ことり「前略 木漏れ日の貴女へ」 (76)



『東京のスクールアイドル、山で事故?』

4年前のその記事は、当時ちょっとした騒ぎになった。

彼女たちはまだ無名だったが、美しい少女たちを襲った悲劇に、世間は同情し興奮した。

怪我をしたのは9人のうち1人だけだった。

事故の際ずっと近くにいたという少女は、引きこもったままついぞ出てこなかった。

本当に事故だったのかと訝る声も少なくなかった。

怪我をした少女は、立ち入り禁止の場所に入り、足を滑らせただけだったと発表された。


少女は意識不明の重体のまま、病院で眠っていた。

記事が騒がれたのはここまでだった。


少女の意識は戻らなかった。

世間は真相がただの事故だったことに落胆していた。


彼女はまだ眠っている。

もはや彼女が世間話の種になることはない。


彼女はまだ眠っている。

数人の影がやせ細った腕にゆらゆら落ちた。



「私ね、一年前に、日本に帰ってきたの」

「もうすぐ戻らないといけないんだけどね。今は夏の終わりだけれど、ロシアって涼しいのよ。……って、こんな当たり前のこと言ってたら、私がポンコツみたいね」

「今日はね、話があってきたの。信じられる? あの娘がお見舞いに来たのよ」

「ね、海未?」

「もう、絵里ったら、人が悪いですよ……」

「……」

「……」

「「くふっ」」


くつくつと押し殺した笑い声が病室を浸し、煙のように消えた。


「ああ、そう、そうだったわね、話よ。話があるの。どこから話そうかしら……」

彼女の長い髪の一房に、金の髪が触れる。


「そうね、ここから始まったのよ。遅すぎるくらいだけれど」






「夏の終わりにね、海未から手紙が来たの」





      *



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      *


『拝啓 

 まだまだ残暑が厳しい日々ですが、いかがお過ごしでしょうか。

 なんて、私たちの間柄では不要な挨拶かもしれませんね。

 突然このような形で連絡を取ったこと、貴女は驚かれていると思います。

 封筒を取り落としなどしなかったでしょうか。貴女は少しそそっかしいところがありますからね。

 
 さて、こうして筆を執ったのは、今が8月の末だからです。
 
 夏の終わりは世界の終わり、とはよく言ったもの。

 絵里はどんな時に夏の終わりを感じますか。

 蝉の声が薄くなったときでしょうか。

 寝苦しくて夜に目を覚ますことがなくなったときでしょうか。

 台風が窓を鳴らすことが増えたときでしょうか。

 ああそうそう、向かいの家ですが、最近猫を飼い始めたのが窓から見えまして。

 先週は玄関先でだらしなく寝ころんでいたのが、今朝はふてぶてしい顔で歩き回っていました。

 これも夏の終わりの効果でしょうか。

 
 私はそうした景色や、音や、空気を感じるたびに、何やら物悲しい気分になるのです。

 何か大事なものを失ってしまったような気分にたまらず、手紙を書いているのです。

 いつの日からか、私の机に栞が置いてあるのです。

 勿忘草を押し花にして、ラミネート加工したものだと思います。

 
 
 私は、何を忘れているのでしょうか。


 この小さな部屋から出られず、何故日々をただ無駄に過ごしているのでしょうか。

 おかしいと思われるかもしれませんが、まだ外には恐怖で出られないのです。

 私は、この栞を誰からもらったのでしょうか。

 この栞の送り主は、私に何を忘れるなと迫るのでしょうか。

 
 夏の終わり、空色の勿忘草。私の頭にはある言葉だけがぐるぐると回っているのです。

 あの日を忘れるな、と――。


 長々とすみません。もし、絵里が何か知っているとしたら、教えていただけないでしょうか。

 
 お身体に気をつけてお過ごしください。  

 
 敬具

 8 月 31 日

 園田海未


 絢瀬絵里 様』



『前略 園田海未様


 手紙をありがとう。確かに堅苦しい挨拶はいらないと思ったので、前略としてみます。

 日本は残暑ということだけれど、ロシアはそれほど暑くありません。


 貴女が言う通り、手紙の宛て名を見た途端に心臓が止まりそうになりました。取り落としはしませんでしたが。

 可愛らしい便箋を見て、海未らしい文面を見て、少し泣いてしまったことを追記しておきます。

 それにしても、あの頃から貴女は他人の気持ちを見抜くのが得意ね。今考えれば、私のことだってほとんどお見通しだったように思えるわ。

 そういうところ、全く変わっていないのね。

 
 夏の終わりは世界の終わり。

 初めて聞いたけれど、心に響く言葉ね。特に私たちには。

 私たちの世界が終わったのは、3年前の夏の終わりだったから。

 
 ただ、そのことで貴女にはいくつか確認があるの。

 言いにくいけれど、貴女の状態については理解しているつもりよ。

 ここまで仄めかしておいて卑怯かもしれないけれど、私には、貴女がすべてを知ることが正しいかどうかわからない。

 
 外に出られないということだけれど、手紙を送るだけでとてつもない進歩ではないのかしら。

 その調子でだんだんとよくなるわ。

 お母様は何ておっしゃっているのかしら。私もお世話になったし、意に反することはしたくないわ。

 そのうえで、という話であれば、お返事をもらえると嬉しいです。


 かしこ(これってどういう意味?)


 9月 10日

 絢瀬絵里』



『絵里へ


 思い切って挨拶を抜いてみました。この方がしっくりくるのではないでしょうか。

 「かしこ」というのは、女性が手紙の末尾に使う、相手に謙譲の意を伝える表現のようです。

 推測になってしまうのですが……かしこまりました、に近いものがあるのではないでしょうか。

 いずれにしても、私相手に使う必要はありませんよ。


 母についてですが、実は手紙を出したいと言った途端に泣かれてしまいました。

 好きなことを書いていいから、いつでも手紙を出しなさい、というのが母の台詞です。

 新聞やテレビは見せてもらえませんが(というより見ようとすると私が拒否反応を起こしてしまいます)友人相手ならいい、と。

 ですので、母については気にしなくても大丈夫だと思います。


 さて本題ですが、3年前のあの日、私たちに「何か」があったことは覚えています。

 しかし、何があったか。どうして私はこんなに怯えているのか。一番大事なところが、霧がかかったかのように思い出せないのです。

 
 あの日、私たちは皆で山に登っていました。

 その途中で、その「何か」が起こったのです。

 私は穂乃果と2人で先頭を歩いていました。これは何となく記憶にあるのですが。
 
 私たちは、だいたいこのようなことを話していた気がします。


 ――「海未ちゃん暑いよー……。穂乃果水筒のお水なくなった……」

 ――「一度にたくさん飲むからでしょう。あんまり飲みすぎては後に響きます。次の休憩場所まで我慢しましょう」

 ――「うぅ……。わかったよぅ。……あ、綺麗な蝶!」

 ――「え、どこですか?」

 ――「ぷはあ! 生き返ったあ!」

 ――「ああ、こらっ! 飲みましたね!?」


 この記憶は正しいのでしょうか。


 この20日程、勿忘草の栞が目に入るたびに、妙な動悸がします。

 それに、チーズケーキ。好物の饅頭と一緒に届くのですが、最近は食べるたびに心のどこかで引っ掛かりを覚えるのです。

 
 栞と、チーズケーキ。きっとこの2つが、私が忘れている「大事なこと」に関係しているのだと思います。

 
 
 今さら、と思われるかもしれませんが。


 私は、私がここにいる理由が、真実が知りたいのです。

 3年間も迷惑をかけ続けているのです。

 願わくば、もう一度、立ち上がりたいのです。



 9月 19日

 園田海未』



      *



      *




真姫「それで日本に飛び帰って来たってわけね、エリー」

赤色の髪を指に巻き付けながら、彼女は言った。

こういう癖は変わっていない。

私たちは駅前の喫茶店で、和栗パフェなんて秋らしいものをつついていた。


絵里「そうよ。私、どうすればいいのかしら。真姫は医学部でしょ? 知っているかと思って」

真姫「私が目指しているのは外科医よ。精神科医じゃないわ」

絵里「それでも、基礎は大学で教わっているでしょ?」

真姫「……まだ半年だけよ」

真姫は面白くなさそうに口を尖らせると、一転、真剣な顔で向き直ってきた。


真姫「エリー」

絵里「な、何かしら」

真姫「この話はもう、私たちの手が及ぶ範囲を超えているわ。プロに任せなさい」

絵里「でも……!」

真姫「納得できない?」

絵里「そうよ! だって、私たち仲間だったじゃない! あんなに一緒にアイドルをやっていたじゃない!」

真姫「途中までね」

絵里「それでも!」

真姫「ロシアに逃げた人が何を言うの? 私たちの絆は永遠だとでも言うつもり?」

絵里「……それは」

痛い言葉だった。私は卒業後、亜里沙を日本に置いてロシアに留学していた。

推薦の申し出を受けた理由に、「あの日」から逃げるため、がなかったと言えば嘘になる。


真姫「私たちは今、8人なのよ。9人じゃない。もう、音楽の女神じゃない」


絵里「……にこはどうしてるの」

そう言うと、真姫は苦虫を噛み潰したような顔をした。



真姫「働いているわ」

絵里「病院で、でしょう」

真姫「ただの調理場のバイトよ。大学の学費のためでしょ」

絵里「違うわ。あの娘のためよ。貴女が医学部に進んだのだって」

真姫「……家のためよ」

絵里「嘘」

真姫「嘘じゃないわ」

髪の代わりに、真姫はマドラーを指で弄っている。

目は合わなかった。


絵里「にこだって諦めてなんかない」

真姫「もうあの日から3年も経つのよ。にこちゃんにも、諦めてって言ってるわ」

絵里「本人は何て?」

真姫「うるさい、ですって」

絵里「ああ……」

にこらしいと思った。

同時に、ロシアに行った自分のことをどう思っているだろうかと、少し怖くなった。


真姫「にこちゃんたちには会ってないの?」

絵里「まだよ。この後会う予定だけど……真姫も一緒に来る?」

真姫「……医学部はもう休みじゃないんだけど。まあ、今日はついて行ってもいいわ。にこちゃんに釘を刺さないといけないし」

また髪の毛を触りながら、真姫はそう言った。




      *



      *



にこ「この阿呆馬鹿エセロシア!!」

開口一番、にこに罵倒された。

私たちは別の喫茶店のテラス席に移動していた。

周りの客が何事だろうかと振り返る。


にこ「さっさと高飛びしておいて、今度はあの娘にあの日のことを伝えたいですって!? 冗談じゃないわ!」

絵里「……」

希「まあまあにこっち。えりちだって、何も逃げたってわけじゃないんよ」

にこ「あんたは絵里に甘すぎる! こいつは飛びついたのよ! 日本から抜け出して、私たちからも、あの日からも抜け出す選択肢に……! なのに今更そんなことっ!」

絵里「……ごめんなさい」

希「えりちは悪くない。悪くなんかないんよ。ウチだってにこっちだって、いつまでもこのままじゃいられない」

にこ「……」

希の言葉を聞いて、にこはぶすっと黙りこくった。

見かねて真姫が口を挟む。


真姫「エリーがやろうとしていることは、あの娘に真実を伝えるだけじゃない。私たちだって、知らなくてもいいことを知るかもしれないわ」

真姫「私たちが3年間も見ないようにしていた、薄暗い真実を見つけてしまうかもしれない。それは――」


真姫「それは、とても愚かなことよ」

絵里「……」

真姫「それでも?」

絵里「……ええ。手紙を読んで思ったの。私たちは忘れてはいけないのよ。あの日のことを、真実を知るまで」


絵里「だって、知りたいって、そう言ってたのよ」



「「「……」」」

クソSSやね



真姫「……はあ、何を言っても無駄ね。にこちゃんたちはどうするのよ」

にこ「……私は信じてる。海未のことも、ことりのことも」

絵里「……私だって」

希「えりち、ウチもできることがあれば――」

真姫「希、あなたは今年の夏から就活があるんじゃないの?」

希「ああ、うん……。インターンとか、いろいろやね……」

歯切れの悪い回答だった。


真姫「花陽の相談にしょっちゅう乗っているみたいだけど、自分のことは大丈夫なの」

希「うん……何とかするよ」

絵里「……希」

希「あはは、そんな心配そうな顔せんといてよ」


その時、希の顔はどんなだっただろうか。

きっと、ただ空虚な、がらんどうの顔だったのだと思う。





希「ただ、そうやなあ。ウチらが社会人って、信じられる?」


「「「……」」」


少しだけ冷えた風が私たちの服を揺らした。


希「どこに落っことしてきちゃったかなあ……」

小さく呟く希の声が、耳の奥の奥でこだました。



にこ「絵里、あんた真実が知りたいって言ったわね」

絵里「ええ」

にこ「それは、好奇心?」

絵里「もちろん、違うわ。うまく言葉で説明できないけれど……」


絵里「そうね、希の言葉を借りるなら、私は『落っことしてきて』しまっていたのよ、私の何もかもを、あの日に」


真姫「……」

にこ「……そう」


にこ「……私、そろそろ病院のシフトだから」

絵里「にこ!」

にこ「何よ。言っておくけど、あんたの留学のこと、許したわけじゃないから」

絵里「ごめ――」

にこ「でもね」



にこ「戻ってきてくれて、よかった」


絵里「……え?」


にこ「上手くやんなさいよ」


にこはそのまま振り返らずに、空を見上げながら雑踏の中に姿を消した。




絵里「……」

希「さっきも言ってたやん。にこっちは、ずうっと信じてるんよ。いつかことりちゃんが目を覚ますって」

真姫「……馬鹿な人」

絵里「真姫、お願い。どうしたらいいか教えて」


真姫「エリーって、こんなに頑固だったかしら。全く、誰に似たのよ」




      *



      *


『園田海未様


 返事が遅くなってごめんなさい。実は私、日本に帰って来たのよ。

 向こうの学校は一年間の休学扱いにしてもらったの。そのゴタゴタでしばらく手紙を出せなくて。


 貴女の言いたいことはわかったわ。
 
 でも、一度に全部を教えてあげることはできないの。刺激が強すぎる、ですって。

 貴女が自分で思い出せるように、貴女の質問に答える形で少しずつ進めていくわね。

 きっとその方がいいわ。貴女しか知らないことだってあるはずだし。

 大丈夫よ。音ノ木坂の誇る最後の卒業生、それも未来の名医の言うことだもの。

 
 さて本題だけど、貴女の記憶はほとんど正しいわ。でも、少しだけ違うところがあるわね。

 まず、山に登ったのは本当。夏の終わり、夏休み最後の日、8月31日。

 ちょうど、貴女が最初の手紙を書いた日ね。

 言い出したのは海未だった。山登りと言えば海未よね。

 今だから言えるけれど、私たちはあんまり乗り気ではなかったのよ?

 まあ、それはもうどうでもいいわよね。


 麓まではバスで行って、そこから少し歩いて登り始めたわ。

 ハイキング程度と聞いていたのに、想像したよりきつくて驚いたわ。山登りって大変なのね。 

 貴女が先頭を歩いていたのは本当。でも、穂乃果と2人ではなかったはずよ。きっと、3人だったはず。

 よく見ていたわけではないけれど、会話が少し変だもの。


 まず、『――「お水なくなった」』

 これは穂乃果らしい一言ね。あの日、穂乃果は早々に自分の水を飲んでしまっていたから。

 でも、『――「ぷはあ! 生き返ったあ!」』

 これはおかしいわ。だって穂乃果は水を持っていないのよ。

 海未はたまにぼうっとしているけれど、カバンの中の水筒を取られたらさすがに気づくでしょ?

 穂乃果は誰から水をもらったのかしら。



 10月 12日

 絵里より』


『絵里へ


 お返事ありがとうございます。一月ほど経ったでしょうか。もう来ないかと思っていました。

 日本にいるとのこと、嬉しく思います。これからは返事も早くもらえますね。

 会いに行けない自分の不甲斐なさが情けありません。


 未来の名医……真姫ですね。

 彼女の言うことなら信頼できそうです。

 これからもお返事をいただければ幸いです。


 手紙を待つ間、あの日について毎日考えていました。

 やはり、私は先頭を2人で歩いていたような気がします。

  
 穂乃果の水については心当たりがあります。

 あの日、暑くなるとの予報を見た私は、食事と一緒に水を余分に詰めていたのです。

 穂乃果がすぐに水筒を空けてしまうことはわかっていましたからね。

 それを渡してあったのだったと思います。

 これでも十年以上の付き合いなのですよ。


 あの日のことをずっと考えていたので、少し別のことも思い出してきました。

 どうして3年後の今になって、こんなに思い出すのでしょうか。

 
 絵里たちはあの日、最後尾を歩いていましたね。

 時折、道が合っているか確認してくれていました。

 やはり3年生は頼りになります。

 こうして絵里が手紙読んでくれていることだって、どれだけ私の救いになっているか。


 だからこそ、怖く思うのです。

 私はなぜ、こんなに怯えて暮らしているのでしょうか。

 栞を見るたびに、自分で自分の目を潰してしまいたくなるのはなぜでしょうか。

 私は何をしてしまったのでしょうか。

 絵里、こうしてやり取りすることで、私は貴女との関係も壊してしまうのでしょうか。

 
 私は、怖いのです。



 10月 16日

 海未より』




『園田海未様


 貴女を不安に思わせてしまったこと、謝らないといけないわね。これからはできるだけ早く返事を出すわ。

 それと、私とどれだけ手紙をやり取りしようと、私と貴女の関係性が変わることはないわ。

 私にとってμ'sの皆は、いつだって最高の仲間なの。

 でもね、無理にとは言わない。


 最初の手紙でも書いたでしょう。

 私は全てを知ることが、正しいかどうかはわからない。


 でもね、知りたいと思った時には、きっと知るべきなのよ。


 だからまず、手紙に書かれていることだけには触れておかないとね。

 まず水の件だけれど、貴女たち幼馴染の力には、驚かされてばかりね。

 私からすれば羨ましいわ。

 
 私たち3年生の件は手紙の通りよ。希とにこと最後尾を歩いていたわ。

 けれど、私たちが特に頼りになるわけではないのではないかしら。

 褒めてもらえるのは嬉しいのだけれど、海未だって道の確認には加わっていたでしょう?


 それに、大切な幼馴染の体調を気遣って準備を怠らなかった貴女こそ、頼りになるわ。

 もっと自分に自信を持ってもいいんじゃないかしら。

 
 10月 21日

 絵里より』



      *




      *




街には早めの木枯らしが吹き始めていた。

2人は、駅でぼうっと手を繋いで立っていた。


凛「……絵里ちゃん」

花陽「帰って来てたんだね」

絵里「久しぶりね、凛、花陽」

凛「……」

花陽「うん、久しぶり……」


力なく笑う花陽は、少し痩せたようだった。目の下にも隈がある。

凛は髪を伸ばしていた。昔見せた快活さは鳴りを潜め、すっかり大人しい女性という風貌だった。


絵里「もう少し喜んでくれてもいいじゃないってのは、わがままかしら」

凛「……無理だよ、そんなの」

小雨のような声だった。



花陽「随分と急だったみたいだね」

絵里「……話すと長くなるんだけどね」

花陽「大まかには希ちゃんから聞いてるんだ……。ことりちゃんの件だよね」

絵里「むしろ、海未の件と言うべきね」

花陽「……そっか、まだ……」

凛「……海未ちゃん」

もぞもぞと落ち着かなさげに、凛は身を捩った。


絵里「いつか絶対会って話せるわ」

凛「……わかんないよ、そんなの」



凛「……ねえ」

凛「絵里ちゃんは何しに来たの?」

絵里「え、だから私は……」

凛「逃げてきたんだ」

私の言葉にかぶせるように、凛がそう言った。

鈍い黄色の光が、長くなった前髪から覗いている。


花陽「り、凛ちゃん」

絵里「凛、違うわ。逃げていたのは音ノ木坂を卒業するころの私、留学に飛びついた私よ」

凛「ううん、絵里ちゃんは逃げてきたんだ。ロシアから、日本に」

絵里「どういうこと? 私は真実を知りたいだけよ」

花陽「……真実」

絵里「だって、私たちは事故について何も知らないわ。倒れているあの娘を見つけただけ」

凛「ダメだよ、絵里ちゃん」

絵里「私は知りたいの。どうして事故が起こったのか。どうしてことりは眠ったままなのか」

凛「ダメだよ」

絵里「全てを知ったうえでなきゃ、救えないの」



凛「絵里ちゃんっ!!」



絵里「り、凛……?」

凛「ふー……っ、ふー……っ」

花陽「凛ちゃん、落ち着いて、ね?」

凛「ごめん……」

花陽「……ううん」


花陽「絵里ちゃん、にこちゃんにはもう会ったんだよね」

絵里「もう会ったわ。思いっきり怒鳴られたけれど。逃げてたくせにって」

花陽「そっか……」


それきり、私たちは何も話さなかった。

あの日のことを聞こうとして、凛の顔を見てやめた。


別れ際、凛が小さな声で呟いた。



凛「違う、違うよ絵里ちゃん。にこちゃんは間違ってる」


凛「絵里ちゃんは、そのままでよかったんだ。ロシアにいたままで、よかったんだよ」




      *



      *


From 絢瀬絵里

To 小泉花陽


花陽へ


こんにちは、絵里です。

この前会ったばかりなのにメールしてしまってごめんなさい。

あの頃は毎日メールやLINEを送り合っていたと思うと、寂しい話ではあるのだけれど。


メールしたのは、聞きたいことがあるからなの。

この前、花陽と凛と会ったじゃない?

あの時の凛の様子が気になって。


ねえ、花陽は何か知っていること、ない?



絵里より        10月25日



From 小泉花陽

To 絢瀬絵里


絵里ちゃん


メールありがとう。

大学の課題が残っていて、返信が遅れてごめんなさい。


ねえ絵里ちゃん、凛ちゃんに直接メール送ってないよね?

もし送っていたら、出来るだけ早く「何でもなかった」ってメールを打ってあげてください。


凛ちゃんが絵里ちゃんにああいう対応をしちゃったのは、少し事情があるからなんだけど、私からは話せません。


でも、海未ちゃんには関係ないよ。

だから、これ以上凛ちゃんにその話をしないであげて。

お願いします。


久しぶりのメールなのにこんなことを書いて、本当にごめんなさい。

私も凛ちゃんも、絵里ちゃんのことは、今でも大切に思っています。本当だよ。



花陽       10月27日



From 絢瀬絵里

To 小泉花陽


花陽へ


忙しい中、返信してくれて本当にありがとう。

凛が何か事情を抱えているってこと、わかったわ。

メールはもともと送っていないし、これからも下手に送らないようにする。


凛だって、頼れる仲間で、可愛い後輩だもの。

もちろん花陽だってそうよ。


そういえば、この前は結局話せなかったことがあるのよ。

希から聞いているかもしれないけれど、私は今、あの日のことを少しずつ手紙に書いているの。

でも、もう3年も前の話だし、私が覚えているのは事故が起こった後のことばかり。

警察とか、病院とか……そういうのね。印象が強かったもの。


暗い話ばかりでごめんなさい。

花陽は山に登っている時のことで、何か覚えていることはない?


お暇なときに返信ください。



絵里より      10月27日



      *


      *


『絵里へ

 
 貴女の自信を持ちなさいという言葉に、少し目が潤みました。

 せっかくそう言っていただけたので、多くを思い出してから返事を書こうとしたら、遅くなってしまいました。


 ですが、おかげで少しずつあの日のことを思い出してきています。

 絵里の手紙が私に力を与えてくれるのです。

 
 あの日、私たちは休憩を、午前に1回、昼食のために1回、夕方に1回取りました。

 最初の休憩は小川の近くでしたね。

 水に近い岩場は少し空気がひんやりしていて、過ごしやすかったのを覚えています。

 私ははしゃいでしまって、荷物を下ろしてすぐ、辺りの花の写真を撮りにその場を離れました。

 そういえば、買ったばかりのカメラの初期設定が分からずに恥をかいたことも思い出しました。


 きっと誰かが私に使い方を教えてくれたのだろうと思うのですが、誰だったか思い出せません。

 機械に強い、にこでしょうか。

 ああでも、にこは貴女や真姫と一緒に小川に足を浸して涼んでいましたね。

 では他の人なのでしょう。

 それに、肝心の花の写真を撮れたのかどうかもわかりません。



 いまだ穴の多い記憶ですが、少し進歩できたのではないでしょうか。

 このまま思い出していって、身体の震えも止まるといいのですが。

 家族や友人に早くお礼をしなければと思います。

 もちろん絵里にも。


 そういえば絵里、前回の手紙ですが、書いた日にちが絵里の誕生日ではありませんか?

 おめでとうございます。これで21歳ですね。

 お身体にお気をつけて。



 11月 2日

 園田海未』




From 高坂穂乃果

To 絢瀬絵里


絵里ちゃん


突然メールしてごめんね。

亜里沙ちゃんがうちに来て、しばらく前に絵里ちゃんが帰って来たって言ってたから。


こっちに顔出してくれないなんてひどいよ。ずっと会ってなかったのに。



穂乃果      11月2日




      *


      *




彼女は店先で簾を下ろしていた。

こつこつという足音に気が付くと、一瞬動きを止め、ふわりと身体をこちらへ向ける。


穂乃果「いらっしゃいませ! ……って、絵里ちゃんだ!」

絵里「久しぶりね、穂乃――」


穂乃果の顔を見て、私は一瞬息を止めた。

やつれた、という言葉だけでは言い表せない何かがあった。

頬がこけているからだろうか、髪を無造作にまとめているからだろうか。

それだけではない。それだけなら、私たちは大なり小なり同じだった。


覚悟はしていた。

穂乃果は誰よりも近くにいた。

私たちでは想像もつかないほどに深い絆で結ばれていた。


彼女たちは、3人で1つだった。


穂乃果「久しぶりだね!」

半透明に固まった糊のような笑みを浮かべて、穂乃果は割烹着を脱いだ。


絵里「ごめんなさい、来るのが遅れて」

穂乃果「私こそ、変なメール送ってごめんね! でも来てくれて嬉しいな」

絵里「……私も会えて嬉しいわ」

穂乃果「あ、ちょっと待っててね! まだ片づけが――」

絵里「穂乃果」

穂乃果「……何、絵里ちゃん」

絵里「やつれたわね」

結局、私はそう言った。


穂乃果「あ、あはは、そうかな。うちに来る人、皆そう言うんだ」

穂乃果「近所のおばさんなんて、ひどいんだよ。会うたび会うたび、食べてるかって」

絵里「心配にもなるわよ、今の貴女を見たら」




穂乃果「心配するだけなら、簡単だもんね」



絵里「ほ、穂乃っ……」

穂乃果「ぁ……」

穂乃果「ごめんね、またやっちゃった」

絵里「また、って……」

穂乃果「たまにね、こういうこと、言っちゃうんだ。いけないって思ってるんだけど、なんでだろうね」

穂乃果「皆、私の言葉を聞いて、来てくれなくなっちゃった。ダメだよね、私」

絵里「……仕方のないことよ。穂乃果は悪くない」

穂乃果「そっか、そうなのかな」

素っ気なくそう言って、穂乃果はまた店の片づけを始めた。


絵里「そういえば、雪穂ちゃんは……?」

穂乃果「元気だよ。海未ちゃんにお菓子を運ぶの、手伝ってくれてるんだ」

絵里「……」

穂乃果「知ってるでしょ? 海未ちゃん、ほむまん大好きなんだよ」

絵里「……穂乃果、あのね」

穂乃果「だからね、たまにお仕事終わった後に運んであげてるんだ。今日は雪穂の番」

穂乃果「海未ちゃんは運動できてないから、毎日はあげられないんだ。だから、たまーにね」


店の奥から足音が聞こえてきた。

穂乃果の母親が現れ、会釈をする。続いて、雪穂が小走りで飛び出してきた。


雪穂「お姉ちゃん? 今日の分……あ、え、絵里さん! その……お元気でしたか?」

絵里「なんとかね。雪穂ちゃんも、亜里沙が世話になってるわね」

雪穂「いえ、こちらこそ……」


雪穂「お姉ちゃん、今日の分これ? 持ってくね」

穂乃果「うん、ありがと」

雪穂「それとお母さんが、今夜は何がいい、だって」

穂乃果「なんでもいいよ」

雪穂「……そっか」


それだけ言って、雪穂はぺこりと頭を下げると、車に乗り込んでいった。



絵里「……穂乃果」

穂乃果「なあに?」

絵里「ごめんなさい、来るのが遅れて」

穂乃果「あはは、絵里ちゃん、さっきも聞いたよ」

絵里「……ごめん、なさい」


穂乃果「……」

絵里「……」

穂乃果「じゃあ、さ。穂乃果のお願い、聞いてよ。ほんとはね、そのためにメールしたんだ」

絵里「え、ええ! 私にできることなら、なんでも――」



穂乃果「海未ちゃんを、そっとしておいてあげて。ロシアに、帰って」


絵里「……っ」


穂乃果「もう、いいじゃん」

絵里「それは……」

穂乃果「これ以上、どうしようもないよ」

絵里「穂乃果は、諦めたの?」

穂乃果「……」

穂乃果「そうだよ」

穂乃果「皆そうだよ。最初は手伝ってくれたけどさ。あとは心配だけ」


穂乃果「腫れ物を触るみたいっていうんだっけ、こういうの。笑っちゃうよね。腫れ物だよ? あんなに……あんなに可愛かったのにっ!」

だんだんと、穂乃果の語気が強くなっていた。

穂乃果「絵里ちゃんだって、もういいよ。そんなに頑張らなくても、いいんだよ」

穂乃果「私は海未ちゃんと一緒だから。大丈夫だから」



絵里「そんなわけ、ないじゃない」

穂乃果「ううん、大丈夫」

絵里「大丈夫なわけない」

穂乃果「大丈夫……っ!」

絵里「穂乃果っ!」

穂乃果「勝手なこと言わないでよっ!」

絵里「何度でも言うわよ! 貴女は大丈夫じゃない!」


絵里「日本にいなかったことは謝る! 逃げたことは謝る! でも、これからは……」

穂乃果「違うっ! 絵里ちゃんはそうじゃない! それじゃダメだよ!」

絵里「どうして!? 仲間を救いたいと思うのがそんなにダメなの!?」

穂乃果「ダメだよっ!」

絵里「……どうしてよ、穂乃果」


穂乃果「……」



穂乃果「……凛ちゃん」

絵里「凛?」


穂乃果「……絵里ちゃんが留学するって聞いたあとね、凛ちゃんと話したんだ」

絵里「……」

鈍く光る眼で睨み付けてきた凛の顔を思い出した。



穂乃果「よかったねって」

絵里「え……?」



穂乃果「絵里ちゃんだけはちゃんと選べたねって。あの日から離れて、あの日を忘れて、ちゃんと生きられる」

穂乃果「私たちは、皆あの日から進めてない。皆だよ。真姫ちゃんだって希ちゃんだって、口では違うって言うけど、あの日のことを気にしたまんま。でも、絵里ちゃんだけは夢を持てる」


穂乃果「よかった。全員ダメにはならなかった。絵里ちゃんだけは立ち上がった。だったら絵里ちゃんは、私たちと関わっちゃダメだ。もう、帰ってきちゃダメだったんだよ……っ!」


穂乃果「絵里ちゃんだけは幸せにならなきゃって、凛ちゃん、泣いてたんだよ」


絵里「そんなの……」

悲痛な声で叫んだ凛の声を思い返す。凛が、そんなことを。



穂乃果「ねえ絵里ちゃん、3年なんだよ。もう3年前なんだよ」


穂乃果「こんなところで、何をしてるの? 絵里ちゃんは違うよ。絵里ちゃんはここで終わる人じゃない」



絵里「……いいえ、穂乃果」


絵里「私にとって、μ'sは全てだったのよ」




      *

こわい


      *


『園田海未様


 私に対しては、好きなペースで返信してくれて大丈夫よ。

 まずは、徐々に思い出せることが増えてきているみたいでよかった。

 貴女はやっぱり強い人なのよ。


 休憩の回数についてはその通りだったと思う。

 1回目の小川、気持ちよかったわ。

 海未がカメラを持っていたことは、私も覚えているわ。

 ただ、ごめんなさい。私は、海未が誰と一緒にいたか覚えていないの。

 
 あの時私は暑くて暑くて、休憩になってすぐに小川に向かったからよく見ていないのよ。

 にこと真姫はその前にお菓子を食べていたみたいだった。

 私も一口もらったけれど、手作りのクッキー、美味しかったわよ。さすがにこね。

 機会があったら、にこか真姫にも詳しいことを聞いてみるわね。

 
 そうね、あの日の流れを思い出せたみたいだから、次は順を追って思い出してみたらどうかしら。


 貴女の気持ちは受け取っているつもりよ。

 責任感は持たなくていいから、自分のペースでゆっくりね。


 あと、誕生日のお祝いありがとう。

 貴女は本当に細かいところによく気が付くわよね。
 
 これからもよろしくね。



 11月 5日

 絵里より』




From 小泉花陽

To 絢瀬絵里


絵里ちゃん


凛ちゃんについて、ありがとう。

詳しいことを話せなくてごめんね。


でもね、私も本当は絵里ちゃんにはあんまり色々調べてほしくはないかなあ。

あの日のことを忘れられないのは私も同じだけど、ある程度までわかったらやめておくっていうのも、ありなんじゃないかなあ……。


これからあの日について書こうと思うけど、私のメールで絵里ちゃんが満足して、またロシアで頑張ってくれるっていうのが一番嬉しいです。

じゃあ、書くね。


あの日、私は凛ちゃんと一緒の時間が長かったと思います。

最初の休憩の場所でもそうだったよ。小川の近くで、石ばかりだったところ。

ことりちゃんとにこちゃんがお菓子を作ってきてくれていて、私たちはそれを食べてたんだ。

にこちゃんはクッキーで、ことりちゃんはマカロン。

2人の得意なお菓子だったし、本当に美味しかった。

……なんだか、書いているだけで涙が出ちゃうね、ごめんね。

途中でにこちゃんと真姫ちゃんは足が蒸れたって、奥の方で涼んでいた絵里ちゃんの方に行ったと思うな。

こっちでは希ちゃんが手品をしてくれて、穂乃果ちゃんと凛ちゃんは楽しそうにしてたよ。


昼休みはどうだったかなあ。確か、ことりちゃんとにこちゃんが分担しておかずを作ってくれてたんだよね。

本当に、この2人には頭が上がりません。

あと、真姫ちゃんのお母さんも料理を作ってくれてたよね。やっぱり高級な味がするって皆で騒いでいたことを思い出しました。


少し長くなっちゃってごめんなさい。

夕方の休憩については、私もよくわかりません。

ただ、この時に海未ちゃんとことりちゃんが2人でどこかに行って、その後、あんなことに……。


今書けるのはこれくらいだけど、お役に立てましたか?

絵里ちゃんの幸せを願っています。



花陽      11月10日




      *


      *




真姫「調子はどうなのよ」

この前と同じ喫茶店のテラス席で、真姫がぶっきらぼうに聞いてきた。

絵里「だいぶ記憶が戻ってきているわ。まだいろいろ混乱しているみたいだけれど……」

にこ「……そう」

絵里「貴女たちも、何か覚えていることはない?」

希「そうは言ってもなあ。ウチもえりちが花陽ちゃんから聞いたことくらいしか知らないんよ」

真姫「希、手品なんかしてたかしら」

希「真姫ちゃんたちが足を冷やしに行った後だったんよ」

希「ほら、あそこ石ころばかりで、座るのにちょうどいい岩までは、少し道が入り組んでたやん?」

にこ「確かにそうだったわね。真姫が擦りむいてた」

真姫「……そういえば」

どことなく不満そうに真姫は呟いた。

誰も笑わなかった。不自然な間が空く。


にこ「穂乃果とも会ったって言ってたわよね」

絵里「……ええ、あんまりいい思い出にはならなかったけど」

希「穂乃果ちゃんは何て?」

絵里「ロシアに帰れって」

にこ「……凛と同じね」

絵里「知ってたの?」

にこ「凛のこと? そりゃあ、1回喧嘩したもの。高校を卒業してすぐにね」

絵里「そんな前に?」

にこ「ええ。凛のやつ、私がアイドル養成所に入らなかったことをひどく怒ってた。どうして新しい道に行かないんだって」


にこ「あんなに怒った凛、初めてだったわ。……言ってることも、痛いほどわかった」



絵里「でも、にこは病院で働いてる。それに、ロシアに行った私には『逃げた』って」

にこ「だって、そうでしょうが。絵里は新しい人生を歩もうとロシアに行ったわけじゃない。きっと手紙がなくたって、いずれ戻って来た」

絵里「……それは、そうかも」

にこ「凛はね、優しすぎるのよ。穂乃果もよ。自分のことで精一杯なくせに、私たちのこと、本気で心配してる。大きなお世話よ」

希「にこっち、そんな言い方」

にこ「いいえ、大きなお世話よ」


にこ「忘れたの? にこは部長なのよ。アイドル研究部の部長。3年間ずうっと、そうだった」

にこ「部員を守る義務があるの。私だけは諦めちゃいけないの」

希「でもにこっち、あれからもう3年も経ったんよ」

にこ「だから何よ。海未だってことりだって、いつか絶対一緒に話せる日が来る。その時にアイドル研究部がなかったらどうするのよ」

真姫「にこちゃん……」


にこ「それに、私だけ新しくアイドルを始めるですって? ふんっ、身内1人笑顔にできないやつが、ファンを笑顔になんてできるわけない」

にこ「新生活なんてのはね、過去にきっちり幕を下ろして始まるもんなのよ」


にこ「家に帰るまでが遠足って言うでしょ。まだ、誰も帰れてないじゃない」

にこ「私たちは9人であの山にいる。まだ、終わってない」



にこ「絵里、あんたは正しい。あの日に決着をつけないと、私たちのスクールアイドルは終わらない」




      *

先が気になる


      *


『絵里へ

 
 前回絵里に頂いた、順を追って考えてみる、という試みは効果的だったようです。

 今回は短期間で多くのことを思い出せました。


 1回目の休憩については前回お話ししたので、昼休憩からですね。

 お昼ご飯は豪華でしたね。にこの手作り料理に加えて、真姫が持ってきた高級料理まで。

 登山中に食べるご飯としては豪華すぎるくらいでしたが。

 にこと凛が言い合いをしていたことも思い出しました。

 確か凛が両手いっぱいの花を抱えて、にこの頭にかけたのでしたよね。

 それが料理の中に入ってしまって、言い合いに発展したのでした。

 あの2人はよく言い合いをしますが、仲が良いほど、というものなのでしょうね。


 さて、本題はここからです。

 順を追って2回目、つまり夕方の休憩のことを考えるたび、頭が激しく痛むのです。

 おそらく、3年前に会った「何か」に深くかかわっているのだと思います。

 それと同時に、不思議な光景が浮かんでくるのです。

 
 私は心地よい葉擦れの音と木漏れ日の中にいて、誰かと話しているのです。

 その誰か、がまたわからないのですが……。

 ですがその時、私はその相手に、貴女は木漏れ日のような人だ、と言ったような気がします。

 我ながら、歯の浮くような台詞だと思いませんか。きっとその人は、優しく笑う、柔らかな人なのでしょう。

 そして、私の大切な人なのでしょう。


 その人のことを想うたび、顔も名前も浮かばないのに胸の奥がざわつくのです。

 
 思い出せ、思い出せと、机の上の勿忘草が囁くのです。 

 あと少し、あと少しで届くような気がするのです。

 絵里、私はあと一歩、手を伸ばせるでしょうか。

 手を伸ばしてもいいのでしょうか。


 この甘い記憶が、黒いもので塗りつぶされることになるのでしょうか。

 私は、その人に何をしてしまったのでしょうか。



 11月 15日

 海未より』




From 西木野真姫

To 絢瀬絵里


エリーへ


真姫よ。突然メールしてごめんなさい。

どうしても、この前の話が引っかかるの。


どこがって、希の手品よ。

午前中の休憩の時、希は手品をしていて、穂乃果と凛がそれを見て喜んでいたって話だったわね。

ことりと花陽はそれを眺めていて、私たちはにこちゃんとエリーと3人で小川に行って……。


じゃあ、海未はその間、誰と一緒にいたのかしら。

私は、誰かが嘘をついているんじゃないかって思えてならないの。



真姫      11月16日



From 絢瀬絵里

To 西木野真姫


真姫へ


わざわざメールありがとう。

確かに、おかしいように思えるわね。


でも、海未にカメラの操作を教えたのはことりじゃないかしら。

メールを見返したのだけれど、花陽は手品の間にまでことりが一緒にいたとは言っていないし。

それに、海未と一緒にいた人については「思い出せない」と言われたのよ。

それなら、ことりの可能性が一番高いんじゃないかしら。


私たちの誰かが嘘をついているなんて、あまり考えたくないわ。



絵里      11月16日



From 西木野真姫

To 絢瀬絵里


エリーへ


私もことりの可能性は考えたわ。

でも、あの娘はお菓子を配る時、他人の感想をしっかり聞きたがるじゃない?

自分のお菓子がある場所から離れているところが想像しにくいの。


それにまだあるわ。

お昼ご飯の時、凛がにこちゃんの頭に花をかけたのを覚えてる?

私ははっきり覚えているわ。言い合いにまでなったものね。


でも、凛はあんなたくさんの花をどこで手に入れたのかしら。

歩きながら大量の花を集める、というのは考えにくいわ。

だって、変だもの。私だって気になるはず。

私に凛がそんなことをしていた記憶はないわ。


そう考えると、午前の休憩の時しかありえないのよね。

でも私たちがお菓子を食べていたのは小川近くの石ばかりの場所よね。

もちろん多少の花は生えていたけれど、両手いっぱいに集められるほどじゃなかったはずよ。


海未は花の写真を撮りに場を離れたのよね。

じゃあ、凛はそっちについていったんじゃないかしら。

ほら、あの時、凛と海未って出発の準備に手間取ってなかった?

一緒に動いていたんじゃないかしら。


花陽と希がそう言ったから信じていたけれど、私にはあの場に凛がいたかどうか自信がない。

だとしたら、嘘をついているのは――


考えたくないのは私も同じだけど、真実に辿りつきたいなら、あらゆる可能性を考えなきゃ。



真姫       11月16日




      *


      *




話があると言うと、2人は希の家で話したいと言った。

リビングの机で顔を突き合わせたまま、ゆうに30分は誰も何も話さなかった。

希「……」

花陽「……」

絵里「貴女たち……」

真姫「嘘、ついてたの?」


希「……花陽ちゃん、もうあかんよ」

花陽「……はい」

絵里「どうして……」


真姫「海未と一緒にいたのは、凛。そうよね?」

希「いやっ、ウチが!」

花陽「いえ、私が!」


真姫「……」

絵里「既に食い違っているわけだけれど」


真姫「……私ね、信じてたわ。あれは、ただの事故だって」

希「ちがっ! それは、事故は事故、そこはそうやん!」

真姫「だったら、どうして嘘なんてつくのよ」

希「それは……」

絵里「花陽は、どうなの?」

花陽「……」


真姫「ねえ、お願い」

うっすら涙を浮かべながら、真姫は2人の手をつかんだ。


真姫「何か言って。何か、事情があるんでしょ」

花陽「……っ」

真姫「花陽っ!」



凛「もういいよ、かよちん」



希「り、凛ちゃん!」

花陽「どうしてここに……」

凛「最初からいたよ。真姫ちゃんに無理言ってね、ついて行かせてもらったんだ」

凛「凛ね、知ってたんだよ。希ちゃんのお家でかよちんが相談に乗ってもらってたこと」

凛「それが、全部凛のためだったってこと」

花陽「凛、ちゃん……っ」

絵里「どういうこと……?」


凛「今、凛が説明するね」

花陽「凛ちゃん、ダメ!」

凛はゆっくりとかぶりを振ると、ぎゅっと拳を握った。


凛「かよちん、ありがとう。凛、かよちんがいなかったらこの3年間、生きていけなかった」

凛「でも、そろそろ凛も「かよちん離れ」しなきゃいけないのかなって、思ってたにゃ」

久々に、凛の口癖を聞いた。


凛「希ちゃんも、かよちんから相談を受けて、凛を守ってくれてたんだよね」

希「……」

凛「希ちゃんはやっぱりすごいにゃ。にこちゃんのことも支えて、かよちんの相談も受けて」

希「ウチは、何もしてないよ。話を聞いてただけ」

凛「それでも、凛は救われたよ」




凛「絵里ちゃん、真姫ちゃん」

絵里「……」

真姫「……」



凛「あの事故はね、凛のせいなんだ」




      *


      *




あの日、午前の休憩の時ね、凛は海未ちゃんと一緒にいたんだ。

だって、海未ちゃんがカメラの操作にすっごく手間取ってて、見ていられなかったんだもん。

花の写真を撮りたいのにって。

ここまでは、皆も見てたよね。


でね、皆がお菓子を出し始めた時くらいに、海未ちゃんって話しかけたら、

「写真を撮りに行きます。フラワーアタックです!」だって。

何で英語なのって聞いたら、ただの語呂ですって言われちゃったにゃ。


それで海未ちゃんと探検に出たんだ。

近くにはあんまりお花はなくてね、ちょっと藪を越えたほうに入ってみたの。


それで……あの場所を見つけたんだ。

そこはね、小さい広場みたいなところだった。木がぐるっと取り囲んでて、周りは藪だらけで。

でも、広場になっているところは、お日さまの光がきらきらあたってて……。

花もたっくさん咲いてたから、後で皆を驚かせようと思っていっぱい集めて。

あんまりにも綺麗な場所だったから、すぐに海未ちゃんを呼んだんだ。



見通しはよくなかったから、海未ちゃんが危ないですよって声を掛けてくれたんだけど、後から海未ちゃんの方がテンション上がっちゃった。

海未ちゃんね、その日のうちにことりちゃんに何かをプレゼントしたかったんだって。

確かにその場所はとっても静かで、綺麗で、こんなところでプレゼントもらったら嬉しいだろうな、って場所で。

ここで渡したら、って言ったら、海未ちゃんすぐ乗り気になっちゃった。

帰りにもう一回通る場所だったから、そこで渡しますなんて、張り切っちゃって。

2人で盛り上がって、皆のところに戻るのが少し遅れちゃった。



でね、海未ちゃん、夕方の休憩の時にことりちゃんと本当にそこに行ったんだと思う。

だって、事故があったの、そのすぐ近くだったんだもん。


ほらね、凛のせい。

凛があんな場所見つけなければよかったんだ。

立ち入り禁止の看板なんて、全然気が付かなかった。


あんなこと言わなければよかった。

海未ちゃんのプレゼントなんて、どこで渡したって良かったんだ。

ことりちゃんだったら喜ぶに決まってた。

海未ちゃんならどこで渡しても同じだよ、って言えばよかった。

ううん、花なんて探しに行かなければよかった。


海未ちゃんなんて、カメラ使えないままでよかったんだ。

凛が教えなければよかった。

一緒にことりちゃんのお菓子食べよって、それだけでよかったのに。


凛がちゃんとしてたら、ことりちゃんだってあんなことにならずに済んだのに。

帰りの駅ででもプレゼントをあげてたら、2人とも幸せだったのに。

凛のせいで、2人は不幸になっちゃった。

2人だけじゃないや。μ'sの皆、音ノ木坂の皆、みんなみんな、不幸になっちゃった。


凛、海未ちゃんに話しかけなければよかった。

海未ちゃんについていかなければよかった。

なんであんなこと言っちゃったんだろう。

なんであんなところまで入り込んじゃったんだろう。


なんで、なんでなんでなんで―――――




      *



      *




希「……」

花陽「……」

絵里「……」

真姫「……凛」

真姫がそっと凛の肩を抱いた。

凛「……真姫ちゃん」

真姫「凛のせいじゃないわ」

凛「……でも」

真姫「凛のせいじゃ、ない」

必死に歯を食いしばって、真姫は何かを堪えていた。


花陽「……ごめんなさい」

絵里「え……?」

花陽「嘘、ついて。希ちゃんにお願いしたのも私だから」


花陽「凛ちゃんね、大学に入ったころ、少し変だったんだ」

花陽「だって、入学してすぐに、登山部に入るだなんて言って……何か探すみたいに、急に山に走って行っちゃったり……」

凛「山に入ったら、あの日をやり直せるんじゃないかって思ったんだ。今考えたら、バカみたいだにゃ……」

花陽「1回、本当に危なかったときがあって。それ以来、私がずっと一緒にいるようにしてたの」

真姫「……初めて聞いたわ」

花陽「真姫ちゃんは医学部で勉強が忙しかったから。それに、ことりちゃんのために余分な授業まで取ってたんでしょ?」

真姫「……でも、そんなの」



花陽「うん、ごめん。話せばよかったんだと思う。でも……」

凛「凛がね、誰にも知られたくないって言ったんだ」

花陽「結局、希ちゃんにだけは相談してたんだけど……」

希「ウチも、なんにも力になれなかった」

凛「そんなことない」

凛「2人は凛のせいじゃないってずっと言ってくれたよ。凛は、皆にそう言われたらどうしようって思ってて……」

絵里「誰もそんなこと言わないわ」

凛「……海未ちゃんも、ことりちゃんも?」

絵里「ええ、絶対言わない」

凛「そっか……」

真姫「凛、今は大丈夫なの」

凛「最近までちょっと変だったんだけど、今は大丈夫。この前絵里ちゃんに会ったあとね、にこちゃんにも会ったんだ」

希「にこっちに?」

凛「うん。それで、にこちゃんが何を考えてるのか、ちゃんとお話してもらったの」

絵里「それって……」

凛「にこちゃんね、何も聞かずに言ってくれたんだ。何があっても、凛がどんなでも、凛の帰る場所は私が作るって」

凛「それを聞いて、かよちん離れできるかなって。希ちゃん離れできるかなって思ったんだ」


凛「ねえ、希ちゃん、かよちん。凛、ちゃんと向き合えたかな」

希「凛ちゃん……っ」

花陽「うん、うん……っ」

凛「よかった……」



凛「あとね、絵里ちゃん」

凛「凛ね、絵里ちゃんにだけは、凛たちのことなんか気にせずに海外で幸せになってほしかった」


凛「でもね、でも……帰って来てくれて、また会えて、本当はね、嬉しかったにゃ」


絵里「……ありがとう、凛」




      *



      *


『園田海未様

 
 私の考えは、最初から変わらないわ。

 すべてを知ることが正しいかはわからない。

 ただ、知りたいと思ったのなら、知るべきよ。

 
 前々回の手紙に書いてあった、午前中の休憩の時、海未と一緒にいた人の名前が分かったわ。

 凛よ。凛がカメラの使い方を教えてくれて、一緒に「プレゼントにぴったりな綺麗な場所」を見つけたらしいわ。

 この「プレゼントにぴったりな場所」って、貴女が前の手紙に書いた「木漏れ日の中」と同じ場所じゃないかしら。


 ごめんなさい。今回はあんまり情報量は多くないわね。

 ただ、貴女が言うように、「木漏れ日の中」での出来事がきっと重要よ。

 それと「プレゼント」

 凛は、海未がプレゼントを渡したがっていたと言っていたわ。

 誰に、何を渡そうとしたのかしら。

 それは、貴女が自分で気づかなければいけないことよ。



 最後に改めて。

 私は、貴女が何をしたとしても、どんなでも、貴女との関係を変えるつもりはないわ。

 私にとって、μ'sは全員が大切な仲間なのよ。

 貴女の全てを受け入れる。約束する。

 

 11月 30日

 絵里より』



『絵里へ


 最近、あの日のことを、そしてあの「木漏れ日の中」の光景を思い返すたび、頭痛がひどくなります。

 きっと、核心に近づいているのでしょう。


 私が忘れているもの、忘れている人。
 
 手紙を書いている今も、すぐそこにあるような、もうすぐ思い出せそうな気がしています。


 カメラの操作方法を教えてくれたのが凛だと言う話は、納得できます。

 あの娘は普段は私に怒られているくせに、私が困っている時はすぐに近寄ってきますからね。

 ただ、私と凛が「プレゼントにぴったりな場所」を見つけたという話は、残念ながらピンと来ませんでした。

 午前の休憩の時、カメラを持って四苦八苦していたところから、一向に記憶が戻らないのです。

 
 代わりに、夕方の休憩のことは、だんだんと思い返してきています。


 私は誰かを「木漏れ日の中」に誘いました。

 絵里が調べてくれた通り、プレゼントを渡そうとしたのです。

 おそらく私は、あの場所が彼女にぴったりだと思っていました。

 外は暑いはずなのに、あそこだけが涼し気で、日の光を遮る葉と、楽し気に地面で踊る影と……。

 柔らかで寄り添うような光を、この上なく、彼女らしいと思っていました。


 プレゼントとは、何だったのでしょうか。

 私が渡そうとしたプレゼント。

 何となく、わかるような気がします。

 再三手紙にも書いた、空色の勿忘草の栞。

 貰い物だと思っていました。ですが、ひょっとしたら、この栞は渡せなかった物なのかもしれません。

 大空を思わせる花の色が、ことりに




 絵里、すみません。興奮して手紙を破いてしまいました。

 書き直すのも億劫なので、失礼ながらそのまま、続きの便箋を用意してしまいました。

 でも、許してくれますよね。


 ことりです。絵里、ことりです!

 どうして忘れていたのでしょう。

 どうして彼女のことを忘れられたのでしょう。

 ことり、ことり、南ことり!

 人に見せる手紙に申し訳ないのですが、繰り返し書かずにはいられないのです。

 書いている時に思い出すなんて!


 そうです、栞です。

 本当は、ことりが留学に行くときに渡すつもりでした。

 私を忘れないように、そんな願いを込めました。

 ですが、結局穂乃果がことりを連れ戻して、渡す機会はなくなりました。

 
 夏の終わりは世界の終わりなのです。

 あの日私はそう言いました。

 ことりはその言葉をいたく気に入ったようでした。

 夏休み前に留学もキャンセルになって、将来について思うところがあったのだと思います。

 だから、私は性懲りもなく持ち歩いていたプレゼントを、あの日に渡すことにしたのです。

 世界の終わりに、私のことを忘れてほしくなかった。


 どうして、私はことりのことを忘れてしまったのでしょうか。

 忘れてほしくないと栞まで用意しながら、どうして。


 渡したのは、「木漏れ日の中」です。ああ! いろいろつながってきましたよ、絵里!

 そうです、私はあそこにことりを連れて行って、ことりは木漏れ日みたいに優しい人だと言いました。

 そこで、プレゼントを渡そうとしました。

 そして、そして、何があったのでしょうか。
 



 ことりは、大切な人でした。
 
 片時も離れず、私と一緒でした。

 穂乃果と、私と、3人でした。

 どうして、忘れていたんでしょう。

 どうして、何があって。


 絵里、ことりに会いたいです。

 ことりはどこですか。どうしていますか。元気ですか。

 ああ、でも、恐ろしい想像をせずにはいられないのです。

 あの日、私は部屋から出られなくなりました。いいことが起こったはずがないのです。きっと、恐ろしいことが起きた。

 そうでなければ、私は今頃、穂乃果やことりと一緒に楽しくケーキでも食べていたはずなのです。


 絵里、ことりに会いたいです。

 会いたいんです。

 私はことりに何をしたのですか。何をしてしまったのでしょうか。

 絵里、助けてください。

 震えがとまらなくなってきました。

 書いているとちゅうなのに、からだがガタガタふるえています。かん字がうまくかけません。

 えり、わたしはことりに会いたいです。


 ことりは、どこですか



 うみ』




      *




      *




彼女の家の前に行くと、穂乃果が疲れた顔でぼうっと立っていた。

 
穂乃果「海未ちゃんの様子がおかしいと思ったら……絵里ちゃん、やっぱり来ちゃったんだね」

絵里「ええ」

穂乃果「何しに来たのって、聞くまでもないかな」

絵里「そうね」

穂乃果「海未ちゃんには、会わせないよ」

頑なに、穂乃果はそう言った。

絵里「……通るわね」

穂乃果「通さない」

絵里「どうして」

穂乃果「今、海未ちゃんが『全部』思い出したら、きっと、保たない。壊れちゃうよ」


穂乃果「そしたら、そしたらさ。穂乃果、ひとりぼっちになっちゃうんだよ」

絵里「私はあの娘の強さを信じてる」

穂乃果「私だってそうしたい!」

絵里「なら……っ!」

穂乃果「絵里ちゃんにはわかんないよ!!」

穂乃果は、大声を出した。


絵里「……」

穂乃果「幼馴染が大怪我して! 一生目を覚まさないかもしれないとか言われて!」

穂乃果「それでも、2人で助け合って生きて行こうって、病院にも毎日通おうって、そう思った時にさあっ……!!」

穂乃果は、泣いていた。


穂乃果「『おかえりなさい、ほのか、ごめんなさい、へやからでられません』って、そう……っ、そう言ってさあ……っ!」


穂乃果「私たちの顔も見てくれなくてっ! 家の鏡全部割ってっ!! それを見た時、どう思ったか……っ! 私の気持ちなんか、絵里ちゃんにはわかんないよっ!!」


絵里「穂乃果……」




穂乃果「……絵里ちゃん、ロシアに帰って」

絵里「嫌よ」

穂乃果「これ以上、深入りしないで。だって、今さらだよ。前も話したよね」

穂乃果「絵里ちゃんは向こうで活躍できる。絵里ちゃんは私たちに構ってる時間なんかない」

絵里「そんなの、私を誤解してる」

穂乃果「してない」

絵里「してるわよっ!」


絵里「私にとって、μ'sは全てだったっ! どうしたらいいかわからなくて、やりたいことにも素直になれなくて……っ!」

絵里「そんな私に、貴女が手を差し伸べてくれた日から、μ'sは私の全てなの……っ!」

穂乃果「違うよ、μ'sは、絵里ちゃんの21年の人生の中の、たった3か月でしかない」

絵里「それでもよっ! 私だけはあの日のことを気にしないって? バカにしないで! ロシアでだって、貴女たちのことを忘れた日なんてなかったわ!」

穂乃果「でも、向こうにいた」

絵里「帰って来たわ」

穂乃果「じゃあ戻って」

絵里「お断りよ」

穂乃果「絵里ちゃん、頑固だね」

絵里「……貴女に似たのよ」

穂乃果「私に?」



絵里「穂乃果は、μ'sのリーダー」

穂乃果「……やめて」

絵里「私は穂乃果に憧れてた。決してへこたれない。一言で、皆を引っ張って行ってしまう」

穂乃果「やめてよ」

絵里「穂乃果は、私たちにとって太陽だった。皆が貴女の背中を見てた。どんなつらいときでも――」

穂乃果「もうやめてっ……!! 海未ちゃんと2人でいいって言ったじゃんっ!」



絵里「貴女は、絶対に諦めない」


穂乃果「私は諦めたっっ!!」






絵里「チーズケーキ」


穂乃果「……」


絵里「手紙に書いてあったわ。いつも届く饅頭にチーズケーキが混ざってるって。3年間、ずっとお菓子を届けていたのは、貴女と雪穂よ」


穂乃果「……」


絵里「貴女はそういう人よ、高坂穂乃果」


絵里「絶対にあきらめない。どんな逆境でも、どれだけ小さな光でも、目を逸らさない」

絵里「思い出してほしい、そのわずかな可能性に賭けて、3年間、ずっとチーズケーキを届け続けた」


絵里「貴女は変わってない。貴女はダメになんかなってない」

絵里「観客のいないライブを踊り切った日から、変わってない」

絵里「変わることのない、私の憧れなの」




絵里「穂乃果。貴女は、諦めてなんか、ない」



穂乃果「……」

絵里「通るわよ、穂乃果」

穂乃果は止めなかった。


代わりに、ぽつりと呟いた。


穂乃果「ねえ絵里ちゃん、私さ、全然皆と会ってないんだ。会えるかな、これからも、会って笑えるかな」

絵里「会えるわよ。皆にだって、ことりにだって、海未にだって」




絵里「μ'sは、9人で1つなのよ」




      *



      *




部屋に入ると、彼女はびくりと身体を震わせて、えり、と私の名前を呼んだ。


綺麗だった髪は、ぼさぼさに伸び切っていた。

部屋は、思いのほか片付いていた。

扉の脇に、届いたばかりの饅頭とチーズケーキがあった。

机の上に、くしゃくしゃに丸まった便箋があった。

その隣に、勿忘草の栞があった。



絵里「髪、伸びたわね」


私の言葉に、彼女は視線を落としたまま表情を和らげた。


「まっていました、えり。たすけにきてくれたんですね」


絵里「……そうなると、いいのだけれど」


「え……?」


絵里「真姫が聞いたら、怒るかしら」


「えり、なにを……」


絵里「貴女が会いたいと言ったから。手紙で助けてと言ったから」






絵里「私は貴女の目を覚ましに来たのよ」






絵里「ことり」





      *



      *




8月の末、1通の封筒が届いた。

日本から来たその封筒には、海未の名前が書かれていた。

目を覚ましたのか。そう思って、心臓が跳ねた。

封筒は白地にファンシーな飾りがついたものだった。違和感を抱いた。

すぐに引きこもっていたことりのことを思い出した。

あの日から、ことりは自分のことを海未だと思い込んでいた。

しばらくの間、いくつかの週刊誌が事件を執拗に追いかけていて、病院には連れていけなかった。

結局ことりはそのまま家に引きこもり、3年が経った。


それでも、もしかしたらと手紙を読んだ。

書いたのがことりだということには、すぐ気がついた。


絵里「だって貴女、向かいの家の玄関について書いていたでしょう?」

絵里「海未の家は塀に囲まれているわ。あの娘の部屋からは、向かいの家の玄関なんて見えない」


「……ちがいます、ちがいます、えり」



手紙に書かれた文章は、海未そのものだった。

3年の間にことりはすっかり海未になりきってしまったのだと思った。

同時に、なぜ今頃になって手紙を書くのかと首を傾げた。


ことりは、真実が知りたいのだと書いていた。

倒れた海未の横で狂ったように泣いていたあの時から、一瞬たりとも手放さなかった栞のことを気にしていた。



絵里「最後の機会だと思ったわ。この手紙は、ことりからのSOSなんじゃないかって」

絵里「今を逃せば、次はない。ことりは本当に『海未』になってしまう。そう思ったから日本に来たの」



そして、確信した。

ことりは、戻って来られる。


絵里「手紙に書かれていたのは、ほとんどがことりの記憶だった」

絵里「穂乃果に水をあげたのもことり。だって貴女は『食事と一緒に』水を詰めたんですもの。あの日、食事を準備してくれていたのは、にこと真姫と、ことりだった」


「えり……おねがいです……わたしはうみです……」


絵里「海未の行動については、貴女が知っていることしか書かれていなかったわね」

絵里「穂乃果と海未との会話。貴女は、すぐ横で聞いていた。海未がカメラをいじっていたところを、貴女を含めた皆は見ていた」


絵里「でも、海未と凛が何をしていたのかを、貴女は知らない。だって、貴女はにこと一緒にお菓子を振る舞っていたんだもの」

絵里「海未が知らないはずのことも、貴女は書いていた。にこと真姫が私と川で涼んでいたって」


絵里「海未は休憩が始まるとすぐに花を探しに行って、凛と一緒に遅れて戻って来た。ここは、私もよく覚えていなかったのだけれど、凛が教えてくれたわ」

絵里「にこと真姫が川に来たのは、お菓子を食べた後だった。休憩の間まるまるいなかった海未は、にこと真姫が小川に来たのを知らないはずよ」


「やめて………やめてよ………」


絵里「……ことり」


ことりは蹲ったまま頭を抱えていた。



絵里「ことり、皆が貴女を待ってる。ほら、穂乃果が届けてくれたチーズケーキよ。貴女の大事な幼馴染なんでしょう?」

ことり「やめてぇっ!!」

ぶんと振られた腕に当たり、チーズケーキが床に落ちた。


ことり「あ……あぁ……おそうじ、しなきゃ……」

絵里「ことり?」

ことり「おそうじしなきゃ、きれいにしなきゃ……ここはうみちゃんのへやだから、うみちゃんのへや、きれいだもん、おそうじしなきゃ……」


焦点の合わない目で、ことりはふらふらとタオルを手に取った。

可愛らしい動物がプリントしてあるタオルだった。


ことり「あ……ちがぅ……これ、うみちゃんのじゃない、ちがう、ちがうっ!」

絵里「……違わないわ、ことり。そのタオルは貴女のものよ。ほら貸しなさい、手伝うわ」


私の手が、ことりの手首に触れる。

ことりは弾かれたように私を見上げた。

はじめて、目が合った。



ことり「えりは、たよりになります」

ことり「そうだよね、そうだんにものってくれるし!」


絵里「ことり……?」

だらんと腕を下げて、ぶつぶつとことりは呟き始めた。

目に光は宿っていないのに、表情だけがくるくる変わっていく。


ことり「なにかそうだんするとしたら、わたしはえりにそうだんしますね」

ことり「わたしも! でもうみちゃん、ことりにも、ちゃんとそうだんしてほしいなあ」

ことり「ええ、もちろんです、ことり。あなたのこともたよりにしていますよ。だからここにつれてきたのです」

ことり「そうなの? うれしいなあ。ここ、すっごくきれいだよね! うみちゃんって、いがいにこういうところ、すきだよね」


絵里「……っ」

息を呑んだ。

絵里「ことり、貴女、それ……っ!」

あの日の、記憶。


ことり「それで、きゅうにどうしたの、うみちゃん」

ことり「ことり、あなたにわたしたいものがあるのです」

ことり「え、ぷれぜんと? うれしい! でも、どうして?」

ことり「なつのおわりは、せかいのおわり。このことばをしょうかいしたこと、おぼえていますか?」

ことり「うん、おぼえてるよ。ことり、そのことば、なんだかすきだな」

ことり「……それはよかった。それで、きょうは8がつ31にち、なつのおわりです」

ことり「うん、そうだねえ」



ことり「なつのおわりは、せかいのおわり。ですが、せかいのおわりは、あたらしいせかいのはじまりなのです」

ことり「あたらしい、せかい……」

ことり「あなたはりゅうがくにいかなかった。けれど、きょうはやはり、さいしゅっぱつのひです」

ことり「それは、みゅーずの?」

ことり「ええ。それと、あなたのです。ことり、あなたはりゅうがくをやめましたが、きっとしょうらい、またどこかにいくひがくるのでしょう」

ことり「……そうかも」

ことり「だから、わたしはやっぱり、これをわたそうとおもいます」

ことり「わあ! ありがとう! これ、しおり?」

ことり「ええ。わすれなぐさです。ことりがどこにいっても、わたしのことをわすれないように。あなたのなまえのとおり、うつくしいそらのいろです」


ことり「ことり、あなたは、なにもあきらめてなんか、いません。いつでも、またおおぞらにとんでいける。そのときは、わたしだってほのかだって、あなたのせなかをおしてあげます」

ことり「うみちゃん……」

ことり「ふふっ、すこしかっこうつけすぎですかね」

ことり「ううん、うれしい。それに、このばしょも……」

ことり「あなたらしいばしょだとおもって、えらびました。ことりは、こもれびのようなひとです。ゆらゆら、あたたかくわたしたちをてらして、やさしく、よりそってくれる。ずっといっしょにいたいと、おもわせてくれる」

ことり「……うみちゃん」

ことり「ですが、これでだいじょうぶ。そのしおりがあれば、わたしたちはずっといっしょです。わたしはいつでも、あなたをまっていますから」

ことり「うみちゃん、わたし、わたしね……!」



ことり「うみちゃんのこと、だいすきだよ」



ことり「……」

絵里「……」

それからしばらくの間、ことりは黙っていた。

ぽすんと私に身を預けるように、倒れてきた。


絵里「そう……。だから、私に手紙を送ってくれたのね。あの日の貴女たちが、そう言ったのね」

ことり「……」


絵里「その栞は、海未が渡せなかったものじゃなかったのよ」

絵里「ことりは、ちゃんと受け取っていた。海未の、優しいプレゼント……」



ことり「……あぁ……」

ことりはくぐもった声を漏らした。


ことり「あああぁぁ……あああぁぁぁぁぁ…………っ……!」

絵里「ことり、どうしたの、ことり!」

ことり「血が、血が!! 海未ちゃんの頭から、血が! とまんない、とまんないよぉ!!」

絵里「ことりっ!」

抱きしめた腕の中で、ことりは必死に身を捩った。


ことり「どうして、わたしなんか庇ってぇ……! ことりが周りを見てなかったのが悪いのにっ……!!」

ことり「やだ、やだやだ! 海未ちゃんっ!! ずっと一緒だって言ったのにっ!! 海未ちゃん、ずっと待ってるって言ったのにぃっ!!」

ことり「違う違う違うっ……! 海未ちゃんはいなくならないっ!! 海未ちゃんはずっとことりのそばにいるっ!! 海未ちゃんは、海未ちゃんは……っ!」

ことり「なんで、どうしてっ!! わたしのせいだっ!! ことりでよかった! 落ちるの、ことりでよかったっ!!」


絵里「よくなんかないっ! 目を覚ましなさい、ことり! 貴女は海未じゃないっ!」

ことり「違うっ!! 私は海未ちゃんっ!! 落ちたのはことり! 怪我したのはことりっ!! 海未ちゃんは元気に生きてるっ!!」

絵里「ことりっ! しっかりしてっ!」


ことり「えりちゃ……そうじゃない! 海未ちゃんはこんな呼び方しないっ! 絵里、ごめんね……違うっ!! 絵里、穂乃果、ごめんなさい、穂乃果、ごめんなさい、ごめんなさ――」




穂乃果「もうやめてええええっ!!」



ことり「ぁ……」



絵里「穂乃果……」

真姫「エリー、無茶はダメって言ったじゃない」

絵里「……だって」

真姫「……はぁ」

真姫がため息をついて、身をどける。

穂乃果と真姫の後ろから、6人がゆっくりと現れた。

絵里「皆も……」




ことり「……」

穂乃果「ことりちゃん、もうやめよ?」

ことり「ほのか」

穂乃果「違うでしょ? そうじゃない。ことりちゃん、いつも私のこと、何て呼んでくれてた?」

ことり「ほのか………ゃ」

穂乃果「うん、そうだよ、ことりちゃん。穂乃果ね、ことりちゃんが名前呼んでくれるの、大好きだったんだ」

ことり「ほのか……ゃ……ん……」

穂乃果「もう少しだよ、ことりちゃん」


穂乃果「ほら、見て。皆来てくれた。私が『助けて』ってメールしたら、すぐに飛んできてくれた」

穂乃果「ことりちゃんだって、そうだったんだよね。『助けて』って手紙を書いて、だから絵里ちゃんが来てくれたんだよね」


穂乃果「簡単だったんだよね。私たち、つらいことがあってさ、お互い気を遣うんじゃなくて、逃げるんじゃなくて、1人で頑張ろうとするんじゃなくて」

穂乃果「『助けて』って言ってさ。それで『うん』って返してくれて。私たち、それだけでよかったんだよね」



ことり「……」


穂乃果「ね、ことりちゃん。穂乃果さ、寂しい……っ……。大好きな人がさ……っ、2人も話してくれないの、寂しいよ………」


穂乃果「ことりちゃん、お願い。私のこと、助けて」

ことり「……ほのか、ちゃん」


ことり「……う、ん……うんっ………ことり……ずっと、どうしたらいいか、わからなくて……っ! だって、わたしのせいで、わたしのせいで……っ! ごめんなさい、ごめんね、ごめんね……っ」


穂乃果「ことりちゃん……っ」


「「ことり」」

「「「ことりちゃん」」」






絵里「おかえりなさい、ことり」







      *



      *




真っ白な病室に、数人の影が落ちていた。

日は既に傾いている。

少女の腕にだけかかっていた影は、不格好に伸び切っていた。


絵里「これで私の話はおしまい」

絵里「面白かったかしら、ねえ海未?」

ことり「まあまあじゃないですか、絵里」

にこ「ちょっとあんたらその悪趣味な掛け合い、いい加減やめなさいよ」

穂乃果「本当だよ……。1回グーでいっちゃったもんね、私」

ことり「ご、ごめんね穂乃果ちゃん! だって、その、絵里ちゃんが……」

絵里「私のせいなの!?」

希「どう考えてもえりちが悪い。穂乃果ちゃんに謝って」

絵里「ごめんなさい」

押し殺した笑い声が、再び部屋を満たす。


凛「ことりちゃん、そろそろあれを……」

花陽「あ、あの超大作がついに!」

ことり「いや、そ、そんなにはないよ……」

絵里「ことりったら、リハビリの間中、ずっと手紙を書き直していたものね」

穂乃果「穂乃果、何回病院でことりちゃんに便箋買ってあげたんだろう」

ことり「その節はお世話になりました……」

にこ「ま、存分に読みなさいよ。ほら、私たちは退散退散!」

凛「えー、聞きたいにゃー」

希「ウチもウチもー」

にこ「さっさと出るっ!」



ことり「……ふふっ、ありがとう、にこちゃん」


海未「……」


ことり「……」


ことり「……全然起きないね、海未ちゃん」


ことり「ずっと運動してなかったから、リハビリしてるうちに夏になっちゃったって言ったら、海未ちゃん怒るかな」


ことり「ねえ海未ちゃん、聞いてほしい話があるの。まとめきれないから、手紙にしてみたんだ」


ことり「じゃあ、読むね」







ことり「前略 木漏れ日の貴女へ――――――」



ぴくりと、柔らかな枝が揺れた気がした。






      *



      *




『前略 木漏れ日の貴女へ


 まずは、ごめんなさい。私が足を滑らせたから、海未ちゃん、庇ってくれたんだよね。

 私のせいで海未ちゃんが目を覚まさなくて、それが受け入れられなくて……。

 海未ちゃんにもらった命、3年も無駄にしちゃった。それも、ごめんなさい。

 
 私たちは、少しずつ進めています。

 にこちゃんは養成所に入ったし、希ちゃんはセクシーOL街道まっしぐら。

 凛ちゃんと花陽ちゃんは教師を目指すんだって。

 穂乃果ちゃんはお店で修行、真姫ちゃんも勉強漬けみたい。

 絵里ちゃんと私は、海外に飛ぶことになりました。

 絵里ちゃんはロシア、私はフランスだよ。

 私は高校を中退しちゃったけど、そういうのを気にしない人が服飾のお仕事を教えてくれるの。

 
 だからね、お別れなんだ。

 でも、私たちはずっと一緒だよ。そう言って、海未ちゃんは栞をくれたんだもんね。
 
 あんまりお話できないままになっちゃうけど、大丈夫。

 海未ちゃんが起きたら、いっぱい話聞くからね。今は海外との連絡も簡単に取れるんだよ。

 
 そういえば、海未ちゃんはこの書き出しだと不思議に思うかもしれないね。

 海未ちゃんは私のこと、木漏れ日みたいって言ってくれたけど、私は少し違うと思うなあ。


 だって、木漏れ日は太陽と、木があってはじめてできるんだもんね。

 私にとって太陽は穂乃果ちゃん。そして木は、海未ちゃんだよ。海なのに木だなんて、変な感じだね。

 でもね、海未ちゃんはとっても頼りになるところもあって、それなのに柔らかいところもあって、本当に木みたい。

 木はね、季節によって、葉っぱやお花でおめかしするんだよ。

 私も海未ちゃんに似合う服をつくって、着てもらいたいな。

 だからこの手紙は、海未ちゃん宛てだけど、穂乃果ちゃん宛てでもあるんだ。

 読み終わったら、ちゃんと穂乃果ちゃんにも見せてあげてね。


 海未ちゃんは「それじゃあ、ことりはどうなんですか」って言うかもしれないね。

 私はね、穂乃果ちゃんと、海未ちゃんと、2人がつくる景色の中を飛ぶ、小鳥なんだ。

 自分で言うの、ちょっと恥ずかしいね。


 それでね、飛ぶのに疲れたら、木の枝にとまって、お日様の光の中で眠っちゃうの。

 

 だから、また会えるよ。



 
 8月 31日

 南ことり』


終わりです。お目汚し失礼しました。

過去作です。お暇ながあればぜひ。

ダイヤ「あ、この写真…。」

曜「見て!イルカの真似ー!」

花丸「今日も練習疲れたなあ…。」

梨子「ほ、本当にこのメンバーなの…?」

果南「これだから金持ちは……」

鞠莉「果南が…」千歌「戻ってこない…?」

千歌「私のぴっかぴか音頭・タイムトラベル」

ダイヤの写真の人だったのか

>>51の展開ビックリした
今回のもテンポもあって凄く良かった、乙

乙でした
最後ちょっと反応してるし、海未もいずれは目を覚ますのかな

Aqoursだけやってろや
つまらん

つまんね

>>51と過去作でまんまと2回びっくりさせられたわ
芸風広いし上手いし素直に称賛です


見事に騙されました


久しぶりの良作だった

見事に騙されたわ
最初の一文のせいで絵里と海未が犯人なのかと

いい作品だったわ、乙

文章が上手くて読みやすいからスラスラ読めたわ
良かったけど悲しい、けど悲しいのが良い

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