駆逐艦娘・響は考える。
キャリア
自らが不治の病に侵され、生存は絶望的であると知った保菌者は三通りに分けられる。
「こうしてめでたく病気持ちになれたことにある意味感謝すべきかもな!」
ポジティブ
感染を可能な限り前向きに捉え、残りの人生を静かに過ごそうと考える者。
「妻と娘も同じ症状だった! もう俺が死んでも悲しむ人間は誰も残ってない」
ネガティブ
後ろ向きに捉え、残された時間を生きる希望すらなくしてしまう者。
「おかげでようやく決心がついた、その前にお前らを少しでも道連れにしてやろうってな!」
――そして、目の前の警察署で立てこもっている男のように、自暴自棄になり反社会的行動に走る者。
氷点下近い寒空の下、もう二時間近く男の益体もない話に付き合わされている。
コート
響は外套の襟を合わせると、署内放送の送信機を手に取った。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1531062630
・地の文あり。
・死亡描写あり。
・スマホの方はルビの表示位置の都合上、専ブラ等のAA表示モードでの閲覧を推奨。
・タイトルの元ネタとは直接関係ないので、小説のネタバレは特に含みません。
同一世界観の前作:
【艦これ】巡洋艦娘は酸素魚雷の夢を見るか?/フリートランナー1947
【艦これ】巡洋艦娘は酸素魚雷の夢を見るか?/フリートランナー1947 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1530550250/)
「……ナノファージは潜伏期にも空気中に蔓延する。ご家族の件は残念だけど、そうなる可能性が高かったのも事実だ」
「それに知っての通り、警察署には艦娘が常駐してるわけじゃない」
リスク
ナノファージウイルスを高確率で媒介し、『戦後最大の負の遺産』とも呼ばれる艦娘が就くことのできる職業は少ない。多くの場合は日雇い作業員となり、汚染が酷い区域での労働に駆り出される。
モディング
それでもなお、人体拡張を行った艦娘の戦闘能力を買い、受け入れを行う唯一の公的機関が響達の所属する『鎮守府』だ。
キャリア
保菌者と関連事件の捜査権を有する彼女らは、情報の共有目的で警察と協力する場合もあるが、正規に警察部隊に配属されている艦娘は存在しない。
「そうとも、復讐するのは艦娘だけじゃない。俺と同じように政府の言葉に乗って手術を受け、俺と違って運よく発症していない奴ら全員さ」
「なるほど、それで警察か」
モディング・オペ
警察官は人体拡張手術を行っている比率が高い。ここで男が粘るほど、彼らの感染率は上がっていくだろう。
ニューロミッション
響は別回線で空母・葛城を呼び出す。神経通信なら第三者に傍受される恐れはない。
『制圧部隊は?』
サーベランス
『偵察機が内部状況を把握済み、各員配置についてる。いつでもどうぞ』
『作戦を判断するのは私じゃない。『司令官』の許可が要る』
『『提督』は即時突入による事態の迅速な収束を求む、って』
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『提督』の判断はいつも機械的なほどに正しい。響は男に確認を取る。
「……最終通告だよ。今投降すれば人間的な扱いは保証される」
サナトリウム
「それで療養所に入れられて、鎮痛剤で朦朧とした意識のまま余生を送れって? そんな『非人道的』扱いはごめんだ」
ロック
「――なら、心配はないね。禁固施設では最低限の薬しか使われない」
スタンドラム パルス
裏口から非殺傷のEMP陸上爆雷が投げ込まれる。激しい閃光と電磁波で男が完全に無力化した隙を突いて葛城達が突入した。
「お前ら疫病神も結局俺と同じさ! 政府の犬として便利に使われて、どうせ発症すれば見捨てられるんだ!」
捕縛される男が政府と艦娘を口汚く罵る声を聞きながら、響は通信を切断した。
"Or All the Seas with Depth Charges."
『七月に君の転属が決定した』
帰投した響を待っていたのは、『提督』の無感情な宣告だった。
かつての大戦で甚大な被害を受けた横須賀は半ば放棄され、現在は舞鶴の一部と併合される形で横浜に機能を集約している。
トップ
その指揮系統の頂点となるのが『提督』だ。
『新ソヴィエトの現状は知っているな? 海上国境線での感染拡大防止が君の次の任務となる』
ナノファージウイルスの感染者が初めて確認されたのが当時のロシア東部だった。
原因も対処法も分からない脅威にたちまち国家としての機能は分断・消失し、現在では内陸から港に至る巨大な防壁で感染者ごと隔離されている。
生き残ったわずかな都市に住む人々の行動も厳しく制限されており、壁の外に出るためには何か月もかかる審査を待たなければならない。
自由を求めて海を越え、南へと亡命する流れが生まれるのは当然の結果と言えるだろう。
キャリア
――そして、自国への保菌者流入を阻止しようとする各国の派遣部隊の存在も。
「……それは、決定事項、なのかな」
感染の危険度も桁違いに高い上、未だ不安定な情勢が続く地域への単独派遣だ。一度向かえば生きて祖国の土を踏める可能性は高くないだろう。
『国境線への艦娘派兵は国際会議での決定だが、艦種及び艦の指定はされていない。私が君なら適任だろうと判断しただけだ』
『君が拒否すれば、第二候補を既に挙げている。君には労働条件を選択する自由がある』
「……自由、ね」
今回の命令を拒否したところで、今の『鎮守府』は真っ先に自分を前線から外すという事実が明らかになっただけだ。次の派遣命令も、その次の命令も響が候補として挙がるだろう。
「少しだけ考えさせてほしい。本件の正式な報告までには決めるから」
執務室を後にしながら、響は男の言葉を思い出す。
エクスペンダブル
「発症しなくても、私たちはいつだって使い捨ての消耗品だよ」
"Or All the Seas with Depth Charges."
ドック
彼女は空襲で大破した姉を船渠まで曳航していた。
口が悪いせいで誤解されがちだが、誰よりも優しく、理不尽に立ち向かう強さを持っていた自慢の相棒。
誰も助けられなかった、と自分を責める姉を励ましながら、ようやく目的地が見えてきたことで彼女は安堵した。
誰も助けられなかったなんてことはない。自分を助けられたこと、生き残れたことも誇るべき成果だ。
――再びの空襲で姉が沈んだのは、それから13日後のことだった。
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響は当てもなくふらふらと歩きまわっていた。
気づけば人通りのない街の外れ。『国立特別療養所』と書かれた風化した看板の前。
キャリア
保菌者の確保は数えきれないほど行ってきたが、よく考えてみればその先に何が待っているかは正確に知らない。
「昔の友人がこっちにいると聞いたんだ、入所許可を貰いたい」
窓口の担当者も仕事熱心にはなれないのだろう、それ以上何も聞いては来なかった。
サナトリウム
療養所の中は、確かにある意味で緩やかな地獄だった。
誰もが生気なくぼんやりとそこかしこに佇み、どこか遠くの方で苦痛に呻く声が聞こえてくる。
汚れ一つない白い壁は、そこが人々の最期の場所であることを雄弁に物語っているとさえ思えるほどだ。
何とはなしに患者を眺めていた響は、やがて本当に見知った顔を見つけた。
「潮……なのかい?」
幾分やつれてはいるが、かつての戦友、駆逐艦・潮に間違いなかった。
「覚えてるかな? 同じ部隊にいた響だよ。あの時――」
「あの時あたしはもう戦えなくて、主砲だけ響ちゃんに持って行ってもらったんでしたっけ」
潮の口調は、周囲のそれと比べてもはっきりとしていた。響の怪訝な顔を察してか続けて言う。
モッド
「負傷して拡張をほとんど外した後に本格的な流行が始まったんです。お医者様が言うには、感染はしているが進行はしないだろう、って」
「……もっとも、外気のウイルス濃度が高くなれば分からないそうですけど」
「……」
「大丈夫ですよ。これはきっと、あたしが役に立つチャンスだと思うんです」
潮の目は確かに正気でありながら、続く言葉は狂気に踏み込んでいた。
「たくさんのお医者様が毎日毎日、あたしの身体の状態を研究してくれてるんです。どうして症状の進行が止まっているのか……解明されれば、治療法も見つけられるはずですから」
響は彼女を直視することができない。
「昔の響ちゃんがあたしにとって希望だったように、今度はあたしが皆の希望になるんです。その権利があるって、とっても幸せなことだと思いませんか?」
「……私は、潮が思うほど立派じゃないよ」
震える声で潮に告げる。
「今も死ぬための仕事から逃げてここにいる。私が覚悟を決めれば、皆は生き延びられると知りながら」
失望されるか、詰られるか――そう予想していた響にとって、潮の答えは慈愛に満ちているように思えた。
「いいえ、やっぱり響ちゃんはあたしが思ってる通りの響ちゃんです」
タイミング
「誰かの役に立てるのが権利なら、その時機を決めるのもまた権利。あの時の響ちゃんは、誰かに強制されてあたしの思いを受け取ったんですか?」
「……それは、違う」
「なら、今日じゃなかったとしても、いつかきっと自分でそうするべきだと思う日が来ます。あたしにとっては今がその時だった、それだけのことです」
呆気にとられる響に向かって、潮は少しだけ困ったように笑ってみせた。
「……ある意味で病気になったことに感謝すべきかもしれません。色んなことが俯瞰的に見えて、色んなことに意味があったと理解できたから」
"Or All the Seas with Depth Charges."
姉を沈めた空襲により自身も大きな損傷を受けながら、彼女は祖国へと辿り着いた。
チェック
診断結果は回復の見込みなし。予備艦として別命まで待機すること、と辞令が下る。
刻一刻と悪化する戦況をただ見ていることしかできない。
嘆きと絶望の日々の中で、ある時出会った同じ駆逐艦の少女。
少女には自分と違い、まだ戦う力がある。彼女の欲してやまない希望が残っている。
先の戦闘で武装が損傷したという少女に、彼女はもはや自分では扱えなくなった主砲を託した。
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『――即答しなかった時点で、君は拒否すると思っていたが』
「単に心の準備が必要だっただけさ、もう決めたよ」
『提督』はさも意外そうに言うが、口調は平坦なまま変わらない。
『では駆逐艦・響。貴艦に新ソヴィエト連邦自治領ウラジオストクへの赴任、海上国境線の監視任務を命じる』
「了解。響、新ソヴィエトでの任務にあたる」
ユニット ディスプレイ
ほとんど形ばかりの辞令を述べ、自律思考型演算装置――『提督』の画面は暗くなった。
「聞いたよ。ソ連に行くんだって?」
執務室の扉を閉めた響を待ち受けたように、巡洋艦・北上が問う。
「それってさ、誰でもない自分自身の意志なの? 自分で決めたことだって、胸を張って言える?」
「……うん。私が今、必要だと思うことをしに行くんだ」
響の答えに、北上は満足そうな笑みを浮かべた。
「だったらいいんだ。やりたいことに向かって進んだら、きっと何かが変わるよ」
"Or All the Seas with Depth Charges."
彼女は「その時」を待っていた。
祖国の盾として戦える日を。華々しく前線で活躍できる日を。
次の戦いではきっと。次こそは。その次こそは。
しかし、帝政は均衡を崩し、やがて混乱は革命となる。
気づけば守るべき祖国はなくなっていた。
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チャーター
専属機でウラジオストクに降り立った響を出迎えたのは、巨大な石造りの壁だった。
「なんだ、『石棺』がそんなに珍しいか?」
現地の戦艦だろう、艦娘がこちらに近づいてきた。
イェポンカ
「私はОктябрьская……日本艦には発音が難しいか、ガングートでいい」
トーチカ
「ここでの貴様の仕事は三つある。危険区域の除染作業、海上基地の建設作業、不届きにも石棺を崩して外に出ようとする輩の射殺作業だ」
平然と続けるガングートに響は顔をしかめる。
「……穏やかじゃないね」
「火の粉が自分に降りかからんよう払っている間なら穏やかでいられるだろうな。私の国はもう滅びたも同然だ」
「同然なだけだ、滅びてはない」
「同じだろう」
「違うさ」
サナトリウム
響は療養所での潮との会話を思い出す。
「私は皆を救う権利を得てここに来たんだ。『皆』には私の国も、この国も、発症者もそうでない人も含まれてる」
エクス・マキナ
「大きいことを抜かすのは勝手だがな――ちっこいの、何をどうやって救うつもりだ? 天から神様が下りてきて何もかも解決してくださるのを待つつもりか?」
「待たない。その前に、人類が治療法を見つける方に賭ける」
ガングートは呆れ果てて溜息をついた。
「なんだ、結局は他力本願じゃないか」
「……友達がナノファージ治療の被験者に志願してるんだ」
「彼女だったら嬉しいけど、他でもいい。誰かが治療法を見つけるまで、ここで感染を食い止める」
かつて潮の希望を受け取ったように。全員の希望を繋いでみせると、響は宣言した。
「……なるほど、貴様の覚悟はよく分かった。だがな、石棺の中の人間はどうなる? 貴様がここで奮闘するほど、彼らの希望は潰えていくぞ?」
響はガングートの問いに真正面から答える。
「それも含めての賭けだ。治療法が見つかれば、こんな壁はなくて済む」
「希望、か……」
しばらく黙り込んでいたガングートだったが、やがて笑いながら言った。
「いや、確かに、そんなものはもうすっかりなくなったものと思っていたが……そうか、それがここにいる意味というわけか! ちっこいの、貴様なかなか器の大きい奴だな!」
「自分が必要だと思うことをやるだけだよ――それと、私の名前は響だ」
「……貴様がここに来なければ、ただ惰性で生きて、そのまま死んでいただろう。不謹慎な話だが、ある意味ナノファージに感謝するべきかもしれんな。なあ、ちっこいの?」
「響だ」
「ああ、そうだな……明日にはもうここを離れなければならん。その前にきちんと名前を教えておこう。私の名は――」
"Or All the Seas with Depth Charges."
国家が変わり、名前が変わり、ようやく彼女は活躍の場を得た。
ファイアサポート
陸上部隊への絶え間ない支援砲撃。
爆撃を受けようと、修理を行いながら砲火は途絶えさせなかった。
そしてとうとう、敵の包囲網を終戦まで押しとどめることに成功する。
彼女は思った。次の国と名前が与えられても、またうまくやれるだろうか――。
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新年を迎えても、ウラジオストクでの響の生活は変わらない。
トーチカ
海上の除染と基地の建設作業を行い、南方への亡命者を監視する。
しばらく前から日本との通信は途絶えてしまった。案外国内の感染拡大の方が早かったのかもしれない、とどこか冷めた気持ちで思う。
それでも資材を運ぶ手を休めることはない。自らの行動が少なくとも二人の艦娘の希望となっていることを思えば、休めるわけにはいかない。
いずれこの石棺が持たなくなる日が来るだろう。ほんの一吹きの風で崩れてしまう日が。
それでもせめて、風が吹くときまでは。
サナトリウム
雪の積もる大地に療養所の白い床を重ねながら、響は今日も石を積む。
以上です。
サイバーパンクの中でも「AIに支配される人類」みたいなディストピア系統が好きなので、
そちらの要素も混ぜ込んで前回以上に趣味が強く出た感じになりました。
あとロシアの皆様、勝手に旧体制に戻した挙句滅ぼしてしまって大変申し訳ありません。
それではお読みいただきありがとうございました。
乙
この終末感がいい
ルビがちょっと読みにくいかなって思うの
乙
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