※注意
ダンガンロンパ風ラブライブSSです
貴方の嫁が死亡する可能性があります
安価はありません
亀更新になります
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最近、頭痛を感じることが多くなった。
今迄――あの大会に出場するまでは、アイドルとして歌い、踊り、それだけで全てが薔薇色に見えていた。
脳内麻薬の分泌。一種、ランナーズハイにも似た快楽が私を動かす原動力だった。だというのに、何故だろうか。
歌っていても楽しくない。踊っていても楽しくない。奇声を上げる観客達は、形も無いヘドロの群れだ。
それでも、今までは頑張ってきたのだ。仲間たちに悟られぬよう、意地でも笑顔を作り、声にならぬ声を上げ、蠢くヘドロに愛想を振りまいてきた。
しかし、私の努力と比例するように、頭痛は激しくなっていく。頭の中をキイキイ声のサルが掻き乱しているのだ。当然、満足な睡眠も取れる筈がなく。
鏡に映る、半狂人のようになった自分の顔を見てようやく私は気が付いたのだ。
おかしいのは私ではない。オマエラの方だ。
悪いのは私ではない。オマエラの方だ。
だから、私は。
※プロローグ
自分がそこに立っていることが、矢澤にこには未だに信じられなかった。
今から歌う予定のステージは、今迄経験してきたようなチープな作りとはほど遠い、豪華絢爛という文字を具現化したような大仰なものである。
客席でははち切れんばかりのアイドルファン達が歓声を上げ、出演アイドルの名前を叫び、コールをしたりと思い思いに自分の推しチームを応援していた。
このステージには、我が家の食事何年分の金額がかかっているのだろう。緊張を解すことも兼ね、そんな所帯染みた想像を繰り広げながら、にこは仲間たちの方へと視線を送る。
皆一様に、緊張こそしているようだがそれでも眼前に広がるステージに闘志交じりの視線をやっている。図らず、にこの口元が緩んだ。
前のアイドル達のパフォーマンスが終わり、一際大きな歓声が会場を包んだ。
「行くよ、皆!」
それを横目に見ながら、チームのリーダー的存在である高坂穂乃果が、鋭く声を飛ばす。
時折抜けたような姿を見せるものの、肝心な所で皆を鼓舞できる彼女のことを、にこは決して口に出す気はないが、高く評価していた。
穂乃果が差し出した手に、皆が手を重ねていく。
まず園田海未と南ことりが、先を争うように手を重ねた。この二人は穂乃果のことになると、どうにも周りが見えなくなるきらいがある。
西木野真姫、星空凛、小泉花陽の一年生組がそれに続く。
絢瀬絵里、東條希が手を重ねたのを見て、最後ににこが皆の頂点に手を置いた。部長という立場か一番病患者か、何だかんだと言ってもにこの好きなものは頂点である。
お決まりの文句を皆で言い、手を掲げる。皆が笑っていたので、緊張を押し[ピーーー]ように、にこも笑う。
「ラブライブ、絶対勝つわよ」
「当たり前やん、ウチ達には勝利の女神が付いてるんやから」
希とそんな軽口を言い合いながら、にこはステージに向けて駆け出した。
筈だった。袖からステージに一歩踏み入れた瞬間に感じたのは、どうしようもない違和だ。
眼前の景色が歪み、世界が反転し立っていられない程に足元がふわつく。泥酔したサラリーマンのような気分に、吐き気を覚える――無論にこは酒など飲んだことはないのだが。
徐々に黒が占めていく視界の中、にこは仲間を、 μ'sを見ようと必死に目を凝らす。
しかし、それを捉えることは出来ず、にこの意識は闇の中へと沈んでいくのだった。
微睡の中、頬に当たる硬く、冷たい感触ににこは目を覚ました。
しょぼしょぼとぶれる目で、自分の頬に触れていた物へと視線をやると、それははたして机の天板である。
どうにも教室の机に突っ伏して寝ていたようだ、と合点しにこは凝り固まった身体を伸ばす為にその場で伸びをした。腰と腕の骨が悲鳴を上げる感触が、やけに心地良い。
ラブライブに出演とは、妙な夢を見たわね。そう一人ごちたところで、教室内がやけに暗いことに気が付く。電灯がついているので、何も物が見えない程に暗い、というわけではないのだが、夜中に自室で目覚めたような、そんな気分がしたのだ。
誰も起こしてくれず、夜になってしまったのだろうか。訝しがりながら窓へと顔を向けた瞬間、僅かに残っていたにこの眠気は吹き飛んだ。
窓に鉄板が打ち付けられている。僅かな隙間すら無く、目に見える範囲全ての窓に、硬質のそれは嵌めこまれていた。
「ど、どういうことにこ」
にこ、等とふざけている場合ではない。もっと手軽に出来るものであれば、またぞろ凛辺りが悪戯をしたのだろうと呆れることもできた。しかし、このような分厚い鉄板を打ち付けるなど、明らかに悪戯の範疇を超えている。
そも、自分が寝ている横でガンガンと鉄を突く音が聞こえれば、どんな寝坊助でもたちまち飛び起きるであろう。とすれば、これは一体どういうことなのだ。鉄板部屋で惰眠を貪った覚えは、にこには無い。
ふと教室の隅に目をやれば、また非現実的なものが視界に映る。黄色い監視カメラと、その横に佇むは武骨なフォルムの、巨大なマシンガンである。銃に関する知識など皆無と言っても過言ではないにこの目から見ても、一度攻撃を受けたら命はないだろうと思わせるほどに、そのマシンガンは凶悪な気配を放っていた。
「何よ、これ。一体何なのよ……」
人間は、自分の持つ現実からかけ離れたものを見た場合、一時的に思考をやめることがある。山で遭遇する熊、海で遭遇するクトゥルフ、スコアマッチの愛太。それに近しい恐怖を、にこはこの異常な空間から感じ取ってしまっていた。
必然、思考が止まる。自分が晒されている脅威を認識することを放棄し、挙動不審に辺りを見回す機械と化してしまう。そんな中、黒板に書かれた文字に目が止まる。鉄板とマシンガンに意識を取られすぎて、今迄気付かなかったようだ。
「汚い字ね……ええと、『おはようございます。目覚めたら、体育館へどうぞ』ね。体育館……?」
非現実の中に出現した日常的単語によって、にこの思考が正常に働き始める。正常化したところで、マシンガンがどうなるというわけでもないのだが。
「明らかに罠っぽいわね」
そう言いながらも、にこの足は教室の出口へと歩き始めていた。マシンガンをこれ以上視界に入れておきたくなかったのだろう、顔をやや下に向けたまま、にこは教室の扉を開く。
見覚えのない廊下に、またしてもにこの思考は奪われる。
にこはこの教室を出るまで、少なくとも自分の立っているこの場所が、音乃木坂学院の教室だとばかり考えていた。それだけが、この非現実な現象と現実を結ぶ細い糸のようにすら思っていた。
よくよく観察してみれば、教室内からして音乃木坂とは違うということが分かったのだが、正常な判断が出来ない状況に陥っていたにこがそう錯覚していたのも無理からぬ話であった。
「どこよ、ここ……。た、体育館の場所が分からないじゃない」
しかし、いつまでもこうしているわけにもいかない。先ほどと違って、今は向かうべき場所が提示されているのだ。強がるようにそう呟き、適当に当たりをつけて右へと歩き出す。
歩きだした瞬間、隣の教室の扉が開き、ひょいと見知った顔が現れる。
「希!」
「あれ、にこっちやん。良かった、ウチ以外にも人居ったんやな」
教室から出てきたのは、にこと同じスクールアイドルグループ『 μ's』に所属している希である。にこ程にこの場所に恐怖を感じていないのか、いつも通りの柔和な笑顔ににこは安堵を覚え、泣きそうになる。しかし涙を無理やりに止め、さも自分も恐怖を感じていないかのように、胸の前で腕を組んでみせる。自分の弱いところは人には見せるのが、にこのプライドを著しく傷つけるであろうことは、考えるまでもないことだったからだ。
「なんや、変な場所やね。外は見えへんし機銃はあるし」
「ドッキリじゃないの? カメラもあったし、にこ達を閉じ込めて怖がってるところを撮影しようって魂胆よ」
「それは流石に無理があるんちゃうかな」
希が苦笑する。にことて、本当にそう思っているわけではない。ただ、そうでも思わなければこの状況に説明がつかないので、無理やりにそう言っているだけだ。
saga莉倥¢繧医≧
文字化けすまん
saga付けとこう
「とにかく、体育館に行ってみましょ。そこでネタバラシがある筈にこ」
そう言い、にこは希の腕を引く。そのまま、先程当たりをつけた方向に行こうとした途端、逆に希に引っ張り返される。
「ちょ、ちょっと待ちい、にこっち」
にこは同年代の少女の中でも、体格的に小柄な方である。どちらかというと大柄な希に、単純な腕力で敵う筈がない。引き戻され、抱きかかえられる形になったにこが、恨めし気な視線を希に送る。
「な、何よ」
「体育館、そっち違うで。逆方向や」
「何でそんなことが分かるのよ。ここ、音乃木坂じゃないわよ」
「知っとるて。希望ヶ峰学園やろ?」
聞き慣れた名前に、にこの目が驚愕に満ちる。希望ヶ峰学園、超高校級と呼ばれる、多方面に才能のある高校生たちを集めた高校で、この高校に入学することは何にも代えがたい栄誉であり、世界のありとあらゆるものにここの卒業生が関わっていると聞いている。しかし何ら超高校級の才能を持っていないにこにとっては、アイドルの舞園さやかが入学した物凄い学校という程度の認識しかない。
彼女のリリースした『ネガイゴトアンサンブル』を聞きながら、どんな設備があるのだろう。どんな人が居るのだろうと夢想することくらいしか、にこと希望ヶ峰学園に接点はなかったのだ。
しかし、今自分の居る場所が希望ヶ峰学園と聞き、にこの儚い夢想は露と消えた。いくら素晴らしい学校でも、窓に鉄板とマシンガンのある場所には通いたくはない。
>>10
すいません、sage付けました
目を白黒させるにこに、希は呆れたように一枚の紙切れを見せる。
「にこっち、これ見いへんかったん?」
紙切れには、黒板と同じ人物が書いたのであろう、ミミズがのたくるような汚い字で希望ヶ峰学園入学おめでとうございます! との見出しが躍っていた。そのすぐ下には、恐らくはこの学園の地図であろう、天井から輪切りにしたように、それぞれの部屋の配置が書かれている。
「にこの居た教室には、こんなの無かったわよ」
それは間違いである。にこが寝ていた机のすぐ傍に、この紙切れは置いてあったのだ。ただ単純に、他のことに気を取られていて見逃しただけである。
「見落としたんちゃうか?」
「本当に無かったのよ」
頬を膨らせるにこに、希は優しく微笑む。この希という少女、ややふくよかに見えることもあってか、微笑むとまるで聖母のように清純な美しさと安心感を相手に与えるのだ。性根が臆病な部分もあるにこにとって、この状況においてはこれほどまでに心強い味方も居なかった。
「ほな、とにかく体育館の方に行こか」
抱きかかえていたにこを離し、希は先に歩き出す。急に離されたこともあってか、にこはどこか一抹の寂しさを覚えながらも、その後に続いた。
sageじゃなくてsagaな
NGワード回避に
いくつかの封鎖された教室――その中には保健室もあったが――を過ぎると、体育館への扉がようやく見えてきた。
地図上では若干狭く見えるこの学園だが、その実とにかく広い。体育館までは少しの距離しかないだろうとタカをくくっていたにこも、十分も経てばこの学園の異様な広さに気付かされることになった。
広いだけではなく、窓やあちらこちらに鉄板が打ち付けられているせいで、全体的に暗い雰囲気が漂っており薄気味が悪い。希は気にしていないようであったが、この廊下を一人で歩くのは勇気がいるなとにこは思った。
道すがら見えた不気味な赤い扉も、にこの気勢を削ぐには十分な効果を発揮した。子供がペンキを塗りたくったようなチープなそれは、この薄暗い空間の中では赤黒い臓物を連想させ、一種狂気染みた存在感を放っている。事実、一目見ただけでにこは本当にこの学園が嫌になってしまった。
そして何よりにこを落胆させたのは、玄関に金庫のような分厚い鉄扉が嵌めこまれていたことだった。当たり前のように、その両脇にはマシンガンが佇んでおり、出ようとするものを粉々にしようと待ち構えているのも疎ましいことだった。
体育館に入ると、見知った顔がいくつもあることが分かった。
穂乃果、海未、ことり、凛、花陽、真姫、絵里。皆、『μ's』のメンバーだ。
何やら話し込んでいたようだが、にこ達の姿を見るとすぐに、安心したように駆け寄ってくる。
「にこちゃんに希ちゃん! 無事で良かったにゃー!」
そんなことを言いながら、凛が二人に飛びつき頬ずりをする。いつもならええい、鬱陶しいと引き剥がすにこだったが、状況が状況だけにされるがままになっている。
>>14
ありがとうございます、付け直しました
「二人とも全然来ないから、皆本当に心配してたんですよー」
花陽が言う。彼女はやや心配性の気があり、心配性というより心配症と言っても過言ではない程に、何かにつけ困ったり心配していたりするが、今はその気遣いがありがたい。
「皆はいつ頃からここに居ったん?」
「私が一番最初ですね、大体一時間くらい前からここに居ました。希とにこ以外は三十分ほど前には皆揃っていました」
希の問いに、海未が答える。起きるまでに大きな時間差があったのだろう、もし希が自分より早く目覚めていて、先に体育館に向かっていたら……とにこは身震いした。
「皆も教室で目覚めたの?」
「皆バラバラみたいよ。トイレだったり廊下だったりベッドだったり。私は玄関の前に倒れていたわ」
絵里の言葉に一瞬納得しかけたにこだったが、一つ妙な単語が含まれていることにすぐに気が付く。
「ベッド?」
ベッドと言えば真っ先に浮かぶのは保健室だが、保健室の扉は木が打ち付けられて塞がれている。入るのも難しいが、出るのは更に難しいだろう。
「凛たち皆の個室があったんにゃ」
「地図に書かれてない区画があって、そこにホテルみたいな部屋があったらしいの」
ことりが凛の回答に補足を入れ、ようやく合点がいった。先程にこが向かおうとしていた体育館と反対方向、よくよく考えてみれば希の持っている地図にはあの先が書かれていなかった。
しかし、だ。
体育館にて仲間たちと会うことが出来た。そこまではいい。問題は、ここに何があるかだ。
体育館に居た面子の様子は、各々困惑はあれど体育館で何かあったようには思えない。しかし、あれほどあからさまに体育館に誘導していた相手が、ことここに至って何もしてこない筈がないのだ。全員が揃うまで何もしていないだけなら、そろそろ何か行動を起こしてくる筈である。
「あーあー! マイクテスッマイクテスッ!」
にこの考えに答えるように、突如体育館中にダミ声が響き渡った。
安堵していた九人の表情に、さっと緊張が走る。声と共に、壇上から何かがせりあがるような轟音が聞こえてくる。
全員がそちらへと顔を向けると同時に、壇上の下からナニカが飛び出した。
それは一言で言い表すならば、モノクロの熊だった。本物の熊というわけではなく、趣味の悪い造形をしたぬいぐるみといったところだろうか。背が低いにこから見ても、自分の腰くらいまでの大きさしかない。
白く塗られている方はまだ可愛らしい顔をしているのだが、黒く塗られた側は、赤い目が裂傷のようになって此方を睨み付けているようである。そのどっちつかずな感じが混ざり合って、本来感じるであろう以上の醜悪さを醸し出しているのが不気味でならなかった。
「何にゃこのぬいぐるみ!」
驚き半分、呆れ半分といった声色で凛が叫ぶ。何が出てくるかと身構えていたら、ぬいぐるみが出てきたのだ。ついついそう叫んでしまうのも、仕方ないことであろう。
「僕はぬいぐるみじゃないやい!」
皆の顔に困惑の色が混ざる。ぬいぐるみが喋るというのは、ファンタジーやアニメーションの世界ではさも当然のように行われていることだが、現実として目の前のぬいぐるみが喋りだすというのは中々に不気味なものがある。
普段愛用しているぬいぐるみ、等思い入れのあるものならばまだ受け入れようがあるが、いきなり現れた不細工な熊が喋ったところでおぞましいだけであり、愛らしさなど微塵も感じない。何処か声に懐かしさを感じさせてくれるものがあるのが、唯一の救いである。
「僕はモノクマ! この学園の学園長なのだ!」
そんな九人の思惑も気にせず、モノクマは話を進めていく。
「学園長、なの?」
おずおずと、穂乃果がモノクマに問いかける。
「そう、学園長なのです!」
自信満々にそう宣言するモノクマに、皆唖然とするしかない。凛だけが、ぬいぐるみが学園長なんて希望ヶ峰学園は変なところだと考えていた。
「オマエラ、まずは希望ヶ峰学園に入学おめでとうございます!」
「入学……ですか? 私たちは音乃木坂学園の生徒なのですが」
「今年から、超高校級だけではなく超スクールアイドル級の生徒も入学させることになったのです! オマエラμ'sはその第一期生として選ばれたんだよ」
無茶苦茶もいいところだ。超高校級のアイドルとしてならともかくとして、超スクールアイドル級とは何やら小さい枠組みに嵌ってしまっている気がしてならない。仮にアイドル達の中でけん玉が一番上手かったら、超スクールアイドル級のけん玉使いとでも呼ばれるのだろうか。やはり、ショボく感じてしまう。
「私たちは何も聞いてないよ? それに、希望ヶ峰学園には入りたくないな」
モノクマの言葉に強く反発したのは、ことりだった。無理もない、彼女の母親は音乃木坂学院の理事長を務めている。かの留学のように、正式なオファーがあり全員が納得した上で、ならまだともかくとして、こんな誘拐まがいに連れてこられ無理やりに転入させられたのだから、その怒りは計り知れないだろう。
「駄ー目、学園長の言葉は絶対なのです!」
「いい加減に……!」
ことりが壇上に座るモノクマを捕まえ、重そうに持ち上げる。見た目は軽そうな印象があったのだが、どうやら見た目以上に重量があるらしい。
「ここから出して」
こんなに怖い顔をしたことりは、にこはおろか、長く付き合っている穂乃果と海未にしても見たことが無かった。それほどまでに、音乃木坂という存在は、母親の存在は彼女にとって重要なものなのだろう。
「わわ、学園長への暴力は禁止だよ!」
「ふざけてないで、ここから出してよ!」
ことりの言葉を受け、モノクマの目から光が消える。同時に、警告音のような甲高い音がモノクマの体内から鳴り出した。
「え、な、何?」
「ことりちゃん、投げて! 何か、嫌な予感がする!」
穂乃果の言葉に、ことりは重そうなモノクマを力一杯放り投げる。
瞬間、聞こえたのは爆音だった。耳を劈く轟音と共に、モノクマの体内から赤い光が漏れ四肢に混じり体内の綿があちらこちらに飛び散る。そこまで威力がないのか規模こそ小さいものだったが、至近距離で受ければ人間一人等ひとたまりもないだろう。
「ことり! 大丈夫?」
爆発が止み、うずくまっていることりの元へ皆が集まる。にこが声をかけると、ことりは涙を目に貯めながらこくこくと頷いた。爆風の際に破片でも飛んだのか、腕にうっすら傷がついているがそれだけである。ことりの傍にはモノクマの黒い腕が燻りながら転がっている。
穂乃果が声をかけなかったら、ことりもああなっていたかもしれない。四肢が弾け飛び虚ろな目をして地に転がることりを想像し、海未はこみ上げる吐き気を抑えようと口元を覆った。
「全くもう。数にも限りがあるんだから、無駄に使わせないでよね!」
空気の読めないダミ声が、響く。先程弾け飛んだ筈のモノクマが、さも当たり前のように壇上に座っている。
「今のは警告だけど、次やったら……マジで殺すよ?」
もう誰も、文句を言う気力のあるものはいなかった。皆項垂れ、モノクマの言葉を聞き続ける。
「今から、オマエラに生徒手帳を配ります。名前呼ぶから、一人ずつ取りにきてください」
無言のまま、学生手帳の交付が行われる。皆モノクマに近付く時は、いつ爆発しないかと恐る恐る近付き、手帳を奪い取るようにしてすっと逃げていく。モノクマは表情こそ変わらないものの、そんな皆の様子を楽しげに眺めているようだった。
にこも同様に近付き、奪うようにして戻る。手帳というからには紙の媒体を想像していたのだが、その実配布されたものは薄っぺらいカード一枚であった。これではメモすら書き込めない。
「では、生徒手帳をタッチしてください。名前が浮かび上がるから、別の人のだったら交換してね」
言われるままにタッチすると、カードが画面のようになり矢澤にこという名前が表示される。電子生徒手帳とでもいうのだろうか、どうやらスマートフォンのようなものらしい。
「では続いて、校則をチェックしてください!」
画面に浮かんでいる、校則というタブをチェックする。
希望ヶ峰学園校則
校則1
生徒達はこの学園内だけで共同生活を行いましょう。
共同生活の期限はありません。
校則2
夜10時から朝7時までを夜時間とします。
夜時間は立ち入り禁止区域があるので、注意しましょう。
校則3
就寝は寄宿舎に設けられた個室でのみ可能です。
他の部屋での故意の就寝は居眠りとみなし罰します。
校則4
特に行動に制限は課せられません。
校則5
学園長ことモノクマへの暴力は禁じます。
監視カメラの破壊も禁じます。
校則6
仲間の誰かを殺したクロは”卒業”となりますが、自分がクロだと他の生徒に知られてはなりません。
校則7
生徒内で殺人が起きた場合は、その一定時間後に、生徒全員参加が義務付けられる学級裁判が行われます。
校則8
学級裁判で正しいクロを指摘した場合は、クロだけが処刑されます。
校則9
学級裁判で正しいクロを指摘できなかった場合は、クロだけが卒業となり、残りの生徒は全員処刑です。
校則10
電子生徒手帳の他人への貸与を禁止します。
校則11
コロシアイ学園生活で同一のクロが殺せるのは2人までとします。
校則12
鍵の掛かっているドアを壊すのは禁止とします。
校則
なお、校則は順次増えていく場合があります。
「仲間の誰かを殺したクロは、って……」
ざわざわと、辺りから困惑と恐怖の入り混じったざわめきが起きる。共同生活、コロシアイ学園生活、処刑と非日常なワードがざっと見ただけでいくつも散見される。
「こ、コロシアイ!? 意味分かんない!」
真姫の声に答えるように、モノクマはウフフと笑う。
「説明していくね。まずオマエラには、一生この学園内で共同生活を送ってもらいます!」
モノクマの言葉ににこは耳を疑った。一生、一生と言ったのか? この薄暗い学園内で、日も差さないようなこんなところで一生を過ごす……!?
「そんな、一生なんて無理にゃ!」
「まだ話は終わってないよ。特別ルールとして、卒業があるんだ。それが校則の六番! つまり、この学園から抜け出したかったら、誰かを殺したらいいんだよ!」
誰かを殺したら、卒業。それがコロシアイ学園生活というわけだ。無茶にも程があるが、先程の爆発を見てしまったからには、冗談だよねとも聞けない雰囲気である。
「ひ、人殺しなんて出来ないよぉー!」
花陽の声に、明らかに涙が混じっている。にことて、現実に理解が追いついたならば涙を流していたかもしれない。しかし、目まぐるしい変化にやはりにこは、呆然としてしまっていた。
「殴殺刺殺撲殺斬殺焼殺圧殺絞殺惨殺呪殺……殺し方は問いません」
「誰かを殺した生徒だけがここから出られる」
「それだけの簡単なルールです」
「ではオマエラ」
「コロシアイ学園生活を楽しんでください! うひゃひゃひゃひゃひゃ!」
悪魔のような笑い声と共に、出てきた時と同じくモノクマは壇上に吸い込まれていった。
後には、呆然としているか、泣いているかの違いはあれど、恐怖に染まった九人の少女達。
こうして音乃木坂学院スクールアイドル『μ's』の、絶望に満ちたコロシアイ学園生活は幕を開けた。
生き残り 9人
プロローグ END
読んでいただきありがとうございます。
次回更新日は八月中を予定しております。
お疲れ様でした。
ラスボスはまさかのm……あれ、なんか画面㎞あ
>>1です
明日の昼頃から更新再開します
了解、楽しみにしてる
現代日本において、命の危機に直面したことのある人間は少ないように思える。車に轢かれかけたり、道に鉄骨が落ちてきたりといった場面は創作物の世界においては日常茶飯事であり、現実でもそういった状況に陥った人間もいるかもしれないが、それを加味してもやはり絶対数は少ないように思える。
ましてや、他人に命を奪われそうになる経験など、尚更無いだろう。にこもこの学園に来るまでは、そのような事態に遭遇したこともなければ、これからも遭遇することはないと思っていた。
しかし運命の悪戯か神様の気紛れか、現実の話としてにこはこの、世にも悍ましきコロシアイ学園生活を営む希望ヶ峰学園にこうして存在している。青空さえ見ることの出来ない、閉鎖された学園にこうして立っている。
人を殺すことで自由を得られる。それだけがこの学園における、最大にして最悪のルールだ。
人間の精神というものは脆く崩れやすい。自分のためであれば殺人すらも正当化出来るくらいには、自分のためであれば他人を見殺しに出来るくらいには、弱く狡い。
それでも悲しいことに、愚直にもにこは仲間達のことを信頼しきっていた。
「言い辛いことだけど……誰かが言わないといけないみたいだから、私が言うわ」
誰も人を殺したりなんかしない。当然自分も殺さない。皆で脱出方法を探し、モノクマを打ち倒そう。
「今回の事件、犯人は」
そんな愚直さ故に。
「矢澤にこ、貴女よ」
にこは、犯してもいない罪のクロに仕立て上げられていた。
第一章 エンジキル
モノクマが消えた後も、体育館には絶えず嗚咽が響いていた。
一際大きく泣いているのは花陽で、可愛らしい顔が涙と鼻水でコーティングされつつあるのも気にすることなく、顔をぐしゃぐしゃに顰めている。そんな花陽を、気丈にも悲しんでいる素振りすら見せずに凛と真姫が慰めている。しかし、花陽は話を聞ける程余裕もないのか、えぐえぐと潰れた蟾蜍のような声を出し続けている。
先程モノクマに突っかかっていたことりも、恐怖が込み上げてきたのか大粒の涙を流しており、穂乃果と海未が肩を貸している。個室に連れて行くつもりか、使いにくそうに片手で電子生徒手帳を操作する海未の姿に、年下ながら先輩に一人は欲しいタイプの人間だとにこは改めて思う。
絵里はというとすぐに現状を察知したのか、希と共にそれぞれのフォローに回っている。悲しんだり考えたりするのは後回しにして、とにかく精神的に大きなダメージを負っていそうな二人を回復させることにしたのだろう。
にこは何をしているのかというと、これが何もしていない。呆然としていて出遅れたというのもあるが、ことりを慰めにいこうにも花陽を慰めにいこうにも、絵里と希がフォローに回っているせいもあり人数が多すぎる。何か自分もした方がいいのだろうが、これ以上行っても邪魔なだけという絶妙に気まずい立ち位置ににこはいた。
「に、にっこにこにー!」
「え、にこちゃん。今ここでそれやるの?」
とりあえず、泣く二人の傍でお決まりのあれを叫んでみる。賑やかし役の自分が、泣いている人間を前にして何も行動しないというのはないだろう、とにこなりに考えての行動だったのだが、二人とも泣き止むこともなく、慰め係の穂乃果からも微妙な目で見られるという大失敗な結果に終わった。
「元気付けようと思っただけよ」
「穂乃果、個室の位置が分かりました。連れて行って休ませてあげましょう」
そんなにこの言葉は、海未の発言に雑音として掻き消される。今はだだ滑りしたにこにこにーよりも、泣いていることりの方が重要視される局面なので、それもいた仕方ないことなのだが。
「ことりちゃん、歩ける? ちょっとことりちゃん個室まで送ってくるね!」
そう言い、連れ立って出ていく三人を見て、「凛もかよちん連れてくにゃ! 真姫ちゃんも反対側持つにゃ」と真姫を連れて穂乃果の後を追いかけていく。
体育館に残ったのは、手持ち無沙汰なにこと、絵里に希である。にこはほんの少しホッとした気分で、二人の下へと歩み寄った。絵里、希、にこは共に音乃木坂学院の……今は希望ヶ峰学園の、三年生である。同じ学年ということもあり、にこは μ'sの中でもこの二人に高い信頼を置いており、後輩達と話すよりも気を楽にして話せることにも好感を持っていた。
「大変なことになったわね」
「そうね、最初はただの冗談かとも思ったけれど、あの爆発を見る限りじゃそうも言えないわ。ハラショーもいいとこよ」
難しい表情をしながらも、恐怖を紛らわせようとしているのか冗談交じりに絵里が答える。この状況で何が素晴らしいのかはさっぱり分からないが、絵里は全く関係無い場面でもハラショーと言い出すことがあるので、単なるロシアンジョークなのだろうとにこは解す。絵里はこのハラショーに皮肉の意味を込めていたのだが、不運にもにこがそこまでロシア語に興味を持っていないせいか伝わることはなかった。
「ウチら、ことりちゃんとかよちんが回復するまでの間に、学園内を探索しとこうて話してたんやけどにこっちもどうや?」
「探索? どうせやることも無いし、私も着いていくわ」
希の提案に、にこは二つ返事で飛びついた。あの陰気な学園内を歩き回るのは気分の落ち込む話ではあったが、断ったからと言って行く当てもなく、何より薄暗い学園内を一人で歩くことを考えたら三人で探索する方が余程マシである。
「絵里ちとにこっちと学園デートや。楽しむでー」
「デ、デートって希ねえ。こんな状況なのに、何でそんなに呑気していられるのよ」
「ん? だって、多分三日くらいしたら出られる思うし」
呆れる絵里に希は、そう事もなげに答える。
「三日!?」
モノクマの言葉に恐怖を覚えたにこには、その言葉は非常に魅力的に聞こえた。一生出られないわけではないだろうとは思っていたが、たったの三日にまで減ると自分達があれほど悲しんだり困惑していたのはなんだったのかとさえ思えてくる。
「その三日っていうのはどこから来たの?」
絵里の疑問も最もである。希は少し照れたように頭を掻き、「あくまで予測なんやけど」と予防線を張った上で自らの予想を語りだした。
「ウチらが今日連れ去られてきたにしても、今日の夜には親が気付くやろ。もし昨日やったら、昨日の夜か朝のうちには、妙やと思った家の人らが通報しとる。一人や二人ならまだしも、九人が一斉に行方不明になって、しかもそれが同じスクールアイドルグループのメンバーやってことが判明したら、警察も事件性ありって見てもおかしない」
「確かに……言われてみればそうね」
何より、ことりの母親が学院の理事長を務めているということが大きい。そのような職に就いている人間は、多かれ少なかれ多方面に人脈を持っていると相場が決まっている。自分の娘が消息不明とあれば、あちこちに手を回して捜索するということも有り得るだろう。
「それに、ここが本当に希望ヶ峰学園やとしたらウチらがすぐ助かる可能性はぐんと上がる。何処の教室にも、廊下にも猫の子一匹おらん状態やったやろ? しかも窓も昇降口も、入ることも出ることも出来んようになっとる。こんなあからさまな異常事態に、希望ヶ峰学園の理事長も職員も生徒も誰一人として気付かんなんてことは有り得へん。すぐに警察に知らせるに決まっとるし、いくらなんでも警察も動くやろ。やから、長く見積もっても三日後には助けが来るんちゃうかって思うんやけど」
聞けば聞くほど真っ当な理論に、にこは舌を巻いた。少し考えれば誰でも思いつくような話ではあるのだが、あんな妙な宣言をされれば人間頭が混乱するものである。それを、ほんの一時でそこまで正常化させ、こうして当たり前の考えが出来るようになるまでには少々の時間がかかるものだ。現に、割と常識人としての地位を保っている絵里ですらも、しばらくはここで生活するという考えの下で探索を提案したくらいである。
「言われてみれば、そんなに心配する必要もないわね。日本の警察は優秀だから、案外もう玄関の前に居るかもしれないにこ!」
すぐに出られるかもしれない、という希望に、にこも俄然元気を取り戻す。にっこにこにーと喜ぶにこに、絵里と希は呆れたように微笑んだ。
「そうと決まったら、さっさと探索しましょ。何か珍しいものでもあるかもしれないし」
「ちょっと待って、にこ。その前に聞きたいことがあるのだけれど」
意気揚々と体育館出口に向かうにこを、絵里が呼び止める。何事かと振り向くにこに、絵里は自らの電子生徒手帳を操作し、画面を見せる。
画面には、証明写真のよう四角く切り取られた絵里の胸から上の写真と、名前、生年月日、学年、身長が浮かんでいる。体重が載っていないのは、モノクマの最低限の情けなのだろうか。しかし何より目を引いたのは、名前の欄の上に書かれた『超スクールアイドル級の生徒会長』という称号であった。
これが先程モノクマが言っていた、超スクールアイドル級の才能なのであろう。しかし、生徒会長というのは才能なのだろうかと少々訝しんだが、よくよく思い出してみれば舞園さやかに関連して希望ヶ峰学園を調べている時に、超高校級の生徒会長や超高校級の風紀委員、果てには超高校級の妹というもはや才能でも何でもなさそうな人まで居たような気がする。ならばそういうものなのだろうと、にこは納得した。
「私は生徒会長って才能だったけど……にこは?」
「ちなみにウチは『超スクールアイドル級の占い師』やったよ」
生徒会長に占い師。言われてみれば確かに、絵里はきびきびと指示を出したり何かを纏める力に長けており、生徒会長の才能があるような気がする。希の占いも三割は当たると評判である。
と、なると自分の才能が気になってくる。超スクールアイドル級の小悪魔だろうか、超スクールアイドル級の可愛さだろうか、はたまた超スクールアイドル級のアイドルだった日には宇宙一アイドルの夢もそう遠くない。
わくわくしながら、自分の電子生徒手帳を操作し、プロフィールの欄をタッチする。
四角く切り取られた顔写真、名前等が次々表示されていき、最後ににこの才能が映し出された。
『超高校級の道化』
「ん?」
何やら妙な文字列が見えた気がする。眼精疲労かしらんと、にこは目を擦る。大きく二、三度深呼吸をし、目をぱちぱちやってから二人の電子生徒手帳を覗き込む。『超スクールアイドル級の生徒会長』、『超スクールアイドル級の占い師』との文字。しっかりと目は見えているようだ。
きっと何かの見間違いだろうと思い、にこはもう一度自分の電子生徒手帳へ目を通す。
『超高校級の道化』
「ふざっけんじゃないわよぉ!」
「どしたんにこっち、どんな才能やって……バフォ!」
「ちょ、どうしたのよ希。一体何がそんなに面白く……ゴハァ!」
にこの電子生徒手帳を覗き込んだ希が、一瞬の静寂の後吹き出す。ひいひいと腹を抱えて笑う希を見て興味が沸いたのか、絵里もひょいと覗き込み、同じく笑い出す。
「笑うなぁ!」
「だ、だって、道化、道化って、あはは!」
自分の才能を見て笑う友人二人に怒り心頭のにこだが、二人が腹を抱えて笑うのも無理からぬことである。普段にこにこにーとの持ちネタを披露し、偶に語尾に自分の名前を付けることのある友人が、奇怪なモノクロの熊にまでピエロ扱いされたのだ。同情する前にまず笑いが込み上げるのも当然の事である。
「モノクマァ!」
体育館ににこの怒号が響き渡ると同時に、どこからともなく白黒熊のぬいぐるみがひょいと顔を出す。
「何さ? ボクも忙しいんだけどね」
「これ何よ! にこが道化って、他に何かあるでしょ!?」
「ぴったりだと思うけどなあ。道化は人を笑顔にするっていうし」
感情を露わにしているにこに、モノクマは感情無く答える。ぬいぐるみ、機械にしてもあまりに冷え切った言葉に一瞬にこも二の句を告げなくなる。他の人に話している時とはまた違う、にこ個人をあからさまに嫌っているような、そんな声色であった。
「それにさあ」
黙ってしまったにこに、モノクマは尚も言葉を続ける。
「にっこにこにー、だなんていつまで言うつもりなの? 大学生? 社会人? まさかお婆ちゃんになってまで言わないよね、そんな気持ち悪い寒い台詞。一人称が偶に自分の名前になるのは? 語尾が偶に自分の名前になるのは? ぶりっこみたいな愛想を振りまくのは? いつまでやるの? 迫害されるよ、そんなんじゃあさ。それならピエロになって、皆を笑わせた方がマシでしょ。大体キミは」
そう一気に捲し立て、更に何かを言おうとしたモノクマの口から、プツッとラジオが切れる瞬間にも似た音が聞こえ、音声が途切れた。まるで機械が機能停止したように、モノクマの目から赤い光は消え、体も微動だにしない。
「にこ、大丈夫?」
その隙を見計らって、絵里がにこに声を掛けた。モノクマの凄惨とも言える言葉の暴力に、もはや『超スクールアイドル級の道化』を見た瞬間の面白さも消え失せたらしい。絵里は機能停止したモノクマを一睨みし、行きましょうと宣言するとさっさと出口の方へと歩き出した。
「確かに、今のはちょい酷いわな。ウチらも笑ってもうて、ごめんなぁ」
「気にしないで。行きましょ」
依然として動きを止めたままのモノクマを不気味に思いながら、にこも絵里の後を追う。希は僅かな間、モノクマをじっと見ていたが、すぐに興味を無くしたように視線を逸らし、二人を追いかけるべく歩調を強めた。
力の弱い電灯の所為か、落ち込んだ気分の所為か。体育館に入る前よりも、学園内の景色は一段と不気味に見える。柱の角から、廊下の先からモノクロの悪魔が顔を出そうものなら、ショック死をしてしまうだろうとにこは思う。
現実としてモノクマは止まっており、絵里、希は付近に、残る六人は個室の方へと行っているので誰も顔など出すわけがない。もしこの状況で顔を出すものが居るとするならば、百鬼夜行物の怪の類に相違ない。幽霊という文化は古くは天平時代、聖徳太子の怨霊を奉るために法隆寺を建設したところから始まったと言われている。
それから様々な幽霊話が生まれ、伝承され今も続く一大ジャンルとなったことは喜ばしいことである。しかし、そのような文化に慣れ親しんだことが生み出す弊害として、暗闇に対する恐怖がある。幽霊妖怪を信じる信じないに関わらず、暗闇には何かが潜んでいるかもしれないという想像を生み出してしまうのだ。
「にこっち、どうしたん? 顔色悪いやん」
「何かあったの?」
しかし恐怖というものは、案外共有することが出来ない。にこがこれほど暗闇を怖がっているというのに、絵里、希両名共に何ら恐ろしいことはないかのように平然としている。
「何でもないにこっ」
強がりを言い、恐怖を悟られぬよう歩くことしかにこにはできなかった。
体育館前ホールを出ると、まず左手に見えるのが女子トイレ並びに男子トイレである。トイレには何もないであろうことは分かりきっているが、それでも一応調べておくべきだと絵里が主張し、扉を開く。外の薄暗さとは裏腹に、トイレの中はやけに明るかった。
本来学校のトイレというのは、怪談にもよく使われることから察せられるように恐怖を感じることが多い。その筈なのだが、やけに明るく綺麗に掃除されたトイレからは、恐怖感どころか安心感さえ感じられる。外が不気味なせいもあり、にこには女子トイレが結界のように感じられた。
「ホッとしてるように見えるけれど……トイレに行きたかったの?」
「ち、違うわよ! 明るかったからつい、安心しちゃっただけよ」
誰も使用していないトイレの電気が付きっぱなし、というところはやや家庭的な人間であるにこには少々気になったが、しかしトイレが怖くないというのは安心である。外と同じような明るさであれば、その不気味さは言葉にするまでもない程であっただろう。
三人がトイレから出て、最後に出た希が扉を閉めると辺りはまたほの明るい不気味な世界に包まれる。閉じられた扉を名残惜しげに眺めながら、にこ達は次の場所へと向かった。
トイレを過ぎると、否が応にも目に入るのは閉鎖された保健室である。外側から幾枚もの木の板を、何重にも打ち付けたそれは、どう頑張ったところで入れそうにもない。何か道具があったとしても、これほどまでに厳重に閉じられた部屋を開放するには、女の細腕ではやや厳しい。にこでは一枚目の釘を抜けるかどうかも怪しいほどである。
「ここは流石に探索すんの無理やなあ」
「そうね、何でこんなに厳重封鎖されているのかは気になるけれど、釘抜きも無いしどうにもならないわ」
希と絵里のそんな会話に、にこも同意する。何故保健室がこれほどまでに封鎖される必要があるのかはやや気になるところだったが、そんなことを気にしていても仕方がない。どうせ三日後にはここから出られるのだ、気にしたところで何ら意味のないことである。
保健室の向かいには玄関があるが、此方は金庫もかくやといった巨大な鉄の扉によって封鎖されている。押しても引いてもびくともしなさそうな上に、近くにマシンガンまであるのだからそもそも近付きたくはない。玄関横にかかっている大きなホワイトボードには、ミミズののたくったような字で「N037」と書いてある。
「エヌゼロサンナナ?」
「ナンバー37じゃないの?」
数分の間この謎の文字列について議論していた三人だったが、モノクマのやることなのだからそもそも意味も無いのかもしれないと結論付けてこの話題を打ち切ったのだった。
誰が誰をコロスのか
玄関前を通り過ぎて少し歩くと、視聴覚室と書かれたプラの差し込まれた扉がある。保健室と違い、ここは一切封鎖されている気配はない。どころか、にこが引き戸に手をかけると鍵さえかかっていないことが分かった。探索されても何ら困ることはない、とでも言いたげに解放された教室は、逆に罠である気がしてならない。
入った途端にマシンガンが火を噴いて、といったことも、体育館でのモノクマの振る舞いを見ていれば十分察せられることである。ことりを爆殺しようとしたぬいぐるみなのだ、気紛れでトリガーハッピーの魂が宿ったとて何ら不思議はない。
「入るわよ」
だからこそ、にこはあえて前を行く。この学園に来てからの自分の振る舞いが、少々臆病すぎるように思えてならなかったからだ。
自分はこんなにも臆病な人間だっただろうかと考えても、そうだったかもしれないし、そうではないとも思える。しかし、現実の問題としてにこはこの学園に怯えている。すわ一大事というわけでもないが、自分がこれほどまでに、自分でも納得がいかないくらい臆病になっていることに、にこはある種強迫観念にも似た不快さを感じていた。
ここで前を行くことにより、自分の臆病性の払拭を肌で感じることが出来たならば、少なからずその不快さは取り除かれることだろう。そんな考えの下、にこは引き戸にかけていた手に僅かに力を込め。
視聴覚室の扉を開け放った。
安堵したというか気が抜けたというか、教室の中には普通の高校よりは少々グレードが高い、といったくらいの視聴覚室であった。高校の視聴覚室と言えば、武骨でやけに回線の遅い四角いパソコンがいくつも並んでいる姿を想像するだろう。
この視聴覚室はそんな平々凡々たる想像とはかけ離れており、パソコンではなく再生用の中型モニター付きのDVDプレーヤーが置かれているのだ。中々にスタイリッシュで都会的な光景である。
特に何も起こらないことにホッと一息ついた途端、にこの背中に軽い衝撃が走る。
「わっ!」
突如背後から轟いた声に、にこは心臓も止まらんばかりに驚き竦みあがった。何事かと振り向き、手を胸の前に突き出してにやにやと笑みを浮かべる希の姿を見て、にこは希がくだらない悪戯を実行したのだろうと合点した。
「希、やめなさいよ。にこの冷や汗凄いわよ」
見かねたのか、絵里が釘を刺すが、当の希は碌に気にもしていないように「ごめんって、にこっち。許してや」ときゃらきゃら笑っているので、にこも毒気を抜かれてしまう。そもそもにことて怒るよりも驚きの方が大きかったので、どうにも怒りがたいというのはあったのか、少々諌める程度に留めて、早々に視聴覚室の中へと入ることに相成った。
>>43
一応最後までの流れは全部決まっていますので、何とか八月中には一人目の裁判まで終わらせたいです
電灯がついていないにも関わらず、視聴覚室内は妙な明るさに包まれている。というのも、大量のDVDプレーヤーが絶えず発光を続けているからである。トイレのように安心感を得られるような光ではなく、ブルーライトの混じった光が空間を照らす様は自分達の身体が深海をたゆたうような幻覚を見せ、一種幻想的な世界へと三人を誘う。
「スピリチュアルな景色やね」
感じ入ったような希の声に、にこは珍しく同意する。何らスピリチュアルさの無いタイミングでも、しばしばこのオカルト傾倒的口癖を呟く希ではあったが、この蠱惑的な光景に関してはその口癖がこの空間の奇怪さと現実との差異を増幅させ、更なる感慨をもたらすのだ。
「確かに、これは綺麗ね……こんな光景、見ると思わなかったわ」
「そう? 機械が光ってるようにしか見えないけれど……」
奇妙な美しさに惹かれ、心奪われているにこ達とは違い絵里はどうにもこの情景を理解が出来ないようであった。
恐らく目が青いからである。目が青ければ、カエルだって青に見えること必然であり、こうして青い幻想を感じることもないのだろう。これだから青目というやつはいかんと、にこは心の中で悪態を吐いた。
しかし青目の世界が青なれば、黒目の世界は黒ではなかろうか。当然そうはならないので、この悪態は見当外れもいいところなのだが、にこが口に出さないことでそんな訂正を入れる人物もおらず、青目は周りが青にしか見えんという阿呆な認識は今後にこの心に深く刻まれることとなった。
乙
ほ
しばし視聴覚室を探索した後、もう一度にこと希はそのかくも美しき幻惑的風景に酔いしれ、絵里はそんな二人に呆れつつ部屋を出る。
視聴覚室を出てすぐ右方向に折れると濁った血液のように赤い扉が見える。近付いてよく見てみると、それは他の扉と同じように装飾を施されてはいるものの、持ち手は無く機械操作によって開かれるのであろう扉ということが分かる。
自動ドアのように至近距離まで近付けば開くのかもしれないと、思い思い扉の目の前に立つ三人であったが、挑む者にその門は開かれることなくただ沈黙を保つばかりだ。
「この先も、保健室のように封鎖されているようね。後に回しましょう」
絵里の言葉に各々首肯し、元来た道を引き返す。この扉に何やらおどろおどろしい寒気を感じていたにこにとっては、絵里がすぐに諦めてくれたことは幸運であった。
残るは希とにこが昏睡させられていた二つの教室である。
「ここはいいんじゃない? 何もなかったわよ」
「せやなあ、ウチも目覚めてすぐに、ある程度調べてみたけどなんもなかったわ」
「うーん……にこと希がそう言うなら、この教室は無視していいかもしれないわね」
むべなるかな、残る二つの教室は探索すらされることなくその役目を終える。学園の探索を終えた三人は、教室の前を素通りし、個室がある区画へと足を踏み入れるべく歩を進めた。
個室の区画、電子生徒手帳に載るマップによるところの『寄宿舎エリア』は、薄暗い学園内とは打って変わって明るく清潔感のある場所であった。
一瞬安堵を覚えたにこだったが、マップが示す個室のある廊下が一目見ただけで嫌気がさすほどに、悪趣味な赤色の光で照らされているのを見て僅かばかりの安息が消し飛んだことを悟った。
「こっちは結構明るいんやね。向こうの蛍光灯もこれと同じのに取り替えればええのに」
「お金が無いのよ」
「希望ヶ峰にお金がないってことは流石にあらへんやろ」
「モノクマの趣味だと思うにこ」
そんな会話を繰り広げながら、三人は寄宿舎エリアへと一歩踏み出し──
「にゃぁああああああぁああ!?」
──悲痛な叫びを、耳にした。
「ッ!」
鼓膜を震わせるそれに、最初に反応したのは絵里だった。僅かに身を竦めはしたものの、すぐに悲鳴の発生源に当たりをつけ、そちらを睨みつける。
絵里の視線の先にあったのは、大きな入り口だった。扉は無く、壁を切り取ったようにぽっかりと半円に穴が空いている。
にこは手にしていた電子生徒手帳へと視線をやる。入り口の向こうには大きめの部屋があるようで、ナイフとフォークの画像の下に食堂との文字が浮かんでいる。食堂の奥にはキッチンがあり、どうやらそこで料理を作るようである。
「今の声って……」
「凛、よね?」
三人の表情に緊張が走る。思い浮かぶのは、モノクマの言葉と恐ろしき校則……コロシアイ学園生活というそれを、ことりが爆殺されそうになったこともあり、あの馬鹿げたルールを真に受けた者も少なくはないだろう。
最悪の予想が、脳裏をよぎっては消える。
「嫌にゃあああああああ!!」
またも、叫び声が聞こえた瞬間絵里は食堂へ向かって走り出す。遅れるようにして、希とにこもそれに続く。
食堂はマップに書かれていた通り、やたらと広く間を取られていた。室内を埋めるように設置された、一度に十数人は座れるであろう食事テーブルが数組あるが人のいないこの場所では、その光景が妙に寂しく見える。
蛍光灯が照らす室内に、凛の姿はない。
しかし、依然として悲痛な、嘆きのような叫びは聞こえたままである。
「凛っ!? 何処なの!?」
焦りの混じった絵里の声は、凛の叫びにかき消され本人の耳には入っていないのか、嘆きだけが返ってくる。
「あの奥よ! キッチン!」
室内を見回す絵里に、にこは食堂内の更に奥へと続く扉を指差す。確かに、凛の声はその扉の奥から聞こえてきているようであった。すぐに三人はその扉に駆け寄る。
「嘘にゃああぁああああ! こんなの、嘘に決まってるにゃあぁああああ!」
叫びの漏れる扉のノブを、絵里が握る。自然、にこの喉が鳴る。この先にあるのは、悲惨な光景かもしれない。しかし、今はこの悲鳴の原因を確認しなければならない。
「開けるわ」
「きっと何でもないことやって」
ノブが回され、ゆっくりと扉が開けられていく。こんな時でも冷静でいられるのか、と希を見たにこは、希の手が僅かに震えていることに気付いた。口では強がりを言っていながら、実のところは希だって、悲惨な光景を想像してしまっているのだろう。
手を伸ばし、にこは希の手をそっと握った。自分の手も震えているのに気付いたのは、握った後だった。希は一瞬驚くような顔を見せたが、すぐに薄く笑って、握り返してくる。
開かれたドアの先へ、にこは視線をやった。
「ラーメンが無いなんて酷いにゃあああああ! そんなの、耐えられないにゃああぁあああぁあ!」
恐らくは食料の貯蔵庫であろう場所、大量に置かれた野菜や肉の前でうずくまり涙を流す凛の姿がそこにあった。
「ほ、ほら凛。蕎麦やうどんならあったわよ」
そんな凛を、側に立つ真姫が必死に慰めているようだが、聞こえていないかのように凛は滂沱の涙を流し続けている。
「あ、あんたら……」
かの状況を見たにこの心情は、如何なるものだっただろうか。安心感は無論のこと、呆れ、怒りが怒涛の羊の如く押し寄せたこと必然である。
「紛らわしいことしてんじゃないわよぉぉ!」
にこの叫びは万里に響き、体育館に居たモノクマにまで聞こえたという。
本日から10日程用事があり、更新が途絶えます
26日の晩か27日の朝には更新再開します
更新再開してから8月中には一章を終わらせますので、ご容赦を
どんなオシオキをされるのかが気になる
メンバーが9人だから最高四回までだけど
4回目の殺人が起きたら犯人と二人きりだから推理の必要ないなw
乙
もうコロシアイ発生したかと焦ったぜ…
実際起こるとしたら、4日目以降かな?
かくも憐れな凛達に惑わされながらも、慰めているうちに泣き疲れて眠っていたのか、目を腫らした花陽がやってくる。腹が空いたのか穂乃果達も続々馳せ参上し、数十分の後には食堂の一テーブルに全員が座ることとなった。
「どうしよっか」
テーブルに着いて最初に口を開いたのは穂乃果だ。
「どうするか、と言われましても」
困惑気味の海未がそう返す。どうするも何も、モノクマにあんなことを言われた後ではどうしようもない。コロシアイと行きましょうかなどと冗談を飛ばしでもすれば、罵倒で返されることは言うまでもないことである。
「凛はラーメンが食べたいなー」
「多分、夕食のメニューを聞いてるわけじゃないわよ」
どこかずれた回答をする凛に真姫が突っ込みを入れるが、数人が苦笑を漏らしただけである。こんな時に真っ先に反応をしてくれるであろう花陽は意気消沈の様子で言葉を発す余裕もないようだ。
「あー……皆、そんなに心配せんでええで」
皆の沈鬱な様相に息苦しさを感じたのか、希が先程の予想を話し出す。それは確かに予想に過ぎなかったのだが、絶望に浸された皆には希望に映ったようで僅かに元気を取り戻すのが分かった。
「凛ちゃんもああ言ってるし、ご飯にしよっ」
特に元気を取り戻したのはことりである。ことりは特にこの学校から出たがっていたのだから、どんな僅かなもの、藁一本としても掴んで回復したことだろう。どうにもこのことりという少女は流されやすい傾向にある。
追々それに賛成し、今が何時かも知らぬが――時計はあるとはいえ、壁掛けの数字時計故に午前午後は分からない――とりあえずは眠さと気怠さもあり、夕飯時だろうとあたりをつけて夕飯作業に取り掛かることとなった。
最初、9人居るのだから朝昼夕の食事当番を交代でやればよかろうとの意見も出たが、食事を作れない人間があまりに多すぎたため、結局のところにこ、希、ことり、海未が交代で当番に登板する羽目になったのは言うまでもない。
花陽も食事を作れると言ったが、食事が米ばかりではかなわないと外される運びとなった。現に花陽は順番が回ってきたならば、ドリアをおかずに白米を食べる腹積もりであったからこの判断は正解と言えただろう。
しばらくメンバー達は雑談に興じ、待つこと三十分程でことりが大皿に乗った野菜炒めを運んでくる。
「ことりちゃん、ご飯は……」
「ごめんね花陽ちゃん、流石にお米を炊く時間はなかったの。代わりに、今日はこれでお願い」
そう言ってことりが取り出したるは食パンである。傍らにはバター、ストロベリージャム、ぶるぅべりぃジャムと一人暮らしの青年の家にはほぼ必ず置いてある三点がちょこんとその存在感を表している。
「まさかことり、野菜炒めをパンで食べるつもりなの?」
にこが引き攣った顔で、ことりを見る。否、見れば穂乃果以外の皆がどうにも微妙な顔で目の前に置かれた野菜炒めとパンを見つめている。
折角作ってもらった物にこうした態度を取るのはやや問題ではあるが、しかしながらこの反応はまだ正常と言えよう。何せジャム・トーストで野菜炒めを食べる文化など古今東西探しても存在せず、非常に奇怪な食い合わせになることは明らかだ。
流石に文句の一つも言いたくなる。
「いやー、やっぱりパンは美味いっ!」
穂乃果を除いて、であるが。皆が手を付けるべきか迷っている間に穂乃果は食パンにバター、ジャム二種を載せる贅沢さ極まったものを作り出し、それを片手に油濃い野菜炒めに舌鼓を打っている。妙な舌を持つものもいるものだ、とにこは思った。
ことりはというと、やはり本人も若干恐ろしい取り合わせと考えていたのか頻りに申し訳なさそうにしている。
しかし、この場合悪いのは米を炊いておかなかったモノクマである。このような大人数を閉じ込めるのであれば、米ぐらい炊いて用意をするというのが常識であり、それを怠るは誘拐犯として最低限のマナーすらも守っていないといえよう。
愚痴っていても始まらない。嫌々ながら、皆食パンにジャムを塗りたくり野菜炒めを食む。
これを食べての反応は、メンバー内にも二種類に別れた。
「意外にいけるにゃー」
「ふうん、悪くないんじゃない?」
「ハラショー! 割と合うものね」
まず穂乃果を軸にした、凛、真姫、絵里によるパンと野菜炒めは合う派。
「やっぱり合わないね、ごめん皆」
「ことりは悪くありません、しかし、流石にこれはちょっと」
「ちょーっと厳しいわなあ」
「甘くってシャキシャキしてて……にこは無理」
「食事は米に限ります」
そして、反野菜炒めにパン派。この二つの派閥が対立し戦争になったのかというとそんなことは無く、明日の朝からは普通に米を食べたいということで終戦を迎えた。そもそも合うにしても「意外に」や「割と」であって、米以上に合う代物でもないのだ。
ちょっと忙しすぎてPC触る余裕がほぼなくなってる
申し訳ないけどもうちょっと更新遅れそう
了解、ゆっくり待ってるぜ
そろそろ一ヶ月なんで保守
終わりですか?
あ
>>1です
遅くなってすいません、色々立て込んでおりまして……11月の初週辺りから暇になりますので、続きを書いていきます
そんなことがあったからだろう、食事を終えた食堂内には俄かに活気が戻っているようだった。まだ暗さが僅かに残っているとはいえ、先程までの沈鬱な雰囲気はそこにはなく、花陽やことりの表情にも笑顔が浮かんでいる。
「ちょっと、寮の方も探索してみん?」
学園側の探索結果を説明した後、希が皆にそう提案する。にことしては元々そうしようと思っていたので特に異論を挟むこともなく、他に暇を潰せることもないせいか一同それを了承し、各々席を立つと部屋から出て行った。
「何処から探そう」
今度はにこも完全なる一人である。寮側はそこまで恐怖を感じるような色合い、明暗もなく学園より広くはないとはいえ、やはり程々に広さはあるということで皆個人個人で探すことになったのだ。
トラップやモノクマの放った殺人鬼が潜んでいる可能性もなくはなかったが、しかし声を出せば皆がすぐに集まることの出来るこの状況ならばそこまでの恐怖もない。何より学園側に一つとしてそのような様子がなかったことが、頭のおかしい主催者による残虐たる攻撃がないことの証明になっているようににこには思えた。
現実にこのような状況に陥り、個人行動を取ろうとしたならばそれは相当に阿呆であるが、一人がそうしたからといって皆そうする辺り、どうにも彼女達も流されやすい現代人のようである。
そんなことがあったからだろう、食事を終えた食堂内には俄かに活気が戻っているようだった。まだ暗さが僅かに残っているとはいえ、先程までの沈鬱な雰囲気はそこにはなく、花陽やことりの表情にも笑顔が浮かんでいる。
「ちょっと、寮の方も探索してみん?」
学園側の探索結果を説明した後、希が皆にそう提案する。にことしては元々そうしようと思っていたので特に異論を挟むこともなく、他に暇を潰せることもないせいか一同それを了承し、各々席を立つと部屋から出て行った。
「何処から探そう」
今度はにこも完全なる一人である。寮側はそこまで恐怖を感じるような色合い、明暗もなく学園より広くはないとはいえ、やはり程々に広さはあるということで皆個人個人で探すことになったのだ。
トラップやモノクマの放った殺人鬼が潜んでいる可能性もなくはなかったが、しかし声を出せば皆がすぐに集まることの出来るこの状況ならばそこまでの恐怖もない。何より学園側に一つとしてそのような様子がなかったことが、頭のおかしい主催者による残虐たる攻撃がないことの証明になっているようににこには思えた。
現実にこのような状況に陥り、個人行動を取ろうとしたならばそれは相当に阿呆であるが、一人がそうしたからといって皆そうする辺り、どうにも彼女達も流されやすい現代人のようである。
寮側には大まかに分けて四つの施設がある。
まず、にこがいる食堂。ここは奥側のキッチンも含めて既に調べられており、今更調べたところで新たな発見もないであろう。精々、珍しい食材を発見出来るくらいである。
キッチン内には凛と花陽がいる。もはや言うまでもないかもしれないが、二人は米を炊いている。探索もせずに何をしているのだと言いたくなるが、何にせよ米は重要だ。先程のような食事を続けていれば身体はともかく精神が参ってしまうに違いない。
「水が透明になるまで洗っちゃったのぉ!?」
「へ……? 透明になるまで洗っちゃ駄目なの?」
何やら不安をかき立てる声が聞こえてくるが、米名人たる花陽がいるならばどうとでもなるだろう。あたふたとした花陽の声を背に、にこは食堂を後にし、地図を映し出しながら次なる施設へと向かった。
食堂を出たにこが真っ先に向かったのは、倉庫である。食堂からここが一番近いということもあったが、個人的に興味もあったのだ。
何せ、この場所に入れられた際に全ての荷物は没収されている。寝る前にしなければならないパックも、風呂に入る際に使うマッサージ道具も、服すらも手元にはないのだ。
倉庫と言うからには、何か物が置かれているに違いない。パックやマッサージ道具は無いかもしれないが、少なくとも服の一つはあるだろう。そう当たりをつけ、にこは最初に行く場所に倉庫を選んだのである。
倉庫に着くと、中には穂乃果、ことり、海未の三人がいる。それぞれバラバラに探索をしにいった筈なのに、こうして集まっている辺り、やはり仲がいいということなのだろう。
にこ「どう、何かあった?」
探し物、というよりは散らかしていると言えなくもない穂乃果に、にこはそう問う。穂乃果はがらくたの山からひょいと顔を出すと、「めぼしい物はないよ」と首を振った。
待ってる
なにがもったいないって
「ダンガンロンパ」でも「ラブライブ」でも「各キャラの名前」でも検索でヒットしないこのスレタイよ
更新待ってます
海未とことりにも同様の言葉を投げ掛けてみるが、やはり反応は同じ。一同首振り人形と相成り、碌々満足のいく回答は得られないと思ったにこは自らも倉庫内探索に乗り出した。
何分、人が違えば趣味も違う。求める者には宝石でも、見る人変われば石ころという例は往々にしてあるのだ。穂乃果はパックやクリームを見つけたところで、食料ではないと放り投げるであろう。海未はそもそも何を探しているのかも知れぬが、恐らく最優先は日常生活に必要な雑貨であろう。ことりは何を思ったかミシンを探しているので手に負えぬ。
「ミシンなんて何に使うのよ、ここで」
目的とは違うが興味は湧くもので、にこがそう問うとことりは極々自然な事柄を、さもお前は空気を何故吸うのかと聞かれたかのような怪訝な表情で答える。
「衣装を作ろうかと思って。三日後じゃ、次のライブには間に合わないから」
成る程、とにこは手を打ち鳴らした。事実、次のライブは迫っていた。ラブライブの最中に浚われたとするなら、次のライブーーライブと言うにはあまりに小規模な物だがーーまでは二週間ほどもない。何せスクールアイドルとしては少々名も知れている、町内会からお呼びもかかるのだ。
「そう言うことなら、私も一緒に探すわ。一人より二人の方が見つけやすいでしょ?」
「本当!? ありがとう、にこちゃん!」
かくして当初の目的は雲散霧消しにこはことりと共に、ミシンないしは衣装作りに使える物を探すことになった。中々にして損をする性格の女である。
ことりと共にミシンを探しながら、にこは思う。先程感じた「ラブライブの出場中に浚われた」という記憶は、あまりに自然に、鮮明に思い出すことが出来る。一度は夢だと納得したが、こうもすぐに出てくるのはやはり自分が体験したことに違いない……のではないだろうか、と。
よくよく考えてみればそこのところを誰とも話していない。自分がいつ浚われたか、というのは案外大事な話だと思うのだが。それとも、皆浚われた日のことを記憶しているのだろうか。浚われた日なんて分かり切っているから、誰も口には出さない。そう考えれば話し合いも起こる筈はない。
「ねえ、ことり」
「何、にこちゃん?」
「私達って、いつモノクマに浚われたのか分かる?」
「何言ってるの? そんなの……」
言いかけ、ことりが口を噤む。何かを思い出すかのように眼球は右上を見て、腕組みをしたまま指を等間隔で叩いている。瞬間、ことりの顔が半病人のように青ざめ、額から華厳の滝のような冷や汗が流れ出した。
「分からない……ここに浚われてきた瞬間の、記憶がないの。ラブライブに出場してたような、そんな気はするんだけど……」
ことりの言葉に、にこは喉を鳴らした。
きたか!
まだ?
8月中に一章終わるとか言ってたのかもはや懐かしいな
「ことりもそうなの?」
「私もってことは……にこちゃんも?」
飲んだはずの唾が蒸発したかのように、喉がからからに渇いている。にことことり、二人の『記憶無し』ーーこれを偶然と言えるほど、にこはこの学園を楽観視してはいない。
「海未、穂乃果……こっちに来て。聞きたいことがあるの」
何事かと在庫の山を下る二人に、にこはことりへ問うたのと同じ言葉をぶつける。ここでこの二人が『記憶保持者』であれば、にことて自分とことりが慌てていただけだと胸をなでおろすことが出来た。しかし現実はそう上手くはいかない。
「言われてみれば、私達はいつ浚われたんでしょうか」
「思い出せないよ」
記憶が無い可能性には、二通りある。意識を失ってーーそれは睡眠中でも、気絶をしている場合でもいいーーその場でここに運ばれてきた場合。そうなれば少々苦しいが、自分達に浚われた瞬間の記憶が無いのも当然である。何せ、そもそも意識が無いのだから記憶の持ちようがない。それでも、寝て起きたらここにいたと言う人間が一人もいないのは妙な話だ。
そしてもう一つ。もっとも考えたくない方法。すなわち、記憶の操作である。
「なんて、あるわけないわよね」
記憶操作なんて技術があるならば、世界は幾分か幸せになる筈だ。にこにも最初に立ち上げたスクールアイドルの失敗など、忘れたい記憶は多くある。嫌な記憶ほど脳裏に焼き付けられ、幸福な記憶はなりを潜める。それがこの世界の、どうしようもない現実である。
「フィクションならまだしも、記憶操作なんて有り得ませんよ」
「そうだよ。そんな技術があるなら、私だって使いたい……」
当然と言えば当然のこと。にこの挙げた恐ろしい可能性は、海未とことりによって否定される。そんなオカルトありえません、そんなことは言われずとも幼稚園児だって知っている。
正直なところ、にこが欲しかったのは自分の妄想をかき消してくれる否定だった。一人だとどれだけ戯けた話でも、それは現実味という虚構に紛れて少しずつ肥大化する。しかし、誰かの否定の言葉さえ入れば、虚構は打ち消され、『常識』だけが残るのだ。
二人の言葉に、にこは首肯しーー
「本当に、そうなのかな」
妄想をかき消すための同意は、何気ない風に発せられた、穂乃果のその言葉に遮られた。
「何、言ってるの? 穂乃果ちゃん」
「記憶を消したりする方法、あの……モノクマだっけ? あのぬいぐるみを操ってる人は、知ってるような気がするんだよね」
「何を根拠にそんなことを?」
「モノクマは、一時的にかもしれないけどこの学園を占領するような力を持ってるんだよね。そんなことはとうてい一人じゃ不可能、じゃあ誰が協力したのかっていうとこの学園の、モノクマに近い思考を持つ生徒なんじゃないかって思うんだ。ここはその手のプロも裸足で逃げ出すような、圧倒的才能を持つ超高校級の生徒を育ててる……なら、その中に記憶を消せる技術を開発した人がいてもおかしくはないんじゃないかな。全部推測だけどね」
穂乃果の言葉に、にこはあんぐりと口をあけたまま黙り込んでいた。脳内にリフレインするのは「こいつ穂乃果じゃないだろ」の文字。確かに穂乃果は以前から、謎の鋭さを見せる場面が多々あった。日常生活でそれに助けられた場面も一度や二度ではない。
しかし穂乃果という少女は、少なくとももっと阿呆なのだ。単純に阿呆の筈なのだ。この非日常の中、穂乃果の思考は回りすぎているように思えた。
食事の際見せあった端末に、『超スクールアイドル級の先導者』という文字が踊っていたことをにこは思い出す。存外、彼女はこういった極限状態では異常に脳が働くのかもしれないと、何やらある種期待のようなものを抱いてしまった自分に気付き、にこは照れ隠しに近場のダンボールからはみ出ている、青いジャージの袖を弄んだ。
「それなら……まあ、筋は通るわね」
全てが仮定、推測によって成り立っているそれは、その実否定のしようがない。証拠が無いと言ってみても、此方とて『記憶操作の才能人』がいなかったことは証明できないのだ。悪魔の証明というやつである。
「しかし、やはり現実味がないですよ」
「現実味なんて、この学園に来たときから既に無いよ」
海未の言葉も一瞬で切られてしまう。推測、仮定、そして言い切り。不確定要素ばかりのこれを、穂乃果は信憑性のある意見だと言わんばかりに発言している。
「あーもう、分かったわよ。私達は記憶操作されて、浚われた時の記憶を失ってる。それでいいわ。冗談で言ってみただけなのに、案外私も良い線いってるのね」
しかしこの非現実的仮定は、にこの心に予想外の安息をもたらせた。自分が考え出したそれと一言一句違わぬ状況にも関わらず、にこの脳はそれを穂乃果の考えとして受け入れたのだ。他人が頭おかしいこと言ってたらこっちは平常になる、人間の散文的な頭など得てしてそういうものである。
そんな雑談にしては少々大掛かりな話も終え、重要なことなのではないかという僅かな疑心を押し殺しつつにこ達はまた倉庫内に散見する様々な物を出しては戻し、出しては投げというループへと戻る。
「ねえ、にこちゃん。これ、何なのかな」
目的の品が見付からない苛立ちに手元の荒くなるにこに、不意にことりがそんな声をかける。何かあったのかとことりの方へと顔を向ければ、そこには錆の浮いた一輪台車がぽんと鎮座していた。
「何って、台車じゃない。見たこと無いの?」
「うん……どう使うの、これ?」
「物を上に置いて運ぶのよ。持ち上げるには重い、抱えるには大きいときにこれがあると楽なのよね」
「ふうん、ありがとう」
台車を見たことがない人間がこの世に存在するなど、にこは思ってもみなかった。何せ、学校の倉庫に行けば常備されているものである。知らないならば、それはよほどの世間知らずだ。
しかし本人が知らないと言うなら仕方がない。知らないことを知らないと言えるのは何より尊いことだ、にこも大して馬鹿にする事もなくことりにその存在と使用法を教えるに止まった。
「うーん……ろくな物無かったわね」
結局のところ、骨を折ったところで手に入った物は埃を被ったミシンと数枚の色褪せた布切れのみである。ジャージや替えの服を切り刻めば随分と手に入る筈だったが、そこまでして手に入れたいものでもない。
探索の最中、にこの欲しい物は何一つとして見つかりはしなかった。落ち着いてよくよく考えてみれば、学園の倉庫に美容グッズなど置いてあるわけがない。ここはショッピングモールではないのだ。しかし、学園であろうと化粧品店であろうと、にこにとって美容グッズが無いというのは中々恐ろしい話である。
夜中にパックが出来ないのであれば、畢竟肌が荒れてしまう。肌に関心のある年頃ということもあるが、アイドルとしての自分を常に意識しているにこにとってその現実はどうにも首肯しがたいものであった。
「私はもう行くけど……穂乃果達はどうするの?」
「まだ探してないところに何かあるかもしれないし、もうちょっと探してみるよ」
ガラクタの山から、埃にまみれた腕だけを出して穂乃果が答える。海未やことりにしても、穂乃果がここから動かないのであれば動くことはないだろう。後でお風呂入りなさいよ、と自身の服にも纏わりついた埃を払いながらにこは倉庫を後にした。
ひょっとしたら個室に美容グッズがあるかもしれない。そんな淡い期待を、胸に抱きながら。
目的の個室はすぐに見つかった。
倉庫を出て右に見える、赤い光──夜中になったら悲鳴をあげてしまいそうなまでに、人間の不安を凝縮したような毒々しい赤色だ──に照らされた通路を数分進むと、通路の突き当たりに自分のネームプレートのかかった部屋がある。
左にはまだいくつかの部屋と赤い光が続いているので、ちょうどここは中間地点という形になるのだろうか。どちらの道を歩くにしても、最も赤色燈を浴びねばならぬこの配置ににこは溜め息を吐く。吐くが、吐いたところで部屋の配置を変えられないことも重々承知している。
廊下の光が怖いので変わってほしいなどと、そんな子供染みた言葉を一言でも漏らせば凛や穂乃果、絵里辺りにからかわれるに決まっている。ことりや花陽ならばこっちの都合を鑑みて部屋を変わってくれるかもしれないが、そんな善人に赤光を浴びせて平然としていられるほどにこは飄々とした女ではないのだ。
諦観を込めて僅かに笑い、ドット絵で自分を模したちびキャラと、カタカナのネームプレートが存在感を示すその扉を開く。鍵は、かかっていなかった。
「へぇ……!」
部屋の中を一目見て、最初ににこの口をついて出たのは、そんな気の抜けた声だった。しかし、にこが間抜けな声をあげてしまったのも無理はない、単純に部屋が広く豪華だったのだ。
三人は寝転んでも平気であろうベッド、大きな机、ひょいと右手を見れば六畳程のシャワー室まである。都内であれば月十万ではきかない程の部屋である。
「あぁ……」
歓喜の後に来るものは、いつだって気怠い現実だ。家具に目を引かれていたせいで一瞬見落としていたが、ひょいと顔を上げれば壁にべたべたと貼られた鉄板が見える。ベッドの上には、部屋全体を見渡すように監視カメラが仕掛けられている。天井の隅にあるのはテレビのように見えるが、部屋のどこにもリモコンらしきものは見当たらない。
机の上に無造作に放り出してある鍵を手に取り、ベッドに倒れ込む。身体が沈み込むような柔らかな感触、ここがホテルならば嬉しさのあまり笑顔になっていただろう。倒れ込んだ瞬間、足が熱を帯びる。自分で思っていた以上に、身体は疲れを訴えていたようだ。
僅かでも休まるように服をはだけようとして、監視カメラを視界の端に捉えて手が止まる。プライバシーも何もあったものではない。
「全く、あのモノクマって奴……最悪ね。女性の部屋にこんなもの、付けるんじゃないわよ」
悪態をつきつつ、にこはベッドから起き上がった。このままでは寝てしまいそうだったからだ。まだ探索も終わっていないのに、寝ているわけにもいかない。何せ肌パックはまだ見つかってもいないのだから。
室内には鍵以外にめぼしい物はなかった。ベッド横の棚の中に裁縫セットがあったが、だからどうしたというだけである。ことりには必要なものかもしれないが、裁縫が趣味というわけでもないにこには無用の長物であり、そのことりにしてもオンボロとはいえミシンを手にしてしまっている。
恐らく二度と使うこともないだろう。そんな確信にも似た何かを感じながら、にこは棚の中に裁縫セットを戻し閉じる。
一縷の望みをかけて開いたシャワー室にも、ボディーソープやシャンプー、リンスに石鹸と最低限の物は揃えられているが他には何もない。愛用までとはいかなくても、コンビニでも買えるような洗顔セットすらないのだから、これはもう笑うしかない。
「本当に何も無いわね。早く助けてもらわなきゃ、皆ニキビだらけになっちゃうじゃない」
二、三日放置したところで荒れるほどに、特別肌が弱いというわけでもないが気持ちの問題なのだ。
この個室を逃せば、残る施設はゴミ捨て場らしきアイコンのみである。そんな場所にパックがあるとは到底思えないことも、にこの苛立ちを増長させていた。しかし無い物は無いのだ、苛立てば余計に肌が荒れるだけである。
「仕方ないわね、ここにいる間は諦めましょ」
にこがそんな決断に至るのも、仕方のないことだった。
おお更新してたのか
保守
あ
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