鷹富士茄子「吐息とお酒と」 (25)

時の流れとは早いものでして、気づけば12月となりました。今年も残すところあと僅かです。

クリスマスの公演を迎えてしまえば、いつの間にやら年賀状が届く時分となり、年の瀬の慌ただしさというものを改めて痛感することとなりましょう。

事務所の子によっては、パソコンでさらっと済ませてしまったりメールを送ったりと様々ですが、やはり私には手書きの方が性に合っているよう思えます。

ですからせっせっと葉書の束を積み上げている内に、ふと思い至りこうして一筆認めることとさせて頂きました。

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今年の初夏にスカウトをされ、この道を行くと心に決めた時、お二人はとても驚いたことかと思います。

当の私でさえ、最初のレッスンを受けるまでは実感というものがてんで湧いてはおりませんでした。

それでも日に日に出来ることが増えていくと、少しずつアイドルというものに近づいているような気がしてくるのですから、何だか不思議なものです。

まだまだ駆け出しの身ですが、夢を同じくする仲間たちと共に日々を精一杯過ごしております。

彼女たちとは、お二人がアイドルになることを認めて下さらなければ出会うこともなかったでしょう。良き友人を得れたこと、このことも感謝してもしきれません。

いつの日か彼女たちを島根に招き観光でもと思っています。ですから、その時は是非お二人にも紹介させて下さいね。

 
 まだまだ書き足りないことはありますが、この辺りで筆を置かせて頂きます。直接お話ししたいことばかりですから。

そちらに戻れるのは三が日を過ぎてからになりそうです。クリスマス公演、ニューイヤー公演と立て続けなので。

お二人にも是非観に来て貰いたかったのですが、どうにも難しいとういうことなので公演の様子をDVDに焼いたものを持っていきます。

それではお体に気を付けてお過ごし下さいませ。元気なお二人に会える日を楽しみにしております。
                            
                                                 かしこ


 「ふぅ。」

両親への手紙を書きあげて一息つくと、時刻は既に二十三時を回っておりました。

「別に明日出してもいいのでけれど……。」

カーテンの隙間からは僅かに夜空が覗きます。

開けてみれば白い月がぽっかりと、黒い画用紙に空いた穴のように浮かんでおりました。


「こんなにも月が綺麗ですから、いいですよね?」


深夜といっても良い時間に外出することへ何となく後ろめたさを感じ、誰に聞かせるでもない言い訳をして私はコートを袖を通すのでした。

部屋を出た先、女子寮の廊下は片側に部屋が並んでおり、その反対側には胸の高さほどの塀が落下防止のために備えられております。

その塀の向こうにはまだ明かりの灯った住居や、藍色の空を望むことできます。

廊下には人影はなく私一人。とても静かなものでした。

その静寂の中を歩けばコツコツと反響する足音。

それがしじまを破ってしまうことが勿体無くて、そろりそろりとなるべく音を立てないように歩きます。

時折吹く冷たい風。立ち昇る白い吐息。空気は澄んで夜空の星々にさえも手が届きそうな程です。

「冬の素晴らしさは早朝にこそありましょう」と彼女は言っていましたが、こうした夜も中々に良いものだと私は思うのでした。


エレベーターで三階から一階へ。

扉を出た先には女子寮のエントランス部分が広がっております。

そこには見慣れた方たちの姿がありました。


「あら。」


緩やかなウェーブの掛かった髪に、左右の色が違う瞳。

それが何だか悪戯好きの子猫のような風情で、初対面の時の印象は「年上にも関わらず可愛いお姉さん」といったものでした。


「こんばんは。」


そう、私は彼女――楓さんに返しましす。

楓さんの隣には志乃さんとあいさんが。その後ろにはプロデューサーと、彼の背中で幸せそうに寝息を立てるちひろさんの姿もあります。


「こんな夜更けにお出かけかい?」


あいさんが言います。


「ええ、手紙を出してこようかと思いまして。」


「わざわざこんな時間から出なくとも、明日じゃ駄目なのかしら?」


「何となく歩きたい気分なんです」と私が志乃さんに答えれば、それを聞いたあいさんは少し微笑んだようでした。


「なるほど。そう思うのも無理もない。確かに良い夜だからね。」


そう言ってあいさんは「ふう」と吐息を立ち昇らせます。

ふわりと浮かび上がった白い息は、そのまま静かに中空へと溶けこんで。

そして忽ちと見えなくなってしまいます。

彼女は、何だかそれを感じ入るように眺めているのでした。


 「へっくちゅ。」


そんな静けさを破ったのは、くしゃみ。

なんとも可愛らしいそれは、プロデューサーの背におぶられた彼女のものです。


「おっと、このままではちひろさんが風邪を引いてしまうかもしれないな。
 Pくん、悪いがそのまま彼女を背負って来てくれたまえ。ああ、部屋の前まで良いよ。後は私たちで何とかしよう。」


そう言って彼女たちはエレベーターへと乗り込みました。

確かちひろさんの部屋は四階にあったと私は思い出します。

一度、お邪魔したことがあるのです。

可愛い小物がそこかしこに並んでおり、普段の彼女のイメージとはかけ離れていて、とても驚いたことが今でも強く印象に残っているのでした。

杏ちゃんの持っている兎のようなぬいぐるみや、ぴにゃこら太までも置かれていまして、彼女たちから「どこで買ったのか」と尋ねてまで手に入れたそうです。

ですから、彼女の可愛いもの好きは筋金入りなのだと思います。


「ああ、そうだ。茄子くん。」


そんな物思いに耽っているとあいさんの声。

彼女は閉じようとするエレベーターの扉を押さえながら私に言います。


「ちひろさんを部屋に送ったらPくんをそっちに向かわせる。
 悪いけど少し待っていてくれないか。流石に一人歩きさせるにはちょっと遅い時間だからね。」


「いえ、悪いですから……。」


「いや、気にしなくていいよ。立っているものは親でも使えと言うだろう?
 俺もこんな時間に出歩かせるにはちょっと心配だからね。特に茄子さんはちょっと抜けた所もあるし。」


プロデューサーも言葉に少し戸惑う私。

一緒に出てくれるのはありがたいのですけど、そんな風に思われていたとは露とも知りませんでした。


「そんなに抜けてますか、私。」


「目を離すと迷子になりそうな危なっかしさはあるわね。
 好奇心に誘われてふらふらと蝶のように飛んでいってしまいそうだわ。」


思わず問いかければ、少し茶化すような声色で志乃さんは答えます。

素敵なオトナといった風情の彼女に言われてしまうと、少しお子さまな所があると自覚する私はぐうの音も出なくなってしまいます。

……少し、日々の暮らしを省みてみようかしら。


「確かにそんな感じはします。ですから少し待っていて下さいね。
 それと、この後、私の部屋でまた呑み直しますので茄子さんも良かったらどうぞ。」


楓さんの言葉に「君も少し抜けているからな」というあいさんの声が、閉じゆく扉の向こうから聞こえるのでした。


 彼女たちの言葉通り、待つこと十分ほどでしょうか。

「チン」と開いたエレベーターからプロデューサーが姿を現します。


「やぁ、待たせたね。」


「いいえ、わざわざ済みません。」


「気にしなくてもいいよ。俺も少し酔いを覚ましたいからね。」


そう、二人並んで歩き出します。

エントランスの扉を抜ければ、そこには冬の世界が広がっておりました。


「随分と冷え込むようになりましたね。」


「そうだなぁ。こう寒いといつ雪が降ってもおかしくないよ。」


女子寮は住宅街にあることもあって、時折過ぎる車のエンジン音以外はとても静かなのでありました。


「でも、こうした寒さを楽しんでこその冬だと、私は思うのです。」


あいさんのように「ふう」と息を吐いてみれば、それは白い靄となって夜空に消えてゆきます。

それが何だか物悲しくて、ぎゅうと胸を締め付けられるような心持ちになるのです。

言葉に言い表せないような、そんな少しの寂寥感が、不思議と愛おしく思えるのがこの季節でしょう。


「確かに。冬は雪見で酒が旨い。
 『春には夜桜、夏には星、秋に満月、冬には雪』ってね。」


「なんです? それ。」


私が問いかければ彼は照れくさそうに答えます。


「昔読んだ漫画の台詞さ。これだけあれば十分に酒は旨いってやつさ。
 最も、俺が言うと気障っぽくなっちゃうんだけどね。」


その言葉に、私は「ふふ」と思わず笑みが漏れてしまいます。


「酷いなぁ。似合わないって分かっているのに。」


「さっき抜けてるって言ったじゃないですか。そのお返しです。」


少し、弾んだ私の声。

やれやれといった風情の彼の声。

白い吐息と一緒に、宙へと消えて。

そんな静かな冬の夜は、瞬く星々と、優しくて柔らかな月明かりに包まれているのでした。


 その後、私たちは楓さんの部屋を訪れました。

楓さんは既に出来上がっているようでして、何とも言えぬ駄洒落を飛ばし、からからと笑っております。

志乃さんはというと顔色一つ変えずにワインを次々と開けていくのですから、私は流石に驚きが隠せません。


「……こりゃまた。」


呆気に取られたようなプロデューサー。

そんな彼もいつしか彼女たちに捕まったようでして、同じグラスに日本酒とワインを交互に注がれており、少し気の毒であります。

そういった有り様ですから、自然と私はあいさんと二人でお酒を楽しむこととなったのでした。


「騒がしくって済まないね。」


「いいえ、こういった雰囲気もお酒の楽しみですから。」


あいさんから四合瓶を受け取って彼女に注ぎ返します。


「そう言ってくれると助かるよ。私はどちらかと言うと静かに飲みたい質だが、これも悪くないと思える。」


目尻を下げて彼女はその整った唇を僅かに湿らせます。

私もお猪口の日本酒に口をつければ、体中がぽかぽかと温かになり「美味しい」と思わず声がもれてしまいました。


「うん。本当に旨いな。楽しければそれだけで酒は旨いものだ。」


その言葉が、先程のプロデューサー言った漫画の台詞と何となく重なって。

まだまだ嗜む程度の私はそのことをあいさんに言ってみるのです。


「なるほどね。確かに、今日のような日は外で呑んでもいいと思えるものがある。
 しかし良い言葉なんだが、彼が言うと気障っぽく聞こえるのは何でだろうね?」


くつくつ笑う彼女。

どうやらプロデューサーに気取った台詞は似合わないというのが私たちアイドルの共通した認識のようでした。


「茄子くんはどう思う? さっきの言葉。」


「私ですか。……風流だなぁとは思いますが、中々。
 その域まで達するには、まだまだ時間がかかりそうです。」


「そんなに難しいことじゃあないさ。
 キミはこんな寒空の中を歩きたいと言っただろう? 要はそういうことだよ。」


「そうなんですか?」


「ああ。お酒に関しては得手不得手があるからね。
 何も美味しく呑むことが重要なのではない。必要なことは季節季節を楽しむことだよ。
 はらはらと散る桜に胸を打たれ、澄んだ夜空に瞬く星々に思いを馳せる。そんな単純な気持ちでいいのさ。」


それならば何となく分かるような気がします。

物悲しくも愛おしく思えたあの気持ち。


「それはきっと儚さなのだろうね」と彼女は言いました。


「いずれ終わってしまうからこそ、楽しい日々というのは輝くのだろう。
 だから物事には終りがあるのだと私は思うよ。」


あいさんはその視線を三人へと向けます。

既にプロデューサーは酔いつぶれており、楓さんによってその顔はペンを走らせるだけのキャンバスとなっているようでした。


「……こりゃあ、そろそろお開きかな。
 やれやれ、時間とはやはり過ぎるのが早いものだね。」


「楽しければ尚更、といった所でしょうか。」


私が返すと「うん、全くその通りだ」と頷きます。


「花に嵐のたとえとは上手く言ったものだ。いずれその時が来るのならば、楽しまなくては損だろうね。
 そう考えれば、ああいった悪酔いだろうとも彼女たちは間違っていないのだと思うよ。」


そう彼女は残ったお酒をくいと流しこむのでした。


読みやすさ、読みやすさってなんだ
短いですがこれで完結となります
ありがとうございまいした

からから笑いてえな



もしかしてちょっと前に茄子さんと黒猫となんでも出てくる喫茶店みたいな話書いてなかった?
アレ好きだったから似たような雰囲気の作品読めて嬉しい

師匠のお言葉かな?
乙です


その話と同じ人です
そちらの方も見て頂きありがとうございます

あー。あれか。
あれも好きだったなぁ。

乙です!

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