【安達としまむら】みずいろはなび (26)

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↑の続編ぽいものです。

偽入間人間です。文章力は期待しないでください。

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やったぜ

暑い暑い夏休み。が、終わったはずなのにまだまだ暑い。
かき氷ののぼり旗はまだでてるし、うちの冷凍庫には凍らせるアイスがまだ何本も残っている。
これは詐欺だ。夏を休むなら、もうちょっと涼しくなるまで学校なんて来なくていいはずだ。
これを学校でビシッと言わないあたり、わたしは「おんけんは」なんだと思う。
うむ。いつか。

「世界を、変える!」

あと、20年後くらいに?
あれ、20年後のわたしには、夏休みはあるのか?
もし無いなら、作ればいいのか。
そんでもってから、夏休みを延長させればいい!
うーむ、我ながら。

ロクな大人に、ならなそうだった。


―――

「久しぶり!しましま!」

「ひさしぶりー」

夏休み明け最初の日、いつも思うのだけれど。
本当にここは、わたしのクラスだよね?間違えてないよね?って真剣にどきどきする。
それぐらい、みんなが、わたしが、変わってる。
その不思議な空気もあと何日かすれば、少し涼しくなった風に溶けて、どこかへ流れていってしまうのだけど。

「しましまは、今年、海行ったー?」

「行ってない。プールも。みんな暑いから行きたくないーって」

「あたしもあたしも!全く、うちの親は、子どもに思いやりがなくてさぁ」

「どこも大変ですなぁ」

変わったようでどこも変わってない、いつものやり取りは楽しい。
それもそのはず。振り返ってみれば、夏休みなんてあっという間。なにかが変わるほどの時間なんて無かったんだ。
寝て起きて、四十数日。代わり映えのしない毎日だったなぁと、心の中で苦笑い。

「でもさぁ、みーちゃんはプール、何回も行ったんだって」

「そりゃうらやましいねー」

「でねでね!みーちゃん、浩太と一緒にプール行ったんだってさ!」

「へー・・・仲良しだよねあのふたり」

「んもー、しましまそれだけ!?つまんないよー」

「そんなこと言われても」

「ねぇねぇ、もしかしてあのふたり、付き合ってるんじゃないかなぁ!?」

「えっ・・・えー?どうなんだろ・・・?」

さすがは自称クラス一のオシャレさん、わたしとは思いつくことが月とすっぽんだ。ちょっとうらやましい。
あいにくわたしはそういうのにとっても疎い。けど、興味がないかと言われれば、その、ある。ちょっと。

「そもそも、付き合うって、どういうことなんだろ・・・」

どこからか湧き上がる恥ずかしさで潰れそうになりながらも、震える手で会話を押し開く。
これはきっと、こんなことで恥ずかしがる自分が恥ずかしいという、複雑な気持ちなんだと思う。

「んー・・・まず、恋をしてー・・・好きって言い合って・・・?」

「うーむ・・・」

なんともあやふやな言葉が、頼りなさげに出てくる出てくる。自分一人が取り残されてるわけではないとわかり、悪いと思いつつもホッとする。

「えー・・・あ、あとは、抱き合って・・・ちゅ、ちゅー・・・とか・・・」

もごもごとくちびるがスピードを落とすたび、その言葉が、ほっぺと耳たぶを赤く染めていく。けど。けど。

「へぇー、ち、ちち、ちゅー、ねぇ・・・」

わたしのほうはブレーキを踏めなくって、一気に赤い実が、ぱぱーんとはじけてる。まちがいなく。
まぶたの裏に浮かんだのは、淡い光。

「じゃじゃ、じゃあ、恋ってなんだろ!?」

動揺を声に出さないように意識すると、かえって舌は回らないもの。
食い掛かり気味の早口か、カミカミの呂律か、それともその両方が、やたらと変だったのかな、皿のような目で見つめられた。
負けじと見つめ返して、返事を待つ。

「んー、と、恋ってのは、誰かを好き・・・大好き?になる?こと、じゃないかな」

やっぱりふわふわ、曖昧で。
大好きっていうなら、私達は、恋してて、恋人?さすがにそれは違うってわかるけど。
多分この説明は間違ってないけど、何かが足りない気がする。
何だろう。テレビで特集でもやらないかな、今夜あたりに。
それとも。
ふわふわなことなら、ふわふわなひとに教えてもらうのも面白いかもしれない。
ふわふわな返事がすぐに想像できてしまって、なぜか、急に会いたくなった。

―――

「それで、お話って何ですか?」

わたしの都合知ったるかのようなタイミングの良さでひょっこり、通学路で合流したヤチーは、そのまま帰り道、家、廊下、部屋、とわたしの横をくっついてきてくれた。
まるで昔、絵本で読んだ妖精さんのようで、良いことの起こる前兆のように思った。
わたしは妖精さんをもてなすため、お供え物を準備する。最近は忘れてたけど、『たずねごとがある』今日は特別、お客さま。

「ままま、どうぞおひとつ」

「ふむ。いただきます」

地球のお菓子、しょっぱくて甘い不思議なせんべいは、ちょっぴりえらそーな評論家さんのお口に合ったようで、お皿と口を往復する手は超特急だった。
わたしが二、三枚しか食べないうちにお皿は空っぽになってしまう。指に付いた粉を満足げに舐めとっているヤチーに、本題について聞いてもらう。
いや、タイミング伺ってただけだから。別に。見つめてなんかいないし。

「ヤチー、恋、って知ってる?」

「知ってますよ」

なんだと。
予想だにしない答えが返ってきて、焦る。聞いといて失礼だけど、『お菓子ですか?』なんて答えを期待してたのに。
ヤチーに先を行かれていたことへの焦りと、もっと大きくて強い焦りの気持ちが体をせかす。

「じゃあ、それってどんなの?」

「やってみせましょうか?」

やってみせる?恋をやってみせるってどういうこと?やれるものなの?
頭の中がパニック中でも、首はこくんと前に落ちた。

「ではでは」

女の子座りからハイハイをして、こっちに来る!来る?来て、何を!?
わたしの隣まで来ると、ストンと腰を落として、わたしにもたれかかるようにして座る。
肩にかかる重さが、心地良い。

「こんな感じでしょうか」

「え?」

考える。
考える、考える。
熟考5秒、ピカーンと豆電球、光る!熱い!

「ヤチー・・・こっちに『来い』じゃなくて、恋人の『恋』だよ」

「おや」

おやじゃない。だいたい文脈からして、ちょっと無理がある勘違いだと思う。
いやヤチーならあるいは?そう思っても、水色の瞳はどこまでも深く水色で、確かめる術はなかった。

「もう、全然違うよー?」

「そうでしたか、てっきりそばに来て欲しいのかと」

「別に、来て欲しくないわけじゃないよ?でも今きいたのは、『恋』についてのことで」

「なるほど、私の勘違いです。じゃあとりあえず、もとの場所にもどりますね」

よっこらせ、と立ち上がろうとするヤチーの袖口を掴んで、動きを止める。
こういう時のヤチーが意外と意地悪なことを、わたしは知ってる。

「別に・・・このままでも、いいから」

「ふむ・・・別にどっちでもいいわけですか」

「・・・このままで、いて」

「もう、しょーがないですねー、しょーさんたらー」

やれやれと言わんばかりの顔で再びわたしにもたれかかってくる。
この状況だけ見ればしょうがない子はヤチーのはずなのに、ずるい。お姉さんぶられてしまった。
首筋にかかるサラサラの髪が気持ちよくて、やっぱり、ずるい。


「それでヤチーは、恋がどういうものだか知ってるの?」

「えーと・・・ちょっとまってください」

はい。と待ったものの、考え事をしてるようには見えない。
どちらかといえばぼーっとして、宙を見つめたまま固まっている。まさかねーちゃんの教科書を見てるってわけでもあるまいし。
言い訳でも考えてるの?とおちょくってみようとした瞬間、口が開いた。

「恋――人を好きになって、会いたい、いつまでもそばにいたいと思う、満たされない気持ち」

「・・・」

「の、ことですー」

特徴の無い、のっぺりとしたトーンで恋について読み上げられてわたしは、肩をびくりと震わせる。今流行りの、機械音声を彷彿とさせる声だった。
それでも追って出てきた言葉は、あきれるほどいつもと変わらなくて。
不意に肩が、じんとした。

「・・・満たされないの?」

「満たされないらしいです」

恋ってそんなに報われないものなの?
初恋はレモン味、って聞いたことあるけど、レモンは満たされない味かな。
すっぱいから嫌いだけど。レモン。

「好きで、ずっとそばにいたい・・・のが、恋・・・」

ふむ。わかるようなわからないような。

「はい。・・・いたいですか?」

「・・・べつに、どこも痛くないよ?」

その質問に答えることは簡単なのに、どうしてだかこたえられる気がしなくて、わかりやすくとぼけてみる。
ふくれっつらのヤチーが見れるかなと思いきや、ヤチーはもうわたしのほうを見ていなくて。
仕方なく、寝息を聞きながら窓の外の、遠くの空、桟で見切れた入道雲を眺めることにした。

―――

恋とは何か。
それを探すのが、最近のわたしのマイブームです。
なんておおっぴらに言えるはずもなく、こっそり調べている。
なんでと聞かれてもわからない。ただなんとなく、その言葉がもやもやと心に引っかかるのだ。
もやの中の、小さなとっかかりを探して、拾い集めていく。と言ってもわたしの情報網なんて限られていて、せいぜい知り合いか本かの二択になる。
じゃー身近な人から手当たり次第に聞いていこうってことで。ひけんしゃ、いちごう。

「ねーちゃん、恋って何?」

しまった、言い切った瞬間にそう思った。
この質問は家族にするべきでない、というかすごくなんかこう、アレな空気が生まれてしまってる。むずがゆい。

「え、えーっと、うん、何かな、急に」

「あ、えと、な、なんでもない、忘れて」

ごめんなさい。そう言ってしまいたかった。それくらいわたしの胸は罪悪感で満ちあふれていたのである。
さっさと退散しようとしたわたしの背中に、ぬっと手が伸びてくる。

「待った!・・・うーん、えと、なんだ、ちょっと待って」

引き止めておいてちょっと待って、ときた。
一世一代の大勝負かのように、顎に手を当てて真剣に考えてるので、もういいです、なんてとても言い出せない雰囲気。
一時間にも感じられるようだったけど、実際は一分も経ってなかったと思う。考えた末、とんでもないことを言い出した。

「なんか・・・気になるひとでも出来たの、かなー?なんて」

貼り付けたような笑顔はうまく貼り付いてなくって、少ししわが寄っていた。不自然におどけた調子も加わって場の空気はかりかりと、わたしの身体中を責め立てる。
形のない焦りを首の後ろに感じつつ、縁の無い質問をつとめて冷静に、余裕を持って否定する。

「そにゃっ、なっ、あれ、ちがっ」

「・・・」

頭はこんなにすっきりしてるのに、からだがひどくドーヨーしてまるでいうことを聞いてくれない。
ねーちゃんの顔がますます引きつったのを見て、今のわたしの態度がどういう意味に取られてしまったのか、遅まきながら気づく。

「ふむ、うん、よし、そうしよう」

さっきの失敗の上手い言い訳をあわてて考えてる間に、真面目な顔したねーちゃんが返事をまとめてしまったみたいだ。
ここで口を挟むのも下手な言い訳になりそうで、おとなしく話を聞いてみるしかなかった。

「えー・・・なんだっけ、あ、そう、そう・・・こほん。あの、だね。気になる子が居る、なら・・・まずは、お友達から、なんて・・・どう!?」

「えっ!?・・・えー・・・」

どう!?といわれましても。
ビシッと指をさされて何か言わなきゃとおもったけど、驚きと不満のえーしか出なかったよ。

「ぬ、むぬぅ・・・やはりダメか・・・」

「ダメというか・・・もう友達だよね?」

「えっ?」

考えても無いのに無意識に出た後半の台詞を聞かれて、はっとする。ドキッとする。冷や汗が、出る。

「友達・・・?友達のこと、好きになったの?」

「・・・」

「あ、あれ?おーい、聞いてるー?」

もう友達だよね?
まずは、お友達から、なんて。

友達。そりゃいるよ。たくさん、でもないけど。みんな気が合って、ちょっと気が合わないような、いい友達が。
誰だろう?『気になる子』で『友達だよね?』なんて子。いる?
その瞬間、玄関のドアが開く音がする。肩が跳ねて、また冷や汗をかく。と同時に、考え事も一休みになる。

「こんにちはー、あそびに来ました」

ヤチー。どこでもらったの、手にススキの房なんか持って。

「おーいらっしゃいいらっしゃい。そだ、お菓子でも出そーか、うんそうしよう」

そそくさと、ねーちゃんらしからぬ速さでねーちゃんらしからぬ気配りを見せたねーちゃんは、台所の方に消えていく。
廊下に残されたのは、ふたり。

「これ、もらったんです。お月見をするのに使うから、やってみたらーって」

誰に?

「へ、へぇ」

「今度、いっしょにお月見をしませんか?」

満面の笑みをたたえたヤチーは眩しすぎる。小さな手に握られたススキを見つめながら、いいよ、とつぶやくだけでわたしには精いっぱいだった。

―――

身近なものでも、知らないことっていっぱいあると思う。
たとえばこの、ねーちゃんがどこからか出してきた、鶴の模様が入った風流な花瓶。さっき見たススキが生けられている。というか刺してある。
何年か前まで使っていたけど、お母さんが花を生けるのがめんどくさくなって押入れにしまわれたとのことだ。あんたも見覚えあるでしょ、と言われても知らないものは知らない。

「お月見にはお団子を食べるものだとききました。おだんごー」

チョコレート食べながらそんな話をされると、頭の中で味が混ざっておえってなる。
同じようにススキが生み出すわびさびオーラを、ヤチーのコズミックオーラがデタラメに打ち消して、なんとも不安になる空気をかもし出していた。

「きいてますかー?おだんご、おだんごー」

「へっ?わっ、わわっ」

のそのそと近づいてくるヤチーを紙一重でひらりとかわして、体勢を立て直す。
あまりにも急だったから落ちてた教科書をけっとばしてしまう。すまぬ、と心の中であやまる。

「むっ、なんでにげますか」

「なんでというか、いや、なんでって・・・」

なんで?
いやわたしに聞かれても。わからない。
とっさだし。とっさの判断だし。
そのままじゃやばいと思ったから、逃げちゃったの。
何がやばい?


「むー」

「まあまあ、そんなにむくれないで・・・」

「てりゃー」

「ひゃっ!?」

思いっきり逃げたせいで、背中のすぐ近くには壁。
逃げ場を失ったわたしは手を出すこともできずに、細くて小さな腕に捕まる。というか包み込まれる。

「ごよー、ごよーです」

「はわ、はわわっ」

「もう、逃がしませんよー?」

ヤチーが何か言ってるけど、それどこじゃない!
あったかい、し、やわらかい、し、いいにおいするし!
こないだまでしてきたことなのに、今は信じられないくらいにヤチーを、近く、深く感じてしまう。


「今日のしょーさんは、きょどー不審ですねー。あっ、もしかしてニセモノですか?」

「あぅあ、うぅ、あぅ」

「ちゃんと話してくれない、いじわるですねー?それなら、ここはひとつ」

たしかめてみますか、なんて言ってヤチーがわたしの両肩を優しく、けれどしっかりと押さえる。
何をされるのか、と思う間にヤチーのちょっと虚ろな瞳が大きくなっていく。それを理解した瞬間にわたしのあたまは妄想ごとショートして。
久しぶりではじめてのキスは、ちょっぴり、チョコレートのあまい味がした。めまいもした。

「ふむ・・・ほんものです。まちがいない」

「はぁ・・・はぁ・・・?」

納得、といった表情ですごすごと下がっていくヤチーは、とりあえずさっきのキスで満足してくれたようだ。
わたしはまだ、余韻で動けないのだけれど。

「ほんものですが・・・やっぱり変です」

「はぁ・・・どこ、が?」

わたしが変なのはわかってる。

「なんといいましょう・・・その、いつもよりかわいいです」

だからこれ以上、おかしくしないで。

「な、なにっ・・・それぇ」

わたしをおかしくするのは、ヤチー。

「いえだからですね、いつもより照れ屋さんといいますか・・・とにかく、かわいいんです」

でも変わったのは、多分わたしのほう。

「かわいいかわいいって言われても・・・あぅ」

もう、だめ。くらくらして、視界がまるで望遠鏡越しみたいに狭まっていく。その真ん中でヤチーがニコニコしてこっちを見つめている。
おかしい。いつもみたいにふざけられない。ヤチーの一挙一動一言が、わたしの中に沈み込んではぱっぱっと花火を打ち上げる。珍しい、水色の花火だ。
派手な光は地味なわたしには強すぎて、目に焼き付いてくるしくなる。それでも目を離すことはできないのだった。
今までのわたしは、花火に背を向けていた。だからあんなことやこんなことができたし、されたって平気だった。かすかにこぼれ落ちた照り返しを見ていただけだった。
でもわたしは知ってしまった。その光の持つ、本当の輝きを。
気づいていたのは、わたしの知らないわたし。そのぼんやりした後ろ姿を、目の端に捉えた気がした。

―――

「はぁ・・・」

疲れた。昼寝したい。そう言うとヤチーは案外あっさりとわたしを開放してくれた。
もちろん眠くなんて無い。ただ少し、考える時間が欲しかっただけ。
その意思を知ってか知らずか、ヤチーはススキにじゃれて遊んでくれていた。小さいころに道端で遊んだ子猫みたいで、胸が疼く。
その疼きも含めて、ヤチーのことを考える。考えて、浮かんだ答えを冷やして固めて、また溶かして、固める。わたしが望む簡単な答えには、程遠い出来になる。
どれも正しいようで、少し間違ってる。そう思えてならなかった。

「びよーん」

「はへ?」

右のほっぺが引っ張られるのを感じて、反射的にピントを合わせる。すると目の前には、離れて座っていたはずのヤチーがいるではないか。
いるではないかってのも変だけど、この時のわたしはもっと変なことを考えていた。その真っ直ぐな瞳が、わたしのくちびるを見つめているように思えてならない。それだけで心臓が止まりそうになる。

「今日のしょーさん、なんだかつめたいです。つまらないですー。はい、もっとわらってー」

「あぁあ、あの」

急に話しかけられたもんだから、考え途中の言葉が、口を突いて出てしまう。

「やっぱこういうの、よくない!」

「そうですそうです。そんな難しいかおはだめですよー?」

「じゃなくてー・・・」

「むむ?」

「じゃなくて、きっ」

「き?」

「きす・・・とか・・・だめ、だとおもう・・・わたしたちは」

「・・・」

「あっあの、別に嫌とかそういうんじゃなくてね?なんというか・・・だから、やめよ?」

なんというか、ダメなのだ。わたしが。

「・・・」

「えと、その、あの」

「いやです」

口をへの字に曲げて、わたしを見つめながらきっぱり言われた。
それはちょうど、お菓子を出ししぶった時に見せた顔にそっくりだった。

「今までは良かったのに、なんで急にだめなんですか」

「それ、は」

考えて考えて、出た結論。
そう、わたしはいつの間にか。
ヤチーを友達より、もっと大切なひととして見ていた。だから、くるしい。
わたしは、欲張りだから。そばにいてくれるだけじゃだめで、ヤチーにも、わたしと同じ気持ちを求めてしまう。
今のわたしの好きと、ヤチーの好きは違う。ヤチーのキスは、たぶんスキンシップの延長上みたいなもの。わたしは。
二人とも嘘はついてない。だから、余計に厄介なのだ。わたしはヤチーの気持ちを逆手にとって、自分のしたいことを押し付けていたのかもしれない。

つまるところ、こういうことになる。

「キスは・・・恋人同士で、するものなの」

「こい、びと・・・」

「そう、恋人。すごく好きな人同士でするべきなんだよ。だから・・・ね?」

「そうなんですか、わかりました」

あっさりとした物わかりの良さに、少したじろぐ。
でもこれでいい。
いいはずだよね?

「わかってくれて、良かった、よ」

「はい。じゃあわたしと恋人になってください。しょーさん」

「ごほっごほっ!」

むせる。飲み物を飲まないでむせたのは、生まれて初めて。
なんでそうなるの!?

「いや・・・ですか?」

綺麗な水色の瞳はわたしをまっすぐに捉えて、その質問から逃がしてくれそうもなかった。
とっても綺麗な。
いや、綺麗すぎる。
驕りでもなく、地球上でわたし一人だけがわかる違い。一番近くで見てきたから。それは距離でなく。
その瞳はわたしの視線を一筋に吸い込んで、その奥で小さな、小さな光を揺らしていた。

「・・・そっかー」

やっとわかった。わたしは間違っていた。
ヤチーは、どこまでも『正直』でいてくれたのだ。
肩に、胸に、顔に、張り詰めていたものがすっと抜けて、代わりに指先がしびれるような心地よさが生まれる。へにゃっと、全身の筋肉がだらしなくゆるむ。

「えーと、ごめん、さっきまでの、全部なし。とりけし。忘れて!」

「えー」

「今気づいたの。ヤチーとは、今までの関係で、これからも変わらずに居たいなーって」

「・・・はぁー、まったく、ダメだとか忘れてとか、あたまがごちゃごちゃになっちゃいますよー」

やれやれ、と大げさにため息をつくヤチーの口元を見て、ひとまず安心する。

「まぁ、いつものしょーさんに戻ったみたいですから、良しとしましょうか」

「えへへ」

「ふふふ」

一瞬見つめあってから、一緒に笑いだす。どちらからともなく、よりそう。
この時間が、ずっと続けばいいのに。そう思った。

でも、絶対に変わらないものなんて無い。時間が、言葉が、少しづつわたしたちを変えていく。
それは少し不安になるけど、きっと、それ以上の未来を与えてくれるから。

だから、今なら言えるよ。何度だって。

「ヤチー」

「はい、なんですか?」

「だいすき」

「・・・!」

「え、へへっ」

「・・・わたしも、しょーさんのこと大大好きですよー?」

「じゃあわたしは、大大大好き!」

「それなら・・・」

「わたしだって・・・」

月よりも美しく、太陽よりも輝く、あなたに。

おわり

『安達としまむら5』明日11月10日発売!

時間制限のため描写が駆け足ぎみになってしまいましたので、口直しに入間先生の新刊を是非どうぞ。
最後まで読んでいただきありがとうございました。


あだしまSSは貴重だから嬉しい

乙乙
新刊楽しみじゃー


新刊で口直しできなかったんだけど

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