寒河江春紀「逆巻く歯車」 (7)
リドルSS 以前のスレッド【R-18G】春紀「暗殺者」【悪魔のリドル】 - SSまとめ速報
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こちらの続編(パラレル?)です。
完結まで続けていきたいと思っていますので、亀レスですがよろしくお願いいたします
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春紀「……悪いが"私"は、もう他人を[ピーーー]のはウンザリだ」
寒空の中、脅しとも取れる走り鳰からの電話へと短く切り返すと、相手の少し息を呑むような音を聞きながら電話を切る。
突然と始まったこの意識に、寒河江春紀としてここにいる筈の"寒河江春紀"が混乱している。
あの時、百合目一に引き倒されて全てが終わり、そして彼女の操り人形としてその生涯を終えようとしていた筈の自分が。
何故、運命を分けたあの時の場所に居るのか。
そして、ごく自然に口から零れた言葉は、ずっとずっと、叫びたかった言葉だった。
もう人殺しはゴメンだ、と。
春紀「(右目も、腕も、脚も、綺麗なままだ)」
気怠さと疲労感を感じながらも、公衆トイレの鏡の前で自分の体を隅々までチェックしていく。
かつては、武智乙哉に抉られた太腿の裂傷も、薬の副作用と番場"■■"との争いで失った片目も。
全身の傷の全てが"あの日"へと元に戻っている事を確認した"私"は、目の前の鏡に映っている顔色の悪い濃い化粧を張り付けた自分の顔を見つめる。
"まだ"、かつてのクラスメイトを手に掛けていない寒河江春紀。
だからといって、人を殺めた過去を帳消しに出来る訳はなく。そして、現実的な問題として崖っぷちに立たされているこの状況。
それでも、顔色の悪い瞳には確かな力が宿り始めていた。
春紀「(神様、なんてもん信じてなかったけど……こんな事になっちまったら、信じざるを得ないかもな)」
巡り巡ってきた"奇跡の二度目"。何故こんな事になってしまったのかは理解できていないながらも、やり直す為の機会を得た。
ご丁寧に再着信出来るように連絡先を残していた鳰の携帯へと掛けなおすと、
春紀「これが"最後"だ。暗殺者として、最後になすべき仕事を教えろ」
いくつもの意味を込めた最後という言葉を口にした春紀は、公衆トイレから立ち去っていく。
一先ず作業着を着替え、もはや懐かしさすら感じる当時の制服を身に着けた春紀は眼前に広がるミョウジョウ学園を見上げる。
ここからあの殺し合いの日々は始まり、そして最後は誰も報われない真の意味での破滅を迎えた。
本当の敵は、走り鳰でも、東でも葛葉でもない。
強大な組織を纏め上げるトップ………百合目一という女を引きずり降ろさなければ、全てはヤツの掌の上だ。
意を決して一度大きく深呼吸すると、静かに長い長いエレベーターへと乗り込む。
扉上の表示板が100階を示し、扉が開いた先には………執務室とは言い難い程の広さを持った、広間が現れる。
正面に座っているのは百合目一。――――――――そして、その傍らに居るのは。
鳰 「いやぁ~、お久しぶりッスねぇ春紀さん? ありゃ、暫く見ないうちに、"随分と顔色が悪くなったッスねぇ」
"あの頃"の様な真っ直ぐな瞳ではなく、澱んだ野心をその赤い双眸に滾らせた走り鳰が立っていた。
そんな彼女の姿を見て、妙に懐かしさを覚えた私は、クスリと笑みを浮かべて
春紀「あぁ。そりゃまぁ、とてつもなく忙しいからな。」
鳰 「……へぇ」
春紀「それよりも、さっさと仕事の内容を教えてくれよ。最後の仕事だからこれでも結構張り切ってんだ」
目一「寒河江さん、ずいぶんと黒組の時と比べて雰囲気が変わったわね」
春紀「そうか? こんなもんだろ。……それで、改めて私は世間話をするためにこんな所に来た訳じゃない」
鳰 「チッ、大人しく目一さんの話を」
目一「いえ、いいのよ鳰さん。そうね、今のやる気があるうちに用件をお話ししましょうか。」
訝し気な瞳と隠そうともしない敵意を剥き出しにする鳰に対して、目一は口元を歪ませたまま制する。
対して春紀は、どこか心ここに非ずといった様子で目一を一点に睨み付けながら口元を歪ませる。
もはや聞き飽きた鳰の何もかもが嘘だらけの説明を聞き流しながら、ただ静かに百合目一と寒河江春紀の視線がぶつかり合っていた。
あの場所に手を届かせるには、一人ではどうにもならないだろう。
しかし、今の自分はかつての様に何もかもをたった一人で成し遂げようなどとは思わない。
自分という人間の尺度が十二分に計れた今だからこそ、出来る事はある。
鳰 「……ちゃんと話聞いてるッスかねぇ、春紀サン」
春紀「ん、あぁ、聞いてるよ。葛葉と東の抗争に、黒組連中が利用される前に始末するんだろ? それじゃあまずは、」
目一「まずは、」
「「剣持しえな」」
思わず口走ってしまった最初の標的。わざとらしく大声で目一に向け、
春紀「だろ。一番、始末しやすそうだしな」
目一「あら。"気が合う"わね、寒河江さん」
春紀「冗談言うなよ。あくまでも効率的に考えた結果の答えだ」
目一「……本当に、まるで人が変わったようね」
春紀「人間同士の殺し合いを経験した人間が、まともで居られる訳がないだろ」
訝しげに睨み付ける鳰の方を見やりながら、彼女が手渡してきた例の暗器一式を受け取る。
鳰 「説明とか面倒だからやらないッスよ」
春紀「まぁ、見れば分かる。あぁ、これ、全部使わないから返すぞ」
受け取ったモノを床に放り投げ、軽く手を振ってエレベーターへと乗りこんでいく。
最後まで表情を隠し続けていた鳰は、予想していたモノとは違った邂逅に思わず歯噛みする。
なんだ、何故あんな素人もどきの未熟な暗殺者に怯えに近いモノを感じている?
以前出会った寒河江春紀という女は、抱えた肉親に負い目を感じて、すぐ突けばどこからか勝手に崩壊しそうな脆さを感じていた。
なのに、今のアレは違う。
"まるで、全てを見透かしている様なあざけわらうような表情"を浮かべている。
鳰「(……)」
目一「彼女……今の方が、良いわね」
鳰 「(つつけば崩れそうな脆さしか無かった筈なのに、あの気色の悪い程の気迫は何処から?)」
目一「鳰さん、一先ずは剣持しえなさんと、並びに武智乙哉さんの件。頑張りなさい」
鳰 「必ず、この計画を成功させてみせるッス」
深々と頭を下げた鳰の表情は―――――――
春紀「(さて……まずは剣持か。)」
何時も通り家事をこなす冬香を横目に見ながら、リビングのソファに深く沈み込んでいた春紀は手に持ったマニキュアの小瓶を掲げる。
流れとしては、自分が工事現場のバイトをバックレた後。つまり伊介とは一通りの交流を果たしており、あの時の自分は引き返せなくなってこれを割った。
しかし、今こうして手元に綺麗な状態でマニキュアがあるのは、可能性として『この』寒河江春紀はマニキュアを叩き付けてないという事になる。
時間遡行。俗にタイムスリップと呼ばれる事象を題材にした本など幾らでも世にあふれかえってはいるが、それを現実に再現出来るなどとは誰も思っていないだろう。
ただ、自分が、『百合目一との闘争に敗れた』あの時の記憶をもったままこうしてソファに寝転がっている時点で、それは現実に起こり得た事になる。
春紀「(いや、こうして瓶を割っていないという事は、"パラレルワールド"?)」
世界は無数に存在していて、その中の可能性の一つの世界。今の状況には、とても合致していると言える。
以前までの自分ならば、まるで馬鹿げた話だと信じる事も無かったかもしれないが……
春紀「人間、実際"そう"なってみると案外すんなり受け入れるもんだな」
冬香「え? お姉ちゃん、何か言った?」
春紀「独り言だよ、気にしなくていい」
冬香はというと、家を出る時に顔色が悪かった筈の姉の表情が妙に明るくなっている事に安心しつつも不安を抱いていた。
更に言えば姉の様子がおかしいのはそれだけに止まらず。
何故か、妙に母親と接している時と同じような感覚に陥ってしまう。
外見は若いままでも、何というか雰囲気に大らかさや余裕みたいなモノが感じられる。
安心感と言えば安心感を覚えるが、しかし、それとはまた違った違和感。
冬香「……そう。なら、いいけど」
春紀「そういえば、今日は24日で合ってるか?」
冬香「そうだね、もう少しで12時過ぎちゃうけど」
春紀「じゃあもうすぐ25日か」
剣持殺害の計画は25日に始まり、翌26日の深夜に終了したはずだ。
猶予はたった24時間、この間に、剣持しえなと武智乙哉を救う手立ては、
冬香「もう、お姉ちゃん?また難しい顔して、一人で悩んでるんじゃない?」
春紀「ん、あぁ、大丈夫だよ。」
少し困ったような顔でこちらを見つめてくる冬香に、愛おしさと同時に申し訳なさを感じたアタシは苦笑で返す。
今度こそ、いや必ずこの日常に戻ってきてみせると、密かに心に誓った。
とはいえ、あれだけの苦難や苦痛を乗り越えて来た寒河江春紀と言えど、此処に居る自分は数年前のまだ20手前の未熟な女。
経験値は生かせるとしても、何より使える人脈や手立ては限られている。
では、この限られた時間の中で、いかなる手段を以て状況を打破するか。
強力な"友人"が、ここにはいる。
春紀「……という話なんだけど」
伊介「アンタ、働きすぎてついに頭イッちゃったの♥?」
一連の流れを包み隠さず正直に全て伝え切った後、呆けた様な顔をしていた伊介は話を聞き終えると苦笑いを浮かべて呟いた。
ここは何時の日か武智乙哉を救った路地裏。わざわざ別の街に来てまで彼女に接触したのは、万が一に鳰がこちらの動向を伺っている可能性があるからだ。
苦笑いを返されたアタシもまた、肩を竦めたまま小さくため息をつくと、
春紀「自分でも信用できない。でも、仮にこの話が本当だとしたら、もう時間が無い。だから少し知恵を借りようと思ってさ」
伊介「時間稼ぎ、ねぇ……簡単に言うけど、ミョウジョウをそんなに長い間振り切るのは難しいわよ♥」
春紀「まぁ、そうだなぁ……三時間。三時間更に稼げれば、手立てはなんとかあるかもしれない」
伊介「三時間? 随分と具体的な時間だけど、それが最善手♥?」
春紀「いや、自信はあんまり。でも、アイツと長い間付き合った"アタシ"ならなんとなくそれで平気な気がする」
伊介「ふ~ん……ま、いいわ♥ 協力してあげる。アンタにまた惨めな銃殺死体を見せる訳にはいかないし♥?」
目の前に居る伊介"様"はまぎれもなく本物だと分かってはいても、春紀の脳裏にはあの時心臓と頭を打ちぬかれた壮絶な死体と化した伊介の姿が浮かぶ。
それでも、不可解なアタシの話を聞き、そのうえで理解しジョークを付け加えてくる殺し屋のエリートを見ているとそんな光景も吹き飛んでしまう。
頼ってよかったと、心からそう思う。
そう思った途端に自然と口元が歪み、我慢できずに溢れ出した涙を両手で抑える。
みっともなく嗚咽を繰り返し堰を切ったように泣きじゃくるアタシの頭を抱きとめた彼女は、
伊介「伊介はマヌケは嫌い。それでも、アンタみたいな形振り構わない馬鹿一直線は嫌いじゃないよ♥」
優しく頭を撫でられたとき、アタシは子供の様に泣き続ける自分を止める事は出来なかった。
数分後、なんとか気持ちを落ち着かせたアタシは、伊介に甘えるように彼女の手を取りながら、
春紀「ありがとう。伊介"様"にまた会えて良かった。」
伊介「感謝される覚えはぜーんぜんないけど? 今回の件だけは、アンタのやりたい様に伊介を使っていいよ?」
春紀「あぁ。必ず、"黒組を救ってみせる"」
伊介「格好の良い宣誓ありがと? それで、これからどうすんのよ?」
春紀「剣持と武智の件は、本来今の時間帯に色々と下準備をやってた。そして、この路地裏こそがその第二段階の場所になる」
伊介「第二段階?」
春紀「武智が重傷でここへやってくる。"前"は、アタシが鳰の指示でそれを助けに行ったんだ」
武智乙哉が服役中なのは変わってないらしく、来る途中にスマートフォンの電子記事を色々と読み漁って知った。
そして、本来であれば何らかの手段で脱走した武智が襲われ、瀕死の彼女をここで救うというのが前回の流れ。
武智乙哉とここで出会う時間まで、猶予は三時間。
あまり外に身を晒しすぎれば鳰に勘付かれてしまい、かと言って行動するとなれば鳰に行動を露呈する事にならざるを得ない。
伊介「アンタの話したこの先の未来の話は半分信じたし半分は信じてない♥ それでも、アンタに賭ける理由は……」
「ママも、アンタみたいに急に人が変わったからよ」
春紀「……人が、変わった?」
伊介「そ♥ 急にミョウジョウの内情を調べ上げてひたすら情報集めを続けてるのよ♥ ま、少なからずミョウジョウ絡みの依頼もあった訳だし、気にかけてもいなかったのよ♥」
それは、まさか。
犬飼恵介もここに戻ってきてしまったのか?
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