まゆり「あなたは誰ですか?」岡部「……ッ」 (149)
※オリキャラ注意
第一章 反復強迫のエムプーサ
steins;gate world line 1.048596
2011年夏 未来ガジェット研究所
紅莉栖「――というわけで、私のおかげであんたはこの世界線に居られます」ドヤッ
この不遜な顔が、こんなにも安心感を与えてくれる。
岡部「……助手風情に助けられてしまうとは、な」
紅莉栖「助手ってゆーな!」
このやり取りも懐かしい。いや、体感では大した時間は経過していないのだが、もうここへ戻ってくることもないと覚悟していたものだからそう感じてしまう。
これがシュタインズゲートの選択か。
岡部「フッ。破廉恥な手段を使いおってからに」ニヤリ
紅莉栖「バッ!? そ、それは海馬に強烈な記憶を植え付けるために仕方なくだな!」テレッ
岡部「この俺、狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真のファーストキッスの記憶を書き換えるとは、とんだマッドサイエンティストが居たものだ」ククク
紅莉栖「だあああっ!? い、言うな、バカッ!」
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1542716506
なにせ、今の俺の脳内には雑司ヶ谷の駅で見ず知らずの女の子――実際は未来から来たセレセブのはずだが――と出会った記憶がある。
世界線の再構成なのかは知らないが、アメリカへ行く前の幼い紅莉栖がなぜか池袋にやってきて、なぜかホームでしょぼくれていた少年にキスをしたことになっていた。
それだけではない。この時の少女、牧瀬紅莉栖こそが鳳凰院凶真の名付け親にまでなってしまった。典型的なタイムパラドックスが発生している気がするが……。
うむ。考えれば考えるほど意味がわからん。
紅莉栖「それで、ホントに大丈夫なのよね? また意識が別の世界線に跳んだりしてない?」
ソファーに腰かけた俺を紅莉栖が心配そうな顔で覗き込んでくる。その眉の動き、息遣い、髪の匂い……全てが、俺がこの世界線に居続けることを肯定してくれる。
岡部「まだ時間もそんなに経ってはいないから、ある程度経過観察が必要だろうが――」
岡部「なんというか……すごく、しっくりきている」
紅莉栖「しっくり?」
岡部「ああ。俺はこの世界線の住人なんだと。この世界線の未来の紅莉栖と、過去でつながっていたのだ、と」
紅莉栖「……そうね。そういうループがあるおかげで、時間移動と世界線漂流をし続けたあんたの主観、意識は、この世界線に固定されているのかもしれない」
紅莉栖「鈴羽さんには感謝しないと……6年後に、ね」
鈴羽は紅莉栖を現代へ送り届けたあと、未来へ帰ったのか? あるいは、そもそも2036年から過去へ跳ぶ歴史自体が消滅したのだろうか?
どちらにせよ、結果は変わった。過去を変えずに、記憶を改変して、因果律は成立した。鈴羽にはどの世界線でも助けられているな。
岡部「しかし、自らの魔眼<リーディングシュタイナー>の能力におのが身が否定されようとはな」
紅莉栖「厄介な脳みそをお持ちのようで。でも、もう必要ない」フフ
岡部「……そうだな」フッ
そんな話をしていると、ふいにラボの玄関の扉がガチャリと開いた。
まゆり「……あ、オカリンにクリスちゃん」
ラボメンナンバー002、椎名まゆり。俺がα世界線を脱出する目的そのものだった彼女は、今俺の目の前に居て、動いて、声を出して、生きている。
どことなく、その声に違和感があった。
紅莉栖「ハロー、まゆり。どうしたの? 元気なさそうだけど」
岡部「暑さにやられたか? ドクペなら冷蔵庫の中に冷やしてあるぞ」
まゆり「ううん、ちょっと寝不足なので……す……」クラッ
紅莉栖「うわっとと。大丈夫?」ダキッ
よろめいたまゆりを紅莉栖が抱き留めた。しかし、あの健康優良児の代表選手が寝不足だと?
岡部「戦利品のアンパッキングで徹夜でもしたか? とりあえずソファーで休め」
そう言いつつ俺はソファーから立ち上がった。
まゆり「ありがと、オカリン。でもね、ソファーとうーぱクッションに挟まれるとね、たぶん、眠くなっちゃうから……」
紅莉栖「寝てもいいのよ? 私がこのHENTAIから守ってあげる」エヘン
岡部「おい」
なぜ俺が幼馴染に手を出さねばならん。ここにダルが居たら話がややこしくなっていたことだろう。
まゆりは決まりが悪そうに小さく首を振った。
まゆり「ううん。あのね……」
まゆり「まゆしぃ、最近怖い夢を見るのです……」
紅莉栖「怖い、夢?」
岡部「夢が怖くて寝れないのか?」
寝不足の原因はわかった。しかし、悪夢の原因は……。
まゆり「うん……」
紅莉栖「それがまゆりの寝不足の原因なの? 寝るのも怖いほどって……一体どんな?」
岡部「おい、助手」
紅莉栖「夢は脳が見せる現象のひとつ。心療内科ってわけにはいかないけど、脳科学者の私ならなにか力に―――」
岡部「おいっ!」
紅莉栖「な、なによ? さっきからうるさいわね」
これは紅莉栖のいつもの癖だ。さすが研究者、といったところだが、やはり長年友人も碌にいないまま研究に没頭したせいだろうか、人のペースよりも自分の興味関心を優先させてしまう傾向にある。
俺にムッとした顔を見せる紅莉栖を尻目に、嫌な予感を確かめてみることにした。
岡部「なぁ、まゆり。その夢、もしや……」
岡部「――お前が死ぬ夢、か?」
紅莉栖「は?」
まゆり「…………」コクリ
紅莉栖「えっ? そ、そうなの?」
やはり、そうなのか……? いや、まだそうと決まったわけでは――――
まゆり「いつもオカリンが助けに来てくれるんだけどね、まゆしぃ、いつも死んじゃうんだ。えへへ……」
力なく笑うまゆり。本当に、まゆりには似合わない表情だ。
紅莉栖はそんなまゆりの顔を見て、そして俺の予言的中に対して目を丸くしている。
岡部「これは……まさか……」
紅莉栖「どうして岡部が言い当てたのか。もしかして……」
岡部「リーディングシュタイナーが発動している……?」
紅莉栖「そう決めつけるのは早計よ!」
紅莉栖の言う通りだ。俺だって否定したい!
α世界線でのまゆりの経験は、すべてなかったことになった。いや、この俺がなかったことにしたのだ。まゆりを世界に殺させないために。
それが、その経験が今夢という形で蘇っているなど、あってはならない。あれは、可能性の雲の中に霧消したはずだ。だが……
岡部「だがっ! その夢は、俺が経験してきたα世界線のまゆりの状況と酷似している」
岡部「無論、俺のような完全な能力ではないだろうが、おそらく強烈な印象をもたらす記憶に限定してのリーディング――」
紅莉栖「ちょっとストップ! ねぇ、まゆり? もし良かったら、その夢の内容をもう少し詳しく教えてくれない?」
まゆり「……あんまり気持ちの良いお話じゃないよ?」
紅莉栖「どうしても検証に必要なの。ね?」
まゆり「……昨日はね、まゆしぃとオカリンが男の人たちに追い回されて、それで車にひかれちゃった」
岡部「……ッ!」
まゆり「一昨日は、オカリンとタクシーに乗ってたんだけど、窓から男の人が、まゆしぃにピストルを撃って」
岡部「…………」プルプル
まゆり「3日前はね? 地下鉄の駅のホームから……で、電車に……っ」ウルウル
岡部「もういい! 十分だ!」
俺は大声でまゆりの言葉を遮った。
まゆり「怖くて……次はどんな風に殺されるんだろうって思うと、眠れなくて……」プルプル
紅莉栖「教えてくれてありがとう、まゆり」ダキッ
まゆりの震える身体を紅莉栖が抱きしめた。
まゆりの言葉から、俺は確信した。これは、俺が世界線漂流を繰り返してきたせいで起こっている、リーディングシュタイナーに関する現象なのだと。
つい先ほどまでは俺がこの力に翻弄されていた。この狭間の世界線では、リーディングシュタイナーが暴走しやすいのか……?
まゆり「ううん、まゆしぃこそごめんね。心配かけちゃって……」
紅莉栖「そう思うんなら少しでも長い時間寝た方がいいわ。まゆりがうなされはじめたらすぐに起こしてあげるから、安心して」ナデナデ
まゆり「う、うん……」
まゆりはやはり不安そうに、しかし紅莉栖に導かれながらソファーに横になった。
まゆり「スー……スー……」
紅莉栖「一瞬で眠りについた。よっぽど寝れてなかったのね」
岡部「断言しよう。まゆりの夢は間違いなくα世界線で起こった出来事だ」
紅莉栖「……それを前提に仮説を組み立てていいのね?」
岡部「ああ。まゆりの夢の話は、俺の記憶と恐ろしいまでに合致している」
さらに言えば、まゆりの怯えた表情や声色も、α世界線でのソレと寸分違わない。もう二度とまゆりにそんな顔をさせるつもりはなかったのだが……。
岡部「それだけじゃない。α世界線のまゆりも、今のまゆりと同じように自らの死の体験を夢という形で思い出していた」
あれは最後のα世界線。俺がまゆりを探しに雑司ヶ谷へ行き、おばあちゃんのお墓の前で独り言をつぶやくまゆりを見つけた時のことだった。
紅莉栖「えっ? それって、今みたいに?」
岡部「いや、これほどまでではなかった。怖い夢を見るとは言っていたが、恐怖で夜も眠れなくなるほどではなかったはずだ」
紅莉栖「それに対し、今回は強烈な恐怖体験を伴ったリアルな夢になっている、と」
岡部「クソッ! 俺の次は、まゆりなのか……っ!」
まだ世界線は俺たちを苦しめようと言うのか……!
紅莉栖「岡部のR世界線のケースと同一視するのは危険よ。そもそも、まゆりには完全なリーディングシュタイナーがあるわけじゃない」
紅莉栖「実際、死の体験以外の記憶は思い出してない。それに、まゆりの意識は世界線漂流を経験していない。そういう意味で、岡部のそれとは別次元の症状と言える」
岡部「俺のようにこの世界線から消える、というわけではない……か」
俺の場合、実際に体験したことのない世界へと放り出されたことすらあった。それはやはり、もともと不安定だった俺の記憶が可能性世界線の記憶を受信したために、意識がそちらへ跳んでしまったせいだろう。
そういう意味では紅莉栖の仮説が正しいと思える。まゆりは、論ずるまでもなくシュタインズゲート世界線の住人であり、突然消えることなどあり得ない。
岡部「……このまま悪夢が治らない可能性は?」
紅莉栖「わからない。まだ情報が足りなすぎるわ。とにかく、少なくとも1週間はまゆりを保護観察しておくべき」
岡部「一過性のものであってくれれば良いが」
紅莉栖「そうね……」
根拠のない希望的観測が空気中へ昇華したところに、闖入者が現れた。
ガチャ バタン
萌郁「こんに、ちは……」
階下のブラウン管工房のバイト、桐生萌郁。彼女がここにフラッと訪ねてくるのはそこまで珍しいことではない。一瞬まゆりのことを起こさないよう頼もうかと思ったが、元々もの静かなやつなのでその考えは刹那で捨てた。
岡部「閃光の指圧師<シャイニングフィンガー>か。バイトはどうした? サボりに来たのか?」
萌郁「店長さんから……家賃、取り立てて、こいって……」
岡部「ぐっ!? クリスティーナの来日で頭がいっぱいだったせいで忘れていた……」
紅莉栖「わ、私のせいにすんな! ……うれしいけど」ボソッ
紅莉栖が小さな声でなにか言っていたが聞こえなかった。そういうことにしておこう。
岡部「しばし待つがいい閃光の指圧師。金ならスイス銀行の口座に――――」
その時――――
いやあああああああああああああああああああああっっっっっっっっ!!!!!!!!
岡部「まゆりッ!?」
紅莉栖「まゆり!?」
まゆり「いやっ、やだっ!! やめて、もう殺さないでぇぇっ!!!」ブルブル
まゆりはソファーから転げ落ち、床の上で錯乱していた。その顔は絶望にまみれ、涙やら鼻水やらでぐしゃぐしゃになっていた。
萌郁「ッ!?」ビクッ
岡部「まゆりっ! ここは現実だ! 夢はもう覚めたんだ!」ガシッ
俺の大切な幼馴染の、のたうち回るその肩を無理やり抱き止めた。
まゆり「お願い、許してぇっ!! 萌郁さん、撃たないでぇっっ!!!」ポロポロ
萌郁「わた……し……?」
岡部「萌郁……だと……?」プルプル
紅莉栖「どういう……こと……?」
萌郁「あの、岡部く――」
岡部「すまない、萌郁。事情は後で話す。今は帰ってくれ」
萌郁には全く理解できない状況だろう。だが、説明している余裕はない。
萌郁「……わかった」ガチャ バタン
思いのほか素直に引き下がってくれた。恩に着る。
まゆりはおそらく、萌郁がラボの中に入ってきたことで――たぶんかすかな声や匂いなどで――最も忌むべき、そして最も繰り返した死の記憶を呼び覚ましたのだろう。
まゆり「いやぁぁぁあっ! やだよぉぉぉぉっ!!」ポロポロ
紅莉栖「あのまゆりがここまで取り乱すなんて……。もう大丈夫よ! 桐生さんは下に行ったわ!」
まゆり「だめぇぇぇっ!! みんな、殺されちゃうよぉぉぉっ!!!」ポロポロ
紅莉栖には去年アメリカでα世界線でのラボ襲撃の話はしてある。"みんな"という言葉で紅莉栖も感づいたはずだ。
まさか、まゆりはいまだ夢を見続けているのか? 幻覚を見ているのか!?
岡部「まゆりっ! 大丈夫、もう大丈夫なんだ!!」ダキッ
まゆり「オカリン……っ。う、うぅっ……」
俺がまゆりの全身を力強く抱きしめると、ふっと落ち着き、そして切なく泣き出した。
まゆり「うわぁぁあぁぁああああぁぁぁぁぁぁん……」
夕方 未来ガジェット研究所
フェイリス「ニャニャ!? マユシィがここにウイルスカードを置いてるニャンて!?」
まゆり「ちっちっちー。いつまでも弱いままのまゆしぃじゃないのです!」エッヘン
ダル「まゆ氏の逆転勝利に悔しさを隠せないフェイリスたんも……いい……」ハァハァ
ルカ「まゆりちゃん、すごーい!」パチパチ
岡部「――皆を招集しての眠気覚まし、か」
どうすべきか最善の策が思いつかなかった俺たちは、萌郁以外のラボメンを緊急招集することにした。
俺と紅莉栖は研究室で話し合っているが、あいつらは雷ネットABをやっているらしい。まゆりの様子に何かを察したフェイリスは接待プレイをしてくれているようだ。感謝する。
紅莉栖「今眠るとまた発症してしまう可能性が高い。急場しのぎでしかないけど、とりあえずどうすべきか判断をする時間が欲しい」
まゆりがみんなには言わないでほしいというから伝えてはいないが……今はまゆりの睡魔を追い払うだけで精一杯なのだろうか。
こんなにも無力とは、鳳凰院凶真の名が廃る……。
岡部「親御さんに連絡をして、心療内科や精神科の受診を薦めるべきだ」
紅莉栖「そうね、とりあえずは。だけど、根本的な解決にはならない」
岡部「なに?」
紅莉栖「夢を見る神経メカニズムは未だによくわかっていない。仮説として、ドーパミン神経系がなんらかの作用をもたらしている、というのがある」
紅莉栖「悪夢を見ないようにする1つの方法としてはドーパミン神経系をブロックする向精神薬を投与する、というのが考えられるけど」
紅莉栖「まゆりは過去の記憶がトラウマになっていて、それが情動をつかさどる脳部位に悪さをしている、というわけじゃない」
確かに、この世界線の過去の記憶がトラウマになっているわけではないだろう。
紅莉栖「本当はもっとちゃんとした施設で時間をかけて分析したいところだけど……」
紅莉栖「眠っていたまゆりの眼球運動はほとんど無かった。あと、本人はちゃんと夢として認識していることから小児によくある夜驚症でもない」
紅莉栖「睡眠と発狂の前後の状態からしても、次の私の推測は信ぴょう性が高いと思う」
教えてくれ。その推測とやらを。
紅莉栖「まゆりは、全く脳内に入っていなかった別の世界線の記憶を夢という形で"思い出している"だけの状態よ」
なるほど……。確かに、そうだろうな。別の世界から急にやってきた、知りもしない新しい情報が夢へと形を変えてまゆりを苦しめているのだ。
紅莉栖「仮にそういう状態だとしたら、そんなの、現代の医学では原因さえ理解されない。ベンゾジアゼピン系の抗不安薬等で誤魔化していくしかないでしょうね」
岡部「だが! 現にまゆりは苦しんでいる!」
岡部「今日一日ならともかく、今日のような日が一週間も一か月も続いてみろ!」
紅莉栖「その場合、精神崩壊。最悪、衰弱死もありうる」
岡部「なっ……!?」
紅莉栖「あ、あくまで可能性だから! 必ずそうなるわけじゃない!」
岡部「わ、わかっている……っ」
シュタインズゲート世界線は未知の世界線。まゆりの死が確定していない代わりに、生も確定していない。運命に殺されるという究極の理不尽だけはあり得ない。だが、病気やケガなどは話が別だ。
しかし今回は、別の世界から悪魔が飛来してきているのだ。普通の人間ではまず起こりえない理不尽。俺がまゆりを救おうとあがきもがいたために起こった副作用。記憶とか、世界線とか、おいそれと手が出せるものではない分、本当に腹立たしい。
だからなんだ? 俺は鳳凰院凶真、狂気のマッドサイエンティスト。そんなもの、すべて我が力によって追っ払ってくれる。何度でも何度でも、まゆりを絶対救ってみせる。
紅莉栖「ねぇ、みんな? そろそろお腹空かない?」
話が行き詰まったところで、紅莉栖が研究室から出て行ったので後に続いた。
フェイリス「ハッ。気付いたらもう良い時間ニャ。今日はみんなで晩御飯ニャ~♪」
ダル「賛成! 僕、ピザ頼むお!」
ルカ「あっ、じゃぁ飲み物の準備をしますね」
岡部「まゆりはどうだ? なにか食べたいもの、あるか?」
まゆり「……まゆしぃは、あんまりお腹減ってないのです」
フェイリス「食べなきゃ大きくなれニャいぞー?」
まゆり「えっへへー……」
紅莉栖「まゆり。飲み物だけでも飲みなさい。本当に倒れちゃうわよ?」
まゆり「う、うん。ごめんね、クリスちゃん」
あの食いしん坊万歳のまゆりが、食を拒絶するようになる日が来るとはな……。
夕食も済み、女子高校生ズ(1名男子)はさすがにそろそろ帰るべき時間となったので解散することにした。
フェイリス「バイバイニャ~! 次は絶対負けないニャ!」
まゆり「うん! またね、フェリスちゃん!」
ルカ「ごちそうさまでした。楽しかったです」ニコ
岡部「夜道には気をつけるんだぞ」
ダル「んじゃ、また何かあったらヨロ」
紅莉栖「ええ。それで、岡部とまゆりは一緒に帰るのね?」
岡部「ああ。電車の座席で居眠りして、車庫まで行ってしまわないよう見張りが必要だからな」
まゆり「えっへへー。まゆしぃは愛されちゃってるねぇ」
その声にいつもの元気は無い。とても、弱々しい。
紅莉栖「私はとりあえず御茶ノ水のホテルに居るけど、何かあったら夜中でも連絡ちょうだい」
まゆり「ごめんね、クリスちゃん」
紅莉栖「謝らないで。私は、私の意思で、まゆりの力になりたいの」
まゆり「……えっへへー。ありがとう、クリスちゃん」ニコッ
秋葉原駅 総武線ホーム
俺とまゆりは御茶ノ水で地下鉄に乗り換えるのがいつものルートだ。まゆりの高校も俺の大学も最寄りが御茶ノ水のため、定期が使える。タクシーも考えたが、密室空間の上にタクシーの悪夢のことを思えば、まだ普段使いの経路の方が安心できるというもの。
せっかくだから御茶ノ水までは紅莉栖と一緒に徒歩で行っても良かったが、正直その選択肢は忘れていた。
まゆり「…………」ギュゥ
まゆりが俺の右腕を白衣の上から抱きしめる。顔のわりに豊満な胸も当たっているが、そんなことに構っていられるほどの余裕など毛ほどもない。
岡部「……大丈夫だ、まゆり。ここに綯が現れることはない」
現実世界ではそうに決まっている。だが、もし今まゆりの脳内世界に幻覚の綯が現われでもしたら……それは最悪の結果さえ招きかねない。そう思って、俺はまゆりに抱きしめられた腕でまゆりを抱きしめ返した。電車が到着するまで、絶対に離さないようにして。
まぁ、今のまゆりの様子を見る限りでは、そこまで変わった様子はないので一安心ではある。
まゆり「綯、ちゃん……? あ、そっか。あの時、まゆしぃを押したのって……」
岡部「気付いてなかったのか? 普段からそういうスキンシップを取っていたのがアダになったのだろう」
まゆり「うん……でもね、綯ちゃんで良かった、かな……」
岡部「なぜだ?」
まゆり「だって、そういうことなら、悪気はなかった、わざとじゃなかったってことでしょ?」
岡部「そう、だな」
まゆり「それなら、まゆしぃが死んじゃっても、仕方ないかなぁって」エヘヘ
岡部「…………」
なんというか……。まゆりが優しい子なのは周知の事実だが、その優しさが別方向に向き始めている気がした。
地下鉄丸の内線車内
ガタンゴトン …
岡部「やはり、座らないのか?」
まゆり「うん。でもね、こうやって棒につかまってるだけでも、ちょっと眠くなってきちゃうから、まゆしぃとお話しててほしいな」
岡部「俺の話でいいのか?」
まゆり「オカリンの……きかんのかんぶ? の話はきっとすっごくすっごーく眠くなってきちゃうので、できればまゆしぃのお話を聞いてほしいなー」
岡部「フッ。言うようになったではないか。良いだろう。貴様の話を思う存分聞かせて見るがいい!」
まゆり「えっへへー! あのね、あのね! まゆしぃは、オカリンに聞いてほしい話がたっくさんあるのです!」ムフー
岡部「急にテンションが上がったな」
やはり、まゆりはこうでなくては。
椎名家前
その後、池袋の椎名家に着くまでの間、うーぱの新作が出たのを映画館まで行ってなんとか手に入れた話とか、コスプレ友だちのヒビキちゃんだかツヅキちゃんだかが実兄との間に問題を抱えている話とか、それはもう心底どうでもいい話の絨毯爆撃をくらった。
岡部「ついたぞ」
まゆり「あ! あのね、オカリン。今日は本当にありがとうなのです」ニコ
岡部「きっとすぐ良くなるさ。あんまり気を張るな」
まゆり「それでね、その……。もしオカリンが良かったら、今日は一緒に寝ない? かな、なんて、えへへ……」モジモジ
岡部「…………」
一瞬ドキッとしたが、よく考えてみればまゆりとは小さい時によく一緒に寝ていたし、たいした問題ではない。それになにより今のまゆりの状態を考えれば……。
岡部「わかった。とりあえず、椎名の親父さんに話をさせてくれ」
まゆりの部屋
椎名家の団欒に乗り込んだ俺は、娘さんと一晩寝させてください的な発言をしてしまったのだが案外あっさりOKが出たので逆にこっちが面を食らってしまった。とりあえずまゆりの今日の容態の説明と、明日の朝一で俺がまゆりを病院へ連れていく約束をした。
俺は自分の家に一度帰り、風呂にサッと入ってから椎名家に戻ってきた。他意はない。
まゆり「えっへへー。こうやって一緒にベッドに入るの、なんだか懐かしいねぇ」ニコニコ
岡部「あれはいつのことだったか……俺がまだ能力に目覚める前、聖戦の鐘がこの世界に響き渡らんとしていた―――」
まゆり「オカリン」
岡部「って、話を遮るんじゃ――」
まゆり「あり、がと……ムニャムニャ」
岡部「……もう眠ったのか?」
返事は待っても来なかった。やはりまゆりは相当我慢していたのだ。最後のムニャムニャの中に「オカリンスキー」とかいうロシア人の名前のような音声が聞こえたような気がしたが気のせいだろう。
俺は今日一日頑張ったまゆりのくせの強い髪の毛を飼い犬のように撫でまわしてやった。
夜中
岡部「んごっ……ぐぅ、すか、ぴぃー」zzz
まゆり「――――カハッ」
岡部「ん、んむぅ。……って、まゆり!?」
俺の横ですやすや寝ていたはずのまゆりは、目を見開き、全身を痙攣させ、喉からはほんの微かな呼吸音を出していた。目の前の現実を認識するや否や、俺の脳細胞が一気に覚醒した。
まゆり「オ……オカ……っ」コヒュー
岡部「まゆり!? 大丈夫か!? 落ち着け、ゆっくり息をしろ!!」
まゆり「ハァ……ハァ……フゥ……フゥ……」
岡部「そうだ、それでいい……大丈夫、ただの金縛りだ」サスリサスリ
まゆり「うん……もう大丈夫。汗びっしょりだね。お着替えして、お水を飲んでくるのです」
そう言ってまゆりはガーリッシュな洋タンスから着替えを取り出して部屋を後にし、しばらくして別のパジャマ姿で戻ってきた。
岡部「……また、夢か?」
まゆり「うん……。ビッグサイトでね、クリスちゃんと一緒にコミマに行ったんだけど、急に息が苦しくなっちゃって……」
岡部「……ッ」
あの時俺は、まゆりの正確な死亡時刻を確認するためだけにまゆりを見殺しにした。あの時のことが今回の夢を引き起こすことになるとは……やはりこれは、全部俺のせいだ。まゆりが苦しんでいるのは、全部……っ。
岡部「その夢の中では、俺はまゆりの側に居なかった……そうだな?」
まゆり「え? ……うん」
まゆり「でもね!? 普段はオカリンが助けにきてくれるんだよ!? ホントだよ!?」アセッ
岡部「なぜ焦る。所詮は夢だ」
まゆり「あ、うん。そうだよね、えっへへー」
すまない、まゆり……。
まゆり「それにね、オカリンが隣で寝ててくれたおかげで、いつもより長く眠れたかなぁ。ありがとね、オカリン」ギュッ
岡部「こら、あんまり抱きつくな。暑くて寝れんだろうが」
まゆり「えっへへー♪」ギュッ
翌日朝 池袋 メンタルクリニック 施術室
心理士「さぁ、椎名さん。リラックスしてください」
心理士「あなたは私の声を架け橋として、過去へと降りていきます。どんどん、どんどん降りていって……やがて柔らかい色をした光が見えてきます」
まゆり「…………」
心理士「その光は何色に見えますか?」
まゆり「……白。灰色の間から、強い白い光……」
心理士「その光の中に、あなたの大切な人が立っています。その人はあなたの家族でしょうか?」
まゆり「ううん……おばあちゃんじゃ、ない……」
心理士「では、友人? それとも恋人?」
まゆり「……恋人……」
まゆり「ううん、恋人じゃない。友人……でもないの」
心理士「では、どういう?」
まゆり「まゆしぃと……オカリンは……」
『つれてなんて、いかせない……! まゆりは……俺の人質だ。人体実験の生け贄なんだ……!』
どこにもいかないよ。だって―――
あなたはわたしの彦星さまだから―――
どうかずっと、そばにいさせて―――
ゴゥゥゥン ゴゥゥゥン
研究員A『これより時空転移実験レベル4、人体実験を開始する』
まゆり「ここは……どこ……? トンネルの中、かな……?」
研究員A『この実験がゼリーマンズレポートNo.15にならないことを祈ろう。直にわかることではあるが』
ゴゥゥゥン!! ゴゥゥゥン!! ゴゥゥゥン!!
まゆり「出して……ここから、出して……」ウルウル
バチバチバチッ!!!!!!
まゆり「オカリン……オカリ――――――
研究員B『届きました』
研究員A『……また失敗か。1961年2月28日付の新聞、壁にめり込むゲル化した少女――――
まゆり「いやああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
心理士「し、椎名さん!?」
まゆり「あああああああああっ!!!」ジタバタ
ガチャッ!
岡部「まゆり!? どうしたまゆり!? ドクター、大丈夫なんですか!?」
まゆりの悲鳴が施術室の中から聞こえ、俺は反射的に中へと飛び込んだ。先生もかなり驚いていたらしく、俺には目もくれずまゆりへの対応に当たっていた。
心理士「いいですか? 私があなたの肩を叩きます。それを合図に意識がもっとハッキリしてきますよー」
心理士「3、2、1……はいっ」トンッ
まゆり「あ……う、うぅっ……」ツーッ
岡部「はぁはぁ、良かった……」
心理士「椎名さん、少し休んでいてくださいね。今、お水とタオル持ってきますから」
まゆり「は、はい……っ」グスッ
診察室
心理士「岡部さん、ご心配おかけして申し訳ありませんでした。思った以上に深刻な症例です」
岡部「そう、ですか……」
心理士「とりあえず精神安定剤と睡眠薬は処方しておきますが……本当に彼女は過去になにか他人に攻撃されたことがある、というわけではないのですね?」
岡部「ええ、一応……」
言い淀んでしまったが、この世界線上においてはそうなのだ。まゆりは誰にも命を狙われていないし、命を奪われていない。しかし、リーディングシュタイナーのことを説明したところで信じるべくもない。
心理士「おばあ様との死別の苦しみは乗り越えたとご本人様から伺っています。実際、お話をした中でもそのように感じました」
岡部「はい。それは、間違いなく」
たしか、α世界線でタイムリープマシンが稼働可能になりそうな頃合いにまゆりとそんな話をした。小学生の頃にタイムリープするとしても祖母にどうしても会いたいというわけではないと言っていた。それはこの世界線においても同じだろう。
心理士「幻覚や妄想を見ているわけではなく、あくまで夢。トラウマも、日々のストレスもない。そうなると、一体なにが原因で悪夢障害に……ブツブツ」
まるでまゆりが悪夢の魔物に取り憑かれたかのようだ。リーディングシュタイナーは、確かにα世界線ではまゆりを救うために必要な力を俺に与えてくれた。だが、この平和なシュタインズゲートにおいては、その力は悪魔以外の何物でもなかった。
俺がまゆりに何をしてやれるだろう……。医者でもダメなのに、一介の大学生なんかに、なにが……。
いや、何を弱気になっているのだ。俺は鳳凰院凶真。混沌を望み、既存の支配構造を破壊する者、だろう? そうだ、やってやる。俺がやらなくてはならんのだ。こんなものを俺は望んでいない。まゆりは―――俺の人質だ。
第二章 衆賢茅茹のアムネジア
未来ガジェット研究所
薬局で薬を受け取り、近くのスタベで精神安定剤をまゆりに飲ませた。すきっ腹に薬はどうかとも思ったが、まゆりが食事をしたら吐いてしまいそうというので仕方なく昼飯を抜いた。
その後アキバへ向かった。ラボの中へ入ると早くも紅莉栖が来ていたので、昨晩の状況を説明した。
紅莉栖「――つまり、あんたは役得とばかりにしたり顔で年端も行かないJKと夜もすがら同衾したってわけ?」
岡部「なんだその急な語彙力は」
まゆり「でもね、クリスちゃん。オカリンはまゆしぃのために――」
紅莉栖「だったら私がまゆりと寝るわ!!」
岡部「おま、そういう性癖が」
紅莉栖「誰が百合か! 誰がNTRか! このHENTAI!」
岡部「そこまで言っとらんだろうが!」
まゆり「わ、わぁい、嬉しいなぁ。でも、まゆしぃはできればオカリンも居てくれるともっと嬉しいのです」
紅莉栖「じゃぁ三人で寝る、でFA」
岡部「どうしてそうなった!?」
まゆり「やったー! お泊り会だー……あっ」フラッ
紅莉栖「っとと。やっぱり眠いのね」ダキッ
まゆり「……やっぱり、眠るの、怖いよ」ギュッ
紅莉栖「でも、寝ないと本当に死んじゃうわ」
岡部「たしか、不眠のギネス記録は11日間ほどだったか」
紅莉栖「それと比べたら多少は寝てるとはいえ、並みの人間なら心身の不調を訴えて然るべき状態よ。病院はどうだったの?」
まゆり「えっとね……恥ずかしながら、まゆしぃ、また夢を見ちゃって、泣いちゃったのです」
紅莉栖「それは全然恥ずかしいことじゃないわ。まゆりがつらいのは、みんなわかってる」
岡部「クリスティーナの予想した通り、ドクターも手をこまねいているような印象だった」
紅莉栖「ティーナは余計。根本的な治療となると、やっぱりリーディングシュタイナーそのものをどうにかしないといけないわよね」
岡部「何か方法はあるのか?」
紅莉栖「あるわけないでしょ」
岡部「むぅ……時間がない、か……」
まゆり「スゥ……スゥ……」
紅莉栖「まゆり? 立ったまま寝てる……」
岡部「夢を見てしまうたびに体力をかなり消耗しているようだ。助手、ソファーに寝かせてやれ」
紅莉栖「助手ってゆーな。にしても、軽くなっちゃったわね、まゆり」ヨイショ
まゆりがソファーで横になったのを確認すると、俺は白衣のポケットからケータイを取り出した。
岡部「……俺だ。あぁ、恐怖におびえた顔で眠るなど、まゆりにはあってはならないこと。わかっている。俺を誰だと思っている? 人質のことは全て俺に任せろ。エル・プサイ・コングルゥ」
まゆり「スゥ……スゥ……」
紅莉栖「よく眠ってる。可愛らしい寝顔ね」
岡部「睡眠薬は飲んでないが、大丈夫か?」
紅莉栖「うーん。無理やり起こしてでも飲ませた方が、悪夢を見ないで済むかしら?」
岡部「それは、少し気が引けるな」
紅莉栖「まゆり? ねぇ、まゆり?」ユサユサ
まゆり「スゥ……スゥ……」
岡部「この様子だとテコでも起きないか」
それはそうだ。昨日だって、ベッドには入っていたものの結局ほとんど寝ていないのだ。あの悪夢の後は俺との昔話に花を咲かせて朝を迎えた。
紅莉栖「……昨日一晩、色々と考えてみたんだけど」
岡部「聞かせてくれ」
残念ながら、俺の頭脳では大した答えが出せないことは嫌というほどわかっている。紅莉栖の理論を心から待ちわびていたのは嘘ではない。
紅莉栖「一応、極端な方法だけど、まゆりの悪夢をなくす方法は思い付いた」
岡部「なに? それはなんだ?」
紅莉栖「リーディングシュタイナー……これホントに恥ずかしいから別の名前で呼びたいんだけど」
岡部「フッ。助手にこのセンスが理解できるようになるには3億年早い」
紅莉栖「なんで偉そうなのよ。コホン」
紅莉栖「このリーディングシュタイナーが発動する条件として、実世界線の個体の脳が生命活動をしていること、可能性世界線の個体の脳が生命活動をしていたこと、そして個体の素質と環境要因が挙げられる」
紅莉栖「素質に関しては持って生まれたものとして割り切るしかない。環境要因は、岡部が何度も時間の環を積み上げてしまったのは、もはやどうすることもできない」
岡部「うむぅ……」
紅莉栖には既に、α世界線でフェイリスがほぼ完全にリーディングシュタイナーを発動したこと、ルカ子が儚げにではあるが男だった時の記憶についてリーディングシュタイナーを発動したことを伝えてある。それらの情報から分析してもらった結果だ。
紅莉栖「この世界線の私も、ほぼ初見のあんたに"助手"って呼ばれて"ティーナでも助手でもないと"とか言った身だから、リーディングシュタイナーの感覚は若干だけど理解してるつもりよ」
岡部「続けてくれ」
紅莉栖「他の環境要因としては、別の世界線の記憶と類似した体験を実世界線でしてしまった時にリーディングシュタイナーは発動しやすい、というのがあると思うけれど、まゆりの場合はあまりそれに当てはまっていない」
萌郁の時を除けば、ほとんど夢の内容と現実世界の出来事との間に関連性が見えないのだ。
紅莉栖「可能性世界線には手が出せない。となると、この世界線のまゆりの脳に直接働きかけるしかない」
岡部「まさか、死ねば助かるのに、などという天才賭博師ばりの超理論を突き返すわけではなかろうな」
紅莉栖「まぁ、ある意味それに近いかもしれない」
岡部「な、なに?」
なんだと?
紅莉栖「つまり、"まゆり"としての個体の脳の活動を擬似的に停止させる。そうすれば、可能性世界線で"まゆり"とされている個体の脳に蓄積された記憶を受信しない」
岡部「ちょ、ちょ、ちょっと待て! お前は一体なにを言っているんだ!?」
紅莉栖「最後まで聞け。"擬似的に"と言っとろーが」
紅莉栖「つまりね、ヴィクコンの技術でまゆりを記憶喪失にする。これが解法よ」
岡部「記憶……喪失、だと……」
またとんでもないことを考え付いたものだな……。
紅莉栖「そうすると、この世界線における"まゆり"としての記憶は消滅、それにチャネリングされた意識も活動を停止させる」
岡部「意識も、だと?」
紅莉栖「あんたのタイムリープによる大量のサンプルデータによると、私の技術で記憶を操作した時、記憶に意識も付随するみたいだから、それは確約されている」
紅莉栖「実際それは、この身でも確認した」トスッ
紅莉栖は自分の胸にぺたんと手を乗せた。
紅莉栖「あと、停止って言っても、もちろん生命活動を維持したままだからね。だから"擬似的に"」
岡部「……それでは、たとえヒトとして生きていたとしても、なんにもならんではないか」
紅莉栖「わかってる。私は最初に、極端な話だけど解ならある、と言った」
岡部「ダメだ! それでは、まゆりがこの世界線から消えてしまうのと同義だ!」
紅莉栖「わかってる! だから、私だって推奨はしない」
岡部「先ほど、可能性世界線には手が出せないと言ったな」
紅莉栖「ええ。もちろん、タイムマシンは使わない、という前提での話よ」
岡部「……タイムリープによる過去改変は」
現在我がラボにはタイムリープマシンは存在していない。だが、こいつはどうも一度組み立てて使ったらしい。紅莉栖に実践的な知識があるならば、ダルを呼びつけ半日もあれば完成にこぎつけられるだろう。
紅莉栖「また造り直せば技術的には可能でしょうけど、過去のまゆりを操作したところでリーディングシュタイナーを抑えることはできない」
紅莉栖「もちろん、まゆり自身が過去へタイムリープするにしても、余計に悪夢を見続けるだけになる」
岡部「ならば未来だ! 未来の鈴羽に解を持ってきてもらうというのは!?」
紅莉栖「それ、一度まゆりを見捨てることが前提条件になるけど?」
岡部「うぐっ!?」
紅莉栖「まぁでも、未来の人類の研究の進歩に丸投げするってのも、悪手とは言い切れない。注射一本でリーディングシュタイナーを消滅させる技術が確立しているかもしれないしね」
まゆり「まゆしぃ、注射はいやだなぁ……」
紅莉栖「そうよね……って、ふぇっ!?」
岡部「まゆり!?」
起きてたのか!? というか、聴いていたのか!?
岡部「……どこから聴いていた」
責めているつもりは微塵もないが、あまり聞かれて気持ちのいい話でも無かったので確認した。
まゆり「ごめんね、盗み聞きするつもりはなかったんだけど……」
紅莉栖「全部、か」ハァ
紅莉栖がさすっても起きなかったのは、それだけ疲れていたのだろう。それでいて、寝るのが怖くて、意識だけは覚醒させていたのか。
まゆり「ありがとね。まゆしぃのために、一生懸命、いろんなことを考えてくれて」
紅莉栖「まゆり……」
まゆり「まゆしぃね、ホントに、なんにもできなくて、いつもオカリンの重荷になっちゃって……っ」ウルッ
どこかで聞いたセリフだ。俺はそれを全否定しなければならない。
岡部「そ、そんなことはない! 俺は、お前は、俺の人質なのだからな!」
まゆり「……えっへへー。だからね? ホントは、ワガママなんて言うべきじゃないのは、わかってるんだけどね……」
岡部「何を言っている!? 一番大事なのは、お前がどうしたいかだ!」
紅莉栖「そうよ。要望があるなら積極的に言いなさい」
まゆり「うん……ありがと、オカリン。あのね……」
まゆり「……まゆしぃは……っ」グスッ
幼気な少女が、意を決して告白した。
まゆり「本当に、もうこれ以上、死んじゃう夢を見たくないのです……何をしてもいいから……っ」ポロポロ
紅莉栖「まゆり……」
それは、周りに気を使いに使うまゆりとは思えない、悲痛な自己主張だった。
岡部「……お前の記憶を、今までお前が生きてきた証である大切な想い出たちを、なかったことにしても、か?」
まゆり「えっ……?」
紅莉栖「……アキバのパーツショップで色々買ってきて、橋田に手伝ってもらえば、今日中にまゆりの脳から記憶を消す装置を作れるわ」
岡部「なっ!? そんなトンデモガジェット、簡単に作れるのか!?」
紅莉栖「基本はタイムリープマシンの機能を使うだけだもの。O.K.説明する」
紅莉栖「まず記憶を走査して、コピーデータの3.24Tをヴィクコンのサーバー内に保存する。その後、そのまゆりの記憶フォルダの中から記憶データだけを削除する」
紅莉栖「こうして出来上がる"無"の記憶データをVR技術で神経パルスにコンバートして、まゆりの前頭葉を刺激させる」
岡部「だが、それでは"無"を思い出すだけで、結局なんにもならないのではないか?」
紅莉栖「"無"を思い出すというより、"無"しか思い出せなくなる状態になる、という感じかな」
紅莉栖「一応、ここだけは通常のタイムリープとは別の操作を行って、記憶の追加ではなく"上書き"ができるように設定しておく」
紅莉栖「トップダウン記憶検索信号のデリートプログラム。そういうものも、ヴィクコンには用意されている」
紅莉栖「つまり、トップダウン記憶検索信号によって"無"を思い出させた直後、信号をデリートしてそれ以上の思い出しをさせないようにする。それによって、"無"以外が思い出せないような脳を創り出す」
紅莉栖「そうすれば、"まゆり"としての記憶は"無"に上書きされて事実上消滅。信号を失った過去の記憶たちの電気回路は連結が消えて自然消滅、二度と引き出せなくなる」
紅莉栖「これで"まゆり"の記憶および意識の活動は停止する。人格についてはどうなるかわからないけど」
岡部「そんなことが可能なのか……」
紅莉栖「元々うちの大学で記憶に関する実験を行う中で、マウスの脳をリセットして再利用する、ってのも日常茶飯事だったから」
岡部「……動物実験を人体実験として扱えるのか?」
かつてSERNはZプログラム内の動物実験で未成功だったにもかかわらず人体実験へと進み、数百人もの被験者と14人ものゼリーマンを生み出していた。動物実験で可能だから、という程度の理由でまゆりの脳内をいじらせるわけにはいかない。
紅莉栖「……ええ、可能よ。成功例も報告されている」
岡部「ッ!?!?」
それは、つまり、人間の脳を空っぽにしてきたと……!?
紅莉栖「私の所属してる研究所の所長、レスキネン教授がね、今年逮捕されたんだけど」
は……? 急になんの話だ。
紅莉栖「どうも精神生理学研究所と結託して、記憶に関する技術の軍事転用を企んでたらしいの。ホントはちょっと違うけど、詳細は省く」
紅莉栖「その過程で露呈したんだけど、彼らは何十人もの人間に記憶の人為的な操作を行っていたらしい」
紅莉栖「その中に何件か報告されていた。記憶の完全消去に成功した事例が」
岡部「……マッドサイエンティストの風上にもおけない奴らだな」
紅莉栖「そんな倫理観の欠如した人物の下で研究していたと思うとやりきれないけれど、冷静になって考えると私の人生ってそんなのバッカリなのよね」ハァ
岡部「そんなのとは誰だ? お前の父親か?」
紅莉栖「鏡でも見てきなさいよ」
岡部「だが、待ってくれ。記憶喪失になったからと言って、リーディングシュタイナーが発動しないとは限らない」
紅莉栖「根拠は?」
岡部「鈴羽だ。α世界線の鈴羽は、1975年にタイムトラベルした後、到着時に事故に遭い、記憶を失った。だが、記憶を失ったにもかかわらず自身を"橋田鈴"と名乗っていたのだ」
紅莉栖「橋田……鈴羽さんの父親の姓。でも、それはいわゆる頭部外傷による健忘でしょうね。時間経過で記憶が戻って来ることが多い」
岡部「いや、問題はそこじゃない。記憶を失う世界線の鈴羽が橋田を名乗るのは、紅莉栖の言う通り、あり得る。だが」
岡部「記憶を失わずに1975年へと到着できた世界線の鈴羽は、自分の父親が誰なのかを知ることなく過去へ行っているのだ」
岡部「自分の父親が誰なのかわからないにもかかわらず、鈴羽は自身を橋田鈴と名乗っていた」
紅莉栖「えっ? ……なるほど。リーディングシュタイナーの力によって記憶を失った側の世界線の記憶、父親が橋田だという情報を思い出していた可能性、か」
岡部「つまり、まゆりの場合とは受信側と送信側が逆転してしまうが、片方が記憶喪失状態でも、リーディングシュタイナーは発動する」
紅莉栖「だから何度も言ってるけど、まゆりに施す記憶消去は、一般的な記憶喪失とはわけが違うのよ」
紅莉栖「記憶が引き出せなくなっている、というレベルじゃない。完全に消滅してしまっている状況を創り出すの」
紅莉栖「それだけじゃなく、記憶消去によって意識も停止する。なんでかはわからないけど、それはタイムリープに意識が伴うことが証左となっている」
紅莉栖「故にリーディングシュタイナーは発動しない。……たぶん」
そうは言っても、どうしても不安はぬぐえない。どこかに違和感がある。それはなんだ? 紅莉栖の話でちゃんと聞けていないところはなかったか……?
そうだ、人格だ。人格についてはどうなってしまうんだ? いや、この際人格はどうなろうと関係ないのか……?
紅莉栖「これで悪夢は消える。きれいさっぱりと」
岡部「だが、待て! まゆりの意識が停止されてしまったら、安心して眠るもクソもないだろうが!」
紅莉栖「だけど、間違いなく今の苦しみは消えるわ」
岡部「それは、そうだが……! まゆりを、殺すようなものなんだぞ!」
紅莉栖「落ち着け。まゆりを救いたい気持ちは私だって一緒よ」
岡部「だったらなぜ、そんなに冷静で居られるんだ!」
紅莉栖「こういう性格なの。それに、まだ話してないことがある。話は最後まで聞け」
岡部「なに……?」
紅莉栖「ヴィクコンにバックアップしたまゆりの記憶データは、半永久的に保存される」
岡部「……?」
紅莉栖「やろうと思えば、意識も含めていつでも書き戻し可能、ってことよ。未来へのタイムリープ、って言えばわかる?」
岡部「な……! なるほど! そういうことか!!」
紅莉栖の冷徹さの裏にはそういう隠し玉が用意してあったのだな! 全く、助手の分際でもったいぶりおって!
紅莉栖「ただ、書き戻したところで結局またリーディングシュタイナーという名の悪夢は発動してしまうから、現段階では意味が無い」
紅莉栖「だから、書き戻しまでの間にリーディングシュタイナーとかいうトンチキな能力を根源から消滅させる方向の研究をしていけばいい。それが完成するまでの時間稼ぎにはなるでしょ?」
岡部「つまり、まゆりには一時的にPCの中でコールドスリープしていてもらう、ということだな!?」
紅莉栖「お前は何の話をしているんだと小一時間……まぁ、そんな感じで捉えてもらってもいいわ」
まゆり「クリスちゃん。まゆしぃの想い出、全部消えちゃうの……?」
紅莉栖「いいえ。まゆりの意識と一緒に、少し遠いところで眠ってもらうだけよ」
まゆり「ってことは、まゆしぃ、安心してぐっすり寝てもいいの!?」キラキラ
紅莉栖「ええ。だから、もうちょっとだけ待っててね」ニコ
その後、すぐさまメイクイーンに居たダルを電話で呼びつけた。まゆりが眠ってしまわないようにするためとは言え、俺はまゆりの四方山話を聞かされる羽目となった。ついでにまゆりと一緒に紅莉栖が指定してきたパーツを買いに行ったりして気を紛らわせた。
ダル「はふー。牧瀬氏、人使い荒いっす。マジ死ぬる」カチャカチャ
岡部「全くだ。この炎天下にもかかわらず、この俺、鳳凰院凶真をパーツショップへと使いパシリさせるとは」グッタリ
まゆり「まゆしぃはね、眠気も取れたし楽しかったのです☆」
紅莉栖「ちょっと動いたくらいでへばっちゃう男の人って。でも、橋田はホントすごいわね。アクセス権限あげただけでヴィクコンを丸裸にするなんて」
ダル「あんなの、権限なくてもハッキングできるっつーの。いや、あったおかげで一瞬でモザイクも規制も一切なしの究極全裸画像をゲットできたわけだが、手ごたえ無さ杉ワロタ」カチャカチャ
まゆり「ダルくんはエッチだね~」
ダル「つかまゆ氏がそんな状態になってたなんて、思いもよらんかったのだぜ……ほい。パーツの組み立ては終わったお」フィー
岡部「おおっ! よくやったぞ! マイフェイバリットライトアーム、ウィザート級のサー・スーパーハカーよ!」
ダル「なげーし! つかハカーじゃねーし!」
紅莉栖「O.K. 次はプログラミングの方、お願い」
ダル「はいはいはいよー、やりますよー」カタカタカタ
それから数時間。日はとっぷり暮れ、宵闇に世界が支配されていた頃。
紅莉栖「……完成、ね」
ダル「もう無理ぽ」グダッ
岡部「ついにできたのか……記憶を完全抹消する未来ガジェット……」
本来ならナンバリングや名前付けの儀式を行うところだが、そもそも記憶を完全に消去するなどと言ったかなりアレなマシンを我がラボの未来ガジェットとして認定してもよいものだろうか、という葛藤があった。
なにより、今はそんな暇はない。一刻を争うのだ。
紅莉栖「エンターキーひとつですべての操作が一気に行われるようになってるわ」
岡部「そう言えば、3.24Tをアメリカへ転送するには、一日くらいかかるんじゃないか?」
ダル「普通にもっとかかるっつーの。そこはほら、電話レンジをブラックホール発生装置として使うことで解決しますた」
岡部「なに? そっちも作っていたのか?」
ダル「オカリンが買い出しに行ってる間に電子レンジと42型用のリモコンを買ってきてたんだお」
紅莉栖「一度作った私はともかく、橋田もビックリするほど勝手に手が動いてたわね。これも? リーディングシュタイナー(笑)? さんのおかげです本当にありがとうございました」
岡部「この女……」
元ネタを理解した上で@ちゃん語をペラペラ使っているのだから厄介な女だ。
紅莉栖「この中に発生するカー・ブラックホールを使って3.24Tを36バイトまで圧縮、ヴィクコンに到着したところで解凍するわ。"無"のデータの送り戻しにはほとんど時間はかからないから、実質数十秒で記憶の消去は完了する」
岡部「たった数十秒で……まゆりの、17年間の記憶が、すべて消えるのか……」
俺は生つばをごくりと飲み込んだ。もしかしてこれ、タイムマシンよりも狂ったガジェットなのではないか……?
まゆり「うん……うん、じゃあね。お母さん。お父さん。本当に、ありがとう」
まゆりは、向こうで家族や友人たちに電話をしていた。記憶をバックアップする話は親御さんにも既に伝えてはいたが、たとえいつでも書き戻せるとしても、愛娘が記憶喪失になることに変わりはない。たまったものではないだろう。
岡部「……もう、いいのか? ルカ子や、フェイリスにも伝えたか?」
まゆり「うん。それに、まゆしぃは死んじゃうわけでも、消えちゃうわけでもないんでしょ?」
紅莉栖「ええ。ちょっと長めに眠るだけよ」
まゆり「えっへへ~。それってなんだか、ワルだね~」
まゆりはいつもズレているが、実にまゆりらしい。
ダル「それじゃ、準備はおk?」
まゆり「いいよ、ダルくん。お願い」スチャ
ダル「まゆ氏、まゆ氏。いまの台詞、もっかい言ってくれる? できれば、恥ずかしそうに」
紅莉栖「言わせるなHENTAI!」
岡部「全く、ダルは仕方がない奴だな。ほら、俺に代われ」
ダル「オーキードーキー。よっと」ガタッ
まゆりがこうなってしまったのは俺の責任だ。だったら、このエンターキーを押し、まゆりの記憶を消去するのも、この俺がやらねばならんだろう。
岡部「…………」ゴクリ
紅莉栖「作戦名とか前口上とかいいからな。早くまゆりを寝させてあげなさい」
岡部「あ、ああ。わかっている」
そうだ、これはまゆりを安心して眠らせるだけの儀式。決して、まゆりを殺すわけでも、この世界線から消すわけでもない。
岡部「……この俺、狂気のマッドサイエンティストの人質となったからには、我が人体実験へと協力してもうらおうっ! フゥーハハハ!」
まゆり「うんっ。やっとまゆしぃは、オカリンの役に立てるね!」ニコ
岡部「う、嬉しいのか?」
まゆり「えっへへー」テレッ
全く、調子が狂うな。
岡部「それでは、ラボメンナンバー002、椎名まゆり! 電脳世界で安心してコールドスリープしてくるがいい! エル・プサイ・コングルゥ!」
俺はそう言って未知に対する恐怖を払拭しながら、キーを打ち込んだ。
カタッ
まゆり「…………」クタッ
岡部「っと。まゆり?」ダキッ
紅莉栖「…………」ゴクリ
ダル「…………」ゴクリ
まゆり「……スゥ。スゥ」
岡部「お、おい、クリスティーナ? なんだか、普通に寝始めたんだが?」
紅莉栖「睡眠に対する恐怖心が完全に消えたのね。あとは肉体に素直になった、ってところかしら」
ダル「はふぅ。マジでビクりますた」
岡部「なるほど。そういうことなら、ゆっくり休んでくれ。まゆり」
まゆり「スゥ、スゥ」
俺はそのまま、まゆりの軽い体をお姫様だっこしてソファーへと持って行った。紅莉栖がやたら睨んでいたし、ダルが下世話なことをほざいていたようだったが無視した。
まゆりは本当にぐっすり寝込んでしまって、そのまま朝を迎えてしまった。俺と紅莉栖、それにダルの3人は、まゆりになにかあればいち早く対応できるように一緒にラボに泊まった。着替えも無かったのでそのまま雑魚寝した。
翌朝、8時頃。夏の強い日差しを浴びながら、俺たちは目覚めた。
岡部「ふわぁ……。おい、クリスティーナ、ダル。起きろ」
紅莉栖「え? あ、もう朝なのね……うわ、汗でベトベト」
ダル「う~ん、おっぱいがいっぱい……」ムニャムニャ
紅莉栖「今度は貴様の淫夢を全消去してやろうか?」ニコ
ダル「ちょ!? 寝起きの脅迫はマジやめロッテ!」
まゆり「ふわぁ~。んー、よく寝ました!」
まゆりも元気に目覚めたようだ。これでようやく一安心――――だよな?
岡部「まゆりも起きたか。しかっし、よく眠っていたな」フッ
紅莉栖「天使の寝顔だったわね。とってもキュートだった」
ダル「うほ。牧瀬氏、実はそっちのケが……」
紅莉栖「ねーよ」
岡部「もう大丈夫か、まゆり? また変な夢は見てないか?」
まゆり「ふぇ? えっとー……」
まゆり「あなたは誰ですか?」
岡部「……ッ」
いや、何を驚いているのだ、鳳凰院凶真。そうなって然るべき。というか、そうなるようにしたのは、この俺じゃないか。
昨晩記憶を消去した後、紅莉栖は言っていた。人格についてはどうなるかわからない。意識や記憶と同様にクリーンでフラットな状態になってしまうのか、はたまたそのまままゆりの人格が残るのか。
あるいは、全く別の人格が宿るのか。
紅莉栖「ハロー、まゆり。って、自分が誰なのかもわからない、か」
ダル「うお、これマジで記憶喪失になってるん?」
まゆり「えっ……えっと……」プルプル
まゆりの顔はみるみるうちに恐怖モードへと推移していった。考えてみれば当然だ、朝起きたら目の前に見ず知らずの悪の組織の女幹部とHENTAIを具現化させたようなキモオタが横に寝ていたのだからな。
紅莉栖「岡部、自分のことを棚に上げてなにか失礼なことを考えてない?」ニコ
岡部「それより、まゆり。落ち着いて聞いてほしい。俺たちは、みなまゆりの仲間だ。だから――」
まゆり「あの……ま、まゆり、って……誰、ですか……?」プルプル
岡部「まゆりとは、ラボメンナンバー002、椎名まゆりのことだ!」
まゆり「ラボ……メ……えっ?」プルプル
紅莉栖「ああもう、ややこしくするな! 貴女の名前よ。まゆり」
まゆり「私の、名前……?」キョトン
たぶん俺たちは、まゆりがようやく安心して眠れたことに対し、気を緩め過ぎていたのだろう。まゆりはもう大丈夫だ、と。そう、思い込みたかったのだ。
ダル「うはー。一人称"私"のまゆ氏ってレアじゃね?」
紅莉栖「新しい人格が芽生えたのかしら……?」
岡部「ふーむ……」
記憶と意識を喪失したまゆりは、新たな人格を創り出した、のか? まぁ、サーバーへ保存されたまゆりがこっちへ戻って来るまでの仮初の人格なわけだからなんでもいいが、せっかくならこの俺、鳳凰院凶真の偉大さを理解できるような立派な人格者であってほしいものだ。
岡部「それより、ぐっすり眠れた気分はどうだ? ん?」
まゆり「……最悪の気分です」
岡部「―――っ!?!?」
よもやまゆりの口からそのような言葉が飛び出すなど!?
まゆり「私、アレですよね。あなたたちに拉致されて、このいかにも怪人たちの秘密基地みたいな部屋で、改造されちゃったのですよね」
・・・
は?
誰もが三点リーダを頭上に浮かべた。
お前は何を言っているんだ?
まゆり「だから自分が誰かも思い出せない。ここがどこなのかも、あなたたちが誰なのかも! パパのこともママのことも思い出せないなんて……っ」ウルウル
岡部「な、泣くな! というか、いつからそんな電波ゆんゆんキャラになったのだ!?」
いや、元々確かに電波ではあったが、ベクトルが違うというかなんというか……。
紅莉栖「話せば長いけど、ちゃんと事情があるのよ。まゆり、お願いだから落ち着いて話を聞いて? ね?」
まゆり「どうせその"まゆり"って名前も洗脳のためのコードネームか何かなのですよね!? 私は、"まゆり"なんて名前、知りません!」ダッ
岡部「あっ!? ちょ、オイ!」
まゆりは脱走した。
第三章 解脱転生のレジリエンス
中央通り
照り付ける夏の日差しの中、秋葉原全力マラソン大会が開催されていた。
岡部「ハァ、ハァ……クソ、どこにも見当たらないではないか! どうしてくれる!」
紅莉栖「わ、私に当たらないでよ! まさかこんなことになるなんて、予想できなかった!」
あれではまるでまゆりの人格の面影が残っていないではないか! いや、確かにデムパ的なところは元よりあったが、ベクトルが180度曲がっているというか、正反対の性質を備えてしまっていたように思う。
紅莉栖「こんなの、私にとっても未知の現象よ……くぅ、じっくりコトコト研究したい……!」
岡部「そんなものは後だ! 今はあいつの行方を追わなくては!」
ダル「ハヒィ、ハヒィ……まゆ氏が行きそうなところは全部探したわけっしょ? つか、あれはもうまゆ氏であってまゆ氏じゃないんじゃね?」
岡部「バカを言うな! あれはまゆりだ! ちょっと厨二病じみてはいたが」
紅莉栖「あーもう! あれはたしかにまゆりだけど、まゆりじゃないのよ!」
岡部「ならば、まゆりTHE_NEOスターダストと命名しよう」
ダル「そこはシン・マユ氏でよくね?」
岡部「では間をとって、まゆり・ネオ・アルティメット・ゴッジーラ(仮)とする。それで、そのまゆり・ネオ・アルティメット・ゴッジーラ(仮)の行方だが」
紅莉栖「命名なんてどうでもいい! ほんとどうでもいい!」
ダル「つか、もし仮に自分が記憶喪失になったら、っていうIF展開を考えればいいんじゃね? そしたらまゆ氏がどこ行ったかわかるかも」
岡部「おお、さえてるな、ダル! もし俺が記憶喪失になったら……か」
紅莉栖「私だったら身に着けている持ち物から、個人を特定しようとするでしょうね」
岡部「だが、まゆりの手提げはこの通りここにある。やつはこれを自分の持ち物だと認識しなかったのだ」
紅莉栖「その中にケータイは入ってる?」
岡部「なに? ……ゴソゴソ……ない。どうやらポケットに入れたままだったようだな」
紅莉栖「ってことは、メールの内容とか通話履歴とかから住所を割り出したのかも」
岡部「あのまゆりがそこまで頭の良いことをするとは思えん……むしろその辺のネコと遊んでいるか、鳩を追いかけているか」
紅莉栖「だから、あのまゆりはまゆりであってまゆりじゃないのよ。常人レベルの常識で考えた方がいいと思うわ」
岡部「お前、つまりはまゆりのことを馬鹿だと言いたいんだな?」
紅莉栖「うっ……ち、違うわよ? ホントよ?」
Trrr Trrr...
岡部「……クソッ。まゆりのやつ、電話しても出ない」
紅莉栖「警戒してる、か。それで、まゆりが自分のケータイを調べて、行くとしたらどこ?」
岡部「通話履歴には池袋のメンタルクリニック。メールの文面には、乙女ロードや雑司ヶ谷駅なんかが書かれているはずだ。あとは、学校か」
紅莉栖「花浅葱大付属ね。漆原さんとのメールのやり取りから割り出す可能性は大いにありそう」
ダル「いや、それよりもバイト先とのやり取りとか見てるんじゃね? フェイリスたんのところに行っててもおかしくないと思われ」
岡部「さっきフェイリスには電話したが、まゆりは来てないとのことだったぞ」
紅莉栖「とりあえず駅に向かいましょう。池袋の方が可能性高いかしら」
岡部「学校の方はルカ子に任せよう。とにかく、あいつの居場所をつき止めねば!」
俺たちは総武線へ乗り込み、チャミズで乗り換え、急ぎ池袋へ向かった。
池袋駅 東口
岡部「椎名家にも俺の実家にも電話してみたが、まだまゆりは現れていないそうだ」
紅莉栖「そう……この人ごみの中を探すとなると、骨ね」
ダル「つかさ、記憶喪失でも電車って乗れんの?」
岡部「そう言えば流ちょうに日本語もしゃべっていたな」
紅莉栖「まず、言語については脳部位が異なるのよ。記憶は海馬、言語はブローカ野とかウェルニッケ野っていう風に。運動に関しても頭頂葉の運動野、運動性記憶は小脳みたいに」
ダル「あーなる。だから歩き方とか喋り方を忘れたわけじゃないんすな」
紅莉栖「あと、身体が覚えてる、っていう手続き記憶の部分もある。自転車の漕ぎ方とかケータイの使い方、ピアノの弾き方、クロールの仕方とかね」
紅莉栖「手続き記憶は海馬に蓄積されるけど、エピソード記憶とは異なる部位を使ってるから、今回は消去されていない」
岡部「それで、電車に乗れる可能性については」
紅莉栖「たとえば鉄道の無い離島出身の人が居て、初めて東京に来て電車に乗るとするわよね? ある程度常識的な日本語が話せれば、駅員さんに聞いたりして目的の場所につけるでしょ?」
岡部「それは、そうか」
紅莉栖「どこまでどういう風に理解して行動できるのかは未知数だけど……」
< 離してっ! この、離してくださいよっ!
岡部「お、おい。今、まゆりの声がしなかったか?」
紅莉栖「えっ?」
< やめてくださいっ! この、国家権力の犬!(CV.花澤香菜)
ダル「あ、うん! 確かにまゆ氏の声が聞こえたお! 内容はまゆ氏のそれとはまったく思えんけど、だがそれがいい!」
紅莉栖「あっちの人だかりの方じゃない!?」
岡部「あのふくろう交番のところか! おいっ! まゆりっ!」
俺たちは人だかりを左右にかき分け、声の主のもとへと駆け寄った。が……
まゆり「離してください! ふざけないでください!」ジタバタ
警察官「いい加減大人しくしなさい! それで、名前は? 住所は?」
まゆり「知らないって言ってますよね!? 私は、悪の組織に脳内を改造されたのです!」
……まゆり?
紅莉栖「すいません! すいません! その子、私たちの友だちなんです!」ペコペコ
警察官「なに? そうなの?」
まゆり「出たな、悪の組織! くそぅ、もうここまで追ってきたのですね……!」ウルウル
ダル「ガチ泣きでござる」
岡部「あー、オホン。ミスターポリスメン。一体なにがあったのですか?」
警察官「この子が交番に来るなり、私は追われているとか、自分が思い出せないとか言い出して、暴れ回ったんだ」
ダル「おうふ……マジでまゆ氏、どうしちまったん?」
岡部「こいつは椎名まゆり。住所もわかります。なんというか、こういう変な癖があるらしいんです」
警察官「君ねぇ、もうちょっと常識を教えてあげた方がいいよ?」
まゆり「私はまゆりじゃないです! 離してください! こらぁ!」ジタバタ
南池袋公園
未知との遭遇を果たした俺たちは、都会のオアシス、公園のベンチにぐったりしていた。まゆりの首根っこを捕まえたまま。
岡部「……落ち着いたか? 電波少女よ」
まゆり「くぅ、私をどうする気なのです……っ」ウルウル
紅莉栖「どうもしないし。もしどうにかする気だったらとっくにしてるでしょ」
ダル「いやぁ、まゆ氏のキャラチェンに全然頭が追いつけないお」
まゆり「私は……貴女たちは、いったい、誰なのですか……! 何の目的で、悪事を働いているのですか!」
紅莉栖「ねえ、岡部の厨二病がうつったんじゃない?」ヒソヒソ
岡部「まぁ、確かに小さい時一緒に特撮ドラマを良く見てはいたが……」ヒソヒソ
ダル「いや、その記憶も忘れてるはずっしょ」ヒソヒソ
岡部「よくあるのは、真逆の性格になってしまった、とかか?」ヒソヒソ
紅莉栖「非科学的すぎ。ラノベの読み過ぎなんじゃない?」ヒソヒソ
ダル「んと、電波系敬語毒舌キャラのロリ巨乳、でおk?」ヒソヒソ
まゆり「なにをひそひそ話しているのですか?」ムッ
岡部「おい、まゆり。自分の家に帰りたいのだろう? 案内しよう」
まゆり「私は"まゆり"じゃありません。そんなコードネームで私の脳波をコントロールしようってったって、そうは行きませんからね!」
岡部「いちいち名前にこだわりおって、めんどくさい奴め」
ダル「今日のおまいうスレはここですか」
岡部「ならば貴様のことは、まゆり・ネオ・アルティメット・ゴッジーラ(仮)と呼んでやろう。フハハ」
まゆり「なっ!? なんですかその壊滅的センスの呼び名は!?」
紅莉栖「まだ引っ張ってたのね、それ……」
ダル「もうまゆ氏(仮)でいいんじゃね?」
紅莉栖「まぁ確かに、本来のまゆりと混同しないためにも識別タグはつけておくべきとは思うけど」
岡部「貴様、こいつを検体扱いしているな? この悪の組織の女幹部め!」
紅莉栖「う、うるさいな! 私はあくまで分類を明確にするためにだな!」
岡部「それで、まゆりカッコカリ、略して"まゆコ"よ。さっきも言ったが、貴様の家を案内しよう」
まゆり(仮)「ふんっ。もうお前らの言うことには騙されませんよ!」(CV.花澤香菜)
なんというか、まったくもってまゆりとは別キャラなのだが、こういうセリフでもまゆりの容姿とまゆりの声で言われると、可愛らしく感じてしまう。
紅莉栖「はいはい、信じなくて結構。それで、ここからまゆりの家までどのくらいなの?」
岡部「区役所側に行けばすぐだ。そこに行けばまゆりの両親も、まゆりの部屋も、私物も、まゆりの証が山のようにあるぞ」
ダル「このままだと僕らが対応キツいんで、まゆ氏の人となりとかを教えてあげた方がいいと思うのだぜ」
岡部「それで素直に受け入れてくれるとも思えんがな。ほら、行くぞ、まゆりin反抗期、略してまゆコよ」
まゆり(仮)「はぁ。わかりましたよ、もう煮るなり焼くなり好きにしてください。その代わり、あなたたちの悪事は末代まで語り継ぎますからね!」ギロッ
元のまゆりよりボキャブラリーが増えてないか?
椎名家
まゆり(仮)「えと……あの……」ムギュッ
まゆり父「まゆり! もう、大丈夫なのか? 悪夢からは解放されたのか!?」ダキッ
まゆり母「良かったわね! 倫太郎くん、本当にありがとう!」ダキッ
まゆコは、見ず知らずのご両親に両サイドからハグされていた。
岡部「いえ、それが……。とんでもない副作用がありまして」
まゆり父「なに? 記憶はいつでも元に戻せるのだろう?」
紅莉栖「え、ええ。一応。そうなんですけど、今の状態がちょーっと予想以上だったというか……」
まゆり(仮)「本当に、あなたたちが私のパパとママなのですか?」
まゆり父「おぉ……娘からついにパパと呼ばれる日が来たぞ!」
まゆり母「新鮮でいいわねぇ。ちょっと寂しい気もするけれど」
まゆ(仮)「ふざけないでください!!」
まゆり父「!?」
まゆり母「!?」
ダル「アチャー」
まゆり(仮)「やっぱりこれは何かの陰謀です! だって、だって……!」
岡部「お、おい。さすがに親父さんたちが可哀想だろう」
まゆり(仮)「わからないのですよ! 私を産み育ててくれた人の顔が! 思い出せないのですよ!」
紅莉栖「っ……」
まゆり(仮)「そんなのって……そんなのって……っ」プルプル
まゆり父「まゆり……」
まゆり母「大丈夫よ、どんなあなたでも、私たちの子どもよ」
まゆり(仮)「……なるほど。そういうことですか。私の直感によれば、やはりあなたたちはグルだったのですね!」
まゆり父「!?」
まゆり母「!?」
まゆり(仮)「本当は私を洗脳するための演技なのでしょう!? 夫婦でもないのに夫婦を演じているのでしょう!? 滑稽ですね!」
ダル「また始まった件について。こりゃオカリンの邪気眼より手がつけられん罠」
岡部「まゆりのこまったちゃん、略してまゆコよ、ちょっとこっちにこい!」グイッ
まゆり(仮)「何をするのですか! やめてください!」ジタバタ
まゆりの部屋
とにかくこのまゆり(仮)を大人しくさせなければならん。データの存在となった真まゆりがこの世界へ復帰するまでの間、社会的にはこいつがまゆりなのだから、あんまり暴れられても困るのだ。
俺はまゆりの部屋でまゆりとは何かを教えてやろうとまゆコを連行した。
岡部「いいか、まゆり(仮)、略してまゆコよ。貴様は、先代椎名まゆりが長く苦しい闘いの末、自らの記憶を封印することを選択し、この俺、鳳凰院凶真の手によって誕生した未知の存在だ」
まゆり(仮)「未知の存在……」トクン
紅莉栖「って、この子、岡部の厨二トークにはついていけるんだ……」
ダル「今までのまゆ氏もオカリンの妄想をうのみにしてた節はあったわけですしおすし」
おや? もしや、やはりそういうことなのか? フェイリスタイプというわけでもないだろうが……ククク。そういうことなら、存分に発揮してやろうではないか!
岡部「貴様には今後、椎名まゆりとして過ごしてもらわねばならん。先代椎名まゆりの封印が解かれるその日まで、な」
まゆり(仮)「そうだったのですね……私は、そのような宿命のもとに生まれ落ちたのですね……」
紅莉栖「ダメだこいつ、早くなんとかしないと」
ダル「記憶が無くなった分、吸収力がよくなってると思われ」
岡部「先代を演じろ、とは言わん。しかし、二代目椎名まゆりとして生を受けたからには、先代のことをよく知り、よく理解し、周囲の人間に先代の志を示していかねばならんのだ!」
まゆり(仮)「おおぉ……! 凶真さん、私、やります! やってみせます!」キラキラ
紅莉栖「一周回って丸く収まりそうね。頭痛がするけど」
ダル「まゆ氏が厨二病でも恋がしたい!」
まゆりの部屋
とにかくこのまゆり(仮)を大人しくさせなければならん。データの存在となった真まゆりがこの世界へ復帰するまでの間、社会的にはこいつがまゆりなのだから、あんまり暴れられても困るのだ。
俺はまゆりの部屋でまゆりとは何かを教えてやろうとまゆコを連行した。
岡部「いいか、まゆり(仮)、略してまゆコよ。貴様は、先代椎名まゆりが長く苦しい闘いの末、自らの記憶を封印することを選択し、この俺、鳳凰院凶真の手によって誕生した未知の存在だ」
まゆり(仮)「未知の存在……」トクン
紅莉栖「って、この子、岡部の厨二トークにはついていけるんだ……」
ダル「今までのまゆ氏もオカリンの妄想をうのみにしてた節はあったわけですしおすし」
おや? もしや、やはりそういうことなのか? フェイリスタイプというわけでもないだろうが……ククク。そういうことなら、存分に発揮してやろうではないか!
岡部「貴様には今後、椎名まゆりとして過ごしてもらわねばならん。先代椎名まゆりの封印が解かれるその日まで、な」
まゆり(仮)「そうだったのですね……私は、そのような宿命のもとに生まれ落ちたのですね……」
紅莉栖「ダメだこいつ、早くなんとかしないと」
ダル「記憶が無くなった分、吸収力がよくなってると思われ」
岡部「先代を演じろ、とは言わん。しかし、二代目椎名まゆりとして生を受けたからには、先代のことをよく知り、よく理解し、周囲の人間に先代の志を示していかねばならんのだ!」
まゆり(仮)「おおぉ……! 凶真さん、私、やります! やってみせます!」キラキラ
紅莉栖「一周回って丸く収まりそうね。頭痛がするけど」
ダル「まゆ氏が厨二病でも恋がしたい!」
やってしまった…
ごめんなさい、>>67はなかったことにしてください
まゆり(仮)「これが先代の制服、これが先代のパジャマ、そしてこれが先代の下着……!」ガサゴソ
紅莉栖「ちょ!? HENTAIどもが居る前でなに晒してくれてんのよ!?」
ダル「ハァハァ。いいんだぜ、そのままいろんなものをガサゴソしてくれても」キラーン
まゆり(仮)「ハッ。私としたことが、先代を貶めるところでした!」
岡部「まゆりの後継者、略してまゆコよ。服はいいから、こっちにこい。アルバムだ」
まゆり(仮)「おおっ! これが先代の小さな頃……やはり、私と見た目が一緒」
ダル「一緒もなにも、今も昔もまゆ氏はまゆ氏だお。自信なくなってきたけど」
岡部「ほら、これを見てみろ。中坊の頃の俺と小学生の時のまゆりだ」
まゆり(仮)「おおー。本当に凶真さんは先代の幼馴染だったのですね」
岡部「やっと信じたか。次はケータイの写真を見ろ。これは、去年あたりの写真だな」
紅莉栖「まゆりと一緒に映ってるこれが私で、こっちが橋田」
ダル「んで、この超絶かわいいおにゃのこがフェイリスたんで、こっちの大和撫子がルカ氏。んで、この三次元の美人なお姉さんが桐生氏」
岡部「な? まゆりには、たくさんの仲間が居たんだ」
まゆり(仮)「先代も悪の組織未来ガジェットなんとかの一員だったのですね!」
岡部「どうしてそうなった!」
まゆり(仮)「もっと先代のことを色々教えてください! 凶真さん!」キラキラ
岡部「…………」
まゆりからこうも純真無垢なキラキラアイで"凶真さん!"などと敬意を持って呼ばれると、実にこそばゆい。もう幼馴染のまゆりはデジタルワールドへと行ってしまったのだなと痛感するが、正直これはこれで悪い気はしない。
フゥーハハハ! ついに俺は、まゆりに鳳凰院凶真の真価を認めさせたのだ! ……とりあえず、落ち着くまではそういうことにしておこう。
紅莉栖「……ねぇ、岡部。この調子なら、あの話をしてあげたら、もっと私たちに打ち解けてくれるんじゃない?」
岡部「あの話、とは?」
紅莉栖「ほら。鳳凰院凶真誕生の経緯よ」
岡部「まさかお前、俺とのファーストキッスの話をまゆコに自慢したいのか?」
紅莉栖「なんでそうなるのよ!? バカなの!? 死ぬの!? じゃなくて、あんたがまゆりを大切に思っている理由を知れば、あの子も私たちの行動原理に納得がいくでしょ!」
岡部「なるほど……。まゆコよ、これから雑司ヶ谷霊園へ行くぞ」
まゆり(仮)「はい! って、霊園……お墓、ですか?」
岡部「お前の、大切なおばあちゃんのお墓だ」
雑司ヶ谷霊園 椎名家之墓
紅莉栖「……ここに来たのはついこの間ぶり、ね」
岡部「それは2005年の、だろう」
まゆり(仮)「ここに、先代の祖母が眠っているのですか?」
岡部「いちいち先代の、とつけるな。それはイコール貴様の祖母なのだからな」
まゆり(仮)「は、はい。すいません」
岡部「あと、俺たちに敬語は要らない。仲間なのだからな」
まゆり(仮)「が、がんばり、ま……す」
紅莉栖「すぐには無理そうね」
まゆり(仮)「それで、どうしてここへ?」
岡部「……あれは今から6年前――――」
俺はまゆコに、まゆりの祖母の死が自分のせいだと思ったまゆりは失語症のような状態になってしまったこと、まゆりが半年近く毎日墓参していたこと、ある雨の日、レンブラント光線の中へ消えてしまいそうなまゆりを抱き留めたことで鳳凰院凶真が誕生したことを説明した。
無論、この世界線では紅莉栖が関わっていたことは省略した。
まゆり(仮)「いい話じゃないですかぁぁぁっ! 凶真さん、かっこよすぎですっ!」ポロポロ
岡部「当事者からそう言われると、なんだか変な感じがするな……」
紅莉栖「照れてるの?」ニヤニヤ
岡部「う、うるさい!」
まゆり(仮)「私を、先代を守るために、鳳凰院のペルソナが降臨されたのですね……!」グスッ
まゆり(仮)「うぐっ、えぐっ……。ホントに、琴線に触れる、温かい話でした……っ」ウルウル
紅莉栖「まぁ、本人だものね。ほら、ハンカチ貸してあげるから涙拭けよ、じゃなかった、拭きなさい?」
まゆり(仮)「ありがとうございますっ」ズビー チーン
紅莉栖「うっ……いや、まゆりだから別にいいけど」
まゆり(仮)「……そっか。もしかしたら、人質って、そういうことだったのですね」
岡部「そういうこと、とは?」
まゆり(仮)「ほら、私が未来ガジェット研究所で目を覚ました時、最初に思ったのが、私は人質として囚われているんだ、ってことだったじゃないですか」
岡部「なっ……!?」
紅莉栖「それって……!?」
ダル「なるほ、それで全力ダッシュで逃げ出したってわけっすな」
岡部「いや、だとすると、記憶の消去が完全ではなかった、ということではないのか……?」
紅莉栖「あるいは、既にリーディングシュタイナーを発動させてしまった可能性もある……?」
まゆり(仮)「ど、どうしたのですか? 私、なにかまずいことでも言いました……?」
岡部「いや、待て。たとえそうであったとしても、まゆコが悪夢を見ないことが観測されればいいだけのこと」
紅莉栖「……そうね。取りあえずは明日の朝まで様子を見た方がいい」
まゆり(仮)「……?」
岡部「まゆコ。今日も一緒に寝るぞ」
まゆり(仮)「はいっ! ……って、えええっ!?」ドキッ
ダル「オカリン、僕らに出来ないことを平気でやってのける! そこにしびれる」
紅莉栖「憧れない! つーか、語弊のある言い方をするな! それに、今回は私も一緒に寝るからな!」
まゆり(仮)「ええええっ!?!?」
椎名家 まゆりの部屋
そんなわけで色々あったが紅莉栖と三人でまゆりの部屋に泊まることになった。まゆりの両親は思いのほか丸くなったまゆコを弄るのが楽しかったらしく、俺たちとパパママは夜遅くまでテーブルを囲んだ。まゆコが大あくびをかましたので部屋へ移動した。
岡部「で、どうしてこの俺、鳳凰院凶真が床で寝ねばならんのだ」
まゆり(仮)「そうですよ。凶真さんに硬い床の上に敷かれた薄っぺらな布団の上で寝させるなんて鬼畜女幹部です」
紅莉栖「Shut up!! だいたいこのベッドも布団もあなたのでしょーが! それに岡部はいつも布団敷いて寝てるんでしょ? だったらこうなるのが自然じゃない」
まゆり(仮)「というか、どうして私があなたとこんなに体を寄せ合って寝なければならないのですか。脳をいじられそうで生理的に嫌なのですが」
紅莉栖「うぐっ! ……この子、まゆりの顔してとんでもない毒を吐いてくるわね。精神ダメージがハンパないわ……」
岡部「フーン。まゆり@厨二病でも恋がしたい! 略してまゆコに気に入られる方法はただ一つ。己自らが厨二となることだ」
紅莉栖「だが断る」
岡部「いいんだぞ? 俺がお前に色々な設定をつけ足してやっても。さすれば貴様は、自ら手を下さずとも、この厨二まゆりを手なずけることができるというもの」
紅莉栖「だ・が・こ・と・わ・る・! 大事なことなので(ry!!」
岡部「強情なやつめ」
まゆり(仮)「というわけで私は凶真さんと一緒に布団で寝ます。あなたは1人寂しくベッドで寝てください」モゾッ
紅莉栖「グギギギ……!!!」
紅莉栖「じゃぁ私も布団で寝るっ! 寝るったら寝るんだからな!!」ドサッ
岡部「お、おい! さすがに三人でこの布団だと狭すぎるぞ!? 右にまゆコ、左に紅莉栖では、俺が寝返りを打てんではないか!」
まゆり(仮)「そうですよ。それに自分から男の布団に入って来るなんて、あなたに乙女の恥じらいはないのですか?」
紅莉栖「あんたに言われたくないわ!」
まゆり(仮)「私はいいんです。凶真さんの幼馴染ですし、すでに何度か一緒に寝ているわけですし、男女のそういういやらしい感じのわいせつは一切ないのです」
岡部「うむうむ」
紅莉栖「あんたたちの脳みそを取り出して味噌和えにして料亭で提供してやる……!」プルプル
岡部「おい、紅莉栖。ちょっと耳を貸せ」コソコソ
紅莉栖「ヒャッ!? な、なに!?」ドックンドックン
岡部「その、だな。今晩はただの経過観察だ。だから、そういうのは、また今度に、頼む」
紅莉栖「ふ、ふぇっ!? そ、そういうのって!?」ドキドキ
岡部「だからっ! ……俺だって、お前が大切なんだ。だから、な?」
紅莉栖「ふ、ふ、ふぉぉ……」プルプル
まゆり(仮)「丸聞こえです」
岡部「!?」
紅莉栖「!?」
まゆ(仮)「いえ、お二人がそういういやらしい関係だというのは気付いていましたが」
紅莉栖「い、いやらしくなんかないわよ!」
まゆり(仮)「でも、先代……というか、私を必死で助けようとしてくれたことは、理解しています」
まゆり(仮)「私が愛されていることは、理解しています。私が二人の大切な人だということは、理解しています」
岡部「まゆコ、お前……」
まゆり(仮)「だから、記憶が無くなった私に対しても、こうして仲良く接してもらって、嬉しいのです」ニコ
紅莉栖「私はちっとも楽しくなかったけどな……」
まゆり(仮)「ま、それとこれとは話が別です。なによりここは私の部屋です。あなたたち二人で同衾させることだけは絶対に阻止します」
紅莉栖「べ、別にどうでもいいわよ、こんなサイテーな厨二病男なんて。私はベッドで一人で寝る。お・や・す・み。グッナイ!」
岡部「おまっ」
まゆり(仮)「では、ありがたくお借りします。えっへへー」ニヤニヤ
岡部「…………」
このまゆり(仮)、今まで俺の周りに居そうで居なかったタイプのキャラのために、どう対応していいかよくわからん。これからの生活がちょっと不安である。まぁ、なにかあったら鳳凰院になって命令すれば解決できる、という切り札があるのはありがたいが……。
ベッド
紅莉栖(なによもう。ちょっと厨二が入ってるからってデレデレしちゃって!)
紅莉栖(……私も悪夢にうなされるようになったら、岡部は助けてくれるかしら)
紅莉栖(って、考えるまでもなかったわね。あいつはそういうやつ。だから私も惚れたんだった)
紅莉栖(べ、別に惚れてなんかないんだからな!)モジモジ
紅莉栖(……寝よ)
――――岡部は、まゆりを助けるべきなのよ
――――まゆりを助けて。そうしないと、本当に岡部が壊れてしまう
――――まゆりを助けようっていう想いだけで、岡部と私はここまで来た
紅莉栖(……これは、夢? それとも、リーディング――――)
紅莉栖「……zzz」
第四章 雲壌月鼈のオートスコピー
翌朝
紅莉栖「ん、んぅぅー。よく寝たわ……って!?」
岡部「すーや、すーや……」
まゆり(仮)「凶真さん……ムニャムニャ」ダキッ
紅莉栖(一瞬、なんだーまゆりが岡部に抱き着いてるだけかーって思ったけど中身がアレなのを思い出してしまったわ……!)
紅莉栖「朝よー! 二人とも、起きなさーい!」
岡部「うおっ。もう朝か。って、まゆりっ!?」ビクッ
まゆり(仮)「ふぇ? 凶真さん……?」ギュゥ
岡部「あー、まゆり、じゃなく、まゆりコアラ略してまゆコよ。少し離れてくれると、助かるんだが」アセッ
まゆり(仮)「えー? 仕方ないですねぇ」エヘヘッ
紅莉栖「それで、まゆり。夢はどうだったかしら?」
まゆり(仮)「夢、とは?」
岡部「悪夢を見なかったかと聞いている」
まゆり(仮)「いえ、とても良い夢が見られましたよ。凶真さんにぎゅーっと抱き着いていた夢です」
紅莉栖「それは夢じゃなくて現実だーっ!」
紅莉栖が完全にツッコミキャラになってしまった。
椎名家 居間
岡部「朝ご飯まで作って頂いて、すいません」
まゆり母「いいのよ、倫太郎くんなら。それに、牧瀬さんもね」
紅莉栖「あ、ありがとうございます。いただきます」
まゆり父「まさか、あの世界的に有名な研究者の牧瀬さんが我が家に来る日がくるとはねぇ」
まゆり母「昨日パソコンで調べたくせに」フフッ
岡部「世界的に有名な研究者の牧瀬さんが、まさか@ちゃんのクソコテとしても世界的に有名だとは、父上も予想できまい」クク
紅莉栖「こっち見んな」
どうもまゆり(仮)は悪夢を見ていないようだった。取りあえずこれで俺たちのミッションの第一段階は成功、と言っていいだろう。ただし、今後も悪夢を見ないとも限らないし、なにより真まゆりが戻って来るまでにリーディングシュタイナーそのものをなんとかしなければならない。やることは山積みである。
まゆり(仮)「おおっ。これはおいしそうな朝ご飯ですね! 食べていいのですか?」
まゆり母「当たり前でしょ。あなたはうちの子なんだから」
まゆり(仮)「そう、でしたね。では、ありがたくいただきます!」
まゆり母「……ええ。どうぞ」
岡部「ふーむ……」
そして、このまゆり(仮)をこのまま放ってはおけないので、そちらの面倒も見なくてはならない。まずは親に対して敬語を使うのをなんとかさせるか。
岡部「まゆコ、聞け! 傾注せよ! 狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真が命ずる!」
まゆり(仮)「は、はいっ! 凶真さん!」ビシィ
岡部「家族、そして仲間に対し、敬語を使ってはならん! エル・プサイ・コングルゥ!」
まゆり(仮)「はいっ! 凶真さ……きょ、きょう……」プルプル
紅莉栖「そんな無理に矯正しなくてもいいんじゃない? たかだか言葉尻くらい」
岡部「いいや、違うぞクリスティーナ。ここは言霊の国、日本。言葉の一つ一つが魔の力を持っているのだ」
紅莉栖「ハイハイ、ソーデスカ」モグモグ
まゆり(仮)「凶、真! これでいいです、じゃなかった、これでいい、かなー?」テレッ
紅莉栖「ふーん、悪くないわね」
岡部「それから、まゆコ。もしできれば俺のことは……その、だな……」
紅莉栖「"オカリン"って呼んでほしんでしょ?」ニヤニヤ
岡部「ぐぬっ!? い、いや、これはカムフラージュのための作戦行動であってだな……!」
オカリンなどという銭湯の風呂桶みたいな名前で呼ぶのはやめるのだ! と言いたいところだが、実のところ、まゆりの声で"オカリン"と呼ばれることを俺の耳は欲していた。
まゆり(仮)「オ、オカリン、ですか? じゃなかった、オカリン?」
紅莉栖「そうそう! いい感じよ、まゆり!」
まゆり(仮)「オ、オカリン……オカリン……。かわいい……」
岡部「や、やめるんだまゆコォ! それ以上は、我が呪われし右腕の封印が、解かれてしまっ! あーっ! くーっ!」
まゆり(仮)「はわっ!? し、失礼しました! じゃなかった、ごめんねオカリン! あっ!」
岡部「ぐあーっ!!」
まゆり父「賑やかでいいねぇ」ニコニコ
池袋駅 東口
まゆり(仮)「それで、オカリン。今日はこれからどうする、のー?」
紅莉栖「おおう。いきなりまゆりに近づいたな」
今後のためにもだいぶ矯正させた。だが、これで良かったのだろうか? あまりこいつから本心を聞けていないので、一抹の不安が残る。
岡部「今日はお前の友達、仲間たちに会いにいくぞ。皆に心配かけたままだからな」
まゆり(仮)「うん、わかったよ、オカリン♪」ギュッ
岡部「ぐはっ!? ちょ、ちょっと距離が近すぎではないか、まゆコよ」ドキドキ
そ、そこまでしろとは一言も言ってない! これではまゆりの皮をかぶった女豹コケットリーガール、略してまゆコではないか!
紅莉栖「こいつ、もしやわざと……!」
まゆり(仮)「えっへへー」ニヤリ
紅莉栖「こんなまゆりはいやだー!」
秋葉原 柳林神社
最初に駅からも近い柳林神社へと寄ることにした。ルカ子ほど人畜無害な人間はいないだろうから、ファーストコンタクトにはもってこいだ。
まゆり(仮)「ここはどこなの、オカリン?」
岡部「ここは柳林神社と言って、お前の親友のひとりである漆原ルカの実家だ。昨日、写真で見せた人間の一人だぞ」
まゆり(仮)「神社が実家なの? ってことは巫女さんかな?」
岡部「だが男だ」
まゆり(仮)「えっ?」
ルカ「あっ、まゆりちゃん! もう、大丈夫なの?」トテトテ
紅莉栖「くっ。相変わらず可愛らしいな。だが男だ」
まゆり(仮)「あ、うん! 私、キレイさっぱり記憶が無くなったよ!」
ルカ「え……ええーっ!?」
岡部「一応その話は前もって通しておいただろう」
紅莉栖「まぁ、ビックリするのも無理ないわ」
ルカ「はっ……そうでした。すいません、岡部さん」
岡部「岡部ではないっ! 凶真だっ!」
ルカ「す、すいません! 凶真さん!」ペコペコ
まゆり(仮)「あれ? 私にはオカリンって呼ばせてるのに?」
紅莉栖「自己矛盾が発生してるのよ」
まゆり(仮)「それで、えっと、先代、じゃなかった、私はあなたのことをなんて呼んでたのかなー?」
ルカ「そ、その……ルカくん、って、呼んでくれてたよ?」
まゆり(仮)「"くん"? ちゃんじゃなくて?」
岡部「いいぞ、まゆコよ。想定の範囲内で驚いてくれるのは実に気持ちがいい」クク
紅莉栖「趣味悪っ。あのね、実はこう見えて漆原さんは男の子なの」
ルカ「あっ。そうですよね、そこから忘れちゃってるんですね……」シュン
まゆり(仮)「そうなの? でも、可愛いは正義だよ、ルカくん!」
ルカ「あっ! 今、初めてまゆりちゃんと会った時と同じ会話だったよ!」
まゆり(仮)「そ、そう?」
ルカ「うん! やっぱり、まゆりちゃんはまゆりちゃんだね!」キャッキャッ
まゆり(仮)「そ、そっかー。そっかー……」
岡部「…………?」
なぜか少ししょんぼりとしているように見える。以前のまゆりをリスペクトする、という方向性で納得できたのではなかったのだろうか?
メイクイーン+ニャン2
本当はまゆコ状態のまゆりをここに連れてくるべきではないのかもしれないが、しかしフェイリスに顔合わせさせないと申し訳が立たない上、ここでバイトをしてもらわねば後々真まゆりが困ってしまうので連れて来た。
フェイリス「お帰りなさ、マユシィーーーー!!!!!」ダキッ
まゆり(仮)「うわぁ! ちょっと、苦しいよぅ!」モゾモゾ
フェイリス「マユシィ、マユシィ、マユシィーー!! もう、心配したんニャぞ!!」ギュッ
まゆり(仮)「えっへへー。まゆしぃさんは愛されてたんだねー」
フェイリス「それで、凶真! クーニャン! マユシィが記憶を失ったってのは、本当なのかニャ?」
岡部「ああ、これでも本当だ」
紅莉栖「自発的にまゆりの情報を集めてくれてるから、こっちが混乱しそうな時もあるけどね」
フェイリス「ってことは、フェイリスのことも忘れちゃったのかニャン?」
まゆり(仮)「えっと、あなたは日本人、だよね? 外国人さん、なの?」
フェイリス「ガァァァァァン……忘れられるって、こんなにもショックだニャんて、初めて知ったニャン……!」ガクッ
まゆり(仮)「ご、ごめんね!? フェイリスちゃん」
フェイリス「フェリス!」
まゆり(仮)「えっと、えっ?」
フェイリス「マユシィはフェイリスのこと、フェイリスじゃなくてフェリスって呼んでたニャァー!」
まゆり(仮)「フェ、フェリス、ちゃん?」
フェイリス「そうニャ! その調子ニャ! こうなったら、新たに生まれ変わりしマユシィ・ニャンニャンに、メイド奥義ファイナルセブンの力で、月の導きに従ってマユシィとフェイリスのことをたくさんたっくさん教えてあげるのニャー!」
まゆり(仮)「ふ、ふわぁ~! 助けて、オカリーン!」
岡部「それもまた試練……」フッ
紅莉栖「逃げたなコイツ」
ブラウン管工房前
岡部「どうした? フェイリスのところで疲れたか?」
まゆり(仮)「うん……なんていうか、フェリスちゃんの言うことが難しくて、全然頭に入ってこなかったよ」
まゆり(仮)「フェリスちゃんはなんとか星雲のチンチラ星出身で、かんとかっていうお兄ちゃんが居て……もう覚えてないや」グッタリ
紅莉栖「へぇ、岡部の厨二にはついていけるのに、フェイリスさんのギャラクシートークは厳しいのね」
なんだそのギャラクシートークとは。そういうところも、この俺、鳳凰院凶真に似ているらしい。
まゆり(仮)「それで、次はどこなの?」
岡部「ラボを案内せねば始まるまい。この大檜山ビル二階こそ我がラボ、未来ガジェット研究所だっ!」
まゆり(仮)「おー! そういえばこんなところだったね」
綯「まゆりおねぇちゃ~ん!」タタタッ
まゆり(仮)「ん? わぁっ!?」スッ
綯「えっ? あ、きゃぁっ!!」ドテーン
まゆり(仮)「えっと、あなた、大丈夫?」
綯「ふ、ふぇ……」
綯「ふえええええええええええん!!!!!!」ポロポロ
まゆり(仮)「痛かった? どこか擦りむいたの? 近所の子かな?」ヨシヨシ
綯「うええええええん!!! うえええええん!!!」
萌郁「救急……箱、持って……きた……」
天王寺「コラッ、岡部! うちの娘を泣かせるんじゃねえ!」ゴチンッ
岡部「いだぁっ!? ちょ、冤罪ですよミスターブラウン!」
天王寺「うっせえ! ほら、綯? どっかから血、出てねぇか? 膝は? 肘は?」
綯「ううん、どこもすりむいてないよ……ぐすっ」
天王寺「じゃぁ、どうして泣いてたんだ? どこか痛むのか?」
綯「お胸が、心が、痛いの……まゆりお姉ちゃんに、避けられちゃったから……っ」
天王寺「なにぃ?」ギロ
まゆり(仮)「ヒッ。お、オカリン! 怖い!」プルプル
お、俺の後ろに隠れるな! というか、ミスターブラウンよ、過保護すぎではないのか!? ヒィ! ハゲヒゲマッチョがこちらをにらんでいる!
紅莉栖「あんたも事情をちゃんと説明しなさいよ。天王寺さん、今まゆりは一時的に記憶喪失状態になっていて、綯ちゃんのことを忘れているんです」
天王寺「なに? そうなのか?」
まゆり(仮)「このおじさん、誰? この人もラボメンなの?」
天王寺「なんてこった……」
綯「わたしは、てんのうじなえ。中学一年生!」
まゆり(仮)「綯ちゃんっていうんだー♪ よろしくね♪」
岡部「そうか、もう進学していたのですね」
天王寺「今は夏休みだけどな。つーか、なんだか懐かしいな、この風景。去年の4月頃だったか」
岡部「二人が出会ってから、早いものです」
天王寺「"まゆりお姉ちゃん"には俺だって感謝してるんだ。綯のこと、妹のようによく見てくれてよぉ」
ラボでは妹キャラだったまゆりも、綯の前ではお姉ちゃんキャラだったな。今思えば、まゆりにはいろんな顔があったのだと実感する。
まゆり(仮)「あなたは、ラボメン?」
萌郁「…………」コクッ
まゆり(仮)「えっと、名前は?」
萌郁「桐生……萌、郁……」
まゆり(仮)「もえかさん、って言うんだー。よろしくね♪」
萌郁「っ……」
紅莉栖「ちょっとショック? でも、記憶が永久に失われたわけじゃないから、安心して」
萌郁「…………」コクッ
岡部「この間は事情も碌に話さず悪かったな」
萌郁「ううん……。椎名さんが、元気に、なってくれた、なら、良かった……」
桐生萌郁からこんなセリフが聞けるとは。シュタインズゲートへと到達できて良かったと心から思う。
未来ガジェット研究所
さて、ようやく我がラボに到着した。一通り紅莉栖がまゆコにラボを案内すると、急にまゆコはソファーに横になった。今日一日でだいぶ疲れたのだろう。
岡部「そのまま寝てもいいんだぞ」
まゆり(仮)「ううん……そうじゃなくてね」
まゆり(仮)「私、ここで目が覚めたんだよね……あの時は本当に自分のこと、人質だと思ってたよ」
岡部「フッ。貴様は鳳凰院凶真の人質だ。人体実験の生け贄なのだよ」
紅莉栖「そのセリフ、そんな大安売りしていいの?」
まゆり(仮)「……そう、だったね」
紅莉栖「まゆり?」
やはり、何か悩んでいるようだ。今日一日、自分のことをよく知っている、自分がよく知らない人間たちに会い続けて、自分を否定されたように思った、といったところか。
だが、まゆりを目指して頑張ってもいた。まゆりを演じる必要はないとは言ったが、円滑な人間関係のために必要な選択は妥協しているようにも感じた。
まゆりになりたいのか? あるいは、まゆりではない自分を認めてほしいのだろうか?
まゆり(仮)「あのね? たぶん、先代、じゃなかった、前の私は、オカリンのことが好きだったんだと思う」
紅莉栖「なっ!? なにを突然言い出すかこの子は!?」
岡部「…………」
まゆり(仮)「でもね? 私は、今の私は、どっちかっていうと、鳳凰院凶真の方が、好きかも」
紅莉栖「ぬあっ!?」
岡部「…………」
まゆり(仮)「なんか、私の存在って曖昧でしょ? それを、全力で肯定してくれて、悩んでる暇を与えてくれない、っていうか……」
紅莉栖(わかる……けど!)
岡部「……違うな。間違っているぞ」
まゆり(仮)「えっ?」
岡部「俺はオカリンなどではないっ! フェニックスの鳳凰に、院! 凶悪なる真実と書いて、鳳凰院凶真だっ!」バサッ
まゆり(仮)「う、うん」ポカン
岡部「故に、前のまゆりが好きだったのはオカリンではなく、鳳凰院凶真だ」
紅莉栖「……そのロジックは全く成立していないわけだが」
岡部「つまり、前のお前も、今のお前も、たいして変わっていない、ということだ。フゥーハハハ!」
まゆり(仮)「あ、あはは。なんだか無理やり過ぎて呆れちゃった……」
紅莉栖「言われてるわよ」
岡部「フン。知ったことではない」
まゆり(仮)「……ありがと。私のこと、励まそうとしてくれたんだよね」
まゆり(仮)「今日は、前の私と今の私の違いばっかり見つかっちゃったから、さ。ちょっと滅入ってただけだよ」
岡部「…………」
まゆり(仮)「わかってる。わかってる、けど……っ」プルプル
まゆり(仮)「ごめん……! やっぱり私、まゆりさんにはなれないよ……っ!」
紅莉栖「まゆり……」
俺の励ましは凶と出てしまったらしい。まゆりになろうとしてみたが、どう頑張ってもなれないことを悟ったのだろう。
岡部「なる必要などない。お前がまゆりであるか、まゆりでないか。そんなことはどうでもいい」
まゆり(仮)「えっ……?」
紅莉栖「ちょっと岡部! 何を――」
岡部「お前は、ラボメンナンバー002だ! それだけは、未来永劫、全宇宙の世界線において、絶対不変の定理である!」
岡部「ラボメンの抱えている問題は、必ず俺が解決してやる。弱音を吐くのはいい。吐きたければ、いくらでも吐け。俺が聞いてやる」
これは、俺がかつて鈴羽に、半ば八つ当たり的に言ったセリフだ。狙ったわけではないが、2010年において周りに知る人が誰もいない状態だった鈴羽と、今のまゆコとを重ねてしまったのかもしれない。
まゆり(仮)「凶真さん……」
岡部「お前は、お前のままであればいい。周りから何を言われようとも、それでいいんだ」
まゆり(仮)「私の、ままで……っ、うっ、ひぐっ」
まゆり(仮)「ありがとう、凶真さん……!」ダキッ
岡部「泣き虫だな、お前は」ナデナデ
紅莉栖「……まったく」フフッ
第五章 電子筐体のドッペルゲンガー
ヴィクトル・コンドリア大学 脳科学研究所
真帆「あの子、またとんでもないことをやらかしてくれたわね……」ハァ
Ama真帆「どうしたの? オリジナルの私」
真帆「日本からハッキングされたのよ、うちの研究所のサーバー。犯人はおそらく、紅莉栖」
Ama真帆「なんでまたそんなことを……」
Ama紅莉栖「えっ!? 私のオリジナルが!? もう、なにやってんのよ!」
真帆「しかもMayuriさんっていう人の記憶データをまるごとコピーして保存してあるのよね。これって、どういうことだと思う?」
Ama真帆「そんなの、本人に直接連絡して確認してみればいいじゃない」
真帆「それが出来たらもうやってるわ。向こうに何か考えがあると思うと、聞くべきか悩むのよ」
Ama真帆「そうね。あなたは後輩にいちいち気を使う情けない先輩だものね」
真帆「なっ!」
Ama紅莉栖「Stop! 自分同士で喧嘩しないでください! それにオリジナルの私は、先輩の気遣い、いつも嬉しく感じてますよ」
真帆「そ、そう?」
Ama紅莉栖「でも、さすがに今回のことはオリジナルの私のやり過ぎです。レスキネン教授の事件もあったばかりなのに……なるべく早く確認すべきだと思います」
真帆「そうね。うん、そうよね。ちょっと連絡してくる」
真帆「ハロー。それで、どういうつもりかしら? 紅莉栖?」
紅莉栖『あ、あはは……やっぱりバレちゃいましたよね』
真帆「去年に続いて今年も休暇を延長しただけでなく、あまつさえハッキング!? しかも記憶データの操作を勝手にやるなんて! あなた、一体なにを考えているの!?」
紅莉栖『先輩、落ち着いて。どう、どう』
真帆「まぁ、あなたほどの頭脳がくだらないことに足を突っ込んでるとは思えないけど、アマデウスたちにも急かされているし、所長代理として、詳細で簡潔な説明をお願いするわ」
紅莉栖『……そっか。どうして思いつかなかったんだろう……ブツブツ』
真帆「紅莉栖? 聞いてるの? ねえ?」
紅莉栖『先輩! 新しいアマデウスをもう一つ作りましょう!』
真帆「は、はあ!?!?」
未来ガジェット研究所
岡部「アマデウス? なんだ、それは」
紅莉栖「簡単に言うと、実際の人間の記憶データをそのまま持ったAIのことよ」
岡部「ほう……?」
紅莉栖「作ったはいいけど、発表の機会を逃しに逃しまくってる、可哀想なプロジェクトなのよね」
紅莉栖「面白いことにこのAIは独自に思考をしているの。オリジナルの人間とは別の思考パターンを示すようにもなっている」
岡部「つまり、PCの中に新たな人間を創り出した、と……?」
紅莉栖「岡部にとってはそんなイメージでもいいわ。とにかく、さっき思い付いたんだけどね」
紅莉栖「まゆりのアマデウスを作る、っていうのはどうかしら」
岡部「……すまん、いまいちよくわからんのだが、それをしたところで何になるのだ?」
紅莉栖「簡単に言うと、あの時コピーしたまゆりの記憶本体と直接会話ができるようになるわ」
岡部「な、なにっ!? ということは、普通にまゆりと、会話できるのか!?」
紅莉栖「だからそう言っとろーが。混乱しすぎ」
岡部「それは、是非ともお願いしたい! 今の状況をまゆりに話しておきたいのもあるが、あのまゆり(仮)のことについても色々と相談してみたい!」
まゆコをラボに案内した日から既に2、3日が経過していた。その後まゆコは自分探しの旅がしたいなどと言って、ほうぼうをひとりでさまよい訪ねているらしかった。と言っても池袋か秋葉原がメインらしいので安心ではある。
その間、俺たちの知らないところで、たくさんの知識と経験を得て、新たな自己を形成していることだろう。そんなまゆコを、まゆりはどう思うだろうか。
岡部「それで!? いつ完成するんだ!?」
紅莉栖「そんなすぐにはできないわ。擬似サーキットの構築だけじゃなくて、モデリングや音声サンプリングもしないと―――」
紅莉栖「あ、そっか。あのまゆり、つまり、まゆコさんにもちょっと手伝ってもらわないといけないわね」
岡部「そうなのか? それなら俺から連絡を取ってみよう。もしもし? まゆコか?」
翌日 秋葉原 夜
まゆコには諸々の事情を説明して、翌日、声のサンプリングと3Dモデル用の写真撮影に協力してもらった。よく紅莉栖はたった一日でスタッフをそろえたものだ。思った以上に録音と撮影作業が大変だったため、まゆコからボロクソに文句を垂らされてしまったので、その夜にゴーゴーカレーをおごってやった。
まゆり(仮)「いやあ、この身体、滅茶苦茶お腹が空くので参ってたのですよ!」モグモグ
岡部「そうだろうな。そういえば、もう口調は元に戻したままにするのか?」
まゆり(仮)「あ、はい! 凶真さんの命令に背くのは申し訳ないのですけど、やっぱりこっちの方がしっくりくるので」
岡部「フッ。それは悪いことをした。命令はあとで解除したと我が配下の伝令班に伝えておこう」
まゆり(仮)「ありがとうございます! それで、結局アマデウスってなんなのです?」
岡部「おまっ。紅莉栖からちゃんと説明があっただろうが」
まゆり(仮)「いやあ、あの人の話って、聴く側の勉強が足りない! って主張してるような話し方じゃないですか」
岡部「んーまぁ、一理ある」モグモグ
まゆり(仮)「凶真さんの口から教えてくださいよ! 凶真さんの話は、私、基本的になんでも好きですから!」
岡部「そ、そうか? フフッ。そうだなぁ」ニヤニヤ
やはり新生まゆりと一緒にいて悪い気はしない。我が幼馴染と同じ顔と声をしているのが少し、いやかなり変な感じがするが、鳳凰院凶真を全力で持ち上げてくれる数少ない、いや唯一の人間だからな。
もしかしてこいつ、まゆりの肉体と俺の妄想脳波から生まれた存在なのではないだろうか? そうすると、俺とまゆりの娘、ってことになるのでは? などとくだらないことを考えながらカレーを食べた。
岡部「要するに、だ。先代椎名まゆりの魂の記憶を現世に降臨させ、彼女と極秘通信できる術式……だと言ったら、どうする?」
まゆり(仮)「な、な、な……っ! すごいです! とってもすごいです、凶真さん!」キラキラ
岡部「フゥーン。そうはしゃぐな」ドヤァ
まゆり(仮)「今日のアレは、そんな壮大な計画の一端だったのですね……私、感動です!」
岡部「まぁ、完成するには最低でも一か月は時間が必要らしいから、しばらくの辛抱だ」
まゆり(仮)「一か月後ですか! 待ちきれないですね! ワクワクドキドキですね!」
岡部「そんなにまゆりに会いたいのか?」
まゆり(仮)「え? あ、うーん……どうなのでしょう?」
岡部「ズコッ。って、そこをあまり考えずに話してたのか」
まゆり(仮)「確かに直接話せるなら色々質問してみたいとも思いますが……。まゆりさんが映ってるホームビデオとかそういうの見てて、なんて不思議な雰囲気の人なんだろう、と興味は持ってまして」
岡部「ほう」
まゆり(仮)「あとはこう、ラボメンとしての処世術、とか聞いてみたいですね」モグモグ
それは俺が知りたいくらいだ。というか、おそらくラボメンの中でそんなものを知りたがるのはまゆコぐらいだろう。
そんなワクワクドキドキを数日で忘れたまゆコは、学校が始まるとわりと俺の知っているまゆり通りの生活に戻り、意外にもさしたる問題を起こさずに居た。
紅莉栖はアマデウス新造計画のためアメリカへと帰国した。あいつは本当に実験大好きっ娘であり研究馬鹿なのだと心底思う。
――そして、一か月が過ぎた。
早朝
池袋 岡部青果店 岡部の部屋
Trrrr Trrrr
岡部「ん、電話か……? こんな朝早くから、誰だ……」
ピッ
岡部「もしもし……?」
紅莉栖『ハロー、岡部。ついに完成したわよ』
岡部「完成……? 何がだ?」
紅莉栖『まゆりのアマデウス』
岡部「まゆ……何っ!?」ガバッ
紅莉栖『今空港に向かってるから、日本時間の夜までにはそっちに着けると思う』
岡部「ま、待て待て! また日本に来るのか!?」
紅莉栖『あんたたちの驚く顔を直に見たいじゃない? 今日の夜、和光市の駅前で待機しておくこと。オーバー』ピッ
岡部「和光市って、東武か? って、おい! 紅莉栖!? あの女、切りやがった……」
早朝から寝耳に水だ。というか、"あんたたち"と言っていたが……そうか、まゆコのことか。
あれから一か月、まゆコは学校帰りやバイト帰りにルカ子やフェイリスと一緒にラボに遊びに来てはコスプレしたり雷ネットABで遊んだりしていた。特に深い意味などないが、なんとなく心配なので池袋まではよく一緒に帰っていた。
そんなわけですぐにでも連絡は取れるが、あの"進ぬ! 電波少女的能天気生活"はアマデウスや紅莉栖のこと、そして自分が記憶喪失になったまゆりの二代目的存在であることをちゃんと覚えているのだろうか。
椎名家
ピンポーン
まゆり(仮)「はーい。って、凶真さんじゃないですか! どうしたのですか? 配達ミスとかですか?」
岡部「いや、それがだな。先ほど紅莉栖から連絡があって、例のブツが完成したそうだ」
まゆり(仮)「れ、例のブツって、まさか……!」
覚えていてくれたか。いや、俺のノリに適当に合わせているだけか?
岡部「そう。人智を超越した禁断のパンドラ、先代椎名まゆりのアマデウス、だ」
まゆり(仮)「ご、ごくり……」
ごくりと口に出して言うやつを初めてみた。しかし、こんな鳳凰院凶真に対する完璧な応答を狙ってやっているというよりわりと素に近い状態でやってのけているのだから、本当に素晴らしい逸材である。
紅莉栖がアメリカへ戻ってしまってからツッコミ役がいなくなったので、こうやって二人でボケつづけることもしばしばだ。いかにあいつの存在が大きかったがこんな形で露呈するとはな……。
岡部「今宵、和光の地に顕現するという。今日、夜は空いているか?」
まゆり(仮)「もう、空いてるに決まってるじゃないですか! たとえ空いてなくても空いてます!」
岡部「そ、そうか。ちなみに日中はなにか用があるのか?」
まゆり(仮)「あー……………………ないです!」
なんだその長い溜めは!? 絶対に用事があるだろう!?
まゆり(仮)「正直言うと、最近凶真さんとはあんまり遊びに行ったりしてなかったから、今日ぐらいせっかくなのでゆっくりたっぷりお話したいなぁと思って」エヘヘ
岡部「まぁ、仕方がないだろう。学校が始まれば、お互いの生活サイクルというものがあるからな」
まゆり(仮)「はい! あ、それと、パパとママが寂しがってるので、いつでもうちに泊まりに来ていいですよ!」
岡部「そ、そんな真似できるか! 鳳凰院凶真は、常に孤独で孤高の存在なのだっ!」
まゆり(仮)「おおっ、照れ隠しの言い訳もかっこいいですね! じゃぁ、これからどこにいきましょうか?」
なんだか軽くあしらわれている気もする。
岡部「待て。貴様は自分の予定をちゃんとこなしてこい。ゆっくり話すのはそのあとでもいいだろう」
まゆり(仮)「えっと、その、あの……どうしても、ダメ、ですか?」ウルウル
うっ。まゆりのベビーフェイスで小悪魔的顔をするでない! この卑怯者が!
岡部「わ、わかった! わかったから泣くな、な!?」
まゆり(仮)「えっへへー! やったー! どっこにいっこうかなーっとなっとなっとなっとっと♪」
急にナット節を歌いだしたまゆコ。こいつ、口では俺をリスペクトしている風のくせに、絶対に本心では俺を手玉に取って遊んでいるのだ。まゆりの派生的存在であるから俺は許せているが、こいつには勝てる気がしない。
としまえん 正門ゲート
岡部「な、なぜここなのだ……」
雲一つない快晴。俺たちは水着を片手にリア充のすくつに来ていた。案内によると、今日がプール営業の最終日らしい。
岡部「確かにまゆりとは小さいころ、なんどかここに一緒に遊びに来たことはあったが……」
まゆり(仮)「池袋と和光の間くらいで遊ぶとなったらここしかないじゃないですか! 時間はたっぷりあるので、どこから周りましょう……!!」ワクワク
そういうとまゆコはルンルンという擬音を背中にしょいながら園内へとスキップしていった。どこから拵えてきたのかわからん麦わら帽子や爽やかな洋服が日差しに輝いている。何やら早く早くと俺に呼び掛けているようだ。
このままだとほぼ確実にすくすく育ったまゆりの水着姿をまゆコに見せつけられることになるだろう。まゆコなら、おそらく、鳳凰院のノリで頼めばなんでもやってくれる。リア充的展開をしようと思えばできるのだ……。
い、いやいや、鳳凰院凶真!? 貴様は今、何を考えていた!? というか、数々のタイムリープの時間の環の中で思い知ったではないか。なんでもできる状況だとしても、結局俺は己の欲望ではなく、誰かの想いのためにしか動けない人間なのだと。
……そうだ。まゆコはきっと寂しかったのだ。ようやく社会生活に慣れてきたとは言え、自分を生み出した存在である俺たちとの接触が減り、己の存在意義を確認したいのだ。今日はそんな日のはずだ、うん。たぶん、絶対。
その後、園内のメイン的存在となっている乗り物や目についたイベントスペースをめぐったが、九月とは言え気温が高く、早く涼みたい気分だったので昼前にプールへ行くことにした。下心など全然ない。
まゆり(仮)「それじゃ、着替えてきますね! 出たところのすぐの、あの木のあたりで待っててください!」
そういうとまゆりはルンルンという擬音を背中にしょい直して女子更衣室へとスキップしていった。なんだか恥ずかしくなってきたので、俺は男子のほうにさっさと歩きだした。
着替えを早々に済ませて、フェイクのヤシの木の下で空を眺めながら宇宙の真理についてぼーっと考えていると、まゆコがこちらへ向かってくるのが見えた。
まゆり(仮)「凶真さん……。その、お待たせしました……っ」モジモジ
そして、俺は固まった。大胆なビキニスタイル、上は白地に淡いピンクのドット柄で、俺が想像していたのよりもはるかに布の面積が小さい。下は、かなり食い込みがきわどいデニム地のパンツ。ダメージジーンズ風に加工されているため、かなりワイルドな印象に見える。豊かなバストに、無駄なゆるみが全くないウエスト、なめらかな曲線を描いている腰まわりからスラリと伸びた白い足は、いかにもスポーツが得意だとわかるようなしなやかさを持っていた。頭に麦わら帽子をちょこんと載せているのも、夏の妖精のような魅力を醸し出していて、とても愛らしかった。
はっ!? いかーーーーーーん! 俺は、まゆり相手になにを見惚れているのだっ!?
岡部「もしもし? そうだ、俺だ。どうやら軌道上の静止衛星から強力なマイクロウェーブのようなものが照射されているようだな」
岡部「……うむ、そのせいで、俺の脳波は怪電波となり、世界の秩序に破壊と創造をもたらしてしまうところだった」
岡部「ああ、そうだ。間違いなく機関の陰謀だろう。注意するんだぞ、いいな? エル・プサイ・コングルゥ」
まゆり(仮)「きっ、機関の陰謀はそこまで迫ってきているのですか!?」ドタプーン
ああ、今日も平和だ。
まゆり(仮)「それで、その……この水着、どうですか?」テレッ
まゆコのセンスはやはりまゆりのそれとはだいぶ違っているようだ。まゆりが自分でこういうのをチョイスするとは思えないからな。まゆコ、GJ!! ……あ、いや、ゲフンゲフン。
まゆり(仮)「えっと、自分から聞いておいてなんなのですが、そんなに凶真さんに見つめられると、恥ずかしいのです」
岡部「えっ。あぁ、いや! ゴホン! その、だな。モデルの味をよく引き出しているというか、センスがあるな。うむ」
まゆり(仮)「え、えへへ……。ありがとう、ございます」テレッ
まゆりはとても可愛い。まゆコはとてもセンスがいい。二つが合わさって最強に見える。
まゆり(仮)「そ、それじゃ、華麗に泳ぐとしましょう! さ、凶真さん!」ギュッ
そういうと、俺の手を引っ張ってプールへと駆け出した。プール際で見事につんのめった俺はそのまま水の中へと叩き落されてしまった。
まゆり(仮)「凶真さん! 大丈夫ですか!?」ギュッ
大して水深があるわけではないのに俺が溺れたと心配しているのか、気づくと俺の頭はまゆりのバストにしっかりと包まれていた。吸い付くように滑らかな肌が、俺の全身にピタリとはりついている。
まゆり(仮)「よ、よかったです……ご無事で……っ」ウルッ
こいつ、本気で目を潤ませている。どこまでがマジなのだろう。
岡部「あ、ああ。心配かけてすまなかった。……もう離れても平気だぞ!?」
しかしまゆコは俺を掴んだまま離れようとはしない。
岡部「ど、どうした?」
まゆり(仮)「い、いえ……っ」
まゆコはゆっくりと力をゆるみ、俺を離した。
プールサイド
岡部「ほら、昼飯、適当に買ってきたぞ。焼きそばにタコ焼きにフランクフルトだ」
まゆり(仮)「あぅ、さっきの今ですいませんです」
岡部「いちいち謝るな。というか、さっきのはどうしたんだ? ホントに俺が溺れたと思ったのか?」
まゆり(仮)「その……。もしかしたら凶真さんが、極度のカナヅチかもしれない、という可能性を忘れてまして……」
そうか。そういえば、まゆりとは何度かここに来たことはあるが、こいつと一緒に来たのは初めてだったのだ。つまり、俺がどの程度泳げるか知らなかった、そのことにまゆコ自身があのタイミングで気づいてパニックになった、と。
うーむ、ガチで落ち込んでいるようなので、ちょっと元気を出させてやるべきだろう。
岡部「貴様、この俺、鳳凰院凶真がカナヅチだと、本気でそう思ったのかぁ?」
まゆり(仮)「い、いえ! そういう、わけでは……」
岡部「ならば、どういうわけなのだ。釈明の機会を与えてやろう。この俺の慈悲に感謝するがいい」
まゆり(仮)「ハッ! ありがたき幸せ! むろん、凶真さんが最強なのは周知の事実です! ですが、私に気を使われて、その能力を隠しているタイミングだったらどうしようかと……!」
まゆり(仮)「何より、凶真さんに命をいただいたも同然のこの私が、主人である凶真さんを傷つけるなど、絶対にあってはならないことなのです!」
岡部「フッ。貴様の忠誠心は称賛に値するが、過度な心配はわきまえろ? そもそも、いかに能力を封じていようと、この俺の右腕の封印には水の精霊たちと共鳴する能力もあるため、万事問題はなかったのだ」
まゆり(仮)「そ、そうだったのですね! 出過ぎた真似をして、ご無礼いたしましたぁーっ!」
ちょっと無理やりだったか?
その後、元気を取り戻したまゆコとは、波打ち際でちゃぷちゃぷしたり、ウォータースライダーを滑ったりなどして、後日筋肉痛にならない程度にはプールを満喫した。
まゆり(仮)「……ありがとうございます。いろいろ気を使っていただいて。凶真さんとたくさん遊べて、よかったです」
岡部「そうか? 俺にとっては、ガキの頃に戻ったような気分だったよ。懐かしかったり、新鮮だったりで、楽しかったぞ」
まゆり(仮)「そう言っていただければ、私としてもラボメンナンバー002冥利につきます」
なんだその謎の冥利は。
まゆり(仮)「今日はとても充実していました。生きてるって感じがしました……生きてるって、どういうことなのでしょうね」
岡部「急に哲学に目覚めたのか?」
まゆり(仮)「私ってほら、まゆりさんとして普段は生きてるじゃないですか。それを、新しい私、まゆコとして認めてくださるのは、凶真さんだけなので」
岡部「当然だろう。貴様はまゆりであってまゆりではない。だが、ラボメンナンバー002であることには変わらない。それがすべてだ」
まゆり(仮)「そう、ですよね。えっへへー……」
岡部「さて、そろそろ着替えて和光へ向かおう。遅刻しては、紅莉栖になんとどやされるかわからんからな」
まゆり(仮)「はい、そうですね! 先代のまゆりさんに会えるの、楽しみです!」
夜 和光市駅前
まゆり(仮)「ほ、ホントにここであってるのですか?」
岡部「紅莉栖はそう言ってたんだがな……」
< プップー
こんな時間にクラクションとは、非常識なやつが居たものだと思ってそっちを見てみるとメタリックでド派手なアメ車に乗った紅莉栖が居た。
紅莉栖「ハロー、二人とも。元気そうでなにより」
岡部「なっ!? なんだこの車は!? まさかDMC-12ではないよな!?」
紅莉栖「レンタカーよ。こっちでの足。ってかデロリアンは製造停止しとろーが。それより、早く乗って」
まゆり(仮)「こ、このドア、どうやって開ければいいのですか? あ、開いた」ウィーン
岡部「というか、車があるんだったら池袋に迎えにきてもよかったのでは……?」
紅莉栖「先に研究所に寄ってきたのよ。ほら、出発するわよ」ブルン ドロロロ…
セレセブめ、わざわざ移動のためだけにこんな車を用意してくるとは。急加速の中、このまま1955年へとタイムスリップしてしまうのではないかという俺の懸念は次の赤信号で消えうせた。
理化学研究所
岡部「この研究所内に、アマデウスが?」
紅莉栖「アクセスさえできればどこでも良かったんだけど、うちの大学と提携してる研究機関で、池袋からの最寄だとここだったのよ」
まゆり(仮)「ほぇぇ……」
紅莉栖「この部屋よ。さ、入って」
岡部「なにもない部屋に、PCが一台……」
まゆり(仮)「この中に先代まゆりさんが居るのですね!」
紅莉栖「起動テストはもうしてある。本人も自分をアマデウスだと認識しているわ」
紅莉栖「だけど、このAIの厄介なところは、往々にして人間側が混乱させられてしまう、という点。気を付けてね」
岡部「もったいぶるな。早く起動しろ」
紅莉栖「いちいち命令すんな。いま立ち上げる……きた」
ブォン…
Amaまゆ「あなたは誰ですか?」
岡部「なっ……」
まゆり(仮)「へぇ……」
俺の記憶と寸分たがわぬまゆりがそこにいた。いや、目の前にももう一人いるにはいるが、こいつはもはや表情とかファッションセンスとかが俺の記憶しているまゆりではないのだ。
紅莉栖「あなたにとっては初めまして、よね。こっちは――」
岡部「お、俺は鳳凰院凶真! お前は、俺の人質だ!」
衝撃の余り、口走っていた。
Amaまゆ「えっ? ……クスッ」
岡部「は……?」
Amaまゆ「やだなぁ、オカリン。オカリンのことは、世界中の誰よりもまゆしぃが知ってるよ」ニコ
その聞き慣れた声使いに俺の心は融けてしまった。
紅莉栖「前にも説明しただろーが。まゆりの記憶を消去した時のまゆりの記憶と会話できる、と」
岡部「そ、そうか。だから、こいつは俺のことを知っていて当然なのだな!」
じゃぁさっきの、あなたは誰ですか、ってのはなんだったんだ?
Amaまゆ「まゆしぃはね、そっちに居る、とってもと~ってもまゆしぃに似た女の子に質問したつもりだったのです」
まゆり(仮)「わ、私ですか!? 先代! 挨拶が遅れて、大変失礼しましたーっ!」ズサーッ
なぜパソコンに土下座する。
まゆり(仮)「私は、その……二代目総長まゆりを名乗らせていただいているものです!」
え? 先代とか二代目って、レディース的ななにかだったのか?
まゆり(仮)「先代のまゆりさんにお目にかかれて、光栄です! まゆりの名を汚すことのないようがんばりますので、よろしくお願いします!」ペコリ
改めて言うが、アマデウスとまゆコによるこれらの台詞はすべてまゆりの声で発せられている。不思議な空間が出来上がったとしか言いようがない。
岡部「あー、まゆり。こいつはまゆり特攻隊長、略してまゆコだ」
紅莉栖「まゆりカッコカリの略って話、ブレブレだな。漆原さんもそうだけど、あんたって意外に引き出しが少ないわよね」
岡部「な、なんだとぅー!」
Amaまゆ「まゆ子ちゃんって、おもしろい子だねぇ。まゆしぃそっくりなのに、全然まゆしぃと違うんだもん」
まゆり(仮)「そ、それは、凶真さんが、私は私のままでいいって言ってくれたので!」テレッ
Amaまゆ「そっかぁ……オカリンらしいなぁ。まゆ子ちゃん、良かったね」
まゆり(仮)「はいっ! 良かったです! あの、良ければ色々と質問してもいいですか!?」
まゆコのテンションがものすごく上昇している。よほどまゆりと話したかったのだろう。しかし、こうしてみるとまるで双子だな。
岡部「随分盛り上がっているようだが、二人きりにした方がいいか?」
まゆり(仮)「お、お気遣いなく!」
紅莉栖「別にいいわよ。時間はまだ余裕があるし。こっちはこっちで積もる話もあるから」
岡部「なに? そうなのか?」
紅莉栖「ほら、行くわよ」
ガチャ バタン
俺と紅莉栖は手前の部屋へと引き戻った。
岡部「まゆりが元気そうで何よりだ」
紅莉栖「あんたはもう話さなくてもいいの?」
岡部「あいつの無事を確認できた。それだけで充分だ」
紅莉栖「そう。実際、ちゃんと自分がどういう経緯でアマデウスになったのかも理解してたし、あれは人格も含めて間違いなく元のまゆりよ」
紅莉栖「肉体側の記憶をゼロにした方は、新しいまゆりの人格がある。一方、PC側のゼロ領域に記憶をペーストした方には、元のまゆりの人格がある。本当に不思議ね」
岡部「元はと言えば、まゆりに悪夢を見させないための措置だったのだが、それがこんな奇妙な光景を生み出すことになるとはな」
紅莉栖「アマデウスは睡眠を必要としないから、当然夢を見ない。それで、もしかしてって思ってることがあるんだけど」
岡部「なんだ? それが積もる話か?」
紅莉栖「この、アマデウス化したまゆりの記憶データなら、生身に書き戻したあとでも、リーディングシュタイナーは発動しないままかもしれない」
岡部「な、なに……!?」
それは、むろん願ったり叶ったりだが、どういうことなんだ……!?
紅莉栖「今、まゆりの意識は、リーディングシュタイナーが発動したくてもできない状態に置いてある」
紅莉栖「現段階で別の可能性世界線からの情報発信は拒否している状況だと言える」
紅莉栖「一度この状況になってしまえば、受信側は永遠に拒否し続けるんじゃないか、って」
岡部「……クリスティーナにしては、随分と楽観的な希望的観測に基づいた話だな」
紅莉栖「まあね。でも、私は可能性が高いと思っている」
岡部「根拠は?」
紅莉栖「アマデウスは人間の脳を模して作り上げたAI。だけど、リーディングシュタイナーを発動して、脳内記憶データを爆発的に増加させる、なんて挙動は、今までに一度も起こっていない」
紅莉栖「一旦そういう回路に閉じ込めた意識は、外部へ移管した後も同じ状態のまま。これは、PC間での話だけだけど、そういう実験も行った。まぁ、当然と言えば当然なんだけど」
紅莉栖「これはなにもPC間移動だけに適応されるんじゃなくて、デジタルからアナログへ移した場合もそうなんじゃないか、っていうのが私の推測」
岡部「うーむ……」
紅莉栖「アナログをデジタルにする時はデータ量は簡略化されるわ。だけど、デジタルをアナログにする時は、アナログ側に空き容量さえあればデータ量は変わらない」
紅莉栖「それに、肉体への書き戻しはまゆりにとってはリスクゼロよ。もし悪夢が再発するようならまたアマデウスへ戻してしまえばいい。ね?」
岡部「なるほど……試してみる価値はありそう、だな」
奥の部屋
Amaまゆ「まゆ子ちゃんの好きな食べ物はなにかな~?」
まゆり(仮)「カレーです! あとは、ママの作ってくれるものはなんでも!」
Amaまゆ「あっ、カレーはまゆしぃも好きだよ! でもお母さんの料理は、おでん以外の和食はちょっと苦手かなぁ」
まゆり(仮)「そうなんですか? それじゃ、先代さんは好きな言葉とかってありますか?」
Amaまゆ「ことば? うーんと、お腹いっぱい幸せいっぱい、とか?」
まゆり(仮)「そういうのじゃなくて、もっと名言とか格言みたいなものですよ!」
Amaまゆ「うーん、あんまりないかなぁ。あっ! 我が名は放送委員きょうま、ってのは好きだよ~」
まゆり(仮)「ほ、放送委員って……ぷっ! サイコーです、先代さん!」
Amaまゆ「そ、そうかな? えっへへ~」
まゆり(仮)「えっへへー! やっぱり私たちって、一緒の人間なのに、微妙に違うのですね」
Amaまゆ「それはそうだよ~。だって、まゆしぃはまゆしぃだけど、まゆ子ちゃんはまゆ子ちゃんなんだよ?」
まゆり(仮)「……そう、ですよね」
まゆり(仮)「あの、失礼なことを聞いても良いですか……?」
Amaまゆ「なにかな、なにかな? なんでも聞いていいよ♪」
まゆり(仮)「その、先代まゆりさんも、やっぱり、凶真さんのことが好きだった……のですよね?」
Amaまゆ「え、えっへへ~。なんだか、照れちゃうなぁ」
まゆり(仮)「やっぱり、同じまゆりだから、なんですかね」
Amaまゆ「ううん、それは違うと思う」
まゆり(仮)「えっ……」
Amaまゆ「まゆしぃはまゆしぃの気持ちが、まゆ子ちゃんはまゆ子ちゃんの気持ちがあってね、それが偶然オカリンだったんだと思うよ」
まゆり(仮)「偶然……」
Amaまゆ「でもね、でもね。クリスちゃんはあんまり認めてくれないけど、オカリンって実は結構かっこいいのです」
まゆり(仮)「あ! それ、私も超わかります!」
Amaまゆ「だよねだよねー♪」
まゆり(仮)「……私は、先代がうらやましいです」
Amaまゆ「えっ? どうして?」
まゆり(仮)「先代の部屋には、想い出がたくさんあって、凶真さんとの想い出も……。私はただ、写真とか、そういうのを見て想像することしかできない」
まゆり(仮)「先代の記憶の中には、私と凶真さんが過ごしてきたよりも何十倍、何百倍もの大切な想い出がたくさんあると思うと、焦って想い出を作ろうとしても、全然勝てる気がしなくて」エヘヘ
Amaまゆ「……まゆしぃはね、ちょっぴりまゆ子ちゃんが、うらやましいなぁーって、思ってるんだよ?」
まゆり(仮)「えっ……?」
Amaまゆ「今のまゆしぃと違って、息をして、ご飯を食べて、いっぱい遊んで、眠れるでしょ?」
まゆり(仮)「ま、まぁ、そうですね」
Amaまゆ「オカリンと一緒にだって、それはできるよね」
まゆり(仮)「あっ……」
Amaまゆ「まゆしぃはもうできないから……えっへへー。ごめんね、まゆ子ちゃん。変なこと言っちゃって」
まゆり(仮)「い、いえ……」
Amaまゆ「気にしないでね! まゆ子ちゃんの身体は、まゆ子ちゃんのものだからね!」
Amaまゆ「まゆしぃはもう、何度もオカリンに助けられて、ここにいるわけなので……」
Amaまゆ「ここに居るのは、まゆしぃの選択したことなので……」
Amaまゆ「ここに居れば、オカリンの重荷にはならないので……」
まゆり(仮)「…………」
ガチャ バタン
岡部「どうだ? たくさん話はできたか?」
紅莉栖「あら? アマデウスのまゆりは自分でログアウトしたのかしら」
画面を見ると真っ暗になっていた。アマデウスとの通話が終了したのだろう。
まゆり(仮)「凶真さん……あの、折り入って頼みがあります!」
岡部「ど、どうした急に」
まゆり(仮)「その、えっと……」
まゆり(仮)「すぅ、はぁ」
紅莉栖「もしかして、愛の告白?」
岡部「茶化すな。それで、頼みとはなんだ?」
まゆり(仮)「凶真さん、紅莉栖さん……」
まゆり(仮)「やっぱり、記憶を書き戻してください。この身体は、私のものじゃない。先代まゆりさんのものです」
岡部「なっ……」
紅莉栖「…………」
紅莉栖「実を言うとね、ちょうど私たちもその話をしていたのよ」
岡部「おい、クリスティーナ……」
紅莉栖「もしかしたら、今のアマデウスの記憶をあなたの脳に書き戻したら、悪夢も見ない、正常な状態のまゆりに戻るんじゃないか、って」
まゆり(仮)「えっ……。そ、そうなんですか!? 凶真さん!」
岡部「……ああ、そうだ」
嘘はつけない。ついたところで、いずれバレてしまうしな。何より、まゆコに嘘を吐くことは、俺の心が許さなかった。
書き戻せば、正常に戻るかもしれない。その可能性はある。だが――――
紅莉栖「但し、書き戻した時、あなたの意識と人格については、おそらく――――」
紅莉栖「消滅する」
まゆり(仮)「っ……!」
だが、それは同時に、このつらい宣告をしなければならないことも意味していた。
岡部「待て。今回は記憶の上書きではなく、タイムリープ同様、思い出し状態になるはずだ。それならば、今保持されている記憶が消える道理はないのではないか?」
紅莉栖「ええ、記憶に関してはそうかもね。でも、意識と人格については? どっちが優勢になるの?」
岡部「それは……っ」
紅莉栖「それは、岡部が一番知っている。未来から来た方の意識、つまり、上書きされる側ではなく、する側の意識が優先される、のよね」
紅莉栖「人格についてはわからないけど、たぶん意識同様、アマデウスの方が優先されることになると思う」
岡部「多重人格になる、という可能性は?」
紅莉栖「なるかもしれないけれど、なんの確証もない。そもそも岡部はまゆりに多重人格者になってほしいの?」
岡部「そうではない! そうではない、が……」
紅莉栖「それでも、あなたは記憶の書き戻しを望むのね?」
まゆり(仮)「わ、私は……」プルプル
岡部「お、おい! なにもそんなにおどさなくてもいいだろう!」
紅莉栖「私は、この子の本音を聞きたい」
まゆり(仮)「私、は……っ」プルプル
まゆり(仮)「私はっ! それでも、この身体を、真の持ち主に返すべきだと、思います!」
岡部「まゆコ……」
紅莉栖「そう」
まゆり(仮)「確かに、確かに自分が居なくなるのは怖いです。でも、仮に先代が戻ってこないとして、私がこのままこの身体で生き続けるとしてっ!」
まゆり(仮)「そんなの、間違ってます。私は、嬉しくも楽しくもありません」
まゆり(仮)「だって私は、椎名まゆりじゃないから! 私は、私だから!」
まゆり(仮)「私は、まゆコだからっ!!」
まさか、まゆコがそういうことを考えていたとは。俺たちの想像以上に、この小さな少女に宿った新たな命に、過酷な運命を与えてしまったのかもしれない。
だが、俺は神じゃない。人間だ。人間を救えるのは人間だけだ。まゆコが一人の人間である以上、俺が救ってやらねばならない。
岡部「……本当に、いいのか?」
まゆり(仮)「……本当は、よくないです。他に方法があるなら、試してほしいです」
岡部「なぁ、紅莉栖……」
紅莉栖「"俺はあきらめたくない"、なんて、言わないで。この子は元々まゆりだったの。それが、今度は元に戻るだけなのよ」
岡部「わかっている、わかっているが……!」
岡部「また俺は、誰かの想いを犠牲にしなくては、ならないのか……っ」プルプル
そんなの、もうこりごりだ。俺はα世界線漂流の中で、いろんな人間のいろんな想いを踏みにじってきたのだ。
まゆりのために。それは絶対に間違ってはいない。仕方がなかったといえばそれだけになる。
だが、だからと言って簡単に諦めてしまっていいものではない。本当に、本当の意味で、なかったことにしてはいけないのだ。
紅莉栖「岡部……。なにも、そこまで思いつめなくても」
岡部「こいつだってまゆりだ! まゆりの一部なんだ! いや、たとえまゆりではないとしても、俺はこいつを、見殺しにすることはできないっ!」
まゆり(仮)「凶真さん……っ」グスッ
岡部「俺は混沌を望み、世界の支配構造を破壊する者っ! 鳳凰院凶真だ!」
まゆり(仮)「もういい、もういいんですっ。やめて、ください……っ」ダキッ
岡部「何を言っている! 俺は、お前のことだって諦めたくない! お前にだって、幸せになる権利はあるはずだ!」
まゆり(仮)「ありませんよっ!!!!」
岡部「っ……」
少女の悲痛な大声にひるんでしまった。
まゆり(仮)「元々私は、椎名まゆりっていう女の子の肉体を乗っ取って生まれた、悪魔みたいな生き物なんですから……っ」
岡部「やめろ……」
まゆり(仮)「私には、誰かを愛する資格も、幸せになる権利も、毛頭ないのです……」
岡部「やめろぉ……っ」グッ
まゆり(仮)「だから、凶真さん? いいのです。私を消して、まゆりさんを蘇らせてあげてくださいっ」ニコ
岡部「やめて、くれぇっ……!」
紅莉栖「あんたの諦めの悪さにはホント感心するわ。私も、そうやって助けてもらったんだもんね」
紅莉栖「私は岡部のそういうとこ、好きよ」
紅莉栖「……いや別に好きじゃないからな!?」アセッ
岡部「なぁ、紅莉栖……。なにか、なにか方法はないのか?」
紅莉栖「方法は一つある」
岡部「なに……っ!?」
まゆり(仮)「えっ……!?」
な、なぜそれを言わなかった!? 俺を、まゆコを試したのか!?
岡部「その方法とはなんだ!?」
紅莉栖「まゆ子さんのアマデウス化よ。記憶を書き戻したあとのまゆりのアマデウスに、まゆ子としての記憶と意識を保存する」
紅莉栖「そうすれば既存のサーキットとモデルのまま、まゆ子さんのアマデウスが誕生する」
紅莉栖「ただ、これが人間と呼べるものなのか、疑問が残る。そういう意味では、解にはなっていないのかもしれない」
岡部「なんだよ、ハハ、あるじゃないか、方法……」
紅莉栖「あんたたちが私の話をちゃんと聞かないで勝手に盛り上がってたんでしょう? ハァ」
まゆり(仮)「私が、アマデウスに……?」
紅莉栖「正直言って、人格を分裂させての記憶保存の行ったり来たりは倫理規定違反だと思うのだけど、今更よね」
紅莉栖「私の間違った正義感を、岡部の情熱が正してくれた。本当に、あんたにはいつだって驚かされてばかり」
岡部「フ……フフ。フゥーハハハ! 助手よ、いよいよマッドサイエンティストじみてきたではないかぁ!!」
紅莉栖「全然嬉しくない褒め言葉があったもんだな」
紅莉栖「これによって発生するいろいろな不利益に対して私は責任を持つ。真帆先輩にどやされるのも、甘んじて受け入れる」
岡部「いいや、すべては俺の独善だ。真の責任は俺が持とう」
まゆり(仮)「いいん……ですか……? 私、これからも、凶真さんとお話できるんですか!?」ヒシッ
紅莉栖「あ、あんたのために作ってあげるんじゃないんだからね! 岡部の熱意に感謝しなさい!」
まゆり(仮)「凶真さん……っ。ホントに、本当に、ありがとう、ございます……っ!!」グスッ
岡部「ああ。良かったな、まゆコ……」
まゆり(仮)「はいっ……!!」ポロポロ
翌日 未来ガジェット研究所
ダル「えっと、ここがこうで……あ、違うか。えっと、そうなると……お、いけたいけた」カタカタカタ
紅莉栖「橋田? 特に問題はない?」
ダル「あー、うん。だけど、全部同時にってのはさすがに今回は無理だから、先にアマデウス化用データバックアップ、次に真まゆ氏の書き戻し、そんで最後にまゆ子氏アマデウス化って順番でヨロ」
岡部「む? そうなると、アマデウス化用にデータをバックアップした時点で、また新たな人格が生まれてしまうのではないか?」
紅莉栖「今度は"無"を上書きするわけじゃない。純粋なコピー&ペーストよ。つまり、まゆ子さんの意識は記憶データのバックアップ後も肉体に残り続ける」
岡部「ということは、まゆ子の意識は真まゆりの書き戻し後に消える、というわけか……」
紅莉栖「一応、私や真帆先輩――っていう研究所の先輩がいるんだけど――のアマデウス化の時は、肉体側に意識、今の私の主観が残り続けた」
紅莉栖「だけど、アマデウス側の方では、最初は自分がアマデウスになっていることに驚いているようだった」
紅莉栖「正直、意識がどうなるかはわからない。それだけは覚悟していてね」
まゆり(仮)「は、はい。わかりました」
ダル「ほい、記憶コピペの準備はできたお。まゆ子氏、ヘッドセット」
まゆり(仮)「あ、はい。ありがとうございます、橋田さん」ペコリ
ダル「うおうこの違和感。だがそれがいいビクンビクン」
紅莉栖「じゃぁ、早速行くわよ」カタッ
バチバチバチッ
まゆり(仮)「っ……」
ダル「終わったお」
岡部「どうだ? 大丈夫か?」
まゆり(仮)「え、ええ。これで本当に、私の意識はサーバーへと行ってくれたのでしょうか……」
紅莉栖「コピーはね。残念ながら、オリジナルの貴女はどうしても消えなくてはならない」
岡部「怖いか?」
まゆり(仮)「い、いえ。むしろ、今この時は夢を見ているようなものだと思えばいいのです」
岡部「夢……?」
まゆり(仮)「夢を見ていて、夢から目覚めた時には、私は晴れてAIの仲間入り! というわけです!」
岡部「そうか……」
明らかに虚勢を張っていることがわかる。怖いのだろう。俺には、絶対に安全だという保証がないため、なんと声をかけてやればいいのかわからない。
紅莉栖「続いて真まゆりの書き戻しを行うわ」
ダル「オーキードーキー。まゆ子氏、ヘッドセットはそのままでいいお」
まゆり(仮)「は、はい……っ」
岡部「まゆり……」
まゆり(仮)「あ、あはは……。あれだけ大見栄を切ったのに、ちょっぴりだけ、怖いかも、です……」プルプル
岡部「大丈夫だ。絶対に、大丈夫」ダキッ
こんな言葉しか出てこない自分に嫌気がさす。むしろ自分に言い聞かせるように、俺は優しくまゆコを抱きしめた。
まゆり(仮)「凶真、さん……っ」グスッ
紅莉栖「ちょ! ……んもう! 今回ばかりは許すけど!」
ダル「牧瀬氏、正妻の余裕である。そいじゃ、オカリン」
岡部「ああ。エンターキーは俺に任せろ」
まゆり(仮)「そっか……凶真さんが押してくれるなら、私は、幸せです……」ニコ
俺が押さなければならない。このキーだけは、絶対に。
まゆコを抱きしめたまま、俺は右腕をPCへと伸ばしていく。
岡部「……また会おう、まゆコ」
まゆり(仮)「凶真さん……っ」
まゆり(仮)「ありがとう……!」
カタッ
まゆり「…………」バタッ
岡部「まゆり? まゆりっ!?」
少女の肉体が俺の腕の中で急に力が抜け、横になってしまったことに俺は狼狽した。
紅莉栖「大丈夫。一時的なショックで倒れているだけよ。橋田は引き続きまゆ子さんのアマデウス化準備を手伝って」
ダル「オーキードーキー。但し、あとで牧瀬氏のホットパンツローアングル写真を撮らせてほしい件」ハァハァ
紅莉栖「ど却下」
ダル「ぐぬぬ……」
俺は倒れたまゆりを、いつかの時のようにお姫様抱っこしてソファーへと運んだ。
まゆり「…………」
岡部「まゆり? 大丈夫か? まゆり、なんだよな?」
まゆり「……っ」パチクリ
岡部「まゆり!? 目覚めたのか!?」
まゆり「……あなたは誰ですか?」
第六章 表裏一体のイッシュ
岡部「え……」
まゆり「なんちゃってー。ただいま、オカリン」ニコ
岡部「お、おどかすな。心臓に悪い」
ふー、びっくりした。ドッキリは時と場所を選び、事前に通告してから行ってほしい。
まゆり「オカリンがほっぺにチューしてくれるまで目をつぶってようかなーって思ってたんだけどねー? えっへへー」テレッ
岡部「どうした? 急にいたずらっ子にジョブチェンしたのか?」
紅莉栖「まゆり、あなた、もしかして――」
紅莉栖「記憶を失ったあとの記憶も思い出している?」
岡部「な、なにっ? そうなのか?」
つまり、まゆコの記憶をも持っている、ということか!?
紅莉栖「まぁ、それは想定の範囲内なんだけど。記憶が混濁したりはしてない?」
まゆり「……うん。まゆ子ちゃんの思い出も、心の中にあった気持ちも、全部ね、思い出せるんだー」
まゆり「あのね、オカリン。まゆ子ちゃんも、オカリンのこと、大好きだったみたい」ニコ
岡部「……そうか」
俺は、切なく微笑むことしかできなかった。
2日後 未来ガジェット研究所
その後、まゆりに悪夢が起こることはなかった。
紅莉栖が言うには、一度アマデウス化したことによって人間の脳が持っていた有機的な機能に障害が発生したのではないか、とのことだったが、実のところはよくわからない。
俺は、まるで性格が反対だったあのまゆコが、まゆりのリーディングシュタイナーの能力を消してくれたのではないかと勝手に思っている。いや、自分でもメルヘンが過ぎるとは思うのだが。
とにかく、よかった。きっとすべてが解決したのだ。
岡部「もうまゆりは大丈夫そうだな」
まゆり「うんっ♪ ぐっすり眠れて、元気ひゃくばいマンだよー!」
紅莉栖「久しぶりにまゆりの屈託のない笑顔を見た気がする。ここまで漕ぎつけられて本当に良かったわ」
紅莉栖「でも、一応まだ気が抜けない。私の仮説は間違っていたかもしれない」
岡部「きっと正しかったさ。お前の理論はいつも完璧だった。お前は天才だよ、紅莉栖」
紅莉栖「ちょっ!? きゅ、急に恥ずかしいこと言うの、禁止!」
何が恥ずかしかったのか、テンパった紅莉栖はドクペをゴクゴクと飲み始めた。照れ隠しのつもりか?
まゆり「ねぇねぇ、オカリン。クリスちゃん」
岡部「ん? なんだ?」
まゆり「あのね、また3人でお泊り会したいなーって♪」
岡部「っ!」
紅莉栖「ぶふぇっ!!! げほっ、げほっ」
ダル「うわあ! 僕のパソコンたんがぁ!? 牧瀬氏、許さない絶対ニダ」
ドクペを飲んでいる最中だった紅莉栖は盛大に噴き出した。
岡部「ドクペ・エクスプロージョニスト(爆発論者)・クリスよ、掃除ぐらいは手伝ってやろう。鳳凰院凶真の寛大な心に感謝するがいい」
紅莉栖「鬱だorz」
まゆり「ねぇねぇ。いいでしょ? お泊り会!」
岡部「俺は別に構わないが」
紅莉栖「私も、あっちじゃない方のまゆりとなら全然問題ないわ」
ダル「男一人と女二人が一晩を過ごし、何も起きないはずがなく……」ハァハァ
紅莉栖「お前はたとえどんな大金を積もうと参加は絶対にダメだからな」
ダル「うはっ。ダメと言われるほど心の奥底に輝く男の魂は燃えてくるのだぜぃ!」
紅莉栖「鎮火しろ」
まゆり「やったぁ♪ それじゃぁ早速今日の夜やろうよー! クリスちゃん、もうアメリカに帰っちゃうんでしょ?」
紅莉栖「一応、明後日の便で帰る予定よ」
岡部「またしばらくこっちには戻ってこれないのか?」
紅莉栖「なんだ岡部、私が居なくて寂しいのか?」ニヤニヤ
岡部「……少し、寂しくなるな」
紅莉栖「っ、調子狂うな……」テレッ
まゆり「今日はお泊り会だけど、明日の日曜日空いてるなら、みんなでプールに行かない?」
紅莉栖「プ、プール!?」
まゆりがまたぞろ斜め上の提案をし始めた。
まゆり「昨日ね、身に覚えのない女性用水着がまゆしぃの部屋にあるのを見つけたのです」
ああ、あれか。まゆコが買ってそのままにしておいたのだろう。
まゆり「これはきっと、神様がみんなでプールで遊んで来い、って言ってるんだよー」
まゆり「ちょっと派手な水着だったから、少し恥ずかしいけどね、神様の言うことは絶対! なのです!」
まゆりの中でまゆコは神様ということになっているらしい。
まゆり「フェリスちゃんにルカくんも誘って、ね? 行こうよー!」
ダル「先生! フェイリスたんの水着姿が見たいです!」
紅莉栖「男どもがHENTAIしないなら行ってあげてもいいわ。今の時期でも営業してる屋内プールを探さないと」
岡部「まったく、しょうのないラボメンたちだな。仕方ない、たまには研究の息抜きをするとするか」フッ
まゆり「わーい、やったぁ♪ ありがとー、みんなー!」
まゆコと二人でプールへ行ったことは一応言わないでおく。別に隠しておくような後ろめたいことは何もないが、紅莉栖にバレたらなんかめんどくさそうだからな。
ppp
紅莉栖「ん? 先輩からメール……。岡部、橋田、まゆり!」
岡部「どうした? 急に声をでかくして」
紅莉栖「どうやら完成したみたいよ。今回は記憶を移管するだけだったからすぐに仕上がったわね。先輩にあとでこってりしぼられそうだけど」
岡部「完成したって……まさか!?」
紅莉栖「ケータイはスマホに乗り換えてある?」
岡部「あ、ああ。世話になったガラケーを手放すのは忍びなかったが、助手に言われて手配しておいた」
紅莉栖「今からRINEで送るURLにこのパスを打ち込んでみなさい。アプリがダウンロードされるから、そしたらこのIDとパスを入力して」
岡部「……すると、やつがこの世に顕現するのだな?」
もう一人のラボメンナンバー002、まゆりコンピューティングシステム、略してまゆコが。
岡部「……。あとはアプリのインストール完了を待つだけだ」
岡部「前から一つ疑問に思っていたのだが、まゆコのあの人格はどこから来たんだ? ゼロから生まれたのか?」
紅莉栖「……脳科学専攻の私が言うのもなんだけど、よくわからない」
紅莉栖「もしかしたらゼロから生まれたのかもしれないし、まゆりの中にそういう人格が隠されていたのかもしれない。今後の研究テーマね」
まゆり「まゆ子ちゃんはね、まゆしぃと違って、オカリンの難しいお話を全部理解できるくらい頭の良い子だったから、まゆしぃの中には居なかったと思うよ?」
ダル「そうそう。その件で思い出したんだけどさ、エンスーのナイトハルト氏っているじゃん?」
岡部「知らん」
ダル「その垢がツイぽでちょっと気になるつぶやきをしてたんだよね。見てみ」
岡部「気になるつぶやき……?」
俺は急にダルに呼ばれ、PCの画面の中を覗き込んだ。紅莉栖とまゆりも後ろからちょこんと覗き込んできた。
NEIDHARDT:疾風迅雷のナイトハルト
いいか、おまいら。よく聞け。妄想で人間を創り出すことは可能。これガチ。冗談とか創作とかじゃなくて、マジでリアルの話な
NEIDHARDT:疾風迅雷のナイトハルト
自分の望んだ人格を人に与えることが可能なんだよ!!つまりどういうことかっていうと、従順でいたいけで兄想いなんだけどちょっとエッチな妹キャラ作り放題キャッホウ!!ってこと
NEIDHARDT:疾風迅雷のナイトハルト
もちろん最強クラスの能力持ち(※ただしイケメンに限る)なわけだがwwwwww
まぁ、おまいらみたいな真性童貞野郎には永遠に無理な話ですけどねwwwwwwwww
DaSH:DaSH(ダル・ザ・スーパーハッカー)
@NEIDHARDT それマジ?ソースは?
NEIDHARDT:疾風迅雷のナイトハルト
@DaSH ソースは俺でつwwwwwwwwwww
ナイトハルトという名前、たしかどこかで……。IBN5100に関係していたような……?
ダル「オカリン、これ、どう思う?」
岡部「フン、くだらん。こんなくだらない妄想は、小学生の時に書いた黒歴史作文の裏にでも書いておくんだな!」
ダル「そうなん? 専門外の僕からしたら、ナイトハルト氏の言うことって、妙な説得力があるんよなぁ」
紅莉栖「正直、読むのも馬鹿らしい。岡部の妄想でまゆ子さんが生まれたってのなら、岡部は人間を作り出すことができる神にも等しい存在ってことになるじゃない」
ダル「それはないわー。むしろ世界が滅ぶレベル」
まゆり「ってことは、まゆ子ちゃんはまゆしぃとオカリンの子どもだねぇ。え、えっへへー……」テレッ
自分で言って照れるでない。
結局のところ、まゆコが何者だったのかはわからず終いだ。
そんなくだらない議論をしている間にインストールが完了したので、俺は恐る恐る右の親指をアイコンへとタップする。そして出てきたパス画面に紅莉栖の言う通り入力を済ませると……。
まゆコ『凶真さんっ! ご無事でなによりです!』ビシィ
岡部「……うむ。達者でやっているようだな」
まゆコ『はいっ! えっへへー!』
まゆりとも違うこの特徴的な笑い声を久しぶりに聞いて、安堵のため息が出た。
まゆり「あれれ~? 今、まゆしぃの声がオカリンのスマホから聞こえたよ~?」
ダル「おお、3Dまゆ氏がオカリンのスマホの中にインスコされてる件。エロすぐるだろjk!」
岡部「お前ら落ち着け。これは椎名まゆりであって椎名まゆりではない。ラボメンナンバー002を共有する鏡面存在、まゆコである!」
岡部「その本質は鳳凰院凶真の狂信者であり、お使いから暗殺までなんでもこなす。現在はその身を電脳空間へと移し、日々世界のハッカーたちと戦っているのだ」
まゆコ『ラボのためならなんでもやりますよ!』
そこには電脳化の直前の、恐怖で怯えていた顔はなかった。まゆコは消滅を免れ、こうして今も思考をして、声を発している。これでよかったのだと思う。俺の独善につき合わせたラボメン達、特に紅莉栖には感謝してもしきれない。
まゆり「そっか~。まゆ子ちゃんは、まゆしぃと入れ替わりになっちゃったんだね」
ダル「ねぇねぇ、まゆ氏にまゆ子氏。電脳空間ってどんなところなん? ぼ、僕もアマデウス化したら、二次元のおにゃのこたちとハァハァしたりできるん?」
まゆコ『んー、紅莉栖さんと私、あと真帆さんのアバターで良ければ、可能ではあります』
紅莉栖「そもそもそんなくだらん目的のためにアマデウスは使わせないがな」
ダル「くだらなくねーよ!! 全男どもの夢だろぉ!? 画面の中のおにゃのこの胸に飛び込むのはよぉ!?」
ダルがなにやら雄叫びを上げているが無視した。
まゆり「まゆしぃはラボメンの女の子がまた増えて嬉しいよ~♪ ねぇオカリン。まゆ子ちゃんをルカくんとフェリスちゃんと萌郁さんに紹介しにいこうよ~!」
なんだか久しぶりに萌郁の名前をまゆりの口から聞いた気がする。
岡部「まゆり? もう萌郁に会っても大丈夫なのか……?」
まゆり「だってあれは夢でしょ? 夢ってね、結構すぐ忘れちゃうのです。えっへへー♪」
おそらく強がりではない。本当に、まゆりはリーディングシュタイナーの悪夢を克服したのだ。
まゆりの提案を受け入れ、俺とまゆりはまゆコを引き連れラボメン達への挨拶回りへと出かけた。挨拶は大事だ、古事記にもそう書かれている。
萌郁「まゆコ……さん?」
まゆコ『暇なときはいつでもメールください! すぐ返信できますので!』
フェイリス「マユシィの新しいアバターとなってしまったのニャ!?」
まゆコ『リアルワールドとの互換性もあります。まゆりさんにもしもの時は、全力でバックアップします!』
ルカ「えっ? この前までのまゆりちゃんは、岡部さんのスマホの中に入っちゃったんですか?」
まゆコ『岡部じゃなくて凶真さんですー!』
一通り歩き回って、まゆりと二人で公園のベンチでくたびれた足を休めることにした。
まゆコ『そういえば、ラボメンって私を除いて8人いるはずなのに、ナンバー008の人は居ませんよね? まさか、別の世界で巨悪と戦っているとか!?』
岡部「まぁ、そういう見方もできるが、この世界線においては六年後に生まれてくるのだ」
まゆコ『ろ、六年後……。つまり、凶真さんが未来を見通した結果だったのですね!』
岡部「フッ。この俺にかかれば、現在(いま)を否定し、過去を変え、未来を掴むことなど朝飯前……」
まゆり「そうなんだー! オカリン、すごいねー!」
まゆコ『そうなんですね! 凶真さん、すごいです!』
まゆりの声がハモった。
紅莉栖「ここに居たか。まゆ子さんの紹介は終わった?」
岡部「ああ。皆、新しいラボメンとして快く受け入れてくれた」
まゆり「あっ! まゆ子ちゃんもラボメンなら、明日のプールに連れていってあげようよー!」
岡部「ん? まぁ、それは俺がスマホを持っていけばいいだけだから簡単だが……」
まゆコ『プール? それって、この間私が凶真さんとデートした、あのプールですか?』
紅莉栖「へっ?」
まゆり「えっ?」
あっ。
紅莉栖「どういうことなんだ岡部ぇ? つまり、私が一生懸命あれこれしてた時に、鳳凰院様は女子高生とデートに興じていらっしゃったんですかぁ?」ビキビキ
まゆり「ってことは、あの水着、まゆ子ちゃんのなんだ……。まゆしぃが着ても、オカリン喜んでくれる、かな……」
岡部「ちょ、ちょっとストップ!? 怒るのと落ち込むのをどちらか片方にしてくれ!? さすがの鳳凰院でも対応できないっ!」
紅莉栖「説明しろ! 岡部!」
まゆり「オーカーリーン……」
岡部「だぁっ!? ひとまず戦略的撤退だっ!!」ダッ
俺は全力でその場を後にした。とにかく、いったん落ち着いてから説明をしよう。まゆりはわかってくれるだろうが、紅莉栖はどうだろうな……。
サンボの角を曲がったあたりで息をつくと、新ラボメンが加入したことで忙しい未来が待っているだろうことに思いをはせた。
……まぁ、我ら未来ガジェット研究所ならば、どんな世界の陰謀が魔の手を伸ばそうとも、きっと返り討ちにするだろう。そう信じている。
俺はおもむろにスマホを取り出すと、いつものように耳元へと持っていった。
岡部「……俺だ」
まゆコ『状況を』
いつものように、と言ったが、いつもと違うことがひとつある。
岡部「あぁ、機関のやつら、相当に焦っているらしい。ついに遠距離錯乱電波照射装置を使い始め、すでに仲間が2人ほどやられてしまった」
まゆコ『何っ!? あれは人類にとって諸刃の剣のはずです!』
それは、機関に関する定時報告が、ケータイを使った独り言ではなくなった、ということ。
岡部「そう焦るな。この俺、鳳凰院凶真が再びよみがえり、世界を混沌へと導けばよいだけの話なのだろう?」
まゆコ『フフッ。さすが、鳳凰の名は伊達ではありませんね』
そしてそれは、今後の俺の報告に対して、ちゃんとした返事が俺の耳に届く、ということでもある。
岡部「貴様の能力を借りるまでもない。安心してそこで見ているがいいさ」
まゆコ『お手並み拝見といきましょう。それでは、例の合言葉を』
――――まゆコが、鳳凰院凶真の半身となった。
岡部「エル・プサイ・コングルゥ!」
まゆコ『エル・プサイ・コングルゥ!』
おわり
これで終わりです。読んでいただきありがとうございました。
乙・プサイ・コングルゥ
終わり方が綺麗でスッキリした
素晴らしかった、カオヘ知ってるとにやりと出来るのもいい
ギガロマが妄想から人間を造ると反動で一年寝たきりになるんだが、このSSの場合は人格だけだから本当に微妙なところだよな
面白かった
乙
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません