ギャルゲーMasque:Rade 加蓮√ (221)
これはモバマスssです
かなりの独自設定があります
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ピピピピッ、ピピピピッ
P「うぅーん……朝か……」
朝が来てしまった。
何故、朝はくるんだろう。
そもそも、朝が来たら起きなきゃいけないと誰が決めたんだろう。
そうだ、別に朝が来たからって起きなきゃいけないわけじゃない。
もう一眠りしよう。
「おはよー」
……もう一眠りしよう。
「P、寝てるの?」
聞こえない、何も聞こえない。
何か声がしたような気もするが、きっと本の妖精とかだ。
うちは古書店だし、居たっておかしくないだろう。
「……よーし、それじゃ今のうちに顔に落書きを……」
P「待て待て待て!起きてる、起きてるから!」
目を開ければ、目の前にはクレヨンが構えられていた。
俺を絵画にでもするつもりか。
あとなんでクレヨン持ってるんだ、画家志望か。
李衣菜「あ、やっぱり起きてるじゃん。おはよ、P」
ちょっと涙で滲む目を擦れば、制服姿の李衣菜が笑っている。
まったく、こいつはいつも勝手に俺の部屋に……
P「……待てよ?李衣菜が居るって事はもう時間が……」
李衣菜「あ、それなら大丈夫。私もPの朝ご飯に肖りに来ただけだから」
そうか、それなら良かった。
いや、良くない。
よくよく考えれば、なぜこいつはいつも当たり前のように朝食をたかりに来ているんだ。
李衣菜「あと美穂ちゃんも来てるよ。Pがちゃんと起きられるか心配だ、って」
そうか……美穂も起きるの苦手なのに……
李衣菜「あと朝ご飯食べに、だってさ。Pは料理上手いからね」
感動が少し薄れた。
いやまぁ、期待してくれてるのは嬉しいけど。
P「そういえば姉さんは?もう起きてたのか?」
李衣菜「文香さんなら、起きて本の整理してたよ」
それじゃ、さっさと四人分のご飯を作るとしよう。
P「……着替えるから出てくれると嬉しいんだけど」
李衣菜「了解!それじゃー下で待ってるから」
バタン、どんどんどんどん。
李衣菜が降りていった音がする。
さて、俺もさっさと着替えないと。
今日は二年生になって初めての登校日だ。
クラス替えもあるし、そこそこピシッと決めて……
がちゃ
美穂「Pくん。ちゃんと起きてます……か……」
パンツ一丁の状態で、美穂と目が合う。
P「……おはよう、美穂」
美穂「……し、失礼しましたっ!!」
バタンッ!!ドンドンドントン!
……逆だったら嬉しかったのに。
そんなアホなことを考えながら、俺は着替えを終えて一階へと降りた。
文香「おはようございます、P君。さ、はやく朝食の準備をお願いします」
歯を磨いて顔を洗ってリビングへ行くと、文香姉さんが椅子に座って朝食をまだかまだかと待っていた。
従姉妹である文香姉さんが、下宿先としてこの古書店に来て一年。
つまり父さんが家を空けて一年経つわけだけど、そろそろ自分で朝食を作ってくれてもいい気がする。
それを話しちゃったせいで、李衣菜と美穂もうちに来るようになった訳だし。
寮に一人暮らしの美穂は分かるが、なんで李衣菜も……
P「はいはい。適当に卵焼きと味噌汁でいいよな」
美穂「あっ、わたし手伝います!」
そう言う美穂と目が合う。
……顔を赤らめて目を逸らされてしまった。
さっきの光景は早急に忘れて貰わないと。
P「いやいいよ。一応はお客様な訳だし」
李衣菜「あー、折角私も手伝おうと思ってたんだけど、Pがそう言うなら座って待ってようかな」
P「お前は手伝え」
李衣菜「ちょっとちょっと、美穂ちゃんと扱いが違い過ぎない?!」
それはまぁ付き合いの長さもあるし。
美穂と違って、李衣菜とは小学から一緒だからな。
文香「……私は、李衣菜さんの料理も大好きですよ?」
李衣菜「文香さんにそう言われちゃったら、私も頑張るしかないですね」
P「おい、俺と反応が違い過ぎないか?」
そんな会話をしつつ、李衣菜と朝食を作る。
実際、李衣菜もかなり料理がうまい。
いい家庭で育ったんだろうな、確か李衣菜の家ってそこそこ大きかった気もするし。
なんて考えている間に、朝食が完成した。
P「姉さん、食器並べて貰っていい?」
文香「……働かざる者食うべからず。労働を対価とした家族関係、と言うことですね……分かりました」
P「いやそこまで言うつもりはないけどさ……」
時折、文香姉さんが頭良いのか悪いのか分からなくなる。
少なくとも面白い人だと言うことは分かるが。
P「それじゃ」
美穂・李衣菜・文香・P「「いただきます」」
美穂「……美味しいです。Pくんは本当に料理が上手ですね」
李衣菜「うん、美味しいお味噌汁。これなら何処に婿に出しても恥ずかしくないね」
文香「……神に感謝致します」
P「いや俺に感謝してくれよ姉さん……」
わいわいがやがや、楽しい会話を交えつつ朝食をとる。
ほんの一年前だったら信じられない光景だ。
父さんと二人きりの食卓は、大して楽しいものじゃなかったし。
李衣菜「また三人で同じクラスだといいね」
美穂「ですね。折角二人と仲良くなれたんですから」
P「だな。せめてクラスに男子が何人かいるといいんだけど……」
うちの高校は去年から共学になった。
それまでは女子校で、現在もそこまで男子が多い訳じゃない。
去年クラスに男子が一人もいなかった時は良い感じに絶望した。
俺はなんでこの高校を選んでしまったんだろう、と。
まぁ自分の学力的に丁度なレベルだったし、李衣菜もいたからなんとかなったけど。
文香「……さて、すみません。私はそろそろ大学に向かいますので……」
P「食器は洗っとくからいいよ、姉さん」
文香「では、お言葉に甘えて」
文香姉さんが食器を流しに置いて、荷物を取りに自室へと消えてゆく。
李衣菜「それにしても、ほんと文香さん綺麗だよね。Pも良かったじゃん、あんな綺麗な人と二人で暮らせるなんて」
P「最初は驚いたけどな。まぁ一人で暮らすよりは楽しいよ、古書店も今は姉さんありきだし」
美穂「あっ、のんびりしてるけど時間大丈夫ですか?」
李衣菜「あ、あと10分くらいで出ないとまずいかも」
P「んじゃ、片付けは俺がやっとくから」
李衣菜「……P、あの時計合ってる?」
P「確か10分くらい遅れてるぞ」
美穂・李衣菜「……」
P「……はよ行け。俺は走ってくから」
李衣菜「サンキュー!また学校で!」
美穂「Pくん、このお礼は必ずしますからっ!」
どたどたと二人が荷物を持って出て行く。
さて、俺もさっさと片付けて家を出ないと。
P「はっ、はっ、ふぅ」
普通に時間がまずい事になっていた。
多分このペースで走ればギリギリ間に合うだろうが、新学年一日目に息を切らして教室にはいるのはそれなりに恥ずかしい。
これでまた女子しかいなくて李衣菜と美穂と別クラスだったら、今年一年俺の居場所はあるだろうか。
いざとなったら、また道で困っていた女の子を助けて遅れた事にしよう。
ドンッ!!
P「うわっ!」
「きゃっ?!」
なんて考えながら走っていたら、右から出てきた女の子にぶつかってしまった。
お互いバランスを崩し、その場に尻餅を着く。
運が悪い事に、女の子のカバンから荷物がばらまかれてしまっていた。
……よし、丁度いい。
遅刻の言い訳が出来た。
P「ごめんっ!大丈夫?」
彼女の荷物をパパッと集めて渡しながら、尻餅をついたままの彼女に手を差し伸べる。
それにしても、まさかこんな漫画みたいな出来事があるなんて。
今年一年で、なんか運命的なサムシングがあるといいなぁ。
「だ、大丈夫です……うふふっ」
どうやら女の子の方も怪我は無さそうだ。
制服を見れば、うちと同じ高校生。
見た目的に同学年だろうか。
P「ノートとか折れてないといいんだけど」
「大丈夫だと思いますよ。ありがとうございました」
P「にしても……同じ高校だよね?時間大丈夫?」
「はい、狙い通りですよぉ」
狙い通り、とはどういう事だろうか。
彼女もまた遅刻の理由を作りたがっていたのだろうか。
まぁともかく。俺も彼女も遅刻は確定だろうし、のんびり向かうとしよう。
P「君は何年生?」
「まゆは二年生です。貴方も、ですよね?」
P「ん、俺の事知ってるの?」
「何度か見かけた事はあります。そもそも、男子生徒が少ない学校ですから」
P「それもそっか。名前聞いてもいい?俺は鷺沢」
まゆ「鷺沢さん……私は、佐久間まゆです。末永くよろしくお願いしますね?」
佐久間さんとおしゃべりしながら、のんびり学校に向かう。
こんな可愛い女の子と登校とか夢みたいだ。確かうちの学校はリボンとか禁止だけど。
P「去年は何か部活とかやってたの?」
まゆ「いえ。まゆは読モをやってるんです」
まじか、強い。
怪我させなくて本当に良かったと内心ため息をつく。
モデルさんに怪我させたらどうなってしまってたんだろう。
代わりに俺が読モをやる事になっていたんだろうか。
まゆ「鷺沢さんは、何かやってるんですか?」
P「俺は家の仕事の手伝いがあったから。うち古書店なんだ」
まゆ「古書店……素敵です」
P「っと、そろそろ着くか。折角だし同じクラスになれると俺としては嬉しいんだけど」
まゆ「ですねぇ。まゆも、鷺沢さんともっと仲良くなりたいです」
結局、俺は校門で生活指導の先生に怒られた。
言い訳しようとしたが、別にそんなの関係なく遅刻は遅刻だった。
佐久間さんは上手く躱している。
そして、クラス分けのプリントを受け取る。
P「……よしっ!!」
二年B組の欄に、自分の名前と李衣菜と美穂と佐久間さんの名前を見つける。
まゆ「同じクラスでしたね。まゆ、嬉しいです」
P「改めて、今年一年よろしくな」
まゆ「はい」
李衣菜「やったじゃん、P。今年度もよろしくね」
美穂「よろしくお願いします、Pくん」
まゆ「……彼女達は……?」
P「去年からのクラスメイト。佐久間さんの前の席が小日向美穂で、なんか元気そうなのが多田李衣菜」
まゆ「私は佐久間まゆです。よろしくお願いしますね?」
李衣菜「……P、この短時間で遅刻しながらナンパしてたの?」
美穂「わぁ、可愛い……」
まゆ「ふふっ……まゆは、 鷺沢さんと運命的な出逢いを……席まで隣だなんて……」
P「担任は……千川先生か。文化祭はまた黒字確定だな」
時刻は8時30分。
既に教室の席は殆ど埋まっていた。
やっぱり全員女子だった、つらい。
女子が多いのは嬉しいけど限度がある、俺は三毛猫かよ。
ガラガラ
教室の全員の目が、開いたドアの方に集中する。
智絵里「す、すみません……遅刻しちゃいました……」
入って来たのは、先生ではなく女子生徒だった。
男子生徒だったら嬉しかったのに。
P「……ん、緒方さんか。まだ先生来てないから大丈夫だよ」
智絵里「……はい……」
遅刻してきたのは、緒方さんだった。
そんなに喋った事はないが、去年も同じクラスだったから苗字だけは覚えている。
そのまま視線を集めてしまった事に恥ずかしそうになりながら、緒方さんは俺の右側の席に着いた。
再び、教室のドアが開く。
ちひろ「おはようございます、B組のみなさん。今年一年あなた達の担任になった千川ちひろです。よろしくお願いしますね?」
両手を合わせて、可愛らしく挨拶する千川先生。
教室からちらほらとお願いしまーすの声が上がる。
ちひろ「それでは、早速体育館に向かいましょうか。校長先生のありがたいお言葉を聞きに行きます」
李衣菜「放送で済ませてくれればいいんですけどねー」
ちひろ「それは教員一同もきっと同じ気持ちで……ごほんっ!さ、早く廊下に並んで下さい」
P「あー、また俺が男子一人だから一番前かー……」
ちひろ「あ、鷺沢君は始業式が終わったらお話があります」
なんでさ。
P「え、遅刻者への処罰ですかっ?!」
ちひろ「……初日から遅刻したんですか?」
P「……千川先生、俺は今日先生より早く教室に居ましたよ」
ちひろ「私は今日、鷺沢君より早くこの学校に居ましたが」
P「お勤めご苦労様です」
ちひろ「……と、まぁ遅刻は関係ないお話ですから。貴方に心当たりさえなければ、特に何かの注意という訳ではありません」
そう言われても、なんとなく緊張してしまう。
唐突にこの学校を女子校に戻すから性転換しろとかだったらどうしよう。
俺はまだ男子でいたいのに。
ちひろ「では、静かに歩いて下さいね」
P「千川先生、歩くって漢字は少し止まるって書くらしいですよ」
ちひろ「その謎知識は今必要でしたか?」
美穂「し、静という漢字は青を争うですねっ!」
ちひろ「貴女は何を争ってるんですか?早く体育館に向かって下さい!」
美城校長のながったらしいポエミーな話を終え、教室に戻る。
そのまま教科書やプリント等を配布して、今日は終わりとなった。
クラスのみんなが帰って行く。
美穂と李衣菜は、二人でお昼を食べに行くらしい。
P「……で、俺は何を謝ればいいんでしょうか……」
ちひろ「その必要はありません。寧ろ、お願いをするのは此方なので」
……やっぱり性転換しろ、だろうか。
流石に断りたいが。
ちひろ「このあと、まだ時間はありますか?」
P「まぁ、はい。夕方までに帰れれば問題はありませんが」
ちひろ「そのですね……北条加蓮さんはご存知ですか?」
P「……確か、窓際の列の真ん中らへんの……それが何か?」
ちひろ「彼女、少し身体が弱くて去年一年殆ど学校に来れてないんです」
P「……それは……」
そう言えば、去年の一学期は教室の一席がずっと空席だった気がする。
その席も二学期からは消えていたが。
確かに、それは全員がいる前ではし辛い話だ。
ちひろ「なので、教室の案内や何か困ってる時は彼女をサポートしてあげて欲しいんです」
そして、唯一の男子である俺に頼んできた理由もなんとなく分かる。
女子に頼むなんて、かなりリスキーだからな。
P「構いませんよ」
ちひろ「では、今から早速お願いします」
P「え、今からですか」
がらがら、と一人の女子生徒が入ってくる。
恐らく彼女が北条さんなんだろう。
加蓮「……よろしく、お願いします」
P「……あぁ」
……目がめちゃくちゃ怖い。
いや頼んでないんだけど?と目が語っている。
P「……取り敢えず、授業で使う教室を案内するから」
千川先生は既に教室からいなくなっていた。
もんの凄く居心地が悪い状態で、北条さんと廊下へ出る。
P「えっと、体育で着替える時は女子はA組の教室を使う事になってるから」
加蓮「アタシどうせ体育は参加できないんだけどね」
早速心が折れそうだった。
P「んで、この丁度一個下が保健室になってる」
加蓮「知ってる、常連だったから」
保健室マイスターかな?
加蓮「結局、そもそも登校すら出来なくなっちゃってたけど」
口にしなくてよかった。
と言うか北条さん、俺の想像以上に身体が弱いらしい。
そのままコンピュータールームや化学室など、半分くらいの教室を案内する。
面白いくらい会話はなかった。
P「さて、次は……」
加蓮「あ、アタシ定期検診の時間だから。さよなら」
そう言って、北条さんは帰っていった。
俺は一人、食堂前に立ちすくむ。
……これは確かに、他の女子に頼まなくて正解ですよ千川先生。
P「……何か食べて帰ろ」
食堂の営業時間は終わっていた。
P「ん、佐久間さんじゃん。まだ帰って無かったの?」
まゆ「あ、鷺沢さん。お疲れ様です」
校門を出ると、佐久間さんが立っていた。
まゆ「折角ですから、一緒にお昼ご飯食べに行きませんか?」
P「ん、いいよ。近くのファミレスとかにする?」
まゆ「まゆは構いません。それでは、行きましょうか」
歩いて5分くらいの距離のファミレスへ向かう。
まゆ「ふふっ、デートみたいですね」
P「だな」
桜並木の下校道を、読モやってる女の子と並んで歩けるなんて。
……これ、料金発生したりしないだろうか。
ファミレスに入った瞬間にとんでもない額を請求されたらどうしよう。
手持ちで足りるといいんだけど。
ピポピポピポーン
ファミレスに入り、四人席に二人で着く。
請求書は出て来なかった、良かった。
P「佐久間さんは決まった?」
まゆ「まゆの心は既に決まっていますよぉ」
ファミレスのメニューにかなりの拘りを持った女の子なのだろうか。
P「メニュー見なくていいの?」
まゆ「下調べは鷺沢さんを待ってる間に済ませてありますから」
ファミレスのメニューを下調べしちゃう系女子なのか。
ピンポーン。
P「すみません、ペペロンチーノひとつ」
まゆ「それとミラノ風グラタンをひとつでお願いします」
店員「かしこまりましたー」
待っている間に、佐久間さんと色々話す。
P「去年確かそっちのクラスって体育祭1位だったよな」
まゆ「はい、まゆはあまり走るのは得意ではないですけど」
言ってはアレだがなんとなく想像通りだ。
まゆ「……想像通り、って顔してますよ?」
P「え、あ、そんな事ないよ!あれでしょ?走るのは得意じゃないけど障害物リレーは得意的なやつでしょ?!」
まゆ「確かに、まゆは障害物を取り除くのは得意ですよぉ。まゆのこと、よく分かってくれてるんですね。嬉しいです」
障害物リレーは障害物を取り除く競技だっただろうか。
障害物リレーは出場してなかったから知らなかった。
まゆ「鷺沢さんは運動は得意なんですよね?」
P「まぁそこそこね。人並みには動けると思うけど」
まゆ「今は、従姉妹の鷺沢文香さんと二人暮らしなんですね」
P「うん、父さんは一年前から『全国巡って古書集めてくる』って言って旅してる……らしい」
まゆ「普段は李衣菜ちゃんや美穂ちゃんと行動してて、特に李衣菜ちゃんとは小学校からの付き合いなんですよね」
P「佐久間さん副業で探偵とかやってるの?」
まゆ「名探偵佐久間……響きは悪くありませんが、外れです。まゆも、もうあのお二人ともう友達なんですよ」
P「俺が言うのはなんか変だけど、あいつらと仲良くしてくれると嬉しいな」
まゆ「ふふっ、もちろんです」
俺も、早速新しい友達が出来て良かった。
二年生にもなると既にグループ的な物が出来上がってるし、元クラスメイト以外に話し掛けるの難しいからなぁ。
俺以外全員女子だし特に。
店員「お待たせしましたー。ペペロンチーノとミラノ風グラタンになります」
P「お、きたきた」
まゆ「鷺沢さんは、ペペロンチーノが好きなんですかぁ?」
P「うん」
あと安いから。
とは、女の子の手前口にはしないけど。
楽しく食事をして、支払いは此方に任せて貰った。
まゆ「明日からもよろしくお願いしますね?」
P「あぁ。それじゃまた明日、佐久間さん」
まゆ「呼び捨てでもいいんですよ?」
P「んじゃ、佐久間で」
まゆ「まゆでお願いします」
P「そっち呼び捨てってなんか恥ずかしくない?」
まゆ「美穂ちゃんや李衣菜ちゃんは呼び捨てですよね?」
P「付き合い長いってのもあるけど……じゃ、また明日な、まゆ」
まゆ「……ふふっ。またね、Pさん」
家に帰ると、店が開いていた。
文香姉さんはもう帰って来ているようだ。
P「ただいまー」
文香「お帰りなさい、P君。お客さんが来てますよ」
誰だろう。
文香姉さんが名前を言わないと言うことは、李衣菜でも美穂でもないんだろう。
だとすると誰だ?
他に俺に客なんて来るだろうか。
……なんだか哀しくなってきた。
レジを抜けてリビングへ行くと、うちの制服を着た子が座っていた。
智絵里「あ……えっと……こんにちは、鷺沢くん」
P「ん、緒方さんじゃん。何かあった?忘れ物届けに来てくれたとか?」
智絵里「その……すー……ふぅー……」
そのまま大きく深呼吸。
なんだろう、彼女を怒らせるような事をしてしまっていただろうか。
だとしたら、きちんと謝らないと。
智絵里「あの……っ!わ、わたしと……つ、付き合って下さい!」
P「ごめんなさい!」
智絵里「え……ぁ……」
P「あ、えぇっとごめん!なんか悪い事しちゃってたのかなって!えっと、付き合う……?」
智絵里「その……わたしと、付き合って下さい……って、告白……」
え、付き合って、という告白?
それとも告白に付き合って、という事だろうか。
頭に大量の疑問符を浮かべる。
智絵里「……の、練習に……です」
俺の理解力の無さに呆れたのか、緒方さんは悲しそうな表情をした。
智絵里「……はぁ……」
P「なるほど。告白の練習ね」
泣いてはいない。
告白の練習、うん、確かに大事だとは思う。
確かにうちの高校は男子が少ないし、そんな事を頼める相手は限られているだろう。
ただし、頼まれた方の精神状況は考えないものとする。
P「構わないよ。うん、全く構わない」
智絵里「やった……えっと、なら……今週の金曜日に、6時間目が終わったら……屋上に来て下さい」
P「了解、必ず付き合うよ」
智絵里「……えへへ……」
P「あ、折角わざわざ来てもらっちゃったんだし何かお菓子でも」
智絵里「い、いえ……大丈夫、です。そこまでして貰わなくても……」
文香「……お話は、済みましたでしょうか……」
P「ん、どうしたの姉さん」
文香「丁度叔父さんから荷物が届けられたので、手伝って頂こうと……お邪魔してしまった様ですね」
智絵里「い、いえ。わたしは直ぐに帰りますから」
P「そっか。それじゃまた明日ね、緒方さん」
智絵里「はい……っ!」
そう言って、緒方さんは帰っていった。
さて、それじゃ俺は父さんから送られて来た本を運ばないと。
李衣菜「やっぱり学年上がりたては良いよね、授業無くて」
美穂「帰ってお昼寝出来る時間で終わるからね」
P「お疲れー、また明日な」
翌日も、授業説明等で午前中で終わった。
李衣菜「Pはこの後予定ある?」
美穂「Pくんも一緒にお昼ご飯どうですか?」
P「あ、悪い。ちょっと用事があるんだ」
李衣菜「そっかー、それじゃ行こっか。美穂ちゃんは何食べる?」
美穂「あ、それなら新しくできたカフェが気になってて……」
皆んなが教室を出ていった後、北条さんの元へ向かう。
物凄い仏頂面でスマホを弄っていた。
校舎内はスマホの使用禁止だぞ、と言える雰囲気ではない。
P「昨日案内できなかったとこ、案内するから」
加蓮「……行かなくて良かったの?折角の女の子からのお誘いだったのに」
P「先生から頼まれてるから」
加蓮「……ふーん」
そのまま、無言でついてくる北条さんを連れてプールや別の校舎を案内する。
P「あと科学はクラス分かれてて、多分北条さんは出席番号的にこっちの教室使うことになってると思うから」
加蓮「……」
P「……あと、この廊下の突き当たりが図書室。多分古文とか漢文やるとき使うことになるんじゃないかな」
加蓮「……本、ね。入院中にずっと読んでたかな」
空気が、重い。
P「……北条さん、本は今もよく読むのか?」
加蓮「は?別に今そんな事どうでもよくない?」
……怖い。
年頃の娘を持った父親は毎日これに耐えているのだろうか。
そんなことで睨まなくてもいいんじゃないかなあ。
P「いや、俺の家が古書店だからさ。もしよかったら図書室にない本もあるし、と思って」
加蓮「へー、古書店ね……」
……お?
なんだかここから話を広げられる気がする。
加蓮「でもま、今はあんまり読めてない。一年生の時の分の復習もあるし」
P「そっか。まぁなんか読みたくなったら来てくれよ。うちの図書室は貸し出し2冊までだし」
加蓮「……なんていうか、アレだね鷺沢は」
P「バカとでも言いたいのか?残念ながら大正解だぞ」
加蓮「自覚はあるんだ」
P「自覚ある意識高い系由緒正しいバカだ。そんじょそこらのバカとは一緒にするなよ」
加蓮「……ほんと、珍しいタイプのバカだね」
P「昼飯はどうする?ここの食堂結構美味しいぞ」
加蓮「ううん、いいや。アタシ今日も検診あるから」
P「そっか。んじゃまた明日な」
加蓮「……うん、また明日」
さて、まだ14時前だが正直そんなにお腹は空いていない。
夕飯の食材買って家で読書でもしてようか。
李衣菜「あれ、Pじゃん。何してるの?」
美穂「あ、もう用事は済んだんですか?」
P「ん、李衣菜に美穂か。用事終わったから買い物して帰ろうかなって」
李衣菜「だったら、一緒にゲームセンターでも行かない?」
美穂「さっきUFOキャッチャー1回無料券を貰ったんで、挑戦しに行くところなんです」
P「あ、ならそうしようかな。急いでるわけでもないし」
李衣菜と美穂に連れられ、三人でゲームセンターに向かう。
李衣菜「最近は案外三人で遊びに行く事なかったからね」
P「春休みは色々忙しかったからな。美穂も実家に戻ってたし」
美穂「すみません、わたしが居なかったせいで寂しい思いをさせちゃって……」
李衣菜「私達はペットか何かなの?!」
P「そんな深刻そうに俯かれると本気でそう思われてそう感でて辛いなぁ!」
美穂「ふふ、冗談です。わたしが居ない間に、二人きりで沢山春を満喫出来てましたもんね?」
李衣菜「美穂ちゃん美穂ちゃん、なんかキャラ違くない?」
P「でもま、満面の笑顔だし良しとしよう」
美穂「そうです、一々俯いてなんていられません!上を向いて歩こう対決です!」
李衣菜「歩きスマホ禁止を謳っていく!」
P「仰向きになれば最強だな!」
李衣菜「Pは仰向きで歩けるの?!」
アホな会話をしているうちに、気付けばゲームセンターに到着していた。
李衣菜「さーて、一丁獲りますか!」
美穂「李衣菜ちゃん、必ずゲットして下さいね?」
P「一回で取れるもんなのか?」
美穂「Pくんもどうですか?わたしの分の無料券がありますから」
P「ん、いやいいよ。それは美穂が使いなって。俺はちょっと両替してくるから」
両替機まで向かい、野口を小銭に交換する。
そして二人の元へと戻ると、二人とも死んだような表情をしていた。
李衣菜「掠りすらしなかった……」
美穂「きちんと引っかかった筈なのに……」
まぁ、UFOキャッチャーってそういうものだし。
P「よし、後は俺に任せろ」
500円を入れて6クレジット。
出来ればカッコよくこの6回でキメたい。
李衣菜「ファイトーPー!」
美穂「頑張って下さい、Pくん!」
P「よし、あと500円追加だ!」
李衣菜「もっと右右!」
美穂「あっ、引っかかったのに……!」
李衣菜「センスないなー」
美穂「あ、今髪の毛一本分くらい動きました!」
P「応援する気ないだろ二人とも」
結局、1500円かかってしまった。
取れたのはクマのぬいぐるみだ。
男子高生が何をムキになってクマのぬいぐるみを捕獲していたのだろう。
P「……美穂か李衣菜、いる?」
プレゼントするのが一番良いだろう。
持ち帰ったところで絶対押入れの肥やしにしかならない。
李衣菜「私は別にいいかな。美穂ちゃん貰っちゃえば?」
美穂「えっ、良いんですか?Pくん、クマのぬいぐるみ無くて大丈夫ですか?!」
P「えそんな必須アイテムなのか?クマのぬいぐるみって」
美穂「夜寝るとき、寂しくなったり……」
男子高校生が夜の寂しさをクマのぬいぐるみで紛らわすって、なかなかヤバイんじゃないだろうか。
美穂「なら、貰っちゃおうかな。ありがとうございます、Pくん!」
この笑顔で1500円は超お買い得だったと言えるだろう。
李衣菜「さーて、折角久しぶりに三人で遊んでるんだしプリクラでも撮ってく?」
美穂「え、Pくんとクマ君とわたしの三人でですか?!」
李衣菜「それを私が提案すると思う?!」
P「そもそもクマなのに人換算なのか」
結局、三人でプリクラを撮った。
なんやかんや、やっぱりこの二人と一緒にいると居心地が良い。
あっという間に時間が過ぎてしまう感じだ。
その後はゾンビを撃つゲームやエアホッケーをやって。
だから、夕方のバーゲンを逃してしまったのは仕方のない事だと言い訳させて貰おう。
文香「……と、言うと思っていたので、今日は私が買い物に行っておきました」
P「ありがと姉さん」
文香「こちらこそ、いつも買い物をして下さっていてありがとうございます」
……文香姉さんが優しい。
何か裏があるんじゃないかと勘繰ってしまう。
文香「……はぁ。顔に出てますよ、P君」
P「え、ごめん」
文香「謝られる方が辛いのですが……ごほんっ、P君がまた彼女さんを連れてきた場合、私としても良き姉として振る舞いたいですから」
え、何その謎の心遣い。
P「……って言うか、また?俺に彼女……?」
文香「……違ったのですか?先日の、緒方さんと言う女の子は……」
P「あ、別に緒方さんとは付き合ってる訳じゃないから」
文香「……はぁ。早く夕飯の支度をお願いします」
検討違いだったからか、文香姉さんはため息をついた。
ちなみに買ってきてくれていた野菜は割と傷んでいた。
加蓮「で、学校案内も今日で終わりなんだよね」
P「あぁ、多分」
北条さんが検診で帰っていた為、結局学校案内は三日に及んでしまった。
加蓮「お疲れ様。アタシなんかを案内するなんて重労働、大変だったでしょ」
P「まぁな、その分やり甲斐はあったよ」
加蓮「せーせーするよ、折角の放課後の時間を無駄に過ごすのも終わりだからね」
P「まぁまぁ、それもお互い様って事で」
嫌味なんて知ったことか。
こっちもそこそこ本音で返させて貰おう。
加蓮「はぁ……アンタ相手になんかムキになるなんて、アタシの方がバカみたい」
P「ようこそバカの世界へ。俺は歓迎するぞ」
加蓮「……ねぇ、なんで?」
P「え、歓迎会はナンでしてほしいのか?」
加蓮「張っ倒すよ」
P「へいへい……ま、なんか分かんない事あってクラスに馴染めなかったら大変だろ?」
加蓮「バカみたい。アタシは別に、馴染むつもりなんて……」
P「友達はいた方がいいぞ、一人でもな。一人ぼっちってしんどくないか?」
加蓮「……そんなの、分かってるけど……」
P「ま、ただそれだけだよ。あとほら、人に親切して徳を積む的な。なんだ?裏か下心でもあるんじゃないかと勘繰ってたのか?」
加蓮「え、何?私警察呼んだ方がいい流れ?」
……北条さんも、バカな事言えるんじゃないか。
P「そんな下らない会話出来る相手って、とても大切なんじゃないかなって。その方が楽しいだろ?」
加蓮「今まで相手に恵まれなかったからね。そもそも友達になる程何度も会うのが難しかったし」
P「三回じゃ足りなかったか?」
加蓮「……え?」
P「……え、この三日で俺割と北条さんと仲良くなれたと思ってたんだけど。北条さん的にはまだ他人以上友達未満な感じ?」
加蓮「……まだ、足りないかな」
ダメだったか。
俺の友好関係は片思いだった様だ。
加蓮「そうだね……まず、さんは外す事。それから、これから私のお昼ご飯に付き合う事。そしたらきっと、友達にランクアップ出来るんじゃない?」
P「会員カードみたいなシステムだな」
加蓮「有効期限は最終利用日から三日間だよ」
P「連休挟んだら友好関係やり直しか……」
加蓮「届け出が出されてれば考慮してあげる」
P「忘れない様努力はするよ」
加蓮「……はぁ。私ほんと、何意地になってたんだろ。あーポテト食べたい!」
P「学食行こうぜ。ここのポテトあれだぞ、あのグルグルしてる北条の髪型みたいなやつ」
加蓮「アンタ誰?」
P「折角貯めた友好ポイントが!!」
そして、ついに金曜日がやってきた。
金曜日という事は。
李衣菜「……今日、6時間目まであるんだよね」
美穂「Zzz……」
P「帰りたい……午前中で終わりな昨日までに帰りたい……」
そう、6時間目まであるのだ。
帰って寝たい欲が非常に高まってきた。
……いや、そうではなくて。
李衣菜「本当に新学年始まったなーって感じするよね」
美穂「Zzz……」
まゆ「美穂ちゃん、1時間目からずっと寝てますねぇ……」
P「4時間目の終わり頃に空腹で起きるだろ」
美穂「……んん……寝てません……寝て……」
李衣菜「録音したくならない?」
P「後が怖いからやめとこ」
まゆ「本当に仲が良いんですねぇ、三人は」
智絵里「……あの、鷺沢く
ガラガラガラ
ちひろ「はい、現代社会の時間ですよ。最初の章は日本経済についてーー」
美穂「はっ!フォッサマグナ!!」
李衣菜「あ、美穂ちゃん起きた」
P「おはよう美穂。もう6時間目も終わったぞ」
まゆ「もうすぐ帰りのHRですよ」
美穂「そんな……あれ?なのにわたし、お腹すいてない……?」
李衣菜「寝てる間にまゆちゃんのサンドイッチ食べてたよ」
まゆ「小動物みたいで可愛かったです」
P「ほんと美味しかったよな、まゆのサンドイッチ」
まゆ「ふふっ、作ってきた甲斐がありました。さて……Pさん、一緒に帰りませんか?」
P「ん、あー……」
智絵里「……鷺沢くん、待ってますから」
ガラガラガラ
P「悪い、先約があってさ」
まゆ「そうですか……なら、仕方ありませんね」
加蓮「……」
屋上へ向かう。
そう言えば、天気予報で今日は夕方から雨となっていたが大丈夫だろうか。
ガラガラガラ
屋上の扉を開ける。
その先には緒方さんが一人で立っていた。
一瞬だけ、目を奪われる。
いつもは教室で一人静かに、特に誰かと話すわけでもなく過ごしている緒方さん。
そんな彼女の、当たり前ではあるが初めてみる……待ち焦がれている様な表情。
たった一人でこの広い屋上に立ち、待ち人に想いを馳せている様な、そんな顔。
こんなにも、儚そうな。
こんな可憐な少女だったんだな。
智絵里「……あ……来て、くれたんですね……Pくん」
P「待たせてごめん。四月とは言えまだ寒いよな」
智絵里「いえ……寒さなんて全然感じませんでした」
場違いと言うか、むしろ何を言っているんだとなりそうだが。
まるで本当に、想い人を待っていたような反応をする緒方さん。
智絵里「えっと……今日は、わたしに付き合ってくれてありがとうございます」
P「大切な事だからな。想いを伝えるのって」
彼女が頑張って勇気を出そうとしているのなら。
俺もしっかり練習に付き合ってあげたい。
ただし、俺の気持ちは考えないものとする。
智絵里「……緊張……しますね……」
分かる。
智絵里「いい、ですか……?」
P「あぁ、いつでもドンと来い」
智絵里「その……きっとどんなに考えてもその時になったら緊張して忘れちゃうかなって思って、ちゃんと手紙に書いて来たんです」
ラブレターか。
さながら推敲を兼ねた朗読会だ。
智絵里「では……伝えます……!」
ラブレターを広げ、息を吸い込む緒方さん。
智絵里「……鷺沢くん!わたし、入学式のあの日から……ずっと、貴方の事を想ってきたんです」
そう、綴った想いを言葉に、自分の口で伝えようとする緒方さんは。
真っ直ぐな目をして、俺を見つめて。
本気で、目を奪われた。
智絵里「授業中、先生の話を聞かずに本を読んでる、そんな横顔も。体育の時に女の子にカッコ良い所を見せようとして転んじゃう、そんな姿も。わたしは、ずっと……そんな貴方を、目で追ってました」
空はどんどん黒く分厚くなってゆく。
ゴロゴロと雲から重い音が響いてくる。
それでも、緒方さんは。
精一杯、言葉を届けようとしていて……
智絵里「貴方は、相手が誰でも優しく分け隔てなく仲良くしてくれる人で、大きな優しさで包み込んでくれる様な人で……こんなわたしにも、声を掛けてくれて!とっても、嬉しかったです……っ!」
……これは、この彼女のラブレターの相手は……
P「……なぁ、緒方さん。本当に練習なんだよな?」
智絵里「はい……今はまだ、練習です。そう言って、鷺沢くんに来て貰ってるから……」
風が強く吹き上手く聞き取れなかったが、気になっていた事は把握出来た。
良かった、変な勘違いで恥をかく前に確認出来て。
一瞬本気で自分の事だと思ってしまった。
だとしたら、彼女の手にしているラブレターは練習用のものという事か。
智絵里「いつか貴方に、きちんと伝えなきゃ、伝えなきゃ、って……でも、なかなか勇気が出せなくて……わたしの名前すら覚えてくれてなかったらどうしよう、って……」
ピシャァァァァン!と遠くで雷の音がした。
そろそろ、本当に雨が降って来そうだ。
智絵里「そのままクラス替えになっちゃって……でも、またおんなじクラスだったから……わたしも、決心したんです……!」
ぽつ、ぽつ。
雨が降り始めた。
でもそんな事なんて一瞬で思考から消えるくらい。
俺は、緒方さんの言葉に呑まれていた。
智絵里「……鷺沢くん!わたし、貴方のことが……えっと、その……貴方の……ことが……わたしは……」
そこで、緒方さんの言葉は痞えてしまった。
その先は、告白のメインとなる言葉なのだろう。
それを口にするのは、練習とは言えとても勇気が必要だという事は分かる。
彼女は必死に口にしようとして、止めようとしてはまた口を開いてを繰り返した。
P「……雨、強くなる前に戻ろう。また幾らでも付き合うからさ」
智絵里「……ごめんなさい……わたし、練習すら……ううん……練習だから……」
そう言って、俯いてしまう緒方さん。
P「大丈夫。ほら、濡れると風邪ひいちゃうぞ」
智絵里「……鷺沢くん……っ!」
加蓮「ねえ、鷺沢。屋上あるなら案内してくれても良かったんじゃない?」
ガラガラガラ、と。
屋上の扉が開いて、北条が姿を現した。
P「悪い北条、今取り込み中だから。あともう雨降ってるから出てこない方がいいぞ」
加蓮「……何してたの?何かの練習?」
智絵里「……っ!」
P「あっ!緒方さん!」
緒方さんが俺の横を駆け抜け、走って校舎内へ入って行ってしまった。
加蓮「……鷺沢が泣かせたの?」
P「いや、まぁ……色々あってな」
加蓮「それにしても、今日は私に案内してくれなかったけど。鷺沢にとっての友情は三日で終わってもうバイバイなの?」
P「いや、単純にこう……屋上まで案内する必要はないかなって。ってか昨日北条がこれで終わりって言ってただろ」
加蓮「そのあと三日じゃ足りないって訂正したよね?」
そう言いながら、北条がこちらに歩いてくる。
加蓮「あの子、何か落としてったみたい」
北条が、さっきまで緒方さんがいたところまで来て何かを拾い上げた。
雨に濡れてはいるが、それは……
加蓮「……ラブレター、ね。なになに……ふーん……」
P「あんま人のそう言うの覗くもんじゃないぞ。練習とはいえなぁ……」
加蓮「で、ちゃんと上手く出来てたの?」
P「緒方さんの尊厳のために黙秘させて貰うよ。ほら雨強くなって来てるし、さっさと校舎入るぞ」
加蓮「……練習用、ね。なら……私が読んでも良いよね?」
……いや、ダメだろう。
加蓮「ほら、鷺沢。もっとこっち来て雰囲気作って」
P「だから人のそういうのを読むもんじゃありません」
加蓮「大丈夫大丈夫、私アドリブとか得意だから」
そういう問題じゃないだろうに。
加蓮「……ねぇ、P」
P「ん、なんだ?急に俺の友好ポイントを貯めにきたのか?」
そんな、いつもあいつらとやっている様な。
友達同士のアホな会話をしようとして。
加蓮「足りないかな、全然。だから……」
いつの間にか、北条は俺の目の前にいて。
加蓮「……私と付き合って。私から離れないで……!」
彼女の唇が、俺の唇に触れた。
直前に目に入った緒方さんのラブレターには、好きとしか書かれていなかった。
ギャルゲーって話ならゲーム形式でやってみたかったぞ
ルートが決まってる方が自分的にはありがたい
最高やん
進めて
これは期待
これは当然他の√やってくれるんですよね?お願いしますなんでも島村
エロゲの方も投下すんの?
なんか懐かしいノリだな
期待
期待
P「……」
李衣菜「……」
美穂「……ねぇ、李衣菜ちゃん」
李衣菜「……うん、美穂ちゃん」
美穂「……Pくん、どうしたのかな」
李衣菜「変なモノ食べたんじゃない?」
P「……」
昨日のあの出来事はなんだったのだろう。
思い返すと、鮮明に浮かぶあの唇の感触。
離した後の、北条の表情。
あれはどういうことだったんだろう。
そのままの意味で受け取っていいのだろうか。
それとも、場の雰囲気に流された的なやつだったのだろうか。
結局その後、北条は走って帰っていってしまった。
ラインを交換していなかった為、あいつとの連絡手段はない。
つまりまぁ、北条と次に会えるのは月曜日な訳で。
それまで俺は、この悶々とした気持ちを抱えて土日を過ごさなきゃいけなくて。
P「……李衣菜、美穂。恋って……難しいな」
あと何故この二人はナチュラルに俺の部屋にいるんだろう。
李衣菜「あ、帰ってきた」
美穂「心は此処にあらずみたいですけど……」
P「……春を迎えたかもしれない」
美穂「頭がですか?」
P「それは年中御花畑だから大丈夫」
李衣菜「まぁ今四月だからね。桜も咲いてるし」
美穂「何かあったんですか?」
P「……会員カードがランクアップしたんだ」
李衣菜「この古書店って会員カードとかやってたっけ?」
文香「……そのようなシステムは導入しておりませんが……」
P「ん、姉さんどうかした?」
文香「P君、緒方さんがいらっしゃいましたよ」
李衣菜「え。緒方さんって、智絵里ちゃん?」
美穂「Pくん、お友達だったんですか?」
P「ま、色々とな」
店先まで出ると、可愛らしいモコモコなコートに身を包んだ緒方さんが立っていた。
先日は制服だったから初めて見る私服姿だが、緒方さんめっちゃ可愛いな。
智絵里「あ……こんにちは、鷺沢くん」
P「こんにちは、緒方さん」
智絵里「……昨日は、ごめんなさい……せっかく付き合ってもらったのに、失敗しちゃって……」
P「まぁまぁ、気にしなくて大丈夫だよ。上がってく?」
智絵里「えっ……い、いいんですか……?」
P「うん。まぁ多田と小日向もいるけど」
智絵里「…………はい」
智絵里「お邪魔します……」
李衣菜「狭い部屋だけど寛いでいってね」
P「お前は俺の母さんかよ」
美穂「こんにちは、智絵里ちゃん」
智絵里「えっと……お二人は……」
P「李衣菜は小学の頃から、美穂は去年から割と入り浸ってる」
智絵里「ここが……鷺沢くんのお部屋……」
李衣菜「色々漫画とか小説とか揃ってるよ」
P「見ての通り古書店だからな。他には何もないけど」
美穂「そ、そんなことありませんっ!いいお部屋だと思いますっ!本しかないですけど……」
否定出来てないぞ。
美穂「それで、智絵里ちゃんはどうしたの?」
李衣菜「わざわざ貴重な土曜日を割いてPの家に来るなんてとんだ物好きだね」
P「おいお前ら」
美穂「ち、違います!わたしはお昼ご飯を食べに……」
P「うち古書店なんですよ」
美穂「ぞ、存じておりますっ!」
智絵里「……ふふ。とっても仲が良いんですね」
くすりと、緒方さんが微笑む。
なんだ、めちゃくちゃ可愛いじゃないか。
李衣菜「せっかく女子が三人も集まってるんだし、ガールズトークでもする?」
P「知ってるか?ここ俺の部屋なんだぜ」
李衣菜「知ってるよ」
分かってて始めようとする方がタチが悪かった。
P「あと、もう少ししたら俺買い物行かなきゃいけないんだけど」
李衣菜「夕飯の買い物?」
美穂「ご、御相伴に預からせていただきます!」
智絵里「わ、わたしも……っ!」
いつもの二人だけなら適当にあしらおうとおもっていたが、緒方さんもならまぁ良いか。
わざわざ土曜日に来てくれてるんだし。
李衣菜「買い物なら私も付き合うけど」
P「いや、いいよ別に」
ピロンッ
俺のスマホが震えた。
P「ん、誰からだろ」
李衣菜「Pに連絡なんて、私達以外からもあるんだね」
泣いてない。
決して泣いてなんてない。
P「ん……あー、ちょいと出て来るわ」
李衣菜「いってらっしゃい」
智絵里「え、あ、鷺沢くんが居ないのにわたしたちはいいんですか……?」
李衣菜「いーんじゃない?」
美穂「Pくん、無事に帰って来て下さいね」
P「おい美穂読んでる漫画のセリフを音読するな。次のページでその男子生徒事故に遭うやつだろ」
コートを羽織って家を出る。
四月とはいえ、まだまだかなり寒い。
どうせなら手袋でも着けてくればよかった。
まゆ「あ。こんにちは、Pさん」
P「こんにちは、まゆ」
家の前には、俺を呼び出したまゆが立っていた。
読モをやっているだけあって、来ている服もとても可愛らしい。
まゆ「午前中はお仕事だったんですけど、その時のお洋服を頂けたので最初にPさんに見せたくなっちゃって」
P「俺はファッションに関しては全くだけど、似合ってると思うよ。めちゃくちゃ可愛い」
まゆ「ふふっ、来て良かったです」
天使のように微笑むまゆ。
近くにドッキリ成功的なカメラが隠されてたりしないだろうか。
まゆ「これからお買い物ですよねぇ?」
P「あ、うん。夕飯の買い物に行こうと思ってたところだけど」
まゆ「まゆもお付き合いしますよ?五人分となると結構大荷物ですよね?」
P「うん……うん?」
あれ?俺の家に李衣菜な美穂が居ると言っただろうか?
まぁそれに関してはまゆが李衣菜か美穂から聞いていたのならともかくとして。
緒方に関しては、ついさっき来たばかりだし……
……まぁ、いいか。
P「でもなんか、クラスメイトに買い物付き合わせるなんて悪いしいいよ」
まゆ「では、こうしませんか?まゆ、夕ご飯をPさんに振る舞ってあげたいんです」
……良い子だな、まゆは。なんだこれ、本当に天使か。
二人並んで、スーパーに向かって歩く。
まゆ「まるで、新婚さんみたいですね」
P「まだ俺は年齢的に結婚出来ないけどな」
まゆ「あ……Pさん。手は冷たくないですか?」
P「割と。手袋着けてくれば良かったって後悔してる」
そう家を出る前の自分に恨みを飛ばしていると。
まゆが、自分の手袋を外した。
……流石にまゆの手袋はサイズ合わないと思うけど。
まゆ「一緒に、手を繋ぎませんか?」
……大丈夫?これオプション料金とか発生したりしない?
P「……今俺手持ちそんなないぞ」
まゆ「だったらまゆの手を持てばいいんです」
P「いいのか?」
まゆ「もちろんです。Pさんの手が冷えてしまったら大変ですから」
P「なら、遠慮なく」
まゆと普通に手を繋ごうとする。
まゆの指が一瞬で動いて恋人繋ぎになった。
まゆ「ふふっ、もう離しませんっ」
P「女の子と手を繋ぐなんて、昔に手繋ぎ鬼をやった時以来だな」
まゆ「なら、まゆで最後にしませんか?」
P「まぁこの歳以降で手繋ぎ鬼なんてする機会ないだろうしな」
まゆ「周りからはカップルって思われてるかもしれませんね」
P「俺じゃまゆとは釣り合ってないだろうなぁ」
まゆ「まゆからしたら、Pさんの方がとっても素敵な人だと思いますよ」
P「まゆにそう言って貰えるのは誇らしいな」
スーパーに到着。
まゆの分も含めて六人分の買い物はそこそこな量になる。
それでも。
誰かとカートを押して買い物をするのは、なんだか幸せだった。
智絵里「……お二人は、いつも鷺沢くんと一緒に遊んでるんですか?」
李衣菜「うん。ほら、うちの高校って男子少ないでしょ?だからPは友達全然いないし」
美穂「そ、そんな事……あるかもしれませんけど……」
智絵里「……」
李衣菜「ま、Pは色々面白いからね。一緒にいて楽しいから」
美穂「……それで、智絵里ちゃんは?」
智絵里「……え?」
美穂「智絵里ちゃんはどうですか?Pくんと一緒にいて」
智絵里「えっと、その……わたし、まだあんまり鷺沢くんとお喋り出来てないけど……」
李衣菜「でも確か、去年からクラスは一緒だったよね」
智絵里「その時から……えっと……」
美穂「そう言えば、昨日は何かあったの?」
智絵里「……告白……」
李衣菜「え、告白?!」
美穂「告白したんですか?!」
智絵里「……その、練習に付き合って貰って……結局ダメだったけど……」
美穂「ねぇ、本当に練習?」
智絵里「れ、練習です……っ!練習でした……まだ……」
李衣菜「Pの事だから茶化しそうだけどね」
美穂「……ふーん、そっか。仲良くなれるといいね!」
智絵里「……はい……」
李衣菜「ちなみに、どんな風に告白したの?」
智絵里「……な、ないしょです!」
美穂「かわいいね、智絵里ちゃん」
李衣菜「Pなら、声掛ければいつでも時間あけると思うよ」
智絵里「……なら、もっと遊びに誘ってみようかな……」
美穂「高頻度でわたし達もついてく事になるかもですけどね」
李衣菜「あ、なら折角だし明日私達4人で遊びに行かない?」
智絵里「……えっ、良いんですか?」
美穂「え、わたしとPくんとクマ君と智絵里ちゃんの4人で?」
李衣菜「だからそれを私が提案する訳ないでしょ?!」
「ただいまー!」
李衣菜「あ、帰ってきたみたい」
美穂「荷物運ぶの、手伝いましょうか」
李衣菜「いいよいいよ、美穂ちゃんと智絵里ちゃんは部屋で喋ってて」
バタンッ
美穂「……ねぇ。智絵里ちゃんも、誰かに恋してるの?」
智絵里「……あ……その……」
美穂「難しいよね、恋って。わたしも、いつも悩んでばっかりだもん」
智絵里「美穂ちゃんも……好きな男の子が……?」
美穂「うん、相手は……内緒。お互い上手くいくといいね」
智絵里「……はい……!」
ガチャ
李衣菜「Pが早めの夕飯にするって。降りといでよ」
美穂「はーい、すぐ行きますっ!」
智絵里「は、はい」
美穂「あれ?まゆちゃん?」
まゆ「こんにちは、美穂ちゃん」
智絵里「……えっ」
まゆ「こんにちは、智絵里ちゃん」
智絵里「こっ、こんにちは……」
まゆ「どうかしましたか?智絵里ちゃん…………大丈夫ですよ、誰にも喋りませんから」
P「どうかしたのかー?」
智絵里「えっ……あ……なんでも、ないです……」
P「まだ夕飯には早いけど鍋やるぞー」
李衣菜「おっ、いいね鍋。まだ寒いし」
P「あと肉じゃがだ」
美穂「良いですよね、肉じゃが」
P「あとちらし寿司」
李衣菜「どれだけ作るつもりなの?!」
うん、多いよな。
六人で食べきれる量にはならないと思う。
まゆ「ふふっ……まゆ、ついつい買いすぎちゃって」
普段から重い荷物運ぶのになれてて良かった。
買い物袋六つとか初めてレベルの買い物量だったよ。
美穂「食材費くらいは出させて下さい」
智絵里「わ、わたしも……」
文香「いえ……大丈夫です、P君はそこそこ貯蓄がありますから」
P「いや全然ないけど」
文香「私が……P君の、ヘソクリや『本』の置き場を把握していないとでも?」
P「嘘ついてごめんなさいお願いだから内密に……」
文香「冗談です……みなさんは、気にしなくて大丈夫ですから」
……文香姉さんが、本当に良き姉的な振る舞いをしている。
文香「……賑やかになりましたね」
P「ごめんね、姉さん」
文香「いえ……食卓は、賑やかな方が美味しいですから」
P「俺とまゆで作るから、悪いけど手が空いてる人はテーブルの方の準備しといてくれ。多分姉さんが本積んでるだろうから」
まゆ「Pさん、本当にお姉さんと仲が良いんですね」
P「まぁな。さて、俺たちも準備するか」
まゆ「はい、二人で初めての共同作業ですね」
P「それじゃ」
皆んな「「いただきます」」
まゆはとても手際が良く、あっという間に完成してしまった。
流石に肉じゃがはまだ煮込んでいるが。
ちらし寿司と鍋を取り分け、まずは薬味を使わずそのまま頂く。
P「……美味い」
李衣菜「うん、美味しいね」
文香「……美味しいです……とても……」
智絵里「……美味しい、です……」
美穂「あつっ!……うん、とっても美味しいよ、まゆちゃん」
まゆ「みなさんのお口に合うようで良かったです」
六人で鍋を取り囲みつつく。
美味しくて次々と食べてしまう。
うん、楽しい、美味しい。
まゆ「お鍋の食材が一旦なくなったら、その間に肉じゃがをお出ししますから」
智絵里「そ、そんなに食べられるかな……」
文香「……ご安心下さい」
P「まゆは普段から料理してるのか?」
まゆ「はい、今は寮で暮らしてますから」
李衣菜「寮で暮らしてるのに朝たかりにくる子もいるのにね」
美穂「そ、それは李衣菜ちゃんもですよね?」
李衣菜「私は実家暮らしだからセーフって事で」
P「本当にいいな、誰かの手料理を食べられるって」
まゆ「Pさんさえよろしければ、まゆはいつでも作りに来ますよ?」
P「流石に悪いからいいよ。またみんなで集まった時、一緒に作ってくれると嬉しいかな」
まゆ「ふふっ、まゆに任せて下さい」
智絵里「あっ……いつの間にか、もうお鍋が空に……」
文香「あら……不思議ですね」
P「姉さん……」
まゆ「はい、サクマ式肉じゃがですよぉ」
P「まゆ、それ肉じゃがちゃう!グラタンや!」
まゆ「食材が余ったので作っちゃいました」
文香「……素敵な女性ですね」
李衣菜「文香さんの判定基準って凄く分かりやすいですよね」
智絵里「……グラタンも、とっても美味しいです」
まゆ「ふふっ、良かったです」
P「あと最後にデザート用にロールケーキも買ってあるから」
美穂「……帰りは走って、運動しないと……」
李衣菜「ふー……ご馳走様でした。ついつい食べ過ぎちゃったね」
美穂「まゆちゃん、本当に料理お上手なんですね」
智絵里「あっ……そろそろ、寮の門限が……」
美穂「えっ、もうそんな時間?」
P「んじゃ先四人で帰ったらどうだ?」
まゆ「まゆは後片付けをお手伝いします」
そこまでして貰わなくても……頭が上がらないな。
P「ありがと。ならまゆは後で俺が送ってくよ」
李衣菜「あ、P。明日空いてたらみんなで遊びに行かない?」
P「ん、俺は構わないけど」
まゆ「すみません。まゆは明日もお仕事があるので……」
美穂「そっか……それじゃ、また今度遊ぼうね?」
まゆ「はい、喜んで」
P「それじゃまた明日なー。時間とかは後で送ってくれ」
李衣菜「りょーかい。また明日ね」
美穂「お邪魔しました」
智絵里「あ……また明日、鷺沢くん。お邪魔しました……」
三人が出て行くと、さっきまで賑やかだった部屋が途端に静かに感じる。
文香「……佐久間さんは、門限は大丈夫なのですか?」
まゆ「はい、今日はお仕事で少し遅れると伝えてありますから」
P「何から何まで悪いな……」
まゆ「いえ、まゆがしたくてしている事ですから」
文香「……洗い物は、私がやっておきます」
え゛。
文香「はぁ……P君は、佐久間さんを送って行ってあげて下さい。きちんとお礼もお願いしますね……?」
まゆ「ありがとうございます、文香さん」
文香「私も……楽しい食卓を、本当にありがとうございました」
まゆ「また、来ても大丈夫ですか?」
文香「こちらこそ、喜んで……いつでもお待ちしております」
P「……ん、美穂あいつポーチ忘れてってるな。確か俺の部屋に取りに戻ってないよな」
文香「明日会うのでしたら、その時に渡してあげて下さい」
まゆ「同じ寮ですし、まゆが届けますよ?」
P「いやいいよ、どうせ明日会うし。スマホとかはポケットに入れてるだろうから大丈夫だろ……さ。送ってくよ、まゆ」
まゆ「ありがとうございます。それでは、おじゃましました」
P「夜は昼以上に寒いな。手袋着けてきて大正解だ」
まゆ「まゆとしてはあまり美味しくないんですけどね」
二人並んで、夜の街を歩く。
時折夜風に乗って現れる桜の花びらが、なかなかに綺麗だった。
P「ほんとうに今日はありがとう、まゆ。とっても楽しかったよ」
まゆ「今度はPさんから誘ってくれても嬉しいですよ?」
P「是非そうさせて貰うよ。あ、ライン交換しておくか」
まゆ「……そうでしたね。はい、お願いします」
まゆとラインを交換する。
ラインの友達欄が増えた、嬉しい。
まゆ「……少し寒いですね」
P「四月だからなぁ」
まゆ「明日、まゆも参加出来れば良かったんですけどねぇ」
P「また誘うさ」
まゆ「加蓮ちゃんとのキス、どうでしたか?」
P「めっちゃ驚い…………え?」
まゆ「嬉しかったですか?心地良かったですか?」
……ん?
は、え?
なんでまゆはその事を知ってるんだ?
その方がよっぽど驚きだ。
まゆ「好きな人のことは何でも把握していますよぉ」
にこりと笑うまゆ。
その表情は、確かに笑顔なのに。
さっきまで皆んなと過ごしていた時の笑顔とは、まったくの別物だった。
まゆ「……まぁ、加蓮ちゃんは雨で体調を崩してしまったみたいなので、月曜日に来れるかどうかは分かりませんが……」
何故まゆは、そこまで把握しているんだ?
まゆ「本人にも、確かめないといけませんねぇ」
P「……なぁ、まゆ」
思わず立ち止まって、まゆの方に顔を向ける。
まゆもまた、俺の目をジッと見ていた。
まゆ「……まゆは、譲りませんよ」
一瞬足がすくんで、その場から動けなくなった。
そんな俺の方へ、まゆは距離を詰めて来て……
まゆ「お願い……まゆだけを見ていて……ずっと」
唇と唇が、重なった。
遠くで、誰かが走る足音が聞こえた。
これは共通√がどこまでなのか気になるな
しかしなんだろこの地雷原でタップダンスしてる感覚
>>56
たのむつづけてくれ
手っ取り早く読みたいなら渋に加蓮√全部あるぞ
P「遊園地?」
美穂「はい。来る途中、商店街の福引で四人分当てたんです!」
李衣菜「すごいじゃん、美穂ちゃん」
美穂「普段の行いが良いからでしょうか?」
李衣菜「うーん、自分で言っちゃうとあれだよね」
日曜日の正午。
俺たちは集合場所の駅前で、美穂から遊園地の招待券を渡された。
P「ありがとう、美穂」
美穂「いっぱい楽しみましょう!」
李衣菜「あとは智絵里ちゃんが来るのを待つだけだね」
P「……あ。そうだ美穂、昨日うちにポーチ忘れてっただろ。はい」
美穂にポーチを渡す。
美穂「あ、ありがとうございます……すみません、お手数おかけして」
李衣菜「せっかくだから、まゆちゃんも来れればよかったんだけどね」
P「ま、仕方ないさ。また今度誘おう」
読モだし、仕事じゃ仕方ないか。
……まゆ、うん。
昨日、キスされたんだよな……
実はどっきりで、月曜日に話し掛けたら赤っ恥を……
いや、それは流石にないか。
だとしたら……うーん……
美穂「……」
李衣菜「……P、どうしたの?なんか考える人みたいなフリして」
P「いやまぁ、何も考えてないよ」
美穂「Pくんはいつでも頭空っぽですからね!」
P「つらい……何も言い返せないのがつらい……」
美穂「あ、いえ!Pくんってあんまり悩んだりしないですよね、って言いたかったんです!!」
李衣菜「Pって悩む事あるの?夕飯の献立とか?」
P「大体姉さんからリクエストくるからそれ作ってるよ。あとほら、レシピ本とかも家に沢山あるし」
美穂「Pくん、本当に色々な料理を作れますよね」
P「毎日同じじゃ飽きちゃうからな」
タッタッタッ
智絵里「ごめんなさい……っ、遅れちゃいました……」
李衣菜「あ、おはよう智絵里ちゃん。今ピッタリ12時だよ」
美穂「おはよう、智絵里ちゃん」
P「おはよう、緒方さん」
智絵里「……おはようございます……きょ、今日はえっと……お日柄もよく……」
お見合いかな?
モコモコのコートに身を包んだ緒方さんは、なんだかうさぎみたいだ。
白いベレー帽が凄く似合っている。
小動物的な感じがこう……かわいい。
智絵里「それで……今日は、何処に行くんですか……?」
P「美穂が福引で遊園地の招待券当てたから、四人で遊園地に行こうって話になってたとこ」
美穂「電車で30分くらいですね」
李衣菜「それじゃ向かおっか。飲み物とか食べ物は現地で買えばいいよね」
李衣菜「うっひょぉぉっ!!」
P「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
美穂「きゃーーーーーっ!!」
智絵里「……カエルさん……カエルさん……」
ガガガガガッ、ガッコン!
係員「お疲れ様でしたー」
亡霊のような顔をして、ジェットコースターから降りる。
間違いなく一番最初に乗るアトラクションではなかった。
なんだこのサイクロンツイスタータイフーンハリケーンとかいうコースターは。
胃袋が大嵐だ、この人を苦しめる機能しか搭載されてない悪マシンめ。
智絵里「凄かったです……」
美穂「速さと高さがギネスに登録されてるみたいですね」
李衣菜「あとでもう一回乗りたいなー」
P「俺はパスがいいかな……うん、下からお前らを見守ってるよ」
李衣菜「え、P怖がってるの?」
P「は、ちげーし超余裕だったし、何なら乗りながら般若心経のサビ暗唱してたくらいだぞ」
李衣菜「うん、正直隣に乗ってる私の方がそのせいで怖かったから」
智絵里「次は……もうすこしユックリなアトラクションがいいです」
美穂「ならお化け屋敷にしませんか?自分のペースで歩けますよ」
鬼だ、鬼がいる。
なんとか膝から手を離して、歩けるようになった。
李衣菜「せっかくだし、二組に分かれて入らない?」
智絵里「えっ……?!」
美穂「き、危険です二人きりだなんて!そんな少人数でクリア出来る難易度じゃないんです!」
P「確かここの遊園地、お化け屋敷も凄いらしいからな……8割くらいの客が途中で退出するらしいぞ」
というかこの遊園地、一つ一つのアトラクションが本気すぎる。
いったいアトラクション系で何件ギネスに登録されているんだろう。
独占禁止法を守ってくれ。
いよいよ現れた巨大な洋館は、明らかに子供の心を折りにきてる。
李衣菜「あ、そもそもこの戦慄ラビリンスって同時入場二人までだって」
P「んじゃ、グーとパーで別れるか」
美穂「Pくん、わたしはパーを出しますから!」
なにその心理戦。
智絵里「わ、わたしはグーを出します……!」
李衣菜「美穂ちゃんの勝ちだね!」
P「まぁグーとパーしかないからな」
そもそもそう言う話だっただろうか。
李衣菜「それじゃ。ジャンケンポン!」
P「……李衣菜と美穂がパー、緒方さんがグーか」
美穂「なんでPくんはチョキを出したんですか?」
P「いやほら、緒方さんの一人負けを防ぐ為にあいこにしたかったから……」
李衣菜「でもま、チョキはグーの元って言うし、Pは智絵里ちゃんと組んでね」
智絵里「よ、よろしくお願いします!」
P「お、おう」
なんだか緒方さんは物凄いやる気だ。
まぁ、気張ってかないと途中で心折れそうだしな……
李衣菜「それじゃ、並ぼっか」
P「……あいたたた、唐突に持病の腹痛で頭が痛い……」
美穂「……わ、わたしも家の決まりで、洋館に入る時はお祓いをして貰ってからじゃないと……」
智絵里「……わ、わたしは頑張ります……っ!」
P「……なんだか自分が情けなくなってきた」
美穂「ですね。お互い頑張りましょう、Pくん」
そこそこ長い列に加わる。
時折聞こえてくる悲鳴が、いい感じに恐怖を煽ってくる。
正直、四人で入れないか係員に掛け合いたいレベルだ。
でもまぁ、緒方さんの前だしかっこ悪い所は見せられないな。
今更感あるけど。
P「大丈夫だよ、緒方さん。いざとなったら中のスタッフがドン引きするレベルで俺が泣き叫ぶから」
李衣菜「大丈夫な要素ある?」
美穂「うぅ……少しずつ入り口が近付いてきた……」
智絵里「こ、この中に対魔師の資格を持った方はいませんか……!」
P「今からでも資格獲得間に合うかな……」
李衣菜「はいはい、もうそろそろだけどどっちが先に入る?」
んなばかな、早すぎるだろあんなに並んでたのに。
と思ったが、前に並んでたカップルが列から外れていった。
なるほど、みんな流石に怖くなってやめてくんだな。
心からそのムーブに便乗したい。
美穂「それじゃ李衣菜ちゃん。わたし達が先に入りませんか?」
李衣菜「おっけー。P達は後でいい?」
P「あぁ、逃げ出さないことを此処に宣言するよ」
李衣菜「逃げたら文香さんに教えてあげるから」
P「……逃げ出さないことを此処に誓うよ……くそ……」
ま、まぁ?
緒方さんの手前、見苦しい事をするかは元からさらさらないし?
係員「はい、此方の同意書にサインをお願いしまーす」
……文香姉さんに笑われる方がよっぽどマシな気がしてきた。
李衣菜「じゃ、また後でねー」
美穂「お先に行ってきます!」
そうして、二人が闇に飲まれてゆく。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
直後、二人の悲鳴が聞こえた。
手のひらが汗に塗れる。
こんな事なら、般若心経きちんとサビ以外も覚えてくればよかった。
隣を見れば、緒方さんも泣きそうな表情をしている。
……よし。
P「……手、繋ぐ?」
智絵里「……えっ……えっ?!」
P「いやほら、その方が少しは怖さも紛れるかなって」
智絵里「あ……えっと……お願いします……」
ぎゅ、と。
緒方さんの小さな手を握る。
それだけで、なんとなく心強い。
係員「はい、次のペアの方どうぞー」
P「……それじゃ、行こっか!せっかくだし思いっきり叫んで楽しもう!」
智絵里「は、はいっ!」
暗幕をくぐって洋館に突入する。
俺たちが悲鳴をあげるまでに、2秒と掛からなかったと思う。
李衣菜「お疲れ様ー」
美穂「お疲れ様です……二人とも……」
P「はぁ……あー、しんどかった」
智絵里「……怖かった……です……」
李衣菜「美穂ちゃんがずっと悲鳴あげてるから、面白くて怖さは薄れてたんだ」
美穂「そ、それは李衣菜ちゃんもですからね?!」
なんやかんや、正気は保てた。
文香姉さんの読み聞かせ(夏のホラースペシャル)である程度ホラー耐性がついていたらしい。
文香姉さん、めちゃくちゃ上手いからな。
それと……
李衣菜「智絵里ちゃん、さっきからずっとPにしがみついてるけど」
智絵里「……あっ、ご、ごめんなさい……」
緒方さんがずっと俺にしがみついて来るものだから、そっちの方が気が気じゃなかった。
女の子特有の柔かい感触がまだ腕に残っている。
離れた後、両手を胸に当たる緒方さん。
その顔は、ほんのり紅い。
……俺の手、汗凄かったかもしれない。
P「さて、なんかこの遊園地のトップ2みたいなアトラクションは乗ったけど次はどうする?」
李衣菜「フリーフォールとかコーヒーカーップとかあるけど、どっちがいい?」
美穂「つ、次はもう少し平和なアトラクションだと嬉しいんですけど……」
智絵里「……あ、メリーゴーランド!」
緒方さんが指差す先には、メリーゴーランドがあった。
メリーゴーランドか……男子高校生が乗っても大丈夫なんだろうか、光景的に。
美穂「あ、あれなら平和に楽しめる筈です!」
平和さを求められる遊園地ってどうなんだろう。
四人でメリーゴーランドを目指して歩く。
そんなに列は長くなく、次の回で乗れそうだ。
P「……なぁ、メリーゴーランドってさ……こんな速かったっけ?」
李衣菜「……た、楽しそうではあるよね」
美穂「平和って何なんでしょう」
智絵里「……白馬の王子さまが全力疾走してます……」
目の前で回転しているメリーゴーランドは、明らかに角速度がおかしかった。
なんだこれ、競馬かよ。
一体どの年齢層を狙ったアトラクションなんだ。
『メリーゴーランドでギネスを狙うロマンに挑戦しました!』じゃないんだよ煽り文。
メリーゴーランドにそんなロマンは求められてないんだ、いやロマンチックではあるけどさ。
乗り終えたカップルが、お互いを支え合いながら近くのベンチに座り込むのが目に入った。
P「……乗るか」
李衣菜「この速度のカボチャの馬車だったら、シンデレラももっと長くお城に居られただろうね」
出来るだけ負荷の少なそうな内側の馬に乗る。
流れている優雅なクラシックが場違いも甚だしい。
係員「きちんとシートベルトの着用をお願いしまーす」
そしていよいよ、メリーゴーランドが回り始めた。
P「おぉ、速い!」
李衣菜「うっひょぉぉっ!!」
美穂「いぇーい!」
智絵里「……なんとか……耐えられそうです……!」
あぁ、案外楽しい。
昔遊んだ公園の地球儀を思い出す。
なんだか童心に帰ったみたいだ。
他の三人もなんとか楽しめるレベルの角速度らしく、楽しそうに馬にしがみついていた。
前二つのアトラクションよりは、よっぽど楽しめたと思う。
その後も、色々なアトラクションを満喫した。
フリーフォール『スカイツリー』は落ちてる間に校歌の1番を歌い切れた。
ゴーカート『F1』は何度壁にぶつかったか分からない。
迷路『ラピュタ内部』で2時間かかり、再び乗ったジェットコースターでグロッキーになり。
西の空が赤くなるころには、みんなクタクタになっていた。
李衣菜「やー、かなり遊んだね」
美穂「ですね、とっても楽しかったです」
智絵里「わ、わたしも……今日は、とっても楽しかったです……!」
李衣菜「また来ようね」
P「あぁ。次はまゆも連れてきたいな」
李衣菜「まゆちゃん、ジェットコースター苦手そうだよね」
美穂「ふふっ、分かります」
智絵里「また、誘って下さい」
P「もちろん。さて……どうする?何か乗りたいアトラクション残ってるか?」
美穂「……あれ?智絵里ちゃん、今日ベレー帽被ってたよね?」
智絵里「……あれ?……あ……」
そういえば、集まった時は被っていた筈だ。
何処かで落としてしまったんだろうか。
美穂「フリーフォールに乗った時、係りの人に預けたんじゃなかったっけ?」
智絵里「そ、そうでした……」
李衣菜「忘れなくて良かったね。取りに行くの付き合うよ」
智絵里「ありがとうございます。取りに行ってきます……!」
俺も付き合うよ、と。
そう言おうとしたところで。
美穂に服の裾を引っ張られ、振り返っているうちに二人は行ってしまった。
P「……ゆっくりで良いぞー!俺たちは出口のとこで待ってるから!」
りょーかい!と李衣菜が返事をして、二人はフリーフォールの方へ向かって行く。
美穂「……ねぇ、Pくん」
P「ん?どうした?」
何かまだ乗りたいアトラクションがあったんだろうか。
ここからフリーフォールまでそこそこ離れてるから、一つくらいなら乗れそうだけど。
美穂「わたし、最後に乗りたいアトラクションがあるんです」
P「おっけー、付き合うよ」
美穂「……良かった。ありがとうございます」
ガコン、ガコン、ガシャン
美穂と二人で観覧車に乗り込む。
ゴンドラの扉が閉まれば、そこはまるで別世界だ。
少しずつ少しずつ、地面が遠ざかって行く。
観覧車なんて、最後に乗ったのはいつだっただろうか。
美穂「ありがとうございます。どうしても乗りたかったんです」
P「1周2.30分くらいか。この遊園地のアトラクションにしては割と普通なんだな」
美穂「楽しかったですか?今日は」
P「あぁ、もちろん。ありがとな、美穂のおかげだ」
美穂「良かった、えへへ……」
微笑む美穂。
相変わらずキュートに全振りされてるなほんと。
窓の外では、太陽が殆ど姿を隠していて。
それと交代する様に、園内のイルミネーションが一瞬にして広がった。
美穂「わぁ……綺麗……」
P「凄いな、ほんと……」
美穂「わたし、Pくんと一緒にこの光景を見れて良かったです」
しばらく、二人でその光景を堪能する。
ゴンドラは既に半分くらいの高さまで昇っていた。
美穂「……ねぇ、Pくんって……」
P「なんだ?」
美穂がイルミネーションから此方に向き直って口を開いた。
なんだろう、語彙力ないよねとか言われるのだろうか。
美穂「……まゆちゃんの事、好き……?」
P「……え?」
唐突な、思わぬ方向からの質問に一瞬戸惑ってしまう。
それと同時に昨晩の出来事を思い出し、また悩みが溢れかえった。
俺が、まゆのことを……
P「いやまぁ、嫌いじゃないさ。じゃなきゃ一緒に買い物なんてしないしな」
美穂「嫌いじゃない、じゃなくて。好きかどうかを教えて下さい」
P「え、えっと……なんでそんな事を聞くんだ……?」
自分でも答えが出ていない。
一晩中考えても自分の中で結論は出せなかった悩みだ。
けれど、それよりも。
見たこともない美穂の表情の方が、よっぽど今は……
美穂「……昨日、わたしがポーチをPくんの家に忘れちゃって……取りに戻ろうとしたんです」
そしたら、と。
美穂は続ける。
美穂「……まゆちゃんが、Pくんにキスしてて……」
P「それは……」
美穂「まゆちゃんはきっと……ううん、絶対。Pくんの事が好きなんだと思います」
そうなのだろうか……いや、そんな気はしてはいたが。
俺とまゆは出会ってまだ1週間も経っていないのに。
あんなに可愛い佐久間まゆが、こんなありきたりな男子高校生を好きになるなんてあり得るのだろうか。
美穂「……わたしは弱いから……今日一日、頑張ってPくんの前では笑顔でいようって頑張ってたけど……でも……」
観覧車は、既に頂上を超えて降り始めていた。
空は既に真っ暗で、イルミネーションがやけに眩しい。
美穂「……遊園地のチケット、福引で当てたなんて嘘なんです。本当は、自分で買ったもので……」
P「そうだったのか……」
美穂「Pくんとどうしても、二人きりで観覧車に乗りたかったから……ごめんなさい」
P「美穂がどんな事を考えてたんだとしても、楽しかった事には変わりないよ。きっと李衣菜と緒方さんも、それは一緒だと思う」
美穂「……優しいですね、Pくんは。でも、その優しさは……」
もしかしたら、美穂も……
いや、でも一年生の時からこの距離だったのに……
美穂「……わたしは、離れたくない……もっと、近づきたいんです。でもきっと、このままじゃそれは叶わないから……」
泣きそうに、けれど逸らさず此方の目を見つめる美穂。
ガコン、ガコン
少しずつ、ゴンドラの開く音が聞こえてきた。
そろそろメリーゴーランドは一周を終えるらしい。
美穂「……Pくんは、好きな人はいますか?」
P「えっ?!あ……」
バクンッ!と心臓が跳ねる。
ゴンドラの音なんて聞こえないくらい、胸の動悸が激しくなった。
その質問は……俺は……
ガコンッ!
丁度、俺たちの乗っているゴンドラの扉のロックが解除された。
そろそろ、降りなくてはいけない。
でも、俺はちゃんと美穂の言葉に返事をしないと……
美穂「……ごめんなさい……返事は、今度で大丈夫です」
P「そうか……分かった。それじゃ降りるか」
ブーン、ブーン
俺のスマホが震えた。
見れば、緒方さんから電話が来ている。
もう既に出口に着いてしまったのだろうか。
立ち上がって、通話に出ようとして。
美穂「……Pくん」
両腕を美穂に掴まれ……
美穂「ずっと前から……わたしの心は、決まってますから」
唇の距離が、ゼロになった。
コールが切れるまで、その距離は開かなかった。
共通ルート(?)でこれとは、このP死ぬな…
共通でこれだと人生ハードモードだな…
命がいくつあっても足りないだろ
>>59
渋ってなんやねん
誰を選んでも選ばなかった奴に刺されそう
りーなだけが癒しやね
もしや全員とキスするまでが共通√か……
ちひろ「……はい、出欠取れました。北条さんは体調不良でお休みです」
今までで、こんなに重い月曜日があっただろうか。
ここ三日間で、色々な事がありすぎた。
昨日は結局、美穂は先に一人で帰ってしまったし。
そしてその本人は今、俺の隣で楽しそうにまゆとお喋りしている。
ただ時折、二人の視線が此方に向くのが非常に居心地が悪い。
反対側に身体を向けると、一瞬緒方さんと目が合った。
……あぁ、教室の癒しだ。
いや、そうではない。
俺はさっさと、答えを出して伝えるべきなんだ。
P「……はぁ」
ため息は、今日で何度目だろうか。
迷っているという事自体が、本当に申し訳ない。
けれど直ぐに答えを出せるほど、俺の人生は恋愛慣れしていなかった。
気分転換も兼ねて、我慢していたトイレに向かう。
まゆ「どこに行くんですか?」
美穂「Pくん、少しお話が」
P「……ほんとごめん、その……」
二人に呼び止められる。
それでも、どうしても……
トイレを、済ませておきたかった。
P「トイレ済ませてからでいい?」
美穂「……あっ、ごめんなさい」
まゆ「ごゆっくり、どうぞ」
いや、本当に逃げるつもりとかではないんで。
トイレに着いた。
用を済ます。 30秒とかからなかった。
当然その一瞬で心が固まる訳はない。
手を洗いながら、俺は改めて考えた。
俺は、誰と一緒に居たい?
誰と一緒に、これからの学園生活を過ごしたい?
それも、友達以上の距離で、だ。
トイレを出て教室に向かうと、美穂とまゆが教室の前で待っていた。
まゆ「……うふふ」
美穂「さて、Pくん」
……一瞬、金剛力士像かな?と突っ込みたくなってしまった。
流石に口にはしないが。
まゆ「……まぁ、まゆは分かってはいますけどねぇ」
美穂「わたしも、勿論です。まゆちゃんより一年長く付き合ってるんですから」
……それは、もしかして……
まゆ「どうせ、まだ心が決まってないんですよね?」
美穂「良く言えば優しくて、悪く言えば……優柔不断、ですから」
はい。
その通りです。
P「……ほんとうに申し訳ない。その……」
まゆ「謝らないで下さい……まゆは、貴方の返事を待ちますから」
美穂「今すぐじゃなくて大丈夫です」
P「……ありがとう、二人とも」
まゆ「まだPさんは、まゆの事をよく知りませんから……これからもっと知ってもらってからでも」
美穂「付き合う前に、相手の事をきちんと知るのは大切ですからね」
まゆ「それに、いつになっても……まゆはPさんの事を想ってます」
美穂「わたしの心は……昨日も言いましたけど、ずっと前から決まってますから」
それに、と。
二人の声が重なった。
まゆ・美穂「「選んでくれるって、信じてますから」」
授業中も、頭の中はその事でいっぱいだった。
板書を写すのが遅れるのも構わず、普段使わない頭を全力でまわす。
それにしても美穂とまゆ、仲良いな。
さっき放課後遊びに行く約束してたのを耳に挟んだが、何というか……
それ以上考えるのはよそう。
それに関しては、俺は考慮するべきでは無い。
先ずは自分の心を決めるべきなんだ。
席を寄せ合って、まゆと李衣菜と美穂と緒方さんと弁当を食べる。
味なんて分からない。
いつの間にか、6時間目の授業の終わりのチャイムが鳴った。
帰りのHRなんて、ほんとに一瞬だった。
まゆと美穂は二人で遊びに行った。
李衣菜「まゆちゃんと美穂ちゃん、仲良いね」
P「だな。良い事だろ、友達が増えるって」
俺は友達全然いないし帰って本でも読もう。
……つら。
智絵里「あの……鷺沢くん。その……良かったら、一緒に帰りませんか……?」
P「ん?あぁ、良いよ。李衣菜はどうする?」
李衣菜「私は図書室で本借りてから帰ろっかなー」
P「あいよ、また明日な」
李衣菜「じゃあね、また明日」
智絵里「……寒い、ですね……」
P「なー、もう少しあったかくてもいいんだけどな」
二人並んで、帰路に着く。
緒方さんは寮暮らしだから、二つ先の信号でお別れだが。
智絵里「昨日は、ありがとうございました……わたし、本当にとっても楽しかったです」
P「そっか、緒方さんが楽しんでくれて良かったよ」
智絵里「わたし……あんまり、遊べる友達が少なくて……その……」
P「これからも皆んなで遊びたいな。緒方さんさえ良ければだけど」
智絵里「こ、こちらこそ……っ!それと、えっと、あの……」
P「ん?どうした?」
智絵里「……わ、わたしだけ苗字呼びは仲間はずれみたいだから……ちょっと、さみしいなって……」
P「あー、そうだな。んじゃ、智絵里ちゃんって呼んでいい?」
智絵里「……はい……っ!ありがとうございます、その……Pくん」
あっという間に二つ目の信号まで辿り着いた。
智絵里ちゃんと別れて、一人で道を歩く。
話している時は気付かなかったが、思った以上に今日は凄く寒かった。
翌日、起きると一件のラインが届いていた。
眠い目を擦って確認すると、送り主は智絵里ちゃんだった。
なんだろ……
『今日の放課後、屋上に来てくれると嬉しいです』
……果し合いだろうか。
んな訳ないだろ。 前回に引き続き、告白の練習だろう。
来て下さい、じゃなくて来てくれると嬉しいです、なあたり智絵里ちゃんっぽい。
にしても、送信時刻三時半って…… 智絵里ちゃん、割と夜遅くまで起きてる子なんだな。
……さて。
まゆ「朝ごはん、出来てますよぉ」
美穂「早く来ないと冷めちゃいますよ」
李衣菜「いやー、Pの家も賑やかになったね」
文香「……朝からこんな幸せが……ありがとうございます、佐久間さん」
増えた。 いや、失礼過ぎるか。
朝食をまゆが作りに来てくれていた。 朝早くから本当にありがたい。
着替えてさっさと支度を済ませ、食卓に着く。
P「朝から豪華だな」
まゆ「良妻ですから」
P「ありがとう、まゆ」
このまま甘える訳にはいかないが…… それにしても、美味しそうなご飯だ。
美穂「……わたしも、もっとお料理頑張らなきゃ」
李衣菜「それじゃ」
みんな「いただきます」
起きたら朝食が用意されてるって素晴らしい。
美味しく残さず全部頂いた。
P「さて……後片付けはやっとくから、三人は先に」
李衣菜「だねー。また時間ギリギリっぽいし」
美穂「ごちそうさまでした、まゆちゃん」
まゆ「片付け、よろしくお願いしますね。それと……Pさん、放課後よければ遊びに行けませんか?」
P「ん、すまん。ちょっと用事があるんだ」
まゆ「……そうですか、分かりました。では……行って来ます」
李衣菜「また教室でー」
美穂「お邪魔しました」
三人が家を出て行った。
俺もさっさと、片付けを終わらせちゃわないと。
文香「……P君。素敵なお友達に恵まれましたね」
P「……ほんと、心の底からそう思うよ」
文香「……私も、行って来ます」
P「食器運ぶの手伝ってくれると嬉しいかな姉さん」
走って学校へ向かう。
ギリッギリ、予鈴がなる直前に校門に滑り込めた。
P「ふー、セーフ!」
加蓮「……ん、鷺沢じゃん。おはよ」
下駄箱で北条に会った。
こいつも遅刻ギリギリか。
P「お、北条か。体調は良くなったのか?」
加蓮「そこそこ。私がいなくて寂しかった?」
P「そこそこ」
加蓮「あ、そう言えば三日経ったから友好ポイント失効だったね」
P「いなくて大変寂しゅうございました!」
加蓮「ふふ、よろしい。ところで……私がいない間に、何かあった?」
1.P「ってそうじゃなくて、金曜の事なんだけどさ……」
2.P「四人で遊園地に行ったんだよ」
3.P「うちで鍋をやったんだ」
共通√はここまでです
今回は加蓮√なのでここの選択肢は1を選んだという体で進めさせて頂きます
ここまでが共通√なのか
李衣菜だけ少し出遅れる感じになるのかな
りいなはあれだ、美穂とのルートで分岐があるパターンだ
P「ってそうじゃなくて、金曜の事なんだけどさ……」
加蓮「……あれ、鷺沢の事だからもっとはぐらかそうとすると思ってたんだけど」
P「はぐらかして良い事だったのか?」
加蓮「まさか、このまま言い出してくれなかったらポイント失効どころか会員永年追放だったよ」
危ないところだった。
そして。
北条はけらけらと笑いながら言ってはいるが。
それは、つまり……
加蓮「……何?もう一回キスして欲しいの?」
P「……いや、やけに明るいなぁって」
加蓮「アンタの性格は分かりやすいからね」
P「自分じゃどうか分からんけど、そうなのか?」
加蓮「どうせ『あいつさては俺に気が……いや待てよ? ドッキリの可能性やその場の雰囲気に流さてた場合も考慮すべきだ……取り敢えず次会った時確認しよ』って考えだったんでしょ?」
お見事過ぎて何も言い返せない。
加蓮「……はぁ。それに……ふーん、へー……」
P「なんだ、日本語で話さないと伝わらないぞ」
加蓮「だよね、言葉にしないと伝わらないよね」
……こいつ、どこまで分かってるんだ?
加蓮「まぁいいけど。放課後は時間ある?」
P「あ、悪い……放課後は予定が入っちゃってるんだ」
加蓮「誰?」
気温が一瞬にして0を下回った気がする。
おかしい、さっきまで楽しく談笑出来ていた筈なのに。
いきなり異世界あたりにワープしたりしてないだろうか。
GPS情報を確認しても、別にここはシベリアになっていたりはしなかった。
加蓮「……ねぇ、誰?」
P「……ヒ・ミ・ツ!」
加蓮「は?」
P「ちえ……緒方さんです」
震えてなんていない。
もし震えていたとしたら、それは寒いせいだ。
加蓮「……ふーん、何?また告白の練習に付き合ってとか言われたの?」
P「いや、単純に来れたら来てって言われただけだけどさ」
加蓮「そ。なら断っても問題ないよね」
……いや、その理論はどうなんだろう。
文的には間違ってないが人間的に色々とアレな気がする。
キーン、コーン、カーン、コーン
加蓮「……続きは教室で話そっか」
P「俺知ってるぞ、俺だけ千川先生に怒られるやつだ」
教室に俺と北条が遅刻して入る。
一斉に向けられる大量の視線が痛い。
特に、まゆと美穂。
なんでお前北条と登校してるの?的なオーラを感じる。
ちひろ「まったく鷺沢君……二年生になって気がたるんでるんじゃないですか?」
P「気は張り詰めてるつもりなんですけどね……」
当然北条はお咎めなし、と。
さっさと窓側の席に座って俺をニヤニヤと眺めてやがる。
俺はと言えばこの後美穂とまゆと智絵里ちゃんに囲まれなきゃいけないっていうのに。
智絵里「……Pくん……その、ライン……見てくれましたか……?」
P「ん、あー……後ででいいか?」
智絵里「……はい…………」
まゆ「智絵里ちゃん、Pさんと仲良しさんですね」
美穂「ふふ、仲が良いのは素敵な事だと思います」
この教室、外より気圧が高過ぎないだろうか。
肩と心にかかる重圧にプレスされそうだ。
ちひろ「特に連絡事項はありません。夕方は雨らしいので、傘を忘れた子は事務室で借りられますから利用して下さいね」
HRが終わり、千川先生が教室を出て行く。
それと同時、北条が俺の席まで来た。
加蓮「さて、鷺沢。私と一緒に一時間目サボってみたりしない?」
P「流石にそれは遠慮させて貰おうかな」
美穂「えっと……貴女は……?」
まゆ「彼女は北条加蓮ちゃんです。先週のPさんの用事の原因ですよぉ」
加蓮「……ん、アンタは確か……」
まゆ「佐久間まゆ、です。まゆは加蓮ちゃんの事をよく知っていますから、自己紹介は結構です」
加蓮「アンタの趣味が覗き見なのは知ってるよ」
まゆ「それはお互い様なんじゃないですか?」
……逃げ出したい。
胃が痛くなって来た気がする。
保健室でサボタージュ、悪くないんじゃないだろうか。
美穂「えっと……加蓮ちゃんとまゆちゃんは知り合いだったんですか?」
加蓮「先週の金曜日に偶々会っただけ」
まゆ「偶々、ですか……ふふっ」
加蓮「ところで鷺沢。私が保健室に行きたいのは本当なんだけど、付き添ってくれない?」
P「ん、それなら構わないけど」
まゆ「でしたらまゆがお付き合いしましょうか?」
加蓮「体調が悪化しそうだから遠慮しとこうかな」
北条と一緒に教室から出て……
P「……ふぅー……はぁー……酸素が美味しい」
思いっきり息を吸い込んだ。
加蓮「おすすめの酸素マスク教えよっか?」
P「酸素マスクが必要にならない状況の作り方を教えてほしいよ」
加蓮「簡単じゃん。私と付き合えば良いだけ」
P「わぁすごい、インスタントラーメンよりお手軽!」
……なわけないだろ。
普段滅多にインスタントラーメン作らないけど。
P「そういや、まだ結局体調悪かったのか?」
加蓮「治ってはいるんだけどね。マスク忘れちゃったから、保健室で貰っとこうかなって」
P「大変だよなぁ、身体弱いって」
加蓮「なにそれ他人事みたいに」
P「他人事だからな。俺はバカだから、風邪ひいても気付かないんだよ」
保健室に着き、北条はマスクを持って出て来た。
サボっちゃおっかなーと言っていたが、流石にそれは止める。
加蓮「……で、放課後の話。屋上行くの?」
1.P「まぁ、その予定だけど……」
2.P「あぁ、先約だからな」
今回は加蓮√なのでここの選択肢は1を選んだという体で進めさせて頂きます
P「まぁ、その予定だけど……」
加蓮「私が行かないで、って言ったら……行かないでくれる?」
P「……理由、聞いてもいいか?」
加蓮「鷺沢を取られたくないから」
立ち止まらず即答する北条。
そこに、さっきまでの明るい調子は無かった。
P「取られる……?」
加蓮「あの子が鷺沢にどんな想いを向けてるかなんて、一目見ればすぐ分かったから」
P「……どうなんだろうなぁ」
加蓮「ズルいとこあるよね、鷺沢って」
今北条が言うズルい、は。
きっと、弱いとイコールだろう。
俺は何も言い返せなかった。
加蓮「私さ、嬉しかったんだ。鷺沢みたいな優しいバカに出会えて」
北条は、高校一年生の時殆ど学校に来れていない。
きっと小学の頃も中学の頃も同じだったんだろう。
だとしたら、だ。
今の北条の言葉に、どれ程の思いが詰まっているんだろうか。
言ってて悲しくなるが、友達が全然いないのは俺も一緒だ。
母親がいなくて、家が古書店という事もあり本ばかり読んでて。
小学校の頃からクラスの男子と全然仲良くなれなくて、時にはイジメの的にされた事もあったけど。
そんな時に仲良くしてくれた、助けてくれた李衣菜に対し、俺は同じ嬉しさを感じていたから。
P「……褒められてると信じたいな」
加蓮「褒めてるつもりはないよ」
心をへし折るのがお早い事で。
そんなちょっとだけ凹んでいる俺に向かって、くるっと振り返り。
加蓮「だって……私みたいな、重ーい女の子を惚れさせちゃったんだもん」
照れたように笑う北条。
その笑顔に、俺は一瞬言葉を失った。
……なんだ、ほんとこいつは。そんな表情まで出来るのかよ。
加蓮「だから、私は鷺沢と離れたくない。誰かに取られちゃうのが怖いんだ……なーんて、自分勝手な理由なんだけどね」
P「……そうか」
加蓮「長々とごめんね。ほら、早く教室戻らないとまた怒られちゃうよ?」
P「帰ったらあいつらから色々言われるんだろうな」
加蓮「それは鷺沢がなんとかするべき問題でしょ」
P「まったくもってその通りだ、返す言葉もない」
二人並んで、階段を登る。一時間目開始のチャイムは既に鳴り始めていた。
でもきっと今を逃せば、俺はずっと弱いまま、甘えたままになってしまうだろう。
P「なぁ、北条」
加蓮「なに?まだ理由として不足?」
P「俺、悪いけど屋上行くわ」
加蓮「……そっか。うん、分かった」
P「それと……」
ふー、と息を吸い込んで。
心の弱さを、惚れた弱みに変える。
P「放課後、校門前で待っててくれ。雨が降る前に迎えに行くから」
加蓮「……やっぱりズルいよ、鷺沢は」
帰りのHRが終わった後、さっさと荷物を持って屋上へ上がる。
あの金曜日と同じ様に、空は今にも降り出しそうだった。
智絵里「あ……Pくん。来てくれて、ありがとうございます」
P「あぁ。ごめんな、智絵里ちゃん」
本当に申し訳ない事をしていたと思う。
もし、北条の言っていた事が本当だとしたら。
俺がこんな宙ぶらりんに、行ったり来たりを繰り返していたせいで。
智絵里「……今日は、その……あの時言えなかった言葉を……」
あの時、それはきっと先週の金曜日の事だろう。
智絵里「それを、えっと……練習じゃなくって……」
P「……なぁ、智絵里ちゃん」
その言葉を遮った。
俺の方から、きちんと言葉にしないといけないと思ったから。
P「……俺、好きな人が出来たんだ」
智絵里「…………え……?」
P「……凄く難しいな、自分のそういう思いを口にするのって」
ただ一言、好きな人が出来たんだ、と。
そう口にするのがこんなにも大変な事だったのか。
智絵里「……わ、わたし……」
智絵里ちゃんは、今にも泣きそうな表情をしている。
正直この場から逃げ出したい。
それでも、俺は。目を逸らさずに、きちんと……
P「だから、智絵里ちゃんがこれから口にしようとしてた言葉が……練習だったとしても、そうじゃなかったとしても。俺は、付き合えない」
自分の思いを、言葉にした。
遠くで部活の声が聞こえる。トラックの音やゴミを捨てる音も聞こえてくる。
それくらい静かな重い沈黙が、屋上を埋め尽くしていた。
智絵里「……誰……なんですか……?」
ようやく発された言葉は、消え入りそうなほど小さな声で。
智絵里「……Pくんが、好きな相手は……誰なんですか……?」
俺はそれも、伝えるべきなのだろう。
智絵里「まゆちゃん……?美穂ちゃん?それとも、李衣菜ちゃん……?」
P「……北条だよ、クラスメイトの」
智絵里「……誰……?そんな子……」
P「悪い、俺もう行かないと」
空の雲は分厚く黒い。
それが地面に降ってくる前に、ちゃんと約束を果たさないと。
智絵里「……っ!待って、下さい……っ!」
P「……ごめん、智絵里ちゃん」
ポツリと、屋上に雨粒が落ちてくる。マズい、早く向かわないと。
急いで屋上を後にする。
彼女の頬が濡れていたのは、決して雨のせいじゃない。
それを俺は、絶対に忘れちゃいけなかった。
P「悪い北条、遅くなって」
加蓮「……初回限定サービスって事で、セーフにしといてあげる」
校門前では、北条が一人で佇んでいた。
よかった、本格的に降り出す前に来れて。
P「どっか行きたい場所とかあったか?」
加蓮「うーん……ファミレス!」
P「よし、それじゃ初デートに適してないらしいイタリアンファミレスに行くか!」
加蓮「その誘い文句ってどうなの?」
そんな事言いながらも、笑ってついてきてくれる北条。
……って、こいつ傘持ってきてないのか。
加蓮「忘れちゃった、てへっ」
P「てへっじゃないだろ全く……ほら、俺二本持ってるから。良かったな、感謝しろよ」
加蓮「へし折るよ?」
P「何で?」
何だこいつ、傘をケミカルライトか何かだと思ってるのか?
残念ながら俺の折り畳み傘に発光機能は搭載されてないが。
加蓮「……そう言うところは本当にただのバカだよね、鷺沢って」
P「凄いな北条、この1週間で俺にバカって言った回数ベスト1だぞ」
加蓮「……はぁ。傘、一つで十分でしょって事!」
P「……俺に雨に打たれて歩けと?」
加蓮「本格的にそうしたくなってきたんだけど」
いや流石に気付いたけどさ。
なんだろう、こう……楽しいな、こういうやりとりって。
P「さっさと入れ、風邪引くぞ」
加蓮「何様のつもり?」
P「この傘が誰の傘か忘れないようにな」
そんな会話をしながら、北条が傘に入ってくる。
当然ながら、お互いの距離はかなり近くなった。
肩と肩が触れ合っては離れ、雨に濡れそうになりまたくっついてを繰り返す。
P「……さっさとファミレス行くか」
加蓮「……うん、そうだね……」
お互い、割と顔が真っ赤だ。
そんな感じで、不器用二人が寒さも忘れて歩き出した。
店員「っしゃーせー」
店員に案内され、奥の方の席に着く。
外はいい感じに大雨になっていた。多分夕立だから帰る頃には止むだろうけど。
P「注文どうする?」
加蓮「山盛りポテトと厚切りチップスで」
P「パスタとかピザとかドリアじゃないのか」
加蓮「あとハッシュドポテト」
P「お前さてはジャガイモ以外の炭水化物知らないな?」
取り敢えずジャガイモ類を注文する。
加蓮「……それで、改めて聞いておきたいんだけど……」
P「……あぁ」
……こう、あれだな。
改めてきちんと伝えようとすると、やっぱり緊張する。
アホな会話のノリで言っちゃえば良かった。
P「……北条」
加蓮「はいやり直し」
えぇ……
加蓮「さて鷺沢。私のフルネームはなんでしょう」
P「北条加蓮です」
加蓮「分かってるなら分かるでしょ?!」
何故俺はキレられてるんだろう。
あとそんな怒りながらポテトを摘むな、色々と雰囲気が台無しだ。
いやまぁ、そもそもファミレスで告白する時点でアレだとは思うけど。
P「……加蓮」
加蓮「……ふふ……こう、なんだろ。改まって呼ばれると照れるね」
P「俺にどうしろと言うんだ」
加蓮「あ、いいよ。続けて」
感情の起伏が激しい事で。さながら漁船の様だ。
P「俺と付き合ってくれ」
加蓮「えー、どーしよっかなー」
……これはあれか?照れてるのか? だとしたらもう一撃加えてみよう。
一撃加えて弱らせたところをもう一撃で仕留めると、蟹漁業の本に載ってた筈だ。
P「……加蓮、好きだ」
加蓮「っ……そんなありふれた言葉で私を落とせると思わないでね」
……顔真っ赤だぞ。ニヤケてるぞ。
これあれだ、多分俺も凄い赤くなってると思う。
P「これからもずっと、加蓮と一緒にいたい……とかか?」
加蓮「……ねえ、鷺沢」
P「なんだ?ってかそっちからは鷺沢呼びなんだな」
加蓮「ポテト食べ終わったら、家行っていい?」
P「構わないぞ。本しかない家だけど」
追加で、いつの間にか注文されてたポテトが3皿届いた。
ファミレスを出る頃には、雨は完全にあがっていた。
加蓮「おじゃましまーす」
文香「……初めまして。ええと……」
加蓮「北条加蓮、Pの彼女です」
文香「……あら……鷺沢文香、P君の従姉妹です」
P「姉さん、お願いだから一回座って。父さんに連絡しようとしてるでしょ」
文香「……いえ、そんなつもりは……家、開けた方がよろしいですか?」
加蓮「大丈夫です、そんなに長居するつもりはないから」
P「部屋開けるときは絶対ノックしてくれよ、姉さん」
文香「私は、貴方達が降りてくるまで此処で本を読んでいますから……」
二階に上がり、俺の部屋へ加蓮を招待する。
加蓮「うわー本当に本しかないんだね」
P「期待に添えたかな?」
加蓮「うーん、ザ・男の子の部屋!ってイメージとは程遠いけど……鷺沢はいつも此処で生活してるんだ」
早速部屋を物色される。
まぁ見られて困る物は見える範囲には置いてないし大丈夫だろう。
P「で、北じょ……加蓮。なんで俺の家来たいなんて言ってたんだ?」
加蓮「だってほら、いつも鷺沢と一緒にいる子達は来た事あるんでしょ?なのに私だけ無いとか許せるわけないじゃん」
そういうものなのだろうか。
そういうものなのだろうな。
加蓮「それと……人の視線が無いところで、きちんと言って欲しかったから。だって……」
P「もう一回言うよ。加蓮、好きだ。付き合ってくれないか?」
加蓮「一回しか言ってくれないの?」
P「何度だって言うよ。加蓮が望む分だけ」
加蓮「本当に?」
P「もちろん」
加蓮「もしかしたら、一生分要求するかもよ」
P「重いな……ま、俺も好きになっちゃったんだからしょうがないか」
加蓮「えー、そこでしょうがないとか言っちゃう?」
P「気の利く言葉が思いつかなかったんだよ。加蓮こそいいのか?こんな気の回らない男で」
加蓮「……うん。ねえ、鷺沢……」
なんだ?と。
そう尋ねる必要はなかった。
加蓮「……うぅっ……怖かったよ!鷺沢ぁぁっ……っ!」
真正面から、加蓮に抱き着かれた。
息は荒く、声は涙に揺れている。
加蓮「本当は、ねっ……!怖かったっ!不安だった……っ!もし振られちゃったらどうしよう、って……!折角出逢えたのに!初めて好きになったのに!!鷺沢が他の子の方に行っちゃったらって……不安で、仕方なくて!全然寝れなくてっ!」
抱き締められる力がどんどん強くなる。
それに応える様に、俺も両手を加蓮の背に回した。
こんなに華奢で今にも折れそうな身体で、そんな不安に耐えて来たのか。
加蓮「私にはっ!Pしかいないから!!離れたくない!ぜったいに……っ!だからっ、お願いだからっっ!……私と!ずっと一緒にいて!!」
P「……あぁ、約束する。ずっと側にいるよ、加蓮」
加蓮「……っあぁ……うわぁぁぁぁぁぁっっ!!」
ダムが決壊したように、泣き声をあげる加蓮。
俺も絶対加蓮を泣かせないと、心に決める。
あの金曜日のキスが、彼女にとってどれだけの覚悟が込められていたかよく理解した。
今日の朝俺に話し掛けて来た時、どれだけ不安に溢れていたかも理解した。
放課後屋上に行って欲しくないという言葉に、どれ程の願いが詰まっていたのかも理解した。
P「加蓮、こっちを向いてくれ」
加蓮「え……?」
此方に顔を向けた加蓮の唇に。
そっと、俺の唇を重ねた。
P「ありがとう、加蓮。これからも……ずっと、よろしくな」
加蓮「……うん……っ!うんっ!」
再び、唇を重ね合う。
三度目の口づけは、もう加蓮のことしか目に入らずに。
きっと、心も重なり合っていた。
こういういいシーンでも胃のキリキリが止まらないのはなんででしょうね
>>96
目からハイライトさんが逃げ出す人しか残ってないからかなぁ…
こうして見ると依存タイプが過半数を占めてるユニットなんだなぁと
りーなは癒し
加蓮「おじゃましましたー」
文香「ふふ、またいらして下さいね」
加蓮を家まで送る為に、二人並んで夜道を歩く。
夕立のせいで道路は濡れていて、夜風はいつもより数段冷たい。
それでも、寒さなんて文字通り何処吹く風。
加蓮「ありがと、鷺沢」
隣に加蓮がいる。
それだけで、なんだか心も身体も暖かかった。
P「にしても、結局そっちからは鷺沢呼びなんだな」
加蓮「なんでだろ、そっちの方がしっくりくるんだよね」
P「なら俺も北条呼びにしようかな」
加蓮「え…………イヤ…………」
立ち止まって、凄く哀しそうな顔をする加蓮。
流石にオーバーリアクション過ぎやしないだろうか。
P「……じょ、冗談だって。ほら行くぞ加蓮」
加蓮「まったく……危うく心臓止まるところだったじゃん」
お前が言うと若干冗談に聞こえないからやめてくれ。
……冗談だよな?
P「にしてもなぁ……明日学校に行くのが怖いわ……」
加蓮「ちゃんときっちり伝えられる?」
P「……あぁ。まゆにも美穂にも、ちゃんと言うよ」
加蓮「うん、お願い。鷺沢からじゃないと、諦めてくれそうにないし」
そうだ。明日、まゆと美穂に言わなければならないんだ。
まゆとは、美穂とは付き合えないって。
俺は加蓮が好きで、加蓮と付き合ってるんだ、って。
加蓮「……腕、組んでいい?まだちょっと寒いかも」
そう言うが早いが、加蓮が腕を組んできた。
腕を組む、なんて行為にお互い慣れていないせいで、足取りまで覚束なくなる。
加蓮「あれ、結構歩きづらいね。ドラマとかだと簡単にやってたのに」
P「なら、これから慣れてけばいいさ」
加蓮「……うん、あったかい。ねぇ鷺沢。私、よく本を読んでたんだ」
P「どんな本を読んでたんだ?」
加蓮「えっとね、小さい頃読んでたのはお伽話。外で遊べなかった分、何度も何度もおんなじお伽話を捲ってた」
そういいながら夜空を見上げる加蓮。
その先には、沢山の星が煌めいていた。
加蓮「3匹の子豚が建築士の資格を学ぶ話とか、おばあさんが毒リンゴを訪問販売する話とか」
P「そんな話だったか?」
なかなか商業に寄ったお伽話だなぁ。
加蓮「あと……女の子が、素敵な王子様と結ばれる話」
P「結構色々あると思うけど」
加蓮「うん。だから何度も読んだし……憧れてたし、夢だった。もちろんいつの間にか諦めて忘れてたけど」
ぎゅっと、腕を組む力が強くなる。
加蓮「でも今は、鷺沢が王子様で……私が、薄幸だった女の子。他の主役やヒロインは必要ないから」
P「あぁ、分かってる」
加蓮「……私だけを見てて。これ、割と本音だからね?」
P「約束するよ、加蓮」
加蓮「ならよろしい。信じてるからね、鷺沢」
いつの間にか、加蓮の家の前に着いていたらしい。
楽しい時間は、幸せな時間はあっという間だ。
P「なかなかデカい家なんだな。それじゃ、また明日」
加蓮「ちょっと待って、何か忘れてると思わない?」
なんだろう、俺の家に何か忘れてきてしまったのだろうか。
加蓮「鷺沢に問題。恋人同士が分かれる時に、必ず行わなければいけない行為はなんでしょう?」
P「……そんな行為があるのか?」
加蓮「ヒントあげる。好意だよ」
P「成る程、分かりやす過ぎるヒントだ」
組んだ腕を一度離し、背中に手を回して。
ちゅっ、と。
唇が重なるだけの軽いキスをする。
加蓮「……ありがと……」
P「また明日な、加蓮」
加蓮「……うん、また明日ね」
翌日、起きると部屋にまゆが居た。
……なんで?
まゆ「おはようございます、Pさん」
P「おはよう、まゆ……」
まずい、会話の繋げ方が分からない。
俺は今までどんな風に会話していただろう。
まゆ「朝ごはん出来てますよ。美穂ちゃんと李衣菜ちゃんも来てますから」
P「あー……えっとだな、まゆ。その……」
言わなければ。
俺は加蓮と付き合ってるから、と。
そう伝えなければ。
とはいえ寝起きでまだ頭も回らないし、髪もボサボサだし後でにしようか……
まゆ「……加蓮ちゃんと付き合い始めた、ですよねぇ?」
P「うん、だからさ……え?ん?あれ?」
なんで知ってるんだろう。
加蓮がそうまゆに伝えたのだろうか。
もしくは俺が寝言で言っていたのだろうか。
まゆ「Pさんの事は何でも知ってますよ。貴方のまゆですから」
P「まぁ、うん。だから……俺は、まゆの気持ちに応えられない」
まゆ「はい、知ってます」
おかしいな。
思ったよりも明るくサクサク会話が進んでいる。
まゆとしては、別にそこまで気に病むべき事では無かったのか。
まゆ「でも、まゆは諦めません」
微笑みながらも、しっかりと目を見つめてくるまゆ。
まゆ「まゆの想いは……たった一度の失恋程度でベクトルの向きが変わる程、弱くはありません」
P「……そうか」
まゆ「今は、Pさんは加蓮ちゃんの事が好きなのは分かっています。でも……いつか必ず。貴方に私のことが大好きだって、言わせてみせますから」
こんなにも優しくて強い子に。
俺はきちんと、諦めて貰わなきゃいけないのか。
まゆ「さ、Pさん。早く来ないと冷めちゃいますよ」
P「あぁ、ありがとう」
まゆが下に降りていった後、パパッと着替えて支度を済ます。
リビングに着けば、既に皆食べ始めていた。
李衣菜「遅いよP。待ってたら遅刻しちゃうところだったじゃん」
ならなんでうちに来るんだろうか。
美穂「おはようございます、Pくん」
P「おはよう美穂」
文香「……んぐっ……おはようございます、P君」
P「姉さん……おはよう」
まゆ「Pさんの分も準備してありますから」
李衣菜「まゆちゃん、ほんと料理上手いよね。手早くこんなに美味しいの作れるなんて」
美穂「わ、わたしも女子力を鍛えないと……」
まゆ「ふふ、ありがとうございます」
P「うん、美味しい」
李衣菜「Pももっと料理頑張って!」
P「まゆと競うのは無理があるだろ……」
美穂「が、頑張って下さい!」
P「よしやったるぞ!一人暮らしの男の料理ってやつを見せてやる!」
文香「……あの……」
まゆ「まゆは負けませんよぉ。ところで申し訳ないですけど、先生にHR前に用事を頼まれてるんです。李衣菜ちゃん、付き合って貰えませんか?」
李衣菜「ん、おっけー。なら私達は先に行こっか」
まゆ「はい、お願いします。Pさん……後、お願いしますね?」
……本当に感謝しかないな、まゆには。
美穂「でしたら、後片付けはわたしも手伝います!」
P「ん、いやいいよ。玄関で待っててくれるか?」
美穂「は、はいっ」
片付けを終えて家を出る。
四月の朝はまだ寒い。
女子はスカートだからもっと寒いんだろうな。
P「お待たせ、それじゃ行こうか」
美穂「はい。えっと……Pくん」
P「ん、なんだ?」
美穂「わたし、Pくんとこうして歩くのが大好きでした。こうやって、ありふれた毎日を過ごすのが幸せでした」
P「あぁ、俺も美穂と一緒に過ごす時間は好きだよ。なんだか心地良いし」
美穂「そう言ってくれると、とっても嬉しいです」
並んで歩く美穂の声は、どことなく暗い。
もしかしたら何かを察したのだろうか。
美穂「もしかしたら……でも、そうじゃなければ良いな、って。そう願ってて……だから、これからわたしが話すのは、独り言だと思って下さい」
冷たい風が街を吹き抜ける。
美穂の声は、ギリギリ聞き取れるくらいだった。
美穂「もっとPくんの側に、もっと近くにいられたら。それは、とっても幸せな事です。でも……もし、Pくんの側にいられなくなったら……それは、わたしにとって凄く辛い事なんです」
消え入りそうな、泣き出しそうな声。
美穂にそんな思いをさせてしまった事が、本当に辛くて。
だけど、それを俺が遮る訳にはいかなくて。
美穂「だからもし君に、他に好きな人が出来たんだとしても……わたしの想いを、受け入れる事が出来なかったとしても……恋人になる事が叶わないんだとしても……っ!」
独り言を言い訳に仮定を重ねる美穂の声は、泣きそうなほど震えていて。
だけど、最後まで此方を見つめていた。
独り言の、その言葉の瞬間まで。
美穂「これからもずっと!変わらないままでいてほしいのっ……!」
校門が近付いてきた。
そろそろ予鈴が鳴る時間だろう。
それでも、今。
きちんと俺から、全部を伝えなきゃいけないと思った。
P「……俺は、加蓮の事が好きだ。だから……美穂と付き合う事は出来ない」
美穂「……まゆちゃんが、Pくんと二人きりの時間を作ってくれたって事は……そんな気はしていました。まゆちゃん、Pくんの事を何でも知ってますから」
ほんと何処で知ったんだろうな。
正直凄く気になるが、怖くて聞けない。
美穂「……知り合ってまだ一週間とちょっとなのに、もうわたしはまゆちゃんに追い抜かれちゃってたんですね。そして、加蓮ちゃんにも」
予鈴が鳴り響いた。
それでもまだ、校門を抜ける前に答えるべきものがある。
美穂「わたしの一年間って……なんだったのかな……」
P「……凄く自分勝手な事を言うけど、俺は美穂と一緒に高校生活を送れて凄く楽しかったよ。俺からしたら、それもとても大切な時間だから」
美穂「……ほんと、ズルいですよね。Pくんって」
P「うん、だからさ。これからも……美穂とは、友達でいたい」
美穂「…………はい」
身勝手が過ぎる俺の想いを、きちんと全て伝えた。
美穂の声は震えている。
美穂「……ごめんなさい。千川先生に、小日向は体調悪くて保健室行きましたって伝えておいてください」
P「……あぁ、分かった」
校門を抜け、下駄箱で別れる。
保健室へ向かう彼女を抱きしめたくなる気持ちを抑えて、俺は教室へと向かった
ちひろ「……鷺沢君、連日遅刻記録の更新でも狙ってるんですか?」
P「すみません、小日向が体調悪かったみたいで保健室に送ってきました」
ちひろ「あら、そうですか。分かりました」
教室に入って、席に着く。
ちらりと加蓮と目が合うが、すぐさま逸らされてしまった。
……嫌われてるわけじゃないよな?
P「はぁ……」
少しだけ不安になってため息と共に席に着く。
まゆ「きちんと伝えられましたか?Pさん」
P「あぁ、うん。ありがとな、まゆ」
千川先生が何か連絡事項を述べている。
話を聞こうと前を向いた所で、右側から視線を感じた。
P「……おはよう、智絵里ちゃん」
智絵里「おはようございます、Pくん」
笑顔で返事が返ってくる。
昨日の件、もう彼女の中では整理がついたのだろうか。
ちひろ「はい、先生からは以上です。何かあれば教卓まで来てください」
誰も来ないのを確認すると、千川先生は職員室へと戻って行った。
P「……なぁ、智絵里ちゃん」
智絵里「……えっと、どうかしましたか?」
P「その、昨日の事なんだけどさ……」
智絵里「昨日の事……?……あ。だったら、気にしないで下さい……」
気にしないでと言われても……
いや、彼女が自分でそう言う以上俺は踏み込むわけにはいかないか。
智絵里「その……よく考えたら、わたしが諦める程の理由じゃなかったから……」
ボソリと、智絵里ちゃんが呟いた。
よく聞き取れなかったが、一体どういう事だったのだろう。
まゆ「ねぇ智絵里ちゃん。まゆと放課後、二人でゆっくりお話ししませんか?」
智絵里「……はい、大丈夫です」
……トイレ行こ。なんだか聞いちゃいけない気がする。
トイレは良い、基本俺しかいないから。
こういう時だけはこの学校の男子が少なくて良かったと思う。
鏡を前に深呼吸して、教室に戻る心の準備をする。
加蓮「……で、結局あの二人にも伝えたの?」
P「ん、おはよう加蓮」
加蓮「おはよ、朝から大変そうだね」
P「なんとかなる……いや、なんとかするさ。ちゃんと伝えたよ、俺は加蓮と付き合ってるって」
加蓮「そ、お疲れ様」
P「お疲れ様のキスとかしてくれでも良いんだぞ」
加蓮「そんなキス知らないんだけど」
なら逆にどんなキスを知っているんだろう。
割と気になるし全部実践したい。
加蓮「……キス、しちゃったんだよね」
P「もう合計四回だな」
加蓮「……~~っ!これ後からくるっ!後からくるやつ……っ!」
顔を真っ赤にして、頭をブンブン振る加蓮。
今の彼女の脳内には、昨日の夜の事が思い描かれているんだろう。
……あ、俺もかなり恥ずかしくなってきた。
加蓮「……で、鷺沢。今日の放課後暇?」
P「なんだ、デートのお誘いか?」
加蓮「うん、そんなとこ」
P「おっけ、空けとくよ」
加蓮「どうせ遊びに誘ってくれる友達なんていないでしょ?」
P「……な、何人かいるし」
加蓮「美穂とまゆと……」
P「やめて、片手で済んじゃうからカウントしないで」
ははーん、さては俺って寂しい奴だな?
加蓮「いいじゃん、恋人いるんだし」
P「まぁそれもそうか。こんな可愛い彼女がいるんだからな」
加蓮「張っ倒すよ?」
なんで?
加蓮「不意打ちは禁止。時代劇の一騎打ちだってそうでしょ?きちんと正々堂々宣言してから仕掛けるように」
そう言う加蓮の顔は真っ赤だった。
まさか、学校案内の時はあんな冷えたナイフみたいだった奴がこんな風になるとは。
恋愛って人を馬鹿にす……成長させるんだな。
でもって、少し意地悪をしてみたくなる。
P「……分かった。もう今後はそういう事言わないようにするよ」
加蓮「……そんな事言ってないじゃん……っ!ぜんっぜん分かってない!バカなの?!」
P「……加蓮、お前ほんと可愛いな……」
なんだろう。
何言われても可愛いとしか思えない。
これが文字通りバカップルという奴なのだろうか。
P「んで、どっか行きたいとことかあるのか?」
加蓮「鷺沢の家」
P「二日連続でか」
加蓮「皆勤賞狙ってたりするかもよ」
P「夏休みのラジオ体操気分かよ」
そういうのって絶対三日目から怠くなってくるんだぞ。
友達がいたなら辛くなかったのかもしれないけど。
……つら。
加蓮「で、ダメなの?」
P「いやいいけどさ。スタンプカード忘れんなよ」
加蓮「今週分、全部押しといてくれない?」
いるよな、そういう奴。
ちゃんとくるからさ、って言って大体二日後には来なくなるけど。
加蓮「なんなら、一生分押しといてくれくれてもいいけど?」
毎日俺の家来るのか。
最早同棲とか結婚レベルじゃないか。
P「さて、教室戻るか」
加蓮「……はぁ……」
教室へ戻ると、李衣菜が詰め寄ってきた。
珍しく、その表情に笑顔は無い。
李衣菜「ねぇP、色々と聞きたい事があるんだけど」
P「……美穂の事か?」
李衣菜「美穂ちゃん今朝は体調悪くなかったよね?」
P「その話、昼休みでいいか?」
李衣菜「……そうだね、今教室でするような話じゃなさそうだし」
非常に胃が痛くなる。
保健室って胃薬とかあっただろうか。
……いや、今保健室行くほうがマズイ。
はぁ……と心の中に溜息を重ねる。
午前中の授業の内容は、まったく耳に入って来ない。
結局、美穂は四時間目が終わっても戻って来なかった。
李衣菜「で、何があったの?」
昼休み、李衣菜と二人で屋上に出る。
ここ最近、屋上に来るたびに曇り空だ。
P「……俺、美穂に告白されててさ」
李衣菜「えっ、美穂ちゃん勇気出したんだ……!」
P「今朝、断ったんだよ」
李衣菜「……え?なんで断ったの?!」
李衣菜の声が屋上に響く。
李衣菜は美穂と、一年生からずっと仲が良いから。
もしかしたら、前から美穂は李衣菜に想いを打ち明けてたのかもしれないから。
こんなにも李衣菜は、怒ってるのかもしれない。
P「……俺、他に好きな人がいてさ。そいつと、付き合ってるから」
李衣菜「誰?」
P「北条加蓮。クラスにいるだろ」
李衣菜「……Pと加蓮ちゃんって、前から知り合いだったの?」
P「そうじゃないけどさ。誰かを好きになるのに、期間なんて関係ないだろ」
李衣菜「……成る程ね、そっか。そっかー……」
李衣菜は、納得してくれただろうか。
こんな俺と、今後も仲良くしてくれるだろうか。
P「それでも美穂は、これからも友達でいたいって言ってくれてさ。でもやっぱり、きっと……」
美穂にとっては、ショックだっただろう。
分かっている、それが全部俺のせいだって事くらい。
李衣菜「……Pは、加蓮ちゃんの事が本気で好きなの?告白されたからオッケーしとくか、みたいなノリじゃない?」
P「あぁ、本気で俺は加蓮と付き合ってる。それが他の誰かを傷付ける事になるのも……分かってる」
李衣菜「……ならもう、これ以上私はとやかく言える立場じゃないね。私は加蓮ちゃんの事は詳しくは知らないけど、二人を応援するよ」
P「ありがとう、李衣菜」
李衣菜「別に。でも美穂ちゃんみたいな良い子を振るなんて、Pは勿体無い事したね」
P「あんなに気の回る美穂こそ、俺には勿体無いさ」
李衣菜「……話してくれてありがと。それじゃ教室戻ろっか、お昼食べる時間なくなっちゃうからさ」
李衣菜と一緒に階段を降りる。
教室に戻ると、加蓮の姿は無かった。
まゆ「お帰りなさい、Pさん、李衣菜ちゃん。お話は済みましたか?」
李衣菜「ただいままゆちゃん。うん、色々聞かせてもらってたとこ」
まゆ「Pさんの気持ちは堅そうですからねぇ」
李衣菜「だね、あんなに真面目なPなんて四年に一度くらいなんじゃない?」
P「俺はオリンピックかよ」
まゆ「さしずめ恋は聖火ですねぇ」
李衣菜「じゃあ二人は聖火ランナーじゃん」
冷やかされ方が特殊で分かりづら過ぎる。
にしても……まゆの思考が全く読めない。
李衣菜「ってそうじゃなくて!はやくお弁当食べないと!」
P「あ、俺作って来てないから購買行って来るわ」
まゆ「ふふ、そんなPさんの為に……じゃーん。まゆの特製サンドイッチです」
李衣菜「え、凄いよまゆちゃん。パン屋さんみたいな包装されてる!」
まゆ「はい、パン屋さんのサンドイッチですから」
特製、特製ってなんだ。
まゆはパン屋だったのだろうか。
まゆ「恋人が出来た以上、手作りのお弁当は受け取りづらいでしょうから。まゆのお気に入りのパン屋さんの、特製サンドイッチです」
P「略してまゆの特製サンドイッチか」
まゆ「はい、Pさんにもこの美味しさをお裾分けしたかったんです」
……まゆ、良くできた子過ぎるだろ。
P「ありがとな、まゆ」
まゆ「お礼、期待してますよ?」
李衣菜「三倍返しが相場だよね」
P「……うお、めちゃくちゃ美味しいなこれ……!」
まゆ「ふふ、良かったです」
ガラガラガラ
教室に加蓮と美穂が入って来た。
……加蓮と美穂?なんでだ?
加蓮「ただいまー鷺沢」
美穂「戻りました。もう大丈夫です」
P「……おかえり、美穂。あと加蓮も」
美穂「ごめんね李衣菜ちゃん、心配かけちゃって」
李衣菜「いいよいいよ、気にしないで」
いつもの空気が帰って来た事に安堵する。
五・六時間目は、頭を空っぽに気楽に過ごすことが出来た。
加蓮「じゃ、一回帰ったら鷺沢んち行くから」
P「あいよ、待ってるぞー」
美穂「あ、ねぇ李衣菜ちゃん。この後空いてる?」
李衣菜「ん、空いてるよ。何処か遊びに行く?」
まゆ「智絵里ちゃん、行きましょう」
智絵里「はい……」
放課後、各々の帰路に着く。 今日は雨が降っていなくて何よりだ。
そんな事はないはずなのに、一人で帰るのは久々な気がする。
二年生に上がってから一週間と少し、本当に色々あったなぁ。
家に帰ると、文香姉さんがレジで本を読んでいた。
文香「……お帰りなさい、P君」
P「ただいま姉さん。この後加蓮が来ると思うから」
文香「……家、空けましょうか?」
P「いや大丈夫だから、そんな気を使って貰わなくても」
着替えた後、少しだけ部屋を綺麗に片付けてみたりする。
元々本以外大したものはないから、一瞬で終わってしまった。
こう……なんだろう。
改めて、恋人を家に呼ぶのってめちゃくちゃ緊張する。
窓から外の道を覗いてみる。 室外機の上に乗っていた黒猫と目が合って逃げていった。
P「……いや別に何もないだろ!まだ二日目だしな!!」
叫んで自分の心を落ち着かせてみる。
と同時、店の扉が開く音がした。
文香姉さんの声が聞こえると言う事は、おそらく加蓮だろう。
文香姉さん、読書中は客にいらっしゃいませとか言わないし。
だん、だんと階段を登って来る足音がする。
今心電図を映したらすごい事になってそうだ。
コンコン、ガチャ
美穂「おじゃまします、Pくん」
……あれ? 加蓮、声と見た目と喋り方変えた?
P「って、美穂……えっと……ようこそ、俺の部屋へ」
美穂「なんで魔王みたいな台詞になってるんですか?」
P「世界の半分は難しいけど旧約聖書の半分くらいなら譲るぞ」
美穂「そんなもの要りません。でも……えへへ、良かったです。いつものPくんで」
P「……なぁ、美穂」
美穂「今日は加蓮ちゃんに呼ばれたんです。一回きちんとお話したい、って。この後李衣菜ちゃんも来ますよ」
その会話の場を当たり前のように俺の部屋にするな。
そして加蓮……いや別に?全くそういう事なんて期待してなかったし?
何か恋人的な進展があるかなーなんて考えてなかったし?
幾ら何でも早過ぎるよな、うん。 うん……はい。
美穂「わたしは、今朝も言いましたけど……今までと同じ様に、楽しく過ごせれば十分ですから」
P「……ありがとう、美穂」
美穂「その代わり!Pくんと加蓮ちゃんの馴れ初めは根掘り葉堀り聞かせて貰います!」
李衣菜「さっきぶり、P」
加蓮「ん、クッション出してよ鷺沢」
ドアが開き、李衣菜と加蓮も入って来る。
文香姉さんが全員分のお茶を用意してくれた。
文香姉さんが……?!
P「えっと……今日は足元の悪い中お集まりいただき……」
加蓮「ま、きちんと二人には説明しておこうかなってね。李衣菜と美穂は、前から鷺沢と仲良くしてたみたいだし。あ、自己紹介とかいる?」
李衣菜「聞かせて貰おっかな。かっこよく決めてね」
美穂「オサレポイントを失うとお茶が没シュートですよ」
加蓮「アタシの名前は北条加蓮……よろしく」
李衣菜「おー、クール系!」
美穂「多くは語らない感じが良いですね!」
加蓮「……私も乗っちゃったけどさ。何このテンション」
P「俺の友達だからな。類は友を呼ぶって言うだろ」
美穂「Pくんとの馴れ初めはっ?!」
加蓮「あれはいつだったかな……鷺沢の友達が少なかった頃だね」
李衣菜「ずっとじゃん」
P「おい」
加蓮「類友類友、私もだから安心して」
安心の要素がどこにも無い。
加蓮「……私、身体弱くってさ。一年生の時、全然学校来れなかったんだ。で、二年生になって初めて登校した日、鷺沢に学校を案内して貰う事になって」
P「千川先生に頼まれたんだよ」
美穂「初回限定の案内役クラスメイトガチャで、見事男子を引き当てたんですね」
李衣菜「Pだったらリセマラ推奨なのにね」
加蓮「最初はまぁ、色々冷たく当たっちゃったけど……ほら、鷺沢じゃん?」
美穂「Pくんですからね……」
李衣菜「Pだもんね……」
P「バカとでも言いたいのか」
加蓮「で、見事私の氷の様な心を溶かしきって、私を恋にドロップさせちゃったって訳」
李衣菜「恋にドロップさせちゃった。加蓮ちゃんの名言一つ目頂きましたー」
美穂「プレイヤーがドロップする側のゲームなんですね」
なんでさっきから一々例えがゲームなんだろう。
しかも過程の九割以上を端折ってるし。
美穂「どんな風に告白したんですか?」
李衣菜「どっちからの告白だったの?」
加蓮「……言わなきゃダメ?」
美穂・李衣菜「「ダメ」」
大変非常に居心地がよろしくない。
ガールズトークは他所でやって頂きたいものだ。
加蓮「……私にはPしかいないから、ずっと一緒にいて、って……」
美穂「……乙女ですね」
李衣菜「……成る程ね。Pだもん、うん」
美穂「そんな攻略の手口があったんですね」
加蓮「……超恥ずかしいんだけど。後は鷺沢がお願い」
李衣菜「その時のPの心境は!……って、聞くまでも無いか」
P「こっちに矛先向けないでくれ」
加蓮「ちょっと鷺沢、私を見捨てる気?」
ガチャ
扉が開いて、文香姉さんが入って来た。
助かった……
文香「加蓮さんが持って来て下さったお菓子です。私の分は既に頂きましたので、よろしければ……」
李衣菜「おー、美味しそう」
美穂「ありがとう、加蓮ちゃん」
加蓮「ま、私も二人とは仲良くしたいからね」
ところで、と。
加蓮が文香姉さんに向かって質問をした。
加蓮「彼の隠してる本とかって、何処にありますか?」
P「あぁあ、パリ語辞典の事か?!よく俺が最近パリ語勉強してるって知ってるなぁ!!姉さんは降りてって良いよ、俺が自分で出すからさ!!」
文香「……引き出しの」
P「冷蔵庫一番上の奥のバターサンド二つ」
文香「……四つ」
P「三つでなんとか」
文香「……すみません、私は済ませなければならない作業があるのでこれで……」
バタンッ
文香姉さんが出て行った。
P「……さて、なんの話だっけ?環境問題だったっけ?」
李衣菜「そう言えば確かに、何処にあるんだろうね」
美穂「Pくんの事ですから、無い筈は無いんですけど……」
P「そんな事より地球温暖化の話をするとしよう」
加蓮「今温暖化よりホットな話題してるじゃん」
P「お前らそんな一人の男子をよってたかって虐めて楽しいか?」
美穂「Pくん、わたしが入って来た時凄く不思議な表情をしてました」
加蓮「私と二人きりだと思ってた筈だから」
李衣菜「一体どんな期待をしてたんだろうね」
P「……最初のキスは加蓮からだったんだよ」
加蓮「ちょっと!!」
李衣菜「……ほーう」
美穂「もっとアツアツな話題ですね」
そんな感じに、美穂とも李衣菜とも今まで通りな会話を出来る事が本当に嬉しくて。
楽しい時間はあっという間に、気付けば太陽は完全に沈んでいた。
李衣菜「さてと、そろそろ帰ろっかな」
美穂「そうですね、Pくんも夕飯を準備しないといけませんから」
李衣菜「お邪魔しました、P」
美穂「また明日、学校で」
二人があっという間に支度を終えて部屋を出て行った。
加蓮「……いい友達に恵まれてるね、鷺沢」
P「ほんと、感謝しかないよ」
加蓮「それじゃ、私も帰らないと」
P「なら送ってくよ」
文香姉さんにその旨を伝え、家を出る。
日に日に少しずつ、夜風の冷たさは弱まってきていた。
加蓮「……私も、これからも仲良くして貰えるかな」
P「不安か?正直俺も不安だったけど」
加蓮「なら良し。今日の昼休み、私は美穂と色々話してたんだ」
そう言えば、昼休み教室に戻って来る時一緒だったな。
保健室で何を話してたんだろう。
加蓮「……ほんと、優しい子だよね。だって私と美穂、ほぼほぼ初対面だったのにさ……うん、邪険に扱われなかったんだもん」
P「……さっき一緒に居た時、美穂がどんな気持ちだったのかは……俺には分からない。でもきっと、俺たちが変な気を使うのが一番あいつを傷付けちゃうんじゃないかな」
加蓮「かもね。あと改めて、鷺沢が私を選んでくれた事が嬉しかったかな。だって、ずっとあんな優しくて可愛い子と一緒にいたんでしょ?」
P「加蓮だってめちゃくちゃ可愛いと思うけどな」
加蓮「えー、そこで優しさの方はフォローしてくれないんだ」
なんて話しているうちに、もう加蓮の家の前まで着いていた。
加蓮「さ、ほら鷺沢」
P「……そうだったな」
また明日を言う前に、加蓮にキスをする。
加蓮「……ありがと、鷺沢」
P「あぁ、また明日な。加蓮」
加蓮「じゃあね、また明日」
ピピピピッ、ピピピピッ
目覚ましの音で目を覚ませば時刻は六時半。
ぱぱっと着替えて顔を洗ってリビングへ行けば、文香姉さんが既に起きて本を読んでいた。
昨晩も遅くまで読書してた筈なのに、一体いつ寝てるんだろう。
P「おはよう姉さん」
文香「あ……おはようございます、P君。早起きですね」
P「今日は俺が朝食作るからさ。姉さんも早いね」
文香「私は、本棚の整理をしなければならなかったので……春は読書の季節ですので、抱き合せ販売強化期間ですから」
そう言えば確かに、姉さんはいつも早起きだった。
じゃないと、俺が寝てる間に李衣菜や美穂が入れないし。
P「さて、適当に作るかな」
文香「ふふ、期待してます」
冷蔵庫にある食材を適当に取り出す。
油揚げあるしガレットでも作るか。
トースターに食パンを投げて、その間にスープも作る。
コンコン
店の戸が叩かれる。
文香「はい、少々お待ち下さい……」
店の方に居た文香姉さんが戸を開けた。
李衣菜「おじゃましまーす。おはよーP」
美穂「おはようございます、Pくん」
加蓮「おはよ、鷺沢。おはようございます、文香さん」
加蓮までやって来た。
P「さては李衣菜か美穂から聞いたな?」
李衣菜「へへ、教えちゃった」
加蓮「私をハブるなんて酷いんじゃない?」
P「いやだって、加蓮朝弱そうだったから……と言うか朝食って普通自分ちで食べるもんだろ」
文香「……ふふ、朝から賑やかですね」
P「まぁいいや、五人分作るか」
四人分が五人分になるくらい、大した手間じゃない。
P「李衣菜、悪いけど皿とか用意してくれー」
李衣菜「了解っと!」
七時を少し回る頃には食卓に着けそうだ。
加蓮「鷺沢、料理出来たんだね」
美穂「とっても美味しいんです。ついつい通っちゃいますよ」
加蓮「へー、楽しみかも」
P「駄弁ってる二人もなんか冷蔵庫から調味料出しといてくれ。あと飲み物も」
美穂・加蓮「「はーい」」
文香「ふぅ……ようやく、一息着きました。あら……良い香りが」
P「よしっ、後はパパッと運んで……終わり!」
加蓮「おー、朝から凄いね」
李衣菜「私も前は朝食食べなかったんだけどね、今ではこのザマだよ」
このザマって……何かの中毒かよ。
文香「それでは……」
皆んな「「「頂きます」」」
加蓮「……っ!これは……っ!」
文香「油揚げのサクサクとした食感に包まれた、ほんのりシャキシャキ感の残る玉ねぎ……」
加蓮「ベーコン、卵、胡椒……それぞれの風味が完璧に噛み合ってる……!」
文香・加蓮「「美味しい……!」」
P「はいはい、さっさと食べて学校行くぞ」
実は内心ちょっとどころじゃなく嬉しかったりする。
恋人に手料理を褒められるのって、こう、いいな。
加蓮「いつもみんなこんなに美味しい料理を朝から食べてたんだ」
美穂「羨ましいですか?羨ましいですよね?」
加蓮「最近美穂そこそこグイグイ来るよね」
李衣菜「たまーにまゆちゃんが来て作ってくれる日もあるんだ」
ピタッと、加蓮の動きが止まった。
読書の春が唐突に氷河期に突入してしまったと錯覚するほど、視線がれいとうビームを放って来る。
加蓮「……被告人鷺沢、何か申し開きは。なければ終身刑だけど」
美穂「さ、裁判官さんっ!弁解の余地を下さい。まゆちゃんは、えっと……とっても良い子ですよ?」
面白いくらい弁護になっていない。
P「そ、それに牢屋になんか囚われなくても俺はずっと加蓮の虜だから……!」
俺は何を言ってるんだろう。 朝だからまだ頭が回ってないって事で。
加蓮「えっ、あっ、えへへ……そっかー。それじゃしょうがないね、実質既に終身刑だしいっか」
李衣菜「……美穂ちゃんそっちのタバスコ取って、うん。あれこの料理塩と砂糖間違えてない?」
美穂「ゴールは結婚ですから、文字通り人生の墓場ですね」
どうやら上手く切り抜けられたようだ。
……まぁそうだよな。 まゆが朝食を作ってくれるのはありがたいが、きちんと断らないと。
振る舞うのは兎も角、振る舞われるのはあまり立場上よろしくない。
加蓮「ご馳走様。後片付けは手伝うよ」
李衣菜「お言葉に甘えて。じゃあ私達は先に学校行こっか」
美穂「ですね、さっきみたいなやり取りをずっと聞いてたら糖尿病になっちゃいそうですから」
二人がさっさと出て行く。
加蓮「……ほんっと、優しいよね。美穂も李衣菜も」
P「だな。さて、俺たちも片付けして学校向かうか」
みんなの食器を運んで洗い、卓上調味料を片付ける。
キッチンで隣に恋人がいる感覚は、なかなかに幸せなものだった。
片付けを終えて外に出ると、雲一つない快晴の空。 ここ数日で一番あったかい朝だ。
P「忘れ物はないか?」
加蓮「行ってらっしゃいのキスは?」
P「夫婦みたいだな」
加蓮「……もう」
P「で、キスしていいか?」
加蓮「えっ、あ、もちろん……いつも何度でもどうぞ」
神隠しに遭いそうな台詞だな。 それはそれとして、加蓮を抱き寄せ唇を重ねようとする。
P「んっ?!」
加蓮の方からキスをされた。 しかも、割とディープなやつだ。
加蓮「んっ……んむっ、ちゅっ……んちゅぅ……っんっ……」
口のなかに加蓮の舌が入って来る。 俺も応える様に、加蓮とのキスを堪能した。
加蓮「……んっぷぁ……ふぅ……しちゃったね、大人なキス」
P「……だな」
お互いに顔が真っ赤だった。
加蓮「……『みたい』が……外れる日が、少し近付いたんじゃない?」
P「……ごめん、ちょっと恥ずかし過ぎてやばい。あと加蓮が可愛過ぎてやばい」
加蓮「ちょっと!私結構勇気出したつもりだったんだけどっ!……まぁ勢いもあったけどさ」
P「手、繋いで行くか」
加蓮「だね。あともう一つ忘れ物」
P「なんだ?」
そう言って隣に並ぶ加蓮の方を向くと、再びまたキスをされた。
加蓮「んっ、ちゅぅ……んちゅ……んむぅ、ちゅ……っふぅ……」
P「……良いな、キスって」
加蓮「またする?ねぇ、もっとキスする?」
……あぁ、まずい。 俺の恋人が可愛過ぎてまずい。
三千世界に俺の恋人の可愛過ぎさを自慢したい。
P「凄い魅力的な提案だけど、そろそろ時間やばいぞ」
加蓮「それじゃ、お昼休みまでお預けだね。我慢出来る?」
P「出来るけど」
加蓮「はぁ?!なんで我慢出来るの?!私はこんなにしたいのに!」
P「……そう言えば、忘れ物はなんだったんだ?」
加蓮「行ってきますのキスだよ」
P「一緒に登校すると一度に二回できてお得だな」
加蓮「恋人とのキスを抱き合せ販売みたく言わないで」
ちょっと怒りながらも、強く手を握りしめてくる加蓮。
P「でも俺は加蓮を抱きしめたいぞ」
加蓮「……お昼休み、楽しみにしてるから」
そんな恋人と二人並んで歩ける今が、とても幸せで。俺たちは、普通に遅刻した。
加蓮「……やばい……ほんとやっばい……」
李衣菜「どうしたの加蓮」
美穂「Pくんなら一時間目は教室移動でいませんけど」
加蓮「こう、なんだろ……私ってこんなにバカだったっけ」
美穂「バカっぽいとは思ってましたよ」
加蓮「ぽいならセーフ」
李衣菜「いいんだ……」
加蓮「……お昼休み、まだかな」
美穂「楽しい事を考えてればあっという間ですよ」
加蓮「楽しい事、ね………………あぁぁぁぁぁ……っ!」
李衣菜「顔真っ赤だよ加蓮ちゃん」
美穂「頭の中はPくんで埋め尽くされてそう……」
加蓮「……ふぅ、別に?私はぜんっぜん期待してなかったけど?」
李衣菜「なんか喋り出したんだけど」
美穂「ファービーみたいですね」
加蓮「そう言えば私撫でられた事ない……これって訴訟したら勝てるかな」
李衣菜「勝ったらどうなるの?」
美穂「賠償金を要求出来ますね」
加蓮「つまり鷺沢の財布を握れるって事。完璧な将来設計作戦じゃない?」
李衣菜「でもそれだと撫でて貰えてなくない?」
加蓮「裁判取下げる。直接示談して和解した方が平和だしね」
李衣菜「……春だね」
美穂「春のせいにするのは春に失礼じゃないですか?」
まゆ「楽しそうですねぇ」
加蓮「……何しに来たの?」
まゆ「授業を受けに来てるんですよぉ」
李衣菜「まぁまぁ、もう少しお互い会話する余裕を持とうよ」
美穂「まゆちゃん、最初から居ましたしね」
加蓮「まゆ。あんた鷺沢の家で朝食作ってる時あるんだって?」
まゆ「最近はあまり行けてませんけどね」
加蓮「やめてくれない?」
まゆ「Pさんから言われたら前向きに検討します」
加蓮「鷺沢は私の彼氏なんだから」
まゆ「とってもお似合いだと思いますよ」
加蓮「お似合い……たまになら大目にみてあげる。お似合い……ふふっ」
まゆ「まゆの方がもっとお似合いになれると思いますけどね」
美穂「モコズキッチンみたいですね」
李衣菜「今の加蓮ちゃんには何言っても届きそうにないよ」
美穂「……あの、もう先生来るから席に戻りませんか?」
加蓮「私の席はここだよ?」
李衣菜「ナチュラルにPの席を私物化しない。ほら戻るよ加蓮ちゃん」
加蓮「……」
P「……どうした、加蓮」
昼休み、屋上にて。 軽く周りを見回して、誰もいない事を確認した加蓮が口を開いた。
加蓮「鷺沢、キス」
メスの様にキスを要求するんじゃない。 するけど、したいけど。
P「おう」
唇を重ねようとする。 当然のようにディープなキスにさせられた。
加蓮「……ふぅ、よし。ねぇ鷺沢、今日の放課後は空いてる?」
P「もちろんなんも予定ないぞ」
加蓮「ならさ、デートしない?せっかく五時間目終わりで時間あるし駅前行こうよ」
P「構わないぞ。一回帰ってから迎えに行こうか?」
加蓮「ううん、直接行こ。制服デートって響き憧れない?」
P「……多分、大人になったら分かる良さなんだろうな」
そう言えば、加蓮と二人きりで何処かへ行くのは久し振りな気がする。
なんやかんやここ数日は新年度の学力テストやらなにやらで割と忙しかったし。
P「なんか買いたいものとかあるのか?」
加蓮「ううん、ただ鷺沢と一緒に色んな場所に行きたいだけ……で、抱きしめてくれるんじゃなかったの?」
そう言えばそんな事を今朝言ってた気がする。
P「……なんかこう、落ち着いて抱きしめようとすると恥ずかしいな」
加蓮「キスしながらの方がしやすい?」
P「それはあるな。いや、でも慣れていきたいし普通に抱きしめる」
そう言って加蓮の背に両手を回し、グイッと抱き寄せる。
ほんと、身体細過ぎて心配になるなぁ。
加蓮「……ふふ……はぁ、幸せ……」
加蓮が幸せそうな表情をしている。
ギュゥゥッと加蓮からも抱きしめてきた。
加蓮「あとそう、頭を撫でるのも忘れない様に」
P「なんだろ、女子の髪を触るのはどうとか聞いた事あったんだけど。良いのか?」
加蓮「もちろん。恋人に撫でられて嬉しくない訳ないじゃん?」
取り敢えず言われた通りに加蓮の頭を撫でる。
目の前の加蓮の表情は完全に蕩け切っていた。
P「……ちゃんとご飯食べてる?朝ご飯も抜いちゃダメだぞ?」
加蓮「……このシチュエーションでそれ言う?あと、なら鷺沢が毎朝作ってくれてもいいんだよ」
P「ほんと前も思ったけど細いなぁって」
加蓮「そこそこあるとは思うんだけどね」
P「……」
意識しないようにしていたが、ダメだ、ダメだった。
当然と言えば当然だが、真正面から抱きしめれば胸が密着する。
ブレザーで覆われてはいるが、胸の柔らかさはしっかりと伝わって来た。
P「……鳥の胸肉ってカロリー低くて安くて身体に良いんだよな」
加蓮「鷺沢、素直に」
P「えぁ、えっと……幸せです」
加蓮「素直でよろしい。次、まゆが朝食作りに来るの断って」
P「……はい。まぁそうだよな、俺にはもう加蓮がいるんだし」
加蓮「……絶対だよ?」
P「あぁ。約束する」
加蓮「……お昼休み、あと十五分しかないね」
P「だなー」
加蓮「五時間目、サボっちゃわない?」
P「それはダメだろ」
加蓮「私と授業、どっちが大事なの?なんてね」
P「放課後、何処行こうかなぁ」
楽しみで仕方がない。 俺の人生楽しみしかないな。
そのまま加蓮を抱き締めたまま、時折キスをして。
チャイムが鳴ってから教室に戻り、俺だけ先生に怒られた。
加蓮「それじゃ、行こっか」
P「おう」
校門を出てすぐ、加蓮と手を繋ぐ。
最初は周りの目を気にしていた俺たちだったが、最近はそれもなくなり始めていた。
加蓮「そう言えば、もう六月頭には修学旅行なんだっけ」
P「だなー、沖縄だぞ沖縄。六月頭ならまだ暑くないといいんだけど」
加蓮「鷺沢は行動班絶対ハーレムじゃん。欠席してよ」
P「エグくない……?」
加蓮「冗談。多分自由に決められるし、美穂や李衣菜なら信頼出来るからいいかな」
P「修学旅行の夜一人とか寂しいよなぁ……他のクラスの男子と一緒になるのかな」
加蓮「もし一人だったら私が行ってあげる」
P「千川先生ブチ切れるぞー」
あっという間に駅前に着いた。
さて……何も考えて無い。
加蓮「あっ、鷺沢鷺沢!クレープの屋台あるよ!」
P「落ち着け、フランス北西部の罠かもしれない」
加蓮「なんでそんなピンポイントな地区から罠仕掛けられてるの。カロリー的にはハニートラップかもしれないけどさ」
P「結構並んでるけど、俺たちも並ぶか」
そこそこ長い列の最後に俺たちも加わる。
前に並んでいるのは、殆どカップルだった。
加蓮「……なんかいいね、こう、カップルで並ぶのって」
P「なー、前までなんでクレープにあんな並んでるんだろって思ってたけど」
加蓮「今度は遊園地とか行きたいな」
あぁそうか、そうだ。
今月頭に遊園地行った時は加蓮いなかったんだ。
確か風邪をひいてたとか……
口にはしない、絶対、後が怖いから。
と、前からメニューが回って来た。
P「何にする?」
加蓮「鷺沢とキスする」
P「……いやそうじゃなくて、クレープのメニュー」
加蓮「えっ、あ、メニューね。クレープだもんね」
P「……で、どれにする?」
加蓮「うーん、色々あって迷っちゃう……鷺沢は?」
P「俺は普通にイチゴと生クリームのにするつもり」
加蓮「こっちの明太ポテトにしない?そしたら私は迷わず辛子マヨポテトに出来るんだけど」
お前ほんとポテト好きだな。
味の系統若干どころじゃなく被ってないか?
P「まぁ別にそれでもいいぞ」
ようやく俺たちの番が回って来た。
既に決めてあったメニューを注文して、クレープを受け取る。
近くに用意された椅子に座って、出来立てのクレープに噛り付いた。
P「うん、美味い」
加蓮「ジャガイモ作った人にノーベル平和賞あげたくなるよね」
P「俺たちは何様なんだってなるな」
加蓮「ノーベル化学賞でもいいかも」
P「遺伝子組み換えでないジャガイモな事を祈ろう。それで何があるのかは知らないけど」
加蓮「あと鷺沢、そっちの一口……三口頂戴」
強欲だな、ケルベロスかよ。
加蓮「……くれないの?」
P「取らないの?」
渡そうとしているのに、なかなか受け取ってくれない。
加蓮「食べさせてくれないの?」
P「……なるほどね。はい、あーん」
……めっちゃめちゃ恥ずかしい。
周りのカップルもやってるとは言え、人目とかそういうのじゃなく恥ずかしい。
しかも加蓮、そんな俺を見て楽しんでるのかなかなか食べないし。
P「……早く食べてくれませんかね」
加蓮「ごめんごめん、照れてる鷺沢が面白くってさ」
そう言って、ようやく加蓮が俺のを咥えてくれる。
……一口一口がデカく、三口で三割近く持っていかれた。
加蓮「ご馳走様。うん、辛子マヨと味の系統一緒だった。鷺沢も食べる?」
P「いやいいよ」
加蓮「えー、恋人のあーんを断っちゃうんだ」
P「味殆ど一緒なんだろ?」
加蓮「うん、鷺沢とお揃い」
可愛い、でもお揃いではないと思う。
加蓮「さて、食べ終わったけど次は何食べる?」
P「まだ食べるのか?」
加蓮「折角駅前来たからね。フルーツ棒とかトルネードポテトとか食べてきたいじゃん?」
P「夕飯食えなくなるぞ」
加蓮「甘いものとしょっぱいものと夕飯は別腹だよ」
その後は色々と食べ歩きをして。
二人でプリクラを撮ったりエアホッケーをしたり。
日が完全に沈むまで、デートらしいデートを満喫した。
ちひろ「さてみなさん。五月と言えば……何だか分かりますか?」
アバウト過ぎて意味がわからないHR。
千川先生が、ノリノリで教卓に立っていた。
ちひろ「はい、そうですね。六月の修学旅行です!」
五月じゃないじゃないですか。
ちひろ「一応五月末に中間テストもありますが……修学旅行と言えば青春を象徴するイベントですからね。まぁこの学校は殆ど女子しかいませんが、おかげで先生的には非常に安心できる訳です」
……何も言わないでおこう。
ちひろ「クラス唯一の男子である鷺沢君には既にお相手がいる様ですから、先生はとても気が楽です」
P「……え?」
ちひろ「そして行動班及び宿泊班ですが、出席番号順で三人ずつに決まりました」
加蓮「はぁぁぁぁぁぁぁぁあっ?!」
ちひろ「……北条さん落ち着いて下さい。貴女そんなキャラじゃなかったですよね」
驚きながら、千川先生が班分けのプリントを配る。
俺の行動班は出席番号前後の小日向美穂と佐久間まゆだ。
宿泊班は俺一人となっている。
夜寂し過ぎるだろこれ、せめて他のクラスの男子と一緒にしてくれよ。
美穂「よろしくお願いします、Pくん」
まゆ「一緒に楽しみましょうね、Pさん」
P「あぁ、よろしくな」
加蓮「よろしくないよろしくない。微塵もよろしくないから」
ちひろ「ごほんっ!!スケジュールや持ち物に関しては今からしおりを配布します。あと沖縄とは言え六月なので、海で泳ぐ事は出来ません」
それでは、と言って千川先生が教室を出て行った。
美穂「自由行動の時間、何処に行きますか?」
P「俺あれ食べたい、サトウキビ」
まゆ「ゴーヤチャンプルも食べに行きたいですね」
加蓮「ちょっとちょっとちょっと!何勝手に話進めてんの?!」
P「いやだってさ、班決まっちゃってるのに恋人と一緒が良いんで変えて下さいとは流石に言えないだろ……」
まゆ「加蓮ちゃんの分まで、まゆ達がPさんと楽しんで来ますよ」
美穂「楽しい旅行にしましょうね!」
加蓮「……あーテンション下がってきた。修学旅行って何?煩悩排除ツアーなの?悟り開けばいいの?!」
P「んな禅問答みたいな事聞かれても……いや待て、確かカヌーあったろ。そこはもしかしたらペア自由かもしれないな」
智絵里「あ……それなら、先生が適当に決めたって言ってました……」
加蓮「私は運命を信じるよ。絶対鷺沢とペアになってる筈」
まゆ「安い運命ですねぇ……」
P「カヌーのペアカヌーのペア……ん、俺智絵里ちゃんとだ」
加蓮「はっ、運命って何?バカバカし過ぎてソーキそばなんだけど」
全くもって意味がわからないが、ソーキそば美味しいぞ。
智絵里「よろしくお願いします、Pくん」
P「よろしく、智絵里ちゃん」
加蓮「浮気だね、その浮ついた気持ちをカヌーごと沈めてあげる」
P「俺たちのカヌーの名前がタイタニックに決まったぞ」
智絵里「わたしたちが……運命の二人……」
加蓮「安い運命だね」
まゆ「加蓮ちゃん、本当にソーキそばですねぇ……」
加蓮「先生に直談判してペア変えてもらってくる。運命は自分の手で変えるものだからね」
美穂「それだと千川先生の手ですけど……」
ガラッ、バンッ!
P「……なんかごめんな、智絵里ちゃん」
智絵里「いえ……わたし、とっても楽しみです」
美穂「加蓮ちゃん、朝から元気ですね」
数分後、おそらく直談判に失敗したであろう加蓮が死にそうな目で戻って来た。
結局六時間目が終わるまで、加蓮は沈んだテンションのままだった。
P「……おーい、加蓮」
加蓮「帰る。着いてこないで」
バンッ!
あっという間に加蓮が教室から出て行ってしまった。
美穂「……加蓮ちゃん、結構本気でしょげてるみたいですね」
まゆ「どうでしょう?構って欲しいだけかもしれませんよ」
P「とは言え、班分けとかは俺に言われてもなぁ……」
ガラッ!
加蓮「なんで追い掛けて来てくれないの?!」
P「……待ってくれ加蓮!」
加蓮「よし、着いて来て。あ、着いて来ないで」
バンッ!
美穂「……まゆちゃん、とびきりしょっぱいもの食べに行きませんか?」
まゆ「ソーキそばでも食べに行きましょうか。駅前に沖縄料理のお店がありますから」
智絵里「えっと、あの……わたしも、一緒に行っていいですか……?」
美穂「もちろん。李衣菜ちゃんも誘おっか」
P「いいなーソーキそば」
まゆ「Pさんも一緒にどうですか?」
P「いや、修学旅行までの楽しみにとっとくよ」
李衣菜「Pなら自分で作れそうだよね」
P「まぁ麺とスープ買ってくれば作れそうではあるよな」
美穂「また明日ね、Pくん」
P「また明日、皆んな」
ガラッ!
加蓮「ねぇ遅い!もうほんと着いて来ないで!!」
バンッ!
P「……流石にあれは本当に怒ってるっぽいな」
まゆ「ふふ、どうでしょう?頑張って下さいね、Pさん」
急いで荷物をカバンに突っ込んで教室を出る。
既に廊下にも下駄箱にも加蓮の姿は無かった。
ピロンッ
通知を確認すると、加蓮からラインが来ていた。
『さっさと帰って』
……ガチギレしてるじゃん……そこまで怒らなくてもいいんじゃないだろうか。
適当に謝ると火に油なのは分かっている。
どう返すのが正解なんだろう…… そう考えながら歩いているうちに、既に家に着いていた。
P「ただいま、姉さん」
レジで、文香姉さんがショートケーキを食べていた。
いいな……じゃなくて、店員としてそれでいいんだろうか。
文香「お帰りなさい、Pくん……お客さんがお部屋でお待ちですよ」
P「ん……俺に客?」
来るはずないじゃん李衣菜達以外、と言おうとして悲しくなり黙る。
取り敢えず階段を登って自室に戻る。
加蓮「……遅い…………」
P「……」
加蓮が俺のベッドに突っ伏していた。
……怖い。
さっさと帰ってってそう言う意味だったのかよ。
加蓮「……ギュってして」
P「おう」
加蓮を抱き締める。
相変わらず、細過ぎる身体だった。
加蓮「……私さ……他のクラスメイト達と仲良くなれるかな」
P「……大丈夫だろ、加蓮なら」
加蓮「正直、すっごく不安。鷺沢がまゆと同じ班なのも、私が全然知らない人たちと同じ班なのも」
P「加蓮を裏切る様な事は絶対しないよ。あともし不安なら、夜通しライン付き合うから」
加蓮「そっか……ありがと。ちょっと気が軽くなったよ」
P「それなら良かった」
加蓮「じゃ、スマホ貸して」
P「……んん?」
おかしい、文脈が繋がっていない。
夜通しライン付き合うとスマホ貸すは全く違う意味だと思う。
加蓮「私の不安を消すためだと思って」
あれか、ラインチェック的なやつだろうか。
P「まぁいいけどさ」
特にやましい事はない。
検索サイトの履歴も消してあるし。
加蓮「パスワードは?」
P「加蓮の誕生日」
加蓮「……チェックしなくていいや、もう十分安心させて貰ったから」
P「加蓮に見られて困るものなんて俺には特に無いよ」
加蓮「ふーん、そっか……鷺沢は私にベタ惚れだね」
確かにその通りではあるが、加蓮は一度鏡を見てみような。
加蓮「なら、そこの本も私に見られて困らないモノだったりする?」
加蓮が指をさす先には、数冊の本の山。
その表紙に描かれたイラストは、必要以上に肌色な面積が広いもので……
P「……パリ語辞典だしな、別に見られて困るものじゃないかな!」
加蓮「私パリ語読めないからさ、鷺沢がちょっと読み上げてみてよ」
P「……おおっと、これはR18雑誌じゃないか!姉さん間違えて俺の部屋に置いてったな?」
加蓮「へー。文香さんって、勝手に弟の部屋の引き出し一番下段の二重底下の箱に地図のカモフラしてエロ本保管する人なんだ」
P「……姉さんが食べてたショートケーキって……」
加蓮「私の差し入れ」
文香姉さん……と言うかほんとなんで把握されてるんだ。
P「いやあの、はい……俺のコレクションです」
加蓮「読み上げて」
P「……ほんと勘弁して下さい」
加蓮「鷺沢十六歳だよね?なんでこんな本読んでんの?」
P「……だ、男子なので……」
加蓮「まぁそれは良いんだけどさ。取り敢えず表紙の煽り文だけ読み上げて」
これは何という名称の拷問なんだろう。
中世ヨーロッパはこんな恐ろしい事が日常的に行われていたのか。
P「……『は~い、君の下半身が静かになるまで三分もかかりませんでした♡』真面目で正統派キュートな彼女にセメられる!起立が止まらない学園性活!!」
加蓮がゴミを見るような目で俺を見ている。
辛い、穴があったら入れ……入りたい。
加蓮「表紙、美穂に似てるよね」
P「……割と似てるな」
加蓮「美穂って真面目な正統派キュートだよね」
P「……割とそうだよな」
加蓮「……次、これ」
P「……ビクつく小動物系女子をビクンビクンに!発情ウサギを初上映!!『トロトロチェリーなセッ◯スイーツ、召し上がれ♡』」
加蓮「表紙、智絵里に似てるよね」
P「……割と似てるな」
加蓮「智絵里ってビクつく小動物系女子だよね」
P「……割とそうだな」
加蓮「……次、これ」
P「……恋するあの子は肉食系ヤンデレ。恋人同士の抱、恋、挿!『アナタの荒ビッキビキソーセージ、独り占めしちゃいまぁす♡』」
加蓮「表紙、まゆに似てるよね」
P「……割と似てるな」
加蓮「まゆって肉食系ヤンデレだよね」
P「……割とそう……いや、それは分からないけどさ」
加蓮「私はね?そこそこ許容範囲広く寛大な心で、鷺沢の趣味を受け入れようと思ってたんだよ?いつか出来る範囲で叶えてあげたいなって思ってたんだよ?」
P「まってほんとごめん、この状況でシリアスっぽく言わないで」
いやほんと、お気に入りのヤツの表紙がたまたまそうだっただけなんだ。
加蓮「人妻モノが無くて正直凄くホッとしたりしたんだよ?」
P「それは絶対叶えてくれなくていいヤツだから」
加蓮「なのに、鷺沢の趣味把握しようとしたら……こんな仕打ちなんて……」
加蓮なりに、俺の好みを把握しようとしてくれていたのか。
確かに真正面から聞かれても答えづらい質問だしな。
加蓮「……病弱系なギャルモノはどこ?」
……そこなのか。
加蓮「何か言うべき事は」
P「本当にごめんなさい。捨てますはい、全部捨てます」
加蓮「私は鷺沢の好みから外れてたの?」
P「いや、加蓮は現実に恋人なわけだからさ。ならこういう本にそれを求めなくてもいいかなって……あとほら、普通に新婚モノもあるから」
俺は何を口走ってるんだろう。
加蓮「これ……私に二十四時間スッポコ新妻ダンシング肉じゃがプロレスさせるつもり?」
P「いやもうほんとごめんなさい全部捨てるんで」
加蓮「……この煽り文、私が叶えてあげられるのは新妻と肉じゃがだけだから……」
P「……その二つで十分だよ、加蓮」
加蓮「こういう本を読まないで、とは言わないけど……私がいるじゃん……」
P「……本当にごめんな、加蓮。なぁ、ソーキそば食べに行かないか?」
加蓮「……行く」
P「修学旅行さ、二人で沢山写真撮ろうな」
加蓮「うん、撮る……あ、そう言えばカヌーのペア」
P「どうかしたのか?」
加蓮「私まゆとだったんだけど!!」
P「困るのか?」
加蓮「困らないと思う?鷺沢とまゆがペアじゃないだけましだけどさ?!」
P「俺にキレられてもな……あと加蓮、今月末中間あるけど大丈夫そうか?」
加蓮「……大丈夫だと思う?」
大丈夫ではなさそうだ。 四週間はあるし、まだなんとかなるとは思うが。
P「勉強会開くか?」
加蓮「ううん、二人きりが良い。ところで鷺沢って頭良いの?」
P「お察しの通りだ」
加蓮「出来ないんだ」
P「友達少ないから勉強に割ける時間が多くてそこそこ出来るって意味だよ言わせるな恥ずかしい」
加蓮「私友達少ないのにそんな出来ないんだけど?!」
P「でも恋人は出来ただろ?」
加蓮「……ふふふ……えへへ……」
めちゃくちゃ可愛い。 やっぱり少し意地悪したくなる。
P「……お前の恋人は勉強がそこそこ出来るって意味だぞ」
加蓮「ならその勉強得意な私の恋人さんに保健体育を教えて貰おっかな。そこの本全部音読してよ」
意地悪なんてするべきではなかった。
P「取り敢えず数学と科学系だけはしっかりやっとくべきだな。世界史とかは頑張って覚えろ。取り敢えず今日は夕飯食べ行くか」
加蓮「……ねぇ、鷺沢」
P「なんだ?」
加蓮「……二人で一緒に平均点下げよっか。約束だよ?」
そんな約束を交わす訳にはいかない。
それからしばらくの間は、割と真面目に勉強をした。
ちひろ「飛行機だからだと思いますけど……航空力学的なお話をご所望ですか?」
P「……陸地や海を走る飛行機があっても良いと思うんです」
ちひろ「それほんとに飛行機ですか?」
修学旅行一日目。
当然ながら一番最初のアトラクションは飛行機による空中ツアーで。
この飛行機のチケットが天国への片道切符にならないことを祈りつつ、俺は気圧差の耳キーンに耐えていた。
ちひろ「飛行機での事故発生率は車より圧倒的に低いから大丈夫ですよ、鷺沢君」
隣の席は千川先生だった。
男女別々に出席番号順だった為、俺が一番先頭だったからだ。
おかげで隠し持って来たスマホで音楽を聴くことも叶わない。
数少ない友達が近くにいないからトランプも出来ない。
ちひろ「沖縄まで二時間程しかかかりませんから」
P「事故が起きるのに二時間も必要ありません。一瞬ですよ一瞬」
ちひろ「鷺沢君は自分の不安を煽りたいんですか?」
とはいえ、着いてからの事が楽しみ過ぎて仕方ないのも本音だ。
沖縄なんて行ったことがない。
本当にシーサーやシークァーサーが沢山居るのだろうか。
カヌーも漕いだ事ないし、サメも実物を見た事ないし……
P「……行動班やカヌーのペア、なんで自由じゃなかったんですか?」
ちひろ「出席番号順とくじで決めた事に不満ですか?」
P「だって修学旅行ってこう……色々と自由なイメージがあったんで」
どうせなら加蓮と一緒が良かった、とは流石に教師相手には言いづらいが。
ちひろ「……一番の理由としては、やっぱり不純異性交遊の抑制の為ですね。私は先生ですから」
P「俺に相手がいるから、他の女子と組ませておけばそういった問題は起こりえない、と?」
ちひろ「はい、少し申し訳ないですけど……なにぶん男子生徒が修学旅行にいる事自体が我が校初なので……」
P「確かにそうですけどね……ん、そう言えばどうして俺と加蓮が付き合ってるって知ってたんですか?」
ちひろ「教えて貰わなければ、きっと気付かなかったと思います。北条さんがまさかそう言う子だとは思いませんでしたし」
……教えて貰った?
それは、加蓮が教えたんだろうか。
ちひろ「カヌーのペアに関しては殆ど完全なくじ引きです」
まあくじで決まった事なら文句は言うまい。
加蓮と水上で二人きりなんて絶対キスを強請られるだろうし。
嬉しいが、流石に人目が気になり過ぎる。
P「にしても部屋俺一人とか寂し過ぎませんかね。朝には冷たくなってるかもしれませんよ」
ちひろ「うさぎですか鷺沢君は……」
千川先生との会話もなかなか面白い。
あっという間に、飛行機は着陸に向かい始めていた。
P「……俺、無事着陸出来たらソーキそば食べるんです」
ちひろ「もう少しロマンチックな遺言にしませんか?」
P「夜は……あいつと、ソーキそば食べたかったな……」
ちひろ「君のロマンチックの定義はソーキそばなんですか?」
特に事故が起きる事なく、飛行機は那覇空港に着いた。
飛行機を降りたクラスメイト達は半分くらいが疲れ切っている。
加蓮「……うぇぇ……二度と乗んない……」
P「俺も乗りたくない……でも乗らないと帰れないらしいぞ……」
加蓮「鷺沢……一緒に沖縄で暮らそうよ」
P「まだ俺やり残した事あるから……」
パソコンのファイル消してないし。
李衣菜「沖縄ってなんか良いよね!なんだろ、こう……ロックな空気がする」
美穂「李衣菜ちゃんは元気だね……わたし、もう……」
まゆ「美穂ちゃん……美穂ちゃん……っ!!」
李衣菜「ねぇねぇほらコンビニ!沖縄のコンビニあるよ!」
美穂「こんなところにまで……コンビニは凄いですね」
まゆ「沖縄を馬鹿にし過ぎですよぉ」
三人は疲れなど知らんと言うかのようにはしゃいでいる。
李衣菜「沖縄そばをソーキそばに?!」
美穂「まゆちゃんは違いの分からない女ですねっ!」
まゆ「なんで矛先がまゆに向くんですか……」
あいつらも相変わらず元気だなぁ。 これからまだバスで二時間の移動があるって言うのに。
智絵里「楽しみですね……Pくん」
P「あぁ。取り敢えず一日目はずっと晴れみたいだし安心だな」
ちひろ「はーい、早くバスに乗り込んで下さい。席は自由で良いので奥から詰めていって下さいね」
加蓮「何モタモタしてんの行くよ鷺沢!」
まゆ「一番奥の五人席を陣取りますよぉ!」
李衣菜「私の速さに着いてこれるかな?!」
美穂「……元気ですね」
智絵里「凄いなぁ……」
結局、一番奥の五人席は他の人達が既に座っていた。
その手前の二人がけに、それぞれペアで座って行く。
加蓮「修学旅行だね、鷺沢」
P「あぁ……楽しまないとな」
加蓮「一日目は昔の日本の事を学ぶツアーだっけ?」
P「だな。でも確か色々語ってくれるばあちゃん、聞く所によると昔の彼氏の自慢話しかしないらしいぞ」
加蓮「……抜け出さない?」
まゆ「抜け出した所で周りには何もありませんよ」
李衣菜「多分最後に感想書いて提出しなきゃいけないだろうしね」
バスの移動は良い、空を飛ばないから。 喋ったり大富豪をしているうちに、公民館的な所に着いていた。
ちひろ「はーい、荷物を持って出て下さーい!大きいバッグはそのままホテルの方に送られますからねー!!」
加蓮「……暑い、まだ六月なのに」
まゆ「沖縄ですからねぇ」
めちゃくちゃ蒸し暑い。 どうやら昨日は大雨だったようで、良い感じに湿度が凄い事になっている。
着替えのシャツ、デカいバッグから取り出しておけば良かった。
ちひろ「お昼はバイキングですから、しっかりお腹を空かせて下さいね」
どうやってお腹を空かせと?
加蓮「ポテト……ポテトッ!こんな場所で逢えるなんて……っ!」
まゆ「だから沖縄をなんだと思ってるんですか……」
美穂「加蓮ちゃん、せっかくのバイキングなんだからお皿をジャガイモで埋め尽くすのはやめませんか?」
P「自分の皿ならいいんだ。俺の皿まで使ってポテト帝国を築かないでくれ」
加蓮「私と鷺沢とポテトだけの国、やだ?」
P「……一瞬頷きかけたけど国民全員ジャガイモとか嫌だよ」
智絵里「……」
李衣菜「え、まだ食べてないのに胃もたれしそうなんだけど」
まゆ「加蓮ちゃんには高血圧でリタイアして欲しいですねぇ」
長い長い百歳手前のおばあさんの惚気話が終わり、俺達はようやくリラックス出来る時間にありつけた。
せっかくの沖縄なのにバイキングの料理は唐揚げやポテトや肉じゃがといった、学生相手にゃこれ食わせときゃいいだろ感溢れるメニューばかりだが。
李衣菜「この後って何処行くんだっけ?」
智絵里「えっと……確か、首里城の見学だったはず……」
P「暑くて歩くのしんどいなぁ……」
加蓮「ねぇ見て鷺沢!このポテトハート型!パセリも祝福してくれてるし!!」
まゆ「半分に引き裂いてあげますよぉ」
智絵里「……パセリの花言葉は、お祭気分です」
李衣菜「この空間ほんとに熱過ぎない?」
美穂「でもこの後の行動班、加蓮ちゃんとPくん班違いますよね?」
加蓮「……このパセリ乾燥しきってるんだけど!!」
……加蓮、なんだろうな……
修学旅行で浮かれてるのかな……
表情がコロコロ変わって可愛いから俺としては幸せだけど。
まゆ「Pさん、楽しみましょうね?」
加蓮「浮気!気分がフライしてる!そんなのポテトだけで十分だから!!」
……元気だなぁ、加蓮。
P「……疲れた……」
修学旅行一日目が終わり、俺はホテルのベッドに倒れ込んだ。
食後の満腹感も相まってとんでもなく眠い。
夕食の時も加蓮はずっとポテトを食べながら物凄いテンションで騒いでいたし。
ピロンッ
加蓮からラインが届いた。
『起きてる?』
『起きてるぞ』
『ほんとに?』
『寝ながらライン出来るほど俺は多才じゃないんだけど』
『ほら、別の女連れ込んでそいつが打ってる可能性とか』
『悪魔の証明か?』
『難しい言葉使って誤魔化そうとしないで!怪しいんだけど?!』
……加蓮と同じ部屋の方々にはほんとご迷惑おかけしております。
『どう証明しろと?』
『私がときめくような言葉を言ってよ』
『……好きだぞ、加蓮』
『私も!!』
……これで良いのか。
いや本心ではあるんだけどさ。
『通話していい?』
『それは流石に同じ部屋の奴らに迷惑だろ』
『大丈夫大丈夫、もう仲良くなったから』
そうか、それは本当に良かった。
何も大丈夫ではないと思うけど。
テテテテテテテテテテテテンッ
……本当に掛けてきた。
P「……もしもし、加蓮」
加蓮『私の声が聞けて嬉しい?鷺沢』
P「他の人達に迷惑掛けるなよ」
加蓮『ベランダ出て通話掛けてるよ』
P「……楽しんでるか?修学旅行」
加蓮『もちろん。行動班や生活班が一緒じゃないのは心残りだけど』
P「そりゃ男女が同じ部屋で生活なんて学校行事的に許される訳ないだろ」
加蓮『そっちはどう?楽しんでる?』
P「かなりな。でも流石に修学旅行なのに部屋一人は寂しいな。加蓮の声聞けて良かったよ」
加蓮『……ふーん、そっかそっか。なんなら会いに行ってあげるけど?』
P「やめとけやめとけ、先生に怒られるから」
加蓮『じゃあ鷺沢こっち来てよ』
P「ねぇ俺の話聞いてた?ってかそっち他の奴もいるだろ」
加蓮『冗談だって』
いや、明らかに冗談のテンションじゃなかったと思うけど。
加蓮『……ねぇ、鷺沢』
P「なんだ?」
加蓮『……みんな、優しかった』
P「……そうか。本当に良かったな」
加蓮『正直さ、すっごく嬉しかったかな。だってほら、美穂や李衣菜って元々鷺沢の友達だったじゃん?』
……なるほどな。
加蓮にとって、初めて自力で作れた友達だもんな。
加蓮『まぁ私の初めての相手は鷺沢なんだけどね。今までも……これからも』
……部屋、一人で良かった。
間違いなく人に見せられない表情をしてると思う。
P「……ズルくないか?そういう事言うの」
加蓮『ま、私がそう決めてるだけだから。後は鷺沢次第かな』
P「……善処します」
加蓮『えーなにそれ。まあいっか……逃すつもりは無いし』
P「逃げるつもりは無いよ。単純に俺がヘタレだって事」
仕方ないだろう。
今までそういった相手も経験も無かったんだから。
加蓮『首里城、写真撮った?』
P「まゆと美穂のツーショットを大量に撮らされたよ」
加蓮『仲良いよね、あの二人も』
P「そっちは?」
加蓮『私の恋人自慢してた』
P「……程々に頼むよ。そう言えばさ、千川先生に俺達が付き合ってるって言ったの加蓮なのか?なかなかこう……勇気あるな」
加蓮『え?私別にそんな報告してないけど……は?何それ』
……加蓮じゃ無かったのか?
なんか今の加蓮の話を聞いていると先生相手にも報告しそうな感あるけど。
そして、これに関しては。
加蓮には伝えない方が平和に済む気がする。
P「いやほら、千川先生が俺達の関係知ってたみたいだったからさ。もしかしたら俺達のラブラブオーラが伝播してたのかもな」
加蓮『誤魔化せると思ってる?』
正直いけると思ってたよ、さっきまでの加蓮なら。
なんて流石に口にはしないが。
加蓮『……ねぇ、鷺沢』
P「なんだ?」
加蓮『鷺沢がちゃんと断ってくれたのは知ってるし、私は鷺沢を信じてる。でもさ……』
一度、加蓮は大きく息を吸って。
加蓮『……それで、必ず諦めて貰える訳じゃないから。きっとそれは……私も同じだったと思う』
P「もし俺があの時……いや、それは違うか」
加蓮『うん。鷺沢が私を選ばなかったら、なんて事をアンタが言うべきじゃない。だから、私から言うけど……』
もし俺があの時、加蓮の事を好きになっていなかったら。
もし俺があの時、加蓮の想いに応えていなかったら。
加蓮『私はきっと、どんな事をしても鷺沢を……言い方は悪いけど、手に入れようとしてたと思う。例え鷺沢の隣に、別の子がいたとしても』
だとしたら。
俺から何を言っても、解決出来ないんだとしたら。
加蓮『……そんな時こそさ、恋人や友達に相談すべきなんじゃない?数は少なくても、鷺沢にも信頼出来る相手はいるでしょ?』
P「……数が少ないは余計だよ」
加蓮『私なんて最初は鷺沢しかいなかったんだよ?』
P「……どうすればいいのかな」
加蓮『ま、諦めて貰うまで真正面から何度も説得するしかないんじゃないかな』
おいおい、それで無理な場合の話じゃなかったのかよ。
加蓮『鷺沢と私と、二人でしっかりとね。前までは鷺沢に断らせるだけだったし、私はただ引き剥がそうとしてただけだけど。次は、二人で……私もちゃんと向き合うから』
P「それに関しては、完全に俺の問題で……」
加蓮『悩みも問題も、一緒に解決しようよ。それが……恋人や友達なんじゃない?』
P「……あぁ。ありがとう、加蓮」
加蓮『あ、ヤバっ!見回りの先生来ちゃった!』
P「それじゃ丁度いいし。おやすみ、加蓮』
加蓮『おやすみ、鷺沢』
これ別√の加蓮が恐ろしいな
それ他のルートだったらその子そのまま置き換えられそうな文だな
こっちはコンシューマ版として文も修正してあるのか
……知らない天井だ。
当たり前だ、修学旅行先のホテルなんだから。
P「……あー……」
まだ眠い。
部屋のシャワーを浴びた後、飛行機の疲れからか直ぐに眠ってしまった様だ。
スマホを開く。
加蓮からのラインの通知が大量に届いていた。
美穂からは、まゆ達との楽しそうな女子会の画像が届いている。
みんなエンジョイしてるなぁ……
朝食までまだ時間は割とある。
P「さってと、シャワー浴びるか」
李衣菜「おはよー……」
P「おはよう李衣菜。なんだ、眠そうだな」
李衣菜「夜通し喋ってたからね……あと私、朝弱いし……」
美穂「おはようございます……午前中は部屋で寝てちゃダメかな……」
まゆ「……おはようございます……まゆですよぉ……」
みんな眠そうだ。
いいなぁ、夜通し喋る相手が部屋にいたなんて。
加蓮「鷺沢、朝食バイキングだって」
P「ポテト帝国の再興でもするのか?」
智絵里「……おはようございます、Pくん」
P「ん、おはよう智絵里ちゃん」
加蓮「午前中は美ら海水族館だっけ?」
P「だな。サメだぞサメ、男の子の憧れだ」
にしても、今日もめちゃくちゃ暑そうだ。
今日こそはちゃんとシャツの替えを持ち歩かないと。
まゆ「午後はカヌーですよぉ……」
P「マングローブカヤックだっけか。着替え二枚じゃ足りなそうだな」
智絵里「……えへへ……」
加蓮「ねぇ見て鷺沢、ポテトタワー!これ私達の国の象徴にしようよ!」
P「食べ物の建物か……」
加蓮「食品の建造物があってもいいってヘンゼルとグレーテルが証明してるから」
まゆ「お伽話を証明の材料に使うのは頂けませんね」
加蓮「うっさいエキストラ」
まゆ「サブヒロインですよぉ」
美穂「李衣菜ちゃん……そっちはエジプトだよ……」
李衣菜「凄く気になる寝言だけど、取り敢えず起きて美穂ちゃん」
なんやかんや、みんな元気だ。
このまま二日目も楽しく過ごしたい。
P「……なぁ加蓮、なんか向こうの卓の女子がこっち見てるんだけど」
加蓮「あ、私の班の子達。ほら、昨晩夜通し惚気てたから」
P「居心地わっる……」
P「……マナティー……」
俺はマナティーの水槽の前でポツリと呟いた。
三十分以上水槽前最前列の椅子に座っているが、一度たりともこっちを向きやしない。
行動班の美穂とまゆは何かのショーを見に行っている。
俺も行こうと思ったが、一度椅子に座ると立ち上がれなかった。
持って来たカメラをマナティーに向けてみる。
それでもマナティーはこっちを向いてくれなかった。
智絵里「……えっと、一人ですか……Pくん?」
P「あれ、智絵里ちゃん。他の班の人達は?」
智絵里「その、はぐれちゃって……隣良いですか……?」
P「良いよ。俺の班員は何かのショー見に行っちゃった」
智絵里「そうですか……マナティー、可愛いですね」
P「全然こっち向いてくれないんだよな……」
智絵里「あっ、シャッターチャンスですPくん……!」
そう智絵里ちゃんが指差す先では、さっきまで壁を凝視していたマナティーがこっちを向いていた。
野郎の視線は嬉しく無いってか、なんて現金な奴だ。
なんて思いながら、四十分越しにようやくマナティーの顔をカメラに収められた。
P「ありがとう智絵里ちゃん。このまま尻尾の写真しか撮れなかったからまゆや美穂に文句言われるところだったよ」
智絵里「わたしも撮ろっかな……」
P「あ、なら折角だし俺が撮ろうか?智絵里ちゃんとマナティーのツーショット」
智絵里「え……あ、お願いしていいですか?」
P「おう、任せろ」
智絵里ちゃんのカメラを受け取り、少し後ろに下がる。
マナティーは水槽のかなり手前まで寄ってきていた。
俺の時の反応全然違い過ぎないだろうか。
P「よし、撮るぞー」
智絵里「はい……っ!」
カシャリ
シャッターを切る。
……うん、なかなか良いのが撮れたんじゃないだろうか。
智絵里「ありがとう、ございます……」
美穂「ただいま戻りましたー。あれ、智絵里ちゃん?」
P「班員とはぐれたんだってさ」
まゆ「なら、まゆ達と一緒にまわりませんか?」
智絵里「え、良いんですか……?」
P「もちろん。人数多い方が楽しいしな」
美穂「Pくんが言うと重みが違いますねっ!」
P「……とにかく行くぞ!サメだサメ!!」
四人でワイワイと、カメラを片手に水族館中を巡る。
美穂と智絵里ちゃんのツーショットも大量に撮った。
まゆの写真はそのまま何かの雑誌に載せられそうなレベルの可愛さだ。
P「ふぅ……百枚くらい撮ったんじゃないか?」
美穂「楽しかったですね!」
智絵里「お魚さんも……とっても楽しそうで、可愛かったです」
まゆ「まゆ達も泳げれば良かったんですけどね」
P「まだ六月だしな」
美穂「夏休み入ったら、みんなでプールに行きませんか?」
まゆ「良いですね。次こそまゆが生足魅惑のマーメイドになってみせますよぉ」
美穂「生足魅惑のマーメイドだったら上半身が魚だよ?まゆちゃん」
まゆ「えっと美穂ちゃん、そうじゃなくって……」
智絵里「……楽しみです、とっても」
P「さて、そろそろバス戻るか」
美穂「お姉さんにお土産は良いんですか?」
P「三日目に食べ物買ってく方が喜ばれるかなって」
加蓮「まゆ!そっちじゃないって!鷺沢そこでストップしてて!!」
まゆ「加蓮ちゃんが合わせれば良いと思うんですけど」
加蓮「危なっ!転覆するところだったじゃん!!」
まゆ「恋に溺れてる人が何を言ってるんですかねぇ」
かなり離れたところで、加蓮・まゆペアがカヌーを揺らしていた。
そのカヌーは初期位置からほっとんど動いていない。
取り敢えず見ないフリ聞こえないフリをしておこう。
李衣菜「元気だねぇあの二人は」
美穂「李衣菜ちゃん、最速を目指しますよ」
李衣菜「これのんびりマングローブを観覧するツアーじゃなかったっけ?」
李衣菜・美穂ペアはあっという間に先の方に消えていってしまった。
そして、俺と智絵里ちゃんペアは……
P「……平和だな」
智絵里「幸せです……」
ゆっくり、時折パドルを漕ぐくらいのペースでマングローブのトンネルを進む。
のんびりふわふわとした様な感覚が、とても心地良かった。
特に会話が弾む訳ではないが、こんな雰囲気も悪くない。
にしても、智絵里ちゃんと二人きりなんてかなり久し振りな気がする。
P「すごい密度の植物だなぁ」
智絵里「安らぎますね……」
P「なー。……ん?」
少し先の方が、やけに白くなっている。
ズァァァァァッと何かが水面に叩き付けられている音が聞こえてきた。
まるでそこから先は雨が降っているかの様に……
P「ってうわ!スコールじゃん!」
ほんの数メートル進んだだけで、一気に豪雨が降ってきた。
こう言う時はどうすればいいんだろう。
P「取り敢えず陸地に上がるか!」
智絵里「はい……っ!あと、スコールは強風って意味なんです……!」
その知識はきっと今は必要ない。
急いでカヌーを傍に寄せて陸地に上がる。
面白いくらいの速度でカヌーの底に水が溜まって行く。
まぁ多分十五分もすればやむだろう。
その間は木の陰で雨宿りをすればいい。
……マングローブじゃ大して雨は凌げなかった。
P「あー……体育着に着替えさせられたのってこれが理由でもあるのかもな」
智絵里「寒くは無くて良かったです……」
お互い、雨に打たれて服も髪もびっちょびちょになっていた。
……うちの体育着、白いから割と透けるんだな。
智絵里「……ひゃっ?!」
P「見てないから大丈夫!しばらくの間目を瞑ってるから!」
智絵里「…………えっち……」
……ちょっと喜んでしまった自分がいたが決して浮気ではない。
兎も角、急いで目を瞑る。
智絵里「……えっと……凄い雨ですね……」
P「音しか聞こえないけど確かに凄いな。大声で歌っても他の人には聞こえなさそうだ」
智絵里「……すぐ、やんじゃうのかな……」
P「だいたいこういうのって十五分前後でやむって聞いた事あるけど」
智絵里「……やだなぁ」
……え?
一瞬にして、季節が半周してしまったんじゃないかと錯覚する程に体感温度が下がった。
智絵里「ずっと降ってれば……このままPくんと二人きりなのに……」
P「……あのさ、智絵里ちゃん」
智絵里「Pくん……目、ちゃんと瞑ってくれてますよね……?」
P「え、あぁうん」
下着が透けてるのに、目を開けている訳にもいかないからな。
智絵里「…………なら、いいよね」
何がいいんだ?
そう聞こうと、口を開こうとした時。
唇に、何か柔らかいものが触れた。
智絵里「……えへへ、しちゃいました……」
P「なぁ智絵里ちゃん、今のって……っ!」
智絵里「言いませんでしたか……?わたし、Pくんの事が好きなんです」
P「いや……でも俺には加蓮がいるから」
前に、きちんと伝えた筈だ。
俺には他に好きな人がいる、と。
智絵里「加蓮ちゃんがいたら、ダメなんですか?」
……は?
智絵里「今のPくんに相手がいても……わたしには、関係ありません」
P「……関係、ない……?」
智絵里「誰が何を言っても……誰が何を思っても。わたしには、Pくんしかいないんです」
P「……もしかして、智絵里ちゃんが千川先生に……」
智絵里「えっと……Pくん達の事を教えたのですか?それなら、わたしです……だって、加蓮ちゃんがいると……Pくんと全然お話できませんから」
P「……カヌーのペア、完全にくじ引きだったのかこれ」
智絵里「えへへ……千川先生にお願いしちゃいました。教えてあげた代わりに、って」
P「……前も言ったけど。俺は加蓮が好きだから、絶対智絵里ちゃんの想いには応えられないんだぞ?」
智絵里「……ねぇ、Pくん。わたしは、Pくんが今まで加蓮ちゃんと何回キスをしてても我慢出来ます……でも、加蓮ちゃんは許してくれますか……?」
これは……流石に怒っても良いだろう。
そこまでされて、俺が原因だとはいえ加蓮を傷付ける様な事をされて黙っている訳にもいかない。
P「……智絵里ちゃん。俺さ、智絵里ちゃんと友達でいたい。それ以上は兎も角、それ未満になんてなりたくないんだ」
智絵里「友達なんて……そんなの、嫌です。わたしにとってたった一人の心の支えが、恋人じゃなくて友達のままなんて……だから……」
雨が強い。
周りは見えず、雨音以外殆ど聞こえない。
なのに、あの時と違って。
あの日、屋上に呼び出された時と違って。
智絵里ちゃんの声は、全てきちんと聞き取れてしまった。
なら、俺は……
加蓮の為にも、俺は全部を断るしかない。
P「……智絵里ちゃん。俺……」
これ以上一緒には……と。
そう、口にしようとした時だった。
美穂「待ってください、Pくん」
P「え……?」
振り向けば、美穂が立っていた。
その両手は固く握り締められ、激しく憤っている様だ。
智絵里「……美穂ちゃん……?」
美穂「李衣菜ちゃんにはカヌーで待って貰ってます。Pくんもカヌーに戻って待ってて下さい」
P「いや、でもこれは……」
美穂「わたしは、Pくんにも怒ってるんです……今、智絵里ちゃんになんて言おうとしてましたか?」
P「……それは……」
美穂「わたしとの約束。あれは、わたしと君だけの関係についてだけじゃないの……分かってますよね?」
これからもずっと、変わらないままでいてほしい。
それは俺と美穂だけじゃなく、それを取り巻く人間関係だって含まれていた。
李衣菜やまゆや智絵里ちゃんと仲の良いままでいてほしい。
それが、美穂が俺に望んだ事で。
そんな事、分かっていたのに……
P「……ごめん。ちょっと頭冷やしてくる」
智絵里「Pくん……っ!」
美穂「智絵里ちゃん。少しだけ……二人きりで、お話しよ?」
カヌーを止めた場所に戻ると、隣にもう一隻カヌーが止めてあった。
そこに、李衣菜が座っている。
P「……よう」
李衣菜「……美穂ちゃん、なんやかんやPの事心配してたみたい」
P「戻って来てくれたのか」
李衣菜「大変だったよ、この大雨の中漕いでここまで来るの」
P「そろそろやむかな」
李衣菜「やんでくれないと私このまま雨宿りすら出来ないんだけどねー、美穂ちゃんにここに居てって言われちゃってるから」
P「……ありがとう、李衣菜」
李衣菜「お礼もごめんねも、美穂ちゃんに言ってあげて」
P「……あぁ」
李衣菜「今だから言うけど……私、ずっと美穂ちゃんの応援してたんだ」
P「……そうだったのか」
李衣菜「ま、美穂ちゃんが友達でいる事を望んでるなら……私は、今はそれを応援したい」
P「……はぁ……いつまでもガキじゃいられないんだな」
李衣菜「……あとさ」
P「ん?」
李衣菜「……いいや、また今度話そっかな」
美穂「……ねぇ、智絵里ちゃん。まず最初に、わたしは謝らないといけないんだ」
智絵里「それは……今の事ですか?」
美穂「ううん、もっと前の……初めてPくんの家で遊んだ日の事。お互いの恋が上手くいくといいね、って。わたし、智絵里ちゃんの好きな人がPくんって知らなかったから」
智絵里「……それって……」
美穂「えへへ……うん。わたしはもう振られちゃってるんだけどね」
智絵里「…………なんで、そんな楽しそうに話せるんですか?」
美穂「それでも、これからも友達でいられるから、かな」
智絵里「友達……」
美穂「もちろんPくんとだけじゃない。李衣菜ちゃんとも、まゆちゃんとも、加蓮ちゃんとも……智絵里ちゃんとも。これからもずっと仲良くしていけるなら、諦めても良いんじゃないかなって」
智絵里「……諦めても、良い?」
美穂「だってね?きっと恋人がいるのに他の女の子から好意を向けられるのって、凄く辛いし大変だと思うの。罪悪感もあるだろうし、その恋人さんからも色々言われちゃうし」
智絵里「……そんなの、別に……」
美穂「それでもし、自分が嫌われちゃったら?迷惑かけ過ぎて、友達ですらいてくれなくなっちゃったら?わたしには、そっちの方が耐えられない……」
智絵里「でも、わたしにはPくんしか……」
美穂「……ねぇ。わたし達じゃ、ダメだった?」
智絵里「……え?」
美穂「智絵里ちゃんは……言い方は酷くなっちゃうかもだけど、あんまり遊んだりお話する相手がいなかったのかもしれないね。でも、二年生になって、わたし達と遊んだりして……友達になれたと思ってた」
智絵里「…………わたし、Pくんと一緒にいたかっただけで……」
美穂「でも、楽しかったでしょ?遊園地にみんなで行ったり、お鍋食べたり。少なくとも、わたしはとっても楽しかったかな」
智絵里「……」
美穂「わたしはね……これからも智絵里ちゃんとお友達でいたい。そして、Pくんとお友達でいて欲しいの」
智絵里「……そんなの……美穂ちゃんのワガママじゃ……」
美穂「うん、わたしのワガママ。でもきっと、智絵里ちゃんが今のままPくんを困らせてると……みんなが悲しい結果で終わっちゃいそうだから」
智絵里「……美穂ちゃんは、強いですね」
美穂「そんな事ないよ。いっぱい泣いたし、悲しかったし……でも、それよりもこれからを大切にしたかったから」
智絵里「……わたしには、Pくんしかいなかったんです……」
美穂「そんな事ないよ。わたし達がいる」
智絵里「……なんで……わたしじゃなかったのかなっ……っ!うぅ……っ……なんで……っ!」
美穂「……Pくんが、加蓮ちゃんを選んだから。それはもう、わたしたちにはどうにもできなくて……そう言っちゃう気持ちは、痛いくらいわかるけど……っ!でも、これ以上ね!?誰にもつらい思いをしてほしくないのっ!!」
智絵里「わたしは……っ!ぅあ……うぅっ……怖いんです……Pくんを諦めたら……っ!わ、わたしにはっ……なんにもなくなっちゃうから……っ!!」
美穂「そんな事無いって言ってるのに!ねぇ智絵里ちゃん、わたし達友達じゃなかったの?智絵里ちゃんにとって……本当に、何でも無かったの?!」
智絵里「……ぁ……うぁぁ……っ……!」
美穂「お願いだから……っ!わたし達と……友達でいて!いさせて!!」
智絵里「うぅぅぅあぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
美穂「…………」
智絵里「……ぅっ……ううぅ……」
美穂「……ありがと、智絵里ちゃん」
智絵里「美穂、ちゃん……っ」
美穂「……それと……」
智絵里「……うぅっ……え……?」
美穂「……今からわたしが言う事、全部忘れてね?」
智絵里「うっ……うん……うぅ……」
美穂「…………悔しかったもん!辛かったもん!誰にも言えなかったんだもんっ!わたしだって……っ!わたしだってね?!好きだったの!!」
智絵里「美穂ちゃん……っ!」
美穂「それしか無いんだもん!それしか無かったんだもんっ!でも……でもっ!誰かの前で泣く事すら出来なかったから!!あぁぁぅぅぅぁぁぁっ!!」
智絵里「あ……うぁぁぁぁ……」
美穂「なんで?どうして?!なんでわたしじゃ無かったの?!それを智絵里ちゃんに言われて、わたしだってってなったもん!わたしの方がってなったもん!ずっと大好きだったんだもん!!」
智絵里「美穂ちゃん……美穂ちゃんも……っ!」
美穂「ずっと苦しかった!悲しかった!でも……これ以上、わたしは……誰にも、辛い思いをして欲しくないのっ!」
智絵里「ごめんね……ごめんねっ、美穂ちゃん!わたしは……」
美穂「うぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!大好きだったよっ!Pくんの事がっ!ずっと!ぅぅあぁぁぁ!」
智絵里「うぁぁぁっぅうぅっ!」
美穂「……っ……うっ……」
智絵里「……うぅぅ、っく……っ」
美穂「……ねぇ、智絵里ちゃん…………もうちょっとだけ、泣いてこっか……」
智絵里「…………うん」
雨がやんだ。
それからしばらくして、美穂と智絵里ちゃんがカヌーに戻ってきた。
実を言えば、ほんの少しだけ声は聞こえてきていた。
でもそれは何かの意味を持った言葉じゃなくて。
悲しみだけを乗せた、ただの叫び声だった。
P「……おかえり美穂、智絵里ちゃん」
美穂「ごめんねPくん。ちょっとだけ動かないで?」
P「ん、構わないけど」
そう口にした途端。
パチーンッ!と、両頬に痛みが走った。
美穂「いぇーい、智絵里ちゃん!」
智絵里「……い、いぇーい……」
平手打ちを食らった。
それが、目を真っ赤にした二人の答えだった。
P「……ごめん。あと、ありがとう」
美穂「さ、雨もやみましたし進みましょうか。そろそろ時間かもしれません」
李衣菜「……ねぇ、美穂ちゃん」
美穂「心配かけてごめんね、李衣菜ちゃん。もう大丈夫だから」
李衣菜「……そっか。なら良かった」
智絵里「……さっきはごめんなさい、Pくん」
P「いや……俺こそ、ごめん」
智絵里「Pくんは謝らないで下さい……あと、えっと……これからも、友達でいてくれませんか……?」
P「……あぁ、此方こそ」
美穂「それじゃ、出発!」
……全員のシャツが良い感じに透けている事は、流石に黙っておこう。
どのみち到着する頃には気付いて叩かれそうだか、それは今じゃない方がいい。
ホテルに戻って、シャワーを浴びた後夕食に向かう。
またもやバイキングだった。
沖縄らしいものを食べられるのは最終日の自由時間のみになりそうだ。
智絵里ちゃんは来ていなかった。
気持ちの整理をつける時間が必要なんだろう。
P「……あれ?加蓮もいない?」
まゆ「カヌーの後から元気がないみたいです。もしかしたら、お部屋で休んでるのかも……」
李衣菜「大丈夫かな?」
美穂「わたし、見てきますね」
美穂が加蓮の部屋に向かって行った。
正直俺もそんなに食欲はない。
取り敢えず味噌汁とご飯だけ食べて済ます。
部屋に戻った後、一気に色々なものが押し寄せて来た。
……美穂も、智絵里ちゃんも。
あんなに悩んで、苦しんでたのに……
俺にどうこう出来る事じゃなかったとしても。
全部、俺のせいで……
P「……加蓮……」
ふと、加蓮の声が聞きたくなった。
あいつに色々と聞いて欲しくなった。
P「……はぁ……」
ラインを飛ばすが、なかなか既読がつかない。
スマホを消してベッドに倒れこむ。
あっという間に、俺は睡魔に呑み込まれた。
コンコン、コンコン
部屋のドアをノックされる音で目を覚ました。
時間を見れば、日付変更ギリギリ前。
先生の巡回だろうか?
P「はーい、すぐ開けます」
急いでスマホを隠して、ドアの鍵をあける。
P「……え、加蓮?」
加蓮「……」
部屋をノックしていたのは加蓮だった。
俺が驚き惚けているうちに、加蓮は部屋に入り込み鍵とチェーンを掛けた。
P「っおい加蓮?!」
加蓮「静かにっ」
そのまま俺の肩を押して、ベッドに倒れ込ませる加蓮。
一瞬の事過ぎて何が何だか分からなかった。
加蓮「……ねぇ、鷺沢」
ベッドの上で仰向けになる俺の腹に、加蓮が馬乗りになってくる。
そのまま自分のシャツのボタンを外そうとしていて。
流石に笑える状況じゃなくなってきた。
P「おい加蓮!」
止めるために、加蓮の手首を掴む。
力を入れれば直ぐにでも折れてしまいそうな加蓮の腕は……震えていた。
加蓮「私さ……鷺沢に、何もしてあげられなかった」
そう言う加蓮の目には、涙が溜まっていた。
……美穂が、今日の事を話したのだろうか。
加蓮「笑っちゃうよね、昨日の今日なのに。一緒にとか言っときながら……肝心な時に、私は隣に居なかったんだもん」
P「……それは、仕方なかったんじゃ……」
加蓮「でも美穂は来てくれたんでしょ?……分かってる、知ってた。私より美穂の方が付き合い長いんだもん。それと、この気持ちがただの八つ当たりだって事も分かってる」
P「加蓮は悪くない。悪いのは全部俺で……」
加蓮「そうじゃない……そうじゃないっ!私は、鷺沢から色んなものを貰ったし、色んな事を教えて貰ったの。じゃあ私は?私は鷺沢に何をしてあげられてる?」
P「……一緒にいてくれてれば、俺はそれで」
加蓮「そんなの、恋人じゃなくたって出来るじゃん!本来アンタが困ってた時……今日みたいな時に、一番側で支えてあげるのが私のするべき事だったのに……それすら出来なくて……」
P「……なぁ加蓮。だからって急に」
そんな気持ちで、抱き合いたくない。
そんな風に、お互いの初めてを迎えたくない。
加蓮「……こうして、恋人の務めを果たす事しか……私には出来ないからっ!」
P「加蓮っ!」
ビクッ!と加蓮が震えた。
加蓮「……ごめん、鷺沢……私はアンタを困らせたり怒らせる事しか出来ないみたい……」
P「……加蓮はさ。今までずっとそんな風に思って俺と付き合ってたのか?」
加蓮「……違う。けど、でも……」
P「俺は加蓮に笑ってて欲しいんだ。幸せだな、楽しいなって思ってる……そんな加蓮の隣に居たいんだよ」
加蓮「……それだけで……良いの?」
P「良いもクソもあるか。好き勝手やってる恋人を好きになれないなら、そんなのいずれ別れる事になる」
加蓮「私は……鷺沢に何かしてあげたくて……」
P「それが本当に加蓮のしたい事だったら、俺としては凄く嬉しい事だけどさ。それしか無いからって理由で何かをして貰うのって……俺は嫌だな」
加蓮「……ごめん、なさい……」
P「少なくとも俺は加蓮と一緒にいれれば嬉しくて、リターンを求めてる訳じゃない……いやもっと好きになってくれれば嬉しいとは思うけどさ」
加蓮「……でも、私だけ貰い過ぎてるよ……」
P「気のせいだよ。俺だって加蓮から色んな事を教わったし」
加蓮をぎゅっと抱き締める。
震える身体は、少しずつ治まってきていた。
加蓮「…………私、焦り過ぎてたのかな」
P「……ゆっくりで良いんだ。何かしらの形で返したいと思ってるなら、将来うちの古書店で働いて返してくれよ」
加蓮「……え、それって……」
P「うん、やっぱお返しは欲しいな。何か負い目を感じてるなら、後はそうだな……俺がボケた時の介護とか!」
加蓮「……あ……え、ぁ……」
P「……何か言ってくれないと恥ずかしいんだけど。別に怒って叩いてくれたって良いんだぞ」
加蓮「……うん、私の貰ったものは大きすぎるから……しょうがないから、一生をかけてお返ししてあげる」
P「ありがとう、加蓮」
軽く、唇を重ねる。
加蓮の震えは、もう止まっていた。
加蓮「……こっちこそ。ありがと、鷺沢」
P「……さて、それはそれとして、だ。なぁ加蓮……?」
加蓮「……え、ちょっとなんでそんなニヤニヤしてんの?」
P「男の部屋に一人で来るなんて……少しばかり注意が足りてないんじゃないか?」
加蓮「それは……それなりに、私だって覚悟を決めて来てる訳だし……」
P「……良いんだな?」
加蓮「え、ちょっ………………うん」
顔を真っ赤にしながらも、コクリと頷く加蓮。
P「……なんてな。流石に修学旅行先で初めてってのはあれだし、加蓮も今日は色々と疲れただろ!部屋まで送ってくよ」
加蓮「………………はぁぁぁぁぁ?!」
P「しーっ!先生が廊下通ってたら聞こえちゃうだろ!」
加蓮「えっ、今の流れで?!完全にその……そういうことする雰囲気だったじゃん!」
P「えっと……加蓮さん」
加蓮「ヘタレ」
P「うっ……」
加蓮「もういい。鷺沢、私が好き勝手やって良いって言ったよね?」
P「……言ったけどさ」
加蓮「私はしたい。付き合ってくれるよね?!」
P「……もちろん。なら俺も覚悟を決めるよ」
……財布に入れて持ち歩いといて良かった。
P「……あー」
朝起きてシャワーを浴びる。
スマホを開く、閉じる。カーテンを開ける、閉じる。冷蔵庫を開ける、閉じる。
修学旅行三日目の朝は身体が重く、そんな心ここに在らずな感じで迎えた。
P「あー……」
こいつ起きてからあーしか言ってないな。
そろそろ人間としての心と頭を取り戻すべきだろう。
P「……あぁ……」
結局あしか言えなかった。
昨晩の出来事を思い出してしまったからだ。
初めてを迎えた時のあの光景は、今でも鮮明に脳に焼き付いている。
P「まともに顔合わせられる気がしねぇ……」
あの後加蓮を部屋に送ってから軽くシャワーを浴びて、気付けば眠ってしまってた様だ。
……さて、と。
P「……一応バスタオル敷いておいて良かった」
真っ赤になったバスタオルをビニール袋に入れて、後でゴミ箱に捨てる事にする。
ホテル側には申し訳ないが、これは返却される方が困るだろ。
ベッドのシーツが赤いのは、まぁ鼻血垂らしたという事にしよう。
朝食までまだ軽く時間はある。
加蓮と顔を合わせた時に言う言葉くらいは決めておかないと。
緊張して喋れなくなるかもしれないから。
ピロンッ
P「ん、誰だ?」
ラインを確認すると、加蓮からだった。
『おはよ。身体重い。朝食行かないけど心配しないでね』
『了解』
P「おはよーみんな」
美穂「おはようございます、Pくん」
李衣菜「おはよーP」
まゆ「おはようございます、Pさん」
美穂「あれ?加蓮ちゃんは?」
P「あ、俺んとこライン来てたけど怠いから朝いらないってさ」
ちひろ「……鷺沢君。今君ラインって言いました?スマホ持って来てるんですか……?」
……背後から、千川先生の声が聞こえる。
やばい、完全に不注意だった。
P「えぁ……えっと、クラインフェルター症候群って言ったんですよ」
李衣菜「なにそのなんたら症候群って」
まゆ「男性の性染色体にX染色体が一つ以上多いことで生じる一連の症候ですよぉ」
本当にあったのか、クラインフェルター症候群。
ちひろ「詳しいですね、佐久間さん。さて鷺沢君、スマホを出しなさい」
まゆ「特に生活に支障はなく診断・発見は少ないですが、不妊等が契機となって見つかる場合が多いそうです」
P「不妊?!まじで?!」
ちひろ「鷺沢君、誤魔化してないでスマホを出しなさい!」
P「待って下さい千川先生。俺本当に持って来てないですから」
ちひろ「……本当ですか?先生としては生徒を信じたいところですけど……」
P「本当です。俺の朝食を賭けますよ」
ちひろ「いやバイキングなのでいりませんが……信じますよ?」
P「信じて下さい!」
ふぅ、良かった。
ブーン、ブーン
P「…………」
ちひろ「……連絡、来てますよ」
P「いやちょっと俺の足が高速で震えてただけです」
流石に無理があるとは思う。
しかし今出せば、恐らく通話を掛けてきたであろう加蓮のスマホすら没収されてしまう。
P「……千川先生。親という漢字は、木の上に立って見ると書くんです」
ちひろ「はぁ……それは知ってますが」
P「親知らずは、そんな見守ってくれている親に気付かない子供を表していると思うんですよ」
李衣菜「若干迷走してない?」
P「でも俺は、先生が生徒たちを見守ってくれてる事にきちんと気付いてます。だから……先生も、手を出さず見守っていてはくれませんか?」
美穂「……い、良いお話ですねっ!」
智絵里「え、えっと……とっても深い言葉だと思いますっ……!」
李衣菜「何様なのPは」
P「一名様だけど……?」
まゆ「…………」
ブーン、ブーン
ちひろ「……スマホ、また震えてますけど」
……おい加蓮!追い討ちをかけるなよ!!
P「……はい、すみませんでした」
ちひろ「まったく……せめて部屋に置いて来て下さい。先生の立場上見つけたら没収しなきゃいけないんですから」
観念してポケットからスマホを出す。
千川先生が電源を入れてロック画面を確認しない事を祈ろう。
渡す際にさり気無く確認すると、一回目の連絡はやはり加蓮からだった。
二回目は……非通知?イタズラ電話か何かか。
電源を消しながら、千川先生にスマホを渡した。
ちひろ「それで、朝食はいらないんですか?」
P「本当にごめんなさい……」
千川先生が溜息を吐きながら自分の席へ戻って行った。
スマホの没収は、今日の夕方には帰ってくると分かっていても精神的ダメージがデカい。
P「……ポテト食べよ」
李衣菜「お通夜ムードだね」
まゆ「加蓮ちゃんの写真をモノクロにして飾りますか?」
智絵里「さ、流石に悪趣味だと思うけど……」
冷え切った心を、アツアツのポテトが温めてくれる。
加蓮がポテトにハマるのも分かるかもしれない。
P「……ま、最終日くらいはスマホ社会から解き放たれて自由に遊ぶか」
李衣菜「P、縛られるほど連絡くるの?」
……こないけど。 メールなんて大体何かのクーポンだけど。
まゆ「さ、お昼はソーキそばですよ」
美穂「ずっと楽しみにしてましたもんね、Pくん」
P「あぁ、ソーキそば食べよう。穏やかな心を思い出すべきだ」
想起だけに、とは言わない。 まだ温かいポテトを食べていたいから。
P「……あっつい……」
まゆ「溶けそうですねぇ……」
美穂「うう……外にも冷房が欲しいな……」
修学旅行三日目は、物凄く暑かった。
六月でこの暑さなら、八月なんてもうマントルなんじゃないだろうか。
汗だっくだくになりながら太陽を睨み付け、眩し過ぎて目が眩むまでがワンセット。
色々巡る予定だったが、もうさっさと適当な店に入って涼みたかった。
まゆ「どうしますか?」
P「先に昼飯を……流石に早過ぎるよなぁ」
美穂「色々試食も出来るみたいですから、食べ歩きでもしませんか?」
P「……だな!もう思いっきり汗かいて楽しもう!」
替えのシャツはまだあと一枚残っている。
さて、何から食べようか。
P「ん、そうだ。文香姉さんにお土産買ってかないと」
まゆ「どんな物にしますか?」
P「食べ物とかかなぁ。あと定番のご当地キーホルダーとか」
何故か観光地に必ずある龍とか剣のキーホルダー、やたら魅力的に映るんだよなぁ。
少年心をガッチリ掴むラインナップは流石と言う他無い。
美穂「あ、ゲームセンターがありますよ!プリクラ撮りませんか?」
まゆ「それは戻ってからでも良いんじゃないですかぁ?」
P「うぉお……すげえ、電気だ……電気が点いてる……」
まゆ「そろそろめんそーれしますよ?」
三人で適当に商店街を歩きながら、店先の試食を楽しむ。
文香姉さん用にサーターアンダギーの粉も沢山買い込んだ。
これ空港でヤバい粉だと間違われないだろうか。
美穂「あ、おっきなシーサー!」
まゆ「Pさん、写真撮って貰えませんか?」
P「おう、任せろ」
二人は大きなシーサーの石像に駆け寄って行った。
俺もカメラを構えてファインダーを覗く。
……汗でこう、透ける的な現象が起きてしまっている。
P「……はい!ポーズッ!!」
見なかった事にして、現像は文香姉さんに任せよう。
まゆ「……ふふっ、どうでしたか?可愛く撮れましたか?」
P「んぇっ?!あ、あぁ!完璧だぞ多分」
美穂「さて、そろそろ何処かで休憩しませんか?」
まゆ「そうですね……自由時間も、後一時間半しかありませんし」
P「んじゃ、近くの適当なソーキそば屋に入るか」
歩いて五分もしないうちに、沖縄料理店が姿を現した。
ドアをくぐると冷房が効いた冷たい空気が流れてくる。
ニライカナイは此処にあった。
P「……涼しい」
美穂「文明の利器の素晴らしさを再認識しました……」
まゆ「地球冷房化計画とかありませんかねぇ」
メニューを捲れば、魅力的な料理がズラリ。
まぁ俺の心は最初からソーキそばに決まっているのだが。
P「俺はソーキそばで」
美穂「わたしは沖縄そばにします」
まゆ「あ、ならまゆも沖縄そばにしますね」
二対一で俺が負けた。
そう言えば、まゆと美穂はこないだ食べに行ったんだったか。
美穂「お料理、写真撮って今SNSにアップしたら先生に怒られちゃうかな……」
まゆ「警戒はすべきだと思いますよ。誰かさんの様になりたくなければ」
まゆの呆れるような視線が痛い。
P「最近の若者はスマホに依存し過ぎだよ。偶には子供の心を取り戻して糸電話とか交換日記とかすべきだって」
まゆ「Pさん、そういう事する友達はいたんですかぁ?」
……毒があるな、俺悪い事しただろうか。
いやスマホは持って来ちゃいけない物ではあったけどさ。
ブーン、ブーン
P「ん、美穂。連絡来てるぞ」
美穂「誰だろう……あ、加蓮ちゃんだ」
まゆ「Pさんと連絡が通じなくて情緒不安定モードになってるかもしれませんねぇ」
美穂「少し外に出て来ますね……先生とバッタリ合わないといいなぁ」
美穂かスマホを持って店の外へ出て行く。
朝食に来なかったから、今日まだ加蓮とは会えてないからなぁ。
まゆ「……Pさん。この修学旅行は楽しかったですか?」
P「あぁ、もちろん。仲の良い友達がいたおかげだな」
まゆ「ふふっ、感謝の証にペアリングなんてプレゼントしてくれても嬉しいんですよ?」
P「流石にそれは出来ないな。加蓮に指ごとへし折られそうだ」
まゆ「ですよねぇ。Pさんは加蓮ちゃんと繋がれたんですから」
P「……えっ、あ、そうだな。加蓮と付き合ってるから……」
一瞬昨晩の出来事がバレたのかと思ったが、まゆがそんな事を把握してる筈がないだろう。
単純に俺と加蓮が付き合っているから、という意味合いな筈だ。
まゆ「……ごめんなさい。まゆ、ちょっと意地悪しちゃってました」
P「いや……えっと……」
店員「お待たせしましたー」
美穂「戻りましたー。加蓮ちゃん凄かったですよ。後でちゃんと慰めてあげて下さいね?」
料理と美穂が同時に来た。
正直今の話を続けずに済みそうで安堵する。
P「これが、ソーキそば……俺が求め続けたもの……」
美穂「あ、そっちは沖縄そばです」
P「…………」
まゆ「っふふっ……ちょっと今のPさんの顔は……ふふふふっ……」
まゆが顔を覆って肩を震わせ笑い出した。
くそ……めちゃくちゃ恥ずかしい。
でも、良かった。
色々あったが、まゆとも仲の良い友達でいられて。
P「さて、それじゃ食べるか」
みんな「頂きます」
P「……帰って来てしまった……」
つい数十分前までさっさと着陸しろと祈りまくっていたのに、今ではもう着いちゃったのかと掌を半回転。
目の前の光景にシーサーもシークァーサーもなく、ただ見慣れた街だけが広がっていた。
帰るまでが遠足ですとは言うが、なら帰宅の直前までは遠足先の光景が広がっているべきだと思う。
そして……
加蓮「…………」
P「……加蓮、そろそろ俺の腕が限界を迎えそうなんだけど……」
加蓮「…………」
P「……はい、何でもないです」
俺の片腕に、加蓮は無言で抱き付いていた。
という事は加蓮の荷物もまとめて俺が待つという状況になっていて。
俺のもう片方の腕には、二人分の荷物が何かの拷問器具の様にぶら下がっていた。
最寄りに着いてみんなと別れてからの「……荷物持って」以降、加蓮はなかなか口を開いてくれない。
まぁそういう事をした直後に全く連絡が取れなくなって、不安にさせちゃったのは俺だが。
P「すまんってほんと……先生にスマホ没収されちゃってたからさ……」
加蓮「……今日の自由行動、楽しかった?」
P「ま、まぁな……加蓮は?」
加蓮「気が気じゃなかった」
P「……ほんとごめん」
千川先生にスマホを返して貰って起動した時、物凄い量の通知が届いていて驚いた。
美穂がフォローしてくれてはいたらしいが……
P「……もうすぐ加蓮の家だけど」
加蓮「……うん」
このままお別れすると、きっと土日中ずっとお互いに良くない状態が続いてしまうだろう。
何とかして機嫌を直して貰わないと……
P「……明日、暇か?」
加蓮「……うん」
P「体力あればで良いんだけど、遊園地にでもデートしに行かないか?」
加蓮「……うん、行く」
頷いてはくれた。
後は明日一日かけて、少しずつ何時もの調子に戻って貰うしかないか。
P「それじゃ、後で色々連絡すっから」
そう言って、荷物を渡して。
俺も家に帰ろうとしたところで。
加蓮「……待って。もう少しだけ……お願いだから……」
ぎゅっ、と。
加蓮にシャツの裾を握られた。
加蓮「……ごめんね、面倒臭くて……」
P「……気にすんなって。その分お互い、相手の事を考える時間が増える訳だし」
加蓮「……分かってたのに。鷺沢が私を無視する筈が無いって……なのに……」
昨日の今日の、その連続で。
加蓮も少しばかり疲れているんだろう。
加蓮「信じようとしても不安で……美穂から事情を聞いたときにね?あぁ、私は信じる事が出来なかったんだな、って……自分が嫌になっちゃって……」
P「まぁ、ほんとタイミングが悪かったから……」
加蓮「なのに、鷺沢に当たっちゃってさ……今だって、デートに誘ってくれて本当に嬉しかったのに、バカみたいに意地張って……」
俯く加蓮が、より強くシャツを握る。
P「……明日、楽しもうな」
加蓮「……優しいね、鷺沢は」
P「ほら、分かれる前にキスするんだろ?」
加蓮「……うん、ありがと」
唇を重ねるだけの、簡単なキスをする。
P「それじゃ、また明日」
加蓮「また明日ね、鷺沢」
P「……遅いな」
土曜の朝十時過ぎ。
俺は一人、約束場所である駅前の時計下で佇んでいた。
修学旅行翌日で疲れが溜まって寝坊しているんだろうか。
もしかして体調崩してたりとか……
P「……ラインしとくか」
『着いてるぞー』
そう入力して、送信しようとしたところだった。
加蓮「ごめーん、おはよ。鷺沢」
P「おう。おはよう…………加蓮」
加蓮「あれ?なになに、私に見惚れちゃった?」
悪戯っ子の様にニヤつく加蓮。
正直、めちゃくちゃ可愛過ぎて言葉を失っていた。
服お洒落すぎるし、ワインレッドのキャペリンがめちゃくちゃ似合ってる。
普段制服ばっかりで私服姿を見る機会が少なかったというのも大きいかもしれないが。
兎に角、もんの凄く可愛かった。
なんだこの天使。あ、俺の恋人だ。
隣を歩くのがこんな冴えない一男子高校生でいいんだろうか。
P「……ファッション誌や写真集の一ページみたいだなって思ったよ」
加蓮「私は誰でしょう?なんて。ふふっ、女優気取り」
P「俺ももうちょっとお洒落な服あれば良かったんだけどなぁ」
加蓮「今度一緒に買いに行こ?私がコーディネートしてあげるから」
P「助かるよ。加蓮に選んでもらえば間違いなさそうだ」
加蓮「……あ、もっかいやり直していい?」
何をだろう。
加蓮「ごめーん、待った?」
P「約十分くらい」
加蓮「もっかいやり直していい?」
話を聞く、を選ばないと先に進めないRPGの長老の話かよ。
加蓮「ごめーん、待った?」
P「……いや、今来たとこだけど」
加蓮「よし、定番だよね」
分かるけどさ。
そんな事の為にわざわざ遅れて来たのか。
加蓮「だってほら、久し振りのデートじゃん?」
P「まぁ確かに、ここんとこ中間テスト勉強とかで出来なかったしな」
加蓮「だからこう、遅れを取り戻すって言うか……デートらしいデートをしよっかなって」
P「成る程な……他に何かしたい事はあるのか?」
加蓮「服装を褒めて貰えなくて、何か無いの?って私が拗ねて、焦った鷺沢があたふたしながら褒めてくれる予定だったんだけど」
拗ねるところまでノルマの達成条件に含めるな。
加蓮「それと……腕、組も?」
P「あぁ」
腕を組んで駅へ向かう。
初めて腕を組んだ頃よりも、お互い慣れていた。
加蓮「あとごめんね?遅れちゃって」
P「いや別にいいけどさ。女子って準備に時間が掛かるもんなんだろ?」
加蓮「それもそうなんだけど……昨日の事があったから、今日は精一杯可愛い私で鷺沢の隣に並びたいな、って。そしたら、なかなか決まらなくて」
……叫びそうになった。
駅の中心で加蓮への愛を叫びそうになった。
加蓮「ほんとにごめんね……私、こんなに申し訳ない気持ちになったの人生で初めてだった。私のファースト申し訳ない」
もう全く申し訳ないとか思って無いな加蓮。
ファーストキスの派生系にしては風情のカケラもない。
加蓮「また鷺沢に、私の初めてをあげちゃった」
P「……」
一昨日の夜の事を思い出して、顔が熱くなる。
加蓮「照れてるの?」
P「いや別に?全然照れてなんて無いけど」
加蓮「なんでよ!?照れてよ!」
P「うおーめっちゃ恥ずかしい。ってかなんだお前、今日ほんと可愛いな」
加蓮「今日、ね……」
P「……あ、もちろん毎日可愛いけどな?」
加蓮「無理して言わなくても良いよ。私が頑張って、これから毎日言わせてみせるから」
P「……昨日の夜、文香姉さんにサーターアンダギーを作ったんだ」
加蓮「照れ隠し下手過ぎるよね、鷺沢」
加蓮「遊園地!ジェットコースター!ポテト!メリーゴーランド!!」
P「……テンション高いな」
遊園地のチケットを買って地図と一緒に渡すと、加蓮のテンションが凄い事になっていた。
一つ完全にアトラクションじゃ無いものが混ざっていた気もするが。
加蓮「あ、遊園地の地図?ジェットコースターの後はこれも乗ろっか」
P「なんだお前、ジェットコースター好きなのか?」
加蓮「ううん。乗った事無い。昔はこういう所に来る許可、出してくれなくてさ」
P「……今日はその分、沢山楽しもうな」
加蓮「うん。さ、早く手繋ぎ直そう」
こんな幸せな瞬間を、もっと重ねていきたくて。
お互いに、完全に浮かれきっていて。
ここのジェットコースターがどれほどエグいものか、完全に失念していた。
P「……な、なぁ加蓮!やっぱジェットコースターはやめとかないか?」
加蓮「え……一緒に乗るの、嫌だった……?」
P「えぁ……そうじゃなくてさほら、行列長いし後ででも良いんじゃないかなって」
加蓮「待ち時間は嫌いじゃないから。それだけ余裕があるって事だし」
仕方がない、覚悟を決めろ俺。
こんな幸せそうな加蓮の笑顔を奪うなんて、俺には出来ない。
まぁ加蓮がジェットコースターダメと決まったわけではないし。
P「……んじゃ、並ぶか」
久しぶり、サイクロンツイスタータイフーンハリケーン。
裁判所の被告人席に赴く様な足取りで、俺は行列の最後尾に立つ。
加蓮「ところで、ここのジェットコースターってどんな感じなの?」
P「一言で言うと……走馬灯だな」
加蓮「ごめん、ちょっとよく分かんない」
加蓮「……楽しかったね」
P「あぁ……楽しかった」
二人並んで、ベンチに沈み込む。 微塵も楽しくなかった。
やっぱりあのコースターは人類には早過ぎるって。
P「ギネスだもんな……速さも高さも……」
加蓮「世界って、広いね……」
P「次……何乗る……?」
加蓮「ちょっとだけ待って……今動くと二度と動けなくなりそう」
ようやく二人の息が落ち着いてきた。
加蓮「……ふぅ、どうしよっかなー。何かオススメとかある?」
P「前来た時平和だったのは……まぁメリーゴーランドとかかな」
アトラクションのオススメの枕言葉に平和だったのはってどうなんだろう。
加蓮「前は誰と来たの?」
P「前来たのは二年に上がりたてで……確か美穂と李衣菜と智絵里ちゃんだ」
そうだ、あの日に俺はここの観覧車で……
そして、その数日後に加蓮と付き合い始めて。
加蓮「……その時乗ったアトラクション、全部乗ろっかな」
P「結構ハードなのあるぞ」
加蓮「別に良いよ。それよりも、鷺沢の記録の最新情報は全部私で上書きしないと」
P「それじゃ、先ずはお化け屋敷からだな」
正直めちゃくちゃ入りたくないけど。
怯える加蓮も見たいし、ここは頑張って勇気を出そう。
戦慄ラビリンスの行列も、相変わらず長かった。
加蓮「へー、かなり怖そうだね」
P「しかも同時入場二人までだからな。数で押す戦法が使えないんだよ」
加蓮「で、前は誰と二人で入ったの」
……おかしいな、まだ屋敷内に入ってないのにめちゃくちゃ怖い。
外なのに冷房効き過ぎじゃないだろうか。
P「……智絵里ちゃんとだったな、確か」
加蓮「……手、繋いだの?」
P「はい。えっとあの……まだ当時は加蓮と付き合ってなかったからって事で……」
加蓮「……なんてね。別に過去の話についてとやかく言うつもりはないよ」
P「ならよかった。結構抱き着かれたりしたしな」
加蓮「鷺沢、このお化け屋敷一人で入って。私外で待っててあげるから」
P「ほんっとごめんなさいちょっと調子乗りました」
なんて言いながらも、加蓮は笑顔で。
加蓮も俺も、みんなと仲良いままでいられて本当に良かった。
加蓮「で、ここのお化け屋敷って廃病院モデルなんだっけ」
廃病院モデルって何だよ。
いや多分そうだとは思うけど。
加蓮「私が見定めてあげないとね。この病院マイスターの北条加蓮が」
P「お前が入院してたの廃病院だったのか?」
P「ほい加蓮、ポテト買って来たぞ」
加蓮「ありがと鷺沢」
お化け屋敷、メリーゴーランド、コーヒーカーップ、フリーフォール、迷路と以前と同じアトラクションをほぼ巡って。
そろそろ一旦休憩という事で、屋台でトルネードポテトを買って食べる午後三時。
良い感じに、お互い疲れが溜まり始めていた。
加蓮「凄いね、ここの遊園地だけで何個ギネス取ってるんだろ」
P「なー、もう結構疲れてきたわ」
加蓮「まだ乗ってないのは……観覧車だね」
P「日が沈み切る前に乗るか」
加蓮「何周する?」
P「そんな周回が必要なアトラクションだっけ」
加蓮「あと全部もう一回ずつ乗りたいな」
P「元気有り余ってるなぁ……倒れるぞ?」
加蓮「倒れたら自然に鷺沢に寄り掛かれるでしょ?」
……ギネスに可愛い恋人部門とか無いのかな。
絶対世界を狙えると思うんだけど。
加蓮「……ねぇ、一昨日の話。いい?」
P「構わないけど。修学旅行の自由行動の話か?」
加蓮「ううん、その前。鷺沢のスマホが没収されちゃった時の事」
P「そうだ加蓮、なんであんなタイミングで通話掛けて来たんだよ」
加蓮「鷺沢の声が聞きたくて堪らなくなったからに決まってるでしょ?!」
何も言い返せない。
可愛いは正義だから何か言ったら俺は悪になってしまう。
加蓮「ごほんっ……まぁ私の思慮が浅かったとも思うけどね。もし鷺沢がスマホ部屋に置いてってたらどの道繋がらなかった訳だし」
P「で、それがどうかしたのか?」
加蓮「美穂から聞いたんだけど、二回連絡が入ったんだって?」
P「あ、そうそう。一回目は加蓮だったけどね」
加蓮「それはごめんって。で、二回目は誰だったの?」
P「非通知だったから分かんない。まぁイタ電とかだとは思うけど」
普段大して誰からも連絡来ない癖にな。
……辛い。
加蓮「……ふーん、ねえ鷺沢。智絵里と何があったのか聞かせて貰える?」
P「……まぁ、その……まだ諦め切れない、って感じでさ。いや、今はもう違うけどな?」
キスした事に関しては言わなくてもいいだろう。
口は災いの元、余計な事は伝える必要がない。
P「美穂が……説得してくれてさ。正直凄く助かったよ」
智絵里ちゃんと、友達でい続けることが出来て。
俺が、美穂との約束を破らずに済んで。
加蓮「だったら、カヌーのペアって」
P「あぁ、千川先生に頼んだらしい。立場的にも、俺と加蓮が組まないならそれに越した事はないからな」
加蓮「……頼めば組ませて貰えた、ね……」
P「……加蓮?」
加蓮「……ううん、なんでもない。さてと、次のアトラクション乗ろっか」
一体何だったんだろうか。
加蓮が先生に頼んでも俺とは組ませて貰えなかったと思うけど。
加蓮「ほら鷺沢、早くエスコートしてよ」
P「何に乗りたいんだ?」
加蓮「えっとね、これとこれとこれとーー」
P「帰る時間もあるし、これが最後かなぁ」
加蓮「おっけー。さ、乗ろ?」
二人並んで、観覧車に乗り込む。
少しずつ登るゴンドラと反対に、太陽は少しずつ沈み始めていた。
P「確か一周三十分弱だった筈だぞ」
加蓮「で、前回は誰と二人で乗ったの?美穂?」
P「……お前すごいな」
加蓮「でしょー。褒めて褒めて」
いやほんと、何で分かるんだ……キスされた事は黙っておこう。
加蓮「……はいはい他の女の子の事考えない。顔に出てるよ」
P「そんな分かりやすい男だったかなぁ俺って」
加蓮「さぁ、私は鷺沢以外に男友達いないから分かんないけど」
観覧車の高さが半分ほどを超える。
地上にいる人達は、もう点にしか見えない。
加蓮「あ、そう言えば今日全然写真撮ってなかった」
P「撮ってやろうか?」
加蓮「何でそこでツーショットって選択肢を思い浮かべられないの?」
P「いやほら、夜景をバックに的なあれかなーと」
加蓮「はいはい、撮るから隣空けて」
言うが早いか、加蓮がこっち側の席に移動してくる。
重心が傾き、少しゴンドラが揺れた。
加蓮「きゃっ!」
P「っと……大丈夫か?」
倒れ込んで来た加蓮を抱き締める。
加蓮「……ありがと、鷺沢」
P「ほら、横座るんだろ?」
加蓮「あっ……えっと、抱き締めて貰ってるままじゃダメ?」
P「全然構わないけど、それで写真撮れるのか?」
加蓮「いけるいける。はい寄って寄ってもっと強く抱き締めて」
オーダー通りに強く抱き締めた。 加蓮がインカメにしてカメラを此方に向ける。
画面に写された俺たちは、改めてこう見るとかなり近過ぎる距離だった。
加蓮「はい、チーズ」
加蓮が撮影ボタンを押すタイミングに合わせて、俺は瞬きを止める。
カシャリ
シャッター音がゴンドラ内に響く。
それと同時、俺の頬に柔らかいものが触れた。
スマホの画面には、俺の頬にキスをする加蓮が写っていた。
加蓮「よしっ、壁紙にするから」
P「……反則なんじゃないかな」
今日一の可愛さと照れを二人で同時更新した気がする。
加蓮「いいでしょ。鷺沢には送ってあげないから」
からかう様に笑う加蓮。
……少しくらいなら、やり返してもバチは当たらないだろう。
P「……いいよ、別に」
加蓮「……え、要らないの……?」
P「あぁ、その分……」
加蓮を強く抱き寄せて、無理やり唇を重ねる。
加蓮「んっ!ちゅ……っちゅう……んちゅ……んぅっ……」
驚いて目を見開いた加蓮が、少しずつ状況を把握し始めた。
そのまま二人で、キスを堪能する。
加蓮「っん……っぷぁ……もう、まったく……」
P「実際にキスさせて貰うからさ」
加蓮「……一回で満足?」
……その誘い方はズルいんじゃないかな。
今日だけでレッドカード何枚溜まってると思ってるんだ。
P「……とはいえ、もうあと少しで一周終わっちゃうからなぁ」
加蓮「……だったら、さ……」
少し顔を赤らめて、上目遣いに。
加蓮「続きは……満足するまで、鷺沢の部屋でしようよ」
……これは、えっと……
そういう事だと期待していいんだろうか。
加蓮「……ちょっと、何か言ってよ」
P「えぁ、っと……もちろん、喜んで」
そのまま暫くの無言が続いて、観覧車は地上に到着した。
何方からともなく手を繋ぎ、観覧車を降りる。
夜の園内は、乗った時と光景をガラッと変えていた。
加蓮「……今日、すっごく楽しかった。また、連れてきてね?」
P「あぁ。また来ような」
P「ただいまー……あれ、姉さん?」
加蓮「お邪魔しまーす……誰も居ないみたいだけど」
心臓をバクバクさせながら家に帰ると、店のシャッターは閉じられていた。
電気も消えていて、家に人の気配は無い。
電気をつけると、リビングのテーブルには書き置きが残されていた。
『今日は友人の家でレポート作成をするので、明日の夕方まで帰れません。文香』
……もしかして、気を使ってくれたのだろうか。
文香姉さんには、今日は加蓮とデートだって伝えてあるし。
P「じゃ、先にシャワー浴びちゃってきてくれ」
加蓮「……えっと、うん……」
借りて来た猫の様になっている加蓮。
うん、二度目とは言えめちゃくちゃ緊張するよな。
俺も今ヤバい、ほんとヤバい。
P「タオルとか適当に使ってくれて良いから」
加蓮が風呂に入っていった。
その間に部屋とベッドを整える。
ん?そう言えば加蓮、着替え無いんじゃ……
……仕方ない、俺のシャツと……Yシャツだけ置いておこう。
加蓮「ねー鷺沢ー!そう言えば着替え無かったんだけど!」
浴室から加蓮の叫ぶ声が聞こえる。
P「はいはい、俺のシャツ置いてくから」
今更ながら、なんでお互い当たり前の事に気付かなかったんだろう。
勢いと雰囲気って怖い。
加蓮「ふー……サッパリした」
……こいつ、本当にシャツ一枚で出てきやがった。
いや、そう仕向けたのは俺なんだけど。
P「……今日も良い天気だな」
加蓮「……だからほんと、誤魔化すの下手過ぎない?」
……いや、だってめちゃくちゃ太ももだし。
胸元かなり見えてるし。
P「彼シャツって文化を作った人にノーベル文化賞あげたい」
加蓮「はいはい、鷺沢も早く浴びて来たら?」
P「あいよ、適当にくつろいどいてくれ」
加蓮「ダーイブッ!」
シャツ一枚でダイブは……うぉぉ。
加蓮が俺のベッドにダイブするのを全力で尻目に、俺も浴室へ向かった。
温度を上げて、熱々のシャワーを浴びる。
心頭めっちゃ熱いけど落ち着け俺。
彼シャツって良いな!!
……ふぅ、冷静沈着であれ。
さっさと上がって髪を乾かし、部屋に戻る。
加蓮「おかえりー鷺沢」
加蓮が俺のベッドの上で足をばったんばったんさせながら本を読んでいた。
そこそこでかいサイズのシャツを渡したが、裾が捲れ上がって太ももがこう……際どいラインを攻め抜いている。
幾ら何でもくつろぎ過ぎなんじゃないだろうか。
P「ただいまー。何読んでるんだ?」
加蓮「アンタのお気に入り」
P「うぉぉぉぉぉぉおっ!」
馬鹿な、場所を変えた筈なのに何故バレた。
急いで加蓮から取り上げ、ゴミ箱に投げ込む。
加蓮「ねえ鷺沢。前チェックした時から二冊増えてたんだけど」
P「その分二冊棄てたから」
加蓮「は?」
P「ごめんなさい……」
加蓮「まぁ両方表紙がギャルモノだったしセーフだけどね」
あ、良いんだ。
P「と言うか加蓮、あまり人のそういう本を読むんじゃありません」
加蓮「え、いいの?」
いいの?とは何だろうか。
彼女に自分のお気に入りエロ本を読まれるとか拷問以外の何でもないと思うけど。
加蓮「同じシチュでしてあげられるんだよ?」
……最高ではないだろうか。
実はこの引き出し、二重底の奥にもう一段ある事も教えたくなってしまう。
加蓮「……ってセリフがさっきのマンガにあったんだけど」
ッセーッフ!!
危うく自爆するところだった。
P「でもまぁ、加蓮」
加蓮「なーに?」
P「俺はありのままの加蓮が好きだから……俺好みのシチュとかセリフじゃなくて、素直な加蓮がいいかな」
加蓮「……鷺沢」
P「なんだ?」
加蓮「早く抱き締めて……キスして」
もう待てない、といった表情の加蓮。
俺は要望通り、加蓮を抱き締めてキスをした。
それからは、まぁ、流れで。
文香姉さんがいたら本で殴られるレベルでうるさかったと思う。
それから大体一ヶ月と少し。
加蓮の勉強に付き合い、期末テストを乗り越え。
模試を受けたり、文化祭の出し物を決めたり。
加蓮とデートして、幸せな時間とか肌とか唇とか肌とかを重ねたりとかして。
忙しくも楽しい日常は、あっという間に流れーー
ちひろ「ーーなので、皆さん浮かれ過ぎない様に。タバコやお酒もぜっったい断って下さいね?」
七月下旬、最後のHR。
明日から楽しい毎日が待っている生徒達は、誰一人千川先生の話を聞いていなかった。
まぁ、小学生の頃から何度も聞かされた様な注意事項だし。
ちひろ「それでは、二学期に元気な皆さんと会える事を願って……はい、さようなら」
みんな「さようならー」
千川先生が教室から出て行く。
一学期が、完全に終わる。
……さあ、夏休みだ。
P「っしゃおらぁ!遊び行くぞ!!」
加蓮「夏!ポテト!プール!ポテト!」
李衣菜「この後みんなでカラオケ行かない?」
美穂「良いですねっ!早速行きましょう!」
まゆ「まゆの美声を聞かせてあげますよぉ!」
みんなテンションマックスだ。
そりゃそうか、夏休みだし。
美穂「智絵里ちゃんも行く?」
智絵里「あ……行きたいけど、用事があって……途中からなら……」
李衣菜「なら部屋の番号ラインで送るからさ、来れそうなら来てね」
P「今は……十二時半か。それじゃみんな、十三時半くらいに駅前の時計のとこに集合で」
李衣菜「了解っ!」
加蓮「おっけー」
まゆ「かしこまりますよぉ」
誰一人配られた宿題の山に目を向けないのが実に高校生らしくて良い。
夏休み初日はこうでないと。
鞄に置き勉していた教科書を全部突っ込み、重たい荷物を引きずって家へと走る。
P「ただいまー姉さん」
文香「お帰りなさい、P君。随分と機嫌が……あぁ、夏休みでしたか」
大きく溜息を吐く文香姉さん。
そうか、大学生はまだ夏休み先か。
P「みんなとカラオケ行ってくるから」
文香「夜はどうしますか?」
P「多分二十時くらいには帰って来ると思う」
文香「では、私もそれくらいを目処に戻って来ます。それまでは大学生の図書室でレポートを書いていますので」
P「あいさ」
荷物を部屋に放り投げて、さっさと私服に着替える。
昼飯は……面倒だし抜いていいだろう。
そんなにお腹空いてないし。
そんな事より早く遊びに行きたかった。
P「いってきまーす」
文香「羽目を外し過ぎないように、ですよ」
炎天下の中、暑さなんて気にせず駅へと走る。
吹き抜ける風が心地よい。
いや、暑い、めっちゃ暑い。
五分と経たず汗だっくだくになってくる。
なのに何故だか走るのを止める気にはならない。
替えのシャツ持って来てよかった。
P「っふぅー……早く着き過ぎた」
スマホの時計を確認すれば、まだ十三時前だった。
こっから三十分以上も外で立ってるのはしんどいし、かといって喫茶店で時間を潰すには短過ぎるな……
まゆ「あ、Pさん。早い到着ですね」
P「ん、まゆももう着いてたのか」
微笑みながら、此方に駆け寄ってくるまゆ。
正確な名称の分からない、ピンクの薄手のワンピースに身を包むまゆはとても可愛かった。
まゆ「楽しみで、ついつい急ぎ過ぎちゃいました」
P「分かる。俺もそんな感じだよ」
まゆ「……外で待つには、少し暑過ぎますね」
P「だなー……そこの喫茶店で待つ?」
まゆ「はい。そうしましょう」
駅前の時計が見える位置にある喫茶店に、二人で入る。
カランカランと鳴るベルと、空調の効いた冷たい風が心地良い。
店員「っしゃせー」
P「禁煙二人で。窓際の席って空いてますか?」
店員「しゃー」
店員に案内され、窓際の二人席に着く。
ふぅ……涼しい。
まゆ「Pさんは何にしますか?」
P「昼食べてこなかったし、サンドイッチとコーヒーのセットにしようかな」
まゆ「ふふっ、まゆと一緒ですね」
注文を終えて、一息吐く。
この先からなら待ち合わせの場所がよく見えるし、のんびりしていて大丈夫そうだ。
……そう言えば。
P「まゆって私服でも制服でも手首にリボン巻いてるよな」
まゆの左手首には、いつもリボンが巻かれている。
一応校則違反だった気はするけど、まゆの事だから上手く言い訳したんだろう。
あと手首、汗で蒸れないのかな。
まゆ「……気になりますか?」
P「まぁうん。いつも着けてるなーって」
まゆ「……言えません。これは、我が佐久間家に代々伝わる禁忌の掟」
P「まさか、封印された闇の力が……っ!」
まゆ「これをPさんに話してしまえば……きっと、ただでは済まされません」
いつも思うけど、まゆ凄くノリ良いな。
友達沢山いそうだし、明るいのはこういう性格が所以しているのか。
まゆ「ごほん。ふふっ、本当の理由は……まだ内緒です。聞きたければ、Pさんも佐久間家の一員になって貰わないと」
P「……代償は大きいなぁ」
まゆ「お仕事の時も、絶対外さないんです」
そう言えば昔。 俺も誰かに、リボンを巻いてあげた事があった気がする。
誰だっけ……文香姉さんだったかな。
店員「お待たせしましたー」
注文したコーヒーとサンドイッチが届く。うん、サンドイッチ美味い。
まゆ「Pさん、サンドイッチ好きですよね」
P「まぁな、昔はずっとパンばっか食べてたし。ほら、昔から朝食自分で作ってたんだけど、それだと米炊く時間無いんだよな」
まゆ「あ……ごめんなさい」
P「いいよいいよ。ふぅ……一回涼しい場所入ると、出るの億劫になるよな」
まゆ「このまま夜まで、二人でお話しするのも吝かではありませんが」
P「ま、今日はみんなではしゃごうよ。折角の夏休みなんだし」
まゆ「ふふっ、そうですね……Pさんはそう言う方ですから」
コーヒーカップを傾ける。 熱い、でもまゆの前だしカッコつけて優雅に飲む。
ピロンッ
『李衣菜ちゃんと一緒です。もう直ぐ着きます』
P「……ん、もうすぐ美穂達も着くっぽいな」
まゆ「ですねぇ。コーヒーを飲み終えたら、のんびり出ましょうか」
駅前の時計の方を見る。……ん、加蓮着いてるじゃん。
キョロキョロと他に誰か来てないか探してる様だ。
ピロンッ
『鷺沢、もう着いてる?』
『今喫茶店で時間潰してたとこ。直ぐ行くよ』
P「っし、行くか。会計は俺が持つからいいよ」
まゆ「お言葉に甘えさせて貰います。お礼に今度、みんなでPさんの家でお食事するときに腕を振るいますから」
会計を済ませて外に出る。
あっつ、めちゃくちゃあっつ。
P「おーい、加蓮」
水色のシャツに短過ぎる白いパンツ姿の加蓮は、こっちを向いて手を振って来た。
……大丈夫?そんなに肩出して足出して。日焼けするぞ?
ってかシャツ上の方なんか透けてない?そう言うデザイン?
加蓮「あ、やっほー鷺沢。隣のソレは何?」
まゆ「ソレじゃなくて連れですよぉ」
P「二人して早く着き過ぎちゃったから、そこの喫茶店で涼んでたんだ」
まゆ「アツアツでしたよぉ」
P「コーヒーがな。ってかやっぱバレてたか」
加蓮「随分楽しそうじゃん」
P「で、多分そろそろ美穂達も来るはずなんだけど……」
李衣菜「おまたせーみんな」
美穂「お待たせしました、みなさん」
あぁ、美穂まで肩出して。 ピンク色のフリル付きとかめちゃくちゃ可愛いけど日焼けするぞ。
P「んじゃ、全員揃ったしカラオケ向かうか」
加蓮「ーー泣いちゃってもいい?ずっと、側に……いたいよ…………」
P「……」
李衣菜「……」
美穂「……」
まゆ「……」
加蓮「ふぅ……どうだった?私、この歌凄く好きなんだよね。なんかしっくりくるみたいな感じで」
P「うん、上手かったしめちゃくちゃ心こもってたしこっち見てくるの可愛かった」
一曲目に入れる曲ではないと思うけど。
俺に向けての想いを歌に乗せたんだとしたら、若干、じゃっっかん重い選曲かなーとは思っちゃったけど。
李衣菜「……Pってさ」
美穂「凄いのと付き合ってますね」
まゆ「まゆも負けませんよぉ」
加蓮「Pは何歌うの?」
P「いや、俺はまだ入れてないけど」
加蓮「なら次私とデュエットしようよ」
美穂「李衣菜ちゃん、あとでわたし達もデュエットキメよ?」
李衣菜「なんでそんな薬物みたいな言い方なの?」
P「で、次の曲は……エヴリデイドリームか。歌うの誰だー?」
まゆ「まゆですよぉ。まゆの想いを込めて、全力で歌いますよぉぉ!」
気合い入ってるな。
可愛らしいイントロが流れ出すのと同時、まゆがマイクを構える。
まゆ「大好きなあの人に向けて、心を込めて歌います。聞いてください……佐久間まゆで、エヴリデイドリーム」
美穂「イントロをバックに語り出しました」
李衣菜「新しいカラオケの楽しみ方だね」
歌詞が始まるのとピッタリに、まゆが前説を終える。
凄く完璧なタイミングで凄いけど、ずっとこっち見られると恥ずかしいし画面見ようよ。
歌詞は、とても可愛らしいラブソング。
アイシテルが片仮名なのが若干怖かったが、概ね恋する女の子の歌だった。
まゆ「私のこと……大好き、って……」
まゆは終始ずっとこっちを見て歌っていた。
歌詞全部暗記してるの凄いな。
あと物凄い形相でまゆを睨んでる加蓮をガンスルー出来たのも凄いな。
まゆ「ふぅ……ご清聴、ありがとうございました」
美穂「とっても上手かったです、まゆちゃん」
まゆ「ふふっ、ありがとうございます。どうでしたか?Pさん」
P「え、あぁうん。上手かったと思うよ、かなり」
美穂「さて、次はわたしのターンです!」
まゆ「何を勘違いしてるんですかぁ?まゆのターンはまだ終了していませんよ」
李衣菜「ひょ?」
ピピピピピッ、と画面に数字が映し出された。
なるほど、採点機能をオンにしたのか。
画面『高得点です。まるで本人の様な歌いっぷりでした』
P「……いや点数出せよ」
まゆ「アバウトですねぇ」
李衣菜「でも上の音程バー出てくるだけでも歌いやすいよね」
美穂「まゆちゃん一回も画面見てませんでしたけどね」
加蓮「ねぇ私の歌採点されてないんだけど?!」
まゆ「加蓮ちゃんが採点機能オンにする前に曲を入れちゃったからですよぉ」
加蓮「もう一回、もう一回同じやつ歌うから」
まゆ「どうせ88点くらいですよぉ」
割とまゆからの評価高いし現実的な数字だな。
美穂「ふぅ……それじゃ、今度こそわたしの番ですね」
P「っと、俺ドリンクバー行ってくるわ。誰かお代わり欲しかったら持ってくるけど」
美穂「あ、ならわたしは烏龍茶でお願いします」
李衣菜「私は麦茶で」
まゆ「なら、まゆもご一緒します」
加蓮「私メロンソーダとコーラとオレンジジュースで」
まゆ「全部混ぜればいいんですかぁ?」
加蓮「思考が小学生レベルだね、まゆは」
ドキっとする。
実は俺も同じ事考えてたから。
みんなのカップを持って、一旦部屋から出る。
ドリンクバーでは、うちの高校の制服の奴等が並んでいた。
P「やっぱみんな来るよなぁ」
まゆ「今日から長期休暇ですからねぇ」
P「楽しいなぁ……友達増えて」
まゆ「まゆも、とっても楽しいです。Pさんと一緒にこうやってカラオケに来れる日が来るなんて」
P「ん?別に誘えばみんな来たんじゃないか?」
まゆ「そういう事では無いんですが……」
……ん?どういう事なんだろう。
そんな事を考えながらドリンクを注いでいると、智絵里ちゃんがやって来た。
智絵里「あ……お待たせしました」
P「お、もう用事は終わったの?」
智絵里「はい。他のみんなは……?」
まゆ「もう歌い始めてますよ。一緒に部屋に戻りましょうか」
部屋に戻ると、李衣菜がロックっぽい曲を熱唱していた。
美穂「あ、来てくれたんだ。智絵里ちゃん」
加蓮「……」
智絵里「……こんにちは、加蓮ちゃん」
加蓮「……五人、揃っちゃったね……」
まゆ「……ですねぇ……」
美穂「ついに……この時が……!」
画面『69点。色々とブレてます』
李衣菜「えっ、私音程もっと合ってたってば!」
P「いや音程かなりSin波だったぞ……で、五人揃うと何かあるのか?」
加蓮「バスケが出来るね」
まゆ「まゆ達五人が力を合わせれば、向かう所敵なしですよぉ」
智絵里「えっと……五人しかいないなら敵がいないのは当たり前じゃ……」
美穂「と言うのは冗談で……最近女子高生の間で流行の、あの歌が丁度歌えるんです」
李衣菜「マイクは二個しかないけどね」
残念な事に、俺は女子高生の流行りに詳しくはない。
加蓮「よしっ、送信っと」
まゆ「まぁコレですよねぇ」
智絵里「あ……この曲、わたしもとっても好きです」
美穂「何度もMVを見てたら、振り付けまで少し覚えちゃいました」
李衣菜「この真ん中の無限記号がロックでカッコいいよね」
オシャレなイントロが流れ出す。
なんだか凄く火サスとか昼ドラで流れて来そうな曲調だ。
まゆ「聞いて下さい、Pさん。佐久間まゆで……」
加蓮「あ、私も歌うんだけど。北条加蓮で」
美穂「五人で歌うんですから、もっと上手く繋いで下さい。小日向美穂と……!」
李衣菜「あ、私もやる流れ?多田李衣菜と……!」
智絵里「え、えっと……緒方智絵里で……!」
「「「「「Love∞Destiny」」」」」
加蓮「ふー……かなり歌ったね」
P「もう十九時か。そこそこいい時間だな」
李衣菜「みんなは夕飯どうするの?」
美穂「わたしは門限があるので……」
まゆ「まゆもそろそろ帰らないといけません」
智絵里「わ、わたしはまだ時間はあるけど……」
P「俺は帰って夕飯作んないと」
文香姉さんにも帰るって伝えてあるし。
あ、食材も軽く買ってから帰るか。
加蓮「それじゃ、私も帰ろうかな」
李衣菜「じゃあ智絵里ちゃん。折角だし二人で食べに行かない?」
智絵里「え、李衣菜ちゃんが払ってくれるんですか……?!」
李衣菜「おっ、今日一のいい笑顔」
美穂「あ、ならわたしも門限無くなった気がします」
李衣菜「ちょっとちょっと、私そんな手持ちないんだけど!」
P「んじゃ、また適当に集まって遊ぼうな」
加蓮「じゃあねー」
まゆ「ふふっ、お疲れ様でした」
カラオケから出て、それぞれバラバラに散って行く。
……美穂、本当に李衣菜の方に着いて行ったな。
P「あ、俺夕飯の食材買ってから帰るから」
まゆ「それじゃ加蓮ちゃん。二人で帰りましょうか」
加蓮「今日鷺沢の家泊まれたりしない?」
まゆ「まゆの前でそういう会話はやめて貰えますかねぇ」
P「悪いけど、明日は朝から店の手伝いしなきゃいけないから」
加蓮「そっか。それじゃまたね。お別れのキスは?」
まゆ「まゆの前でそういう会話はやめて貰えますかねぇ?!」
P「……またな。加蓮、まゆ」
スーパーに入って、特売のものを買い込む。
お一人様二つまで……加蓮とまゆに付き合って貰えば良かった。
鷺沢と別れてから、私とまゆは二人で夜道を歩く。
七月に入ってから、夜でも暑くなってきた。
そうでなくてもまゆと二人きりって、正直ちょっと居心地が悪いかな。
鷺沢が居た時はずっとニコニコ笑顔だったまゆは、無表情でずっと無言だし。
……それもそっか、うん。
だって好きな男子の前なんだから、可愛い振る舞いをするのは当たり前だよね。
まゆ「……今日は、楽しかったですね。加蓮ちゃん」
そう思ってたら、急にまゆが口を開いた。
けど、質問の意味が分からない。
本当にそのまま、言葉のままで受け取っていいのかが分からなかった。
加蓮「え、何急に。楽しかったけど……」
まゆ「まゆは、とっても楽しいです」
加蓮「……私も、かな。友達と仲良く、こんな毎日を過ごせるのって……憧れだったから」
うん、楽しかったのは本当。
鷺沢とカラオケに来たのは初めてだったし。
美穂も李衣菜も、最初からずっと私と仲良くしてくれてるし。
智絵里も、もうきちんと鷺沢の事を諦めてくれたみたいだし。
そんな友達と一緒に歌って遊んで、楽しくない筈が無いよね。
まゆ「……ねぇ、加蓮ちゃん」
加蓮「ん、なに?まゆ」
だからこそ、まゆだけが。
私にとって、一番懸念すべき相手で。
まゆ「……加蓮ちゃんは、本当にPさんの事が好きなんですか?」
そんな相手にこそ、きちんと想いを即答して。
真正面から現実をぶつけて、諦めて貰わないといけないから。
加蓮「今更過ぎるでしょ。私は鷺沢の事が好きだし、鷺沢も私の事が好き。それは絶対変わらないから、まゆもさっさと諦めたら?」
言い方はキツイけど、そんな事を言われて優しく返せる筈もない。
本当に鷺沢の事が好きかどうか?なんて答えるまでもないでしょ。
まゆ「……ふふっ、そうですか」
加蓮「何?私相手にそんな笑顔で振る舞ったって一円の得にもならないよ」
まゆ「なら、聞き方を変えます」
まゆ「加蓮ちゃんは、本当に…………Pさんを、信頼出来てるんですか?」
……は?
そんなの信頼してるに決まってるじゃん。
そう言おうとしたけど。
まゆはそんな私の答えすらお見通しだったらしい。
まゆ「本当に、ですか?カヌーの時、その次の日、ちゃんと全部思い返して下さい。加蓮ちゃんの行動は、きちんとPさんを信頼してのものでしたか?」
加蓮「え……それは……」
まゆ「それ以外の時もです。付き合う前だって……加蓮ちゃんは、信頼し切れていないからPさんを縛り付けてたりしていませんか?」
……私は、即答出来なかった。
智絵里に呼ばれて屋上に行こうとしてた、あの放課後。
カヌーのペアだって、その次の連絡が通じなくなった自由行動の時間だって。
初めてを迎えた夜の、そこに至るまでの事だって。
私は、本当に鷺沢を信頼出来てた?
もちろん鷺沢は、そんな不安を払拭しようと頑張ってくれてたけど……
加蓮「……でも、だからこそ。これからも二人で頑張って行こうって……一人で難しいなら、一緒にって……」
まゆ「それを言っている時点で、信頼出来てないって事なんですけど……まぁそうですよねぇ。美穂ちゃんとの約束もあって、Pさんは本気で縁を切ろうとまでは踏み切れませんから」
まゆは笑っている。
でもその目は、まったく笑ってない。
むしろ、私を睨みつけてるみたいに。
まゆ「Pさん自身、色々あって友達を失うなんて事はしたくないでしょうし……そこが優しいところであって、弱味でもあるんですけど」
加蓮「……で、何?何が言いたいの?」
まゆ「加蓮ちゃんは、頼ってはいても信頼はしてません。頼りにする事はあっても、信じてはいません。縛り付けて、他の人を選ばせない様にしているだけです」
まゆ「最初に出来た友達、唯一物事を頼める相手。それが偶然、Pさんだっただけです」
まゆ「そんな加蓮ちゃんと、Pさんの関係性は……友達でも成り立つんじゃないですか?」
加蓮「…………は?」
まゆが何を言っているのか。
私は、理解したくなかった。
まゆ「完全に信頼する事は出来なくて、でも頼りたくて。恋人と言う立ち位置のせいでPさんを縛って、迷惑を掛けて。それで……加蓮ちゃんは、Pさんに何かしてあげられましたか?」
加蓮「……恋人だからって、何かをしてあげなきゃいけない訳じゃないし……」
まゆ「なら、押し付けるだけですか?優しさをただ享受するだけですか?そんなの……相手がPさんじゃなくても良い筈ですし、恋人である必要性はもっと無い筈です」
加蓮「で、でも……私はあいつの事が好きで……」
まゆ「もし最初の日、加蓮ちゃんを校舎案内したのがPさん以外の女子だったら?そしてきちんと、最後まで付き合ってくれたら?きっと加蓮ちゃんは、その子と友達になって……それで終わりだった筈です」
まゆ「あの日の、屋上でのキスだって……それこそ、その場の雰囲気に流されてしちゃっただけでしょうし」
まゆ「結局のところ。加蓮ちゃんは……優しくしてくれれば、自分に付き合ってくれれば」
まゆ「……誰でも良かったんじゃないですか?」
加蓮「……そんな事ない。私は、鷺沢だったから……」
まゆ「それを最初から即答出来なかった時点で。加蓮ちゃんも、薄々気付いてるんじゃないですか?」
……私は、何も言い返せなかった。
言い返したかったけど、まゆの言葉は、確かにその通りだと思っちゃった。
本当に好きで、本当に信頼出来てたなら。
……まゆの言う通りだった。
そしてまゆは。
私がこの会話を鷺沢に相談出来ない事すらも、絶対に分かってる。
まゆ「『鷺沢の事を信頼出来なくて即答出来なかった』なんて言える筈がありませんからねぇ。そんなの、相談した時点で全ての答えが出てるんですから」
加蓮「……なら、まゆはどうなの?まゆだって、私と同じなんじゃないの?」
まゆ「そうかもしれませんねぇ。でも……出会ってたった数日のエキストラにメインヒロインの座を奪われて黙っていられる程、まゆの想いは軽くも短くもないんです」
加蓮「あんたも今年からクラスメイトになったばっかじゃん!」
まゆ「はぁ……加蓮ちゃんに教える必要はありません。ただ、まゆの気持ちはずっと前から決まってたって事だけは、覚えていて下さい」
まゆ「あ、それと……この会話を伏せてPさんにまゆと距離を置いてもらう、なんて諦めた方が良いです。Pさんには美穂ちゃんとの約束がありますから」
まゆ「もしPさんが美穂ちゃんとの約束よりも自分の事を優先してくれると言う絶対的な自信があるなら、試してみたらどうですか?」
まゆ「きっと、加蓮ちゃんがガッカリして終わるだけだと思いますけど」
加蓮「……言いたい放題言ってくれるね」
まゆ「まゆとしては、加蓮ちゃんが自ら身を引いてくれるのが一番楽ですから」
加蓮「んな訳、無いじゃん……」
まゆ「……ずっとこのまま、Pさんが加蓮ちゃんを選び続けてくれると思わない事です。だって、Pさんも加蓮ちゃんから絶対的に信頼されてるなんて、思ってない筈ですから」
まゆ「まゆは、Pさんに迷惑を掛けたくない。だからこそ、信頼してもいないのに迷惑ばかり掛ける加蓮ちゃんが目障りで仕方がないんです」
まゆ「……自分自身に失望して、さっさとPさんから離れて下さい」
……私は、鷺沢の事が好きで。
なのに、即答出来なくて。
恋人じゃなきゃだめだ、って。
そう、断言出来なくて。
まゆ「……まゆは門限があるので帰ります。この道で待っていれば、そのうちPさんが追い付いて慰めてくれるかもしれませんねぇ」
そう言って去っていくまゆに。
私は、何も言うことが出来なかった。
……いやいや、言われたい放題過ぎたでしょ。
全面的じゃないかもしれないけど、鷺沢の事は誰よりも信頼してるし。
足りない部分は、ゆっくり一緒に埋めていけばいいし。
何を言われようが私が鷺沢を好きな事に変わりはないし。
……なのに。そう思っている筈なのに。
まゆの言葉は、私の胸に刺さって痛いままだった。
おーい鷺沢ーお仕事の時間だぞー
まゆと加蓮の修羅場…鷺沢が役に立つわけ無いだろ(意味深)
これがR-18や皆が病むルートならどうなるんだろうか
加蓮「……じゃ、そろそろ帰らないと」
P「だな、いい時間だし。送ってくよ」
加蓮「……うん、ありがと」
夏休みに入り何度か加蓮とデートに行ったが、最近あんまり元気がないような気がする。
いや、正確には積極的じゃないって言うか、心ここに在らずと言うか……何か別の事を考えている様な、そんな感じ。
二人きりで遊んでいる時も、通話で喋っている時も。
まるで何かに悩んで、心から楽しめてはいない様な。
だいぶ暑くなってきた八月の夜道を、二人並んで静かに歩く。
こういう時、俺は恋人としてどんな言葉を掛けるのが正解なんだろう。
P「明後日さ、神社でお祭りあるだろ?空いてたら一緒に行かないか?」
加蓮「うん、行こっかな。誘ってくれてありがと」
……違う、そうじゃないだろう。
いつもの加蓮だったら『は?空いてたら?!予定あっても空けるに決まってるじゃん!っていうかそこで俺の為に空けろよくらい言ったらどうなの?!』って言ってたのに。
ちょっと喜びながら何故か半ギレで両腕を振り回していた筈だ。
つまりまぁ、本調子じゃないんだろう。
P「大規模じゃないけど花火も上がるらしいぞ。十七時に神社の鳥居んとこで良いか?」
加蓮「おっけ。遅れないでよ?」
折角恋人と夏祭りを楽しむんだから、お互い頭空っぽにして楽しみたいんだけどな。
……悩んで何もしないなんて、俺らしくないか。
P「何か……悩んでる事とかあるのか?」
加蓮「別に?強いて言うなら雨降らないといいなーとは思ってたけど」
P「……もし何かあったら、俺でよかったら相談に乗るから。いつでも話してくれ」
加蓮「……うん、大丈夫」
きっとその大丈夫は、全くもって大丈夫ではない筈だ。
とすれば、多分。
俺に相談出来ない事か、俺に相談しても解決出来ると思っていないという事。
……確かに俺一人に出来る事なんて限られてるし、加蓮の為に今まで何か出来たかと言えば……
それでもやっぱり、少しくらいは打ち明けて欲しかった。
口にするだけで楽になる事だってあるだろうし。
何より、やっぱり。
悩んでいる加蓮を見続けるのも、相談されないのも寂しい事で。
P「……ま、気が向いたらいつでも話してくれよ」
加蓮「うん、そうするね。今日はありがと、鷺沢」
やっぱ悩んでる事あるんじゃねぇかよ!なんて言える雰囲気ではない。
P「それじゃ、また明後日」
加蓮「うん、またね」
キスをして加蓮と別れた後、俺はクソ暑い夜道を一人で歩く。
加蓮がこの調子になったのは、いつからだっただろう。
確か、一学期最後の日の放課後にカラオケに行った後からだった気がする。
カラオケの時点ではハイテンションだったし、俺と別れる時もまだ何時ものだったから……
……まゆと、何かあったのか?
でも、あのまゆが人を困らせるような事をするだろうか?
未だに俺の事を諦めてはいない様だが、だからと言って気配り気回しの達人の様なまゆが……
いや、一度話をきちんと聞いておいて損はないだろう。
そんな俺の誰かに対する評価や信頼なんかより、今は加蓮の事の方が重要だ。
これで何か手掛かりを掴めれば良し、何も当たらなければそれまでだ。
文香「おかえりなさい、P君」
P「ただいま姉さん」
文香「……ふふっ、そうですか」
え、何が?
文香「P君が、何か悩んでる顔をしていたので……加蓮さんの事ですよね?」
確かに文香姉さんには加蓮とデートしてくるって言ったけど、分かるもんなのか。
俺、そんなに顔に出やすかったかなぁ。
文香「恋人を想って何かを悩むのは……とても、大切な事だと思います。私でよければ、お話を聞きますが……?」
P「……姉さん、変なもの食べた?」
文香「酷い言い草ですね……P君の分だったチョコを食べて上機嫌なだけです」
P「道草の方がまだマシだった」
文香「……それで、何があったんですか?」
P「……なんか、加蓮が悩んでるみたいでさ。でも相談して貰えなくて、なんだかもどかしいなって」
文香「……ここからは別料金になります」
P「え、本当に聞くだけ?!」
文香「はぁ……本気で心配なら、それこそP君が必死になって聞き出せばいいのではないでしょうか」
P「……いいのかなぁ、そんな人の悩みにズカズカと入り込んで」
文香「その悩みによって、今後良くない関係になってしまうとしたら……?後悔したくないなら、これからも恋人でいたいなら……不安な事は、多少の事には目を瞑ってでも取り除くべきではないでしょうか?」
P「嫌がられたりしない?」
文香「でしたら……どちらの方がP君にとって重要か、考えてみてはどうですか……?」
P「……ありがと、姉さん」
文香「ケーキ二つで」
P「一つで許してくれ……」
うん、かなり気が楽になった。
やっぱり人に話すだけで、かなり色々と変わるもんだな。
明後日のデートの時、多少嫌がられてもしっかり聞こう。
それで本気で怒られたら、その時はその時だ。
そんな事よりもやっぱり、悩んでいる加蓮を見続ける方が辛いから。
シャワーを浴びて、扇風機の前で頭を冷やす。
……さて。
『夜遅くにすまん、まゆ』
『はぁい、あなたのまゆですよぉ』
まゆにラインを送ると、一瞬で既読と返信が来た。
『ちょっと話がしたいんだけど、明日か明後日空いてるか?』
『明後日の十六時以降なら大丈夫ですよぉ』
明後日……加蓮と夏祭りに行く約束をした日だ。
だがまぁ、そんなに長くはならないだろうし大丈夫か。
『なら、少し過ぎくらいに寮行くから』
『分かりました。浴衣を着て待ってますよぉ』
浴衣を着る必要は無い気がする。
いやあれか、美穂や李衣菜や智絵里ちゃん達とお祭り行く約束してるのか。
『それじゃ、頼んだ』
『(((o(*゚▽゚*)o)))♡』
金曜日、夏祭り一日目。
三日に渡って行われる夏祭りに、町はかなり騒がしくなっていた。
こういう時甚平とかあれば雰囲気出るんだろうが、残念な事に自分の格好は半袖Gパン。
もうちょっとお洒落な格好もあるんだろうが……そのうち加蓮にコーディネートして貰おう。
遅めの昼飯を済ませて、ゴロゴロと部屋で転がる。
……約束の時間まで、暇。暇でしかない。
床から虚無が伝わってくる。
ピロンッ
誰かからラインが来た。
『Pは今日は加蓮ちゃんと二人で、だよね?』
李衣菜からだった。
『その予定』
『だよねー、もし暇だったら私達と一緒にどうかなって思ってたけど』
『そっちは美穂達とか?』
『うん、あとまゆちゃんと智絵里ちゃん。十七時に集まる予定』
……ん、なら尚更まゆとの話を長引かせられないな。
『それじゃ、また現地で会ったら』
『おっけ、じゃあね』
会話が終わる。
また再び暇になった。
……ん、そうだ。李衣菜にも聞いてみようか。
『なぁ李衣菜。最近加蓮に何かあったか知らないか?』
『知らないけど……そういうのってPが一番よく知ってるんじゃない?』
『だよなぁ……なんか悩んでる感じだったからさ』
『ま、頑張ってね。骨は拾ってあげるから』
『良い骨作る為にカルシウム摂らないとな』
……カルシウム摂るか。
牛乳を飲みながら、ちょっと髪を整えてみたりする。
文香「あ、P君……そろそろ、お出かけですか?」
P「もう少ししたら、まゆに会いに行ってくる」
文香「その後は、夏祭りでしょうか?」
P「うん。姉さんは?」
文香「私は、そういった騒がしい場所は……それと、夕方過ぎ頃から、雨が降るかもしれないそうです」
P「え、マジか……」
文香「出かける時、窓は閉めて行って下さいね」
P「了解。んじゃ、そろそろ出掛けるか」
そろそろ十六時になろうとしている。
俺はまゆに会いに、学生寮まで来た。
まゆ「あ、こんにちは。Pさん」
P「よ、まゆ」
俺の姿を見つけ、花が咲くように微笑むまゆ。
浴衣に身を包んだまゆは、物凄く可愛かった。
ほんと、まゆはいつでも笑顔だなぁ。
P「……まゆも、この後お祭り行くんだよな?」
まゆ「はい、李衣菜ちゃん達と十七時に約束してますから」
P「俺もその時間に加蓮と約束してる」
まゆ「ふふっ、良かったら一緒に行きませんか?」
P「加蓮を不安にさせちゃいそうだし、遠慮しとくよ」
少しばかりまゆに対して酷い言い方かもしれないけど。
そろそろ、きっぱりと線を引いていかないといけない気がしたから。
まゆ「……そうですか。それで、お話って何ですかぁ?」
P「……夏休み初日、カラオケ行っただろ?」
まゆ「行きましたねぇ。とっても楽しかったです」
P「帰りにさ、加蓮と何かあったのか?」
まゆ「……加蓮ちゃんと、ですか……そうですね……」
珍しく、まゆが言葉に詰まった様子になる。
やっぱり、何かあった様だ。
まゆ「Pさんに伝えるのは、少し酷かもしれませんけど……」
P「大丈夫大丈夫、俺メンタル味噌田楽だから」
まゆ「耐久性が高いのか低いのか分かりづらい例えですねぇ」
ふふっと微笑んだ後、まゆは真面目な表情になった。
まゆ「……まゆ、加蓮ちゃんに聞いてみたんです。Pさんの事が、本当に好きなんですか?って……」
P「……それで、加蓮は?」
まゆ「……即答してくれませんでした」
おいおいおい!してくれよ加蓮!!
まゆ「もしかしたら、加蓮ちゃんは自分でも分かっていないのかもしれません。Pさんの事が本当に好きなのかどうか」
P「マジか」
まゆ「それに、信頼してるんですか?と聞いたところ……」
P「聞いたところ……?」
まゆ「街頭インタビューに答えた十人中九人が、『Pさんって誰?』と回答しました」
P「そりゃ町のみんなが俺を知ってる訳じゃ無いからなぁ!」
まゆ「あ、一人だけ『まゆにとって、運命の人ですよぉ』と答えたそうです」
P「まゆじゃん!インタビューで自問自答じゃん!」
まゆ「ごほんっ……結局のところ、加蓮ちゃんの中でまだ答えが出てないんだと思います」
P「……そう、なのかな……」
まゆ「加蓮ちゃんが本当に信頼しているのなら、既に相談しているはずだと思いませんか?」
P「……それもそうか……」
俺は加蓮から信頼されていなかったのだろうか。
まゆ「……あ、すみません。少し連絡良いですか?」
P「あーごめん、李衣菜達かな。そういえば美穂はもう行ってるのか?」
まゆ「楽しみで仕方なかったみたいで、もうだいぶ前に李衣菜ちゃんの家に向かってます」
P「美穂らしいっちゃ美穂らしいな」
まゆ「……ふぅ、失礼しました。それで……Pさん」
P「ん、なんだ?」
まゆ「Pさんは加蓮ちゃんの事が好きかもしれませんが……もし加蓮ちゃんがどんな答えを出したとしても、受け止めてあげて下さい」
P「……加蓮が……どんな答えを出したとしても……」
まゆ「それが、Pさんが恋人として出来る事だと思います」
P「…………」
まゆ「大丈夫です、Pさん。まゆはいつでも、Pさんの味方ですから」
P「……まぁ、取り敢えずは加蓮と一旦話してからだな」
まゆ「……そうですか」
P「っと、もう四十五分過ぎてるな。そろそろ行かないと」
まゆ「まゆはまだ準備が済んでいないので、少ししたら向かいますよぉ」
P「おっけ。それじゃまた、もし現地で会ったら」
まゆ「はい、行ってらっしゃい。Pさん」
まゆと別れて、神社に向かう。
今からなら、約束の時間ぴったりに着けそうだ。
……おっそい。
普通デートなら約束の三十分前には来るべきじゃない?
なんて鷺沢に恨みを飛ばしながら、私はコンパクトで髪型を何度もチェック。
大丈夫かな。浴衣も着付けおかしくないよね?
っていうか、夜雨って予報だったんだけど!
……はぁ。
なーにが鷺沢の事が信頼出来てない、よ。
めっちゃしてるし、少なくともまゆよりは信頼してるし。
……いや今のは全然信頼してる感出てなかったね。
でも、うん。
こんなにずっと悩んじゃってるって事は、自分でもそういう事だって感じてるんだと思う。
一昨日も結局、鷺沢に相談出来なかったし。
鷺沢に失望されるのが怖い。
鷺沢に断られるのが怖い。
鷺沢に否定されるのが怖い。
大丈夫だと自分に言い聞かせても次々と溢れる不安要素に、負けたままでいるのが辛い。
加蓮「……おっそい……」
口にしてしまうくらいには、早く来て欲しかった。
早く来て、私を抱きしめて、私の不安を掻き消して欲しかった。
ピロンッ
ラインが届いた。
誰だろ……鷺沢から『少し遅れる』とかだったら今日全部奢ってもらわないと。
『Pさんなら、まゆと一緒にいますよぉ。二人でお祭りに行く予定です』
加蓮「はぁぁぁぁぁぁ?!」
思わず叫んじゃった。
周りの人が一瞬こっちを向くけど、そんなの知ったこっちゃない。
んな訳無いじゃん。まゆ、暑さで頭やられちゃった?
『もし現地で会ったら、仲良く遊びましょうねぇ?』
ぜっったい、仲良くする気ないでしょ。
ってか、は?!
鷺沢がまゆと一緒に?いやいやいや、あり得ないって。
……うん、これでまゆのとこ行ったらまゆの思う壺だよね。
『やっぱり信頼出来てないじゃないですかぁ』とか言うに決まってる。
……遅いなぁ、鷺沢。
いつもだったら五分くらいは早く来てくれるのに。
ラインを飛ばしても、向かってる途中なら多分見ないだろうし。
私の方から家まで迎えに行こうかな。
不安なら、不安要素があるなら。
自分から全部赴いて、一つずつ消してくべきだよね。
鷺沢の家まで神社から殆ど一本道だし、向かってる途中ならどこかで会える筈。
そう思って、約束場所から離れて私は鷺沢の家に向かう。
なかなか変わらない赤信号に苛立ちながら、変わると同時に走り出して。
人とぶつかりそうになってよろけながら、それでも前へ。
少しでも早く、鷺沢に会いたくて。不安を、安心に変えたくて。
……で、会えなかったんだけど!
は?なんで?違う道使ったの?それともすれ違って気付けなかった?
不安が募る。
本当にまゆの方に行っちゃったの?私に愛想つかしちゃったの?
なんて、一瞬だけど思っちゃって。
大丈夫だから、あいつを信じて私、って。
そう鼓舞してる時点で、やっぱりまゆの言葉がチラついて。
少し震えながら、鷺沢古書店の扉をノックする。
文香「……あら、加蓮さん。こんにちは」
加蓮「こんにちは、文香さん。えっと……鷺沢君は……」
文香「P君でしたら、一時間ほど前にまゆさんの所に……」
……嘘、でしょ?
まゆが言ってた事、本当だったの……?
文香「……あ……加蓮さん……っ!」
踵を返して、女子寮に向かった。
そこに、鷺沢はいないと信じて。
まゆ「……そろそろ、来ると思っていましたよぉ」
女子寮に着くと、浴衣姿のまゆが一人で立ってた。
まゆ「そして、加蓮ちゃんが一人で来たって事は……ふふっ、そうですか。そうですよねぇ」
加蓮「……あ…………」
まゆ「Pさんは、もう加蓮ちゃんとの約束の場所に着いてる頃だと思いますよぉ。良かったですね、Pさんがきちんと約束を守ってくれて」
……そっか、そうだった。
いっその事、鷺沢がここにいてくれた方がよっぽど気が楽だった。
だって、いないって事は……私は…………
まゆ「結局、加蓮ちゃんはPさんの事を信頼してないんじゃないですかぁ。少なくとも、まゆや文香さんの言葉よりも、よっぽど」
加蓮「……なん、で……鷺沢は、まゆに会いに来てたの……?」
まゆ「加蓮ちゃんが悩んでいる事なんて、Pさんはとっくに気付いてました。なのに、加蓮ちゃんから何も相談して貰えなくて。それについて、まゆに相談しに来たんです」
鷺沢は……本気で、私の事を心配してくれてて……
なのに、私は……
まゆ「だから、教えてあげました。加蓮ちゃんは全然Pさんの事を信頼してない、って。相談して貰えないのはそういう事だ、って」
加蓮「ちが……私は……っ!」
まゆ「何が違うんですかぁ?」
最っ悪だ……
まゆが伝えちゃった事も、何も出来なかった私も。
まゆ「加蓮ちゃんが本気で信頼していたなら、とっくに相談していた筈ですよねぇ?自分の事を好きでいてくれていると本気で信じていたなら、どんな事だって相談出来ていた筈ですよねぇ?」
加蓮「それだって、元はと言えばあんたが!」
まゆ「責任転嫁ですかぁ?それで加蓮ちゃんの気が済むなら好きなだけ、ご自由にどうぞ。それで何か結果が変わる訳ではありませんから」
分かってる。
事を最悪な方向に運ばれたのをまゆのせいにしても。
レールを敷いたのはまゆだったにしても。
それでもこの結果を進んだのは、私自身だって事を。
止まろうとすれば止まれた筈なのに。
留まろうと思えば留まれた筈なのに。
まゆ「……Pさん、すごくがっかりしてました。加蓮ちゃんが信頼してないと知って。だから、相談されてないと知って」
加蓮「……いや……私は、そういうつもりじゃ……」
まゆ「どれだけ否定しても……加蓮ちゃんが此処にいる事が、全ての答えなんじゃないですか?」
……結局、私は。
ぜんっぜん、信頼出来てなかったんじゃん。
まゆの言葉なんて全部無視して。
ただあの場所で待ってれば良かったのに。
鷺沢の事を信頼して。
ただ、約束を守ってくれると、そう信じてれば良かったのに。
まゆ「……雨、降って来そうですねぇ。さっさと帰ったらどうですかぁ?」
加蓮「……鷺沢が、待ってるから……」
まゆ「へぇ、きちんと信じてるんですねぇ。素敵な信頼関係だと思いますよ」
約束した、神社の鳥居に向かおうとする。
でも。
まゆ「それで、行ってどうするんですかぁ?また信じられなかったって、そう伝えて。またPさんを悲しませるんですか?」
まゆのその言葉が、私の足をコンクリートに打ち付けた。
……あぁ、そっか。
もう、会いに行くだけであいつを悲しませちゃうなんて。
まゆ「加蓮ちゃんは、Pさんを困らせる事に関してだけは上手ですからね」
加蓮「……」
まゆ「着く頃には雨が降ると思いますが……ああ、そうですね。雨に濡れていれば、優しいPさんなら心配してくれるかもしれませんねぇ」
加蓮「……私は……そんな事……」
まゆ「なら謝って、Pさんには早く家に帰ってもらうべきです。Pさんが風邪を引いたら……また、加蓮ちゃんのせいで苦しむ事になるんですから」
P「……おっそい……」
デートなら約束の三十分過ぎまでには来て欲しかった。
なのに、未だに加蓮が鳥居に来る事はなく。
現在十七時四十五分、空はいい感じに暗い。今にも雨が降って来そうなくらいだ。
折り畳み傘を持って来て無いから、加蓮が来てもそのまま家まで送ってくしかないな。
っていうか連絡くらいくれてもいいんじゃないかなぁ!
恋人同士はホウレンソウが大事だって俺のエロ本にも書いてあっただろ。
いやほんと、せめて来れないならその旨のラインが欲しかった。
李衣菜「……あれ?Pじゃん」
智絵里「こんばんは、Pくん」
美穂「加蓮ちゃんと待ち合わせですか?」
振り返ると、李衣菜・美穂・智絵里ちゃんがこっちへ歩いて来ていた。
浴衣姿めっちゃ可愛い、良い。
P「ん、よう。まぁそんなとこ。そっちは?」
李衣菜「私達はもう帰るとこ。もう雨降って来そうだし、まだ明日明後日もあるから今日は解散しよっかなって」
美穂「加蓮ちゃん来ても、雨降ってすぐ帰る事になっちゃいそうですね」
P「なんだけど、連絡無いんだよな……さっき『まだかー?』って送ったけど、既読すら付かないんだ」
智絵里「……かわいそう」
どストレート過ぎて逆に辛い。
ピロンッ
P「……お、ようやく返信来た」
それと同時。
ポツリ、ポツリと雨が降り出した。
李衣菜「あー、降って来ちゃったね」
美穂「それじゃ、わたし達は帰りましょうか」
智絵里「また明日ね……Pくん」
美穂と智絵里ちゃんが帰って行った。
……李衣菜は帰らないのか?
李衣菜「で、なんて連絡来たの?」
P「んっと……『遅くなってごめん。もう帰ってるよね』だって。ってか李衣菜は帰らなくていいのか?」
李衣菜「ちょっと気になってね」
『まだ居るけど、そろそろ帰ろうかと思ってたとこ。雨降って来たし、デートは明日でいいか?』
『ごめん、私もう鷺沢に会いたくない』
P「はぁぁぁぁぁぁ?!」
思わず叫んだ。
周りの人が一瞬こっちを向くけど、そんなの知ったこっちゃない。
会話の流れいきなり過ぎるんじゃないだろうか。
俺が変な事言ってたか確認しようとしたが、画面が濡れて上手くスクロール出来ない。
……いや言ってない、デート誘っただけだ。
李衣菜「びっくりした……どうしたの?P」
P「ちょっと加蓮の家行って来る!」
李衣菜「え、何があったの?!」
P「ライン来たんだよ!」
李衣菜「そんなの見れば分かるんだけど」
P「味噌田楽に串通された気分だ」
李衣菜「いや、全く分からないんだけど」
P「兎に角、会って話してくる」
まずは、会って話す。
何があったのか分からないままお別れなんてたまったもんじゃない。
雨に打たれるのも構わず、俺は加蓮の家に向かって走りだした。
ピンポーン。
インターホンを鳴らしてみる。
反応は無い。誰もいないんだろうか。
P「おーい、加蓮!」
ラインを飛ばしながら、もう一度インターホンを鳴らす。
これ、もしご両親だけが在宅だったら普通に迷惑行為だな。
もう雨でびっちゃびちゃだし。
まぁ今の俺になりふり構ってる余裕なんて無いんだが。
ラインに既読は付いているが、もしかしたら起動したまま放置しているのかもしれない。
更に通話を掛けつつ、もう一度インターホンを鳴らす。
P「おーい!かれーーん!!居るんだろ?!!」
居ないかもしれないけど、取り敢えず叫ぶ。
それと同時、二階の窓が開いた。
加蓮「うっさい!近所迷惑だから!!」
よかった、一応声は聞けて。
だが、加蓮は此方に姿を見せてはくれなかった。
P「大丈夫大丈夫!雨降ってて聞こえないよ多分!」
加蓮「さっさと帰って!迷惑だってば!!」
P「今日は帰りたく無いって言ったら!家入れてくれたりしないかな?!」
加蓮「ふざけないで!」
P「ごめん!流石にふざけ過ぎたと思う!」
加蓮「ほんと、帰ってよ……お願いだから……もう、アンタに会いたくない……!」
そうは言われても、こっちだって言いたい事はあるんだよ。
これでも少し怒ってたりするんだぞ?
P「四十五分待ちぼうけ食らった俺に一言どうぞ!」
加蓮「……っ、ごめん……もう、帰ってよ……っ!」
……尚更、素直に帰る訳にはいかなくなった。
P「……泣いてる加蓮にそう言われてさ!素直に帰れるはず無いだろ!!」
加蓮「……うるさい!帰って!帰ってよ!!」
バンッ!と窓が閉められてしまった。
ライン飛ばしまくろうとしたが、雨に濡れて入力すら覚束ない。
それから一時間くらい待ってみたが、もうその窓が開く事はなく。
結局俺は、濡れ鼠になって帰路に着いた。
文香「……お帰りなさい、P君。どこで着衣水泳をして来たんですか?」
P「……加蓮の家の前」
文香「その状態で家にあげてくれる人はいないと思いますが……」
P「だよなぁ……雨に打たれてたのに頭冷えてくれなくてさ」
文香「ふふっ、そうですか……熱いシャワーを浴びて、身体を温めて下さいね。風邪を引いては大変ですから」
P「……そうする。ありがと、姉さん」
シャワーを浴びて、気持ちを落ち着ける。
あれから一切、加蓮から連絡は無い。
部屋に戻った俺を出迎えてくれたのは、びしゃびしゃになった窓際の本やプリント達だった。
P「……窓閉めてくの忘れてた……」
加蓮の事を考えながら、掃除をして。
いつの間にか、俺は意識を失っていた。
P「……ん?」
目を覚ますと、知ってる天井だった。
というか自分の部屋の、何時も寝起きに見てる光景だけど。
昨日俺は、きちんと自分のベッドで寝たっけ……?
文香「……あ、おはようございます、P君」
P「姉さん……?ん?んん?」
起き上がろうとして、思った以上に重い身体に驚いた。
文香「風邪を引いてしまったみたいですね……昨夜部屋を覗いたら、床で寝てしまっていたので……」
P「まじか……運んでくれてくれてありがと、姉さん」
文香「いえ、気にしないでください。私としても、P君が風邪を引いてとても驚きましたが……」
それは一体どういう意味なんだろう。
文香「……熱自体は高くありませんが……今日一日は、家でゆっくりして下さいね……?」
P「……いや、加蓮とデートの約束が……」
文香「ゆっくり、休んで下さいね?」
部屋を出て行く文香姉さんの目は、全く笑っていなかった。
はい、休みます。看病してもらった身ですから、はい。
あとそういえば、あれから全く連絡来てないままなんだよな……
……凹むな、流石に。
ピロンッ
P「おっ?!」
ついに加蓮が連絡してくれたのか?
『おはよーP。今日はお祭りに来るの?』
P「李衣菜かぁ……」
李衣菜に聞かれたらブン殴られそうだ。
『いや、体調崩したから今日は家で寝てるわ』
『え、Pって体調崩すの?』
『おっけー、お前が俺をどう思ってるかよく分かった』
『で、結局加蓮ちゃんとはどうなったの?』
『どうにもならなかった』
『まぁいいや、明日までに体調治るといいね』
まぁいいや、で流された。
『それじゃ、お大事に』
『おう、楽しんでこい』
スマホを消す。それと同時、また強い眠気が襲って来た。
次起きた時、加蓮から連絡が来るといいな……
P「……うぁー……」
暑さを感じて目を覚ます。身体中かなり汗をかいていた。
弱めの冷房を上回る身体の熱さが心地悪い。
シャワーでも浴びようか……と身体を起こそうとして、額に乗せられていた濡れタオルが目にかかった。
文香姉さんがやってくれたのかな、そこまで心配しなくていいのに……
加蓮「……あ、起きた……?」
P「……え、加蓮?」
連絡どころか本人が来ていた。
……なるほど、まだ夢の中なんだな?
加蓮「ほらそんなアホな顔してないで、シャツだけでも着替えたら?汗凄いんじゃない?」
P「……加蓮、どうして……」
加蓮「李衣菜から『Pが体調崩したって』ってだけ連絡が来てね。一人じゃしんどいだろうなーって思って来てあげた訳」
完全に文香さんの事頭から抜けてたね、と笑う加蓮。
P「そっか……ありがと、加蓮」
でも、そんな事よりも。
加蓮に会えただけで、もう他の事なんてどうでもよくなった。
いや、どうでもよくはない。
P「……さて加蓮、俺は珍しく怒ってるんだぞ」
加蓮「……っ!……ごめんなさい……迷惑だったよね。もう、来ないから……」
急に、泣きそうな表情になる加蓮。
加蓮「これで、最後だから……お願いだから、今だけは何も言わないで……」
だが、此処で言わないと。
今後もまた、こういう事になってしまうかもしれないから。
P「遅れる時は連絡してくれ。恋人同士の報・連・相は大事だって前に煽り文読んだ時も言っただろ?」
加蓮「……え……えっと、ちょっと斜め上過ぎてアレなんだけど」
P「十五分なら気にならない、三十分も許そう。だが四十五分、四十五分だ。連絡一切無しに待たされるとかめちゃくちゃ心配したからな?」
加蓮「……ごめん……それは、その……」
P「何があったのか……お願いだから、聞かせてくれ。それが出来ないなら……」
加蓮「……出来ないなら…………?」
……どうしよう。特に何も考えてなかった。
P「……お気に入りの本のプレイ全部する。加蓮がくたびれても全部だ」
加蓮「……え、それは普通にやだ」
P「なら話してくれ。どんな内容だったとしても……加蓮が悩んでるのに何も出来ないってのは、もう嫌なんだよ」
加蓮「……ふぅー……えっと、鷺沢」
P「なんだ?」
加蓮「これから私、とってもアンタを傷付けちゃうと思う……それでも、最後まで聞いてくれる?」
P「もちろん。それで加蓮が話してくれるなら」
加蓮「……えっと、ね。まゆから聞いたかもしれないけど……」
それから、加蓮は全てをありのまま話してくれた。
まゆから言われた事。信頼してる?という問いに対して即答出来なかった事。
誰でも良かったんじゃない?という問いに否定する言葉が出てこなかった事。
昨日、約束の場所で待つ事が出来なかった事。
何をしても、俺の迷惑にしかならないという事。
……まゆ、あいつかなりトリミングして話してたな。
加蓮「それで昨日、なかなか行けないって連絡出来なかったのは……私が連絡しなくても、鷺沢に帰ってて欲しかったから」
P「……その方が、気が楽だからか?」
加蓮「……っ、ごめん……っ!私、ほんとに自分の事しか考えてないね……」
P「まぁ残念ながら俺はずっと待ってたんだけどな!四十五分待たされてたんだけどな!!」
加蓮「ごめん……ほんとにっ、ごめんなさい……っ!」
涙目になりながら謝る加蓮。
……まずい、このままだと四十五分待ちぼうけさせられてキレて恋人泣かせてる男になってしまう。
P「……でも、うん。話してくれてありがとう。そりゃ相談し辛いよな……俺も無神経に突っ込み過ぎたかもしれない」
加蓮「ううん、鷺沢は悪くないから……悪いのは全部、なんにも出来なかった私の方で……」
P「確かにそうかもしれない」
加蓮「うっ……うぅ……っうぁ……」
P「ごめんごめんごめんごめん!流石に冗談だって!」
加蓮「でも……っ、鷺沢が体調崩したって聞いて、それって私のせいで……あんな事言っちゃった後なのに……それでも、居ても立っても居られなくって……っ!」
P「それは……ありがとう。ほんと助かるよ、体調悪い時って心もしんどくなるからな。加蓮が来てくれてかなり楽になった感じがする」
加蓮「うん……体調悪い時のしんどさは、私もよく知ってるから……最後に何か、一つでいいから……鷺沢にしてあげられる事があるならって……勇気を振り絞って、追い返されるの覚悟で来たの……」
P「追い返す訳ないだろ……約束したからな、ずっと一緒にいるって」
軽く、加蓮の手を握る。
……お互い、汗凄いな。加蓮も言葉以上に悩んで、緊張してたんだろう。
P「……誰でも良かった、ねぇ……ズルいなぁそれって。ぜってぇ言い返せないじゃん」
加蓮「……そうなの?」
P「なぁ、加蓮。お前母親の事なんて呼んでる?」
加蓮「……お母さんだけど……」
P「でもそれって、その人が自分を産んでくれたからだろ?じゃあもし他の女性が加蓮を産んでくれたら、その人をなんて呼んだ?」
加蓮「それは勿論、お母さんだけど……」
P「ほら、それだって『誰でも良かった』だろ?自分を産んでくれた人がお母さんなら、それは自分を産んでくれさえすれば誰でも良かった事になる」
加蓮「……でも、私のお母さんはあの人しかいなくて……」
P「うん、だからそれは恋人だって同じ事だろ、って」
加蓮「……ほんとだ。そんなの、何か言い返せる訳ないじゃん」
P「それにさ。自惚れかもしれないけど……加蓮に愛想尽かさず最後まで学校案内して、友達になって、アホな会話して、恋人になって、キスして……それが出来たなら誰でも良いって……そんなの俺しかいる訳ないだろ!」
加蓮「……そんなの、分かんないじゃん……」
P「お前が言ったんだぞ。私にはPしかいないから、って」
加蓮「……よく覚えてるね」
P「あとな?俺からしてもそうだよ。めんどくさくて、重くて、可愛くて、一緒にアホな会話出来て、恋人になって、キスして……その条件なら誰でも良い?ふざけんな、そんなの加蓮しかいないんだよ!」
加蓮「……珍しいね、アンタが怒ってるの」
P「うるさい、半分以上照れ隠しだ」
加蓮「……でも、私はアンタを信頼し切れなかった。それに関して、何も言い返せなかったし、待てなかったし……」
P「でも、今こうやって話してくれてだろ?それは諦めがあって、最後だからって話してくれたのかもしれないけど……そんなのさ、これからでいいだろ」
加蓮「これからで……?」
P「多分……いや、間違いなく俺の言動に問題があったんだ。加蓮が信頼し切るには至らないような振る舞いをしてたかもしれない。それに関しては俺が悪かった。本当にごめん」
加蓮「……ううん、鷺沢は悪くない」
P「うん、全面的には悪くない」
加蓮「は?」
P「だから、言ってくれ!加蓮がもう全面的に、こいつなら信頼して大丈夫って言い切れるように俺も直していくから。加蓮が不安なところがあったら、細かくたって全部教えてくれ!」
加蓮「……めんどくさい、って思わない?」
P「最初の時点で覚悟はしてる」
加蓮「……鷺沢、上げて落とすの上手いよね」
P「……それも直してくよ。だから、これからゆっくりになるかもしれないけど、加蓮最優先で俺も頑張るから……全部、言葉にして教えてくれ」
加蓮「……でも、アンタには美穂との約束があるんでしょ?」
P「本当にどうしようもなくなったら、優先すべき事なんて最初から決まってるんだよ」
加蓮「……それは?ちゃんと言葉にして。言ってくれないと分からないよ?」
……いつもの調子が戻って来たな。
うん、良かった。本当に良かった。
P「誰よりも加蓮優先だって。まぁ、その上で美穂との約束も守れるようにはしたいけど」
加蓮「……ありがと、鷺沢……ほんとに……」
P「泣くな。水分が勿体無いぞ」
加蓮「……はぁ。落ち着いたら色々と腹が立ってきた。まゆにも、アンタにも……自分にも」
P「……で。他に、不安な事は?」
加蓮「……もう、無いかな」
P「なら良かった。まだ加蓮に服選んで貰ってないしな」
加蓮「……あ」
P「なんだ?」
加蓮「……デート、明日は必ず行きたいから。体調、ちゃんと治してね」
P「おう、任せろ」
加蓮「それじゃ、鷺沢が早く寝れる様に私が読み聞かせでもしてあげる」
P「お、この俺に読み聞かせだと?本屋の息子だぞ、それなりの実力が必要になるけど?」
加蓮「何キャラなの鷺沢……ま、いいや。文香さんからこれ借りてきたし」
そう言って加蓮が取り出したのは……お伽話だった。
きっと誰もが一度は読んだ事のある、加蓮も何度もページを捲ったであろうお話。
聞いてて心地よい声が部屋に広がり。
気付かないうちに、俺はまた眠りに落ちていた。
……さて、と。
目が覚めた時には、もう十六時を回っていた。
加蓮は布団に突っ伏して眠っている。
ずっと、俺の看病をしてくれてた様だ。
そんな加蓮の頭を撫で、ゆっくりと布団を抜ける。
『まゆ、この後時間あるか?』
既読が一瞬で付いた。
けれど、返信はまゆにしては少し遅い。
『分かりました』
簡潔に、その六文字。
それでもう全部、伝わってるのかもしれないけど。
それでもやっぱり、俺から全てを言葉にしないと。
言い切らなかったから、加蓮を傷付けた。
楽な方にと甘えていたから、加蓮を悩ませた。
なら、俺が今するべき事は決まっていて。
『すぐ帰るから』と加蓮に書き置きをして、家を出る。
夏の夕空は、真っ赤に染まっていた。
まゆ「……こんばんは、Pさん」
昨日と同じで、まゆは浴衣を来て寮の前に立っていた。
P「よ、まゆ。悪かったな」
まゆ「いえ、大丈夫……とは、言えませんねぇ」
言葉の裏に隠した意味は、きっとお互い伝わっている。
でも、それを表にしないと、表に出さないと。
伝わらない事の方が多いから。伝わらない想いの方が大きいから。
P「……この後、夏祭りか?」
まゆ「はい。Pさんも良ければご一緒しませんか?」
P「……出来ないな。直ぐ帰らなきゃいけないし」
まゆ「……そうですか」
P「……なぁ、まゆ」
まゆ「Pさんから連絡があった時点で……もう、分かってます」
俺の言葉を遮ろうとするまゆ。
実際、全部分かってはいるんだろうが。
……そう言えば、加蓮と付き合い始めた翌日もそうだった。
俺は一切、まゆに自分の気持ちを言えて無かったんだ。
P「……何があっても、俺は加蓮の事が好きなんだ。だから……絶対、まゆと付き合う事は出来ない」
まゆ「……出会って数日の女の子と付き合って……Pさんは、本当に加蓮ちゃんの事が好きだったんですか?」
P「なぁまゆ。まゆって朝パン派?ご飯派?」
まゆ「……?ご飯ですけど……」
P「前も言ったけど、俺パン派なんだよ。まぁそれも、朝炊いてる時間が無かったからなんだけどさ」
まゆ「それが、どうかしたんですか?」
P「ずっとパン食べて、パンが好きになったんだ。もし最初からご飯を炊いてたら、どっちが好きになってたか分からないけど……恋愛も、そうなんじゃないかな」
まゆ「……Pさん、例え話下手ですね」
P「正直、付き合った時点で加蓮の事が今と同じくらい好きだったか?って聞かれれば、多分違う。でもさ、それからずっと付き合ってきて……今ではもう誰よりも加蓮の事が好きなんだ」
まゆ「……もし、まゆと付き合っていたら?」
P「そんな事、分かる訳ないんだ。付き合ってないんだから」
まゆ「……」
P「でも今なら、加蓮の事が大好きだって事だけは断言出来る。積み重ねたから。ずっと好きでいたし、ずっと一緒に居たから」
まゆ「……加蓮ちゃんに、その気持ちを……その覚悟を、裏切られる事があってもですか?」
P「……辛い時もあるさ。でも、それくらいで想いのベクトルの向きが変わる程、俺の気持ちは弱くないんだよ」
まゆ「……よく、覚えてますね……覚えていて欲しかった事は、覚えていないのに」
悲しそうに、それでも微笑むまゆ。
P「……まゆは、強いな。俺の前では、いつも笑ってる」
酷い事をしてしまっていたのに。酷い事を言っているのに。
加蓮と俺が仲良くしている時だって、きっと悔しかった筈なのに。
まゆ「……その方が可愛い、って。昔、誰かさんが言ってくれましたから」
目に涙を浮かべながらも、それでも。
絶対に譲れないと言うかの様に、笑顔でい続けるまゆ。
まゆ「……まゆは、ちゃんと振られたかったのかもしれません。Pさんから、加蓮ちゃんから。しっかりとした言葉で想いをぶつけて諦めさせて欲しかったのかもしれません」
P「……ごめん、ずっと苦しめて」
まゆ「Pさんの言葉を遮って、往生際悪く縋っていたのはまゆの方ですから。でも、加蓮ちゃんは違いました」
まゆ「……意地悪な事を言っていたとは思います。絶対に言い返せない言葉で、加蓮ちゃんを追い詰めていたとは思います。でも……そんなの、突っぱねて欲しかったんです」
まゆ「『それでも、鷺沢の事が好きだから!』って。『まゆの言葉なんて知ったこっちゃない!』って。そう、全部突っぱねて欲しかった」
まゆ「そのくらい強い好意で、そのくらい強い想いだったら……いえ、それでもまゆは諦めなかったとは思いますけど」
まゆ「……だって、許せる訳がないんです。まゆがずっと大好きだった人を、ぽっと出の女の子に横取りされて……なのに、その人への想いが揺らいでるなんて……」
まゆ「……まゆだったら、絶対にそんな事は無いのに……まゆだったら、絶対にPさんの事を……なのに、なんで……私じゃないんだろう、って……」
P「……でも、もう加蓮は」
まゆ「はい。Pさんが此処に来たって事は……まゆと話をしようとしたって事は。加蓮ちゃんは、ちゃんと相談したんですね」
まゆ「相談すれば、それで済む話だったんです。誰かに話せば、それで全部解決出来る問題だったんです。なのに、加蓮ちゃんは……それが、余計に悔しくて」
まゆ「Pさんにきちんと相談して欲しかった。でも、されちゃったらまゆは……そんな風にしたのは、全部まゆですが」
まゆ「…………ふぅ。さて、Pさん。帰らなくて良いんですか?加蓮ちゃんが待ってるんじゃないですか?」
P「……あぁ。そうだな」
まゆ「これから少し、まゆはPさんには見せたくない表情をしてしまうと思いますから……」
P「……それじゃ、また」
まゆ「……はい。明日のお祭りには、きっといつものまゆに……」
これ以上、辛そうなまゆを見たく無い。
そう思って、道を引き返そうとした時だった。
加蓮「させる訳無いじゃん!」
P「えっ、加蓮?!」
まゆ「加蓮ちゃん?!」
息を切らした加蓮が、肩を上下させて立っていた。
なんで此処に居るって分かったんだろう……
加蓮「鷺沢、謝罪」
あぁ、この感覚。
本当に、久し振りな気がするなぁ。
P「……はい、家で休んでなくてすみませんでした」
加蓮「よし、許す。次……ねぇ、まゆ」
まゆ「……なんですかぁ?加蓮ちゃん」
加蓮「悪いけど……ううん、悪く無い。私は鷺沢が好き。大っ好き。他の誰になんて言われても、私の想いは変わらない。それが例え鷺沢からだったとしても……私はPを愛してる」
まゆ「熱烈な告白ですねぇ。追い討ちを掛けに来たんですかぁ?」
ため息をつきながら、苦笑いするまゆ。
俺の居ない所だと、こんな会話だったのか。
加蓮「まゆに対して、私は正面から向き合ってこなかったから。それは……本当にごめん」
まゆ「……今更過ぎますよ」
加蓮「さて……それでさ、まゆ。私、アンタの気持ち聞いてない」
まゆ「……言う必要があるんですか?もう加蓮ちゃんの勝ちは決まってるんですよ?」
加蓮「ちゃんと振られたいんでしょ?なら……ちゃんと告白しなよ!気持ち伝えたの?言葉にして鷺沢に伝えたの?!それでしっかりと断られたの?!自分だけ本音を言わずに傷付きたくないなんて、そんなの許せないよ。私の恋人に……そんな態度なんて」
まゆ「……はぁ。加蓮ちゃんに対して、色々と言い過ぎたツケが回ってきましたね」
加蓮「そりゃ怒ってるに決まってるじゃん。悪いことしてたなとも思ったけど、それはそれ。随分と言われたい放題だったからね」
まゆ「……Pさんは、帰らなくて良いんですか?」
加蓮「逃げんな!まゆ!!」
P「俺は……」
正直帰りたい。
けれど、ここできちんとまゆの言葉を受け止めないと。
これから絶対、みんなが後悔する。
P「……聞くよ、まゆの気持ち」
まゆ「まゆの、気持ちですか……」
P「……まゆ。真っ正面から、ちゃんと振るから」
まゆ「……苦しいですね。振られると分かっている告白は」
すぅ……と、深呼吸して。
一旦目を閉じてから、まゆは口を開いた。
まゆ「……Pさん、まゆは……」
虫の鳴き声が響く夕方。
遠くから祭りの喧騒が響いてくる街で。
俺は、まゆの言葉だけに耳を向けた。
まゆ「……Pさんの事が大好きです。道でぶつかったあの日から、ずっと。だから……お願いだから……お願いだから…………っ!」
大きく、息を吸い込んで。
まゆ「……まゆと!付き合って下さい……!」
俺はようやく、まゆの本音を聞けた。
……あぁ、これで。
俺も、加蓮も、まゆも。
この言葉で、全部を終わらせられる。
P「俺は、加蓮の事が大好きだ。だから、まゆの気持ちに応える事は出来ない」
まゆ「……っ……そう、ですか……その想いを、まゆに向けてくれたら良かったのに……っ!」
沈黙なんて訪れなかった。
虫の鳴き声が、祭りの喧騒が。
そして、まゆの想いが零れる音が。
途切れる事無く、街に響いた。
加蓮「……さ。帰ろ、鷺沢。これ以上私達が此処に居る必要は無いから」
P「……あぁ。帰るか、加蓮」
二人並んで、来た道を戻る。
一切、後ろを振り返る事無く。
加蓮「……怖かったけど……ちょっと勇気出してみたんだ。手、握ってくれる?」
P「もちろん」
加蓮の手を握る。お互い、少し震えていた。
加蓮「……まったく、何処行くかくらい書いといてよ」
P「……加蓮なら分かってくれるかなって」
加蓮「言葉にしなきゃ。でしょ?もちろん全部お見通しだけどね」
P「……でも、信じてくれたんだな」
加蓮「うん。信じる事は、もう怖くないから。Pが教えてくれたんだよ?」
既に震えは止まっている。
今はもう手だけじゃなくて、心も重なっていて。
こうして俺たちの恋愛小説みたいな夏は、ようやく始まりを迎える事が出来た。
加蓮「で!なんでまゆが居るの?!」
夏祭り最終日。
約束場所の鳥居に来た加蓮の第一声は、まぁそんな感じだった。
P「……よう、加蓮」
まゆ「こんばんは、加蓮ちゃん。遅かったですねぇ」
加蓮「鷺沢、弁解の余地あげる」
P「加蓮待ってたら気付いたら居ました」
まゆ「ふふっ、Pさんの姿を見つけたので」
そりゃまぁ、祭り来たら絶対この鳥居通るからなぁ。
加蓮「二人だけでデートの予定でしょ?!」
李衣菜「お、P来れたんだ。体調治ったの?」
美穂「こんばんは、Pくん」
智絵里「あ……Pくん、りんご飴食べますか?」
まゆと約束していた三人もやって来た。
既に両手に大量の戦利品を抱えている。
加蓮「増えたし!」
P「テンション高いなぁ……」
まゆ「よくよく考えなくても、まゆが諦める訳が無いじゃないですかぁ」
加蓮「諦めてよ。え、あの流れでまだ諦めないの?!」
まゆ「ふふっ……まゆの想いは、たった数回の失恋程度でベクトルの向きが変わる程、弱くはありませんから」
加蓮「ねぇ鷺沢、どうやってへし折る?」
P「もうマイナス掛けて正反対向けるしかないなぁ」
加蓮「それ私の方に向かない?!」
まゆ「……はぁ。そんなに呻いて、またPさんに迷惑掛けるんじゃないですか?」
加蓮「残念、Pはめんどくさい女が好きなMだから」
P「いやそれは違うからな?加蓮だから好きなんだぞ?」
加蓮「……ふふふっ……そっか、そうだよね。鷺沢は私だから好きなんだもんね?」
まゆ「此処にいると砂糖漬けでまゆ飴にされそうですねぇ」
加蓮「はい散った散った。塩撒くよ塩」
まゆ「そう言いながら砂糖を撒かないで下さい……さ、みんなで周りませんか?」
加蓮「だから鷺沢と私は二人きりで遊ぶんだって!」
李衣菜「おーい加蓮ちゃん、こっちにトルネードポテトあるよ」
加蓮「行く!今すぐ行くから!」
美穂「残り二本が売り切れたら、次は十分くらい待つ事になるそうです」
加蓮「何してんの鷺沢!早く行くよ!!」
加蓮に手を引かれて、祭りの喧騒に飛び込む。
こんな風に、加蓮に振り回される日々をずっと続けていきたい。
それは絶対、加蓮も同じで。
加蓮「ねぇ後一本しかないじゃん!」
P「……俺の分はいいから、加蓮食べなよ」
加蓮「何言ってんの?半分こするよ、はい、鷺沢の分」
加蓮がこちらにポテトを向ける。
それと同時、打ち上げ花火が上がった。
加蓮「あ、もう上がっちゃったね」
P「ポテトが?」
加蓮「花火に決まってるじゃん!」
空に咲く大輪の花を背景に、振り返る加蓮。
加蓮「……ねえ、鷺沢!」
P「なんだ?」
その加蓮の笑顔は。
花火よりも、綺麗に輝いていた。
加蓮「これからもずっと……うん、永遠に!一緒にいようね!」
加蓮√ ~Fin~
以上です
お付き合い、ありがとうございました
素晴らしかった
なぜか知らないけどまゆは世界ループしてるかあるいは世界を外側から見てる人間に思えてしまった……
おつ
よきかな
めっちゃ良かった
他ルートも期待してるで
特にまゆのリボン関連
乙カーレ
まゆスキーの立場的にはぜひ他のルートも見たい
乙
ほかルートも是非
今投稿してるから探してみたらいいんじゃないかな
はー、面白かった。加蓮かわいー!
今こっひ√あげてくれてるみたいだから全員分あるのかな?
めっちゃ期待
>>1は長編も書けたのか…
にしてもめちゃくちゃ面白いな
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