入り口に座って (14)
ワンマン電車の出入口に座る。迷惑行為だとわかっていても、どうせド田舎、誰も乗らない事は2年も乗っていればわかる。
ジジババは家にまで来てくれるバスを使うし、その他多数の大人達は車を使う、中学生は自転車に乗り、高校生は原付に跨る。この町で電車を活用している人間は私だけだ。
別に電車が好きなわけではない。ただなんとなく、ド田舎の原付マンセーに抗いたくなったのだ。その結果、駅までの2km半の徒歩が生まれたのも仕方ない。私が選んだことなのだ。
全部、私の選択なのだ。
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外が薄い夕焼けに染まる、出入口の適度な薄暗さに思わずウトウトしながら。目的地までの距離を思い描く。まだ先は長いのだ、山を超えて、街を渡って、その先の山の中まで進まなければならないのだ。
カバンを抱えて、スカートをももで挟んで、本格的に座り寝に入る。いいんだ、どうせ誰も乗ることはない。
いや、あるいは1人だけ。
誰も乗ることは無いと言ったが、それは今の話である。そう、いたのだ、かつて1人だけ、私のような天邪鬼が。
私よりも少し年上で、大人の人だった、とても、綺麗な人だった。
私が捻くれるよりずっと前から捻くれていた、捻くれ者の大先輩である。
その人は一つ隣の町の人で、名前は知らない、何をしてる人かも知らないし、極端なことを言えば本当に女かどうかも分からない。めちゃくちゃ女装の上手い人かもしれない。
わかるのは、その人もまた天邪鬼で、電車の入り口が定位置であることだけだ。
最初の頃は、私も座席に座っていたけど、誰一人いない車内で座席に座るのは逆に居心地が悪いのである。貸切独り占めと考えるには、ワンマン電車は中途半端なのである。
そして、居心地の良い場所を探すうちに、あの人の反対側に立ち始めたのだ。
居心地がよかったのかと聞かれると、そりゃあ最初は悪かった、知らない人の横に立ってる訳である、混んでるわけでもないのに、どう思われてるかを気にする思春期、ソワソワするに決まってる。
だけど、居心地の悪さは案外スグに消えていった、恐らくは雰囲気が合うんだろう。
会話は殆ど無かった。距離感が縮まる訳では無かったけれど、私は何故か、今思っても何故だか分からないけど、他人のあの人に少し惹かれていた。
横顔が、とても綺麗なのだ。ケータイを取り出してふと見せる些細な表情の変化や、冬の寒さに赤みがかった鼻と頬を、少し暖めるようにマフラーに埋めた横顔がとてもとても綺麗で、愛らしかったのだ。
こうやって書くと、私が他人をジロジロと見つめる変態になるが、そうではないと言っておく。
不意に横を見た時に、これまた不意に見える「いつもと違う」その瞬間の破壊力が凄いのだ。
別に、綺麗で愛らしく、あの人に惹かれたからと言って「その先」は求めてなかった。
美しい美術品を、その手に収めたい人もいれば眺めるだけで満足の人もいる、私は後者なのだ。
眺めているだけでも、時間は経っていく。夏を超えて冬を超えて、春を過ごしてまた夏になる。
極めて他人行儀かつ、社交辞令的な会話を幾つも重ねても、距離が縮まることはなく、それは私も望んでいなかった。
遂には、終わりを迎える時がきた。
「私ね、車の免許とったのよ。MTで、凄いでしょ。」
ある日突然そう言った、今まであまり自分の話をして来なかった人たちだったから、その報告は私を大いに混乱させた。
「そう、電車乗るのもそろそろ終わりね。」
どこかでわかっていたのだろうか、あまりショックは無かった。美術品が倉庫に送られていく感覚に近い、残念だけど、仕方ない、そんな感覚だった。
けれど、一つだけ聞いておきたかった。
「あの」
「なあに」
「どうして取ったんですか?」
「んー、色々理由はあるけれど」
「そろそろおしりが痛くなってきちゃったから」
それが私が記憶する、あの人との最後の意味ある会話である。
それからも私は電車に乗り続けている、あの人の定位置は私の定位置となり、いつかまたのらないかな、なんて淡い期待を胸に同じ道を抜けていく。
だけど、少しだけ「二度と会えなくてもいい」なんて思ったりもする。
思い出が綺麗なまま、そのままであって欲しいのだ。今会えたなら、今度は距離を縮めてしまう。そうなればかつての記憶は薄れてく。
それならば、綺麗で、淡くて、愛おしいままにとっておきたいのだ。
そんなワガママな気持ちをよそに、年月は経っていく、ウトウトしながら電車に乗り、女子高生だった私は大人になった。頑なに免許を取らないで電車に乗り続ける私を周りは奇異な目で見るけれど。気にはしなかった。あの人もこんなんだったのだろうか。
仕事へ向かう朝早くアナウンスでウトウトから覚醒する。
一つ隣の町についたらしい、けれど、人はいない、いない?嘘だ、一人いる。
女子中学生、そうか、春か。新入生か。街の高校へ行くのだろう。
出入口から反対側へ、人が通れるようにしておこう。
恐らくは彼女は座席に座るだろう、暫くたったらここに来る、そんな気がするのだ。
そして願わくば、私の事を綺麗だなって思ってくれたらいいな、なんてワガママでナルシズム極まる事を思う。
もし本当にそうなったなら、免許を取ろう。車に乗って、電車から降りよう。
そろそろ、おしりが痛くなってきた頃なのだ。
短いですが終わりです。ありがとうございました。
おつ
良い、凄く
すんごく良い
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