恭介「来ヶ谷を見つけたぞ」理樹「……」 (37)

理樹(その電話がかかってきたのは洗濯物を取り込んでいた時のことだった。もう高校を卒業したとはいえ、未だに彼からのコールが来ると胸が高鳴る。彼はこういう時はいつも唐突に何か”面白いもの”をぶら下げてやってくるからだ)

恭介「よう。元気か理樹」

理樹「……うん。恭介の方は?」

恭介「俺は出張で今は東京にいるよ。理樹こそ一人暮らしはもう慣れたか?」

理樹「もう2年になるんだよ?……ところで今日はどんな用?」

恭介「ああ、そうなんだ聞いてくれ。来ヶ谷を見つけたぞ」

理樹「……」

理樹(今回は少し違ったものを持ってきたようだ)

恭介「あれ、反応が薄いな」

理樹「……やめてよ恭介」

恭介「まあそう邪険にするな。お前だって気になるだろ?」

理樹(気にならないと言えば嘘になる。来ヶ谷さんは『ある時点』から僕はおろかリトルバスターズの誰とも連絡を取らないようになり、鵺のようにどこかへ消えてしまったからだ。しかし、その原因は多分僕にある)

恭介「実は今、来ヶ谷も東京にいるんだ」

理樹「なんで恭介はそれを知ったの?」

恭介「フッ、それが驚くなよ?電車の広告で見たのさ。三日後にピアノコンサートをするらしい」

理樹「本当!?」

理樹(来ヶ谷さんは学校を卒業したあと、実家に……つまり海外に行ってずっとピアノを続けていた。元からあれは素人のものではないと思っていたけど、とうとうそこまでいったとは)

恭介「逆に言えばそこまでいかないと俺たちの目に入らないっていうのも考えさせられるが、とにかくやっと見つけたんだ。一緒に行ってみないか理樹?」

理樹「やっぱりそういう話になるんだね……」

恭介「おいおい!まさか嫌だって言うんじゃないだろうな?俺はこれをお前の運命と受け取ったぜ。どうせ大学は今夏休みだろ?」

理樹「そういう事じゃないよ。ただ、僕が今更行っても……」

恭介「なあ、ずっとこのままでいるつもりか?自然消滅したまま燻ってるようじゃこの先どうやって前に進むつもりだ」

理樹(なんだかその言葉を聞いて少しムッとした。多分、それは恭介のせいじゃなく、その不甲斐ない僕自身にイラついているからなんだろうけど、ついついその場でその怒りをこぼしてしまった)

理樹「恭介に何が分かるのさ……」

理樹(言ってからハッとなったが、恭介は意外にも怒った様子ではなさそうだった)

恭介「分かるさ……今お前が電話してる顔だって目に見えるようだ。嘘だと思うか?」

理樹「ふふっ……いや、そうかもしれないね」

恭介「どちらにせよまずはこっちに来てみろ。東京観光がてら旧交を温めようじゃないか」

理樹(結局恭介のペースに乗せられてしまった。こういう所は本当に変わっていない)

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理樹(幸いこの一週間は何も予定がなかったので、旅行の準備を整えると次の日にはもう新幹線に乗ることになった。東京に着くまでの間、僕は悶々とした気持ちで過ごした。来ヶ谷さんのことだ)

理樹(彼女とは2年の秋から交際を始めた。学校を卒業するまで、それはとても幸福な時間を過ごしていたが、その後、来ヶ谷さんはピアノの道に進むため、あちらの国に戻って修行することになった。彼女は日本に残って僕と出来るだけ一緒に過ごす事も考えていたが、それでは彼女自身のためにならないと思って僕が断った。そしてそれが決定的な僕らの分かれ道になってしまったのだ)

理樹(僕らは最初遠距離恋愛というものを甘くみていた。お互い生きているのだから気が向けばまた会える。そう考えていたのだ。しかし、所詮は僕もまだ学生の身。何度かあちらに足を運んだり、逆にあっちが日本に帰って来ることもあったが、基本的にはメールや電話でのやりとり。そしてその唯一の繋がりさえ、お互いの予定が重なり合って次第に疎かになっていった。そして今年に入る頃にはもうほとんど連絡は取らず、事実上の自然消滅となってしまった。あんなに好きだったのに何故こうなってしまったのだろう。ただ、お互いの関係がずっと変わらないままなんてあり得ない事だったのかもしれない)

『みなさま、まもなく終点、東京です…』

理樹(リュックサックを背負い、駅の出口に向かうと切符売り場の人ごみの中から大手を振ってぴょんぴょん跳ねている人物がいた)

恭介「おおーい!こっちだ理樹ー!」

寝る(∵)

ハッピーエンドだといいなあ

おつwktk

期待

理樹(昼ご飯は駅前のハンバーグ屋で取ることにした。テーブルの装飾から伝票の紙に至るまで東京ともなれば飯屋一つでここまでお洒落なのかと感心した)

恭介「俺がこっちに来て初めて食べた所がここだ。東京の飯といったらチェーン店以外はどこも高いがここは割とリズーナブルだから安心しな」

理樹「はは……ところで恭介はいつからこっちに?」

恭介「ざっと3ヶ月前ってところだな。駅の付近は特に人混みが多いから前に鈴を案内した時は途中でリタイアしてしまったな」

理樹(恭介おすすめの料理に舌鼓を打ちつつ近況を笑いながら話し合った。こうしている間は食堂で食べていた頃となんら変わらないように感じるのは彼の子供心がまったく薄れていないからだろう)

恭介「さて、そろそろ出かけるか!荷物は重くないか?」

理樹「リュックサックだし服とかはどうせならこっちで調達しようと思って軽くしてきたよ」

恭介「流石理樹だ!」

・・・

理樹(その後、僕は恭介が案内観光人として素晴らしい才能を持っていることを知った。お約束の観光地から恭介が見つけた風情のある穴場まで色々案内してもらい、移動している間は東京にまつわる面白い話を挟んで僕を飽きさせないのであっという間に1日が過ぎてしまった)

恭介「ただいま我が家!」

理樹「うわっ、これ本当に恭介の家!?」

理樹(恭介の家は一言で言うと物が散乱しまくっていた。机には書類が散乱していてテーブルはいつの物か分からないようなペットボトルが山積みとなっていた)

恭介「い、いやぁ…理樹が来るのが予想以上に早くてな……一応和室は片付けておいたからお前が寝るところは大丈夫だ!」

理樹「恭介はどこで寝るのさ?」

恭介「うーん……ソファ?」

理樹「………恭介」

恭介「な、なんでしょう?」

理樹「片付けよう」

恭介「一応聞いておくが今からって訳じゃないよな?」

理樹「恭介ーこれも捨てるよー?」

恭介「あ!ま、待ってくれ!それはドイツ人の友達から貰った大切なお土産の袋なんだ!」

理樹「そんなものまで置いてたらいつまで経っても終わらないよ!?」

恭介「……はい」

理樹(観光から帰ってきて疲れが溜まっていない訳ではないがこんな家じゃロクに寝れやしないだろう。あちこちから変な匂いもするし、こんなのじゃ恭介も毎日目覚めが最悪だろう。もし恭介に彼女が出来たとして遊びに行きたいと言われたらどうするつもりなんだ?そう考えると居ても立っても居られなかった)

・・・

恭介「な、なんとか終わったな……」

理樹「うん……流石に疲れたね……」

恭介「ああ、もう眠てー!」

理樹(そう言って恭介が長いこと書類置き場と化していたベッドにダイブした)

理樹「待って、埃だらけでしょ?一応お風呂沸かしておいたから入ってきて」

恭介「お前は嫁か!」

理樹(そう目を輝かせながら恭介は風呂場に直行した。どちらかというと親子の関係の方が近いと思うけど)






理樹(僕が風呂から上がるといつの間にか恭介が外から出てきた)

理樹「どこか行ってたの?」

恭介「ああ。ちょっとコンビニにな」

理樹(そう言って恭介はお酒をかかげてニッコリ笑った)

・・・

恭介「ふっ、まさか理樹と飲む日が来るとはな」

理樹「いやいやいや!僕まだ未成年だから!当然のようにグラス用意しないでよ!」

恭介「なに言ってんだ理樹?あと半年だろ?それくらい変わんねえよ」

理樹(そう言って恭介はその赤い瓶を勝手に二つのグラスに注ぎ、そこへジンジャーエールを大量に入れて混ぜた)

恭介「大丈夫。ジンジャーエールで割れば飲みやすいから」

理樹「いやそういう問題じゃないよ……」

恭介「まあまあ!いいから飲んでみろって」

理樹「もう………あれ?」

理樹(ちょっぴり口に含んで味を確かめてみた。とても甘いが飲みやすい。いや、飲みやすいんじゃなくこれは……)

恭介「クックック……」

理樹「これお酒入ってないじゃないか!」

恭介「あっはっはっ!騙されたな理樹!そりゃ、シロップだよ!ノンアルコールカクテルって奴だ」

理樹(道理でなんだか恭介らしくないと思った)

恭介「さて…外に出たらなんだか眠気が冷めちまったな」

理樹(恭介の顔は依然と楽しげな笑みを浮かべたままだったが、今の台詞の意図は何となく分かる)

理樹「明日、どうするかだよね…」

恭介「そうだな……」

恭介「どうする?」

理樹(本当のことを言うともう新幹線の中で、いやもしかすると旅の荷造りをしようと決意した時から選択は決まっていたのかもしれない。そりゃそうだ。恭介はああ言っていたけど最初からそのつもりでなければ行こうともしなかっただろう。彼女のいる場所へなんて)

理樹「行くよ」

恭介「良い選択だ」

理樹「ただ、見るだけで実際会いに行くかはまだ決めてないよ」

理樹(僕のグラスの氷がカランと音を立てた)

恭介「ふっ。顔を見たらどのみち気持ちははっきりするだろうさ」

理樹(恭介は決まりだなと言うと引き出しから紙切れを2枚持ってきた)

恭介「明日のチケットだ。無駄にならずに済んだぜ」

理樹「そ、そんな…僕が断ってたらどうしたの?」

恭介「おいおい。当日券なんてないんだぜ?それに理樹なら行くって言うと信じてたからな」

理樹「恭介……」

恭介「さ、もう寝ようぜ。来ヶ谷の前の奴の演奏で寝ちまったら元も子もないからな」

・・・

理樹(家を出ると雨が降っていた)

恭介「レンタルサイクルでもと思ったがこりゃバスの方がいいな」

理樹「そうだね」

理樹(そのコンサートホールまでは片道30分だった。東京は昨日と変わらず人がこれでもかと言うほど歩いていて、みんな雨から身を守るため険しい顔つきだった。いつかは思い出せないが、来ヶ谷さんは雨はつまらないと言っていた気がする)

運転手『〇〇前、〇〇前です……』

恭介「ここだな」

理樹(そのホールはとても大きなものだった。来ヶ谷さんは既にもうここに着いて準備しているんだろう。そう考えると心臓の鼓動が徐々に早くなった)

・・・

理樹(恭介が買ったチケットはそれほど前ではなく、かと言って演奏者の顔が見えないほど遠い席でもなかった。きっとまだ完全に心の準備が出来ていない僕に対する配慮だろう。恭介に限ってこういうことは偶然ではないんだ)

恭介「なんだか不思議だな。今集まってる奴は全員来ヶ谷のために集まってるんだぜ」

理樹「そうだね……」

理樹(しばらくしてからホールが少し暗くなり、雑談をしている声が止んだ。そして若い男の司会が現れ、集まった僕らに感謝をするとまず来ヶ谷さんのこれまでの経歴を並べていった。こういう事には詳しくないがやはり二十歳にすらなっていない人がこういう場に出るのは珍しいのだろうか?来ヶ谷さんにまつわるだいたいの事を言い終わると、その人は満を持して来ヶ谷唯子の名を呼んだ)

恭介「来るぞ理樹」

理樹「……」

理樹(その人は万雷の拍手で迎えられながら姿を現した)

来ヶ谷「………」

理樹(当たり前だけど最後に会ってから何も変わっていなかった。見る者の心の奥を見透かすような大きな眼、これ以上ないほどの美しい歩き方。あの髪飾りも健在だった。僕らに軽く挨拶のジェスチャーを送ると最初に演奏する人のため一旦引いていった)

恭介「どうだった?」

理樹「どうって……別に、普通だよ」

理樹(それは嘘だった。一年ぶりに見る来ヶ谷さんの姿をずっと頭の中で再生していた。それから次の人の演奏は頭に入ってこない癖にいざ彼女がまたピアノの前に立つとその瞬間、生き返ったように我に帰るんだ。なんてことはない。僕は彼女を見ることで未練を残していたことを思い出してしまったんだ)

恭介「弾くぞ」

理樹(その来ヶ谷さんの演奏は最後に聞いた時から何倍も良くなっているように感じた。静かに始まった第1章が弾いていくにつれて徐々に熱を帯びるように激しくなっていき、燃え上がるような曲のムードを見せ、しばらく観客を魅了すると、最後の方でまた最初のようなテンポに戻り、目を瞑りながらラストと思わしき音を弾いた。完璧な演奏だった)

理樹(完全な沈黙から数秒後、指し示したように周りの観客は同時に大きな拍手を送った。それにつられるまでもなく僕らも負けじと拍手を送った。そして彼女は立ち上がりこちらに向いて膝を曲げてお辞儀をした。更に拍手は大きくなった。そしてもう一度お辞儀をして姿勢を直した瞬間、目が合った)

理樹「………」

来ヶ谷「………」

理樹(わずか1秒もないくらいの間だったが、確かにお互いの視線は繋がっていた。そして何故だかその目を見て僕は今の自分の立場を冷静に自覚することが出来た。そう、今の僕は勝手に連絡を取らなくなった癖に彼女が有名になった途端のこのことコンサートに顔を出す恥知らずなんだ。それから僕はばつが悪くなって来ヶ谷さんから目を逸らし、いつの間にか握りしめていたパンフレットを見つめ、やっぱりまた目を戻すと彼女は既に舞台から消えていった)

恭介「…最高だったな」

理樹「……うん……」

・・・

司会の男「流石だよ来ヶ谷ちゃん!観客も大喜びだ!」

来ヶ谷「それは良かったです」

司会の男「どうだい?成功を祝ってこれからどこか食事にでも……」

来ヶ谷「……いや、今はそんな気分じゃありません。また今度にしてください」

司会の男「あ、そう……分かった。またね!約束だよ!」

マネージャー「あの男も懲りないな」

来ヶ谷「ふっ……今日はもう私のやる事はないな?」

マネージャー「ああ。なにか予定でもあるのか?」

来ヶ谷「外を歩きたいだけだ」








恭介「おいそこをどいてくれよ!俺たちは来ヶ谷の友達なんだって!」

警備員「例えお知り合いの方であっても通す訳には行きません!プレゼントでしたら私から渡しておきますので…」

恭介「あ、さては信じてないな!?なんなら来ヶ谷が学生だった頃の恐怖談だって言えるぜ!………ってあれ?どこ行った理樹の奴……」

・・・

理樹(あのあと思わず飛び出てしまった。雨宿りのためになんとなく近くのバーに避難した。静かなオルゴールが流れる場所だった。他に客はいないせいか、まるでこの店の中だけ時間がゆっくりと動いているようだ)

店主「………」

理樹「………」

(ただ、一人になるにはいい場所かもしれないけど少し僕には大人過ぎる。ちゃんと酒を飲んだこともないような僕がいったい何を頼めばいいのか。店主は何も頼まない僕を待ってくれてはいるが、ずっとこうしている訳にもいかない。かといってこのまま外へ出るのも失礼だなんて考えていると後ろから声がした)

「この人と私にノンアルコールで適当に一杯お願いしていいかな」

理樹「………」

理樹(先ほどまでずっと遠くから見ていた人がすぐ横の椅子に座った。それはなかなか奇妙な感覚でいて、とても久しい暖かさも感じた)

理樹「もしかしてつけてきたの?」

来ヶ谷「はは、いやまさか。なんとなく一人になりたかっただけさ」

理樹「僕もそうだった……ちょっと考え事をしたくて」

来ヶ谷「もし私がここじゃなく別の場所に来ていたならきっと同じ時に同じ事を考えるところだったんだろうな」

理樹「……さっきの演奏良かったよ」

来ヶ谷「来ると知っていたら招待券を渡していたのに」

理樹「いや、急に行くことになったんだよ。恭介に連れてこられてさ」

来ヶ谷「ふふ…変わらないな君は」

理樹「来ヶ谷さんこそ……」

理樹(いや、美しさという点では、まだ向上する一方だった。学生の頃から匂わせていた大人らしさが一層際立っている。仕草や喋り方自体は変わっていないはずなのに、僕の知らないところで来ヶ谷さんも大人になっているんだ)

店主「バージン・ブリーズです」

理樹(出されたカクテルは透き通るピンク色が綺麗だった。一口飲んでみると甘さが控えめでほろ苦い味だった)

来ヶ谷「……もう1年は連絡していなかったな。もはや私と理樹君のどちらが最後にメールを送ったのかも忘れてしまった」

理樹「………そうだね」

理樹(来ヶ谷さんが送ったメールで最後だった。来ヶ谷さんも覚えているはずだ)

来ヶ谷「そういえばみんなは変わりないか?」

理樹「うん。みんな元気にやっているよ」

来ヶ谷「良いことだ」

理樹(そうやって僕と来ヶ谷さんはずっとお互い何もなかったように昔話に花を咲かせた)





来ヶ谷「……む。もうこんな時間か……」

理樹(気がつけばもう時計は11時を回っていた)

来ヶ谷「今の君の所だと電車では間に合わないだろう。どこか泊まる当ては?」

理樹(この時、恭介の所に泊まると言うか、来ヶ谷さんがそう提案すればこのまま別れてそのまま僕らはお互いの生活に戻っただろう。しかし、僕にはどうしてもそれが出来なかった。出来るはずがない)

理樹「………困ったな。どうしよう」

来ヶ谷「……そうか。では私の家に来るか?ここからすぐ近くだ」

理樹(…………)

理樹「じゃあ、そうさせてもらおうかな」

続く(∵)

わふー

恭介ェ…

おつなのー

恭介ほんとすこ

あんな友達が欲しい……

ハッピーエンドがいいなあ

最近>>1のペースが落ちてきたから心配
自転車旅その2も読みたかった

理樹(来ヶ谷さんが案内してくれたのはひと家族は住める一軒家だった。東京だとマンションでも高いと聞くがこんな家だといったいいくらするんだろう?僕が目を大きくしているとそれを見た来ヶ谷さんが心を読んだように言った)

来ヶ谷「うちの両親は過保護なんだ。ここまで広いとむしろ孤独を煽るようなものだが。さあ、入りたまえ」



理樹(中は恭介と違って綺麗に整頓されていた。玄関の先の廊下はピカピカで覗き込むと僕の顔が映るんじゃないかというほどだった。居間に入ると、60インチくらいのテレビの横の棚にずらりと映画の名作が並んでおり、キッチンの冷蔵庫なんかは僕の部屋の半分を占めるんじゃないかってほど大きかった。他にもふかふかのソファーやオシャレなインテリアなど、僕を驚嘆させるものばかりがそこにはあった)

理樹「なんだか至れりつくせりって感じだ」

理樹(思わず声に出てしまった)

来ヶ谷「これも君らが買ったチケットのお陰だよ。まあ、中には実家から引っ張ってきたのも多いがね」

理樹「ふうん……」

来ヶ谷「先にシャワーを浴びさせてもらうよ」

理樹「うん……あっ」

理樹(彼女がシャワールームに行ってからやっと気付いたことがある。携帯の電源を入れ直すことだ。ホールで静かにするためずっと消していたのをすっかり忘れていた。画面が映ると、案の定、着信履歴とメールが大量に届いていた。誰からかは見るまでもない。恐る恐る最後のメールの内容を見てみた)

『今たった一人で自宅にいる。もしまだ外のどこかにいるなら連絡をくれ。一時間探し回った足を引きずって急いでそこに向かう』

理樹「……………」

理樹(急いで名前を伏せて人の家に泊まっていることと心配させたことを謝る旨を返信すると、その数秒後に返事が来た)

『そういうことか!ならしょうがねえな!じゃ、お邪魔虫はこれくらいにしておくぜ☆』

理樹「ば、バレてる……」

理樹(あまり知られたくはなかったが恭介の察しが良すぎるお陰で機嫌も治ってくれたようだ。そうこうしているうちに来ヶ谷さんが浴衣姿で出てきた)

来ヶ谷「着替えは父の物だが浴衣を用意してあるよ」

理樹「……ありがとう」

理樹(理由は分からないが何故かその言葉に凄く安堵を覚えた)




理樹(熱いシャワーを浴びてから居間に戻ると、綺麗な音が流れていた。来ヶ谷さんがソファに座ってテレビで自分がピアノを弾いている姿を見ていたのだ)

理樹「これいつの?」

来ヶ谷「初めて東京で開いた公演だ。この時の事はよく覚えてるよ」

理科「相変わらず素敵だね」

来ヶ谷「……ありがとう」

理樹「この時もリトルバスターズの誰にも言わなかったの?」

来ヶ谷「まあな」

理樹「誘ったら絶対言ったのに」

理樹(その時、初めて来ヶ谷が僕の方に向き直った)

来ヶ谷「君が私だったら?」

理樹「えっ……」

来ヶ谷「その時、君が私だったら誘ったか?」

理樹「…………」

理樹「……いや、誘わなかったと思う」

理樹(来ヶ谷さんはまたテレビに顔を戻した)

来ヶ谷「リトルバスターズの誰か一人でも誘ったら、その誰かは必ず気を利かせて君に言っただろう。となれば君を直接誘うのと同じだ。……まだそんな気分になれなかったのさ」

理樹「ごめん」

来ヶ谷「謝らなくていい。あくまでその時の話、もう昔のことだよ。さあ隣に座りたまえ」

理樹(その来ヶ谷さんのピアノは今日のとは少し違って、全体的に大人しいイメージだったが、決して飽きさせず聴く人の一番良い思い出を蘇らせるような気分にさせる演奏だった)

来ヶ谷「どうせなら全員の予定が空いた日にまた招待しよう」

理樹「いいねそれ」

理樹(場面が変わり、来ヶ谷さんともう一人の演奏者が並んで挨拶するところで彼女は僕に近づき画面に指差した)

来ヶ谷「あの私の隣にいる人は今でも交流があってね。とても人間的に尊敬するところが多い人だよ」

理樹(そのまた乾ききっていない髪が僕の肩に触った時、彼女の良い匂いが鼻をくすぐった。そしてつい、ここに来るまでずっと忘れようとしていた”彼女に恋していた”という過去を完全に思い出してしまった)

理樹「…………」

来ヶ谷「……どうした?」

理樹(ぎゅっと目を瞑って冷静になろうとしても到底それは叶わず、心臓の鼓動がどんどん激しくなってきた。むしろ良くここまで持ったというべきか)

理樹「来ヶ谷さん。なんだって僕は馬鹿なんだろう。こんな気持ちを最初から思い出せたなら……」

理樹(完全に来ヶ谷さんの不意をついた。自分でまったく考えずに行動したのだから当たり前だ。僕は彼女にキスをした。とても長く、抱擁しながら。そこまでしてやっと自分がやってる事を自覚した。でも、撤回するには遅すぎる)

来ヶ谷「………っ」

理樹(来ヶ谷さんは抵抗しなかった。かといって僕と同じ気持ちかどうかは分からないが。しかし、未熟な僕はそこからもう止まることは出来なかった。最後まで)

・・・

理樹(朝、起きあがって部屋を見渡して少しづつ昨日のことを思い出した。すると横で寝ていた来ヶ谷さんも起こしてしまったようで、寝返りを打ち、僕を見つめた)

理樹「……来ヶ谷さん。もし、君が良かったらまた……」

理樹(その言葉の続きは次の言葉で遮られた)

来ヶ谷「さっき、昔の夢を見た。花を摘んで持ち帰ったが、すぐに枯れてボロボロになった時のことだ。とても後悔したのを覚えている。……もう行ってくれ。昨日の夜は我々のちょっとした夢なんだ。もう君の求める物はここにはないよ」

理樹「で、でも……」

来ヶ谷「”恋はまことに影法師、いくら追っても逃げていく。こちらが逃げれば追ってきて、こちらが追えば逃げていく”」

理樹「…………」

理樹「……そうか、最初からその気はないってことだね」

理樹(昨日の事は僕のわがままに乗ってくれただけなんだ。そのことに気がつくとふっと力が抜けた。昨夜、キスしたあの時から暴走していたのは僕一人だった)

来ヶ谷「………」

理樹「……もう行くよ」

来ヶ谷「ああ……」

・・・

理樹(あれから1年と半分が過ぎた。冬が到来し、そろそろ本気で働く先を見つけなきゃいけない。それ以外に変わったことはほとんどなく、唯一あるとすれば来ヶ谷さんと交代するように皆との交友をあまりしなくなったことだろうか。あれから恭介や鈴もたまに来ヶ谷さんのコンサートに行っているらしい。恭介は気を使ってか、最初の方に比べてあまり誘おうとはしなくなった。それが今はとてもありがたい)

理樹(テレビを付けた。今はちょうど番組が変わる間だからくだらないCMばかりが写っていた。いや、CMどころか今の僕に対して興味のあるものなんてないのかもしれない。単位を落とさない程度に出席し、予算を考えてスーパーで買い物して洗濯物を洗う毎日。全てが灰色に見えた。昔を懐かしがるほど歳をとった訳でもないはずなのに高校の頃の僕が凄く羨ましく感じる)

理樹(その時、チャイムが鳴った。もし、そのドアの前にリトルバスターズの誰かが立っていたなら……そう願ったが、実際は大家さんが家賃の催促に来ただけだった。支払いを済ませ、ベッドに横たわった。壁の汚れを見つめながら、これから自分は何をすれば良い人生になるのか考えた。色々思いつくものを心の中で出し尽くしたが、結局それらは全部付け焼き刃にしかなりそうにない。人はそういう時、決まって一つの事を言うが、今の僕にそれは難しい。まさに万事休すといったところか)

理樹(このまま人生の末路を考えつく前に、なんとしてでも気分転換をしなければならなかった。重い身体を起こし、ゲーム機を取り出したが、電源を入れてすぐに消した。もうやり尽くしたことをすっかり忘れていた)

理樹(外に出て散歩をしてみたが、この街の風景もすっかり見飽きてしまった。なにか嫌ことがあるたび普段行かないところまで冒険したものだが、それにはこの町は少し狭過ぎた。とりあえずコンビニで立ち読みして家に帰ったが、いかんせんなにもする事がない。まさか長期休暇がここまで苦痛になるとは思わなかった)

理樹「…………」

理樹(このままつまらない人生で終わるかと思うと、一層気分が沈んだ。この現状を誰かのせいに出来ればまだましだったかもしれないが、生憎すべて自分の行いが原因だった。せめて憂さ晴らしになればと友達が遊びに来た時、残していった酒を冷蔵庫から取り出した。下戸なのは承知だが、無理矢理にでも酔いたい。そう思って蓋を開けた時、消し忘れていたテレビからピアノの音が聞こえた)

『~~~♪』

理樹「…………」

理樹(彼女の音だった。繊細でいて、時に聴くものを引っ張りあげるほど情熱な旋律。だが、僕の気を引いたのはそれだけじゃなかった。引いている曲だった。その曲は僕自身、一度も聴いたことがなかった。しかし、ずっと昔に聴いた感覚だけはある。既知感だとかそういう類のものではない。僕はこれを確かに一度聴いたことがある)

『♪…………』

理樹「……………」

理樹(画面では確かに来ヶ谷さんが弾いていた。どうやら何かの番組の企画で弾いているようだった。その演奏が終わると、テレビでたまに見る顔の司会者が来ヶ谷さんにマイクを向けた)

『いや~美しい曲でしたねぇ!これを弾くのはテレビ初だとか?』

来ヶ谷『ええ。夢の中では一度だけ友人にむかって弾きましたがね』

理樹「!」

『あはは!そりゃなかなかロマンチックなエピソードですね。さあ、それでは続きまして……』

理樹(これからも来ヶ谷さんのシーンは回ってくるだろう。だけど、それを聴いている暇はなかった。全てを思い出したからだ。僕と彼女が恋した”本当”に最初のきっかけを)

理樹(我に帰った時にはまた東京にいた。何も用意せず、ポケットには財布だけ。ここまでほぼ無意識のうちに行動するなんて普通ならあり得ないが、僕はそれほどまでに、ただ彼女に会いたかった。とても彼女を愛しているんだ)

理樹(うろ覚えの記憶を必死に辿り、来ヶ谷さんの家に向かった。もしかしたら行ったところで彼女の事だしもう引っ越していたりするかもしれない。そこに住んでいたとしてまだ帰ってないかもしれない。でも、頭の中には行く以外、選択肢はなかった)

理樹(バスで周辺に着き、タクシーで地図を塗りつぶすように回り、遂に見覚えのある場所を見つけた。そしてとうとう来ヶ谷さんに案内された家の前に着いた。表札には確かに来ヶ谷の文字があった。ドアの前に立った。ここまでフリスビーを追いかける犬のように来た僕もチャイムを押すのには少し躊躇した。そして勇気を振り絞り手を上げたその時、向こうからドアが開いた)

来ヶ谷「…………」

理樹「あ………」

来ヶ谷「………来たか、理樹君」

理樹(来ヶ谷さんはニコリと笑った。会いたいとは思ったが、会ってから彼女になんと言うかは考えていなかった。しかし結局考えていたところで何も言えなかっただろう。その腕に抱えられた赤ん坊を見てしまっていたなら)

来ヶ谷「久しぶりだな」

理樹「………ああ、うん……」

理樹(なんとか息を整えて次の言葉を発しようとしていると、玄関の方から20代半ば程度の男の人が現れた)

「あ、お知り合いかな?」

来ヶ谷「そうだ。紹介しよう。こちらは直枝理樹、学生の頃からの友人だ」

「よろしく直枝君」

理樹「……よろしくお願いします」

「ははっ、そんな気を使わなくていいよ!」

来ヶ谷「で、こっちが……」

理樹(来ヶ谷さんが名前を言いかけた時、後ろからパタパタと走る音が聞こえた)

「ごめんなさーい!遅れちゃったわ!もう行かないとまずいわよね!?」

理樹(来ヶ谷さんの後ろから長髪の女性が飛び出してきた)

「おっと、もうそんな時間か!?すまない、紹介はまた今度にしてくれ」

来ヶ谷「おや、そうか?ではこちらのお姫様はそろそろ返す時が来たようだな」

「うふふっ、ごめんなさいね三日も預けて。今度絶対に埋め合わせするから!」

理樹(そう言って来ヶ谷さんは大事そうに抱えていた赤ん坊をその女性の腕に慎重に載せた)

来ヶ谷「構わんさ。それじゃまた週末に会おう」

「そうだな。それじゃさようなら二人とも」

「またね~!」

理樹(そのまま名も知らぬ二人と赤ん坊は側に止めてあった車に乗って急いで去っていった)

理樹「………今のは?」

来ヶ谷「ああ。二人ともどうしても避けられない仕事が重なってな。ちょうど暇になっていた私があの赤ちゃんの世話をしていたと言うことだ」

理樹「……ああ……」

理樹(僕は最もらしいという風に頭を振った)

来ヶ谷「……ふふ。本当に久しぶりだな」

理樹「うん。あの時以来だ」

来ヶ谷「ところで、そんなに息を切らせて何の用で来たんだ?」

理樹(今度こそ何と言うのかちゃんと考える時だった。しかし、思いの外その言葉はスッと出てきた。きっと三日三晩くらい考えても同じ言葉になっただろう)

理樹「僕と結婚してください」

来ヶ谷「………」

理樹「………」

来ヶ谷「ふっふっふっ……」

理樹「………」

来ヶ谷「………本当のことを言うと、あの曲を弾いた時、君が聴いているかどうか不安だった。でもやっぱり君は来た。おそらくその曲を弾いている私を見て」

理樹「………」

来ヶ谷「あの時、私が君にあんなことを言ったのは同じ事を繰り返すのが嫌だったからだ。だから君を試したんだ。もう二度と来るなと言うほど拒絶して、それでもまだここに来るようなら……ってね。どこかのお偉いさんならあと一度は断るが、しょうがないから私は今回で折れておこう」

来ヶ谷「私でよければ是非、よろしくお願いします」

理樹(全身に力がこみ上がってきた。それまで灰色だった僕の全てが突然、雲ひとつない大空のように透き通った輝きを放った。それと同時に血流が激しくなりすぎて手が異常なほど痺れてきた。それが、とても幸せを実感させた)

来ヶ谷「ふふっ、何を突っ立ってるんだ?外は寒い。とりあえず中に入りたまえ」






終わり(∵)

気がつけばもう5日も経ってたのか!?申し訳ねえ!

>>23
まだそんなこと覚えてくれてるのかよ!
一応日記みたいなのはあるけど細かいこと覚えてないからなー
またどこか行った時に描くわ

来ヶ谷視点とか読んでみたい。交流してなかった期間とかも

それは想像に任せる
次は久々にただの安価スレやるか

残念だ……

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