※わたモテ「喪82 モテないし日常に戻る」のゆりちゃん視点登校風景
※初投稿、趣味全開
玄関を出ると、秋の朝の澄んだ空気に包まれた。
修学旅行が終わって初めての登校日。また規則正しい学校の日々が始まる。
一呼吸置いてからウォークマンを手に取り、イヤホンを装着する。
今は何だか落ち着いていたい気分。よし、このアルバムにしてみよう。
♫ Aerial Boundaries
Michael Hedges - Aerial Boundaries
https://www.youtube.com/watch?v=4P9mmZyGb4s
静かなアコースティックギターのタッピング。持っている曲の中でもトップクラスに好きなイントロだ。
お父さんのCDを何となく借りて入れたものだけれど、大当たりだった。
浮遊感のある曲調に耳を委ねて、駅への道を歩いていく。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1518058449
自然と修学旅行のことを思い出す。まあ本当に妙な班に与していたと思う。
最終的には真子ともうまくいって良かった。
今考えれば出発前にあれだけ不貞腐れていたのがバカみたいだ。
もしかして機嫌悪くしてたの黒木さんに悪かったかな。
結構考えて行程組んでたみたいだし…。内容はともかく。
正直余り者班のためにあそこまで真剣に準備してるとは思わなかった。
2曲目が流れ始める。1曲目とは違って明るい感じの曲だ。
♫ Bensusan
Michael Hedges - Aerial Boundaries
https://www.youtube.com/watch?v=h-mWJlrdQ1I
黒木さんはよく分からない人だ。修学旅行が終わってもその印象はあまり変わらない。
とにかく思考が読めない。吉田さんをやたらと煽って殴られたり、一緒に回る約束をしたかと思えば居なくなったり。
本人としてはきっと考えた末の行動なのだろうけど、どうもズレている。
…でもあまり人のことは言えないかな。私も今のクラス内では「よく分からない田村さん」だろうし。
もし真子と一緒の班だったら他のメンバーとも打ち解けられたかもしれないけど。今そんな事考えても無駄なだけだ。
♫ Rickover’s Dream
Michael Hedges - Aerial Boundaries
https://www.youtube.com/watch?v=KkVW5nxNVw4
黒木さんと吉田さんはよく揉めていた。私はその仲裁役だったけど、そこまで居心地の悪いものではなかった。
吉田さんも吉田さんで黒木さんの煽りにいちいち乗っかるし、何だかコントを観ているみたいだった。
それに吉田さんは思ったより根に持つタイプじゃなかったし、黒木さんが変なこと言わなければすぐに収まった。
…結果的には黒木さんの謎言動のおかげでみんなの仲が縮まったと言えるのかな。
足を挫いた黒木さんと荷物を頂上まで担いだ挙句に「苦労して登ってよかったでしょ」なんて言われた時は、マジ何なのこの人、って本気で思ったけど。
駅に着いた。改札を抜けてホームに行くまでの間に次の曲に移り変わった。
♫ Ragamuffin
Michael Hedges - Aerial Boundaries
https://www.youtube.com/watch?v=Q4R2loMHqpI
…これもとても好きな曲だ。音符を細かく刻んでいるのに、しつこくなく流れるように進む。緩急のある展開も良い。
これだけの演奏を独奏でやっているんだから凄い。手の動きどうなってるんだろ。
特段楽器ができる訳でもないけど、単純に興味が湧く。
こういうタイプのアーティストって日本にもいるのかな。ネットで見てみようか。
…ふーん、押尾コータローか。放課後にでもTSUTAYAに行ってみようかな。
というかマイケル・ヘッジスって若くして事故で亡くなってるんだ。これだけの才能なのに惜しいなあ。
聴き入ってるうちに電車が来た。
下り方面の列車は座れないとはいえそこまで混雑はしていない。
千葉の方から上り列車で来る人たちは大変そうだなといつも思う。
♫ After the Gold Rush
Michael Hedges - Aerial Boundaries
https://www.youtube.com/watch?v=RE9nfi5spE0
のんびりした曲。朝なのに夕焼けの気分だ。座ってたら寝てしまうかもしれない。
再び修学旅行へと思考が戻る。考えるのは真子の事だ。
真子の優柔不断さは前々からよく分かっていた。
私と班を組む約束を破って南さんと組むと知ったときは激昂してしまったけど、今考えれば真子らしい行動だったと思う。
あれほど周りを気遣えるのは素直に尊敬するし、誰に対しても分け隔てなく真摯になれるのはまさしく才能だ。
きっと私は一生かかってもああはなれない。人に合わせるのなんて、楽しくないし。
…こう考えるのは天邪鬼なのかな。合わせるのは苦痛とはいえ、少なくとも誰かといる安心感はあった。
今の私はそれすら手放して、ただ耳を塞いでいるだけなんじゃ…。
♫ Hot Type
Michael Hedges - Aerial Boundaries
https://www.youtube.com/watch?v=Wa9l3XMjxwU
そんな考えを打ち消すようにノリの良いトラックが流れ出した。
小気味よく弦を叩く音や、ギターをはたくパーカッション的なサウンドは本当に心を弾ませてくれる。
たった1分半の曲なのに、割と気分が変わった気がする。私もまだまだ単純だ。
曲が終わるとほぼ同時に電車は幕張駅に到着した。
♫ Spare Change
Michael Hedges - Aerial Boundaries
https://www.youtube.com/watch?v=Fo4DCJBUALc
多くの生徒に混じって改札を出る。
太陽は高く上がり、秋晴れの透明感が音楽に重なる。
駅前で信号待ちしていると、隣の生徒の話し声がイヤホン越しに聞こえてきた。
顔は知らないけど同じ2年生のようだ。きっと修学旅行の思い出話でもしてるんだろう…。
友達が少ないこと、タイミングが悪いことが相まって、私は登校時に誰かと一緒になることがない。
こっちとしても音楽に集中できるから別に良いのだけど、今日ばかりは色々あった修学旅行の話を誰かとしたい。
多分真子は今日の昼も付き合ってくれるだろう。…黒木さんはどうかな。誘ってみようかな。
吉田さんも入れたいけど昼の時はいつも教室に居なかったように思う。
もし話しかけられたとして一緒に食べてくれるかどうかは分からない。
2人にも2人の人間関係があるだろうから。
♫ Ménage À Trois
Michael Hedges - Aerial Boundaries
https://www.youtube.com/watch?v=J9C2eTn1vzg
女子のグループというのは基本固定だ。それに2年生も後半に入れば、その人間関係はそうそう変化しない。
一緒に昼ごはんを食べる面子も毎日同じというのが普通だと思う。
逆に言えばこの時期に友達が少ないor居ない人は卒業までそのままなんだろう。多分私も…。
人との関係なんて煩わしい、音楽でも聴いてた方が遥かに楽、と言い切ることもできる。
ただ、もし真子が離れていっちゃったとして同じことを私は言えるのかな…。
…なんか音楽がしっとりしてるせいか、考えまで湿っぽくなっちゃった。この曲ちょっと長めだな。
曲が佳境に差し掛かるあたりで私は校門をくぐった。
昇降口に見覚えのある小さい後姿が見える。
黒木さんだ。一瞬挨拶してた明るい髪色のツーサイドアップは根元さんかな。
「おはよう」
私が声を掛けると黒木さんはびっくりしたように振り返った。私もちょっと戸惑ったもののそのまま続けた。
「いつも同じ時間くらいに登校してたんだね」
「えっ…あっ…うん…そう…」
黒木さんはぎこちなく返事し、目を足元に泳がせた。そんなに驚かせちゃったかな…。
昼休みの話もしようかと思ったけど、目の前の黒木さんを見てるとどうにも切り出せなかった。
結局黒木さんとはその場で別れた。私は再度イヤホンを装着する。
ちょうどアルバムの最終曲が流れ出したところだった。
♫ The Magic Farmer
Michael Hedges - Aerial Boundaries
https://www.youtube.com/watch?v=cdLddmJoEjQ
アルバムの中で一番スローな曲だな…と思ったら途中からリズムが変わって弦を叩くような大きい音が入り始めた。やっぱりこのアーティストは面白い。
そんな展開を楽しみながら席に着く。ホームルームまでにはまだ時間がある。
もう一度このアルバムの1曲目に戻ってみよっと。
この曲目の中ではやっぱりあれが一番好きだ。
窓の外の空は変わらず青かった。
おわり
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乙
話は面白かった
まさか黒木さんもラヂオヘッドを知っていようとは…
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