向日葵「ふたりを繋ぐ夜の電話」 (50)

ふと見上げると、時計の針は午後11時を回ろうかというところでした。


私の集中力は、もう少し前に切れています。ぽーっと見ていただけの予習範囲のページを閉じ、机のライトをぱちりと消すと、思わず小さくあくびがでました。


夏場のすっかり暑い夜。二段ベッドから布団を下ろして、最近は楓も私も敷き布団で寝ています。心地よい微風を吹かせる扇風機を切って、薄くした布団と毛布の間に身体を滑らせました。


目を閉じて、明日の予定を思い浮かべます。といっても、特別なことなど何もありません。思いつくのは、些細な心配ごとばかり。


英語の単語練習、あの子はやったかしら。


明日の国語の範囲、あの子が読めそうにない漢字がいくつかあったけど……きっと予習はしてないのでしょうね。


それより今日は体育があったけど、あの子体育着持ち帰っていたっけ? たくさん汗もかいているだろうに、大丈夫かしら。


あの子への小さな心配をいくつか募らせているうちに、いつもふっと寝てしまう……私の夜は、いつもこんな感じです。


でも、今日はひとつだけ……いつもと違うことがありました。

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ぴりりりり!


「!」


……静かな空間に突然響き渡る、ちょっと大きな電子音。閉じていた目をぱちっと全開、ばっと身体を起こして、急いで携帯を探します。


こんな時間に、一体誰かしら。久しぶりに着信音を聞いたけど、こんなに大きなボリュームにしてたんでしたっけ。早くとめないと、楓を起こしてしまいますわ。


暗い部屋の中、焦りつつ色々なことを考えながら、机の隅の方にあった携帯を見つけました。


着信表示には、案の定の文字が。



「……もしもし?」


「あ、もしもし向日葵?」


くだんのあの子……櫻子の声からは、もうまさに寝ようとしていた私とは違って、まだ元気に起きているような快活さが一言だけで伝わってきました。


「どうしたんですの? こんな時間に」


「えへへ、びっくりした?」


「まあ……もう寝ようしてたところですからね」


「えっ、もう寝るの?」


「時計見なさいよ、もう11時ですわ」


「まだちょっと早くない? そのくせ朝弱いんだもんなー向日葵」


寝ている楓に差し障りの無い声量で、櫻子の何気ない会話に相槌をうちます。どうでもいい話題に繋がっていくたびに、ああ緊急の要件というわけではないのかと、突然の電話に驚いていた胸が穏やかに落ち着いていくのが自分でも感じられました。

「で、なんの用なんですの?」


「んー? べつに用なんかないよ」


「ええっ?」


……その意外すぎる返答には、思わず私の声も大きくなってしまいました。


たとえ私と櫻子の間柄であったって、何の用もなしに電話をかけられたことなんて、ほとんどと言っていいほどありません。


私と櫻子が同時期に携帯を持たせられたとき、ためしに私にかけてきたときぐらいではないでしょうか。面白がってひっきりなしに電話してくる櫻子を、直接家に乗り込んで叱った記憶がありました。


じゃあ、一体なぜ?


その答えは、弁明するような、けれどどこか思わせぶるような口調ですぐに伝えられました。



「いやー、私ここんとこ携帯がどこにあるかわかんなくてさー。久しぶりに掃除したらたまたま発見できたから、誰かに電話でもしてみようかなと思って」


……なるほど、そんなことだろうと思いましたわ。

「この前も言ったでしょう、携帯を携帯しなくてどうするんですの。緊急の用事とかあるかもしれないのに」


「私に緊急の用事がある人なんていないよ~」


「……私がノート返してって言ったときは、少し緊急だったんですけど?」


「そうなの? それなら今度からノート返して欲しいときは最初からうちに直接来てよ。そのほうが私も楽だから」


「なんでノート貸してもらう側が楽をしようとしてるんですのよ……」



特別なことなど何も無い、いつものようなやりとり。登下校中にするような、普段の調子の日常会話。


気づかないうちに私の声量もあがってきた頃、楓がころんと寝返りをうちました。そこではっと我に帰ります。


「あっ……いけない、楓が起きちゃいますわ」


「あー、ごめんごめん」


「じゃあ、特別な用事はないんですのね? それならもう切りますわよ」


「ないない。じゃーねー」


電話はぷつっと切れました。向こうからかけてきたのに、先に切るのも向こう側とは。ほっと呆れながら、携帯電話をロックして机の上に置きました。

櫻子の声が消えると、部屋はまた静寂を取り戻します。


すやすやと寝息をたてる楓に「ごめんなさいね」と静かなテレパスを送り、跳ね除けた毛布をもう一度かけなおします。


再度寝る体勢に戻ると、電話がかかってくる前の眠気がすっかりどこかへ行ってしまったことを実感しました。


目は冴えて、頭も冴えて、ひんやりとしたシーツの気持ちよさがさらに心を冴えさせて、どこか心が落ち着かない。



櫻子と電話をしたの、ちょっと久しぶり。


あの子はまだ元気な声をしていたけど、もう少し起きているつもりなのでしょうか。


時刻はちょうど、11時をすぎたところ。まだ早くない? なんて櫻子は言ってたけれど、中学生は立派に寝る時間だと思います。


目を閉じて、また眠気を呼び戻す作業に戻りました。

あの調子だと、櫻子はきっと日付が変わってもしばらく起きているのかもしれません。そんなだから授業中寝ちゃうのに……でも朝は比較的しゃっきりしているし、そんな櫻子をねたましく思いながら気だるい身体を引きずって、私は明日も学校に向かうのでしょう。


単語練習したかぐらい、聞いとけばよかったかしら。あと体育着のことも……そういえば櫻子って、普段しゃべってるときも電話のときも、あんまり声が変わらない子ですわよね。


携帯を偶然発見したって……こんな時間に部屋の掃除でもしてたのかしら。この前宿題を見てあげようと櫻子の部屋にいったときは、雑誌が出しっぱなしだったり靴下が脱ぎっぱなしだったりしてたっけ。


それにしても、携帯が見つかったくらいで電話しようなんて思うかしら。よっぽど嬉しかったのかもしれないけど、でもこんな時間に……そういう常識の無いところが、まだまだ子供なんですのよね。


明日の数学は、たぶん課題が出るはずですわ。あの子はちゃんと取り組むでしょうか……帰るときまでにそんなそぶりも見せないようなら、一緒にやってあげたほうがいいかもしれない……


明日になったら聞きたいこと、いっぱい思い浮かべてたのに……いっぱいすぎてわからなくなってきちゃいました。明日になったら思い返せるでしょうか……


明日になったら……


――――――
――――
――


――
――――
――――――


今日はこのページまでやろうと思っていた数学の問題集が、思っていた時間よりも早く終わりました。


やっているのは予習の範囲。これから先の授業で学ぶ範囲です。参考書を見ながら地道に歩んで行けば、難しいことはそうありません。


夕方あの子と一緒にやったページは、私が一週間ほど前に終わらせてあった箇所。今日はちょっと上手に説明できなかったから、今度はわかりやすいように……と、問題を解くときどうすればわかりやすく教えられるかを考えながら進めてしまうのは、もうすっかり癖になっています。


時計を見上げると、午後10時20分。ちょっと早いけど、寝てもいい頃合い。


扇風機を切って、机のライトを消そうとするとき……


ふと、静かに置かれている携帯電話に目がいきました。



「…………」


昨日は寝ようとしていたところに、突然あの子からの電話がきた。


なんの用ですの? とたずねて……「用なんかないよ」と返されたときは、結構びっくりしちゃいました。他の人にとっては知らないけど、少なくとも私にとって、電話というのはなにか用があるときに使うものです。

あの子って、結構普段から用も無いのに誰かに電話したりするのかしら。


赤座さんは寝てると思いますけど……吉川さんあたりと軽く話したりすることって、ありそう。


櫻子に限らず、もしかしたら私の周りの人はみんな、意外に談笑程度のやりとりを気軽に電話でしているのかもしれない。


「…………」


なにも映っていない携帯の画面を見つめていると、今にも着信が来るんじゃ無いかと静かに心がざわめくのはなぜなのでしょうか。



何気なしに、着信履歴を開いてみます。上から順に、櫻子、櫻子、吉川さん、自宅、櫻子、自宅、櫻子。


ぱっと画面内におさまる部分を見るだけでも、どうやら櫻子の方が多いみたい。そもそも私の携帯は、頻繁に電話がかかってくるものじゃありません。


一番最新の着暦が昨日。その前の電話はどんな用事だったんでしたっけ? その前は、その前は……?


思い返すために画面をスクロールしようとして、


しかし暗い部屋でおぼつかなかったためか、私の手は誤作動を起こしてしまいました。



液晶画面が、櫻子への発信表示に変わります。

え、えっ!? 押しちゃった!? と驚いている頃にはもう、ぷるるる……と呼び出し音が鳴ってしまっていました。


あわてて切ろうとするときまでに、繰り返されたコール音は4回。時すでに遅し。


着信履歴に残して、折り返しかけられるのも具合が悪いです。だってこちらからの用事なんか何もないのですから。それならいっそ、今すぐに出てしまってくれたほうがいい……


そんな葛藤の中でかけられた私からの電話は、意外と早くとってもらえました。


「はい、もしもし?」


「も、もしもし」


「なに? なにか用?」


「あ、いえ……その……用は特に、ないんですけど」


「えぇ?」


間違ってかけちゃったんです、と言おうとした私は、ちょっと思い直して口をつぐみました。


……思い返せば、なぜ私はここでこんなことを言ってしまったのでしょうか。間違ってしまったと正直に言えばバカにされてしまうかもしれないという不安で、反射的に逃げようとしたのか……とにかく私は、少しだけ嘘をついたのです。

「昨日電話くれたでしょう? だから、そのお返し」


「お返し、って……」


「…………」


これを言ってしまってから、自分の言葉の意味をよくよく考えると……急激な体温の高まりを感じました。


私と櫻子は、普段から些細なことで電話を交わすような仲ではありません。なにかしらの用事に格好つけなければ、電話などしない……その私が、電話を貰ったお礼と言うだけで、電話を返す……。


ちょっとまずい返しになってしまいましたが、これも後に引くことはできません。ここはこの体裁で押し切るしかありませんでした。


「え、それだけ?」


「そ、それだけですけど……」


「ふーん……」


「いいじゃないの別に。あなたはなにか話したいこととかあります?」


「いや、別に無いけど」


「そう……ですわよね」


話を投げても受け取ってもらえない、微妙な距離感の会話が続きました。


電話越しに戸惑っているであろう櫻子の顔が、容易に想像できます……

「ま、まあ、話したいことがあったらいつでも話せますもんね。わざわざ電話しなくても……」


「うん……」


「ごめんなさいね。時間取らせちゃって」


「いや、いいけど」


「おやすみなさい。また……明日」


「うん、おやすみ」


「…………」


生まれてしまった気まずさはどう取り繕おうとしても消えなくて、耐え切れない私の方が先に電話を切ってしまいました。


やっちゃった……変なことをした。これならば、間違ってかけちゃったと素直に言ったほうがよかったかもしれません。


扇風機を切ったことと違う理由の身体の熱さが、私の心までをも恥ずかしいという気持ちでじわじわと紅潮させていきます。


きっと櫻子は、電話が切れた今でも不思議そうな顔をしているに違いありません……

昨日の電話のお礼、用も無いのにする電話。間違ってかけてしまったとはいえ、こんなに恥ずかしいものだとは思いませんでした。


あの子が昨日かけてきた電話に、こんな恥ずかしさは無かったはず。同じような電話なのに、なぜ私はこんな想いをしなければならないのでしょう……


似合わないことはするものじゃないと改めて痛感させられた私は、汗ばむ手で携帯を置き、早々に毛布の中にもぐりこみました。


さっきの気まずさが恥ずかしい。口走った言い訳が恥ずかしい。あの子は私をどう思ってる? 明日の朝、登校中に……なにか言ってくるかもしれない。


どきどきして眠れない感覚は昨日と同じはずなのに、昨日は心地よい高揚感だったのに、今夜の胸はとげとげしく鼓動を打ち続けます。


あまりの熱さにもう一度扇風機をつけて、心も身体もクールダウンさせようと思いました。時計の針は、もうとうに10時半をすぎています。


このままじゃ寝不足になってしまう。寝不足はいいけど、櫻子になにか言われてしまうかもしれない明日を迎えるのが、その後も私にいやな緊張を与え続けました。


私ってもしかして、電話下手……?


――――――
――――
――


――
――――
――――――


今夜は少し、遅めのお風呂。


ぬるま湯で身体を落ち着けて、いつもより長めに入っていました。というのも、ずっと考え事をしていたからです。


まだ濡れている髪にタオルを当てながら部屋の戸を開けると、楓の安らかな寝顔が私を迎えました。


ひたひたと静かに歩いて、机の前に座ります。


私の目の前にあるものは、課題である理科のワークと、筆箱と、楓が作ってくれたおりがみの花と……携帯電話。


誤操作をしないように気を付けながら、発信履歴を眺めました。


「…………」


一番最新のもの……夜10時24分にかけられたその電話は、昨日私が間違ってかけてしまったもの。


間違うだけならよかったのに、とっさにつけた変な理由のせいで、昨日はそのまま11時をすぎても眠れませんでした。


朝起きても、思い出すのは昨日のこと。痛々しく刺さって抜けないトゲのようなモノが、目の覚めない私の心をじんじんと刺激するのです。

今朝、小さな覚悟を決めて玄関を出ると、ちょうど櫻子も家から出てきたところでした。


靴をとんとんと整える櫻子をまず見て、トゲがもう一段階深く刺さった気がしました。おはようございますと声をかけると、「うん、おはよ」とだけ返ってきました。


ああ、なにか言われる。昨日のことについてなにか言われてしまう……それだけが頭を占めていた私に、櫻子は最初に昨日見たテレビの話を始めました。


べつに私はその番組を見ていたわけではなかったのですが、櫻子がやけに楽しげに話すのでとりあえず聞いていました。昨日のことを切り出されないように、ほどよく相槌を打ちながら。


そして、お腹を抱えて笑うほど面白かったらしいその話を聞いているうちに、私たちは学校に着いてしまいました。教室にくれば櫻子は他のお友達と話を始めるため、私との会話はそこでいったん終わります。


ほっと一息ついて席に付くと、トゲが痛みも無くするっと抜けていったのを感じました。櫻子はどうやら、昨日のことは忘れていたようです。私は眠れないほど悩んでいたことだけど、あの子にとっては本当になんでもない、些細な一分程度の電話。なにか雑誌でも読みながら受け答えていたのなら、一晩眠ったあの子の頭には残っていません。


そこからはもう、本当にいつもどおりの学校生活しかありませんでした。むしろ櫻子はいつも以上に元気そうにしていて、ちょっとだけ心配だった帰り道でも、昨日の話はぶり返されずに事なきを得たのです。心に刺さったトゲは、もうどこにもありませんでした。


しかし、夕飯を作って、楓と一緒にご飯を食べて、先に宿題を済ませて、長めのお風呂に浸かった今……私の傷跡は、今度は別の痛みを訴えだしたのです。



(すっかり忘れちゃうって……どうなんですの?)

頬杖をついて、見上げた時計はぴったり10時。櫻子から最初に貰った電話は……確か11時頃だったでしょうか。


あれからずっと考えていた、昨日の電話の意味。


間違ってかけてしまったというのは本当だけど、とっさについた「この前のお返し」という嘘は、果たしてまったくの嘘と言えるのでしょうか。


最初に貰った電話……偶然携帯が見つかったというだけで私にかけてきた、櫻子の電話。特に何か目的のあることを話すでもないその電話を貰って、私は……私は確かに、不思議な気持ちの高まりを感じていました。


電話が来る前は勉強の集中力が切れるほど眠かったのに、電話の後はすっかりその気さえ吹き飛んでいたのです。


その電話への “お返し” ……一体何をお返ししたのかといえば、それは「不思議な気持ちの高まり」を送り返すということだったのではないかと、お風呂の中でずっと考えていました。


行動に意味が持てると、だんだん昨日の電話が自分の中でも納得の行くものになっていったのですが……当の櫻子が、最初の私と同じ気持ちになったかなんてわからないし、そもそも覚えてもいない様子なのです。


間違ってかけてしまった電話だけど、そこで私は勇気を出していた。目的は無いけど意味のある電話になるようにと、一生懸命に。


そんな私の電話を、最初は話を切り出されるのも怖かったけど……全く覚えていないなんて、なんというか……無神経じゃありません?

(……でも)


でも、櫻子はそういう子。あの子は些細な電話なんかじゃない……大事な用事だって簡単に忘れちゃう子。


待ち合わせはすっぽかすし、宿題だって言わなきゃやらないし、体育着だって……私が言わなきゃ持って帰るのも忘れてたくらい。


櫻子は、普段から吉川さんとかにも談笑程度……面白いテレビがやっている程度でも電話しているのだし……あ、これは今朝の話で判明したんですけど。


ともかくそんな櫻子にとって、私の一分足らずの電話が記憶に残らないのは仕方のないことなのでしょう。たとえあの電話がうまくいってたって、櫻子の心には留まらない。


そもそも、気持ちの高まりを送り返すって……どういうことでしょう? なぜ私は最初の電話を貰ったとき……


ぴりりりり!!

「っ!」



……何をするでもなく携帯を指でつついていたところに、相変わらず大きめな電子音が響き渡りました。


楓はもちろん寝ています。すぐさま電話をとりましたが……ちらりとだけ視界をよぎった文字には、「大室櫻子」とあったのを見逃しませんでした。

「あ、もしもしー?」


「も……もしもし」


「電話とんの早いね」


「え、ええ……ちょうど携帯見てたので」


「なに見てたの?」


「なにって……大したことじゃないですわ」


楓をちらりと見ながら、起こしてしまわないようなボリュームで返事を返します。


櫻子との電話の履歴を見ていたなんて、絶対に言えません。

「で……なんの用ですの?」


「え? 別にー」


「別に……?」



「お返しでしょ? 昨日の」


「!」


櫻子から告げられたその言葉は……私の意表を大きくついたものでした。


―――なんだ、覚えていたんですのね。


「おっ、覚えてたんですのね……」


「んー……忘れてたけど、携帯見てたら思い出したの」


「そう……」


櫻子の声は、初日に貰った元気な声とも、昨日のような不思議そうな声ともまた違う、落ち着いた印象の声でした。


というか、あれ……?

「なんか、眠そうですわね?」


「んー、今日はもう寝る」


「そういえば授業中も居眠りしてましたわよね」


「最近夜更かししすぎたみたいでさー……もう今日は眠くてダメ~」


「そう……まあ10時すぎてるし、べつに早寝ってわけじゃなさそうですけど」


「向日葵がいつも早すぎるんだよ」


「私は楓と一緒ですもの。部屋も暗くしなきゃですし、いやでも早寝になりますわ」


「あーそっか」


なんでもない櫻子の落ち着いた声を聞くたび、なんでもない返事をするたび、電話が鳴ったときの大きな心の揺れが収まっていくのがわかりました。


静かな空間で発せられる音は、微風を届ける扇風機が放つほんの小さな風切り音と、耳元からの櫻子の声だけ。


両手で持った携帯電話を、片手だけで持ち直して……開いた片手で、机の上にあった楓のおりがみをいじります。


この感覚、この気持ち……最初の日と同じ。

「それじゃあ、もう寝なさい。明日は居眠りしないようにね」


「はいはい、じゃーね」


「あ、それと……特に用事はなかったんですのね?」


「あー、ないない」


「そう……じゃあ、おやすみなさい。私ももう寝ますわ」


「ふあぁ……はい、おやすみー」


「…………」


櫻子の方から電話を切ったのを確認し、携帯を置きました。



『お返しでしょ? 昨日の』


(お返し……してくれた)

櫻子は、昨日の電話のことを忘れていませんでした。


忘れていたようだけど……たまたま目に入った携帯が思い出させたみたいです。それは今の私……お風呂の中で、抜け落ちたトゲの傷跡を見つめていた私にとって、まるで痛みも何もかもを消し去る魔法のように染み渡って行きました。


首振り扇風機の微風が私の首元に届いて涼しいです。お風呂上りの身体は、まだ少しだけしっとりしています。


この気持ちよさ、不思議で小さな高揚感。


初めて櫻子が電話をくれた日と同じような、あの感覚。



櫻子はもう寝るみたいです。眠そうにしてたのに、ちゃんと電話をくれるなんて。


ころんと寝返りを打った楓の髪を撫でて、私も布団の上に横になりました。


昨日はこうして横になっても眠れなかった。緊張のような胸の痛みがいつまでも刺さって、いつもより蒸し暑くて……


今思い返せば、なんで昨日の電話はあんなにも私の心を刺激していたのかしら。どんな内容を話していたかさえ、もうほとんど思い返せませんでした。

昨日の、お返し。


最初の電話の、お返しの電話の、お返し。


ふふ……いったい何回お返しをするんですの?


明日は私が、お返しをしないといけないのかしら。


お返しの電話……今じゃダメかしら?


明日のことはわからないけれど……今すぐにだったら、恥ずかしがらずに……お返しができそうですわ。



電話で話すだけでこんな気持ちになることは、今までの私にはありませんでした。だって私にとって電話は、なにか用事があるときに使うもの。


些細な用事くらいなら電話もしなかった。明日会うときに言えばいい、明日学校で言えばいいと先延ばしにすることもありました。


用件の無い電話って、なんでこんなに面白いのかしら。


机の上の理科のワークをバッグにしまってから寝ようと思っていたのに、この日の私はそのまま眠りに落ちてしまいました。


時間的には、いつもと変わらない睡眠だったけど……どうしてこんなにも、気持ちよく眠れたのでしょう。


――――――
――――
――



――
――――
――――――


まるで大事な書類にサインをするかのように、問題集への回答をゆっくり書いていると、筆圧に耐えきれなくなったシャープペンシルの芯がぱきん! と割れて、ちかちかとノックをすれば中に芯が入ってないことに気づきました。


替え芯をすっと補充して、しかし続きは書かずにペンを置きます。代わりに、充電器から携帯電話を外して手に取りました。


問題集に取り組む集中力など、今日の私は持ち合わせていないのです。気になるのはこの電話のことばかり。



最初の電話が、櫻子から私へのもの。


その翌日が、私が間違って櫻子にかけてしまった恥ずかしい電話。


そしてその翌日、つまり昨日は、櫻子からの “お返しの電話”。


今日は四日目……ここまでのことを考えれば、私が電話をかける番です。


しかし、今日の電話は今までとは少し違います。もし今日電話をかけるとしても、この電話には何の意味もないのです。


なのに私は、今朝からずっと電話のことが気になっています。何を話そうか、何時にかけようか、そればっかりを気にしていました。


目を閉じて、自問自答を繰り返します……一体これはなんの電話? もうお返しという手は使えません。一度お返しを使った人がまたお返しをするのは変です。


というか私は、なんでこんなにも櫻子に電話をかけたいと思っているのでしょう……?


思考回路がパンクしそうになり、一度携帯を置いて楓の髪を撫で、そのまま隣に敷かれている私の布団に寝転がりました。

今日の電話をどうするかは、今朝から……もっと言えば昨日の夜の電話が切れてからずっと考えていたことでした。


しかし私には、気になることがひとつあります。


ここ数日の櫻子は、朝私と顔を合わせて一緒に登校するときから、学校が終わって一緒に帰るときまで、電話に関しての話を一切してこないのです。


自分から話すことがどこか恥ずかしくて櫻子の様子をずっと伺っていたのですが、相変わらず関係ない話ばかりしていて、電話の「で」の字も出てきません。


櫻子は私と違って普段から色々な人に電話をしているらしいから、そのくらい気にも留めていないだけなのかもしれないけど……でも、普段交わさない私との電話を三日も続けているというのに。



時計を見上げると、午後10時15分。櫻子はまだ寝ていないと思うので、そろそろ電話をしても差し支えない頃合いです。


電話をするか、否か。


この電話にある意味は、なにか。


静かな空間で、どき、どき、と心臓が脈打つのがわかります。恥ずかしい電話をしてしまったときと同じ嫌な緊張が、ゆっくりと私の意識を蝕んで行きました。

今私が電話をかけなければ……この不思議な夜のやりとりは、今日をもって終わってしまうのでしょうか。


たった三日間だけのおかしなやりとり。きっと、これからも変わらずに続いていく日常の中に埋もれて、思い出されることもなくなってしまうような、ちいさなちいさな出来事。



でも私は……もっと気兼ねなく櫻子と話したい。


順番でいえば、間違いなく今日は私が電話をかける番。だけどそこには理由がなくて、掲げる建前も何もない。それでは気恥ずかしさに押し負けてしまって、私は動けない。


心の中で「ごめんなさい」と言いながら、私は逃げるように毛布を頭までかぶりました。一体誰への「ごめんなさい」なのか、自分でもよくわかりません。


そんなとき、



『だってさ~~……!』


「っ……??」


家の外から、よく通る笑い声が聞こえてきました。


声の主は二人。女の子の声です。


そしてそれは、私が今一番聞きたいと思っていた人の声……


毛布を跳ね除けて飛び起き、急いで窓を開けて外を見ました。

からからっと音を立てて開かれた窓に、声の主たちは気づいてくれました。


「あっ、向日葵!」


「櫻子……!」


そこにいたのは、ちょうどどこかから家に帰ってきた様子の、櫻子と撫子さんでした。



「あれー、部屋真っ暗じゃん。もう寝るの?」


「え、ええ……櫻子たちは? どこか行ってたんですの?」


「コンビニ。櫻子がアイス食べたい食べたいってうるさいからさ……ちょっと買ってきてあげたの」


「えへへへー……だって暑いんだもん」


櫻子は嬉しそうに、アイスの入った袋をこちらに見せつけてきました。


ずっと欲しかったおもちゃを買ってもらった子供のように、ご機嫌な様子です。

その嬉しそうな顔を見た私は……さっきまで毛布の中で丸まって抱え込んでいた櫻子への想いを、無性に打ち明けたくなりました。


今ならちゃんと、言える気がしたのです。そして今この時を逃せば、一生言えなくなるとも思えたのです。


「櫻子っ……!」


「ん?」


「あ、あの…………今日は電話、しなくてもいい?」



外はすっかり暗いので、私の顔が赤くなってしまっているのは櫻子たちからは見えないでしょう。


だからこそ、勇気を出せました。「会話の流れ」にうまく乗って、自然に想いを伝えられました。


「あーいいよ。もう寝るんだもんね」


「……!」

「なに? 電話って」


「ん? べつにー」


櫻子は不思議そうにしている撫子さんに含み笑いを見せると、「じゃーねーおやすみー」と手を振って、家の中へときびすを返しました。


撫子さんも「おやすみ」と言って、櫻子の後についていきます。二人が玄関の中に入っていなくなってから、私もゆっくりと窓を閉めました。


「…………」


両肩が少しだけ持ち上がるような、不思議な気持ちの高まり。ここ数日の楽しみにしている、静かで楽しい心地よさ。


その想いが、緊張がほぐれる安心感と混ざり、言いたいことを言えた小さな達成感が沁みわたってとけていって、心から安らかになれた私は……もう一度毛布の中に身体を滑らせました。



不思議な電話のやりとりは、今日も繋げることができました。


正しく電話はしていないけれど、ちょっとしたお話ができればそれは同じこと。なにより「電話しなくてもいい?」と聞いて、「いいよ」と言ってくれたのは櫻子の方。

誰に見られるわけでもないのに、緩む口元が恥ずかしくて毛布をあげて隠し、布団のやわらかな匂いを吸い込んで、私は目を閉じました。


まぶたの裏には、不思議そうにしている撫子さんに「べつにー?」と意味のある含み笑いを見せたさっきの櫻子の顔が、イメージとして張り付いていました。


二人の「特別」を周りから隠しながら共有する、そんなわくわくするような気持ちになれて、嬉しさを心の中でころころと揺らしながら、私は眠りに落ちていきました。


――――――
――――
――


――
――――
――――――


翌日は金曜日、またいつもどおりの日常。


電話のことは特に話さず、学校生活は何事もなく終わっていきました。


そして夜は、ちゃんと櫻子の方から電話がかかってきました。


本当はずっと心待ちにしていたのに、「また今日もかけてきたんですの?」とでもいうようなトーンの声で出てあげると、学校であった楽しいことを櫻子は話し、たったそれだけの内容の薄い電話なのに、私は通話口から届く櫻子の声にじわじわと温かみを感じていました。



「あ、そういや明日土曜日かー」


「そうですわよ。なにか用事とかあるの?」


「えー、特になにもないや……誰かと遊ぶ約束でもすればよかったなー」


「…………」


「……なんかする?」


「えっ?」

「向日葵どうせ暇でしょ? 『暇』わりだし」


「暇わりってなんですの……まあ、確かに予定はなにもないですけど」


「じゃあいいじゃん。久しぶりに楓と遊ぼうかな」


「ええ、喜ぶと思いますわ……じゃあ明日そっちの家に行きましょうか?」


「えーっと……いや、私がそっちにいくよ。なんか明日はねーちゃんの友達とかが来るらしいから」


「そう……じゃあ、待ってますわね」


「うん」


「……おやすみなさい」


「うん、おやすみ」



……電話というものは、単純に離れた場所での会話を行うというだけのものではない気がします。


だってこんな会話は……私たちがあらたまって顔を突き合わせていたら、絶対にできないことです。


お互いの顔が見えていないから。夜ということもあって声が落ち着いているから。眠くなって心がおとなしくなっているから。だからこんな約束ができるのです。


明日は久しぶりに、櫻子と一緒に過ごす休日。


なにをしよう、なにを話そう……朝起きたら、楓にも教えてあげないと。今日もすやすやと眠る楓の頭をなでながら、私は目蓋をとじました。




「ねえ」


「はい?」


「なんで始まったんだっけ。夜の電話」


「えっ……」


翌日、楓をつれて櫻子と一緒に公園に来ました。


楓のブランコを押して勢いづかせてあげていた櫻子が私の隣に座ると、いまや二人の中で「これを訊くことはタブー」のように定着していたその疑問を、櫻子は何の気なしに問いかけてきました。



「最初は……あなたがかけてきたんですわ。携帯をしばらく無くしてて、掃除してたらそれが見つかったから、適当に誰かに電話してみようかなって」


「えーそうだっけ……よく覚えてるねそんなの」


「ええ、まあ」


櫻子から最初に電話がかかってきたときのこと、私は何度も何度も思い返していたので忘れるわけはありませんでした。

「今日は向日葵の番か」


「えっ?」


「ん? 電話。じゅんばんこに掛けるルールなんでしょ?」


「……ふふふっ」


「えっ、なに」


「そんなルール決めたなんて、一言も言ってませんのよ?」


「だ、だって今までずっとじゅんばんこに来てたじゃん! こうなったらもう、そういうルールってことなんじゃないの!?」


「わかってますわよ。改めてこういうルールだと言ったことはないけど……私だって自然とそう思ってましたわ。昨日だって本当は眠かったけど、あなたの電話が来るまで起きてようって思ってたし」



二人の電話が始まってから、私は櫻子との普段の会話も上手にできるようになった気がします。


別に今までが下手だったなんて思わなかったけど、ちょっとしたことでいがみ合ったり、口論になってしまったりすることもあったときからいえば、優しい気持ちで話すことができているのです。


それはまだまだ、目を合わせて話しあうほどではありませんが……ずっとずっと変わらない会話を繰り返していた私たちにとっては、そんな些細なことでも大きな変化なのでした。

「昨日はさ、本当は私……もう寝ようとしてたんだよ。ベッドの中からかけてたの」


「えっ? そうだったんですの?」


「でもさ、なんか変に落ち着かなくて眠れないの。なんでだろう? って思ったら、いつも電話をしてから眠ってたからなのかなって思えて……そういえば、三回目の電話もそんな感じだったっけな」


「それでかけてきてくれたんですのね」


「じ、自分のためにだからね。寝れないと困るからってだけだから」


「はいはい」



「……でさ、いつやめんの? これ」


「!」



先ほどの質問と同じように、いつの間にかできあがっていた不文律ともいえる大事な質問を櫻子がしたとき、ちょうど公園の入り口から船見先輩と歳納先輩がやってきて声をかけてくれました。


そこにはまりちゃんも一緒にいて、楓はまりちゃんと一緒に遊び始めました。櫻子も歳納先輩たちと話し始めます。櫻子の質問をどう返そうか迷っていた私もそこで先輩たちの方に向かったので、結局この質問の答えはそこでは語られないこととなりました。




しばらく遊んで、陽も少し傾きだしたので、私たちは先輩たちに別れを告げて家に戻りました。


暑い中を遊んでいたため、すっかり汗をかいてしまった楓が「はやくお風呂はいりたいの」というと、「じゃあ私と一緒に入るか!」と言い、櫻子はそのまま楓と一緒にうちのお風呂に入っていきました。


私は二人の入浴中の時間を使って、夕飯の支度をはじめました。いつもより長めに入ってのぼせかけた櫻子と楓が出てくる頃にはごはんも炊き上がって、空腹だったらしい櫻子はそのままごはんにありつきました。


食べ終わってお腹いっぱいになると、櫻子と楓は一緒に部屋へ戻っていきました。食器を洗ってそのままお風呂に入るから、楓のことをよろしくお願いしますねと言うと、早くも布団にねそべって楓と本を読んでいた櫻子は足をぱたぱたさせながら「んー」とだけ返してきました。


あの子……この調子だと、そのまま楓と一緒に寝ちゃいそう。



ぬるま湯のシャワーを当てながら、私はふと公園で訊かれた櫻子からの質問を思い出しました。


「いつやめるの?」なんて……そんなこと訊かないでほしかった。櫻子がどう思っているかはわからないけれど、少なくとも私はこの夜の電話を楽しく思っているし、できることなら続けていたい。


でもその一方で、このまま永遠に電話を続け合うとも思えません。大した内容があるわけでもない、数分程度の電話なんですから……きっとそのうち自然消滅ということになってしまうでしょう。


心の中では、それでもかまわないと思っていました。あの子が律儀になにかを続けるなんて、そうそうあることじゃないのは充分承知しています。携帯そのものをまたどこかへ失くしてしまうことだって大いにありえるのですから。


でも私は、できることなら……

お風呂を上がって身体を拭いていると、そういえばと思い出して洗濯機の中にいれた服のポケットをまさぐって携帯を取り出しました。


危ない危ない、洗濯してしまうところだった……言ってるそばから携帯を紛失しそうになってひやひやしていると、今日は私が電話をかける番だということを思い出しました。


お風呂を出て部屋に戻れば、櫻子はそこにいるはずです。


言いたいことがあるのなら、直接櫻子に言えばいい。


でも私は、いつの間にかできた暗黙のルールをこれからも守っていきたいから……


バスタオルを身体に巻いて、脱衣所から櫻子に電話をかけました。

「も、もしもし?」


「あ、櫻子?」


「なにどしたの……お風呂入ったんじゃなかったの!?」


「いえ、入りましたわよ? 今ちょうど出たとこですわ」


「なんだ、同じ家の中にいるのに電話かけてこないでよ……びっくりしたぁ」


「ふふふ。だって今日は私の番ですもの」


「そ、そうだけどさぁ……着信音で楓が起きちゃったらどうすんの」


「なに言ってますの、あなたはいつも私にそうやって電話をくれてるのに……というか、楓もう寝ちゃったんですのね」


「うん、ちょっと前からもうぐっすり。いっぱい遊んで疲れたんだと思う」


「そう……なんかあなたも眠そうですけど」


「ううん、それもあるけど……楓が寝てるから大きな声出せないの」


「あら、じゃあ私の気持ちがわかっていただけた? 私はいつもそうやって静かに電話しているんですのよ」


「なるほどね……確かにこれはうるさくできないや」



「……ねえ、櫻子」


「ん?」


「あの……公園でくれた質問、答えがまだでしたわね」


「あー……そういえば」

あのね、櫻子。


あなたのことはわからないけれど……私は、こうして電話でお話をするのがちょっとだけ楽しいんですわ。


寝る前はいつも携帯が気になるし、正直学校にいる間だって……夜の電話のことを考えていますもの。


あなたは面倒に思っているのかもしれないけど……少なくとも私は、もうちょっとだけ続けたいと思っています。


ただ、この先もずっと……ずーっと続けていこうなんて思ってません。きっとひょんなことから途絶えてしまうに決まってます。それは私もわかっていますわ。


また携帯を失くしちゃったのなら仕方ないでしょう。電話よりも先に睡魔が来ることだってあるでしょう。あなたがやり取りに飽きたなのら、飽きたって言ってくれてもいいです。


本当に、いつやめてもらっても構わないんですわ。でも……


でも、もうしばらくくらいは……続けてほしいとも、思ってます。


楽しい話じゃなくてもいい。一分にも満たない通話時間でもいい。なんでもいいから、もう少しだけ。

「……なにそれ?」


「いえ、別に……とりあえず、明日はあなたの番ですから。それだけ言っておきますわ」


「えー……忘れちゃったらどうしよう」


「そしたら仕方ありませんわね。でもあなたのことだし、忘れる可能性高そう……」


「なんだとー!?」


「しーっ、楓が起きちゃうでしょ……」


「あ……そうだった」


――――――
――――
――

髪を乾かして、パジャマに着替えて部屋に戻ると……ほんの十分ほど前まで起きていた櫻子も、明かりの消えた部屋で楓と一緒に眠っていました。


私と楓のふたつの布団の間に楓がいて、楓の布団のほうに櫻子が寝て……枕元には携帯があって、片方の手は楓を撫でたままになっています。


私も持っていた携帯を机の上に置いて、楓の隣に横になりました。


今夜は目の前に櫻子がいて、いつもとは違う気持ちが心の中で揺れています。

明日は日曜日。私も櫻子も、もちろん楓も特に用事はありませんので……きっとまた一緒にいるのでしょう。


金曜日に出た数学の宿題……どうせまだやってないのでしょうから、一緒にやってあげてもいいですわ。


今日お母さんがお菓子の材料を買い足してきてくれたから、それを使って何か作ってあげましょう。


そこまでしてあげれば明日の電話のこと……さすがの櫻子でも、忘れないでいてくれるかしら。


明日あなたが電話をくれれば、明後日私は必ず返しますわ。私はきっと、忘れませんもの。


電話しないと落ち着かなくて眠れないって言ってくれたこと……ちょっと嬉しかった。


なんだか私……あなたのこと……以前よりももっと、わかってきた気がしますわ。


べつに今までだって、わかっていたつもりでいたけれど……不思議ですわね。


偶然に始まったことだけど……あの日電話をかけてくれて、ありがとう。


まさかこんなことになるなんて、あのときは思いもしなかったけれど。


あなたと話す機会が増えて、私はとってもうれしいんですのよ。


本当はこんなこと……たとえ電話でも言えないんですけど。


それでも……想いは伝わってくれてると信じてますわ。


私のわがままを聞いてくれて、本当にありがとう。


明日の夜の電話も、楽しみにしてますからね。


あなたの寝顔を、もっと見ていたいのに。


だめ……眠くなってきちゃいました。


今夜はいい夢……見れるかしら。


おやすみなさい、櫻子……。



~fin~

ありがとうございました。

向日葵ちゃん誕生日おめでとう!!

乙!よかった!
向日葵ちゃんお誕生日おめでとう!

やはりさくひまは至高
向日葵可愛すぎてヤバい

おつ!!

心理描写が細かくて細かくて細かすぎて胸を衝かれて淋しくなって嘆いて涙が出て泣いて枕を濡らしながら二人をそっと羨んでどうしようもなく切なくなって沈んだ

乙乙

おつおつ
向日葵の誕生日にふさわしい、静かな、細やかな、柔らかな、温かい作品だと思った

やっぱり…ひまさくを…最高やな!

やっぱり…ゆるゆり君の…ひまさくを…最高やな!

おー、ええやん…

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