市内の高校に通う日比野直樹は、自分が置かれている状況を飲み込めないでいた。
部活帰り、夜道を一人歩いていた記憶を最後に、
目覚めたらこの部屋にいた。窓には全てベニヤ板が打ち付けられ、柱や壁もかなり老朽化している。設備を見る限り廃校舎の理科室、と言った所だろうか。
よく見ると床や机全てにポリエチレンの幕のようなものが張られ、その上は水(?)浸しになっている。
自身は背もたれと肘掛つきの椅子に座ってるようである。
手近な机に鏡が置かれていた。
覗き込んで直樹は戦慄する。
無骨なヘルメットのような装置が取り付けられ、
自力では外すことが出来ないようになっていた。
この装置がどういうものかは分からないが、こめかみの辺りに大ぶりの歯車がつけられ
そこから口元に伸びる分厚いアーチ状の部品から察するに
ただのヘルメットではないことは明らかである。
程なくして鏡の横に置かれたものに気付く。
音楽プレーヤーのようである。
スクリーンの上に張られていた
『再生しなさい』という付箋を剥がしホームボタンを押す。
ファイルは一つしか入っておらず、名前は『message.mp3』となっていた。
再生する。
数秒経ち、機械で加工されたような不自然な声色の音声が流れてきた。
「こんにちは、日比野直樹さん。ゲームをしましょう。」
あなたの選択次第です。」
再生が終わった。
「あなたの頭部の装置は設定された時間が経過すると、
口元の部品が歯車によって頭頂部まで引き上げられると同時に部品に引っ掛けられた上顎も限界を超え開き口元から頭部を裂かれ死に至ります。
しかし安心して下さい。部屋の出入り口付近に装置を解除する鍵を吊り下げておきました。
床と机に敷かれたゴムシートの上には高濃度の塩酸がかけられています。
足を犠牲にして生を勝ち取るか、ただここで死んでいくか。デッドオアアライブ、どちらを選ぶかはあなた次第です。」
再生が終わった。
そこで初めて自分が裸足にされていたことに気づいた。
パニック状態に陥り短い悲鳴と共に立ち上がる。
すると後ろから何かが外れるような音が聞こえ、
その直後に後頭部から小気味のいい音色のカチカチという音が聞こえてきた。
死へのカウントダウン、即ち装置に内蔵されていたであろうタイマーが作動したことを悟るのにさほど時間はかからなかった。
「うわああああああああああ!!!!」
しばらくその場で取り憑かれたように頭を抱え叫び声をあげ暴れ狂った。椅子周辺に塩酸は撒かれていなかった。
20秒ほど経った所で抵抗の無駄を悟り、震える足でも第一歩を踏み出した。
じゅうっという音と共に押し寄せる激痛。
一旦戻るつもりで足を引く。足の甲を抑え必死で痛みに耐え、もう一度踏み出す。
何しろ今さっき初めて空気にふれた真っ赤な皮膚がさらけ出されているのである。
痛みの最初の比にならない。
何秒経っただろうか。第一制限時間はどれだけなのか。
ともかく今の彼にはその場で足を抑えすすり泣くことしか出来なかった。
覚悟を決めた。
彼の体内ではこれまでにない程アドレナリンが分泌され続けていた。
小学校からサッカーが好きで、高校まで続けてきた。
足は大切な筈だった。だがもうそんなことはどうだっていい、今はただ生きるため努力するしかない。
「あああああ!」
情けない悲鳴をあげ不安定な体勢で進み出す。
椅子から鍵まで3/4程の地点で、不意に後頭部から『かちりっ』という音が鳴った。
そこで日比野直樹の時間は永遠に止まった。
冷静に考えれば歯車付近の糸に床の塩酸浸けて切れば助かるは助かる
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