市原仁奈「かいじゅうの気持ちになるですよ」 (29)

字の文有りモバマスssです。

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 誰しもに行き先があるというのなら、誰しもに帰り着く場所がある。

 言葉にせずとも知っている人もいれば、言葉にしたところで理解できない人もいる。

 ありふれたフレーズだとは思うけれど、ありふれていると思ってしまうだけに忘れてしまわないようにして、折に触れては思い出すものがある。


 暑い砂漠にひっそりと佇む、そいつを。

 「P、教えてほしいことがあるでごぜーます!」

 とある午後のこと、デスクでコーヒーを飲んでいる時に、彼女が現れた。

 市原仁奈。担当している子だ。

 マグカップを置いて、彼女の方に向き直る。

 「仁奈か、どうした?」


 「キャラバンというのは、なんでやがりますか?」

 尋ねてくる彼女は、いつもよりも真剣な面持ちだった。

 「キャラバン? キャラバンっていうと、あのキャラバンか」

 たしか砂漠の行商だったかな、と思った。

 どこまでも続いている砂漠を、何頭ものラクダが隊列を組んで荷物を運んでいるイメージが浮かぶ。


 「Pは知ってやがりますか?」

 「ああ、なんとなくはな。動くお店みたいなものだと思う」

 店というか、正確には、店に卸す商品の運送屋みたいなものだろうけど。


 しかし、そう答えると彼女は不思議そうな顔をした。

 どうやら自分が想像していたものとは異なっていたらしい。

 「お店屋さん、でやがりますか」

 「うん。砂漠を通るお店で、大きい荷物はラクダに運んでもらうんだけど」

 すると彼女は少し考えてから、質問の内容を変えた。

 「キャラバンは、なにを売ってるお店屋さんでごぜーますか?」

 「さあ、そこまではわかんないな」


 彼女は少し落ち込んだようだったが、すぐに顔を上げた。

 「でも、たぶんキャラバンは鈴は売ってると思うですよ」

 「鈴?」


 そう聞き返しながら、内心で合点がいく。

 なぜ彼女がキャラバンについて知りたがるのかが、わかったような気がした。

 「鈴はどうだろう、売ってないんじゃないかな」

 「どうしてでごぜーますか? Pはなにを売ってるかは知らないって言いやがりました」


 「キャラバンの鈴は、売り物としては使われてなかったんだ」

 わけがわからないという表情を浮かべられる。

 「あれは、砂漠で迷子にならないように、自分で持ったりラクダに持たせたりするものなんだよ」

 「ほら、砂漠は砂ばかりで道がないから。はぐれてしまわないために」

 「なるほど! はぐれるとさびしいでごぜーますものね……」

 何度か頷きながら、彼女は納得してくれたようだった。



 「学校で習ったのか?」

 少し冷めたコーヒーを口に運びながら尋ねた。

 「え?」


 「バラード、だろ?」

 その言葉だけで意味が通じたらしい彼女は、すぐに顔いっぱいに笑った。

 「そうでごぜーます! 怪獣の!」

 どうやら音楽の授業で歌っているらしかった。

 「キャラバンの鈴の音っていうのがわからなかったんでごぜーます」

 にへ、と力なく彼女が笑う。

 「なるほどな。それにしても、懐かしい歌だ」

 「Pも歌ったこと、ありやがりますか?」

 「うん。おれも仁奈くらいの頃に歌ったことある」

 「そうでごぜーますか……」


 「……Pはあの歌を歌って、どんな風に感じたとか覚えてやがりますか?」

 さっきまでの笑顔とはうってかわって、曇った顔で彼女が聞いてくる。

 「そうだなあ……いい歌だとは思うけど」

 「そうで、ごぜーますか」

 「仁奈は違うのか?」

 そう聞くと、彼女は小さく頭を捻った。

 「……よくわかんねーです。でもなんかこう、もやもやします」


 大きな怪獣が砂漠に暮らしている、という歌い出しのその曲は、たしかに曲調の割に内容が明るくない。

 曲中で怪獣は、ある朝に聞いたキャラバンの鈴の音を聞いて、思い立って住処である砂漠を捨てる。

 海がみたい。人をあいしたい。その一心で。

 ただそれだけの歌だった。

 「仁奈、キャラバンって、もっとすげーものだと思ってたです」

 「だってかいじゅうが、自分の家をすててしまうくらいだから」


 恐らくそれが、彼女のもやもやの原因らしかった。

 描写こそなけれ、怪獣は恐らく一匹だったのだろう。誰と話すことも、喧嘩することさえできず。

 明けては暮れる太陽を眺めながら、気の遠くなるような時間を孤独に過ごしたのだろう。


 きっとキャラバンの鈴の音は、単なる引き金でしかなかったのかもしれない。

 グラスの縁ぎりぎりまで満たされていた感情が、その一滴によって際限なく零れてしまっただけで、本当はずっと前から孤独に潰されかけていたのかもしれない。


 怪獣にも、たしかに心はあるのだから。

 それが知らず、彼女の心の奥底に響いたのかもしれない。

 「仁奈は、あの歌に出てくる怪獣はどんなやつだと思う?」


 彼女は僅かに黙り込んで考えた。きっと怪獣の気持ちになっているのだろう。

 それから、自信満々に答えた。


 「海がみたくて、人をあいしたいんだから、いいやつに決まってやがります!」

 つまるところ彼女の一番の魅力は、こういう屈託のない感情と、それを表現できる笑顔だと思う。

懐かしいな、俺は中学の時に歌ったが

 「そうだよな。おれも怪獣はいいやつだと思う」

 彼女の笑顔につられて微笑みながら、言葉を続ける。

 「なら、こう考えられないか。怪獣は海に遊びに行ったんだって」


 「あそびに、でごぜーますか?」

 「そう、砂漠を捨てたといっても、海に行って飽きるくらい遊んだら、また帰ってこようと思ってるんじゃないかって」


 続く歌詞には、太陽に昇るたつまきを涙を流しながら見つめた怪獣は、東の方角をめがけて歩き続けたとある。

 自分の足跡に両手を振りながら、朝も昼も夜も。

 進んだ先にあるともわからない海を目指して歩いていくのは、不安があったのだろう。

 砂漠の外に出るのは、怪獣にとって初めてのことだったのかもしれない。

 「仁奈だって、仕事で色んなとこに行くだろ? でも仁奈は、仁奈の家に帰ってくる」

 「きっと怪獣は、海を見に行ってそこで友達を作れたら、また帰ってくるつもりだったんじゃないかな」

 そう言うと、彼女も頷いた。


 「えへへ、それもそうかもしれねーですね!」

 やっぱり彼女は、笑った顔の方がいい。

 「……仁奈はですね、さっきまで、かいじゅうのことをあんまり好きになれなかったでごぜーます」

 「だって、自分の住んでいる家を出て行ってしまう歌だったです」


 「それでも、かいじゅうの気持ちもわからなくねーでした」

 「仁奈もなんとなくわかりやがりますから。だれかを好きになりたい気持ちってやつ」

 「ありがとうごぜーました! 仁奈すっきりしたですよ!」

 彼女がぺこりと頭を下げる。

 「うん。おれも楽しかったよ」

 「そろそろレッスンの時間なので、いってくるでごぜーますね!」

 「おう、頑張ってこい」


 とたとたと走って事務所を後にする彼女を見送りながら、まだもう少しだけ怪獣のことについて考えた。

 見渡す限りの砂に囲まれた怪獣は、海を求めて歩き出した。

 果てしない距離を一匹で。心が折れてしまいそうになる度に、自分の足跡を振り返り、決心を固めたのだろう。

 そうして行きついた海は、しかし怪獣の帰るべき場所なのだろうか。


 彼女の場合でいうと、帰り着く場所は、この事務所ではなかった。


 たとえ彼女がなんと言おうと、彼女の帰るべき場所は彼女の家以外のどこでもなかった。

 いつかきっと、彼女自身が胸を張ってそう言える日がくるまで、おれは責任をもって彼女を預かると決めた。

 彼女はアイドルになることで自分の行き先を得た。加えて、自分の帰り着く場所を確認した。


 だが、怪獣にはそれがわかるのだろうか。

 すべては自分の想像でしかないのだけど。

 バラードという言葉は、抒情詩を差して使われることが多い。

 決してしとやかではない曲調ではあったものの、あれがバラードを名乗る気持ちはわかる気がした。

 砂漠に住んでいた怪獣は、今頃どこにいるのだろうか。

 ちゃんと海を見つけ、人を愛せているだろうか。

 それとも、孤独はあれど安寧もまた存在する砂漠に帰っているだろうか。


 一見するとどうでもいいような、感傷的な物思いに耽りながら、デスクワークを再開する。


 あたらしい太陽が、今もどこかで燃えていることを思いながら。

 以上になります。
 ありがとうごぜーました。

蛇足かもしれないけど

https://www.youtube.com/watch?v=_9VCTbHXfOQ


なんか、好きだぜ

この曲習ったあとで平成ゴジラ見て涙ぼたぼたこぼしたの思い出した

おつ
懐かしいね

つまらん

懐柔のきもち

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