金糸雀「カナは…私は…わきまえない」 (71)
アリス。お父様の中だけに生きる少女。夢の少女。
それはどんな花よりも気高くて どんな宝石よりも無垢で 一点の穢れもない。
世界中のどんな少女でも敵わない程の 至高の美しさを持った少女。
ローゼンメイデン。それは至高の少女候補。
アリスに最も近く、そして遠い…。
私は、そのローゼンメイデンで一番新しいお人形。第2ドール。
お父様はアリスを探していたし、願っていた。
私が生まれた理由もアリスになること。その一点のみ。
だから私は……
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「はじめまして、金糸雀。私の2番目の娘」
「お父様」
一目で解る。私のお父様だと。
私を生み出してくれた指が私の髪を梳く。
こうして私はこの世界で生を受けた。
それからしばらくはお父様と過ごしていたかしら。
お父様とお話したり、撫でてもらったり、バイオリンをプレゼントして頂いたり。
楽しかった。楽しかったけど、それはすぐに終わりを迎えたの。
私を抱き抱えたお父様は言った。
「金糸雀。箱庭を案内しよう」
お父様の箱庭。
初見での感想は…広い。
私にとっては、ただただ広かった。
「これからはここで生活しなさい。そして、仲良くね」
仲良く?
気が付かなかった。
目の前には、いつの間にか黒い羽根の天使がひとり。
「………」
その天使の視線に気付く。
冷ややかで怒りを交えた瞳。不機嫌な…いえ、不満を露わにした表情。
「あ、あの…、はじめまして。水銀燈…お姉様」
「………」
お父様の仰っていたお話とは違う。優しさなど微塵も感じない威圧的な眼差し。
「ローゼンメイデン第2ドールの金糸雀…かしら…」
「………」
その冷ややかな瞳は 多分一生忘れない。
忘れられない。
「水銀燈。姉として妹の面倒を見てやってくれないか」
「はい、わかりましたわ。お父様」ニコッ
その言葉を最後に、お父様はアトリエの扉へ入っていった。
その後は沈黙。ただただ静かな時が流れ、私は耐え切れずお姉様に話しかけた。
「………」
「あ、あの…」
「………」
「お姉様…?」
「………」
「水銀燈お姉様…?」
「私に妹なんていない」
「えっ?」
「ふざけないで頂戴。私に妹なんていない。ローゼンメイデンは私一人で十分よ!」
「!?」
「お、お姉様…?」
「ローゼンメイデンはこの水銀燈ただ一人で十分。この世界に必要なのは私とお父様だけでいい」
「貴女みたいなチンチクリンは認めないわ」
「ち、チンチクリン!?」ガーン
「い、いくらお姉様でもひどいかしら!」
「……」キッ!
「ひっ!」ビクッ
「次に『お姉様』なんて呼んでみなさい。叩き潰してあげるわ」
「覚えておきなさい。チンチクリン」ツカツカ…
「うぅ…」ウルウル…
「もおぉぉぉぉぉ!!なんなのかしらーーーー!!!」
「カナ絶対にくじけないんだからーー!!」
月日は流れ、私も箱庭での生活に慣れ始めた頃。
お父様は始めの頃は何度か私の所に来てくれていたけど、最近は音沙汰ない。
「あ、あの…」ビクビク
「……」キッ!
(ま、負けちゃダメかしら!)
「おね…、水銀燈!一緒にお菓子でも如何かしら?」
「…やぁーよ」プイッ
「そ、そこをなんとか…」テテテ
「さわらないで!」
「きゃっ!」ビクッ
「――フン!」プイッ
「あぅ…」
お父様のお話では、水銀燈は笑顔がかわいい優しいドールだと言っていた。
なんで私には辛辣なのかしら…。
「水銀燈、一緒にお茶でも如何かしら」
「……」ツカツカ
「…お姉様?」
「っ!」キッ!
「あなた…本当におばかさんみたいねぇ」グイッ
「きゃっ!」
「痛い思いをしないとわからないのかしら?」
「す、水銀燈…。あ、あのね…久しぶりにお父様が来てくれたから一緒にお茶でも…」
「いい加減にしなさいよ!!」
「!!」
「私は貴女と馴れ合うつもりなんてこれっぽっちもないの」ギリッ
「もう近寄らないで!いちいち関わってこないで!」ググッ…
「ぁ、あぁぁ…」ヘナヘナ ペタン…
「……フン!」プイッ
怖かった…。あの時の水銀燈はただただ怖くて…。
そして、そこで食い下がってしまった自分に怒りを覚えて…悲しくてしょうがなかった…。
「すいぎんとー!絶対にカナと一緒にお茶するまで諦めないかしら!」
(なんなの、この子…。しょうがないわね)
「はぁ…、貴女なにがしたいの?何が目的?」
「えっ?カナは水銀燈と仲良くなりたいだけよ」
「はぁ?ばかじゃないのぉ。付き合ってられなぁい」プイッ
「待つかしら」グイッ
「きゃっ」
「ちょっとぉ!羽根を掴むなんてヒドイじゃないの!」
「強行手段かしら」
「は、離しなさいよ!姉をなんだと思っているわけ!?」
「あら?私の事は妹と思っていないのでしょう?」
「……」ムカッ
「一緒にお茶してくれなきゃ離さないかしら!」
「なんですってぇ…!」イライラ
「それに、たまに来るお父様を一人占めしちゃうかしら」
「っ!」
「だから水銀燈が来てくれるまで、絶対ぜーったい離さないかしら!」
「…あーもぅ、わかったわよ!行くから離しなさい」
「やったーー!」
「はぁ…」
「えへへ…」
「…なによぅ」
「乱暴な事してごめんなさい」
(調子狂うわぁ…)ハァ…
水銀燈をお茶に誘うこと56回目。
やっと彼女をお茶会に誘うことができた!
彼女の逆鱗に触れる事も多かったけど、やっと少し前進ね。
「すーいぎーんとっ!」ヒョコッ
「………」
「あのね!カナ、バイオリン持ってるの。演奏するから聞いていてほしいかしら」
「…あなたが演奏ですって?ばっかじゃないのぉ」
「ばかじゃないかしら!行くわよ」
お世辞にも上手いとは言えない演奏。
水銀燈はいつも通り悪態を付いていたけど、それでも最後まで聞いてくれた。
嬉しかった。
お父様が言っていた水銀燈の優しさを少し見れたような気がして
本当に嬉しかった。
「……」ポロン♪ ポロロン♪
「水銀燈、何してるの?」
「こ、これは…!その…」アセアセ…
「あっ!ピアノ。練習してるのね」
「あ、あっち行きなさいよぉ」
「いいじゃない。よかったらデュエットしましょ」
「やぁーよ」ポロン♪
「了承と見たかしら」
「はぁ…」
「ところで、このピアノは?」
「これはお父様からのプレゼントよ。お父様ったらスパルタなのよぉ…」
「うふふ」
「なによぅ…」
たわいのない会話。お互いまだ上手じゃない演奏。
でも、水銀燈の事をどんどん知ることができて嬉しかったかしら。
たわいってなんだよ…
他愛だよ
「ねーねー!今日は冒険に行きましょっ!」
「やぁーよ。めんどくさいもの」
「もぅ!そんなグーたら乙女じゃいけないかしら。今日は果樹園に行くんだから!」
「えー…、遠いじゃないの…」
「あと水銀燈」
「……? なによ」
「このお部屋の散らかりようはなんなのかしら?」
「………」
「なんで片付けないのかしら?」
「…今やろうと思ってたのよ」
「じゃあ、冒険に行く前にお掃除しちゃいましょ!カナも手伝うかしら」
「えぇ~~…」
会う度に意外な一面を見せる水銀燈。
これじゃあどっちがお姉ちゃんかわからないかしら。
「ふぁ~、よく寝たわぁ」ノビー
「髪のお手入れしなきゃ。鏡、鏡」
「っ!!ちょっとなによこれ!」カナリアヘアー
「カナリアーーーーー!!」縦ロール
「あぁ、それ?水銀燈が眠っている間に髪型を変えてみたの」
「………」
「カナとお揃い♪かわいいかしら」
「金糸雀……言いたいことはそれだけかしら?」
「うん!」
「ふふ…うふふ……」
「水銀燈?」
「お仕置きよぉ!おばかさぁん」
「キャーーーー!逃げるかしらーーーー」スタコラサッサー
「待ちなさいよぉ!」
怒っているように見えるけど、意外と気に入っているみたいだったの。
ふふ、水銀燈ったら照れちゃって。
それと、いつの間にか私を名前で呼ぶようになったよね。
妹として見てくれているみたいで嬉しかったかしら。
「お誕生日?」
「えぇ、そうよ」
「人間には生まれた日を祝う行事があるのよ。だからお父様にもきっとお誕生日があるわ」
「へー。それじゃあ、お父様のお誕生日を祝うのね。いつなのかしら?」
「知らないわぁ。だから金糸雀。貴女が聞いてきて」
「えっ?カナが聞くの?」
「もちろんよ。姉の役に立ちなさい」
「二人で聞けばいいのに…」
「わ、私はいいのよ」
「あーっ!水銀燈ったらお父様にお誕生日聞くの恥ずかしいんでしょぉ」ニヤニヤ
「う、うるさいわね!早く聞いてきなさい」
「仕方ないわね。行ってくるかしら~」ニヨニヨ
お父様からお誕生日を聞いてきたら、二人で作戦タイム!
プレゼントや飾り付け、ケーキでお祝いするのが一般的なんだって。
二人で散々話し合ったけど、この日は良い案が出なかったかしら。
「すいぎんとーっ!早く行くわよ」
「もうちょっとゆっくり行きましょうよぉ」
「ダメかしら!カナは今日を楽しみにしてたんだから」
「わかったわよ」
「じゃあ水浴びしに小川にしゅっぱーつ!」
「ちょっと待ちなさい」
「お父様から遊泳用の衣装(水着)を頂いたわ。これで泳ぎましょう」
「えっ?なにかしら、これ。水浴び用の衣装なんて聞いたことがないわ」
「お父様が言うには、これからこういう衣装が広まるそうよ」
「へー、すっごく可愛いかしら!」
「お父様に水浴びするって言ったら作ってくれたのよ」
「お父様に感謝しなさい」
「うん!お父様にも後で伝えるかしら。その前に…」
「ありがとう、水銀燈。今日のためにお父様に頼んでくれたのね」
「い、行くわょ!」プイッ
ふふ、水銀燈って意外とお姉ちゃんっぽいよね。
面倒見がいいかしら。
「ここかしら。果樹園の近くの小川。ここで泳ぎましょ」
「浅瀬だから泳ぐってより水浴びだわぁ」
「きゃー!冷たーい」
「ちょっと!準備運動くらいしなさいよ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――
「水銀燈くらえかしらー」バッシャ! バッシャ!
「わぷっ!やったわねぇ」バッシャ! バッシャ! バッシャ! バッシャ!
「キャー!すごい反撃かしらー!」ニゲロー
「待ちなさぁい!」
キャッキャッ カシラー!
マチナサイヨォ! イヤカシラー!
「冷たくて気持ちいいかしら~」
「そうねぇ」
「水に浮かんでるの気持ちいいかしら~」
「そうねぇ」
「天蓋の大時計が見えるかしら。…今はお昼なのね」
「お腹減ったわねぇ」
「お腹減ったかしら…」
「……サンドイッチなら作ってきたわよ」
「ほ、本当かしら!?」ガバッ
「え、えぇ」ビクッ
「じゃあ、食べましょ!」
「えぇ。取ってくるわね」
「わかったわ。待ってる間、カナは少し泳いでるかしら」
「少し深いところに行ってみるかしらー」
「さてと…。こんな感じで広げればいいのよね」
「金糸雀、準備できたわよ。さっさと来なさい」
「」バッシャバッシャ
「川から出てきなさいよ。全部食べちゃうわよぉ!」
「た、助け……」バシャバシャバシャ
「金糸雀!?まさか溺れてるの!?」
「」ブクブク…
「金糸雀!!」バッ!
「ここは…」
「…貴女の鞄がある部屋よ」
「水銀燈…?」
「貴女、バカだとは思ってたけど本当におばかさんね。川で溺れるなんて」
「水銀燈が助けてくれたの…?」
「貴女がどうなろうと構わないけど、目の前で溺れてたら寝覚めが悪いから」
「ずっと手を握ってくれてたの?」
「ち、違うわよ!これは脈を測ってただけよ!」
「ふふ…、ドールに脈なんてないかしら」
「……」
「……」
「ねぇ」
「うん?」
「なんですぐに助けを呼ばなかったのよ」
「それは…水銀燈に迷惑かけちゃうと思って…」
「はぁ…だから貴女はおばかさんなのよ」
「どっちにしても迷惑はかけてたわよ。だったら大声で助けを呼びなさい」
「うん。ごめんなさい…」
「サンドイッチ…、食べられなくてごめんね…」
「あとで食べればいいわよ」
「そうよね…」
「……」
「水銀燈」
「なに?」
「ありがとう」
「いいからゆっくり休みなさい」
「そっちじゃなくて、手の方」
「手を握っていてくれて、ありがとう。お姉様」
「……くだらない事言ってないで早く寝なさい」ニギッ
「うん」ギュッ
悪態を付きながらも、水銀燈は私が眠りに就くまで手を握っていてくれた。
次の日
「よぉーし!今日も小川で水浴びしに行くかしら!」
「はぁ!?貴女イカれたんじゃないの?昨日の今日でなんでまた行くのよ…」
「リベンジかしら!」
「付き合ってられないわぁ」
「今度は小川を眺めながらサンドイッチが食べたいかしら」
「私は行かないわよ」
「えぇ~~、一緒に行こうよー」
「やぁよぉ」
「行くったら行くかしらー!」
「病み上がりなんだからせめて明日にしなさいよ。お父様も心配してたわよ」
「えっ!?お父様が?」
「貴女が眠ってる間に来たのよ」
「そうだったのね」
「サンドイッチならまた作ってあげるから明日にしなさい」
「そうね!お父様にもお礼言ってくるかしらー」ピュー
「はぁ…、なんであんなに元気なのかしら」
つづく
金×銀いいぞ~これ
久々のローゼンSS、期待
銀金かわいい
今年は他にもローゼンSSを書いてたりしたのよ。
少ないけどね。
それでは投下します。
「水銀燈、お誕生日の出し物考えた?」
「……」
「その様子じゃまだみたいね」
「…貴女はどうなのよ」
「カナはね、ピアノとバイオリンの二重奏がいいと思うの」
「はぁ!?正気なの?お父様ってば音楽にも携わっていたのよ」
「大丈夫かしら!要は気持ちを伝えるのよ。とにかく一生懸命やるかしら!」
「……」
「他に案もないし良いと思うの」
「……わかったわよぉ」
それからは、よく水銀燈と演奏の練習をしたかしら。
~~♪~~~~♪
「ねぇ、またそこ間違ってるわよ。おばかさんねぇ」
「そういえば水銀燈」
「なによ」
「水銀燈って時々カナの事を『おばかさん』って言うかしら。あれってなんでかしら?」
「おばかさんだからおばかさんって言ってるだけよぉ」
「なんか納得できないかしら」
「フン」
「あんまり言うとお父様に言いつけるかしら」
「はぁ?何を言いつけるのよ」
「水銀燈がグータラしている事を」
「ちょっと!」
「おばかさんって言わないならお父様には黙ってるかしら」
「久しぶりに私を怒らせたわね。金糸雀」
「ちょ、ちょっとした冗談かしら~」テヘペロ
「待ちなさいよぉ!」バサッ
「嫌かしらー!!」ピュー
「飾り付けはこんなところかしら」
「えぇ、そうね。料理も作ったし…あとはお父様をお呼びするだけだわ」
「楽しみかしらー!」
「そろそろお父様を呼んできてちょうだい」
「アイアイサー、かしらー」ピュー
「呼びに行くって言ってもアトリエの中には入れないのよね…」
「お父様が出てくるまで待つしかないのかしら?」
「いっそここで呼んでみようかしら」
『その必要はないよ』
「えっ!?お父様?どこから喋ってるのかしら?」
「ここだよ。金糸雀」
「お、お父様!?いつの間にカナの後ろに居たの?」
「あぁ、今日は二人に見せたいものがあってね。そっちはなんの用だい?」
「そうだったかしら。お父様こっちに来て!」グイッグイッ
「おっとっと、じゃあ行こうか」
「おおっ!これはすごい」
「お父様、お誕生日おめでとうございます」
「お父様おめでとうかしらー!」
「そうだった。忘れていた」
「どうぞこちらにお掛けください」
「この料理とケーキは?」
「私たちで作ったのよ。お父様」
「本当にすごいな。ありがとう」
「じゃあ、一緒に食べるかしら」
「ちょっと待ちなさい。演奏が先よ」
「演奏?」
「そ、そうだったかしら。お父様、カナ達は演奏をプレゼントするかしら」
「私と金糸雀の二重奏です。お聴きください」
~~~♪~~~~♫~~♪
「お粗末さまでした」
「どうだったかしら?」
「素晴らしい!」パチパチパチ
「料理も美味しいし、二人共成長したようだな」
「えへへ、嬉しいかしら~」
「お褒めに預かり光栄ですわ。お父様」
「二人共、一緒に食べようか」
「はい」
「待ってましたかしら!」
「あー、我ながら美味しいかしらー」
「貴女は私の手伝いをしてただけでしょ」
「カナも少しは料理したかしら!」
「どうだか」
「ふむ、仲は良いようだね」
「そ、そんな事ないです!お父様」
「んーん、お父様の言う通りかしら。すっごく仲良しなんだから」
「仲良しじゃないわよ!」
「良い感じだな。それも含めてお前たちに話があるのだよ」
「あっ!お父様は見せたいものがあるって言ってたけど、その事かしら?」
「あぁ、これだ」ピラッ
「えっ、これって…」
「お人形の設計図かしら?」
「お、お父様…。まさか…」
「あぁ、水銀燈。また新しい人形を造ろうと考えている。姉妹が増えるのだよ」
「し、しかもこれって…、双子かしら」
「!?」
「その通りだ。金糸雀。今度は第3ドールと第4ドールを同時に造る」
「ど、どうして…」
「………」
「お、お父様…?」オロオロ
「……っ!」バサッ
「あっ!水銀燈!!」
「………」
お父様は何かを考えているようだった。
そして、私は…
「お父様……あの…」
「水銀燈を追いかけるので今日はお開きにしましょうかしら」
「後片付けは後ほど行うので。それでは失礼します」
「あぁ」
どうしてまた姉妹を造るのですか?
私は喉まで出かかった言葉を飲み込み、水銀燈を追いかけた。
――――箱庭のガラクタ園
「………」
「やっぱりここだったのね」フワッ
「………」
「水銀燈、お隣座るわよ」
「………」
「………」
「とんだお誕生日会になっちゃったかしら」
「……」
「大丈夫。お父様にはちゃんとお開きにするって言ってきたから」
「………」
「水銀燈、私ね。水銀燈の気持ちがやっと解ったかしら」
「……」
「妹が出来るってこんな感じなのね。カナは届かなかった。アリスに…」
「っ!」
「人間の姉妹だったら妹が生まれるのは嬉しいと思うかしら」
「でも、私達お人形には…ローゼンメイデンには『アリスに届かなかった』という烙印を押されるだけ」
「妹なんていらないって言った水銀燈の気持ち…今ならわかるかしら」
「…そうよ。お父様が目指しているのは『アリス』ただ1人」
「次の妹が生まれるということは、私は…私達はいらないと言われたようなものよ…」
出会った頃は会う度に意外な一面を見せてくれた水銀燈。
でも、私はこんな水銀燈を初めて見た。
「なぜ?なぜなの?なぜ私じゃいけないの!?」
「私はお父様を…こんなにも愛しているのに…」
時には優しく、頼もしい…あの凛々しい彼女は 今では見る影もない。
大きく見えた背中は今では本当に小さく…か細く見えた。
震える肩を抱く水銀燈。
もしかしたら、この先姉妹はもっと増えていくのかもしれない。
その度に私達は…彼女はこんな思いを抱いていかなければならないのかしら。
私も少なからずショックを受けている。
でも、お父様にはお父様の考えがあるし、私がとやかく言えることでもない。
私は2番目。それだけのこと。わきまえているから耐えられる。
じゃあ、水銀燈は…?
「うぅ…グスッ…」
「水銀燈…」
水銀燈にとってはお父様こそすべて。
私も勿論お父様を愛しているけど、水銀燈には負けると思う。
だって水銀燈が居たから。私にはお父様と同じくらい大事な人が傍にいたから。
『金糸雀!!私につかまって!』
『もう大丈夫よ。金糸雀』
『……くだらない事言ってないで早く寝なさい』
今度は私が水銀燈を助ける番かしら!
「水銀燈…、元気を出すかしら。あのお話はカナもショックだったけれど受け入れなきゃ」
「それに、お父様にはお父様の考えがあるから話してくれたんじゃないかしら?」
「……さい」ボソッ
「えっ?」
「うるさいわよ!」
「!」
「さっき私の気持ちがわかるって言ったわね」
「そ、そうかしら。今なら水銀燈の気持ちが… 「だまりなさいよ!!」
「貴女に何がわかるって言うのよ!!」ガッ!
「キャッ! す、水銀燈…」
「私の…」
「私だけの…」
「私一人だけのお父様だったのに…」
「私だけが…ずっと…」
「ずっと…」
「ずっと傍で 見つめ続けてきた…のに…」
「妹なんていらない…」
「お父様だけ居てくだされば…何もいらないのに…」
「ヒック…どうして…どうしてなのよぉ…グスッ…」
「ヒック…グスッ…うぅ…」
「水銀燈」ぎゅっ…
「………」なでなで
「ヒック…っ…ふぁ…」
「ぅ、うぁああぁああ…ぁあああぁあぁ…」ぎゅっ
「………」なでなで
――――――――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――
あれからどのくらい経っただろう。
カナの胸で一頻り泣いた水銀燈は 今では微動だにしない。
泣き止んだのはいいのだけれど、身動きが取れない。
「す、水銀燈?もしもし?もしかして寝ちゃったの?」
「………」
「もしや…」
「うっかりカナの胸で泣いちゃったけど、冷静に考えると恥ずかしくて顔を上げられない…とか?」
「……」ギクッ
「水銀燈ったら。もう起きるかしらー」ユッサユッサ
「……」ムクリ
「…なによぉ」ボロッ
「うわ…ヒドイ顔かしら。美人が台無し」
「あんたやっぱりジャンクにするわよぉおお!!」キー!
起き上がった水銀燈の顔は 涙でもうボロボロ。
でも泣いてスッキリしたみたい。元気を取り戻したみたいで安心したかしら。
私と水銀燈は前よりも もっと仲良くなった。
水銀燈はそんな事ないって言い張ってるけど 絶対前より仲良しになったかしら。
いつものように水銀燈と遊ぶ毎日。
でも、この時のカナはお父様の異変に気が付かなかったの。
気づいていたのは水銀燈だけだった。
そして、運命の日。
「はじめまして、お姉さま方。僕は第4ドールの蒼星石。そしてこっちは…」
「……」ササッ
「蒼星石の後ろに隠れたのが第3ドールの翠星石だ」
「よろしくかしらー」
「………」
「水銀燈、どうしたの?」
水銀燈は翠星石と蒼星石には目もくれず、お父様だけを見続けていた。
「私はアトリエに戻る。水銀燈、金糸雀。二人の面倒を見てやってくれ」
「………」スタスタ…
「ぁ…お父様…」
「またお会いしましょう。お父様」
「……」ギィイ バタン!
「水銀燈と金糸雀。これからよろしく」
「うん!お父様に頼まれたからにはカナ張り切っちゃうんだから!」
「まずは翠星石!お姉さんとして色々教えてあげるかしら~」グィッ
「い、いやですぅ!蒼星石助けてーーー!!」ギャー!
「ちょっと!乱暴はやめてよ!」
(お、おばかさぁん!)アワワ…
当時の私は初めて妹が出来て舞い上がってたかしら。
まぁ、よくあることよね。
「お姉さま怖い。金糸雀怖い。お姉さま怖い。金糸雀怖い」ガクブル
「す、翠星石――!!」ガビーン
「あれ? 翠星石ったらどうしたのかしら?」キョトン
(天然って怖いわねぇ)
「ところで金糸雀。お父様の様子少しおかしくなかった?」
「えっ?そうかしら?カナは特に気にならなかったけど」
「それならまぁいいわ」
「えっと…、翠星石はまだ慣れないみたいだから僕たちは別々に暮らすよ」
「勝手にすればぁ。元々私たちも別々に暮らしてるしね」
「みんなで一緒に暮らしたかったかしら…」
「いやよ」
「……」
「た、たまになら会いに来てもいいですよ。もう変な事しないなら歓迎してやるです」
「ほ、本当かしら!」キラキラ
「で、でも、まだ信用ならないから当分先です!」ササッ
「はは…、ところで君たちはどこに暮らしてるんだい?」
「カナたちはガラクタ園かしら。そういえば、翠星石と蒼星石は庭師なのよね?」
「うん。そうだよ」
「なら……」
私は二人に薔薇園を勧めた。庭師ならもってこいの場所。
私達はあまり行かないけど、この二人ならきっと気に入るだろう。
あれからどのくらい経っただろう。
水銀燈はたまに遊びに来るけど、基本的に姉妹たちは無干渉。
私達は別々に暮らしている。
もちろん、カナからみんなに会いに行く時もあるけど、最近はめっきり減ってしまった。
減ってしまったといえば、最近お父様のお姿を見ていない。
昔はよく遊びに来てくれたのに…。
水銀燈の言う通りかしら。
水銀燈の話では、双子が生まれてからお父様の様子は変わったらしい。
『らしい』と付けたのはカナにはいつも通りに見えたから。
水銀燈にしかわからない事があるんだと思う。
よく箱庭に足を運んでいたお父様。
双子が生まれてからは彼女達に会いに来ていたけど、最近はアトリエに篭もりっぱなし。
あとは水銀燈も少し変わってきたの。
いつも通りお父様にデレデレだったのに、急に怒り出したかしら。
初めて見る親への反抗。しかも姉妹で一番お父様を愛しているハズの水銀燈が。
あの不機嫌な表情をまた見ることになるとは思わなかったかしら。
まぁ、お父様に関してはしょうがないのかもしれない。
自分の心を消費するお人形作りだもの。代償は付き物かしら。
でも、この時のカナ達には知る由もなかったの。
ん? あぁ、そうね。その後の話をしましょうか。
お父様のお誕生日会も祝わなくなったし、水銀燈とも疎遠に…。
それだけが原因ではないのだけれど、私も眠る回数が増えていったわ。
そんなことをしている内に また新しい妹が誕生した。
「………」ギィイ バタン…
「ぁ…」
お父様は新しい妹を置いて去っていった。
お父様の様子が変だったのは知ってたけど、まさか一言も喋らないなんて…。
彼女を箱庭に置き、アトリエの奥に戻っていったお父様。
私達にも何も挨拶せずに…。
「ふーん、お前が新しい妹ですか。なんて名前です?」
「翠星石…。あいさつを交わすなら僕の後ろから出てきてよ」
「いやです~」
「……」
「あぁ、ごめんよ。自己紹介をしようか。僕は第4ドールの蒼星石」
「翠星石ですぅ」
「はじめまして!次女の金糸雀かしら」
「し、真紅です…」
この頃の真紅はまだ借りてきた猫状態。
女王様的な感じになるのはもう少し先だったかしら。
「さぁて!りんごを取りに行きますか」
「今日は無茶しないでよ」
ある程度あいさつを交わし、双子は帰っていった。
私も帰ろうと思ったのだけど…
「………」
少し涙目になりながら、お父様から頂いたであろう本を抱きしめる真紅。
双子は勿論のこと、私には水銀燈が傍にいた。
でも、この子の傍には誰もいない。
「………」
真紅はとうとう扉の前でヘタリこんでしまった。
姉として真紅と一緒にいた方がいいのかしら?
それとも…
翠星石の時を思い出す。
果たして自分は水銀燈のようにお姉さんとして振る舞えるのかしら…?
正直迷っていた。そんな時だった。
「貴女、名前は?」
「し、真紅…」
「あ、あの…あなたはだれ?」
「私はローゼンメイデンの第1ドール 水銀燈」
「すいぎん…と?」
「誇り高いローゼンメイデンがそんなに泣くんじゃないわよ」
「は、はい…」
「さぁ、泣いてないでこっちに来なさい」グィ
「ぇ…」
「新しい妹にお茶の一杯でも淹れてあげるのがレディの嗜みよ」
驚いた。
あの水銀燈が 新しい妹に自分から話しかけるなんて。それにお茶まで。
真紅の事がよっぽど気に入ったのかしら?
いいえ、違う。カナは知ってる。
これが本来の水銀燈なのよね。
「金糸雀、何してるの。あんたも来るのよ」
「水銀燈から誘ってくれるなんて…カナ感激かしら!」
「うるさいわね。いいから来なさい」
このお茶会も真紅の面倒も短期間だったけど
久しぶりに楽しい時間を過ごせたかしら。
真紅が箱庭に来てだいぶ経った。
私はまた『冬眠ごっこ』やバイオリンの練習、
お父様から頂いた人口精霊のピチカートとゆったり暮らしていた。
時々、水銀燈がいつか言っていた『本当に退屈』…その言葉を思い出す。
私たちは一体いつまでここに居て何をするのだろう。
なんのために生まれて来たんだろう…。
答えは出ない。
苦しむくらいなら夢を見ていたほうが楽だった。
ローゼンメイデンにとっての夢は少々特殊なの。
人間で言う明晰夢のように自分の意思で動くことができるわ。
今回の夢は…ローゼンメイデンがまだ二人だけの時のもの。過去の夢。
私にとっては充実した毎日。でも、切ない夢。
怖い夢よりはマシなのだけれど…。
『新しい妹なんていらない』
『私だけのお父様だったのに…』
『ねぇ、金糸雀。聞いてる?』
「ちょっと金糸雀!起きなさい!」
えっ?
「ふぁ~~、よく寝たかしら」
「やっと起きたわね。まったく…」ハァ…
「それにしても、まさか『冬眠ごっこ』の間に妹が生まれているなんて」
「いい気なものね。はーぁ…、やってられないわ」
水銀燈は強くなったと思う。最初の頃よりは本当に強くなった。
でも、たまには弱さを見せてくれたら嬉しいかしら。
「機嫌が悪いのね。水銀燈」
「あっちもこっちもこう仲良くなってはね。真紅の苦しむ顔が見たかったのに…」
真紅が成長して高圧的な性格になってから、二人は時々ケンカをするようになった。
まぁ、水銀燈的には妹が反抗期に入ってイラっとする姉の気持ちかしら?
ケンカするほど仲が良い。ふふ、本当に真紅が好きなのね。
「お父様もお父様だわ。一体どれだけ…」
「貴女は何も感じないの?金糸雀」
「決めるのはお父様かしら。私は届かなかった…。それだけのことかしら」
そう。私はわきまえてる。
お父様にはお父様の考えがある。
私が最後のドールになれなくても 受け入れる覚悟は出来ている。
「……」
「でもいいの。だって逆転勝利もあるかもなんだから!」
「はっ…」
逆転勝利。
それはただの現実逃避。あればいいなぁってくらいの気持ち。
わきまえてるから。
でも…
「そろそろ新しい妹にあいさつしないといけないわね」
「……」
「真紅の所に居るのよね?」
「真紅が面倒を見ているそうよ」
「ねぇ、水銀燈。一緒に行きましょ」
「はぁ?やぁよ」
「そう言わずに行くかしら~」グィ
「ちょ、ちょっと!」
「仲間に入りたいなら素直に『まぜて』って言ってしまうのが勝ちかしらっ」
「貴女だって第6ドールの事が気になるでしょ?真紅にも会えるし」
「私は別に…」
「善は急げ!それが賢いレディのやり方かしら~~」
「ちょっと!聞きなさいよ」
私はただ姉妹たちと穏やかに過ごしたい。
逆転勝利を心から望んでる訳ではないかしら。
「やっほー!真紅」
「あら? 金糸雀。久しぶりね。それに水銀燈も」
「――フン」
「真紅ー。誰なの?」
「おぉっと!自己紹介がまだだったかしら!」
「私はローゼンメイデン一の頭脳派!第2ドールの金糸雀かしら」
「特技はバイオリンよ♪」
「ほぇ~、二番目のお姉さまなのね」
「ヒナはローゼンメイデンの第6ドール 雛苺なのー!」
「よろしくかしらー!」
「チッ…、うるさいコンビだわ」
「そういえば、水銀燈はもう会っているのでしょう?」
「うん!一番上のお姉さまなの!」
「えっ?もう会ってたのかしら」
「たまたま真紅の所に来たら居たのよ」
「これで姉妹全員にあいさつできたわね。雛苺」
「うん!」
雛苺は真紅に懐いているようだった。
まるで当時の私と水銀燈みたい。
それからは色々あった。
それまで互いにあまり関心を持たなかった私たちが
雛苺をきっかけに少しずつ近づき始めた。
真紅曰く『不思議だけれど、とても心地よい』
カナも同意見で、真紅がお茶会に招待してくれた時は本当に嬉しかった。
いつか姉妹全員で何かできたらいいなって思っていたから。
私は水銀燈を無理やり連れて行ったものかしら。
お茶会を何度か開くうちにお茶会以外でも集まるようになった。
私と水銀燈は薔薇園で久しぶりに演奏
真紅は翠星石のりんご取り(真紅は意外に力が強い。翠星石談)を手伝わされたり
水銀燈と雛苺はお眠りバトル(雛苺が勝ったかしら)をして遊んで
蒼星石は花壇のお手入れを、真紅は紅茶の煎れ方を教え合った。
私達はたしかに姉妹だった。
平凡で普通の日々。でも、私達にとっては初めてのこと。
本当に幸せだった。
幸せだったけど、それも長く…長く続くと飽きてしまうのね。
どのくらいの時が経ったのかしら…?
そんな中、唐突にあの日は訪れた。
「もう何度目のお茶会かしら…」
「ふぁ~~、よく飽きないですねぇ。真紅」
「仕方がないわ。他にやることがないんだもの」
そう。やることがなかった。
真紅の目もどことなく覇気がない。
私達は本当になんのために生まれてきたのかしら。
「ねぇ、知ってる?人間はね、毎日のお茶の時間の他にも誕生日にもっと特別なパーティをするのですって」
お誕生日…。私にはもう遠い記憶のできごと。
「あらぁ素敵!でも私達には誕生日がないじゃない」
「なんでもない日を祝いましょう。なんでもない日おめでとうって!」
あぁ…、カナの目は節穴だったかしら。水銀燈は強くなった?
違う。もう限界だったのね。
「ここにいる全員!長すぎる退屈にとっくにおかしくなってるんだわ!」
「だってそうでしょ!?本当はみんなわかってるんでしょう」
お父様のお誕生日に 泣きじゃくる水銀燈を抱きしめた事があった。
あの時の水銀燈は脆く儚く…守ってあげたくなるような存在で…。
水銀燈は強くなったですって?今の彼女もあの時と同じように見えるかしら。
でも…昔と今は違う。
私はどうすればいいの?水銀燈…。
「…お父様はお忙しいのよ…。今にきっと第7ドールを連れていらっしゃるわ。…きっと…もうすぐ…」
自分に言い聞かせるように…声を絞り出すように喋る真紅。
お父様が姿を現さなくなって もうどのくらい経ったのか…数えたくもない。
「第7ドール? ふふっ」
「そんなもの本当にいるのかしら?だって姿も影も誰も見たことがないじゃない」
「ねぇドールズ。いい加減認めなさいよ」
「私達もうとっくにお父様に捨てられたの。この箱庭に転がされているガラクタ達とかわらない」
「ただのジャンクなのよ!」
「違う…!違うわ。 わ、私達にだって 生まれてきた意味があるはずよ…!」
雛苺が涙を流す。
みんな薄々は感じてた。
もしかしたら 私達は捨てられたのかもしれない…。
生まれた意味なんてないのかもしれないって。
水銀燈。
私達が何気ない日常を送っている間、そんな事ばかり考えていたの?
私達全員に絶望を抱かせるには十分な時間だった。
生まれた意味…。もしかしたら、私たちにそんなものはないのかもしれない。
そう思った矢先だった。
パァン!!
「ブラボォ!!」
「なんと心震えるトラジコメディ(悲喜劇)。素晴らしい!」
「観客の皆みな様。惜しみない拍手を」パチパチパチ…
「――――さぁ、お人形さんがた。幕は上がりました」
「お待ちかねのデウス・エクス・マキナ(機械仕掛けの神)の登場にございます」
「道案内に参りましたよ」
「さぁ、この箱庭から旅立つ時が来たのです」
「…うさぎ?」
「まさか第7ドール?」
「いいえ、貴女方が愛するお父様の古い馴染みでございます。『ラプラスの魔』とでもお呼びください」
「さあ!盛大に祝いましょう。今日は特別な『なんでもない日』」
「なんでもない日のなかのなんでもない日。お父様からとびきりのプレゼントを授かっているのですから」
「お、お父様が…?」
「そうです!退屈をもてあますお人形さん達の為に、お父様がゲームをご用意くださったのですよ」
「さぁ…お嬢さん方、さよならの時間です」
いきなり現れたウサギは『ラプラスの魔』と名乗った。
彼はお父様が用意した『アリスゲーム』のルールを話し、旅立つように促したかしら。
「戦う…姉妹で?」
「こわい…」
「そんなことしたことないもの。どうしたらいいの…?」
みんな不安そうにしている。
もちろん私も。そんな中 彼女だけは違った。
「あはっ いいじゃない。上等だわ。この箱庭から出られるならなんだっていいわ」
「お父様の籠の中の鳥でいるのはもう うんざりよ!」
ようやく気づいた。水銀燈は姉妹で一番お父様を愛してる。
でも、同時に憎しみも抱いていたのだと…。
「まだアリスは生まれていない。自分はまだ完全なジャンクになったわけじゃない」
「ねぇ…姉妹の絆なんてただの幻とは思わない?」
そのセリフは真紅に言っているように見えて、その実全員に対してのものだった。
正直に言うと私は姉妹の絆が幻だなんて思わない。思いたくない!
「だったら私は戦う方を取るわ。勝ちさえすればなれるのだもの」
「至高の少女(アリス)に」
アリスになれる。
それはどうしようもなく魅惑的な言葉だった。
水銀燈が一つ目のお父様の扉に姿を消した。
私は逆転勝利もあると言ったけど、そこまで考えてはいなかった。
でも、その逆転勝利へ繋がる扉は 現実のものとして今 目の前にある。
私達が生まれた意味。
生まれた意味があると信じたい。だから扉に飛び込んだのでしょう?
水銀燈。
私も生まれた意味があると信じたいかしら。
アリスゲーム。お父様が戦えと仰るのでしたら戦います。
だからもう…
カナは…私は…わきまえない。
一瞬だったかもしれないし、けっこうな時間が経っていたかもしれない。
私は悩みに悩んだ末、沈黙を破りお父様の扉の一つに手をかけた。
姉妹との絆…水銀燈、翠星石、蒼星石、真紅、雛苺。
貴女たちとの思い出が虚像だったとは思えない。
貴女もカナと同じ気持ちでしょ?
優しい貴女なら私と…私達との日々を本気で幻だとは思わないよね。
カナだけは信じてるかしら。
みんなはどうするのかしら?
変化はたしかに怖いわ。
でもね。私達は生きている。
そろそろ歩き始めてもいいのではないかしら。
扉の奥。振り返らずにnのフィールドを進んでいく。
水銀燈も同じように進んでいるのかしら?
残してきた妹たちは?
翠星石と蒼星石は一緒に扉を潜るのでしょうね。
まじめな真紅は震える手で扉を押すのかしら?
雛苺は………
――――箱庭のお茶会会場
「おやおや、貴女は行かれないのですか?」
「うゅ…、だって…だって…」
「たしかに勇気がいる選択です。アリスゲームを拒否するという選択もあるのですよ」
「いや!だって一人だもん。ヒナ、一人ぼっちはいやなの…」
「一人になるのも怖い。アリスゲームで姉妹と戦うのも怖い…ですか。困りましたね」
「うぅ…グスッ…」
「良い考えが浮かびました!戦わなくてもよいのです」
「えっ?ほ、本当なの?」
「えぇえぇ、そうですとも。何も戦う必要はありません。お友達になってしまえばいいのです」
「これから貴女は人間のマスターを得るでしょう。まずはその人間とお友達になることです」
「そして、人間のお友達と協力して姉妹と仲直りをするのです」
「ホントにホント?ローザミスティカを奪わなくてもいいの?」
「それは貴女次第です。6番目のお嬢さん」
「そ、それならヒナでもできるかも」
「そうです。貴女のアリスゲームを行えばいいのです」
「さぁ、姉妹たちに再び会えるように頑張りましょう」
「はいなの!えっと…」
「ラプラスの魔とお呼びください」
「うん!ラプラスありがとう」ノシ
「良い旅路を」
バタン!
「少し助言が多かったでしょうか。私の悪い癖です」
「しかし、お喋りは道化の務め。助言も審判ならではの特権のようなもの」
「いえいえ、えこひいきではありませんよ。彼女たちのサポートも私の仕事ですので」
「おっと、いけない。準備があるのでした。それでは これで…」
「イーニー ミーニー マイニー・モー 神様の言うとおり… クク…ッ」
こうしてアリスゲームは幕を開けた。
本格的なアリスゲームはまだ先の話だけれど、それでも小さな戦いは起きたかしら。
今まで一緒に過ごしてきた姉妹が敵になる。
それは想像を絶すること。
だって私達は殺し合いをするのだから。
本当にこれがアリスへと繋がる道なのですね?
お父様。
時代と場所を超えて私は旅を続けた。
時には戦うこともあったけど、それでも充実してたと思う。
そして…
『はじめまして!金糸雀!わたし今日からあなたのマスターみたい!』
今まで会ってきた人間たちは生命力に満ちていた。
絶望に暮れる人。挫折して挫ける日々。それでも立ち上がっていく。
生きるって大変なことだけど、胸を張って明日へ繋げていく。
みんな生きてるだけで闘っているの。
限られた生を精一杯生きて そして眠りに就く。
それって私たちも同じよね?
ローゼンメイデンだって生きてる。だから、その輪に含まれていると思う。
それこそが私の誇り。
私たちも生きているから。
人間たちは限りある命の大切さを教えてくれた。
だから…
私は悔いの残らないように精一杯生きるかしら!
そう…悔いの残らないように……。
「行くしかないわ。金糸雀!」
「かしらっ …! 真紅!うしろ」
「!!」
「真紅!」バッ
「金糸雀!!」
「しっ…しまったかしらっ……っく…」ギリッ…ミシミシ…
「チョン斬ってオシマイ!」
悔いはどうしても残っちゃうよね。
だって、いつその時が来るのかわからないんですもの。
それでも妹を救えて良かったかしら。
上出来よ。
でも、『わきまえない』なんて柄じゃなかったかも。
いいえ。違うわ。
『わきまえない』で扉に飛び込んだ。
だから みっちゃんに出会うことができたのかしら!
『こっこの黄色いのミラクルかしら!』
『ふふっ 気に入った?全部食べていいよ』
『ほんと言うと私、一人で食べるご飯にへこたれそうだったんだ』
『カナと一緒だと一番おいしい』
いちばん。
私は一番目では決してないし
次には三番目と四番目がすぐにやって来るわ。
だから『わきまえる』事が何より大切なこと。
そう思っていたのだけど…
『私がお店を開いたら あなたに一番似合うドレスを真っ先に作るから』
『お客様第一号はカナがなってね』
みっちゃん!!
「そこまでよ!かしら!」
「それ以上 私のマスターに手出しは無用かしら」
「カナ…!」
真紅と水銀燈のアリスゲームを聞いてから
私のアリスゲームはなんなのか ずっと考えてたかしら。
私のアリスゲームはね。
姉妹たちとマスターたちを守ること。
幸せな毎日を守ること。
えっ?勝つ気はないのかって?
いいの。散々迷ったけど、これが私のアリスゲームなんだから。
最後まで 守れなくて…ごめん ね。みっちゃん。
お父様。見てい てく れ…ましたか?
これが…私の 答え……かし…ら…。
――――みっちゃんのマンション
「けっこう省いたけど こんな感じだったかしら」
「……」
「うぁあぁぁぁああん…」ブワッ
「ちょ、ちょっと!どうしたの!? 雪華綺晶」
「お腹でも痛いのかしら?」
「す゛み゛ま゛せ゛ん゛…。とっても切なくて わたくし……グスッ…」ズズッ…
「そ、そうかしら?」
「えぇ、お姉さまの昔話…感動しました」
「みんなとそんなに大差ないと思うけど」
「いいえ、お姉さまがその時何を考えていたのかが重要なのです」
「お話して頂き ありがとうございました」
「大丈夫よ。どんどん聞いてほしいかしら」
「では、もう一つ」
「水銀燈お姉さまの反抗期ってどんな感じでした?」
「水銀燈のツンデレのことかしら?」
「はい」
「そうねぇ~」
「最初はデレデレなのだけど 途中で突然不機嫌になるかしら」
「しかも意味もなくかしら。最初は驚いたけど、今ではあれも素だったのかなって」
「デレデレの姿が思い浮かべないです…」
「ふふ、たしかにそうね。まぁ、お父様限定だったから」
「猫を被ってらしたのね」
「うん。その反動と カナとお父様のイタズラのせいかなって思ってたかしら」
「えっ?イタズラ?」
「ん? あぁ、話してなかったかしら」
「翠星石と蒼星石が生まれる前の話かしら。カナとお父様がねぇ 「カナ~ただいま~!」ガチャッ
「あっ!みっちゃん、おかえりなさいかしら~」
「おじゃましていますわ」
「あっ!きらちゃん久しぶりね。くつろいでって」
「はい」
「続きはまた今度にしましょ。次は貴女の話も聞きたいわ。雪華綺晶」
「そうですね。面白いかどうかはわかりませんが…」
「その時に先ほどのお話の続きもお願いいたしますわ」
「りょーかいかしらー!」
「えっ?なになに?みっちゃんにも教えてよ」
「んっとねぇ、あんまり面白くないよ?」
「アリスゲーム前のお話をしていたんです」
「えっ!?聞きたい!少しでいいから知りたいなぁ」
「じゃあ話すかしら。 えっとねぇ」
こうして、なんでもない今日が過ぎていったかしら。
うん、すごく充実していたわ。
あまり思い出したくない思い出もあるけど、たまには振り返るのも悪くないかしら。
カナのお話はこれで終わり。
振り返っていたら 姉妹達が当時どんな事を考えていたのか気になってきたかしら。
今度聞いてみるのもいいかもしれない。
久しぶりに みんなでお茶会をしようかしら♪
~おわり~
雪華綺晶の話もあるのですが、今回はこれで終わりです。
お疲れ様でした。
乙
乙
カナは本当にいいね…
乙
金銀は本当にいいものですね
金さんは大人の事情で話がバッサリ切られてるからねぇ
乙
カナは愛らしいなあ
乙です
原作になぞらえたカナの話とっても良かった
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