大石泉「気遣う心に、ちょっとだけ下心」 (17)
大石泉ちゃんのSSです。
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ううん、と腕を高く伸ばしてプロデューサーは唸った。パソコンとにらめっこし過ぎて疲れた頭をそろそろ休めないといけない。業務も程々に休憩を入れなければ作業効率が落ちるだけである。
窓から陽の明かりは見えず、代わりに月の淡い輝きと、街を照らす街灯やビル群のイルミネーションが見えていた。どうやらすっかり日もくれているようだ。
時間も忘れて作業に没頭していた、と言えば情熱を燃やすワークマンのようで聞こえはいいが、要は仕事の抱え込みすぎだった。有り体に言えば社畜である。
彼の仕事はステージのセットリストや誰を出演させる等の大まかな概要の考案作成であったり、新曲の方向性であったり、アイドルそれぞれのスケジュールの確保であったり、上記それぞれ或いはそれ以上に対応する書類作成であったり。
他にも様々なものであり、それら全てを文章で語るには文字数が嵩張り過ぎてしまいとても全容を語れないほどに、プロデューサーの仕事は多岐に渡る。
アイドルたちがそれで輝けるのならば誇らしいし、進んでやりたいと思えるのが彼の人間性ではあるが、それはそれとして人間は疲労をする生き物である。
さすがに集中力がきれてきたから、ほんの少しだけ仮眠を入れようと彼は自分の携帯端末を操作し、十分後にアラームをセットしてから、ソファーに席を移して、アイマスクをつけた。
ほどなく一分もしないうちに彼はすぅすぅと寝息をたてた。
がちゃりと、彼が寝息をたててすぐに、部屋に誰かが入ってきた。
中学生、或いは高校生くらいだろう、黒髪で制服姿の利発そうな少女だ。首には防寒対策にマフラーを巻いているが、その下のシャツはボタンがひとつ開けられていて、胸元が少し緩んでいる。
少女は彼が担当するアイドルのひとりである、大石泉だ。雑誌の撮影の仕事が終わった後、プロジェクトルームの電気がまだ灯っているのが見えたため、もしかしてと戻ってきたのだった。
何がもしかしてかと言えば、もしかしてはもしかしてである。
察してください、ご了承願います。
「あれ、プロデューサーは……あ、寝てるんだ」
無防備にソファーから両手をぶら下げて眠るプロデューサーの姿を見つけた。
まったく、と泉は呆れながら彼の眠る横にちょこんとしゃがみこんで、眠る彼の顔を覗きこんだ。朝に剃ったからか、うっすらと髭が生えかけてきている。
つんつんと頬をつつきたくなる衝動をぐっと堪えてから、そんな衝動を掻き消すべく、泉は彼のデスクを見に行った。
やりかけの文書作成データがある。つけっぱなしになったディスプレイを無用心だなと思い、電源を落とした。
さてと、どうしようかな。再び彼の近くまで戻り、しゃがみこむ。規則よく寝息を立てていて、よく眠っている様子がわかる。ちょっとの仮眠だろうに、これほど熟睡できるなんて。疲れすぎだ。
泉はやっぱり、まったくもうと呆れた声を出して、彼の頬を撫でた。
なんでも一人でやりすぎなんだから。
ひとしきり彼の寝顔を堪能して、泉は給湯室のほうへと向かった。
やかんと電気ケトルを眺めてから、泉は電気ケトルを選択して、ケトルの蓋を開けてから水道のレバーを上げた。ほどよく蛇口から水が飛び出してきた。
ケトルにお水を適量入れてから電源を入れて、お湯が沸くまでにカップを用意する。緑茶のTパックを貯蔵用の丸缶から取りだしてカップに入れると、準備は完了だ。
本当はお茶っ葉から入れたほうが美味しいんだろうけど、ついついインスタントな出来映えに逃げ込んでしまった。簡易的にそれなりの緑茶が飲めるというのは、それはそれでよくできたものじゃない?
なんて、ちょっとした詭弁だけど。
ピピピ、という電子アラーム音が聞こえてきた。音に受けて、ほぼ条件反射的に身体をがばりと起こして、アイマスクを外した。ぴったり十分の仮眠だったが、頭がすっきりしている。ショートスリーパーの才能があるのかもなあ、なんてプロデューサーがのんびり思っていると、給湯室のほうから人の気配がした。
誰だ、と少し身構えるが、給湯室から出てきたのはおよそ危険性から遠い少女、泉の姿だった。
手にはお盆があり、その上には二つのカップが載っている。ほかほかと湯気が立っているのが見える。
ソファーの前のガラステーブルにお茶を並べて、泉はプロデューサーの隣に腰を掛けた。
……泉がどうしてこんな時間に?
「おはよう、プロデューサー。よく眠れた?」
「ああ、自分の有り余る睡眠の才能に少しばかり驚愕するくらいだよ」
「なに言ってるの、ばかみたいだよ?」
「な、なにおう。寝るというのは大事なことなんだぞ、睡眠の質が人生に与える影響は凄いんだぞ」
「ふふ、そうだね。凄いんだね」
一回り近く年下の少女に優しく微笑んであしらわれた。
言い返してやろうかと思ったが、泉の笑顔が楽しそうだったので、取り止めて、頭を掻いた。掻いたときにぴょんと跳ねた髪の束を見つけて、短時間の睡眠で寝癖を作っていたことに気がついた。
それに気がついた泉が、仕方ないなあ、と手ぐしで彼の髪をほぐした。すると、魔法のようにあっという間に寝癖が治まったので、泉の手はもしかしたら不思議な魔法がかかっているのかもしれない。
実際としては、彼自身が朝つけてきた整髪料がまだ効いていただけだが。短時間にすぐ寝癖がついたのもこれが原因である。
さて、そんなことよりも。
「ところで泉、今日は直帰だったはずだよな。どうしてここにいるんだ」
「寮に帰る前に部屋の灯りがついてるのが見えたからなんとなく寄ってみたんだ。だめだった?」
「親御さんから預かっている立場から言わせてもらえば、だめだな。こんな時間に、もしかしたら、誰か危ない人が侵入していたかもしれないぞ?」
「どこかの誰かさんが朝まで仕事しようとしていることは把握していたから、大丈夫かなってね。……あ、それともプロデューサーが私を襲うのかな?」
きゃーすけべ、と泉はわざとらしい棒読みで自分を抱きしめる素振りを見せる。大人をからかっているとも思ったが、それよりも、なんとなく泉らしくない冗談だなと彼は思った。
普段訪れることの少ない夜分の事務所に、彼と二人だけだという状況が泉を普段よりも開放的にしているのだが、そんなことを彼は知るよしもない。
開放的にしているから、思わず本音が溢れたなんてことを知るはずがない。
そうなってもいいかも、なんてこと。
「ところでプロデューサー、こんな夜更けに一人で帰る女の子をどう思う? 誰か危ない人がうろついているかもしれないね。ああ、一緒に帰ってくれる人がいればなあ」
ちらりと視線を送って、泉は言った。なんてわざとらしくて、分かりやすい。彼の発言を逆手に取っている。こんな時間には危ない人がいるかもしれないと、そう言ったのは彼なのだから、その発言の責任は取らないといけない。
送っていってくれる人ではなくて、一緒に帰る人にならないといけない。
つまりは、家にも帰らずに仕事を続けようとする彼への、泉の遠回しな気遣いだった。
……まったく、なんてことだ。アイドルに心配をかけていてはいけない。アイドルに心配をかけるようなプロデューサーなんて、そんな奴に誰が信頼を預けたいと思うんだ。
まだ少しだけ熱いお茶を、一気に飲み干した。
わざとらしくもありがたい、少女の気遣いを受け入れることにしよう。
「わかったよ、一緒に帰ろうか。……まあ、と言っても、襲うかもしれないらしいけどな」
なんて冗談混じりに返してみると、泉は少しだけムッとしてから、顔を赤くして。
「もう……プロデューサーなら、大丈夫だよ」
と、言った。信頼されてるなあ、と彼は思ったが、泉が言葉に込めた意味は、たぶん。
彼が思うものと、もうひとつ別にある。
おわり
ちょっと遅くなったけどいずみん恒常SSR追加おめでとうございます。
乙
乙乙
おつ
いいね
いいね
序盤の方の地の文は迷走してた感あるけど、めちゃくちゃ好き…
過去作とかありますか?
おつおつおつ
>>14
感想ありがとうございます、日付跨いでるんでID変わってますが作者です。
野郎一人だけの状況から始まるとか確かに迷走以外の何者でもないですね。
一応、過去にも何本かSSを書いてますよ。あまり宣伝みたいに過去作貼りつけたり酉つけてあれの作者ですってやるの恥ずかしいんでやってませんが。
お手間でなければ、渋でも今作をあげているんで検索かけて作者ページ飛べば過去作見れるかと思います。
乙
泉かわいいよ
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