勇者「救いたければ手を汚せ」  (674)




符術師「何で…」

符術師「……何で、こんなことになっちゃったんだろう」




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>>>>>>

魔女「って感じで、凄く楽しい7日間だったよ」

符術師「へ~、そうですかぁ。あ~あ、私も行きたかったなぁ…」チラッ

魔女「うっ…ごめん。やっぱり大変だった?」

符術師「いえいえ、ちょこちょことは出ましたけど、魔法具のお陰で楽でした」

魔女「本当? 早速役立ったみたいで良かった。刀匠さんにも改めてお礼を言わないと」ウン

符術師「言っておきますけど戦闘面では、ですからね? 本当に大変だったのは、その後です」

魔女「?」

符術師「杖の力が強過ぎるから、皆さん不思議に思ったんですよ」


魔女「あっ…そこら辺、気になったんだ」

符術師「当たり前ですよ!」

符術師「あの量。しかも、極めて質の高い武器を何処から仕入れたのか……」

符術師「あれを、たかが3日4日で作成するなんて精霊様でも到底不可能ですからね」

符術師「それはもう、質問攻めでしたよ……」

魔女「でも、乗り切ったんでしょ?」

符術師「乗り切ったというか、割り切ったというか……」


魔女「割り切った?」

符術師「はっきり言うと、バレました」

魔女「は?」

符術師「一の杖も射出起動の指輪も、人間が作れる代物ではないですからね」

符術師「それに、武器に宿る魔力の質は、どう考えても人間のものではありません」

符術師「だとしたら答えは一つ。この武器は、魔神族が作ったものに違いない、と」

魔女「……魔術師って、頭が良いんだね」

符術師「何言ってんですか!! どんな馬鹿魔術師でも分かりますよ!!」

符術師「誤魔化しの利くような物を持ってくるかと思いきや!純然たる魔具じゃないですか!!」

符術師「全員集合した時の破壊力ったらないですよ!!なんですかあれは!?」

魔女「……私が居ないから全員じゃないじゃん」


符術師「ハイハイ!そうですね!!」

符術師「正確には一本足りないですよ!!それでも半端じゃない力でした!!」

符術師「戦闘好きな方々も、開いた口が塞がらないまま硬直してましたよ!!」

魔女「あ~、いや…その、ごめんなさいでした」

符術師「はぁ…お願いですから、もう少し上手くやって下さいよぉ……」

魔女「……皆の反応はどうだったの?」
 
符術師「それはもう、様々でしたよ」

符術師「何の嫌悪感もなく、強力な武器が手に入って嬉しいと言う方もいれば……」

符術師「魔神族が作ったものだろうと、使える物なら使うまでだと、割り切った考えの方……」

符術師「正直使いたくもないけど、皆の力になるなら使う。こんな感じでしょうか」

魔女「……やっぱり、私から説明した方がいいよね。このままだと、いつか混乱を招くし」

魔女「いつまでも魔王のことを隠しておくのは、こっちにも向こうにも不誠実だしさ」


符術師「いえ、その必要はないと思いますよ?」

魔女「え、何でさ?」

符術師「『あの』魔神族が、魔神族を倒す為の武器を我々に与えたんですよ?」

符術師「それも、魔神族から人々を守る為に組織された我々に、です」

符術師「おそらく魔女ち…団長には、『私達の知らない魔神族』と繋がりがある」

符術師「そうでなくては、これだけの量の魔具を調達出来るわけがありませんからね」

符術師「ですから、最早語る必要もないでしょう。皆さん勘付いてますよ」

魔女「なら、やっぱりきちんと説明した方が

符術師「知りたくないそうです」


魔女「えっ…」

符術師「知ってしまえば、『彼等』を理解したくなる。理解しなければならなくなる」

符術師「彼等がどういう人物なのか知ってしまえば、これからの戦いに迷いが出る」

符術師「中には私怨から戦いに臨んでいる方もいます。ですから、訊くのは止そうと決めたんです」

魔女「それは、みんなが?」

符術師「はい。ですから、あまり心配しなくても大丈夫ですよ」

符術師「人間に対して友好的ではないにしろ、攻撃的ではない魔神族がいる」

符術師「未だ見つかっていないことから、おそらく、魔力探査の及ばない地下に隠れ住んでいる」


魔女「そこまで分かったの!?」

符術師「よくよく考えれば簡単に辿り着けますよ。馬鹿じゃないんですから」

魔女「うっ…」

符術師「この際言っておきますが、考え無しにも程がありますよ?」

魔女「も、申し訳ない……」

符術師「まあいいです。ですが、まだ話は終わっていません」

魔女「……はい」

符術師「皆さんは、団長が信頼しているならば、それでいいと言っていました」

符術師「だからこそ、それ以上のことは知る必要はないと、そう判断したんです」

符術師「団長は、私達を裏切るような行動は絶対にしない……」

符術師「それは、これまで共に戦って、共に過ごしてきたことで、皆さん分かっています」


魔女「…………」

符術師「ですので、『彼等』のことは、そっとしておこうということになりました」

符術師「私達が『彼等』を魔神族だからという理由で殺害すれば……」

魔女「人間というだけで殺害するような『私達の知っている魔神族』と同じになってしまう」

符術師「最初は冷静さを失った方もいましたが、今の言葉で何とか落ち着いてくれました」

符術師「完全に納得したわけではないですけど、そういった魔神族が居るということに一定の理解は示してくれました」

魔女「……そっか」

符術師「多少の嘘は吐きましたけどね」


魔女「嘘って?」

符術師「そんな大それた嘘ではないですよ?」

符術師「これを作ったのは、お伽話に出てくる妖精のような、小さく可愛らしい魔神族だとか色々……」

魔女「……まあ、髭を生やしたゴツイおじさんとは言えないよね」

符術師「ほら、見た目って重要じゃないですか」ニコッ

魔女「悪い顔だなぁ…でも確かに、小さな妖精だなんて言われたら躊躇うかもね」

魔女「実際、人が怖くて地下に隠れ住んでるわけだしさ」

符術師「ええ、出来れば顔を合わせないことを切に願います」


魔女「……良かった」

符術師「何がですか?」

魔女「鬼王と遭遇した日、符術師に全部話して良かったって思ってさ」

魔女「そうじゃなきゃ、今頃どうなってたか分かんないでしょ?」

魔女「人に危害を加えてないとしても、魔神族の手を借りるなんて言語道断」

魔女「真面目な話、魔神族から人を守る組織にあって、その行為は裏切りに違いない」

魔女「申し開きする間も与えられず、皆に殺されても仕方なかった」

魔女「皆が分かってくれたのは、符術師が私の言葉を信じてくれたからだよ」

魔女「何を馬鹿な…って言われれば、それまでだった……」

符術師「私だけの力じゃありません。皆さんも、必死に理解しようとしてくれしたから」


魔女「……大変だったよね。ありがと」

符術師「お礼なんていいんです。出来ることをしたまでですから」ウン

符術師「それよりお疲れでしょう? 今日はもう休んだ方がいいです」

魔女「疲れてるのは符術師も同じでしょ?」

符術師「……分かります?」

魔女「当たり前だよ。だって、すっごい隈あるしさ」

符術師「それは魔女ちゃんも同じですよ。人のこと言える顔じゃないです」


魔女「まあ、色々あったから…」

符術師「あっ、忘れてました」

魔女「?」

符術師「隈があったら張っ倒すって言ってましたけど……宣言通り、張っ倒します?」ニッコリ

魔女「うわっ、意地悪だなぁ」

魔女「そうなったのは私の所為なんだから、何もしないし何も出来ないよ」

符術師「そんな顔しないで下さい、冗談ですよ。その代わり……」

魔女「その代わり?」

符術師「一緒に寝ましょう!」


魔女「へっ?」

符術師「向こうであったこと……」

符術師「王女様や精霊様、聖女様や狩人さんのこと、もっともっと聞きたいんです」

魔女「えっ? これでもかってくらい話したと思うけど……」

符術師「私、側近兼相棒なのに…何だか置いて行かれた感じがして寂しいです」

魔女「うっ…わ、分かったよ」

符術師「じゃあ、早速寝ましょう」

符術師「2日くらい寝てないので、早く寝ないと可笑しな事になりそうで……」ボフッ

魔女「……符術師?」

符術師「…スー…スー…スー…」

魔女「寝ちゃった。本当に疲れてたんだね、お疲れさま……」ボフッ

符術師「…スー…スー…スー…」

魔女「……お休み、符術師」


>>>>>>

20日後…

魔女「進行状況はどう?」

北王「精霊と魔導鎧達、それから貴様等のお陰で、何とか完成させることが出来た」

北王「何度か視察に言ったが、あれ程まで広大な空間をどうやってくり貫いた?」

北王「行く度行く度に様変わりしていて、全てを把握するのにかなりの時間を要したぞ」

北王「地下家屋、理解不能な光源……」

北王「しかも各家屋に最低限の家具まで用意されているなど、私の想像を遥かに超えている」

北王「精々が塹壕のようなものとばかり思っていたが、あれはまるで街だ」

北王「人間の手で『あれ』を造るとなれば、どれだけ人員を割こうと、数十年は掛かる」


北王「……あれも、魔術なのか?」

魔女「それには答えないって言ったはずだよ。お互いの為にもね」

北王「……そうだな。そうだった」

魔女「出来はどうだった? 何か不備は?」

北王「いや、出来過ぎていると言ってもいい程に充実している」

北王「東部の地下施設と同様…とまではいかないだろうが、身を隠すには充分だ」

北王「だが、幾ら充実しているとは言え、民には窮屈な思いをさせてしまうだろう」

北王「注意喚起、状況説明はしてあるが、それでも受け入れ難いようだ」

魔女「……急に頼んでゴメン。こっちも、いきなり聞かされたからさ…」


北王「構わん。私も、いずれは地下施設を作ろうと思っていたからな」

北王「少しばかり予定が早まっただけのことだ。だが、情報は確かなのか?」

北王「近々、魔神族による大規模な侵攻があるなど、俄には信じ難い……」

魔女「確かに、今の静けさからすれば想像出来ないだろうね」

魔女「でも、残念ながら事実なんだ。膨大な数の魔力と、それによる『うねり』が観測された」

北王「……例の『匿名の情報提供者』か」

魔女「そう。彼には、それを観測できる眼がある。私達には見えないものを捉える眼が……」

魔女「正直、あんたが疑いもせず提案を受け入れるなんて思わなかったよ」


北王「今でも疑っている」

北王「しかし、これは東王陛下が推し進めた計画でもある。それだけで、信ずるに値する」

北王「私個人としても多大なる恩があるからな。それに、これ以上の犠牲者は出したくない」

北王「過去の過ちは許されないが、過ちを繰り返さぬよう、最善を尽くすことは出来る」

北王「幸い、私には『その機会』が与えられた。ならば、成すべきを成すまでだ」

北王「民からの反発はあるだろうが、民が助かるのなら安いものだ」

魔女「その言葉、『あの時』に聞きたかったよ」

北王「過去を穿り返すのは女の悪癖だな。いつまで経ってもネチネチと……」


魔女「……ねえ」

北王「何だ」

魔女「……頼むよ、王様」

北王「ああ、分かっている。何があろうと、やり遂げてみせる」

魔女「……あのさ…」

北王「何だ、言いたいことがあるならはっきり言え、気色悪い」

魔女「……王様って、つらい?」

北王「つらくない、と言えば嘘になるな」

北王「知っての通り、王の判断次第で何もかも変わってしまう。国も、民もな」


北王「一度判断を間違えば……」

北王「善良なる魔術師を悪人に、国を滅ぼそうとする賊を救世主にしてしまう」

北王「過ちを過ちだと気付かせぬまま、民の心を操ることさえ出来るのだからな……」

魔女「…………」

北王「王には、それだけの『力』があるのだ」

北王「それを自覚しながら誘惑に負けず、正気を保ちながら民と向き合うのは、中々難しい」

北王「私が思うに、権力そのものに意思がある」


魔女「権力に意思?」

北王「そうだ。権力を行使するはずの王が、権力に支配されてしまう」

北王「あくまで持論だが『それ』を怖れるのは他の誰でもない、王自身だ」

北王「目に見えぬものとは実に怖ろしい。実態がないからこそ、人は怯え、怖れは増す」

北王「……それに打ち勝った者こそが、王を名乗るに相応しい人物だと、私は思う」

北王「民を愛し、祖国を愛す」

北王「口にするのは容易いが、本当の意味で実行出来た王は、過去にどれだけいただろうか……」

魔女「………」

北王「王として名を残すのは容易いだろう。しかし、賢き王、名君となると話は別だ」


北王「民に慕われ、国に尽くす」

北王「私も、そう在りたかった。それを目指していたつもりだった」

北王「勇者が言うところの『優しい王様』というやつだろうな。父上のような、愛される王だ…」

魔女「今からだって…」

北王「ふっ、気休めは止せ」

北王「それが叶わぬことは分かっている。暴君として名を残すのは、既に決定しているからな」

魔女「………」

北王「……魔女、済まなかった」

魔女「……いいよ。今はよくやってるから」

北王「フン、相変わらず礼儀のなっていない奴だ。だが、それに救われた」


魔女「あんたを助けた覚えはないけどね」

北王「それでいい。その方が楽だ」

魔女「あっそ」

北王「……魔女」

魔女「?」

北王「……近頃、魔王という名を耳にする」

魔女「!!?」

北王「東西軍部の報告書の中でも、その名を何度か見かけた」

北王「彼も、王として悩んでいるのだろうか。魔女、貴様はどう思う?」


魔女「……悩んでる…んじゃないかな」

魔女「自分がどうあるべきか、魔王とは何か、人の世で、どう生きていくのか…とか色々……」

北王「どんな時代だろうと、自国の民を守るのが王の役目、責務だ」

北王「敵対するものがいるなら頑として戦う。そうあるべきだ」

北王「人の王も、魔の王も、そこは変わらぬと思っている。心はあると信じている」

魔女「?」

北王「我々…人間に手を貸してくれたのが、その証だろう? 地下施設の件、礼を言う」

魔女「!! あんた、最初から気付いて…」

北王「話は終わりだ。まだ仕事があるのだろう? あまり仲間を待たせない方がいい」


魔女「……ありがと、またね」ザッ

ガチャッ…パタンッ……

北王「……側近」

監視「は、何でありましょう?」

北王「君にも多大な迷惑を掛けたな。済まない」

監視「いえ。これは散っていった仲間の為、生き残ってしまった者としての責務です」

北王「……そうだったな」

監視「陛下」

北王「何だ?」

監視「何故、一介の見張りに過ぎぬ私を側近に?」


北王「今更だな」

監視「陛下は多忙を極めていた為、これまで訊ねる機会はありませんでしたからな」

北王「……私がしたことを知っている者。いや、被害者と言ってもいいだろう」

北王「だからだ、だから君を側近にしたのだ。厳正なる眼で、私を…咎人を監視して欲しかった」

監視「……そうでしたか」

北王「君にとっては、災難以外の何物でもなかっただろうな。こんな人間を見続けるなど……」

監視「そんなことはありません。王であろうとする姿は、いつ見ても御立派だと思っております」

監視「ただ、その姿を見る度に思うのです」

監視「何故、もっと早く、そうなってくれなかったのかと……」


北王「…………」

監視「貴方は弱かった。その弱さ故に、多くの命が失われた」

監視「しかし、我々軍部にも責はある。将軍の企みを見抜けず、踊らされていたのですから」

監視「王が苦痛に耐え、藻掻いていることなど、知る由もなかった……」

監視「貴方か将軍か…どちらが咎人であるかなど、今となっては分かりません」

監視「ただ、それに巻き込まれたのは我々軍部だけでなく、民だということは確かです」

北王「……容赦ないな」

監視「何を言われますか。厳正なる眼で見ろ…と仰ったのは陛下ですぞ?」


北王「ハハハッ! そうだな、そうだった」

監視「……陛下」

北王「?」

監視「私は、この命尽きるまで見届ける覚悟です。最期の最期まで、どうか、全うして下さい」

北王「……ああ、そのつもりだ。引き続き、監視を頼むぞ」

監視「ええ、お任せ下さい」

監視「王は兎も角、罪人を監視するのは慣れております。何十年と見て参りましたからな」

北王「ふっ、言ってくれるな。ふ~っ、そろそろ戻らんと…な…」


監視「陛下?」

北王「いや、何でもな…い…」フラッ

…ガシッ…

監視「陛下、少しお休みに

北王「…ッ…大丈夫だ…」

監視「しかし…」

北王「何のことはない」

北王「少しばかり脚がもつれたようだ。座ってばかりだからだろう、まったく情けない話だ」

北王「両の脚があるのに、一人で歩くことも出来んとは、とんだ笑い種だ」

監視「……陛下」

北王「やるべきことは、まだまだある。側近にも手伝って貰うぞ」ザッ

監視「は、承知致しました」

ザッザッザッ…

監視「(近衛兵よ、見ているか。この国は必ずや変わる。どうか、見守っていてくれ……)」カツン

…カツン…カツン……


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同日夜 魔導師の洞窟

魔女「北部完了。ありがとね、盗賊」

盗賊『礼はいらねえよ。髭のおっさん達を説得すんのは、まだ楽だったからな』

盗賊『面倒だったのは人間の方だ』

魔女「あ、東王と会談したんだっけ?」

盗賊『したんだっけ?じゃねえよハゲ!! お前も居ただろうが!!』

魔女「ハゲてないから!! って言うか、あんなの無理だよ!!」

魔女「針落としても分かるくらい静かで、お葬式みたいに重苦しい雰囲気でさぁ!!」

魔女「元帥も、巫山戯たことを言ったら射殺する…みたいな顔してたじゃん!!」

魔女「私だって最初は盗賊を助けるつもりだったよ!? でも無理でしょ!?」

盗賊『うっせえ! お前、途中で部屋から出ただろ!!』


魔女「うっ…」

盗賊『あの、ホントごめんなさい。ちょっと具合悪いんで……みたいな顔しやがって!!』

魔女「仕方ないじゃん!! あんな空気耐えらんないよ!!」

盗賊『独りぼっちの気持ちを考えなさいよ!! 滅茶苦茶キツかったんだからな!!』

魔女「……ごめん」

盗賊『部屋から出たっきり戻って来ねえし……お前、何処で何してたんだよ』

魔女「……怒んない?」

盗賊『ああ、もう怒りようがねえからな』

魔女「……王女様と、お茶を飲んでいました」

盗賊『ざけんな死ねッ!!』

魔女「怒んないって言ったじゃん!!」


盗賊『喧しいわ!!』

盗賊『俺が一生懸命頑張ってる時にお茶飲んでるとか馬鹿じゃねえの!?』

盗賊『これから大規模な魔神族流入が起こる可能性がある。種族名はオーク……』

盗賊『とかってクソ真面目に話してんのに、お茶飲んでんじゃねえよ!!』

魔女「……ほら、私だけ場違いだったしさ」

盗賊『なぁ』

魔女「……はぃ」

盗賊『なあ!』

魔女『はい』


盗賊『なぁ!!』

魔女「はい!!」

盗賊『見知らぬ御偉方に囲まれて、満足に息も出来ない子供の気持ちが分かるか?』

盗賊『そりゃもう生きた心地がしなかったぜ? あれなら殴り合いの方が何百倍も楽だ』

魔女「え、そう? きちんと魔王やれてたと思うけど……」

盗賊『口調に姿勢、仕草を変えたりして別の人間を演じんのは楽なんだよ』

盗賊『ただ、この度は……みてえなやつが苦手なんだ。なんつーか、むず痒いだろ』

盗賊『つーか、何で俺なんだよ。ああいうのは勇者担当じゃねえのかよ』

魔女「……仕方ないよ、居ないんだから。そんなに嫌なら、何で引き受けたのさ」


盗賊『黒鷹の奴に、そろそろかもしれん…』

盗賊『とか言われて、それを伝えられんのは俺しかいねえだろ』

盗賊『精霊や勇者の師匠も気付いてたみてえだけど、こっち側から言った方が危機感が出るだろ?』

魔女「……まあ、魔王からの余命宣告だなんて言われたら、そりゃあね…」

盗賊『敵対してる存在からの情報提供ってのは、そんだけ重いもんだ』

盗賊『しかも身内の奴等が、そいつの言ってることに間違いはない…』

盗賊『とか言うんだ。そうなったら、これは大事だ、何とかしなければ…って思うだろ』

魔女「そうかもしれないけど、わざわざ魔王として話さなくてもよかったんじゃないの?」

盗賊『俺は魔神族の王で、人間の王様じゃねえ。それを示しとかねえと後々面倒なことになる』

盗賊『地下街だけで手一杯なんだ。妙な期待されて頼られんのはごめんだ』


盗賊『……それにな』

魔女「ん?」

盗賊『世界の危機だとか、滅ぶとか言われてもピンとこねえけどよ……』

盗賊『世話になった奴とか、一緒に戦った奴とかが死ぬのは嫌だろ?』

盗賊『他の奴等がどうなろうが知ったこっちゃねえけど、それだけは嫌なんだよ……』

魔女「…………」

盗賊『俺の大事な奴、勇者の大事な奴、お前の大事な奴、隊長の大事な奴……』

盗賊『巫女や鬼姫、こっち側…地下街に住む奴等の大事な奴とかさ……』

盗賊『そういうのを繋げて拡げてったのが、世界ってやつなんだろ?』


魔女「きっと、そんな感じなんだと思う」

盗賊『だろ? だから俺は、人間に手を貸したんだと思うんだよ』

魔女「魔王なのに?」

盗賊『魔王だとか言ってんのにな……』

盗賊『でもな、髭のおっさん達も地下街の連中も、分かってくれたんだ』

盗賊『手を取り合うことは出来なくても、あの時と同じような景色は見たくねえ…そう言ってた』

盗賊『大事な奴を失いたくないって想いは、魔神族も人間も関係ねえ。誰もが怖れてんだ』

盗賊『なんつーか、王様ってのは、そういう脅威から守る奴なんじゃねえのかな……』

盗賊『まあ、守るとか助けるとか…そんなガラじゃねえのは分かってるけどよ』


魔女「……大丈夫?」

盗賊『おう。時々、分かんなくなるけどな……』

魔女「仕方ないよ。ついこの前までは普通…じゃないけど、人間だったんだから」

魔女「それがいきなり魔神族の王様だよ? 私にだって分かんないよ」

魔女「でも…」

盗賊『あ?』

魔女「何て言うか、変わってなくて良かったよ。私の知ってる盗賊で良かった」

魔女「あの時はびっくりしたけど、何か変な感じだったしさ……」

盗賊『爺さんに、魔女は危ねえって言われてたんだよ。でも、慣れねえことはするもんじゃねえな……』


魔女「……そんなことないよ」

魔女「ああ言ってくれなかったら、私は半端なままだった。あれで決心付いたから良かったよ」

盗賊『後悔すんぞ』

魔女「知ってる。何かを失っても、何も出来ないよりはいい」

盗賊『…ったく、馬鹿な女だよな』

魔女「今の世の中、馬鹿にならなきゃ生きてけないからね」

盗賊『……かもな。まともじゃ生きていけねえし、ただの馬鹿でも生きていけねえ』

盗賊『魔女、何とかしようぜ。何とかなる問題じゃねえし、俺等で何とかしねえと終わっちまう」


魔女「うん、そうだね。でも、勇者はどう? 間に合いそう?」

盗賊『まだ分かんねえ。あれから会ってねえし、喋ってもねえからな』

盗賊『爺さんはもう少しだって言ってたけどな』

魔女「その『もう少し』を、向こうが待ってくれるわけないよね……」

盗賊『そりゃあな。どんな手を使ってでも、勇者を潰そうとすんだろ』

盗賊『……王女サマも勇者の母ちゃんも、何度か狙われた。警備をすり抜けてな』

盗賊『精霊や隊長、魔導鎧が退けたみてえだけど、いつ来るか分かんねえ……』

魔女「あいつには幾つの顔、幾つの姿があるんだろ……正直、気味が悪いよ」

盗賊『内に捕らえた魂の数だけ、違う姿に化けられる。分体とかだったな』

魔女「囚われの魂は勇

ギギャッ!!ギキィィィィッ!!

魔女「痛ッ!!?」

ザザッ…ザァァァァ…

魔女「音が途切れた? 何、今の金切り声みたいな……」


襤褸『紳士淑女の皆様方、暫しお耳を拝借する』

襤褸『それほど時間は取らせはしない。事実を告げるだけだ。心して聞け』

襤褸『近々、世界は滅ぶ』

襤褸『いや、近々ではない。たった今、この時より貴様等は滅ぶ』

襤褸『理解出来ぬ者は、理解出来ぬまま死ね。理解出来ている者も、等しく死ね』

襤褸『貴様等が異形種と呼ぶ者も、人間も、老若男女善悪美醜問わず等しく死ぬ』

襤褸『これから起きる全ては、何者も避けることの出来ぬ絶対の事柄だ』

襤褸『歴史になど残さぬ。我と我等が、歴史すら埋め尽くすからだ』

襤褸『何を恨み、何を呪えばよいのか分からぬのなら、隣人を恨み、隣人を呪え』

襤褸『救いを求めるのなら、月に吼えろ。勇者の名を叫ぶがいい』

襤褸『それでも救われぬのなら、勇者を呪うがよい。その御霊は、我と我等が迎えてやる』

襤褸『叶わぬ希望などに縋るな、其処に在る絶望を直視しろ』

襤褸『神になど祈っても無駄だ。決して抗えぬ理不尽に泣き叫べ』

襤褸『今宵は、またとない月夜……』

襤褸『ヌハッ…さあ、此方の準備は整った。其方の準備は出来ているか?』

また明日


襤褸『……では、始めよう』

魔女「ッ、マズい。早く避難を……!?」クルッ

魔導師「久し振りだな。弟子よ」

魔女「……先…生?」

魔導師「理解出来ぬか、ならば理解させてやろう。土よ、大槌となりて押し潰せ」カッ

魔女「ッ!!?」バッ

ズドンッッ!

魔女「がッ…」ドサッ

ガシッ…

魔女「ゲホッ…先生…何で、先生が……」

魔導師「魔女よ、その力は返して貰うぞ」

魔女「(…っ、先生に貰った元素供給陣が消えていく)」

魔女「(じゃあ、目の前に居るのは本物の……)」

魔導師「壁にある杖は、私の杖だな。あれも返して貰おうか」スッ


カタカタ…パシッ…

魔女「…ッ!!」ジャキッ

ガギィッ…

魔導師「一手遅かったな」

魔導師「私が現れた瞬間に敵として認識していれば、容易く葬れたものを……」

魔導師「力奪われるまで、私を模した偽者だと信じたかったか?」

魔女「…………」

魔導師「言葉交わさずとも、やることは変わらんがな……貫け氷柱」

ピシッ…ゴシャッッ! パラパラ…

魔導師「……居ない。消えた…わけではない。転移術式か……いや、これは…」クルッ


符術師「……させません」

魔導師「符術……そうか、符術で引き寄せたか」

魔女「(奴には人間の魂までをも束縛する力がある。それが発覚した時から、覚悟はしていた)」

魔女「(剣士さんの姿で王女様を襲撃し、戦士さんの姿で聖女さんを襲撃した)」

魔女「(精霊にそのことを聞いた時から、覚悟はしていたはずなのに……)」

魔導師「実に優秀な仲間を持ったな」

魔導師「全員女子であり、少数ではあるが、短期間で魔術師を組織化したのは褒めてやる」

魔女「(私の先生。魔導師が、其処に立っている。それだけで、どこか喜んでいる私がいる)」

魔女「(こんな最悪な再会を、私は喜んでしまっている。褒められたことさえ、受け入れている私がいる)」


魔導師「魔女よ」

魔導師「『そう来る』と分かっていても、人とは動揺するものだ」カツンッ

魔導師「油断などしていなくとも、入念な準備をしていたとしても、人は動揺する」カツンッ

魔導師「魔女、お前が感じているのは人間にしかないもの。躊躇い、戸惑いだ」カツンッ

魔女「(私はこの人と、魔導師と戦えるのか? 育ての親、愛する母、偉大なる師……)」

バチンッ!

魔女「…ッ、符術…師?」

符術師「魔女ちゃん!しっかりして下さい!! 考えるのは後です!洞窟から抜けますよ!!」


魔導師「ふむ、この部屋も変わらんな」

魔女「……先生」

符術師「ッ、繋がり通せ、道を開け」ズッ

バシュッ…

魔導師「私が現れてから僅かな間に、符を設置していたのか……」

魔導師「ふむ、符術も進歩したものだな」ザッ


…カツンッ…カツンッ…カツンッ……


符術師「魔女ちゃん!魔女ちゃん!!」

魔女「……大丈夫。もう、大丈夫だよ。ごめんね」

符術師「(ッ、目が虚ろだ。これは、力を奪われた喪失感から来るものなんかじゃあない)」

符術師「(奪われたのは闘志。それを支える全てが、魔導師様の抜け殻に持っていかれた)」

符術師「(この状態で皆に指示を出すのは無理。私が何とかしないと……)」


符術師「各自、街や都の転送陣を起動。速やかに住民を地下施設へ移動させて下さ

ゴォォォッ!!

符術師「熱ッ!!? 皆さん!大丈夫ですか!!?」

魔導師「させぬ、行かせぬ。『それ』を止めるのが、私の役目だ」

魔導師「我と我等の軍隊は、全てを壊すまで止まらん。街も、都も、命も、等しくな」

符術師「……何故、奴に囚われたのですか? あなたのような高潔な魔術師が何故!?」

魔導師「憎いからだ」

魔導師「家族奪われ、その身を穢され、天涯孤独となった娘が不憫でならん」

魔導師「魔術に縋り、私に縋り、力を求め、それでも救われることはない」

魔導師「その娘…魔女をこのようにした運命、そうさせた世界が憎い。魔女を救えぬ己が憎い」


魔女「…………」

魔導師「魔女は、私の全てだった」

魔導師「私を師として慕い、時には私を母のように思っていたのも知っている」

魔導師「私は、その娘が愛おしかった」

魔導師「……魔女は姉上によく似ていた。才もあった。今想えば、姉上への罪滅ぼしでもあったのかもしれん」

符術師「……魔女ちゃんを苦しめる世界が憎い? だから世界を壊す?」

符術師「それは魔女ちゃんをも壊すことだと、分かって言っているのですか?」

魔導師「…………」

符術師「魔女ちゃんを『こんな目』に遭わせているのは他ならぬ、あなたです」

魔導師「……こうしている間にも、着実に命は奪われていく。お前の安い言葉が、時間を無駄にしたのだ」


符術師「……いえ、必要な時間でした」

魔導師「なに?」

符術師「綱引き地に縫え」カッ

ズシッッ…

魔導師「…ッ…符を、這わせていたか」

符術師「風術隊!全速力で空を走れッ!! 陣の起動を最優先ッ!!!」

『了解!!』

魔導師「……符は、起動するまで魔力を発しない、だったか。符術の利点を生かしたな」

魔導師「今行ったのは、精々二十名足らず。オークは千を超える。足りると思うか?」

符術師「戦えば負けるでしょうね。でも、彼女達が行うのは陣の起動のみ」

符術師「それさえ済めば、地下施設への避難は完了します。戦う必要はありません」


魔導師「避難出来る人間が残っていればな」

符術師「…………」

魔導師「その顔、符術師とはいえ感じているのだろう?」

魔導師「膨大な数の魔が、地の底より這い出、人の世を埋め尽くすのを」

符術師「(侮っていたわけじゃないですけど、こんなに多いとは思いませんでしたね)」

符術師「(この場に居るのが魔導師様だけ、というのが不幸中の幸い……)」チラッ

魔女「…ッ…ハァッ…ハァッ…」ギュッ

符術師「(とも言えないですね……)」

魔導師「何を策し、何を講じようと、程なくして人は滅ぶ」カッ

ゴウッッ!

符術師「(抜け殻とはいえ、流石は魔導師様。地に縫い付けられながら、一瞬にして焼き尽くすとは……)」


魔導師「……だが、滅びを防ぐ方法はある」ザッ


カツンッ…カツンッ…カツンッ…


符術師「………皆さん、援護を頼みます」

魔導師「魔女」

魔女「!!?」ビクッ

魔導師「お前が私を殺せば、北部のオークは消える。無論、この私も消える」

魔導師「私の希望は、お前だ。勇者でなくとも、お前ならば私を殺せる」

魔女「……そんなの、嘘だ」

魔導師「信じぬか。ならば、何もせぬまま死んで逝け。私が解放してやる」ザッ


符術師「水術隊!穿て!!」

ドドドドッッ!!

魔導師「…………」スッ

…フッ…シュゥゥゥ…

符術師「(……術相殺。この杖があっても力の差は歴然、半数以上の仲間が残ってるのに…)」

魔導師「魔女。既に覚悟あるものと思っていたが、期待外れだっだようだ」ザッ


カツンッ…カツンッ…カツンッ…


符術師「(全てが矛盾してる。世界を滅ぼし、そこに救いを見出すなんて……)」

符術師「(そんなの理解出来るわけがない。どうかしてる。ぐちゃぐちゃ、正に混沌……)」

符術師「(さっきの言葉は魔女ちゃんを混乱させる為なのか、魔導師様自身の言葉なのか…)」チラッ

魔女「…ハァッ…ハァッ…ッ…」

符術師「(呼吸が酷く乱れてる。このままじゃ魔術をまともに使えない)」

符術師「(今は魔女ちゃんを逃がさないと、何とか距離を……)」スッ


魔導師「翼よ駆けろ」カッ

符術師「!!?」ガバッ

グサッ…

魔女「……えっ?」

符術師「がふっ…」ドサッ

魔導師「……そうだろうな。そうしてくれるだろうと信じていたぞ」

魔女「……符術師…?」

魔導師「周りの連中も邪魔だな……風切り引き寄せ切り刻め」カッ

魔女「ッ!! 先生!やめ

ヒョゥゥ…ゴシャッッ! ドサッ…ドサドサッ…


魔女「あ…うぅっ……」

魔導師「お前が招いた結果だ。指揮もせず、戦いもせず、癒やしもしない」

魔導師「まして敵を前に放心するなど、あってはならぬことだ。それは罪だ、魔女」

符術師「……罪なのは魔導師様、あなたですよ。敵として現れたこと自体、あなたの罪です」

符術師「魔女ちゃんを苦しめているのも、私達に攻撃したのも、あなたです」

符術師「まあ、今の魔女ちゃんは確かに情けないですけどね……」スッ

魔導師「今更、符を使わせると思うか」

符術師「…ゲホッ…あなたには使いませんよ。魔女ちゃんに使うんです」


魔女「…………」

ガシッ…

符術師「ッ、魔女ちゃ

魔女「風、敵を彼方に吹っ飛ばせ」カッ

ズオッッッ!!

魔導師「ぐッ!!?」

魔女「……符術師、今治す」スッ

魔女「傷が深いから、ちょっと時間掛かると思うけど、じっとしてて」

符術師「魔女ちゃん…」

魔女「ごめん。でも、もう大丈夫。もう分かったから、もう大丈夫だよ」


符術師「えっ?」

魔女「考えてみれば当たり前のことなんだ。苦しいのは私だけじゃない」

魔女「苦しみは比べるものじゃないけど、誰もが傷を抱えて生きてる」

魔女「それは聖女さんと話して、痛いくらい理解した。どんなに苦しくても、生きてる限り戦う」

魔女「何かを犠牲にしても守らなきゃならないものがある。何があっても、戦うよ……」

魔女「…って、この話は何度もしたよね」

符術師「……私のことは、もういいです。だから、早く逃げて下さい」

符術師「吹っ飛ばせたみたいですけど、時間はありません。早く、逃げて……」

魔女「もう少し、もう少しで塞がる……」


魔導師「やっと分かったか」

…ザッ…

魔女「…………」

魔導師「どうした、あれで終いか」

魔導師「お前の力はそんなものか。私の育てた弟子は、その程度で終わるのか?」

魔導師「私を救えるのは、この憎悪を消し去されるのは、お前だけだ」

魔導師「お前にしか私を殺せない。勇者だろうと、私を救うことは出来ない」

魔導師「仲間など何の役にも立たん。私にとっての希望は、お前なのだからな」

魔女「……心配しなくても、もう大丈夫です」

魔女「あいつに囚われた先生の魂は、私が絶対に救い出してみせますから」ザッ

ザッ…ザッ…ザッ…

『何を犠牲にしても、守らなきゃならないものがある』


符術師「犠牲? ッ、魔女ちゃん待っ

魔女「我が望みを捧げる。契約を果たせ」ガヂッ

魔導師「……炎、か」

魔女「(体が変わっていく。いや、肉体ってものに囚われない存在になっちゃうのか……)」

魔女「(人として、女として生きられないということ。しあわせすら燃やして手にした炎か)」ヂリッ

魔女「……それでもいい。もう、決めたんだ」

符術師「……魔女ちゃん…ッ…何で!何でこんなことをするんですか!!」

符術師「魔女ちゃんを『あんな風』にさせたのも、救う為だとでも言うんですか!!」

魔導師「奴に魅入られ、魔女が舞台に立った時から、こうなる運命だった。それだけの話だ」

魔女「こうなる運命だったとしても、これからの運命なら変えられる」


魔導師「(体が真白に…光炎か)」

魔導師「(星の輝きのようにも見える。あれが、姉上の目指した姿……魔術師の答え)」

魔女「あの時、先生が私の運命を変えてくれたように、運命は変えられます」スッ

魔導師「(火球か、速度もなく小さい。風で逸ら……いや、あれは何かが違う)」タンッ

ヂッ…ヂヂヂッ…ゴッッッ!!

魔導師「…………」ゾクッ

魔女「(指先くらいの火球で、あれか。考えて使わないと巻き込んじゃうな)」

魔導師「……何を捨てて、その力を得た」

魔女「取り返しの付かない、後悔してもしきれないもの。私が夢見た『しあわせ』です」

魔女「何がどうなろうと、何を失おうと、私はこの舞台から降りない」

魔女「しあわせを奪う絶望と戦うって、理不尽に抗うって決めたから」

また明日


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少女は不気味な声によって目を覚ました。

意味は理解出来なかったが、死ねだとか滅びだとか、口にしてはならない言葉を発している。

まだ4歳ではあるが、それが悪い言葉、汚い言葉であるというのは理解出来た。

絶望による世界への宣誓が終わった頃には、少女を挟んで眠っていた両親と兄も起きていた。


「これから外に出るから、すぐに着替えなさい」


いつもの声、優しい父の声。


「夜はあぶないから、出ちゃダメなんだよ?」


夜は、おっかない怪物が出る。

少女は父に、そう聞かされていた。

少女の父は温厚な人物だが、決まり事や約束事に関しては徹底して厳しかった。

朝昼晩の飯時も、起きる時間も寝る時間も決まっている。

そんな父が夜に出掛けると言うのは、どうにも納得出来ないらしい。

そんな娘に対し、父は困ったように頬を掻き、娘の頭にぽんと手を置いた。


「今日は良いんだ。今日は特別な日なんだよ」

「ほら、窓の外を見てごらん。隣のお家の明かりが見えるだろう?」

「あ、ほんとだ」


言われるままに窓を見ると、確かに隣家には明かりがあった。

雪も、ちらほら降っている。


「夜は冷えるから、帽子と手袋は忘れないように。」

「私は下で待っているから、母さんと一緒に着替えなさい」


そう言うと、父は着替えを持って寝室を後にした。

既に着替えを終えた兄を連れて。


「お母さん、今日は何があるの?」

「今日は、お散歩の日なの。さっきの声は、その合図」

「ほら、早くしないと遅れちゃうよ?」

「……うん、わかった」


何が起きようとしているかなど分からない少女は、いつも通りに着替えを済ませ、いつも通りに服を畳む。


「お母さん、ちゃんとたたんだよ」

「うん、上手に出来たね。偉い偉い」


これも、いつも通りのやり取り。

しかし、母の手は僅かに震えていた。

母は帽子と手袋を被せると、娘の手を取り、二人の待つ一階へ下りる。


父と兄は、窓から外を観察している。

少女は階段を下りながら、何かが窓を横切ったのを見た。

同時に、何かがぶつかったような、弾けたような音も捉えた。

はっきりとは見えなかったが、灰色で毛むくじゃらの何かだ。

右手には小さな風船のような、何か丸いものが握られていたようにも見えた。

気になったのは、結び糸ではなく、風船そのものを握っていたこと。

少女は、それが少しばかり気になったが、深く考えることはなかった。

きっと何かの準備中で、あれは着ぐるみか何かだろうと、そう思ったからである。

それよりも気になるのは、父と兄が窓を布で覆っていることだった。


少女には知る由もない。

灰色の毛むくじゃらがオークであることも、握られていた風船が、引き千切られた頭部であることも。

この家族、花屋一家は、完全に出遅れた。

一家全員の準備が済んだ頃には、街の様相はがらりと変貌していたのだ。

魔女の前に魔導師が現れたと同時、北部にある村から都に至るまで、灰色の獣、オークが埋め尽くした。

オーク。

破壊することしか出来ず、破壊する物しか作れず、それだけを無上の喜びとする生物。

元はエルフともドワーフとも、日光を浴びず堕落した種族とも言われている。

埃被ったような灰色の体毛、背が歪み小柄な個体が多いが、鈍重ではない。

鉤爪は容易く人体を引き裂き、裂けた口から覗く牙は、骨を粉砕する。

言語は用いるが、話が通じるような相手ではない。勿論、人間が敵うような相手でもない。


布に覆われた窓の外。

雪降りしきる街の中で、人々の命はオークの手によって次々と奪われていく。

悲鳴を無視して、懇願哀願を無視して、オークは嬉々として人体を破壊していく。

鋸、斧、鉞、鶴嘴、棍棒、鎌。様々な道具で、様々な殺しを愉しんでいる。

絶望が口にした通りの有様だった。

杖がなければ歩けぬような老婆も、親に抱えられなければ動けぬ赤子だろうと関係ない。

老若男女関係なく、等しく無惨に殺されている。

街の至る所で悲鳴が響き渡る。

その頃には、少女も気付いていた。

何が起きているのか分からないが、とても怖いことが起きているのだと。

少女は母の胸に顔を埋め、母は少しでも悲鳴を遮るようにと、娘をきつく抱き締めた。


一方、父と兄は焦っていた。

街全体に施した転移の陣は完全済み。街の住民全員の血液も採取済み。

血液認証により、住民以外が転移することはない。後は、魔術師が陣を起動するのみ。

しかし、いつまで経っても魔術師は来ない。避難場所への転移も始まらない。

予定通りに行かないとは分かっていても、外から聞こえる悲鳴が、焦りと怖れを生んだ。

だが、安堵している部分もある。

「(外に出ずとも転移は出来る。外に出ていたら、おそらく私達も……)」

「(あのやり取りがなければ、私達は間違いなく死んでいた)」


事実、彼の家族は運が良かった。

娘を納得させる為に時間を割いてしまったことが、結果的に家族を救ったのである。

絶望による宣誓によって混乱した人々は、心理的に逃げようとした。

恐怖から逃れようとするのは当然だ。

彼もまた、家族に着替えるように言い、外へ出ようとした。

火災や地震が起きた時と同じ。


『このままでは危険だ。急いで、家の外へ出なければ』


しかし、街を襲っているのは天災ではなく、オークという名の異形の生物。

あらゆる物を破壊する、意思ある災厄。


「(彼等も、外に出なければ助かったのかもしれない)」

そう、待つだけで良かった。

しかし、住民の多くは自らオークの前に姿を晒してしまったのである。

何処にも逃げる必要などないのに、多くの住民は逃げてしまった。

彼の家族は、その住民達に救われたと言えるだろう。

オークは目の前の、逃げ惑う獲物を追うことに気を取られた。

隠れた獲物より、見える獲物。より確実に、より楽に殺せる方を、オークは選んだのだ。

しかし、それも束の間。

次第に悲鳴の数は減っていき、家屋を破壊する音が響き渡る。

次は隠れている者の番だと言わんばかりに、激しい破壊音が街全体を包んだ。


彼の家族は身を寄せ合った。

祈りはしなかった。ただ、待っていた。

少女の両親は我が子を抱き締め、魔術師が陣が起動することを待っている。

一方、少女とその兄である少年は、たった一人の男を待っていた。


「おにいちゃん、ゆうしゃは来てくれるかな……」

「ああ。きっと、きっと勇者さんは来てくれる」


召喚士から街を救い、神聖術師から魔術師を救い、北部を救った男。

勇者ならば、きっと来てくれるはず。

二人は勇者を信じて待った。

何の根拠もないが、勇者を想うだけで、気持ちを強く持てる気がした。


だが、彼は来ない。

現れたのは、最も怖れていたモノ。


「こっち に 居るぞ」


扉を叩き割り現れたのは灰色の獣。

濁った眼が獲物を捉え、低く嗄れた声が仲間を呼んだ。

続けて発音することが出来ないのか、ぶつぶつと、途切れ途切れに声を発している。

父親が、裏口から出るように叫んだ。


しかし、何もかもが遅かった。

オークの鉤爪が母親の服を引き裂き、背中の肉を抉る。

大量の血飛沫が壁を染めた。

母は、それでも子供達を抱き締めた。悟られまいと、必死に声を圧し殺して。

いよいよだと意を決して、父は扉を塞ぐオークに思い切り体をぶつけた。

僅かに怯んだ隙に、普段の彼らしからぬ声で、子供達に急いで逃げるよう叫ぶ。

母はゆっくりと腕を解き、二人の我が子に微笑みかけた。


「先に行きなさい。大丈夫、大丈夫よ。父さんも母さんも、後から行くから」

「振り向かないで走るの。さあ、早く」


兄は涙をぐっと堪え、泣き出す妹の手を握り走り出した。

オークを抑え込んでいる父も、穏やかな顔で笑っている。

腕を噛み砕かれているにも拘わらず、僅かでも安心させるように笑って見せた。


「走るぞ。走るんだ」


少年は父を見て一度立ち止まったが、母の言い付け通り、振り向かずに走り出そうとした。

しかし、妹がへたり込んで動かない。

隠れる場所がないかと辺りを見回すが、灰色の怪物がそこら中を彷徨いている。

既に数体が、兄妹の姿を捉えている。

少年は妹を引っ張るが、ずるずると引き摺られるばかりで、立つことが出来ない。

化け物は、もう其処まで迫っている。


少年は歯を食いしばった。

両親が道を開いてくれたのに、このままでは自分も妹も殺されてしまう。

じゃり…じゃり…

化け物の足音が近付く。恐怖で顔を上げることすら出来ない。

諦めたくはないが、諦めざるを得ない。

少年は妹を抱き締めた。

せめて一緒にと、そう思ったのだろう。

一歩、足音が近付く。一歩、足音が近付く。もう、すぐ其処にいる。

少年は一段と強く、妹を抱き締めた。

その背後でオークは嗤う。

そして、身を寄せ合う人間二匹に、躊躇うことなく棍棒を振り下ろした。

また明日


少年はぎゅっと瞼を閉じて、背後から迫る死を覚悟した。

自分達二人をまとめて押し潰す大型の棍棒が、風を切って迫っているのが分かる。

その音が、やけにはっきりと聞こえる。


『死の瞬間って、ゆっくりに感じるんだってさ』


ふと、友達から聞いた言葉が脳裏を過ぎった。

少年は「ああ、これがそうなのか」と、迫る死から逃避するように思考を巡らせる。

次第に現実が遠退き、音も消えていく。少年は、最も安全な己の深層へと潜った。

時が加速したかのように目まぐるしく駆け巡る思考の中、少年は自身を恥じていた。

目の前で妹が泣いているのに、未だに勇者の訪れを待っている自分がいる。


それが、堪らなく情けなかった。

この涙を止めるのは、この小さな手を引いて走るのは、妹を守るのは、兄である自分の役目だ。

最初から、そうするべきだった。

そうしていれば、何かが変わっていたはずだ。

死ぬことは避けられないとしても、もう少し生きる時間を引き延ばせたかもしれない。

腕の中にすっぽりと収まる幼い妹を抱き締めながら、少年は酷く後悔していた。

もし、もし次があるのなら。

絶対に妹を助けてみせると強く誓い、少年は涙を流す。

何があろうと決して諦めず、妹の為、家族の為に命を賭けて抗ってみせる。


父のように母のように。

或いは、妹が慕う青年。

口に出したことはないが、自分の憧れでもある青年、勇者のように。

もし、もし次があるのなら。

少年の思考は、そこで停止した。

頭上で鳴り響く金属と金属の衝突音が、少年を現実に呼び戻したのだ。

続けて金属を弾く甲高い音が、くぐもった化け物の悲鳴が、すぐ傍で聞こえた。

がらんがらんと、武器が落ちたような音がする。

化け物は「腕が腕が」と叫んでいる。

どうやら、何者かが化け物の腕を切り落としたようである。


喚き散らす化け物に対し、応答はない。

次の瞬間、雪積もる地面の上に、何かが倒れる音がした。

自分の背後で何が起きたのか少年には理解出来なかったが、一先ず助かったようだと胸をなで下ろす。

妹を胸に抱いたまま恐る恐る振り向いた。見えたのは人間の脚、黒い外套の裾。

少年は思い切って顔を上げ、誰であるのか確かめようとしたが、それより先に声が届いた。


「随分と遅くなってしまったけど、助けに来たよ」


それは、二人が待ち望んだ声。

二人が想い描く英雄そのものであり、勇者と呼ばれる青年の声。

最早、誰であるかなど確かめるまでもない。二人は彼に飛び付いた。

彼は屈んで受け止めると、かたかたと震える二人を、そっと抱き寄せた。


「もう、大丈夫だから」

二人は彼の胸に顔を押し付け、涙を流しながら何度も頷いた。

家族、両親という拠り所を失った小さな手が、彼を離すまいと力を込める。

彼には、二人の想いが痛いほどに分かった。

育て親であり、兄と慕った男を失った時の自分と、あまりに似ていたからである。

彼の胸を痛めるのは、それだけではない。

二人を助けることは出来たが、失われた命は、あまりに多かった。

オークに惨殺された人々の遺体が、そこかしこに見受けられる。


遺体と分かる遺体は、数える程しかない。

大半は無惨に引き千切られたか、噛み千切られたかしている。

頭部のない遺体であろうと、何かを訴え、悲痛苦痛の叫びを発しているように見えた。

全てを救うことなど不可能であり、甚大な犠牲は出るものと覚悟していた。

それでも尚、もう少し早く到着していればと、そう考えずにはいられない。

だが、今は彼等の死を悼む時ではない。

今すべきことは、死を悼むことではなく、目の前にある命を救うこと。


徹するべきだと、哀悼自責の念を断ち切る。

絶望はこうした惨状を見せ付けることで、世界を巻き込むことで、彼を揺さぶっているのだ。

救える力がありながら救えぬ己を憎むがいいと、そう言っている。

絶望は、たった一人を壊す為に、世界を人質に取ったのである。

それを理解しながら、彼は冷静だった。心は痛むが、乱され揺れ動くことはない。

彼もまた、盗賊や魔女同様に何かを決意しているようだった。

だからこそ、以前の彼ならば考えられない程に、冷静でいられるのだろう。


「魔術師のお姉さん達が転移の陣を起動する為に頑張ってる。もう少しだ」


二人が落ち着いたのを見計らい、声を掛ける。

その言葉に反応し、先に顔を上げたのは、少女の方だった。

今更ではあるが、異変に気付いたようである。


「ねえ、なんで、こんなに明るいの?」


月夜にしても眩しすぎた。

そして、何故かは分からないが、灰色の怪物達が一様に悶え苦しんでいるのだ。

少女は眩い光に目を細めながら、彼に訊ねる。そこで初めて彼の顔を見た。

あの日に見た優しい笑顔が、目の前にある。

抱き締められて少しは落ち着いたものの、少女には拭い難い恐怖が残っていた。

それは当然のことなのだが、彼の顔を見たことで、一先ずは安堵したようだ。

それは、傍らで目を擦る少年も同じだった。

潤んだ瞳には、僅かながら光が戻っていた。


彼は微笑みながら、天を指差した。


「目が慣れてから、ゆっくり見上げてごらん」

「……んっ。あれは、たいよう?」

「そう、小さな小さな太陽だ。あれは、魔女のお姉さんが運んでくれたんだ」

「灰色の怪物達は光に弱い。あれが、君達を守ってくれたんだよ」


あの光球は、花屋の家族がオークの襲撃を受ける間際、魔女によって打ち出された。

この街の真上に定着したのは、兄妹がオークによって命を奪われる寸前のことである。

二人は俯き抱き締め合っていた為に、それに気付くことはなかった。

ただ、光球によってオークは怯んたものの、振り下ろされる棍棒の勢いが失われることはなかった。

怯んだ一瞬の間に、勇者が割って入ったのである。

あの光球がなければ、二人を助け出すことは出来なかっただろう。


「そろそろだ。陣が起動する」

術式起動の影響か、街全体が僅かに揺れる。

地面に刻まれた陣が淡く浮かび上がり、ぐるりぐるりと回転し始めた。


「……ゆうしゃ、お父さんとお母さんは?」

「母さんは、父さんと一緒に後から来るって言ってたろ?」


何も言えずにいた勇者を見て、彼を困らせるわけにはいかないと、少年が口を開いた。

兄として男として、強がるならここしかない。ここは、勇者に頼るわけにいかない。

再び泣きそうになる妹を宥め、どんと胸を叩き、俺がいるから大丈夫だと笑って見せる。

釣られて泣き出しそうになるのをぐっと堪えながら、いつもの兄を演じてみせた。

これが、少年に出来る精一杯のこと。


「ほら、勇者さんにお別れ言っとけ」

「……うん。ゆうしゃは、これからどうするの? いっしょにこないの?」

「僕はこれから、魔女のお姉さんの所へ行く。だから、一緒には行けない」

「友達も頑張ってるから、僕はもっと頑張らないと駄目なんだ」

「そっか……また、あえるよね? だいじょうぶだよね?」

子供は勘が働く。

勇者から滲み出る並々ならぬ決意や覚悟を、少女は感じ取ったのかもしれない。


「勿論、また会えるよ」

「この夜が明けたら、きっとまた会える。だから、大丈夫」

にこりと笑いながら、勇者は嘘を吐いた。

おそらく最初で最後になるであろう、優しい嘘。

少年は、それが嘘であると気付いた。

彼の笑顔は、母が自分達を逃がした時と全く同じ類のものだったからである。

だが、自分に何かが出来るわけもない。

妹の手前、問い質すことなど出来るはずもなかった。


「勇者さん、頑張って。俺、一生懸命応援するから」


だから、少年も笑顔で応えた。

心配させないように、枷にならないように、安心して行けるように。

勇者は微笑み返すだけで、何も言わなかったが、少年はそれだけで充分だった。

自分の気持ちは伝わったと、そう思ったからだろう。


「そろそろ、お別れだね」


回転が収まると、二人の体が陣と同様に淡く輝き始めた。


「ゆうしゃ、またね」

「勇者さん、またね」


少女は名残惜しそうな顔で手を振って、少年は「妹のことは任せて下さい」と呟いた。


「……またね」


それに応えて手を振ると、二人共に笑った。罪悪感はあったが、後悔はない。

その後間もなく、魔術師によって生存者の転移は完了し、二人は消えた。


「……さっきの嘘、上手く言えたかな」


ぽつりと呟くと、彼は遺体とオークだけとなった街から姿を消した。

敬愛する師との望まぬ戦いを強いられた友の元へと向かったのだろう。

ふわりと舞い落ちる雪の中に何かが混じり、降り積もる真白に重なった。

それは真白の中でも際立つ、純白の羽だった。

ちょっと休憩 もうちょっと書きます

待ってるで


>>>>>>

魔導師「正しい判断だ」

魔女「…ハァッ…ハァッ…」

魔導師「人を癒す魔術師にあって、実に正しい判断だと言える」

魔導師「だが、それだけに疑問だ」

魔導師「光球など放たずとも、その力で私を殺せば済むというのに、何故そうしない?」

魔女「…ハァッ…ハァッ…」

魔女「……単純に、力を手にしたからといって、簡単に倒せる自信がなかったから」

魔女「それに、先生を殺してオークが消える保証もない。だから『ああする』しかなかった」


魔導師「それで、その様か」

魔導師「光球の維持に力の大半を割き、満足に攻撃することも出来ない。そして……」ダッ

魔女「ッ、くっ…」フラッ

ヒョゥゥ…ザシュッッ!

魔導師「風を付与して斬り付ければ燃焼が激しくなり、再び維持に力を割く」

魔女「…ハッ…ハァッ…」

魔女「(やっぱり、良いとこだけじゃない。精霊曰く、完璧なんてない、だっけ)」

魔導師「見ろ、戦うことすら儘ならぬ」

魔導師「いい加減に諦めたらどうだ? 救える命など限られている」

魔女「………」ピクッ

魔導師「……街はそうでもないが、都では暴動が起きているようだな」


魔女「暴動?」

魔導師「お前が生み出した光球はオークの動きを止めた」

魔導師「だが、北都の人間は何をしていると思う?」

魔女「…………」

魔導師「分かっているのだろう?」

魔導師「お前の考えている通りだ。北都の人間は、無抵抗のオークを虐殺している」

魔導師「槍に刺したオークの首を掲げ、狂ったように『人間の勝利だ』などと叫んでいるよ」

魔導師「愚かだとは思わぬか。これでは、どちらがオークなのか分からん」


魔女「……狂わせたのは、あんただ」

魔導師「いいや、狂ったのは人間だ」

魔導師「我と我等は『きっかけ』を与えたに過ぎない。後は勝手に堕ちていくだけだ」

魔導師「知性ある狂った獣。それが本性、人間の本質なのだ。救う価値などない」

魔女「……やっぱりね」ヂリッ

ボゥッッ…ドドドドドッッ!

魔導師「なッ!?」

魔女「……なる程ね。こういうのも『あり』なんだ。段々、分かってきた」

魔導師「(あの火球の数は何だ…隠していた? いや、確かに枯渇していたはずだ)」

魔女「この子達に、何が宿っているか分かる?」


魔導師「…………」

魔女「これは憎悪や憤怒から生まれた炎なんかじゃない。これは、魔術師としての信念」

魔導師「信念、信念だと? 今更なにを言うかと思えば…」

魔女「うっさいな。あんたが先生なら、さっきみたいなことを言うはずがない」

魔女「自分を犠牲にしてまで魔術師を救おうとした人間が口にする言葉じゃない」

魔導師「まだ、私が偽物だと思っているのか?」

魔女「……あんたが本物だけど、本物じゃない。先生の魂を穢して歪めた『何か」だ」

魔女「……まあ、我ながら気付くのが遅すぎたとは思うけど…」

魔女「それにあんたは、魔術師として決して言ってはならないことを口にした」


魔女「燃えろ。似非」ヂリッ

ドッッッッ!!

魔導師「!!?」

魔導師「(全ては避けられん。軌道を逸らして最小限に抑える他ない!!)」カッ

ヂッ…ゴッッッ!!

魔導師「ぐッ…」

魔導師「(侮っていたわけではないが、この威力は予想を遥かに超えている)」

魔導師「(厄介な力だ。力に慣れる前に、何とかして消さねばならん)」ググッ

魔女「やっぱり、あんたは私の先生じゃない。私の先生なら、今の炎で傷付くわけがない」ザッ

魔導師「そう思いたいだけではないのか? 私が私であることは、既に分かるだろう」ガリッ


魔女「そうだね、分かるよ」

魔女「姿、振る舞い、話し方、記憶や性格。それらは先生のものかもしれない。でも、違う」

魔導師「……何が違うと?」ガリガリ

魔女「あんたは、人間に救う価値はないと言った。そんなこと、先生が言うはずがない」

魔女「人を癒すべく生まれた魔術師が人間を見捨てたら、誰が人間を癒す?」

魔女「私達が魔術師が…人間が人間を見捨てたら、この世は終わりだろうが」

魔導師「人間は、既に終わっている」ガリッ

魔女「終わらせないよ。人間も、魔神族も終わらせない」ザッ


魔導師「入ったな」

魔女「入った?」

魔導師「相変わらずだな。優位に立つと、必ず隙が生まれる」

魔導師「いつぞやの訓練中、結界に閉じ込められたのを忘れたか?」

魔女「ッ、陣か!!」

魔導師「もう遅い!!!」カッ

バヂッ!ヂヂヂヂヂッッ!!

魔女「ぐッ…うあッ!!?」

魔導師「その陣は風を供給し続ける」

魔導師「そのまま燃えろ。全てを巻き込んで燃え尽きるがいい」

魔女「……勝ち誇ってるとこ悪いけど、詰んでるのはあんたの方だ」


魔導師「何を言って

魔女「攻撃する為だけに、あれだけの炎を撃ち込む必要はない。私は待ってただけ」

魔女「あんたの意識が私だけに向くことを、ずっと待ってた」


『火術隊、完了』
『水術隊、準備出来たわ』
『土術隊、いつでも行ける』


魔導師「!!?」

魔女「私が放ったのは生命の炎。ようやく、ようやく皆を癒やせた」

魔女「陣を停止して私を自由にするか、陣を維持したまま皆にやられるか。どっちがいい?」

魔導師「(陣を解除して距離を…ッ…な、なんだ…脚が動かん…まさか!!)」


符術師「所詮は抜け殻ですね」ザッ

魔導師「ぐッ!!」

符術師「同じ手に二度も引っ掛かるなんて、魔導師様ならあり得ませんよ」

魔女「まあ、どっちにしろ……」ザッ

符術師「やることは決まってます」ザッ

魔女「総員!!思いっきりぶっ放せッッ!!!」ヂリッ


ゴゥッッッッ!!!


符術師「………まだ、ですね」

魔女「うん。まだ、終わってない」


ゴォォォォ…ヌッ…ザリッ…ザリッ…


魔導師「…ま…じょ……まじょ?」

符術師「(……酷い)」

魔女「……先生」

魔導師「ま…じょぉぉォォッ!!!」

魔女「ッ、慈悲の怒り、浄火よ、先生に取り憑く穢れを焼き尽くせ」ヂリッ

ドッッ…ゴォォォォォッ!!!

魔導師「ぎッ…がぁ…ま…じょ……」

魔女「……さよなら、先生……」

また明日


「ま、じょ…」

驚くべきことに、魔導師は立っていた。

浄火の炎は未だに燃えており、魔導師の体は火達磨であるにも拘わらず、しっかりと立っている。

これ以前、火水土の三術による集中攻撃、更には魔女の火球に耐えたことも奇跡と言える。

だが、奇跡は二度続かない。

総攻撃を耐え、魔女の炎が直撃しているのに耐えるなど不可能である。

「(何故、生きていられる)」

魔女は仲間を下がらせ、注意深く観察する。

あの炎は、穢れを焼き尽くまで燃え続ける。本来であれば消し炭になっているはずだ。


「ま、じょ…」

驚くべきことに、魔導師は立っていた。

浄火の炎は未だに燃えており、魔導師の体は火達磨であるにも拘わらず、しっかりと立っている。

火水土の三術による総攻撃、更には魔女の火球に耐えたことは奇跡と言える。

しかし、奇跡は二度続かない。

総攻撃を受け、魔女の炎も直撃した。だが、焼かれながらも生きている。

「(何故、生きていられる)」

魔女は仲間を下がらせ、注意深く観察する。

あの炎は、穢れを焼き尽くまで燃え続ける。本来であれば消し炭になっているはずだ。


「(穢れが、燃え尽きていない?)」

穢れが生きているからこそ、炎は燃え続けている。

なら、穢れとは何か。

師の魂が穢れているなどとは、弟子である彼女には到底思えない。

あれは師であり、師ではない。

世界を憎み、絶望に囚われたのが事実だとしても、あれは別の『何か』だ。

そうでなければ、あんなことを言うわけがない。

魔女は悩んだ末、一時だけ炎を消すことにした。

不可能を可能にしている存在、その正体を突き止める為である。

焼け爛れた姿など見たくはなかったが、魂を解放するには、どうしても知る必要がある。


「(あれが、先生の魂を束縛するものの正体か……)」

焼け落ちた肉が不気味に蠢き、焼け爛れた肉体に戻ろうとしている。

ぶよぶよと浮き上がった黒い肉塊は、穢れと呼ぶに相応しいものであった。

憎悪や嫉妬、未練を練り合わせたような、何とも言えぬ粘着性と醜さがある。

それがのろのろと這いずり、足下から体に纏わり付くと、肉と皮膚に変貌した。

剥き出しの胸骨の奥に見える『淡い輝き』を逃がさぬように。

魔女は確信した。

あの輝きこそが師本来の魂であり、肉体を構成する黒い何かが、師を束縛しているだと。


同時に、もう一つの事実が浮かび上がる。

魔導師は「自分を殺せば、同時にオークも消え去るだろう」と言った。

更に「自分を殺せるのは魔女しかいない」とも言った。

それが偽りであることが、今此処に証明されたのである。


「……ふざけんな」


魔女は怒りを露わに、再び火球を放った。

敬愛する師の魂が利用されていることは勿論、死ぬことすら許されず絶望に囚われている。

身を焼かれる苦しみを延々と与えられ、藻掻き苦しんでいる。

魔女は、その『耐え難い苦しみ』を与えている存在にも苛立ちを隠せなかった。


「(自分の師を、育ての母を燃やすなんて最低だ……)」

「ま、じょぉ、あづい、あづい…たのむ、やめ…でくれ」

「(先生、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ…)」

それは、他ならぬ自分。

自分の力では安息に導くことは出来ず、苦しみを与えることしか出来ない。

体を焼き続けることで足留めをし、勇者を待つことしか出来ないのだ。

それもまた、苦痛だった。

勇者でなければ、師を救えない。

偉大な師であり最愛の母でもある魔導師を、最愛の男である勇者が殺す。

こんなことがあっていいのか、許されるのかと、魔女は炎の威力を増した。

師を救いたい、早く終わらせてやりたいと願いながら、力を込める。

しかし、黒の塊が胸部に集中するのみで、それ以上の効果は見られない。

もしかしたらと思ったが、やはり無駄だった。

与える痛みが強くなるばかりで、黒い塊が燃え尽きる気配は一向に見られない。


魔女は歯噛みした。

他にやりようはない、勇者が来るまで燃やし続ける他にない。

自分の名を繰り返し呼び続け、のたうち焼け爛れる恩師を見続けなければならない。


「(絶望の化身、襤褸の男。これが、お前のやり方か)」


様々な感情が綯い交ぜになり、泣けばいいのか怒ればいいのかも分からない。

瞳からは涙を模した炎がとめどなく流れ、唇は真一文字に固く結ばれている。

泣くまいと堪えているようだが、涙は一滴、また一滴と零れ落ちる。

魔女の涙は地面を焦がしながら、悲しげな音を立てて消えていった。

それを見ていた符術師は、魔女もまた、炎に焼かれているようだと思った。

これ程まで救いたいと願いながら救えず、愛する男性に要らぬ重荷を背負わせる。

魔女の心中は、どれだけの苦痛と悲痛に曝されているのだろう。

それを想うと、符術師の胸は酷く痛んだ。

短くて申し訳ない
寝ますまた明日

今日はここまで、短くて申し訳ない
寝ますまた明日


「(何で…)」

「(何で、こんなことになっちゃったんだろう)」

燃える涙を流しながら悲痛に喘ぐ友を見て、符術師はそう思わずにはいられなかった。

周りの仲間も同じ想いであろうことは、顔を見ずとも感じることが出来た。

魔女が何をしたというのだ。

過去に受けた傷を癒した恩人を、母と慕った師を、何故苦しめなければならないのだ。

一体何故、このような仕打ちを受けなければならないのだ。


同期する一の杖が、かたかたと震えている。

何も言えぬ所持者達の代わりに、杖が訴えているようだった。

皆が一様に顔を伏せ、超高熱に焼かれる魔導師の姿から目を逸らす。

符術師も目の前の光景を直視出来ず、堪らず目を逸らしてしまった。


「かッ…は…」


魔女が、短く息を漏す。

異変に気付き目を戻すと、魔導師と魔女が重なっていた。


一瞬。

正に、一瞬の出来事だった。

其処には、炎に身を焼かれながら魔女の胸に右手を突き刺す魔導師の姿があった。

骨だけになった右手が、容赦なく体内を掻き回す。

眼窩には闇があるばかりで、頭蓋骨が歯を鳴らして嗤っている。

最早、肉体とは言えない。

誰がどう見ても、人骨が動いているようにしか見えない。異様である。

肉の大半は焼け落ちており、ずるりずるりと地面を這っている。

胸部に寄せ集められた肉塊が、異様さを際立たせている。

仲間達が体を引き剥がそうと魔力を練った瞬間、髑髏が声を発した。


「動くな。動けば、魔女が死ぬぞ」

「我と我等、絶望とは魂を砕くもの。これも嘘だと思うならば、やってみるがいい」

挑発的だが、自信に満ちた声。

一体どのようにして発声しているのかは分からないが、酷く耳障りで呪詛を含んだ声であるのは確かだ。

符術師は符を這わせていたが、魔女の炎は生きている。焼かれれば終わりだ。

穢れ焼き尽くす炎と言っていたから、符は除外されるかもしれないが、魔女自身の炎は分からない。

符が焼け、中に込めた魔力が外に出てしまえば、魔女は殺されてしまう。

故に、賭に出るのは躊躇われた。


「魔女よ、都の光球を消せ」

「断る」

魔女は気丈にも睨み返し、凜然とした態度で髑髏に立ち向かう。

髑髏は、いつでも魔女を殺すことが出来る。

そうしないのは、生み出した炎が魔女の死によって消滅するのか判断出来ない為である。

髑髏は空の眼窩が忌々しげに睨み付けると、魔女の体内に突き刺した指先で、魂を引っ掻いた。


「ぐ…ぃッ!!」


魂を削り取られる痛みは凄まじく、あまりの激痛に、魔女の体が大きく跳ねる。

一度、二度、髑髏は繰り返し魔女の魂に爪を立て、手出し出来ずにいる周囲の仲間を嘲笑う。


「(光球よりも、魔女を生かしている方が後々の面倒になる)」

「(光球など、魔女を殺害した後で破壊すれば良いだけの話だ)」

魔女は、体内で指先が妖しく蠢くのを感じた。

このまま魂を削られれば、間違いなく死ぬだろう。

魔女に魂の状態など見えないが、感覚として分かるようだ。


「(まさか、本当に命そのものを破壊出来るなんて思わなかったな)」

「(魂、命の破壊か……)」


自分の場合はどうなるのだろう。寿命を終える瞬間までは死ねないはずだ。

だが、魂を破壊されれば別かもしれない。

誰にも認識されぬ透明人間のようになって、残りの四十年五十年を生きるのだろうか。

などと考えていた時、体内から髑髏の右手が引き抜かれた。


どうやら、危機を感じて飛び退いたらしい。

しかし、辺りには魔力を練っている者もいなければ、符が動いた気配はない。

ならば、一体何が髑髏を退かせたのだろうか。

周囲を異様に警戒する髑髏を余所に、魔女は一際大きな雪に目を奪われていた。

その雪は他の雪とは違い、自身の体に落ちた。つまり、炎の中に入ってきたのである。

いや、正確には雪ではなかった。


「……絶望が希望を嗅げるように、俺もお前を嗅げるんだよ」

「魔導師さんの魂は、返して貰う」 


それは、今この瞬間に直滑降してくる男の背にある翼の一欠片。

穢れ無き、純白の羽であった。

髑髏は魔導師の魔術を使い迎撃しようとするが、魔女が火球を打ち出し妨害する。

勇者は勢いをそのままに頭蓋に向かって剣を振り下ろし、髑髏となってしまった魔導師を粉々に砕いた。

また明日


空からの強襲。

その衝撃によって地面が窪み土煙が上がったが、符術師によって直ぐさま土煙が払われた。

次第にはっきりと見えてきた勇者の姿を見て、魔女の心は高鳴った。

これまでにない高鳴りだった。心なしか、炎の様子も何かおかしい。

その炎こそが、魔女自身なのであるが。


「……これが、奴の狙いらしいな」

「親しい人間を手に掛けさせることで、僕の動揺を誘ってる」


淡い輝きをそっと空へ送ると、魔女へ向き直り、勇者が口を開いた。

「久し振りだね」と駆け寄ろうとした時、体を焼かれるような痛みが魔女を襲った。

勇者に近付こうとした瞬間の出来事。

彼女はこれが契約内容の一部であることを、すぐに理解した。

勇者に恋い焦がれながら、勇者に近付くことは決して出来ない。


どうやら、危機を感じて飛び退いたらしい。

しかし、辺りには魔力を練っている者もいなければ、符が動いた気配もない。

ならば、一体何が髑髏を退かせたのだろう。

周囲を異様なまでに警戒する髑髏を余所に、魔女は一際大きな雪に目を奪われていた。

その雪は他の雪とは違い、自身の体にふさりと落ちた。つまり、炎の中に入ってきたのである。

正確には雪ではなかった。


「絶望が希望を嗅げるように、俺もお前を嗅げるんだよ」

「魔導師さんの魂は、返して貰う」


それは、空より現れた彼の真白い翼。その一欠片。

穢れ無き、純白の羽。

髑髏は魔導師の魔術を使い迎撃しようとするが、魔女が火球を打ち出し妨害する。

勇者は勢いをそのままに頭蓋に剣を振り下ろし、魔導師の魂を幽閉する牢獄を粉砕した。


空からの強襲。

その衝撃によって地面が抉れ土煙が上がったが、符術師によって直ぐさま土煙が払われる。

次第にはっきりと見えてきた勇者の姿を見て、魔女の心は高鳴った。

これまでにない高鳴りだった。心なしか、炎の様子もおかしい。


「(これが奴の狙いか)」

「(親しい人間を手に掛けさせることで、僕の動揺を誘ってる)」

「魔女、大丈夫?」


淡い輝きが解放されたのを確認すると、魔女へと向き直り、勇者が口を開いた。

「久し振りだね」と駆け寄ろうとした時、体を焼かれるような痛みが魔女を襲った。

勇者に近付こうとした瞬間の出来事。

彼女はこれが契約内容の一部であることを、すぐに理解した。

勇者に恋い焦がれながら、勇者に近付くことは決して出来ない。


「(対価について文句はない。このくらいなら我慢出来る。うん、大丈夫)」

「(……てか、久し振りだねって何だ。何であんなこと言ったんだろ)」

「(馬鹿か私は、今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ。しっかりしろ)」


ニ度三度頭を振り、何とか気持ちを切り替えようとするも、想いは燃え上がる。

堰を切ったように溢れ出したそれが心を染め上げ、瞬く間に魔女を支配していく。


「魔女?」


己の体を抱いたまま小刻みに震える魔女。その様子を見た勇者が声を掛けた。

胸の鼓動が跳ね上がる。

その声を聞いただけで、どうにかなりそうだった。

これまでは、一度たりともこんなことにならなかった。

異性として勇者に好意を寄せているのは認める。しかし、これは一体どうしたことだ。

想いを失うどころか、恋慕の情は増すばかりではないか。


「(そっか、そういうことか)」

「(もっと好きになって、もっと後悔しろって、そう言いたいわけだ)」

「(死ぬまで、この想いを抱いて生けってわけだ)」

「(でも、大したことない。こんなの、全然大したことない)」

「(失うよりは、ずっといい)」

>>121>>123は無し。
書き直し申し訳ないです。
見返すと他にも沢山誤字脱字があるので、以後気を付けます。
また夜に書きます。


>>>>>>

勇者「魔女? 大丈夫?」

魔女「えっ? あっ、ごめんごめん。ちょっと気が抜けてた」

魔女「私は大丈夫。勇者、先生を助けてくれてありがとう」

勇者「……何か、変わったね」

魔女「へ?」

勇者「髪形も服も体も、それに雰囲気も変わったよ。ほら、めらめらしてるし」ウン

魔女「あははっ! うん、そうだね。私、炎になっちゃったから」


勇者「戻れないの?」

魔女「ん~、それはまだ分かんない」

魔女「さっき『こうなった』ばっかりだし、完全に掴めたわけじゃないからさ」

魔女「っていうか、いつ来たの? 街の方から来たみたいだけど……」

勇者「うん、此処へ来る前に街へ行ったんだ」

勇者「一番危険なのは北部みたいだったから、今さっき飛んで来た」

勇者「街の陣は、魔女の光球と風術隊のお陰で起動したよ」


魔女「……そっか、良かった」

勇者「でも、北都が危険だ」

勇者「未だ暴動が続いてて、陣を起動するどころの騒ぎじゃない」

勇者「だから、魔女には北都を頼みたい。このままだと、どうなるか分からない」

勇者「東部の陣は既に起動済みだ」

勇者「オークは精霊と隊長の魔導鎧部隊が対処してるから、一先ず凌げるはずだ」

勇者「西部には既に盗賊が向かってる。陣の起動は問題ないと思う」

魔女「ちょっ、ちょっと待ってよ。何でそこまで分かるの?」


勇者「ごめん。一辺に話しすぎた」

勇者「……今の僕は、『僕を知っている者』が何をしているのか、ある程度は感じ取れるんだ」

勇者「絶望のように分体を作り出すことは出来ないけど、奴のことは把握出来る」

魔女「知っている者?」

勇者「うん。ただ知ってるだけじゃなくて、実際に会ったり話したりした人達」

勇者「何て言うか、繋がりだよ。仲が良い人が見えるみたいな、そんな感じ」

勇者「……絶望の場合は、元々が一つだったから分かるんだと思う」


魔女「……これから、行くの?」

勇者「ああ、絶望そのものを倒さない限り、オークは消えない」

勇者「オークもまた、絶望に囚われているに過ぎないんだ。だから、決着を付けないと…」

魔女「……待ってるから。だから、必ず帰って来てね」

勇者「必ず帰って来る。皆も頑張ってるし、僕も頑張らないと」ウン

魔女「ねえ、勇者」

勇者「ん?」

魔女「えっと…またね?」

勇者「ははっ! うん、また会おう」ニコッ

魔女「ッ、北都…北部は任せてよ!! だから、その…行ってらっしゃい」

勇者「……魔女、ありがとう。行ってきます」ザッ

…ザッザッ…バサッ…ヒュンッ…


魔女「(あの翼、天使かな……)」

魔女「(あんなに嫌がってた自分に対する信仰の力まで、躊躇いなく使ってるのか)」

魔女「(きっと、勇者は決めたんだ)」

魔女「(でなきゃ、嘘なんて吐かない。これで最後だから、嘘を吐いたんだ……)」

符術師「……魔女ちゃん、勇者さんは

魔女「分かってる。分かってるよ……」ギュッ

符術師「魔女ちゃん……」

魔女「勇者は勇者が出来ることをする。私達は私達の出来ることをする」

魔女「勇者が終わらせるまで、北部は私達で守らなきゃならない」

魔女「……さあ、そろそろ行こう。魔術師として、人間を救う為に」




魔女編#2 終


短いけど一区切りついたのでここまで
また明日

今日は無理そうです。申し訳ない。
次回投下まで、ちょっと時間が掛かるかもしれません。

レスありがとうございます。読んでる方、ありがとうございます。

無理せずマイペースでええんやで


舞ってる


>>>>>>>

人々は混乱していた。

突如として響き渡った絶望の声と、それによってもたらされた殺戮と破壊。

精霊によって西部北部より先に転移術式の起動に成功したが、被害が出ていないわけではない。

誰もが何かを失った。

ある者は妻を、ある者は夫を、ある者は子を、ある者は兄弟姉妹、祖父祖母を失った。

妻を見捨てて逃げ出した男性が、狂ったように壁に頭を打ち付けている。

恋人を化け物の前に突き出した女性は、血が出るのも構わず爪を噛み続けている。

子を失った夫婦は割り当てられた部屋に入ることもせず通路に立ち尽くし、虚ろな目で天井の明かりを見つめていた。

半狂乱となり暴れる者もいたが、同じく地下施設へ転移した兵士達によって連行されていく。

それを見送る周囲の人々の目に光りはなく、再び通路に座り込むと、膝を抱え顔を伏せた。


生を喜んでいる者などいなかった。

束の間の喜びすら、津波のように押し寄せる灰色の化け物が呑み込んだ。

逃れようのない現実、目の前で起きた現実が、目を逸らすことを許さない。

あの不気味な声の言った通り、滅びがやって来たのだ。人々は、それを身を以て理解した。

理解したのではなく、理解させられた。

痛烈に意識させられ、これでもかとばかりに思い知らされた。


ーー死。生命の終わり。


此処に居る全ての者が、死を見た。

本来無形であるそれが、明確な意志を持って行動し、自分達を滅ぼそうとするさまを。


無事避難出来た者に傷はない、痛みもない。

だが傷がなくとも容易く壊れ、痛みがなくとも苦痛に喘いでいる。

かろうじて生き延びただけに過ぎない。この先どうなるかなど、誰にも分かりはしない。

もしかしたら、あの灰色の化け物が地下施設へ侵入してくるかもしれない。

如何に充実した設備があろうと、地下に押し込められた圧迫感、閉塞感が重くのし掛かる。

つい先程まで地上で暮らしていた人間が、それに耐えうるはずもない。

それは、この地下施設に限ったことではない。

規模は違うが、此処とは別に東部には五つの地下施設があり、北部は三つ、西部にも三つある。

地下に押し込められた全ての人々が、同じ痛みを感じているだろう。

しかも彼等は、勇者や盗賊や魔女のように『何故こうなったのか』など、知らない。

地上にいる者がどんな思いで戦っているかなど、誰一人として知らない。


誰が何の為に?

何故こんなことになった? この夜はいつになったら明ける?

生き延びた先に何がある?

人々には、それが見出せないでいた。

それを絶望と言うなら、正しくそうなのだろう。

傷や痛みがなくとも死に至るもの。

治療の施しようもない死の病が、人々を蝕んでいる。

彼等彼女等は確かに生きている。

だが、その胸の内に希望を抱いている者は、果たしてどれだけいるだろうか。


「(……勇者)」

対応に追われる兵士達の足音を聞きながら、希望の母である聖女は、不自然な程に明るい部屋でじっと目を閉じていた。

地下施設へ転移してから一時間ばかり経過したが、彼女はずっと息子を思っていた。

現在起きている出来事は、世界の危機であると同時に家族の問題でもある。

夫である戦士が絶望の依り代となったあの日から、覚悟は出来ていた。

数年後か数十年後かは分からないが、どんな形であれ、この日が来ることを知っていた。


息子が生まれ、夫と息子が希望と絶望に別たれてから十二年。


長く保ったのか、それとも短かったのか、その判断は出来ない。

ただ、自分の夫と息子が互いの存在を消し去る為に戦うことだけは変わらない。


戦いでは済まない。二人は殺し合う。

どちらかがどちらかを滅ぼすまで、戦いは決して終わらないだろう。

これは逃れようのない事柄であって、決して避けられぬ未来である。

手にしたしあわせ、家庭の温かさ、果ては我が子さえも絶望に囚われ、夫を奪われた。

あの時、戦士が絶望に魅入られた時から、全てはこうなるように定められていたのだ。

憎しみや怒りよりも、何故私達が。と思わずにはいられない。

そして、今更ながら痛感する。

何と苛酷な運命を、業を、我が子に背負わせてしまったのだろうかと。

我が子に希望を託したと言えば聞こえは良いが、そんな綺麗なものではない。

息子に生きろと言うことは、父を殺せと言っているのと同義なのだから。

それが夫の望んだことだとしても、子を生かす為に決断したことだろうと、あまりに惨い。


戦友であり夫の友人、剣士。

命を賭して我が子を守護してくれた彼の魂も、今や絶望の内にある。

何よりもつらいのは、家族でありながら、母でありながら、何もしてやれないことだった。

何もしてやれないどころか、息子を苦しめる枷になってしまっている。

母である自分と、息子の思い人である王女が、我が子を苦しめている。

事実、数度の襲撃を受けた。

殺せたのにそうしなかったのは、勇者を苦しめる為に他ならない。

どんなに警備を固めようと容易く突破出来ることを証明し、勇者に強く示した。

その気になれば、いつでも殺せることを。


向こうはいつでも現れることが出来る。

しかし、此方には対抗する術がない。絶望は魔ではない。故に、感知すら出来ないでいた。

警護していた兵士達はいつ来るとも知れない絶望に怯え、日に日に疲弊していった。

それを見た時、彼女自らが警護の取り下げを願い出た。

彼等にも家族があり、守らねばならないものがある。それを思うと胸が痛んだ。

これ以上、家族の問題に巻き込むことは出来ない。助けてくれなどと、頼めるはずもない。

何をどうしようと、如何なる策を講じようと『誰もがしあわせな結末』など訪れはしない。

絶望は家族を引き裂いただけでなく、今や世界すら巻き込んでしまったのだから。


今、この瞬間にも、数多くの命が奪われている。

地下施設が完成してから現れたというのも、意図的なものを感じざるを得ない。

人々が我先にと争う様を見たいのか、更なる恐怖を生む為に敢えて待ったのか。

認めたくはないが、その目論見は成功したと言わざるを得ないだろう。

現に、世界は絶望に翻弄されている。人々は混乱し、生きる意味を失いつつある。

だが、それすらも、目的を成就させる為にとられた手段の一つに過ぎない。


勇者。希望を殺す。


たった一人を、勇者を苦しめる為だけに、絶望は殺戮と破壊を伴って姿を現した。

あの日に言った通り、別たれた一つとして、比類無き絶望として現れたのだ。


「(……どうか、生きて)」

一人きりの部屋で誰にも見られることもないのだが、彼女は両手で顔を覆い隠した。

息子が直面しているであろう痛みを想像するだけで、胸が張り裂けそうになる。

声を押し殺そうと、顔を覆い隠そうと、一度流れ出た悲しみが止むことはない。

目尻から溢れたもの指先へ、頬を流れたものは手のひらへと伝っていく。

手のひらをから手首へ、或いは病によって更に細くなった指の隙間から止め処なく流れ落ちる。


「(他の何も望みはしない。ただ、生きて欲しい。自由に、しあわせに……)」


そう願わざるを得ない。

二度と会えなくともいい。ただ、息子にだけは生きて欲しい。

出来ることならば、しあわせになって欲しい。


私と夫が得た唯一の希望を失いたくない。

だから、何があろうと決して諦めず、この先を生きて欲しい。

酷なことを言っているのは承知している。それでも願わずにはいられない。

この夜を乗り越えれば、きっと夜が明ける。

絶望によって歪められた運命から解放された時、息子は初めて自由になれる。

其処に自分が居なくとも、息子さえ無事であれば、それでいい。


「(だから、どうか……)」

「祈りなど無意味だ」


今現れたのか、それともずっと其処に居たのか、襤褸を着た男が立っていた。

小脇に抱えられている見覚えある女性を見て、彼女ははっと息を呑んだ。

何を企んでいるのかなど瞬時に理解出来たが、最早どうすることも出来なかった。


「こうでもしないと、希望は折れないようだ」

「奴が早々に折れていれば、こんなことをする必要はなかったのだがな」


大袈裟に肩を竦め、こうなったのは勇者の所為だとでも言いたげに溜め息を漏らす。

自らが起こす最悪すらも、全ては勇者の所為であると、そう言っているようだった。


「希望とは毒であり、まやかしである」

「縋るものがあるからこそ絶望する」

「最初から希望などなければ、誰も傷付きはしなかっただろう」

「……世界は、混沌に呑まれた」

「たった二人を捕らえる為に、たった一人を絶望させる為だけに」


煤けたフードの奥にある暗黒に、幾つもの赤い眼が浮かび上がる。

それらすべてが彼女を凝視し、それぞれが憎しみを叩き付けるかのように、視線を浴びせかけた。

彼女は凄まじい悪寒と憎悪に呑まれ、気が遠退くのを感じながら、強く念じた。


(私に何があろうと生きて。勇者、あなただけはしあわせに……)


次の瞬間、彼女の意識はぶつりと途切れた。

襤褸を着た男が、歓喜に身を震わせた。

勝利を確信してのことなのか、これから始まる戦いを想像して身震いしているのか。


「ヌハッ…キヒッ…ひゃひひひ」


絶望は、蠢く眼を全身に浮かび上がらせ、この上なく不快な笑い声を響かせた。

それに応えるかのように、全身の眼がうぞうぞと身体を這い回り、歓喜と狂気の血涙を流す。


「やっと、相見えることが出来る」

「我と我等の半身でありながら相対する者。我と我等と共に生まれし者」

「希望よ」


その言葉は此処ではない場所へ、視線は天井や地上より遥か高い場所へと向けられている。

勇者が絶望の存在を感じるように、絶望もまた勇者の存在を強く感じている。


「希望よ。見ているのだろう?」

「この舞台。世界の上で、どちらかが朽ちるまで存分に斬り結ぼうではないか」

「父と子として、無明の底の混沌より生まれた出た一つとして……」

「我が半身、兄弟よ。遂に、遂に、この時が来たのだ」


絶望は愛おしげに腕を広げ、囁いた。

赤い眼に埋め尽くされた腕が更に大量の血涙を流し、瞬く間に床一面を赤黒く染め上げた。

流れ出た血涙は、時を戻したかのように襤褸を着た男の足下へと収束していく。


「待っていよ。希望よ、もう暫し待て」

「今に行く。今に行くぞ」

「お前にとっての絶望を携えて、お前を絶望に貶める為に。待っていよ、待っていよ」

「我と我等よ。血の雨じゃ、血の雨を降らせ」

「さあ、さあ、雪原を赤染にせよ。一度きりの舞台じゃ、派手なくらいが丁度よいであろう?」

「月明かりに照らされた真紅が如何様なものか、奴めに見せてくれよう」

「斯様なまでに美しく散る赤があるのかと、奴めに教えてくれようぞ」

「一度きりの戦。血染めの赤で彩り、世も歴史も塗り潰し、死の上に死を築け」

「地上も地下も同様に、常世も現世も同様に、我と我等に染め上げようぞ」


男とも女とも言えぬ異様な声を発しながら、自身の作った血溜まりにずぶずぶと沈んでいく。


自身を脅かす唯一の敵。勇者。

彼の最愛の母と最愛の女性を手中に収め沈み込んでいく、襤褸を着た男は肩を震わせて笑った。


「法も徳も失われた世で、真に望まれているのはどちらなのか、世に問おうではないか」


粘り着くような声だけが響き渡り、襤褸を着た男は姿を消した。

しかし、影があった。

何者も存在しないはずの部屋に、底の見えぬ穴のような、光すら呑み込む影だけがある。

それは次第に広がり、舐めるように床を溶かし、部屋の中央に穴を空けた。


底からは、微かに音が聞こえる。

何かの呻きのような唸りのような、獰猛な何かが押し寄せる気配が、徐々に迫ってくる。

穴が不気味に伸縮を繰り返す。

まるで呼吸しているかのように、何かを吐き出すように、脈動している。

そして、穴の伸縮と連動するように、次第に呻きと唸りが大きくなる。

穴が一段と大きく息を吐いた時、それに押し上げられるように現れた鉤爪が縁を掴んだ。

一つ、また一つ。

闇の底から湧き出した灰色が姿を現し、地下施設へと駆け出した。

生かす為に作られた避難所は、絶望の手によって無慈悲な処刑場へと姿を変えた。

最早、彼等に逃げ場はない。

行き場をなくした彼等彼女等に、為す術はない。

阿鼻叫喚の地獄へと変わるのに時間は掛からない。宣言通り、皆等しく死ぬ。

人間も、魔神族も、決して逃れることは出来ない。

絶望は絶望であることをまっとうし、与えるべきを与え、姿を消したのだ。

今日はここまで
レスありがとうございます。読んでる方、ありがとうございます。


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「邪魔だ」

大柄な男は眼前の獣(オーク)に臆することなく特攻し、壊れた鉄柵を突き刺した。

あまりの剣幕に気圧されたのか、オークの反応が僅かに遅れ、鉄柵の尖端が頭蓋を貫く。

男は刺した勢いそのままに押し倒すと、オークが手にしていた斧を奪い取り再び駆け出した。

貫かれた頭蓋の裂け目からは脳と血液の入り混ったどろりとした赤黒い液体が噴き出ている。

魔神族は魔核を破壊しないかぎり死ぬことはないが、脳を破壊したとなれば起き上がるまでにかなりの時間を要するだろう。

現に、オークは四肢をばたばたと激しく痙攣させるばかりで起き上がる気配はない。


(それほど硬いわけでもない)

(一匹なら問題はないだろうが、囲まれれば為す術はないな)

大柄な男。酒場の店主に怖れはなかった。

先程見せた躊躇いのなさ、武器を奪う冷静さは、戦場に慣れていることを証明している。

斧を抱え腰を落とし、やや前傾で走る姿は兵士のそれに違いなかった。

息切れした様子もなく曲がり角に着くと、壁面にぴたりと身を寄せ大通りの様子を窺う。


(どこもかしこも化け物だらけだ。裏道を使うのは得策とは言えんな)


壁面から身を剥がし大通りに出ると、そこは既にオークで埋め尽くされていた。

道を引き返し路地裏から進もうかとも考えたが、狭い路地で複数に囲まれれば終わりだ。

幸いにも。と言っていいのかは分からないが、オークは手にした獲物の破壊に夢中だ。

こちらに気付いている様子もない。

このまま全力で走り抜ければ問題はないだろう。



(……すまん)

今まさに殺害されようとしている若い男に謝罪の視線を向け、大通りを走り抜ける。

背後から聞こえていた悲鳴は絶叫へと変わり、それから一瞬の静寂が訪れる。

しかしその静寂も新たな絶叫に塗り潰され、切り刻まれた死体から滴る血が積もった雪を染め上げた。


(まるで血の川だな)


靴底が地面を叩くたびに水溜まりに足を突っ込んだような感覚があった。

僅かにぬめりを帯びたそれは徐々に浸透し、ものの数秒で靴の中を満たした。

ぬめぬめとした液体が踵から指先まで舐め尽くすような感覚に堪らず顔を顰める。

靴を脱ぎ捨てたくなる衝動に駆られたが、そんなことをしている時間はない。


(右を見ても左を見ても、あるのは死だけだ)

今、目にしている景色。置き去りにした景色。

そのすべてが、灰色の獣が生み出した大量の死によって彩られている。

残酷で凄惨な現実を照らし出す月の輝きが、酷く毒々しいものに感じられた。


(地獄)


それ以外に適当な表現は見当たらなかった。

耳に入るのは悲鳴と絶叫。

目に映るのは無差別に殺されていく獲物の姿。

中には走り去る自分に呪詛を吐き捨てる者もいた。助けを求める者もいた。

嫌が応にも目と耳に入るそれに思うところはあったが、無視するほかになかった。


助ける命は一つだけと、とうに決めていた。

この命を差し出しても助け出すと決めた女がいる。

彼女さえ救えたら、この身がどうなろうと構わない。

その後であれば、あの灰色の化け物に何をされようと構わない。


「見捨てるつもりか糞野郎ッ!畜生!地獄へ落ちやがれ!!」

「待って!助けてッ!この人でなし!!」

「頼む!行かないでくれ!助けてくれッ!!」


背中に数多の呪いの言葉を浴びせられながら、目的地に向かって走り続ける。


(皆、すまん。俺は後から逝く。そこが地獄だろうが喜んで逝く)

(ただ、もう少しだけ待ってくれ。俺には、やらなければならないことがある)


心中でそう呟きながら、彼は走り続けた。


>>>>>>

「何で陣を連動式にしなかったんすか!? そうすれば東西北すべてが転移出来たのに!!」

倒壊した家屋を遮蔽物にして寄り掛かりながら、部下とおぼしき若者が上官に噛み付いている。

上官もまた若者であったが、顔付きや所作はまるで違っていた。

背後に控える部下たちは、どれも彼より年配だが、彼の指示に忠実に従っている。

理由は単純なものだ。

彼は西部崩壊を生き延び、盗賊と特別部隊と共に降霊術師を倒した一人。

年齢の差を埋める場数と経験。そして隊を率いるだけの実力が備わっている。

当初は運の良い小僧としか思われておらず反発もあったが、彼は実力で黙らせた。

過去。対異形種特別部隊を率いていた自分の上官がそうしたように。


「連動式にしたら、どれか一つでも破壊された場合、すべて機能停止するからだろ」


部下の疑問を軽くいなすと、遮蔽物から顔の上半分だけを出し目標を捕捉。素早く銃を構える。

彼は落ち着き払った様子で遠方に見えるオークの左胸部を撃ち抜く。

すると、オークは文字通り消滅した。


対異形種用元素弾。

異形種出現直後に西部軍兵器開発部で発明されたこれは、今や全世界に普及している。

魔核に当たらずとも命中した部位を消し飛ばせるが、魔核に命中させれば消滅させることが可能である。

とは言え、動き回る的に命中させるのは容易なことではない。

左胸部。人間で言うところの心臓に位置するそれを撃ち抜くのは至難の業。

対異形種特別部隊に在籍していた彼だからこそ出来る芸当と言えるだろう。

「だからって、こんなのあんまりっすよ!!」

「何が」

「何がって、軍は東部にばかり戦力を割いてるじゃないっすか!!」

「魔導鎧の一機も寄越さない!! 死ねって言ってるようなもんですよ!!」

上官が掩体に身体を戻すやいなや、一息吐く間もなく部下が口を開いた。

背後で弾薬を込めている兵士が、彼の背中を呆れた様子で見つめている。


「武器に頼るんじゃない」

「お前のような奴が魔導鎧を着用しても、錯乱して暴れるのがオチだ」

「並の精神力じゃ、あれを使い熟すのは無理だ。大尉…司令官だからこそ扱えるんだ」

諭すように言って聞かせるが、部下の不満が解消された様子はない。

「はっ、流石は司令官直属の部下っすね。やっぱり言うことが違ーー」

と、すべてを言い終える前に、部下の頭が弾け飛んだ。

おそらくは近付けずにいるオークが苦し紛れに投げた瓦礫が運悪く命中したのだろう。

「……立ち上がる奴があるか」

不運と言えば不運だが、戦場において身体を晒すことの方が不用心と言える。

辺り構わず飛び散った血飛沫が、隊の何名かを血に染める。

錯乱したり嘔吐く者は一人もおらず、背後にいる部下が装填した狙撃銃を手渡した。


「装填完了しました」

「分かってる」

差し出された狙撃銃を奪い取るように手にすると、再び瓦礫を投げようとしているオークを捕捉。

照準が定まると同時、瓦礫を振りかぶったオークと視線がぶつかった。


「笑うな化け物。二度も通じるかよ」


明確な怒りを滲ませた声と共に、彼は引き金を引いた。

撃ち出された弾丸は左胸部を撃ち抜き、跡形もなく消し飛ばした。

支えを失い宙に浮いていた瓦礫が地面に落ち、鈍い音を立てて転がる。


(……死ぬなよ。死んだら、何も言えないだろ)


二度と喋ることのなくなった喧しい部下に哀しげな視線を送り一呼吸吐くと、隊に声を掛けた。


「此処一帯の異形種は殲滅した」


「現在、別動隊とは一切連絡が取れない」

「転声符に異常があるのではなく、あの声の直後から何かが妨害しているらしい」

「各部隊に命じられた通り、人命の救助と生存者の発見及び保護が最優先だ」

「……俺の上官は、部下に死なれるのが大嫌いな人だ。俺も、部下に死なれるのは大嫌いだ」

俯きかけた時、一際大柄で貫禄ある部下が肩を掴んで揺さぶった。

びくっとして顔を上げると、周囲の部下達が子を案ずるような目で見ている。

事実。親子ほどにも年齢が離れている者もいる。肩を掴んでいる部下も、その一人だ。

その彼が、重々しく口を開いた。

「隊長、命令は以上か」

ぶっきらぼうな台詞に皆が微笑んだ。彼なりの、精一杯の気遣いなのだろう。


「命令は以上だ。了解か」

「はっ、了解しました!!」


上官として彼らの上に立つ以上、情けない姿は見せられない。

部下であった青年は隊長として部下を率い、任を果たすべく走りだした。

短いけど今日はここまで
ありがとうございます

もう書かなくていいよ

乙です‼
辛い展開が続いてるもんな...
救いを早く!

>>170
もう来なくていいよ

>>170
もう息しなくていいよ


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娼館主「店主って何者なのかしら」

道化師「さあ、ボクに訊かれても分からないよ。大方、元軍人か何かじゃないの」

娼館主「そう言われるとそんな気もするわね。でも、こんな地下通路があるなんて……」

娼館主「都には長いこと住んでるけど、地下にこんなものがあるなんて知らなかった」

道化師「そりゃそうだろうさ。一般人に見つかる程度じゃ隠し通路なんて言えない」

二人は旧西部軍地下通路を進んでいた。

地下通路に光源はなく、入り組んだ道が蜘蛛の巣のように広がっている。

いつ作られたかは不明だが、ところどころ朽ちてることから相当の年月が経っているのは確かだろう。

浸透した雨水などが天井から滴り落ち、あちこちに水溜まりを作っている。


「うっ…」

「っ、酷い臭いだ」

生活排水なども含まれているらしく、むっとした異臭が鼻を突く。

娼館主が袖口で鼻を抑えながら、灯りを持つ道化師の背中を急かすようにつついた。

「分かってるよ。ボクだってこんな臭いはゴメンだ。さっさと行こう」

先導する道化師が手にしているのは元素街灯。箱状の点灯部位。

オークによって薙ぎ倒されたであろう元素街灯から取り外したものである。

持ち手がないため剥き出しになっていた針金を使って吊るしているが、とにかく熱い。

そもそも持ち歩くために作られた物ではないし、とてもじゃないが素手では持てそうになかった。

限界まで針金を伸ばし、持ち手に上着の袖を破いて巻き付けることで何とか持つことが出来た。

街灯の熱はかなりのものらしく、真冬にも拘わらず道化師の頬には大粒の汗が伝っている。


(暑さより臭いだ)

(この臭いを長時間嗅いでいたら確実に身体がおかしくなる)

道化師は咳き込む娼館主の手を引き、足早に歩き出した。

走ったところで呼吸が荒くなれば咽がやられかねない。慎重に進むべきだと判断したのだろう。

(気持ち悪くなってきた。急がないとマズい。彼女の顔色も悪くなってる)

娼館主は今にも膝を突きそうだったが、気遣う道化師に対して首を振り「大丈夫」とだけ呟いた。

しかし、一歩一歩が確実に遅くなっている。その言葉が強がりであるのは明白だった。

この短時間で酷く痩せこけたようにも見える。このままでは倒れるのも時間の問題だろう。

道化師は一旦手を離し、顔面蒼白となった彼女の脇を抱え、半ば引き摺るようにして道を進む。

申し訳なさそうに上目で見つめる彼女に「気にしなくていい」とだけ言い、先へ進んだ。


(しっかりしろ。この人を守れるのはボクしかいないんだ)

吐き気を堪え、何とか彼女を支える。

姉の友人であり居場所をくれた恩人でもある彼女には、盗賊以上に特別な思いがあった。

姉を知る数少ない人物であり、自分を殺人犯だと知りながら普通に接してくれる奇特な一般人。

自分とは違い、彼女は常識の中で生きる人間だ。にも拘わらず、普通に接してくれる。

勿論友人の妹だからというのもあるだろうが、それでも、その優しさに救われた。

当初は鬱陶しいと感じていた優しさも、今や心地良いとさえ感じている自分がいる。


あの事件から四ヶ月あまり。

共に過ごす内に、彼女に姉の面影を見ているのかもしれない。

(……助けたい理由なんてどうでもいいさ。失いたくないという思いに変わりはないんだ)

とうとう歩くこともままらなくなった彼女を背負い、街灯の持ち手を咥えて歩き出す。

放熱によって大量の水分を失い、更には吐き気や目まいによって何度も立ち止まりそうになったが歩みを止めることはなかった。

(臭いが治まってきた。もう少しだ)

店主によれば、降りて暫くは一本道が続くと言っていた。その言葉通り、これまでは一本道。

悪臭が治まってきたということは、この先に分岐路があるはずだ。

耳許で「ごめんね」と呟く彼女を励ましながら、道化師は歩き続けた。


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(何とか、悪臭地帯は抜けたな)

しつこく付きまとう悪臭をようやく振り切り、地べたに座り込んでから数十分が経った。

呼吸も整い、吐き気も治まりつつある。娼館主の顔色も幾分良くなっている。

だが、いつまでも休んでいるわけにはいかない。

地上で何が起きているかは分からないが、大きな地響が連続している。

それは地下にまで影響し、ひび割れた天井からはぱらぱらと構造材の破片が落ちてくる。

(最悪、崩落の可能性もある。早く地下通路を抜けないと)

頭の破片を払いながら、奥にある分岐路を見る。

道は始まったばかりだ。問題はこの先だと考えていた矢先、娼館主が不安げに口を開いた。


娼館主「あの人、治癒師を助けに行くなんて言ってたけど大丈夫かしら」

道化師「きっと大丈夫さ。そう易々とやられるような人じゃない」

娼館主「あのねぇ、戦闘の素人であろう使用人に易々と刺されたから心配してるの。分かる?」

道化師「あれは予め店内に隠れるように言ってあったのと、不安になったら飲めと言って渡した興奮剤があったから成功したんだよ」

娼館主「興奮剤?」

道化師「そう。痛みを和らげ戦意向上させるのさ。どんなに臆病な奴でも凶暴になる」

道化師「素人である使用人が店主襲撃に成功したのは、あれがあったからだよ」

道化師「薬が効いている状態なら睾丸を踏み潰されようと平気だ。何度か試したから間違いない」

娼館主「(高度な知識は一歩間違えれば凶悪な武器になる。お偉い学者先生の言葉だったっけ)」

娼館主「(この子の場合、七歩くらい間違えてる気がするけど…どうやって作ってるんだろう)」

道化師「まぁ、手酷くやれていたから効能が切れた後は酷い有り様だったけどね」


娼館主「……彼、どうなったの?」

道化師「死んだよ」

道化師「おそらくは店主によって既に殺されていたんだろうけど、薬がそうさせなかったんだと思う」

道化師「まあ、最初から身代わりにするつもりだったから手間が省けてよかったよ」

娼館主「(人の生き死にをさらっと言うところ、西部に来たばかりの盗賊にそっくりね)」

娼館主「(この子も変われるといいけど…)」

道化師「さあ、早く先に進もう。あの化け物が地下に現れないとは限らないんだ」

娼館主「……ええ、そうね」


『よく聞け。分岐する道には必ず紋章がある。紋章がある方向に進めば目的地へ辿り着く』

『紋章は地面や壁、柱や天井などに刻まれているらしい。注意深く観察しろ』

店主は事前に地下通路の存在を知らされていたのだろう。

娼館主には情報元が容易に想像出来た。

それは、東西軍部に入った今でも店主と交流のある情報屋。

あれから直接顔を合わせたことはなかったが、近頃は頻繁に手紙が届いていたようだった。

何度も見返していたのは、都にある地下通路入り口を把握する為だったのだろう。

あれだけの混乱の中で迷うことなく入り口に案内出来たのは、記憶していたからに違いない。

(ありがとう、店主。どうか無事で……)

「見なよ。ご丁寧に北、北西、北東、西、東の五つに道が分かれてる。これは面倒そうだ」

「ええ、地道に探すしかないみたいね」

早速分岐に差し掛かった二人は、店主の言葉通り紋章を探した。


だが、中々見付からない。

この状況下。オークがいなくとも地上で見た光景は頭から離れない。

光の届かぬ向こう側には闇がある。

この地下通路には闇が迫ってくるような、言い知れぬ気味悪さがあった。

体力気力の消耗も激しい。

そして、いつ来るとも分からないオークの恐怖。焦りが増すのも仕方がないことだった。

「……あった。こっちよ」

東側の柱の下に小さく彫り込まれていた紋章をようやく見つけ、二人は再び歩き出した。

その後も何度か分岐に差し掛かったが、根気強く紋章を探し、正しい道を進んでいく。

間違いはない。確かに先に進んでいる。ただ、一つ不安があった。


果てなく続くかに思える地下迷路。

この先にある目的地とは一体何処なのか、二人はそれを知らない。

店主はそれを告げる前に蓋を閉めてしまった。おそらく近辺にオークが現れたのだろう。

蓋を閉じた直後に何か叫んでいたようだったが、二人ともに聴き取ることは叶わなかった。

だが、進む他に道はない。

「……行こう」

と言って手を取ろうとした瞬間、何処からか声が聞こえた。

「早くしなさいよ。いつまで待たせるつもり」

声の主は女だった。かなり苛ついているのか、声を荒げている。

その女に対して、男性数名の「申し訳ありません」と繰り返し謝る声が聞こえた。

はきはきとした発声、装備品のがちゃがちゃとする音。おそらく兵士だ。

女の正体は分からないが、警護されているとすれば要人なのだろう。

姿は見えないが声は近い。彼等と合流出来れば目的地が何処かも判明するはずだ。

二人は顔を見合わせて示し合わせたように頷くと、声のする方向へと歩き出した。


>>>>>>>

(一体何が…)

彼女、治癒師は、重篤患者用の病室の片隅に身を潜めていた。

医療所は破壊し尽くされており、最早彼女以外に生きている人間はいない。

雪崩れ込んできたオーク達が瞬きの間に医師と入院患者の命を奪ったのだ。

仮眠中だった彼女が破壊音で目を覚ました時には既に逃げ場はなかった。

数名の医師が元素を浴びせ数体のオークを葬ったのを目にしたが、彼等も殺されてしまった。

咄嗟に逃げ込んだこの病室の患者も既に息絶えていた。

四肢を切断された挙げ句、胴を寸断されて。

あちこちに切断された四肢が散乱しているが、右腕だけはどこを見ても見つからなった。


(お婆さんまで……)

この病室にいたのは、もうじき退院予定の老婆だったことを思い出す。

確か、背骨を痛めて入院したはすだ。

柔和な笑みが特徴的で、「いつもありがとう」と言って何度か菓子を手渡されたことがある。

患者でありながら医師を気遣う心優しい女性。

男性しかいない職場の中で、彼女の存在はとても大きかった。

ただでさえ肩身が狭かったというのに、新薬の開発以後は更に風当たりが強くなった。

露骨に嫉妬する者もいれば、明らかな敵意を持って接する者さえいた。

傷や病を癒す立場にありながら、彼等は新薬を出世の道具としてしか見ていなかったのだ。

そんな彼らに辟易し、医師の在り方に悩んでいる時だった。


『あなたの患者になれて良かったわ』

『きっとこれからは、先生のような女性がどんどん増えていくのでしょうね』

『私、あなたを見ているだけで元気が出てくるのよ。何だか憧れていた女性を見ているようで…』

『女は弱くて従順だなんて時代はもうじき終わる。旦那に尽くすだけなんてつまらないじゃない?』

『先生のような強い女性が羨ましいわ……』

頭をがつんと殴られたような、頬を張られたような感覚だった。

あの時、彼女の言葉がなければどうなっていただろう。

ひょっとすると、医師を辞めていたかもしれない。

本来であれば医師である自分が患者を救うはずなのに、患者である彼女に救われた。

だからこそ、彼女が近々退院すると聞いた時は快方を喜ぶ反面、寂しさを感じたものだ。

もうじき孫に会えると大喜びしていた姿も記憶に新しい。


もうすぐ。

本当にもうすぐだった。

(こんなことが、あっていいのか)

なのに、彼女の命は灰色の化け物によって奪われてしまった。

如何なる術を用いても、死者を蘇らせることは叶わない。

遺体も、生前の形に戻すことすら出来ない程にずたずたに切り刻まれている。

怒りと恐怖で身体が震える。

無意識の内に握り締めていた拳の隙間から、うっすらと血が滲んだ。


(惨い、惨すぎる……)

遺体は寝たままの状態だ。きっと何の抵抗も出来ないまま殺されたのだ。

抵抗したとしても敵うはずはない。奴等は、こんな弱者さえも殺すというのか。

いや、きっと動けようが動けまいが関係ない。命あるものすべてが殺害対象なのだ。

あの化け物共は兵士も患者も区別なく、生きていれば誰であろうが殺すだろう。

殺すために生き、殺しを愉しむ生物。彼女の亡骸を見て、治癒師は確信した。

「いた 雌一匹いた」

背筋を這うような声に脈が跳ね上がる。

照明も破壊されているため顔は見えないが、嗤っているに違いない。

全体像より先に見えたのは鋸だった。べとついた赤が山なりの突起を伝っている。

鋸から滴る血が床に落ちたが染める余白はない。彼女の血が、既に床一面を染め上げている。


「雌の肉 柔らかい」

その言葉を聞いた瞬間、散乱した四肢に右腕がないことを思い出した。

そして、理解した。

(喰らったのか)

こいつが、この化け物が鋸で彼女を切り刻み喰らったのだ。

どうしようもない怒りが湧き上がる。この化け物だけは必ず殺す。

殺人殺害など、医師としてあるまじき行為だ。

それ以前に、人としてあるまじき行為であることは承知している。

相手が化け物だとしても法が適応されるなら、これから行うことは許されざる罪だろう。

正当防衛は適応されるだろうか。

などと考えている内に、化け物はすぐそこに迫っていた。

窓から射し込む月明かりが灰色の化け物を照らし出す。


獲物を前にぎらつく瞳。

ぞろりと並ぶ黄ばんだ歯は、鑢で研いだように尖っている。

化け物は頬を引き攣らせ、手にした鋸をゆっくりと持ち上げた。

その姿を見て怖れは増したが、怒りが収まることはなかった。

「楽に死ねると思うな」

自分の声とは思えぬほど冷たい声に一瞬驚いたが、彼女の覚悟が揺らぐことはない。

彼女はオークを睨みつけ、固く握った拳を開くと血に染まった床に思い切り叩き付けた。

油断しきっているオークの足下、重篤患者用の陣を最大出力で展開する為に。

見る間に輝きを増すそれに危険を感じたのか、慌てて鋸を振り下ろそうとするも間に合わない。

血によって完全に隠れた重篤患者用元素供給陣が起動し、床から昇った稲妻の如き元素が貫いた。

天井と床の間に吊されたような状態で、オークは声なき絶叫を繰り返す。


(これでも死なないというのか)

(とうに元素供給量の限界を超えているのに…)

更に出力を上げるべく、暴走する元素供給陣に再び手を触れる。

灼けるような痛みが走るが構わない。

自分の肉の焦げる臭いに顔を顰めながら、陣の供給出力を上げる。

しかし、陣自体が耐えきれなくなったのか稲妻は虚しく掻き消えた。

解放されたオークはのろのろと立ち上がり、虚ろな目で再び鋸を振りかざす。

何度も陣に手を触れるが起動する気配はない。

(駄目だ、起動しない)

(もう、打つ手がない。お婆さん、ごめんなさい……)

諦めかけたその時、ひび割れた陣から紫がかった稲妻がどっと噴き上げた。

その威力は先程の比ではなかった。

ごわついた体毛は忽ち燃え上がり、剥き出しの皮膚に亀裂が走る。

体毛と同じ灰色の肉は稲妻の中でべりべりと剥がされ、空中で塵と化していく。

白目を剥いた眼球は眼窩から飛び出して尚も膨らみ続け、遂には爆ぜた。 


「消えろ。跡形もなく、消えてしまえ」

それでも稲妻は止まない。

怒りに震え涙を流す彼女の手が元素供給陣から離れる気配はない。

死して尚も昇る稲妻は、歪な骨格すらも粉々に分解したところで、ようやく止んだ。

「ッ、あぐっ…」

だが、彼女も無事ではなかった。

許容量を越えた元素は、オークだけでなく彼女自身をも傷付けていた。

肘から先の肉が縦に裂け、手の平の肉は殆ど残っておらず失血も酷い。

剥き出しになった骨の隙間には、残留した紫の稲妻が奔っていた。

まるで蛇か何かのように生き生きとしており、指先に絡み付いて離れない。

指先から手の平へ、手の平から肘先へ、主の傷を舐めるように凄まじい速度で移動を繰り返している。


(これは、一体…)

朦朧とする意識の中で呆気に取られて観察していると、徐々に傷が癒えているのが分かった。

腕の裂傷は塞がり、骨が剥き出しだった掌には新たな肉が盛り上がっている。

あれだけ失血にも拘わらず、朦朧としていた意識も次第にはっきりとしてきた。

(この紫の稲妻、雷が傷を治している? まさか、そんな事例は聞いたことがない)

(元素は四つ。雷なんて発現するはずがない。しかも傷が治癒するなんて……)

(医療用の陣と元素の暴走。偶然、何らかの魔術を行使してしまったのでしょうか)

(……こんなことを考えている場合ではありませんね。他がどうなっているのか確かめないと)

ふらつきながらも何とか立ち上がり、壁に身体を預けてゆっくりと歩き出す。

慎重に進むが、医療所はすっかり静まり返っており化け物の気配もない。

まだ霞む目で辺りを見渡すが、やはり化け物の姿はない。

どうやら先程の一体で最後だったようだ。


(おそらく外にもあの化け物がいる)

(しかし、このまま医療所にいても仕方がないですね。怪我人がいるなら助けないと)

意を決して出入口へ向かうと、やはりオークが徘徊していた。

生者の匂いを嗅ぎ付けたのか、出入口付近のオークがしきり辺りを見渡している。

咄嗟に身を隠そうとしたが失血の影響で足がもつれ、その場に倒れてしまった。

体勢を立て直した時には、既に此方に向かって走り出していた。

鈍重な見た目とは裏腹に脚は速い。

振り向いて逃げる暇などない、彼女は本能的に後ろへ飛び退いた。

瞬間。何かが鼻先を掠め、前髪がはらはらと舞う。

尻もちを突きながら前を見ると、振り下ろされた棍棒が床を抉っていた。

先程のオークは不意を突いたから何とかなったものの、今は為す術がない。

手当たり次第に床に散乱した物を投げ付けるが、そんなもので止まるはずもなかった。


だが、止まった。

何故だか分からないが、ごぼごぼと泡だった血を吐きながらゆっくりと倒れる。

それと同時に、オークの背後にいた人物の姿が露わになった。

姿を現したのは斧を持った大柄の男。嘗ての患者であり、彼女の思い人。

「無事か」

「……何で、あなたがここに」

「話している時間はない。立てるか」

「その、腰が抜けてしまって。申し訳ありませんが、手を貸して頂けませんか……」

夢ではないかとも思ったが、差し出された手には確かな体温があった。

ぐいっと手を引かれ立ち上がると、彼はすぐに背を向け出入口へ向かって歩き出した。

その背中を頼もしく感じながら、同時に頬が熱くなるのを感じた。

握られた手には、まだ彼の体温が残っている。


(どうして、私を助けに来てくれたんですか?)

(外にはあんな化け物が沢山いるのに、危険を犯してまで私を助けに来てくれたのは何故ですか?)

出来ることなら理由を訊きたかったが、そんな雰囲気ではない。

酒場での彼とは違い、張り詰めた空気を醸し出している。

「おい、何をしてる。来い」

「は、はいっ」

そんなことを考えている場合ではない。とにかく生き延びなければ始まらない。

何故助けてくれたのか。

それも、この夜を乗り越えてから訊けばいい。

彼女は緩んだ頬を張って大きく息を吸うと、彼の後に続いた。


「行くぞ」

「行くと言っても何処へ行ーー」

その問いは連続する銃声によって遮られた。

いつの間にやら、二十名ほどからなる部隊が医療所付近を固めていた。

隊長と思しき青年が、自分より年配の部下に的確な指示を出しながら周囲のオークを殲滅している。

脇を固める隊員の腕もさることながら、彼は一発の銃弾も無駄にすることなく左胸部のみを撃ち抜いている。

「店主さん、何してるんですか!早くこっちに来て下さい!!」

此処へ来るまでにも死線をくぐり抜けて来たのだろう。彼の顔付きは先程とはまるで違っていた。

「彼等は…」

「此処へ来る途中で合流した。魔術師が陣を起動するまでは奴等と行動を共にする」

今日はここまで
更新遅くて申し訳ないです。

こういう書き方には慣れてないから上手く伝わっているか分かりませんが、
会話と擬音だけだと伝わり辛いかと思って下手くそでもいいから書こうと思いました。

長々と申し訳ない。
もう少しで終わると思うのでよろしくお願いします。

乙乙
やりたい様にやって下さい

乙です‼
楽しみに待ってる


>>>>>>>

「目的地は?」

「旧西部軍基地だ。そこに転移陣がある」

しんがりを務める長身痩躯の部隊員が疲労の色を隠すことなく溜め息交じりに囁いた。

彼によれば、地下通路へ降りる前に多数のオークと交戦したらしい。

何とか退けたようだが、地下通路への入り口へ到着する頃には部隊の半数以上が死亡。

当初は二十名以上いたらしいが、現在は六名。無論、生き残った彼等も無傷というわけではない。

肉体的なものだけはなく、仲間を失った喪失感と度重なる戦闘による疲労が精神を削っている。

だが、疲労の原因はそれだけではない。

道化師と娼館主は、その原因が何であるのかを言われずとも理解出来た。


「まだ着かないの。いつまで歩かせるのよ」

その原因こそが彼女。背後で延々と文句を垂れ流している魔術師。

二人が部隊に合流した後も、彼女は休むことなく不平不満を口にしている。

これでも落ち着いた方で、合流した時など今の比ではなかった。

「要らぬ荷物を増やすな」だとか「私は責任取らない」だとか散々に喚き散らしたのだ。

頭に来たが言い返さなかった。いや、言い返すことは出来たのだがそうしなかった。

こんなに我が儘な女を守らねばならない彼等に対する同情心の方が大きかったからである。

自分達と合流するまでにも散々に言われていたのだろうと思い、下手な刺激を与えるのを避けた。


「暑苦しいわね。少し離れなさいよ」

「っ、はい。申し訳ありません」

背後で彼女のお小言に付き合っている兵士が気の毒でならない。

転移陣起動を任されている魔術師だ。機嫌を損ねるわけにはいかないのだろう。

しかし、だからと言ってあそこまで下手に出る必要はあるのか。

彼女も彼女だ。

文字通り命を賭けて自分を警護してくれた彼等を使用人か何かと思っているのだろうか。

「もっと楽だと思ったから引き受けたのに、これじゃ話が違うわ」

背筋を伸ばし指先まで意識しているような立ち振る舞い、やけに板に付いた横柄な態度。


「彼女、貴族の出なのしら」

「だとしたら他の貴族連中が不憫だね」

「あの女の所為で貴族全体が『あんなもの』だと思われるんだから」

背後に届かぬようにひそひそと会話していると、

横にいる兵士が「お願いだから、余計なことは喋らないでくれ」と目で訴えてきた。

疲れ果てた彼の顔を見て気の毒に感じたのか、二人は黙って頷き口を閉ざした。

背後から聞こえる雑音は止みそうにないが、一行は地下通路を進んでいく。

それから三つの分岐路を通過すると入り組んだ迷路は次第になりを潜めていき、遂には開けた一本道となった。


「これで終わりよね。私、もう嫌よ」

「ボクもそう願いたいね。あんなことをするのは人生で一度で充分だ」

紋章を探し出す作業は苦痛だった。

何よりも苦痛だったのは、分岐路へ差し掛かるたびに魔術師の存在だ。

皆が集中して探し出そうと躍起になっているのに、彼女ときたら何もせず立ち尽くすだけ。

それだけならまだ良かったのだが、「さっさと見つけなさいよ」などと言い出すのだから堪らない。

これに苛立った娼館主が

「だったら突っ立ってないで、あんたも手伝いなさいよ」と怒鳴ったのだが……

「こんな汚い所で膝を突くなんて嫌よ。服が汚れるじゃない」

という、予想を遙かに超える言葉が返ってきた。


精々が、「何で私が地べたを這って紋章探しなんてしなくてはならないの」

くらいだと思っていたのだが、彼女はある意味で想像以上だった。

この非常時にそんなことを口にするとは夢にも思わず、娼館主はすっかり閉口してしまった。

どうやら初めから『一緒に紋章を探す』という選択肢は存在しなかったらしい。

今にも爆発しそうだった怒りも、穴の空いた空気袋のように瞬く間に萎んでいった。

しかし当の本人はどこ吹く風。悪びれた様子など一切なく堂々たるものだった。

(何だか、思い出したら段々と腹が立ってきたわね)


「風の音が強くなってきた」

「えっ?」

「ほら、聞こえるだろ。出口はもうすぐだ」

先程までの出来事を振り返り、怒りが再燃しかけていたところへ突然の朗報。

これまでの疲れが吹っ飛ぶとまではいかないが、強張っていた身体がほぐれて脚が軽くなるのを感じる。

頻発して起きている地響きも気掛かりだったが、外へ出れば崩落の恐怖からも解放されるだろう。

そう思うと、自然と歩みが速くなる。


「あれは、梯子?」

一際強い灯りを放つ道化師の街灯が、赤く錆びた梯子の姿を照らし出す。

すると今まで兵士や自分達を盾にするように歩いていた魔術師が我先にと先頭を切って歩き出した。

(厚顔無恥というか何というか。ここまで来ると清々しいわね)

などと思っていた次の瞬間、前方右側の壁面ががらがらと崩れた。

幸いにも道が塞がるようなことはなかったが、その穴から現れたモノが安堵を掻き消した。

「ば、馬鹿な。奴等、穴を掘って追って来ていたというのか」

銃を構えて撃とうとするが、凄まじい速さで壁面を蹴りながら迫って来るため的を絞れない。


何より邪魔なのは魔術師の存在。

今まさに必死の形相で引き返している最中で、万が一彼女に当ててしまっては元も子もない。

魔術師に射線を阻まれ為す術がない兵士。オークは既に魔術師の背後に迫っている。

「くそっ、仕方ない。撃つぞ。しっかり狙え」

数発発砲するが、壁から壁へ飛び移るように移動している為に狙いが定まらない。

「伏せろ!!」

攻撃圏に魔術師が入った。兵士が魔術師に向かって叫ぶ。

(駄目だ、もう遅い。彼女は死ぬ)

誰もがそう思った。

しかし、オークは彼女を無視して此方に向かって来る。

何故かは分からないが、確実に仕留められたはずの彼女を追い越した。


「そんな、まさか…」

彼等はその意図に気付き凍り付いた。

オークは彼女が前方にいる限り発砲出来ないことを理解している。

だからこそ彼女を無視して此方に突撃してきた。

おそらく彼女が要人であることを理解したのだろう。

愚鈍な獣染みた姿からは想像出来ない知性。彼等は完全に侮っていた。

不測の事態、予想だにしていなかった敵の行動。混乱が彼等を呑み込んでいく。

「撃て!撃て撃て撃て!!」

魔術師の存在など忘れてしまったかのように銃を乱射する。

銃弾を掻い潜り向かって来るオークの背後で、魔術師は服が汚れるのも構わず蹲っている。

魔術によって攻撃する気配はない。というより、戦う意志そのものが感じられない。


(ちっ、あの屑……)

(散々偉そうなことを言っておきながら、あんな役立たずだったとはな)

道化師が心中で毒づく。

どうやら、あの魔術師に期待するだけ無駄のようだ。

あれだけ大物然としていた姿はすっかりなりを潜め、今や置物のようにじっとしている。

何故あんな魔術師が起動を任されたのか疑問に思ったが、今はそんな場合ではない。

「来るな来るな来るなあああ!!!」

乱射された銃弾の何発かが先頭のオークに命中し地面に倒れ伏す。

だが、魔核を破壊したわけではない。

確かに銃弾は当たったようだが見る間に治癒している。

その間に他ニ体のオークが迫っていた。何度も発砲を繰り返すものの当たる気配はない。

恐怖によって手が震えているのか照準は定まらず、銃声はあらぬ方向へと飛んでいくばかりだ。


「ぴひゅっ…」

先頭に立っていた長身痩躯の兵士の首が奇妙な音を鳴らしながら宙を舞う。

その目は恐怖と驚愕に見開かれている。

他の兵士も彼と同様の表情で無闇矢鱈に撃ち続けている。

ニ体が背後に回り込む擦れ違い様、更に二人の兵士が爪によって寸断される。

この僅かな間に前方を塞ぐオークの傷は完全に治癒していた。やはり傷は浅かったらしい。

素早く立ち上がると二度三度頭を振り、牙を剥き出しに獲物に向かって吼え猛る。


(マズいな。このままだと挟み撃ちだ)

「くそっ!後ろだ!後ろを取られた!!」

(ダメだ、この兵士共も役に立たない。ボクが何とかするしかない)

背後を取られたことへの動揺からか、前方のオークの存在をすっかり忘れてしまっている。

道化師は死亡した兵士の武器を手に取り娼館主を壁際に追いやると、前方のオークに発砲。

立ち上がり様のオークの肩口に命中させ動きを止めると、次弾で魔核を撃ち抜いた。

(近くて助かった……)

(もう少し遠ければ外してたかもしれない。これで残りは二匹か…)

背後からは相変わらず銃を乱射する音が聞こえる。混乱状態から立ち直った様子はない。

銃弾が掠って倒れはするものの、傷が塞がっては立ち上がりを繰り返しながら着実に距離を詰めている。


(このままじゃ全滅も時間の問題だ。化け物に構っている暇はない)

(大体、こんな奴等が何人死のうが彼女さえ無事ならそれでいいんだ)

(悪いけどボク達は先に行かせてもらう。少しは時間を稼いでくれよ)

道化師は呆然とする彼女を起ち上がらせ、梯子に向かって全力で走り出した。

「ちょ、ちょっと、あの人達は」

「見捨てる」

どうするのか、と聞かれる前に言い切る。

道化師にとって娼館主の身の安全が第一であり、彼女を生かす為ならば幾ら犠牲が出ようと構わないのだ。

少しばかり行動を共にしたからといって、仲間意識が芽生え情が移るなどあるはずもなかった。


一方、娼館主はやり切れぬ表情をしている。

出来ることなら皆で、と思っていたのかもしれない。

だが彼女も裏社会で生きる人間だ。

現実がそう上手くいかないことは分かっている。

しかし、長らく危険から遠ざかっていた所為か、他人を切り捨てることへの躊躇いが生まれてしまったらしい。

(昔なら、こんなの当たり前だった。生きるってことは、何かを犠牲にすることなんだから)

(店持って甘くなったのかな。今さら綺麗な生き方しようったって無理なのに……)

それを感じ取った道化師が、消沈する娼館主に声を掛けた。

「混乱した彼等の様子を見ただろ。ああなったらボク達では助けられない」

「いいか、ボク達は普通の人間なんだ。盗賊や勇者のような『特別』じゃない」


「……分かってる」

(命にも優先順位がある。誰も彼も救おうなんて考える奴の方がイカレてるんだ)

(窮地を乗り越え、皆で力を合わせて逆転勝利なんてのは有り得ない)

(まして全員助かるなんて無理だ。必ず誰かが死ぬ)

道化師は『必ず死ぬ誰か』にならぬ為、娼館主の手を引いて梯子へと直走る。

背後では未だ銃声が鳴り響いているが、彼等がやられれば次は自分達だ。

あの銃声が止む前に梯子に辿り着き、重い石蓋を開けなければならない。

(もう少しだ)

その時、娼館主の身体がぐらりと揺れた。

体当たりで突き飛ばされたかのように身体が大きく傾き、どさりと倒れた。

(……何が、起きたんだ)

彼女の右腕には穴が空いており、背中は横一文字に切り裂かれている。

幸いにも背中の傷は深くはないようだが彼女は気を失っており、ぴくりとも動かない。

原因を探るべく辺りを見渡すと、先程オークが出てきた穴の奥で槍先が輝いた。


「仕留め 損ねた か」

(くそッ!もう一匹いたのか!!)

街灯の光が、蠢く灰色を捉えた。

穴の奥に潜み、油断したところを一突きにするつもりだったのだろうが失敗した。

原因は、街灯の光。

本来であればこの程度で怯むことはないが、このオークは他三体とは違い暗がりにいた。

そこへ突然の光。

それによって怯んでいなければ、間違いなく二人諸共串刺しになっていただろう。

未だ目が慣れていないのか、オークは僅かによろめき壁に手をついた。


(動きが鈍い。何故?)

(いや、この際どうでもいい、何だか分からないが今しかないんだ)

距離は近く的の動きも鈍い。道化師は迷わず左胸部へ銃弾を放った。

魔核を撃ち抜かれ内側から瓦解していくオークを尻目に、服の袖を千切って娼館主の右腕を止血。

素早く彼女を背負い走り出したが、脚に何かが絡み付いた。

ぎょっとして足下を見ると、脚を掴んでいたのは細い人間の手だった。

「そんな女は捨てて、私を助けなさい」

「ッ、ビックリさせんじゃねえよ屑女!!!」

「ぎぇッ!」

空いている蹴で顔面を思い切り蹴飛ばすと、絡み付いた手は容易く離れた。

何をされたか分からないような呆けた表情を見せたのも束の間、潰れた鼻を両手で押さえながら魔術師が吠える。


「あ、あなた、自分が何をしたのか分かっているの!! 私はーー」

「うっせえんだよ豚が!!」

「あぎゃ!」

「お前のような屑女には這いつくばってる姿が似合ってる。ずっとそうしてなよ」

「わ、私がいなければ陣は起動しないのよ!? 西部が、自分達がどうなってもいいの!!?」

「煩い女だな。言っとくけど、お前に救ってもらおうなんてこれっぽっちも思っちゃいない」

「お前がどうなろうが、誰がどうなろうが知ったことじゃないんだよ」

魔術師の瞳が驚愕と絶望に見開かれる。

しかし、それでも尚も縋り付こうとする魔術師。道化師は躊躇いなく発砲、両脚を撃ち抜いた。

それと時同じくして、背後にあった銃撃の音がぴたりと止んだ。

残った兵士がやられたのか、残弾が尽きたのか。

ともかく予断を許さない状況に変わりはない。

道化師はその場に街灯を投げ出し再び走り出したかと思うと、梯子の手前で振り向いた。


「待って、助けーー」

「嫌だね。ボクはこの人を助けるだけだ」

「西部が滅ぼうとボクが死のうと、この人だけは絶対に死なせない」

(お前に助けられるくらいなら、盗賊に助けられた方がマシだ)

懇願する魔術師の声を遮り、道化師は続けた。

「ああそうだ。一つ言っておくよ」

「お前はお前が思ってるほど大した人間じゃないし、お前が消えても何も変わらない」

ニ体のオークの影が魔術師と重なった。

その瞬間、道化師は街灯内部にある拳大の火元素供給結晶に向かって引き金を引いた。

光を放っていた火元素供給結晶が砕けると同時に爆発が起こり岩盤は崩落。

塞がれた道の向こう側からは、溢れ出た炎によって焼かれる魔術師とオークの叫びが聞こえる。


「いやぁ、助かったよ」

「彼女には、あの魔術師はボク等を守る為に戦って死んだって言っておく」

「勘違いするなよ? お前の名誉の為じゃない、彼女の心を傷つけない為だ」

「どんな奴でも、死んだら大抵は良い奴になれる」

「それがお前のような、鳴くだけで何の役にも立たない食えない豚でもな」

すっかり静かになった向こう側の魔術師に吐き捨て、背中から娼館主を下ろす。

まずは石蓋を開けなければならない。

錆びて朽ちているかに見えたが、そこまで強度は落ちておらず何の苦もなく登ることが出来た。

(あの化け物がいたら、このまま地下道に身を潜めるしかないな)

取っ手を掴み、音を立てぬよう用心してゆっくりと石蓋を開ける。


(この広場は、演習場か?)

月は雲間に隠れており遠くまでは見えないが、辺りに何かがいる気配はない。

てっきりオークが徘徊しているかと思ったが、どうやら杞憂だったようだ。

石蓋を完全に開き、再度周囲を見渡す。

(いない。取り敢えず止血剤と包帯をーー)

と、身を乗り出そうとしたその時だった。

「久しぶりだね」

「そうだな」

「あっ、その腕輪。そっか、ちゃんと着けててくれてたんだね。ふふ、よかった……」


「……………」

「ねえ、どうかしたの?」

「まさか生きてる間に会えるとは思わなかったから驚いてんだよ」

「お前と次に会うのは死んだあと、あの世かどっかだと思ってたからな」

「なに? あたしと会えて嬉しくない?」

「そりゃ嬉しいさ。二度と会えねえと思ってた女に会えたんだ、嬉しくないわけねえだろ」

「じゃあ、何でそんな顔してんのよ」

「言わなくても分かんだろ。お前と会えて最高に嬉しいから、最高に最悪な気分なんだよ」

「ならどうする? あたしを殺すの?」

「……ああ、お前は俺の手で殺す。お前の魂は俺が盗り返す」

雲間が晴れ、月明かりが照らし出したのは、亡き姉と盗賊の姿だった。

今日はここまで
レスありがとうございます嬉しいです。読んでる方ありがとうございます。

やっぱり長くなりそうです
最後まで読んでもらえるように頑張るのでよろしくお願いします

長いだけで中身ない
似たような展開の繰り返し
地の文が下手

>>226
がんばって!
>>227
さようなら


>>>>>>>

今、私の目の前で起きている出来事は何と言うのでしょう。

身動きも出来ず、へたり込んだまま目を逸らすことも出来ない。

はっきりと見えているのに、しっかりと聞こえているのに、これを何と言っていいのか分からない。

これは戦闘だろうか?それとも抵抗だろうか?

戦闘とは戦うこと。

『敵』に対して攻撃したり防御することだ。

だとしたら『これ』は戦闘とは言えない。適当な表現ではない。


「隊長、元素供給弾が通りません」

ならば抵抗だろうか。

抵抗とは外部からの力や権力に対して、歯向かい逆らうこと。

確かに歯向かっている。思い切り敵対している。けれど、それだけだ。

力の差は素人の私が見ても一目瞭然。残酷なまでに違いすぎる。

「隊長、このままではーー」

「分かってる。俺が目を撃ち抜く。皆は注意を逸らしてくれ」


それでも、あの青年は諦めていない。

あの青年。隊長は、勝つため生きるために懸命に指示を出している。

彼とは此処に来るまで色々話した。

店主さんのことは対異形種特別部隊長を通して知っていたらしい。

現在は西部司令官と呼ばれているが、我々西部の人間には特部隊長の方がしっくりくる。

特部隊長と言えば旧西部軍の英雄。

人の身でありながら数多くの異形種を葬ったのは有名で、その数は完全種の部隊より多いとか。

幾分尾鰭が付いているだろうが、概ねは事実だろう。

幾度となく前線に立ちながら今尚も五体満足で生きていることがその証明だ。

以前負傷した兵士の治療をしていた頃は、看護婦達に数々の武勇伝や逸話を聞かされたものだ。

部下思いな人物としても有名であり、実際に負傷した部下の見舞いに訪れこともある。


偶然にも私が彼の部下を担当していたので、彼とは何度か会話したことがある。

彼が「部下をお願いします」と、私に頭を下げた姿は今も鮮明に憶えている。

男が女に…いや、軍人が頭を下げるところを見たのはあれが初めてだった気がする。

私も反射的に頭を下げたので彼を困惑させてしまったことも、今では遠い思い出だ。

「振り下ろしが来るぞ!散開しろッ!!」

青年の域を出ない若き隊長。

特部隊長直属の部下であり現在は東西軍部所属の兵士。階級は少尉。


『自分が隊長になるなんて思ってもいませんでした』

『何故ですか? さっきの射撃なんて目で追えないくらい早くて凄かったですよ?』

『あの人には遠く及びませんよ。少尉ならもっと…』

『?』

『あ、いえ。何でもないです』

『俺には優秀な隊長がいたので、ずっと隊長の部下だと思っていたんです』

そう。ついさっきまで、こんな会話をしていた。

周りを固める部下の方々は皆一様に彼を見ながら微笑んで、彼は照れたように頬を掻いた。

自分より年配の部下にからかわれる彼の姿は年相応で、私もいつの間にか笑っていた。

隣に居た店主さんは彼を見て『息子』を思い出したのか、ほんの少しだけ笑っていた気がする。


けれど、楽しい時間は長く続かない。

断続的に続いていた地鳴りが次第に激しさを増したかと思うと、何かが降ってきた。

凄まじい地響きと破壊音。激しい揺れ。

気付いた時には倒れていて、いつの間にやら辺りは暗くなっていた。

暗闇に目が慣れないまま立ち上がって空を見る。月が翳っているのかと思ったが違った。

見上げる程に大きな灰色の怪物が月明かりを遮っていたのだ。

そうでした。それから『抵抗』が始まったのです。

それからは?

その後はどうなったんでしょう?

その間の私は何をしていて、傍にいたはずの彼は、店主さんは何処へ行ったのでしょう?


『離れろッ!!!』

そうでした。彼は私を突き飛ばしたのでした。

再び空から何かが降ってきて、とても避け切れそうにないから、私を突き飛ばしたんだと思います。

何とか身を起すと、彼の姿は降ってきた何かに隠れて見えませんでした。

ぼやける視界の中で必死になって彼の姿を探しましたが、やはり何かに隠れて見えません。

少しずつ視界が戻っていき、『それ』が何なのかやっと理解出来ました。

彼の身体を隠していたのは、空から降ってきた何かの正体は、灰色の怪物の大きな手。

すぐに手を掴んで持ち上げようとしたけれど、重くて重くて持ち上がらない。

小指側から呻き声が聞こえたので目を向けると、うつ伏せに倒れる彼の姿がありました。

私は大急ぎで怪物の手の甲を乗り越え、彼を小指の下から出して抱き寄せました。

膝から下がなくなっていたので何とか治そうとしましたが、何故か医療術が使えません。

紫色の雷がばちばちと鳴るだけで、彼の身体が癒える気配はありませんでした。


『おい、こっちだ化け物。獲物はこっちだ』

『ほら来いよ。掛かって来い。そうだ、来い。脳味噌ぶちまけてやるから覚悟しろデカブツ』

隊長と部下の方々が怪物を引き寄せている間に、私は彼を引き摺って物陰へ。

何とか身を隠すことが出来たので一安心していると、私の目を見ながら彼が言いました。

『無事だったか』

息も絶え絶えで痛みも酷いでしょうに、しぶとく笑いながら言ったのです。

私には返答する余裕など一切なくて、急いで服を破いて止血しようとしました。

けれど損傷が酷すぎて血は止まらず、切断面からは血が流れ続けていました。

何度も何度も魔力を練ろうとしたけれど、何かが邪魔して魔術を使えません。

紫色の蛇のような雷が彼の身体を這い回っていたので払い落とそうとしましたが駄目でした。

医療術も使えない私には、彼の手を握るくらいしか出来ません。

彼は眠たそうな顔で空いた手を伸ばすと、私の頬にそっと触れながら

『自棄酒はするなよ?』

と言って微笑みながら、眠るように目を閉じました。


「あ、あ、ああ…」

そうだ。彼は此処に、私の傍にいる。

私の手は彼の手を握っている。まだ温かい。そうだ、私はずっと傍にいたんだ。

傍に居ただけで何もしなかった。治癒術師なのに、医師なのに何も出来なかった。

「店主さん起きて、起きて下さい」

(医師なら分かるでしょう。もう彼はーー)

「うるさいッ!! 店主さん!しっかりして下さい!!」

もう止めましょう。

彼は私を庇って両脚を失って、それはもう酷い出血で、止血しても血は止まらなくて。

それから。それから。それから目を閉じた後……

『良かった。お前を守れて良かった』

『そんな、駄目です!! しっかり!しっかりして下さい!!』

『悔いはないが、欲を言えば盗賊と巫女の顔も見たかったがな……』

「嫌っ、嫌ッ、嫌ぁああああああああ!!!」

そう言って、そう言って彼はどうなった?

「違う!違う違う違う!! 彼はまだーー」

違わない、分かっている。

彼はもう動かない、もう喋らない。

だって彼は、私の傍らで何の疑いようもなく死んでいるのですから。


「あ、あ、ああ…」

そうだ。彼は此処に、私の傍にいる。

私の手は彼の手を握っている。まだ温かい。そうだ、私はずっと傍にいたんだ。

傍に居ただけで何もしなかった。治癒術師なのに、医師なのに何も出来なかった。

「店主さん起きて、起きて下さい」

(医師なら分かるでしょう。もう彼はーー)

「うるさいッ!! 店主さん!しっかりして下さい!!」

もう止めましょう。

彼は私を庇って両脚を失って、それはもう酷い出血で、止血しても血は止まらなくて。

それから。それから。それから目を閉じた後……

『良かった。お前を守れて良かった』

『そんな、駄目です!! しっかり!しっかりして下さい!!』

『悔いはない。欲を言えば、盗賊と巫女の顔も見たかったがな……』

「嫌っ、嫌ッ、嫌ぁああああああああ!!!」

そう言って、そう言って動かなくなった彼はどうなった?

「違う!違う違う違う!! 彼はまだーー」

違わない、もう分かっているでしょう。

彼はもう動かない。彼はもう喋らない。

だって彼は、私の傍らで何の疑いようもなく死んでいるのですから。

一旦ここまで、また後で書くかもしれません


楽しみにしてる


「はぁっ、はぁっ」

気付けば走り出していた。

生きたいとか死になくないとかではなくて、単純に目の前の怪物が許せなかったから。

そう思っているのは、きっと私だけじゃない。

意味も理由もなく、ただただ理不尽に、次々と『誰かの』命が奪われていく。

(違う。『誰か』じゃなかった)

助けられたことで、それが自分とは関係ない出来事だと思っていたけれど違った。

奪われたのは、遠い地に住む見ず知らずの誰かではない。

触れ合える程に近い場所にいる、私の大事な人だった。


(世界は今、これで満たされている)

あの怪物が憎い。

憎くて憎くて仕方がない。

もし強い力があったなら殺せるのに、私にそんな力はない。

だから、こうして怪物の脚を引っ掻いたり噛み付いたりすることしか出来ない。

死んでもいい。もう死んでも構わないから、この怪物に痛みを与えたい。

死にたくなる程の痛みを、生を投げ出したくなるような苦しみを与えてやりたい。

けれど無駄だった。

蹴っても噛んでも、引っ掻いても殴っても反応はない。

私の存在に気付いてすらいない。


悔しい、情けない。

やっと私の存在に気付いた怪物に無様に摘まみ上げられながら、ふと思った。

(あの人は何故、私を助けてくれたのだろう?)

(自分の身を賭してまで私を助けてくれたのは何故だろう)

下から銃声が聞こえる。

隊長や部下の方々、もういいです。あなた達だけでも今の内に逃げて下さい。

嗚呼、何てことだ。人が、人が減っている。

さっきまで二十名はいたのに、今では十名いるかいないかまで減っている。

いい人達だったのに、優しい人達だったのに、何でこうも簡単に死んでしまうのだろう。


生きて欲しい。死んで欲しくない。

(あの人もこんな気持ちだったのでしょうか?)

(あの人が死んだと知ったら、盗賊君と巫女ちゃんは悲しむでしょうね)

(だったら、私も死んで悲しまれたい。きっと、その方がいい)

(もう嫌だ。誰かの死を見るのは沢山だ。まったく、医師失格…)

(いえ、違う。今の私は医療術も使えない役立たず)

(なら死ねばいい。死んでしまえば、もう二度と死を見なくてすむ)

「雌は 美味い 知ってる」

「…………」

何もかも、この怪物の所為だ。

要らぬ悲しみを、要らぬ痛みを、要らぬ苦しみを、この怪物が振り撒いている。

この怪物に見つかったら最後、逃れる術はなく死んでしまう。


(まるで病のような存在だ)

(この病に特効薬はない。今のところ治療法も見つかっていない。不治の病だ……)

(そう考えると、人類は異形種という病に冒された患者という見方も出来る)

異形種という病。

この題名で論文や本でも書けば売れるだろう。嫉妬する同僚の顔が目に浮かぶ。

けれど、彼等も死んでしまった。

あの皮肉屋も、野心家も、学歴重視も、もうこの世界に存在しない。

男尊女卑の染み付いた彼等が大嫌いだったけれど、何故か寂しい気持ちになる。


(何故でしょうね。大嫌いなはずのに)

答えは簡単、死んでしまったからだ。居なくなってしまったからだ。

そうですね。

死というのは、喪失というのは、それだけ重いものです。

どれだけ嫌いでも、憎んでいたとしても、死者を憎めるでしょうか?

それは程度にもよるでしょうが、あまりいないでしょう。

死んで喜ばれるような人間なんてそうはいない。そんな人間は極々稀。

『良かった。お前を守れて良かった』

あの人は、死んで悲しまれる人間。だった。

「この雌 喰う 邪魔 するな」

この怪物に殺されるまでは、死んで悲しまれるような人間だった。

事実。私はこんなにも悲しくて、あの人を殺したこいつがこんなにも憎い。

こいつが死んだら、こいつを殺せたら、どんなに嬉しいだろうか。

それが一時の喜びで、虚しさしか残らないとしても、あの人の仇を取りたい。


でも、私には無理。

「頭は 美味しい」

だから『何処かの誰か』にお願いします。

この怪物を殺して下さい。この怪物を殺して下さい。この怪物を殺して下さい。

脚を奪って、動けなくして、痛め付けて痛め付けて殺して下さい。

もし可能であれば、これまで奪った命の分だけ殺して下さい。

医師としてではなく、個人として願います。

「どうか、この怪物を殺して下さい」

「願われずとも殺す。王の命だ」

月を背負って現れた黒衣の何者かが、怪物の野太い腕を切り落とした。

右手には鋼とも鉄とも違う異質の輝きを放つ剣があった。

元素供給弾をも通さなかった分厚い皮膚と骨肉を、剣で切り裂いたというのか。

「暴れるな。暴れれば死ぬぞ」

黒衣をまとった女性が言った。

彼女は手の平から零れ落ちた私を抱き止めると、地上にふわりと降り立った。


「黒い衣、死神ーー」

「死んではいるが、神ではない」

「えっ?」

「我等は神に憎まれた一族、神に捨てられた一族、とうの昔に滅びた種族」

怪物の叫び声より通る、凛とした声。

彼女は呆然とする私を下ろすと全身覆う黒衣のローブを脱ぎ捨てて、その姿を露わにした。

彼女だけではない。

周囲には彼女と同じような黒衣をまとった彼等彼女等が立っていた。

そして彼女同様に全員が黒衣を脱ぎ捨てて、その姿を月光の下に晒した。

月明かりを浴びて一様に輝くそれは息を呑むほど美しく、不思議と怖ろしさは感じなかった。

そして、ふと思った。

(歴史は嘘吐きだ)


「我等は赤髪の王の命により、貴様等を助けに来た」


(やはり、赤髪は悪魔なんかじゃない)

(皆、盗賊君…王と同じ目をしている。暖かくて優しい瞳を……)

ここまで寝ます


あと2レスってところで寝落ちしちまったぜww


>>>>>>

きらきら輝く満ちた月。

眩いばかりの月光が二人の姿を映し出す。そう、これは一夜限りの儚い夢。

予期せぬ再会に戸惑いながらも、二人はゆっくりと距離を縮めていく。

しかし、あと一歩のところで立ち止まってしまう。二人ともに、そこから動けない。

見つめ合う二人。

頬を朱に染めてはにかんだ笑顔の彼女は、そそくさと視線を外して照れた様子で俯いた。

ややあって、彼女は俯いたまま、足りない距離を埋めるようにおそるおそる手を差し延べた。

彼は優しく微笑んでそれに応じると、二人は固く手を握ったまま、くるくるくるくる踊り出す。

しんしんとふる綿雪が、再会を祝福する天使のようにふわりふわりと舞っている。

二人に言葉は必要なかった。何故なら、繋いだ手の温もりが全てを教えてくれるから。


「あんたを救う」

「安心して。あたしが、この汚れきった世界から連れ出してあげるから」

 なんて、感動的な雰囲気にはなりそうにねえな。やっぱり現実は甘くねえな。

やっと辿り着いたと思ったら陣はぶっ壊されてるし。惚れた女はバケモンみてえにされてるし。

口は裂けるわ腕は伸びるわ。身体からぐちゃぐちゃした黒い泥みてえなの出るわ。

最初からその姿で出て来てくれよ。

どんな姿になっても君は君だ。くらいの気持ちでいたけどさ、限度ってもんがあんだろうが。

「ねえ、こんな世界捨てて一緒になろう?」

「魅力的なお誘いだけど無理だ」

「捨てるのが惜しいくらいに、大事なもんが増えちまったからな」


「あたしよりも?」

「うるせえな。それ以上そいつの声で話すな」

「大体、そんな面倒臭えことを言うような女じゃねえんだよ」

「あんたが勝手に美化してるだけじゃないの?」

「まあ、確かに。それもあるかもしれねえな」

 あ~、めんどくせ。

あのどろどろした黒塊。あれが鞭みてえに前後上下左右暴れ回ってっから近付けねえ。

斬っても撃っても刺しても意味ねえし、やっぱタマシイ引き摺り出すしかねえのかな。


(いい月夜だってのに、最悪だな……)

 なあ、隊長。あんたもこんな気分だったのか?

降霊術師とやり合った時、あんたは惚れた女を自分の手で殺した。

『他ならぬ彼女自身の願いだ。だから、俺の手で終わらせた。悔いはない』とか言ってたよな。

辛かっただろ。腹立っただろ。すっげえ分かるぜ。俺もそんな感じだから。

好き勝手弄られて、バケモンみてえな姿にされて、魂まで囚われちまってる。

身体は偽物だけど、魂は本物だ。

だから、この気色悪ぃバケモンを殺すってことは、あいつを殺すってことなんだ。

(ったく、情けねえよな)

(やろうと思えば今にもやれんのに何やってんだ。俺は何をーー)

「いつまで化け物に見惚れてんだよ!!さっさと姉さん助けろ屑男!!!」


「お前ーー」

「今さら何を躊躇ってんだよ!!人でなしのクセに気取ってんなよ屑野郎!!」

「……ああ、そうだな」

 でも撃つことねえだろ。

それ元素供給弾じゃねえの? 死にはしねえけど結構痛えんだからやめろよな。

つーかガキみてえに泣いてんじゃねえよ。玉潰しが趣味な癖に女みてえに泣くな。

『ッ、この屑野郎!』

『姉さんを返せ!! お前なんかに関わったから姉さんは死んだんだ!!』

『お前さえいなければ!姉さんは死ななかった!! お前が死ねば良かったんだ!!!』

『何でお前が生きてる!!? 何で姉さんが死んだ!!何でだよッ!!』

『墓参りにも来ないで!何でガキの相手なんかしてんだよ!! 答えろよ屑野郎ッ!!!』

 そういや、あの時もめちゃくちゃ泣いてたな。泣き虫かお前は。

良く見りゃあ泣いた顔は意外と似てんだな。ずっと泣いてりゃいいのに。

でも、女泣かせたら店主になに言われるか分かんねえな。頑張ろ。


「化け物化け物って、お姉ちゃん傷付くーー」

「縛れ朽ち縄」

「はぎゃ!!?」

「待たせて悪かったな。そろそろ返して貰うぜ」

 あれこれ考えてもやることに変わりはねえし、死んだ奴は生き返らない。

目の前にいんのはあいつじゃねえ。死に際、俺にこの腕輪を渡した女じゃねえ。

俺に惚れた女は死んだ。

俺が惚れた女は死んだ。

「……あんたは、あたしが救う」

「あんたをそんな目に合わせた世界から、あんたをそんな風にさせた運命から、あたしが救うんだ」


「ありがとな。でも、俺はもう救われてる」

それがお前自身の言葉なのかどうか分かんねえけどさ、もういいんだ。

お前は、確かに俺を救ってくれたから。

お前がいなけりゃ、奪われる苦しみも、失う痛みも知らないままだった。

今の俺は、お前から始まったんだ。お前がいたから『こんな風に』なれたんだ。

だから、もういい。もう、そんな顔しなくていいんだ。

何ものにも囚われることはない。利用されることもない。お前の魂は、もう自由なんだ。

「……盗賊、愛してる」

「……ああ、分かってる。俺もだ」

「それ、ほんと?」

「こんな時に嘘吐かねえだろ。普通」

「ふふっ、うれしい。ねえ、盗賊?」

「?」

「あたしを、あんたの物にして欲しい。あんたが死ぬまで、傍にいさせて……」

短いけど今日はここまで


メ…ハッピーホリデー!


>>>>>>

暗いな、何も見えん。

いや、何も見えないはずがない。

あんなにも大きく見えていたんだ。雲間に隠れたとしても、完全な闇など訪れようもない。

まさか、あの灰色が月すらも覆い尽くしてしまったというのか。

西部は、世界はどうなった。あの声の通り、滅びてしまったのか。

だとしたら、此処は何処だ。

何だ、遠くから声が聞こえる。俺は生きているのか。其処にいるのは誰だ。


『生きて下さい』


この声……お前、まだいたのか。

俺のことはもういい。早く逃げろ。俺は俺のすべきことをした。

これ以上は何も望まない、悔いもない。だから、もう行け。


『嫌です』

『あなたを死なせてしまったら、生き延びた意味がない』

『それに、あなたを亡くした悲しみを背負って生きていけるほど、私は強くありません』


俺は救えたはずの命を見捨てた。

人を見殺しにするような奴だ。救う価値などない。

『例えそうだとしても、それがあなたを見捨てる理由にはならないでしょう』

『見捨てた人々があなたを恨み、死ぬべきだと叫んでいたとしても、あなたは私の命の恩人です』

『いえ、違いますね……』

『命の恩人だとか、そんな理由付けは必要ありません』

『私が、あなたに生きて欲しいんです』

『医者としてではなく、一人の人間として、あなたに生きて欲しいんです』


 生きた先に何がある。

医師というのは、生きる意志のない者も無理やりに生かすのか。

お前を助けたのは借りを返す為なんだ。これ以上、借りを増やさないでくれ。

『……さっき、後悔はないと言いましたよね』

 ああ、言った。

『じゃあ、盗賊君と巫女ちゃんは、あなたの息子と娘はどうするんですか?』

『子供達はあなたを思っている。あなたも子供達を思っている』

『こんな言い方は狡いでしょうけど、子供を置いて逝ってしまうなんて駄目ですよ』

『あなたにとって、希望とは何ですか?』


希望。

盗賊、巫女。

あの二人は、俺に何かを与えてくれた。とても温かい何かを。

出来ることなら、見続けていたかった。どう生きるのか見ていたかった。


『あなたの希望は生きています』

『それがそのまま、あなたの生きる希望になるんです』

『さあ、起きて下さい。きっと、あなたを待っていますから』


『あなたにとって、希望とは何ですか?』


希望。

盗賊、巫女。

あの二人は、俺に何かを与えてくれた。とても温かい何かを。

出来ることなら、見続けていたかった。どう生きるのか見ていたかった。


『あなたの希望は生きています』

『それがそのまま、あなたの生きる希望になるんです』

『さあ、起きて下さい。きっと、あなたを待っていますから』

>>264はミス。また後で書くと思います。

眠くて駄目です。また明日

どこがミスだかわからない…乙


店主「(此処は、医療所…?)」

黒衣「……………」

店主「(赤髪、三人はいるな。敵意は感じられない。見張りか? だが何故…)」

黒衣「起きたか」

店主「……お前は」

黒衣「見ての通り赤髪だ」

黒衣「盗賊から北部赤髪部隊については聞いているな。我々はその部隊に所属していた者だ」

店主「……北部。巫女が所属していた部隊だな。巫女を残して死んだと聞いたが」

黒衣「ああ、確かに死んだ。我々も赤髪一族も死に絶えた。が、生きている」


>>>>>>>

店主「(此処は、医療所…?)」

黒衣「……………」

店主「(赤髪、三人はいるな。敵意は感じられない。見張りか? だが何故…)」

黒衣「ようやく目が覚めたか」

店主「……お前は?」

黒衣「見ての通り赤髪だ」

黒衣「盗賊から北部赤髪部隊については聞いているな。我々はその部隊に所属していた者だ」

店主「……北部。巫女が所属していた部隊だな。巫女を残して死んだと聞いたが…」

黒衣「ああ、確かに死んだ。我々も赤髪一族も死に絶えた。が、生きている」


店主「意味が分からん」

黒衣「赤髪一族の魂は盗賊と共にあるということだ」

黒衣「魔神族で言うところの種族王。我々は赤髪の王の眷族ということになる」

店主「……益々分からん。仲間という認識でいいのか」

黒衣「仲間、か。どうなのだろうな」

黒衣「我々以外の一族の者達は『赤髪の王』に従っているようだが……」


店主「お前達は違うと?」

黒衣「忠誠を誓ったのは将軍だけだ。赤髪の王に従うつもりはない」

黒衣「我々は奴に借りがある。協力しているのは、北部での借りを返す為だ」

店主「忠誠ではなく協力か」

黒衣「奴は、それでもいいと言った。気が向いたらでいいから力を貸してくれ。とな」

黒衣「しかし、死んでから借りを返すことになるとはな……まったく、我が儘な王だ」


店主「不満か?」

黒衣「不満だが、悪くない」

店主「……そうか。盗賊が、王か」

黒衣「知っていたのだろう?」

店主「ああ。だが、名乗っているだけだと思っていた。あいつ自身もそう言っていたからな」

店主「王は一人。民も一人。領地も税収入もありはないと愚痴を零していた」


黒衣「………」

店主「巫女には、会ったのか」

黒衣「……いいや、会っていない。会ったところで混乱させてしまうだけだ」

黒衣「会っていないと言うより、我々には巫女に合わせる顔がない」

黒衣「我々はあの子を残して去った。盗賊に押し付けてな。捨てたと言っても違いはない」

店主「それが借りか」

黒衣「それもあるが他にもある。大きな借りだ。一度二度死んでも返せぬ程の恩がな」


店主「……恩。そうだ、治癒師は何処にいる?」

店主「目を覚ます直前、俺は確かにあいつの声を聞いた。隊の奴等はどうなった、道化師と娼館主はーー」

黒衣「安心しろ、無事だ。治癒師と隊長以下数名は我々と共に旧西部軍基地へ向かった」

黒衣「彼等は生存者の避難誘導と負傷者の治療。他の同胞は残党の殲滅に当たっている」

黒衣「道化師と娼館主は、盗賊と共に旧西部軍基地にいる。もう、問題はない」

店主「避難誘導…転移はしないのか」

黒衣「転移しないのではなく転移出来ない。盗賊が到着した時、陣は既に破壊されていたからな」


店主「……都は、どうなった」

黒衣「滅んだと言っていいだろうな。民の過半数が殺され、都の大部分は破壊された」

黒衣「世界全土が被害を受けているようだが、最も甚大な被害を受けたのは西部だ」

黒衣「この災厄は都に限ったことではない。街や村も同様の被害を受けている」

店主「……そうか。西部を捨てて東部へ移り住んだ富裕層の奴等は正解だったようだな」

黒衣「いいや、そうとも言えない」

黒衣「黒鷹によれば、東部地下施設の一つにオークが現れたらしい」

黒衣「安全と思われた地下が棺桶と化している。おそらく、地上と差して変わらぬ有り様だろう」


店主「どこもかしこも、か」

黒衣「ああ。今現在、何事もなく無事でいられる場所など世界の何処にもない。隠れる場所もな」

店主「あの声の主が関係しているんだろう。あれも異形種か?」

黒衣「そうとも言えるが、そうではない。ただ、人の敵。異形の存在であることに違いはない」

店主「……あの声は、勇者の名を口にしていた。盗賊も、そいつと戦うのか」

黒衣「そうなるだろうな。息子が心配か?」

店主「敵は世界を相手取るような奴だ。口先だけではなく、宣言通りに滅ぼしている」

店主「そんな奴に戦いを挑むとなれば、盗賊と言えど無傷では済まないだろう」

店主「俺のような人間は、灰色の化け物を相手にしただけでこの様だからな……」


黒衣「息子。ということは否定しないのだな」

店主「……ああ、あいつは良く出来た息子だ。俺にとっては、だがな」

店主「親殺し子殺しが当たり前の世の中で、命懸けで親を助けようとする子供などそうはいない」

店主「家庭を持ったことはないから分からんが、そこらの家族よりは家族らしいと思っている」

黒衣「(意外だな。盗賊の中の店主は、本心を人前で語るような人物ではないはずだ)」

黒衣「(この男も我々や巫女同様に、盗賊と関わって変わったのだろうか……)」

黒衣「(魔王は、能力や生命を奪い我が物にする。言わば、盗賊の歩んできた道そのもの……)」

黒衣「(奪うことでしか生きられなかった男が、他者に何かを与えたか。つくづく妙な奴だ)」


店主「どうした」

黒衣「……いいや、何でもない。それより脚はどうだ、痛むか」

店主「ないものをどうだと言われても答えようがないな。脚の感覚が残っているのが妙な感じだ」

店主「痛みはないが、膝から下が宙に浮いているような奇妙な浮遊感があるだけだ」

黒衣「…………」

店主「俺は一度、死を受け入れた。治癒師の呼び声を無視していれば死んでいただろう」

黒衣「死ぬつもりだったのなら、何故声に応じた。生への未練、執着か?」

店主「未練、未練か…」

店主「そうかもしれんな。あっさり死ぬつもりが、まだ見ていたいと思ってしまった」


黒衣「見ていたい? 何をだ?」

店主「この混沌とした世で、盗賊が何を成すのか。あの二人が、どう生きてゆくのか」

店主「赤髪というだけで忌み嫌われ、奪うことでしか生きられなかった男が、どう変わるのか」

店主「その先、未来をこの眼で見てみたいと思った……」

黒衣「……今の世を生きる者にとっては、生は苦痛にしかならないと思うがな」

店主「それは死者としての意見か? それとも、赤髪としての言葉か?」

黒衣「どちらもだ。人間というだけで殺され、人々は理不尽に嘆いている」

黒衣「今は人間そのものが理不尽に晒されている。嘗て、赤髪がそうであったようにな」


黒衣「だからだろうな……」

黒衣「私は『人間』が何人殺されようと同情する気になどなれない」

黒衣「同情どころか、我々赤髪一族が受けた苦痛を思い知れとさえ思う」

黒衣「『狩られる側』の痛みと悲しみを、絶え間なく襲い来る恐怖を存分にな……」

店主「疑問だな。そこまで憎んでいながら、何故盗賊に手を貸した?」

黒衣「……奴に訊いたんだ」

店主「訊いた?」

黒衣「ああ。人間に救う価値があるのか。とな」

黒衣「奴は、救う価値などないと言った。人間として生きるなら、人間に救う価値などないと…」


店主「…………」

黒衣「……一族の掲げる赤髪の誇りとは、赤髪が抱いている劣等感の表れでもある」

黒衣「人間を見下し、自分達は別の何かだと思うことで保っていた部分もあるからな」

黒衣「だが、それを引き剥がされた時に残るのは何だ。赤髪から赤髪を剥がした時、何が残る?」

黒衣「……奴は、こう言った」

盗賊『全部引っ剥がしたら、残るのは人間だ』

盗賊『黒い肌、白い肌、赤い髪、金色の髪、青い瞳、茶の瞳…』

盗賊『人間は人間を差別して、人間を軽蔑する。人間が人間を殺して、人間が人間を救ってんだ』

盗賊『赤髪は人間とは違う、赤髪は人間より優れてる。本当にそう思ってんならさ…』

盗賊『不毛な争いを繰り返す愚かな人間共は、誇り高き赤髪一族が救ってやらねーと駄目だろ』

盗賊『神に愛されぬ赤髪が、神の愛する人間共を救うんだ。これ以上の皮肉はねえ』

盗賊『神にさえ救えぬ人間共を救って、赤髪狩りが間違いだってことを教えてやろうじゃねえか』


盗賊『誇り高き赤髪一族』

盗賊『それが嘘偽りではないことを証明し、我々が何たるかを世に示せ』

黒衣「……とまあ滅茶苦茶だが、皆はこの言葉にまんまと乗せられ焚き付けられたわけだ」

店主「お前もその一人か?」

黒衣「ああ、そうだ」

黒衣「盗賊が秘めていた一族に対しての想いは本物だった」

黒衣「我ながら単純だとは思うが、赤髪であるなら、やらないわけにはいかない」

店主「…………」

黒衣「……我々も、どちらかを選べた」

店主「?」

黒衣「あのまま眠り続けるか、再び立ち上がり赤髪一族として戦うか……」

黒衣「我々は戦うことを選んだ。貴様も『そう』なのだろう」


店主「ああ、そうだな」

店主「俺も生きることを選択した。この先に何があろうと『これ』を抱えていかなければならない」

黒衣「……貴様を父と言った盗賊の気持ちが、少しだけ理解出来た気がする」

黒衣「あの子…巫女が慕う理由も、何とはなくではあるが分かった」

店主「俺には分からんがな」

黒衣「フッ…そうか、それならそれでいい」

店主「……ところで、盗賊は何をしている? 理由は分からんが、お前には分かるのだろう?」

黒衣「奴なら、今しがた妻を迎えた」

店主「妻、妻だと?」

黒衣「貴様もよく知る人物だ。生涯でたった一人、盗賊が愛した女」

店主「彼女は死んだ。まさか、赤髪一族のように甦ったのか?」

黒衣「そんなところだ。一口に蘇りと言っても我々とは経緯が違うが…」

黒衣「それに、婚礼と言っても一般的なものとは掛け離れたもの。魂と魂の契りだ」

ここまで


>>>>>>

盗賊「……………」

道化師「……何してんだよ」

盗賊「見りゃあ分かんだろ、突っ立ってるだけだ。何もしてねえよ」

盗賊「治癒師はもう来たんだろ? 娼館主の治療は終わったのか?」

道化師「まだ気を失ってるけど、命に別状はないって。刺された腕も治るみたいだ」

盗賊「そうか、そりゃ良かった。他の連中はどうだ?生きる気あるか?」

道化師「ボクが見た限り、生きる気があるようには見えないな。大半が親や子を失ったりしてる」

道化師「人も都も、化け物の所為で酷い有り様だ。希望を持てないのも頷けるよ」


盗賊「(希望、か……)」

道化師「……あのさ」

盗賊「あ、何だよ?」

道化師「……その、あの時はゴメン」

盗賊「はあ?」

道化師「ッ、だから!あの時は何も知らないクセに好き勝手に言ったから素直に謝ってやってるんだよ!!」

道化師「姉さんのこと忘れてガキと家族ゴッコしてるとか!お前が死ねば良かったとか言っただろ!!」

盗賊「……あぁ、そういやそんなこと言ってたな。忘れてた」

道化師「(何だよそれ、せっかく謝ってやったのに……)」


盗賊「…………」

道化師「…………」

盗賊「……何だよ、もう用はねえんだろ。さっさとどっか行け」

道化師「嫌だね。ボクが何処にいようとボクの勝手だろ」

盗賊「あのなぁ、俺は感傷に浸りてえんだよ。さっさと消えろ、邪魔なんだよ」

道化師「姉さんはボクの姉さんだ。ボクにだって感傷に浸る権利はある」

盗賊「うわぁ~、お前って本当にめんどくせえ女だな。姉とはえらい違いだ」

盗賊「つーか、めんどくせえ上に玉潰しが趣味とか最悪だな……」


道化師「うるさいな」

道化師「大体、あれは趣味なんかじゃない。脆い部分を狙ってるだけだ」

盗賊「嘘吐け。玉潰し連続殺人の被害者は、店主を除けばお前の姉さんを買った男だけだ」

盗賊「姉を汚されたと思ったのか何なのか知らねえが、奴等が憎かったんだろ?」

盗賊「それとも、男そのものが憎いのか? まっ、今更どっちでもいいけどな」

道化師「ッ、お前は嫌じゃなかったのかよ。姉さんが他の男に抱かれてたんだぞ」

盗賊「あいつは綺麗だった。嫌だとか汚えだとか思ったことは一度もねえな」

盗賊「それとも何か? お前は姉さんが汚えとでも思ってんのか?」

道化師「違う!!姉さんは綺麗だったんだ。汚いんじゃない、男に汚されたんだ……」


盗賊「お前が勝手にそう思ってるだけだろうが」

盗賊「この際だから言っとくけどな、あいつはこれっぽっちも汚れちゃいなかった」

盗賊「見た目が綺麗な女なら沢山見てきた。でもな、その中でも一番なんだ」

盗賊「あんなに綺麗でいい女を見たのは初めてだったよ」

盗賊「だから、あれだ…汚えとか汚れたとか言うな。それから、玉潰しもやめろ」

道化師「…………」

盗賊「おい、聞いてんのか。聞いてんなら返事くらいしなさいよ」

道化師「……お前は本当の本当に、姉さんが好きなんだな……」ポツリ

盗賊「あ?」

道化師「……あのさ、姉さんは売られたって話は聞いた?」


盗賊「あ~、確か14の頃だろ?」

盗賊「前に娼館主に聞いたな。それがどうかしたのかよ」

道化師「……姉さんは、ボクを守るために売られたんだ。本当はボクが売られるはずだった」

道化師「でも結局、ボクも売られた。あの屑が、1年も経たない内に金を使い込んだから……」

盗賊「屑ってのは男親か?」

道化師「違う。アレは親なんかじゃない。子供を金としか見てない正真正銘の屑だ」

道化師「母さんが死んだのだって、あいつが見殺しにしたようなものなんだ」

道化師「ボクも姉さんも医者に診せるように言ったのに、アイツは聞く耳を持たなかった……」


盗賊「……いい母ちゃんだったか?」

道化師「……そうだね。正直、何であんな奴と一緒になったのか分からなかったよ」

道化師「妻としてアイツを愛してたのかどうかなんて分からないけど、母親としてボクと姉さんを守ってくれた」

道化師「殴られても叩かれても蹴られても、母さんは絶対にアイツから逃げなかった」

道化師「酔ったアイツに髪を掴まれて何度も追い出されたけど、そのたびに戻ってきたよ」

道化師「『ごめんなさい、どうか家に入れて下さい』って謝るんだ。母さんは何も悪くないのにさ……」

道化師「……きっと、自分がいなくなればボクと姉さんが売られるって分かってたんだと思う」

盗賊「でも結局、母ちゃんが死んじまってすぐに売られたわけか」


道化師「その通り。ほら、屑だろ?」

盗賊「そうだな。もし時を操れんなら今すぐ過去に行ってぶち殺してる。三千回くらい」

道化師「アハハッ!それはいいな!! 出来ることならそうしたいよ、本当に……」

盗賊「……今はどうなんだ? 娼館主とは上手くやってんだろ?」

道化師「な、何だよ急に」

盗賊「いや、別に。前と顔付きが変わってっから訊いてみただけだ」

道化師「……上手くやってるよ。優しくしてくれるし、姉さんの話とかもしてくれる」

道化師「あの人はボクの知らない姉さんの十年を、姉さんの生き方を教えてくれた」

道化師「一緒に出掛たり、服を買ったりご飯を食べたり…まるで、本当の姉さんみたいに……」


盗賊「…………」

道化師「それから、お前が姉さんをどれだけ大事に思ってるのかも教えてくれたよ……」

盗賊「ふ~ん、ああそう。まあ、上手くやってんならいいや」

道化師「何だよ、その保護者みたいな台詞。義兄にでもなったつもりか?」

盗賊「なわけあるかボケ。玉潰しが趣味の義妹なんていらねえよ」

道化師「自分のことを棚上げするな。ボクだって大悪党の義兄なんてお断りだ」

盗賊「俺の場合はやむにやまれず、生きる為にやったことだからいいんだよ」

道化師「開き直りに正当化。お前は絶対に碌な死に方しないだろうな」

盗賊「うっせえ、んなことは分かってんだよ。今更お前に言われるまでもねえ」


道化師「……後悔とか、しないのかよ」

盗賊「まあ、今んところはしてねえな」

道化師「姉さんのことも後悔してない?」

盗賊「それはしてるな」

道化師「してるじゃん」

盗賊「なんだよ、悪ぃのか」

道化師「ううん、悪くない。全然悪くないよ……」

盗賊「……そうかよ」

道化師「……うん」


盗賊「……お前は、あれで良かったのか?」

道化師「姉さんの魂を盗ったことなら別に気にしてない。あれは、姉さんが望んだことだからね」

道化師「それに、ボクが嫌だって言ったところでやめなかっただろ?」

盗賊「まあ、そうだろうな。あいつの妹だから一応聞いてみただけだ」ウン

道化師「……じゃあ聞くなよ」

盗賊「うるせえ、聞いて貰っただけありがたいと思え」

道化師「うざっ。それより、姉さんのこと大事にしろよ。今度なくしたら許さないからな」

盗賊「俺の中にいるんだ。もう二度となくさねえし、誰に手にも触れさせねえよ」

道化師「それから、他の女に手を出すなよ。浮気したら玉潰して殺すからな」

盗賊「するかバカ。俺はこう見えて一途なんだ、今まで浮気なんかしたことねえ」


道化師「今まで? 今までって何だよ」

盗賊「……まあ、あれだ。向こうが勝手にその気になってたことなら多々ある」

盗賊「ほら、俺ってもてるだろ? 何もしてなくても女の方から寄ってくるんだよ」

盗賊「でも安心しろ、俺は全く本気じゃなかった。恋愛関係にあった女はいない」ウン

道化師「……肉体関係は?」

盗賊「いやいやいや、この歳で童貞はねえだろ?」

道化師「お前、幾つなんだ」

盗賊「さぁ、18とか20くらいじゃねえの? 正確な年齢なんざ分かんねえよ」

盗賊「とにかく、本気になった女なんていねえから他の女と一夜を過ごしても浮気にはならねえ」

盗賊「それに、殆どが一夜限りだ」ウン

盗賊「最初から本気じゃねえわけだから、何をしようが浮気にはならねえ。な?」


道化師「な?じゃないんだよ!ふざけんな!!」

道化師「お前、最ッ低だな。姉さんは何でこんな奴を好きになったんだ…」

盗賊「控え目を更に控えても、滅茶苦茶格好良いからだろうな……」

道化師「黙れ死ね」

盗賊「そんな顔すんな」

盗賊「大丈夫だ、俺が本気で惚れた女はお前の姉ちゃんだけだ」

道化師「(言ってることは屑なのに、信用出来るだけのことをしてるから腹が立つな)」

盗賊「うっし。都の大掃除も済んだみてえだし、そろそろ行くわ」


道化師「店主に会わないのか?」

盗賊「ん~、この夜が明けたら会う。巫女も連れてな。じゃあ、行ってくるわ」

道化師「……何処に行くんだよ。行き先くらい教えろ」

盗賊「南部平原。友達のところだ。予定より大分遅れちまっ……!?」

ズズズズズ…

道化師「……な、何だよあれ」

盗賊「(オークの次は、空を覆うでっけえ目玉かよ。襤褸の野郎、何をするつもりだ)」

道化師「……盗賊、あの目玉に何か映ってる」

盗賊「ッ、勇者だ。王女様と勇者の母ちゃんまで……」


襤褸『見ろ、勇者』

襤褸『東西南北、地上にいる者も地下にいる者も、生きとし生けるもの全てがお前を見ている』

襤褸『漸くだ、漸く会えたな』

襤褸『混沌より生まれ出でし兄弟であり息子である者よ。我と我等を殺しうる唯一の者、希望よ』

勇者『……………』

襤褸『ヌハッ。この二人を見ても動揺せぬか。翠緑の王の下で随分と鍛えられたようだな』

襤褸『まあいい。あまり長話をして邪魔が入ると面倒だ。単刀直入に言おう』

襤褸『再び我と一つになれ。その身に己が剣を突き立て希望を差し出すのだ』

襤褸『さあ、選択せよ。お前が首を縦に振れば、二人の魂は破壊せずにおいてやる』


勇者『父さんの時と同じやり口だな』

勇者『首を縦に振ろうが横に振ろうが、二人が死ぬことに変わりはない』

勇者『お前と一つになれば、終末の獣が二人を殺す。僕が断れば、二人はお前に殺される』

勇者『どちらを選んでも、その先にある結末は死だ。選択する意味がない』

襤褸『いいや、そうでもない』

襤褸『我と一つになれば、少なくとも今この場で二人が殺されることはない』

襤褸『まあ、その後で世界は滅ぶことになるわけだが……目の前の悲劇は回避出来る』


勇者『…………』

襤褸『それとも、母と恋人の魂を目の前で破壊された後に戦うか?』

襤褸『そうすると言うのなら、我と我等はそれでも構わん。寧ろ、それを望んでいる』

襤褸『心を圧し殺し、人々の希望であろうとするならば、そうするがよい』

襤褸『この理不尽を呪い、世界すら憎むと言うのなら、命を差し出せ』

勇者『……………』

襤褸『分かっているとは思うが、二人の魂には既に触れている。今この瞬間にも砕ける』

襤褸『そして絶望に砕かれた魂は、如何なる魔術を用いても復活することはない』

襤褸『どちらを選んでも救いはないが、これはお前に選ばせてやる』


襤褸『さあ、決断の時だ』

襤褸『ヌハッ…皆がお前を見ているぞ。そう、皆だ。文字通り、世界がお前を見ているぞ』

勇者『断る。僕はお前を殺す。絡み付いた因縁因果を今夜で終わらせる』

襤褸『そうか。ならば仕方ない』

グシャッ…

勇者『………ッ…』

襤褸『なに、そう落ち込むことはない』

襤褸『特別な命などありはしない。何者だろうと等しく死ぬ』

襤褸『それが勇者の母であろうと、勇者が愛した女であろうと、今夜死んだ者達と同じように死ぬ』

襤褸『花屋の子供達も魔女も盗賊も東王も王妃も、お前が知らぬ者達も、皆同様に何かを失った』

襤褸『お前だけが何も失わないのは不公平であろう? 希望も希望を失うべきなのだ』


勇者『……特別な命なんてない?』

勇者『違うな、特別じゃない命なんてない。誰もが誰かの特別なんだ』

勇者『お前がそうすることは覚悟してた。母さんも王女様も覚悟してたんだ……』

勇者『僕が二人を守ろうとすれば世界が滅ぶ。僕が世界を守ろうとすれば二人が死ぬ』

勇者『それも分かってた……』

勇者『……僕はこの先の幸せなんて望んでない。僕の望み、僕の夢はたった一つ』

勇者『お前の、絶望のいない、希望に満ち溢れた世界だ』

勇者『お前を消し去って夜を明ける。僕のような人間が、もう二度と生まれないように……』


襤褸『ヌフッ、ヌハッ、ヌハハハハッッ!!!』

襤褸『そうじゃそうじゃ、それでよい!! 勇者とは!希望とは!そうでなくてはならぬ!!』

襤褸『己が掲げる正義を絶対のものと信じ、如何なる犠牲があろうと剣を振るう!!』

襤褸『世界よ刮目せよ!これが希望なのだ!! これが勇者たる者の選択なのだ!!』

襤褸『己が心を圧し殺し、母と恋人を殺されようとも心折れることなく戦いを挑む!!』

襤褸『此奴は最早、人ではない。見よ、此奴の顔を、一筋の涙も流さぬわ!!』

襤褸『希望は希望であろうとし、勇者は人であることを捨てたのだ!!』

襤褸『それも見ず知らずの、一度も会うたこともない貴様等の為に、正しく常軌を逸した者となった!!』

襤褸避けられぬ運命を受け入れ、滅びに抗い、絶望を打ち倒さんとする姿にお主等は何を見る』

襤褸『次は貴様等が与えるのだ。この者を強く想うがよい、貴様等の願いを届けるのじゃ』

襤褸『……希望を埋め尽くす程の、歪み狂った祈りと想いをぶちまけろ』

襤褸『さあ高らかに叫び呼ぶのだ。この者こそが貴様等を救う者……』

襤褸『絶望に抗い、魔を滅する者、貴様等の求める救世主だ』


襤褸『ヌフッ、ヌハッ、ヌハハハハッッ!!!』

襤褸『そうじゃそうじゃ、それでよい!! 勇者とは!希望とは!そうでなくてはならぬ!!』

襤褸『己が掲げる正義を絶対のものと信じ、如何なる犠牲があろうと剣を振るう!!』

襤褸『世界よ刮目せよ!これが希望なのだ!! これが勇者たる者の選択なのだ!!』

襤褸『己が心を圧し殺し、母と恋人を殺されようとも心折れることなく戦いを挑む!!』

襤褸『此奴は最早、人ではない。見よ、此奴の顔を、一筋の涙も流さぬ!!』

襤褸『希望は希望であろうとし、勇者は人であることを捨てたのだ!!』

襤褸『それも見ず知らずの、一度も会うたこともない貴様等の為に、正しく常軌を逸した者となった!!』

襤褸『避けられぬ運命を受け入れ、滅びに抗い、絶望を打ち倒さんとする姿にお主等は何を見る』

襤褸『次は貴様等が与えるのだ。この者を強く想うがよい、貴様等の願いを届けるのじゃ』

襤褸『……希望を埋め尽くす程の、歪み狂った祈りと想いをぶちまけろ』

襤褸『さあ、高らかに叫び呼ぶのだ。この者こそが貴様等を救う者……』

襤褸『絶望に抗い、魔を滅する者、貴様等の求める救世の主だ』

ここまでもう少しで終わると思います


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同時刻 東部地下施設

襤褸『さあ、決断の時だ』

襤褸『ヌハッ…皆がお前を見ているぞ。そう、皆だ。文字通り、世界がお前を見ている』

襤褸『勇者よ、選択せよ。我と一つになるか否か』

勇者『……断る。僕はお前を殺す。絡み付いた因縁因果を今夜で終わらせる』

襤褸『そうか。ならば仕方ない』

ぐしゃっ…

特部隊長「…………」ギリッ

魔導鎧「大尉」

特部隊長「ッ、あぁ、済まない。どうした?」

魔導鎧「全機体より報告です。第三施設内のオークは殲滅完了しました」


特部隊長「了解した。彼女はどうしている」

魔導鎧「精霊は『穴』を塞いだのち、東王陛下のいる第一施設へ向かったようです」

特部隊長「……そうか、陛下の…」

魔導鎧「他機に命令はありますか」

特部隊長「医療機体には引き続き負傷者の治療、損傷の激しい遺体の修復」

特部隊長「他機には避難誘導。錯乱した者がいれば『落ち着かせてくれ』」

特部隊長「遺体は空いている部屋に移動させる。くれぐれも丁重にと伝えてくれ」


魔導鎧「はい、了解しました」

ジジッ…

魔導鎧「魔導鎧全機に命じる。医療機体には引き続き負傷者の治療及び遺体の修復」

魔導鎧「錯乱した者がいれば眠らせて構わない」

魔導鎧「他機は避難誘導と遺体の搬送。遺体はくれぐれも丁重に扱え。全機、了解か」

『はい。全機体、了解致しました』

魔導鎧「大尉、我々もーー」

襤褸『なに、そう落ち込むことはない』

襤褸『特別な命などありはしない。何者だろうと等しく死ぬ』

襤褸『それが勇者の母であろうと、勇者が愛した女であろうと、今夜死んだ者達と同じように死ぬ』

襤褸『花屋の子供達も魔女も盗賊も東王も王妃も、お前が知らぬ者達も、皆同様に何かを失った』

襤褸『お前だけが何も失わないのは不公平であろう? 希望も希望を失うべきなのだ』


特部隊長「……外道め」

魔導鎧「……大尉…」

特部隊長「我々大人は…あの子に、勇者に縋るしかないのか」

特部隊長「勇者が世界を脅かす異形と戦う様を、指を咥えて見ていることしか出来ないのか」

特部隊長「目の前で母を喪い、思い人までも喪った。その苦痛は計り知れないものだろう」

特部隊長「それでも世界の為に戦おうとする彼を、我々は見ていることしか出来ない……」

魔導鎧「…………」

特部隊長「……それに、あれは子供が背負うべきのじゃない。一人の人間が背負うものでもない」

特部隊長「あれはあまりにも…あまりにも重すぎる……」

魔導鎧「……大尉はお怒りになるかもしれませんが、こればかりは仕方がありません」


魔導鎧「あの者……」

魔導鎧「絶望は、我々に手出しさせない為に『このような状況』を作ったのです」

魔導鎧「我々だけではなく、盗賊や魔女といった『勇者と関わる者達』は全て分断されています」

魔導鎧「勇者に助力すべく我々が此処を離れれば、再びオークを放つ可能性もあります」

魔導鎧「これらは、あくまで戦力の分断を意図したもの。勇者の孤立を狙ってのことでしょう」

特部隊長「……全ては、たった一人を殺すため。勇者を葬り去る為の策か。反吐が出るッ!!」ガンッ

魔導鎧「大尉、落ち着いて下さい。貴方は東西軍部所属の兵士、西部司令官です」

魔導鎧「我々が守るべきは勇者ではありません。今、此処にある民間人の命です」

魔導鎧「歯痒い気持ちはお察します」

魔導鎧「ですが大尉、あなたは盗賊や魔女のような自由に行動出来る人間ではないのです」

魔導鎧「軍に属す者として、我々には我々のすべきことがあります。違いますか」

特部隊長「…ッ、ああ、分かっている。分かっているさ……」


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勇者『僕はこの先の幸せなんて望まない。僕の望み、僕の夢はたった一つ』

勇者『お前の…絶望のいない、希望に満ち溢れた世界だ』

勇者『お前を消し去って、この夜を明ける。僕のような人間が、もう二度と生まれないように』

東王「……精霊よ、これは現実に起きていることなのだな?」

精霊「ええ、これは今実際に起きていることよ。幻術や術催眠の類ではないわ」

東王「奴の狙いは?」

精霊「勇者を殺したのちに希望を取り込み、終末の獣として世界を破壊することでしょうね」


東王「何故、一つになろうとする?」

東王「聖女の話によれば、他ならぬ奴自身の意志で二つに別たれたようだが……」

精霊「さあ、そこまでは分からないわ」

精霊「ただ、奴の真意がどうであれ、勇者が奴を倒さなければ世界は滅びる」

東王「『あれ』は希望である彼にしか打ち倒すことは出来ないと言ったな」

精霊「ええ。仮に兵士を向かわせたとして、擦り傷一つ与えることも出来ず死ぬでしょうね」

東王「……我々は何の助力も出来ず、勇者君に全てを託すしかないというわけか」

東王「こんなにも酷い現実を、彼の受ける苦痛を見ていることしか……」


襤褸『ヌフッ、ヌハッ、ヌハハハハッッ!!!』

襤褸『そうじゃそうじゃ!それでよい!! 勇者とは!希望とは!そうでなくてはならぬ!!』

襤褸『己が掲げる正義を絶対のものと信じ、如何なる犠牲があろうと剣を振るう!!』

襤褸『世界よ刮目せよ!これが希望なのだ!! これが勇者たる者の選択なのだ!!』

襤褸『己が心を圧し殺し、眼前で母と恋人を殺されようと心折れることなく戦いを挑む!!』

襤褸『此奴は最早、人ではない。見よ、此奴の顔を!一筋の涙も流さぬわ!!』

東王「……勇者君のことだ」

東王「こうなってしまった責任は全て自分にあると、そう思っていることだろうな」


精霊「…………」

東王「出来ることなら会って伝えたい」

東王「娘が死んだのは君の所為ではない。私も妻も娘も、君を恨む気持ちは一片たりともないと」

東王「娘は君と出逢ったことを後悔していなかった。心から、君のことを愛していたと……」

精霊「勇者も彼女を愛しているわ。貴方達夫婦のことも大切に思っているはずよ」

精霊「あなたのことも王妃のことも、他人とは思えぬ程に慕っていたもの……」

東王「……初めて会った時は七歳だった。今でも鮮明に思い出せる」

東王「今では妻も娘も、勿論私も、彼を他人だとは思っていない」

東王「私達だけではない。城内の兵士から給仕に至るまで彼の成長を見てきたのだ……」

東王「当初は彼を怖れる者もいたが今は違う。誰もが彼に守られ、彼に救われた」

東王「彼の心を知る者は、これが映し出す光景を他人事として見ていないはずだ」


精霊「……王妃は何処に?」

東王「皆と共にいるように言った。おそらく給仕長や王宮騎士と一緒だろう」

東王「何処に行こうと『この映像』から逃れられはしないが、私といるよりはいい」

東王「娘が攫われ、殺される瞬間も見た。だが、此処では涙の一つも流せない」

東王「……せめて今だけは、王妃としてではなく一人の母として泣かせてやりたい」

精霊「…………」

東王「済まないが様子を見てきてくれないか? 私は此処から離れるわけにはいかない」


精霊「ええ、分かったわ」


コツ…コツ…ガチャッ…パタンッ……


東王「元帥、彼女は何かを隠していたな」

元帥「そのようですが、皆目見当も付きません。東王陛下、これは儂の勘ですが…」

東王「何だ?」

元帥「儂には、この戦には裏があるように思えてならんのです」

元帥「あの戦好き…剣聖が一向に姿を見せないのも気掛かりでならない」

東王「……確かに」

元帥「おそらく、我々には想像も出来ない何かが起きている。容易ならざる何かが……」

東王「………………」


精霊「…………」

コツ…コツ…コツ……

剣聖「遅かったな」

精霊「あら、来てたの?」

剣聖「今しがた来たところだ。ふーっ…そろそろ往くぞ」

精霊「……そう。とうとう動いたのね」

剣聖「俺は盗賊の小僧の下へ向かう、お前は南部に向かえ。奴等を平原に近付かせるな」

剣聖「よいか、先を越されれば終いだ。千年前と同じ過ちが起きる」

精霊「大丈夫よ、分かってるわ。飽きるほど聞かされたもの」


剣聖「ん、そうだったか?」

精霊「随分と長いこと生きているから物忘れが激しくなったんじゃないのかしら?」

剣聖「かもしれんな。それにしても、時が経つのは早いものだ……」

剣聖「……あれから千年。お前と出逢って四百年。互いに歳を取ったな」

精霊「あなたはいいじゃない。何百年経とうが大して変わらないんだから」

剣聖「お前は随分と変わった。いや、勇者が変えたのか……」

精霊「ええ、そうね。きっと、あの子が私を人間にしてくれたのよ」

剣聖「では…ああ、そうであった。西部司令官には何も言わずともよいのか?」

精霊「……与えるべきは与えたわ。彼に対して言うべき言葉はない」

剣聖「そうか、ならばよい。では、往くとするか」

精霊「……ええ、行きましょう」

バシュッ…シーン……

もうちょっと書くと思います

もし支援が有効なシステムならば支援を
もし別に支援がいらないシステムならば割り込みへの謝罪を


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同時刻 北都

襤褸『希望は希望であろうとし、勇者は人であることを捨てた!!』

襤褸『それも見ず知らずの、一度も会うたこともない貴様等の為に、正しく常軌を逸した者となったのだ!!』

襤褸『避けられぬ運命を受け入れ、滅びに抗い、絶望を打ち倒さんとする姿に貴様等は何を見る!!』

魔女「………」

符術師「魔女ちゃん」

魔女「どした? また暴動でも起きた?」

符術師「いえ、暴徒化した民は鎮圧しました。負傷者の治療も順調です」

符術師「鎮圧したと言っても、大体はあの映像を見て勝手に落ち着いたみたいですけどね」


符術師「問題は正気を取り戻した輩が…」


『これは俺がやったことじゃない!! そ、そうだ!これは全部勇者の所為だ!!』

『あの化け物と勇者は組んでたんだろ!?兄弟だの親子だの言ってたじゃないか!!』

『そ、そうだ!! この灰色の化け物だって勇者が操っていたに違いない!!』

『きっとそうだ…オレ達だって操られてたんだ…あの化け物に操られてたんだ…』

『違う、私はこんなことしてない。私じゃない。これは私がやったんじゃない』


符術師「……とか。自分がしでかしたことを認めず、見苦しく喚き散らしてることです」

符術師「オークの生首持って『人間万歳』言ってた阿呆共が勇者さんに責任転嫁ですよ」

符術師「まったく、魔術師狩りで何を学んだのやら……馬鹿もあそこまでいくと笑えてきますね」


魔女「仕方ないよ……」

魔女「自分達が化け物と同じような残虐行為をしたなんて、そうそう受け入れられるもんじゃない」

魔女「気が狂わない為の防衛本能みたいなもんでしょ。滅茶苦茶腹立つけどね」

符術師「あや、割と冷静ですね。激情に任せて燃やすかと思ってました」

魔女「いやいやいや、流石にそこまではしないよ。まあ、炎で脅かしたりはしたけど……」

符術師「……炎の化け物だとか悪魔だとか色々言われてましたけど、大丈夫ですか?」

魔女「平気平気。あの状況なら民の敵になった方が良かったでしょ?」

符術師「あ~、炎を操る邪悪な魔女から民を守る王様…ですか?」

符術師「私達から見れば茶番でしたけど、民には効果あったみたいですね。馬鹿馬鹿しい…」

魔女「何はともあれ、落ち着いたみたいで良かったじゃんか。北王も芝居に合わせてくれたしさ」


符術師「……何だか、変わりましたね」

魔女「えっ、そうかな?」

符術師「はい。何というか、こう…どしっとした感じがします」

魔女「……先生の魂が中にあるからかもね。勝手に眷族にしちゃったけど怒られないかな?」

魔女「他に方法なかったし、また利用されたりするのが嫌だから後悔はしてないけどさ」

符術師「大丈夫ですよ、怒るわけないです。きっと喜んでますよ」ウン

魔女「そっかな? でも、うん…そうだと嬉しいな……」

符術師「……あの、魔女ちゃん。もう我慢しなくていいんですよ?」


魔女「えっ…」

符術師「暴動は収まりましたし、後は私達で何とかします。だから……」

襤褸『次は貴様等が与えるのだ。この者を強く想うがよい、貴様等の願いを届けるのじゃ』

襤褸『……希望を埋め尽くす程の、歪み狂った祈りと想いをぶちまけろ』

襤褸『さあ、高らかに叫び呼ぶのだ。この者こそが貴様等を救う者……』

襤褸『絶望に抗い、魔を滅する者、貴様等の求める救世主だ』

符術師「ッ、だからもう、我慢しなくていいんです。勇者さんの所に行ってもいいんですよ?」

魔女「……出来ないよ。勇者に北部は任せてって言っちゃったんだから」

魔女「だから、此処から離れるわけにはいかない。転移だって終わってないでしょ?」


符術師「『約束』したんじゃないんですか」

魔女「ッ、それはーー」

符術師「言ってたじゃないですか!王女様の分まで戦うって!王女様と約束したって!!」

符術師「王女様はあいつに殺されたんですよ!!友達なんでしょう!!?」

符術師「もしあれが魔女ちゃんだったら、私にはとても耐えられないッ!!」

符術師「それとも私達には任せられませんか!!仲間を信じられませんか!!?そんなに頼りないですか!!?」

魔女「そんなことない!信じてるよ!!だけど私がいないとーー」

符術師「うるさいなっ!! 少しは私達を頼れって言ってんだよ!!」

符術師「浄化の炎だか何だか知らないけど!特別な力を持ってるからって調子乗んなっ!!」


魔女「……符術師…」

符術師「…勇者さんは…勇者さんは死ぬ気なんですよ?分かってるんでしょう?」

魔女「…………」

符術師「魔女ちゃんはそれすらも受け入れて我慢する気なんですか?」

符術師「勇者さんが決めたことだからって納得して、このまま見てるだけでいいんですか?」

符術師「その力は後悔したくないから手にした力じゃないんですか……」

符術師「勇者さんを助けたいから!その力を手にしたんじゃないんですか!!?」

魔女「私は……」

襤褸『さて、始めようか…』

勇者『(身体を覆ってた黒塊が蠢いて…何だ、奴の内側から何かが…ッ!!)』


ずるり…

戦士『……この身体で戦うのは剣士を殺して以来、今回で二度目』

戦士『……そして、これが最後だ』

勇者『(野性的な顔付き、長身でがっしりとした身体。大剣、複合弓、黒い鎧……)』

勇者『(どこか聞き覚えのある低い声。そうか、この人が、この人が僕の……)』

戦士『この時を待っていた。ここに至るまで十二年。もう充分に待った……』

戦士『……十二年。この日を待ち焦がれていた。母に似たな、勇者』

勇者『(この人が、僕の父さん……)』

符術師「魔女ちゃんッ!!!」

魔女「………ッ…」ヂリッ

符術師「!!?」

魔女「ごめん符術師、やっぱ駄目だ。これ以上は我慢出来そうにないや……」

符術師「……魔女ちゃんはバカですね…最初から、そう言えばいいんですよ……」


魔女「……後は任せる」

符術師「ふふっ…はい、任されました。此処は私達に任せて、約束を果たしに行って下さい」

魔女「うん」

符術師「それから…」

符術師「勇者さんが死ぬ気でも、魔女ちゃんが生きて欲しいなら、そう伝えるべきです」

符術師「恋愛なんてものは我が儘の押し付け合いなんですから、最後は我が儘な方が勝つんです」

符術師「魔女ちゃん、頑張ってね? こんなことしか言えないけど、応援してるから」

魔女「ううん、そんなことない。充分気合い入ったよ。符術師、皆、本当にありがと……」

魔女「じゃあ、行ってくる……」

魔女「友達との約束を果たしに、我が儘を通しに行ってくるよ」ヂリッ

ボウッ…ズオッッッ!!

符術師「……失うだけの結末なんて誰も望まない。きっと、きっと上手く行く」

符術師「魔導師様、どうか魔女ちゃんを御守り下さい。無事で帰って来られるように…」

符術師「笑って帰って来られるように、もう何も失わないように、どうかどうか、魔女ちゃんを守って下さい……」ギュッ

ちょっと休憩
もう少し書くと思います


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同時刻 南部国境付近

戦士『始めよう。そして終わらせよう』

戦士『絶望と希望としてではなく家族として。父と子としてな……』ヂャキ

勇者『(父さんは父を超えろと言った。僕になら出来ると言って絶望に身体を渡した)』

勇者『(僕なら絶望を倒せると信じたからだ。きっと、今だって信じてる)』

勇者『(目の前の父さんが偽物だろうが本物だろうが関係ない……)』

勇者『(僕は父さんと母さんの息子として、やり遂げなければならない。この人は僕が…僕が、殺す)』

戦士『……抜け、勇者。俺を、父を、絶望を、見事斬り伏せてみせろ』

勇者『……………』ヂャキ


盗賊「待ってろ勇者、今行くからな」

黒鷹「盗賊、前方に何かいる。気を付けろ」

盗賊「この高度なら問題ねえだろ? これ以上構ってる暇はーー」

ズオッッ!!

黒鷹「ッ!!?」グオッ

盗賊「ッ、ぶっねえ…今のは何だ?」

黒鷹「おそらく剣だ」

盗賊「おい待て、この高さまでぶん投げたってのか?」

黒鷹「そのようだな」

黒鷹「どうやら奴に高度の理は通用しないらしい。今のは警告、威嚇といったところだ」

盗賊「此処を通りたきゃ戦えってか?」

盗賊「ざけんな。わざわざ付き合うことはねえ、遠回りすりゃあ済む話だろ?」


黒鷹「それは無理だ」

盗賊「あ、何でだよ?」

黒鷹「俺の飛行速度を計算して投擲、命中させる技術を持っているような奴だ……」

黒鷹「今から方向転換したところで、即座に串刺しにされるのが落ちだろう」

盗賊「……降りるしかねえってわけか」

黒鷹「…………」

盗賊「おい、どうしたんだ?」

黒鷹「……盗賊、俺を喰え」

盗賊「はぁ? 何でそんな話になるんだよ、ふざけてんのか?」

黒鷹「いや、本気だ。遅かれ早かれ、こうするつもりだった」

黒鷹「盗賊、お前は絶望の中に囚われた鬼妃を救うのだろう?」


盗賊「……ああ、鬼王との約束だからな」

黒鷹「もう、最後まで言わずとも分かるだろう」

黒鷹「奴の中にある数多の魔核。その中から鬼妃を救い出すには俺の眼が必要になる」

黒鷹「俺が伝えてからでは遅い。奴の中の魔核は常に動いているからな……」

黒鷹「俺の翼も、俺の眼も、お前にくれてやる。俺はお前の中で生きる」

盗賊「…………」

黒鷹「フン。どうした?今更躊躇うのか? お前らしくもないな、魔王」

盗賊「ッ、いいんだな」

黒鷹「ああ、お前にならば預けられる。奴も焦れている、時間がない。早くしろ」


盗賊「なあ、黒鷹」

黒鷹「……何だ」

盗賊「これからも頼むぜ?」

黒鷹「フッ、ハハハッ!! ああ、言われずともそのつもりだ。さあ、やれ」

盗賊「……偉大なる大鷲よ。その大いなる翼を、世界を見渡す眼を、俺にくれ」

黒鷹「(俺が口にした台詞を…こいつめ、憶えていたのか。まったく、食えない奴だ……)」

盗賊「おい、聞いてんのかよ? こういう時くらいビシッと決めようぜ?」

黒鷹「……我が名は黒鷹。今この時より、魔王の翼になること誓おう」

黒鷹「……何処までも高く飛べ、盗賊。お前ならば何処までも行ける」


盗賊「……おう、ありがとな」

黒鷹「礼には及ばん。お前と過ごした時は、中々に楽しかったぞ」

盗賊「ああ、俺もだ……」スッ

ゴシャッ…

盗賊「空を掴め、黒翼」


ヒョゥゥゥ…バサッ…バサッ……


盗賊「……………」ザゥッ

剣士「やっと降りてきたか、魔王」

盗賊「あんたは…」

剣士「やあ、久し振りだね。というか大きくなったなぁ。あの日から何年経っただろうか……」


盗賊「……六年だ」

剣士『この場だけ親切にするのは簡単だけど、それをしたら君は怒るだろう』

剣士『だから、君の生きたいように生きればいい。我が儘でいいんだ』

剣士『盗んでも殺してもいい。ただ、その行いは必ず自分に返ってくる』

剣士『それを分かった上で人を殺すと言うなら、それでいい』

剣士『正しい道なんて何処にもない。時には悪が人を救うことさえあるんだ』

剣士『人を救う為に人を殺す。人を助ける為に力を振るう。これは悪だと思うかい?』

剣士『そっか、分からないか……正直な話、僕にも分からないんだ……』

剣士『力を振るうことが正義か悪か。今の話をどう受け取るかは君次第だ……』


剣士「……そうか、あれから六年になるのか」

盗賊「そういや名前聞きそびれてたな、折角だから教えてくれよ」

剣士「あれ、名乗ってなかったっけ? 僕は剣士だ」

盗賊「(……やっぱりな。そんな気はしてたよクソッタレ)」

剣士「精霊と一緒に勇者の保護者をしてたんだ。奴に殺されるまではね」

盗賊「あんたも奴に囚われた一人ってわけか」

剣士「まあ、そんなところだ」

剣士「しかし、あの時南部で出会った少年が魔王になってるなんて驚きだな」

剣士「考えてみると、こうして再会したのも運命なのかもしれない……」ウン

盗賊「何が運命だ、ふざけんな。恩人と殺し合う運命があってたまるかよ」

剣士「……仕方ないさ。運命っていうのはそういう生き物なんだよ」

盗賊「そんな生き物なら今すぐ踏み潰してやりてえよ」

剣士「はははっ、面白い子だな。でもね、そう簡単に運命は殺せないよ」

剣士「もう分かってると思うけど、勇者の下へは行かせない」

剣士「君には、魔王には此処で死んでもらう」ヂャキ

盗賊「……あのさ、あの時は言いそびれたから今の内に言っとくよ」

剣士「ん? 何だい?」

盗賊「あの言葉がなかったら、今の俺はいねえと思うんだ」

盗賊「……あんたには本当に感謝してる。だから、とっとと死んでくれ」ヂャキ

ここまで、寝ます

乙乙

乙。
次も楽しみにしてる


勇者『可変一刀・二刀型』

戦士『……二刀か、剣士を思い出す。あいつは強かった。俺を殺せる程に強かった』

戦士『希望、我が息子よ、お前がどれほど強くなったのか見せてくれ』ダンッ

勇者『(体勢が低い。まるで地を這うような前傾姿勢、大剣を肩に担いだ突進……)』

勇者『(体格に見合わない速度。撃ち出された砲弾のような圧力、大剣の威圧感)』

勇者『(相手の反撃なんて考えてない。一撃で仕留める自信があるのが見て取れる)』

勇者『(今から避けるのは無理だ。この一撃を捌いて、一度距離を取る)』


戦士『簡単に死んでくれるなよ』

勇者『(まともに受け止めようだなんて考えるな。勢いを殺さず軌道を逸らせ)』

ガギャッッ!!

勇者『(重い。これが…これが父さんの剣か。でも、これで何とか凌いーー)』

戦士『見くびるな、俺の剣はそう易々と受け止められるほど軽くはない』グッ

ズンッッ! ギシッ…ギシギシッ…

勇者「ぁぐッ!!」

勇者『(何て力だ…軌道を逸らしたのに、そこからまた軌道を変えて斬り返してきた)』

勇者『(いくら完全種でも、身の丈程もある大剣を手首の返しだけで自在に操れるなんて…)』

戦士『考えている暇があるなら動くことだ。敵に先手を打たれる前にな』スッ

勇者『(大剣から手を離…ッ、短剣!? 隠してたのか!!)』バッ

ザシュッ…ポタッ…ポタポタッ……


戦士『躱し様に斬ってみせるとは、見事だ』

勇者『…ハァッ…ハァッ……』

勇者『(今のは、偶然だ……)』

勇者『(戦う前から分かりきってたことだけど、やはり経験が違う)』

勇者『(競り合い中で剣から手を離し、短剣で斬り付けるなんて発想は……)』

勇者『(いや、発想だけなら出来るかもしれない。それを実行出来るのが凄いんだ)』

勇者『(巨躯を活かした突進、剛腕からくる大剣の圧力。大雑把かと思えば、そうじゃない)』

勇者『(相手を捻伏せる圧倒的な力と、経験に裏打ちされた確かな技術がある)』


戦士『どうした勇者。何を笑う?』

勇者『こんな時に笑うなんて自分でも変だと思う。でもね、嬉しいんだ……』

勇者『僕の父さん、戦士はやっぱり強かった。想像していたより何倍も強い』

勇者『それが嬉しくて堪らないんだ……』

勇者『こんなにも強い人の息子であることを、僕は心の底から誇りに思うよ』

剣士「……見ろ、魔王。勇者が泣いてる」

剣士「父親と会えたのが嬉しくて、父親と殺し合うのが悲しくて…泣きながら笑ってるんだろう」

剣士「何故、親子で殺し合わなければならない。この世界に救いなんてあるのだろうか」


盗賊「うっせえ。隠せ、鬼衣」

剣士「そう言えば昔、師から聞いたな」

剣士「鬼とは『いないもの』への怖れであり、そこから生まれた隠なる存在だとか……」

剣士「見えないってのは確かに厄介だ」

剣士「だけどね。音も気配も消えて魔力を完全に隠しても、君の性格までは変えられない」

剣士「君ならどうするか、何処から来るのか。それを読めれば大して怖くないんだよ」グルリ

盗賊「ッ!!?」

剣士「そんなに驚くことはないさ」

剣士「眼に頼らず、感覚を研ぎ澄ませば誰にでも出来る」

剣士「そうすると見えないものまで見えてくる。焦り、不安、怒り、悲しみ…とかね」

盗賊「(ごちゃごちゃうるせえな…)」

盗賊「(感覚も感情も何もかも、脳天吹っ飛ばして消してやるよ)」ズオッ


剣士「一撃を狙いすぎだよ」スッ

ガシッ…

剣士「どんなに優れた力を持っていても、それは使い手次第だ」

剣士「単調になると簡単に掴まえられる。これからは気を付けた方がいい」

盗賊「(……ハッ、揺さぶって死角から蹴り入れても反応すんのかよ。バケモンかコイツ)」

剣士「今までは『それで』何とかしてきたみたいだけど、僕には通用しない」

剣士「実力の差は感情なんかじゃ埋まらない」

剣士「いいかい? どんな状況でも、誰が相手でも、冷静さを失ったら駄目だ」

剣士「……さあ、隠れんぼはお終いだ」ズッ

ザシュッ!! ブシャッ…

盗賊「…ッ、こッ…の野郎……」ガクンッ

剣士「傷の治りも随分遅くなった。多分、あと一太刀で死ぬだろう」

剣士「友達を守れないってのは本当に辛いことだ。その気持ちはよく分かるよ……」

剣士「……君には戦わないっていう選択もあるんだ。何なら逃げてもいい、追いはしないよ」

盗賊「ざけんな……」

盗賊「あいつを…勇者を見捨てて逃げるくらいなら死んだ方がマシだ……」


剣士「そうか。なら、殺すしかないな」

盗賊「(立ち上がったのはいいが、どうすりゃいい? 一発も当たりゃしねえ)」

盗賊「(強えとは思ったが、こんなに強えなんて聞いてねえぞ)」

盗賊「(確かに強え、勇者が憧れるのも分かる。が、負けるわけにはいかねえ)」

剣士「……なあ、魔王」

盗賊「あ? 何だよ?」

剣士「本来なら、勇者は普通の家庭で生まれ、普通に育っていたはずだ」

剣士「君だってそうだ。赤髪が迫害されていなければ、そうはならなかっただろう」

剣士「そこで君に問題だ。間違っているのは何だと思う?」

盗賊「何だそりゃ? 運命だ。とでも言って欲しいのか?」


剣士「その通りだ」

剣士「あるべき運命が歪められたから、勇者は『あんなもの』を背負う羽目になった」

剣士「運命は生きている。明確な意志を持って、確かに存在してるんだ」

盗賊「……いや、意味が分かんねえ。アタマ大丈夫か?」

勇者『(行くよ、父さん)』ダッ

ガギャッッ!! ズオッ…ザシュッ!

戦士『……強者と命を奪い合う』

戦士『相手が強ければ強いほど、危うければ危ういほど、その喜びは増していく』

戦士『高めた力を競い合い、磨いた技をぶつけ合い、最後には俺が勝つ』

戦士『男として、これ以上の喜びはなかった』

戦士『自分がどれほど強いのか。何処まで行けるのか。それを知る術は強者と戦う以外にない』

戦士『そんな相手に巡り会えた時、こいつは危険だと感じた時、自然と笑みが溢れた……』


戦士『しかし…そうか……』

戦士『己より強き者と戦うのが、忌むべき敵が強くて嬉しいか……』

戦士『内に秘めた力への渇望。俺に似たな、勇者』

勇者『……その言葉、出来ることなら母さんが生きてる時に聞きたかった』

戦士『…………』

勇者『母さんは父さんのことが大好きだった。きっと、今だって大好きなはずだ』

勇者『でもね、僕だって母さんに負けないくらい父さんが大好きなんだよ?』

勇者『強くて格好いい父さんが大好きで、ずっとずっと会いたいと思ってたんだ……』

勇者『ねえ、父さん…母さんは殺された……僕の大切な人の命も……』

勇者『ねえ、父さん』

勇者『父さんは何とも思わないの? 父さんは本当に死んじゃったの?』

戦士『答えは目の前にある。お前の目に映るもの、それが全てだ』

勇者『……狡いな。それじゃ答えになってないよ』

短いけどここまで


>>>>>>

同時刻 南都

老人「お嬢ちゃん、助けてくれてありがとうよ」

老人「塞がっていた目まで治してもらって…何と礼を言えばよいのか……」

僧侶「いえ、そんな…お礼なんて……」

老人「おや、その白地に金の刺繍は……」

僧侶「は、はい。私は託神教の信徒、僧侶です」

老人「……そうかい、託神教の…」

老人「しかし、まさか都が滅びる日が来るなんてなぁ…酷いことをする奴もいるもんだ…」

戦士『内に秘めた力への渇望…誰よりも強くありたいか……俺に似たな、勇者』

勇者『……その言葉、出来ることなら母さんが生きてる時に聞きたかった』


戦士『…………』

勇者『母さんは父さんのことが大好きだった。きっと、今だって大好きなはずだ』

勇者『でもね、僕だって母さんに負けないくらい父さんが大好きなんだよ?』

勇者『強くて格好いい父さんが大好きで、ずっとずっと会いたいと思ってたんだ……』

老人「……あの子が、勇者様なのかい?」

僧侶「ええ、そうです」

僧侶「あの方こそが勇者様。彼は私達の為、世界の為に戦っています」

僧侶「絶望に両親を奪われ、思い人をも奪われ…御自身も深い傷を負いながらーー」

僧侶「それでも尚、絶望に屈することなく必死に戦っているのです」

僧侶「ですから希望を捨てないで下さい。きっと、この夜は明けますから」


老人「希望……」

僧侶「ええ、あの方こそが私達の希望。救世主です」

僧侶「彼ならば必ずや絶望に打ち勝ち、平和な世界に導いて下さることでしょう」

老人「しかし…都がこの有り様では…」

僧侶「御安心を。都に現れた異形の者共は、我々魔狩りの大隊と南軍とで討伐しました」

僧侶「彼の者が生きている以上、未だ安全とは言い切れませんが、一先ずは大丈夫です」

僧侶「これから向かう避難所は窮屈かと思いますが、少しばかり辛抱して下さい」

僧侶「この夜が明けるまでの、短い間ですから……」



ーー僧侶様


僧侶「何でしょう」


ーー郊外に、強大な魔力を持った何者かが現れたとの報告がありました。

ーー教皇様直々の御指示で、僧侶様は大至急そちらに向かうようにと……


僧侶「……分かりました」

僧侶「では、あなた方はこの御老人を避難所へ送り届けて下さい」

僧侶「まだ目が慣れていないようなので、くれぐれも丁重にお願いします」

老人「……行くのかい?」

僧侶「はい。戦いは好みませんが、時には戦わなくてはなりません……」

僧侶「嘗ての赤髪同様、世を乱す悪魔を野放しにしておくわけにはいけませんから」

老人「気を付けるんだよ…」

僧侶「……はい、ありがとうございます。では、お元気で…」ザッ

…ザッ…ザッ…ザッ……バシュッ…


勇者『ねえ、父さん…』

勇者『母さんは目の前で殺された…大切な人の命も奪われた……』

勇者『この戦いに関係のない人々さえも大切な何かを失って、堪え難い痛みを抱えてる……』

勇者『ねえ、父さん……』

勇者『父さんは何とも思わないの? 父さんは、戦士は本当に死んじゃったの?』

戦士『……答えは目の前にある。今、お前の目に映るもの。それが全てだ』

勇者『……狡いな。それじゃあ答えになってないよ』

精霊「……遅かったわね」

僧侶「お待たせして申し訳ありません」

僧侶「住民の避難やオークの駆逐など、やるべきことがあったもので……」


精霊「オークだけではないでしょう?」

僧侶「……と、言いますと?」

精霊「『意に添わない者』の排除」

精霊「この大混乱、王侯貴族が死んでも何ら不思議はない。それは南王も例外ではない」

精霊「託神教に否定的懐疑的な輩を一掃し、生き延びた民を教徒とし、信徒はより信仰を強める」

僧侶「…………」

精霊「私より民の救助を優先したのも、より多くの民の心理に勇者が救世主であることを植え付けるため」

精霊「民の前で何度も何度も優しい信徒を演じるのは疲れたでしょう?」

僧侶「別に演じていたわけではないです。優しくするのは当たり前です……」

僧侶「それから、植え付けたという表現はやめて下さい」

僧侶「私達が民に伝えたのは神の告げ、『真実』なのですから」


精霊「真実ね……」

精霊「混沌の後の安息の千年。その下準備は整った?」

僧侶「……よく御存知なんですね」

僧侶「概ね順調です。『今のところ』は、ですが」

精霊「そう。なら、後は勇者を手に入れるだけということかしら」

僧侶「手に入れるだなんて、そんな野蛮な真似はしません。お迎えに行くだけです」

精霊「迎えに行く?」

精霊「大隊を率いて遺体を奪い取る気なのに、随分と妙な言い方をするのね」

僧侶「遺体ではなく不朽体です。奪うのではありません、迎えに行くのです」

精霊「…ハァ…まあ、どちらでもいいわ。行かせはしないから」スッ

ぐちゃっ…ドサッ

僧侶「ッ、いきなりですね。ですが、そう言うとは思っていました」スッ


僧侶「…………」シュゥゥ

精霊「あら、随分と治りが早いのね。体内の元素を膨張させて爆発させたのに」

僧侶「左脚が吹っ飛んだ程度です。この程度の痛み、勇者様の痛みに比べれば……」ググッ

僧侶「勇者様の痛みに比べれば、大したことはありませんっ」ザッ

精霊「(崇拝や信仰って本当に厄介ね……)」

僧侶「それに、『そのやり方』なら私も知っています」スッ

ぼぎゃっ…

精霊「(何らかの施術を受けているのか。それとも……)」シュゥゥ

僧侶「手を翳すこともなく欠損部位の自動治癒。明らかに既存魔術の枠組みから外れていますね」

精霊「それはお互い様でしょう?」

精霊「それより、託神教は魔術使用を認めていないんじゃなかったのかしら?」


僧侶「はい、そうです」

僧侶「原則、神の告げに従う我々にとって魔術は禁忌」

僧侶「人を傷付ける攻撃的魔術、所謂黒魔術の使用は固く禁じられています」

僧侶「神に従う者が『魔』に頼るなど許されざる罪。公開処刑確定の大罪です」

僧侶「慈悲と愛を以て手を差し延べ、人々の傷を癒すことなどは白魔術なので例外ですが」

精霊「白も黒も魔術には変わりないでしょうに……随分と都合の良いように出来ているのね」

僧侶「……『個人的』に、そこを突かれると痛いです」

僧侶「その辺は解釈の違い、信仰の違い。見解の相違ということにしましょう」


僧侶「ですが、このような場合」

僧侶「貴方のような異物が現れた場合は、特別に魔術使用を許可されています」

精霊「初対面の人間に向かって異物呼ばわり? 神に仕える身なのに口が悪い子ね」

僧侶「これは失礼致しました」

僧侶「ですが、貴方は一度、世の理から外れた身です」

僧侶「異物というのは適切な表現かと思いますが。どうでしょう?」

精霊「ええ、まあそうね。間違ってはいないわ」

僧侶「それはよかったです。安心しました」ホッ

僧侶「貴方の心を傷付けてしまっていたら、どうしようかと思いました……」


精霊「…………」

僧侶「言っておきますが、私に貴方と戦う意志はありません」

僧侶「私は教皇様の命で、勇者様をお迎えに行くだけですので……」

僧侶「しかし、あくまで勇者様の下へ向かうと言うのならーー」

僧侶「此方も『全力』で足止めしなければならなくなります」

僧侶「貴方という存在は、此方からすると色々と面倒なので」

精霊「面倒、ね」

僧侶「ええ。ですから再臨までの間、出来れば『じっとしていて』欲しいのです」

精霊「非常に残念だけれど、その頼みだけは聞けないわね」

僧侶「そうですか、それは残念です」

僧侶「では教皇様の指示通り、真実を歪める者を修正します」

ここまで寝ます
場面があっちこっちにいって申し訳ない

読み辛い

乙よ


精霊「真実を歪めている?」

精霊「真実、世界を歪めているのは『そっち』でしょうに」

僧侶「それは違います。私達は辿るべき真実を守っています。歪めいるのは人の心」

僧侶「人とは脆く、か弱い生き物です」

僧侶「だからこそ、神は人が間違った方向へ向かわぬように、お告げになるのです」

僧侶「そして、神の告げは何人たりとも歪めることは出来ない。起こり得る真実なのですから」

精霊「では、私が今此処であなたを殺したとしても事は成ると?」

僧侶「ええ、私でなくとも誰かが成すでしょう」

僧侶「いえ、何もせずとも『そうなる』ことは確定しているのです」


精霊「そうなる?」

僧侶「はい。この夜が明ければ、勇者様は必ずや我々と共に来て下さる」

僧侶「世に蔓延る魔を討つ為、人の世の千年の為、救世主として再臨する」

精霊「……勇者が絶望に打ち勝ち、生きる道を選んだとしたら、どうするつもりなのかしら?」

僧侶「神の告げに間違いはーー」

精霊「運命は変わるわ。勇者一人なら『そうなる』かもしれない……」

精霊「けれど、勇者には友がいる。あの二人がいれば、運命を変えられる」

僧侶「……友人? それは魔王や魔女のことを言っているのですか?」

僧侶「だとするならば、あれらは友人などではありません」

僧侶「あれらは勇者様を堕落させ、苦しめる与える悪魔です」


精霊「そうなる?」

僧侶「はい。この夜が明ければ、勇者様は必ずや我々と共に来て下さる」

僧侶「世に蔓延る魔を討つ為、人の世の千年の為、救世主として再臨する」

精霊「……勇者が絶望に打ち勝ち、生きる道を選んだとしたら、どうするつもりなのかしら?」

僧侶「神の告げに間違いはーー」

精霊「運命は変わるわ。勇者一人なら『そうなる』かもしれない……」

精霊「けれど、勇者には友がいる。あの二人がいれば、運命を変えられる」

僧侶「……友人? それは魔王や魔女のことを言っているのですか?」

僧侶「だとするならば、あれらは友人などではありません」

僧侶「あれらは勇者様を堕落させ苦しみを与える悪魔です」


精霊「ふっ、ふふふっ」

僧侶「……何が可笑しいのです」

精霊「いえ? 随分と歪んだ顔をしているものだから、ついつい笑ってしまっただけよ」

精霊「それより、何かしらその顔? まさか悪魔に嫉妬でもしているの?」

僧侶「嫉妬などしていません!私は事実を述べただけですっ!!」

精霊「あらそう……」

精霊「なら、事実を述べると顔が歪む特異体質なのね。治してあげましょうか?」

僧侶「……杖よ、凍て付く刃となれ」

精霊「顔に似合わず気が短いのね。そんなことでは勇者様に嫌われるわよ?」


僧侶「黙れ、勇者様を惑わす悪魔め」ダッ

精霊「あら、結構速いのね。もっと鈍い女かと思っていーー」

僧侶「 だ ま れ 」ズッ

ザンッッ!! ガシャッ…パラパラ…

僧侶「この程度ーー」

精霊「ちょっとからかっただけじゃない。そんなに怖い顔しないで頂戴」

僧侶「ッ!!?」クルッ

精霊「どうしたの?」

僧侶「(確かに手応えはあった。なら、私が斬ったのはーー)」


精霊「それは私の土人形よ」

精霊「どう? 斬った感触も本物そっくりだったでしょう?」

僧侶「(斬られる寸前にここまで精巧なゴーレムを作り、気取られることなく背後に転移……)」

僧侶「(油断していたわけではないけれど、この者の魔術は違いすぎる)」

僧侶「(やはり、私一人では無理ですね。ですが、そろそろ援軍が来る頃……)」

精霊「何か考え事? まあいいわ、それよりどうするの?」

僧侶「……どうする、とは?」

精霊「勇者が生きる道を選択した場合、あなた達は勇者をどうするつもりなのか訊いてるのよ」

精霊「あなた達にとっての真実、神の告げとやらの為に勇者を殺すのかしら?」


僧侶「……斯くして」

精霊「?」

僧侶「斯くして絶望は数多の魔を率いて顕現し、長き夜が始まった」

僧侶「魔はいよいよ地上を覆い尽くし、死と苦しみで満たそうとするだろう」

僧侶「これは避けられぬことであって、神は我々を見捨てられたわけではない」

僧侶「そうであるものと、そうでないもの」

僧侶「そうであるものは救われ、そうでないものに救いは訪れない」

僧侶「世が死と苦痛によって満たされようとした時、希望は現れる」

僧侶「崇めよ、讃えよ。希望を信じよ」

僧侶「希望に勝利を、希望に祝福を。祈りこそが彼を支え、奮い立たせるのだ」


僧侶「長き戦いの末……」

僧侶「絶望は希望によって討たれ、夜明けと共に救世の主は再臨する」

僧侶「救世の主は人を導き、世にある全ての悪を滅ぼし、悪徳に塗れた暗黒時代を終わらせるであろう」

僧侶「こうして新たな時代が始まり、終わりなき国と繁栄が約束されたのだ……」

僧侶「……これが神のお告げ。真実です」

僧侶「お聞きの通り、あなたが口にしたような未来など訪れようもないのです」

僧侶「死が訪れれば再臨し、我々を導いて下さる。死が訪れなくとも、我々と共に来て下さるのです」


僧侶「何がどうあろうと神の告げが真実になる。いえ、真実なのです」

僧侶「ですから貴方が何をしようと、私達が勇者様をお迎えに行くことは変えられません」

精霊「(そろそろ向こうは終わった頃かしら? 興味のない話って退屈だわ)」

僧侶「聞いているのですか?」

精霊「ええ、殆ど聞いていなかったわ」

僧侶「……そろそろ援軍が到着しますが、退くつもりはないのですね?」

精霊「援軍? 出来ることなら全軍がいいのだけれど」

僧侶「大した自信ですね」

僧侶「それに見合った実力あっての発言なのでしょうが、些か傲慢が過ぎるのではないですか?」


精霊「……傲慢?」

僧侶「えっ…」ゾクッ

精霊「私が、傲慢…?」

僧侶「(え、えっ、何…雰囲気…身体…変わっ…声…出な…怖い…脚…震え…)」

精霊「そう思うのであれば、考えを改めさせねばならないな」

精霊「神聖術師でも力の差は理解出来たというのに、鈍い女だ……」ザッ

僧侶「(違う。こんなの、人間が持っていい力じゃーー)」

精霊「まあいい。お前のような馬鹿にでも分かり易いように見せてやろう」スッ

精霊「(都に…何を……)」

ゴッッッッ!! サァァァァァァ…

僧侶「(都の城壁が消え…え?砂?)」

僧侶「(あんなに遠いのにどうやって何をどうしたら音もなく城壁を壊せるの?)」

僧侶「(風術圧縮?火術分解??土術崩壊?氷結させた??違う知らない怖い)」


精霊「これでも、私が傲慢だと言うのか?」

僧侶「ひっ…う…じ、自分が一体何をしたのか、分かっているのですか…」

精霊「勿論だ、勿論分かっている」

精霊「あの様を見れば分かるだろう。この私が、この私の手で、都の城壁を破壊した」

僧侶「ふ、ふざけないで下さい!!」

精霊「吠えるな、何をしようが私の勝手だ。私の力だ、私の使いたいように使う」

精霊「私には力がある。凡百の者共とは違う、大いなる力だ。力ある者は我を通せる」

精霊「私は欲しいものを欲しいままに、意のまま気の向くままにする。いや、そうしてきた」

僧侶「…ぁ…うあ…」ペタン

精霊「お前が『何かで見た』私ではなく、お前が『その眼で見た』私の脅威を伝えろ」

精霊「足止めなどと生温いことを言うな。私は殺しに来た。阻止するべく来た」

精霊「……援軍程度では足りない」

精霊「魔狩りの大隊を寄越せ。全てだ、全軍だ、全軍を以て私を殺しに来い」

精霊「勇者を、救世主を手にしたいのなら、神の告げとやらを真実にしたいのならーー」

精霊「全身全霊全軍全力で殺しに来るがいい。私も、この命が尽きるまで本気で殺し続けよう」

もうちょっと書きたい
進むの遅くて申し訳ない

乙ですよ


>>>>>>>

東部地下施設

特部隊長「……精霊が?」

魔導鎧「はい。東王陛下と元帥は、彼女が何か重大な事実を隠していると推測しています」

魔導鎧「現に、第一施設から精霊の魔力が消えました。何処かに転移したと思われます」

魔導鎧「勇者の下へ向かったのなら、この映像に映し出されるはずなのですが、姿はありません」

特部隊長「彼女を魔力を辿れるか」

魔導鎧「通常であれば可能なのですが、精霊転移後、彼女の魔力を感じられません」

特部隊長「何故だ?」

魔導鎧「おそらく、魔力探知させぬように防壁のようなものを展開しているとものと思われます」

魔導鎧「これにより、彼女が何かを隠している可能性は非常に高くなりました」


特部隊長「この戦の裏…と言っていたな」

魔導鎧「はい。元帥によれば、ですが」

特部隊長「……剣聖の所在は」

魔導鎧「精霊同様、感知出来ません」

特部隊長「精霊と剣聖が姿を消した……」

特部隊長「関連性があるとは断定出来ないが、剣聖の魔力を感知出来ないのは不自然だな」

特部隊長「奴は自分を魔神族だと言っていた。であれば、魔力を隠すのは不可能なはず……」

魔導鎧「剣聖が魔神族…ですか?」

特部隊長「ん?何かおかしなことを言ったか?」

魔導鎧「おかしいも何も、彼は完全種ではないのですか?」


特部隊長「……何?」

魔導鎧「以前お会いした時、彼から一切の魔力を感じませんでした。彼は完全種です」

特部隊長「剣聖に、魔力がない?」

魔導鎧「はい。彼から魔力を感じたことは一度もありません」

特部隊長「それは確かなんだな?」

魔導鎧「私を含め、魔導鎧全機は大尉に虚偽報告をするように設計されていません」

特部隊長「いや、疑っているわけじゃないんだ」

魔導鎧「なら何故?」

特部隊長「君と出逢う以前のことだ。剣聖は自身のことをこう言っていた……」

特部隊長「俺は、お前達が言うところの異形種だ。この剣を抜いてみれば分かる…とな」


魔導鎧「……そうでしたか」

魔導鎧「私を疑っていたわけではないのですね。申し訳ありません」

特部隊長「いや、謝る必要はない。剣聖に対する認識に齟齬があっただけのことだ」

特部隊長「しかし…奴の言ったことが事実とするなら剣を抜かない限り魔力は感じられない」

特部隊長「……魔導鎧、何かに魔核を移すというのは可能なのか?」

魔導鎧「いえ。私が保有する知識の中にそのような術はありません」

魔導鎧「製造されて以降も独学で魔術を学んでいますが、不可能かと思われます」

特部隊長「……そうか。だとしたら、二人が何処へ消えたのか知る術はないな」

特部隊長「偵察機体を向かわせるにも、何の手懸かりもない状態で発見するのは非常に困難だ」


魔導鎧「……大尉、一つ提案があります」

特部隊長「提案?珍しいな…」

魔導鎧「精霊と同期を試みれば、彼女の居場所を知ることが出来る……かもしれません」

特部隊長「同期…それは、君が躊躇いを見せる程に危険なことなのか?」

魔導鎧「はい。最悪、壊れる可能性があります」

特部隊長「なら、そんなことをする必要はない。精霊が情報を秘匿している確証はないんだ」

特部隊長「君には随分と助けられた。憶測の検証の為に君を失うわけにはいかない」

魔導鎧「確証ならあります」

特部隊長「何?」

魔導鎧「この言葉は使いたくありませんが、所謂『勘』というやつです」


特部隊長「馬鹿な、そんなことでーー」

魔導鎧「私以外であれば、そうでしょう」

魔導鎧「ですが私はこの世界で唯一、彼女の精神性を多少なりとも引き継いでいる者です」

魔導鎧「その私が精霊の行動に疑問を持ち、彼女の動向を探ろうとしている」

魔導鎧「大尉、私は断言出来ます。精霊は、何かを隠しています」

特部隊長「いや、しかし…」

魔導鎧「短時間であれば危険はありませんし、音声だけでも拾えるかもしれません」

魔導鎧「これ以上は危険だと判断したら、即座に同期は終了します。大尉、許可を」


特部隊長「……少し、時間をくれ」

魔導鎧「大尉、貴方は先程、私と出逢う以前と言ってくれました」

特部隊長「?」

魔導鎧「貴方は、精霊に製造される以前…ではなく、私と出逢う以前と言ったのです」

魔導鎧「……私は、人間ではありません。精神構造も精霊を基にしたものでしかない」

魔導鎧「私のような命なきものに対し、あたかも人のように接してくれる大尉に感謝しています」

魔導鎧「これを喜びというなら、きっとそうなのでしょう。私は、貴方と出逢えて良かったです」

魔導鎧「私に心があるかどうか、それを証明する術はありませんが、そう思っています」

魔導鎧「……大尉、恩返しをさせて下さい。私も、貴方に何かを与えたいのです」

特部隊長「……そんなことを言われたら俺が断れないのを分かってて聞いてるな?」


魔導鎧「分かりましたか?」

特部隊長「当たり前だ。長いとも短いとも言えないが、これまで共に過ごしてきたんだ」

特部隊長「……君の性格は、ある程度把握しているつもりだ」

魔導鎧「性格…」

特部隊長「ああ、『君の』性格だ」

特部隊長「君は心の有無を証明する術はないと言ったが、君には確かに心がある」

特部隊長「だからだろうな、君に危険な真似をさせたくないと思う」

特部隊長「拳銃や剣のような単なる道具だと思っているのなら、躊躇いなく『やれ』と言えるのだろうが……」

特部隊長「君は人間と何ら変わりはない。君は戦友であり、俺の大事な部下だ」

魔導鎧「であれば尚のこと」

魔導鎧「大尉、お願いします。貴方の部下として、任を全うさせて下さい」


特部隊長「異常を感じたら即刻中止だ。いいな」

魔導鎧「……了解しました。では、同期を試みます」

ヂヂッ…ヂヂヂ……

精霊『『意に添わない者』の排除」』

精霊『この大混乱、王侯貴族が死んでも何ら不思議はない。そして、それは南王も例外ではない』

精霊『託神教に否定的懐疑的な輩を一掃し、生き延びた民を教徒とし、信徒はより信仰を強める』


特部隊長「排除、託神教。断片的だが、まさか…」


僧侶『概ね順調です。『今のところ』は、ですが』

精霊『そう。なら、後は勇者を手に入れるだけということかしら』

僧侶『手に入れるだなんて、そんな野蛮な真似はしません。お迎えに行くだけです』

精霊『大隊を率いて遺体を奪い取る気なのに、随分と妙な言い方をするのね』

僧侶『遺体ではなく不朽体です。奪うのではありません、迎えに行くのです』


特部隊長「……勇者の遺体を? 一体何を……」


僧侶『では教皇様の指示通り、真実を歪める者を修正します』


魔導鎧「…ッ、ガ…」

特部隊長「ッ!? 魔導鎧!もういい!!もう充分だ!今すぐ止めろ!!」

魔導鎧「…ま…だ…いけ…ま…す……」

精霊『……援軍程度では足りない』

精霊『魔狩りの大隊を寄越せ。全てだ、全軍だ、全軍を以て私を殺しに来い』

精霊『勇者を、救世主を手にしたいのなら、神の告げとやらを真実にしたいのならーー』

精霊『全身全霊全軍全力で殺しに来るがいい。私も、この命が尽きるまで本気で殺し続けよう』

魔導鎧「……アッ……」ガグンッ

特部隊長「っ、おい、しっかりしろ!!」

魔導鎧「…大尉…お役に、立て…まし…たか?」

特部隊長「……ああ、彼女が居る場所も、行くべき場所も、何が起きているのかも分かった」

特部隊長「早速で悪いが南都に偵察機体を派遣、南王や王侯貴族の生死を調べさせてくれ」


魔導鎧「……大尉は…人使いが荒いですね」

特部隊長「……ああ、俺は部下に厳しいんだ」

魔導鎧「ふふっ…了解しました」ギシッ

ガシュッ…

魔導鎧「飛行術式型偵察機に告ぐ」

魔導鎧「大至急南部へ向かい、精霊と何者かの会話が事実であるのか確認せよ。了解か」


『了解しました。飛行術式型偵察機は大至急南部へ向かいます』


魔導鎧「大尉、我々も今すぐ向かいますか?」

特部隊長「いや、動くのは偵察機体の報告後だ。それまでに体調を整えておけ」

魔導鎧「……了解しました」

魔導鎧「(精霊、今日ほどあなたに感謝した日はありません)」

魔導鎧「(私はあなたに作られたことを、心から感謝しています)」

ここまで寝ます
ありがとうございます

>>372はミス


絶望の宣誓、世界各地にオークを放つ。
    ↓
魔女と魔導師が交戦。符術師が風術隊を派遣。
魔女が対価の腕輪使用、炎そのものとなる。
    ↓
北部の街で勇者が花屋の子供達を救出、風術隊によって転移陣が軌道。
    ↓
西都。陣は娼婦によって破壊。
    ↓
店主は治癒師を助けに行く、道化師と娼館主は地下道で陣起動を任された魔術師と合流。
    ↓
店主は治癒師を救い出すが、大型オークの攻撃で両足を失う。
直後、赤髪が現れ大型オークを倒す。
    ↓
地下道にオークが現れるが、道化師が火元素結晶を爆発させ道を塞ぐ。
盗賊は娼婦と交戦、娼婦の願により魂を奪う。オーク殲滅。
    ↓
勇者と戦士の戦いが全世界に映し出される。
    ↓
魔女は北都暴動収束後、勇者の下へ
精霊は南部へ、剣聖は盗賊の下へ
    ↓
盗賊と剣士の再会。戦闘
精霊、南部へ到着。僧侶との戦闘
    ↓
特部隊長は元帥の命により精霊を探ることに。
魔導鎧が精霊と同期を試みる。
託神教の動きを察知するに至り、南都へ飛行偵察機体を派遣する。


ごちゃごちゃしてきたので状況整理。
抜けてる箇所があるかもしれませんが、大体はこんな感じです。

終わりに近付いてはいますが、考えていたより長くなりそうです。
ここのところ投下が遅くて申し訳ない。

長くなりましたが、読んでる方、レスしてくれた方、本当にありがとうございます。

凄まじく眠いので寝ます。

説明が不足している部分や疑問があれば言って下さい。
設定等は短編にあるので、よければ読んで下さい。


>>>>>>>>

南部上空

『王女様は死んだんだよ?』

魔女「(痛っ!! 『また』これか)」

魔女「(さっきより間隔が短くなってる。きっと勇者に近付いてるからだ)」

魔女「(痛みも酷くなってる。もう少し、後もう少しで着くのに……)」

『もっと喜びなよ。これで邪魔な奴は消えたんだからさ』

『だけど、どれだけ頑張っても、どれだけ尽くしても、勇者が私を見てくれることはないよ』

『この想いが実ることは絶対にない、私は一方的に勇者を愛し続けるだけ……』

『ずっとずっと、王女様を想う勇者を見ているだけ。私を見てくれない勇者を見ているだけ』

『……力なんて求めなければ、私は勇者と結ばれたかもしれないのに……』


魔女「(ッ、うっさいな!!)」ブンブンッ

ボゥッ…

魔女「?」

魔導師「魔女、先程より頻度が多くなっているようだがーー」

魔女「わ、私なら大丈夫ですって!これくらい全然平気ですから!!」

魔導師「大丈夫なものか。自分の身体をよく見てみろ、炎が酷く乱れている」

魔導師「此処へ来るまでも街や村で戦闘を重ねたのだ。疲れもあるだろう」

魔導師「焦る気持ちは分かるが、痩せ我慢せずに一度立ち止まれ。気を静めるのだ」

魔女「……嫌です。今痩せ我慢をしなかったら一生後悔します」

魔導師「いいから止まれ。その痛みを和らげる妙案を思い付いた」


魔女「えっ…?」

魔導師「私とで『それ』を共有し、二分するのだ」

魔導師「今の私とお前は二心同体、内にある魂は二つ。互いの魂を繋げれば可能であろう」

魔導師「あくまで繋ぐだけだ。どちらかが消滅することはない」

魔導師「私がどこまで肩代わり出来るかは分からんが、今よりは確実に楽になれるだろう」

魔女「でも、これは私のーー」

魔導師「分かっている。それは、お前が覚悟の上で受け入れた痛み」

魔導師「自身の望みと引き換えに手に入れた力、せれと共に与えられた責め苦……」

魔導師「代償などという言葉では足りん。それは最早、呪いとさえ言えるものだ」


魔女「…………」

魔導師「……受け入れたからには背負うべきだと、そう思っているのだろう?」

魔導師「だがな、このままでは勇者の下へ行ったところで何の役にも立てんぞ」

魔導師「よいか、魔女。少しは狡くなれ。第一、相応の対価は既に支払っているのだ」

魔導師「支払いは済ませたのだから、これ以上の請求に応じることはない」

魔女「けど、それが代償だって刀匠さんが……」

魔導師「フン、対価の仕組みなど知ったことか。何をしようとバレなければよいのだ」ウム


魔女「っ…あはははっ!!」

魔導師「ようやく笑ってくれたな……」

魔女「……先生?」

魔導師「弟子よ、絶望に囚われていたとは言え、お前の仲間を傷付け、悲しませてしまった」

魔導師「あの時、勇者が現れなければ…そう思うとぞっとする。魔女、本当に済まなかった……」

魔女「いいんです……」

魔女「こうして本当の先生と一緒にいられるだけで、私は嬉しいですか…ッ!!」ズキッ

ギュッ…

魔女「あっ…」

魔導師「魔女、お前な遙かな高みへ昇った」

魔導師「今や、お前の師として何かを教え授けることなどないのかもしれん」

魔導師「だがな、その痛みを和らげることは出来る。いや、させてくれ」


魔女「…せ…んせい……」

魔導師「弟子が苦しみ藻掻く様を、何もせずに傍らで見ているというのは、私が耐えられんのだ」

魔導師「魔女、魂を繋ぐぞ」

魔導師「お前が命を全うするその時まで、師であることを許してくれ」

ズッ…ズズズ…

魔導師「ッ!!」ズギッ

『男の人は怖い男の人は怖い男の人が怖い男の人が怖い男は怖い乱暴された乱暴された乱暴された乱暴された乱暴された乱暴された乱暴されたでも勇者は違う勇者違う勇者に出逢えてよかった勇者に出逢えてよかった出逢え勇者は私を見てない出逢えてよかったあんな男いるんだあんな男いるんだあんな男いるんだ勇者は違う違う違う勇者は全然違う勇者は優しい優しい優しい優しい優しい優しくて温かい温かい温かい温かい温かい温かい温かい温かい背中だった優しい笑顔優しい笑顔優しい笑顔私は勇者が私は勇者が好きだ一緒にいたいな一緒にいたいな王女様より先に出逢ってたら一緒にいたいな一緒にいたい一緒にいたいな勇者に貰った勇者が私にくれた時計を持って一緒に出掛けたい一緒にいたい早く行かなきゃ早く行かなきゃ早く行かなきゃ出逢えてよかった勇者は私が勇者は私が勇者は私が男勇者大好だよ勇者私が勇者は私が助ける助ける助ける助ける勇者を助けたい私だけの勇者優しい勇者は王女様が好きお願い王女様じゃなく私を見て王女様じゃなく私をだけを見て見て見て見て見て見て私だけに笑って見せてーー』


魔導師「(こ…れは……)」

魔導師「(熱した針金を頭蓋から突き通されているような、刺され焼かれるような痛み……)」

魔導師「(恋慕、嫉妬、執着。それらが異常なまでに肥大化したもの。それが、この声の正体か)」

魔導師「(勇者に近付くにつれ、想いは燃え上がり平常ではいられなくなる……)」

魔導師「(燃える恋心と言えば聞こえは良いだろうが、これはまるで呪詛だ)」

魔導師「(魔女自身にこんな歪みはない。代償、対価が、これらを肥大化させ歪めている)」

魔導師「(愛していながら近付くことさえ出来ず、無理に近付けば正気を失う……)」

魔導師「(勇者は魔女が生まれて初めて心を許した異性。そして、初めて恋した男だ)」

魔導師「(魔女にとって大きな存在であることは、最早疑いようもない事実……)」

魔導師「(私や精霊ならば抑え込めるだろうが、この年頃の娘に耐えきれるはずもない)」


魔導師「(此処へ来るまでもつらかったろうに……)」

魔導師「(しかし、このままでは共に戦うどころではない。狂ってしまう)」

ズッ…ズズズッ…

魔導師「………っ、く…」フラッ

魔女「!!」ガシッ

魔導師「どうだ、魔女…少しは良くなったか?」

魔女「は、はい。さっきと比べたら全然大したことないです。意識もはっきりしてきました」

魔女「だけど先生が……」

魔導師「なに、気にすることはない。それより、もう一つ話がある。絶望についてだ」

魔女「……何か、打つ手が?」

魔導師「違う。少々酷なことを言うが、今あの場に行っても役には立てんだろう」


魔女「…ッ、でもーー」

魔導師「焦るな逸るな、最後まで聞け」

魔女「……はい」

魔導師「お前は力を手にしたばかりだ。世辞にも使い熟せているとは言えん」

魔導師「その力を真に理解していたのなら、私を覆っていた黒塊をも瞬きの間に焼き尽くせただろう」

魔女「理解…」

魔導師「そうだ。魔術と同様、認識と自覚、何より理解が重要なのだ」

魔導師「今のお前が使えるのは炎による治癒。傷を癒し、他者を救う。魔術師の信条を体現した力」

魔女「けど、役には立てないって……」

魔導師「お前一人ではな……しかし、そこに盗賊…魔王が加われば話は別だ」


魔女「(え、何で盗賊?)」

魔導師「お前の治癒の炎は、魔術による治癒とは違う。魔術による治療は修復や治癒の促進」

魔導師「一方、お前の場合は消えた蝋燭に再び火を灯すようなものなのだ」

魔女「……先生、もうちょっと分かりやすくお願いします」

魔導師「……修復ではなく復活再生」

魔導師「魔術は、抉れた箇所に新たな肉を作る」

魔導師「お前の炎は抉れた肉を復活させる」

魔導師「新たに作るのではなく、失われる以前の状態にしているわけだ」

魔導師「もっと噛み砕いて言えば、炎が失った部分に成り代わる」

魔女「は~、なるほど……(やっぱり先生は凄いなぁ、私より理解してるし)」


魔導師「本題はここからだ」

魔導師「奴には幾つもの顔がある。その全てが奴であり、その全てが奴ではない」

魔導師「それは何故だ?」

魔女「え~っと…囚われた魔核が沢山あるからです」

魔導師「そうだ」

魔導師「奴は現在、勇者の父の姿をとっているようだが本体は絶望そのもの」

魔導師「だが、奴の中には大量の魔核がある。奴を引き摺りだすには、それを消さねばならない」

魔女「消すって言っても、中にはーー」

魔導師「分かっている。おそらく、勇者も同じことを考えているだろう」

魔導師「そこで、お前の炎が役に立つわけだ」ウム


魔女「へっ?」

魔導師「絶望に囚われているの者達は王の死を嘆いた者、希望を失った者」

魔導師「そこから生まれ出たのが絶望なのだが、今は逆だ。生み出した者達が囚われている」

魔導師「人間に裏切られた悲しみと失望、王を失った喪失感、そのような念が支配しているのだ」

魔導師「……少しばかりではあるが、私も奴の中に囚われていたから分かる」

魔女「あのっ、それと私の炎に何の関係があるんです? 治癒しか出来ないって……」

魔導師「厳密に言えば治癒ではない。性質が違うと言っただろう?」

魔女「消えた蝋燭……!!!」

魔導師「フフッ、そうだ」

魔導師「魔王が合流したのを見計らい、囚われの者達に長らく失っていたものを灯してやれ」

魔導師「それさえ出来れば彼等の方から勝手に出てくる。そうなれば、奴は丸裸だ」

魔導師「千年だ、千年もの間、喪に服したのだ。そろそろ悲しみから解放されてもよい頃だろう」


魔女「……あの、そんなこと出来ますかね?」

魔導師「大丈夫だ。お前の炎ならば『傷を癒せる』。彼等の為に涙を流した、お前にならな」

魔導師「だから、今は待つのだ。耐えて待て。その時が来るま……ん?」

魔女「……あれは、魔導鎧? 南都の方向へ向かってる。でも何で……」

魔導師「弟子よ、魔導鎧は大尉の指示無しでは行動は出来ない…だったな」

魔女「隊長の専用機ならわかりませんけど、その後に造られた機体は指示がなければ動かないはずです」

魔女「でも、こんな時に国境を越える指示を出すなんて一体何が……」

魔導師「そうせざるを得ない『何かが』あったと見て間違いはないだろう」

魔導師「我等が見えている舞台の裏側で、何かが動いているようだな」

魔女「舞台の、裏側……」

魔女「何だか凄く嫌な予感がします。上手く言えないですけど……」

魔導師「……ああ、私もそう感じるよ」

魔導師「どうやら止まっているわけにもいかないようだ。弟子よ、南都へ向かうぞ」

魔導師「魔王が勇者と合流するまで、もう少し時間が掛かりそうだからな……」

今日はここまでにします

今日はここまでにします寝ます

乙乙


>>>>>>

盗賊「…ハァッ…ハァッ…」

剣士「凄いな、あれだけ斬ったのに死なないのか。腕も脚も十数回は切り落としたのに……」

剣士「やはり再生力は魔神族の方が優れているのか? いや、仮にそうだとしてもその再生力は異常だ」

剣士「取り込んだ魔核に比例して治癒再生力が向上しているのか……」

剣士「それとも王の力を自覚したからなのか。或いは守りたいものがあるからなのか」ウーン

盗賊「(クソッ、めちゃくちゃ強え。手も足も出ねえ、奪った奴等の力も通用しねえ)」

盗賊「(いや、俺が使い馴れてねえだけか)」

盗賊「(こんなことなら黒鷹の言うこと聞いて、真面目に力の使い方を練習しとくんだったな)」

剣士「……雪か。あぁ、そう言えば勇者と一緒に雪だるま作ったりしたなぁ」ポケー


盗賊「(隙だらけだ。今ならやれる)」タンッ

剣士「あの時は確か……」ズッ

ヒュッ!!

盗賊「(……と思ってもコレだ。何処から何をしようが確実に合わせてきやがる)」ザッ

剣士「……君は何の為に命を張る。その身に魔を宿してまで戦うのは何故だ?」

剣士「地下の彼等だって見捨てようと思えば見捨てられたはずだ」

剣士「そうしていれば、こんなことに巻き込まれずに済んだというのに」

盗賊「そんな小難しいことは考えてねえし後悔もしてねえ。つーか、さっさとそこを退いてくれ」


剣士「なら倒せ。僕を殺して先へ行け」

剣士「君は目の前の敵を殺し、奪いながら、一日一日をどうにかして生きてきたはずだ」

剣士「今だって、『それ』と同じだよ。今更になって何を躊躇う必要があるんだい?」

盗賊「……俺にも、あんたに聞きてえことがある」

剣士「ん、なに?」

盗賊「あんたの腕なら、今すぐにでも俺を殺せるはずだ。なのに何で殺さねえ?」

盗賊「殺す殺すと言いながら首を狙わねえのは何でだ? そうすりゃ楽に殺せんのによ」

剣士「初めはそのつもりだったさ」

剣士「君をあの場に行かせるのは、絶望にとっては何が何でも避けたいことだからね」

剣士「だけどね、君を見ていたら少しだけ期待してしまったんだよ」


盗賊「期待?何をだよ?」

剣士「君達になら、運命の喉笛を噛み千切ることが出来るんじゃないかってね」

盗賊「……あのさ、さっきから運命には意志があるだとか何とか言ってるけど、いまいち分かんねえんだよ」

盗賊「教える気があんならはっきり言ってくれねえか。あんまり勿体振ると飽きられちまうぜ?」

剣士「はははっ!君は本当に面白い子だなぁ」

盗賊「(笑い方、勇者に似てんな)」

盗賊「(それだけじゃねえ、喋り方から太刀筋までそっくりだ……いや、勇者が似てんのか?)」

盗賊「(あ~、そういや爺さんが言ってたな)」

盗賊「(俺達の知ってる勇者とは、勇者が己を守るべく生み出した人格だとか何とか……)」

盗賊「(統合だ何だ言ってたけど、今の勇者はどうなってんだ?)」

盗賊「(どう変わろうが友達だってことは変わんねえけど、あれから会ってねえからなぁ…)」


剣士「人も魔も、全てが囚われている」

盗賊「なにそれ」

剣士「話の続きさ。全ては運命によって作り出されたものなんだよ」

剣士「今起きている世界を巻き込んだ希望と絶望の戦いさえも、その一部に過ぎない」

剣士「絶望はそれを知った。だからこそ、再び希望を取り込もうとしたんだ」

剣士「これまでの全てを破壊して、運命が紡いできたものを無に帰す為に」

剣士「方法はともかく、奴は奴なりの考えで世界に真の自由を与えようとしているんだろう」

盗賊「……は?」

剣士「まあ、そうなるだろうね。急にこんな話を聞かされれば無理もない」


剣士「でも、これを逃せば次はない」

剣士「全ては運命に囚われたまま、誰もそれに気付くことなく生きていくことだろう」

剣士「救世主の再臨、人と魔の戦争、魔神族の滅び。そして、人の世に千年の平和が訪れる」

剣士「これが、これから起きるであろう出来事。運命によって仕組まれた歴史」

剣士「絶望はそれを防ぐ為に戦っている。いや、滅ぶわけだから防ぐとは言えないか……」

剣士「きっと、自分が倒される為にある存在だなんて認めたくないんだろうね」

盗賊「……襤褸の野郎じゃななけりゃ、その運命ってのに抗えねえのか?」

剣士「君は頭の切り替えが早いね。今の話を信じるのかい?」

盗賊「信じるかどうかは問題じゃねえ」

盗賊「ただ、あんたは意味のねえことを口にするような男じゃねえ。違うか?」

剣士「…………」

盗賊「なあ、さっき言ってた『君達になら』ってのはその話と関係あんだろ? 話してくれよ」


剣士「話す前に一つ訊きたい」

盗賊「何だよ」

剣士「君は友の為に死ねるか」

剣士「君は今や一人ではない。背負っているものだってある。それでも友を救いたいのか?」

盗賊「死ぬ気はねえけど、死ぬ気で助けるだろうな」

盗賊「どうにかしてどっちも生き延びられるように、思いっ切り見苦しく足掻いてみせるさ」

盗賊「つーか、その時になってみねえとどうなるかなんて分かんねえだろ?」

剣士「っ、あははっ!! 君は欲張りだなぁ」

盗賊「んだよ、悪りぃのか」

剣士「いや、実に君らしくていい答えだよ」

剣士「『勇者の為なら死ねる』と言われるよりはずっと良い答えだ」

剣士「でも、そうか。どっちも助かるように思い切り見苦しく足掻くか。僕は……」


剣士「僕は、どっちも救えなかった」

盗賊「…………」

剣士「……盗賊、一度しか言わないからよく聞くんだよ」

剣士「多くの死と悲しみを乗り越えた先。その遥か彼方に真の自由はある」

剣士「『其処へ』辿り着くには長い長い時間が掛かるだろう。君自身も深い傷を負うだろう」

剣士「知らない方が良かったと、目を塞がれたまま生きていた方が良かったと思うかもしれない……」

剣士「それでも君が、本当の意味で勇者を助けたいと願うなら、それを覚悟しなければならない」

盗賊「…………」

剣士「君が行けば、運命は大きく動き出す」

剣士「本来であれば終わりであったはずのこの夜も、新たな歴史の始まりになるだろう」


剣士「ただ、これだけは言っておく」

剣士「苦難の先に手にした自由が、誰にとっても幸福なものになるとは限らない」

剣士「盗賊。勇者の友であり赤髪の魔王。君はそれでも、勇者の下へ行くのかい?」

盗賊「……半分も理解出来ねえけど、行かなきゃ始まらねえってことだろ? なら行くさ」

盗賊「誰が不幸になろうと、俺は俺のやりたいようにやる。これまでもそうして生きてきた」

盗賊「運命だとか、そんなもんは別にいいんだ。俺が勇者を助けたいだけだからな」

盗賊「それに……」

剣士「?」

盗賊「……死んだ人間を引っ張り出すのはあんまり好きじゃねえけどさ…」

盗賊「あいつの父ちゃん母ちゃんも王女様も、勇者に生きて欲しいと願ってるはずだ」

盗賊「普通なんてもんからは程遠い人生、理不尽な苦しみから解放されて欲しいってな」


剣士「君自身が救われないとしても?」

盗賊「もう救われてるさ」

盗賊「勇者、娼婦、店主、魔女、隊長、地下の奴等、他にも沢山いる…それから、あんたにもな」

剣士「……そうか、既に救われているか」

剣士「今すぐ勇者の所へ行け。と言いたいところだけど、僕は奴に囚われている」

剣士「君があの場に向かおうとすれば、何が何でも止めようとするだろう」

剣士「僕を止められるのはーー」

ザウッ…

盗賊「!!?」クルッ

剣聖「危うい場面に颯爽と駆け付けるつもりが、お前の所為で台無しだ」

剣聖「お前がぺらぺらと喋ってくれたお陰で、俺の喋ることがなくなってしまったではないか」


剣士「申し訳ありません」

剣士「でも、どうしても僕の口から伝えたかったんです」

剣士「それにほら、師が話すと胡散臭いでしょう? 僕から話した方が良かったと思いますよ?」ニッコリ

剣聖「相も変わらず可愛げのない奴だ。変わらんなぁ、ちっとも変わっておらん……」ヂャキ

盗賊「(何だ、剣から魔翌力が溢れてやがる。あれは勇者の持ってるもんと同ーーー)」

ズッッッ…

盗賊「がッ…くっ…痛……くねえ?」

剣聖「意味は分からんと思うが取り敢えず受け取れ。『それ』は元々お前のものだ」


盗賊「……これは、魔核…か?」

剣聖「其奴等は千年前の魔王が宿していた者達。魔王の命尽きるまで共にいた者達だ」

剣聖「諦めもせず絶望もせず、千年もの長き間、ただひたすらにお前を待っていた」

剣聖「俺も千年待った。あの時とは姿形も違うが、魔王に借りを返すこの時をな……」

盗賊「……そうか、あんた…あんたがそうだったのか…」

剣聖「まあ、そういうことだ。俺から言うべきことはない、弟子が語った通りだ」

剣聖「今の俺に出来るのはそれくらいだ」

剣聖「所詮、俺は過去の遺物。あの時、千年前に終わるはずだった存在」

剣聖「この先はお前達が作れ。この夜を乗り越え、運命を変えてみせろ」

盗賊「……ああ、やるだけやってやるよ」ザッ

ザッ…ザッ…バサッ…バサッバサッ……


剣聖「……行ったか」

剣士「あの、師よ」

剣聖「何だ?」

剣士「早速で申し訳ありませんが、僕の足止め、お願い出来ますか?」ダッ

剣聖「死して尚も師に迷惑を掛けるとは本当に仕方のない奴だな」タンッ

ガギャッッ! ギャリッ…ギリリリ…

剣士「そう言わないで下さい。僕にはどうにも出来ないんですから」

剣聖「身体はともかく、奴に囚われていながら自我を失わずにいるとはな」

剣聖「お前には本当に驚かされる。まあ、何だ……強くなったな」

剣士「長いこと弟子やってましたけど、褒められたのはこれが初めてですね」

剣聖「餞別だ。師の有り難い言葉を胸に抱き、心置きなく天に昇って逝け」グッ

ギャリッ…ザンッッ!!

剣士「…ッ、やっぱり強いな……」


剣聖「千年もあれば嫌が応にも強くなる」

剣士「……心の何処かで『もしかしたら』と思ってたんですけどね。まだまだみたいです」

剣聖「馬鹿たれ、そう簡単に弟子に超えられて堪るかよ」

剣士「……師よ、一つ訊いても」

剣聖「言ってみろ。今夜は気分が良い、特別に答えてやらんでもない」

剣士「……救世主は何故、姿を消したのですか?」

剣聖「救世主などではない。人形だ」

剣聖「誰彼構わず斬りまくるだけの、人の形をした何かだ……」

剣聖「だがあの日、人形は心を得た。心を得た人形は弱くなった」

剣士「……………」

剣聖「自我…心が生まれ、疑問が生まれ、葛藤し、人形は人形でないられなくなったのだ」


剣聖「手に掛けた数多の命」

剣聖「その重みに堪えきれなくなり、救世主と呼ばれた人形は、逃げるように姿を消した」

剣聖「それから長い間、人の世を歩き、人の世を見てきた。美しいものも、醜いものも……」

剣聖「あっという間に時は過ぎ、世界は見る間に変わっていった……」

剣聖「人々の記憶から魔神族という存在は消え失せ、偽りの歴史が真実を覆っていた」

剣聖「俺という存在はその為に生まれた命なのだと思うと、正気ではいられなかったよ」

剣聖「……まあ、救世主と呼ばれた存在も所詮はそんなものだ」

剣聖「あれから人として生きてきたつもりだが、人として何かを残せたかは分からん」

剣士「……初めて、師と話せた気がします」

剣聖「まあ、最初で最後だからな。特別だ」

剣士「勇者は、どうなるでしょうか」

剣聖「分からん。分からんが、俺のようにはならんだろう」

剣士「何故、言い切れるのです?」

剣聖「理由も根拠もない、そんな気がするだけだ。それに、弟子を失うのは一度だけで充分だ」

今日はここまで寝ます

圧倒的描写不足
剣聖が救世主?まるで意味わからん

1000年前の勇者って事でしょ?
なんとなくわかるけどな

前勇者であることを臭わせる描写もなにもないから唐突な気はする


>>>>>>>>

勇者『(そろそろ、来るか)』

戦士『面構えが変わったな。魔王の、友の気配を感じ取ったか』

勇者『……茶番は、もう止めだ』

戦士「何?」

勇者『亡き父との再会を果たし、物心付いた時から憧れていた気高き戦士とも剣を交えられた』

勇者『もう充分だ……』

勇者『過去に、父に思いを馳せるのはこれが最後。子供として振る舞う必要もない』

勇者『貴様には父と母を、愛する者さえも奪われた。そして、無関係の者達まで……』

勇者『絶望、俺の片割れ。いよいよ、俺の望みを果たす時が来た』

勇者『これより先は復讐だ。誰が為でもない、俺が俺自身の為に闘う。俺の戦だ』


戦士『ヌフッ…ヌハッ!ヌハハハッッ!!!』

戦士『成る程、それがお前の手にした本当の顔というわけか』

戦士『どうにも大人しすぎると思った。だが、これで合点がいった。そうか、そうであったか』

戦士『或いは、それすらも自己を守るべく生まれた新たな仮面か……』

勇者『否定も肯定もしない』

勇者『勇者は一人。戦士と聖女を親に持つ、一人の人間にして貴様を打ち倒す者』

戦士『ヌフッ…その眼付き、戦士を思い出す。勇者よ、お前は父に似てよき男になった』

戦士『内に秘めた激情は『あの時』の戦士以上やもしれん。身を焦がす程に煮え滾る魂の熱を感じる』

戦士『血は受け継がれた。やはり息子を希望の器にしておいて正解だったようだ」

戦士『勇者、囚われの子よ、よくぞ成長した。それでこそ希望、我と我等を脅かす唯一だ』

戦士「しかし、その顔付き、迸る闘志。大凡、これから世界を救おうとする人間のものとは思えぬな』


勇者『……救うか。結果、そうなるだけの話だ』

勇者『俺にとっての復讐が、世界を救うことになってしまうだけのこと』

勇者『復讐する相手が絶望の名を冠する異形であるというだけで『そうなってしまう』んだ』

戦士『先程とは打って変わって敵意を剥き出しにしているな。今の今まで感情を抑え込んでいたのは何故だ?』

戦士『母と王女の命より世界を選び取り、父との再会に喜び涙していた息子……』

戦士『ヌフッ…あれらは演技か?』

戦士『演技だとするならば、お前には幾つの顔がある?』

勇者『あれも自分だ。偽りない勇者の想いだ』

勇者『言ったはすだ。勇者の望みは、貴様の存在しない希望に満ち溢れた世界にすることだとな』

勇者『動機が復讐だろうと、その先に希望があるのならそれでいい……』

勇者『恨まれようと憎まれようと、それらを受け入れる覚悟はとうに出来ている』

勇者『この闘いの始まりがどうであろうと、理由がどうであろうと、貴様が迎える結末は変わらない』


勇者『俺が勝ち、貴様は滅びる』

勇者『それを以て戦は終わり、この夜が明ける。皆は明日へと歩き始める』

戦士『其処に勇者の姿がなくとも、か?』

戦士『目的を果たしたのちに己が消えようと、世界が救われるのであらばそれでもよいと?』

勇者『……どうだろうな』

勇者『絶望を打ち倒す力があろうと、そう簡単に勝てるとは思っていない』

勇者『この戦いの果てに俺が何をどうするのか。それは貴様を倒してから考える』

勇者『……何がどうあろうと、何が起きようと、俺は為すべきを為すまでだ』

時計屋「(……小僧)」

花屋息子「あの、お爺さん」

時計屋「……何だ、起きたのか。横になっていろと言っただろう」


花屋息子「お礼、言い忘れてたからさ」

時計屋「……礼など要らん。花屋とは知らぬ仲でもなし、当たり前のことをしたまでだ」

花屋息子「当たり前…なのかな……」

時計屋「……何?」

花屋息子「俺達から部屋を奪おうとした大人達の方が、『此処』じゃ当たり前な気がするよ」

花屋息子「居場所を得るために奪い合って争って、そうやって自分の居場所を手に入れる……」

花屋息子「こんな時だから『そうなる』のが当たり前なのかもって、そう思ったんだ」

時計屋「……奴等は兵士に連れて行かれた。当たり前ならば兵士になど連れて行かれはしない」

花屋息子「……そっか、そうだよね」

時計屋「……酷く疲れているな。横になって目を閉じていろ。それだけでも少しは楽になる」


花屋息子「俺は、眠れないそうにない」

時計屋「……そうか。妹はどうだ?」

花屋息子「よっぽど疲れたのか、怖かったのか……今はぐっすり寝てる」

戦士『フヌ…フヌ……』

戦士『そうであるなら、我と我等を救おうなどという考えは早々に捨てることじゃな』

戦士『我と我等、そしてお主にも、残された時間はそう長くはないのだからな』

勇者『分かっているとも』

戦士『ほう、ほお…顔色一つ変わらぬか、面白い。どうじゃ?どんな心地じゃ?』

戦士『心蝕み、今にも食い破らんとするものを宿した痛みは? それが如何程のものか申してみよ』


勇者『…………』

戦士『フヌ…ヌフフッ…まあ、よいわ』

戦士『どれだけ保つか、いつまで勇者のままでいられるのか見物じゃわえ』

勇者『俺は、最期まで勇者だ』

勇者『少なくとも、貴様を葬り、その最期を見届けるまではな……』

花屋息子「ねえ、お爺さん」

時計屋「……どうした」

花屋息子「勇者さんは、何で俺達を助けてくれたんだろ。何で、あんなに酷い目に遭っても戦えるのかな……」


時計屋「……儂にも分からんよ」

時計屋「化け物共が現れてから今日まで、人は自分の身を守るだけで精一杯だった」

時計屋「他人。まして世界を背負うなど、とてもじゃないが儂には想像出来ん」

時計屋「助けられた意味など考えるな。あるのは、助けられたという事実だけだ」

花屋息子「事実?」

時計屋「……そうだ」

時計屋「気紛れか、関わりがあったからなのか。それとも何らかの目的があったからなのか……」

時計屋「理由など、考えるだけ無駄だ」

時計屋「ただ、如何なる理由があったとしても助けられたということに変わりはない」


花屋息子「……うん、そうだね」トスン

戦士『我と我等が滅びようと、お前が滅びをもたらすであろう』

戦士『勇者よ、断言しよう。お前は決して自由になどなれん』

勇者『貴様が思うようにはならない。俺には友がいる』

戦士『『そうならぬ為』に、友の手を汚させるか。己が救われる為に、友の手を』

勇者『……可変二刀、一刀型』

戦士『……いいだろう。ならば、王が来る前に終わらせてくれよう』

花屋息子「……勇者さん」ギュッ

時計屋「……もう見るな。これ以上は、見ていても辛くなるだけだ」


花屋息子「辛くなんかない……」

花屋息子「だって約束したんだ。応援するって、勇者さんと約束したんだ」

花屋息子「頑張ってとか、そういうんじゃない。生きて欲しいから応援するんだ」

花屋息子「勇者さんは、また会おうって言ったんだ。優しい顔で笑いながら……」

花屋息子「でもね、あれが嘘だってことは分かってるんだ。あれは…さよならの笑顔だったから」

時計屋「…………」

花屋息子「俺は嫌だ。さよならなんてしたくない。だから、最後まで見る」

花屋息子「勇者さんは勝つ。必ず帰って来る。妹と一緒にありがとうって言うんだ」

花屋息子「目を逸らしたら胸を張って会えない。俺だって男なんだ。逃げるもんかよ……」グシグシ


時計屋「……男、か」

時計屋「そうだな、お前は立派な男だ。儂も男だ。共に行く末を見届けよう」

花屋息子「お爺さん…ありがとう……おっかない人だと思ってたけど、優しいんだね」

時計屋「……優しくなどない。時計にしか興味のない、変わり者の偏屈爺だ」

花屋息子「皆そう言ってたし、俺もそう思ってた。でも、違うよ。お爺さんは、優しい人だ」

時計屋「……そうか」

花屋息子「ねえ、勇者さんは帰って来るよね?」

時計屋「……ああ、今度は来る時は自分の金で買いに来ると言っていたからな」

花屋息子「約束?」

時計屋「……約束か。まあ、そんなものだ」

時計屋「あの時はかなりまけてやったんだ。来てもらわなければ困る」

短いけどここまで
次から進むと思います


乙。


>>>>>>

東部第三地下施設

勇者『もう充分だ……』

勇者『過去に、父に思いを馳せるのはこれが最後。子供として振る舞う必要もない』

勇者『貴様には父と母を、愛する者さえも奪われた。無関係の者達まで……』

勇者『絶望、俺の片割れ。いよいよ、俺の望みを果たす時が来た』

勇者『これより先は復讐だ』

勇者『誰が為でもない、俺が俺自身の為だけに闘う。俺の戦だ』

狩人「(……何だろ。凄く悲しいはずなのに、奇妙な寂しさを感じる)」

狩人「(あんなに背が伸びて、身体も逞しくなって、顔付きも男らしくなった)」

狩人「(あっという間に私を追い越して、勇者は大きくなった。身体も、心も……)」

狩人「(……まだ、12歳。私より四つ年下なのに、生きている場所がまるで違う)」


狩人「(もう、あの頃には戻れない)」

狩人「(一緒に泥遊びしたり山を登ったり、雪だるま作ったりして遊んでた、あの頃には……)」

狩人『ていやっ!』

勇者『うわっ! ぺっ…ぺっ…うあぁ、口の中に入っちゃったよ。顔は狙わないって言ったのに』

狩人『うっ…ごめんね勇者』

狩人『あんまり避けるから、意地でも当ててやりたくなっちゃって……目に入ってない?大丈夫?』

勇者『ちょっと入ったかも…と見せかけて、えいっ!』

狩人『わぷっ!ぺっぺっ…』

勇者『はははっ!やったぁ!!』

狩人『このぉ、だましたなぁ!うりゃあああ!!』


勇者『あはははっ!まっ黒おばけだ!!』

狩人『このぉ、これでも喰らーー』

猟師『何処へ行ったかと捜してみれば、こんな所にいたのか!!』

狩人『げっ…』

猟師『勇者!狩人!! 田んぼで遊ぶなとあれ程言うたのに、またやっとんのか!!』

勇者『あっ、猟師のおじさんだ』

狩人『見つかっちゃったもんはしょうがない。勇者、逃げよう』

勇者『え~、逃げたらもっと叱られるよ?』

狩人『怒られるのは夜でいい。今怒られたら遊べなくなっちゃうんだよ?』

勇者『あ、そっか。夜になったら怒られればいいのか。じゃあ逃げよう』


猟師『こ、こら…待たんか!!』

狩人『ていっ!』

猟師『ぶはっ!』

狩人『あ、当たっちゃった』

勇者『……えいっ』

猟師『ぬはっ!』

勇者『あははっ!おじさんも真っ黒おばけだ!!』

狩人「(あれから、8年か……)」

狩人「(流れている同じ時間のはずなのに、こんなにも違うのは何でだろう)」

狩人「(背負ったものが違うから?運命、宿命?生まれた時から決まっていた?)」

狩人「(選ばし者と呼ぶ奴がいる。救世主だと呼ぶ奴がいる。悪魔の子だと叫んでいた奴もいた)」

狩人「(想像や理想を勇者に叩き付けるみたいに、皆は自分の想い描く勇者を口にする)」

狩人「(何も知らず、知ろうとすらせず濁った想いをぶつける奴等)」

狩人「(……なら、私は? 私はどうなんだろう)」


勇者『否定も肯定もしない』

勇者『勇者は一人。戦士と聖女を親に持つ一人の人間、貴様を打ち倒す者』

戦士『ヌフッ…その眼付き、戦士を思い出す。勇者よ、お前は父に似てよき男になった』

戦士『内に秘めた激情は『あの時』の戦士以上やもしれん。身を焦がす程に煮え滾る魂の熱を感じる』

戦士『血は受け継がれた。やはり息子を希望の器にしておいて正解だったようだ」

戦士『勇者、囚われの子よ、よくぞ成長した。それでこそ希望、我と我等を脅かす唯一だ』

戦士『しかし、その顔付き、迸る闘志。大凡、これから世界を救おうとする人間のものとは思えぬな』

狩人「(私も、奴等と何も変わらないのかもな)」

狩人「(勇者が抱えたもの、背負ったもの、痛みや悲しみ……私は何も知らなかった)」

狩人「(幼馴染みだってだけで、勇者を知っていた気になって……っ!!)」ガンッ


狩人「私は…」

ザッ…ザッ…ザッ…

狩人「?」クルッ

特部隊長「君が狩人だな。さあ、戻ろう」

狩人「……何で、隊長さんが…」

特部隊長「君の両親に捜すように頼まれてな。あまり動き回ると迷うぞ?」

狩人「……ゴメンなさい。歩いてないと、動いてないと、どうにかなりそうなんだ」

特部隊長「君は、勇者の幼馴染みだそうだな」

狩人「うん、そうだよ。でも、『それだけ』」

特部隊長「…………」

狩人「幼馴染みってだけ。何も知らない奴等と変わらない、その他大勢の一人だよ」

狩人「勇者を知らない自分が嫌で、置いて行かれた気がして、勝手に苛ついてるだけ……」


特部隊長「奇遇だな、俺もそんな気分だよ」

狩人「えっ…」

特部隊長「……俺は、彼女のことを何も知らなかった」

特部隊長「だというのに、時間を共に過ごす内に知ってる気になっていたんだ」

特部隊長「彼女を理解していると、彼女の隣に立っていると錯覚していたのもしれないな」

特部隊長「そんな自分に腹が立つ……」

特部隊長「勝手に知っていた気でいた自分に、分かった気でいた自分に、どうしようもなく腹が立つ」

狩人「……彼女って、精霊さんのこと?」

特部隊長「……ああ、そうだ」

狩人「大人でも、そういうのあるんだ」

特部隊長「大人も子供も関係ないさ」

特部隊長「何も出来ないというのは、見ているだけというのは…とても歯痒く、苦しいものだ」


狩人「……そんな人だと思わなかったな」ポツリ

特部隊長「?」

狩人「あ、いやその…悪口じゃないんだ」

狩人「こんな村娘に対して、そんな風に…普通に話してくれる軍人なんていなかったからさ」

特部隊長「……俺も意外だ」

特部隊長「さっさと連れ帰るつもりが、聞かれてもいないことまで話してしまった。済まないな」

狩人「謝らないでよ。話してくれて助かった。一人で考えてたら潰れてたかもしれない」

特部隊長「………」

狩人「どうかしたの?」

特部隊長「……いや、初対面の少女に何故こんなことを話してしまったのかと思ってな」


狩人「そっか、そう言えばそうだね」

特部隊長「?」

狩人「私は、前に魔女や精霊さんから話は聞いてたからさ。隊長さんのことは知ってるんだ」

狩人「この地下施設を守ってる魔導鎧は隊長さんが指揮してるんだろ?」

特部隊長「……………」

狩人「何だよ、その顔。大丈夫だって、さっきのことは誰にも話したりしないから安心しなよ」

特部隊長「違う、そうじゃない……何というか、君とは初めて会った気がしないんだ」

狩人「へ~。あ、そういや魔女にも似たようなこと言われたっけ。何でだろ?」


特部隊長「……君に兄姉はいるか?」

狩人「いや、一人っ子だけど。何で?」

特部隊長「そうか…ならいいんだ」

狩人「なに、どしたの?」

特部隊長「……いや、友人に雰囲気が似ていたものだから、つい訊いてしまった」

特部隊長「俺の思い違い、勘違いだったようだ。さあ、戻ろう」

狩人「あのさ、友人ってーー」

戦士『フヌ…ヌフフッ…まあ、よいわ』

戦士『どれだけ保つか、いつまで勇者のままでいられるのか見物じゃわえ』

勇者『俺は、最期まで勇者だ』

勇者『少なくとも、貴様を葬り、その最期を見届けるまではな……』


狩人「……………」

特部隊長「…………」

ガシュッ…ガシュッ……

魔導鎧「大尉、偵察機より報告が入りました」

特部隊長「来たか……」

狩人「(魔導鎧、精霊さんの声だ……)」

特部隊長「狩人、済まないが他の機体を迎えに来させる。それまで待っていてくれないか」


狩人「あ、うん。分かったよ」

特部隊長「それから……」

狩人「?」

特部隊長「君はその他大勢などではない」

特部隊長「何も出来ない自分に苛立つのは、何かをしようと思う人間だけだ」

特部隊長「対等な立場で隣に立ちたいと、支えたいと思っているからだ」

特部隊長「彼の一部分を見て全てを知った気になり、好き勝手に言う連中とは断じて違う」

狩人「……ありがとう」

魔導鎧「大尉」

特部隊長「分かっている。行こう」

ガシュッ…ガシュッ……

狩人「隣に立ちたいのは、支えたいと思うから……隊長さんも、そう思ってるのかな……」

休憩また後で


>>>>>>>

同時刻 北都城

魔女「先生、これは…」

魔導師「ああ、オークの仕業に見せかけた人間の犯行に違いない」

魔導師「武器はオークが所持していたものを使用したようだが、それにしては遺体が綺麗すぎる」

魔女「……確かに」

魔女「魔神族出現によって更に権力を増した教皇と、それを快く思わない南王」

魔女「それに加えて、偵察機体が言っていた『意に添わない者』の排除という言葉……」

魔女「オーク出現による大混乱、都には『救援に駆け付けた』魔狩りの大隊、か……」


魔導師「十中八九、託神教の仕業だろう」

魔導師「動機は十分だが証明は出来ん。何しろ、この大混乱の最中に起きたことだ」

魔導師「託神教による謀殺だと主張しても、見向きもされず鼻で笑われるだろう」

魔女「……最終目的は何なんだろ」

魔女「偵察機から聞いた話から推測すると、勇者の身体と救世主再臨が目的なのかな」

魔女「……何が魔狩りの大隊だ、狩られるべきはお前等だ。神を語る穢れ共が」

魔導師「(凄まじい怒りが流れ込んでくる。先程より更に歪みが酷くなっているな)」

魔導師「(連続する感情の爆発。私は勿論、魔女自身も抑えてこれか……)」

魔女「ふ~っ。精霊は何者かと交戦中か。相手は託神教なんだろうけど…再臨、再臨か……」ウーン


ガシュッ…ガシュッ……

魔女「あ、来た。報告終わったのかな」

『お二方、申し訳ありません。我々の不手際で厄介なことになりました』

魔導師「……何だ、何があった」

『南王の安否を確かめるべく派遣された兵士に目撃されてしまいました』

『どうやら、我々とオークが共謀した。ということになっているようです』

『魔狩りの大隊もそれに便乗。南都城の襲撃は『魔鎧の王』による仕業だと吹聴しております』

魔女「ッ、ふざけてる…現状は?」

『精霊は現在、託神教信徒の僧侶という魔術師及び魔狩りの大隊と交戦している模様』

『魔狩りの大隊の兵士は、今も続々と精霊の下へ向かっているようです』

『我々魔導鎧隊は、精霊と共に魔狩りの大隊の足止めを行うことになりました』

『勇者さんをどうするつもりか不明ですが、奴等を捨て置けばよからぬことが起きると』


魔導師「その指示は誰が出した」

『東王陛下、元帥による御指示です』
『託神教の企みを阻止せよ。とのことです』

魔女「……分かった。色々ありがと、あんた達は先に行って」

『その前に、大尉から伝言があります』
『守るべきものの為、互いに最善を尽くそう。だそうです』

魔女「……そっか。隊長さんにさ、終わったら会おうって言っといてよ」

『はい。了解しました』
『では、我々は行きます。お二方、お気を付けて』

ガシュッ…ガシュッ…ヒュオン…

魔女「守るべき者の為か。私も頑張ろ」

魔導師「……ふむ。大尉とは中々に面白い男だな」


魔女「え、何がですか?」

魔導師「弟子よ、大尉の言う守るべきもの。それは何を差していると思う?」

魔女「それはもう、話の流れからして精霊のことじゃないんですか?」

魔導師「フフッ、そうだな。お前ならばそう受け取るだろうな」

魔女「他にも意味が?」

魔導師「そう難しい話ではないよ。分かる人間には分かるように出来ているだけだ」

魔導師「勇者の為に戦うお前なら、守るべきものは精霊を差すと思うだろう」

魔導師「軍に属する者ならば、国家国民を守るべきものとして認識するだろう」

魔導師「聞き手によって受け取り方が異なる言葉になっているというわけだ」


魔女「あ~、なるほど」

魔女「隊長さんは軍人だし、立場上下手なこと言えないから『ああいう言い方』したんですね」

魔女「そりゃ、俺は精霊を守る!なんて言えないか。何言われるか分かんないし」

魔女「あ~あ。やっぱり、大人って大変なんだなぁ……」

戦士『勇者よ、断言しよう。お前は決して自由になどなれん』

勇者『貴様が思うようにはならない。俺には友がいる』

戦士『フヌ…『そうならぬ為』に友の手を汚させるか。己が救われる為に、友の手を』

勇者『……可変二刀、一刀型』

戦士『……いいだろう。ならば、王が来る前に終わらせてくれよう』


魔女「…………」ギュッ

魔導師「……魔女、そろそろだ。魔王の合流に備え、我々も平原へ向かうぞ」

魔女「あの、先生。精霊はーー」

魔導師「お前は己のやるべきことにのみ集中しろ。でなければ、勇者は救えん」

魔女「ッ、申し訳ありません」

魔導師「託神教の企み。その全貌は分からぬが、精霊も勇者の為に戦っている」

魔導師「我々は我々で、勇者の為に戦う。戦う場所が違えど想いは同じだ」

魔導師「誰もが様々な想いを抱いて戦っている。魔女、お前は何の為に来た。何の為に戦う」

魔女「……友人との約束、自分の我が儘を通すため。勇者に生きて欲しいからです」

魔導師「ならば、それのみを考えろ。何があろうとも目的を果たせ。抱いた想いを胸に、戦え」


魔女「ッ、はいっ!!!」

魔導師「フフッ…うむ、晴れ晴れとしたよい顔になった。それでよい」

魔導師「それならば勇者に会っても問題はないだろう。笑顔を忘れるな?」

魔女「うっ…からかわないで下さいよ」

魔導師「……魔女よ」

魔女「はい、何です?」

魔導師「このような、偉ぶったことしか言えずに済まぬな。こんな言い方しか出来んのだ」

魔女「そのままでいいです」

魔導師「?」

魔女「だって先生は先生で…その、ほら…お母さんみたいな人だから……」


魔導師「…………」

魔女「だから、そうやって偉そうにしてるくらいが私には丁度いいんです」ウン

魔導師「フフッ、生意気な弟子だ。しかし、私の娘か。私の娘にしては優秀すぎるな」

魔女「魔導師の娘なんだから優秀で当たり前ですよ。まあ、まだまだ半人前ですけどね……」

魔導師「(成長したのだな……)」

魔導師「(心を支配していた憎しみは消え、純粋な魔術師の顔になった)」

魔導師「(人だけでなく、生けるもの全てを癒す魔術師か)」

魔導師「(そんなものは、理想夢想だと思っていたんだがな……)」

魔女「先生?」

魔導師「……弟子であり愛しき娘よ、この夜を明けるぞ。覚悟はよいな」

魔女「は、はいっ、覚悟は出来ています。私は友との約束を果たして、皆で夜明けを見たい……」

魔女「……行きましょう、師であり優しき母よ。私と共に、この夜を明けましょう」

今日はここまで寝ます
随分と長くなりましたけど、ようやく終わりに近付いてきました
読んでる方、レスしてくれた方、ありがとうございます。

乙。


>>>>>>

勇者『俺は、最期まで勇者だ』

勇者『少なくとも、貴様を葬り、その最期を見届けるまでは……』

僧侶「(決着は近い。早く、一刻も早く勇者様の下へ行かなければ……)」

精霊「私は『全て』と言ったはずだぞ」スッ

僧侶「法術隊!防壁展開!!!」

ゴゥッッッッ!!! ビシッ…ビシビシ…

僧侶「くっ!!!」ズザザッ

精霊「さあ、全てを寄越せ」

精霊「私を滅ぼさなければ勇者の下へは行けはしない。避けて通ることなど出来はしない」

精霊「望むものを手にしたいのなら力を示せ。私も力で応えよう。尽きるまで応えよう」


僧侶「異物、悪魔め……」ギリッ

精霊「さあ、列をなし向かって来い。魔狩りの大隊、神の僕、憐れな盲目者」

僧侶「黙れっ!!!」

精霊「……怒りで脆弱な精神を繋ぎ止めたか」

精霊「先程まで私の力を見て心底震えていたというのに大したものだな」

精霊「ありもしない何かに縋る弱者よ、神はお前に何を与えた。お前は神から何を得た」

僧侶「うるさい!!」

精霊「神の為に魔を行使するのは何故だ、神は何故にお前に魔を行使させる」

精霊「それは神の力か?それとも神の為の力か? お前の力は何の為にある?」


僧侶「うるさいっ!」

僧侶「うるさいうるさいうるさいっ!!!」カッ

ゴシャッ…ボタッ…ボタボタッ…

精霊「まるで赤子のようだな」シュゥゥ

僧侶「…ゲホッ…ハァッ…ハァッ…人を惑わす悪魔、人心掻き乱す化け物め……」フラッ

精霊「酷い汗だ。どうした、何を怖れる? 信仰が揺らいだか?」

僧侶「黙れぁああああっ!!!」ダッ

ガギャッッ!!

精霊「縋るのは弱者だからだ」

僧侶「違うっ、これは信仰だ!!」

精霊「いいや、何も違わない」

精霊「神とは、己の力を信じられぬ者が寄り掛かる為にある存在でしかない」


僧侶「ふざけたことを言うなっ!!」

精霊「ならば、神とは何だ?」

精霊「弱者を救済する為に神があるのか?神が存在を得る為に弱者があるのか?」

精霊「お前が信じている神は何を告げた? 神に委ねる弱者よ、委ねなければ生きられぬ者よ」

僧侶「っ、うああああああああっ!!!!」

ザンッッッ!!

精霊「ふふっ…」フワッ

僧侶「…っ…悪魔め…」

精霊「どうした、何を怖れる」

精霊「神が見守っているのだろう? 何を怖れる必要がある?」

僧侶「私は怖れてなどーー」

精霊「悪魔への怖れは神への裏切り。神の加護を疑っている証。お前は神を否定した」


僧侶「うぁ…ち…ちがう…私は……」

精霊「神の否定は自己の否定」

精霊「拠り所をなくした弱者は、己が脚で地に立つことすら出来はしない」

精霊「神はお前に失望した。お前の裏切りによって神の加護は失われたのだ」

僧侶「やめーー」

精霊「神を疑い、魔を怖れたお前を、神は許さないだろう。疑いとは、許されざる罪だ」

僧侶「ちがう、おそれてなんかない。わたしは、悪魔など怖れ…な…い」ドサッ

精霊「似合いの姿だ。地に伏し神に祈れ。それが、神がお前に望んだ姿だ」

精霊「神の許しを得るまで這いつくばっていろ。お前の中の神が許すまでな」


僧侶「待て、待…て……」ガクンッ

僧侶「(……私は疑ってなどいない。神の告を、神の存在を信じている)」

僧侶「(あれは悪魔の惑わし、魔を孕んだ巧言偽言。私の弱さがそれを許しただけにすぎない)」

僧侶「(早く起たなくてはならないのに、身体に力が入らない)」

僧侶「(なんて、なんて情けない……)」

僧侶「(一時だろうと魔に怯み、打ち負けてしまった自分が情けない)」

僧侶「(……癪だけれど、あの者の言う通り認識を改めなければならないようですね)」

僧侶「(あの者にはそれだけの力がある。その事実だけは、受け止めなければならない)

僧侶「(我々が戦っている者は人でありながら人ではない。あれは邪教の徒、魔の使いなのだから)」


僧侶「(きっと、どこかで油断していたのでしょうね……)」

僧侶「(神への甘え、それが付け込む隙を与えてしまった。けれど、もうそれはない)」

僧侶「(神を冒涜し存在を貶めた罪は重い。あれこそ許されざる罪。罰しなければならない)」

僧侶「(私は、あの者を滅ぼさなければならない。何としてでも……)」

僧侶「(あの者を在るべき場所へ、煉獄へと送り返さなければ……)」

『……侶様!僧侶様!! 僧侶様!しっかりして下さい!!』

僧侶「うっ…あ、ありがとうございます」

『お身体は、どこかーー』

僧侶「いえ、私なら平気です……それより皆は?皆は無事なのですか?」


『既に二百名以上が……』

僧侶「そんなっ!!」

『僧侶様、悲しむお気持ちは分かりますが、どうか気を静めて下さい』

『魔狩りの大隊の要である僧侶様が崩れれば、勝ち目はなくなってしまいます』

僧侶「でもっ!!」

『僧侶様、彼等は殉教したのです』

『目を閉じる最後まで信仰を貫き、悪しき者に立ち向かい、身を賭して戦ったのです』

僧侶「……………」

『僧侶様、貴女は優しすぎます。我々は魔狩りの大隊、神の告げに従う兵士です』

『この命は、とうに神の下へ捧げているのです。ですから、悲しむことはありません』


僧侶「…っ、お願いが、あります……」

『はい。何なりと』

僧侶「私はこれから魔術を封じ、あの者の背後に回り込みます」

僧侶「一瞬。瞬きの間の隙を作って下さい。私が、この剣であの者を滅ぼします」

『了解しました。全力を尽くしましょう』

『僧侶様、そんな顔をならさずとも大丈夫ですよ。貴女ならば必ず成し遂げられます』

僧侶「あのっ、皆さーー」

『僧侶様、後のことはお任せします』

『我々の為に涙して頂いたこと、決して忘れはしません』

『出来ることなら勇者様と並び立つお姿を見たかったですが悔いはない』

『悪しき者を滅ぼせるのであれば本望。僧侶様、お元気で……では、行って参ります』


…ザッ…ザッ…ザッ…


僧侶「安らぎと祝福、安寧と平和を築く為、我等は戦うのです」

僧侶「勝利の上に勝利を築き、人の世の安息と千年の……」ザッ

また後で書くと思います


僧侶「…っ、お願いが、あります……」

『はい。何なりと』

僧侶「私はこれから魔力を封じて、あの者の背後に回り込みます」

僧侶「一瞬。瞬きの間の隙を作って下さい。私が、この剣であの者を滅ぼします」

『了解しました。全力を尽くます』

『僧侶様、そんな顔をならさずとも大丈夫です。貴女ならば必ず成し遂げられますよ』

僧侶「あ、あのっ、皆さーー」

『皆、行こう。僧侶様、後のことはお願い致します』

『貴女が我々の為に涙を流したことは決して忘れません。では…』

『信徒として、悪しき者を滅ぼせるのであれば本望。僧侶様、どうかお元気で……』


…ザッ…ザッ…ザッ…


僧侶「……安らぎと祝福、安寧と平和を築く為、我等は戦うのです」

僧侶「勝利の上に勝利を築き、人の世に安息の千年を……」ザッ

>>485はミス
凄まじく眠いので寝ます。申し訳ない。
近日中に完結させたいと思います。
また明日。


精霊「(完全種6、魔術師4)」

精霊「(完全種は防御を考えない捨て身の攻撃。魔術師は主に治癒や魔術防壁)」

精霊「(攻撃的な魔術を使う者はいないようね。使ったのは、僧侶とかいう魔術師のみ)」

精霊「(潜在魔力、使用元素量共にずば抜けて高い。そこだけを見れば魔導師を凌ぐ)」

精霊「(あれは生まれ持ったものなのか、後天的に得た、もしくは与えられたのか……)」

『っ、狙いが定まらない』

『風術による加速を維持しながら他属性の魔術を行使しているのか……』

『認めたくはないが、あの者は違いすぎる。防壁展開だけでも精一杯だ』

『来るぞッ!!!前衛部隊に防壁展開!!』

精霊「(……魔狩りの大隊と称しているものの、見た限り連隊と言っても差し支えはない)」

精霊「(完全種の多さも、個々の質も、赤髪狩り時代の魔狩りの大隊とはまるで違う)」


精霊「(彼等にとって、死は死を意味しない)」

精霊「(物質界、肉体からの解放。あるべき場所へ帰ることを意味する)」

精霊「(勝敗や生死ではなく、あくまで信仰を貫くことが基盤となっている)」

精霊「(死にながら生きているのか、生きながら死んでいるのか。まあ、どちらでもいいわ……)」

精霊「(私が言えたことではないけれど、『まともな人間』なんて一人もいないのね)」

精霊「(それにしても、よくもまあ、ここまでの信徒を作り上げたものだわ)」

精霊「(赤髪狩りの失敗から学んだのか、それ以前から存在していたのか……)」

『くっ…魔力防御してこれか。想像していたより凄まじい魔力だ』

『魔力だけじゃない。使用している元素量も桁外れだ。魔術防壁の再調整が必要だな』


『奴の魔術は攻撃と言うより分解に近い』

『ああ、完全種のことは熟知しているようだ。でなければ外傷無しで殺すのは無理だ』

『体内に含まれた僅かな元素に干渉しているんだろう。悔しいが、我等が敵う相手ではない』

『僧侶様なら対応出来るのだろうが、僧侶様は……』

『何とか持ち堪えたな』

『油断するな。正直、まだ奴の底が見えない』

『何か思惑があると言うのか?』

『もしかすると、大隊が終結するのを待っているのかもしれんな』

『そんな馬鹿なことがあるか。大隊相手に手加減しながら戦うなど、どうかしている』

『奴にはそれだけの力がある。あの力は、本当にどうかしているんだ』


精霊「(……ハァ…この類の人間は満足して死ぬから嫌なのよね)」

精霊「(まあ、この場に縫い止めるのは成功しているからいいのだけれどーーー)」

戦士『我と我等が滅びようと、お前が滅びをもたらすであろう』

戦士『勇者よ、断言しよう。お前は決して自由になどなれん』

勇者『貴様の思うようにはならない。俺には友がいる』

戦士『『そうならぬ為』に、友の手を汚させるか。己が救われる為に、友の手を』

勇者『……可変二刀、一刀型』

戦士『……いいだろう。ならば、王が来る前に終わらせてくれよう』

精霊「(魔王が動いた……)」

精霊「(ということは、剣聖は私用を済ませたのね。後は勇者と魔王、そして魔女……)」

精霊「(あの二人が勇者と合流すれば、これまでの流れは変わる。後の千年を覆せる)」


精霊「(勇者の意志は固い)」

精霊「(今、勇者を動かせる『人間』はあの二人しかいない……)」

精霊「(あの子は生きてくれるかしら? あの子にとって生が苦痛でしかないのなら、私はーー)」

ズッッッ…

精霊「神が、背後から刺せと命じたのか?」クルッ

僧侶「いいえ、これは私の意志です」

僧侶「貴方はあってはならない存在、故に手段は問わない。貴方に対し、卑怯ということはない」

精霊「背後から忍び寄り刺し貫く。これを卑怯と言わず何と言うのだ」

精霊「お前が遂行したのは正義ではない。お前は堕ちた。穢れた存在となった」

僧侶「そうであるなら、そうなのでしょうね。私自身は、穢れたなどとは思いませんが」

精霊「血に塗れたその手で何を救う。その矛盾を抱え、更に世を惑わすか」

僧侶「貴方の言葉には惑わされない」

精霊「(治癒しない。魔力が抜け……違う、これは崩壊ね。あの剣かしら……)」

精霊「(あの剣…刀身の赤。あれは私の血ではない、あれは……)」


僧侶「千霊の剣」

僧侶「これは貴方のような悪魔にのみ、救われぬ存在にのみ行使することが出来る」ヂャキッ

精霊「(なんて趣味の悪い)」

精霊「(刀身は血液。おそらく、完全種の血液を練成して造り出したもの)」

精霊「(名の通り、千の完全種から生み出したのかしら。あれに刺されたかと思うと気分が悪いわ)」

精霊「(外傷は大したことはないけれど、内側から破壊されていくのが分かる)」

精霊「(魔力分解、肉体構成への干渉…人間を無理矢理完全種に作り替ーー)」

僧侶「貴方に、神の赦しは得られない」

精霊「ふ、ふふっ…赦しなど求めたことはないわ。それより、あなたは自分を許せる?」

精霊「人殺し。法衣をまとった殺人者、神を信じながら魔を行使する者」

精霊「幾多数多の矛盾に満ちた歪みの塊。それでも尚、自分を肯定出来る強さがあるのならーー」

ザンッッッ!! ドサッ…

僧侶「………………」

精霊「……貴方に…神など必要ないでしょう……」

精霊さん...


僧侶「もう、話すことはありません」

精霊「あら…そう…それは…残念ね……」

僧侶「個人的に、あくまで個人的にですが……」

精霊「?」

僧侶「何故、貴方がそうなったのか。何故、そうならざるを得なかったのか知りたかったです」

僧侶「異常なまでの力への執着。それは、力に縋るしかなかったからですか?」

精霊「…………」

僧侶「…………」

『僧侶様、御無事ですか?』

僧侶「……ええ、もう終わりました。何もせずとも、この者は滅びるでしょう」


『では、勇者様の下へ?』

僧侶「いえ、その前に負傷者の治療を行って下さい。お迎えに行くのはその後でも間に合います」

『はい、了解しーーー』

ズォッッッ!!! ゴゴゴッッ…

僧侶「転移陣!!? 今更何を!!」

精霊「…煩いわね…何もしてないわよ……」

僧侶「(……嘘、ではないようですね。確かに、この者から魔力を感じない)」

僧侶「(けれど、転移陣から発せられる魔力は酷似している。一体何が……)」

精霊「……知識への欲求は、私譲りみたいね。どこで、こんなこと覚えたのかしら」

僧侶「(対象を中心として転移陣を起動して転移。この方法は、高位の魔術師にしか出来ない)」

僧侶「(弟子…ではない。子でもない。何者かは分からないけど、何かがやってくる)」

僧侶「(この者の魔力を辿って膨大な数の何かが……!!)」


僧侶「皆さん!戦列を整えて下さい!!」

ズンッッッ!!!

僧侶「こ…れは……」

ガシュッ!ガシュッ!ガシュッ!ガシュッ!ガシュッ!

特部隊長「……………」

精霊「(……まったく…本当に…)」

特部隊長「我々の任務は大隊の進軍阻止」

特部隊長「何があっても南部平原…勇者の下へは行かせるな。誰一人だ、誰一人通すな」

特部隊長「……これより任務を遂行する。魔導鎧隊全機、了解か」

『はい。魔導鎧隊全機、了解しました』ガシュッ

特部隊長「精霊、遅れて済まない」

精霊「……呼んでないわよ、馬鹿」

特部隊長「何とでも言ってくれ」

特部隊長「俺はもう嫌なんだ。何も出来ず、何もしないまま誰かを喪うのは……」


精霊「……昔の女と重ねるなんて最低ね」

特部隊長「減らず口を叩けるなら大丈夫だな」

特部隊長「今、医療機体を寄越す。辛いだろうが、それまで耐えてくれ。というか、死ぬな」

精霊「…あなた、この私に命令する気? 随分と偉くなったものね……」

特部隊長「事実、偉いからな」

精霊「そうね…そうだったわ…西部司令官様だものね……」

特部隊長「……俺は、あなたのことを何も知らなかった。いや、知ろうとしていなかった」

特部隊長「これが終わったら、あなたに聞きたいこと話がしたいことが山ほどある」


精霊「何故?」

特部隊長「俺はあなたを知りたい。理解したいと思う。あなたが良ければ、だが」

精霊「……私のことなんて、そんなに面白くないと思うわよ」

特部隊長「それでも構わない」

精霊「……………」

特部隊長「……では、行ってくる」

特部隊長「後は任せて休んでいてくれ。頼むから、大人しくしていてくれよ?」

ガシュッ…ガシュッ…ダッ…

精霊「ふふっ…まったく本当に…本当に馬鹿な人……でも、そう悪くないわね」

精霊「……死ぬなと、そう言ってくれたのは…ほんの少し…嬉しかったわ……」

ガシュッ…

精霊「………………」

『精霊を発見、これより治療を…治、療…を……』

サァァァァァ……

精霊「………………」

『……精霊…私は、大尉に何と報告すればよいのですか…』

ここまで寝ます

精霊あっさり死んだなぁ


>>>>>>

戦士「勇者よ、お前も気付いているのだろう?」

勇者「…………」

戦士「この戦いの果てに得られるものなど何もない。待っているのは既に決定された結末」

戦士「全ては触れられざる運命に仕組まれたもの。それを理解した上で戦うのか」

勇者「ああ、それでも戦う」

勇者「俺は復讐を果たし、運命を変える。俺が終わるのは、その後だ」

勇者「貴様になど終わらせはしない。終わりの夜になどさせはしない」


戦士「フヌ、ヌフフッ……」

戦士「そうか、そうであった。お前はそうでなくてはならぬ存在だ」

戦士「そうあるべく生まれ、そうなるべく生きた存在。この夜の為に生まれた命」

勇者「貴様がどう言おうと、これは俺の命、俺の身体だ。俺の行く先は、俺自身が決める」

勇者「俺が歩いてきた道は俺が決めてきた。どんな要因があろうと、決断したのは俺だ」

戦士「ヌハッ!ヌハハハハッ!!」

戦士「定められた道を歩くだけの人形が!!繰り糸が見えぬだけのヒトカタが言いよるわ!!」

勇者「俺がそうであるとなら貴様も同じだ。運命の束縛から逃れようと藻掻く人形にすぎない」

勇者「そうではないと否定する為、自己を肯定する為、貴様は世界の破壊を選択した」


戦士「……………」

勇者「俺は、貴様とは違う」

勇者「俺は運命を変えられると信じている。一人では不可能だろうが、友がいれば変えられる」

戦士「ならば、変えてみせるがいい」メギッ

ズオォォォォォッッ…

魔狼「ハッ…ハッ…ハアァァァァァ……」

勇者「(巨体の黒き獣。身体を埋め尽くす幾千の赤い眼。これが、母さんの言っていたーー)」

魔狼「我は、此処に示す」

魔狼「決して変えられぬ結末が、あることを…」

勇者「……貴様は、何だ」

魔狼「ヌハッ…懐かしいやり取りだ」

魔狼「我等と我等は、救われぬ、奪われぬ、潰えぬ、何者も抗えぬ事柄」

魔狼「我と我等は望みを絶つ存在。望みを絶つことを胸に抱き、滅び去った者」

魔狼「我と我等は、闇に沈んだ古き者共より産まれ出た。故に、示さねばならぬ」

魔狼「希望と別たれ、在るべき姿を得た比類無き絶望として、世に示さねばならぬ」


勇者「何を示す」

魔狼「現世に遍く全てのものを喰らい尽くし、輪廻を絶つ。終末だ」

勇者「今の貴様にそんな力はない。俺を、希望を喰わなければ『元には』戻れない」

魔狼「ヌフッ…ああ、ああ、それは重々承知しておるとも。我と我等には成し得ぬことだ」

魔狼「だがな、希望と一つにならずとも術はある。我と我等には、その術があるのだ」

魔狼「全てを破壊することは叶わぬが、世界を原初に…在るべき姿に戻すことは出来る」

魔狼「天があり、地があり、海がある。希望よ、不思議に思うたことはないか?」


勇者「迂遠な会話は不要だ。何が言いたい」

魔狼「お前の知っている翠緑の王。あれは魔が産まれ出る以前からある原初の王、旧き神」

魔狼「言わば大地そのもの。ならば、起源を同じくする海の神もいるだろう」

勇者「それが事実だとして、何の関係がある」

魔狼「我と我等は、破壊だけを目的としてオークを放ったわけではない」

魔狼「お前と一つにならずとも、既定、因果から外れる方法はあるのだ……」

勇者「一体何を言っーー」

ゴゴッ…ゴゴゴゴッッ……

勇者「この揺れは……」

魔狼「ヌフッ…聞け、これこそが旧き神の目覚めよ」

魔狼「オークを放ったのは、世界各地に点在する楔を破壊させ、彼の者を目覚めさせる為だ」


魔狼「これが我と我等の導き出した答え」

魔狼「お主が我と我等の要求を拒むことなど初めから分かっておったわ。全てはこの為よ」

魔狼「全てとまではいかぬだろうが、より多くが死に、より多くが滅ぶのであらばそれでよい」

魔狼「絶望と希望が一つで在ったのに対し、この大陸は元々別たれていた」

魔狼「楔が消えた今、世界は多大なる犠牲を伴いながら在るべき姿に戻るであろう」

魔狼「ヌフッ…これより、大地は裂ける」

勇者「…………」ヂャキッ

魔狼「無駄じゃ無駄じゃ、我と我等を倒したとて止まることではない」

魔狼「ヌフッ…我と我等は、彼の者を目覚めさせただけにすぎぬのだからな」

魔狼「ヌフッ…大人しく一つになっておれば、このようなことにならなかったものを…ヌハハハッッ!!」


魔狼「一つになっておれば、世界は楽に逝けた。これはお主の所為じゃ、違うか?」

魔狼「母と思い人の死も!この夜の悲劇も!!全てはお主が引き起こしたのだ!!」

勇者「……………」ギリッ

魔狼「ヌフッ!ヌハハハッッッッ!!」

魔狼「ヌフッ…さあ、我と我等、魔と絶望の呼び声に応え、今こそ目を覚ますのだ」

魔狼「在るべき大地を在るべき場所へと運び、太古、原初の姿へ回帰せよ」

魔狼「歪な世界を在るべき姿へ。さあ、目覚めよ。海を統べる旧き神、深縹の王よ」

盗賊「ごちゃごちゃうるせぇんだよ」タッ

魔狼「ッッ!!?」

盗賊「気分良く語ってるとこ悪りぃけど嫁を返して貰うぜ」

ぞぶっ…ゴシャッッ!!

盗賊「(鬼王、遅くなかって悪かったな。これで約束は果たしたぜ)」ザゥッ

あ、すいません、PCのバグで変なとこにかきこんでしまいました


勇者「……盗賊」

盗賊「勇者、済まねえな。随分と遅くなっちまった」

勇者「そんなことはないよ。世界が裂ける前に、さっさと終わらせよう」

盗賊「ああ、そうだな。こんな酷え夜は、さっさと終わらせちまおうぜ」ニコッ

勇者「(盗賊、いつも通りでいてくれてありがとう。やっぱり君は凄いよ)」

盗賊「(勇者の奴、中身はあんま変わってねえんだな。なんにせよ、こっからだな……)」

魔狼「ヌフッ…まあよい、まあよい。事は成った。我と我等が捻曲げてみせたのだ」

盗賊「満足してんじゃねえよハゲ」

魔狼「ヌフッ…勇者よ、魔王よ、我は世に示したぞ。お主等は世に何を示す」ズンッ

勇者「希望。お前の居ない世界だ」ヂャキッ

盗賊「自由。てめえの居ねえ世界だ」ヂャキッ

短いけどここまで


魔狼「一つになっておれば、世界は楽に逝けた。これはお主の所為じゃ、違うか?」

魔狼「母の死!思い人の死!この夜の悲劇!!全てはお主が引き起こしたのだ!!」

勇者「……………」ギリッ

魔狼「ヌフッ!ヌハハハッッッッ!!」

魔狼「ヌフッ…さあ、我と我等、魔の呼び声に応え、今こそ目を覚ますのだ」

魔狼「在るべき大地を在るべき場所へと運び、太古、原初の姿へ回帰せよ」

魔狼「歪な世界を在るべき姿へ。さあ、目覚めよ。海を統べる旧き神、深縹の王よ」

盗賊「ごちゃごちゃうるせぇんだよ」タッ

魔狼「ッッ!!?」

盗賊「気分良く語ってるとこ悪りぃけど、嫁を返して貰うぜ」

ぞぶっ…ゴシャッッ!!

盗賊「(鬼王、遅くなって悪かったな。これで約束は果たしたぜ)」ザゥッ


勇者「……盗賊」

盗賊「勇者、済まねえな。随分と遅くなっちまった」

勇者「そんなことはないよ。世界が裂ける前に、さっさと終わらせよう」

盗賊「ああ、そうだな。こんな酷え夜は、さっさと終わらせちまおうぜ」ニコッ

勇者「(盗賊、いつも通りでいてくれてありがとう。やっぱり、君は凄いよ)」

盗賊「(勇者の奴、中身はあんま変わってねえんだな。なんにせよ、こっからだ……)」

魔狼「ヌフッ…まあよい、まあよい。事は成った。我と我等が捻曲げてみせたのだ」

盗賊「満足してんじゃねえよハゲ」

魔狼「ヌフッ…勇者よ、魔王よ、我は世に示したぞ。お主等は世に何を示す」ズンッ

勇者「希望。お前の居ない世界だ」ヂャキッ

盗賊「自由。てめえの居ねえ世界だ」ヂャキッ

>>509>>511はミス
誤字脱字申し訳ない寝ます


誤字脱字はネットの世の常よ


>>>>>>

西部大峡谷

魔狼『ヌフッ!ヌハハハッッッッ!!』

魔狼『ヌフッ…さあ、我と我等、魔の呼び声に応え、今こそ目を覚ますのだ』

魔狼『在るべき大地を在るべき場所へと運び、太古、原初の姿へ回帰せよ』

魔狼『歪な世界を在るべき姿へ。さあ、目覚めよ。海を統べる旧き神、深縹の王よ』

翠緑王「(神に縋るか……)」

翠緑王「(絶望の獣よ、お主は自己が抱える矛盾に気付いておるのか)」

翠緑王「(運命からの解放を『求めている』ことに気付いておるのか)」

翠緑王「(お主は今、己が『望み』を叶えるべく神に縋っておるのだ。それにさえ気付かぬか)」

翠緑王「(望みなくして生きられはせん。望みを絶たれた者に、あのような真似は出来ん)」

翠緑王「(そもそも、絶望が形を得て存在していること自体おかしな話)」

翠緑王「(これは絶望による存在証明。生きた証……)」

翠緑王「(足掻き、藻掻き、模索し、遂には神にさえ縋り付くか。何とも、皮肉な話じゃ……)」


翠緑王「(しかし、何故じゃ……)

翠緑王「(彼奴、絶望は、如何にして楔の存在を知り得た。あれは儂とーー)」

ゴゴッ…ゴゴゴゴッッ…

翠緑王「(これは、怒り…ではない。困惑か、混乱か……)」

翠緑王「(深縹の王よ、まさか目覚めの日が来ようとは夢にも思うとらんかったじゃろう)」

翠緑王「(儂もじゃよ。儂も、お主が目を覚ます時が来ようとは思うとらんかった……)」

ズシッッ!! ゴゴゴゴッッ!!!

翠緑王「(考えとる時間も懐かしむ時間もなさそうじゃな)」

翠緑王「……皆、よく聞いておくれ」

翠緑王「今、地に立つ全てが危機に瀕しておる。これは最早、人や魔だけの問題ではない」

翠緑王「魔にも人にも、木々や草花にも支えが必要じゃ。勿論、儂等にも……」

翠緑王「根付くにも芽吹くにも、座すにも立つにも、大地なくして有り得ない」


翠緑王「皆が魔に何を思うとるのか」

翠緑王「皆が人に何を思うとるのか。それはよう分かる」

翠緑王「千年に渡り、果てのない戦を続けた魔神族に失望した者もいるじゃろう」

翠緑王「後の千年に渡り、偽りの歴史を生きた人間に失望した者もいるじゃろう」

翠緑王「だが、己を守るには、存続させるには、時に不要なものさえ背負わねばならん」

魔狼『ヌフッ…勇者よ、魔王よ、我は示した。世に示したぞ。お主等は、世に何を示す』

勇者『希望。お前の居ない世界だ』

盗賊『自由。てめえの居ねえ世界だ』


翠緑王「見なさい」

翠緑王「長い時を経て、こうして『目覚めた者』が現れた。新たな世代、真実を知る者達じゃ」

翠緑王「あの二人…いや、三人か……」

翠緑王「あの者達は運命に抗う力と、世界を変える可能性を秘めておる」

翠緑王「『今後も』あの者達に惹かれ、新たに目覚める者が続々と現れるじゃろう」

翠緑王「失望するには、まだ早い」

翠緑王「この滅びは何としても防がねばならん。これは、儂等にしか出来んことじゃからの……」

翠緑王「……この大峡谷に身を寄せ合うのも、今日が最後。皆、頼むぞ」ザッ

『……長よ、我々はーー』

翠緑王「案ずるな、儂等は一つじゃよ」

翠緑王「大地が裂け、大波に曝されようと、必ずや種は芽吹き、気高き花を咲かす」

ミシッ…ズズンッッッ!!

翠緑王「もう少し話したかったが、残された時間はないようじゃ」

翠緑王「儂はこれより大地に根を張り国を繋ぐ。皆、達者でな……」


>>>>>>>

南部上空

魔女「あれは…木の、根?」

魔導師「何とも凄まじい光景だ。あれが旧き神、自然そのものを司る原初の力か……」

魔導師「水の流動する力。地、木々の繋ぐ力」

魔導師「幾本もの巨木、その根が、引き裂かれる大地を懸命に繋ぎ止めようとしている」

魔女「でも、少しずつ引き裂かれて……先生、このままじゃ本当に世界が滅茶苦茶に……」

魔導師「魔女よ、気持ちは分かるが我々には何も出来ん。我々の力など通用しないだろう……」

魔導師「『あれ』は人間…いや、如何に優れた魔術師だろうと立ち入れる領域ではない」

魔女「……北部は、仲間達は無事でしょうか」

魔導師「何とも言えん。この有り様だ…無事であることを願う他ない……」


魔狼『さあ、来るがいい』

勇者『…………』ザッ

盗賊『勇者』

勇者『?』

盗賊『いや、何でもねえ。終わったら話す』

勇者『分かった(終わったら、か……)』

盗賊『(勇者は腹を括ってる。どうする?どうやって繋ぎ止めりゃいい?)』

盗賊『(死んで欲しくねえ。俺に何が出来る? くそっ、分かんねえ……)』

魔女「(盗賊……)」

魔導師「そろそろ頃合か……」

魔導師「旧き神の力が渦巻く今ならば、奴に気取られることなく近付けるだろう」

魔導師「魔女よ、灯す火は百や二百ではない。今の内に力を練っておけ」


魔女「…………」ギュッ

魔導師「不安か?」

魔女「……想定していないことが立て続けに起きて、次に何が起きるか全く予想出来ないんです」

魔女「厳しい戦いになるとは思ってましたけど、まさか『こんなこと』が起きるなんて……」

魔女「……きっと、盗賊もそんな感じなんだと思います。この戦いの先が全く想像出来ない」

魔導師「それは私もだ」

魔女「えっ…」

魔導師「私にも、こんな経験はない。この混沌とした状況下では予想予測など役に立たん」

魔導師「だが、先を見据えるのなら今を乗り越えるしかない。この先へ進むには、それしかないのだ」

魔女「……私、やります。私がやれることをやります。だから、見ていて下さい」

魔導師「ああ、勿論だ。全て見届ける。さあ、準備が整ったのなら行くぞ」

魔女「はい」

魔女「(先は見えないけど、どうなるかなんて分からないけど、やれることを全部やろう)」

魔女「(王女様だって聖女さんだって、私なら何とか出来るかもしれないんだ)」ギュッ

ここまで


>>>>>>>

魔狼「まだ、まだ淡い」ズッ

ズシンッッッ!! ミシッ…ビキビキッッ……

勇者「(一撃で地面が捲れ上がった。地割れによって大地が不安定になっているのか)」

勇者「(大師匠様が繋ぎ止めているようだけど、大地裂き溢れ出る水の力の方が強い)」

勇者「(このままだと平原どころか立っていられる場所さえ無くなーーー)」ズギッ

盗賊「勇者、脚から落とすぞ。勇者?」

勇者「(そうだ、俺は勇者だ。俺は俺だ、誰かに渡して堪るか)」ガクンッ

盗賊「勇者!!」ダッ

ガシッ…

勇者「……盗賊、ありがとう。助かった」

盗賊「(っ、酷え汗だ。痩せこけて見える。何だ、勇者に何が起きてやがる)」

勇者「もう大丈夫だ。盗賊、奴は俺が引き付ける。その先は頼む」ザッ


盗賊「勇者、お前ーーー」

魔狼「フヌ、まだ耐えるか」

魔狼「だが、まだ増すぞ。より色濃く、より鮮明に蝕む。さて、どれだけ保つか……ヌフッ…」

勇者「…ッ…ぐっ…あああッッッ!!!」ダッ

魔狼「ヌハッ!向かって来るか!面白い!!!」ダンッ

ドギャッッ!!!

勇者「ぐッッ…」

魔狼「どうした、何をしておる? 爪を受け止めるだけで手一杯か?」

勇者「ッ、おおおおおッッ!!」ググッ

ギッ…ギジジ…バギンッッ!!!

魔狼「ヌフッ、流石は希望。意志で押し切り力で斬り折ったか。面白い……」


勇者「盗賊!!!」

盗賊「大河の如く現れ出でよ、樽ごと呑み込め大蛇姫」

どずんッ!!! ぐわっ……

魔狼「何が出るかと思えば、図体だけの使い魔か。失せろ、戦の邪魔をするな」

ザギャッッ!!!

盗賊「(野郎、一撃で切り刻みやがった)」

盗賊「(蛇姫の力が弱いんじゃねえ、俺が扱い慣れてねえからだ)」

魔狼「どうした魔王、それで終いか?」

盗賊「今はこんだけ出来りゃあ上等さ。それより、やっと目が合ったな」

魔王「何?」

盗賊「本能的なのかどうか分かんねえが、てめえは勇者ばっか見てた。俺を見ようともしなかった」


盗賊「俺に興味がない、わけがねえよな」

盗賊「てめえの内側には魔王を好いてた奴等が山程いるんだ。あれか?俺の見るのが怖いのか?」

盗賊「それとも、俺に前の王サマを重ねて恋しくなるのを避けてんのか?」

魔狼「戯れるな」

盗賊「まあ、そう言うなよ」

盗賊「こんな台詞は野郎相手に言いたくねえが、もう少し見つめ合おうぜ?」

盗賊「互いに一目惚れした、雷に打たれた男と女みてえによ」

魔狼「瞳じゅーー」

盗賊「てめえは勇者にしか倒せねえ。なら、俺が『倒せる間』を作るだけだ」


魔狼「ぬっ、ぐッッ……」ギギッ

ザグッッッ!!! ブシュッ…

魔狼「ぐぬッッ…」ガグンッ

勇者「目が覚めるような痛みだろう。頭蓋を砕かれ、脳髄を刺し貫かれるのは」

魔狼「ヌフッ…ああ、確かに痛む。焼かれるようだ。だがな、この程度で終わりはしない」

勇者「いや、もう終わりだ」

勇者「全てはこの時の為、彼女が此処へ来るまでの繋ぎに過ぎない」

魔狼「(この感覚は……魔女か!!?)」バッ


魔女「彼等に、新たなる火を……」スッ

ドッッッ…ゴゥッッッッ!!


魔狼「炎の粒、火種……そうか、この炎はーー」

魔女「闇に囚われ、闇を産んだ者達よ、目の前にある光を見よ。新たな光、新たな王を見よ」

魔女「千年の間に流し続けた涙を止め、悲しみから解き放たれた眼で彼の者を見よ」


魔狼「(我が内にある魔核に炎を灯すか……)」

魔狼「(成る程、全ては勇者の描いた通りというわけか。だが、『これ』だけは離さん)」

魔女「……背負った悲しみの重さ、その痛みは私には分からない」

魔女「前を向けなんて言わない。無かったことにしろなんて言わない」

魔女「ただ、過去じゃなくて今を見て……」

魔女「私にその傷は癒やせないかもしれない。だけど、変わることは出来る。きっと変えられる」

魔狼「(……そうか、まあよい)」

魔狼「(そうであるなら、我の中から去れ。今に行きたければ行くがいい)」

魔狼「(だが、覚悟しろ)」

魔狼「(今更希望を灯すなど許さん。我を産み出しながら希望を灯すなど……)」

魔狼「(絶望は、絶望を全うする)」ズズッ


盗賊「おっ、出やがった」

『あれが、新たな王。姿形は違うが、確かに似ている』

『転生。本当にそんなことが……』

『思えば、決して諦めぬ御方だった。やはり、王は諦めてはいなかったのだ』

『そうであったな。諦めていたのは我等の方だったと言うわけか……』

『こんな時が来ようとは未だ信じられぬ。あれは誠に王か?夢か?幻か?』

魔女「盗賊、抜け出た魔核は頼んだよ」

盗賊「……いや、なんか多くねえ?」

魔女「……まあ、うん。確かに予想より多いけども……」

盗賊「だろ? あれは流石にキツいって」

魔女「承知の上だったんでしょ……ていうか身体まで復活するとマズいから早くしてよ」


盗賊「何もせず逃がすっていう手もーー」

魔女「ないから!さっさとやれバカ!!」

勇者「(全く、こんな時なのにまたやってるよ……でも、ちょっと安心した)」

勇者「(魔女の内側から魔導師さんを感じる。あれなら、きっと魔女も大丈夫だ……)」

盗賊「……さて、やるか」

『王であるなら、力を示せ』

『王であるなら、我等を喰らえ。喰らい、示せ』

『それがよい。力無き者であるなら、内から食い破ってくれる』

『我等は従うのではない。我等は共にあった。王と共にいたのだ』

『偽りなき王であるならーー』

盗賊「いいから来いよ」

盗賊「お前らの一切合切、絶望の千年は俺が引き受けてやる。だから、来い」


『うむ、勇ましい。が、これからだ』

『宿せるか否か』

『王は求めた。生まれついての空白。それ故に更なる力を求めた』

『奪うとは、自己の存在証明。自らを有とすべく、王は欲したのだ』

『王の転生が運命ではなく、王の意志による力ならば或いは……』

『行かなければ始まらぬ。行かなければ見えぬ。あの小娘の言葉が誠ならば、見えるはず』

ズォォォォォ…ズズズ…

魔女「(……凄い)」

魔女「(数多の魔核が次々と盗賊に向かって奔っていく。まるで、巨大な魔力の渦……!!?)」


戦士「……我は、化身」

戦士「あの冬の夜に希望と別たれ、この身体を得た時から絶望は形を成した」

戦士「汝、我となりて希望を喰らうのだ。そう、喰い尽くす為に、喰らい尽くす為に」

魔女「(なんて、禍々しい……)」

魔女「(むせ返る程の憎悪に満ちている。あれが、戦士さんの肉体を依り代に顕現した姿……)」

勇者「魔女、盗賊を頼む」ザッ

魔女「うん、分かった。だけど、あの人はーー」

勇者「君が火を灯してくれた」

勇者「残すは奴だけだ。あれさえ消し去れば、この夜は明ける」

勇者「あれは俺がやる。俺にしかやれない。大丈夫、すぐに終わらせる」


魔女「待って」

勇者「ん?」

魔女「聖女さんと王女様のこと……私なら、何とか出来るかもしれない」

勇者「……そっか。でも、もしそれが可能だとしても王女様だけでいい」

魔女「………えっ?」

勇者「こんなこと勝手に決めたくないけど、母さんは戻らない方が幸せだと思う」

勇者「……いや、幸せとか不幸とかじゃない。きっと、母さんは『それを』望まない」

勇者「例え君が母さんを呼び戻してくれても、僕の家族は元には戻れないから……」


魔女「………」ギュッ

勇者「ッ、ごめん。君を責めてるわけじゃないんだ。嬉しいんだけど、無理なんだよ……」

勇者「絶望の化身となった父さんは、もう戻ることはない。父さんは、もういないから……」

勇者「……父さんが自分を捧げた時、共に未来を生きることすら奪われた」

勇者「だから、もういい。疲れているだろうから、ゆっくり眠らせてあげたいんだ」

……ザゥッ…

戦士「希望よ、最期だ。遂に、時が来た」

勇者「出来ることなら、父さんと一緒に眠らせてあげたい」ヂャキッ

魔女「……っ、そっか。うん、分かったよ」

勇者「……ありがとう。じゃあ、行ってくるよ」

魔女「(勇者の背中が遠離る。何か言わなきゃ、何か言わなきゃダメなのに……)」

魔女「(あの背中には何も言えない。きっと、何を言っても……)」

王女『貴方は勇者と共に戦える。正直なところ、わたくしは嫉妬しています』

王女『魔女さんが苦悩していることは存じていますが、それでも羨ましいのです』

王女『共に戦い、互いに支え合う……それは、わたくしには出来ないことですから』

王女『……わたくしにはどうやっても出来ないことも、貴方になら出来る』

魔女「(無理だよ王女様。私じゃダメなんだ。私の声は、勇者に届かない……)」

次くらいで終わると思います
また明日


魔女「(……私は、どうしたら)」

魔導師「魔女、気をしっかり持て」

魔導師「考えるなとは言わん。あの背を追いたい気持ちは痛いほど分かる」

魔導師「お前は自分と王女を比較しているようだが、『どちらだろうと』無理だ」

魔女「えっ…それはどういう……」

魔導師「此処に立っているのがお前ではなく王女だとしても、勇者を繋ぎ止めることは叶わんだろう」

魔導師「あれは決意の背」

魔導師「有無を言わさぬ、如何なる介入も許さぬ、そんな意志を宿した背だ」

魔女「…………」ギュッ

魔導師「……信じること、想うこと、願うこと。待つ者には、それしかない」


魔女「信じる……」

魔導師「魔女よ、悲観するな」

魔導師「必ず帰ってくるものと信じ、やるべきをやれ」

魔導師「お前は魔王を任された」

魔導師「あの者は勇者にとって無二の友。そして、お前にとっての友でもある。そうであろう?」

魔女「友だち……!!?」ゾクッ

ゾゾゾゾゾ…ズォォォォォ…

魔女「何…あれ…あれが魔力だっていうの?」

魔女「魔の…渦…濁流…あんなの、受け入れられるわけが……ッ、盗賊!!!」タッ


盗賊「(意識、記憶が流れ込んできやがる)」

盗賊「(戦、戦、戦、血の流れ、赤い川、屍の上の屍……これが、魔神族の歩みってわけか)」

盗賊「(何処だ。俺は何処に立ってる? 彼処にいるのは王と救世主…か…?)」

『終わりだ、魔王』

『無垢な面しやがって……』

『全く、何も知らないってのは罪だな。いや、疑う心すら与えられなかったか』

『なら、俺がくれてやる』

『お前に心を与え…お前の罪を教えてやる。俺がお前を、人にしてやる』

盗賊「(ッ、なんだ…頭が痛え。今のは、王の思念……!?)」

盗賊「(くそっ、凄え数だ。渦に呑まれる。あの野郎、こんだけ溜め込んでたのかよ……)」


魔女「盗賊!!!」

盗賊「(……声……誰だ? 俺は…何処だ?)」

ゾゾゾゾゾッッ…ズォォォォォ!!!

魔女「ッ、渦に遮られて届かない」

魔女「(あの渦をどうにかしないと盗賊に近付くことも出来ない……)」

魔女「(でも、あんな激流をどうやって突破すればいい?)」

魔女「(魔神族、混じり気のない純粋魔力。なら元素で中和…いや、無理だ……)」

魔女「(膨大な純粋魔力に匹敵する元素なんて使えない。あれはもう、魔力と言えるかどうかも分からない……)」

魔女「(あんなのに身を任せてたら、あれに耐えきれなかったら盗賊は……)」

『世界の危機だとか、滅びだとか言われてもピンとこねえけどよ……』

『世話になった奴とか、一緒に戦った奴とかが死ぬのは嫌だろ?』

『他の奴等がどうなろうが知ったこっちゃねえけどさ、それだけは嫌なんだよ……』


魔女「……私だって、そんなの嫌だよ」

『俺の大事な奴、勇者の大事な奴、お前の大事な奴、隊長の大事な奴……』

『巫女や鬼姫、こっち側の奴等…地下街に住む奴等の大事な奴とかさ……』

『そういうもんを繋げて拡げてったのが、世界ってやつなんだろ?』

魔女「……私の世界には、あんたが…」

魔導師「魔女?」

魔女「……先生、補助お願いします」

魔導師「……飛び込む気か」

魔女「はい。それしか、方法はないですから」

魔女「あの渦は一つであって一つじゃない。膨大な数の魔が生み出したもの……」

魔女「私には、あの渦の流れを読む力はありません。でも、先生になら出来る」


魔女「私と先生の魂は繋がってる」

魔女「先生が炎の主導権を握って、盗賊の場所を私に示して下さい」

魔女「そうなれば、後は渦の中を走るだけ。必ずや辿り着いてみせます」

魔導師「……危険は承知の上か。分かった、私が流れを読む。お前は指示に従え」

魔女「はい」

魔導師「いいか、決して気を緩めるな。あの渦、思念に取り込まれれば終わりだ」

魔導師「お前がそうなれば、私も渦に呑み込まれる。どう足掻こうと戻ることは出来んだろう」


魔女「……分かっています」

魔導師「それと、もう一つ」

魔導師「以前の王は多数の魔を宿していたようだが、一度に全てを宿したわけではない」

魔導師「戦い、奪い、喰らう。一つ一つ、その身に宿していったのだ。それを続けた結果が……」

ゾゾゾゾゾッッ…ズォォォォッッ…

魔導師「……お前の言う通り、これは一つであって一つではない。魔が群れ集った『何か』だ」

魔導師「もう少し穏便に済むかと思ったが、どうやら魔神族の本質を侮っていたようだ……」

魔導師「正直に言うが、これは一度で宿せるものではない。最悪の場合、魔王はーー」

魔女「消えませんよ」

魔女「盗賊は、こんなことで世界から消えるような奴じゃない」


魔導師「……魔女」

魔女「それに、『これは』私が呼び起こしたモノ。あいつに任せて見てるだけなんて嫌です」

魔女「先生、準備は出来ています。私はあいつを……友達を、助けたいんです」

魔導師「……ッ、来い」ザッ

魔女「(炎の主導権が先生に移った。今から、私が先生の炎……)」

魔導師「渦に僅かな裂け目を作る」

魔導師「迷わず飛び込め。躊躇えば掻き消える。見えた瞬間に跳ぶのだ」

魔女「はい、分かりました」

魔導師「案内は任せておけ。魔の流れも読み切ってみせよう」

魔導師「但し、私が出来るのはそれだけだ。渦の中で気を保ち、走り、維持するのはお前だ」

魔導師「私の役目は導いてやること。お前の役目は、連れ帰ってくることだ。よいな?」


魔女「必ず帰ってきます。友達を連れて、必ず」

魔導師「……うむ、ならばよい。では、道を開くぞ」スッ

ゴゥッッッッッ!!! ビシッ…

魔女「……見えた」タンッ

ゴゥッ…ズズ…オォォォォォッッ……

魔導師「……出逢いは変化の兆し、一人の男への想いが憎しみを拭い去り、女は過去を乗り越えた」

魔導師「戦の果てに友を得て、友に支えられ、今や魔術師達の標となりつつある」

魔導師「……我が弟子が、魔術の導き手となるか。何とも、不思議なものだ…」

ゴゴッッ…オォォォォォォ……

魔導師「……咎人と忌み嫌っていた盗賊も、今では魔女の世界に欠かせぬ存在となった」

魔導師「魔女よ、お前が自分自身が得たもの……それは、私では与えられなかったものだ」

魔導師「……盗賊よ、許されぬ咎人であり王である者よ、死んでくれるなよ」

魔導師「己の為、勇者の為、世界の為、そして何より、私の娘の為に……」


魔女「これは…」フワッ

ゴゴゴッッ…ズォォォォォ……

魔女「思念、歴史が渦を巻いて…あれは……」

『人間が何の役に立つ。精々が家畜、でなければ奴隷にすべきだ』

『俺は守ると決めた。そうしたいのなら俺と戦え。俺に勝ったら自由にしろ』

『てめえのような、甘ったれにやられるなんて…畜生…人間なんぞに守る価値など…』

『お前の言う通り人間は弱い。弱く、儚く、それでいて温かい種族だ』

『俺は、その温もりに救われた。弱者だと蔑んできた人間に……』

『その心変わり、甘さが、いずれ仇となる…』

『……それでも構わない。もう決めたことだ』


『ありがとうございます』

『礼など要らん。俺がそうしたかっただけだ』

『私もそうしたいからお礼を言っただけです。本当にありがとうございます』

魔女「……疑ってたわけじゃないけど、人と魔は本当に共存してたんだ」

魔女「あっちは戦か、こっちも戦か。さっきの魔神族みたいに、争わずにいられたら……」

ボゥッ…

魔女「先生の炎…っ、そうだ、見入ってる場合じゃない。早く盗賊の所に行かなきゃ」

ユラユラ…スーッ…

魔女「炎は下に向かってる。盗賊は下か、暗いな。それに嫌な気配がする」

魔女「渦巻く思念の質も段々重苦しくなってるし。持って行かれないように気を付けないと……」フワッ


盗賊「(……此処は、城?)」

盗賊「(ああ、そうだ。此処は俺の城、これは俺の玉座。魔神族は統一、残るは……)」

盗賊「(そう、残るは奴だけ……いや、奴って誰だよ? 俺は何を言ってんだ?)」

『考え直してはくれないのか』

『俺はお前の駒じゃない。俺は俺の意志で魔神族を統一した』

『それは違うよ。運命がそうさせた。そうなるように定められていたんだ』

『それは既に聞いた』

『俺の歩いた道も、全ては運命に従った結果、因と果の結び……』

『俺はその為に生まれ、その為に与えられた力で魔神族を統一した。だったな』


『そうだ。その通りだ』

『そこまで分かっているなら、何故分かってくれないんだ?』

『君はこの手を離れ、定められていた場所より更に高い場所へと登り詰めた。それも自力でだ』

『君なら此方側に来ても問題ない。さあ、道を歩む側から、道を創る側へ来るんだ』

『殻を破れ、偽りで築き上げたものなど捨てて共にーー』

『断る。創るだの創られるだの、そんなのはもう御免なんだよ』

『以前も言ったはずだ。必ずや喉笛に噛みつき、運命を噛み千切ってやるとな』


『……以前も言ったはずだ』

『そうあるべく創造された者が、そうあるべく創造した者に挑むなど不可能だと』

『ならば、俺はそうあるべく創造されたんだろうよ。運命に牙を剥き、運命に楯突く為にな』

『減らず口を…これは君の為に書き上げた物語だ。しかし、君がそうなら仕方ない』

『面倒だが、新たな物語を描かなければならない。夢を、希望を見せなければならない……』

『勇者…いや、此処では魔王か。君の物語は、跡形もなく消え失せる』

盗賊「(やってみるがいい。てめえは俺がぶちのめす。この手で、必ず……)」


『憐れな。それが君の望んだ最期か』

『君は同胞を己の戦に巻き込み、運命に抗い、築き上げた全てを失った』

『そして遂に、君自身も消え失せる。大乱を制した勇敢なる英雄は、歴史に残ることはない』

『……構わない。綻びは作った』

『あの程度の綻びなど、取るに足らんよ』

『だろうな、今はほんの小さな綻びだ。だが、それが俺の意志を継ぐ鍵となる』

『何百年何千年掛かろうと俺は決して諦めない。必ず、自由を手にしてみせる』

『自由などまやかしだ。決して手の届かない、手にすることの出来ないものだ』

『それを希望という者もいる。手が届かないからこそ、誰もが求めてやまない』

『求めるのこと、それ自体が自由であり救いなんだよ。自由とは、その為にある幻にすぎない』

『貴様等からすれば、そうなのだろう。だが、今の俺は自由だ。支配も束縛もされない』


『死が解放? 笑わせてくれるな』

『今のうちに笑っていろ。俺は必ず甦る。俺の意志で甦り、世に自由を与える』

『誰の為でもなく、俺自身の為でもなく、真の自由の為に、俺は戦い続ける』

『そんな予定はないが期待しておこう』

『出来ることならーー』

盗賊「出来ることなら、奪うだけでなく与えたかった……この力では、真の自由は掴めない」

盗賊「奪うのではなく、与える力を…まやかしではない、本物の希望に……」

盗賊「俺の戦はまだ終わらない。必ずや鎖を断ち切り、紡がれた運命をーー」

『あのさ……あんた、さっきから何をブツブツ言ってんのさ』


盗賊「お前は…?…」

『さっき結婚したばっかりなのに嫁の顔を忘れるとか……まあ、仕方ないか』

『あんたは盗賊、私の旦那。ほら、手首の腕輪を見てみなよ』

盗賊「腕輪? 俺はこんなものをしていたか…俺は……」

『いつまでも呆けてんじゃないよ。友達を待たせてんでしょ?』

盗賊「……友…」

『そう、友達。勇者と魔女』

『あんた、隊長さんに言ってたじゃないか。勇者は親友だってさ』


盗賊「勇者…」

勇者『悩んでるなら悩んでるって正直に言ってくれ。僕が出来る範囲で手を貸す』

勇者『僕等は友達だ。僕の前で悪人の振りをする必要はない』

勇者『魔王になっても友達だよ。優しい王様になってくれるならね』

盗賊「ッ、そうか…そうだった。あいつは俺の…勇者は俺のーー」

『ちょっと…ねえ、聞いてんの?』

盗賊「あ、ああ…悪りぃな。お陰で目ぇ覚めた。危ねえとこだった」


魔女「はぁ?」

盗賊「……は? 何でお前がいんだ?娼婦は?」

魔女「えっ、娼婦さん? いや、知らんけど……ていうか大丈夫?」

盗賊「(さっきのは何だったんだ。確かに娼婦がいたはずだ。それにあの記憶……)」

魔女「おい」

盗賊「悪りぃ悪りぃ、ちょっと変なもんを見ちまってな」

魔女「……まあ、あちこちに思念が渦巻いてるし、霊体でも見えたんじゃないの?」

盗賊「……霊体…そうかもな。それより、どうやって来たんだ?」

魔女「先生に助けて貰ったんだ。それで何とかかんとか此処まで来られたんだけど……」


魔女「問題は……」

ゴゴゴッッ…オオォォォォォ…

盗賊「これをどうすっか、だよな……」

魔女「……まだ、行ける?」

盗賊「ああ。よく分かんねえけど、さっきより楽になった。今なら行ける」

盗賊「この渦の流れさえ読めりゃあ、何とか出来るかもしれねえ」

魔女「流れ…それなら……」スッ

ボゥッ…ユラユラ……

盗賊「これは?」

魔女「道標の炎。私が此処に来られたのも、先生の炎が流れを示してくれたからなんだ」


魔女「辿ってきた道は、この炎が記憶してるはず……」

ボゥッ…ボッ…ボッ…ボッ……

魔女「ほら、あれが炎が辿ってきた道。足跡みたいになってるでしょ?」

盗賊「ああ、これなら流れを掴めるな。うっし、やるか」

魔女「どうする気? やっといて何だけど、これ全部は流石に……」

盗賊「大丈夫だ。見た目は派手だし魔力も凄えが、流れが掴めりゃ大したことはねえ」

盗賊「魔核が魔力を放ってやがるんだ。なら、元ある魔核に魔力を詰め込めば何とかなる」スッ

ズズ…ズォォォォォ……

魔女「(凄い。吹き荒れる魔核に魔力を…)」

魔女「(流れが見えているにしても、これはかなり繊細な作業のはず。いつの間にこんな……)」

盗賊「後は引き寄せるだけだな」

魔女「引き寄せるって…あんなに暴れ回ってるのをどうやって……」

盗賊「まあ見てろって、何とかするからよ」

魔女「(何だろ、この感じ…盗賊の何かが変わった気がする。何かあったのかな……)」

盗賊「……絶世の鬼女、鬼妃よ。十二単の山の姫よ。微笑み引き寄せ生き血吸え」


>>>>>>>>

戦士「消えろ」ズッ

勇者「(鈍い、さっきとはまるで違う。これなら簡単に避けられる)」

戦士「何故逃げる。さあ、斬り合え」

勇者「(焦り、怒り。何より、自分から離れていった魔神族への憎悪を感じる)」

勇者「(この機を逃せば次はない。ここで決める。これで終わらせる)」ダッ

ザンッッッ!!

戦士「ぐぬっ…」

勇者「(ッ、浅い。身を捩ったか)」

勇者「(回復は早い、反撃する間を与えるな。可変一刀、二刀型)」ガヂッ


勇者「(絶やすな、緩めるな)」

ザシュッッ!!ザンッ…ドズッッ…ゴシャッ……

戦士「がっ…まだだ…希望は…喰……」ドサッ

勇者「(手応えはあった。刺し貫き叩き斬った。どうだ? まだなのか?)」

戦士「ぬぅぅ…」

勇者「(まだだ、まだ息はある。体勢が整ってない今ならーー)」

戦士「がッ…アアアアアアッ!!」ダンッ

勇者「(焦るな、大丈夫だ。勢いだけで荒い。これなら避けらーー)」ズギンッ

ドズッッッ!!

勇者「ぁぐッッ…」

戦士「ヌフッ…やっとか、やっと毒が効いてきたか。待った甲斐があったな……」ザッ

勇者「(ッ、やめろ…来るな、そんなものは求めてない。俺は違う、俺はーー)」ズギンッ


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勇者「がッっ…アアアアアアアッッッ!!」

戦士「ヌフッ…ヌハッ!ヌハハハッッ!!」

戦士「苦しいか?だが、それは希望であるが故の痛み、お前も覚悟していたはずだ」

戦士「縋るしか出来ぬ弱者共の想いが支配していく感覚はどうだ?塗り潰されていく感覚は?」

勇者「……………」ドサッ

戦士「ヌフッ…聞け!愚か者共!!」

戦士「貴様等は身に降りかかる危機に怯え!己の命さえ他者に預ける愚図だ!!」

戦士「勇者を苦しめているのは貴様等だ!!戦うこともせず!救われることだけを願う!!」

戦士「見よ、この様を!たった一人の人間に全てを託した結果がこれだ!!」

戦士「貴様等の歪み狂った願い想い!それが寄って集って勇者を殺したのだ!!」

戦士「救いを求めるあまり!救いそのものを殺したのだ!!」

戦士「この夜は明けぬ!世界に夜明けは訪れぬ!!さあ、死に滅べ!死に絶えよ!!」

戦士「最早救いなど訪れようもない!!今夜で全てが終わるのだ!!!」

駄目だ寝ますまた明日


終わり間近か


やはり眠気こそが最強か…


>>>>>>

勇者「ただいま~」

聖女「お帰りなさい。どう?今日は釣れた?」

勇者「……ううん、全然駄目だった」

勇者「見向きもしないんだ。場所を変えたり餌を変えたり、色々してるんだけど……」

聖女「きっと、向こうには分かるのね」

勇者「分かるって何が?」

聖女「よ~し、釣ってやるぞ!っていう気持ち」

勇者「魚なのに?」

聖女「そう。勇者は魚を見てるでしょ? 魚は何処にいるのかな~って」


勇者「うん、そうしないと釣れないから」

聖女「きっと、魚達も勇者を見てるのよ。だから、勇者の気持ちが分かるの」

聖女「あっ、あいつは俺達を釣る気だ。気を付けないと食べられちゃう…ってね」

勇者「……僕を、見てる…」

聖女「ふふっ、釣れないなら、いっそ飛び込んでみたらいいんじゃない?」

勇者「えっ?」

聖女「釣れない釣れないって悩みながら水面を見てるだけじゃ埒が明かないでしょ?」

聖女「だから飛び込むの。同じ場所に身を置いて、同じものを感じるのよ」

聖女「そうすれば、きっと違ったものが見えてくる。本当に大切なもの、もっと綺麗なものが」

勇者「……大切なもの」

聖女「さ、そろそろお昼にしましょ。お父さんを呼んできて?庭で薪割りをしてるから」


勇者「あ、うん。分かった」

トコトコ……

勇者「お父さ~ん、そろそろお昼ご飯だよ~」

戦士「ん、もう昼か。昼飯は何だった?」

勇者「山菜のお味噌汁と干物。熊の肉は今日の朝で終わりだったんだって」

戦士「何?あれで最後だったのか? 無いものは仕方ないな、昼から狩りにでも行くか」

勇者「狩り!?僕も一緒に行く!!」

戦士「あのなぁ、狩りは遊びじゃないんだぞ?」

勇者「大丈夫。山に入ったら騒がない、遊ばない、お父さんから離れない」ハイ


戦士「……本当かぁ?」

勇者「本当だよ!嘘吐かないもん!!」

戦士「……そうか、そうだった。勇者は嘘吐きが嫌いだったな……」

戦士「さぁて、あいつも待っているだろう。飯も冷める。そろそろ行くか」

勇者「うんっ!」

トコトコ…

戦士「……なあ、勇者」

勇者「な~に?」

戦士「お前から見て俺は、父は強いか?」

勇者「うん!とっても強いよ!! 僕も、いつかお父さんみたいになりたいんだ!!」

勇者「あんなにでっかい剣はまだ振れないけど……大っきくなったら、あの剣を振ってみせる」


戦士「何だ、振るだけでいいのか?」

勇者「ううん。僕はお父さんに勝って、あの剣を貰うんだ。お父さんより強くなる」ウン

戦士「……俺より強くなるか。そうだな、男ならそうでなくては駄目だ。待っているぞ」

勇者「ねえねえ、お父さんは何で強くなりたいと思ったの?」

戦士「理由か。そうだな、見たいものがあったからだろうな」

勇者「見たいものってなに?」

戦士「この世界に一つしかない場所、一人しか立つことの出来ない場所」

戦士「そこから見えるのは一体どんな景色なのか、俺はそれを知りたかった」


勇者「見えたの?」

戦士「ああ、見えた。今でも見える。俺が追い掛けていた景色は目の前にある」

勇者「ここが、お父さんの見たかった景色?山と川しかないよ?」

戦士「はははっ!そうだな。だが、それだけじゃない。答えは目の前にある」

勇者「何にもないよ?」

戦士「勇者、お前だよ。嫁と息子がいる景色。そして、三人で暮らす家……」

戦士「強さだけでは手にすることが出来ないもの、かけがえのないものだ」

戦士「求めていたものとは違うが、これも俺にしか見ることの出来ない唯一の景色だ」

サァァァァァ…

戦士「……勇者、お前にもあるはずだ。お前だけが立つ場所、お前だけの景色が」


勇者「父さん?」

戦士「息子よ、目を閉じ耳を澄ませ」

戦士「そして見つけろ。お前を求める声ではなく、お前を救う者達の声を……」ザッ

勇者「父さん? 待って!」タッ

戦士「……息子よ、愛しているぞ。生まれた時から今に至るまで…そして、これからも……」

…ザッ…ザッ…ザッ

勇者「お父さん?お父さん!? 待って!置いていかないで!!一人にしないで!!」

戦士「お前は一人ではない。父は、お前の中にある。この景色の中に在る」

勇者「父さん!待って!!もっと話したいことがあるんだ!!もっと一緒にいたいんだ!!!」

戦士「声を聞け、勇者。お前を待つ者達の声を、お前が出逢った者達の声を」


勇者「……だけど、僕にはもう…」

ギュッ…

聖女「ほら、泣かないの」

勇者「っ、母…さん…母さんっ……」

勇者「母さん、ごめんなさいっ……僕の所為だ、僕が母さんを…僕がいなかったら……」

聖女「はぁ…まったく…なに言ってるの。あなたがいなかったら私はいないのよ?」

聖女「あなたが生まれてくれたから、私は母親になれたの。あの人だってそうよ」

聖女「あなたがいなかったら、父親にはなれなかった。だから、そんなこと言わないの。ね?」

勇者「母さん……」

聖女「……勇者、やり遂げなさい。一度決めたのなら、どんなことがあっても諦めては駄目よ」

聖女「どんな結末が待ち受けていようと、いつか必ず、あなたは幸せになれる」


勇者「…でも、僕は……」

聖女「あっ、一つ言い忘れてたわ」

勇者「?」

聖女「勇者、愛してるわ」

聖女「世界中の誰よりも、あなたのことを想ってる。だって、母さんだもの」ニコ

勇者「……僕もだよ。僕も、父さんと母さんを愛してる」

聖女「……さあ、耳を澄まして声を聞きなさい」

聖女「ほんの少し、僅かな間かもしれないけれど、あなたを必ず救ってくれる」

勇者「……うん、分かった」

サァァァァァ……

勇者「……耳を澄まして…声を、聞け……」


『っ、陛下!大丈夫ですか!?』

『……妻も、いつしか私も、あの子を我が子のように思っていたんだよ』

『この夜に二人だ…私は、二人の子を喪った……光を、希望を、未来を……』

勇者「東王様……」

『知ってるかい?あの子はね、野菜嫌いだったんだよ。もう、会えないのかね……』

勇者「給仕長のおばさんだ。もう、随分会ってないや……」

『そんなっ…勇者君まで…こんなこと……』

『王妃様、泣かないで下さい。勇者様は絶対に生きています。そうでなくては…私は……』

勇者「…騎士さんも泣いてる……でも、何処へ行けば……」


『オイ、クソ猫。何処へ行くつもりだ』

『離せ。聞かずとも分かるだろう』

『テメエが行って何になる?』

『黙れッ!!彼のいない世界など私には耐えられない!!離せ!!』

勇者「神聖術師……」

『ドワーフの肩を持つ訳ではないが、お前が行ってもどうにもならん』

『それに、この揺れだ。まともに転移出来るかも怪しいところだ』

『そんなことはどうでもいい!!私は彼の所へ行くんーー』


『ぎゃあぎゃあと…喧しい女じゃわえ」

「妾とて気を抑えておるというのに、まったく、まったく情けない奴よ』

『して、武闘家。土術に秀でた者は集めたのかえ?』

『ええ、準備は出来ております。今すぐに起動しますか?』

『……いや、もう少し待つ。せめて、王と勇者の安否が分かるまでは…』

勇者「地下街の皆だ…無事でよかった……」

『勇者、死ぬな。私はまだ何も返していない。あの時の借りを、何も……』

『陛下、御心配なさらずとも勇者様は必ずやり遂げます。あの時もそうでした』

『不可能と思えたことを、あの方は実現して見せたのです』

『……そうだったな。初めは口先だけの小僧かと思っていたが…国を変え、私を変えた…』

『生きろ、勇者』

『咎人の俺がおめおめと生き延び、お前が死ぬなどあってはならん……』

勇者「北王、目が優しくなってる。監視さんは、あの時と変わらない。相変わらず、頑固そうだ……」


『勇者、立て…立ってくれ…』

『助けに往けぬ囚われの魂。絶望でありながら希望を想うか、弟子よ』

『……あの子は僕の希望であり、戦士と聖女の…戦友の息子です』

『この身、魂が絶望に囚われていようと、それは決して変わらない』

『……案ずるな、勇者は終わらん。あれは俺の弟子だ』

『そう言いながら心配そうな顔してますね。初めて見ました、お師匠様のそんな顔……』

勇者「お師匠様、お兄ちゃん……僕は…何処へ行けば……」


『これが貴様等の望みか!託神教!!』

『……望みなどではありませんよ。これは神の告げ、あるべき運命です』

『ふざけるなッ!!』

『こんな運命があって堪るか!!神だと!?笑わせるな!!』

『この様を見ろ!魔が溢れ大地は裂けた!!地獄以外のなにものでもない!!』

『貴様等が信仰しているのは神などではないッ!!貴様等は悪魔だ!!』

勇者『…託神教…戦ってる? この声は…誰だろう……』

『悪魔なら既に滅ぼしましたよ。名前は確か、精霊さん…でしたか』

勇者「…精霊が? でも、存在を感じる。生きてるはずだ……」


『勇者さんは負けない。負けないんだ……』

『ぅ…ん…お兄ちゃん、それなぁに?』

『っ、起きちゃったのか。寝てなきゃ駄目だろ?』

『ねえ、なんで?』

『なんで、ゆうしゃがたおれてるの? あの人は、なんでわらってるの? お父さんは?お母さんは?』

『いかん、様子がおかしい。儂は魔術師を呼んでくる。お前は傍にいろ、いいな?』

『わ、分かった』

『お兄ちゃん、こわいよ…そとに、かいぶつがいたの、はいいろの、おっきな…かいぶつ……』

ギュッ…

『ッ、大丈夫、大丈夫だ』

『もう怖くない、俺が傍にいる。勇者さんだって頑張ってる。だから、大丈夫だ』

勇者「ッ、出口は何処なんだ。早く、早く行かないと……」


『終わりだ。喰らってやる』

『ぐっ…勇者、大丈夫か?』

勇者「盗賊? くそっ!何処だ!何処へ行けばいい!!」

『魔王…フヌ、あの渦から生還するとは大したものだ。だが、もう終わりだ』

『勇者は潰えた。希望は想いによって塗り潰された。今更庇ったところで何も変わらん』

『黙れ』

『現実を受け入れろ、友は死んだのだ』

『例え起ち上がったとしても、それは最早勇者とは呼べぬ存在だ。守る価値などない』

『うるせえって言ってんだろうが!!!』

『魔女!王女と勇者の母ちゃんを連れて此処から離れろ!!このままじゃ落ちちまう!!』


『で、でもっ…』

『いいから行け!早くしねえと崩れちまう!!二人が落ちたら勇者に何て言うつもりだ!!』

『っ、分かった……盗賊、後はお願い…』

『おう!またな!!』

『う、うんっ!また後で!!』

『……行ったか』

『下らん。何をしようと、お前の力では我に勝てん。これ以上の戦いは無意味だ』

『てめえには無意味だろうが、俺には意味がある。殺させて堪るかよ』

『言ったはずだ、それは最早勇者ではない。さあ、大人しく希望を差し出せ』

『友を友のままで逝かせてやりたいのなら、救世主に殺されたくなければな』


盗賊「救世主だ? ざけんじゃねえ…」

盗賊「こいつが救世主なんぞになるわけがねえんだよ。こいつは、『勇者』だからな」

勇者『!!!』

戦士「そうか、ならば死ね」

戦士「魔を出す間など与えぬ。死人を庇いながらどこまで保つか見物だな」

盗賊「どこまで保つかなんて知るかよ。やるだけやるさ、こいつが目を覚ますまではな……」

戦士「その行動によって救世主が生まれ、再び歴史をなぞる結末を迎えるとしてもか?」

盗賊「……そうは、ならねえさ」

勇者『僕を求める声ではなく、僕を救う声。今まで聞いた声、それが僕を導くのなら……』

精霊『どんな形であれ、あなたがやった結果は想いとして必ず返ってくる』


勇者『……精霊、君を信じるよ』スッ

【不滅の希望】
【最愛の息子】【唯一の景色】

【未来を切り拓く力】【私の王子様】
【夜明けをもたらす者】【愛すべき愚か者】

【不屈の闘志】【負けず嫌い】
【魔王すら救う者】【大好きな人】

【もう一人の我が子】【未来の息子】
【本物の英雄】【やさしいお兄ちゃん】

【偽善を貫き通す善なる者】
【何を奪われようと何かを与えようとする者】

勇者『これが、僕を救う声。僕を、勇者にしてくれる声……』

戦士「フヌ、まあいい……」

戦士「我を、絶望を産みながら希望を宿した裏切り者と共に砕け散れ」ズッ


盗賊「(あ~、こりゃ死んだな……)」

ガギャッッッ!!! パラパラッ…

戦士「何ッ!!」

ゴーレム「…………」ズズズ

戦士「馬鹿な。勇者が消えた今、まして自分の意志で出られるはずがーーー」

勇者「勇者は生きている。散るのは、お前だ」

戦士「!!?」

勇者「遅い。消え去れ絶望、お前は多くを奪いすぎた」

ゴシャッッッ!!!

勇者「これで…終わりだ……」

勇者「僕とお前を結びつけていた因縁因果。その何もかもが、これで終わ…り……」

寝ます明日で終わります


>>>>>>>>

特部隊長「貴様は、貴様だけは……」ダッ

僧侶「(速い。いえ、速…過ぎる!!)」

ギャリィッッッ!!!

特部隊長「全てが神に…運命によって定められているだと? ふざけるな……」

特部隊長「戦とは人の意思で起こり、人と人とが戦うものだ。神が介入する余地などない」

僧侶「貴方が否定しても揺らぎはしませんよ。こうあるべく定められているのですから」スッ

ぼぎャッッ…

特部隊長「がッ…」ガグンッ

魔導鎧「魔術防御壁を貫通。彼女の魔術は精霊に匹敵します。大尉、このままではーー」

特部隊長「大丈夫だ。まだ脚は動く、腕も動かせる。眼も見える。俺は、まだ戦える」

僧侶「(この者は、本当に人間なのでしょうか?)」

僧侶「(あの鎧によって威力軽減されているとはいえ、肉は裂け骨は砕けているはず……)」

 
特部隊長「まだだ。俺の戦は、まだ……」

僧侶「(何か、何かが、ずれている)」

特部隊長「俺は、俺の意志で此処に立っている。俺の意志で貴様と戦っている」

特部隊長「理由も意義も信念も神に預け、神の告げと称して命を奪う貴様等とは違う」

僧侶「(何故、立てる…この者は一体……)」

特部隊長「俺が奪った命、俺が守った命」

特部隊長「全ては俺の意志だ。運命が奪ったわけではない、運命が守ったわけでもない」

特部隊長「俺が照準を合わせ、俺が引き金を引き、俺が彼等の生を終わらせた」


特部隊長「俺は俺の意志で守った」

特部隊長「銃弾、剣、渦巻く憎悪や劣情に晒されながら生き抜こうとする彼女達……」

特部隊長「拘束され、組み敷かれ、踏みにじられ、辱められ、死ぬことすら許されず欲望に食い尽くされた」

特部隊長「俺は、命を奪った。奪ったからには背負わなければならない」

特部隊長「無念、怨恨、憎悪、慟哭。凍て付く戦場の、焼き焦がすような死を……」ザッ

僧侶「…………」ゾクッ

特部隊長「軍属、命令、任務。そんなものがなくとも、俺は戦場に立つ。立たなければならない」

僧侶「(鎧の王。この呼び名、あながち間違っていないのかもしれない)」

僧侶「(あの者、精霊のような魔術師でもない。ただの人間が何故ここまで…まさか……)」

特部隊長「神が戦場に立つことはない。戦場に神はいない。戦場に立つのは人間だけだ」ザッ


僧侶「(……やはり、間違いない)」

僧侶「(この者は踏み出した。人の身でありながら踏み出しつつある。理の外へ……)」

特部隊長「人であることを神に預けるな。貴様等が奪った命は、貴様等の命で償え」

僧侶「(この者は危険だ、いずれ必ず脅威となる。そうなる前に絶たなければーー)」

勇者『消え去れ絶望。お前は多くを奪いすぎた」

ゴシャッッッ!!!

勇者『これで…終わりだ……』

勇者『僕とお前を結びつけた因縁因果。あの夜から続いた何もかもが、これで終わ…り…』

僧侶「(空を覆っていた絶望の眼が消えた。勇者様、成し遂げたのですね。今、お迎えに参ります……)」


特部隊長「何を笑う、託神教」ズッ

ザンッッッ!!

僧侶「ッ、腕が…でも、この程度……」シュゥゥ

特部隊長「……魔術というのは便利だが、扱い次第で薬にも毒にもなり得る」

特部隊長「魔術は知識の道。極めれば命を引き延ばし、死を捻曲げることさえ可能となる」

特部隊長「魔術師とは人を癒すべく生まれた存在。その道から外れた時、その者は魔に堕ちる」

僧侶「何をーー」

特部隊長「精霊が教えてくれた言葉だ」ザッ

僧侶「!!!」ビクッ

『悪魔への怖れは神への裏切り。神の加護を疑っている証。お前は、神を否定した』


僧侶「(ッ、違う。私は怖れてなどいない)」

僧侶「(勇者様は成し遂げた。崩壊も近い。ならば、この者と戦う必要はない)」

僧侶「(これ以上、負傷者を出すわけにもいかない。今優先すべきは、皆の命……)」スッ

ゴゥッッッッ!!!

特部隊長「……くッ、退いたか」

魔導鎧「大尉、我々も此処を離れましょう。このままでは崩壊に巻き込まれてしまいます」

特部隊長「………ああ、そうだな」

特部隊長「だが、東部へ帰還する前に勇者と盗賊の下へ行かなければ……」

特部隊長「託神教がそう簡単に勇者を諦めるとは思えない。必ず動くはずだ」

特部隊長「あの魔術師…僧侶が勇者の下へ向かう可能性は非常に高い」


特部隊長「勇者と盗賊。あの二人の帰還を以て、この任務は終了する」

特部隊長「……問題は地下施設。この揺れだ。幾ら堅牢に作られているとはいえ怪我人は出る」

特部隊長「機体は何機か残してきたが、あれでは足りないだろう」

特部隊長「勇者と盗賊の下へは極少数で向かい、他機は地下施設へと帰還させる」

魔導鎧「了解しました。精霊の遺体はーー」

特部隊長「帰還する機体と共に東部へ移送」

特部隊長「少しばかり窮屈だろうが、この揺れが収まるまでは魔導鎧の中で待ってもらう」

魔導鎧「そんなに窮屈ですか?何なら出ても構いませんよ?」


特部隊長「くっ、ははっ、はははっ!!」

特部隊長「いや、済まなかった。君なしで歩くのは無理なんだ。中にいさせてくれ」

魔導鎧「仕方ないですね。まあ、いいでしょう。放り出すのは止めておきます」

特部隊長「……魔導鎧、ありがとう。さあ、そろそろ行こうか」

魔導鎧「(僅かでも助けになれるのなら、私はそれでいい。しかし『あれ』は一体……)」

『俺は命を奪った。奪ったからには背負わなければならない』

『無念、怨恨、憎悪、慟哭。凍て付く戦場の、焼き焦がすような死を……』

魔導鎧「(あの時に感じた『何か』。あれが大尉が抱えているものならば、あれは……)」


>>>>>>>

勇者「…終わっ…た…」フラッ

盗賊「お、おいっ!」

ガシッ…

勇者「……盗賊、見ててくれた?」

勇者「僕、やったよ? あの日から続いてたことが、やっと終わったんだ。やっと……」

盗賊「ッ、勇者、しっかりしろ。一緒に帰るんだ。どいつもこいつも、お前を待ってる」

勇者「……一緒には行けない」

勇者「もう、僕には時間がないんだ。もうすぐ、僕は勇者じゃなくなる」

勇者「今『こうして』いられるのは、皆の想いが繋ぎ止めてくれてるからなんだよ……」

勇者「でも、それも…もうじき消えてしまう。救いを求める声は凄く大きくて、とっても多いから……」


盗賊「……何でだよ」

勇者「?」

盗賊「何で、お前が背負わなきゃならねえんだよ!!どいつもこいつも縋るだけじゃねえか!!」

盗賊「祈るだけ!願うだけ!!てめえらは何一つ自分でやろうとしねえ!!」

盗賊「世界が滅ぶ時も人任せだ!!何が救世主だ!何が救いだ!ふざけんじゃねえ!!」

盗賊「こいつが、勇者が救われねえなら意味ねえだろうがよ!!」

勇者「……盗賊…もういい。もういいよ…」

盗賊「いいわけねえだろ!お前はまだ始まったばっかりだ!!」

盗賊「こっからだろうが!! なあ、何でだよ…何でこうなっちまうんだ……」

ポタッ…ポタッポタッ……

勇者「……ありがとう、盗賊。僕は、君と出逢えて本当に良かった…」スッ


盗賊「…………」スッ

ガシッ…ギュッ…

盗賊「ああ、俺もだよ。お前と出逢えて本当に良かった」

勇者「……盗賊、お願があるんだ」

盗賊「(……やめろ、やめてくれ。お前がそれを言っちまったら、俺はーー)」

勇者「僕は…僕は僕のままで死にたい。最期まで、勇者でいたいんだ……」

盗賊「ッ!!!」ギュッ

勇者「……父さんの剣を取ってくれないか。あれなら、僕を砕けるはずだ」

勇者「取ってくれるだけでいい、後は僕がやる。さあ、早く…そうしないと手遅れになる」

勇者「僕は救世主なんかになりたくない。君を、大事な人達を傷付けたくない。さあ、剣を……」


盗賊「んなこと出来るかよ……」

盗賊「お前がこうならねえように、こうなることを防ぐ為に来たってのに…俺は……」

勇者「……君は、王だ」

盗賊「!!」

勇者「僕には僕の、君には君の道がある。君には王としてやるべきことがある」

勇者「僕が救世主になれば魔神族を殺すだろう。君は勿論、大人子供関係なく殺し尽くそうとするはずだ」

勇者「この夜の出来事は全ては魔神族の仕業だと、世界はそう思ってる。だから望むんだ……」

勇者「世界から異形種を…魔神族を消し去り、人の世を取り戻して欲しいと……」

勇者「人は真実を知らない。この流れを変えられるのは、君しかいない」

盗賊「俺が?んなこと出来るかよ」

勇者「出来るさ。君は優しい王様になれる。そして世界を、運命を変えるんだ」


盗賊「へっ、そうかよ」

盗賊「でも、お前にそう言われると『そうなる』ような気がしてくるよ。不思議なもんだな……」

サァァァァァ…

勇者「雲間が晴れた。明るいね」

盗賊「ああ、眩しいくれえだ」

勇者「今は何時なんだろう。夜明けはまだなのかな?出来れば朝日を見たかったなぁ……」

盗賊「……本当にいいのか。これが、お前が考え抜いて出した答えなのか」

勇者「うん。やりたいことは沢山あるけど後悔はない。これでいいんだ」

盗賊「そうか…なあ、勇者」

勇者「ん?なに?」

盗賊「また、会えるか」

勇者「会えるさ。いつか必ず、また会える時が来る。その時が来るまで…お別れしよう」


勇者「……じゃあ、またね」ヂャキッ

盗賊「(これでいいのか?本当にこれしか道はねえのか?俺は何も与えられねえのか?)」

盗賊「(何もしないまま、目の前で勇者が死ぬ様を見て終わるのか?俺はーー)」

バシュッ!

盗賊「!!?」

僧侶「勇者様、お迎えに参りました」

僧侶「さあ、剣を置いて下さい。『そんなこと』をする必要はありません」スッ

勇者「盗賊!離れろッ!!」ズッ

僧侶「(ッ、させない!死なせない!!貴方は私の光!魔を滅ぼし人を導く救世主!!)」

僧侶「(例え傷付けることになろうと、共に来てもらわなければならない!!)」カッ

ゴッッッッッ!!!

勇者「ぐッ…」ドサッ

盗賊「がッ…くそっ!見えねえ!! 勇者!勇者ッッ!!」


僧侶「通しませんよ」ザッ

盗賊「てめえは…」

僧侶「魔王、貴方には此処で滅んで貰います。人の世の為に、安息の千年の為に」ヂャキッ

盗賊「ったく、どいつもこいつも…」

盗賊「どいつもこいつも勇者様勇者様か!揃いも揃って救いようのねえ奴等だな!!」ザッ

僧侶「(一撃、一撃で仕留める。如何に魔王であろうと魔は魔。この剣なら……)」ザッ

盗賊「屍の上に屍を築く者よ、亡者を従え歩く者よ、現世と常世の橋渡せ」

ゾゾゾゾゾゾッッッッ!!!

僧侶「なッ!!」

盗賊「『これ』はあんまし好きじゃねえが、てめえに付き合ってる暇はねえ!!」タンッ

僧侶「くっ…」

盗賊「ハッ!馬鹿正直に相手すると思ったのか馬鹿女!!死体と踊ってろ!!」


勇者「(駄目だ、体に力が入らない)」

勇者「(あの人は僕を迎えに来たとか言ってたけど、救世主を欲してるだけだ)」

勇者「(あの人達に見つかる前に何とかしないと。父さんの剣は……ッ、探さなきゃ……)」

…ズリッ…ズリッ…ズリッ……

勇者「…ハァッ…ハァッ…何処だ、何処にある……」

勇者「(あの剣さえあれば、こんな争いは終わりに出来る。僕は、僕のままーー)」ズギッ

聖女『ほんの少し、僅かな間かもしれないけれど、あなたを必ず救ってくれる』

勇者「(もう駄目なのか。嫌だ、そんな終わりは絶対に嫌だ。僕は、勇者なんだ……?)」

『勇者様だ!見つけたぞ!こっちだ!!』

『凄まじい…何と傷ましい。おい、直ちに治癒班を寄越せ!大至急だ!!』

『勇者様!しっかりして下さい!!我々が来たからにはもう安心です!!』

勇者「(この人達が見てるのは僕じゃない、君達が求めてるのは…ッ!?)」

勇者「(ぐッ!想いが流れ込んでくる…頭が割れそうだ…苦しい…痛い…僕は…僕はーーー)」


盗賊「(何処だ!何処にいる!?)」

盗賊「(畜生、土煙が酷え。あの女の魔術の所為でまるで見え……あっ、忘れてた)」

盗賊「(見透かせ鷹の眼、世界を見渡すその眼で全てを見せてくれ。友を、見せてくれ)」

盗賊「(……勇者は、向こうか)」

盗賊「(既に四、五人が囲んでやがる。なる程な、あの女が派手にぶっ放したのはこの為か)」

盗賊「(俺の視界奪って、その間に土煙に紛れた仲間が連れ去るってわけだ。ざけやがって……)」

盗賊「(どんな手を使おうが、是が非でも勇者を連れ去るつもりか。させるかよ!!)」ダッ

『ッ、魔王!!』

『止めろ!この者は決して勇者様に近付けるな!!』

盗賊「そこら中からわらわら湧き出やがって!虫かテメエらは!邪魔なんだよッッ!!」ゴッ


『法術隊!防壁展開完了!!』

『良しッ!騎兵隊!槍兵隊!何としてでも奴を止めるぞ!!時を稼ぐのだ!!』

盗賊「ぐッ…退けッッ!!邪魔すんじゃねえ!!!てめえらに構ってる暇はーー」

『騎兵隊、槍兵隊、突撃せよ』

ドズッッ!ズドドドドッッッ!!

盗賊「がッは…畜生ッ!畜生ッッ!!!」

盗賊「(何だよ、もう少しだってのに届かねえのかよ。これで終わっちまうのかよ)」

盗賊「(俺が迷ったからか? 何も出来ねえクセに引き止めようとしちまったから……?)」

ズンッ! ガシュッ…ガシュッ…ガシュッ…

『何だ!魔王の援軍か!!』

『いや、これは…この魔力は…まさか追って来たというのか!?』


盗賊「(今の音…どっかで……!!)」

特部隊長「いつまで膝を突いてるつもりだ。西部の勇者はその程度か?」スッ

盗賊「へっ、うるせえ。元素槍で刺されまくったんだぜ?膝突くぐらい許せよ」スッ

ガシッ…グイッ!

特部隊長「まだ行けるな」

盗賊「ああ、何とかな。つーか遅えんだよ。危うく死ぬとこだったじゃねえか」

特部隊長「そう言うな、これでも急いできたんだ。道は俺が開く。さあ、行くぞ」

盗賊「ありがとな。本当に、助かった……」

特部隊長「……見ない間に随分と変わったな」

特部隊長「それより、その辛気臭い顔は何だ。まるでらしくない。あの時のお前とは大違いだ」


盗賊「あ?」

特部隊長「笑え、盗賊。『あの時』のように不敵に笑ってみせろ。その方が、お前に似合ってる」

盗賊「(笑え、か。ったく、キツいこと言ってくれるぜ)」

特部隊長「お前には訊きたいこと話したいことが山ほどあるんだ。勿論、勇者にも……」

特部隊長「何としても勇者を連れ帰る。この地獄を切り抜けて、在るべき場所へ」

盗賊「……ああ、そうだな」

特部隊長「さあ、行くぞ!!!」

『来るぞ!いいか、奴を人と思うな!!』

『あれは魔神族!鎧の王!!奴を含め、一機残らず破壊しろ!!勇者様に近付けるな!!』

盗賊「(勇者、今行くからな。もう少しだ。もう少しでお前に届く。だから、待ってろ)」


盗賊「…ハァ…ハァッ…此処だ、この辺りに」

『勇者様、行きましょう。貴方の在るべき場所は此処ではありませぎッッッ…』

『勇者様!勇者様!?気を確かッッ…」

「な、何故だ。何故こんなことが、これでは告げと違ギァッッ!!!』

ゴシャッッ…ザシュッッ…ゴギャッッ…ザンッッ…

盗賊「(何だ、この気配は…何が……)」

…ザッ…ザッ…ザッ……

勇者「…………」フラッ

盗賊「勇者!無事か!?そっちで何があった!!」ダッ


勇者「救世、此処に成る」

盗賊「ッ!!!」バッ

ザヒュッッッ!!

盗賊「……勇者、お前ーー」

勇者「救世の主ガ人導きし者ならば僕は勇者、そう在るべきはそう在るべく主の存在を否定する」

盗賊「……はっ、ははっ、何だよそりゃ…」

盗賊「そうならねえ為に必死こいて足掻いて藻掻いて!悩んで考え抜いて抗って!!」

盗賊「それでも結局こうなっちまうのか!これも運命だってのかよッッ!!」

勇者「全ては囚われ運命宿命の流れの中、水底から抜け出ることは叶わないって分かったんだ」ザッ

盗賊「……やめろ、やめてくれ」

勇者「救い求める者ノ罪を罰、世の穢れヲ悉く消し去り世を救う汝ノ訪れを僕ハ求めない」


盗賊「勇者!目ぇ覚ませッ!!」

勇者「うつしよの穢れの主は混沌の海より出で、神を沈めし者が顕現せし時それは満ちる」ズォッ

ザシュッッッ!! ドズッッ!ヒュォッッ!

盗賊「がッッ…」ザザッ

こつんっ…

盗賊「これは…この剣は……!!」

剣士『多くの死と悲しみを乗り越えた先。その遥か彼方に真の自由はある』

剣士『『其処へ』辿り着くには長い長い時間が掛かるだろう。君自身も深い傷を負うだろう』

剣士『知らない方が良かったと、目を塞がれたまま生きていた方が良かったと思うかもしれない』

剣士『それでも君が本当の意味で勇者を助けたいと願うなら、それを覚悟しなければならない』


盗賊「そうかよ、そういうことかよ」

盗賊「魔王、決して救われぬ咎人ってのは、きっと『こういうこと』を言ってんだろうな……」ガシッ

勇者「救世を望む罪人は魔に非ず人の原罪は極まり澱むのみと知り、僕は友に救い求め手を汚させるのか」

盗賊「………勇者」

勇者「彼の者は堕ち盗賊は友達だ生者亡者を引き連れ列を成す終末の僕を殺してくれ」

盗賊「なあ勇者、答えてくれよ。これも、運命だってのか……」

勇者「救世終わらせてくれ僕のままで」ダッ

盗賊「(ははっ…駄目だ、動けねえや)」

盗賊「(俺ってこんな奴だっけ。散々奪っといて散々殺して、最期はこのザマか)」

盗賊「(まあ、友達に殺されるんだったらいいか。俺は、幸せ者なのかもしれねえな……)」


魔女『おい、どこから盗んだ』

盗賊『あ~、西部の高いとこだよ。俺が行った時はタダだったんだ』

魔女『ただの窃盗だろうが……あんたさ、前科何犯なわけ』

盗賊『は?前科なんてねえよ。だって捕まってねえし』

魔女『……犯罪者だって自覚はしてんじゃん』

勇者『はははっ! 二人共、面白いなぁ』

魔女『あんたさぁ、こんな犯罪者と友達でいいわけ? 勇者でしょ?』

勇者『うーん。真面目な話し、盗賊は僕が出来ないことしてるから』

勇者『僕が極悪人を殺したら、きっと凄い騒ぎになるだろ?勇者が人を殺した…って』

魔女『まあ、そうなるだろうね』

勇者『だから、何て言うか……盗賊は、悪人の世界の勇者みたいな感じじゃないのかな』

勇者『……こんな時に思ってもないことを口にするな。彼等を助けたいから来たんだろ?』

勇者『君はそんなことをするような男じゃない。君は無慈悲な殺人鬼なんかじゃない』

盗賊『救いか、んなもんあんのかな?」

勇者『ある。誰にだってあるはずだ。それが小さくても大きくても、救いはあるよ』


勇者「頼む生きてくれ盗賊」ズッ

盗賊「ッ!おァアアアアアアッッッッ!!」ヂャキッ

ズシャッッッッッ!!!

盗賊「…ハッ…ハァッ…ハァッ……うぐッ…」ガクンッ

勇者「…がッ…はッ…ぅあッ……」ドサッ

盗賊「勇者ッッ!!」ガシッ

勇者「…ごめ…ん…こんなこと…させて……」

盗賊「……いいんだ、謝るなことねえよ」

盗賊「この手はとうの昔に汚れちまってる。何てことねえ…何てことはねえのさ……」

勇者「…こうなることだけは避けたかった…君に…そんな顔させたくなかったのに……」

盗賊「勇者、俺はーー」

勇者「これ…を…預かって…欲しい…君になら…預けられる……」スッ


盗賊「これは……」チャリ

勇者「また…会えたら…その時に…その時まで、君が守っていて欲しい……」

盗賊「……ああ、約束する。その時まで俺が守る。これは俺が預かっとく」

勇者「…あり…がとう……また……」

盗賊「……勇者?」

勇者「………………」

盗賊「……起きろよ…頼む、目を開けてくれ…もう終わったんだ…ほら、帰ろうぜ?」

勇者「………………」

盗賊「あッ…ああ…うォアアアアアアアッッ!!! 畜生ッ!ふざけんなッッ!!」

盗賊「何でだ!何で俺なんだッ!! 何で俺が生き残っちまうんだ!!!」

盗賊「何で俺が生きて!勇者が死ななきゃならねえんだ!!!」

ゴゴッッ…ゴゴゴゴゴ…

勇者「………………」

盗賊「世界救った友達殺して生き延びて、みっともなく喚いて叫んで…俺は、何なんだ…なあ、勇者……」


>>>>>>>

王女「…………」

魔女「……先生、王女様に起きる気配が…本当に大丈夫なんでしょうか?」

魔導師「……うむ、確かに妙だな」

魔導師「生命の火を灯すことには成功した。そろそろ目覚めてもよい頃だろう」

魔導師「これは憶測でしかないが、王女自身が目覚めを拒んでいるのかもしれん」

王女『共に戦い、互いを支え合う……それは、わたくしには出来ないことですから』

魔女「……無力、戦うことの出来ない自分、勇者の枷になっている自分が許せない」

魔女「多分、そんな風に思っていたんだと思います。きっと、最期の時まで自分を責めて……」

魔導師「ふむ、なる程。となると、やはり王女自身が目覚めを望む以外にないだろう」

魔導師「生きるも死ぬも本人の意志次第だ。勇者が来れば手っ取り早いのだが……」


魔導師「(何だ、この感覚は……?)」

サァァァァァ…フワッ…

勇者『……………』

魔女「勇…者…? えっ…でも、何か変な感じが…ううん、この勇者には『何も』感じない」

魔導師「(これは、念体。であれば本体、勇者は意識を失っている。或いは……)」

勇者『…………』スッ

王女「…ぁっ…ぅ……」

勇者『大丈夫。もう、君を縛るものはない』

勇者『僕の枷になってるという強い想い。それが君の目覚めを邪魔する枷になってる』

勇者『本当は逆なんだ。僕が、勇者そのものが、君の目覚めを妨げている枷なんだ』

勇者『……もう責めなくていい。君が君の目覚めを拒む『理由』は、もう居ないんだ』


勇者『さあ、起きるんだ……』

勇者『なに者にも縛られず、君は君の人生を生きるんだ。新しい、人生を……』

王女「んっ…」

勇者『君には辛い思いをさせてしまった。最期に顔を見られてよかった。さようなら、王女様……』

魔女「勇者?」

勇者『……魔女、君の想いも伝わったよ。本当に嬉しかった。でもーー』

魔女「ううん、言わなくていい。分かってる、分かってるから……」

勇者『……炎、似合ってる』

魔女「へへっ、ありがと…」

勇者『母さんと王女様のこと、本当にありがとう。じゃあ…またね……』


魔女「うん…また後で……」

魔導師「…………」

勇者『……魔導師さん、後のことはお願いします』

魔導師「ああ、任せておけ』

魔導師「但し、あまり待たせるなよ? 女を待たせると碌なことにならんからな」

勇者『はい。出来るだけ早く帰れるように努力します。それじゃあ…また……』フワッ

サァァァァァ…

魔女「行っちゃった。勇者、あんなことまで出来たんだ……」

魔導師「(っ、全く、見かけによらず勝手な男だ。どう説明しろと言うのだ)」

魔女「あっ、王女様がーー」

魔導師「(王女は目覚める)」

魔導師(しかし勇者よ、『そのやり方』はあまりにも酷なのではないか?)」

魔導師「(生きて欲しいと願う想いは分かるが、残された者はどうなる)」

魔導師「(そうならぬ為にしたことなのだろうが、この娘がそう簡単に受け入れるとは思えん)」


>>>>>>

盗賊「ッ、此処は……」

特部隊長「起きたか。飛行中だ、暴れるなよ」

盗賊「……どの辺だ?」

特部隊長「さあな。見ての通り、世界は大きく様変わりしてしまった……」

盗賊「……勇者は?俺達はどうなっちまったんだ?」

特部隊長「……我々が駆け付けた時には既に勇者の姿はなく、お前一人だった」

特部隊長「お前は迫り上がった岸壁の端で倒れていた。気を失ったのは失血の所為だろう」

盗賊「……奴等は?」

特部隊長「今頃は海の底だ」

特部隊長「あの後、地盤が酷く陥没したんだ。託神教の大半の兵士は波に呑み込まれた」


盗賊「……託神教」

特部隊長「……盗賊、済まない」

盗賊「あ?何だよ急に」

特部隊長「勇者のことも捜索したんだが、見付けることは叶わなかった……」

盗賊「っ、仕方ねえさ……そうだ、勇者の父ちゃんは?」

特部隊長「他機が運んでいる」

特部隊長「何というか、正に憑き物が落ちたような安かな顔だったよ」

盗賊「そうか、そりゃ良かった……!!」ズキッ


僧侶『此方に渡して貰いましょうか』

僧侶『勇者様は、貴方のような穢れが触れてよい存在ではありません』


盗賊『断る。誰が渡すかよ、クソ女」

盗賊『そんなに救世主様が欲しいってんなら、俺を殺して奪って行け。容赦はしねえ』

僧侶『そうですか。ならば仕方がありませんね。そうしましょう』スッ

ズズッッ…ゴゴゴッッ!!!

盗賊『足場が裂け…てめえ、仲間ごと巻き込むつもりか!!』

僧侶『……いいえ。これは皆からの願いなのです。失敗は、絶対に許されない』スッ

ズズンッッッ!!

勇者『……………』ズリッッ

ヒョゥゥゥ…

盗賊『ッ、勇者!!』

僧侶『先程の言葉をそっくり返します。貴方の相手をしている暇はありません。では…』フワッ

ガシッ…ギュッ……

勇者『………………』

僧侶『勇者様、後れ馳せながらお迎えにあがりました。酷い怪我……今、治します』スッ


勇者『……………』シュゥゥゥ

僧侶『危険な真似をして申し訳ありませんでした。貴方を救う為とはいえ、崖から落とすなど……』

僧侶『ですが、勇者様を救う為には必要なことだったのです。どうか、どうかお許しを』ギュッ

盗賊『ッ、てめえッッ!勇者を返しやがれ!!』

僧侶『この方は貴方のものではありませんよ。まして、私や託神教のものでもありません』

勇者『……………』

僧侶『強いて言うならば、そうですね……』

僧侶『我々が、すべてが、この方のものなのです。この方は主、導く者なのですから』スッ

ゴゥッッッッ!!

盗賊『ッ、待て!待ちやがれ!!!勇者ッ!!』


特部隊長「どうした、顔色が悪いぞ?」

盗賊「……悪りぃ、俺は一緒には行けねえ」バサッ

特部隊長「お、おい、急にどうしたんだ? 何かあったのなら話してくれ。仲間だろう?」

盗賊「仲間……」

勇者『頼む生きてくれ盗賊』

盗賊『ッ!おァアアアアアアッッッッ!!』

勇者『ごめ…ん…こんなこと…させて……』

勇者『こうなることだけは避けたかった…君に…そんな顔させたくなかったのに……』

盗賊「ッ!!」ギュッ

特部隊長「盗賊?」

盗賊「俺はもう仲間なんかじゃねえ。俺は勇者を殺した。この手で、友達を殺したんだ」


特部隊長「なっ!!?」

盗賊「勇者の父ちゃんのこと、よろしく頼むわ。母ちゃんは魔女と一緒にいるからさ。頼んだぜ」

特部隊長「待て盗賊!! 一体何があったんだ!訳を話せ!! お前は何をーー」

盗賊「じゃあな、隊長さん。助けてくれてありがとよ……」

バサッ…ヒュォォォォ……

特部隊長「ッ、何がどうなっている。あいつが、盗賊が勇者を殺しただと?」

盗賊『ガキ共の中に銃持ってる奴がいてさ、あいつは俺を庇って撃たれたんだ』

盗賊『しかも『早く逃げて』なんて言いやがった。俺はもう訳が分からなくて、その場で泣いた』

盗賊『誰かと連むことは何度かあったが、裏切られたことはあっても救われたことは一度もない』

盗賊『俺を初めて救ってくれたのが、あいつなんだよ……』

特部隊長「いや、有り得ない。そんな馬鹿なことがあるはずがない。盗賊、お前に何があったんだ………」


>>>>>>>

王女「魔女さん、ありがとうございました」

魔女「……ううん、これくらいしか出来ないから。もう大丈夫?」

王女「ええ。ですが、わたくしが眠っている間に世界が裂けなんて…俄には信じられません」

王女「大地震に見舞われたというのに、何故わたくしは目を覚まさなかったのでしょう……」

魔女「(やっぱりだ。勇者に関わる記憶が消えてる。都合良く、改竄されている)」

魔女「(王女様を目覚めさせる為、勇者は自分に関する記憶を消した……)」

魔女「(どうやったのかは分からないけど、勇者が王女様の記憶を消したのは確かだ)」

魔導師「……………」

魔女「(先生もさっきから黙ったままだし。何があったんだろ?)」


王女「あの、魔女さん」

魔女「……へっ? どうしたの?」

王女「これは何です?これも魔女さんが?」

魔女「それは……」

王女「?」

魔女「(それは、勇者が王女様の為に編んだ組み紐。勇者、何で?何でこんなことをしたの?)」

魔導師「……魔女、話がある」

魔女「?」

魔導師「(娘の愛する男の死を伝える。それが、この夜最後の仕事か。気が滅入るな……)」

魔導師「(勇者よ、お前は確かに世界を救った。だが、お前を待つ者はどうなる?)」

魔導師「(これではあまりに救われない。残るのは悲しみと悔恨だけだ)」

魔導師「(責めはしない。しかし、お前自身が救われなければ皆も救われないのだ……)」

ーーーー
ーーー
ーー


魔導師「魔女」

魔女「あ、先生。王女様は……」

魔導師「王女は東部へ送り届けた。疑問はあるようだったが、一先ずは心配ないだろう」

魔導師「それから、主だった地下施設も無事のようだ。北部の仲間もお前を待っているぞ?」

魔女「……………」

魔導師「……魔女」

魔女「……私なら大丈夫です。もう少し、盗賊が来るのを待ちます」

魔女「あいつなら、何がどうなったのか、勇者がどうなったのか知っているはずですから」

魔導師「……そうか」

ーーーー
ーーー
ーー



魔女「もう、こんな時間だ……」パカッ


魔女「グスッ…盗賊の奴、遅いなぁ…まったく、何やってんだろ……」


魔女「……あんたまで帰って来なかったら、この先どうすればいいのか分かんないよ……」


 
 
 
 
 
 
勇者「救いたければ手を汚せ」






絶望と希望編 完


乙?

読んでくれた方、レスしてくれた方、本当にありがとうございます。
約一年に渡り、本当にありがとうございました。これで終わります。

>>633 乙!
週末はもう一度最初から読み直すかな

これはこれで完結ですが、続きは既に考えてて書く予定です。
出来ることなら全部書きたいですが凄まじく長くなりそうなので困ったもんです
前スレは小ネタ書いて埋めて、このスレにも小ネタ書いて終わりにします

これはこれで完結です。続きは既に考えてて書く予定です。

出来ることなら全部書きたいですが凄まじく長くなりそうです
前スレは小ネタ書いて埋めて、このスレにも小ネタ書いて終わりにします

一晩の出来事がこんなに長くなるとは思ってませんでした。
指摘質問矛盾があったら宜しくお願いします。寝ます。

一年間お疲れ
俺も勇者ss書いてるけどいつもコンスタントに上がってくるこのスレは途中からチラチラ覗いてた
最初から読んでみるわ
こんだけ長いssを完結させたこと自体が称賛に値するよ
本当に乙


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僧侶「僧侶、只今帰還致しました」

『よく戻りました。勇者様は御無事なのですか?』

僧侶「……現在は、現世から離れております」

僧侶「おそらく、度重なる戦と絶望の牙によるものが原因ではないかと……」

僧侶「これは私の至らなさ故、如何なる処罰をも受け入れる覚悟は出来ています」

『物質界からの解放。それもまた、告げです』

僧侶「ですがーー」

『僧侶よ、お前は傷付きを怖れず、魔の者共と戦い抜いた。それが『今』に繋がったのです』

『数多の困難を乗り越え、よく帰りました。勇者様は我々と共に在る。胸を張りなさい』


僧侶「あ、ありがとうございますっ…」

『僧侶よ、帰還したばかりで疲労は抜けないでしょうが、まだ終わりではありません』

僧侶「はい、承知しております。私は何すれば宜しいのですか?」

『急ぎ、教徒を聖堂へ』

『夜が明ける前に再臨の儀を行わねばなりません。皆で祈り、皆で迎えるのです』

『静寂、至善なる者、朝日を背に光輪の輝きに満ち、我等に来たりて我等の中に在り……』

『この告げは皆も存じているところでしょうが、再臨の儀は厳粛に執り行わなければなりません』

僧侶「承知しております」

『宜しい。では僧侶、儀を行う前に洗礼の間で勇者様の御身に触れた穢れを拭き取りなさい』

『穢れを取り除いた後は聖布で覆うのです。身も衣も無垢であらねばなりません』


僧侶「そ、そのような大任を私に?」

『何か問題が?』

僧侶「その、私のような者でよろしいのですか?他に相応しき者がいるのではないでしょうか……」

『貴方の他に誰がいると言うのです』

『僧侶よ、お前は共に立つ者。お前こそが相応しき者。卑下せず、自覚と自信を持ちなさい』

僧侶「……自覚と、自信…」

『魔を行使する戦士であり、告げに従う敬虔な信者。矛盾や後ろ暗さを感じ、己を責める心……』

僧侶「っ!!」ギュッ

『お前の気持ちはよく分かります。ですが、なればこそ、誇りを持つべきなのです』

『神を愛し、告げに従い、自らの務めを果たし、そうあるべく全うしなさい』

僧侶「は、はいっ!では、行って参ります!」ザッ


>>>>>>>

洗礼の間

勇者「……………」

僧侶「(綺麗な顔…まだ少年のような、あどけなさがある。肌も白くて、まるで……)」スッ

僧侶「(っ…私は一体何を……)」

僧侶「(これは穢れを祓う清めの儀。見惚れている場合じゃない!しっかりしないと!)」

勇者「…………」

僧侶「(ま、まずは服を脱がさないとですね。勇者様、失礼します)」

スルッ…ファサッ……

勇者「…………」

僧侶「(っ、凄まじい。腕や胸、腹部、至る所に傷痕がある。切り傷、刺し傷、元素火傷)」

僧侶「(貴方はこんなにも傷付きながら、他者の為に絶えず戦い続けていたのですね……)」

僧侶「(一瞬とは言え、あのような邪な感情に流された自分が恥ずかしい)」


僧侶「(お身体、お拭きしますね……)」

ギュッ…フキフキ……

僧侶「(次は背中を拭かないと…んっ! 案外、重いです)」

僧侶「(土術の手で支えれば楽なのでしょうが、清めで魔を扱うなど言語道断……)」

僧侶「(何とかして起こさないと。そうだ、首に手を回して一気に…んっ、ん~っ!)」

僧侶「ハァッ…ハァッ…結構、大変ですね…」

フキフキ…

僧侶「(服の上からではほっそりして見えたけれど、鍛練によって引き締まった身体をしている)」

僧侶「(広い背中、厚い胸板、逞しい腕、しなやかな指、鍛え抜かれた脚。重いわけです……)」

僧侶「(男性の裸…すべてを見るのは初めてだ。けれど、羞恥や嫌悪は一切感じない)」

僧侶「(先ほどのような邪な感情も湧かない。こうしているだけで、不思議と満たされる)」

僧侶「(この方に尽くせるのなら、この方の傍らに立てたなら、どれだけ幸せだろうか……)」

ギュッ…フキフキ…

僧侶「(指先、足先、爪…これで、全て綺麗に出来ましたね。後は聖布を被せて……)」ファサッ

勇者「…………」

僧侶「……勇者様、お疲れ様でした。さあ、参りましょう」


>>>>>>>

静寂と灯りがあった。

聖堂からは元素を含めた魔術に関連付けらる一切が廃されており、光源は揺らめく蝋燭の炎のみ。

集った数百人の信者は一様に跪き、瞑目し、栄光と導き、その顕れを祈っている。

教皇、枢機卿、司教といった者も例外ではない。

祈りの先にある者は蓮華を象った台座にあり、その身に彼等彼女等の祈りを一身に受けている。

断続的な地響きと吹き荒れる風が硝子窓を鳴らしたが、怖れを感じる者はなかった。

ただひたすらに静寂を貫き、ただひたすらに顕れを待ち、ただひたすらに願った。

長時間に渡り膝を突いていた為に膝から血を滲ませる者もいたが、意に介した様子はない。

教皇は予め信者の体調を考慮し、祈りは強制ではないとしていたが、聖堂から去る者はなかった。

一つたりとも願いの灯火は欠けることはなく、静寂の時だけが流れるのみである。

燭台の蝋燭が四度入れ替えられた頃には、地響きは収まり、荒ぶる吹雪も止んでいた。


月は過ぎ去り、夜明けが近付いていた。

時期は真冬、本来であれば朝日など拝めるはずもない。だが、告げを信じる彼等彼女等には確信があった。

より厳密に言うならば、見えていた。瞑目しながらにして見えていた。

幾百幾千幾万、それ以上の願いが光の粒となり彼を包み込む様が見えたのである。

それは輝きの繭のようであり、揺り篭のようでもあり、母胎のようでもあった。

光の内側も光に溢れ、その姿は母の海で眠る赤子のようにも見えた。

ゆららかな黒髪は輝く銀髪へと変わり、数多の戦によって刻まれた傷痕は跡形もなく消えた。

願いのままに、想いのままに、彼は成る。

皆が母であり、皆が父であった。

望まれし者、望まれるままにある者は、母胎、形無き願いによって新たな肉体を得たのである。

いつしか願いは愛へ変わり、愛は存在へ変わり、存在は奇跡となった。


そして遂に、彼は再臨した。

空を覆っていた暗雲を切り裂き、大いなる朝日が降り注ぐ、彼は目映い光を放ち、其処に在った。

光の海、母から生まれ出たばかりの身体には羊水があり、油を塗られているようにも見えた。

超然としながらも愛に満ちた表情であり、光を背に光を放っている。

誰もが息を呑み、誰もが涙した。

その姿は、すべてが望み、すべてが想い描いた救世の主そのもの。

暫しの静寂。

彼は眩い朝日を背に、皆に微笑みかけるようにしてゆっくりと言葉を紡いだ。

「見よ。日は昇り、夜は明けた」

「見よ、僕は確かに此処に在る」

「偽りなき者として、導く者として此処に在る。さあ、共に行こう。人の世、安息の千年を」


 
 
 
 
勇者「救いたければ手を汚せ」








救世主再臨編

 

本編はここまで後は小ネタ書きます


【夢を】

想いは永久に消えず。

恋い焦がれながら愛を伝えることは叶わない。

彼が誰と結ばれようと諦めることは出来ず、この時計の針が何周しようと忘れることはない。

彼以外と家庭は作れない、彼と家庭を築くことは出来ない。

私は永遠に彼のことを想い続け、その想い遂げられることなく生を終える運命にある。

どんな人間にも、許されていることがある。

抱きしめる腕を失い、共に歩く脚を失い、姿映し出す瞳を失い、愛する人の声を捉える耳を失おうとも……

人は諦めること、忘れることを許されている。

私はそれを失った。自ら手放した。

夢は夢を忘れさせないように、諦められないように、一定の周期で私に幸せを見せる。


夢を夢だと気付くことはない。

そこにあるのは、愛する人とのしあわせな家庭。あれほど夢見た、しあわせな家族だ。

傍には彼と、彼と私の子供が寝息を立てて眠っている。

私は少しだけ二人の寝顔を眺めて、今日の幸せな朝を実感するんだ。

何も特別なことはない、ごくごく普通の朝。

だけど、私にとっては最高の朝。

今日の朝が来た幸せを噛み締めて、それから二人を起こして朝ごはんを作る。

瞼を擦る二人の姿が微笑ましくて愛おしい。こんな朝を毎日迎えられることが嬉しくて堪らない。

子供を着替えさせている彼を見ながら配膳を済ませて、三人で「いただきます」を言う。


毎日ご飯を作るのも楽しみの一つ。

食べ終えた後は食器を洗い、それから休む間もなくお弁当作り。彼も息子も手伝ってくれる。

息子が手伝ってくれたお陰で、お弁当が出来上がるのが少しばかり遅れてしまった。

けれど、それさえも楽しくて、それさえも嬉しくて仕方がない。

うん、今日もいい日だ。

洗濯物を干しながら空を見上げる。どうやら太陽の機嫌は良さそうだ。

きっと、今日も最良の日になるだろう。

目的地はなく、三人で行きたい場所へ行く。

右に彼、左に私、その真ん中で我が家の中心が、愛しい我が子が笑ってる。

今日の天気が雨だろうと晴れだろうと、二人がいれば毎日が最良になるのだと、私は思う。


……夢は、そこで終わる。

最高の夢が、悪夢に変わる瞬間だ。

右手にはあの子の小さな手の感触、確かな温もりが残っている。

この夢を見るたびに涙が溢れる。

何度目だとか関係なく、家族を失う悲しみには到底耐えられそうにない。

失うも何も、これは夢。本当に何かを失ったわけじゃない。

それは分かっている。初めから家庭なんてないことも分かっている。

けれど、胸が張り裂けるような喪失感が容赦なく襲い掛かってくる。

その痛みが落ち着いた後で、私はいつもこう思ってしまう。

もしかしたら、あの夢こそが本来辿るべき未来だったのではないかって……

まあ、埒の明かない妄想想像だけどさ……

一つだけ確かなことは、私が望むものは夢の中でしか手に入らないということ。

現実では決して手に入れることの出来ないもの。

あの日に夢見た、私のしあわせ。


現実に彼はいない。

此処に息子ははいない。

もう一度眠れば、あの夢の続きが見られるだろたうか。

もう一度眠れば、この痛みから解放されるのだろうか。

それが無理だってことは分かってる。だって、私がそうさせないようにしたんだから。

差し出した代価は、私のしあわせ。

幸せは幸せを忘れさせない為に、私に夢を見せる。夢を諦めさせないように夢を見せる。

失った痛みを忘れさせないように、私に幸せな夢を見せているのだろう。

瞼を閉じれば二人の笑顔が浮かび、耳を澄ませば二人の笑い声が聞こえてくるような気がした。

幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ辛い幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ。


こんな感じで、『つらい』って奴はいきなり来るから怖いんだ……

救世主編に続く感じで一旦終わります。
前スレは埋めるの面倒なので依頼出します。こっちはどうするか分かりません。
レスありがとうございました。


【現実の人】

『ふぅ、この辺りも随分と良くなったなぁ』

『諦めずやってきた甲斐があった。まだ実を結んだとは言えないが、住むには問題ないだろう』

『それもこれも、魔術師の方々があってこそだ。あっちこっち飛び回って大変だろうに……』

『思えば、あの子達には随分と酷いこをとしてしまった。何とも罪なことを…』

『理解しようともせず黒魔術だ何だと騒ぎ立てて、あの夜もそうだ。俺達は、醜いな……』

『それでも我々を見捨てず見放さず、今でも世話になりっぱなしだ。まったく、頭が上がらんよ』

『……ほら、休憩は終わりだ。さっさと終わらせようぜ。オレたちは生きてんだ』

『醜い姿ばっかり見せちまったが、醜かろうが何だろうが生きてる以上は進むしかねえ』

『……そうだな、私達に止まってる暇はない。少しでも、あの日から進もう。少しでも…』

『………ああ、そうだな』


【怖れる者共】

『オークだ!オークが来たぞ!』

『くそっ!家だって直したばかり、畑だって耕したばりなのに!!』

『……此処は捨てよう。こうなれば逃げるしかない。せめて、女子供を先に逃がすんだ』

『だ、駄目だ!囲まれてる!!奴等、森に潜んでやがったんだ!!』

『……終わりだ…もう終わりだ…ひっ、ひぃっ』

ドッッ!ゴシャッッッ!!

『な、なんだ? オーク共が…吹っ飛んだ?』

『あ、あれは誰だ?この村にあんな奴は…』

『誰だろうが関係ない!あの数に一人で挑むなど無謀だ!!早く助けなければーー』

ゴゥッ…グシャッッッ!!

『ば、馬鹿な!鎧ごと砕きやがった!!な、何なんだアイツは……』

『大剣じゃあない。あれは、槍か?』

『……違う。ありゃあ金砕棒だ。あんなもんを振り回す奴は、一人しかいない』


『なら、あいつがーー』

ドッッ!ゴギャッッッ!!!

『悪鬼狩り、砕き人、噂には聞いていたが、まさか、あんな若者だったとはな』

『何でも子供の頃に、目の前で両親をオークに殺されたらしい。確か、妹も殺されたとか……』

『以来、オークを殺し続けてると?』

『完全種なのか?』

『いや、俺達と変わらない人間…らしいが、あれを見ると俄には信じられないな』

『何とも荒々しい男だ。しかし、復讐か…人の身で異形種に挑むなど無謀としか……』

『そうでもない。事実、彼は今も生きている。きっと、本気でオークを滅ぼすつもりなんだ』

『……骨肉を砕き、臓腑撒き散らして血の花を咲かす者。『散華師』とも呼ばれているらしい』

『散華師……』

散華師「これは、この棍棒はお前等の武器だ。俺を殺そうとした武器だ」

散華師「お前等の武器で、お前等を滅ぼす。最後の一匹まで打っ潰してやる」

ドガッッ!グシャッッッ…ボタボタッ…

散華師「怖いか、オーク共」

散華師「お前等にも、あの夜の恐怖を教えてやる。死の恐怖ってやつを思い知って、死ね」

しばらくは短いやつを書くと思います。
続きは新しいすれ立てようかと思ってます。


もう終わりでいいよ

長い割にラストが雑だからモヤモヤしかない

続きはもう少し固まったら書きます
長くなると思いますがよろしくお願いします

続きはもう少し固まったら書こうと思っています
長くなると思いますがよろしくお願いします

おk待ってる

理解できない

地下街だのオークだのが出てきてから目が滑って内容が入ってこなくなった
それまでが引き込まれる文章であっただけに残念

http://i.imgur.com/zqI2Qlo.jpg
先原直樹・ゴンベッサ

都道府県SSの痛いコピペ「で、無視...と。」の作者。

2013年、人気ss「涼宮ハルヒの微笑」の作者を詐称し、
売名を目論むも炎上。そのあまりに身勝手なナルシズムに
パー速、2chにヲチを立てられるにいたる。

以来、ヲチに逆恨みを起こし、2017年現在に至るまでヲチスレを毎日監視。
バレバレの自演に明け暮れ、それが原因で騒動の鎮火を遅らせる。

しかし、自分はヲチスレで自演などしていない、別人の仕業だ、
などと、3年以上にわたって稚拙な芝居でスレに降臨し続けてきたが、
とうとう先日ヲチに顔写真を押さえられ、言い訳ができなくなった。

2011年に女子大生を手錠で監禁する事件を起こし、
警察に逮捕されていたことが判明している。

先原直樹・ゴンベッサ まとめwiki
http://www64.atwiki.jp/ranzers/

読んでくれた方、改善点などあればお願いします

話の流れは好き
場面が移り変わる瞬間がわかりづらかった気がした

>>1です
場面の移り変わりが急なのでしょうか
自分でもそこら辺が難しいと感じているのでちょっと考えてみます
ありがとうございます

長い
必要ない展開が多い
何が書きたいのかわからない

>>1です
必要のない展開とはどの辺りでしょうか? 教えてくれるとありがたいです

というか酉つけなよ忘れたの

古都キシュエナはラヤタハ山脈を越えた先にあるとされる

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