぱり分からないって顔してますね」
「心を読まないでくれ」
「私も気になってちょっと前に二乃に尋ねてみたんですが、基本的には同じものらしいですよ」
「同じなのかよ……」

 そんなことを聞かされたら、今後パンケーキとホットケーキの両方を販売している飲食店に訪れた時、この店メニューの嵩増ししてんな……という悲しい視点で食いものを選ぶことになる。たまにこうして世界の闇をつっついた気分になるのが、知識を獲得していくうえでの難点か。
 だから、悲しくならないように自分の中では上手いこと噛み砕いておこう。エデンもパラダイスもシャングリラもヘブンも天国も大体全部楽園と言う意味でくくれるが、宗教体系やらなんやらで解釈に幅がある。つまりはこの度のパンケーキとホットケーキ問題も、それの類題みたいなものに違いない。適当ぶっこいてるだけだけど。

 注文を取りに来た店員に、コーヒー二杯と例のパンケーキを要求する。俺は食わないが、きっと四葉は美味そうに食すのだろうから、それを見て満足することにしよう。

「そういやお前コーヒー飲めんの?」
「お砂糖とミルクがあれば」
「そこまで行ったらカフェオレで良いだろ」
「ブラックを注文するの、大人っぽくてかっこいいので」
「分からんでもないが」
「ちなみにいつもはカフェオレを頼んでます。でも今日は上杉さんの前なので見栄を張りました」
「緩やかな見栄だな」

 張る前から見栄だとバレてしまっているが、それはいいのだろうか。問題は、そんなところで見栄だの意地だのを張ったところで、俺の人物評になんら変化はないということだが。

「何事も挑戦、か」

 運ばれてきたコーヒーを前にして小さく呟く。四葉がコーヒーを飲んでみたいというのなら、俺にそれを止める権利も権限もない。彼女の持つ小遣いの範囲で何をしようにも、それは個人の自由だからだ。全メニュー制覇みたいな到底クリアしようもない上に店側にも迷惑がかかるような試みなら制することもあるかもだが、たかがコーヒーの一杯くらいでぐだぐだ言うのも馬鹿らしい。

「…………」
「ほら、砂糖」
「やっぱり強敵です、これ」

 ちょっとだけカップを傾けてから固まってしまった四葉に助け舟を出した。ブラックなんて飲めずとも生きていくうえでの障害にはなり得ないのだから、無理ならさっさと諦めるが吉だ。

「無理して苦いものに手をつけるくらいなら、好きな甘いものを食ってた方がよっぽど良いと思うが」
「それもそうでした」

 四葉は苦笑を挟んでから、シロップと生クリームで覆われたスイーツにフォークを伸ばした。案の定、分かりやすいくらい美味そうに食ってくれる。見ているだけでこちらも上機嫌になれそうだ。
 

「はい、上杉さん」
「…………なんだこれは」
「あーんですよ、あーん」
「要らねえよ。子供じゃねえんだし……」
「私が上杉さんに食べてもらいたいんですよー」

 口許に伸ばされた切れ端をどうにか押し返そうとするが、思った以上に本気らしい四葉の圧に観念して、そのまま押し負けることにした。途端に糖蜜の味が口の中をいっぱいに満たして、いかにも四葉が好みそうな味だなあと理解する。

「どうです、美味しい?」
「…………甘いな。甘い」

 今度は率直な感想を述べることが出来た。甘すぎるくらいに甘ったるくて、たった一口なのに胸焼けしてしまいそうだ。その原因が、果たして砂糖の甘さだけによるものなのかは定かではなかったけれど。
 だから、未だ口の中に残る甘味を追い出すために傍らのコーヒーを煽った。思惑通りに苦味が緩衝材の役割を担ってくれて、どうにか一息吐くことに成功する。

「それ食った後ならブラックもなんとかなるんじゃね?」
「……おお、確かに」

 革命にでも立ち会ったような顔で、カップを持った四葉が言う。それくらい、もっと前に自分で気づいていたっていいのに。

「やっぱり上杉さんは天才ですね」
「安っぽ過ぎだろ、お前の天才観」

 まあ、四葉が楽しそうなので、これで良いということにしようか。

四葉ちゃんかわいすぎでは?
かわいすぎでは???

パンケーキ食べたくなってきた

四葉さいかわはあると思う

なのでお義姉さん、妹さんを僕に下さい

や四天使

 スクリーンに映し出される映像を、じーっと眺めていた。
 ストーリーラインというか、物語のジャンルを大雑把に分類するのなら、所謂ラブコメってやつに該当するのだろう。
 余命幾ばくもない女の子がいて、その子を好いている男の子がいて、そこにある葛藤なりなんなりを描いた作品。原作の小説がずいぶん売れているらしく、タイトル自体は俺でも耳にしたことがあった。
 似たような題材を扱った作品はごまんとあるので一山いくらの出来だと勝手に思っていたが、なかなかどうして良く作られている。そのせいか、俺らしくもなく画面に見入っていた。
 ……が。
 物語がクライマックスを迎えるあたりから、横の客のすすり泣きがどうしても邪魔をして気もそぞろになってしまった。
 残念なことに、その横の客というのが俺のツレだという事実もあって、ついつい視線をそちらに向けざるを得なくなる。
 そこにはハンカチで顔を押さえる少女がいて、暗い館内でも分かるくらいに泣き腫らした目で、食い入るように物語の続きを追いかけていた。
 なんだか見てはいけないものを見た気分になって、悟られないようにそっと視線を逸らす。どうせ後から感想を聞かれるのだろうし、俺もちゃんと結末を目に焼き付けないと。

「バイト先の店員さんに感謝です」
「悪いな、俺まで厄介になっちまって」
「いえいえ、元から二枚あったので、ちょうど良いタイミングでした」

 少し前に譲ってもらったのだという映画のチケットが役に立った。こいつは人好きのする奴だから、バイト先でも気に入られているのだろう。
 しかし、ペアチケットを渡すってのはつまりそういうことだから、その店員とやらにはいくらか同情してやらねばならないかもしれない。真意を汲んでもらえずかわいそうに。

「面白かったですね」
「期待してたよりはな」

 見入ってしまったことをそのままに伝えるのはどうにも気恥ずかしく、だから迂遠な表現方法に頼ることになる。まるで成長が見られないが、もともと俺なんてこんなもんだ。

「でも上杉さん、泣いてる女の子のことをじろじろ見るのはマナー違反ですよ」
「気になるもんは仕方ないだろ。あんだけぴーぴー泣いてんだから」
「なっ」

 ぴーぴーは余計だったらしい。四葉は何かを訴えたそうに唇をこっちに突き出しているのでおそらく今の間に減点がなされているのだろう。そういや聞いていなかったが、ポイントがゼロを下回った場合は何が起きるのだろうか。

「別に減るもんでもないしいいだろ。お前らの泣き顔はもう飽きるほど見た」
「それ、なかなかの問題発言ですね」
「しゃーないだろ。お前ら気づいた時には泣いてんだし」

 そもそも俺が泣かせているわけでもないし。たまたま居合わせる状況が多いってだけで、そこに俺が関与してはいない。……ちょっと関わっているかもしれないけれど、関与していないということにする。

「そこでさっとハンカチを手渡す心配りがあれば、上杉さんも一人前なんですけど」
「なんだ。その俺がまだ半人前みたいな言い方は」
「……人混みに巻き込まれたときにさりげなく手を貸してくれる優しさなんかがあれば、上杉さんも一人前なんですけど」
「それはもうさりげなくねえだろ」

 映画館の近くは今出てきた人間とこれから入っていく人間とで混雑していて、気を抜いたらはぐれてしまう可能性もあった。通信機器があるとはいえど、離れてしまうのが面倒だというのに違いはないから、出来ることなら傍にいた方が望ましいが。

「……はぁ」
「幸せが逃げちゃいますよ」
「やって来たこともないからセーフだ。……ほら、袖でも握ってろ」
「……変化球」
「なんだその感想」

 そう言いながらも、ちゃっかり袖は掴まれてるし。

「これで一人前になれたか?」
「まだ四分の三ってところですかね」

 袖はお役御免で、何事もなく手を取られる。どうせ最後はこう収まるのだから最初からそうしておけよってことか。

「五分の一人前の奴に言われてもって感じだ」

 向こうの三倍以上俺の完成度の方が高い。どんぐりの背比べ感もあるが、勝敗と優劣ははっきりさせておくに越したことはないだろう。

「私も、上杉さんが思ってるよりは成長してますよ?」

 で、今度は腕を持っていかれた。大分耐性をつけたつもりではいたものの、周囲の視線は相変わらず痛い。

「どうだかな」
「どうでしょうね」

 意味もなく笑って、その場を後にする。
 彼女たちの成長なんてハナから知っていることではあったから、否定する気も起きやしなかった。


>「私も、上杉さんが思ってるよりは成長してますよ?」

ああ~

周囲の人たち爆発しろって思ってそう

>>46
ss読む前だったから大丈夫です
次巻発売したぐらいで読むわ

上杉さんを五等分しなければならない

二人がいちゃいちゃしてる……可愛い……

サイコホラーな五等分はNG

だが上杉は爆死しろ

ぼちぼち更新

 薄々感じていたことではあったが、日暮れまでの時間が短くなっている。途中密室に二時間幽閉されていたのだから当然それなりの時間経過はあって、茜色に馴染んできた東の空が、昼の終わりを告げていた。
 家庭教師をサボって四葉の付き添いをしてきたわけだが、なかなかどうして悪くない時間の使い方だったように思う。四葉には人を楽しませる才能があるのだろう。前まではそれが他人本位での行動だったから危うくも感じられたが、今は。

「四葉」
「なんでしょう?」
「もしかしてこれ、去年の反省会だったりするか?」
「へへ、バレちゃいましたね」

 いたずらっぽい笑みを浮かべて、四葉が顔を傾けた。夕陽を背にしているせいで、まるで後光が指しているようだ。

「相変わらず、なんでもお見通しです」
「俺でも分かるようにやってたろ」
「そこまで見透かしますか」

 四葉が、一本ずつ指を追って数を数えていく。それが片手で収まらなくなったところで、言葉が紡がれ始めた。

「あの雑貨屋は、たまたま見つけたお気に入りです」
「おう」
「あの喫茶店へは、自分へのご褒美でアルバイトの後に何度か通ってました」
「おう」
「あの映画は、前から気になってました」
「おう」
「全部、私の興味と好みが詰め込まれたものです」
「分かってる」

 主体性の一切が喪われたような行き場所の選定に、去年は大いに困惑したものだった。それを踏まえて、彼女なりに模索するものがあったらしい。

「他にも色々あったんですが、全部回るには一日ってすごく短くて」
「いいよ別に。お前が言いたいことはなんとなく察した」
「どうです、言った通り成長したでしょう?」

 胸を張る四葉。その仕草があんまり年不相応なもので、ついつい吹き出してしまった。

「あー、馬鹿にした!」

 「してないしてない」と手を振って否定した。微笑ましかっただけだ。
 この一年弱の間に、彼女は必死で自分らしさを探していたのだろう。姉妹の影を追うのではない、あくまで自分の内側だけで完結するものを。
 愚直だなぁと思う。まっすぐ過ぎて眩しくも思う。ただ、その前向きな姿勢が他ならぬ四葉らしさであるということを、本人だけが気づいていなさそうだというのがこの話のミソだ。

「俺の言ったこと気にしすぎだろ」
「私なりに思うところがあったんですよ」
「お前、そういうとこ変に真面目だよな」

 融通が利かないとでも言うか。実直さの弊害なのかもしれない。

「でも、おかげで色々見つかりましたよ」
「たとえば?」
「少ないお小遣いでどう工夫して楽しむかとか、短い時間でどれだけ多くのことが出来るかとか。……とにかく、色々です」
「すげえな、お前」
「へ?」
「いや、なんでもない」

 今日の頭に考えたことを思い出していた。なぜこいつが笑顔を絶やさずに生活できていられるかが謎だったが、そんなのはなんてことない、ただの発想の転換に過ぎなかったのだと理解する。
 与えられた環境に文句を言うのは簡単で、だけど打開するのは誰にでも出来ることじゃない。それをこいつは、その中でどれだけ自分が楽しめるかに主眼を据えて生きている。
 住めば都ではないが、住んだ場所を都に変える能力とでも言えばいいか。お気楽に見えて、こいつが一番真理に近いところに立っているような気がする。

「その前向きさは、俺も見習った方がいいなと思っただけだ」
「私みたいな上杉さんは、ちょっと気持ち悪いかもです」
「完全にトレースするわけねえだろ。コラ、俺にリボンつけようとすんな」
「今日はあの髪飾りがあるので」
「そうか。いやそうじゃねえ。なぜそのレベルで形から入ると思った」
「まあまあ」
「まあで済ますなよ……」

 要領を得ないやり取りをしばらく繰り返し、無駄に目立つリボンを互いに押し付けってから、それでも最後はなんとか四葉の頭部にそれを戻す。
 無駄にパワフルな彼女の気にあてられて、休憩のために街路樹に背中を預けた。こんな用途で設置されたものではないと分かっているが、今だけはどうか許してほしい。

「もしかしたら上杉さんに似合うかもしれないのに」
「似合ったとしても付けねえよ」
「そんなこと言わずに一度だけチャレンジしてみません?」
「お前がブラック飲むのとはわけが違うんだよ」

 沽券に関わる問題なので、そうやすやすと挑戦する気は起きない。写真でも撮られようものなら一生涯残る汚点になる。

「ぶー」
「拗ねるな。ダメなもんはダメだ」
「ぶーぶー」
「その異様な執着は一体どこから出てくるんだよ……」
「ただの好奇心ですが」
「えぇ……」

 どうせなら、もっとマシな理由の一つも考え出して欲しいところだ。それを聞いたおかげで、より一層つけてやらねえぞという気持ちは強固なものになったが。
 なおも多角的に攻めてくる四葉を適当にいなして、暮れなずむ夕日を眺める。結局丸一日遊んでしまったが、これは業務的にアリなんだろうか。

「上杉さん」
「なんだよ」
「楽しめました?」
「幸運にもな」

 彼女の足跡を辿るような一日だったが、いつかと違って名状しがたい違和のような何かは消え去っていた。自然に楽しめてしまった。……しまったというのも、なかなか言葉の綾感が染み出しているけれど。

「なら良かったです。上杉さん、最近ずっと忙しそうだったから」
「忙しいのは今に始まったことじゃねえんだけどな」

 四葉の額を軽く小突く。

「主に五人ほど、問題児の面倒を任されているおかげで」
「…………」
「後ろを探すな。間違いなくお前らのことを言ってる」
「やっぱりそうでした?」
「それ以外誰がいるんだっての」

 本当にもう、毎日がてんやわんやだ。自分の世話もしないといけないし、家族だっている。そんでもって、こいつらから目を離すわけにもいかない。
 いつの間にか五つ子の扱いが自分や家族と同列になってしまっていることにぎょっとするが、そこらへんに関してはいい加減に認めなくてはならないのかもしれなかった。気付けば、こいつらの存在なしに上杉風太郎は語れなくなっている。

「早えな、時間が過ぎるの」
「楽しい時間はあっという間ですから」
「……別に、今日だけに限った話じゃないんだけどな」

 聞かれないように極小の声で呟く。四葉理論で行くなら、俺はこの一年を楽しんで走ってきたことになるのだろうか。……途中途中に絶対人様には教えられないイベントが挟まっていて、それを楽しんでいたかと言われると正直返答に困ってしまうのだけれど。

「で、お前のプランに残弾はあるのか? ここまで来たらもうとことん付き合うけど」
「うーん……」

 眉間にしわを寄せて四葉が唸り始める。そこまでして考えなくてもいいのに……。

「……そういえば言われてません」
「何をだ」
「去年みたいに、『彼氏さんですか?』って」
「どこまで再現性高める気してんだお前」
「上杉さんが彼氏っぽく振舞ってくれないからー」
「言いがかりも甚だしいなおい……」

 謎の執念に尻込みする。そんな都合の良いことを言ってくれるエキストラが早々現れるはずもないのに、四葉は手を廂にして周囲をきょろきょろと観察しだした。

「狙い目はブティックですかね」
「狙うなそんなもん」
「とっておきの返しを考えてあるんですよ」
「備えるな。そんな憂いに」

 俺を何に巻き込むつもりなんだこの妖怪どデカリボンは。楽しかった一日の記憶にヒビでも入ったら最悪だろうに。
 確かに前は表情を変えるだけの微妙な間があったが、今回はその間をどうやって埋める気なのか。気にならないというわけでもないが、積極的に知りたいというほどでもない。俺が渦中に放り出されないのなら、知ってもよかったかもしれないが。

「近くにカップルへ無差別にインタビューを繰り返しているテレビカメラでもあれば……」
「やけに具体的で怖いからやめてくれ」

 俺も彼女に倣って周囲を見渡すも、それらしき影はない。どうやら杞憂。びっくりさせないでくれ頼むから。

「かくなる上は、近くの人にどうにかお願いして……」
「そこまでして披露したいのかよ」
「とっておきなんですもん」
「一生とっておけばいいのに……」

 お披露目の機会を得ないまま、納屋で埃をかぶって欲しい。使えるシーンがあまりに限定的すぎる対処法に、意味らしい意味なんてないのだから。

「取りあえず限界までカップルっぽくして可能性を高めましょう。まずはそれからです」
「どこらへんが『まず』なのかが理解できない」
「大丈夫! 天才の上杉さんならきっとすぐに分かってくれます!」
「悪い、言い方変えるわ。俺はきっと理解したくないんだ……」

 脳が絶妙に理解を拒むのが分かる。酷い茶番に付き合わされていると、体が拒絶の意を示している。

「私を助けると思って、どうか」
「何が助かるんだこれで……」
「うら若き乙女の純情です!」
「うら若き乙女は自分でその肩書を名乗らないからな」
「さあ、張り切っていきましょうね!」

 ここまで振り切れるといっそ清々しくも思った。四葉の腕に引っ張られるようにして、ずんずんと前に進んでいく。

今から続き書いてきます。上手く行けば深夜に更新するかも。

乙 やったぜ
四葉ちゃん尊みがふかい

ダメだ続きが気になりすぎて全然作業に集中出来ない……四葉かんわいい……

フータローの四葉リボンは原作でもやってたが似合わなすぎて笑っちゃう

キャンプファイヤーの時に5人全員が指を握りに行ってたし、フータローは全員を幸せにする義務がある

深夜(大嘘)

「そろそろ諦めたか?」
「いいえまだです。まだ可能性は残っています」

 人通りの多そうなところを選択して歩きながら、自分たちに話しかけてくれそうな人を探す四葉。何が原動力になっているのか、その頑なっぷりは尋常でないように思う。
 
「お披露目のタイミングは今じゃないってお告げだろ」
「それは、その、そうかもですけど……」

 四葉は何か言いたげに唇をもごもごさせる。ただ、無理なものは無理だ。現実はそう上手く出来たものではないから、欲しい時に欲しいものが手に入ったりはしない。

「退き時も重要だぞ。引っ込みがつかなくなってからだと遅いからな」
「うぅ……」

 肩を落として残念がっている。それほどまでに、俺に見せたいものだったのだろうか。

「仕方ねえな……」

 どうせこのままでは収拾がつかないのだ。なら、俺が一肌脱いだほうが早い。両損になるよりは、いくらかマシ。

「……あー」

 声色を調整する。形から入り過ぎだなーとも思うが、素面でやるのはちょっと厳しいのだ。

「…………そちらは彼氏さんですか?」
「……へ?」
「…………」

 当然の反応だ。我ながら意味の分からないことをしてしまった。もうちょっとまともな導入の一つや二つ、探せばあったに違いないのに。
 相変わらず、そのあたりで器用になれない。俺が俺たる所以が透けて見えるようだ。

「…………そちらは彼氏さんですか?」
「…………」

 今さっき言ったばかりの台詞を思い出している。人間にとって大切なものの一つは撤退のタイミングだと思っていて、だからこんな風に、一度踏み出してしまった足を戻せない。
 コストの回収に失敗した超音速旅客機の逸話を思い出す。せめて原価分でも回収したいという感情はきっと万人に共通のもので、しかもそれは、貧乏性の俺なんかには特に顕著なものとして現れる。
 だから早く、俺の意図を汲んでくれ……。

「………………そちらは――」
 
 投げやり気味に三度目を呟きかけて、そこでようやく四葉からの明確なリアクションがあった。どうやら、傷が浅いうちに救ってもらえるらしかった。
 ただでさえ腕が引っ付いているのを、今度は体の側面が一体化するレベルで密着する。無論、俺から動くはずもないので、これは全て四葉が主導の出来事だ。
 で、そこでどうやら、彼女が秘蔵していたとっておきがご開帳されるようで。

「…………彼氏さんにしたい人、かもしれません」

 伏し目がちに、俺にだけ聞こえるくらいの声量で、四葉は告げた。

「をゑ」
「ちょっと!」

 変な声が出てしまって、それを聞き咎めた四葉が俺の肩をがっくんがっくん前後左右、ひいては上下やら斜めやらの軌道を加えて揺らしまくる。もとから俺より力強い奴なので、抵抗することも出来ず乱気流に飲み込まれたみたいになっていた。

「私の純情になんてことを!」
「あばば」
「なんてことをー!」

 泡を吹いて気絶する寸前で、なんとか肉体が乱気流を抜けた。なおも視界のピントが定まらないのが恐ろしいが。
 四葉らしき輪郭の物体が、ずかずかこちらに詰め寄ってきているのは分かった。乙女の純情ってのは、俺が思うよりもなかなか重大なものらしい。

「もっと甘い反応をしてください!」
「甘いってなに」
「恥じらって!」
「……俺が頬染めながらそっぽ向くのはなんか違くないか?」
「ちょっとくらい動揺してくれてもいいじゃないですか……」
「動揺してるだろ」

 動いているし揺れている。しかも現在進行形で。三半規管の乱れからか未だに平衡感覚は定まらず、四葉の顔すら朧げにしか映っていない。

「物理的なお話ではなくて……」
「……いや、動揺してるだろ」

 予想していなかった言葉に、多少なりともダメージは負っていた。既に耐性をつけていたから多少胸がざわつく程度で済んでいるが、聞かされている時期が違えば、俺のリアクションが違うものになったのは疑いのない事実だ。

「……出来れば、その、前みたいに否定してくれると、会話はしやすいんだけど」

 三玖のコロッケと戦ったあの日を思い出す。これがまた単なるからかいならリボンを引っ張って終わりだから、扱いやすくて良い。
 四葉から時折感じていたつかみどころのなさが、ここでも発揮されることを祈っている。まるで女っ気のない俺をおちょくっているだけなのが一番望ましい。

「会話しやすいって?」
「ぎくしゃくするだろ、どうしても」
「私のこと、嫌いだったりしますか?」
「そういうわけじゃないけど、せっかくの人間関係がぎこちなくなるって言うか」
「嫌いではないんですね?」
「二度聞くことでもねえだろ……」
「かなり重要なので。……嫌いではないんですね?」
「まあ、そりゃな」

 嫌いな相手と一緒に休日は潰さないだろう。姉三人組とのとんでもない因縁ともあいまって、四葉と話す機会は増えていたし。
 そもそも初期から俺に協力的だったのはこいつだけなので、先生としての視点で、四葉が一番楽に扱える相手だった。……その分、誰より成績管理が厄介だという不要なおまけがついてきてはいたけれど。

「なら良かった。ねえ、上杉さん」
「おう?」
「さっきのあれ、もちろん嘘――」
「おう」
「…………わざと遮りましたね?」
「バレるか、やっぱり」
「はい。そのくらい、私だってお見通しなんです。――残念ながら、嘘……じゃないんです」

 これまた返答に困る。好意を持たれるのが嫌なことかと言えば決してそうではないが、なんせそれが原因で大変なことになっているわけだから。
 なので、ここで選択をミスすることは許されなかった。上手く立ち回って、諸問題を悪化させないようにする必要がある。

「そうか」
 
 なのに、やっぱり気の利いた言葉は口から出てくれなくて、逃げの姿勢が染み出したハリボテみたな笑みを顔に貼り付けることしか出来ない。真っ直ぐな思いをぶつけられると思考停止してしまうのは、前からずっと同じだった。

「今日一日一緒にいて、再確認出来ました。何より大事なのはどこにいるかじゃなくて、誰といるかだって。上杉さんの傍にいると毎日が賑やかで、あったかい気持ちになります」
「俺、そんな大層な人間じゃないぞ」
「知ってるので大丈夫です」

 それは果たして笑顔で言い切ることなのだろうか。自分が大人物でないのは言われずとも分かっているが、がっつり肯定されると、それはそれでなんとも言えない気分になる。

「姉三人と男の人の趣味が似通ってしまうのは流石に想定外でしたけど」
「ぶっ」
「人目を盗んで毎日のようにとっかえひっかえちゅっちゅしてる人を好きになるなんて、我ながらとんでもないことだなと思いますけど」
「…………え?」

 とんでもないワードが飛び出したのを聞いて茫然とする。……え?

「バレてないと思いました?」
「い、いつから……」
「少なくとも、最近ではないですね」
「……マジか」
「何やら事情がある様子だったので、聞いたりはしませんでしたが」
「……マジかー」
「申し開きがあるのなら、今ここで」
「いや、その、だな……」

 三件分の告白を保留している旨を四葉に伝える。もちろん、肉体関係については伏せた上でだ。結構な爆弾情報だが、彼女も大分知っているような口ぶりなので問題は小さいだろう。それよりも、一体いつ気付かれてしまったのだろうか……。

「ずいぶんと派手にたらしこみましたね」
「不可抗力だったんだよ……」

 少なくともきっかけはそうだった。その後は自分も結構ノリノリだったから、あまり人のせいにし過ぎることはできないけれど。
 

「で、優柔不断な上杉さんは誰にするか決めかねていると」
「うっ」
「誰が一番か品定め中だと」
「ううっ」
「今になってそこに私が混ざって来たから余計に困っていると」
「あんまりグサグサ刺さないでくれ……」
「……まあ、みんなの気持ちをなんとなく察した上で特攻しちゃった私も私かもですが」

 しかしやはり不服さがどこかに残るようで、四葉はじとっとした目で俺の視線を絡めとってくる。俺が今やっていることは最低の誹りを免れないだろうなというのは覚悟の上で、しかも四葉からすればその火の粉が彼女とその身内に降りかかっていると来たものだから、納得できないのも当たり前。

「上杉さんの取り合いで姉妹の仲が壊れるのは嫌ですし」
「それなんだよ……」
「でも、上杉さんを誰かに譲った場合、私はその様子を誰より近くで見せつけられ続けるわけで」
「そんなに性格悪い奴、お前らの中にいないだろ……」
「意識していなかったとしても、当然格差は出るじゃないですか。知らないアクセサリーをつけてたり、電話で長話をしてたり、最後には朝まで家に帰ってこなかったり。そこに悪意がないからこそ、私はきっとすごく後悔しちゃうと思います。『あの時もっと強引に詰めておけばよかったなあ』って」
「想像がエグいって。なんでそこまでリアルに思い描いてんだお前」
「私、意外と負けず嫌いみたいで」

 スポーツをやっている人間だから負けん気があるに越したことはないのだろうが、それにしたってもっと別のところで発揮してほしかった。よりにもよって、こんな場所でなくてもいいだろうに。
 前々から強まっている姉妹で仲良く過ごしてもらえれば、という俺の密かな祈りが、俺自身の存在によって脅かされかねないという強烈な皮肉。本当に、どうしてこうなってしまったのか。

「好きな人を誰かに奪われちゃうのは、耐えられないかもですね」
「……男を見る目が無さすぎるだろ、姉妹に共通して言えることだが」
「そこはほら、五つ子なので」
「似せんなそんなもん……」

 しゃがみこむ。情報過多で処理落ちしそうだ。この数か月、姉たちと積極的に近づき過ぎないように意識したせいで、今度は四葉を引っかけてしまった。そこに確かな思惑があったならいいが、こちらは完全に無意識。意図しないところで望外の結果が生まれても、俺はただ口をあんぐり開けて立ち尽くすことしかできない。

「……取りあえず、歩きながらお話しましょうか」

 忘れていたが、ここは一応往来だ。あまり長く留まり過ぎては道行く人の邪魔になる。
 そう考えて、四葉の提案に乗っかることにした。……今の発言を受けた後にこうやって腕を引かれるのは、明らかにさっきまでと違う意味が込められている気がする。



四葉ちゃん清涼感漂っててすごい

いいぞっ!

なるほど、二乃が悪いな!

四葉かわかわ

ほんへの四葉もこれくらいのことしてくれたらなぁ(最新話をみて心を痛めた人の感想)

四葉の闇は深い

ほんへ見て切なくなったので癒されにきました

最新話は落として上げるフラグなのでセーフ。逆に勝ちなので無問題。無問題ったら無問題。

 太陽がすっかりその姿を隠し、街の店々が照明を燦燦と輝かせる時間になって、その中をただ黙々と二人で歩いた。
 歩きながら話すと言った割にこの場に相応しい話題は提供されなくて、上を向いたり下を向いたり、とにかくそわそわしながらあっちこっちへ足を動かすだけ。体力の差があるせいか俺の体はもうずいぶんとくたびれてしまっていて、出来ることならどこかで休憩を挟みたい気分だった。

「上杉さん的には」

 ようやく四葉の口が開かれて、破られた沈黙の欠片を集めるように、そちらにすっと耳を澄ます。暗がりの中では視力がまともな働きをせず、残った五感が鋭敏になっている感覚があった。

「今のところ、誰がリードしてる感じですか?」
「これまた答え辛いこと訊いてくんなお前」
「この際根掘り葉掘り言った方がいいかなと思って」
「……そういうのを考えなくていいように、最近忙しくしてたんだよ」

 バイトのシフトを多めに入れて、今まで以上に勉強に打ち込んで。そうやって何か一つに集中している間だけは、彼女たちの顔を思い浮かべずにいることが出来たから。
 我ながら腐った根性をしているなと思うが、正直それ以外に方法がない。刻限までの時間をどうにかやり過ごさないことには、俺はまともに生活することも叶わないのだ。

「その場凌ぎでいずれ誰かを選ぶから保留なんて約束を取り付けたのはいいものの。……それはつまり、その」
「余りますね、たくさん」
「容赦ない表現使うな……」
「で、上杉さんの中の優しさが邪魔して、それを嫌がっていると」
「これを優しさって呼ぶかよ」

 かなりクズな部分だと思う。要は、自分の決定で産まれる不幸を嫌っているだけなのだ。なんならこんな男から離れた方が最終的に幸せになれそうな気もする。……それにしたって彼女たちの男運を思えば、後が危ぶまれもするのだけれど。

「せっかくの機会だから忠告しとく。俺だけはやめといたほうがいいぞ」
「ここで素直に聞き入れたら絶対に後悔すると思うんですよ」
「全員に諦めてもらえるならそれが一番だろ」

 間違いなく一生続く姉妹の関係を、俺みたいな部外者の存在で破滅させて良いわけがない。こんなのは、計算すればすぐ分かることだ。

「…………無理じゃないかなぁ」
「なんでだよ」
「たとえばですね」

 四葉の指が、俺の指一本一本をゆっくり絡めとっていく。一回り小さい手はしっとりとして柔らかくて、かさついている上にごつごつと硬い俺の手とは根本的に作りが違うのだろうなと思った。

「こういうのを知っちゃうと、もう戻れないわけです」
「どうして今知ろうとした……」
「戻れなくしておこうと思いまして」
「確信犯かよ」

 覚悟の示し方があまりに男前すぎて憧れそうだ。やめてくれって全身が叫んでいるけど。

「感想とか、ないですか?」
「JKビジネスが成立する理由がなんとなく分かった」
「…………もっと、単純なので」
「……体温高いな、お前」

 疑うまでもなく恥ずかしいことを言った。基礎代謝の違いだというのは分かっているのに、その温もりに何かしらの理由を見つけようとしている自分がいて本当に嫌だ。
 
「これが好きのパワーです」
「言ってて恥ずかしくないのかそれ?」
「正直失敗したのでこっち見ないでください」

 そう言われても、今見たものを忘れるのは難しい。まだ夕陽が残っていてくれたら、頬に差した朱も、照り返しだって勝手に納得することが出来たのに。

「……と、そんな感じで、私はもはや引き返せないところにまでやってきてしまったわけです」
「袋小路だって分かってるのに入って来るなよ」
「顔が同じなので、運よく選ばれることがあるかもなーって」
「よしんばそうだったとして、お前はそれに納得できんのか……」
「しちゃいますね多分。思い出は後からでも積み上げられるので、上杉さんの確保の方が急務です」
「しちゃわないでくれ……。もっと悩めよ……」
「競争相手がいなければもっとゆっくりでも良かったんですが、恋愛は基本的にスピード勝負なので」

 先手有利の原則はゲームだけにして欲しいものだ。人と人との駆け引きにまでそれが持ち込まれたら、一体いつ気を抜けるタイミングが来るか分かったもんじゃない。

「だから、私としてはもうなりふり構っている場合じゃなくて」
「構え。人として最低限の尊厳を見失うな」
「使えるものは、全部使うべきだと思うんです」
「なんだそれ……」
「最初にポイントの話をしましたよね」
「あったなそんなのも」
「内訳は省きますが、428ポイント達成です」
「どうなってんだ」
「でも、間の悪いことにギョウザ無料券は切らしていて」
「切れるもんじゃないだろそれは」
「…………だから、その、中野四葉一晩自由権で手を打ってもらえないかなと」

 知らぬ間に、ネオンがけばけばしく光る謎のエリアにやって来ていた。近くの電飾看板にはここが休憩所である旨が記されていて、かねてから体を休めたかった俺としてはうってつけの場所に思える…………わけねえだろ。バカか。脳みそ溶けてんのか。

「落ち着け」
「作法は予習済みです」
「こんなところで俺の教えを活かすな。お願いだから正気を取り戻してくれ」

 一日ほんわかとしたノリでいたのに、最後の最後でラのつくホテルに入ったら全部が全部瓦解する。それはいけない。
 四葉は話を聞ける奴だ。だから、なんとか説得して離脱しないと。

「初めては、どうしても上杉さんが良くて」
「聞いてもない情報を開示するな」
「今ならまだ、浮気扱いにはならないでしょう?」
 
 ただでさえ近かった距離が更に詰まる。傍から見れば、これは痴話喧嘩扱いを受けるのだろうか。

「なら、今のうちに、それだけでも」
「勇み足で捨てるもんでもないだろ。大事にしまっとけばいいんだよ」
「…………あ、あの」

 四葉の目がキラキラと光っている。というのも、浮かぶ液体が周囲の光を弾いているからだった。

「女の子がこういうお願いをするのがどういう意味なのか考えてもらえたら、嬉しいなって」
「じょ、情に訴えかけられても……」

 固まっていると、四葉の頭がぽすんと俺の胸あたりに収まった。服を貫通するくらいに顔が熱を持っているのが分かって、言いようのない悶々とした感情が心の奥底に渦巻く。

「好きな人に拒絶されるの、すごく、辛いです」
「目を、目を覚ませ。恋に恋してるだけだきっと」
「それならそれで構いません。だって今、こうしてるだけでとっても幸せなんです」

 四葉の腕が背中に回る。髪の毛からはお馴染みの甘い香りがして、必死に自制しないと今にも腰が砕けてしまいそうだった。

「口で答えるのが恥ずかしいなら、どうか、抱きしめ返して……」
「…………ッ」

 反射的に動きかけた腕をどうにか意志の力で押さえる。ここの最適解は心を鬼にしてこのまま立ち尽くすことだ。四葉ならいずれ人間の出来た優しい男を引っかけられるだろうし、その頃にはきっと俺のことなんて忘れている。人間、道半ばで冷静な判断なんて下せないんだ。だから今の捨身の行動だって、一時的な感情の昂ぶりが引き起こした思いの揺らめきにすぎない。
 そう思えば、俺は心を鬼に出来る。今四葉を泣かせる役割を背負うことで、結果的に彼女をいい方向に導いてやれる。
 自分の中できっちり結論をつけて、大きく深呼吸をした。大丈夫。俺は冷静。

「嬉しい、です……」
「……………………」

 冷静に、間違った。相変わらずに先のことを考えず、今この場で四葉の泣き顔を見たくないなんて思ってしまった。
 その結果、両の腕はぎこちなく、しかし確かに、彼女の背中を抱え込んでいて。

「上杉さん、大好き……」

 絶対にこんなのはおかしいのに、安心しきったような彼女の声音に、心の大切な部分を溶かされてしまった。
 本格的に本能に負け初めてるぞ、俺。
 

やばい四葉ちゃんちょうかわいい

ええぞええぞ

四葉と!

女を泣かせちゃダメだよね

そのためにも上杉さんを物理的に五等分しなきゃ

中野四葉一晩自由権とかいうプレミアムな権利

指絡めてくるのヤバイな……四葉ちゃん卑しい……

>>183
※ただしフータローに限る

「あ、あわわ……」
 
 四葉がこれでもかというほどにたじろいでいた。でも、俺も今激しく動揺しているから気持ちは分かる。今にも「なんだこれ」と言い出したい気分になっている。

「透け透けです……」
「悪趣味すぎる……」

 内装に個性が溢れていた。照明はなんだか気持ち悪い暖色だし、シャワールームは全面ガラス張りだし、とにかくわけが分からなさすぎて、動物園にでも放り込まれたようだ。

「え、えっと」

 四葉はきょろきょろと視線を泳がせて、最後には部屋の中央に鎮座するやたらと大きいサイズのベッドを見た。

「ど、どうしましょ?」
「作法は予習済みなんじゃねえのかよ」
「いざ入ってみると頭の中が桃色でまるでダメです」

 限度いっぱいまで頬を染め切った四葉は、機能停止したように俺にもたれかかって。

「り、リードをお願いしても?」
「じゃあ、日中汗かいたろうしひとまず風呂から……」

 覚束ない足取りで風呂場に向かい、電子パネルをいじくって湯を溜める。外から丸見えなので溜まりきったタイミングが分かりやすいのは一つの利点なのかもしれない。問題はそれ以外のデメリットを一挙に背負っているところなんだけど。

「あ、あの」
「なんだよ……」
「お風呂が準備できるまでどうしましょうか?」
「俺はシャワーだけでいいから先に入るけど」
「えっ」
「え?」
「ここまで来たら、一緒じゃダメですか……?」
「…………ダメでは、ないけど」

 しかしそうなると、時間の潰し方が見つからない。やることをやるにしたって、体を綺麗にしてからの方がいいだろうし。
 このままのテンションでそわそわしたまま待つのは、流石に苦しいことに思えた。心臓にかかる負荷が馬鹿にならなそうだ。

「お、おー。スプリングがしっかりしてんな」

 間のつなぎ方が分からなくて、ベッドに腰かけて何度か体を弾ませてみた。そもそも数えられる程度しかベッドで寝た経験がないので、スプリングがしっかりしているかどうかの判断基準を持ち合わせていないのだが。

「あー、なんだ。お前も座れば?」
「……し、失礼します」

 がっちがちに固まった四葉の体重分、マットレスが沈む。何も、肩が触れる距離まで近づかなくてもいいと思うのだが……。

「……痛いって本当なんですかね」
「そういう話を今すんのか……」
「怖いんですよ。分かってください」
「まあ、うん……」

 異物を体内に突っ込むのだから、防衛反応として痛みがあるというのは理屈として通ると思う。だが、予めそういった目的で形成された器官であることもまた事実なので、実際のところはどうなのだろう。男なので、想像しか出来ないのが悔やまれる。
 俺をガンガンに犯していった連中はそういった素振りを見せなかったので、そこも姉妹共通していればなんとかって感じか。
 取りあえず、今のうちに唇でもくっつけておいて、彼女の緊張を少しでもほぐせれば。そう思い、ゆっくりと顔を彼女に寄せて――

「えと、キスとかってどのタイミングが良いんですかね……」
「聞かれると一気に恥ずかしくなるからやめてくれ」
「も、もしかして今しようと……?!」
「確認されると死にたくなるから勘弁してくれ」
「さ、さすが手練れ……」

 これ以上しゃべらせても無益なので、さっと唇に栓をする。すると、瞬間的に四葉の体が強張って、感情のやりくりを間違えたようにぷるぷると震えだした。爆発でもする気か。

「…………い」
「い?」
「息って、どうするんでしたっけ?」
「鼻呼吸しろ鼻呼吸」

 そのレベルまで教えてやらないといけないのか。いや、テンパっているのは重々承知の上なんだけど。

「で、でもあれですね。一応成功ですよね」
「成功失敗が存在するのか知らねえよ……」

 でも確かに、勢い勇んで歯を当ててくる奴とかがいるかもしれない。それを思えば、流されるままぷるぷるしていた方がまだマシなのかも。

「オーケーです。バッチコイです。このペースで、その、大人なやつも……」
「言いながら照れんのやめろ」
「上杉さんがしょちゅう一花たちとやっているアレを」
「急に冷めるな」

 とかなんとかやり取りをして、もう面倒なので四葉をベッドに寝ころばせる。背中を何かに預けていた方が少しは安心感があるだろうし。
 四葉はそれに戸惑ったようだったが、何を勘違いしたのか大人しく目を閉じてくれたので、それに乗じて唇を重ね、無防備な口内にそのまま舌を挿入する。
 まるで誇れることではないがこの数か月これをひたすら続けさせられてきたので、妙に習熟している感があった。未経験の女の子一人くらいなら、そこそこ満足させてあげられるかもしれない。
 奥歯や歯茎に順繰り触れて、最後に舌同士を絡ませ合う。四葉は完全にされるがままのスタイルになっているが、こうも従順だと心に余裕が持てて良い。終始俺優位で進められるなら、マズいことは起こらないはずだから。

「…………ん、っ!」

 失念していたが、こいつは基本的に俺よりも力が強かったのだった。不安に駆られたのか両腕でぐっと引き寄せられた俺の体は彼女にぴったりと張り付いて、胸部にある存在感の塊を強引に意識させられる。こんなものを抱えた上でよく運動なんて出来るもんだなと、唐突に感心した。

「き、きもちいいですね、これ」
「なら、良かったけど」
「みんなが夢中になる理由がなんとなく分かりました」
「分からなくていいから」

 わいきゃい言っていると、電子音が響き渡った。どうやら風呂が沸いたらしい。
 その音で我に返ったらしい四葉は、この後俺の前で素肌を晒すことを思い出してか、急速に赤面して何も話さなくなった。既に中野姉妹の体つきは把握しているので、俺はだいぶ気が楽だったりするのだけれど。

「ほれ、立て」
「……お姫様抱っこでどうでしょう?」
「落としても文句なしな」

 冗談抜きで俺の力だと取り落しかねない。それを恐れてか、彼女の腕が首に回る。重心を上手く合わせてくれれば人間は意外に運びやすいから、ありがたいことだ。
 そのまま脱衣所に彼女を下ろし、だらだらしていても仕方ないので上に着ていたシャツを脱いで上半身裸になる。その様子をじろじろ見ていた四葉はやっぱり赤面していて、固まったまま動かない。

「そのまま風呂入んのかよ」
「心の準備がありまして……」
「……あっち向いてるから、その間に手早くな」

 個人的には、裸を見るよりも脱衣のシーンを眺める方が背徳感があった。四葉はどうか知らないが見られていない方が気楽なのは誰でも同じだと思うから、気をきかせてそっぽを向く。
 自分だけ先に全裸になってもあれだからとたらたらズボンを脱いでいたら、後ろから「あっ」という何かマズいことにでも気づいたような声が聞こえてきた。虫でも出たのかと思って、すっとそちらを向くと。

「…………あ、あの、違うんです。これはそういうのじゃなくて」

 上下下着姿の四葉が、主にショーツの方を隠そうと手を交差させていた。けれど慌てているためか完全に隠しきれてはおらず、シンプルな綿地にリボンがあしらわれた布がちらちらと覗いている。いつだか聞いたお子様パンツってやつだ。

「いつもはもっと大人な感じのを履いてるんですけど、今日はたまたま……」
「バランスを考えてくれ……」
「バランス、ですか?」

 ダイナマイトみたいな体に合わせていいアイテムじゃない。もっと貧相な体躯だったら目立たなかったのかもしれないが、出るところが出まくっていて引っ込むところは引っ込みまくっているこいつみたいなのが履くにはさすがにアンバランス。こんなのはもう半分凶器だ。
 でも、なんだろうか。自分に特殊な嗜好はないはずなのに、なんだか妙に興奮している気がする。禁忌に触れた気分になってしまっている。

「え、あ、上杉さん?!」
「どうせこのまま脱ぐまでに時間かかんだろ」
「そ、それはそうかもですけど……!」

 寄って、さっさとブラのホックを外す。布が落ちないようにと下の守りが手薄になったところで、ショーツの方もずりおろす。四葉は盛大に狼狽していたが、どうせいずれ全部見るのだから遅いか早いかの違いだけだ。

「じゃ、じゃあ、私も失礼して……」

 観念して両方の布から手を離した四葉が、俺のパンツに手をかけた。が、突起が引っかかっていてなかなか上手くいかない。もどかしい刺激を与えられて悶々とするが、あくまでこれは体を洗う前段階なのだから、今から盛るわけにはいかなかった。

「お、おっき……」
「感想は良いから……」
「……私は欲しいですけど」

 そう言われた後からでは直視できない。どう思われてもいいが、こんなときに限ってクールを気取りたくなる。

「……どこもかしこもデカい」
「お尻は見ないでくださいよぉ」
「見てねえよ……」

 残念ながらこれは嘘だった。安産型でとてもいいですねと心の中で批評して、そっと目を閉じる。……と、視界を自ら潰したのが災いしてか、突然顔にお湯を浴びせられた。どうにも、四葉がシャワーを使ったらしい。

「えっちな上杉さんへの罰です」
「前見えねえからやめてくれ」
「まじまじみられたら恥ずかしいのでなおさらです」
 
 ばしゃーっと湯を頭から浴び続けて、見る見るうちに髪の毛が潰れた。そこまでやって満足したのか、四葉は次に自分の頭にもお湯をかける。

「せっかくなので頭の洗いっこしますか?」
「幼稚なプレイみたいだから勘弁してくれ」

 近くのシャンプーをワンプッシュして、適当に髪を洗う。短髪なので、時間も手間もかからない。

「……む」
「なんだよ」
「私は洗ってもらいますからね」
「いいのかそれで。女の命だろ」
「上杉さんに命を預けます」
「……ったく」

 加減はさっぱり分からないが、なんとなく5回分ほどプッシュしたシャンプーを手に取った。こいつはそこまで髪が長い方ではないから、要領が違い過ぎるということはないはずだ。

「優しくお願いしますね」
「まるで分からん。こんな感じか?」
「そんな感じですねー」

 適当な強さで髪を梳いて、泡が回るように頑張ってみる。しかし、後ろから手を回しているせいで、ちょくちょく俺のが四葉の尻あたりを掠めるのがどうにも。やっぱり変態っぽいなこれ。

「じゃあ、そろそろ流してもらって」
「おう」

 さっきの仕返しとばかりに、流水で彼女の頭をぐちゃぐちゃにする。わーきゃー騒いでいるから、ここに来た主旨を忘れている説すらあるなこいつ。

「じゃあ次は体の方を……」
「それは完全にアウトなやつだろ……」
「そ、そういうところから慣れていければなと思いまして」
「言いながら石鹸泡立てんな。そういうのは本職の人に任せとけ」
「ほんしょく……?」
「忘れろ」

 失言だった。だが相変わらず四葉はせっせと泡を立てていて、それをどうするかに悩んでいるようだ。
 

「……そうだ」
「絶対ろくでもない思い付きしたろ」
「あわあわの私が上杉さんに抱き着けば……」
「やめろ。そういうのは玄人のお姉さんたちに任せとけ」
「くろうと……?」
「忘れろ」

 失言が止まらない。しかし、彼女の発想は非常に危険だ。少なくとも知り合いとの間でやることじゃない。

「おい」
「や、やるだけやってみましょうよ」
「待て。待って」
「素肌が触れあうと、気持ちいいですし」

 ちょっと目を離した間に泡まみれになった彼女が、俺の体を抱きしめてくる。完全に絵面が終わってるだろこれ。
 確かに人間の体は良く出来ていて、素肌と素肌が触れあうとなんとも言えない多幸感に満たされる。しかもそれを潤滑に進める泡が仲介するのだから、気持ち良くないわけはないのだが。

「あっ、これはヤバいやつですね」
「急に我に返るなよ。どうすんだこれ……」
「か、体動いちゃいます。勝手に」
「完全に体を綺麗にする目的から外れてるだろ……」
「そういう上杉さんも、さっきから私のお尻……」
「…………」

 手に馴染むもち肌は姉妹共通らしい。しかし、意図していたわけでもないのにこの動き。数か月間返上していたお猿さんの称号を取り返すときなのかもしれない。

「なんだかいけないことをしてるみたいで……」
「してるだろ実際」

 口ではそう言いながらも、ちゃっかり体は動いていた。四葉の背や腕に泡を塗り込みながら、こっそりと彼女の柔肌を堪能している。こうなればもう、変態の誹りは免れまい。やっぱりお猿さんは健在だったようで、自分の進歩のなさに愕然となる。

「あの、大丈夫ですか?」
「何も大丈夫じゃないけど」
「いえ、さっきからその、おへそのあたりに熱いものが……」
「だから大丈夫じゃないんだよ……」
「…………さ、触っても?」
「こんなとこ来てる時点で腹は決まってんだから一々確認しないでくれ……」

 「私の体で興奮してますね?」と詰め寄られているみたいで、なんとも気恥ずかしい。実際にそうなのがまたなんとも。
 四葉はちょっとだけ名残惜しそうな顔で俺から離れて、もう手がつけられないくらいに膨れ上がった俺の下半身をまじまじと眺める。そしてそれから、右手でつーっと裏筋を撫でた。泡で滑りが良くなっているせいで、まったく知らない感覚が俺に襲い掛かってくる。
 その快感に、堪え性もなく顔を歪めてしまった。彼女はそれに気を良くしてか、今度はその小さな手のひら全体で包むようにして、俺を擦りあげてきた。その力加減がまた絶妙で、口から情けない声が漏れてしまう。

「気持ちいいですか?」
「必死に耐えてんだから気ぃ散らさせんな」
「で、出そうですか?」
「恥ずかしいなら言葉責めはやめとけっての……」
「はぅ」

 ぎこちなさに耐えかねて、デコピンを叩き込んだ。似合わないことをされると、背中が痒くなってくる。
 こちらはどう避けようとしても常に目に入ってくる四葉の健康的な肢体を前に思考が過熱しているから、正直それだけで十分なのだ。変化をつける必要性が感じられない。

「う、上杉さん」
「なに」
「せっかくぬるぬるなんで、胸でしてみます……?」
「…………お願いするけども」

 大質量に圧迫されるのはさぞや気持ちのいいことだろうと思う。ぜひとも試してみたいし知ってみたい。なれど、どうしても見た目がマニアっぽくなってしまうのが難点だった。俺は四葉にお金を払ったっけ。

「どくどくしてて別の生き物みたい」

 自分の意思で制御できないことが多すぎるからその感想になんの間違いもなかった。四葉は不慣れな様子で自分の胸を持ち上げてから、その谷間に俺を誘導する。

「……これだと顔にかかっちゃいますね」
「想像しちまうから言うな」
「…………かけたかったりしますか?」
「しねえよ。俺を何だと思ってんだ」
「わ、私はちょっとだけかけられたいって思ったり」
「するなよ。しても言うな」

 会話中に、もう動きは起こっていた。上半身を全て使うようにして俺を扱きながら、四葉は時折熱い吐息を吐いている。

「……ちょっ、もっとゆっくり」
「これ、私も気持ちよくって……」

 俺は直立状態なので、押し寄せる快感に何度か膝を折りそうになる。転ばないようにと彼女の肩を掴んでいるせいで、密着度が余計に上がっている気がした。
 慣れてきた彼女が緩急なんかつけるせいで、いよいよ軽口を叩く余裕すら消え失せる。どうしようもない射精感がせり上がってきて、思考全てが白に染まった。

「…………ぁ」

 何度も何度も激しく脈を打ちながら、ためこんでいたものを盛大に吐き出した。ここ最近ご無沙汰だったというのも相まって、冗談みたいな量が出る。それらは彼女の胸と、そしてお望みどおりに口の周りへ飛び散っていた。

「…………にがいれふ」

 なぜ舐めたと問いただす前に笑ってしまった。とにかく、さっさと体を洗い流さないと。

「湯船、広いですね」
「それが分かってるならなぜこのスタイルなんだ……」
「正面からだと恥ずかしいので」

 せっかく湯を張ったので、二人そろって湯船に浸かった。彼女の言の通り足を悠々と伸ばせるくらいにバスタブは広いのに、なんでか四葉は俺の胸板に背を預ける格好で座っている。角度のせいで、妙に色っぽいうなじが目についた。

「そんなもんか?」
「ひゃっ、なんでお腹つまむんですか?!」
「つい」
「つい?!」

 手持無沙汰なので、なんとなくの行動だった。日頃から運動している成果なのか、腹回りはかなり引き締まった印象を受ける。俺も見習いたいくらいだ。

「じゃあ、私も失礼して」
「内腿撫でんな。ぞくぞくする」
「……上杉さんもいかがですか?」
「……いや、それは」

 絶対にそのままエスカレートしてしまう自負があった。体勢的にも、とある部位を非常にいじりやすくなっている。

「い、いかがですか……?」
「誘導すんなよ……」

 手で手を招かれて、彼女の左の太ももに触れる。やはりこちらも引き締まっているが、それ以上に柔らかさが目立った。男女で人体の組成がここまで変わるものなのかと驚嘆するのはいつもの流れだからもうやらないが、それにしたって興奮するものは興奮するのだ。
 さわさわとその周辺をいじくりまわしながら、こっそりと手を上へ上へと持ってくる。なんとなくサケの遡上を彷彿とさせる動きに、我ながら何をしているんだろうなあと呆れた。で、両者の間にあった暗黙の了解を守りながら、偶然触ってしまった風を装いつつ、彼女の秘部を一撫でする。

「ひゃぃぅ」
「どうやって発音した今の」
「あ、あの、恥ずかしいので口押さえててもいいですか……?」
「お前の好きにすればいいと思うが……」

 正直、普段は聞くことの出来ない声を脳に刻んでおきたいという思いはある。かつてはそれが暴走して、某次女さんにずいぶんと恥ずかしいお願いをしたこともあった。
 だが、俺も脱童貞して久しい。そういうがつがつした価値観からは抜け出すタイミングなのかもしれない。
 
 いきなり奥までつっこむわけにもいかないだろうから、入り口のまわりを揉みこむようにして丁寧に撫でるところから始めた。水の中なのに彼女が濡れているのが感じられて、四葉みたいな元気っ子もこうなるのかと悟りを開く。なお、俺の下半身状況はとてもじゃないが悟りを開いた人間のそれではない。

「……んんぅ……ぁぅっ……」
「余計エロいからやっぱダメ」

 想像以上に早いギブアップ。くぐもった声は密室内で良く反響して、下手な言葉責めよりもよっぽど俺に突き刺さった。こうなるくらいなら普通に喘いでいてもらったほうがなんぼかマシだ。

「じゃ、じゃあ、キスしてもらっても?」
「どこからその接続詞を召喚した」
「今のままだと下ばっかりに意識が向かって大変なんですよぅ」
「良いだろそれで。ほぐすためにやってんだから」
「……あと、あんまりえっちな姿をお見せするのがどうにも」
「気にしねえよそんなの……」

 むしろ、男性心理からすれば積極的にお見せしてもらいたいくらいだ。その方がこちらも割り切りやすくていい。

「……ほれ、こっち向け」

 だけど、キスしながらの行為も乙なものに思えたので、彼女の動きを促す。腰を捻ったせいかは知らないが指先に伝わる感触が変わって、こういうやり方もあるのかという新たな知見を得た。

「……んっ」

 唇を触れ合わせたタイミングで、彼女の狭い膣口を分け広げる。瞬間的にびくりと体が震えたようだったが、痛みはなかったのか、その後は体の力を抜いて、一切の結末を俺に委ねてきた。

「……ん、む……」

 手を余らせておくのはどうかと思い、彼女の乳房を揉みしだくことにした。手に収まらないサイズの果実はずっしりと重くて、見た目に反さず異様な柔らかさを誇っている。ついさっきこれに搾り取られたばかりだからどこかに畏怖の感情が残っていて、敬意を示すみたいに、全体を余すことなく揉みほぐす。性感帯を同時に何か所からも刺激されている四葉はもうわけが分からないようで、頼りない力で俺の舌技に応え、あとは時折甘い声を漏らすのみ。
 その仕草に愛おしさのようなものを感じてしまった俺は本当に末期なのだが、今はその感情を捨て置く。しばらくそれを繰り返しているうちに、彼女の全身が大きく脈を打って、その後脱力した。指先からは、ひくつく感覚が伝わってきている。

「…………お上手ですね」
「特別なことは何も」
「お上手ですね」
「うっ」

 どうやら未経験でないことは察されてしまったようで、刺すような視線から逃れるために、下半身のもっとも敏感であろう部分を刺激した。手法が最低すぎる。

「そ、そこはダメです」
「言ったらもっと攻められるのに」
「あ、だ、ダメですってばぁ……」

 集中的にいじくりまわしていると、再びの痙攣。どうやら本当にここが弱いらしい。強い人間がいるかどうかは謎だが。そもそも強いってなんだ。

「お湯が汚れちゃいます……」
「気にすることじゃないと思うが」

 それからしばらく、お互いの弱点をいじりあいながら湯船に浸かり続けた。ふやけたりのぼせたりしそうだったが、果たしてそれがお湯だけのせいだったのかは定かではない。

 空気を揺らす低温が室内に響いている。音源はおれの手の中にある家電で、その効果を享受しているのは目の前に座った四葉だった。

「上杉さん、ドライヤー慣れてますね」
「妹がいるからな」

 濡れたままには出来ないので、据え付けられたドライヤーで乾かしていた。四葉たっての希望で、俺がわしゃわしゃと未だ水気を含んだ髪を梳いている。
 これまた備え付けのガウンを着ているので裸ではないが、もうこの服の下がどうなっているかを知っているので、今更感が酷い。

「まあ、こんなもんだろ」

 どの状態が完成形かはよく分からないが、びしょ濡れは脱したので終わりということにする。四葉も文句がないようなので、きっとこれで大丈夫に違いない。

「…………と、言うわけでだ」

 四葉のガウンの結び紐をしゅるしゅると外す。彼女も髪を乾かし終わればどうなるかは理解できていたようで、されるがままになっていた。
 再び裸に剥き終えて、俺も羽織っていたものを脱ぐ。これからやることを想像してしまって、風呂上がりに一度落ち着いたはずの陰茎がもう一度暴走を始めていた。

「濡れすぎだろ……」
「実は、乾かしてる間もずっとさっきのこと思い出してて……」

 指を差し入れて、具合を確認する。このくらいになっていると、もう前戯の必要性は薄いかもしれない。
 
「ここに、入るんだなあって」
「言葉にしなくていいから……」

 そのままゆっくり押し倒す。これはもう流れで行ってしまう展開だと、ベッドサイドにあった小さな包みを破り、中からゴム製品を取り出す。これを使うのが初めてって、よく考えたらとんでもないことかもしれない。
 で、それを着用するために下半身に手を伸ばしたところ。

「え、なになに?」
「…………です」
「なんだって?」
「要らないです……」

 四葉にぐいっと押しのけられてしまった。どう考えても要らなくはないので、彼女の真意が計れない。

「要るだろ」
「もしもの時はもしもの時で」
「だから要るんだって」
「……私としては、どうにかしてそのもしもを引き当てたいのですが」

 四葉の狂気にあてられていると、隙を盗んで手に持っていたゴムが投げ捨てられてしまった。万一傷ついていると困るので、あれはもう使えない。
 それならばと予備の方に手を伸ばしたら。

「…………」
「隠すな」
「…………」
「あー……」

 ゴム風船みたいに引っ張られて、使い物にならなくされた。やることが大胆過ぎて呆れを通り越した尊敬がやって来る。

「ふふ、これでどうです?」
「フロントに補充してもらうけど」
「…………だめ」

 思い切り抱きしめられて、全ての行動を封殺された。こうなると俺には何も出来ない。女子相手に力で負けるとか、割と悲しい話だと思うのだが。

「このまましないと、だめです」
「…………その執念はどこから来るんだよ」
「せっかくの初めてなので、どうか」
「…………力抜け」

 涙目の懇願にあっさり折れてしまう自分の弱さを盛大に呪う。今度藁人形でも仕入れてくることにしよう。
 
「あ、う、嬉しい、です」
「そうやって乱すのやめてくれ本当に……」

 手で補助して狙いを定め、先端をゆっくり挿し入れた。彼女の膣内は俺を受け入れてか大きくうねって、肉ひだの一つ一つが執念深く俺の亀頭に絡みついてくる。

「……っ!」
「こら、爪立てんな」

 恐怖感があるのか、彼女の爪が俺の背中に食い込む。これは痣になるなと覚悟しながら、出来る限り優しく口づけて、彼女の警戒を解こうと努めた。

「あ……奥、すご……」
「頭空っぽにしとけバカ」

 ゆっくり、ゆっくり、時間をかけて、彼女の中に自分自身を埋め込んでいく。焦らされているようで歯がゆいが、ここで派手に動いたら四葉のトラウマになる可能性もあるし。
 それで言えば、俺の存在そのものが彼女たちに対する害悪なのは間違いがなかった。かつて二乃が言った、『俺の存在が彼女を腐らせる』主旨の発言は、大正解だったわけだ。
 彼女の先見の明にひれ伏しながらも、そもそもこんなことになった原因はお前にもあるのだと責任転嫁する。そうでもしないと、この場で正気を失ってしまいそうだった。
 現在進行形で理性と情欲との綱引きが行われていて、今はまだ理性が保てているから彼女への思いやりが残っているが、いざここで押し負けでもすれば、すぐにでも前後運動を開始してしまいそうだ。このもどかしさは疑うこともない毒で、早く自由に快楽を貪りたい。その思いは確かにあって、だからそれを殺すのに苦労した。

「…………はぁ、んっ……」

 一度のピストンに十秒くらいかけながら、彼女の体を慣らしていく。意志と肉体が方向性の違いで乖離しかけていて、もうどうにもなりそうにない。
 
「……悪い、四葉。もう加減出来ないかも」
「ど、どうぞ。上杉さんが気持ちよくなってくれるなら、私はそれで……」

 ここに来てそれは卑怯としか言えなかった。おかげで、せっかくセーブしていた感情があふれ出して、もう思いやりも何もかも捨て去り、ただただ己の快楽だけを追求するかのように、腰がひとりでに動き出す。
 四葉の声色が、大きく変わるのが分かった。先ほどまでは控えめに喘いでいたのに、勢いづいてからは、声帯が暴れているみたいに、甘い叫び声をあげている。
 そんなものを聞かされて我慢できるほど、人間が出来てはいなかった。
 その結果、二人の肉体が一体化してしまうのではないかと危惧される勢いで、何度も何度も激しく体を打ち付ける。彼女からあふれた愛液がシーツを濡らすようになるレベルで、止まらずに体を合わせ続ける。
 背中に食い込む爪の感触はいっそうリアルになって、それが唯一俺を現実につなぎ留める楔の役目を果たした。そうでもないと夢世界を飛び回っているみたいで、まるで現世を生きている実感がなかった。

 そんな俺の虚をつくタイミングで、彼女の膣が思い切り締まった。限界間近だったことも相まって、堪らず彼女の中に幾億の精子を放流することになる。何度も腰はガタついて、一滴残さず解き放ってしまおうと必死だった。

 一通りの反応が終わってから、いそいそと陰茎を抜き去る。そうすることによって堰が破られるみたいに俺が出したばかりの精液が漏れ出して、両者の体液が混じり合った淫靡な香りが充満した。

「……も、もう一回、いかがですか?」
「…………っ」

 空気感にあてられてしまった彼女のラブコールに、一度は萎れた体がにわかに沸き立った。これ以上精子がこぼれないようにと再度その穴を塞いで、テクニックの欠片も感じさせないような荒々しい動きで、彼女の全てを犯し尽くしていく。
 
 射精して、射精して、また射精して。それからはもう抜くこともなく、体位を変えながら何度も何度も混じり合った。性欲モンスターの俺と体力のある四葉の組み合わせだから、なかなか終わりは訪れず、どちらかが疲れて眠ってしまうまで、ずっとずっと、お互いの肉体を食みあっていた。


 朝日が眩しい。結局一泊してしまって、朝帰りになっている。日中も動いたのに夜まで暴れたので疲労が思っていた以上に濃かったらしく、二人そろって熟睡してしまった。

「なあ四葉」
「なんでしょう上杉さん」
「お前、姉妹が朝帰りした時のこと危惧してたろ」
「はい」
「それを率先して実行するって、なかなかすごい皮肉じゃないかと思うんだが……」

 疑われるのは間違いなしで、というかほぼ完全に見抜かれる。調子に乗ったせいで四葉の胸元に内出血痕を残しまくってしまったので、問い詰められたら確実におしまい。そもそも嘘が下手な四葉のことだから、隠し通すのは不可能な話だった。

「……やっちゃいましたね」
「今気づいたのかよ……」
「後先を考えてなくて……」

 俺も便乗したので好き勝手は言えない。だが結局、自分で自分の首を絞める結果になってしまったわけだ。ことごとく成長がない。本当にこれが知的生命体としての在り方なのだろうか。

「でも、全然後悔してはいないから不思議です」
「お前なあ……」

 朝のラブホ街で腕組みはいくらなんでもあからさま過ぎる。昨晩何があったか自白しているのと変わらない。

「……で、上杉さん?」
「なに」
「結局のところ、誰を選ぶ予定ですか?」
「…………この状況で聞くかよ」
「私ですか?」
「圧」

 すげえぐいぐい来る。あんなことをした後だから、これくらいはなんてことないってか。

「……というのは冗談です。気長にお返事お待ちしてますから」
「助かる」
「それが良いお返事なら嬉しいです」
「圧」

 やっぱりプレッシャーをかけられている。これから四葉も牽制合戦に加わると思うと、そろそろ本格的に胃に穴が空いてしまうかもしれない。

「……一日一回まででしたっけ?」
「圧」
「帰るまでに絶対どこかで使うので、気を抜いちゃダメですからね?」
「手厳しいなおい……」

 四葉の頭が、俺の肩にことんと乗った。この甘ったるいだけの日々がいつまでも続かないことは分かっているが、せめて今だけは、心の中を空っぽにしても許してもらえるだろうか。

 そんなこんなで、今回も俺は意志薄弱。せっかく数か月に渡って積み上げたものを自分の手でぶっ壊して、また一からのやり直し。

 やっぱりどうにも、家庭教師業務の明日は見えてこなかった。

おしまい。想定文字数15000で蓋を開ければ40000弱。誰か俺を止めてくれ。

乙です
推しへの愛を抑えられないなら文量が増えるのは仕方ないと思うの

おつやで

乙、(長くても)いいんやで
四葉は大天使やな
五つ子の中で一番思考が乙女な気がする

乙です。シリーズの作品毎回読むごとにその子が一番好きになっちゃう……四葉ちゃんかんわいい……

乙です
これで五分の四こと80%だね(にっこり)
作品群見てここに流れて来たけど貴方が天才って奴か…
シリーズ読む度に皆の可愛いさと魅力が天元突破していくの凄い


いやほんとにめちゃくちゃかわいいわ 圧


五人合わせて100%にはいつなりますか?(圧)

姉妹それぞれの特徴を本当によく掴んでいらして読みやすいです
五月とそういう関係になる展開が思い浮かばないので、今から楽しみです(圧)

おつおつ

五月の騎乗位が見たいです(圧)

そうだつさばいぶ2

中野二乃「こんすいれいぷ」
中野二乃「こんすいれいぷ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1543718702/)

中野三玖「だっかんじぇらしー」
中野三玖「だっかんじぇらしー」 - SSまとめ速報
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中野一花「うらはらちぇいす」
中野一花「うらはらちぇいす」 - SSまとめ速報
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中野一花&二乃&三玖「そうだつさばいぶ」
中野一花&二乃&三玖「そうだつさばいぶ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1547984505/)

中野一花&二乃&三玖&四葉「そうだつさばいぶ2」になると?

>>240>>242
売り文句はかわいさ500%だから全員犯った後さらに四巡するのかな?

>>243
お姉ちゃん達は性的な意味で食べに来て食べられたのに一人だけ食人的な意味で食べに来る五月?

五月「くうふくかにばる」

こうですか?わかりません><

楽しみで楽しみでしょうがない
続編はよはよ

めちゃめちゃ文章良くてスラスラ読めた
続き待ってる



パパパパーン パパパパーン

結びの伝説 2000日目

神父「汝、健やかなる時も病める時も妻を愛し、妻に寄り添うことを誓いますか」

風太郎「はい」

神父「汝、健やかなる時も病める時も夫を愛し、夫に寄り添うことを誓いますか」

「はい」

神父「それでは誓いのキスを」

……

風太郎「いい式だったな」

お互いの両親へ挨拶を済ませ、私達はホテルの一室に泊まることになった。

風太郎「似合ってたぞ、花嫁衣装」

「はぁっ……はぁっ……早くっ」

風太郎「誰が見ても貞淑な花嫁だ。美人で気立てが良くて完璧。周りもみんな俺の事羨ましがってたなぁ」

「はぁっ…あっ…」

式中ずっとおまんことアナルにバイブを仕込まれていたせいで、私はすっかり出来上がっていた。

彼は部屋に入るなり、私にウェディングドレスを着させた。

公の場で愛を誓い合った日の夜。

女の1番の幸せを味わった思い出のウェディングドレスさえ、彼は徹底的に汚すつもりだ。

風太郎「ほら、もう一度誓えよ」

私は頭を床に擦り付け、ドレス姿で土下座した。

一花「私は、健やかなる時も病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も貧しき時も」

一花「一生、貴方の性奴隷であることを誓います」

一花「一生、私を躾けてください、ご主人様っ」

床に頭を擦り付けながら、私は左手の薬指に嵌められた性奴隷である証を見つめ、エクスタシーを感じていた。

今夜もめちゃくちゃにしてください、旦那様。


HAPPY END!!

Age

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