稲城「面会、ですか」 (16)

都内――刑務所

ガチャ

稲城「おや、君は……」

瀬名「どうも、稲城さん」

稲城「驚いたな、瀬名くん。今日はどういう用件だい?」

瀬名「いえ、近くまで来たものですから。お元気そうですね」

稲城「まぁね。今はとりあえず、いろいろと読み漁っては、出所してから自分がどういう道を歩むべきかを検討してるところさ」

瀬名「政治の道へ戻るのかと思っていましたが」

稲城「いや、どうだろうな。あんな失態を犯した私に、果たして政治に戻る意味などあるのやら。もっと違う道を探してみるのもいいかもしれないと最近は思ってね」

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瀬名「なるほど……そういう話なら、ウチでよければ歓迎しますよ、おそらくは」

稲城「ほう。…確か、君のところは」

瀬名「ウチは専務の方針で、誰でもやる気があれば雇うんですよ。そのおかげで、日本国籍を持ってるのは私しかいませんがね」ハハ…

稲城「今の時代に求められている職場というのは、そういうところでもある。もちろん、安易に誰でも雇っていては、トラブルが必ず起きるが」

瀬名「それはその通りです。で、どうですか。清掃会社で第二の人生というのは」

稲城「それも選択の一つとして、大いにありえるよ。ありがとう、誘ってくれて」

瀬名「思いつきだけの提案ですがね。ああ、あの粗忽者にもしも会うことがあれば、今の話はしない方がいいですよ。あいつ、あなたがまたいつか政治の世界に帰ってくるのを楽しみにしてるようですから。殴られたくなければ、ね」

稲城「あいつは相変わらずか。ありがとう、忠告に感謝するよ」ククッ

瀬名「お気になさらず。では、これで」

稲城「うん。これからも、黒騎を頼むよ。君のような仕事仲間がいるなら、あいつはこれからもまっすぐにやっていけることだろう」

瀬名「私がいてもいなくても、あのようなバカに、歪むほどの感性はありませんよ。では」スタスタ

ガチャ

稲城「ああ……そうかもな」フッ




ガチャ

稲城「っ! …凛? いや、そうか、陽ちゃんか」

陽「ええと、どうも、稲城さん」

稲城「驚いたな、どうしてこんなところに? 凛が聞いたら怒るだろう」スタスタ

陽「えへへ、お姉ちゃんには内緒です。それで、今日はどちらかというとですね」

ミュトス「…どうも」

稲城「やぁ。君は、ミュトスだったな」

陽「今は黒騎次郎ですよ」

稲城「はは、そういえばそうだった」ヨット

ミュトス「私の名誉のためにも言わせてもらうけどね、そんな名前は認めていないよ」フー

陽「この通りの頑固者なんです」クスクス

稲城「なるほど、黒騎の言っていた通りだ」フッ

ミュトス「あの人の?」

稲城「ああ。…それで、今日はどういう用件?」

陽「今日ここに来たのはですね。次郎くんが、稲城さんに黒騎さんのことを聞いてみたいっていうからなんです」

稲城「黒騎の? どうして?」

ミュトス「別に。あのお節介な性格の形成の一助をあなたが買ってると聞いたものだからね。少しだけ興味が湧いたんだ」

陽「要するに黒騎さんのこと、もっと知りたくなったんですって。お兄さんですからね」

ミュトス「あれを兄だなんて言うのはやめてもらえるかな」

稲城「ふっ、本当に頑固なんだな。黒騎についてか……そうだな、君に関わる話だと、一度だけ、あいつに聞かせてもらったんだ。君は同い年の子供たちの中でも飛び抜けていて、下手な大人よりもよっぽど卓越した技術や頭脳を持ってる、とね。それなのに内面はひどく幼くて、きっと、同年代の子の中で誰よりも寂しいんだろう、とも」

ミュトス「…あとで詰問する必要がありそうだね」

陽「ま、まぁまぁ……」

稲城「話は最後まで聞いてくれ。それで、あいつは君が羨ましいとも言っていた」

ミュトス「羨ましい?」

稲城「ああ。黒騎はね、高校に入るまで、数学は…いや、算数か。とにかく、引き算までしかできないような男だったんだ。当時は液状化のせいで教育の手が足りなくて、あいつは必死になって毎日を生きるだけだった」

ミュトス「……」

稲城「それでもあいつは、私に会ってからというもの、私の話す言葉の意味を知りたくて、真剣に勉強を始めた。あいつはひたむきだった。俺に追いつこうとするために、頑張って、頑張って、頑張って。それで、結局あの通り、叩き上げで警部補にまで上り詰めた」

陽「そうだったんですか…」

稲城「そんな黒騎からすれば、君は羨ましくてしょうがないそうだ。今の自分よりも、昔の、引き算しかできなかった頃の自分と同い年くらいの君の方が遥かに賢く、多くの知識を持ち合わせている。でも、そんな君にも足りないモノがあるのも知っている。だから、手を伸ばしたい、とね。かつて、私があいつに手を差し伸べたように」

ミュトス「…勝手だね。私は、望んでこんなことになったんじゃない。私からすれば、あの人の方がよほど私よりも恵まれているよ。頭のおかしい連中のせいで自由を奪われたりもしなければ、振り回された挙句に一人で残されたりもしない……。共に暮らす家族だっていたんだろう、あの人は。それなら、バカなりに十分なくらい普通の人生を送れているんだよ。たとえそんな背景があったとしてもね」

陽「妹さんは生きてるって分かったんでしょう? 次郎くんにも、普通の人生を送る機会は十分にありますよ」

稲城「差し出がましいことを言うがね、家族がいないとしても、これから作っていけばいいことだ。血の繋がりだけではないよ、家族というものは。分かりやすい例なら、誰かと婚姻を結ぶこともあるだろう」

ミュトス「私は、別に…妹が…彼女さえいれば、それでいい。あんな人なんていらないし、ましてや結婚なんか、絶対しないしね」

稲城「そうか……人生は長い。私と違って、君には選択の幅がある。決め付けずに、よく考えることだ。私という反面教師が、君の目の前にいるだろう? 私は多くのことを決め付けて、独善的にやってきた。これがその結果さ」フッ

陽「稲城さん…」

ミュトス「……もう十分だ。私は帰らせてもらうとするよ、陽くん、外で待ってるから。じゃ」ガタッ

陽「あ、次郎くん!」

ミュトス「……わざわざ話を聞かせてもらって、どうも」ガチャ

稲城「……今のは、お礼ということでいいのかな?」

陽「たぶん。…素直じゃないんです、彼」

稲城「なるほどね。…なぁ、陽ちゃん。その、凛は、元気かな?」

陽「はい。いつもいつも、仕事が終わったら、帰ってそのままのカッコで寝ちゃって、お酒ばっかり飲んで…休日も寝てばっかりで」ハァ

稲城「そうか…相変わらずのようだね」ククッ

陽「ええ、もう。あの調子じゃ、嫁の貰い手も当分どころか向こう十年はありませんね。…ですから、もし戻ってきたら、稲城さんがもらってやってください」

稲城「それは…ちょっと無理だろうね。凛は魅力的な人だ。十年もすれば、いずれはきっと、私などではない他の、もっといい人が見つかるよ」

陽「本当にそう思ってるんですか? ……じゃあ、私はこれで失礼します。考えておいてくださいね、今の話。冗談じゃないですから」ガチャ

稲城「……凛。僕は…」




ガチャ

稲城「おや。君は……」

エミリア「ええと、どうも。ほぼ初めましてですよね、稲城都知事」ニコリ

稲城「おっと、その言葉の前には『元』が付くよ、エミリア・エデルマンくん」ヨット

エミリア「私のこと、ご存知でしたか」

稲城「それはもちろん。君のこと、黒騎に聞かされたことがあるんだ。自慢の後輩だとね」

エミリア「えっ?」

稲城「教えたことは素直に吸収するし、人当たりもよく、言うことをよく聞いてくれる。そんなことを言っていたかな」

エミリア「黒騎さんが…」ホホエミ

稲城「あとは…そうだな、それなりに資料を読んで知ってるよ。ポーランドの事故での一件も、黒騎のおかげで、立ち直ったということも」

エミリア「そんなことまで…」

稲城「世間話がてら、いろいろと話していたときにあいつが得意げに語ってくれたからね。私みたいに、誰かに変わるきっかけを持たせてやれた、って」

エミリア「…ホントに、その通りです。私、黒騎さんと会えたおかげで、変わるための勇気も、そのきっかけももらえました。今でも、黒騎さんには、感謝で胸がいっぱいです」

稲城「変わるための勇気、か。…それで、私にどんな用事で?」

エミリア「ええっと…お話してみたかったんです。その、黒騎さんのことをもっとよく知りたくて。稲城さんであれば、きっとたくさんのことが聞けるかと思いまして」

稲城「ふぅん。どうしてあいつのことなんて知りたいんだ? ただの同僚のことなんて、そんなに深く踏み込むことかい?」

エミリア「いけませんか? 後輩として、同僚として、もっと黒騎さんのことを知れば、あの人みたいにすごい警察官になれるかもって、そう思ったんです」

稲城「いや、別に。…てっきり、黒騎のことが好きなのかと思ったものだから」

エミリア「それは、そのう……その通りですけれど」カァ

稲城「……ふっ、くくっ。すまない、意地の悪いことをしたね」

エミリア「いえ気にしてませんから。代わりに、目一杯聞かせてください、黒騎さんのこと」

稲城「ああ、もちろん。あいつのこと、たくさん知ってやってくれ。かわいい弟分だ、君のような人にあいつを支えてもらえるというなら、嬉しいことだよ」フッ




看守「よう、稲城」ガチャ

稲城「ああ、どうも」

看守「今日は特に面会もなしか?」

稲城「そのようですね」

看守「ふーん……しっかし、人気者だねぇ、あんたも」

稲城「そうですか?」

看守「そうだよ。元秘書だろ、ダイハチにダイクやら、ヘンテコな清掃会社の人間、怪しい私立探偵に、フリーのアナウンサーから、元々応援してた連中まで…やれやれ、ここに面会に来てもらえるやつらの中じゃ、間違いなく一番の数だぜ」

稲城「こんな私でも、まだまだ拾ってくれる人はいるということなのかもしれませんね。……本当に、ありがたいことですよ」

看守「おまけにこうして差し入れするやつもいるしな」テワタシ

稲城「これは…そうか、もうそんな日か」ウケトリ

看守「この『黒騎』ってやつ、毎月毎月こうやって本なんか贈ってくるけどさ、なんで会いに来ないんだ?」

稲城「はは、こんな格好の私の姿なんて、見たくないんだそうです。黒騎にとって、私はヒーローだそうで」

看守「なるほどねぇ…」

稲城「今月は…『君主論』か。またベタなところを」フフッ

看守「っとと、そうそう。これ、もう一個差し入れ」

稲城「もう一つ?」

看守「ああ。封筒が一つ。中に何か入ってるみたいだな。俺は見てないけど、中身は金属だと。よく通してもらえたなぁ」

稲城「金属? …いったい……っ!」チャリン

看守「お? ってこれは…指輪か? しかもこれ、もしかしなくても……」

稲城(「あの式のときのモノ、借りっ放しだったのでお返しします。今度出てきてから、もう一度渡しに来る勇気があればどうぞ。挑戦を拒むようなマネはしません」…か)

稲城「……こんな僕を、待ってくれるというのか…凛」




刑務所――外壁

凛「……」

黒騎「あれ、ボス?」

凛「あら、黒騎くん」

黒騎「…面会っすか。稲城さんに」

凛「まさか。もう愛想つかせちゃった人に、会いになんて来ないよ。そういう黒騎くんなんじゃないの? 面会」

黒騎「それこそまさかっすよ。俺、あの人が手錠かけられてボロい囚人服なんて着てるの、見たくないんで」

凛「なるほどねぇ。確かに、そんな稲城くん、見たくないな……」ウツムキ

黒騎「ボス……」

凛「ね、黒騎くんはどう思う? 稲城くんが、私と結婚しようとしてたこと」

黒騎「どうって…」

凛「打算だけだったと思う? それとも、少しは本気で好いてくれてたのかな?」

黒騎「それは…んなもん、分からねーっすよ。俺は稲城さんじゃねーし」

凛「そりゃそうだ。ごめん、変なこと聞いて」アハハ

黒騎「……でも。俺は、稲城さんが本気だったって、ボスのこと真剣に想ってたって、そう思いたいっす」

凛「……そっか。黒騎くんからしたら、そうだよねぇ」

黒騎「はい!」ニッ

凛「……私も、そう思いたいよ」ポツリ

黒騎「ボス……?」

凛「さて、と。じゃ、お互い特に用事もないみたいだし、行こっか。ほらほら、歩いた歩いた。だいたい、黒騎くんってば、勤務時間でしょー?」ジトー

黒騎「腹ごなしのパトロールっすよ、パトロール。んじゃ、戻りましょうかね、っと」タタッ

凛「……」

凛(早いトコ戻ってきてよね。…その指輪、キレイだったし、返すのちょっともったいないなって思っちゃったんだから。私みたいな人には、今のところはあなたみたいなのくらいしかいないわけだし)

黒騎「ボスー?」

凛「はいはい、今行くよー」スタスタ

おはこにゃばちにんこ! 黒騎とエミリア回かと思いきや稲城さん回になってしまった
三期があるとして稲城さんに出番なんてあるのか ではまたいつか 今度こそエミリアメインをまた書きます


切ない…

乙です
次も楽しみにしてる

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