文香「私を....アイドルに?」 (16)
文香「私を...アイドルに?」
まだ“アイドル”という意味を咀嚼し切れていないといった風に彼女は返す。
俺は「ええ」と頷く。彼女の名前は鷺沢文香。とある古書店の店員さんである。この時点では。
まずはこの事態に至った経緯からお話ししよう。
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ゆっくり投下していきます。
俺はとあるプロダクションのアイドル部門でプロデューサーをしている身である。
趣味は...これと言って挙げるようなものは持ち合わせていないが強いてあげるならば読書、であろうか。
そんな俺が休日に気まぐれで立ち寄った古書店で見つけた女性が彼女である。
無論、この時点では名前も知らない初対面だ。だがしかし、それがどうして彼女に話しかけない理由になろうか。
そんなわけで俺は鞄から仕事で使っている名刺を取り出し彼女に差し出したのだった。
文香「...アイドル...?をお探しなのでしょうか...申し訳ありません。当店では雑誌の類は取り扱っておりません」
返ってきたのはそんな返事だった。
言葉が足りなかったな。と反省して自分はどこそこのプロダクションで
プロデューサーをしている誰それです。本日はあなたをスカウトしに参りました。と告げたところ冒頭のセリフが返ってきた。
そんな次第である。近くで会話をして分かった点が二つ。彼女は声も可憐であった、ということと綺麗な目であるという二点である。
前髪、上げればいいのに。勿体ない。俺がそんなことを考えながら彼女の返答を待っていた。
文香「申し訳ありません...。私には無理、ではないか...と思われます」
無理だと言われてしまった。そう、彼女は無理と言ったのだ。
“嫌”ではなく“無理”と、それは自分に自信がないからなのか、または性格によるものなのかは分からないが、
彼女は無理と言ったのだ。
P「本当に無理なんでしょうか、私はそうは思いませんけどね。事実、あなたは美しい」
お世辞ではない。彼女ならば十分通用する。この逸材を輝かせられないのならば俺は三流以下である。
文香「...すみません。そうは言ってもやはり、私には無理だと思います。申し訳ありませんがお引き取り下さい」
またしても断られてしまう。「美しい」と言われたからなのか少し頬を朱に染めた彼女の表情が印象的だった。
P「ものは試しです。ここは一つ体験してみませんか?アイドルの世界を。
あなたがその世界に魅力を感じられなければ私は帰ります。如何でしょうか」
文香「体験、と言いますとどのようなことでしょうか?すぐに何かできるようなことなどないように思うのですが...」
P「ここだけの秘密にしていただきたいんですが、私は一度だけ魔法を使えまして」
何を言ってるんだ?と言ったような顔で彼女がこちらを見ている。それもそうだろう。
初対面の男がいきなりアイドルになれと言い、極めつけは私は魔法使いです。だ。
P「その反応も最もです。ここは騙されたと思って一つ。魔法にかけられてみませんか?」
文香「その...魔法というものはどういったものなのでしょうか...?」
P「簡単な魔法です。あなたには夢を見ていただきます。しかしその夢は1日限り。現実の時間は15分と過ぎません」
これ以上この手の手合いとは会話をするのは無意味と悟ったのか
文香は「わかりました、それで諦めていただけるなら」と承諾した。
P「では、1日限りの夢をお楽しみください。さしずめシンデレラ、と言ったところですね」
そう言って俺は人差し指の指先で彼女の額に触れる。
すると、彼女は夢に落ちる。
ここから先の話は彼女しか知りえない。だから彼女に語ってもらうとしよう。俺のシンデレラに。
これは、彼女がそう遠くない未来に体験するであろう話。
瞼を開けるとそこはどこかのメイクルーム。とでも言うのでしょうか。
そんな部屋に私は座っていました。あの方は本当に魔法使いだったのかもしれません。
「鷺沢さんメイクオッケーです」と化粧道具を手に持った女性が私に話しかける。この人が俗に言うメイクさんなのでしょうか。
わけもわからず私は「ありがとうございます」と返す。
目の前の鏡に目をやると純白のドレスに身を包み綺麗に化粧で整えられた自分が写っていました。
自分が自分でないようでなんとなく気恥ずかしくて鏡から目を背けてしまいます。自分の姿なのに。
メイクさんが退室して少し経った後、トントントンとノックが聞こえました。
P「文香、入っていいか?」
飛び込んできた声は先程のお客さん、プロデューサーと名乗る人物の声でした。
とりあえず「どうぞ」と私が返すと、ガチャという音を立ててドアノブが回る。
スーツを着込んだプロデューサーさんが入ってきました。先程お会いしたときは私服を着ていらしたのでギャップに少し驚いています。
P「おお、似合ってるぞ。初ライブ、緊張してるか?」
ああ、なるほど。今ようやく状況が呑み込めました。
私はどうやらこれからライブに臨むようです。夢だと分かっているからでしょうか。不思議と動揺はありません。
ですので「大丈夫です」と返しました。
P「そうか、頼もしいな。じゃあ開演までもう少し時間があるからリラックスしててくれ、欲しいものがあれば言ってくれよな」
文香「ありがとうございます」
その後プロデューサーさんは部屋から出ていくと私はまた一人となりました。
どう致しましょうか。私は私のダンスも私の歌も何一つ知りません。夢ながら緊張してきました。
落ち着かないまま数十分が経過したのでしょうか。
「鷺沢さん開演10分前です!スタンバイお願いします!」とドアの外から声をかけられました。
毒を食らわば皿まで。とはちょっと意味が異なりましょうか。ええ、でも今の私はそんな心持ちでした。
スタッフと思しき方々が私をステージまで案内してくださり、私はマイクを持たされます。
照明が眩しくて、それに暑いので何もしていなくともじんわりと汗が滲みます。
幕が下りているため観客の方々の様子は見えませんが、ざわざわとした話し声は聞こえます。
ああ、どうか上手くいきますように...。直後、私の中では何時間にも感じられた沈黙が音楽とともに破られます。
幕が徐々に上がっていきます。観客の方々が歓声を上げ私の曲なのでしょうか。前奏が流れました。
ここから先は私が私でないかのようでした。いえ、私ではなかったのでしょう。
自然と足がステップを刻み体が躍動します。
『飛ばしたページを読み返すように 心と向き合えば』
前奏は終わりを告げ歌が始まりました。
歌詞など知るはずもないのですが喉は自然と震え口を伝って声が出ます。
『少しは自分を変えられる 一歩を踏み出せそうで』
観客の皆さんは青く光る棒を振りながら私の歌に聴き入ってくださっています。
後に知ることなのですがこれはサイリウム、と言うそうです。
『どこまでも続くシナリオの中 どれだけの涙笑顔にできる? やっと見つけた光』
緊張から来るものなのか高翌揚から来るものなのかはわかりませんが汗がほとばしります。
『ファンタジーな世界に逃げてるだけじゃ 本当の私も探せないまま』
やはり、高翌揚なのでしょう。心の昂りを感じます。
どうやら私は今“楽しい”ようなのです。
『顔見上げてみたら 見慣れた空 今日はいつもより』
歌詞を知らないはずなのに次の歌詞が頭に浮かびます。
夢だからでしょうか、この際は夢か現実かなど些細な問題です。
私はおそらく私が生まれてから出したことのないような大きな声で歌い上げます。
『Bright Blue』
そこで私の視界は黒で染まりました。
再び瞼を開けるといつもの古書店。私の叔父の古書店でした。
いつもと違うことと言えば目の前にお客さん、例のプロデューサーさんがいらっしゃることくらいです。
やはり、夢であったようです。私の夢の話はここでおしまい、です。
彼女、鷺沢文香が目を覚ます。起こった出来事を呑み込んでいるようだ。
それを待たずして俺は問いかける。
P「夢はどのようなものでしたか?」
文香「私には何がなんだか...本当に、魔法使い。だったのですね」
P「いえ、元魔法使いです」
文香「と、言いますと?」
P「もう使えないんです。あれで私の魔法は終わりを告げました」
文香「そのような貴重なものを私に使ってよかったのでしょうか」
P「あなただから、使ったんですよ」
ここで俺は一旦言葉を止めて深く息を吸い込む。
P「それでは、もう一度お聞きします。あなたの魔法は12時をもちまして解けてしまいました。
あなたをこれからサポートするのは魔法使いでもなんでもないただの男です。
そんな男があなたにお願い致します。私とアイドル。トップアイドルを目指してみませんか?
12時越しの魔法を探しに。ガラスの靴を再び履きに行きませんか?」
文香「...あのような世界を見せられて首を横に振れるはずがありません...卑怯だと思います。
でも、やってみたいと思います。...アイドルを」
さらに続けてこう言った。
文香「書物には、一生残したくなるようなものがあります。そのような価値を私に求めるのですね...」
俺は何も言わず頷き手を差し出す。
文香「応えて見せます。...それでは、これから....よろしくお願い致します」
そう言って俺の手を取り微笑んだ彼女の顔は俺がこれまでに見てきたどの笑顔よりも美しかった。
これはとある男とアイドルの出会いのお話。
これから先のことはまだ誰も知りえない。どうか二人の将来に幸多からんことを。
おしまい。
乙
100kでふみふみSSR迎える事が出来なかったよ…
乙
ありがとうございました。ちなみに私も文香はお迎えできてません!
乙
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