咲牌ー麻雀魔王伝説ー (18)
天牌と咲のクロス。短い
時系列で言うと天牌は原作25巻くらい、咲は長野県大会予選前
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身体に軽い揺れを感じて目を覚ました。
ぼんやりした意識の中で薄目を開くと、タクシーの車内から見慣れない田舎の景色が広がっていた。
赤信号に止まった車の前の交差点は、田畑と人家がぽつぽつと見える道が延びる十字路になっている。
パーカーの懐から出した右手で、うたた寝の間にずり落ちた眼鏡を定位置に戻すと、後部座席の若者はじろりとその景色を眺め渡した。
「おっさん、あとどれくらいなの」
若者はいかにも退屈そうに間延びした声で、運転席の中年がらみの男に目的地までの時間を訊ねる。
「20分ってとこかなあ」
信号が変わるのを待ちながらタクシードライバーの男は答えた。
「かーっ、まだそんなにあんのかい」
年齢のわりに広い額を掻きながら若者は分かりやすく口を尖らせた。
「悪いね、ここら辺はど田舎だから」
「まだ寝てればよかったかな」
若者はぶつくさ言いながらもう一度十字路のあちこちに目をやった。
その目がふと、左手の道路脇にある看板の上に止まる。
「おっさん、あれなに?雀荘?」
ドライバーもすぐに、言われた場所がどこか気づいたらしい。
「ああ、あっこなら私も時々行くね。兄さん、麻雀打つの」
「まあね」
「ノーレートだけど、いい雀荘だよ。まだ若い娘さんが店番やっててね」
「へええ」
後部座席から身を乗り出して看板の文字を目で追う客。
「寄ってくの?」
「どうせ駅で待つくらいなら、女の子見ながら麻雀打ってたほうがいいでしょ」
「ははっ、そうかもな」
信号がちょうど変わり、タクシーはそのまま道路を左折して看板横に停車した。
「こないだちょっと大きく負けちゃったから、東京戻る前に調子戻しときたいし」
「負けたのかい。そりゃ残念だったな。どのくらい?」
好奇心にかられて訊く運転手の前に、指が2本にゅっと突きだされた。
「二十万…二百万か?ほどほどにしときなよ。まあ、ここじゃいくら負けても大丈夫だからね」
(二億だよ…とはさすがに言えないよね)
若者は黙って財布から一万円札を取り出す。
「ああ、ちょっと待ってくれ。お釣りは…」
「いらない。小銭は持ち歩かないことにしてるんで」
言い捨てて若者は車外に降り立つ。
目を丸くして客の後ろ姿を見つめる運転手。
(なんだこいつ…大金持ちの坊っちゃん…には見えないから、雀ゴロか?)
向きを変えて走り去るタクシーを尻目に、パーカーに懐手をした若者は、雀荘の中の様子をちらりとドア越しにうかがう。
(よく分かんないけど、高校生くらいの女の子がメンバーやってない?大丈夫なんかね)
(まあ、ヤクザの代打ちやってる俺が言えたことじゃないけどさ)
「ま、たまにはお子ちゃまの麻雀見ていくのもいいよね」
そう言ってその若者、波城組ナンバー2の代打ちこと北岡静一は、雀荘roof-topのドアを開けたのだった。
期待。
「いらっしゃい。お客さんは初めてじゃな」
店内に入ってすぐ、眼鏡をかけた特徴的な縮れ毛の少女に声をかけられた。
先ほど運転手が言っていた店番だろうか。
(それにこの方言…広島かどっかだよね)
代打ちとして日本各地の組織の打ち手と戦ってきた北岡は、すぐそれを察する。
(なんで広島方言の子が長野のこんなど田舎で雀荘の店番やってるのか分かんないけどさ)
「一見さんお断りとかじゃないよね」
「今時そんなんじゃやってけんからの。大歓迎じゃ。ただ、今はあいにくどの卓もふさがっとるんじゃが…」
「なんぼでも待つよそんなの」
言いながら北岡は店内の様子を見渡す。
店番の少女をはじめ、何人かいるらしいメンバーはみな女の子で、店の制服なのか空色のドレスにエプロンやカチューシャを身につけている。
(メイドコスって言うの?最近どこも増えたよな、こういうの)
「うちはこれでもメイド雀荘になっとるんじゃ」
北岡の表情に気づいたのか、店番の少女が説明する。
「へー」
「今はネット麻雀が流行っとるから、うちじゃこうでもせんと客が取れんくての」
「そりゃ大変。オイラも前はネットでしか打ってなかったからね」
北岡は猫背になった背を伸ばし、卓上で進む闘牌を見守る。
「座って見てていいかな」
「もちろんじゃ。何か飲みたいものでもあったら持ってきちゃるけえ」
北岡の座った位置から一番近い卓では、半荘も南場の大詰めを迎えているようだった。
角を挟んで左側にメンバーらしい女の子、右側に客らしい細身の若い男が座っている。
最初に目にした時、北岡はなぜかその光景に軽い違和感をおぼえた。
考えるまでもなく、すぐにその理由が分かる。
(…左利きか)
ちょうど角の近くで模打をするはずの女の子の右手は、卓と膝の間でじっと動かないままだった。
山から牌をツモり、切る動作をしているのは、北岡から見てその子の身体の向こう側にある左手のほう。
(そう言えばこの前も、利き腕の指をなくしちまって、左手で打つ奴がいたっけ)
つい最近、日本料理「信濃亭」で行われたばかりの、トップ6億を賭けた半荘十回の戦いで会った男、影村遼のことが、ふと北岡の頭をよぎった。
対局はオーラスに入り、左手で打っていたメンバーの女の子が、軽い手を入れてトップのまま逃げ切ったようだ。
ツインテールの長い髪をなびかせながらその子が立ち上がると、店番の子が近づいてきた。
「お疲れさん。どうじゃ、利き腕で打ってみた感想は?」
「あまりピンとこないです…。私、麻雀は小学生の頃からずっと右手で打っていましたし」
「ふむ。あいつの思いつきも、今回ばかりは空回りというとこかのう」
「いやー、まこちゃんもだけど、この子もずいぶん強いねえ」
卓についていた客たちが口々にメンバーの子の腕をほめそやす。
まこと呼ばれた店番の子は、にやりと笑みをこぼした。
「和も咲も、うちの期待の新人じゃ。手加減せんと鍛えてやっとくれ」
(ふーん。まあ、近頃じゃ小学生まで競技で麻雀打つらしいからね)
北岡はどこか斜に構えた様子でそのやり取りを見守る。
「卓欠けじゃ。お客さん、入って打つかの?」
まこに呼びかけられた北岡が立ち上がる。
「いいねいいね。で、オイラの相手は?」
「あの…」
不意に背後から別な女の子の声がした。
振り返った北岡の視線の先には、やはりメンバーらしいメイドコスの少女の姿。
(…!?)
一見したところ人畜無害な、それどころかこちらに怯えてさえいるように見えるその子の何かが、北岡の身に警戒を呼び覚ました。
新しく現れた少女は、短めの髪が柔らかい印象を与え、年は店番のまこより下のようだった。
なぜかおどおどとした態度で北岡の表情をうかがっている。
(ふーん…でも、なんかこの子はちょっと気をつけた方がいいって、そんな臭いがすんだよね)
「咲、ちょうど休憩も終わりじゃし、和の代わりに卓に入ったりんさい」
まこに声をかけられて、その子は不安そうに胸の前で両手を絡ませた。
「あ、は…はい。よろしく…お願いします」
「君が入るの、へえ。そいじゃ」
北岡はいつもの軽い態度を崩さない。
「宮永さん、しっかりしてくださいね」
先ほどまで卓についていたツインテールの少女が卓を離れ、励ますようにもう一人の少女ー宮永咲の肩に手を乗せた。
場決めの結果、起家を引き当てたのは常連客らしい中年の男。
麻雀歴はそれなりに長そうだ。
その下家にメンバーの少女。さらに一人、若い男の客を挟んで、北岡はラス親だった。
(6億勝負の時といい、なんか長野に入ってからラス親に縁があるね)
全自動卓が四人の配牌と牌山を押し上げる。
(さて…ま、お手並み拝見といくか)
明らかに素人と分かる客を交えて、ノーレートで打つという状況では、本腰の入れようもない。
(この女の子はなんか不気味だけど、エンジンかけるのは、どれだけ打てるか見てからでも遅くないでしょ)
(うう…この新しく来たお客さん、なんだか怖いよ…。お姉ちゃんやカツ丼さんの時とはまた違う感じだけど…)
対面に座った北岡の様子をびくびくとうかがいながらも、配牌を確かめる咲。
東一局、親は咲の上家からになる。
(本当はプラスマイナスゼロにして切り抜けたいけど…原村さんが見てるし、ここで打たせてもらってるのは、全国に行ってお姉ちゃんに会うための練習みたいなものだから…)
(勝ちに…行かなきゃ)ゴッ
模打に入り理牌をしていくうちに、咲の表情が別人のように引き締まる。
(始まる前とは打って変わって、いい顔になってきちゃったね)
咲の変化に目ざとく気づいた北岡だが、その態度にはまだ余裕が感じられる。
巡目が早いことは別にしても、まだ咲の手牌はテンパイにまで達していないと見抜いているためだろうか。
だが、その博徒としての嗅覚の鋭さゆえにできた洞察が、この一局に限っては北岡の足元をすくうことになった。
「ーカン」
(ー?)
支援
北岡かなり好きだけどな
>>16
影村のかませっぷりも好きだわ
影村死亡フラグ立ちすぎててここらでリタイアしそうなんだよなあ
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