【モバマスSS】芽衣子さんはご立腹 (18)


※夏頃に書いていたものなので季節外れです。
※キャラ崩れ等を含みます。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1507913878


「夏と言えば海、というわけでプロデューサー、夏が終わっちゃう前に海に連れていってほしいな!」

 茹だるような夏の暑い日差しも気にならない、冷房がしっかりと効いたオフィス内で作業をしていると、並木芽衣子が唐突にそんなことを言い出した。
 なるほど夏と言えば海か、とプロデューサーは頷く。確かに、夏の風物詩をいくつか思い浮かべろと言われると、まず間違いなく海が入ってくるだろうし、というわけで、という言葉は唐突であることを除けば違和感のあるものではない。
 しかし、とプロデューサーは引っ掛かりを覚えていた。振り返ること一月ほど前に、彼は芽衣子から似たような、しかしそれでいて中身がまったく違うことを聞いていたからだ。


「……えっと、この間は夏と言えば山って言ってなかったか?」

 夏と言えば山、そんなことを言っていたとプロデューサーは記憶していた。
 夏に山もけっしておかしくはない、キャンプにハイキング、山のほとりの川で水遊びなども悪くない。この季節に選ぶレジャーとしてはメジャーなひとつだ。
 とは言え、一月前に山と言っていたものが海になっていたら、それは引っ掛かりを覚えてもおかしくはない。いくら人間一日経てば別人になるだとか、明日は明日の風が吹くだとか、そんな風に言っても疑問となることに違いはない。

「うん。だから山は一人で旅行してきたよ。それで次は海かなって」

 しれっと芽衣子は言った。
 そしてふと、プロデューサーは最近のスケジュールを思い出していた。


「なあ、芽衣子。もしかしてだけど、この間レッスンの日程を数日後ろにズラしてほしいと言ってきたのって」

「………………えへっ」

「くそぅ、可愛いな! 笑ってごまかされちゃう!」

 舌をペロッと出して片目を閉じてウインクする姿は、まさしくアイドルだ。うちのアイドル超可愛い。お茶目な小悪魔路線で売り出してみるのも悪くないかもしれないな、とすぐに仕事へと結びつけてしまうあたり、彼は根っからのプロデューサーなのだろう。

「ねえ、プロデューサー。だめかな?」

「……いや、別にダメというわけではないんだけど、芽衣子を捩じ込めそうな海の仕事なんてあったかな」

「あ、そうだっ。今度のグルメぐのロケ地、海沿いの町にするのはどうかな」


 グルメぐ──正式名称は日本列島グルメぐりというユニットのこと、或いはそのメンバーで構成された、文字通り各地方に行き名物店などで食事をする旅番組のことであり、今回は後者が正解だ。
 ゲストに高垣楓が来た温泉旅館回はまさしく伝説と呼ぶにふさわしい回となったとか、なんとか。
 芽衣子の趣味と実益が兼ね合った番組ということもあり、本人のやる気はもちろん、楽しそうな彼女の姿が視聴者にも好印象で、人気番組だ。
 今回のように、芽衣子の行きたい場所が急遽反映されるということも少なくはないが、しかしともすればわがままにも取られかねないものだが、そういう回に限ってより人気が出るのだから、制作側も芽衣子の提案を無下にしない。


「番組的にいまいち録れていなかった夏らしい映像も撮れるし、私も海に行ける。一石二鳥だよね」

「一石二鳥かはともかく、確かに良いかもな。夏で賑わう海辺の町とアイドル三人の姿は絵的にも映える」

「でしょでしょ! そういうわけでプロデューサー、私ちょっと番組Pに企画売り込んでくるね!」

「いやそれ俺の仕事だからね?」

「じゃあついていく!」

「まあ、それはいいけど……今日いきなり、というわけにはいかないなぁ」

「この、私の企画への熱い情熱を早く伝えたい……!」

 熱い情熱って二重表現じゃないだろうか、と思ったがいちいち突っつくことでもないだろうと流すことにした。
 仕事に対して熱があるというのはいいことだ──海に行きたいという私的感情が多分に含まれているけれども、そうした私的感情、ありのままの姿で旅の楽しさを伝えられることが、結果として番組の良い部分に繋げていける。そこが芽衣子の良いところなのだから。


「決まったらまた言うから、今日のところはおとなしくしてような」

 ぽんと芽衣子の頭に手を乗せる。

「はーい。……というか子供じゃないんだから、もうっ」

 不服そうな言葉とは違って、どこか嬉しそうにしているようにも見える芽衣子だった。




「それでね、プロデューサーったら私のことを子供扱いして。そんな子供じゃないんだから、もうっ」

 …………芽衣子さん、それってのろけ?

 思わず口から漏れて出てきそうになった言葉を、あずきはなんとか飲み込んだ。無理に飲み込んだせいで少しえずきそうになったが、ドリンクバーで勢いのまま作ったよくわからないミックスジュースを飲み干すことで事なきを得た。
 奇跡的な調合具合が、薬品のような匂いと程好い甘味を出していた。名前をつけるとしたらドクターなペッパーみたいな、そんな感じ。なんだそれは。

 さて、しかし、ジュースはともかく。
 もしかしてのろけ、なんてことを口に出してしまえば、恐らく芽衣子は否定をしながらも、更にプロデューサーとのエピソードを語り出すに違いないということを、これまでの経験であずきは知っていたのだ。
 正直、ここまでの話を聞いているだけでも既にお腹いっぱいなのだ。
 幸いとするなら、聞いてるだけでお腹いっぱいになるので図らずも食事制限になったことぐらいか。


「でも実際、芽衣子さんってあまり年上って感じがしないですよね。良い意味で年齢差を意識させないといいますか」

 というのは、本日三個目になるデラックスジャンボストロベリーパフェを目を輝かせて食べていた槙原志保の言葉だ。
 確かに、分け隔てのない、近しい距離感がどこか年齢を感じさせないという点でいえば、間違いのない芽衣子への評価だろう。

「そうでしょ、そうでしょ。何せ小さい子たちは、私のことをお姉ちゃんみたいだって言ってくれるからね」

「ああ、子供って精神年齢が近い人に懐くもんね」

「そんな生意気なことを言うのはこの口かなあずきちゃん?」

「ふぉへんははい」

「よろしい」

 もちもちしたあずきの頬から手を離して、芽衣子は納得して頷いた。
 こういうところだよね、と思ったがこれ以上は薮蛇であり、同じやり取りを延々と繰り返す無意味な時間になるだけなので、お口をチャックした。

「それにしても芽衣子さん、番組編成に唐突に口出しをして、しかもそれが通っちゃうんだから凄いよねぇ」

「海でしたっけ。も、もしかして水着ロケとかあっちゃったりするんですか?」

「あはは、どうかな。それはさすがにその時にならないとわからないよね。行き先まではある程度口出しできても、番組内容までは、スタッフさんやプロデューサーの方針があるだろうから」
 
「あずきとしては、このぱーふぇくとぼでぃを水着で見せるのも悪くないかもっ。水着でセクシー大作戦っ!」

「あずきちゃんは、ちっちゃいのにいい身体をしてるよね……羨ましい」

「芽衣子さん、なんか、いい身体って言い方、オヤジくさい」

「オヤジくさいだとぅ!? またほっぺびよんびよんの刑を受けたいのかな!」

「わわ、セクハラ反対!」

「ぐへへ、もちもちほっぺしやがって。って、セクハラじゃないよ!」

 同性が頬を触ることはセクハラに該当するのか、際どいラインではある。


 あずきのもちもちのほっぺをびよんびよんと伸ばす制裁を済ませて、芽衣子は少し温くなりかけた紅茶を飲んだ。
 砂糖もミルクも入れなかった紅茶は、少し苦味がある。糖分を気にして入れるのを躊躇ってしまったけど、少しだけ入れたほうがよかったかもと後悔。

 実際、夏の海とアイドルとくれば水着撮影はあるだろう、絶対とは言えないけど、かなり高確率で。なぜならそれが狙いなのだから。それが、狙いなのだ!
 夏の海に水着でプロデューサーと一緒に過ごす──そんな旅の思い出作りをしたいという、自分勝手な企みだ。
 もちろん公私混同と言われると、それはもうどうしようもなくその通りであるし、謝罪しかできない。それに二人を巻き込んでしまうこともやっぱり物凄く申し訳ないと思っている。
 何よりアイドルとしての自覚という点で、大問題であることも、芽衣子は重々承知している。

 ──でもあの人、いくらこっちがそれとなく旅行に誘っても、仕事としてしか認識しないから仕方なくないかな!


 思わず店内で叫びだしそうなほどに気持ちの籠ったものを、ぐっと心の中に塞き止める。よく堪えたものだよ、と芽衣子も思わず自画自賛するほどだった。
 いや、いやいや。もちろん仕方ないなんて言葉で片付けていいことではないのは、芽衣子だって百も承知なのだが、それでも少しだけ、ほんの少しくらいは誰かに同意されてもおかしくはない。
 だって、人が海に行きたいなぁ、と誘っても、『捩じ込めそうな仕事あったかな』と返ってくるような人なのだから。

 ノータイムで番組を口実にして返せるあたり、芽衣子も対処に慣れてしまっている。或いは対策案として一応頭に置いていたことを実行しただけとも言う。
 もちろん芽衣子だってプライベートで行きたかった。プロデューサーと二人きりで夏の海を遊び、あわよくばなどと考えていた。アイドルである以前に一人の女性として、好意的に思う異性とお出掛けをしたいと願うことは、けっして異質なものではなく、至極当然のことだ。


 ──なのにあのプロデューサーときたら……っ!

 ぐしゃりとストローが入っていた包み紙を握りつぶす芽衣子を見て、あずきは謎めいたドリンクを啜りながら、芽衣子さんのプロデューサーはにぶちんだからなぁ、と芽衣子の気持ちを概ね察していた。
 芽衣子さんの気持ちになるですよ。

 実際のところ、あずきにしても志保にしても、この展開にはいいかげん慣れっこだった。芽衣子が誘って、プロデューサーが仕事に繋げて、うちの番組を口実にする。このパターンが何度あったことか──芽衣子は口にこそ出して言わないが、凄く分かりやすい人間であるためだいたい察することができるのだ。

 ……あと、彼女のプロデューサーの人間性もだいたい知っているし。ワーカーホリックで、馬鹿がつくほど真面目で、とんでもないにぶちん。


「海、楽しみだね。あずきちゃん」

「そうだねぇ。志保さん」

 だからまあ、そう。自分たちは自分たちの仕事をして、と割りきっておこう。
 何より、夫婦の小競り合いは、端から見ている分には面白いし。





おわり

夏に一切間に合わなかった夏に書き出したSS。芽衣子さん誕生日なので投下してみました。
正式な芽衣子さん誕生日SSはまた後日書きたいなぁって。

おつおつ

乙乙
久々のめーこさんSSで嬉しい

おつおつ
いいぞ

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom