美希「千早さんと温泉旅行に行きたいの」 (11)

みきちはです。よろしくお願いします。

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 肌に触れる空気は冷たいのに、体はぽかぽかと暖かかった。一刻も早く伝えたくて、美希は階段を早足で駆け上った。やがて目的地であるレッスンスタジオに着き、勢いよく扉を開けた。
「千早さん!」
 美希が大きな声で呼びかけた。千早はダンスレッスンも終わり、汗を拭いて休憩している際中のようだった。
「どうしたの美希」
「あのね、あのね千早さん」
「そんなに焦らなくてもちゃんと聞いているから大丈夫よ」
 千早が微笑みながら言った。
「千早さんと温泉旅行に行きたいの」

「美希、順を追って説明してくれる?」
「ごめんなさいなの」
 まだ階段を走った影響で鼓動が早かった。美希はゆっくり深呼吸をした。
「最近、ミキも千早さんもお仕事忙しかったでしょ?」
「そうね」
「それでね。律子が気を利かせて休みを取ってくれたの。千早さんと過ごせるの、本当に久しぶりだからせっかくならどこか旅行に行きたいなって。それで、のんびり過ごせるなら温泉がいいかと思って提案したの」
 美希が矢継ぎ早に話すと、千早が宙を見つめながら考える仕草をした。
 ーーやっぱり千早さんはミキとあんまり過ごしたくないのかな。
 美希は自分の頭によぎった考えをすぐに振り払って千早の答えを待った。
「いいわよ。行きましょうか温泉」
「本当に!? やったなの!」
 美希が千早に抱きついた。汗をかいているから、と断る千早にかまわず美希はぎゅっと抱きしめる。千早と付き合ってから初めての旅行に行ける約束ができて、美希は心から嬉しく思うのだった。

* * *

「千早さん! 海が見えるの!」
 軽快に走る特急電車の窓から海が見えた。空も晴れ渡っていてくっきり見える。旅日和だった。
「綺麗ね。でも、あんまりはしゃいだら他の人に迷惑になるからもう少し静かにね?」
 窓際ではしゃぐ美希の隣で、千早は相変わらず冷静だった。それが美希にとって少し不服だった。
「もう千早さんってば。旅行だよ? 温泉だよ? もうちょっとはしゃいでもいいと思うな」
「十分楽しんでいるわよ」
「ならいいんだけど……あふぅ」
「寝不足?」
「うん、ちょっと今日が楽しみであまり寝られなくて」
 美希は目をこすりながら言った。
「着くまで眠ってもいいわよ?」
「や、なの」
「美希がいいなら私はかまわないけれど」
 ーー千早さんは久しぶりにミキと会えて嬉しくないの? ミキはこんなに嬉しいのに。
 そう言いたかったけれど、飲み込んで別の話をミキは振った。
「千早さん、最近お仕事の調子はどう?」
「順調かしら。CDの売り上げもどんどん上がっているようだし、ソロでライブをすることになったけれど、結構大きな会場らしくて」
「さすが千早さんなの」
 一時はつまずいたけれど、憧れている人が今は前をどんどん走って行くのは美希にとってこの上なく嬉しいことだった。
「美希だって、CMに写真集にドラマに、いろんな方面で引っ張りだこじゃない。私にはできないわ」
「うん、最近お仕事楽しいんだ。何をやっても新しい発見があるって言うか」
 千早と話を弾ませていたら、特急電車はあっという間に目的地まで着いてしまって、美希は少しだけ残念に思うのだった。

* * *

 目を覚ますと美希は畳で横になっていたことに気がついた。自分の体に毛布がかかっている。
 ーーそうだ、宿に着くなり畳に寝転がって、それで眠っちゃったのか。
 美希は慌てて飛び起きた。あたりを見渡すとルームチェアに座って音楽を聴きながら本を読んでいる千早がそこにいた。
「千早さん」
「ああ、美希。よく眠れた?」
「千早さん、どうして起こしてくれなかったの!?」
 美希が強い口調で問いつめる。
「だって、美希が眠そうだったし、気持ち良さそうに寝ていたから起こすのも悪いと思って」
「せっかく千早さんといられる時間を寝ちゃってた方がつらいよ」
 美希は深くため息をついた。そして、眠ってしまった分の埋め合わせをしなくてはと決意する。
「千早さん、温泉に入ろう」
「今? もうすぐ夕ご飯が部屋にくるはずだけれど」
「今すぐなのっ」
「美希……?」
 美希の焦った様子に千早は首を傾げていた。
「千早さんに話したい事があるの」

* * *

「温泉付きの部屋にして正解だったの。誰もいなくていいね」
「そうね。眺めもいいし」
 二人は話しながら、ゆっくりと温泉につかった。
「はあ生き返る~」
「美希、それはちょっとおじさんみたい」
「温泉の正直な感想を言っただけなのに」
 くすくすと千早が笑う。美希はそれにほっとしながら千早にずっと言おうと思っていた言葉を吐き出す。
「千早さん」
「どうしたの美希」
「本当は美希と一緒にいて楽しくない?」
「え?」
 千早が戸惑う。
「美希と付き合うことも実は迷惑だった?」
 ずっと憧れていた千早に美希から告白した。自分らしくないなと思うくらいたどたどしい告白をしてしまった。けれど、千早はゆっくり考えてから美希に答えた。こちらこそよろしく、と。しかし、あれは千早の優しさで、美希のわがままに付き合ってくれているだけなのではないかと美希はずっと思っていたのだった。
「やっぱりミキと千早さんじゃ釣り合わないのかな」
 声が震えてしまう。千早の顔を見ることが怖かった。

「美希、本気でそれを言っているなら怒るわよ?」
「え……?」
 顔を上げると千早が悔しそうな顔をしていた。
「美希はいつも私に対して過大評価をしているけれど。美希は私の持っていない良さがいっぱいある。性格だって仕事だってうらやましいと思うことも多いわ。だから、自信を持っていいの」
「千早さん、ミキのこと好き……?」
「当たり前よ!」
 安心からこらえていた涙が美希の頬を伝う。
「ごめんね不安にさせて」
 千早が美希の肩を抱き頭をなでた。
「本当なの。千早さん、メールも電話も素っ気ないし。不安にならない方がおかしいの」
「ご、ごめんなさい……」
 千早がうつむいて申し訳なさそうに言った。
「ふ~ん、でも千早さんはミキのことが好きなのか~」
「ミキ、そのニヤニヤをやめなさい」
「や、なの。千早さんは照れている顔が一番可愛いの」
 美希がそう言うと、千早は美希に背を向けた。きっと恥ずかしいのだろう。それがわかって美希はいっそう嬉しく思った。思わず後ろから抱きついた。
「千早さん大好きなのっ」
「ちょっと美希、あんまり胸を押し付けないで……」
「千早さんは胸のことを気にし過ぎなの。美希はスレンダーで綺麗な千早さんの体、好きだよ?」
「美希ってば……」
 そう言うなり千早が美希に体を預けてきた。美希はのぼせそうだと思いながら温泉を出たくないなと思い、ぎゅっと抱きしめるのだった。

終わりです。ありがとうございました。

おつ

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