【モバマス】2/2のコイントス (14)


モバマススレ。

兵藤レナさんの誕生日ssになります。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1507041595


きぃん、と。

金属が震える音が聞こえる。

両手の平と平でそれを受け止めると、たしかにらしさを感じる重さだった。


「裏ね」

「じゃあ俺は表で」


手を広げて見せると、何も知らないコインが鈍く輝いていた。


「今日は私ね」

「ええ、じゃあ頼みます」

「何か要望はある?」

「ここ最近で他のアイドルと行った所なんてどうですか?」

「ふふ、それが入りづらかい店だったらどうするの?」

「それも負け運ってことです」

「潔いわね。ま、楽しみにしてなさい♪」

「楽しみにしてますよ」


俺の担当アイドルである兵藤レナは勝負事に人一倍強い思いがあり、ディーラーを辞めて足を踏み入れたアイドル業界においてもその気概が失われることはなかった。

その熱意を感じたのかは定かではないが、生活を支えるには十分すぎるほどの仕事を頂いている。

今日もその仕事の一つを終えたばかりだった。

これといった失敗もなく、滞りなく進んだ。

方々に挨拶をして荷物を片付ける、楽屋を出る頃には太陽は真上で輝いていた。



俺と彼女、二人の昼休憩が重なることはそれほど多くはない。

デビューしたての頃とは違って舞い込んでくる仕事の数も多くなり、どうしたって一緒に仕事場を回ることができない日が否が応でも増えていた。

それに伴って一緒に食事を摂ることができないなんてことは当たり前にある。

そんなある日、都合がつくということで現場まで足を運んだ俺は彼女から食事に誘われた。


「たまにはゆっくり……ね」


その日も今日みたいに上々な結果を出した日だったと思う。

彼女の手には一枚、コインが握られていた。

コインを弾く。

手でそれを受け止める。

俺と彼女が答えを予想する。

どちらかが正解する。

出目を当てれば食事を奢る、なんて大の大人がやるにしては少し子供らしいことのように思えたが、二人がそれについて深く考えなくなるのに時間はかからなかった。

都合が合えばコインを弾く。

弾いては奢って。

弾いては奢られて。

次第には仕事とは関係のない時にも。

コインは俺達の運命を握っていた。



「俺、場違いじゃないですかね?」

「大丈夫よ、男性客だっていないわけじゃないらしいから」

「と言われても肩身が狭いですって」

「さっきまでのかっこいいPさんはどこにいったのかしらね」


ふふっと、楽しそうに笑う彼女を見るとここに来た甲斐があったのかもしれない。

女性の好みそうなレストランは何度入っても落ち着けた例がなく、今日も変わらず人目が気になるのは俺の性分のせいなのかな。


「Pさんはどれにするの?」

「レナさんのおすすめでお願いします」

「そう。お願いされるわ」


俺は羽織っていたスーツを隣にかけると一つ大きく息を吸う。肺に貯まった息をゆっくりと吐き出していく。

すーっと抜けていくのは呼気だけじゃなく、不安とか焦りとかそういったマイナスなものも一緒だなんてただの気のせいかもしれないけど、この一連の動作が自分を保っているのだと思うとどうしても止めるわけにはいかない。


「いつ見ても可愛いわよ、それ」


いつの間にか注文を終えた彼女は穏やかな笑みを湛えている。


「ただの深呼吸なのに、いっつも怖がっているってわかっちゃうとね」

「あんまりからかわないでくださいよ」

「ええ、ごめんなさいね。つい見ちゃうの」


人の印象なんて段々と変わっていくもの、そう身をもって教えてくれたのは彼女だった。

最初に会った頃は自分がアイドルになることをギャンブルだと言い、俺のことをギャンブラーだと言った。それが今では本当は小心者で毎日が精一杯な人だといつの間にか知られていた。

度胸のある人が彼女は好きと言った。今では知れてしまってそんな人間ではないのだとわかっているはずなのに、彼女が一緒に頑張ってくれてるのには何か理由があるのだろうか。



八月。

じりじりと照りつける太陽は、青空にふんぞり返って痛いほどの光を届けている。


「もう! ほんと嫌になっちゃうわ!」

「あはは……」

「なに笑ってるのよPさん! こっちは怒ってるのよ!」


昂った様子で不満を漏らすレナさんが落ち着くにはしばらくかかりそうだ。


「って言われても」

「何! あいつの肩を持つっていうの!?」

「違いますよ。俺も男ですしレナさんと仲良くしたい気持ちはわかるってだけです」

「私だってそれくらいわかってるわよ。でもあの態度は気に食わないの!」

「俺にどうしろと……」


心の中で小さくため息を漏らす。

だらだらと走らせる車内で助手席に座る彼女はむすっとした様子で通り過ぎる人並みを眺めている。


「……美味しいご飯が食べたいわ」

「それはまた随分と現金なことで」

「いいじゃない! それともこのまま事務所に戻れっていうの!?」

「そうは言ってないですよ。でも、ほら」

「気にしなくてもいいわよ。私が奢ることになったら行きたいとこにいくだけだもの」

「ならいいんです」

「でも」


レナさんはポーチからコインを取り出し構える。


「どうせなら、行ったことのない店に行ってみたいわよね、Pさん♪」


ああ、困った。

神様がいるなら、どうか俺の願いを聞いてくれ。



九月。

レッスンルームで舞う彼女はいつにも増してやる気に満ちていた。


「お疲れさま、調子はどうですか?」

「いい感じよ! これなら大成功間違いなしね!」


汗を拭い、機嫌のよさそうな笑みを浮かべているが、どことなく疲れが見て取れる。


「さすがですレナさん。でも、あんまり疲労を溜めないでくださいね。当日になって倒れられるのは困りますから」

「心配してくれてありがと。大丈夫よ。どこかの誰かさんがちゃんと考えてくれてるもの」

「誰でしょうね、お礼を言いたいものです」


少し照れくさくなってとぼけてみせた。

それがなんだか馬鹿らしく感じて、ふっと、笑みが零れた。


「Pさん、少しいいですか」


トレーナーの方に声をかけられた。

ライブに向けた調整の打ち合わせだろう。当然、今日はそのために時間を作ってきた。

ダンスの完成度や演出との兼ね合いについて、専門的な技術を俺が持たない以上なくてはならない話し合いだ。

腰を下ろしての話し合い。質問を投げては答えてもらう。これもすべて、ライブのためである。

打ち合わせも終わってレッスンルームから出ると、彼女が壁に背をもたれていた。


「終わったのね、じゃあ行きましょう」


停めていた車に乗り込み、イグニッションキーを回す。低く唸るエンジン音を聞きながらアクセルを踏み込んだ。



「待ってなくてもよかったんですよ」

「あら、Pさんは私といるのが嫌?」


ぺらぺらと台本をめくる彼女の手が止まった。


「こんなに綺麗な女性といるのが嫌なんて、あるわけないですよ」

「ふふっ! 褒めてくれて嬉しいわ」


車は流れに乗って走っている。

隣の席の様子を見ることはできないが、笑っているように思えた。


「私はこの時間が好きよ。仕事の合間のプライベート、ちょっとした密会みたいで楽しいじゃない?」

「俺も、レナさんと話すの好きですよ。いじめられるのは困りますけど」

「いついじめたっていうのよ」

「おしゃれなカフェとか連れてかれるじゃないですか」

「あなたが行きたいっていってるじゃない」

「ああ、まあ……そりゃそうか」

「変な人ね」


それからもぽつりぽつりと少ないけれど話をした。

他愛もない話だったと言っておこう。


「そこの駅でいいわ」

「わかりました」


停車して扉が開かれると、車内の静けさが塗りつぶされるような喧騒を浴びた


「ありがとね、Pさん」

「またご利用ください」

「ええ、是非利用させてもらうわ」


彼女は車を降りると、ぴんっと、何かを弾いてよこした。

放物線を描いたそれを受け止めると、見慣れたコインだった。


「チップよ。受け取って」

「頂いておきます」

「それじゃ、また明日」


また明日、そう言い残して彼女は去っていった。

車内は静かにエンジン音が響いていた。



十月二日。


バースデーライブ。


舞台袖で見る彼女はどこまでも美しかった。


大成功間違いなし、彼女の言葉に嘘はなかった。


湧き上がる歓声がびりびりと伝わってくる。


最後の最後まで誰もが楽しめるライブでありますように。


きぃん、と。


コインの弾かれる音は騒がしさに吸い込まれていった。




「最っっっ高!!」


開口一番、嬉しそうに彼女は語った。


「ええ、最高でした」

「一番のバースデープレゼントをありがとう!」

「俺だけじゃないですよ。この場の全員のおかげです」

「そういうことにしといてあげる!」


ええ、そういうことにしといてほしい。俺はまだ何もあなたへプレゼントをしていない。

ファンが少しずつ捌けていくのを眺めていた。

年に一回だけの特別な日。彼女にとって今日はどんな人なるだろうか。

やり残した仕事をするためにその場を離れた。



「あー終わっちゃったわね!」

「大盛況でしたね」


ぐーっと伸びをして息を吸った。十月の夜にしては温かかった。


「来年はどうなるかしら」

「終わったばかりでもうですか」

「勝負は今と未来にしかないわ! だから先々を見てかないとダメなのよ!」

「さすが元ディーラーは違います」


並んで歩く夜。停めてある車まではまだ遠い。


「あら、あなたも今は勝負師でしょ? トップアイドル諦めてなんかいないいんだから」

「そうですね。まだ上に行かないと」


今日感じた、彼女に向けられた歓声。もっと、もっと先はある。まだ上があるんだ。ずっとずっと先まで辿りつく、そう信じて。


「でも、今日はまだ終わってないんで」


内ポケットに仕舞われたコインを月夜にかざした。弱く光る月光でも、コインはいつもより輝いて見えた。


「あなたのプレゼント貰ってないものね」

「だから、打ち上げ、やりましょう。二人だけで」


親指の上にコインを乗せる。


「今日のライブに負けないくらい楽しい思い出が欲しいわね、Pさん」

「叶えてあげますよ。なんたって俺も勝負師なんでしょ? 負けれない日だってあるんです」


きぃん、と。


コインが宙を舞った。


神様がいるなら見ててくれ。


勝つためなら神頼みだってしてやれる。そんな気分さ。


両の手の平と平でそれを受け止める。


ざらりと、触り慣れたコインの模様を感じた。


これで終わりとなります。

これからも、兵藤レナをよろしくお願いします。

しね

乙です。よかった

おつおつ

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom