鷺沢文香「病膏肓に入る」 (17)
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*ヤンデレ注意
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木を見て森を見ず、とはよく言ったものです。
1つの事にばかり注視して周りを取り囲む全体を見失うこと。
同じようにあなたが見ていたものはきっと、「アイドル」である鷺沢文香でそれを型どっていた本当の私には気が付かないでいたのでしょう。
だからこそ……私はこれまでアイドルとしての鷺沢文香であることに徹してきました。あなたのアイドルである以上、私はあなたの望む私で居たかったからです。
けれど、それも無理でした。やはり書を読むことしか能のない私には人を欺き続けることなど到底かなわなかったのです。
きっかけは、些細なことで、アイドルになって数ヶ月経ち、アイドルにも慣れ始めた頃にあなたが私以外の新しいアイドルを掛け持ちで担当するという話を聴いてからでした。
私の事務所は特別大きな事務所だったわけでもないので、プロデューサーの数もそんなに多くはありませんでした。
ですから、1人のプロデューサーが数人のアイドルを担当するということは別段珍しいことではありません。
珍しいことではないですが、その時の私はあなたとの時間が少しでも減ってしまうことに強い不快感を感じてしまいました。
しかし、私の個人的な理由であなたにプロデュースするのを辞めてくださいとは言えません。
私はあなたが複数人の担当を持つことを了承せざるをえませんでした。
誰がバンソーコ禿じゃ浜風やマシュ姫クラスにはフサフサじゃよ明日千川ちひろの給料日朝鮮人ブスハ何万円諭吉ちゃんを入手するのやら
それから私とあなたが共に過ごす時間が少しずつ減っていきました。
私の収録現場に顔を出す回数も減り、あなたは新しく担当になったアイドルの面倒を見るために多くの時間を割くようになりました。
私も初めはあなたに側にいてもらわなければ何も出来なかったのですから、新人のアイドルにつきっきりにならなければならないのは仕方のないことです。
けれど、私がどんなにお仕事を頑張っても、レッスンに励んでも、今のあなたにとって私の優先順位は何食わぬ顔で横入りしてきたアイドルよりも下だという考えが拭えず、怒りと、悲しみと、あなたが私のもとから離れていってしまうような疎外感が私の心を満たしていきました。
その頃の私は半ば機械的に日々のアイドル活動に取り組む、輝きの欠けらも無い灰色のアイドルだったに違いありません。
私には……私の側にはあなたが必要です。あなたがいるから私は私でいることが出来るのだから。
だから…………あなたは誰にも渡しません。
誰にも………………。
近頃、文香に元気がないように思えた。
収録やレッスンが問題ないことはディレクターやトレーナーから聞いていたし、文香は元々弱音をあまり吐かない性格だから極力表には出さないように努めていたのだろう。
原因は察しがつく。文香が元気を失くしはじめたのは俺が新人アイドルを掛け持ちで担当するという話を文香にしてからだった。
最近は新人につきっきりになっていてあまり文香を見てやれなかったからほとんど文香1人に任せっきりになっていた。
この事務所にはプロデューサーの人手が足りないから何人もアイドルを掛け持つことになるのは文香にも説明したし、文香もそれを了承してくれた。
それに、文香はそろそろ1人で仕事をこなすことも問題ないレベルにまで達していたし、俺が付き添わなくても何の心配もいらないと思っていた。
時々雑誌や収録で彼女を見かける時もあったが彼女の様子は俺がつきっきりで文香に寄り添っていたころ見せていた知的で柔らかな表情とは違い、錆びた微笑みを見せるばかりだった。
やはり文香にはまだ早かったのだろうか……。
もっと俺が側にいなければならなかったのだろうか……。
そう思い始めた頃、文香がレッスン中に倒れたという知らせを受けて俺はすぐにレッスン場に駆けつけた。
幸い、軽い貧血と疲労で、少し休めばすぐに回復するということだった。
しかし、文香をここまで追い詰めてしまったのは俺が文香をもっと見てやれなかったからだ。
悪い予感が的中した。俺のせいだ。そんな罪悪感に苛まれ自分がいかに無力かを思い知り文香に謝った。
文香は優しく微笑み、俺を許した。まだ2人で活動をしていた頃の錆びついていない彼女の微笑みを見るのは久しぶりだった。
俺は彼女のことを何もわかってやれなかった。俺がもっと文香の側にいてやれればこんな事も起こらなかった。
この笑顔をもう一度曇らせてはいけない、そう心に誓った。
微笑む文香の瞳の奥に燻る陰りに気づくこともなく。
文香が倒れてからはしばらく文香の仕事に付き添いで行くことが多くなった。
文香が倒れたりするのはもう二度と嫌だったし、彼女の仕事を最近見てやれなかったのも事実だったから丁度よかった。
それから、文香の仕事に付き添うようになって彼女はよくお弁当を作ってきてくれるようになった。
本を見て勉強をしたから問題ないと自信に満ちて語る彼女の顔と漫画のように指先に巻かれた絆創膏を見ては断ることなんてできなかった。
確かに美味い。彼女のことだし研究したであろう栄養バランスもよく考えられた弁当はインスタントとドリンクばかり食べていた俺には久しぶりの温かみのある料理だった。
少し鉄の香りがしたけど、弁当箱が鉄製の質素なものだったからそのせいだろうと思った。
待ってる
そんな日々が一ヶ月続いた。
相変わらず俺は文香の営業やレッスンにほとんど付きっきりの状態だった。
ライブや握手会が終わるといつも控え室ではスタッフさんたちがこないタイミングを見計らい俺の肩に頭を預けて、事務所ではその状態で本を読むことが日常になっていた。
アイドルのプロデューサーとしてこれはどうなんだと文香に話したこともあるが、俺と一緒にいると仕事も頑張れると、そう言って少し恥じらいながら微笑む文香を見たら何も言えなくなってしまう。
休みの日には文香が俺の家にまで訪ねてくることもあった。
いくら変装しているとはいえ、アイドルがプロデューサーの家に上がるなんて有り得ない。
文香に言い聞かせたりもしたが、今の俺にとって文香が悲しむようなことは出来ないし、したくもなかったので結局は文香に言われるがままだ。
文香の作る料理は絶品だ。
なんでも料理が得意らしい佐久間さんに色々と教えて貰ったようでここ最近は外食や自炊をするよりも文香にお弁当や夜食を作ってもらうことが多い。
たった一ヶ月そこらでここまで美味しい料理を作れるようになるとは、文香には料理の才能もあったと、冗談まじりにいって恥じて顔を隠す文香をからかうのもマイブームになっていた。
それからまた一ヶ月が過ぎて、家や事務所、仕事先でも隣にはいつも文香がいる生活が当たり前になっていた。
芯の強い文香には何を言っても聞かないことが分かってきたし、文香がそばにいる事が自然になっているので俺も安心できた。
何よりも……文香の手料理だ。
ここ一ヶ月で文香はウデをさらに上げ一流の料亭やフランス料理店にも引けを取らない、いやひょっとしたらそれ以上に美味しい料理を作るようになっていた。
同僚にこっそり文香の料理を食わせてやったりもしたが、大して美味いとも感じていないようだった。
意味がわからない。こんなに美味い料理を食って何も感じられずにいられるなんて到底理解出来なかった。
それからまた一ヶ月が過ぎた。
俺は完全に文香の手料理の虜になっていて、ほとんど毎日3食全てを文香に用意してもらっている。
文香が俺の家に来続けていることについてちひろさんや他の担当アイドルから苦言を言われたこともあるが、文香の料理を食べられる。その事を考えれば他のことなどどうでもよかった。
それから数ヶ月がたった。
俺はもう仕事にも行っていない。文香の手料理がある。文香が横にいる。文香が俺に微笑んでくれる。
これだけ幸せなことはない。
文香さえいれば他には何も要らない。
そう文香に告げると彼女はまた少し恥じらいながら微笑んだ。
かかる前髪のその奥にある瞳には光など一点もなくただ青黒く俺を吸い込むように見つめている。
濁った瞳に対して彼女の笑みはアイドルの頃、いやそれ以上に美しさを増したように思う。
妖艶な表情の彼女に引き寄せられるように口付けをすれば先の事など何も考えられず、考える気力など起きず、ただ文香に身を委ねるばかりだった。
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