普段は塾の屋上に真っ直ぐ向かうのだが、その日は給与明細の受け取りのため講師室に寄る都合があり、そこで他の講師の方々と少しの間世間話に興じていた。
流れ、というやつである。
僕の場合、塾講師のバイトをしているとはいえ、講師本来の仕事を全くしていなくて、専ら問題児である斎宮瞑の御守りをしているのである。
これまでの瞑の担当者は彼女の我が儘放題に愛想を尽かしたと聞くが、趣味のせいか、僕と瞑は馬が合って上手くやっている。
しかし、僕の趣味のことや瞑とのやりとりを他の塾講師は知らないから、なかばゴシップ記事を楽しむかのような感覚で、珍しく講師室に顔を出した僕を掴まえて根掘り葉掘りアレコレと訊いてくる。
けれど、次第にうんざりしてくる。
どうやら他の講師たちは僕と瞑が恋愛関係にあると思っているようだ。べつにそのことに関してはどうとってくれても構わないのだけれど、人との仲を無遠慮に詮索しようとするギラギラした好奇心のようなものに充てられてしまい、目の前で話の水を差し向けてくるものたちが音を撒き散らすだけの虚ろな影に思えてきた。つまり、話も上の空で飽き飽きしているのだった。
静かな屋上の方がずっとマシだ。
早く講師室を出たいのだけれど出るタイミングも見つからず、こっそりどうしようかなぁと嘆息をつく。
そんな折だった。
ばんっ、と講師室の扉が勢いよく開く。
瞑「スカ、遅い。早く来て」
優等生然とした少女だった。整った顔立ちをしており、髪の手入れも行き届いている。真面目というよりは聡明で如才ない印象の娘だ。彼女こそが今ちょうど噂されていた斎宮瞑である。
とはいえ、これは瞑の外行きの表情で、二人でいるときの彼女は生気がまるっと抜け落ちた死体のようにして過ごしていることがほとんどであるが。
それに、優等生というには、首にかけられた銀色に重たく輝いている無骨なヘッドホンが違和感を主張しているように思える。
まだか
まだか
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