【ミリマス】桃子「Tomorrow」 (16)

今度のドラマの台本の読み合わせも終わり、空いてる部屋で軽いミーティングと食べそこねていた昼ごはんを済ませ、エレベーターから正面玄関までの通路を抜けたところで、
「ありゃりゃ」
先に気づいたプロデューサーがこっちを見やる。
「降ってるな、桃子」
土曜日の午後三時、世間一般では休日なためか人通りは疎らだ。
エントランスの軒先で、プロデューサーと桃子は立っていた。

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プロデューサーが伸ばした手のひらには、水滴がものすごい早さで跡を残し、そうでなくてもアスファルトの色を競争かのように真っ黒へと変えていってる。
桃子は「うげぇ」といううめき声でそれに応えた。
確かに風は湿っぽかったが、雲はまばらで、天気予報では晴れ。
来週の半ばまではこの調子が続く予定だった。
薄い桃色の唇を尖らせて、桃子は振り続ける雨を睨む。

事務所を出る時、プロデューサーは「傘を持っていこう派」だった。
なんでも朝、響に会った時に、「雨の匂いがするよ。夕方くらいからじゃないかな」と言われたとのことだった。結果は見ての通り、大正解だった。
「……お兄ちゃんだって、桃子が降らなくて結局荷物になったら邪魔だよね、って言ったら、あっさり『それもそうだな』って言ったじゃん」
「まぁ確かにな。 ってことで、今回は二人のミスってことで」
そう言うとプロデューサーは、桃子の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。

音を立てて降る雨の向こう、人が慌てて駆け込んでいるコンビニを見やりつつ、桃子は大げさにため息をついてみせる。
秋も深まって、もう十一月。
冷たい雨はただでさえ寒い空気を冷やしていた。黒系ギンガムチェックのロングワンピースに薄手のコートを羽織っただけの桃子は、少し寒いかもしれない。
プロデューサーは自分の羽織っていたモッズコートを桃子に着せる。
「ありがと」と言いながら、桃子はそれに袖を通す。
そんな二人を尻目に、学校帰りの小学生たちが思い思いの色とりどりの傘で雨を避けながら下校していた。
桃子は息をつき、少し伸びた髪の襟足を手のひらで触る。
なんか、気が抜けてたのかな。あの頃だったら絶対傘忘れなかったのになーーー。

「まぁ、今回はお兄ちゃんの言う通りにしといた方がよかったね」
三十センチほど上にあるプロデューサーのアゴを見上げながら、呟いた。
プロデューサーが不意に顔を下げる。
その瞳をまっすぐに向けられて、桃子は思わずぐるんと回って他所に視線を移す。
特に意味はない。なんとなく、だ。
「なんかあったか」
「なにが」
プロデューサーはわざわざ屈んでまで桃子の表情を見ようとする。

やっぱりなんとなく、桃子はさらにそっぽを向く。
それでもプロデューサーはスーツの膝が汚れるのも厭わず、なんなら桃子を見上げようとする。
「……なんか今、すっごい微妙な顔しなかったか?」
見上げられて、覗き込まれた。
「してないよ、そんなの」
本当にしてないのだ。
なのに、そう言われそうな気がして、それが嫌で、顔を背けたかった。
雨が降るかどうかを気にして、朝早く起きて思いつく限りの朝の番組を見てたちょっと前のことを思い出したことで、
「……なんていうかな。憂鬱、って顔をしてなかったか?」
「してないってば」

こんな雨でメランコリーになったなんて、思われたくなくて。思いたくなくて。
桃子は早口でペラペラと。
「ただちょっと思い出しただけだよ。別になんてことない話。劇場に来る前はちょっとでも雨の気配あったら絶対傘持っていたなぁとか。それだけ。全然そんな大した話じゃないし。というか、やっぱり傘って使わないと、ふみゅ」
よく回る舌は空回りで、桃子のほっぺたはプロデューサーにふにふにとされた。
「お前ってやつはまた」
「あっ、地雷踏んだって顔してる」
「しとらんわい」
プロデューサーは桃子の頬から手を離すと、その手でまたぐしゃぐしゃと頭を撫でた。

「本当にどうってことない話だよ。 桃子ね、お気に入りの傘があったんだ。 ピンク色で、にゃ、猫とかのワンポイントが入ったちょっと大人っぽいやつ。お父さんとお母さんにはじめて誕生日で買ってもらったやつ」
一歩分、プロデューサーから距離をとって桃子は話し始める。
プロデューサーの方を見ないのは、やっぱりなんとなくだ。
「お仕事が順調な時はさ、それを持ってお母さんとかお父さんが迎えに来てくれたりしたんだ。 でもそうじゃなくなってからはさ……」
くるんと向き直って、プロデューサーと桃子は目が合う。

「で、一人で雨宿りしてて、待ってても誰も来ないから近くのコンビニで買った可愛くも何ともないビニール傘が溜まり続けて、それが嫌だったから必死に雨の気配を感じようとしたって話」
勢いだった。
今まで誰にも話したことのない話。
そんな話がついつい口から出てしまった。
ご覧ください、内蔵です。
ほらほら内蔵でろーん。
全然ピンク色なんかじゃない。みっともないし、汚いし、血だってドバドバ出てる。
そんな話をしたのは、きっとメランコリーな雨の雰囲気と、それだけ信頼してることの証。

「じゃあ今度からは俺の番号に電話しろよ。 どこだってお前に傘持っててやるからさ」
言ってて恥ずかしくなったのか、お兄ちゃんは目を逸らす。
そう言ってくれるだろうな、と思ってはいたけれども、いざ言われてみると安心する。
そしてちょっぴり気恥ずかしい。
「ない傘をどうやって持ってきてくれるのさ」
「それを今悩んでたところ」
「もうちょっとここで雨宿りしていく?」
「このまま待ってても止みそうにないし、お前も寒いだろ」

プロデューサーの言葉を受けて、エントランスの軒先からちょっと首を伸ばして、桃子は雨粒を頬で受けてみる。空を眺めてみる。
雨が上がるのはもう少し先、明日の朝になるかもしれない。
こうやってお兄ちゃんと話しながら雨宿りするのも、たまには楽しいけれども、そんなに長くは、足を止めてはいられない。

「……お兄ちゃん、かがんで」
「ん?」
首をかしげながらプロデューサーは言われた通りにする。
桃子は、プロデューサーの背中に乗っかった。
俗に言うおんぶの体勢である。
そしてプロデューサーに借りていたモッズコートを脱ぎ、両腕でコートを上に掲げて、二人分の傘にする。
「お前、マジか」
「目の前のコンビニまで。 あそこで傘買って劇場に帰ろう。 お兄ちゃん、コケないでよ?」
「大丈夫大丈夫……大丈夫、かな……? というかお前重くなっ、痛いッ!」
褒めてるのに……、という言葉は無視する。
乙女心は複雑なのだ。

お互いの吐息を交換できる、そんな距離感でせーの、で息を合わせる。
これまで一緒に走ってきた二人だもの、冷たい雨の中を駆けるくらい、何てことない。
プロデューサーが駆け出す。桃子の悲鳴は、爆笑に。二人はどんどん走っていく。

桃子、お誕生日おめでとうねー。
ここまでお読みいただいてありがとうございました。
なんか改行とかで読みにくくなってたら申し訳ありません。

乙、先輩誕生日おめでとう

周防桃子(11)Vi/Fa
http://i.imgur.com/s0804VA.jpg
http://i.imgur.com/WeLiMZ0.jpg

この雰囲気すきだなー

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