みほ(……あ……)
みほ(……携帯が……鳴ってる……)
みほ(……誰から、だろ……)
みほ(電話に……出なきゃ……)
みほ(……でも……)
みほ(起きられ、ない……)
みほ(……て、いうか……起きる力が、出ない……)
みほ(……それどころ、か……起きる気さえ、出ない……)
みほ(携帯……もっと近くに、置いとけば、よかった……)
みほ(あ。……止まっちゃった……)
みほ(……誰から、だったんだろ……電話……)
みほ(私に電話、くれるなんて……)
みほ(私、なんかに……)
みほ(……)
みほ(……もう、こんな時間……)
みほ(もう、夜に、なっちゃう……)
みほ(……起きなくちゃ……)
みほ(起きて……何か食べて……)
みほ(薬、飲まなくちゃ……)
みほ(……なかなか、治らないな……。今回の、風邪……)
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みほ(……どうして……風邪なんか、引いちゃったんだろ……)
みほ(……全国大会が、終わって……気が、抜けちゃったのかな……)
みほ(でも私、毎年……必ず1回は、風邪、引く……)
みほ(……何だか、私って……いつまでたっても、進歩、しないなぁ……)
みほ(自分が、どういう場合に、風邪、引いちゃうのか……)
みほ(いい加減に……分かっても、よさそうなのに……)
みほ(……)
みほ(まだ何か、食べる物、あったかな……)
みほ(薬を飲む前は……必ず、何か食べないと……)
みほ(……でも、やっぱり……起きる気が、出ない……)
みほ(……大体、食欲なんて、ないし……)
みほ(……こんな、状態で……)
みほ(起き上がって、何か作って、食べるなんて……)
みほ(考えられない……あり得ない……)
みほ(……)
みほ(一人、って……)
みほ(一人暮らし、って……やっぱり、大変なんだなぁ……)
みほ(普段は、こんなこと……全然、思わない、けど……)
みほ(……)
みほ(……何だか……)
みほ(……何だか……もう……)
みほ(どうでも、よくなって、きちゃった……)
みほ(……)
みほ(……このまま……)
みほ(ずっと、このままで、いたら……)
みほ(どうなっちゃう、のかな……)
みほ(何も、食べないで……ずっと、眠って……眠り続けて……)
みほ(そのまま、死んじゃう、のかな……)
みほ(……でも……それ、って……)
みほ(……これ以上……)
みほ(もう、これ以上……つらい思いを……しないで済む……)
みほ(……もう、これ以上……)
みほ(……つらい、思いも……嫌な、思いも……)
みほ(……)
みほ(……駄目……)
みほ(……こんなこと……)
みほ(こんなこと、考えちゃ、駄目……)
みほ(あ。また、携帯……)
みほ(……)
みほ(……よし……)
みほ(よし、起きよう……)
みほ(起きて、電話に、出よう……!)
みほ(せーの、で……腕に力を、入れて……)
みほ(……せーの……)ムク
みほ(やった! 起きられた……!)
みほ(……)
みほ(……うう……でも……)
みほ(……たった、これだけで……すごく、だるい……)
みほ(あ。鳴り止んじゃった……)
みほ(……せっかく、起きたのに……)
みほ(だけど……せっかく……起きられ、たんだから……)
みほ(誰からなのか、見よう……)
みほ(……携帯……机の上なんかに、置いとくんじゃ、なかった……)
みほ(これからは、枕元へ、置かないと……)
みほ(……でも……)
みほ(でも……誰かが、私へ……電話を、くれるなんて……)
みほ(そんなこと……考えて、なかったし……)
みほ(……私なんかへ……電話をくれる人が、いるなんて……)
みほ(……私なんかへ……)
みほ(……誰、だろ……)スチャ
みほ(あ……。華さん、から……)
みほ「……え……?」
みほ「何……これ?」
みほ(あ。今、私……)
みほ(声、出した……)
みほ(ひどい声……)
みほ(風邪、引いてるし……もう3日間、一言も、喋ってないから……)
みほ(でも今は、それどころじゃ、ない)
みほ(華さんからの着信が、こんなに……)
みほ(何回も電話、くれてたんだ……)
みほ(全然、気が付かなかった)
みほ(すぐ華さんに、電話しなくちゃ)
みほ「……」ピッピッ
みほ「……」
みほ「西住、です……」
華『みほさん! ああ良かった……! やっとお話ができましたね!』
みほ「……ごめん、なさい……」
華『謝るのはこちらです。わたくしは今、みほさんを起こしてしまってるんじゃありませんか?』
みほ「……大丈、夫……」
華『……やはりまだ、つらそうですね。声がいつもと全然違います」
みほ「……」
華『あまり喋らない方がいいかもしれません。とにかく、用件を手短に言います』
みほ「……うん……」
華『わたくしは今から、みほさんのお部屋にうかがいます』
みほ「……え……?」
華『もう、近くに来ています。おそらく5分以内に着きますので…』
みほ「待って、華さん。私…ケホッ。ケホケホッ」
華『みほさん。まだ、あまり喋っては駄目なようです。声など出さずに聞いてください』
みほ「……ケホ」
華『みほさんが気にしていることは、わたくしにも分かります』
みほ「……」
華『全然お風呂に入っていなかったり、お部屋が散らかっていたり、ですね?』
みほ「……」
華『でも、その程度のことなんて気にしないでください。女同士なんですから』
みほ「……」
華『それに大体、今はそんな場合じゃないでしょう?』
みほ「……」
華『すぐに着きます。申し訳ありませんけど、その時だけ起きて、鍵を開けてください』
みほ「……分かっ、た……」
ピンポーン
みほ「……どう、ぞ……」ガチャ
華「こんばんは。ごめんなさいね、無理に押しかけて」
みほ「……ううん……」パタン
華「上がらせていただきます。さ、みほさんはすぐに、ベッドへ戻ってください」
みほ「……華さん、私……」
華「何ですか? いいから早く。お布団を…そうです。首までかけて」ポフ
みほ「……私……恥ずかしい……」
華「先ほども言いましたよ? そんなことを気にしている場合じゃないでしょう?」
みほ「……今、私と……この部屋……すごく、汚い……」
華「学校を休んでまだ3日です。汚くなどありません」
みほ「……それに、部屋の、中……臭い、と思う……」
華「それは…3日間、あまり換気をしていなかったようですね。空気を少々、入れ換えましょうか」
みほ「……うん……」
華「入ってくる風がベッドの方へ当たらないように、窓のこちら側を少しだけ開けて……」
みほ「……」
華「お台所の換気扇を回しっ放しにして……この程度でいいでしょう」
みほ「……」
華「みほさん、いつも使わせていただいている一輪挿しを借りますね」
みほ「……うん……」
華「花などより病人の具合の方が大事ですけど、やはりわたくしはまず、これをやらなくては」
みほ「……うん、嬉しい……。部屋が……明るく、なる……」
華「さて、その病人は、と。みほさん、熱は?」
みほ「……まだ、ある……」
華「……ああ、そのようですね。お顔を見れば一目瞭然です。測るまでもないでしょう」
みほ「……」
華「目が潤んで、熱のある人特有の輝き方をしています。ほかに具合の悪いところは?」
みほ「……それは……ない……。体が、少し……痛む、だけ……」
華「熱がひどくて、体の自由が利かない。そんなタイプの風邪ですか」
みほ「……私、いつも、そうなの……。熱が、すごくて……体も、頭も、全然……」
華「夕食は?」
みほ「……まだ……」
華「食欲はありますか?」
みほ「……あまり……ない……」
華「でも、食べようと思えば、食べられますか?」
みほ「……うん……ケホッ。……それに……」
華「何でしょう」
みほ「薬、飲むから……何か、食べないと……」
華「分かりました。みほさん、お台所を少し借りますね」
みほ「……え……?」
華「わたくしが食事を作ってさしあげます。お粥でいいですか?」
みほ「……華さん……って……」
華「わたくしには、そのくらいしか作れませんけど」
みほ「……お料理……苦手、だったんじゃ……」
華「それとも麺類の方がお好きでしょうか。あるいは、和食ではなくパン」
みほ「……」
華「お粥、おうどん、トーストを作れるように、食材を準備してきました」
みほ「……」
華「どれがいいですか?」
みほ「……じゃあ……お粥……」
華「了解です。少し待っていてください」
みほ「……」
華「その間、眠ってしまっても構いませんよ。支度ができたら起こしますので」
みほ「……華さん……」
華「何ですか?」
みほ「……あり、がとう……」
華「お礼など要りません。さて、お鍋は……」
~~~~~~~~~~
華「あら、いつの間にか起き上がってしまって」
みほ「……人と、話したら……ちょっと元気が、出た……」
華「平気ですか? 無理をしてはいけませんよ?」
みほ「……寝てばっかり、いるのは……もう、飽きちゃった……」
華「御飯ができましたけど、それなら、食べさせてあげるのは…」
みほ「大丈夫……」
華「……」
みほ「……自分で、食べられる……」
華「それは、少し残念ですね」
みほ「……?」
華「みほさんへ“あーん”って、してさしあげたかったのに」
みほ「……もう……華さん。私、小さい子供じゃ、ないんだから……」
華「よろしいじゃありませんか。普段は無敵の西住みほ隊長が、今、こんなに弱っている」
みほ「……」
華「いつもとのギャップが、とても新鮮です。思い切り子供扱いしたいですけど」
みほ「……もう……変なこと、言わないで……」
華「文句を言うなら、風邪を引いて、弱いところを見せてしまっている自分自身へ言うべきでは?」
みほ「……」
華「ま、冗談はこれくらいにして。じゃあ御飯は、ベッドへ座って食べましょうね」
みほ「……うん……」
華「窓を閉めて、換気扇を止めて、と……」
みほ「……」
華「でも、パジャマのままではいけませんね。その上に何か、羽織る物を…」
みほ「いつも、は……部屋着用の、パーカーを、着てるの……」
華「どこへ仕舞ってありますか?」
みほ「……そこ……華さんの、後ろ……」
華「ああ、床の上ですか。脱いだままだったんですね」
みほ「……やっぱり……恥ずかしい……」
華「まだ言っているんですか? 脱ぎ散らかしたりしたって、いいじゃありませんか」
みほ「……」
華「すぐ手に取れて合理的です。もちろん、こんな場合だけの話ですけど」
みほ「……」
華「じゃあ、パジャマの上からそれを着てください」
みほ「……さっきから、いい匂いが、する……」
華「あら。食欲が出てきたみたいですね」
みほ「……お腹、空いた……。早く、食べたいな……」
華「そう言っていただけると、作った甲斐があります。お盆を膝の上に乗せても大丈夫ですか?」
みほ「わあ…玉子が、入ってる……!」
華「ゆっくり食べてくださいね」
みほ「うん。いただき、ます……」
華「まだ熱いかもしれませんから。喉やお腹が、急に入ってきた食べ物にびっくりし…」
みほ「おふぁ。熱っ」
華「ほら、言ったばかりなのに。やっぱり小さい子供と同じです」
みほ「……ね……華さん……」
華「みほさん。まだあまり、お喋りをしない方がいいかもしれません」
みほ「……うん……でも……」
華「みほさんの言いたいことは、分かります」
みほ「……」
華「なぜわたくしだけが、突然お見舞いにやって来たのか」
みほ「……」
華「訊きたいのはこれですね?」
みほ「……うん……」
華「これから、その理由を説明しましょう」
みほ「……」
華「わたくしが今、ここにいる。それまでには、ちょっとしたドラマがあったんですよ?」
みほ「……」
華「よろしければ、みほさんは食べながら、喋らずに聞いてください」
華「みほさんが最初に学校を休んだのは一昨日でした。欠席の理由は、風邪」
華「同じクラスにいる沙織さんもわたくしも、驚きました」
華「我らが無敵の隊長でも、病気にかかったりするんだなあ、と」
華「でも、全国制覇を成し遂げた西住隊長だって、女の子です。普通の女子高生です」
華「風邪を引くことくらいあるだろう。そう思って、特にお見舞いのメールなどしませんでした」
華「しかし、次の日も学校に来ない。優花里さんと麻子さんがそれを知りました」
華「優花里さんは、みほさんのことをすごく心配しました」
華「自分自身が病人のように真っ青になって、すぐお見舞いに行きましょう、と言い出しました」
華「でも、わたくしたちはそれを止めました」
華「きっと翌日になれば、みほさんは学校へ来る」
華「今は、治りかけの状態かもしれない。そんな時に、皆で押しかけてしまっては良くない」
華「治るものも治らない。メールや電話なども、しないことに決めました」
華「できる限り安静にして、快復に専念していただこうと考えたのです」
華「ところが、3日目の今日。またもみほさんは学校を休んだ」
華「今日は、戦車道の練習があった日です」
華「これは昨日、わたくしたちが優花里さんを止めた、もう一つの理由でした」
華「隊長が練習を休むはずがない。練習へ間に合うように、きっと風邪を治すはず」
華「わたくしたちはそう思い込んでいました。みほさんの快復について、楽観していました」
華「今考えれば、何の根拠もなかったのですけど」
華「そして今日、またもみほさんは登校しなかった」
華「必修選択の時間が来ました。戦車倉庫の前へ、全員が集まりました」
華「西住隊長はもう3日間も学校を休んでいる。皆さんへそう説明したのは、沙織さんです」
華「練習が始まりました。隊長が不在のままで」
華「全体の指揮は、生徒会の河嶋先輩が執りました」
華「でも、普段はできている連係が、微妙にうまくいかない」
華「思えば、今日は全体練習ではなく、各チーム個別の練習などをすれば良かったのでしょうね」
華「隊長がいない時に、全体の連係が必要となるような練習をすべきではなかったかもしれません」
華「ともかく、練習の前半が終わり、休憩のために全車が戦車倉庫の前へ戻ってきました」
華「その時、誰からともなく“やっぱり隊長がいないと駄目だ”という話になったんです」
華「それを聞いた河嶋先輩のプライドは、傷ついたと思います」
華「しかし河嶋先輩自身も、やはりみほさんがいなければ、と思っていたようでした」
華「優花里さんが“だから昨日、お見舞いに行って看病しようって言ったんです!”と叫びました」
華「その一言をきっかけに、全員が口々にあることを言い始めました」
華「それは、今日これから隊長のお見舞いに行こう、ということだったんです」
華「でも、そんな大勢で行けるはずがない。ごく少数の誰かが、代表して行くしかない」
華「それなら、誰が代表になるのか」
華「代表の数は、何人か」
華「代表を、どうやって決めるのか」
華「練習の後半で、それを話し合うことになりました」
華「みほさんのお部屋は、こんなこと言っては失礼ですけど、決して広くない」
華「それに加えて、みほさんは学校を3日間も休んだほどの病人」
華「お見舞いに行ける代表は、一人だけとなりました」
華「そうして、練習時間の後半は全て、その一人を決めるジャンケン大会になってしまったんです」
みほ「……」
華「今、みほさんの顔に、こう書いてありますよ?」
みほ「……」
華「“隊長の私がいない間に、みんなで何やってるの?”と」
みほ「だって……私の風邪、なんて……どうでも、いいから……」
華「みほさん。どうでもいい、などということは絶対にありません」
みほ「みんな、ちゃんと……練習して、くれなくちゃ……」
華「まあ聞いてください。面白いのはこれからで…」
みほ「全国大会で……優勝、したから……練習試合の、申込みが……」
華「……」
みほ「もう来てる、って……聞いた……。遊んでる、場合じゃ、ない……」
華「みほさん。わたくしたちは決して、遊んでいたのではありません」
みほ「……」
華「練習に、いえ、自分たちの戦車道に不可欠な、我らが隊長」
みほ「……」
華「誰もがその隊長を、心の底から案じていたんです。決して遊んでいたのではありません」
みほ「……」
華「代表の一人を決める方法は、ジャンケン。これには誰も異存がありませんでした」
華「全員が、代表になる資格を持っている。学年やチームはもちろん、特技なども一切関係ない」
華「例えばいくらお料理が上手でも、相手は病人です。凝った食事など意味がありません」
華「もし食事を作ってあげるのなら、例えば、わたくしでも作れるようなただのお粥」
華「それで十分だし、むしろその方がいい」
華「無闇に食材の数が多い物を食べさせたりしたら、病人のお腹に負担をかけてしまいます」
華「皆さんからこう言われて、沙織さんはかなり不満そうでしたけど」
華「それから、隊長への個人的な感情。これも一切考慮されないことになりました」
華「誰もがみほさんを大好きで、尊敬し、学校を欠席し続けていることを心配している」
華「その気持ちに優劣をつけることなどできない。そう意見が一致しました」
華「こう決まって、優花里さんはかなり不満そうでしたけど」
華「だから代表を決定する、公平で、誰もが知っている簡便なやり方。それはジャンケン」
華「すぐに、そう決まりました」
華「でも、その実施方法をめぐって議論が紛糾したんです」
華「お見舞いに行く希望者は、何十人もいます」
華「全員で一度にジャンケンをしたら、何回やっても勝負はつかないでしょう」
華「こういう場合によく行われるのは、任意の人と対戦し、徐々に人数を絞っていく勝ち抜き戦」
華「この方法に、一時は決まりかけました」
華「しかし、そのことへわたくしたち、あんこうチームが猛反発したんです」
華「わたくしたち4人は、隊長と同じチームの仲間。みほさんに最も距離の近いメンバーです」
華「ほかのチームの皆さんと、ひとしなみに扱われるのは納得できない。こう強く主張しました」
華「それならどうするのか、と逆に問われました。代替案を示すよう、言われました」
華「当然のことですね。そこでわたくしが、一つの提案をしました」
華「それは、サッカーの国際大会で使われる方法です」
華「まず、参加者をいくつかのグループに分ける。その中で対戦を行う」
華「グループから勝ち上がってきた人たちが、今度は決勝トーナメントで、優勝を目指すのです」
みほ「……華さん……」
華「はい」
みほ「……サッカー、なんて……詳しかったんだ……」
華「流行りものを一応、チェックしているだけです」
みほ「……」
華「もうすぐ大きな国際大会が開かれますけど、優勝候補はどの国か、くらいは知っていますよ」
みほ「……」
華「そうした強豪国は、最初のグループ分けでシード扱いになります」
みほ「あ……。じゃあ……あんこうの、みんなは、シードに……」
華「そのとおりです。厳密な意味でのシードとは違うかもしれませんけど」
みほ「……」
華「皆さんが配慮してくださって、この方法を採用することになりました」
華「グループの数を四つとし、まず、それぞれのグループへわたくしたち4人が別々に入りました」
華「これで、あんこうのメンバー同士が早い段階で対戦し、潰し合いをすることがなくなります」
華「次に、その4グループへ、ほかの各チームから一人ずつを割り振っていく」
華「そうすればやはり、同じチームのメンバー同士が対戦する機会が減ります」
華「最後に、全てのグループができるだけ同じ人数になるよう調整する」
華「勝ち上がる一人を決める方法は、それぞれのグループに任されることになりました」
華「でも、この辺りから準決勝までの話は、長くなるので割愛しましょう」
華「実際は、いろいろな人間模様が見られて興味深かったのですけど」
華「誰がどのグループに入るか、とか」
華「グループ内での激闘、とか」
華「様々な駆け引きがありました。でも、細かいことなので省略します」
華「グループ内の戦いでは、波乱がいくつかありました。それだけを話しておきましょう」
華「最大の波乱は、生徒会長の角谷先輩があっけなく敗れてしまったことです」
華「あのかたを撃破したのは、ウサギさんチームの丸山さん」
華「角谷先輩がジャンケンに超人的な強さを持っていることは、誰もが知っています」
華「あんこうチームの5人を相手に、一人10回ずつ対戦して、全勝したことがありましたね」
華「伝説の50連勝。驚異的どころではなく、もはや人間離れしています」
華「代表の決定方法がジャンケンとなった時、そのことへ懸念を示すかたもいました」
華「ジャンケンにした時点で、もう優勝するのは会長に決まったも同然だ、ということです」
華「でも、それについての代替案は何もありませんでした」
華「これほどの大人数の中から、短時間に、道具を何も使わず、しかも公平に一人を決める方法」
華「ジャンケン以外の方法を、誰も思い付かなかったのです」
華「だから角谷先輩は、優勝候補の筆頭でした。それなのに、早々と姿を消してしまった」
華「でも、あのかたは故意に負けてくださったのではと、わたくしは思います」
華「“私がみんなを代表して西住ちゃんのお見舞いに行っても、何だか今さらだよねー”」
華「“1年生の子とかが行って、隊長と親睦を深めてくれた方がいーよ”」
華「などと、例の調子で考えてくださったのではないでしょうか」
華「容易に勝つことができるかたなら、わざと負けることも簡単なのかもしれません」
華「もう一つの波乱は、シードされた一人である沙織さんが敗れてしまったことです」
華「沙織さんを撃破したそのかたが、グループから勝ち上がりました」
華「こうして、四つのグループを制した4人による、準決勝が戦われることとなったのです」
華「でも実は、その顔ぶれにさして意外性はありませんでした」
華「なぜならそれは、我があんこうチームのメンバーばかりになってしまったからです」
華「だから、優花里さん、麻子さん、わたくし」
華「そして先ほど言った、沙織さんを倒したかた。この4人で準決勝が開始されました」
華「お話しておきたい波乱の、最後の一つ」
華「それは、このかたが勝ち上がったことです」
華「みほさん。そのかたとは一体、誰だと思いますか?」
みほ「……」
華「あまり喋らない方がいいでしょうけど、これはお答えを聞いていいかもしれません」
みほ「……誰、だろ……。意外な、人……?」
華「全員が、そう感じていたでしょう。意外性のない顔ぶれの中で、このかただけが例外でした」
みほ「……」
華「この人が本当に、隊長のお見舞いになんて行くんだろうか…と、誰もが思っていたのでは」
みほ「……全然、分からない……。誰、なの……?」
華「河嶋先輩です」
みほ「えっ……!?」
華「河嶋先輩は、麻子さんと対戦することになりました」
みほ「……」
華「準決勝の第一試合。二人が、向き合いました」
みほ「……」
華「河嶋先輩は、麻子さんへこう言ったんです」
みほ「……」
華「“西住の見舞いに行くのは、私だ”」
みほ「……」
華「“我が校を救ってくれた西住に、私はこれまで、何もしてやれていない”」
みほ「……」
華「“だから今、西住の看病をするのは、この私なんだ”」
みほ「……河嶋……先……輩……」
華「そして麻子さんの顔をまっすぐ見据えて、不敵に笑いながらこう言いました」
みほ「……」
華「“冷泉、残念だったな。貴様はここで、私に倒される運命だ”」
華「もちろん、こう言われて麻子さんも負けてはいません」
華「“何を出す?”と勝負の前に訊いたりして、河嶋先輩へ揺さぶりをかけようとしていました」
華「“こっちはパーを出す。だから、グーを出してほしい”などと話しかけていました」
華「麻子さんらしい頭脳戦です。事前に、相手の癖を見抜くことも試みていました」
華「ところが、この策が全く通用しなかった」
華「準決勝は3回勝負。先に二つ勝った方が決勝進出」
華「麻子さんは一つも勝てずに、ストレートで敗れてしまったんです」
華「河嶋先輩は麻子さんの挑発に乗らなかった。終始、落ち着き払っていました」
華「麻子さんは策に溺れて、自滅するかたちとなってしまったのです」
華「それに、勝負を見守る周囲の雰囲気も、河嶋先輩寄りのものでした」
華「準決勝の開始前。カバさんチームのエルヴィンさんが、こう言いました」
華「“この状況は、全国大会の戦いに似ている!”」
華「まさにそのとおりでした。準決勝の顔ぶれは、全国大会にそっくりです」
華「戦車道の全国大会では、どこが優勝してもおかしくない強豪ばかりが勝ち残った」
華「一方のジャンケン大会では、誰がお見舞いに行っても当然のような顔ぶれになった」
華「でもその中に、勝ち上がることを誰も予想しなかったダークホースがいました」
華「全国大会では、それはわたくしたち。この大洗女子学園」
華「そしてジャンケン大会では、河嶋先輩がまさしくそうした存在だったんです」
華「準決勝を見守る皆さんは、完全に判官贔屓の状態でした」
華「全国大会の準決勝では、誰もがプラウダ高ではなく、我が校を応援してくださいましたね」
華「ジャンケン大会でも、同じでした」
華「ほぼ全員が、河嶋先輩が麻子さんを打ち破るのを期待する、という雰囲気だったんです」
華「そして実際に、ダークホースが優勝候補を撃破した。番狂わせが起こった」
華「河嶋先輩の決勝進出が決まった瞬間。周りの皆さんから、拍手が湧き起こりました」
みほ「……やっぱり……」
華「何ですか?」
みほ「やっぱり……みんな、遊んでたんじゃ……」
華「どうしてそう思いますか?」
みほ「だって……みんな、何だか、楽しそう……」
華「それなら、みほさんも参加したかったですか?」
みほ「……それ、は……」
華「……」
みほ「そんな、こと……できるはず、ない……」
華「意地悪なことを言ってごめんなさいね。この状況を作り出した本人に向かって」
みほ「……」
華「全ては、みほさんが風邪を引いて、学校を休んだから起こった出来事です」
みほ「……大体……」
華「何でしょう」
みほ「……もう、結果は、分かってる……」
華「そうですね。わたくしが今こうして、ここにいる。結果は既に明らか」
みほ「……」
華「でも、これからがもっと面白くなります。準決勝の第二試合です」
華「対戦カードは、優花里さんとわたくし」
華「優花里さんはみほさんへのお見舞いについて、尋常ではない思い入れを持っているようでした」
華「あんな目つきの彼女を見たのは、初めてです」
華「その並々ならぬ思い入れのせいか、妙なことを何度も口走っていました」
華「いよいよ勝負となって、わたくしが静かに彼女の前へ立った時です」
華「“五十鈴殿、もう勝った気でいるようですね。では教育してあげましょう”」
華「誰の名セリフを真似したのか知りませんけど、そんな言葉に始まって」
華「“こんな格言を知ってますか? 秋山優花里はジャンケンでは、手段を選ばない”とか」
華「“偉大なゆかりん戦術を前にして、五十鈴殿が泣きベソかくのが目に浮かびます”とか」
華「挙句の果てには“秋山流に逃げるという道はない”と、ドスの利いた声色に変わっていました」
華「そして、試合開始です」
華「ジャンケンでも優花里さんは、奇妙な感じでした」
華「口走った言葉のとおりに、どのような手段を使ってでも勝つ、と考えていたんでしょう」
華「立て続けに、明らかな後出しを2回したんです」
華「誰も騙されないような、はっきり言えば、下手糞な後出しでした」
華「後出しは3回で失格というルールが、事前に決まっていました。3回目で反則負けです」
華「追い詰められた彼女は激しく動揺した。その姿は、周囲の皆さんが見ていられないほどでした」
華「そして結果は、優花里さんの負け」
華「これもまた、ストレートでの敗戦でした」
華「一つも勝てなかった彼女は、呆然自失の状態です」
華「でも、間もなく気を取り直したようで、ニヤリと笑いながらわたくしへこう言いました」
華「“次は負けないわよ!”」
華「次など、ないのですけど」
みほ「……ケホ」
華「敗退決定の時に優花里さんが見せた、この世の終わりのような表情はとても印象的でした」
みほ「……まったく、もう……みんな、仲良くして、くれないと……」
華「みほさん。わたくしたちは別に、ケンカをしていたのではありませんよ?」
みほ「……お見舞いに、来て、くれるなら……みんな、一緒でも、よかったのに……」
華「それについてはもう、結論が出ていました」
みほ「……」
華「先ほど言ったとおり、このお部屋に行けるのは一人だけと決まっていたんです」
みほ「……」
華「でも、優花里さんのあの様子だと、その決まりを破ってしまいかねませんね」
みほ「……え? どういう、こと……?」
華「全員に内緒で、秘かにみほさんをお見舞いに訪れるかもしれない、ということです」
みほ「……」
華「どうしました?」
みほ「……何それ。怖い……」
華「怖い? 優花里さんが? わたくしたちの仲間で、友達ですよ?」
みほ「……分かってる……けど、何だか、怖い……」
華「そのお気持ちは、分からなくもありません」
みほ「……」
華「彼女はお見舞いについて、ただならぬ思い入れのようでしたから」
みほ「……」
華「どうします? この後、夜中に優花里さんがやって来たりしたら」
みほ「……やめてよぉ……怖がらせないで、よぉ……」
華「彼女なら、玄関ではなく窓から来そうですね。ここはマンションの最上階なのに」
みほ「……やだよぉ……本当に、やりそうだよぉ……」
華「さて、いよいよ決勝です」
華「向かい合って立つ、河嶋先輩とわたくし」
華「ほかの皆さんが二人を取り囲んで、戦いを見守りました」
華「その雰囲気は、準決勝と同じです。誰もが河嶋先輩の勝利を期待していました」
華「あのかたはそれまでに、あんこうのメンバーを二人も撃破している」
華「まるで、サンダース大付属やプラウダを倒した我が校のようでした」
華「決勝で対戦するわたくしはさしずめ、黒森峰ということになるのでしょう」
華「周囲は大洗であるあのかたを応援し、河嶋先輩コールまで起こっていました」
華「あのかたがあれほど期待された瞬間を、今まで見たことがありません」
華「たびたびサッカーの話をして恐縮ですけど、わたくしにとっては、完全アウェー状態」
華「しかしもちろん、こちらも負けるつもりなどありません」
華「河嶋先輩が、麻子さんと対戦した時と同じく、こう言いました」
華「“西住の看病をしてやるのは、この私なんだ”」
華「“五十鈴、貴様は誰もが認める名砲手だ。しかし今、敗者の恥辱にまみれることになる”」
華「“グロリアーナとの親善試合以来だな。気の毒だったな”」
華「それに対してこちらは、こう言い返してさしあげました」
華「“河嶋先輩。わたくしは後輩として、礼を失することのない勝負をしようと思います”」
華「“でも先輩はこれまで、接射の距離ですら、相手戦車へ一発も命中させていません”」
華「“そんなかたが、このわたくしに勝てるとでもお考えなのですか?”」
華「これを聞いて、周りからどよめきが起こりました」
華「皆さんは、そこまで言うか、と思ったのでしょう」
華「どよめきが静まった一瞬の後。湧き起こったのは、以前にも増して熱烈な河嶋先輩コール」
華「“河嶋先輩、頑張ってー!”“撃破ですよ撃破!”“かっわっしま! かっわっしま!”」
華「少し離れた場所に、ほかの必修選択科目の生徒たちが、何人かいました」
華「戦車道は一体何をやっているんだ、と思ったでしょうね」
みほ「……ケホ」
華「みほさん、何か言いたそうですけど」
みほ「……何やってる、んだ……そう思うのは、私も、同じ……」
華「わたくし自身もあの時、ほんの少し、そう考えなくもありませんでした」
みほ「……」
華「おそらくあの場にいた全員が、同じだったのでは」
みほ「……」
華「自分たちは一体、何をやっているのか……心のどこかで、そう思っていたでしょう」
みほ「……」
華「でも、状況はもう始まっていました。勝負という装置は、既に動き始めていました」
みほ「……」
華「その装置は、たった一人の優勝者を決めるという終局に向かって、驀進していたんです」
華「決勝は5回勝負。先に三つ勝った方が優勝です」
華「まず、わたくしが勝ちました。でも次は、河嶋先輩が取り返しました」
華「その次に勝ったのは、わたくしです。でもやはり、次は河嶋先輩でした」
華「お互いに連勝ができず、2勝2敗」
華「決着を、最後の5回目でつけることとなりました」
華「その時のわたくしは、正直に言って、焦っていました」
華「河嶋先輩は冷静そのものです。落ち着き払っていて、隙が全くありません」
華「無論、やっているのはただのジャンケン。勝負を決めるのは、運以外にあり得ない」
華「でも、相手に隙を見せた方が負ける。わたくしはそう思っていました」
華「なぜなら、その運をつかむのは、隙がない、より勝負に集中した方だと考えていたからです」
華「麻子さんと優花里さんは、なぜ負けたのか」
華「それは二人とも、奇策を弄するなどという、勝負以外のことを気にしていたからでした」
華「勝負そのもの以外のことを考えてしまった。そこに隙が生まれた」
華「勝負のことだけへ集中していた相手に、運をさらわれた。だから、負けてしまったんです」
華「わたくしは焦っていました。自分には、河嶋先輩に勝てる要素が何もない」
華「そして、その焦りは隙を産む。それを何とかしようとして、もっと焦る」
華「負の連鎖に陥りかけました」
華「その時、河嶋先輩が口を開いたんです」
華「“五十鈴、次は何を出す?”」
華「“私はチョキを出す。だからパーを出せ”」
華「その瞬間、わたくしは確信しました」
華「わたくしの勝ち、と」
華「いうまでもなく、これは麻子さんの真似です」
華「あのかたはよりによって、自分が倒した相手の真似、敗者の真似をしたのです」
華「冷静に見えた河嶋先輩も、実は焦っていたのでした」
華「それまでのあのかたは、異様な落ち着きぶりだった」
華「戦車道の試合のたびに我を忘れて、奇妙な興奮状態になってしまう。そんな河嶋先輩」
華「そんなあのかたは、一体どこへ行ってしまったのか」
華「そう思うほどの、落ち着きぶりだった」
華「でも、最後の最後に、いつもの姿が出てしまったのかもしれません」
華「自身の置かれている状況は、決勝。その最後の対決。しかも勝負は、一対一」
華「そうした局面になって、わたくし以上に焦っていたのでしょう」
華「だから、奇策に頼ろうとした。勝負以外のことを、気にしてしまった」
華「こうして河嶋先輩とわたくしは、最後のジャンケンをしました」
華「結果はもう、言わなくてもいいでしょうね」
華「我が校にそっくりの存在だった、河嶋先輩。一方の黒森峰である、わたくし」
華「全国大会と違ったのは、その結末だけでした」
みほ「……ね、華さん……」
華「はい」
みほ「……河嶋先輩、は……何か、言ってた……?」
華「あのかたはわたくしに負けた後、一瞬だけ、ものすごく悔しそうな顔をしました」
みほ「……」
華「でもすぐに、普段どおりの河嶋先輩になりましたよ」
みほ「……普段、どおり……?」
華「その表情はすぐに、いつもの冷たい、官僚的なものに戻りました」
みほ「……」
華「そしてその顔のまま、こう言ったんです」
みほ「……」
華「“頼んだぞ、五十鈴”」
みほ「……」
華「“隊長の体調を、面倒見てやれ”」
みほ「……ケホ」
華「みほさん。ここは、“座布団1枚”と言ってくださらないと」
みほ「……ごちそう、さま……」カタ
華「まあ、きれいに食べてくださいましたね」
みほ「……おいし、かった……。ありがとう、華さん……」
華「いえ、お粗末様でした。誰でも作れるこんなただのお粥でも、褒められると嬉しいです」
みほ「……薬、飲まないと……」
華「自分で出しますか? いくら親しい友達の物でも、人の薬箱へ触るのは少々抵抗があります」
みほ「……うん。そのくらい……自分で、する……」
華「では、沸かしておいた白湯を用意しますね。飲みやすい温度の湯ざましになっているはずです」
みほ「……ありがとう……。何だか……何から、何まで……」
華「みほさん。看病している人にお礼など言い始めたら、切りがありませんよ?」
みほ「……」
華「さ、お薬を飲んだら、横になってください」
みほ「……うん……」
華「何だか、血色が少し良くなりましたね」
みほ「……」
華「これで、今夜一晩よく眠って…」
みほ「……」
華「たくさん汗をかけば、熱も下がるでしょう」
みほ「……」
華「……みほさん」
みほ「……うん……何……?」
華「お見舞いに、来るのは…」
みほ「……」
華「わたくしではなく、河嶋先輩の方が良かったですか?」
みほ「……もう……今日の華さん、意地悪……」
華「ごめんなさいね。そんなこと、答えられるはずがありませんね」
みほ「……」
華「隊員について隊長が選り好みをしたり、分け隔てをすることなど、できませんものね」
みほ「……誰が……お見舞いに来て……くれたって……」
華「……」
みほ「……嬉しいに……決まってる……」
華「……」
みほ「……でも……」
華「でも?」
みほ「河嶋先輩が……そんなふうに、思って、くれてる……」
華「……」
みほ「それが、分かって……嬉しかった……」
華「生徒会の皆さんは最初、わたくしたちにとって、あまり好ましい存在ではありませんでしたね」
みほ「うん……怖かった……。でも、だんだん、分かってきた……」
華「……」
みほ「この学園のことを、すごく真剣に……大事に、考えて、くれてる……」
華「それが分かってからは、打ち解けるのにさほど時間は掛かりませんでした」
みほ「うん……。でも……ずっと、苦手、だったのは……」
華「河嶋先輩、ですね」
みほ「……うん……」
華「思えばあの3人の中で、戦車道に最も熱心だったのは、河嶋先輩でした」
みほ「うん……。戦車乗り、って……頭に、血の上りやすい人が、多いし……」
華「まさにそのタイプだと、思ったんですね」
みほ「うん。でも、違った……。熱心だった、理由は…」
華「何としても優勝するため、我が校を守るためでした」
みほ「優勝して……泣いてたのは…」
華「河嶋先輩だけでしたね。張りつめていた気持ちが、一気に緩んでしまったのでしょう」
みほ「だから、涙腺も……一気に、緩んじゃった……」
華「でもこれらは、あくまで学園を思ってのことでした」
みほ「うん……。私たちのことを、どう考えてるか、なんて……分からなかった」
華「ジャンケン大会でのみほさんに関するあの発言には、皆さんも驚いたようです」
みほ「私の、ことを……そんなに……心配してくれて……」
華「……」
みほ「……“西住に、何もしてやれてない”なんて……そんな、こと……」
華「……」
みほ「そんなこと……ないのに……」
華「みほさんはいうまでもなく、我が戦車隊の最高指揮官です」
みほ「……」
華「でも、その最高指揮官へ、指示を出せるかたがたがいる」
みほ「……」
華「指揮官を導けるかたがた。指揮官へ何かをしてさしあげられる、かたがたがいる」
みほ「うん……。それは、生徒会……」
華「河嶋先輩たち、です」
みほ「……私、って……引っ込み、思案で……」
華「恥ずかしがりや、ですね」
みほ「でも、それじゃ……隊長なんて、務まらない……」
華「……」
みほ「……戦車道の、経験者でも……隊長を、やってても……」
華「……」
みほ「何も、しなかったら……そんなの、ただの……怠け者と、同じ……」
華「でも、そんな“怠け者”の、尻を叩いてくださったのは…」
みほ「河嶋先輩、だった……」
華「あのかたが指示を出す。そして、みほさんが行動を起こす」
みほ「そうやって……物事の進んでいった、ことが……」
華「特に重要な局面で、何回かありました。でも、その指示自体は…」
みほ「うん……。あまり……役に立って、なかったかも……」
華「しかしこの場合、重要なのはそんなことではありません」
みほ「私へ、きっかけを、くれたこと……」
華「あのかたが“怠け者”の尻を叩いたこと。行動するように、けしかけたことですね」
みほ「それが、なければ……何も、始まって、なかった……」
華「……」
みほ「……だから……河嶋、先輩が……」
華「……」
みほ「……私へ……何もしてやれて、ない……なんて……」
華「……」
みほ「……そん、な……こと……ない、のに……」ポフ
華「どうしました? お布団を頭まで、すっかり被ってしまって」
みほ「……」
華「河嶋先輩の次は、みほさんが泣いているんですか?」
みほ「……ぐすっ」
華「風邪を引いたり、泣き出したり…」
みほ「……」
華「今の西住隊長は、弱いところを見せてばかりですね」
みほ「……だって……ぐすっ」
華「だって?」
みほ「だって……みんなが……泣かす、から……」
華「……」
みほ「ぐすっ。河嶋……先輩、が……」
華「……」
みほ「華さん、が……」
華「……」
みほ「……みんな、が……」
華「やっと、分かってくださったようですね」
みほ「うん……」
華「わたくしたちは決して、遊んでいたのでもなければ、ケンカをしていたのでもありません」
みほ「……」
華「わたくしたちの誰もが大好きで、深く尊敬する、西住みほ隊長」
みほ「……」
華「その隊長が、体の具合を悪くしてしまっている」
みほ「……」
華「全員がそれを、心の底から気に懸けていたのです」
みほ「……私……」
華「何でしょう」
みほ「私……寝てる間に、こう思ってた、の……」
華「……」
みほ「何だか、もう……どうでもよく、なっちゃった、って……」
華「……え……?」
みほ「……風邪は、なかなか、治らない……」
華「……」
みほ「……食欲なんて、ない……」
華「……」
みほ「食べる物も、もう……あるかどうか、忘れちゃった……」
華「……」
みほ「……私に電話、くれる人なんて……誰もいない、って思ってたから…」
華「……」
みほ「携帯を、枕元に、置いてなかった……」
華「電話になかなか、出なかったのは…」
みほ「うん……。華さんが、何度も電話、くれてたのを……全然、気付かなかった……」
華「……」
みほ「そのくらい、ずっと、眠ってた……」
華「……」
みほ「……このまま、ずっと、何も食べずに……」
華「……」
みほ「眠り続けてたら、どうなっちゃう、のか……」
華「……」
みほ「そのまま、死んじゃうのかな……って、思った……」
華「……」
みほ「……でも……それで……」
華「……」
みほ「でも、それで……もうこれ以上、つらい思いをしなくて済む…」
華「みほさん……! いい加減にしてください!」
みほ「え……? 華さん、怒ってるの……?」
華「さっきから聞いていれば、何ということを言ってるんでしょう!」
みほ「……」
華「こんなことなら、優花里さんの言うとおりにしていれば良かった……!」
みほ「……言うとおり、って……?」
華「昨日、皆さんでこの部屋へ押しかけてしまえば良かった、ということです」
みほ「……」
華「電話もメールも、するべきでした。快復に専念してもらおう、などと考えるべきじゃなかった」
みほ「……」
華「鬱陶しいくらいに、お見舞いメールをどんどん送りつけてやれば良かった」
みほ「……ごめん、なさい……」
華「謝る必要などありません。大体、みほさんは今、何について謝ってるんですか?」
みほ「……それ、は……」
華「まったく……みほさんがわたくしたちを、そんなふうに思っていたなんて……!」
みほ「……そんな、ふうに……?」
華「“私に電話をくれる人なんていない”とは、どういうことですか?」
みほ「……」
華「変に気を遣うべきじゃなかった。電話も、着信を拒否されるくらい何回でもかけるべきだった」
みほ「……」
華「わたくしたちが、みほさんを心配しないなどということが、あるとでも思ってるんですか!?」
みほ「……ごめん、なさい……」
華「謝っていただくとすれば、この点ですね」
みほ「……うん……」
華「それに、“このまま死ねば、もうつらい思いをしなくて済む”とは一体何ですか!?」
みほ「……それは……私もすぐ、気付いた……。こんなこと、考えちゃ、駄目だって……」
華「当たり前です……!」
みほ「……でも……私……」
華「何ですか?」
みほ「……私、何だか……心細かったの……」
華「……」
みほ「……不安、だったの……」
華「……」
みほ「一人、って……一人暮らし、って……大変だなぁ、って……」
華「お気持ちは、理解できます」
みほ「……」
華「しかしだからといって、先ほどのようなことを考えてはいけません」
みほ「……うん……分かってる……」
華「この学園艦にいるのは、寮で一人暮らしをしている生徒がほとんどです」
みほ「……」
華「でもその大半は、大洗や、その周辺の出身者」
みほ「……そういう人たちは……帰港日に、家族と会える……」
華「ええ。ところがみほさんは、遠い故郷を離れて、一人でここへやって来た」
みほ「……」
華「寂しいと思ったり、心細くなったりするときがあるのは、当然でしょう」
みほ「……」
華「でもそんなときは、わたくしたちという仲間が、いるじゃありませんか」
みほ「……うん……」
華「わたくしたちへ、甘えてくださっていいんですよ?」
みほ「……」
華「わたくしたちを、もっと頼ってくださっても、いいんですよ?」
みほ「……うん……ありが、とう……」
華「先ほども言いました。お礼など要りません」
みほ「……」
華「今のみほさんが、わたくしたちに対してすべきなのは、お礼を言うことじゃありません」
みほ「……」
華「それが何か、分かっているでしょう?」
みほ「うん……。それは、一日も早く、風邪を治して…」
華「そうです。わたくしたちにいつもどおりの、元気な姿を見せてくださることです」
みほ「……」
華「……わたくし、大きな声を出したりして、申し訳ありませんでした」
みほ「……ううん……」
華「病人に向かってする態度では、ありませんでしたね」
みほ「悪いのは、私、だから……」
華「わたくし、ジャンケン大会の話に夢中になったり…」
みほ「……」
華「取り乱して大きな声を出したりしたせいで、代表としての大事な任務を忘れていました」
みほ「……任務……?」
華「みほさん、これを見てください」バサ
みほ「あ……それ、は……」
華「誰がどう見てもただの紙の束ですね。色や大きさが違う、雑多な紙の」
みほ「違う。そうじゃない。ただの紙、なんかじゃ、ない……」
華「それなら、これは何だと思いますか?」
みほ「それ、みんなからの……お見舞いの、メッセージ、カード……」
華「わたくしたち隊員は、隊長の今回の風邪に関して、お互いにある約束をしました」
みほ「……」
華「それは、隊長への電話、メール、贈り物…こうしたお見舞い行為を一切しない、ということ」
みほ「……」
華「もしこの約束をしなかったら、これらが際限なく、みほさんへ送り続けられてしまいます」
みほ「……風邪が、治って……学校へ、行くまで……」
華「ええ。そして、みほさんのことですから、それらの全てへ返事やお礼をしようとするでしょう」
みほ「……」
華「隊長へ、そんな負担はかけられない。わたくしたちはこう考えたのです」
みほ「……だから……紙に書いた、メッセージ、だけを…」
華「お見舞いに行く代表へ託す、という取決めをしたのです」
みほ「……」
華「でも今回のお見舞いについての話は、急に持ち上がったものでした」
みほ「……」
華「全員、このくらいしか準備できなかったというのが、本当のところなんですけど」
みほ「ううん……。私、すごく、嬉しい……」
華「みほさん。今、御覧になりますか?」
みほ「……駄目……。今、見たら……」
華「……」
みほ「私……きっと……大泣き、しちゃう……」
華「ではこうしてテーブルに置いておきます。わたくしが帰った後に、ゆっくり見てください」
みほ「うん……」
華「わたくしが一人一人から預かる時、内容が見えてしまう物もありました」
みほ「……」
華「文章へイラストを添えたりして、皆さん、いろいろ趣向を凝らしているようですよ」
みほ「……」
華「みほさんが元気にニッコリ笑っている、似顔絵を描いた物もありました」
みほ「華さん……もう、言わないで……」
華「……」
みほ「……私、もう……」
華「みほさんは、こういうお話を、聞いているだけでも…」
みほ「うん……。もう……泣いちゃい、そう……」
華「では後ほど、ゆっくり、嬉し泣きをしてください」
みほ「……」
華「皆さんからの思いを、噛みしめてください」
みほ「……私、反省してる……」
華「……」
みほ「……みんなが、こんなに、心配して、くれてるのに……」
華「……」
みほ「何てこと……考えて、たんだろう、って……」
華「分かってくだされば、いいんです」
みほ「……」
華「そして、わたくし…」
みほ「……」
華「もう一つ、すっかり忘れていたことがありました」
みほ「……何……?」
華「食後のデザートを、用意してきていたんです」
みほ「えっ? デザート!?」
華「何だかいきなり、別人のように元気になりましたね」
みほ「デザート、って? 何? 何を、持ってきてくれたの?」
華「まったく……。こんなところも、小さな子供と一緒ですねえ」
みほ「だって…」
華「目が、熱以外の理由で輝いてるじゃありませんか」
みほ「だって華さん、私が、甘い物を大好きなの、知ってるでしょ……?」
華「ただの果物ですよ。ほら、これ。お見舞いの定番、リンゴです」
みほ「わあ。食べたい……! そういう物、食べたかった……!」
華「では準備しましょう。今度は器とスプーンを借りますね」
みほ「え……スプーン? ただ剥くだけじゃ、ないの……?」
華「できるだけお腹に優しい食べ方がいいと思います。すりおろした物を、食べていただきます」
みほ「でも、私……おろし器なんて、持ってないけど……」
華「御心配なく。そういうこともあろうかと思って、持参しました」
みほ「……華さん。何だか……いつの、間に……」
華「何でしょう」
みほ「華さん、いつの間にか……沙織さんみたいに、なってる……」
華「わたくしだって、女ですから」
みほ「……」
華「このくらいできなくては、どなたも、甲斐性のある女とは見てくださいません」
みほ「あ……皮を剥くの、上手……」
華「華道の家元の大きな屋敷に住み、花しか切ったことのない、深窓の令嬢…」
みほ「……」
華「そんないびつな女など、男性はどなたも、貰ってくださいません」
みほ「……」
華「剥いたリンゴを四つに切って……。まずは二つ、すりおろしましょうか」ショリショリ
みほ「うん」
華「みほさん。先ほど、“そういう物を食べたかった”と言っていましたけど…」ショリショリ
みほ「うん」
華「この3日間、どんな物を食べていたんですか?」ショリショリ
みほ「えーと……カップ麺とか……パスタ、とか……」
華「まあ呆れた。病気なのにそういう物ばかり食べていた、と?」ショリショリ
みほ「だって……買い置きして、ある物って、それくらいしか……」
華「だから、わたくしたちを頼ってくださいと言うんです」ショリショリ
みほ「……」
華「呼び出してくだされば、食事を作ったり、買い物へ行ったりしたのに」ショリショリ
みほ「うん……。お菓子ならいつも、少し多めに、置いてあるんだけど……」
華「お菓子? そんな物がこういう場合に、どんな役へ立つんですか?」ショリショリ
みほ「そう、だよね……。お菓子なんて、風邪の時は、全然食べようと思わない……」
華「でも先ほどはデザートと聞いて、激烈な反応を見せましたけど」ショリショリ
みほ「何となく……それはフルーツみたいな物、って……期待したの、かな……」
華「それなら自分が今、果物を食べたがっている理由を分かるでしょう」ショリショリ
みほ「うん……。体が……そういう栄養を、欲しがってるんだと、思う……」
華「今日持って来た食材は全て置いていきますから、お料理に使ってください」
みほ「いいの……?」
華「もちろんです。食べて、果物以外のいろいろな栄養も摂ってくださいね」
みほ「じゃあ、後で、その分のお金を…」
華「そんな物は要りません。さ、支度ができました」
みほ「うん。今、起き上が…」
華「駄目です」
みほ「え?」
華「寝たままでいてください」
みほ「でも、起きられる、から……大丈夫、だよ……」
華「みほさん。自分が病人だということを忘れたんですか?」
みほ「そんなこと……ないけど……」
華「何度も寝たり起きたりして、いいはずがありません」
みほ「……」
華「それに本当は、こんなにお喋りをしては良くないのだと思います」
みほ「……」
華「お喋りの相手をしてしまっているわたくしにも、責任はあるのでしょうけど」
みほ「……じゃあ、やっぱり……」
華「はい。わたくしが食べさせてさしあげます。さあ早く食べましょう」
みほ「……華さん……」
華「何ですか? 何だか妙な目つきでこちらを見ますね」
みほ「……華さん……どうしても、それを、やりたかったんじゃ……」
華「何を言っているのか、わたくしにはさっぱり分かりません。さ、頭を少し起こして。ほら早く」
みほ「今の華さん……なんだか、ソワソワして、ワクワクしてる感じ……」
華「言うことを聞かない子にはリンゴをあげませんよ? 枕を立て気味にして、頭を…そうです」
みほ「もう……」
華「じゃ、あーん、って」
みほ「……本当に、やるの……?」
華「いいんですか? あげませんよ?」
みほ「それは、困る……。じゃ、あーん……」ハム
華「ちゃんとお口の中で噛んでください。喉へすぐ流し込んでしまっては駄目です」
みほ「……うん……」ムグムグ
華「……」
みほ「……華さん……?」
華「みほさんはなぜ、相変わらずそういう目で、わたくしを見るんでしょうか」
みほ「だって……そんなに、嬉しそうなのは、どうして……?」
華「先ほどからみほさんが何を言っているのか、わたくしにはさっぱり分かりません」
みほ「何だか、ニヤニヤして……」
華「そんなことより、もう一口。ほら、あーん」
みほ「うん……あーん……」ハム
華「……」
みほ「……」ムグムグ
華「……みほさん、って…」
みほ「何……?」
華「歯並びが、いいんですねえ」
みほ「え? やだなぁ……そんなところ、見ないでよぉ……」
華「その歯の間から、綺麗な色の舌が、ちろっと覗いて…」
みほ「ちょっと……。人の、口の中なんて……そんなとこ、じっくり見ないでよぉ……」
華「いいじゃありませんか。ほら、もう1回」
みほ「あーん……」ハム
華「……可愛らしいですねえ……」
みほ「何か、言った……?」ムグムグ
華「は? わたくし、何か言いましたか?」
みほ「……」
華「はい、もう1回」
みほ「……みんな……」
華「みんな?」
みほ「ジャンケンを、やった、みんな……」
華「ああ、ジャンケン大会の参加者ですか。それが何か?」
みほ「みんな……これを、やりたかった、から……?」
華「さすが西住隊長、御明察です。はい、もう一口」
みほ「……」ハム
華「全員、“あーん”を隊長にやりたかった、というのは間違いないでしょう」
みほ「まったく、もう……。病人だからって……人を、子供扱いして……」ムグムグ
華「そんなことより、味はどうですか?」
みほ「おいしい……。冷たくて、甘くて……」
華「もう一口」
みほ「うん……」ハム
華「体に染みわたっていく感覚が、しませんか?」
みほ「うん、そう……。隅々まで、栄養が染みてく、感じ……」ムグムグ
華「良かったです。用意してきた甲斐がありました」
みほ「……」
華「どうしました?」
みほ「……ね……華さん……」
華「何ですか?」
みほ「……」
華「もしかして…」
みほ「……」
華「また、お礼でも言うつもりですか?」
みほ「うん……」
華「……」
みほ「華さん……ありがとう……」
華「みほさん。何度、同じことを言わせるんですか?」
みほ「……だって……」
華「もう今日はこれ以上、お礼の言葉など必要ありません」
みほ「……ね、華さんも……リンゴ、食べて……?」
華「あ、そうですね。わたくしもこれ、頂こうかしら」
みほ「……ね、そのまま……」
華「はい?」
みほ「その、同じスプーン、使って……?」
華「え? それは……」
みほ「……」
華「確かに、2本のスプーンを使うより、その方が楽ですけど……」
みほ「私、気に、しないから……」
華「わたくしも別に、気にしません。じゃあ、お言葉に甘えて……」ハム
みほ「おいしい、でしょ……?」
華「……」モグモグ
みほ「……」
華「そうですね。わたくし、ちゃんとおいしいリンゴを選んでくることができたようです」
みほ「ね、もう一口……」
華「はい。あーん……」
みほ「……」ハム
華「……」
みほ「……何だか……」ムグムグ
華「はい」
みほ「……何だか、華さん……お母さん、みたい……」
華「え? みほさんのお母様?」
みほ「ううん。普通の……優しい、お母さん……」
華「ああ、そうですよね。びっくりしました」
みほ「普通の、家の……普通の、お母さん……」
華「みほさんのお母様は、武道の師範でいらっしゃいますものね」
みほ「……」
華「わたくしのようなひ弱な者が、お母様に似ているなど、あり得ません」
みほ「うちの、お母さんは…」
華「はい」
みほ「こんなこと、しないから……」
華「やはり、武道の師範でいらっしゃる…ということは、厳しいかたということなんでしょうか」
みほ「こんな……普通の、お母さん、みたいなこと……全然、してくれなかった……」
華「でも、わたくしがお母さんみたいなんて……」
みほ「だって……今の、華さん……小さい子供に、御飯を、食べさせてる…」
華「……」
みほ「お母さんに、そっくり……」
華「……言われてみれば、そうですね。同じ1本のスプーンを使って…」
みほ「でしょ……?」
華「わたくしも今のうちから、こういう経験をしておいた方がいいのでしょうね」
みほ「……こういう、経験……?」
華「お料理の練習、だけではなく。…はい、あーん」
みほ「……」ハム
華「小さな子供の面倒を見る経験、ということです」
みほ「……」ムグムグ
華「今、目の前にいるのは“大きな子供”ですけど」
みほ「……」
華「いずれ必ず、わたくしは…」
みほ「……どうしたの? リンゴの器を、脇に、置いて……」
華「わたくしは、母になるのですから」フフン
みほ「……」
華「みほさん、どうしてそんなに目を丸くしているんですか?」
みほ「華さんが、腕組みしてるのなんて……初めて、見た……」
華「あら、そうですか? わたくし、よくやりますけど」
みほ「でも……もっと、驚いたのは……」
華「何でしょう」
みほ「華さん、妊娠したの……?」
華「は、はぁ!?」
みほ「だって、今……母親に、なるって…」
華「あ……ああ、そういうことですか。確かに、誤解を招く言い方でした」
みほ「そうか……。だから…」
華「だから?」
みほ「だから、急にお料理が上手になったり……お嫁に貰ってくれる男の人の、話をしたり……」
華「は? 何だか妙な方向に、思い違いをしていますね」
みほ「赤ちゃんが、できて……母親としての、心構えも……できてきたって、ことか……」
華「あの、それは誤解で…」
みほ「ということは……当然、赤ちゃんの父親が、いるわけで……」
華「違うって言ってるんですけど?」
みほ「そうか……。華さんは……大人に、なったのか……」
華「人の話聞いてます?」
みほ「同じチームの私たちが、知らないうちに……やることを、ちゃんと、やってたんだね……」
華「みほさん、だから違うって言ってるんですけど!?」
みほ「でもいきなり、赤ちゃんなんて……まだ、高校生なのに……」
華「みほさん!」
みほ「え? な、何?」
華「話を、聞いてください!」
みほ「話?」
華「ええ。どういうことかと言うと…」
みほ「話、って……やっぱり最初は、すごく痛かった……とか?」
華「な、何てことを言ってるんでしょう。だから、そうじゃないと…」
みほ「でも、慣れると……痛く、なくなるんだよね……?」
華「そんなことは知りません。そういう話じゃないんです!」
みほ「何回目くらいで、痛くなくなって、気持ち良くなるのか……教えてほし…」
華「だ・か・ら! そうじゃないって言ってるでしょう!」
みほ「華さん、落ち着いて……」
華「みほさんが、おかしなことばかり言ってるからです!」
みほ「へ? おかしい、って……?」
華「わたくしは、妊娠などしていません」
みほ「あれ? 違うの……?」
華「違います」
みほ「……あ、なーんだ……」
華「どうしてガッカリするんでしょうか」
みほ「だって……後々の、参考のために……教えてほしいなぁ、って……」
華「そういうことは、もう経験済みのかたに訊いてください」
みほ「華さん、経験者じゃないんだ……。なーんだ……」
華「だから、どうしてガッカリするのかと……もういいです」
みほ「……」
華「どのみち、わたくしは必ず、その経験者とやらになりますし」
みほ「……必ず? どういう、意味……?」
華「わたくしは、子供を持つこと、母親になることを運命付けられた女なのです」
華「御存じのとおり、わたくしの家は華道の五十鈴流、その家元です」
華「わたくしどもの流派は、一子相伝という伝承形式を採ってきました」
華「一子相伝とはいっても、門外不出の奥義などが特にあるわけではありません」
華「単に、家元が世襲制ということです。そして、その家元は必ず女に引き継がれます」
華「わたくしの家では、女が当主。家元の女が、五十鈴家の主となるのです」
華「したがって家元の女は、後継者となる女を産まなければならないのです」
華「家元の女は、必ず結婚し、必ず女を産むのです」
華「女の子供が産まれるまで、何人も子供を作り続ける。そういうこともあり得ます」
華「幸いにして、過去にそうした事態はなかったようですけど」
華「いずれにせよ、わたくしは五十鈴家の一人娘」
華「わたくしは将来、必ずあの家を継ぎ、必ず家元になります」
華「わたくしはこれから多くの、守るべきものを持つこととなります」
華「家と流派は、もちろんのこと」
華「奉公人などの、家の者たちの生活」
華「そして何より、自分自身の家族」
華「わたくしは将来、必ず家族を持ちます。必ず結婚し、必ず娘を産むのです」
華「先ほど言った、母になる、とはそういう意味です」
華「わたくしは、母親になることを運命付けられた女なのです」
みほ「……華さんは……やっぱり、すごいなぁ……」
華「と、言いますと?」
みほ「……今から、将来のことを……そんなに、しっかり、考えてて……」
華「わたくしのような境遇の者なら、当然ではないでしょうか」
みほ「……そう、なの……?」
華「みほさんだって、伝統のあるおうちの生まれじゃありませんか」
みほ「うちは、お姉ちゃんが、いるから……」
華「あ……そうですね」
みほ「うちの、ことは……お姉ちゃんが、やっていくと、思う……」
華「それなら、みほさんは…」
みほ「私は……何をしてたって、いいの……」
華「……」
みほ「こんなふうに……うちを、飛び出しちゃっても……“仕方ないわね”みたいな感じで……」
華「おうちを継ぐお姉様と違って、比較的自由にさせてもらっている、ということでしょうか」
みほ「……だから、逆に……自分の、ことは……自分でちゃんと、決めなくちゃ……」
華「……」
みほ「自分のことは、自分で決めて……それで、どんなことが、あっても……」
華「……」
みほ「自分で、自分に……責任を、取らなくちゃ……」
華「……みほさん」
みほ「……」
華「もうそろそろ、お喋りをやめましょう」
みほ「……」
華「今は、あまり込み入ったことを考えずに…気持ちを穏やかにして、静かに休んでください」
みほ「……うん……」
華「それに、お薬が効いてきたのかもしれません。どんどん眠そうになっていますよ」
みほ「……華さん。お願いが、あるの……」
華「何でしょう」
みほ「……机の、上に……この部屋の、鍵が、あるの……」
華「みほさん。実はわたくしも、同じことを考えていました」
みほ「うん……。私、このまま……眠っちゃって、いい……?」
華「もちろんです。その後わたくしは、静かに洗い物をして…」
みほ「……」
華「ガスの元栓や戸締りを確認した後、明かりを消してここを出ます。外からドアに鍵をかけます」
みほ「……」
華「その鍵はわたくしが、一時的に預からせていただいて構わないんですね?」
みほ「……うん……私は、仕舞ってある、スペアを、使うから……」
華「次に学校でお会いした時に、鍵を返します」
みほ「それと……洗い物は、しないで……」
華「そういうわけにはいきません」
みほ「水に、漬けといて、くれれば……後で、私が、する……」
華「みほさん。家に着くまでが遠足、ということと同じです」
みほ「……お料理、は……後片付け、までが、お料理……?」
華「そのとおりです。お料理をしたわたくし自身が、ちゃんと片付けます」
みほ「……分かっ、た……」
華「鍵は返すまで、厳重に管理します。自分の部屋の鍵と同じ大切さで、扱います」
みほ「……うん。お願い……」
華「このキーホルダーの、どの鍵ですか?」チャリ
みほ「……真ん中。一番、大きな…」
華「これですね。みほさんのキーホルダーから外して…」
みほ「……」
華「わたくしのキーホルダーへ、付けます」カチ
みほ「……うふふ……」
華「どうしました? 笑ったりして」
みほ「何だか……変な、感じ……」
華「変な感じ? 何がでしょう」
みほ「……華さんが、私の部屋の鍵を、持ってるなんて……」
華「……」
みほ「何だか、まるで……」
華「まるで?」
みほ「付き合ってる、みたい……」
華「は? 何を言いだすのかと思えば」
みほ「だって……付き合ってる、人たちって……」
華「……」
みほ「恋人の部屋の、鍵を……持ってたり、するんでしょ……?」
華「みほさん。熱がまだ、ひどいんじゃありませんか? そんなおかしなことを言って」
みほ「だって、病人だもん……うふふ」
華「さあ、もう眠ってください。寝言なら、寝てからにしてください」
みほ「……うふふ……」
華「あまり変なことを、喋っていると…」
みほ「何……?」
華「内緒で、この鍵のコピーを作ってしまいますよ?」
みほ「……華さんなら、そうしても、いいかな……」
華「はぁ?」
みほ「華さんなら、私の部屋の鍵、持ってても、いいかな……」
華「ますます、おかしなことを言いますねえ」
みほ「……うふふ……」
華「そんなこと、するはずがありません。優花里さんにバレたら殺されてしまいます」
みほ「……どうしてここで、優花里さんが、出てくるの……?」
華「それに、もしコピーを作ったとしても、わたくしが使うとは限りませんよ?」
みほ「……どういう、こと……?」
華「優花里さんにそれを、売ってしまいましょうか?」
みほ「え……? ちょっと、それは……」
華「彼女なら言い値で買ってくれると思います」
みほ「ちょっと、やめてよぉ……冗談でも……」
華「――大体さっきから、みほさんは気付いてないんですか?」
みほ「何……? 急に、ひそひそ声になって……」
華「――カーテンの隙間、窓の外…」
みほ「隙間? 外?」
華「――顔を向けないでくださいッ。視線が、合ってしまいます……!」
みほ「し、視線?」
華「――やっぱり、来てしまったんです……!」
みほ「な、何? 何が!?」
華「――優花里さんが窓の外にいて、さっきからずっと、部屋の中を見てるんです……!」
みほ「ええっ!?」
華「嘘です」
みほ「…………あ…………」
華「ふふふ。今の、みほさんの顔……」
みほ「……」
華「変なことばかり喋って、なかなか眠ってくれない子へのお仕置きです」
みほ「……もう……」
華「さあ、大人しく寝て…」
みほ「もう、怒った……!」グルン
華「あら。壁の方を向いてしまいました」
みほ「もう、華さんなんて、嫌い……!」
華「あらあら。ヘソを曲げてしまいましたか」
みほ「今……すごく……すっごく…」
華「すごく、怖かったんですね?」
みほ「どうして、怖がらせるようなこと、するの……!?」
華「だってみほさんが、おかしなことばかり喋っているから…」
みほ「じゃあ、悪いのは、私なの……!? 人のせいにして、華さんって、最低……!」
華「はいはい、ごめんなさいね。謝りますから機嫌を直してくださいな」
みほ「やだ……! 絶対、許さない……!」
華「怒ったりすると、病気の治るのが遅くなるかもしれませんよ?」
みほ「風邪が、ひどく、なったら……華さんの、責任だから……!」
華「困りましたねえ」
みほ「意地悪……! 華さんなんて嫌い……!」
華「何でもするから、許してくださいな」
みほ「…………ん?」
華「えっ」
みほ「……今」
華「い、今……?」
みほ「今、何でも、するって……」
華「……」
みほ「言った……よね?」
華「……う……」
みほ「それとも……また嘘、つくの……?」
華「い、いいえ。嘘などでは……」
みほ「じゃあ、何でも、してくれる……?」
華「……」
みほ「何でも、お願いを、聞いてくれる……?」
華「……わ……分かりました」
みほ「……」
華「決して、嘘ではありません」
みほ「……」
華「わたくしも、戦車道の末席を汚す者です。戦車乗りに二言はありません」
みほ「……じゃあ……」グルン
華(やっと、こちらを向いてくださいました)
華(でも何だか、様子がおかしいような……)
華(怒って、仕返しを企んでいる表情ではなく…)
華(何だか、甘えたような顔に、なっていますけど……?)
みほ「……華さん……」
華「はい」
みほ「……キス、して……?」
華「は、はぁ!?」
みほ「……駄目……?」
華「え、えーと……」
みほ「……」
華「それは……その……」
みほ「……何でも、してくれるって、言った……」
華「そ、それは……確かに、言いましたけど……」
みほ「……やっぱり、嘘……?」
華「い……いいえ」
みほ「……」
華「嘘などでは……ありません」
みほ「……じゃあ、キス、して……?」
華「……」
みほ「……それとも……私なんか、だと……」
華「……」
みほ「嫌、なの……?」
華「……う……それは……」
みほ「……さっき、同じスプーンで……リンゴ、食べたのに……」
華「それは、そうですけど……」
みほ「おやすみの、キス、して……?」
華「……」
みほ「そしたら……ちゃんと、眠る……」
華「困りましたねえ……」
みほ「どうして……? 華さんは、いつか、お母さんに、なるんでしょ……?」
華「え?」
みほ「子供に、おやすみの、キス、して……?」
華「ああ……そういうこと、ですか」
みほ「……それとも……やっぱり、嫌、かな……」
華「いいえ。嫌ではありませんよ」
みほ「……よかった……」
華「でも、お口ではなく、おでこにしておきましょうね」
みほ「……うん。分かった……」
華「まったく……甘えんぼさんですねえ」
みほ「……うふふ……」
華「じゃあ、おでこを、出して……」
みほ「……」
華「……」チュ
みほ「……えへへ……」
華「まったく、もう……」
みほ「……えへへ……キスして、もらっちゃた……」
華「手間の掛かる子、ですねえ」
みほ「……ね、髪の毛……撫でて……?」
華「はいはい、分かりました」
みほ「そうして、くれてたら…」
華「眠って、くださいますね?」
みほ「うん……何だか……安心、する……」
華「みほさん。もうまるっきり、小さな子供じゃありませんか」
みほ「……いいもん……私、子供だもん……」
華「先ほどは何度も、子供扱いするな、と言っていたのに」
みほ「……でも、華さん……さっき、こう、言ったもん……」
華「わたくしが? 何と言ったでしょうか」
みほ「もっと、甘えても、いいって……」
華「それは…その“甘える”というのは、意味が…」
みほ「だから、今……思いっ切り、甘えてるんだもん……」
華「この子は、もう……。仕方ありませんねえ」
みほ「……私は、華さんみたいに……大人じゃ、ないもん……」
華「わたくしは別に、大人などではありませんよ」
みほ「……でも、そんなに、しっかりしてて……私なんて、全然……」
華「……」
みほ「……私は……将来、なんて……まだ、考え、られない……」
華「……」
みほ「……今、目の前に……ある、ことを……するのが……」
華「……」
みほ「……精、一杯……だか、ら……」
華「……」
みほ「……」スー
華(やっと、眠ってくださいましたか)
華(何だか、騒々しいお見舞いになってしまいました)
華(でも、河嶋先輩を始めとする皆さんが、隊長のことをどれほど気遣っているか)
華(普段はなかなか伝える機会がない、皆さんの隊長への思い)
華(これを、分かっていただけた。代表としての役目は、果たせたでしょう)
華(それにしても、先ほどは驚きました)
華(まさか、キスをせがまれるなんて)
華(でもその理由は、おかしなものではありませんでした)
華(みほさんはわたくしを、今だけ、お母さんのように感じていたのですね)
華(一人暮らしで風邪を引いてしまい、不安になって、心細くなって)
華(誰かへ、甘えたかったのですね)
華(可愛らしい、寝顔だこと……)
華(わたくしにも将来、こんなに可愛らしい娘ができたら、幸せです)
華(さて、洗い物を片付けてしまいましょうか)
華(本当は、家事はあまり得意ではないのですけど)
華(みほさんは先ほど、何だかやたらと感心してくださいましたね)
華(でも、病人用のお粥を作るのは、少し知識があればできること)
華(果物の皮を剥くのは、少し練習すればできることです)
華(何よりわたくしは、家事が不得意などと言っていられません)
華(将来は家事程度のことなど、家の者たちと助け合いながら、当たり前にこなさなくては)
華(これから、そんなものとは比較にならないくらい大変なことが、いくらでも待っています)
華(好きではないこと、苦手なものにも、立ち向かっていかなくてはなりません)
華(わたくしには必ず、守るべきものができるのですから)
華(わたくしは、そう運命付けられた女なのですから)
華(わたくしは、母になるのですから)
終
乙
おつ
>>1です。
皆さん、レスありがとうございます。
風邪引きの西住殿から書き始めて、そこにサッカークラブとのコラボネタを
絡めていったら、こうなりました。
秋山殿の扱いをひどくし過ぎたかもしれませんが。
これを読んでくださった全てのかたがたに、お礼を申し上げます。
ありがとうございました。
乙
こういうss大好き
僕の皮も華さんに上手に剥かれたいです><
>>67
鋏でチョッキンと…
割礼?
コラボユニ、完売だとよ
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