期待

「……んぉ？」

思わず、間抜けな声が出る。
てっきり、なんらかの勧誘やセールス関係だと思い込んでいたからだ。

　彼女は、こちらを眺めただニコニコと笑っている。
後ろ手を組み、太陽が滲んだ白いワンピースを靡かせ、とても親しげな顔をしてみせた。

「あの……覚えてる？　かな？」

小首をかしげ、そのままの姿勢で彼女は言った。
　何がなんだかわからない……という言葉は、まさにこの時のために用意されていたのだろう。
何も言えぬまま、俺はただ狼狽えるようにそこに立ち尽くしていた。
なんだろう、新手の詐欺か。これはあれか、でかめの壺買わされるやつか。
とか、そんなことを考えていると、ふとひとつの可能性が頭をよぎった。

「あー……なるほどね」

そこまで言うと、途端に彼女の顔が明るくなる。気づいてくれましたか！とでも言いたげだ。
ああ、気づきましたとも。そういうことか。なんだよ、結局勧誘じゃねーか。
心の中でそっと悪態をつくと、

「あの、俺の家は無宗教なんで」

とだけ言い残し、俺は勢い良く扉を閉めた。
全く、勘弁してほしい。最近の勧誘は私服でまわるケースもあるから厄介だ。
そうならそうと分かるように、しっかりたすきか何かをぶら下げてくれると助かるのに。

「勧誘です」

ってな。あーあ、なんか気分が削がれてしまった。
一切覚えてないが、さっきの壮大な夢の続きでも見るかと、玄関に背を向けながら歩き出したところ、
まるで地表に降り注ぐあられのような怒涛のチャイムが鳴り響いた。

「なんだよ！　ったくよぉ！」

俺はふいと振り返り、再びその扉に手を掛ける。
現れたのは、少し膨れた彼女の顔だった。

「なんで急に閉めるの！」

いやいやそんなこと言われても。だってなんかヤバい人ですし。
なんなのその連打技術。高橋名人なの？
やめてよ。

「最初から居るのはわかってたんだから！　ほらそこの鉢植え！
　扉の右側にあるし！」

我が家は中々の田舎にある。人も少なく、ほとんどが顔見知りなので、家に鍵を掛けないまま出かけることも多い。
それ故のしきたりというのか、各々の家に見ただけで在宅なのか留守なのかを知らせる暗号のようなものが存在していた。
我が家の場合、それは鉢植えの位置だった。
扉の左にあれば留守。右にあれば在宅。
非常に単純で、分かりやすい。だが、知っていないと分からないことである。
そこで驚くべきは、目の前の膨れ面の彼女が、それを知っているということだ。
つまりそれは、この村の人間であるということ。
だが、俺はこの彼女の顔を、全くと言っていいほど知らなかった。

「……ホントに分からない？」

急に、しおらしくなった彼女がそう言った。
そんな顔をするな。なんだか知らんが、ひどく罪悪感に苛まれる。

「……えーっと。ごめん、正直全くわからない。でもさっきの言葉で、なんとなく知り合いなのかもな、ってことは分かった」

なんとアホらしい発言なのだろうか。
いくら相手が暗号を知っているとはいえ、簡単に受け入れすぎじゃないか。
それこそ勧誘の類であれば、他所の家の住人から上手いこと聞き出したという可能性も十分に考えられる。
あれ？　俺ってもしかして騙されやすいのかな？
どうしよ、気付いたら何個か壺買ってるかも。
……何に使おう。主人公に割らせるくらいしか思い付かねーな。なんかアイテム入れとかないと。

「もうっ！　私だよ！　私！」

そう言いながら、彼女は中途半端に長い髪を後ろに纏めて、持ち上げて見せた。
さながら、ショートカットのよう……。
その瞬間、俺の脳裏に、昔よく遊んでいた一人の幼馴染の顔が浮かび上がったのだった。

擬態

　そいつとは、小学生低学年の頃に出会った。
出会ったと言っても、同じ村なので顔くらいは知っていたのだが、それまで全くと言って良いほど接点が無かったのだ。
きっかけはありがちなもので、クラスが同じになり、席も隣同士だったと、ただそれだけである。
　当時の彼女は男も顔負けの性格で、ランドセルこそ赤かったものの、グラウンドではよくボール片手に男子を泣かせていた。
そんな勝ち気な彼女に、俺はなぜか憧れのようなものを抱いていた。
今も割とそうなのだが、当時内気な性格だった俺にとって、どこか彼女の姿がかっこ良く見えたのだろう。
それ故に、俺は彼女の後ろをぴったりとついて回っていた。
クラスメイトからは

「お前らランドセルの色逆じゃねえの？」

などと散々いじられ、その度に俺は涙を流していたのだが、彼女はそんなからかいをものともせず、あっという間にいじめっ子達を蹴散らしていた。

　そんな彼女が今はどうだ。
髪も伸び、出るとこも出て非常に女らしい見た目になっている。
俺が気付かないのも無理はない。
ってか誰だこいつ。未だに信じられない。
だが、間違いない。まごうことなき、彼女は俺の憧れた、あの幼馴染だった。



「……まじかよ」

咄嗟にでた言葉が、それだった。
そんな俺の反応を見て、ようやく彼女は満足したのか、子どものように悪戯っぽく笑っている。

「びっくりしたでしょ？　急に、帰ってくることになったんだ」

そう言う彼女の言葉が耳に届いてはいたのだが、
同時に俺の頭の中で、忘れかけていた様々な思い出が飛び交い、彼女のことをただぼうっと見つめるだけで、やっとのことだった。

注意書きあるなら教えて下さい。

始まり方凄くすき
おつ

　時は経ち、今は畳の部屋へ逆戻りである。
経っているのに戻っている。何だか不思議な感覚。
俺ってば時間を超越したのかも。
あれ？　これアインシュタインも泣きながら過去に向かって走り出すレベルなんじゃね？
などとくだらないことを考えているのには訳があった。
　俺は畳に正座をしている。目線の先には幼馴染。
うつ伏せで扇風機にあたりながら、足をぱたぱたと揺らしている。
なんというか、色々と困るのだ。彼女の格好は、白のワンピース。
目線のやり場もそうだし、後目線のやり場も困る。
他にも目線のやり場がない。どうしよう。己の人生でも見つめ直してみるか。
と思考を拡げた結果、膝を痛めながらアインシュタインをいじめているのであった。

「この部屋、懐かしいなあ」

そんなことを、当の本人は露知らず。
扇風機の首に沿うように視線を揺らし、くるっと辺りを見回した。
そのまま、こちらを眺める。

「まあ……小学生以来だもんな。何年ぶりだ？　ってかなんでお前くつろいでんの」

当然の疑問に、彼女の表情がわずかに曇った。

「久しぶりだったから……。やっぱり、迷惑だった？」

心配そうな顔。小学生の頃のガキ大将感など陰も見せず、ただただ俺を焦らせる。

「い、いや……ちょうど部活も休みだったし、暇だから良いけど」

そう言うと、彼女はこちらを見つめたまま、コテンと頬を畳に下ろし、嬉しそうに

「よかった」

と言った。
……なんなの。

どうでもいいけど、助走の使い方間違ってると思うのは俺だけなのか。それとも俺がバカなのか。

その辺は各自の頭の中で修正すれば良いと思う

読み辛い

続きはよ

無駄に長くなりそう

掴みはばっちしだろ
おつ

　少しの居心地の悪さを感じながら逃げるように視線を外すと、彼女は軽いかけ声と共によいしょと起き上がった。
おかげで目のやり場に困ることは無くなったのだが、何故だか非常に名残惜しい。

「そういえばさっき、急に帰ってくることになったって言ってたけど」

　少しだけ慌てた心臓を落ち着かせるために、気になっていた問いを投げかける。
聞きたいことはただ一つ。いつまでここにいるのか、ということだ。

「そうなの。本当に急に決まって、慌てて引っ越しの準備したんだから」

「えっ？」

驚く俺に、彼女はきょとんと首を傾げる。
引っ越しってどういうこと？

「いや、だから……その。
　……戻ってきました。この村に」

「まじかよ」

帰ってくることになったってそういうことなの。
俺、てっきり土日の間の里帰り的なやつだと思ってた。

「えっ、じゃあ何？　ずっとここにいるってこと？」

「……う、うん。あの、どこかのお嫁にいったりしない限りは」

そう言いながら、彼女は恥ずかしそうに俯いた。


　そもそも、彼女との別れは小学５年生の頃であった。
父親の都合で他の県へと引っ越すことになったのだ。当時の俺は、わんわん泣いた。
それはもう、一生分と言っても足りないくらいに。
お別れの日、俺はガラにもなく手作りのプレゼントを送った。
すごく恥ずかしかったのだけは覚えている。回りにもさんざん冷やかされ、

「ああ、やっぱりやめておけばよかったなあ」

なんて後悔をしかけた時に、ふと彼女の顔が目に入った。
彼女もまた泣いていた。涙を流しながら、「ありがとう」と微笑んだ。
泣きながら笑うなんて器用だな、なんて思いながらも、俺はその光景にひどく胸を打たれたのだった。
彼女の泣き顔を見たのは、その時が初めてだったような気がする。

　そんな彼女が戻ってきた。
なんだかよく分からない笑いと、どうしようもない気持ち。
ああ。多分これが「嬉しい」ってことなんだろうな。

期待

続きはよ

はよ

てすと

☆

あ

あ

あ

あ

あ

あ

あ

あ

あ

あ

あ