6月の上旬に差し掛かる頃、原幕秀英高等学校3年の生徒らに一通の手紙が配布された。
-今年度大学、専門学校入試合同説明会のお知らせ-
字面こそ「らしい」が、詳細を聞けば聞くほどよく分からない代物だった。なんでも本来ベ◯ッセだか◯会だかの講師を学校に招く予定だったが、先方の都合とやらで急遽本社のホールまで学校側が赴くことになったらしい。
全く、つい先月遠足があったばかりだというのにせわしない。そう誰もが少なからず考えたが、聞けばこの日の欠席は通常授業三日分の欠席として扱われるという。
それではなおのこと受験生として反故に出来る筈もなく、どのクラスも概ね全員が出席した。
最初こそみな乗り気ではなかったものの、そこはどんな場所だろうと仲間と集まるだけでなにかと楽しい年頃。
送迎のバス内では学校を発ってまもなく気だるげな空気は霧消し、シャッター音や菓子の袋をがさごそとまさぐる音、がやがやと談笑する声で満たされた。
「うっちー!?」
5組の生徒が乗り込む5号車、田中真子が窓側に座る友人との会話にひと段落つき、ふと周りの席を見渡すなり声を上げた。彼女の視線の先で補助席に座っていたのは、本来3年4組であるはずの内笑美莉であったからだ。
真子の声につられた生徒たちもなんだなんだと声の元を追い、笑美莉を見とめては驚愕の声を上げ始める。
「乗り間違えたの。次のサービスエリアで降りるから」
笑美莉は好奇の目に萎縮することもなくテキストを読み上げるように淡々と答えた。
「ちょっと内!何やってんの!4号車の運転手さんにも迷惑かかるのよ?」
「出発した後すぐ気づいて4組の友達にラインしたんで!大丈夫です!」
最前列に座る担任、荻野に対してほんの少し煩わしげに声を荒げる。彼女の顔立ちはあまりにも簡潔すぎて表情の機微がほとんど読みとれない。
乗り間違えたなど嘘だということはその場の人間全員がなんとなく理解できていたが、本当の理由にたどり着く者は誰一人としていなかった。
その答えは、笑美莉の補助席の右隣に座る女子生徒、黒木智子に他ならない。
(この絵文字気づいたらいっつも隣にいるがどういうつもりなんだ.....)
智子は墨を塗ったように黒く長く、重々しい前髪から見え隠れする大きな瞳でおそるおそる笑美莉の顔を覗き込む。窓側の席でイヤホンをつけうつらうつらとしていた田村ゆりも鬱陶しげにイヤホンを外し、笑美莉の横顔を凝視し始めた。
「乗り間違えってありえないでしょー、うっちー何考えてんのもー」
智子の1つ後ろの座席から身を乗り出しきゃははと笑うのは、女子6番の根元陽菜だった。彼女の言葉をきっかけにバス内の空気は笑美莉をも談笑の輪に取り込む形に変わり始める。
ややお調子者だが思慮深く人懐こい清田良典、派手な見た目に相反して母性的とも言える程分け隔てなく優しい性格の加藤明日香、
そんな彼らのグループに内が引き込まれる様子を見ると、陽菜は肩から上を乗り出したまま智子を見下ろした。
「もう入試一週間前みたいな子も多いけどさー、そういえばクロって大学どこいくつもりなの?」
「言われてみればあんまり考えてなかったな...AO入試なんかも何喋ったらいいかよく分からんし.....そういえばお前声優志望だったろ、専門学校とk........」
「...クロ?」
突然魂が抜けたようにこうべを垂れた智子を見て、陽菜は違和感を覚えた。
「........ん.......すまん........なんかきゅ.....に.......」
明らかに意識が朦朧としている。違和感の正体は智子の様子ばかりでない。気がつけばあたりの喧騒は完全に消え失せ、バスの走行音と正体不明のガス漏れのような音だけが不気味に響いていた。
バスの長旅の疲れからくるものにしては同時多発的すぎるし、出発から20分とたっていないのにこの有様というのはどう考えても不自然だ。
突如鎌首をもたげた得体の知れない不安感に背筋が凍るおもいで頭をフル回転させているとフリーズでもしたかのように陽菜の思考は次第に不明瞭になり、
いとも容易く、深い、深い、夢すら見ることの出来ない闇の中に誘われていった。
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3年5組女子4番、黒木智子が目を覚まし最初に見たものは、ごく見慣れたものだった。
木目。
目と鼻の先にある机の木目である。2年の終わり頃から休み時間を机に突っ伏して過ごすことなどほとんどなくなっていたが、
この木目、そして何よりあばらに机のへりが食い込み、枕にしていた腕の筋を頭部がいたずらに引っ張った後に残るこの痛み。疑いようもなく自分の席で寝てしまっていたらしい。
今は何限目だろうか、まだ靄が晴れきっていない頭を上げると、
教室。
智子がいたのは確かに教室である。しかし明らかに原幕の、3年5組のそれではない。
教室を照らす古びた蛍光灯はじじじと音を立て、大小の羽虫をその青白い光へと誘い込む。
大振りの蛾がちらほらと張り付く安上がりなガラス窓は生温かいそよ風にすらがたがたと音を立て、今にも外れそうだった。
周りにはクラスメイトが皆して先ほどまでの智子と同じ姿勢で寝ているが、彼らもまた奇妙だった。それはクラスメイト一人一人の首に光る鉄の輪。
ただならぬ状況にゴクリと唾を飲み込むと智子は喉元にしこりのような、強い圧迫感を感じる。そこで初めて自分にもやはりその鉄の首輪が取り付けられていると気づいた。
特に不気味なのは、窓の外から見える景色だった。
夜。
真っ暗である。窓のすぐ向こうには鬱蒼と樹々が並び、地面は柔らかそうな湿った土で覆い尽くされ。
その紺と深緑と焦げ茶のコントラストは、到底都会の学校の教室の外から拝めるものではなかった。
「なん.......」
「チッ!」
なんだここ、と小さく声が漏らす前に、教室の奥で響いた舌打ちに智子は振り返った。
そこには悪態を付き神妙な顔つきで黒板側の教壇を睨みつける、プリン頭に胸元の開いたカッターシャツ、凛としつつも鋭い目つきのいかにもヤンキー然とした女子生徒、吉田茉咲がいた。
茉咲とは対照的に見るからにナードな雰囲気の智子は意外にも彼女との交流がなにかと多く、茉咲の様々な一面を見ていた。
喧嘩っ早いが仲直りも早く、単純でお人好し。性的なことにはその見た目と不釣り合いな程ウブ。キティちゃんパンツでネズミー大好き。
そんな彼女を挑発し怒らせることも多かった智子だからこそなんとなく分かったことがある。
今の舌打ちは、違う。普段智子に向けるそれではなく、もっと反吐がでるような邪悪に相対した時にするような________。
茉咲の凄みに釘付けになっている間に、他の生徒も徐々に目を覚まし始めていた。
まだ寝ぼけた風にあたりを見渡し首を傾げる者、半狂乱になり隣近所の友人に説明を求める者、智子と同じようにその場の雰囲気に気圧され絶句する者。
智子の右隣では友人の田村ゆりが前の席の真子に何かをひそひそと耳打ちし、ゆりのさらに右隣では南が不平不満を甲高い声でわめき散らしていた。
智子のすぐ前に座る加藤明日香の後ろ姿はいつものようにリラックスしたものだったが、その表情まではうかがい知れなかった。
そんな中、
ぎし、ぎし、と。一人分の足音。それに続いて床が軋む間も与えないようなぞろぞろと大勢の足音が。教室の外の暗い廊下から近いてきていた。
足音が突然教室の前で止まるやいなや半開きであった引き戸が突如がら、と開ききり、生徒全員の視線が一斉に引き戸へと注がれる。
「はいはいはぁーいっ!!!みんな起きてるかー!?よし!起きてるなー!」
どかどかと大股に足音を立て教室に入ってきたのは、背広姿の見慣れない中年の小男とそれに続く十数名の武装した軍服の屈強な男たち。
いや、よく見たら男の方は見覚えがあった、そうだ、何十年も前に始まりもう10年近く前に終わった青春学園ドラマ、その主人公の_______。
「えーーはい!!!原幕3年5組の皆さん!はじゅめまして!!!えーわたしの名前は・・・!」
智子が既視感の答えに行き着く前に男が黒板へでかでかと名前を書き綴り始めた。
-坂・持・金・発-
「『サカモチキンパツ』といいます!今日からおれが担任だぞ!!よろしくなみんな!!!」
男の言動、やたらと快活な態度、引き連れられてきた軍人、この異様なロケーション。生徒全員が疑問符をいくつも頭上に浮かべ、
「あのー!ここどこですかー!?」
「説明会って結局なんなんだよ!!」
「この首輪なーに!?」
「帰りたいんだけど!!てかなんで夜な訳!?」
口々に、思い思いにそれらの疑問を男へ投げつけ始めた。
すると、
「私語を慎めーッ!!」
黒板の壁沿いに横隊で並び待機していた兵士の一人が、恫喝と共にアサルトライフルを天井に向け撃ち鳴らした。
「・・・・・!」
一瞬にして空気がきんと凍る。ある者たちは静まり返り、ある者たちは泣き出し。
「・・・えーはい。そうだな。みんな気になるよなぁー、じゃあなんで今日みんなにここへ集まってもらったか説明しよう!!
言うまでもなくナントカ説明会をするためじゃありませーん!!
みなさんは国のエライ人達が作ったある極秘のゲームの参加者に選ばれました!!!
世間一般では半ば都市伝説みたいな扱いだが、実際に行われるものなんだなーこれが!!!!薄々感づいてる人もいるんじゃないか!?」
男が教壇から降りよく通る声で口上を述べ続けながら教室を歩き回る。
「えーざっくばらんにゲームの内容を説明すると!!このクラスの中でたった一人の優勝さが決まるまで!!
みなさんに!!!!!!!!!」
教壇に戻り教卓に両手をばんと着くと、男は落ち着いた口調に戻りこう言った。
「殺し合いを、して_____、もらいまぁーす。」
_______________声をあげるものなど、もう誰もいなかった。
「ばっ_________あんまり馬鹿言ってんなよ、おい、オッサン!」
がたりと席を立ち長い長い沈黙を破ったのは女子2番、岡田茜だった。坂持が時化た面で彼女を見やる。
「あれって確か中学生が対象のプログラムだろ!?それにしたってふざけてるけど............それに私たちの担任は荻野だ!お前なんか知らない!」
人一倍正義感が強く、豪胆で男勝りな彼女らしい反応だった。
坂持はそれを受けて一瞬きょとんとした表情をとるとニィッと笑みを浮かべた。
「あぁーー荻野先生なぁー!いやあ~~~おまえらいい担任持ったよ!!あ、一人今年は担任じゃないのも混じってるのか。いや、ご愁傷様だ。なあ内」
ご機嫌な口調で語る中突如名前を呼ばれ、茉咲の後ろに取ってつけたように置かれた席に座っていた笑美莉はギクリとした。
「ホントおまえら幸せモンだよ。長年この仕事やってきたけどあそこまで生徒のこと思ってるセンセーいなかったぞ~!!まだ若いし女の人なのに立派だよ、ウン!
おい!!!お前ら持ってこい!!」
『持って』こい。その一言を聞き茜の、智子の、皆の全身を悪寒が走った。
すかさず急患を乗せるようなワゴンが教室に運び込まれる。そのワゴンの上にはブルーシートがかけられた人間大の膨らみ。
見たくない。考えたくない。もうやめろ。全員がそう考えていただろう。既にえずき、目を覆い、短く悲鳴を漏らす者もいた。だが智子は、ゆっくりとめくられていくブルーシートから目が離せなかった。
「きゃああああああああああ!!!!!!」
ブルーシートから顔を覗かせた赤黒い肉塊は、5組の担任、荻野『であった』ものだった。
血みどろの顔に頼りなく乗っかるボーイッシュなベリーショートの髪は3分の1程が頭蓋ごと抉り取られ、べったりとした赤茶色の空洞の中には灰色がかったピンクの脳漿が見え隠れしている。コメディ漫画のデフォルメされた表情のごとく左の眼球は大きく飛び出し、ぬらぬらとした光沢をたたえた硝子体の表面には今もなお生理食塩水の残滓が球体の表面を測量し伝い落ちていた。
最前列の女子生徒の悲鳴に続き、様子を覗き見た後ろの席の生徒たちも続いて連鎖的にパニックの渦へと巻き込まれる。
堪えかねて出入り口へと走る生徒もいたが、すぐに威嚇射撃やライフルのストックによる殴打であまりにも手際良く鎮静化させられた。
狼狽と狂乱の空気がいささか落ち着きこそすれまだ悲鳴のやまぬ最中、坂持はうんんっと大きく咳払いをし語り始める。
「えぇーっとなんだ。うん、荻野先生はなぁー、みんなのクラスがゲームの対象に選ばれたことを伝えるとほら、えらく反発したんだ!ま、突然のことだったしーこっちも悪かったと思うんだけどなぁ~」
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