どうぞ、ご自由にお喰べください (6)

俺と彼女が出会ったのは、今から十年程前のことだったと思う。もしあの時、彼女と出会っていなければ俺の人生は今とは違っていただろう。

これは、俺と彼女が「狩る・狩られる」から友達になり、彼女が……て俺が……なる物語

あの日のガラガラ山はとても良く晴れていた。狩りを始めて二年目の俺はいつものベストスポットへ向かっていた。
そこは、静かに木漏れ日が揺れるひっそりとした獣道。ここには俺達トラの獲物、シカがよく通るのだ。その日も、俺はくさむらに隠れてシカが通るのをじっと待っていた。
十分ぐらい過ぎた頃だったかな。俺の前に何かが通った。しめた、とあの時思ったね。だが走り出した時、俺はあろう事か石に躓いて転んでしまったんだ。両目が地面につけられていて何も見えなかったあの時、空からまるで女神のような美しい声が聞こえた。が、その内容は女神とはほど遠いようなまのだった。

「どうぞ、ご自由にお喰(た)べください」

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エタったな(確信)

頭上からの声に俺は素早く反応し、顔を上げた。そこには一匹のシカがいた。

そのシカは他のシカに比べて何もかもが違っていた。すらっと伸びた脚。滑らかそうな毛。程よい長さの角。そして何より違っていたのは、そのシカが青かったことだ。

不覚にも獲物であるシカにみとれていた俺だが、あの時の声は誰のものだ、という当然の疑問が頭に過ぎった。周りを見てもこのシカ以外誰もいない。ということは、あの声を発したのは俺の目の前にいるこの青いシカだということだ。

では、何故? 本来シカがトラに「食べてください♪」などと言うはずがない。シカにとって何らかのメリットがあるはずだ。それは……毒だ。そうだ、こいつ見るからに毒々しい身体をしている。罠だ。そう思い、俺はその場を走り去った。

翌日、俺はまたあの場所に舞い戻った。見やると、そこには昨日と寸分違わない姿勢で突っ立っている青いものが見えた。

シカはやってきた俺に気付いたらしく、こちらに顔を向けた。

「あ、こんにちわ」

昨日と同じく天使のような声で……って、何を俺はみとれているんだ。しかしまぁ、俺はシカの方から挨拶をしてきたことに少なからず驚いた。だって普通はそんなことしないよな。まぁ、身体が青い時点で普通じゃないが。

さて、ここで俺の性格について話しておこう。何故、そんなことを話すのかについては後々分かる。

俺は超がつく程義理堅いんだ。間違って殺した奴の墓を建ててやったこともある。つまり、なにがいいたいかというと、義理堅い俺はシカの挨拶に返してやったんだ。ここで俺が「こんにちは」の一言を言わなければこいつと友達になることもなかったんじゃないかと、今になってそう思う。

一週間が経った。俺達は毎日挨拶を交わす内に雑談する仲にまて発展した。

俺「お前の名前って何て言うんだ?いや、ずっとお前だと呼びづらいからさ」

シカ「私ですか?そういえばまだ自己紹介してませんでしたね。私の名前は「アオ」と言います」

俺「そうか、俺は「ガオ」だ。それにしてもアオって珍しい名前だな」

アオ「フフッ、よく言われます。この名前で呼ばれるとき、いつも周りのシカ達がびっくりしていました」

ガオ「ん、なんでだ?」

アオ「試しに私の名前を叫んでください」

ガオ「こうか?アオー……ン。そうか、叫んだら狼の遠吠えのように聞こえるわけか。まぁ、ここには狼なんていないけどな」

アオ「それでも、やっぱり怖かったんでしょうね。知ってますか、ガオさん。シカってあなたたちトラが思っているより臆病なんですよ」

ガオ「……アオもか?」

アオ「フフッ、死にたがっている私か臆病に見えますか?」

その時、おれは「いいや」と答えたが、綺麗な彼女の顔は凛々しくもあったが、同時になによりも脆く、壊れやすいと思った。

ガオ「……ところでアオ、どうしてそんなに死にたがるんだ?」

アオ「見てのとおり、私って青いじゃないですか。やっぱり青いシカって珍しいんですよ。だからみんな私のこと嫌って仲間外れにするんです。私のシカとしての尊厳は踏みにじられました。だったら、死んだ方がマシかなあーと思っただけです」

ガオ「……おっと、もうこんな時間か。帰るわ。」

アオ「今日も、食べてくれないんですね」

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