【オリジナル】『トリック・or・トリートめんつ!』 (32)


 十月の終わり。三十一日。

 古くはマルティン・ルターが免罪符にブチ切れした論題を教会の壁に貼りつけたり、近年でいえば市制を施行して埼玉県和光市が生まれた日。

 明治五年には横浜の馬車道で日本初のガス灯が点灯された記念日らしく、日本ガス協会がガスの記念日と定めている日。

 一年中、どの日にもこういったそれなりの意味や歴史がある。だけどこの日は、ガスの記念日でも和光市の誕生日でもなく、『ハロウィン』と呼ばれることが多いだろう。


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 ハロウィン。

 ハロウィンといえば、個人的なイメージで大変恐縮ではあるけど、子供がお菓子をくれなきゃ悪戯するぞと大人を脅して回る……というよりも、若者が東京で乱痴気騒ぎを起こすイメージが大きい。

 何故なら、俺が東北某所の田舎生まれの田舎育ちだというのもあるし、十六歳なんていう年齢は埼玉県和光市よりも年下ってこともあるけれど、「トリック・オア・トリート!」なんて大人を脅してお菓子を奪いに来る子供なんて生まれてこの方見たことがないからだ。

 そういうものはアニメやドラマ、もしくは何かのイベント限定だ。この日がハロウィンなんだよ、と言われなければ十月の終わりはかぼちゃの旬なのかとしか思わない。

 俺の友人各位もそういうスタンスだし、なんなら「この時期はバイト先でも仮装しなくちゃだからめんどくさい」とまで言う始末だ。俺もそれには大いに頷けた。

 だからハロウィンなんて普通の日となんら変わらない、何の印象にも残らず通り過ぎていくただの風景……の、ハズだった。



   ◇


 俺にはネットで知り合った友人がいた。

 そいつは、俺と同じく東北のどこかに住む高校一年生。某鳩さんマークの呟きアプリで好きなゲームの感想を呟いたらリプライをくれて、その内容に俺も「こいつはデキるやつだ」と驚嘆し、すぐに相互フォローになったやつだ。

 お互いの素性は「東北在住の高校一年生」ということしか知らない。あとは精々、あいつはカルボナーラが好きで俺はカツカレーが好きだとか、最近ハマってるスマホアプリはなんだとか、それくらいだった。

 それでも俺たちはゲームの趣味も音楽の趣味もぴったりと一致していたから、多い時は一日に数回、少なくても週に何回かは呟きアプリで下らないやり取りをする仲になっていた。

 学校で毎日顔を突き合わせる友達とはまた違った友達。有り体に言ってしまえば、いつなくなっても気にしなくていい付き合いの友達。

 ネットオンリーの人付き合いはそこまでしたことがなかったけれど、そういう気軽さが心地よかった。


 そいつとは、一つ約束を交わしてあった。今から遡ること一週間前のことだ。

「アプリでハロウィン限定ガチャが増えてきたなー」なんて話題から、

「そういやハロウィンっぽいことしたことある?」なんて話になって、

「ゲームの中で、とかならあるけど」なんてお決まりの言葉を返して、

「じゃあさ、折角だしなんかやらない?」というような流れになった。

 そうして決めたのが、「バーチャル渋谷」をまるまるパクった「バーチャルとうほく」という仮想空間のハロウィンイベントで、仮装をしたお互いのアバターを探し出す遊びだった。


 この遊びは、アバターの名前も伏せて、自分がまとうハロウィンの仮装をヒントとして与えて、先に相手を見つけ出して合言葉を話しかけた方が勝ち……というルールで行われる。

 合言葉は「トリック・or・トリートめんつ!」。非常にふざけた字面だが、これなら勘違いで知らない人に話しかけても笑って返してもらえるだろう――なんて判断だ。

 ハロウィンには関心が薄いけれど、そういう悪ふざけは大好きだった。恐らく俺と非常に趣味が合うあいつも、こういう遊びが好きなんだろう。

 そんなわけで、本日十月三十一日は、決戦の日なのだ。俺は勇み足で自転車にまたがり、近所のネットカフェへと向かうのだった。



   ◇


 商店街にはまるで夏祭りの提灯のように、至るところにジャック・オーなランタンがぶら下げられていた。その下をとんがり帽子と真っ黒なマントを装備した女の子が楽しそうな笑顔で母親と手を繋いで歩いていれば、ファストフード店では店員がかぼちゃのお面を頭に付けて接客をしていた。

 そんな浮ついた空気の中を俺は自転車で進み、商店街を通り抜ける。するとすぐに二車線の国道へと出て、やがて目的地のネットカフェにたどり着く。

 どうしてわざわざこんな場所にまで来たかと聞かれれば、答えは簡単。

 俺の持っている貧弱なノートパソコンでは、仮想空間を開くのにかなり無理があるからである。

 その点、全国に展開されているこのネットカフェのパソコンなら、最新の3Dゲームでもサクサク動くスペックと高速回線を兼ね備えているし、ドリンクバーだってある。さらに漫画も読めるしご飯だって注文できる。こんな便利なお店を利用しない手はない。

 駐輪場に颯爽と自転車を停めた俺は、カゴに突っ込んだショルダーバッグを肩にかけて、お店の扉を開いた。


 休日、時刻は昼下がり。店内にはそこそこ人がいるようだ。

 入り口から見えるラックの前で雑誌を吟味する同い年くらいの小太りの男がいて、その後ろをドリンクと漫画を持った若い男が通っていく。二つ並びになっている受付カウンターに視線を移せば、黒縁の地味な眼鏡をかけた女の子がこれから入店の手続きをしようとしているところだった。

 その女の子の隣のカウンターから店員さんに呼ばれた。スマホの会員証を用意して向かい、こちら側へ向いたディスプレイに映された空席状況を確認して、禁煙のフルフラットシートを選ぶ。

 店員さんは慣れた手つきで端末を操作すると、丁寧な所作で伝票とお手拭きを渡してくれた。軽く頭を下げてそれらを受け取る。

 伝票には、フルフラットシート04番と印字されていた。

 何回も来たことがあるところだから、頭の中に明確な店内の地図を描ける。フラットシートの中でも奥まったブースで、扉の前を通る人の足音なんかは滅多に聞こえないけれど、漫画やドリンクを頻繁に取りに行くとなると面倒な場所だった。

 しかし、今日の目的は漫画じゃなくネットだ。それならメリットしかないだろう。

 そう思って頷きつつ、ブースに向かう前に、ドリンクバーへと向かう。


 季節は秋の終わりと冬の初めの狭間。身を切る風はもうとっくに冷たい。ティーカップを手にして、ウーロン茶のパックを入れて、ホットドリンクの筐体のお湯ボタンを押しこむ。ヴィーン、なんて大仰な音を立てながら、お湯がカップへゆっくり注がれていく。

 手持ち無沙汰になり、辺りをなんとなく見回す。

 先ほど隣で受付をしていた地味な女の子もドリンクバーに来ていた。一瞬だけ目が合った
彼女は、グラスにアイスティーを注いですぐにブースへと向かっていった。

 ドリンクバーコーナーから左手に見えるビリヤードブースでは、大学生くらいの人たちがキューを持って笑っていた。その手前の通路を右に折れるとトイレに繋がっていて、そこから眠そうな顔をした同年代くらいの細身の男が出てくる。彼は伸びをしながらブースの方へと歩いていった。

 世間様はハロウィンだっていうのに、彼らは俺と同じく漫画喫茶でなんとなく時間を潰すんだ。そう思うと、この空間にいる人たちに妙ちくりんな親近感を覚えてしまった。


 そうこうしているうちにカップにお湯が満たされる。火傷しないよう慎重に取っ手を持って、俺も自分のブースへと向かう。

 途中、本棚の陰から出てきた人とぶつかりかけた。雑誌を吟味していた小太りの男だった。すいません、と軽く頭を下げると、いやこちらこそ、と小さく手を振られた。

 小太りの男は禁煙ブースの方へと進んでいった。彼が出てきた本棚と本棚の間を窺うと、先ほどトイレから出てきた眠そうな男が最近話題のバトル漫画の中身を吟味していた。俺も何か持ってこうかな、と少し考えてからやめた。

 今日の目的は漫画じゃない、ネットだ。

 そんなわけで、ティーカップだけを持って自分のブースへたどり着く。

 パソコンの前にカップを、バッグをブースの隅へ、羽織っていた薄手のカーディガンはハンガーにかける。

 この遊びは十四時くらいから始める約束だった。

 パソコンの右隅に表示された現在時刻は十四時の十分前。ちょうどいい時間だろう。


 ポケットからスマホを取り出して、呟きアプリを起動させる。それと同時に通知を受け取った。あいつからのメッセージだった。

『ウチのパソコンおんぼろだからネカフェに来たぜぇ!』

 そんな文面を見て、思わず笑ってしまう。趣味だけじゃなくこんなところまで似るのかよ。

 俺もメッセージを返す。

『奇遇だな、ワシもじゃよ』

『なんと……面白い、それでこそだ』

 なにが「それでこそ」なんだ。心の中でツッコミを入れつつ、再び返信。

『この日のためにわざわざヘンテコなアバターを作ってきたぜ。お前に見つけられるかな?』

『それはこっちのセリフだよボーイ。ワタクシのスーパーなアレでアレするでござるよ』

『おうおう、やれるもんならやってみな。俺もアレがソレでアレだからな』

 なんてふざけた言葉を交わすうちに、十四時になった。お互い、同時に「バーチャルとうほく」へログインする。


 この仮想空間は六個のエリアから初期のログインエリアを選択できた。お互いに被らないよう三個のエリアを予め選択して、そのどれかに入ることになっていた。

 俺が選んだのはアオモリ、ミヤギ、イワテ。その中からミヤギにログインした。

 対するあいつはアキタ、ヤマガタ、フクシマのいずれか。どこにログインしただろうか、と考えるのはきっと無駄だ。俺はすぐにエリアを移動するつもりだし、あいつも同じことを考えているだろう。

 さてどこへ行こうか、とちょっとだけ考えてから、直感的にアキタへと移動した。すると俺のアバターの目の前に大きなきりたんぽが立っていた。少しびっくりした。

 こういう風に、各エリアにはその県の観光名所やら名産やらが随所に置かれていて、見通しがあまり良くない。また、一つのエリアは、アバターで端から端まで移動しようとするとおおよそ三十秒ほどがかかるくらいの大きさだ。

 加えて今日はハロウィンイベント。

 辺りを見回せば、仮装をしたアバターが常時十人ほど映るくらいにエリアは賑わっている。この中からお目当ての人物を探すのはなかなか大変そうだった。

 どうしたもんかな、と作戦を考えていると、スマホが震える。呟きアプリの通知だった。

『ヒント1:わりと地味目な恰好』

 アプリを開くとそんなメッセージがあって、俺も同じようにアバターの外見的特徴を返す。

 そうして何個かヒントを教え合ってから、本格的にお互いを探し始めた……んだけど。


『待って……マジで全然見つからんのやけど……』

『アレだな……エリアが六個は流石に見つかる気がせんな……』

 ゲーム開始から三十分、ようやく俺たちは『エリアが六個は広すぎる!』ということに気付いたのだった。

 これはアカン! とすぐさまエリアを限定させた。今回移動できるのはアオモリ、アキタ、ミヤギの三つだけ。

『これならイケる!』

『イケルイケル! あ、その前にちょっと俺、おトイレ』

『りょ~』

 返事を確認してから、俺は立ち上がる。そして早足でトイレを目指した。


 寒いと尿意が近くなるのは人間の摂理だ。我慢しすぎると膀胱炎になって大変なことになる、なんてこの前見たテレビでやっていたから、こういうのは行きたくなったらさっさと済ませるに限る。

 そうしてトイレで事を成し遂げた俺は、再び自分のブースを目指す。

 途中のドリンクバーで、小太りの男が炭酸水をコップに注いでいた。ばっちりと目が合ってしまい、なんとなく軽く頭を下げて通り過ぎる。

 カウンターの近くを通りかかると、制服姿の女子高生が入店してきたところだった。部活帰りか何かだろうか、しかしあの制服可愛いなぁ、なんて思いながら歩を進めていった。

『ただいま~』

『おかえり~』

 ブースに戻り、メッセージを送るとすぐに返事がやってきた。

『お待たせして申しわけ茄子』

『いいってことよ。その間にこっちもジュース補充したから笑』

『えーいいなあ。俺も持って来ればよかったー』

『我慢なさい。漢なら忍耐が大事やねんな』

『ウッス』

 なんてやり取りを交わしてから、再び俺たちは仮想空間へと潜り込んだ。ゲーム再開だ。


 ルールを考え直してトイレも済ませて心機一転! ……とは思っていたけれど、エリアを三つに限定しても、やっぱりお互いを探すのは大変だった。

 相手からのヒントを聞いて、それっぽい人に合言葉を話しかけても、全部が人違い。間違えて知らない人に話しかけてしまったことに恥ずかしい思いがないでもないけど、みんな「変な挨拶だね」と笑って、好意的な返事をくれるのが救いだった。

 それに、

『やっべ、また違う人に話しかけた……なんか恥ずかしい』

『そっちも? 実はこっちも……。はっ!?』

『どうした?』

『もしかして本当は当たってるのに誤魔化してたり……』

『してませーん。正々堂々やってるぜよ』

『デスヨネー』

 なんて、お互いに恥ずかしい思いを共有しているのがちょっと楽しかった。


 そうして遊んでいるうちに一時間半が経っていた。まだまだあいつは見つかりそうにない。俺はフッと軽く息を吐き出して、スマホにメッセージを打ち込む。

『おなかへった。ちょっと休憩しよ』

『さんせーい。わいも腹ペコニーニョ』

『何処の方言っすか?』

『“わい”はアオモリの下北弁』

『それは知ってるべさー』

 やり取りをしつつ、パソコンの注文画面を呼び出す。既に頼むものは決まっていたから、さっさとメニューをクリックした。

 カツカレー大盛り、注文。

 こういうところには大抵カツカレーが置いてあるのが実に嬉しいところだ。そう思いながら軽く伸びをする。同時にお腹がグゥと鳴って、それが静かなフロアにやけに響いた気がして照れくさくなった。

 スマホが震える。ちょっと火照ってしまった頬を誤魔化すように、軽く頭を振ってからディスプレイを覗き込んだ。


『やっべぇ、近くからすごいお腹の音聞こえた笑』

 えっ、と思った。まさかな、とも思った。それから少し悩んで、メッセージを返した。

『マジで? それ俺かも、今すげー大きな音鳴ったしw』

『ははは、そんな馬鹿な。アリエーン』

 ……まぁ、そうだよな。そんな馬鹿な話がある訳ない。頭を振って、冗談めかしたメッセージを作る。

『いやまじまじw 超恥ずかしかったわぁー』

『確かにこっちに聞こえたあの音がそうだったら……オイオイオイ、死んだわあいつ』

『フォローしてよぅ(´;ω;)』

『めんごめんごw』

『今回だけ許そう。あ~早く来ねーかなぁカツカレー』

『でた、カツカレー。何はなくともカツカレー』

『そういうお前はカルボナーラ』

『なぜわかったし』

『やはり……カルボナーラか……』


 下らない言葉を交わし合う。そうしていると、コンコン、と扉がノックされた。はい、と返事をしてブースを開けば、店員さんとカツカレー。

「お待たせしました、カツカレーです。ご注文は以上で?」という言葉に頷いて、トレーを受け取る。

 それを引き出しのテーブルに乗せて、いざ実食……と思ったところで、ティーカップのウーロン茶がとっくになくなっていたことを思い出す。

 新しく何かを持ってこよう。そう思い、立ち上がりかけて、

「お待たせしました。こちら、カルボナーラです」なんて声が対面のブースから聞こえてきて、ストンと腰を下ろした。


 ……まさかな、と思った。

 スマホを手にしてみる。呟きアプリの通知はなかった。強烈なカレーの匂いと、ほのかなカルボナーラの匂いだけが漂う。

 まさか、という思いが募った。

 一度深呼吸をした。多分、レトルトだろうカレーの空気で肺が満たされる。もう一度お腹がグゥとなった。

 対面のブースの方から、何か咳き込むような小さな声が聞こえた。やっぱりこの音は恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい……けど。

 それ以上に別の感情があった。なんだかそわそわした。


 相変わらずスマホに通知はやって来ない。それは何故なのか。

 真っ当に考えれば、あいつはカルボナーラを頼んで、それが届いて食べているからだ。

 真っ当に考えなければ……俺と同じような状況に陥っている、から。

 そう、これはネット上の付き合いという軽い縁だからこそ、俺は気楽にやっていたんだ。ネットだけの付き合いならいつ切れても問題はないし、気兼ねすることなく軽口を叩ける。

 俺と感性が似通うあいつもきっとそうだ。だからこそ、こんな、すごくヤベーだろう状況に陥ったら固まってしまうのだ。

 しかし、この憶測が本当だとするのならば……一体あいつは『誰』なんだろう?


 このネットカフェにやって来てからのことを思い出す。

 休日の昼下がり。そこそこの人。俺がブースに入ってから目撃した人々。

 雑誌を手にした小太りの男。

 カウンターで手続きをしていた女の子。

 ジュースと漫画を持って通り過ぎた若い男。

 トイレから出てきたやたら眠そうな男。

 制服姿で店内にやってきた女の子。

 ビリヤードを楽しむ人たち……は違うだろうけど、もしかしたら、そのどれかが“あいつ”なのかもしれない。

 そう思うと、なんとも言えない感覚が身体を通り抜けていく。

 だってそうだろう。

 こんな、おかしな、ふざけた、幽霊に化かされたような体験なんて……一生に一度だって経験できるかわからない、超ヤベーオモシロイベントじゃん!


 だから俺は意を決した。

 ネットだけの気軽な関係。いつ切れても構わないからこそ軽口を交わし合える関係――だなんて、知ったこっちゃない。

 それ以上に楽しくて面白い関係になれる機会が目の前にあるのだとしたら、突き進んでこその人生だ。いつ切れたっていい関係なら、その関係を切るベストなタイミングは今しかないのだ。

 スマホを手にして、呟きアプリを開く。ダイレクトメッセージ。履歴を遡れば、いつの間にかお互いに十個もヒントを出し合っていた。

 そこへ新しく文字を打ち込む。送信ボタンをタップする。


『ヒント11:宮城』


 後は野となれ山となれ……なんて思いがないわけじゃない。でも、似た者同士の俺たちなら、きっとすぐ返信が来るという妙にはっきりとした確信があった。

 相変わらずカレーの匂いとカルボナーラの匂いがする。食事にはきっと手をつけていない。

 スマートフォンが震えた。ディスプレイを見て、俺も震えた。


『ヒント11:東仙台』


 夢中になって、メッセージを入力する。仮想空間でそうしていたように、いくつもヒントを教え合う。

 国道何号線だとか、商店街の名前だとか、お店の名前だとか、近くの駅の名前だとか、フルフラットシートだとかなんだとか。言葉を交わすたびに、核心へと近付いていく。

『ヒント17:04』

 そして、最後のヒントを俺は打ち込んだ。またヒントが返ってくる。

『ヒント17:08』

 頭の中にこのネットカフェの地図を描く。何度も来ているから、はっきりとそれが思い浮かべられた。カルボナーラの匂いが近くなった気がした。

 もう一度、あいつからメッセージが送られてくる。


『ヒント18:ヒント1』

 少しだけ首を傾げたけど、すぐに合点がいって、それがおかしくてちょっと笑った。俺もヒントを返す。

『ヒント18:受付カウンター』


 それから、自分のブースの扉を小さく小突いた。コン、と軽い音がする。

 しばらくして、コン、と同じような軽い音が近くから聞こえた。

 すぐにバレてしまうような拙い秘め事を交わし合ったような気持ちになって、とても愉快だった。思わず笑い声が漏れる。耳を澄ませば、同じような声が近くから聞こえる。

 そうだ。やっぱり、似た者同士のあいつも同じなんだ。

 今までの気軽な関係も、こんな不思議な経験も楽しんでくれている。似通った感性を持つ俺たちは同じことを面白がって、笑っているんだ。幽霊に化かされたようなおかしな時間を共有しているんだ。それがなんだか、すごく嬉しい。

 だから俺たちは、ほとんど同時に合言葉を送り合った。



『トリック・or・トリートめんつ!』



 カルボナーラの匂いが、ずっと近くに感じられた。

 ゲームはこれで終わりだ。だけど、俺とあいつのハロウィンは、きっとまだまだ終わらない。





参考にしました

SS製作者非安価スレにて
>>46が出してくれたお題「ハロウィン」


最後まで読んで頂きありがとうございました。

HTML化依頼出してきます。

乙乙
こういうの好き


淡い青春の思い出って感じが、すごい良い

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