?「ある男の記録」 (179)
この世界、四方を海で囲まれた大陸の上で魔族と呼ばれる異形の種族と、人と呼ばれる種族が遥か昔から争いを続けていた。
大陸の中央に線を引くように上半分を人間が支配し、下半分を魔族が支配する。
両種の境界とも言えるその部分を時に魔族が、時には人間が超え、お互いの支配する土地を広げようと侵略行為を行った。
だが、一時的な支配こそ成立するものの、すぐさま奪われた領地を取りかえさんとする片種族の意地によりすぐさま支配された土地は元の鞘に収まることになる。
そんな一進一退の侵略行為は行えど、敵の領地奥深くまで足を踏み入れる者もまた現れることはなく、いつしか暗黙の了解とも言える境界の彼方への遠征は禁止という考えが生まれた。
それから幾年月を経たある時。いつ崩れてもおかしくない危うい均衡をとうとう壊す者たちが人の側から現れたのだ。
大陸の北半分の多くの地域では一年の半分が寒期であるため、作物が育ちにくい。そのため、農作業の発展するまでは餓死者が多かった。
また、領地を収める領主からの納税もあり、日々の生活を生きるのにも一苦労という人々で溢れている。
そのことに不満を持っていた者たちはいつしかある噂を耳にするようになった。
曰く、南に存在するという未開拓の土地は資源が豊富で北に比べて気候も過ごしやすい。
曰く、魔族という存在からとれる鱗や鉱石、液体などはこちらでは希少な資源であり、高値で売れたり貴重な薬や強力な武器を作れる。
そんな噂は最初は世間話から生まれ、酒場で広まり、瞬く間に人々の間に広まっていった。それを聞いた多くの者は未だ見果てぬ大地に夢を見た。
未開拓の土地ならば、その土地を手に入れれば自分の支配できる土地ができる。
魔族を殺して、その資源を売り払えば一夜にして億万長者になるのも可能だ。
今よりも楽な生活ができるのなら命を賭けてでも境界を超える価値はある。
そう思った人々はやがて一人、また一人と境界を超えるようになった。
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だが、現実はそう甘いものではなく、夢を叶えるのには多大な苦労が必要不可欠。
甘い考えで旅立った者の多くは境界を越えてすぐに魔族に撃退され、その殆どが命を落とした。僅かながら生きながらえた者もいたが、その多くは二度と境界を越えようと思わなかった。
そんな出来事のいくつかがまたしても人々の耳に広まったが、結果から言えば、これで境界を越えようと思う人間は減るどころか、むしろ増えていくことになった。
何故かといえば、僅かに生き残った者の中に実際に貴重な資源を手にして帰った人間が現れたからだ。多くの犠牲よりも少しの生還者の多大な成果。それこそが当時の人間の優先度だった。
失敗した者の多くは一人で向かったから死んだのだ。なら、武器を手にし、魔法を習得した人間が固まって行動をしたら?
そう考えた人々は境界を越えて魔族と戦いながら、未開拓の土地を探索し、資源を獲得することを目標にした組織を作り始めた。
組織の多くは『ギルド』と呼ばれ、そこに所属する開拓者は『冒険者』と呼ばれた。
このようにして、人間側による侵略行為が時を越えて再び行われるようになり、それに対抗するように魔族も撃退行為を開始した。
それから約百年。一時期は人間側が魔族の所有する土地の半分を侵略し、魔族の土地による分析や、そこに住む種族の把握などを『冒険者』共通の知識として広めた。
その中で魔族と呼ばれる全ての種族を統べる王、『魔王』の存在を確認するが、この存在を実際に見たものは未だ誰もいない。
だが、ある日を境に出処不明の風の噂が『冒険者』の間に広まった。
それまで存在した『魔王』を討ち取り、新たに『魔王』の座を継承した魔族が現れたと。
四人の配下を引き連れた新たな『魔王』。それは決して風の噂ではなく現実に現れたのだと『冒険者』たちが認識するのはすぐだった。
魔族側の土地である東、西、中央。東と西の地方に一人、中央地方二人現れた魔族により、一気に劣勢に追い込まれた『冒険者』たち。それまで数十年をかけて広げた支配地は、わずか数年で元の境界部分にまで戻された。
それどころか、今度は魔族による人間の支配する土地への侵略行為が始まり、人々は『魔王』と、それに連なる『四天魔』と呼ばれる存在に恐怖を抱いた。
立場の逆転した人々は救いを求め、古くからある教会に祈りを捧げた。この状況を打開する術を……と。
そんな祈りが通じたのか、ある時神による託宣を授かったと告げる教会の神父が現れた。
曰く、これから数年以内に『勇者』と呼ばれる者が生まれ、やがて魔族の存在に脅かされる人々を救うだろうと。
その予言を信じ、人々は日々訪れる侵略の恐怖に怯えながらも必死に耐えた。
『ギルド』に所属する『冒険者』たちも唯々耐え忍ぶだけでなく、時には反撃に打って出ることもあった。
だが、最終的には最大の壁となって立ちふさがる四天魔により侵略を止めることができず、人間側の土地もいくつか魔族によって支配されることになった。
そして予言から約二十年後。二人の少年がある『ギルド』の門を叩いた。
一人は後に『勇者』と呼ばれる少年。そしてもう一人はそんな彼を支え、共に戦うことになる者だった。
◇
受付嬢「あなたたちが推薦のあった少年と男?」
手元に届けられたギルドへの推薦状と彼女の前に立つ二人の少年を見比べて、訝しみながら受付嬢は二人に問いかけた。
少年「おう。商人のおっちゃんから推薦状が届けられているって聞いてるんだけど、間違いないよな!」
嬉々とした様子で尋ねる少年。人目を引く金の髪に、まだ幼さを残しながらも大人への一歩を踏み出した貫禄を感じさせる。細身ながらも鍛え上げられた肉体はその身を覆う軽装の鎧の上からでもよくわかる。
男「こら、少年。そんなに焦らなくても。実際に推薦状は届いているみたいだし」
そんな少年の隣で興奮を隠しきれない親友を嗜めるもう一人の男。こちらも彼と同様に幼さは残るものの落ち着いた雰囲気を感じさせる。ともすれば現在ギルドの受付でこの場を訪れた彼らを遠巻きに眺める野次馬よりかは達観しているように思えなくもない。
そんな雰囲気に合わささるような男性にしてはやや長めの青い髪を持ったのが男と呼ばれた少年だった。
少年「いや、けどよ。実際に『ギルド』に所属できることになるかもしれねえんだ。興奮を抑えろってのが無理だろ」
男「だからって一方的に僕たちが騒ぎ立てちゃお姉さんだって困るだろ?」
少年「ま、それもそーか。すいません! 話の続きお願いしてもいいですか!」
息の合ったやり取りをする二人に僅かに呆気取られ、それでいて彼女から見ればまだあどけなさを感じさせる二人の姿に苦笑し、話の続きを受付嬢は聞かせるのだった。
受付嬢「う~ん、本当ならあなたたちみたいな子供がこんなところにいるってことがまずありえないんだけれど……。
でも、実際にこうしてあなたたちをウチの『ギルド』に推薦する人がいるって言うのも事実なのよね。
真偽の方は既に確認できているからこれが間違いじゃないっていうのも確か。一応ウチのギルドマスターに相談してあなたたち二人を実際に『ギルド』に所属させるかどうかを決めさせてもらうわ」
少年「よっしゃ! やったぜ男。これで俺たちも『ギルド』の一員だ!」
男「……話聞いてた? まだ正式に所属できるわけじゃないよ。ここの『ギルド』のマスターや団員さんたちが僕たちの件を相談して、それが認められたらって話だってば」
少年「いやいや、ここまで来たらもう決まったも同然だろ! 俺ってば昔っから運はよかったし。まさか旅を初めてすぐに魔物に襲われている商人のおっちゃんを助けたのがよかった」
男「あの人この近辺の街だと結構名の通った商人さんだったみたいだね。推薦状の件は正直半信半疑だったけれど……」
少年「でも実際にこうして送られていたわけだからな。いや~早くも目標を一つ達成したな。さすが俺! 天才の前に阻む道なし」
男「そうやって調子のいいこと言ってるといつか痛い目を見るよ?」
少年「心配無用。天才は逆境にも強いんだ! ハッハッハ!」
男「まったくもう……」
二人としてはいつものように他愛ない会話を繰り広げていただけだが、それが可笑しかったのかいつしか受付嬢だけでなく、この場にいた団員たちの多くも笑い声を聴かせるようになった。
団員A「おうおう、威勢のいいガキだな。今時の若い奴にしては珍しい」
団員B「そうだな、デカイ口を叩けるのも今のうちだぞ。もしウチに入ったらそんな口一日できけなくなっちまう。今のうちに言えることは全部言っちまえ」
団員C「まったくあんたたちは……。けどそうね、推薦状を出してもらえるくらいだからそこそこ実力はあるみたいだけど、ここにいるのは皆『冒険者』よ?
これからあなたたちが所属する場所をあんまり甘く見ないといいわよ坊やたち」
忠告を送りながらも、柔らかい雰囲気で彼ら二人を歓迎するような空気を作る団員たち。
少年「甘くなんて見ていないさ。そりゃ実力だってまだまだだけれど、目指すもののためなら俺はいくらだって強くなってみせる!」
そんな彼ら全員に宣言するように少年は声高らかに叫んだ。そんな彼の姿を溜め息を吐きながら呆れた様子で見つめる男。
男「また始まった。どうせいつものあれでしょ?」
少年「ああ、そうだ」
団員A「なんだ、なんだ? お前らだけで分かり合ってないで俺たちにもきちんと説明してくれよ」
団員C「そうね。その目指すものって一体なんなの?」
少年「そりゃ、もちろん。魔族たちの侵略を受けるこの世界を救うって言われる『勇者』に俺がなるってことだよ!」
自信満々に言い放った少年の一言。隣で聞いていた男は、恥ずかしさのあまり顔に手を当てて聞いていられないといった様子だ。
一方、団員や受付嬢は一瞬言葉を失い二、三度瞬きをした後誰ともしれず吹き出した。
団員A「ぷっ、ぶっあっはははは! おいおい、よりにもよって『勇者』とは大きく出たな! いや~豪語もここまでくりゃ清々しい!」
団員B「間違いない! このご時勢、ここまでキッパリと『勇者』になるって言い切れるやつも珍しい。坊主、お前は将来きっと大物になるぞ」
団員C「あら? 皆結構否定的なのね。ならあたしは信じてあげよっかな。将来本当に『勇者』になるんなら今のうちに唾つけておくのも悪くないし」
受付嬢「ハァ、やめてください。そうやって新人をからかうから勘違いする人が増えるんですよ?」
本気と思われていないのか、周りの誰からもからかいの言葉を投げかける少年だが、彼は決して茶化して終わろうとしなかった。それは単に彼がその目標を達成すると心の中で決め、自身がそうなると信じきっているからである。
だが、今の彼の現実は旅を初めてひと月ばかり。未だ野生の魔物を倒しただけで他になにも実績を持たないただの子供なのだ。
そんな彼が魔族から世界を救うとされる『勇者』になると宣言したところど信じてくれという方が無理な話である。
男「少年、今日はもう宿に行こう。僕はこれ以上この場にいるのは正直言って辛い」
少年「なんだよ、お前も俺の言うこと信じてないのか?」
男「いや、そうじゃないって。そりゃ、少年の才能とか将来性は信じてはいるけどさ、実際問題僕たちまだ『ギルド』に所属すらできていない子供なんだから。
笑われたって仕方ないと思うんだよ、うん」
少年「くっそ~。『ギルド』に所属さえできればすぐさま功績を上げて俺の実力を認めさせられるのに……」
悔しそうに呟く少年を慰めるように受付嬢は声をかける。
受付嬢「あなたたち本当に面白いわね。その年で推薦を受けるっていうからどんな子達かと思ったら、こんな子だったなんてね。
うん、気に入ったわ。私の方からマスターの方にいい方向で話を進めてもらえるようにさりげなく口添えしておいてあげる。三日以内には結果が出ると思うから、この街にいる間に泊まる予定の宿を教えておいてくれる?」
男「ありがとうございます。えっと、宿は野良猫の溜まり場というところに泊まる予定です」
受付嬢「あら? あそこに泊まるなんていい目利きしてるじゃない。一応あそこ、ウチが経営する宿の一つなのよ。なら、連絡も楽にできそうね」
少年「おっ、そ~なんだ。ほら見ろ男。やっぱり俺ってついてるだろ? ここに決めようっていった俺の判断は正しかった」
男「はい、はい。少年の凄さはよ~くわかったって。
……それじゃあ、僕たちは今日のところはこれで失礼します。ほら、行くよ少年」
少年「ああ! それじゃ、お姉さんたち。 次に会うときは同僚としてよろしく!」
団員A「おう! 俺たちもお前を新入りとしていびれることを楽しみにしてるぜ!」
団員B「暇があったらお前たちの所に顔出しに行ってやるからな! もし所属できなくて泣いてたら俺が一杯くらい酒を奢ってやる!」
団員C「こらこら、子供にそんなもの勧めないの。けどそうね、一晩くらいならあたしが慰めてあげなくもないわよ。あんた結構顔立ちいいし、将来ホントにいい男になりそうだから」
受付嬢「だから、団員Cさんは……」
そうして『ギルド』の面々に明るく見送られながら二人はその場を後にするのだった。
おねショタが見られると聞いて
前置きに目を通した限りでは、主役らしき二人組は
人々が苦戦する魔族を軽々と(?)粉砕する程度には主人公なんだとか思いつつ期待
>>13
属性把握早いですw でもそんなに子供でもないですね。二人の少年は大体14、5くらいと考えてもらえばいいです。
一応それ系の描写が今後ないわけでもないですが、衝動に任せて今書いたばかりの話なので書き溜めなしで進行遅いですね。
主人公については話を読みすすめて頂ければわかるようにするつもりなので、待っていただけるとありがたいです。
◇
ギルドを後にした少年と男。二人は今これからしばらくの間彼らが現在いる街、トヴァルという街において生活の拠点とする宿、野良猫の溜まり場に足を踏み入れていた。
その名が示す通り、旅人、商人、『ギルド』に所属する剣士や魔法使い、他にも一晩の用事に使う遊び人といった様々な人々、もといこの宿を仮住まいとして滞在する野良猫たちで屋内は溢れかえっていた。
時刻は既に夕時。今が飯時だと察した人々は一階にある広く大きな食事場に所狭しと集まっている。
食事中にもかかわらず商談の内容が書かれた用紙を眺める者も入れば、自由気ままに酒を飲み、騒ぎ立てる者もいる。
あるテーブルには飲み比べをする二人の大人がいて、そのテーブルを囲む多くの人々はどちらが勝つかという即興の賭け試合を行っていた。
現在における人と魔族の領土の境界から比較的近い位置にあるこの街では、魔族を狩りに出かける『冒険者』や、その冒険者に対し武器や装備、薬品など様々な物資を提供する商人も多く集まるため、どこの宿屋に言ってもこのような光景はよく見られる。
だが、つい一ヶ月前まではこんな光景が見られないような田舎の小さな村から出てきた二人にとってはこんな光景ですら新鮮そのもので、街に入ってきた当初に感じた都会という広大な世界への感動も然ることながら、己のうちから自然と湧き上がる言葉にできない衝動を全身から発していた。
少年「~~ッ! これだ、これだよ! 俺が求めてたのは! くぅ~。都会ってやっぱりすげえ!
なあ、男。お前もそう思うだろ!」
普段であればこのように興奮した少年を隣で静かに嗜めるのがいつもの男の役割ではあるのだが、この時ばかりは彼も少年の意見に同意見なのか口元を綻ばせて返事をした。
男「――ああッ! 確かに、そうだ。ここが僕たちの新しい居場所になるんだ!」
互いに顔を見合わせ、笑顔を浮かべる二人。彼らは浮かれた気分のまま人混みを掻き分け、カウンターにて料理を調理しているこの宿の主人と思しき男性の元へと向かった。
男「おっさん! 俺たち二人、この宿に泊まりたいんだけど!」
声をかけてきた少年と男の二人に一拍遅れて気がついた男性は、露骨に嫌そうな表情を見せた。
主人「こら、坊主共。ここはお前たちのような子供が来るところじゃないぞ。
鎧を着て、剣なんか腰にぶら下げていっちょまえに『冒険者』気取りのつもりかもしれんが、家でお袋さんが美味しい飯を作って待ってるからさっさと帰れ」
冷やかしだと勘違いされているのか、男性に冷たい対応をされる少年と男。そんな彼に対して少年はあっけからんとした様子で言葉を返す。
少年「あ~そりゃ無理だな。だって、俺たち二人とも親の顔なんて知らねえもん。
それに俺たち『冒険者』になるために旅を始めたんだ。ちゃんとした成果を出すまでは元いた孤児院に帰らないって出てきたし、そんな簡単に引き返しちゃ話にならねえよ」
あっさりと身の上の不幸を語る少年に男性は少々面食らった。幸い、少年は己の境遇を別段不幸なものだと感じていないのだが、まだ子供である彼らに大人気ない対応を取った男性は罰が悪そうに視線を二人から逸らした。
主人「なら尚更帰ったほうがいい。お前たちみたいな子供はもっとゆっくりと成長すれば大人になる頃には『冒険者』になれる可能性が高いだろ。
何も好き好んであんな死と隣り合わせな職業に若いうちからなろうとするもんじゃない」
少年「って言われてもな~」
主人「第一、お前たちみたいな子供じゃどこの『ギルド』に行っても門前払いだろう。一応今日はもう遅いし夜に子供を歩かせるわけにはいかないから空いている部屋は貸してやるが当然金はもらうぞ?」
先程よりも譲歩した内容を提示する主人に、ニヤリと少年が小悪魔的な笑みを浮かべる。
少年「いや~それがですね。実は俺たちついさっきまでその門前払いされるであろう『ギルド』にいたんですよ~。
ちなみに、現在は『ギルド』に所属できるかどうかの結果待ちってね!」
その言葉を聞いた主人はそれまでとは打って変わって驚愕の表情を顕にした。
主人「冗談だろう? お前たちみたいな子供を所属させようなんて一体どこの物好きのギルドだ?
まあ、所属させてもらったところでせいぜいが名ばかりの所属で、実際は小間使いのようにこき使われるんだろうが……」
少年「ムッ、そんなの実力があれば関係ないさ。所属さえできればこっちのもんだ。
すぐに俺たちの実力を認めさせて、すぐに魔族たちのいる境界の彼方へと向かってみせる。
なっ! 男!」
男「まあ、実際その通りだけど……。一応僕たちが訪れた『ギルド』はどうもこの店を経営している所らしいんですけれど」
主人「ハァッ!? ウチの……ってことは《祝福の鐘》か? 冗談だろ? あそこは一応この街でも一、二を争う有名ギルドだぞ。
所属する『冒険者』の数は少ないが、それでも腕利きが集まることで有名なところだ。
あそこに所属できるかどうかまでいくなんてそれなりに場数を踏んだ連中でも難しいのに、一体お前たち何者だ?」
男「今はまだ、ただの田舎出身の子供ですよ」
少年「自他共に認める天才」
男「ちなみに、その他っていうのは僕一人だけどね」
少年「うるさいな、余計なこと言うなよな」
男「ハイハイ」
そんな二人のやり取りを眺めつつ、何か考える素振りを見せる主人。
主人「……お前ら、ちょっと待ってろ。おい、団員D」
団員D「はぁ~なんっすか、主人さん?」
主人「お前、ギルドに新人が入るって話について何か聞いているか?」
団員D「はぁ……自分は何も。あ、でも今日はヤケに受付嬢ちゃんが頭を悩ませていたから厄介事があるとは思ってましたよ」
主人「そうか……。お前今暇だな? 暇だろ。他の団員たちのように情報交換なんかもしないでウチで酒を飲みまくってるくらいだからな」
何かを思いついたのか主人はカウンター越しでダラダラと酒を飲み続けている細身の青年にある頼み事をした。
主人「お前今からギルド本部行って、こいつらの言ってることが正しいかどうか確認してこい」
団員D「え~嫌ですよ。なんで、そんな面倒なことを俺がしないと……」
主人「そうか……ならお前には今現在溜まっているツケ分を時間帯給与に換算してウチのカウンターで働いてもらうとするかな。
なに、喜べ。ここにはお前の好きな女どもは殆ど寄り付かねえ。来るのはむさ苦しい男ばかりで、そんな連中の相手ができるのならお前の女癖の悪さも少しは良くなるだろうよ」
団員D「ハイッ! 喜んで引き受けさせていただきます! すぐに確認してくるのでツケの件はもう少しだけ見逃しておいてください!」
そう言って、顔だけは整っただらしない大人の見本はすぐさま姿勢を正して宿から駆け足で去っていったのだった。
主人「とりあえず、あいつの確認次第だが少なくともギルドに所属できるかどうかまでいってるのはどうも事実みたいだな」
男「なぜ急に僕たちの言葉の信用を?」
主人「なに、そんなのは簡単だ。『冒険者』っていうのは自分の命をかけてまでなりたがる馬鹿の集まりだ。だが、馬鹿だからって自分の命を賭ける場所に嘘をついてまで入ろうとする奴を快く受け入れる奴らなんて一人もいない。
それが、『ギルド』ってもんだ。だから、ウチの名前を出した時点である意味お前たちの言っていることは真実になったってことでもあるな」
そう言って二人をカウンターの空いている席へと勧める主人。二人は勧められた席へと座り、ようやく一息ついた。
主人「何はともあれお前たちは今のところ『冒険者』見習いってところだ。見た目はまだまだガキだが、お前たちがウチのギルドに所属すれば晴れて仲間の一員だ。
そうなれることを願うのと、見習いとは言え本気で『冒険者』を志してる一人の男に失礼な態度を取った詫びだ。今日はどんな料理もタダで振舞うぞ」
少年「マジ! いくらでも食ってもいいのか!」
主人「ああ、構わない。お前たちはまだまだ成長期だろうし、たくさん飯を食ってもっともっと身体を作らないとな」
少年「おい、聞いたか男! タダだってよ、タダ! やべえ、タダって言葉を聞いたら無性に腹が減ってきた」
男「ほどほどにしときなよ。そうやって調子に乗ってるとまた昔みたいに食べすぎで気持ち悪くなるよ」
少年「大丈夫だって! あの時の俺とはもう違う。こちとら日々成長してるんだ」
男「成長しても尚同じことを繰り返すのは成長とは呼ばないと思うんだけどな……」
主人「まあ、いいじゃねえか。ウチは酒の飲みすぎ、飯の食い過ぎなんて日常茶飯事。むしろそのくらいでなきゃこっちも料理を出すのに張り合いがねえ。
どうせ作るからには楽しく作りたいしな。さあ、遠慮しねえで好きなもんを頼みな」
少年「よっしゃあ! おっさん、話がわかるね! それじゃあ俺は豚の骨付き肉炙り焼き! それからパンとじゃがいものスープね! もちろん全部量多めで!」
男「あ、それじゃあ僕も少年と同じもので。ただし量は普通でお願いします」
主人「おう、わかった。待ってろ、すぐに調理に取り掛かるからな」
そうして主人は調理に取り掛かり、二人は料理が来るまでの間この街に来るまでの旅の話で盛り上がった。
しばらくして料理が出揃う頃には、主人に二人の言葉の審議を頼まれた優男が帰ってきて、その確認もできて少年と男は改めて主人に歓迎をされるのだった。
主人公連中はそこまで幼いわけじゃないのね、把握
野良猫の溜まり場というのは宿の名前? それとも荒くれ者が集うことの比喩?
そんなことはさておいて乙、気長に待ってる
>>22
そうですね、一応少年というくくりになりますが青年に近い少年というよりもまだ幼さの残った少年という感じですね。
野良猫の溜まり場は宿の名前ですが、比喩でもあります。
商人や旅人、『冒険者』に至るまで、宿泊する期間は年単位という長い滞在人はいても、いずれは別の場所に家を持つ者。別の地方に本宅を持つような商人たちのような者といった、いずれは去っていくものの仮の住処。そんな野良猫のような人々が多く集まる宿を溜まり場と比喩しての名前になりますね。
◇
鳥の鳴き声が朝日の昇り始めた街に響く。澄んだ冷たい空気が辺りに漂い、吐き出した息が白く染まる。
まだ多くの者が眠る静かな世界。そんな世界に鳥たちと交信するように奏でられる旋律が聞こえた。
野良猫たちの溜まり場の二階。その一室のベランダから聞こえる心地よい音。未だ微睡みに身を委ねる人々の耳に優しく浸透するその音を、手に持ったハーモニカから一人の少年が送り届けていた。
男「――」
誰から教わったわけでもない我流の曲。幼い頃より何度も何度も手に取り、己の内から自然と湧き出る旋律を奏でてきた。その中でも、特に気に入った旋律をつなぎ合わせて一つの曲を彼は作った。
名前のない曲。それをまだ殆ど人の起きていない時間帯に吹くのはもはや男の日課になっていた。我流であるため、人に聞かせるほどの技術はないと彼自身思っているし、わざわざ人が起きている時間に吹くのもなんだか気恥ずかしい。
そのため、人気の少ない場所を訪れた時か、こうして聞いている者が少ない朝方や夜遅くの少しの時間にだけ彼は曲を奏でているのだった。
少年「……ん、うぅん~」
ともすれば子守唄のような優しい曲を長い間共に過ごし、誰よりも耳にしていた親友の声が室内から聞こえたのを感じ、男は曲を止めた。
男「おはよう、少年。まだいつもの起床時間よりは少し早いよ」
いつも太陽が昇りきってから起きている相方にそう声をかけ、まだもう少し眠っていてもいいと告げる男。だが、少年はもう充分に睡眠を取ったのか、今更二度寝をする気にもなれず、寝ぼけ眼を擦りながらゆっくりとベッドから抜け出した。
少年「ふっ、ああああ。いや、寝るのはもういいや。とりあえず、少しボーッとして目覚ます。
んで、準備ができたらいつもの日課やろうぜ」
男「了解。それじゃあ僕はその間にこれの手入れをするよ」
少年の目覚めを確認した男は室内へと戻り、先ほどまで吹いていたハーモニカの手入れを始めた。
その間少年は宣言していた通りベッドの上に腰掛けて壁を見つめ、ぼんやりとして脳が完全に起きるのを待っていた。
しばらくして、男がハーモニカの手入れを終えた。それに合わせるように完全に目を覚ました少年が身支度を整え、グッと一、二度手を握る。
少年「うし、そんじゃいつもの日課を始めるとするか」
男「そうだね、それじゃあ行こう」
そうして二人は剣を携えて部屋を後にした。
二階から一階に降りると、既に朝食の下準備に取り掛かっていた主人と二人は顔を合わせた。
主人「おっ、なんだお前ら相変わらず早いじゃねえか」
少年「まあね。いつもの日課があるし。これサボるとなんだか一日が始まったって気がしないんだよ」
主人「まだ若いのにその心がけはたいしたもんだ。上で寝てる他の『冒険者』の連中にも聞かせてやりたいもんだ」
男「まあ、これは僕たちが好きでやっていることですし。それに、みなさんにはみなさんのペースがありますから」
主人「そうか、それじゃあ今日もお前らが戻って汗を流したら朝食ってことでいいんだな?」
少年「ああ、よろしく頼むよ! そうそう、そんなことより俺たちの結果ってまだ出ないの?
おっちゃんなんか聞いてない?」
主人「う~ん、俺は何も。団員Dの奴は何か聞いてるかもしれねえが、あいつ今依頼を受けてこの街を離れてるからな」
少年「そっか~。受付の姉ちゃんは三日以内って言ってたし、今日にはなんか連絡くれると思うんだけどな」
男「まあまあ、少年。向こうだってそんなに暇じゃないんだし、もしかしたら今日中に連絡があるかもしれないんだからもう少し待とうよ」
少年「……だな。うし、それじゃあ行ってくるよ。おっちゃん、また後で!」
主人「おう、しっかり鍛えてこいよ」
男「それじゃあ、行ってきます」
主人に出立の挨拶を交わした二人は宿を後にし、トヴァルの街を出て少し歩いてすぐにある拓けた平原へと向かうのだった。
◇
平原に出た二人は少しの間それぞれ個人的に身体をほぐしたり、剣を手に持ち素振りをして身体を温めると、剣を構えて対峙した。
少年「ウシッ! そんじゃあ日課を始めるとすっか!」
男「ああ、そうだね」
準備を終えた二人はいつもの日課である模擬戦を開始した。
相手の一挙手一動に注目し、静かに間合いを図る二人。シンとした雰囲気の中にピンと張り詰めたような緊張感が走る。
そんな中、先に動いたのは少年だった。
少年「オラッ!」
声と共に足の裏に溜め込んだ力を一気に解き放つ。縮んでいたバネが一気に伸びるような勢いのある踏み込み。
たった一歩踏み込んだにもかかわらず二人の間にあった距離は一気に縮まり、早くも男の間合いの中に少年が侵入する。
踏み込みと同時に構えていた剣を横一閃に少年は振り抜いた。鋭い一撃が男の脇腹目掛けて振るわれる。
男「甘いッ!」
だが、男は慌てた様子も見せず少年の一撃に即座に反応。すぐさま振るわれた剣に対して自身の持つ剣をぶつけた。
ギンッ! と甲高い金属音が周りに響く。拮抗する力と力。互いの剣は空中で静止し、二人は睨み合いを始めた。
少年「ったく、相変わらず簡単に防いでくれるな」
男「少年は行動パターンがわかりやすいんだよ。大抵先手を取ったときの行動はこれだからね。何度も相手をしていたら嫌でも覚えるさ」
少年「そうかよ。けど、わかっていても止められなきゃ問題ないよな!」
少年はそう言い放つと、気合を入れ直して均衡していた力に更なる力を加え始めた。
男「……ッ! あい、かわらず馬鹿力」
自身と大して変わらない細身の身体の一体どこにこんな力があるのかと不思議に思いながら男は崩れそうな均衡を必死に保とうと抵抗する。
だが、その抵抗も数秒が限界だったらしく徐々に男の剣は少年によって押し込まれていく。
少年「へへっ……どうした。まさかこのまま終わりじゃないよな?」
得意げな笑みを浮かべながら挑発の言葉を口にする少年。それに対し、男は苦笑いを浮かべながらも負けじと少年に向かって言い返す。
男「当たり前だよ。第一僕がいつもこんなに早く終わったことがあった?」
少年「最初の頃はそうじゃなかったっけ?」
男「ああ……そういえばそうだった、ねッ!」
押し込まれた自らの剣を男は一瞬だけ再び均衡させると、縮まった少年との距離を測り、身体を横にして少年に向かって蹴りを飛ばした。
とっさの判断で剣を引き、蹴りを回避して後方へと下がった少年。だが、その間には既に男は次の行動へと移っていた。
右手に剣を持ち、空いたもう片方の手で空中に向かって指を走らせる。指先に灯った体内から流れる魔力の光が紋様を描いていく。
少年「にゃろう……。なら、こっちも!」
男の行動から魔法を放つ準備をしているのを理解した少年。だが、先ほどの攻防で後ろに下がってしまった彼が再び距離を詰める前に男は魔法を完成させ、放つ。直感的にそう判断した彼は、自身もまた男に対抗すべく魔法を放つ準備を始める。
ただ、少年の場合は男と違い宙に紋様を描く動作を行わず、剣を左手に構えてあいた右手を握りしめて力を込めるのみだった。
少年「おおおおぉぉぉッ!」
声と共に握り締めた少年の拳が発光する。そして、その光が握り締めた手の中に収束して消えると同時に、宙へ指を走らせていた男の方も紋様を描き終わった。
少年・男「くらえッ!」
魔法の発動はほぼ同時に。二人は空いている手の平を勢いよく前にかざした。
すると、男の掌から放たれた光が紋様を通り抜け、弓矢のような鋭い水の塊が飛び出した。
対し、男の手からは光と共に高熱を発する一つの火の球が放たれた。
ぶつかり合う火と水の魔法。これもまた先ほどと同じように結果は均衡。ぶつかり合った二つの魔法は周りに水蒸気を撒き散らして対消滅した。
生まれた水蒸気により視界を奪われる二人。だが、それでも二人は敵の気配を感知して動いた。
再びぶつかり合う剣と剣。振るわれた際に生まれる風で一瞬だけクリアになった視界に映る相手の顔はどちらも楽しそうな笑みだった。
少年「やるな、男!」
男「そっちもね、少年!」
誰よりも身近にいる好敵手の存在に二人は心躍らせる。剣を重ね、魔法を放ち、声を荒げ、相手より一歩先んじようと動いていく。
この年頃の子供が行うようなものではない高度な模擬戦はそれからしばらくの間続けられ、その中で二人は互いの成長を確かめ合い、実力を高め合うのであった。
宿の名前は掛かってたのね、把握
昔は男よりも少年のほうが戦闘においては勝っていたのか、乙
>>32
そう考えて頂ければ間違いないです。
昔は男よりも少年の方が強かったなど、そのあたりの話は後に詳しく書いていく予定ですのでその時まで待っていただけるとありがたいです。
◇
いつもの日課を終え、宿へと戻った二人は汗でベタつく身体を清めるために宿に併設されている浴場にて全身に水を被せた。その後部屋に戻り、新しい衣服へと着替えると既に朝食の準備を終えていた主人の元で朝食を済ませるのだった。
朝食を終えると、二人はそれぞれ室内で身体を鍛えたり持ち運んでいる日記帳に日々の記録を記したりと自由に過ごしていた。
そんな二人の元へと来訪者が現れたのは昼食を食べ、この街に来て何度目かになる散策に出かけようと少年が男に提案をした時だった。
男「あれ? お姉さんは……」
いち早く宿の中に入ってきた来訪者の存在に気がついた少年は、男と共に座っていたカウンター越しに後ろを振り返った。そこには、三日前に彼にからかい混じりの誘惑の言葉を投げかけた女性の姿があった。
団員C「久しぶりね、二人とも。あなたたちの件について結果が出たわよ」
その言葉を聞いた少年はカウンターの席からすぐさま飛び退き、結果を伝えに来た彼女に肌が触れ合うほど近づいた。
少年「それで、それでッ!? もしかしなくても合格!?」
グイグイと身を乗り出す少年に若干たじろぐ団員C。興奮を隠しきれない少年を後ろに控えていた男が彼の襟を掴んで引っ張り、団員Cが話を進められるよう取り計らう。
男「すみません、落ち着きのない奴で。でも、僕も少年と同じで結果を早く知りたいのは同じです。教えていただけますか?」
男に捕まった少年はジタバタともがいて自らを掴むその手を振りほどこうとするが、男はそんな彼の行動を無視して話の続きを待っていた。そんな二人を見て団員Cは苦笑しながら彼らに告げた。
団員C「結論から言えば、一応所属はできるわ」
その言葉を聞いた瞬間、少年が「ヨシッ!」と声を上げたが、浮かれる彼とは対照的に男は団員Cに問いかけた。
男「一応……ということは何か問題が?」
団員C「あら? 察しがいいわね。ええ、ひとまずあなたたちは相談の結果ウチの『ギルド』、《祝福の鐘》に所属という扱いになったわ。
けれど、なにぶんこんな若い子供を『冒険者』として採用するなんてことは殆ど例のないことだから、ひとまず仮認定という形になってるの」
少年「え……それじゃあ俺たち、正式な一員じゃないってこと?」
団員C「今のところはね。こちらとしても送られてきた推薦状が本物なのは確認しているし、その時の状況から鑑みてそれなりの実力は兼ね備えているのも頭では理解できる。
けれど、『冒険者』になるってことはこれから先自分たちの命を預けることになる対等な仲間になるということよ」
男「……つまり、僕たちの実力がどの程度使えるのかを実際に目にしておきたい。
そして、それが納得のできるものであれば正式な一員として迎え入れるというわけですね」
団員C「……ええ、そう。理解が早くて助かるわ。正直、ウチの連中よりも頭が回るくらいでなんだか情けなくなってくるわね。
それで、二人さえよければ今日すぐにでもその確認としてあたしたちと模擬戦をしてもらうつもりだけれど……大丈夫かしら?」
団員Cの問いかけに、少年と男は一瞬視線を交わした後、自信満々に答えた。
少年・男「当然!」
団員C「そう。それじゃあ、今から準備を整えてもらうわ。あたしはここで待っているから、覚悟ができたら声をかけなさい」
その言葉を聞いた少年と男はすぐさま自室へと駆け戻り、すぐにでも試験を受けるために身支度を整え始めた。
二人の瞳には希望と期待、そして興奮の色が写っており、今から待ち受けるであろう苦難ですら彼らにとっては夢見る新しい世界へ向けての第一歩なのであった。
団員A「おっ、来たか」
団員B「待ってたぜ、お前たち」
準備を終えた二人は、団員Cへと引き連れられ三日ぶりに《祝福の鐘》のギルド本部へと足を踏み入れた。
以前訪れた時からそう日も経っていないし、変わったところなど特にないはずなのに、屋内へと足を踏み入れた二人は以前は存在しなかった妙な緊張感を肌で感じていた。
それはおそらく、三日前はまだ客人扱いであった二人がこれから本当に仲間として共に活動する可能性があると判断し、このギルドの団員である彼らが二人の実力がどれほどのものなのかを見定めようとしているからだろう。
団員C「さて……。改めて、よく来たわね二人とも。今からあなたたちの入団を認める最終試験を行うわ。
もう一度先に言っておくけれどあなたたち二人は既に仮入団はしている。
だから、この試験でたとえあたしたちが思った実力がなくても見習いといった形でこれからこのギルドに所属してもらうことにはなるわ。
けれど、逆にここで自分たちの実力を示せればすぐにでも『冒険者』として認めて、対等な仲間として仕事をすることができるようにもなる」
団員Cに続く形で普段は固定位置に立っている受付嬢が説明をする。
受付嬢「ルールは簡単です。今からお二人にはウチの団員とそれぞれ一対一の模擬戦を行ってもらいます。
模擬戦は計三戦。致命傷になると判断される部位への寸止めを為した時点で一線が終了します。
三戦中に一本でも対峙した相手から取れたなら、あなたがたの実力を認めて正式なギルド団員としての所属を許可します。
一撃を判定するのはこの場にいる団員たち全員。ルールは以上です。何か質問はありますか?」
男「ルールがそれだけということは、魔法を主として使用する際の一撃判定はどうすれば?
寸止めというわけにもいかないでしょうし……」
受付嬢「そうですね……。そのあたりは上手く対戦する相手が一撃を取られたと判断したら自己申告してくれますよ。
万が一のことがあればこちらで回復魔法をかける魔法使いもいますから。
ですが、そんな心配はあなたがた二人にも起こりうることだと考えておいたほうがいいかもしれないですよ?」
挑発的とも取れる受付嬢の発言。それは自分たちの所属するギルドの団員たちの実力を信じてのものか、それとも未だに少年や男たちの腕前を侮ってのものかはわからない。
ただ、それを聞いた二人がただでさえ身体から湧き上がる闘争心を更に火を付けられたのは言うまでもない。
少年「上等! こっちはいつでも始められるぜ。さっさとその試験を開始してくれ」
男「期待に答えられるかはわかりませんが、実力を認められるように全力で挑ませていただきます」
その言葉を聞いた受付嬢は微かに微笑み、彼らの相手となる試験官たちに声をかけた。
受付嬢「そうですか。それじゃあ、さっそく始めさせてもらいます。団員Aさん、Cさん、よろしくお願いします」
受付嬢に紹介され、二人の前に出てきたのは以前ギルドで顔を合わせたことのあった団員Aとここまで彼らを連れてきた団員Cだった。
団員A「よう、よく来たな。待ってたぜ、今日お前たちがこうしてこの場を訪れることを」
団員C「あたしたちがあなたたち二人の試験を監督する相手よ。改めてよろしく」
二人の目の前に歩みだす団員AとC。Cの方は先ほどまで一緒にいたことから身体的特徴は既に二人の頭に入っている。
肩を超えるほどの長さの茶色の髪。引き締まった体に、男を誘惑するような開けた胸元。年頃の少年が直視するには少々刺激が強すぎる身体付きをした女性が彼女だ。
そんな彼女はここに来るまでとは違う点がひとつあった。ギルドの中に置いておいた自らの獲物を手に持っている。
背中に背負った弓筒からは多数の弓矢が収納されており、手に持った弓は狩猟用のものとは違い、対魔物用として作られたであろう強弓を手にしていた。
一方、団員Aと呼ばれた短い黒髪をした筋骨隆々の男性は巨大な体躯に負けないほどの長さの槍を持っていた。恵まれた体躯と、それに見合った研鑽を重ねてきたであろう引き締まった身体は対峙するだけで相手に威圧感を与えるほどだ。
そんな二人を前にし、二人は怯むどころかむしろより心を躍らせた。
少年「……なあ、男」
男「なに? 少年」
少年「ヤバイって、俺今すげえワクワクしてる」
男「ああ、僕も一緒だよ。きっと二人とも僕たちよりも実力は遥かに上なんだろうね」
少年「だろうな。けど、そんな相手と戦えるってだけでもヤバイってのに、俺たちの実力が認められればこんな人たちと一緒に戦えることができるようになるかもしれないってのがもっとヤバイ」
武者震いする少年。そんな彼を見てニヤリと口元を緩める団員AとC。
団員A「さて、坊主たちも待ちかねたみたいだし、早いところ始めるとするか」
団員C「そうね。あたしたちがたっぷりと可愛がってあげるわ。付いてきなさい」
そうして二人は団員たちに促され、《祝福の鐘》が所有している訓練所へと向かっていった。
乙
さて、勝負になるのか……
>>41
ありがとうございます。
勝負になるのかどうか。格上相手にどう戦うのかを見てもらいたいです。
◇
街中にあるギルドを出た少年と男、そしてギルドの団員たちは街から少し離れた位置にある訓練所に到着した。
平原の中にポツリと建てられた訓練所は、屋内の鍛錬施設と屋外の実践用の二つに分けられており、少年たちは今屋外における実践用の訓練場所にて準備を整えていた。
団員A「さて、さっそく試験の方を始めるが、こっちとしては一人ずつ順番に試験を行うつもりだ。
それで、どちらが先に始めるか決めてもらいたいんだが。最初に出るのはどっちだ?」
団員Aの問いかけに少年と男は顔を見合わせ、どちらが先に出るのかを目と目で言葉を交わす。
そして、互いに言葉に出さずとも理解し合った内容により先陣を切ることになったのは……。
男「僕が出ます」
そう言って、団員Aに向かって一歩足を踏み出したのは男だった。
団員A「おっ? これは予想外だ。てっきりそっちの血気盛んな坊主が出てくるもんだとばかり思っていたんだが」
男「まあ、普段だったらそうなんでしょうけれど、少年はどうもあちらのお姉さんと手合わせをしたいみたいだったので……」
その言葉を聞いて団員Cは少しだけ驚いた表情を見せ、隣に立つ少年を見た。
団員C「あら? ご指名とは嬉しいことしてくれるわね」
少年「にししっ。この間からお姉さんにはお誘いの言葉をもらってたからな。女の誘いを無碍にしないのも俺の信条だかんな」
団員C「そう……。それは、この後が楽しみね。でも、まずは」
団員Aの前に立った男はゆっくりと腰に提げていた剣を抜き放つ。こうして対峙してみると改めてわかることだが、二人の身長差は男の頭二つ分ほどの差がある。
体格差が違えば、それだけ振るえる力も変わってくる。まず間違いなく劣るであろう力に対し、どう男が戦いを進めて団員Aから一本取るのかがこの戦いの要因になるだろう。
団員A「ギャラリーの連中もだいぶ痺れを切らし始めてきたことだし、そろそろ始めるとするか。
改めて名乗らせてもらう。俺の名前は男槍使いだ」
団員A改め、男槍使いは自らの名を名乗り手に持った長大な槍を構えた。
男「こちらこそよろしくお願いします。僕は、男」
男槍使い「よし、男。今からお前が《祝福の鐘》に所属するための最終試験を開始する。
見せてみろ、お前の持っている力を!」
互いの前口上はここまで。戦いの開始をその場の空気の変化によって察した二人は模擬戦を開始した。
まず最初に動いたのは男。槍を使う相手との戦いは始めてだったが、未知の敵相手に警戒心を強めつつも後手に回って敵のペースに持ち込まれるのを避けるため、男は即座に魔法を発動させる紋様を描き始めた。
相手の実力も、戦法も未知数のこの状況で必要なのは相手と自分との間合いを正しく把握すること。どこまでが安全に踏み込める位置なのか、そうでないかを理解する必要がある。
最も、そんな男の行動を男槍使いは黙って見ているはずもなく、槍を携えながら男目掛けて一直線に飛び込んできた。
男(――速いッ!?)
普段鍛錬の相手となっている少年よりも遥かに素早い男槍使いに内心で驚きながら、男は回避行動を取り、相手との距離を確保しようとする。
男槍使い「なんだ、なんだ? 最初から逃げ腰か? それはあまりよくねえな~」
男に向かって挑発の言葉を投げかけながら、男槍使いは手にした槍を突き込む。
まるで空を裂くようにして打ち込まれた一撃。剣と違い、リーチも長い槍は男の予想を越えた伸びを見せて彼の腹部目掛けて距離を縮める。
だが、宙に走らせた魔法紋の構築を止めることなく男はこれに対処した。もう片方の手に持った剣の腹を槍の穂先にぶつけ、軌道を逸らす。
男と男槍使いの最初の交わりはこうして行われた。感嘆の声は別段上がらない。それは、このギルドに所属する彼らにとって別段対したことではないということなのであろう。
ただし、実際に戦っている男槍使いだけは少しだけ満足そうに微笑み、すぐさま次の一手へと移っていく。
突き、切り上げ、薙ぎ払い。瞬きすらも許さぬ猛攻が一気に男の身体を襲う。
男「くそっ!」
舌打ちをしながら、その猛攻をどうにか防ぐ男。魔法を構築する暇もなく、構築に使用していた片手はいつの間にか剣に添えられており、凄まじい力と速度にて振るわれる攻撃の数々に防戦一方となっていた。
男槍使い「おいおい、どうした? 守っているだけじゃいつまで経っても一本は取れないぞ?」
男槍使いの言うとおり、今の男は彼に攻撃を与えるどころか先程から一歩もその場から動けていない。小刻みにステップを踏み、地面に流線上の後を残してはいるものの前に出ることも大きく後ろに退がることもできないでいた。
少年「おい、男! その人の言うとおりだぞ! お前の実力はこんなもんじゃねえだろ! さっさと一本取れって!」
そんな彼に離れた位置から二人の攻防を眺めている親友が激を飛ばした。自身の力を信じてくれる親友の言葉を嬉しく思うと同時に、防戦一方の状況で格上相手から軽々しく一本を取れという親友の無茶振りに男は思わず愚痴を零した。
男「全く……簡単に言ってくれるよ!」
文句を口にしながらも、相手の攻撃と攻撃の隙を突き、男は一気にその場から離脱。槍を手元に引いた男槍使いの間合いへと踏み込んだ。
先ほどの攻防。男はただ守りに入っていたのではなく、攻撃を防ぎながら相手との間合いを測っていた。そして、それを把握し終えた彼は今度は自らの番だと言わんばかりに攻撃体制へと移行した。
男「行くぞッ!」
身体を低くしての加速、からの下段からの切り上げ。実力が不足した相手であれば一瞬にして姿を見失うような一撃。
だが、今この場にいるのは彼よりも遥かに格上。男の一撃に対して手元に引いた槍の柄を用いてその一撃を難なく流し、逆に反撃とばかりの肘打ちを男の顔面に打ち込んだ。
しかし、男も咄嗟の回避行動にて上半身を後ろへ曲げ、一旦距離を置こうとした。
男槍使い「おっと、足元が留守になってるぜ」
そんな男の行動をあざ笑うかのように男槍使いは余裕を持って男の足を払い、そのまま体勢を崩した。驚愕する男だが、倒されながらもどうにかその場から離れようとする。だが、それより先に彼の眼前に男槍使いの持った槍の穂先が突きつけられる。
男槍使い「まずは、一本だな。おいおい、しっかりしてくれよ? まさかあれだけ大口を叩いておいてこの程度ってことはないだろうな?」
男槍使いの再度の挑発に男の顔が赤くなる。強者の余裕とも取れる男槍使いの差し出された手を男は乱暴に振り払った。そんな男の行動にやれやれといった様子で肩をすくめる男槍使い。
仕切り直しの二本目を始めるために二人は一度距離を取った。
一本目の模擬戦が開始からそう時間を経ずして終わったのを見たギルドの面々は、早くも各々自由に感想を述べ始めていた。
団員B「う~ん、筋は悪くねえがまだまだ子供だな。頭は回るようだが、安易な挑発に流されるようじゃな」
団員C「そうね、こっちの子と違ってあの子はそういったことにもう少し冷静に対処できると思っていたんだけれど、買いかぶり過ぎだったかしら?」
チラリと横目で隣で男と男槍使いの戦いを眺める少年の様子を見つつ、団員Cは感想を口にする。それに対し、少年は何も答えることなくただ淡々と二人の戦いの行く末を見守っていた。
しかし、何故かその表情に心配や不安といった負の感情は見当たらず、不思議に思った団員Cはつい意地悪な問いかけを彼にするのだった。
団員C「あら? もしかして相方の子があっさりと一本を取られちゃったから呆然としちゃったの?
大丈夫よ、まだあなたたちは若いんだし、ここで駄目でもこれからその実力を伸ばして行けば……」
そんな彼女の話を遮るように少年は口を開いた。
少年「ばっかだな~お姉さん。駄目駄目、なんにもわかってねえ」
団員C「わかっていない? なんのこと?」
少年「あいつはな、すげえんだ。戦うことに関しては負ける気はしないけれど、それ以外のことは正直言って俺はあいつに勝てる気がしねえ」
団員C「……ふうん、随分と高く買ってるのね彼のこと」
少年「まあな。だてに俺もあいつと長いこと一緒に過ごしてるわけじゃないし。正直、あいつのことは他の誰よりもよくわかってる。
だから、俺にはわかるんだよ。あいつはこのまま終わるような奴じゃないってな」
自信を持って言い切る少年。そんな彼が信頼する男がこのまま何もできずに終わるはずがない。
団員Cはそんな少年の言葉を聞いても未だに信じられないでいた。なにせ、目の前にいるのはなんの実績もない少年たちなのだ。確かにそこそこ腕は立つが、それは幼いながらもという前提条件があるからである。
戦場に出れば年など関係ない。実力がるものが生き残る世界で、そこに年齢という言い訳は無用。事実、今こうして男槍使いと戦っている男より弱い者はこのギルドの中には存在しない。
だが、何故だろう。不思議と目の前の少年が発する言葉は、思わず信じたくなるような何かを感じさせる。
団員C「そう……。なら、見せてもらいたいわね。あなたの信じる相方が無事に試験を突破するところを」
そうして二人は再び男と男槍使いの戦いに目を向けた。
しかし、それからしばらくして再び男は男槍使いに隙を突かれ、とうとう三本勝負の試験は残すところ後一本になるのだった。
最終試験である模擬戦も残すところ後一本。一本目、二本目と男槍使いに取られてしまった男はもはや後がなくなった。
慣れない槍を使う相手に翻弄され、挑発に乗って執拗に攻めを続けた結果、息は既に切れ始めている。そうした際の不意を突かれ、まんまと二本目の勝利を相手に許してしまうことになった。
対して、相手である男槍使いは未だに少しも呼吸に乱れが生じていない。まだまだ余裕の様子を見せている。
男槍使い「……まっ、お前くらいの年にしては充分すぎるほど腕が立つ。ただ、いかんせん実戦の経験が少なすぎたな」
三本目、最終勝負になる戦いに向け息を整える男に向かって呟く男槍使い。今の彼にとって、三本目となるこの戦いはもはや消化試合に近かった。
既に男の実力はある程度把握できており、このまま模擬戦を続けても自分の勝ちは見えていた。万が一奥の手を隠していたとしても、それを捌ける自信が彼にはあった。
男槍使い(筋は悪くねえんだよな~。挑発に乗っちまうのはまだ子供ってことだろうし。状況の変化に対する咄嗟の機転も悪くねえ。
剣と魔法を主体とした戦法は大抵の状況に臨機応変に対処できるだろうから、鍛えれば伸びるはずだ。
本人の性格も真面目そうだし、鍛錬も欠かさずに続けている。前衛も後衛もどちらも任せられるスタイルは、これから先にどの相手とパーティを組ませても役に立ちそうだ。
ま、今のところはまだ未熟な点は目立つがそれを差し引いても、磨けば光るいい原石が転がってきたってとこだな)
男に対する主観的感想を内心で述べ終えた男槍使いは、男が息を整え終わったのを確認すると再び槍を構えた。
男槍使い「さて、そろそろ最後の一戦に入るとするか。これで終わりだろうけれど、負けても落ち込むんじゃねえぞ」
男「まだ勝負は終わっていませんよ。もう勝った気になるのは早いんじゃないですか!」
男槍使い「これは、失礼。そうだな、最後まで何があるかわかんねえもんな。
そんじゃ、最終戦を始める……ぜッ!」
いよいよ、男の試験の最後の一戦が始まった。息を整えたといっても、疲労が残っているであろう男に向かって、体力を回復させる暇も与えまいと男槍使いはすぐさま距離を詰めていった。
男「――ッ!」
そして、男は一戦目の再現となる防戦に早くも追い込まれ始めた。やはり、二戦目に消費した体力は大きいのか、相手の攻撃を防ぎ、流しつつどうにか男槍使いから距離を取ろうとする。
だが、距離をとってもすぐさま近づく男槍使いに為す術がなく、もはやこの戦いの結末がどうなるかはこの戦いを見守るギャラリーの全員にとってわかりきったことであった。
そう、ただ一人を除いて。
少年「……」
このような状況になってもなお、少年だけは男の勝利を信じてこの戦いを見つめていた。
しかし、黙って眺めているのもとうとう我慢できなくなったのか、少年は男に向かって言葉を投げかける。
少年「おい、男! お前いつまで猫被ってんだよ! さっさと、一本決めてこの場にいる全員にお前の実力を認めさせろ!」
その言葉を聞いた団員たちは驚いた様子で少年を見つめた。そして、激を飛ばされた男は、
男「……ったく、少年のやつ。こっちは必死に戦ってるのに大事な作戦をバラそうとしないでよね」
それまでの疲れきった表情をあっさりと消し、鋭い瞳で猛攻を続ける男槍使いを見据えた。
そんな男の変化に気がついた男槍使いは、驚愕と同時に警戒を強めた。だが、その時には既に男による作戦は始まっていた。
奇しくも、今二人が立つ場所は一本目の戦いで男が魔法の構築を解除された位置だった。
男「……さて、相方が痺れを切らしているんで。そろそろ要望通りに一本を取らせてもらいます!」
男がそう告げると、男槍使いの足元が光り彼の足を捉える無数の木々が地面から勢いよく伸びだした。
男槍使い「なにッ!?」
足に強く絡みついた木々を手にした槍で切り払おうとするが、この時を待っていた男による剣撃の数々に今度は男槍使いが防戦一方に追い込まれる。
一気に形成が逆転した両者を見た団員たちはこの時ばかりは感嘆の言葉を漏らした。
団員B「おいおい、マジかよ。まさか、あの坊主。一戦目からあの仕込みをしていたってことか?」
団員D「今の様子を見る限りじゃ疲労した様子も見られないし、挑発に乗ったと思わせたのも、二本目の頭に血が上っての攻撃一辺倒な行動も全部演技だったってことか」
団員C「だとすると、あの子は最初からこの三本目に勝負を仕掛けるつもりだったのね。
もしかして、あなたはそれがわかっていたからあんなに落ち着いた様子だったの?」
少年「まあ、男の奴が何するかまではさすがに俺でもわからなかったよ。けど、一戦目の時から挑発に乗ったりとあんなにあっさりやられたりと男らしくないなとは思っていた。
あいつだったら、もう少し粘れたろうし、もっと上手く戦いを進めたはずだろうからね」
ここに至ってようやく彼らは男という少年がどれほど周到に罠を仕掛けていたのかを知った。
たった一度きりの奇襲。己の実力を侮らせ、自身の子供という特徴を相手がどう捉えるかを理解した上で張り巡らせた罠。
防戦に追い込まれて魔法の構築を解除したと思わせ、本来使われる指での魔法の構築ではなく、守りに入りながらも足を使って相手にバレないように地面に刻まれた魔法紋。
それを最後の最後で発動させ、今その罠に相手である男槍使いは見事に嵌っていた。
男「はああぁぁッ!」
上下左右、逃げ場のない男の攻撃を身動きが取れない状況に陥りながらも必死に捌く男槍使い。しかし、足を固定されていては斬撃を受け流すのも限界があり、この時に全てを賭けた男の攻撃は、ついにその連撃に耐え切れなくなった男槍使いの槍を弾き、その喉元に剣先を突きつけることで終わりを迎えた。
男「……一本ですね。これで、僕も皆さんと同じギルドの一員です」
そうして男は男槍使いにかけた魔法を解除し、彼に向かって握手を求めるために手を伸ばした。
それを見た男槍使いは、してやられたと笑い声を上げた。
男槍使い「あっはっは! こりゃ、見事だ。いや~完敗、完敗。ったく、たいしたやつだよお前は」
差し出された手を力強く握り締め、男槍使いは男の為した功績を褒め立てるべくわしゃわしゃと彼の頭を乱暴に撫でた。
男槍使い「おい、ちょっと聞かせてくれよ。一本目を決めた時に俺が挑発も兼ねて差し出した手を振り払ったのも、もしかして演技だったのか?」
男槍使いの質問に、男は少しだけ考える素振りを見せた後、
男「さあ、どうでしょう? もしかしたら本当に挑発に対して怒っていたかもしれませんよ。
なにせ、僕はまだまだ子供ですから」
と、おどけた様子で答えるのだった。それを聞いた男槍使いはぷっと吹き出した後、彼の背を何度か強く叩き、その実力を認めるのだった。
そしてそのまま男によって弾かれた槍を拾いに向かい、勝利を収めた男は彼を信じて待っていた少年の元へゆっくりと歩いて行った。
少年「よう。やったな、男」
男「いや~疲れたよ。もう、心臓がすごい音立ててる。できることなら二度とこんな思いはしたくないね」
少年「よく言うぜ。ま、ひとまずはお疲れさん!」
男「ありがとう。今度は少年の番だね」
少年「おうよ。大船に乗った気分で見ててくれよ!」
男「ああ、そうさせてもらうよ」
そうして二人はパンッと周りによく響く音でハイタッチを決め、選手交代をするのであった。
ひとまずここまでで。
続きはできるだけ早く更新できるようにしたいです。
少年が思ったよりギザだったことに全部持っていかれた
魔族のほうも気になるけど気長に待つ、乙
まだなのか
>>58
年齢を考えればまだまだわんぱくな盛りの子供ですから、性格も子供っぽいですねw
そんな少年のストッパー役でちょっと大人びたのが男になりまして対照的な二人になっています。
一応今回の更新で一話目が終わり、次の話で魔族が少しだけ関わってきます。
>>59
お待たせしました。更新します。
◇
既に場の空気は変わっていた。一戦目を見事勝利し、収めた男の活躍により彼と少年の実力はもはや疑う余地のないものとして証明された。
その結果として、《祝福の鐘》に所属する団員たちが彼らに向ける眼差しにも変化が訪れようとしていた。
それまではまだ年若い少年二人がギルドに所属しようとしている。大多数はまず無理だと考え、もし所属できてもまずは見習いからと思っていた。
だが、二人の内の一人の男は彼らの想像よりも遥かに〝やる〟。少なくとも、先ほど男が戦った男槍使いはギルドの中でも上位の腕前を持つ男の一人だ。
慢心も、油断もあった。子供だからという理由で侮りもしただろう。だが、そんな理由だけで彼から一本を取れるのは容易くない。
それは、魔族たちと戦う力を持つ自らの腕前や、それを誇りとしている彼ら『冒険者』が一番よくわかっていた。
だからこそ、視線の先に立つ二人の少年はただの子供などではなく、自分たちと肩を並べて戦うに相応しい一人の仲間と彼らは自然に認めていた。
問題は、どれほど使えるか……だ。ギルドに所属する面々といってもその過ごし方は様々だ。
日頃は街の住民の仕事を手伝いをし、その一環として魔物などからとれる貴重な資源を提供する代わりに報酬を受け取る者もいる。
対して、魔族たちによって奪われた土地を取り戻すことを一番の目的とし、魔物たちを狩り、その過程で助けた人々から謝礼を受けるものもいる。
もちろん、魔物だけを相手にするのではなく、商人や旅人を狙った野盗などを撃退するために雇われる者もいる。
どのように生きるかを選択することによって必要な腕前は変わってくるだろう。だが、そのどれもに言えることは一部の例外を除いてどのように過ごすかを選択してもパーティーを組むということであった。
手伝いをするならば、数名が街を、残った数名が資源を取りに狩りへ。
魔族と戦うのを主にしたとしても、一人ではなく数名の仲間と共に連携をし、効率よく旅をする。
一人ではカバーしきれない護衛も仲間とならば被害を出さずに依頼を終えることができる。
そう、仲間がいれば一人では無理なことも達成できるのだ。そして、それは力があればあるだけ不可能と思われる多くのことに手が届く。
そして、そんな仲間は一人でも多いほうがいい。そうして人が集まった結果が『ギルド』であり、選ばれたギルドメンバーをより細かに分けていったのがパーティーなのである。
少なくとも相性の善し悪しを判別してから組んでいるパーティーは当然ながら連携もスムーズ、仕事の達成率も高い。時たま他所のパーティーに声をかけられて出張したり、逆に新鮮さを求めて一からパーティーを組んだりもするが、基本的には一度加入したパーティーをメインとして動くのがほとんどである。
そんなパーティーも長く続けていれば新しい戦力を求めてくるのも自然な流れ。現状に満足せず、より多くの依頼を達成したいという気持ちが湧いてくるものだ。
そして今、新戦力を求める彼らの前には都合よく戦力増強に相応しいといえるであろう新人たちが現れた。
一人の力は確認できた。残るはもう一人。片方を取るのか、それとも両方共引き入れるのかはまだわからないが、突如として現れた格好の獲物を確保すべく団員たちは目を輝かせて戦いの成り行きを見守るのであった。
少年「……なんか、男の時と違って他の人たちの見る目が違うんだけど、なんなんだ一体?」
団員C「今頃になって、あなたたち二人の魅力に気がついたんでしょ。ま、それを言ったらあたしもそうなんだけどね」
少年「ふ~ん。ま、実力を認めてもらえるならなんでもいいけどな。それより、さっさと俺の方の試験を始めようぜ!
こっちは、ずっと待たされて我慢の限界なんだ!」
団員C「あらあら。堪え性のない男の子は嫌われるわよ」
少年「そうか? そう言ってる割にはお姉さんの方も早く戦いたくてウズウズしてるみたいだけど?」
団員C「ふふっ。やっぱりわかるのね。そうね、確かに少し気分が高揚してるわ。あなたの相方があまりに魅力的な戦いをしたものだから、アテられちゃったかもね」
少年「へえ……そいつは嬉しいな。あいつは俺の自慢の相棒だからね」
団員C「ええ。だからあなたにも期待しているわ。口ぶりから察するにあの子よりも強いという自負があるんでしょう?
そんな相手に指名してもらったんだもの。燃えない方がオカシイと思わない?」
少年「へへッ! そりゃ、ごもっともで」
前座を務めた二人と入れ替わるように舞台へと降り立った二人はそうして静かにそれぞれの獲物を構える。
弓と剣。互いに得意とする間合いの違う武器。それは互いの間合いに入れば勝負が一瞬でついてしまう可能性を秘めている。
おそらく、初手の選択をより早く掴み取ったものこそが勝負を決める。もしくは、その後の戦いを有利に運ぶことになる。
団員C「さて、試験を始める前にあたしの方も改めて自己紹介をさせてもらうわ。
あたしは女弓使い。《祝福の鐘》の一員であり、あなたの試験官を務める相手よ」
団員C改め、女弓使いは少年に向かってそう告げる。それを聞いた少年は頬を緩ませて陽気な笑みを浮かべた。
少年「おう! よろしくな! 言っとくけど負ける気はないぜ!」
女弓使い「言うわね。けど、こっちもそう簡単にやられるようじゃメンツが立たないのよ。悪いけど少し痛い目を見てもらうわよ」
少年「上等! やってやろうじゃねえか」
戦いの前口上はこれにて終わり、二人は静かに口を閉じる。先ほどの男の試験と同じように戦いの空気を察した全員が沈黙する。
世界から音が消える。肌を撫でる風の音すらも消え去った。
戦いの始まりを見守る誰かが唾を飲み込む音がどこからともなく小さく響き渡る。それが始まりの合図を告げた。
女弓使い「行くわよ!」
戦いの始まりを雰囲気で感じ取った二人は同時に動き出した。しかし、二人がそれぞれとった行動は観衆の予想外なものであった。
男「あっ!? 馬鹿ッ!」
女弓使いと少年の最初の一手を目にした男は反射的に愚痴を零した。それは、少年が取った行動が悪手だったからである。
開始と同時に少年は女弓使いから距離を取ろうとした。遠距離からの攻撃が初手に来ると思っていた彼は一瞬でも多くの時間を回避に使い、弓を番える僅かな時間差を見計らい接近戦へと移行しようと考えたのだろう。
しかし、女弓使いは弓に矢を番えることはなく一直線に少年に向かって突っ込んできた。遠距離を間合いに持つと思い込んでいた少年にとって、彼女の行動は予想外であったはずだ。
少年「くそっ!」
当てが外れたことに悪態を付きながら回避のために後方へと跳躍した少年は着地と同時に接近する女弓使いへと対抗するために前傾姿勢を取る。だが、その時には既に彼女は少年へと攻撃を仕掛ける間合いに侵入していた。
女弓使い「弓使いだからって遠距離だけしかできないと思わないことね。接近戦もこっちはお手のものよ」
そう言って女弓使いは少年に接近する際に既に矢筒から抜き放っていた矢の柄を短く手に持ち、矢尻を少年に向けて突いた。
矢は射るものという考えが頭にあった少年はまさかこのような使い方をするとは思わず、予期せず防戦一方に追い込まれてしまう。
しかしながらそれでもどうにか連続して打ち込まれる攻撃をギリギリで避け、反撃とばかりに女弓使いの腕が伸びきった隙を突いて剣をなぎ払おうとする。
女弓使い「甘いわね……」
少年が剣を振るおうとしたその瞬間、伸びきった腕を巻き込むように女弓使いは身体を半回転させる。そして、左手に持っていた弓に先ほどまで突きに使用していた矢を番えると、今まさに剣を振るおうとしている少年目掛けて矢を射ち放った。
少年「チィッ!?」
既に斬撃のモーションに入っていた少年は咄嗟に上半身を捻り、射ち放たれた矢をギリギリのところで避けた……はずだった。
攻撃から回避のモーションに入る僅かな時間差により、完全に避けきれなかった矢は少年の頬を薄皮一枚裂き、タラリと真紅の血を口元に垂れ流した。
ジワリと頬に滲む痛みと熱。回避が間に合わなければ死に繋がったであろう一撃に少年の背筋が寒くなる。
女弓使い「今のに毒が塗られていたらその時点であなたの負けだったわよ」
いつの間にか次弾の弓を既に番え終え、己の最も得意とする距離へと移動した女弓使いは少年に向かってそう呟いた。
確かに、彼女の言うとおりこれが魔族を想定していた戦いであるのならば致死性、或いは神経を麻痺させるような毒が塗られていてもおかしくない。
そして、その一撃を食らった時点で勝敗は決している。つまり、この時点で三本制の試験の一本目は女弓使いが取ったと言えるだろう。
先ほどの男の試合では感じ取ることのできなかった魔族との戦いを想定した実戦。一瞬の油断が命を落とすということを身を持って体験した少年は俯き、その身体は震えていた。
そんな彼の姿を見て男は深い溜め息を吐き出す。何故なら、彼には今の少年の心境が手に取るようにわかったからだ。
男(あ~あ、火が着いちゃった)
半ば呆れた様子で顔に手を当てる男。そんな彼の予想通り、視線を上げた少年の表情は嬉々としたものだった。
少年「すげえ……すげえよ!」
少年の唐突な叫びに女弓使いを始めとした観衆一同は皆唖然とする。自信満々で出ていったにも関わらず、一撃も与えることなくあっさり一本を取られたことに少年が自信を失くしたと誰もが思っていたからだ。
少年「やっぱり、旅に出てよかった。ああ、そうだ。あんたの言うとおりだ! 今のが実戦だったら俺はあっさり死んでた。
あんたは、強い。少なくとも今の俺より……。
一本目は取られた。一撃もあんたに与えられなかった俺の完敗だ。
けど、残りの二本を俺が取れれば、少なくとも俺は一本目の時よりも強くなれるってことだよな!」
少年の告げる無茶苦茶な理論に益々皆は言葉を失う。確かに理屈の上ではその通りだ。しかし、女弓使いが伝えたかったのは実戦において二度目はないという事であったのだが……。
女弓使い「う、う~ん。伝え方を間違えたかしら? この子はどうにも人の話を聞かない傾向にあるみたいね。
……これじゃあ相方は苦労するわね」
殆ど本気で同情の眼差しを男に向ける女弓使い。その視線を受けた男は再び溜め息を吐き出しながら、こう告げた。
男「……はい、それはもう。
けど、覚悟しておいた方がいいですよ。こうなった少年は本気で言ってることを実行してきますから」
男の忠告を聞いた女弓使いは冗談でしょう? と言いたげに眉をひそめる。しかし、視線から外していた少年の方から突如として湧き上がる強いプレッシャーを感じ、咄嗟に臨戦体勢を女弓使いは取った。
女弓使い「……へえ。どうやら余計なことしちゃったみたいね。けど、やる気に満ちあふれたくらいで実力がすぐに変わるんなら誰だって苦労しないわよ?」
試験の二本目を始めるため、少年と女弓使いは再び視線をぶつけ合う。先程までと違う点があるとすれば、それは少年の全身から放たれる燃え上がる闘争心だろう。
少年「へへっ……。我ながらアホなことを考えてたぜ。
男との模擬戦で、動きが単調だとか言われてたからちょっと気になって、いつもと違う行動を取っちまったけど、ゴチャゴチャと小難しいことを考えながら戦うのはやっぱり性に合わねえや。
そういうのはあいつに考えさせりゃいい。俺はただ、その場の判断で戦うだけだ!」
男「……ハァ、あの馬鹿。やっぱり、朝の件を気にしてあんな行動を取ったんだ」
少年「行くぜ、今度こそ本当に全力全開だ! さっきまでの俺と同じと思うなよ!」
女弓使い「ふふっ。威勢がいいのは結構だけれど、口だけの男にはならないでね。こっちは、さっきの一戦であなたに対する評価がすっごく下がってるんだから」
少年「なら、後の二戦でその評価を覆してやるよ!」
女弓使い「それは楽しみね。それじゃあ、試験の続きを始めましょうか」
再び二人は戦闘態勢へと移行する。先程までと変わらない始まりまでの静寂。しかし、対峙する二人から発せられる空気はより重くなった。
少年「……」
女弓使い「……」
まるで二人の間で交わされる視線から火花でも散るようにジッと互いを見つめる少年と女弓使い。
しばしの時を経て一戦目と同じように同時に動いた二人。その行動は先刻と違い、今度は逆のものとなった。
少年は凄まじい力による踏み込みで女弓使い目掛けて飛び込んだ。対して、女弓使いは番えた矢を自らの間合いに飛び込んでくる獲物めがけて構え、照準を合わせる。
女弓使い「……残念だけれど、一度下がった評価はこのまま変わらないみたいね」
小さくそう呟き、引き絞った弦から手を離す女弓使い。最小の動作で、一切の無駄を削ぎ、完成された美しい一射。あまりに自然に放たれたそれは吸い込まれるように少年の身体へと向かっていく。
女弓使いの指から離れた矢が少年へ接触するまで僅かに数秒。既に前へと重心を向けて閉まっている少年に回避は不可能。
だが、元より彼の脳内にはこの一撃を避けるという考えはなかった。
少年「しゃらくせえ!」
気合の入った掛け声と共に勢いよく右手を前方へと少年は突き出した。すると、彼の手の先から光と共に掌ほどの大きさの火球が生み出された。
それは、今朝。少年との訓練の際にも出していた一撃であった。そして、この一撃は予期せずしてこの場にいる少年以外の全員の意表を付く形となる。
女弓使い「なっ!?」
あまりに予想外な出来事に女弓使いは今が戦闘中だということも忘れて反射的に間抜けな声を漏らしてしまう。それは、他の団員たちも同様。
少年が今発動させた魔法はギルドに所属する魔法に精通するものであれば誰しもが発動することが可能な低級魔法である。その魔法事態にさして驚く要素はない。
彼らが驚いたのは魔法の発動の仕方である。通常、魔法の発動には魔法紋と呼ばれる紋様が必要とされる。
それは、正しい形を描けるものであれば媒体などは問わない。紙に描くのも、石に描くのもだ。
だが、戦闘中にそのような媒体を用意して描いている暇などありはしない。だからこそ、彼らは己の体に宿る魔力を用い、それを指先に集めて宙に描くことで魔法というものを戦闘の際にも使えるようにしているのだ。
だが、媒体は問わない魔法にもひとつだけ弱点が存在する。それは、どれほど簡単な魔法でも必要とされる紋様を描かなければ発動しないということである。
それこそ、小さな火を灯す程度の紋様であれば円を描き、文字を一つその中心に描けば発動する。……しかし、この程度の魔法ですら紋様がなければ魔法として成立しない。
それはこれまで世間一般、誰もの共通認識であった。だが、それは実際に紋様なしで魔法を発動させて見せた少年によって壊されることになった。
魔法の発動により放たれた矢は一瞬にして火球に呑み込まれ、そのまま女弓使いの元へと飛んでゆく。
予期せぬ事態に一瞬思考が空白になっていた女弓使いは、すぐさま意識を切り替え、その場から離脱。その後すぐに火球は先ほどまで女弓使いが立っていた場所を通り過ぎ、その後方にある地面にぶつかった。
地面にぶつかった火球は大きな音を周りに響かせ、自らを構成していた炎の欠片を周りに散らした。ヒラヒラとまるで花びらのように散っていく欠片たちはそのまま虚空へ消えていった。
少年「逃がすか!」
少年の一撃を避けた女弓使いを逃すまいと、すぐさま追撃を仕掛ける。風を切りながら接近する少年に、それまでは感じなかった焦燥感を僅かに抱きながら女弓使いは次の矢を弦に添える。
一、二、三。滑らかな挙動で射ち放たれた三本の弓矢が少年を襲う。
もはや模擬戦の枠を超えつつあるこの戦闘。命のやり取りをしていると実感が少年の胸をヒリヒリと焦がす。
少年「……最高だ」
最初の一本目を紙一重で回避。続く二、三本目を手にした剣の切り払い、切り返しにて柄を切断。二人の間を邪魔する障害はとうとうなくなり、ついに少年は女弓使いの懐へと接近する。
女弓使い「――ッ!? まだよ!」
しかし、懐に接近されながらも女弓使いは咄嗟に取り出した一本の弓を手に持ち、一戦目と同じようにその矢尻を少年の眼前へと突き出した。
少年「その攻撃はもう見飽きたぜ!」
だが、少年は女弓使いの動きを既に見切っており、矢を持つ女弓使いの腕を空いた片方の手で握り、横へと逸らした。そして、剣を女弓使いの喉元へと突きつけるのだった。
少年「……うしっ! 一本取った。さて、これで互いに一本ずつだ。仕切り直しの最後の一本も取らせてもらうぜ」
文句の付けようのないくらい見事に一本を取った少年にその場は少しの間静まり返った。そして、しばしの時を経て彼をたたえる歓声と拍手が響いた。
男槍使い「お~お~。最初はどうなるかと思ったがあっちの坊主もやるじゃねえか。
こりゃ、いよいよ真剣に考えないといけねえかもな」
今の一戦を見ていた男槍使いは意味深な言葉を呟いた。そして、それを隣で聞いていた男はその発言を不思議そうに感じていたが、ひとまず今の戦いで互いに試験をパスしたことに安堵し、ホッと一息付くのであった。
少年「お~い、男。やったぜ! これで一応試験は合格だ~」
女弓使いから剣を引いた少年は、まだ最後の一戦が残っているにも関わらず、男のもとへと駆け寄りニコニコと陽気な笑みを浮かべていた。
男「もう……あんまり心配させないでよ。だいたい、なんだよあの一戦目。少年は考えて戦うタイプじゃないんだから、いつもどおりにすればよかったのに」
少年「いや~そりゃそうなんだけどさ。どうしても朝のお前との一戦が頭に残っちまってて」
男「にしたって、こんな大事な試験の本番でいきなりやってうまくいくわけないだろ? あれだって普段の訓練と一緒で反復練習して習得するものなんだから」
少年「だよな~。反省、反省」
男「それで、まだ最後の一本が残ってるけどどうしたんだよ? 早く行ってきなよ。向こうはもう準備を終えて待ってるよ」
少年「いや、それなんだけどさ。ちょっと、相談があって。耳貸せって」
男「なんだって言うんだよ……もう」
少年「あのな……」
そうして少年は男の耳元に口を近づけ、周りに聞こえないような小さな声で何やら相談事を口にした。
男「……え~。ホントにやるの? 失敗する可能性の方が高いと思うよ、それ」
少年「いいって。どうせもう試験はパスしてんだ。向こうもさっきの一戦でよりこっちの動きを警戒してくるだろうし。
そんだったら、駄目で元々相手の予想もつかないようなことすりゃいいんだよ。
それに、やっぱり魔法の件は皆驚いていたみたいだったし」
男「そりゃそうだよ。あんなの少年以外にできないって」
少年「よしっ! そうと決まれば最後の一戦行ってくるわ。大船に乗った気分で見てろよ!」
男「はい、はい。頑張ってね」
男の元を離れ再び女弓使いの元へと戻った少年は小悪魔的な表情を浮かべ、彼女と対峙する。
女弓使い「さっきは見事だったわ。下がった評価も元通り。いえ、もっと上になったかしら」
少年「そっか、よかったよ。なら、最後にその評価をもっと上げて終わりだな」
女弓使い「ふふっ。何か考えがあるみたいね。楽しみだわ。あたしをもっと楽しませてちょうだい」
少年「おう! 任せろって」
そうして、最後の一戦が始まった。
だが、この一戦だけは先の二戦と違い、一瞬にして決着が付くことになった。
女弓使いはそれまで試験ということである程度力を抑えて戦っていたのか、それまでは行なわなかった弓矢を三本一気に弦に番えて連続で発射。数秒の間にそれを三度行い、合計九本の弓矢が四方八方から少年の体目掛けて射ち放たれた。
だが、少年はそれを迎撃も、回避する素振りも見せずその場に留まり、己のウチに存在する魔力を練り上げていく。
強大な魔力は一瞬にしてその密度を濃くした。それはまるで竜巻のように魔力の渦が少年の身体の周りへと走り、通常は目に見えない魔力を形作るほどだった。
少年「よっしゃッ! 行くぜ!」
魔力を練り終えた少年は片手を勢いよく空に向かって掲げた。次の瞬間、彼の周りの地面が大きく隆起し壁となり、襲いかかる弓矢を全て防いだ。
それだけではない、少年の身体を守る壁が生まれると同時に大気中に火と水の塊による槍のようなものがいくつも生み出されたのだ。
これにはさすがの女弓使いも、この現象を見ていた他の全員も思わず口を開けて呆けていた。
少年「くらえ! これが正真正銘今の俺の全力全開だ!」
少年の言葉を号令とし、火と水の槍が女弓使いへ向け飛び立った。
これには抵抗など無駄だと悟った女槍使いはどうにかしてこれを避けようと全力疾走でその場から離脱した。
だが、悲しいことに圧倒的物量の前には回避も意味なさず、気づけば前後左右を魔法によって作られた槍に囲まれ、頭上には残った槍が敗北の宣言を待つように待機していた。
複数の魔法の同時発動。魔法使いですらその発動をするには相当な修練が必要な事をぶっつけ本番で成功させてしまった少年。その才覚は本人が天才と自称するだけのことはあった。
矢を防いだ土の魔法を解除させ、女弓使いの前へとゆっくりと近づいた少年は満身創痍の状態で彼女にこう告げた。
少年「ぜーはー、ぜーはー。し、しんど~。でも、これはどう見ても俺の勝ちだよな?」
女弓使い「……呆れたわ。あなたデタラメにも程があるわよ。そうね、素直に負けを認めるわ」
宣言通り一本目の敗北から二本連続で女弓使いとの戦いを制した少年は、女弓使いを捉える魔法の槍を解除すると、身を震わせその場で飛上がり、喜びの叫びを口にした。
少年「よっしゃああああああああ! 勝ったぞ! 見たか男! ちゃんと有言実行を俺はしたぞ!」
ピョンピョンとその場にて何度も跳ねながら男に向かって大きく手を振る少年。先ほどまで満身創痍でしゃべるのもやっとであったにも関わらず、疲労を感じさせないその体力馬鹿っぷりに呆れながらも男は少年に向かって小さく手を振り返した。
ひとしきり喜びを顕にした後、少年は女弓使いに向かって手を伸ばし、互いの健闘を称えるための握手を求めた。
女弓使いはこれに快く応え、ギュッと力強く少年の手を握り返した。握手を終え、二人一緒に戦いを見ていた団員たちの元へと向かっていく。
だが、この時既に団員たちは男の周りを包囲して逃げ場をなくし、こちらへ向かってくる少年もまた同じように取り囲もうと考えていた。
試験は終わった。しかし、団員たちには次なる戦いが残っている。
そう、パーティーへの勧誘である。
誰もが目を血走らせ、我先に有望な新人に手をつけようとその時を待っていた。そうとは知らない少年はのんきな様子で男の元へと向かっており、なんとなく事態を把握した男は無駄な抵抗はすまいと考え、諦めたように肩を落としていた。
そして、団員たちの元へ少年が到着し、争奪戦が開始されると誰もが思った瞬間。予想外な出来事が彼らの前で起こった。
女弓使いが少年の身体を己の胸元へと抱き寄せて確保し、男の隣に立っていた男槍使いが彼の手を引いて団員たちの輪から抜けだし、少年を確保した女弓使いの隣に並んだのだ。
男「えっ?」
少年「なんだ、なんだ?」
困惑した表情を浮かべる男と少年。それから団員たち。そんな彼らに向けて男槍使いと女弓使いはこう告げた。
男槍使い「いや~今まで固定のパーティーを組んでこなかった俺だけど、さっきの一戦で決めたわ」
女弓使い「どうも男槍使いもあたしと同じ考えだったみたいね。人数もちょうどいいし、宣言するわ」
男槍使い「俺たち」
女弓使い「あたしたち」
男槍使い・女弓使い「この子達とパーティーを組む!」
少年「……」
男「……」
団員たち「……」
男・少年・団員たち「ええええええええええぇぇぇぇ!」
こうして、無事少年と男はギルドへの加入を終えた。そして、その中で予想だにしなかったパーティー成立という出来事も同時に起こった。
彼らの物語はこうして始まりを迎えた。今はまだ名も無き戦士たち。自らの力で卵を割り、雛となった二人の少年はこの場所からゆっくりと成長していくのであった。
?「ある男の記録」episode Ⅰ 「少年と男」――完――
今回はここまでで。次から二話目に入ります。
若いくせしてタイマンでは無双してる子ども達か、ギルドメンバーが受けるであろう影響を思うと胸熱
次回以降は魔族にも出番があるとな
前置き読む限りでは(人の側にも事情はあれど)被害者っぽいだけに期待
>>76
二人ともそれぞれにある程度の力はありますが、それでもまだいろんな面での未熟さがこれから目立っていくことになります。
癖のある二人なので、彼らの周りにいる人間などは必然的に色々な影響を受けることになりますね。
まだ本格的に魔族との関わりが出てくるわけではありませんが、その一端との関わりが次の話の主軸になる予定です。
前置きの内容に関しては今後話を進めていけばいずれわかる内容になるので書きませんが、どう判断するかは読者次第になりますね。
深い闇に包まれた森の中、疾走する影が二つあった。ドン、ドンと地面を深く踏み込み地響きを聞かせる低い影と、タッタッタと軽い足踏みでその後を追うもう一つの影。
二つの影は今、光に満ちた後方からの追跡者より逃れようとしていた。
なぜこうなったのかと影は思い返す。いつものように狩りに出かけ、獲物を仕留めて家路に帰ろうとしていたところ、自分たちと同じように獲物の到着を待ち構えた狩人たちに見つかり、こうして今に至っている。
もうどれくらい森の中を走り続けていたのかも分からない。暗くなった森は夜目の聞く影達にとってももはや普段見慣れた場所ではなくなり、自分たちが今どこを走っているのかさえ曖昧だ。
?「ハッハッハッハッ」
乱れる呼吸を必死に整え、歯を食いしばって前へと進み続ける。少しでも足を止め、振り返ったらもう逃げ場無い。すぐさま敵に取り囲まれて捕らえられてしまうだろう。
?「もういい! ワタシ、一人。オマエ、向こう!」
片言の人語を操り、前を進む大きな体躯の影にそう告げる小さな影。だが、その言葉を聞き入れようとしないのか、巨大な影はブンブンと首を振るのみで離れようとしない。
夜空を照らす月明かりが薄らと森へと射し込む。その光に映された二つの影は、一人の少女と巨大な熊だった。
いや、少女というには少し誤解がある。その少女は一般的な人間と違い、本来あるべきはずの場所に耳がなく、代わりに頭部の左右からピョコりと可愛らしい獣耳が生え、ふさふさとした尻尾も生えている。
明らかに人型に近い魔族。だが、明るい場所に晒されればわかるが、少女はどちらかといえば人に近い魔族というよりは魔族に近い人という表現の方が正しいだろう。
?「どうして言うこと聞いてくれない!? このままじゃワタシタチ捕まる!」
追跡者の狙いが自分であるということを確信している少女は前を走る熊へ必死に別れるように訴える。だが、熊はブンブンと首を振り、否定するばかり。
そんな熊の態度を心の奥底では喜ばしく感じながらも、やりきれない思いで少女の胸はいっぱいになる。このままでは二人とも捕まるのは目に見えている。
それだけならばまだいい。問題は向こうの狙いが少女だけなため、最悪彼女の目の前で自身にとって大切な家族であるこの熊が殺されてしまうことだ。
?(そんなこと……ゼッタイさせない!)
別れることで生まれる悲しみを今だけ必死に押し殺し、少女は走りながら自身の持つ特性を発動しようとする。もはや僅かな記憶しか存在しない両親の片割れから引き継いだ獣化現象。
人の身体から変体することにより、自らの肉体機能の限界値を超え、より上昇させる特性だ。
獣の体になれば、今よりも速く走ることができる。そうすれば一緒に逃げている家族を振り切り、追っ手を誘導することもできるはず。
そう考えた少女はその特性を発動させようとした。
……しかし。
熊「ガウッ!? ギャヒィッ!」
突如、前方を走る熊が悲鳴を上げて歩みを止めた。いや、正確に言えば止めさせられたのだ。
彼の足首には後方から射ち放たれたであろう弓矢の矢尻が深々と突き刺さっていた。それはちょうど腱を貫いており、もはやそれぞれ追ってから逃げることは叶わないという事実を淡々と少女に突きつけるのだった。
何故? どうして? やり切れない思いが、茨となって少女の胸に突き刺さる。
足音が近づく。狩人がやってくる。逃げなければならないのに、一向に足は動かない。もはや自分が追っ手を誘導したところで身動きの取れなくなった家族は遅かれ早かれ衰弱し、この森に住む住人に食されることになるだろう。
気がつけば少女は歩みを止め、特性を発動させることも忘れて呆然とその場に立ち尽くしていた。
様々な感情が胸中に入り乱れる。……決断は数秒で下した。
?「コイ! こっちだ!」
最愛である家族。幼少時から長い時を共に過ごした熊に別れを告げ、追っ手を自分の元へと誘導する。
後ろ髪を引かれる思いではあった。しかし、振り返りはしなかった。どうせなら、これまで過ごして来た森の者の糧に……。
同じ犠牲ならば自分たちをこれまで生かしてくれた森へ彼を捧げようとの思いからの下した決断であった。
狩人も元より少女にのみ執着していたため、同行していた熊のことは特に気にかけず、先ほどより更に速度を上げた少女を逃すまいと必死にくらいつく。
少女は走る。月明かりのみが照らす闇の中を。
二本足から四本足。ざわめく肌に沸き立つ深々とした毛並み。先ほど中断された獣化が始まる。
木々の隙間を通して伝わる明かり。闇から光へ、光から闇へ。異なる世界を通り過ぎる度、まるでコマ送りのように少女の姿は人から獣へと変貌する。
そして、その姿が完全に獣のそれへと変わったとき、森獣と化した少女の雄叫びが響き渡った。
別れの悲しみとこれから先、一人でも強く生きるという強い意志のこもった叫びは、彼女を追う狩人には理解されず、ただ一頭の愛した家族にのみ正しく伝わるのであった。
◇
男槍使い「馬鹿野郎! お前、これで何回目だ! これまで何度も俺が注意してきたことを全く理解していないのか!」
夜も更け始めた頃、今日一日良いことも悪いこともあった者全員が気持ちを切り替え明日を迎える景気づけにと飲めや騒げやのお祭り騒ぎを繰り広げていた酒場に水を差す厳しい怒声が湧き上がった。
いや、正しくは外から持ち込まれたというべきである。
声と共に一人の少年が酒場に勢いよく転がり込んできた。場の空気は一瞬静まり返り、その場にいたほとんど全員が「またか」という表情で騒ぎの行く末を見守っていた。
ここは野良猫の溜まり場。冒険者や旅人、商人など多種多様な目的と生き方を持った人間が集まる仮住まい。
その名の通りここには自由気まま、己の思うがままに生きているような人間が多く集まりはする。しかし、ある意味自由気ままという自己主張激しい人間が集まれば時に意見が合わない相手とぶつかり合うのもまた必然。
彼らにとってはこうしたやりとりは見慣れたものではあるが、その内容が全く同じで繰り返されるのは珍しかった。
一度衝突があれば、本音はともかく多少なりとも建前を持って互いに相手との線引きをしてなるべく怒りのラインを超えないようにするはずだ。
だが、実際に今目の前で繰り広げられているこのやりとりは少なくともこの一ヶ月でもう三回目になる。いつもこの場に立ち、最初からこの状況を見ている主人に至っては既に五回目だ。
外から中へと吹き飛ばされてきた一人の少年に続き、彼と共にパーティーを組む一人である男槍使いはこめかみに筋を浮かべながら中へと入る。
男槍使い「痛いか? でもまあ、しょうがねえよな。文句も言わず、やり返してもこないってことはこれが理不尽な痛みじゃないって自分で分かってんだろ?
ったく、とんだ誤算だ。問題児かと思っていたあいつは思っていたよりも普通で、理解がよくて大人びていると思っていたお前の方が真の問題児だったなんてな」
言葉の端々に呆れた様子を見せ、怒りをどうにか言葉にすることで発散して平常心を取り戻しながら四つん這いの状態で床を見つめる少年、男を諌める男槍使い。
そんな彼らの後を追うようにゆっくりと男の親友である少年と彼らとパーティーを組む最後の一人である女弓使いが姿を現した。
女弓使い「ちょっと、やりすぎよ。いくらなんでも殴ることはないんじゃない?」
男槍使い「馬鹿! こいつらは試験に合格してウチに入ってもうどれだけ経つと思ってるんだ!
二ヶ月。二ヶ月だぞ! 新人扱いはまだ当分続くにしろ、『冒険者』としての心構えくらいはしっかりしてもらわねえと困るんだよ!」
女槍使い「そりゃ~あたしだってそう思うけど」
男槍使い「なら、今回ばかりは黙っててくれ。今まではお前にはお前の考えがあるからと思って敢えて踏み込んだ事を言わなかったが、さすがに我慢の限界だ!
この際だからハッキリと言っておく。いいか、依頼に関わった魔物は絶対に殺せ! これは俺たちのためでもあるんだ!」
男槍使いの言葉を聞いた男はガバッと勢いよく顔を上げ、何かを言いたげに視線を彼にぶつけたが、いつものように男槍使いはここで折れようとはしなかった。
男槍使い「今まで俺たちでパーティーを組んで依頼を何度行った? 少なくとも十はこなしたな。
その中でも近隣の村に現れた魔物を退治したり、荷物の護衛の際に現れた際にも撃退した。魔物が生み出す貴重素材のために狩りにも出かけた。
だが、お前は誰かに被害を出した魔物以外は手にかけようとしなかったな」
男「それは……ッ! それは、魔物……いや魔族の中にだって穏やかに過ごしていたいと思うものはいるはずだって思うから!
必要と確実に言える相手以外の犠牲を出せば向こうだって仲間を殺された恨みを抱いたままになるって思ってるから!」
男槍使いにようやく言葉を返した男の持論をその場にいた全員が冷めた様子で聞き流していた。最初は笑い話として流せたこの話も、こうも続いてはもはや興ざめにしかならない。
男槍使い「確かに……魔族の中には人と意思疎通ができる言葉を話せる個体もいる。だが、多くはそうじゃない。本能のまま生きる魔物がほとんどだ。
逆に聞くがお前は暴れる牛や馬がいてそいつらにやめてと叫んで通じると思うか? その日初めて会った相手だとしてだぞ?
無理だよな? つまりはそういうことだ。仮にお前の言うことが正しいとして、被害を出していない魔物を見逃したとする。
だが、そいつが殺された仲間の敵だと言ってこっちの仲間や依頼者、村を襲ったらどうする? その時お前は被害を被った相手に「認識が甘かった。あの魔物は自分が過去に見逃した」とでも言うつもりか?」
男「それは……」
男槍使い「……お前が人一倍命を大事にする奴だってのはこの二ヶ月でよく分かった。けどな、それは魔族に対してまで向けるものじゃない。
本当に必要なことは何かもう一度しっかりと考えろ。優しさは戦いの場では自分たちに辛い結果ばかりもたらすことになるぞ。
それに、お前がそんなことで潰れるには惜しいと俺は個人的に思っているんだ。
殴ったことに関して謝る気はない。こればかりはお前が悪いからな。
今日の仕事はこれで終わりだ。明日、明後日の休みの間に今俺が言ったことをよく考えておけ」
そう言い残し、男槍使いは女弓使いと共にその場を去った。周りはこのやりとりの終わりを見届けると、何事もなかったかのようにまた騒ぎを始めた。
そうして再び俯き、落ち込んだ様子を見せる男。そんな彼にこれまで一言も言葉を発せず、傍観者に徹していた少年が男に向かって手を差し伸べた。
少年「な~に、暗そうな顔してんだ。ちっとも自分の意見を曲げる気がないくせしてへこたれた様子なんて演じたってしょうがねえだろ。
ほら、早くメシ食おうぜ。俺腹減りすぎてもう限界」
それまでの険悪な雰囲気や、男の漂わせる暗い気配を吹き飛ばすように陽気な態度を見せる少年。
そんな彼にちょっぴり拗ねた様子で文句を言いながら差し出された手を握り締める男。
男「演技ってなんだよ。これでも結構反省してるんだよ?」
少年「はい、はい。反省、反省。改善点のない反省は反省とは思えないんだけどね?
どう? お前のマネ。結構似てんだろ」
男「少年~」
少年「なんだよ、事実だろ? お前って昔っからそうだよな~。物分りがいいって思わせといて、一度自分がこうと決めたら何言われようが意見を変える気がねえ。
変に負けず嫌いっていうか……俺から言わせりゃ知的な人間の皮をかぶった、ただの馬鹿だろ」
男「……あ~そうだね。うん、返す言葉もないよ」
少年に引っ張られ、カウンター席に座った男は再び黙り込んで下を向く。そんな彼の横顔を見つめながら少年を溜め息を一つ吐き出し、
少年「おっちゃん! 俺たちに美味いメシ二つ! それはもう一日の疲れも、嫌な気分も吹っ飛ぶようなやつな!」
主人「ったく、さっきの騒ぎでいつもうるさいやつも少しは静かになると思いきや……」
少年「なんだよ。俺は別に怒られるようなことはしてねーし」
主人「わかってるよ、んなこたぁ! おい、男。おめえもいつまでもしょげてねえで、さっさといつものようになりやがれ。
せっかく腕を振るって作る料理もそんな暗い顔して食われちゃ作りがいがねえ! メシ時くらいは何も考えないでただ手と口を動かして旨いか不味いか口にすりゃいいんだよ!」
男「ははっ。そんな無茶苦茶な……でも、ありがとうございます。そうですね、さっきの件についてはまた後で考えさせてもらいます」
主人「おう、そうしろ。んじゃ、ちょっと待ってな。すぐに精のつく料理を作ってやるからな」
男「はい! お願いします!」
少年「腹ペコなんだ。早めに頼むぜ!」
主人「わかったからお前は身を乗り出すな!」
店主の言葉でようやく明るい表情を見せるようになった男。そんな彼を見て少年がようやく一安心と言った表情を見せる。
少年「しっかりしてくれよ、相棒。俺の目指す場所はまだまだ先なんだ。こんなところでもたついていたら置いてくぜ」
男「……わかってるよ。でも、僕は少年に付いていく装備品になるつもりはないよ?」
少年「わ~ってるよ。俺も人の顔色伺って自分の意思がないような相棒は願い下げだ。さっきの件だって俺が口を出さなかった理由は分かってんだろ?」
男「うん。僕の言っていることにも理解を示してくれてるからだよね」
少年「ああ。ま、なんだかんだで俺もまだガキだからな。男槍使いの兄ちゃんの言うことが正しいってのはわかる。けど、お前の言っていることも昔っから聞いてたから理解できるんだよ。
どっちも正しいことを言ってる。けど、今俺たちがいるこの場所で優先される理屈は兄ちゃんの方だ。だけど、お前はその理屈を受け入れようとはしていない。
たとえ自分がどれだけ否定されて痛い目を見て、馬鹿にされようと……な。
それがお前の譲れない意思なんだろうし、俺にとっての目標である『勇者』になることと一緒のようなもんだ。
誰にだって譲れないもんがある。大人はそれに折り合い付けてうまくやるんだろうけどさ、いいじゃねえか俺たちくらいは一歩も相手に譲らなくたって。
なんせ、周り曰くガキだからな。大人になるまでは我慢してもらいたいぜ」
したり顔で言い放つ少年の意見を聞いて、思わず吹き出してしまう男。あまりの可笑しさに思わず腹を抱えて笑い声を上げてしまうほどだ。
男「あっはっは! なんだよ、それ。暴論もいいとこだよ!」
少年「けど別にやることはきっちりやってんだ。素材はちゃんと回収しているし、害をなしている魔物は殺した。
それ以外の魔物を見逃して、今のところは何もない。もし、何か起こったときにはその責任と罪を背負うってお前決めてんだろ?」
男「ああ」
少年「なら、俺はお前に何も言わねえ。実際に〝それ〟が起こったなんて仮定は起こってみないと分からねえしな」
男「もしもだけど、僕が全部放り投げて逃げ出したら?」
少年「そんときゃボッコボコに殴る。んで、その後無理やり連れ戻して責任をきちんと果たさせる」
男「そりゃ、怖いな。こんなちゃんとしたお目付け役がいるなら、心配はいらないね」
少年「どうだか? 案外お前は馬鹿の皮の下にもう一枚ずる賢い人間性が隠れ潜んでるかもしれねえからな」
男「わかった、わかった! これ以上はもう勘弁してよ!」
少年「仕方ねえな……。今から出てくるメシでチャラだ」
男「今日は迷惑かけたしね。これくらいで済めば安いものだよ」
いつもの軽快なやり取りが二人の間で交わされ、食事の支払いについての交渉が終わると、まるでそのタイミングを見計らったかのように二人の前に香ばしい匂いを漂わせる肉の固まりが差し出された。
香辛料と、果実で作ったソースに、ほどよく火で炙られた肉汁が混ざり、食欲を増進させる香りを放つ。
続いて差し出された焼きたてのパンと鍋から救われた野菜スープが目の前に置かれ、準備は万全。
主人「今出したこのソースはお前たちが初めて口にするウチの新作だ! たらふく食え! そんで今日は何も考えずに寝ちまえ!」
自信満々に差し出した料理の説明を店主がし、男と少年は待ってましたと言わんばかりに顔を見合わせ声を重ねる。
男・少年「いただきます!」
孤児院時代から続く、食事の際の決まり文句を口にし二人はさっそく肉にかぶりつく。
男「これ……は」
少年「まさか……」
肉の塊に噛み付いたまま動かない二人に、店主が頷きながら声をかける。
店主「おう、おう。うますぎて言葉も出ねえか」
だが、そんな店主の反応とは逆に二人は怒りの形相で彼に向かってこう言い放った。
男「店主さん、これ!」
少年「不味い! こいつ、中まで火が通ってねえじゃねえか!」
その言葉にあれ? と不思議そうな顔で肩をすくめる店主。香ばしい匂いのする食事の中身はまだ生であった。
何ともいい加減な仕事ぶりではあるが、その大雑把さがいい具合に働くこともあれば悪いことに働くこともある。
今回はどうも悪い方であったようだ。腹を好かせた二匹の子猫はメシ! メシ! と声を上げて再び肉が焼きあがるのを待つ。
こうして、今日もまた酒場に響き渡るいくつもの喧騒と共に夜が更けていくのであった……。
とりあえず今回はここまでで
和解できないなら潰し合うしかないじゃない! 魔族も、人間も! ですかわかりません
それはさておき、男は真面目で優しい熱血漢な一面も持ち併せているのか、乙
>>90
状況だけを見ればそうなりますねw
互いが互いの領土を奪い合っている状態が現状であり、人間側は印象操作で魔族=悪という認識が強いです。
一方の魔族はおとなしい種族もいますが好戦的な種族もまたいるため、自身や住む土地を襲う人間=悪と捉えているのがほとんどです。
ただ、こちらに投稿する文章は魔族を庇う男の心情や視点も入るので、人間=加害者、魔族=被害者のように見えるかもしれません。
そうですね、男は人間味あふれるキャラクターになればいいなと思って書いています。
◇
まだ日も昇りきっていない早朝。僅かな篝火が照らす街中を一人、歩く者がいた。
腰に剣を、ポケットに愛用のハーモニカを持ち、近隣の森へと向かうのは男。
昨晩、食事を終えたらさっさと寝ろと店主自身が口にしていたものの、周りの人々の騒ぎに巻き込まれたり、客から勧められた酒を口にして気を良くした店主や客たちに絡まれ、結局男は一睡もすることができなかった。
解放されたのはつい先ほど。いつも傍にいる相方の姿はそこにない。
なぜなら、普段は子供だからとまだ早いとギルドメンバーに禁止されている酒を、騒ぎに乗じてこっそりと頂戴し、ものの見事に他の酔っぱらいたちの仲間入りを果たしたからだ。
今頃は気持ちよく寝息をたてながら店中に転がる多くの死体の一部になっているだろう。
予期せず訪れた久方ぶりの一人の時間。孤児院時代から何をするのにも大抵の場合少年と共に行動していたため、買い出しなど以外でこうして一人で何かをするのは男にとって本当に久しぶりのことだった。
男(あの調子じゃ、今日一日は少年も動けないだろうな~。でも、こうして考えると僕たちって本当にいつも一緒にいたんだよね)
物心ついた頃より孤児院で共に過ごしていた二人。親がいないという境遇の中でも、孤児院を経営する女性や、そこに住む他の孤児たちと裕福ではないものの温かな家族関係を作ってきた。
そんな家族たちの元を旅立つこと早数ヶ月。今頃孤児院の人々はどうしているだろうかと考えているうちに、いつの間にか男は森へとたどり着いていた。
太陽はもう完全に顔を出している。それに合わせるように小鳥たちは鳴き声を上げ、静寂に包まれていた森の中は徐々に命の鼓動が多く感じられる世界へと変貌していく。
そんな世界の中へと男は進みだす。落ち葉や地面に転がる折れた枝などを踏みしめる。息を吸うと新鮮な朝の空気と、森が生み出す多種多様な生命を受け入れる包容力を全身で感じた。
奥へ、奥へ。目的もなく男は進む。すると、しばらく歩いたところで彼はある場所へと辿りついた。
男「へえ、これは……」
男が見つけたのはある一本の大樹。もっとも、その大樹は森に住む動物の仕業か、途中で折れている。
月日を経て刻まれた年輪。その半分以上がむき出しになったその大樹に、引き寄せられるように男は近づく。
もはや枝を伸ばすことも叶わない身になりながら、それでも力強い命の鼓動を感じさせる。
そんな大樹に男はおずおずと遠慮がちに腰掛けた。人心地つき、ふと周りに耳を澄ませば森からは様々な音が聞こえてきた。
そよ風が木々の間を通り抜ける。横を通り過ぎた風により揺らされた枝や葉は擦れ、寒そうに身を震わした。
木々の上にて羽を休めていた鳥たちは、不安定になったその場から安定した場所目指して飛び立ち、翼をはためかせる。
それぞれ単体だけでは、それはただの音にすぎない。しかし、それらがこの森という舞台に包まれているだけで、無数の音楽は一つに纏まった音楽となっていた。
自然が奏でる心地よい音楽に浸るため、男は目を閉じ神経を聴覚へと集中する。多種多様な生命が奏でる音の共鳴。種族も、生物学上の分類でさえも違う。それ以前に命のない無機物が奏でる音さえ存在する。
にも関わらず彼らが響かせる音は、それぞれぶつかり、共鳴し、心に染みる音色を作り上げている。
この森という普段男たちが過ごしている世界からある意味隔絶されたこの場所には、嘘、偽り、差別といったものは存在しないと男は考えていた。
この場所にあるのは唯々純粋なまでな〝自然〟。存在が持つ本来あるべき正しい姿だけがこの場所では反映されている。
一見、弱肉強食に見える世界でさえ結果を見れば巡り巡って全ての生物が互いに支えあっているのがこの世界なのだ。
そこには外の世界のように煩わしい縛りはない。あるべきものがあるべき姿でいられる。
魔族や人間なんて種族の違いで相手がどんな存在なのか決め付けなければいけないような価値観も存在しない。だから、男は森が生み出すこの独特の空気がとても好きだった。
そう、昔……彼が初めて魔族と出会ったその頃から。
いつの間にか、森の中に響く音が聞こえなくなっていた。シンと静まり返る世界。瞼を閉じたままの世界は未だ暗い。
しかし、男はそんな暗闇の世界でも自分の背後に立つ一つの気配に気がついていた。
目を開け、背後に立つ存在を確認しようと振り返る。だが、その動きは途中で強制的に止められた。
グイっと背後にいた存在に無理やり首を掴まれ、柔らかな感触のする部位へと顔を押し付けられる。幼少期から何度もこうして同じ目に遭ってきた男は、顔の見えない目の前の相手が一体誰なのか正確に把握していた。
男「……ちょっひょ、いんみゃしゃん」
豊満で、ふくよかな胸元へと顔を埋めながら自分を抱き寄せる人物の名を呼ぶ男。
だが、男にその名を呼ばれた当の本人は、年頃の少年が感じる気恥かしさによる反射的行動、至福の時間からの脱却を許そうとしない。
?「うん、うん。久しぶりね、男。抱きしめて感じたけれど、段々と大人の身体付きになってるじゃない。
……背も伸びた? 前に会った時はまだまだ小さな子供って感じがしたんだけどな~。やっぱり人間は成長速度が速いわね。少し会わないだけで別人みたいになっちゃうんだもの」
そう呟くのは一人の女性だった。彼女とすれ違う人間の視線を一人の例外も残さず奪う美しい肉体。ほどよく締まりながらも、異性だけではなく同性でさえも惹きつける魅力ある身体。
ややつり目がちな瞳は常に相手を誘っているかのように挑発的で、本人の癖なのかペロリと舌を舐める仕草が妙に艶かしい。それこそ、街などで己の身体を武器とし、生計を立てる遊女など足元にも及ばないほどだ。
露出度の高い胸元の大きく開いた服をその身に纏う女性。そんな彼女の最も特異な点は肉体の中でも特に後背部に存在する。
久方ぶりに再会した旧友、それとも弟分。もしくはそれ以上の感情を胸に秘めた存在と触れ合ったことで興奮したのか、普段は上手く隠している翼が服を突き破り背中から現れていた。
そのことに少し驚いた女性は、一瞬男を抱きしめる力が緩んだ。結果、その隙を見て彼女の抱擁から抜け出した男は顔を赤くしながら改めて彼女に再会の言葉を送った。
男「……久しぶり、淫魔さん。その……相変わらず大胆だね」
淫魔。そう呼ばれた女性は彼女を前にし、視線を泳がせている男を見てニヤリと小悪魔的な笑みを浮かべた。
淫魔「ふふ~ん。なるほど、なるほど~。男もついにそういうことを気にする年頃になったんだ~。
お姉さん嬉しいな~。ちょっと前までお姉さんの言うことならな~んでも信じて言うこと聞いていたチビッ子が、今じゃこの身体を見て欲情しちゃうような一人前の男の子になったんだもん。
……子供の成長を見守る親ってこんな気持ちなのね」
男「いや、違うから。なんだか勝手に解釈した考えを僕の本心みたいにしようとしてるけど、それ誤解だから」
淫魔「あれ? そうなの?」
男「そうだよ! というか、僕ぐらいの年頃だったら誰だってこういう反応するよ!
そもそも、さっきのだって抱擁が恥ずかしかっただけで別に欲情とかしてないからね!」
淫魔「へ~そうなんだ~。でも、確かに男はあんなくらいじゃ欲情なんてしないか。
サキュバスのあたしが相手だから、してもおかしくないかなって思ったりしたけど。
あっ! でも、今の男なら普通の人間の女相手なら並大抵のことじゃ動揺なんてしないわね」
そう言いつつ、遠い昔にあった出来事を思い出すようにぼんやりと宙を眺めはじめる淫魔。彼女の表情はそうし始めてからすぐに変化が起き始めた。
何かを悟ったような表情を浮かべ、しばらく感慨に耽った後、チラリと男と視線を合わせ、にっこりと微笑んだ。
たったそれだけで、男は彼女が何を思い出していたのかを理解し、先ほどの赤面など比較にならないほど顔を火照らせた。
淫魔「いや~あの時は楽しかったわね。男もあたしのことを『おねえちゃん!』って呼んでくれて慕ってくれてたし。あたしの言うこと鵜呑みにしてどんなことでも付き合ってくれたし……。
それなのに~一体いつからこんな理屈っぽい感じになっちゃったのかしら。
……やっぱり、エルフの影響かしら?」
男「……別に、今でも淫魔さんのことは慕ってるよ。ただ、さすがにこの歳で『おねえちゃん』呼びは恥ずかしいっていうか……」
淫魔「そうなの? 別にあたしは今でもそう呼んでくれて構わないのに。だいたい淫魔さんって呼び方他人行儀っぽくて嫌なのよね。
どうせなら、呼び捨てでも構わないわよ」
嬉々とした様子で男の反応を期待する淫魔。再会早々彼女のペースに振り回されっぱなしな男はここでようやく、これは本来あるべき再会の会話ではないということ気がついた。
男「……はぁ。なんというか、淫魔さんは相変わらず過ぎて調子が狂うよ。
というより、なんだか会話の調子がつい最近会ったばっかりみたいな感じだったけれど、僕たちが実際に会うのって二年振りくらいなんだよ?
冷静になってみれば色々と聞きたいこともあるんだけれど……」
淫魔「あれ? 前に会ってからもうそんなに経ったんだ。それじゃあ男もこれだけ大きくなるわね……」
男「急にしみじみとしないでよ。それに、そのくだりは既にしてるから」
淫魔「あちゃ~、バレたか」
男「バレバレだよ。ねえ、なんでまた急に会いに来たのさ。というより、どうやって僕の居場所を知ったの?
ここ前に僕たちが会っていた孤児院近くの森からかなり距離があるはずだけど」
淫魔「う~ん、どう? って言われても……。敢えて言えば男の匂いを辿って?」
男「なにそれ……。もしかして魔族特有の表現なの?」
淫魔「違うわよ。そうね……サキュバス固有の能力の一つと思ってくれればいいわ。
あ、それでどうして会いに来たかだっけ? 実はエルフが男が孤児院を出たっていう情報を手に入れてね。
もしよかったらあたしたちと一緒に暮らせないか聞いて見てってお願いされちゃったのよ」
男「えっ!? 僕が、みんなと?」
淫魔「そうそう。と言っても実際に暮らすのはあたしとエルフの二人だけどね」
男「あれ? 先生と、ゴーレムさんは? 今一緒に暮らしていないの?」
淫魔「あ~うん。まあ、ちょっと色々あってね。今、二人ともあたしたちとは別行動してるのよ。ゴーレムの方は月に一度くらいは顔を合わせたりするけど、狼男の方は年に一度顔を合わせればいい方ね」
突然の淫魔からの誘いに男は戸惑った。それは彼女の口から出てきた名前が彼にとってとても大切な存在であり、そんな彼らと毎日一緒に暮らせないだろうかと幼い頃に考えたことが実際にあったからだ。
エルフ、ゴーレム、そして狼男。いずれも男とは違い皆魔族だ。
……そもそも、何故男がこのような魔族たちと関わりがあるのかといえば、幼少期のとある出来事が切っ掛けである。
当時、同じ孤児院に住み、物心つく頃から互いを親友と呼べるほど今と同じくらい、いつも行動を共にしていた男と少年。
幼いながらも持ち前の身体能力の高さと常識外れな才覚を持っていた少年は、孤児院に住む者たちや、その近隣の村の子供たちにとってリーダーのような存在だった。
そんな彼と共に行動し、少年から親友と呼ばれる男ではあったが、残念ながら才気煥発な少年と違い、彼は至って平凡な子供だった。
少しばかり他の子供より頭が周り、趣味の読書で仕入れた知識を持ってはいたものの、子供時代にわかり易い明確な力関係を示す腕っ節などはないに等しく、いつも少年が提案する遊びと称した、そこそこ本格的な戦闘ごっこに付き合わされては泣いていた。
親友なのに自分とは全然違う高みに立つ存在。そんな少年の傍に誰よりも近く立てることが当時の男にとって誇らしいと思うと同時に、平凡な自分自身と比較して劣等感に苛まやされることもあった。
そんなある時、ふとしたことで喧嘩を起こした二人はいつもやっている戦闘ごっこで勝負をつけることになったのだ。
結果は言うまでもなく男の惨敗。この時初めて今まで少しずつ男が心の内に積み重ねてきた劣等感が一気に解放された。
彼の近くにいれば、自分は惨めになるだけだ。子供心に彼はそう悟ったのだ。
声をかけられても少年から距離を取り、遊びに誘いに来た彼から逃げた。しかし、所詮は子供。移動できる範囲などある程度限られており、どこかしらで遊んでいれば自然と二人は遭遇する。
それが嫌で、どうにか少年と顔を合わせないような場所を探していた時、普段は孤児院の院長たちに足を踏み入れることを禁じられていた近隣にある森のことを男は思い出したのだ。
魔物が出る森と言われ、孤児院だけでなく近隣の村の者たちですら滅多に入らない森。少年から逃げるため、訪れたその森で男は淫魔を含めた四人の魔族と出会ったのだった……。
男「……ねえ、淫魔さんは初めて僕と出会った時のこと覚えてる?」
淫魔「もちろん覚えてるわよ。それがどうかしたの?」
男「いや、確かあの時も同じようなことを言われたなって」
淫魔「あ~そういえばそうだったかも。確か、あの時は狼男の奴が聞いたんだったわね」
男「うん。先生が『なんだ……その、突然のことで驚くかもしれねえが、お前よかったら俺たちと一緒に暮らさねえか』って言ったんだよ」
淫魔「そうだった、そうだった。あいつったら顔真っ赤にして口にしたのよね。あれは相当恥ずかしかったんでしょうよ。
でも、男は『あの、ごめんなさい。僕知らない人について行っちゃいけないって院長先生から教えられているので』って断ったのよね。
それ聞いた時の狼男の顔ったら今思い出しても笑えるわ」
男「そう教えられたんだから仕方ないじゃないか」
淫魔「そうね、教えに忠実で素直な子供だったわ。それで? その話をするってことは今回の答えもダメってことなのね」
男が返事を口にする前に、彼の答えを予測し先に問いかける淫魔。その表情は少しだけ残念そうだが、元より彼の答えがわかっていたのかさっぱりとしたものだった。
男「ごめんね。僕にそう言ってくれる皆の気持ちはすごい嬉しい。僕がもし一人で孤児院を出て過ごしていたら喜んで一緒に暮らしていたと思う。
けど、今僕は一人じゃない。一緒に過ごしてる相方がいるんだ。
そいつは本当に凄いやつだけど、結構ヌケててさ。一人にしておくと危なっかしい面もある。
すぐに調子に乗るし、面倒くさがり屋だけど、僕はそいつに憧れてる。……本人には言えないけどね。
そんな奴が僕を相方と認めてくれて、孤児院を出るときに誘ってくれたんだ。自分と一緒に行かないかって。
嬉しかった。期待に応えたいと思った。けど、僕はまだ何も為せていないし、そいつの目標も達成していない。
僕ができることなんてそんなに多くはないけれど、少なくともそいつの夢を叶える手助けをしたいと思ってる。
だから、ごめん。少なくともそいつが自分の夢に手の届くところまで近づいたと判断できるまではその誘いには応えられないんだ」
淫魔「そう。その子ってもしかして昔言っていた男の子?」
男「うん、そうだよ」
淫魔「そっか~。せっかくの誘いを断られちゃったのは残念だけど、男が昔認めてもらいたかった男の子に実際に認めてもらえたのはあたしも嬉しいから、仕方ないと諦めるしかないかな~」
男「ホント、ごめんね」
淫魔「もう、男の子はそんなに何度も謝らないの。本当に申し訳ないと思うのなら行動で示しなさい。
昔、教えたでしょ?」
そう言って自分の頬をツンツンと指差す淫魔。
男「それ、絶対におかしいと思うんだけどな~」
淫魔「いいの、いいの。少なくともあたし相手ならね」
早く早くと急かす淫魔に、男は納得いかないと言った表情を浮かべながらそっと彼女に近づく。そして、淫魔の頬へ僅かに触れる程度の口づけをした。
淫魔にとっては挨拶程度にもならない行為だが、男にとっては見知った相手にするのはこれだけでも恥ずかしいのか行為を済ませると落ち着かない様子で手をもじもじと動かしていた。
それを見た淫魔は満足そうに笑みを浮かべていた。
淫魔「うん、うん。やっぱり男は最高ね。あと五年もしたらあたしにとって理想の男性になるわよ」
男「わかった、わかった。それ子供の時にも言ってたから。言われる身としては恥ずかしいだけだからもうやめてよ」
淫魔「恥ずかしがっちゃって、かわいいな~もう。
あっ、そういえばさっき聞きそこねてたんだけれど、その憧れの男の子の夢ってちなみになんなの?」
男「……えっ、と。『勇者』になること」
淫魔「……」
男「……」
淫魔「あちゃ~、そうなんだ。それじゃあ男が何度も謝るわけね。
『勇者』なんて実在してないけれど、そんなものを目指す手伝いをするって言うのはあたしたち魔族を殺すって言っているようなものだしね」
男「……うん。でも、僕はできるなら魔族とは仲良くしたいと思ってるんだ。
そりゃあ、魔族の中には悪い魔族もいるけれど皆みたいに人と仲良くしてくれる魔族だっているんだ。
人間にだっていい人間と悪い人間がいる。何も変わらないよ、魔族も人も。
だから、矛盾しているけれど僕は彼の夢への手助けをしても、魔族とも仲良くしたいし、できる限り争いたいと思わない。
やっぱり、変だよね」
淫魔「……そう? 別に変じゃないんじゃないかしら?
あたしたちも、今まで人間を殺してこなかったわけじゃないし。でも、こうして男と一緒に話をしたり、触れ合ったりしてるわ。
だから、きっと変じゃないわよ男は。むしろ、その考えを持ったまま成長してもらいたいわ」
そう言って男の頭を優しく淫魔は撫でた。相変わらず気恥かしさはあるものの、この時ばかりは男は抵抗を見せずにおとなしく彼女に身を委ねていた。
淫魔「……さて、と。男の返事も聞いたし、そろそろ帰ろっかな~」
男「えっ? もう?」
男の頭から手を離すと、ウンと背伸びをして淫魔はそう呟いた。そんな彼女との別れを名残惜しく思う男は、咄嗟にそう口にしてしまう。
淫魔「なあに? そんなにお姉さんと別れるのが寂しいの? 大人になったと思ったけれど、やっぱりまだまだ子供ね。
かわいい、かわいい」
男「……だって、仕方ないじゃないか。昔は毎日のように皆と会ってたけど、数年前から急に会えなくなったんだし。会えても一、二年に数回くらいで、それもあの森だけでだったんだから。
正直、旅を始めた時にもう会うことはないのかもって覚悟したりもしたんだよ」
淫魔「そっか~。でも、こうしてまた会えたんだからいいじゃない。すぐには無理だけど、他の皆もまた男と会いたいと思ってるし、こうして場所もわかったから会いに来るよ」
男「ホント? それじゃあ、今度はこの森がみんなとの出会いの場だね」
淫魔「そうね。けど、もしかしたら正体を隠してこっそり男の元に行っちゃうかもね。見た目だけならあたしと狼男は行けるでしょうし。まあ、エルフも顔を隠せばいけるわね。
ゴーレムは……お留守番ね」
男「さすがにそれは止めておいたほうがいいと思うけど……。僕一応『冒険者』の『ギルド』に所属してるから」
淫魔「大丈夫。スリルがあるほど女は燃えるから」
男「その理屈だと先生は無理ってことになるんだけどな~」
淫魔「そうね。その時はあいつも留守番ね。ま、あいつのことだから『なんで俺がそんなめんどくせえことを』とか言って来るのを嫌がりそうね」
男「うん。確かに言いそうだ」
いつの間にか、二人は自然と次に会う時の話をしていた。それがいつになるかもまだ分からないのにも関わらず。
魔族と人。外の世界では争う二種族が仲良く言葉を交わし、再会の約束をするという今の外界ではありえない光景がそこにはあった。
淫魔「そろそろ本当に帰らなくちゃいけないな~。実は今日エルフに黙ってこっそり抜け出してきたのよ。
男に話をするように言ってと頼まれてたけど、そのことについてはまた後日話をするって言ってた矢先に我慢できなくてこうして足を運んじゃったから。
あ~あ。きっと怒ってるだろうな~。あの子ってば怒ると説教が長いから嫌になっちゃうわ」
男「ご愁傷さま。エルフさんは怒らせると怖いもんね」
淫魔「けど、素直に帰って来ない方が怒る度合いが高くなるから、今日はおとなしく帰るとするわ。本当は久しぶりに人の街をうろつきたいんだけれどね」
男「そうしなよ。僕も淫魔さんが来なかったら、もう少ししたら帰るつもりだったし」
淫魔「う~ん、でもな~。どうせなら帰る前に一曲聞いて帰りたい!
ねえ、男。いつもの奴一曲吹いてよ」
男「ええっ!? やだよ……恥ずかしいよ」
淫魔「いいじゃない。久しぶりに男の曲が聞きたいのよ」
男「久しぶりにって……いつも嫌がる僕に無理やり吹かせてたくせによく言うよ」
淫魔「細かいことは気にしないの。ほら、早く」
男「しょうがないなぁ……」
淫魔に急かされ、男はポケットに仕舞ってあったハーモニカを取り出し、口元に添えた。
自身の演奏を心待ちにする淫魔をチラリと見た後、男は曲を奏で始めた。
優しい音色で始まったその曲は、静かに心に染み入るような音を奏でていく。それは、それまで止まっていた森に生きる者たちの交響曲を再開させ、まるで男の奏でる曲に合わせるように辺りに響き渡る。
入り乱れるさまざまな音が森という舞台を通して融和する。
それを淫魔は真剣な眼差しで黙って聞いていた。まるで、遠い昔の幼かった頃を思い出すかのように。
最初は演奏することを嫌がっていた男も、いざ曲を奏で始めると集中し始めていた。
たった一人の観客へ送る演奏会。それもやがて終わりを告げる。
曲を吹き終え、唇をハーモニカから離した男は、照れくさそうに頬を掻いた。
男「……おしまい。どう? ちょっとは上手くなったかな?」
そう問いかけたところで、男は淫魔の瞳から一筋の涙が流れ落ちていることに気がついた。
そのことに驚き、指摘すべきかと悩んでいると涙を流した当の本人もまさかと驚き、慌てて手の甲で涙を拭い取った。
淫魔「いや~あはは。なんか、男の曲聞いてたら感極まっちゃたみたい。恥ずかしいところ見られちゃったわね」
男「そ、そんなことないけれど。でも、ちょっと驚いたかも」
淫魔「うん、あたしも予想外。まさか、泣いちゃうなんてな~。まあ、それだけ男の演奏が上手くなったってことね」
男「そうかな~」
淫魔「そういうことにしておいて。それより、その曲前は途中までしかできていなかったけれど完成したんだね」
男「うん、みんなと会えなくなってからね。楽譜とかないし、ツギハギの知識で作った曲だけどね」
淫魔「謙遜しなくてもいいよ。すごい……よかった。少なくともあたしにとっては。
多分、他の三人に聞いても同じことを言うと思うよ」
男「そっか、そう言ってもらえてすごい嬉しいよ」
淫魔「……ねえ、ちなみにその曲って名前とかあるの?」
男「実は、名前とか付けていないんだ。なんだか、恥ずかしくって」
淫魔「そっか~。……じゃあさ、もしよかったらなんだけどあたしにその曲の名前付けさせてよ」
男「淫魔さんが?」
淫魔「うん。とびっきりの名前を付けるから」
淫魔の提案に男はしばし考える素振りを見せていたが、
男「うん、お願いするよ。あ、けどあんまりにも変な名前をつけたら却下するからね?」
淫魔「大丈夫、大丈夫。きっと男も気にいると思うから」
そう言って、淫魔は予め考えていたかのようにすぐさま、先ほど男が奏でていた曲の名を口にした。
淫魔「『月夜の踊り子』って、どう?」
男「『月夜の踊り子』? 一応聞くけど、どうしてその名前にしたの?」
淫魔「えっ!? あ~っと、え~っと、なんとな~くその曲を聞いてたら月の光が明るい夜にこんな森で踊ってる相手が想像できたから?」
男「自分の想像なのになんで疑問なの……。
でも、そうだね。うん、いい名前だと思う。
それじゃあ、それが今後はこの曲の名前だ」
それまで名のなかった曲はこの時になって『月夜の踊り子』という名前を得た。そして、男がその名前を付けたことを淫魔はとても喜んでいた。
淫魔「ありがと、男。さ~てと、男の曲も聞けたし今日は本当にもう帰るね」
男「うん、わかった。えっと、ありがと……淫魔姉。会いに来てくれて嬉しかった」
今の男が許容できる最大限の羞恥心で彼は淫魔の呼び方を変えた。先ほどの曲の命名も然ることながら、自分の呼び方を男が変更したことに感極まり、淫魔は男の身体を再会した時と同じように抱き寄せ、抵抗する時間も与えず口を塞いだ。
男「――ッ!? ムッ! ムグゥ!」
突然の淫魔からの口づけに驚き、動揺する男。そんな彼のコロコロと変わる表情と、口内で交わる舌と舌の感触を淫魔は楽しんでいた。
最初は驚いていた男も、途中で抵抗することを諦めて恥ずかしがりながらも淫魔との口づけに夢中になった。
そうして互いに互いを求め合うことしばらく。行為に満足した淫魔が男の身体を解放した。離れる間際、行為の終わりを理解した男は少しだけ名残惜しそうな表情を浮かべ、それを見た淫魔は背筋にぞわりと走る保護欲を必死に抑えながら翼をはためかせ始める。
淫魔「……ごちそうさま。
それじゃあね~男。今度はちゃんと、昔みたいに『おねえちゃん』って呼んでね~」
そう言い残し、淫魔は自身のやりたいことだけやって男の元から去っていった。男はと言えば、先ほどの淫魔との行為の余韻がまだ残っており、別れの言葉を口にすることもできずに呆けてしまっていた。
ようやく高ぶった気持ちが落ち着き、我に帰った男は既に自身の前からいなくなった淫魔に向けて呟いた。
男「……淫魔姉には叶わないな~」
そうして、この場を後にした淫魔に続いて男もまた、今の自分の居場所へと向かって歩いていくのであった。
今回はここまでで。
乙……ふぅ
可愛いは正義、つまり魔族こそ正義なんですねわかります
善悪だけで測れる物語なのかどうかは、現時点では判断できないけど期待
>>112
可愛いは確かに正義ですね。今のところ主人公側にはむさいおっさん系兄さんと姉御肌の姉さんしかいませんからw
淫魔も結構な負けず劣らずのお姉さんですが、とある事情で男の前だと見た目の年齢よりも幼い感じになっていますね。
以前書かせていただいた話でもそうですが、今作でも善や悪について簡単に判別できないような物語を書きたいと思っているので、その時が来たら読んでいただいている方に何が正しいのかなどを判断していただけたらと思います。
◇
淫魔との再会から二日が過ぎた。男と少年は休暇期間を終え、今再びギルドが受注している任務を遂行するため、先に《祝福の鐘》のギルド館にて待つ男槍使いと女弓使いの元へと向かっていた。
少年「さてと~。今日からは一体どんな依頼をこなしてくことになるのかね~」
男「どうだろうね。この間までは魔物の討伐依頼は少なかったし、もしかしたら街の仕事の手伝いをすることになるかも」
少年「ゲッ!? それは勘弁。手伝いごとなんて細々とした仕事は俺向いてねえんだよ。
どうせなら剣を使える仕事の方がいいぜ」
男「文句を言ったって仕方ないだろ? それに、依頼に関して僕たちは意見を言うことはできるけど、最終的にどの依頼を受けるか判断するのかは男槍使いさんだし。
まあ、どんな依頼を受けたとしても頑張ってやるだけだよ」
少年「と、言いつつも魔物関連の依頼に関しては極力手を抜こうと心に誓う男であった」
男「もう! その話は今はしないでよ!」
少年「たははっ! まあ、精々兄ちゃんにまたぶん殴られねえようにしろよ」
男「できることならそうしたいね……」
そんな話をしているうちに男と少年はギルド館に到着した。入口の扉を開け、中に入ると受付前には既に彼ら二人を待つ男槍使いと女弓使いの姿があった。
男槍使い「おう、来たか」
女弓使い「おはよう、二人とも。久しぶりの休暇をたっぷりと堪能したかしら?」
先日の件など微塵も尾を引いていないように明るく接してくる二人。実際のところは同じことがまた起これば説教と鉄槌が飛んでくるだろうが、この間の件はその時だけと二人とも割り切っているのだろう。
その点に関してはさすがにプロ。まだ未熟な少年たちとは違い、チームワークが乱れるような原因になるような感情は仕事とは別にしてある。
男「おはようございます。男槍使いさん、女弓使いさん」
少年「相変わらず早いな~、兄ちゃんたち。俺らも結構早めに出てきたはずなんだけどな」
男槍使い「気にするな。別にお前たちは遅くない。俺たちが勝手に早く来ているだけだ。
新しく出た依頼の確認もしておきたかったし、身入りのいい美味い依頼ほど、早く目をつけておかないと他の連中に取られちまうからな」
女弓使い「そういうこと。ちなみに今日からはこの街を離れての依頼を遂行することになるわ。後で荷造りをしておくことね」
男「なになに? 遠征? マジで!」
女弓使い「はいはい、あからさまに興奮しないの。まっ、そういうことよ。今からあたしたちが受ける依頼はここから西に二日ほど歩いたところにある村からのものよ。
依頼内容はここ最近になって村の住人を襲っている魔物の討伐よ」
魔物を討伐するという言葉を聞いて男槍使いはスッと視線を男へ向けた。それに対して男は気まずげに視線を泳がせた。
男槍使い「そういうことだ。その村の名前は《トロワ》。森林の伐採にて主に生計を立てている。
依頼とは別に道中で魔物やもしかしたら野盗に遭遇する可能性もある。万全の体制で全てに対処できるように、今から村へ向かう道筋を決めるぞ」
男「はい!」
少年「は~い」
男槍使いの言葉に少年と男の二人は返事をし、四人は早速村へ向かう道筋や行程について話し合いを始めた。
そして、それからしばらくして話し合いが終わるとそれぞれの宿場へと戻り村へと向かうための荷造りを始めるのであった。
荷造りを終え、その日の昼過ぎには街を出立した四人。道中二日、警戒は怠らなかったものの、野盗や魔物に遭遇することもなく無事に目的地である伐採村《トロワ》へと到着した。
村へと足を踏み入れると、彼ら四人の到着に気がついた村の住人が村長を呼びに家へと駆け、知らせを受けた村長はすぐに彼らの元へ現れた。
村長という肩書きが似合う物腰の柔らかい痩せた老人だった。
村長「これは、これは冒険者の方々。ようこそ、《トロワ》の村へ。もしや、依頼の件でこちらへ来ていただけたのでしょうか?」
男槍使い「ええ、その通りです。依頼の受諾についての手紙を出すべきか迷いましたが、こちらの村は幸い私たちのギルドがある街からそう離れてもいません。
魔物の被害があるとのことでしたので、悠長に手紙を出してから出発するより、少しでも早くこちらに向かったほうがよいと判断させていただきました。
急な訪問でご迷惑をおかけします。申し訳ない」
村長「そんな、とんでもない! ああ、頭をお上げください。そのような心配りをしていただいただけでもありがたいのです。
何分私たちの村は小さいものでして、依頼を受けていただけるかどうか、本当は心配だったのです」
冒険者の到着、そして依頼を受諾してくれたことに心からの安堵の表情を村長は見せた。
男槍使い「そうですか。ですが、ご安心を。我々が来たからにはあなたがたの悩みの種である魔物の討伐は無事に遂行してみせます」
村長「よろしくお願いいたします。
……ここまでの道中でさぞお疲れでしょう。ささっ、すぐに休める場所を用意いたしますので」
男槍使い「ありがとうございます。そのお言葉に甘えさせていただきます」
男槍使いは村長の申し出を受け入れ、そのまま彼の後に続いていく。そして、それは他の三人も同じである。
少年「なあ、なあ。毎回思うんだけど槍使いの兄ちゃんってホント依頼人とかの前だと人が変わるよな?
俺たちの訓練の相手しているときにあんな丁寧な言葉遣いしてるの見たことねえよ」
男「そりゃ、そうだよ。依頼人の前でもあんな口ぶりだったら困るでしょ。
というより、誰に対しても変わらない口調で接する少年の方が問題だよ。それ直しておいたほうがいいよ」
女弓使い「そうよ、少年。あんまし生意気なことばっかり言ってるようだとそのうち痛い目を見ることになるわよ~」
男だけでなく、普段は軽い口調で接しても何も言わない女弓使いにまで注意された少年は珍しく自らの態度について考える素振りを見せた。
少年「……男はともかく弓使いの姉ちゃんまで。ヤベっ、俺マジで口調直したほうがいいかもしれねえ」
そんな少年の呟きを聞いた男と女弓使いは苦笑する。そんな彼らに混ざるように、先ほどの男の発言をこっそりと聞いていた男槍使いもまた意見を口にする。
男槍使い「そうだぞ~少年。俺や女弓使いはともかく、誰彼構わずんな口調叩いてるようだと、依頼人以前に身内からの鉄拳が飛んでくることになるからな」
ハァァと自らの拳に息を吹きかけ、訓練中に何度も叩き込まれた拳の威力をアピールする。
その痛みを先日身を持って実感した男は元より、少年は青ざめた表情でブンブンと首を横に振り、
少年「……よ、よし。俺、今から話し方を変える練習する。
よろしく頼むぜ! 兄ちゃん、姉ちゃん!」
そう宣言したものの、あっさりと口にした内容を破ってしまう少年。そんな彼の頭にコツンと笑いながら軽い拳骨をぶつける男槍使い。
そんなやりとりを続けながら一同は村長の案内の元、村にある空家へと案内されるのであった。
◇
荷物を降ろし、身軽になった一同。彼らはまず自宅へと戻った村長の元へと足を運び、依頼内容の確認を行った。
男槍使い「それじゃあ、さっそくですが依頼の確認を始めさせてもらいます。
事の発端は約三週間前。伐採場に忘れ物を取りに行った村の住人が魔物と思しき存在に襲われたのが始まりですね」
村長「その通りです」
男槍使い「失礼ながらお聞きしますが、何故魔物の仕業だと?
事前に調べさせてもらった情報だと、少なくともこの村の近辺ではこれまで直接的な害をなす魔物はほとんど出没していないとのことですが」
村長「実は、私も最初は野盗かもしくは熊の仕業かと思ったんです。ですが、実際に被害にあった住人の話を聞くとどうにもこの線は薄いと思いまして」
少年「どうしてだよ?」
テーブルを挟むようにして村長と座る男槍使い。その後ろに控えながら話を聞いていた少年が、つい疑問の言葉を口にした。
発言してから二人の会話を中断させてしまったことに気がついた少年は、すぐさま不味いという表情を浮かべた。そんな彼に厳しい眼差しで男槍使いは自粛の意味を込めた視線をチラリと向けた。
男槍使い「……失礼、話を遮りました。続きをお願いします」
村長「え、ええ。最初に被害にあった住人なのですがその日は月の明るい夜でしたので、夜目と月の明かりを頼りにして伐採場に向かったらしいのです。
夜、と言ってもこのあたりは我々にとっては勝手知ったる土地ですから、忘れ物を取りに行く程度に明かりを持っていく必要もないと思ったのでしょうね。
ただ、奇妙なことに目的地に進んでいるうちに奇妙な音を何度も耳にしたらしいのです」
男槍使い「奇妙な音?」
村長「なんでも、刃物を軽く交差させた際に生じるような音だとか……。
ともかく、その音を聞いて不審に思ったのか彼はすぐに忘れ物を取ると村へ戻ろうとしたのです」
女弓使い「その道中で襲われたってわけね」
女弓使いの言葉を聞いて尊重が首を振り肯定する。
村長「その通りです。いきなり背後から背中を切られ、襲った相手は命を取ることもなく去っていったそうです。
その際、月明かりに僅かに照らされた姿は二足歩行の影だったとのことですが、普通の野盗などではありえないほどの脚力、跳躍力でその場から離脱していったとのことです」
男槍使い「なるほど。つまり限りなく人に近い形態をした魔族ではないかとあなたがたはお考えになったわけだ」
村長「ええ。そうした出来事がそれから数日おきに起こるようになり、我々もできる限り村の周りに夜間の警備を敷いたりしたのですが、我々を挑発するように村の家屋に剣で切りつけた痕を残したり、いつの間にか食料が盗まれていたりして……。
大人はともかく、村の子供たちは今ではすっかり怯えてしまい夜も安心して眠れない状況なのです。そこで、魔物退治に関する専門家である『ギルド』を頼ろうと決めまして、こうして依頼を出させていただいたのです」
依頼を出すまでの経緯を話し終えた村長の顔色はあまり優れない。おそらく、彼自身も村を襲っている未知の魔物の襲撃の警護の指示を出すなどして、ここしばらく満足に眠れていないのだろう。
それだけではなく、村を預かる一長としての責任も相まって彼に掛かる負担を倍増させているはずだ。
冒険者である自身や、その仲間たちが来たことでようやく心から安心しその負担から僅かながら解放された村長。屈強な男たちや肝っ玉の強そうな女が集まるこの伐採者の集まる村を治めるのにはかなり似つかわしくない痩せた老人。
だが、この場に一番似つかわしくない彼こそが、誰よりもこの村のことを想い、心を砕いているからこそこの村の住人たちは危険を承知で夜の番を引き受けたり、誰一人として村から離れて行こうとしないのだろうと男は思った。
男(……どうにか、してあげたいな)
迷いがないわけではない。先日男槍使いに受けた手痛い説教のことも忘れたわけではない。
今でも魔物との戦いは避けたいと思っている。それが必要なことであればしなくてはならないが、可能であればまずは対話から。
だが、この状況を聞く限りこの村人たちは完全に被害者と思えた。だからこそ男は思う。この村に住む人たちの力になってあげたいと。
男「……任せて、ください」
それまで発言をしなかった男が呟いた一言に村長を始め、その場にいた全員が彼に注目する。
一斉に集まった視線に僅かに怯みつつ、男はそっぽを向いて照れくさそうにこう言った。
男「僕たちがこの問題を解決してみせます。……絶対に」
それを聞いた少年はピュ~ッと室内に響く口笛を吹き、女弓使いは嬉しそうに微笑み、男槍使いは男の胸元へドンッと少し強めに拳を叩きつけた。
そして、村長は心の底から男たちに向かってお礼の言葉を告げるのであった。
ひとまず今回はここまでで。話の進みが遅くて申し訳ないです。
ほう、処女作じゃないとな
その上テーマがこの物語と共通しているというのだから気になるところ
ともあれ頑張れ男! と締めて乙
>>123
そうですね。以前こちらで一つ長編を完結させたのでそれが実質SS処女作でした。
その時もこちらの作品と似たようなテーマで物語を書いていましたね。
今回の話的には男が実質主人公なので、頑張れるように書いていきたいです。
◇
《トロワ》の村に到着した夜、村長から依頼の内容を聴き終えた男たちはそれぞれ役割を分担し、既に警備についている村の住人たちと共にそれぞれ与えられた配置についていた。
男槍使いと女弓使いは最初に被害者が出た伐採場の近辺、及びその道中を。少年は主に村の外周区を。そして男は村の内部であり主に被害のある食料庫の近辺を担当することになった。
結果だけいえば、この日は何も起こらなかった。これまでの生活で不安を掻き立てられていた住人や子供たちによる『見知らぬ影を見た』、『狼が走る姿を見た』という証言に、暇を持て余していた少年が話を聞かされていたりはしたが……。
そうして村での滞在一日目は終了した。
翌日から数日間、一同はこれまた各々で村の住人や実際に被害にあった人々へ情報収集を行うために動いていた。
もちろん、その間も仕事場へと向かう作業員たちや村で生活をする住人の護衛も兼ねている。これまで直接傷を負う被害に遭うものが出たのは全て夜間での出来事ではあるが、かと言って日中の警戒態勢を解いていいというわけでもない。
油断をしているところ、足元を救われて次の犠牲を出してしまっては何のために依頼を引き受けたのかと言われても仕方がないからだ。
敵の数、正体、その強さ。どれもまだ未知数であるということで作業員たちの護衛には男槍使いと女弓使いが選ばれた。そして、村の警備には少年と男が残された。
最初はともかく数日の間ずっとというこの選別には少なからず少年が不満を抱いたのか、この日になってとうとう文句を口にした。
彼にとって、自身が少しでも強くなるために敵との交戦確率の高い作業員の護衛は是非とも引き受けたいものだったからだ。
それ以外の理由としても、これまで刺激あふれるトヴァルの街で過ごしていた日々から、娯楽も刺激も少ないこの村にずっと押し込められているのが窮屈で仕方がないというのもあるのだろう。
これに対し、男槍使いは手の掛かる駄々っ子をあやすようにこう言った。
男槍使い「いいか、俺たちは仕事で来てるんだ。文句があろうが、これが仕事だと割り切って指示に従え。
そもそも、この組み合わせはかなり合理的な判断に基づいてるんだぞ。俺たちは何だかんだ言ってもまだお前や男と過ごしてきた期間が少ない。お互いのことを理解できている部分もそう多くはない。
そんな相手と組んでいていざ敵に襲われた時に上手く連携ができるか? 下手したら相手の足を引っ張って命の危険が出てくるかもしれない。
そうなるくらいなら、まずは互いに気心知れた相手と組んで行動した方がいいだろう?」
そんな彼の正論に「だったら、俺と男を護衛の方に付かせてくれよ~」と少年は嘆いていたが、そんな少年の意見も「敵に関してまだわからないことだらけだから駄目だ」と男槍使いは却下し、この日も少年は男と共に村の警備に付くことになった。
滞在を初めてもうすぐ一週間になろうとしている。村の警備を任せられた少年と男ではあったが、実際のところ襲撃者の影すら感じられない日中に本腰を入れて警備を行うことなどほとんどなく、大抵は村の周辺に不審な気配や姿がないか確認した後、仕事に勤しむ村の親に代わり子供たちの相手をさせられるのがオチであった。
といっても二人は孤児院時代に自分たちよりも幼い少年少女の相手を毎日のようにさせられていただけあり、子供たちの相手はお手の物。
初めは見知らぬ相手である二人に警戒心を持っていた子供達もすぐに彼らに懐いてしまい、今では子供達の間で二人の取り合いが起こるほどにまでなっていた。
そんな光景を村長や村の女衆は微笑ましそうに見守っていた。
少年「……納得いかねえ。どうして、俺たちは毎日村で留守番してガキ共の面倒を見なきゃならねえんだ」
やはり男槍使いに言われたことが納得できないのか少年は愚痴を漏らしていた。ムスッとした表情でそう言いながらも、彼は律儀に子供たちの相手をしている。
わんぱくそうな男の子たちが彼の周りに集まり、遊べ! かまえ! とベタベタと彼の身体めがけて飛びかかっていた。
男「そうは言っても実際に僕と少年の方が連携はできるんだし、もしかしたらこっちに襲撃があるかもしれないだろ?
まあ、確かに今までの事件内容からして伐採場の護衛に付いたほうが敵と遭遇する可能性が高いとは思うけどさ」
不満げな表情を浮かべる少年を宥めるように男はそう呟いた。
そんな彼の周りでは幼い少女たちが家からそれぞれ持ち寄った食器や、村の近くから摘み取ってきた花などを使ってママゴトを行っていた。もちろん、旦那役は男である。
少年「チクショ~。ジッとしてるのは性に合わねえんだよ。
……今晩辺りこっそり弓使いの姉ちゃんに組み合わせを変えてもらえねえか頼んでみようかな」
男「もう、そんなこと言って男槍使いさんを困らせちゃ駄目だろ。あれでも色々考えてくれてくれてるんだからさ。
なるべく迷惑かからないようにしなきゃ」
少年「お前が言うなよ! ったく、こういう時だけ説教しやがって~」
男「そりゃ、僕だって少年のこと言えないけどさ。それとこれとは話が別でしょ」
少年「わかってるって。だから、こっちも困ってるんじゃん。実際俺たちまだまだひよっこだし、兄ちゃんたちの言うこと聞かなきゃいけないのもわかるけどさ……」
男「だったら、今は大人しくしてようよ。ほら、こうして子供達の相手してるのも孤児院時代を思い出して懐かしくない?」
そう言いつつ現在男の妻役を演じている少女から差し出された食事(泥団子)を食べる振りをしつつ男はほんの少し前までの日常を懐かしむ。
少年「いいや、思わないね。せっかくチビ共の鬱陶しいくらいの遊び相手から解放されたと思ったらまたこれだ。勘弁して欲しいぜ、まったく」
口では嫌そうにしつつも、端から見れば少年自身も子供達と一緒に遊ぶのを楽しんでいるように見える。子供たちを腕や肩に掴まらせてクルクルと回っている姿を見せながら言われても説得力を欠片も感じない。
それを見た男は少年に対してツッコミを入れた。
男「そう言う割には結構楽しんでるように見えるけど? それに、面倒だって言いながら、なんだかんだで最後はいつも少年が皆を引っ張って遊んでたじゃないか」
少年「馬鹿言え、んなことねえよ。ん? なんだよ。もう一度、今度は肩車で?
――ったく、しょうがねえな~。ほら、来い。しっかり掴まってろよ!」
否定の言葉を口にしつつ、目をキラキラと輝かせて肩車をせがむ子供の願いを聞き入れてしっかりとこなす少年。
面倒だと口にしながらも結局は面倒見はいい。そう言ったところが孤児院時代から彼が兄貴分として慕われる要因の一つであったのだろう。
男「ホント、昔から変わらないんだから……」
ノリの良い少年の態度に呆れとも喜びとも取れる嘆息を吐きながら男は口元を緩めた。
事態が動いたのはちょうどその時。少年から少女たちの方へと視線を移動させようとしたその瞬間。男は視界の端にある存在を見つけた。
男(……狼?)
村から僅かに離れた木々に隠れ、こちらの様子を伺うようにジッと見つめる一匹の狼の姿がそこにはあった。
警戒しているのか、向けられる視線は険しく鋭い。そして、自らの存在に男が気づいたと悟るとすぐさまその場から離れてしまった。
男「……」
それを見た男は目の前にいる少女たちの言葉を無言で制して静かに立ち上がった。そんな彼の態度の変化に気がついた少年もまた戯れあっていた子供たちを体から引き剥がして男の傍へと近づく。
少年「何か見つけたか?」
男「一応ね。さっき向こうの木々に紛れるように一匹の狼がこっちを覗いていたんだ」
少年「へえ、俺はてっきり魔物でも見つけたのかと思ったぜ」
男の言葉を聞いて少し拍子抜けをしたという態度を示す少年。だが、そんな彼に男は警戒心を強めながら忠告する。
男「それが数匹いれば僕も同じ反応をしたんだけどね。あれはどうもこっちの様子を観察していたように見えるんだ。
狩りに来たのなら少なくとも他にも仲間がいただろうし、群れからはぐれたにしては行動が少し不自然だ」
少年「……もしかしたら今回の依頼と何か関係があるかもしれないってか?」
男「わからない。ただ、可能性は少しはあるかもしれない。だから、ひとまずあの狼が去った方に僕が行って何か手がかりが掴めるか確認してみる」
少年「おいおい、そりゃないぜ。まだ俺にガキ共のお守りをさせる気かよ。そういうことなら俺も行くぜ。いい加減ジッとしているのは飽きた」
さすがに数日間の待機に少年も我慢の限界といった様子。それに加えて今日は既に村の外へ出る機会を一度奪われている。少しでも敵との交戦確率があるようならば、それをモノにしたいという思いがあるのだろう。
そんな少年の気持ちは当然長い付き合いの男にはよく分かった。だが、それを踏まえた上で彼は敢えて否定の言葉を口にした。
男「いや、悪いけれど今回は駄目。少年には悪いけれど僕一人だけで行くよ」
少年「一人だけ抜けがけかよ。せめて納得できる理由はあるんだろうな?」
男「まあね。男槍使いさんも言っていたけれど、僕たちは万が一の日中における奇襲に備えてここに残っている。
ありえないとは思うけれど、僕がたまたま見つけた狼が囮で本命の敵が隙を突いてこの村を襲うかもしれない。
その時に村を守る役割を持った人が一人もいなくて犠牲者をまた出しましたなんて言ったら話にもならない」
少年「それは確かによくわかる。けど、それならお前が残って俺が行くって選択肢もありだろ」
男「まあ、それもあるにはあるけれど。ハッキリ言って少年は相手に気づかれないように隠密行動するのって苦手でしょ?
実際僕は少年よりも上手く気配を消すことできるし」
少年「ウッ……それを言われると。ああ、もう! いいよ、さっさと行けよ! あんまし時間かけてたら完全に見失うだろうし。
それでもし手に入れられたかもしれない手がかりを失ったら俺が怒られるからな!」
男「ありがと! それじゃ、留守番と子供たちのお守りよろしくね!」
少年「わかったよッ! その代わりぜってーなにか手がかり見つけてこいよ。どんな小さなものでもいいからよ!」
男「ああ、わかったよ」
そう言い残して男はすぐさまその場から駆け出した。残された少年はわんぱくな男の子たちと、ママゴトの再会を待つ少女を交互に見つめた。
最初は状況を読み込めていなかった子供達であったが、大人たちと同じように男が仕事のためにこの場を離れ、一人遊び相手が減ったと気づいた。
それに気づくと、彼らはすぐさまどちらが残されたもう一人の遊び相手を独占するかの言い争いを始めた。
最初は小さな口論も、気づけば子供らしい語彙の少ない悪口の応酬になり、やがて小さな暴力となった。
そうして、暴力と呼ぶにはささやかな拳を頭に受けた一人の少女は女子特有のすぐに泣くという現象を引き起こした。これには男子一同堪らず唖然。
泣き喚く少女の症状はすぐさま他の少女たちに感染し、一斉に泣き声のコーラスが始まる。
泣きじゃくる女子。慌てふためく男子。それを見て溜め息を吐き出す少年。この状況をどうにかできる頼れる存在は今はいない。
少年(くそ~やっぱり俺が行けばよかった。男、頼むから早く帰ってきてくれ)
誰かを引っ張り笑顔を作るのは得意な少年も、泣き喚く子供たちをあやして落ち着かせるのは大の苦手なのであった。
ひとまず今回はここまでで。
何かスゲェな……
乙
>>133
ありがとうございます。楽しんでいただけるように頑張って続きを書いていきたいと思います。
◇
《トヴァル》へ少年を残し、一人森へと足を踏み入れた男。視線の先に映る景色に追いかけた狼の姿は既になく、しんみりとした空気を醸し出す森の抱擁が彼を迎え入れた。
駆け足から歩を緩め、先行した狼の足跡が地面に残されていないかを探す。しかし、ここしばらく雨も降っていない乾いた大地に加え、落ち葉や成長を続ける草木の中からその痕跡を探すのは難しかった。
それならば別の痕跡を探ればいいと考えた男はすぐさま着目点を変更する。
次に注目したのは狼が通り抜けたであろう道だ。俗に言う獣道。人と違い、全身を使い道を切り開く獣の多くは必然的に通り抜けた後の道は不自然なほどに痕を残す。
幸い、というべきか追いかけるのが早かったためか男はその痕跡を探し始めてからすぐにそれは見つかった。先ほどまで彼がいた場所から数十メートルも離れていない場所にそれはあった。
だが、周りに狼やそれに似た獣の気配は感じられない。魔法を使うのならともかく生身の状態で全力で逃げ去る俊敏な獣の後を追う事などできはしない。
少なくとも今の時点において男はもう狼の後を追うことよりも、何か今回の依頼に関係するものがないかどうか探していた。
男(……やっぱり、手がかりはなしか。まあ、そんなに都合よく行くならもっと早く依頼は解決しているだろうし。
ハァ……これは帰ったら少年の小言が待ってそうだな~)
村の外に出かけたい彼を説き伏せ、警備という名目の留守番と、村に住む子供たちの相手を押し付けてまで森の中へと飛び込んだ男は期待していた成果を得られなかったことに落ち込み、村に帰った際の親友の反応を想像して憂鬱な気持ちでこの場から去ろうとしていた。
だが、そんな時。先ほど発見した狼が作ったと思われる真新しい獣道に関する違和感に気がついた。
村の名前を間違えたので訂正版を
◇
《トロワ》へ少年を残し、一人森へと足を踏み入れた男。視線の先に映る景色に追いかけた狼の姿は既になく、しんみりとした空気を醸し出す森の抱擁が彼を迎え入れた。
駆け足から歩を緩め、先行した狼の足跡が地面に残されていないかを探す。しかし、ここしばらく雨も降っていない乾いた大地に加え、落ち葉や成長を続ける草木の中からその痕跡を探すのは難しかった。
それならば別の痕跡を探ればいいと考えた男はすぐさま着目点を変更する。
次に注目したのは狼が通り抜けたであろう道だ。俗に言う獣道。人と違い、全身を使い道を切り開く獣の多くは必然的に通り抜けた後の道は不自然なほどに痕を残す。
幸い、というべきか追いかけるのが早かったためか男はその痕跡を探し始めてからすぐにそれは見つかった。先ほどまで彼がいた場所から数十メートルも離れていない場所にそれはあった。
だが、周りに狼やそれに似た獣の気配は感じられない。魔法を使うのならともかく生身の状態で全力で逃げ去る俊敏な獣の後を追う事などできはしない。
少なくとも今の時点において男はもう狼の後を追うことよりも、何か今回の依頼に関係するものがないかどうか探していた。
男(……やっぱり、手がかりはなしか。まあ、そんなに都合よく行くならもっと早く依頼は解決しているだろうし。
ハァ……これは帰ったら少年の小言が待ってそうだな~)
村の外に出かけたい彼を説き伏せ、警備という名目の留守番と、村に住む子供たちの相手を押し付けてまで森の中へと飛び込んだ男は期待していた成果を得られなかったことに落ち込み、村に帰った際の親友の反応を想像して憂鬱な気持ちでこの場から去ろうとしていた。
だが、そんな時。先ほど発見した狼が作ったと思われる真新しい獣道に関する違和感に気がついた。
男(……ん? いや、ちょっと待てよ。なんだか、これ少しおかしくないか?)
彼が気がついたのは獣道がある場所で不自然に途切れているということであった。それまでは一定の感覚で続いていた獣道。
おそらく、一定の感覚で跳躍して距離を稼いでいたのだと思われるそれだが、とある場所からその道が一切なくなっていたのであった。
それはまるで、ある場所から忽然と狼が姿を消してしまったと例えても不思議ではない現象だった。
男(やっぱり、おかしい。ここから近くを見回してもどこにも続きになる獣道が存在しない。
狼が魔法を使えるわけないし、あれが魔物には見えなかった。近くに獣の気配は感じないし……。なら、あの狼は一体どこに……)
周囲の草木を観察しながら、この不思議な現象が一体何なのか推測を立てる男。
口元に手を当て、思考を巡らせていた彼の脳裏にふと、ある予想が立てられた。それは、かつて彼が孤児院で過ごしていた時に出会った魔族の一人の存在。
そして、おそらくこの現象に対する解。
そのことに気がついたとちょうど同じ瞬間、彼の頭上からパキッと枝木が折れる音が聞こえた。
男「――ッ!?」
ほとんど反射的なその場からの離脱。だが、考えに集中していたほんの僅かな時間が意識とは別の肉体の回避行動を遅らせた。
それは男にとって致命的ミスとなり、気がつけば彼は強い衝撃と共に仰向けに地面へと押し倒されていた。
ぶれる視界。後頭部に走る痛み。突然の事態に性急に対処した脳が処理を終えた時には彼は両手を重い何かに押さえつけられて喉元には鋭い凶器を当てられていた。
?「……うごくな。うごかなければ、痛く、しない」
男の喉元に突きつけられたそれ。非常に鋭利で硬化な爪を突きつけながら呟くのは長い黒髪の少女だった。
しかし、その姿は普通の人間とは違う異形。本来あるべき耳はなく、獣の耳が頭部から生え、開いた口元からは鋭い犬歯が見えた。
人の容姿に、獣の部位を兼ね備えた存在。獣人と呼ばれる魔族がそこにはいた。
男「君……は」
命の危機である状況にも関わらず、男の心は妙に落ち着いていた。それは彼がこれまで魔族と触れ合ってきた経験もあるだろうが、それ以上に目の前に突如として現れた美しい容姿の少女に目を奪われ、脳が正常な判断ができなくなっているということもあるからだろう。
?「うごくな! ウッ、ウゥッ……」
何も考えずに身体を動かしてしまった男の喉に突きつけていた少女の長爪が彼の皮膚を傷つける。薄皮一枚削った皮膚の下からは赤い、赤い血が一筋垂れてゆく。
少女は男に威嚇の唸り声をぶつけながら警戒態勢を取り続ける。
互いに見つめ合う形で男と少女は視線を交わらせる。それは一瞬とも、永遠とも思える時間だった。
森は静かに二人の成り行きを見守る。そうして、幾ばくかの時が過ぎた。
男の動きを制した少女ではあったが、やろうと思えばいつでも彼の命を奪うことができるにも関わらず、一向に動こうとしない。あくまで牽制に留められたこの状況。それに気がついた男は次第に思考が冴え、冷静に状況を分析出来る余裕を持てるまでになっていた。
男(この子……僕と同じくらいの年頃だ。どう見ても、獣人だけど獣化と人化をまだ完全に使い分けれていないみたいだ。いや、もしかしたらわざと中途半端な状態にしているだけかも……。
にしても、妙だな。多分この子がさっきの狼だったんだろうけれど、自分を探る相手を黙らせたいのなら最初の一撃の時点で僕を殺すか、昏倒させればよかったはず。
そうしなかったってことは何か僕を生かしておくだけの理由があるのか? いや、それならいつまでもこの状況を続けるだけの理由がないだろうし……」
考えを巡らせていた男ではあったが、不意に見上げた少女の顔を見て何故彼女が自分を殺しもせず、未だ均衡状態を続けているのかに気がついた。
男(なるほど……ね。やりたくても、できない状態ってことか)
見れば、少女の顔色は悪く、青ざめていた。額には脂汗が滲み、呼吸は乱れている。喉元に突きつけられている長爪も的を失ってさ迷い震え、男の身体に乗しかかる少女の肉体からは力が感じられない。
視線は既にぶれている。もはや少女の瞳には目の前にいる男が何重にも分離して映っていることだろう。触れ合う身体から感じられる熱は、ぬくもりと称するにはいささか温度が高すぎる。
?「……ウッ、アゥッ……」
フルフルと首を振り、どうにか意識を繋ぎとめようとする少女。そんな彼女の姿が痛々しくて見ていられず、男は自分の命が現在少女の手の内にあることすら忘れて彼女に向かって声をかけた。
男「……大丈夫、少なくとも僕は君の敵じゃない。もし君がこの森に住んでいて、僕がその縄張りを荒らしたと言うなら謝る。出て行けというのなら出て行く。
ただ、今だけは警戒を解いて君の看病をさせてもらえないか?」
優しい声音で少女に向かって尋ねる男。敵意がないと伝える彼だが、少女はそんな彼の言葉が信用できないのか、不調な身体に再び喝を入れて男に罵声を浴びせた。
?「うるさい! 人間の言うことなんて信用しない!」
おそらくは少女の心からの叫びを直に受け、男の心臓は跳ねた。真っ向からの拒絶に何故か心を揺さぶられる。
?「……おまえ、たちなんかに……ワタシ、は……」
胸を突き刺す鋭い痛みの理由が何なのか悟るその前に、男は目の前の少女がもはや意識を保つのに限界が近づいていることに気づいた。
男「あっ……」
フラリ、と少女の身体がゆっくりと男に向かってゆっくりと崩れていく。耳にかかる吐息が熱い。重なる身体、早まる心臓の鼓動は一体どちらのものなのか分からない。
意識を失い、力なく倒れる少女に男は自由になった手を動かして彼女の身体を起こそうとする。だが、少女の肩にその手が触れようとしたその時、彼の脳裏に男槍使いが先日告げた忠告が蘇った。
男槍使い『「……お前が人一倍命を大事にする奴だってのはこの二ヶ月でよく分かった。けどな、それは魔族に対してまで向けるものじゃない。
本当に必要なことは何かもう一度しっかりと考えろ。優しさは戦いの場では自分たちに辛い結果ばかりもたらすことになるぞ。
』
彼からの忠告である魔族と人との違い。どれだけ言葉を交わし、心を通いあわせたとしても、所詮は別種族であるということ。
仮に優しさを向けたとしても、それは時に裏切られ、傷つくことになるということ。
それを思いだし、男の手は少女の肩に触れる直前で止まり、行き場を失い宙をさ迷う。だが、同時に彼は目の前の少女と同じ魔族であった淫魔の言葉も思い出していた。
淫魔『……そう? 別に変じゃないんじゃないかしら?
あたしたちも、今まで人間を殺してこなかったわけじゃないし。でも、こうして男と一緒に話をしたり、触れ合ったりしてるわ。
だから、きっと変じゃないわよ男は。むしろ、その考えを持ったまま成長してもらいたいわ』
たとえ、時に敵対してその命を奪うことになることがあっても、それが自分とは違う種族である相手に手を差し伸べて、交流を止める理由にはならないと淫魔は言った。
そして、そんな考えを持った男はそのままでいてもいいのだと肯定してくれた。
少なくとも自分より長い時間を生き、それぞれしっかりとした考えを持つ二人の〝大人〟の言葉を男は噛み締める。そして、その上で彼は自身の選んだ答えを信じ、選択する。
男「僕は……」
宙をさ迷う掌を一度見つめ、男は今度こそ少女の肩を掴む。そのままその身体を起こして抱きかかえると、近くの樹に少女を移動させてもたれかからせた。
改めて少女の身体を見ると、その身体のあちこちに剣による裂傷があった。ロクに手当もしていないそれは一部が化膿し始めている。
男(……こんな状態で、この子はさっきまで必死に意識を保とうとしていたんだ。
たぶん、頼れる相手も誰もいなくて僕みたいな人間は皆敵だって思って常に気を張っていないといけなかったんだよね)
そんな予想を立てて男は悲しくなった。人も、魔族も分かり合える可能性があるにも関わらず、今の世界の状況ではそんな考えに至ることが普通ではないということが彼にとって本当に悔しくなる。
だから、たとえ偽善と罵られようとも男は自分の思うように行動することにした。
少女の身体に自分が羽織っている上着を掛け、彼女の看病をするために必要なものを取りに村へと戻ることにしたのだ。
男「待ってて、すぐに戻るから」
そうして、男はその場を後にした。完全な人化ができない彼女を村に連れていけばパニックが起こると思い、こんな状態で一人残しておくことに心の中で謝罪をして。
一歩でも、一秒でも早く、この少女の元に戻れるようにと、男は勢いよく森の中を駆けるのであった。
今回はここまでで。
可愛いし人の姿だってとれてしまう娘と分かり合えないはずないよね!
男グッジョブ、乙
つづきマダー?
このままお蔵入りになるには惜しい作品
>>146
すみません、お待たせしました。ゆっくりペースですが見守っていただけるとありがたいです。
◇
少女の元を去り、村へと戻った男。まずは、事情の説明を村で留守番をしていた少年へとしようと思い、少年の姿を探して回った。
幸い、飽きもせず遊びをせがむ子供達の集団が出かけた時と同じように少年を取り囲んで残っていたため、彼を見つけるのに時間はかからなかった。
少年「おっ! ようやく帰ってきたか。おせーよ、ったく。
……で? その様子を見るに、なんか成果があったみたいだな」
男の様子から何か事態の進展になるような出来事があったのだとすぐさま察した少年。さすが、男と長い間付き合いを重ねてきただけのことはある。
肩に担いでいた子供を少年は降ろし、一度彼らに解散するように伝えて少年は男の傍へと歩み寄る。そんな彼に男はすぐさま森で何があったのかを話した。
少年「獣人の少女……ね。そいつが今回の事件に関わってんのか?」
男「それはまだわからない。けど、あの子酷い怪我をしているんだ。早く手当をしないと」
一度は自身の命の危機に陥ったにも関わらず、そんなことを気にした素振りも見せずに少女の手当を迅速に行えないか訴える男。彼が少年に説明した内容には少女の立場が悪くなるといけないと判断して、自身が襲われたことは口にしていない。
興奮気味に早く手当の道具を揃えて森に戻ろうと語る男。そんな彼を見て少年はやや呆れたように呟く。
少年「ば~か。お前、この間のこともう忘れたのかよ。というか、俺たちがどうしてここに来たのかもしかして忘れてないよな?」
男「何言ってるんだよ。今はそんな場合じゃ!」
少年「はぁ……。ちょっと、落ち着けよ」
そう言って少年は男の額にデコピンをくらわせた。不意打ち気味に受けたそれは、コンッとこ気味よい音を鳴らして男の額を僅かに赤く染めた。
少年「お前って、ホント魔族が絡むと冷静じゃなくなるよな。
いいか? 俺たちはこの村の人間を襲った魔族と思しき存在を討つためにいる。
そのために兄ちゃんや姉ちゃんは村の人たちの護衛についてるし、俺たちだってこうして村に残って警戒を続けてるだろ?
そんな時にいきなり森で見つけた魔族の手当をしたいなんて言っても皆素直に協力してくれるわけ無いだろ」
少年の正論にハッとする男。どうやら、少女の身の心配をするあまり自分が冷静でないことにすら気づけなかったらしい。
少年「かといって、お前から聞いた感じじゃあんまり時間かけていてもそいつの容態は悪くなる一方だしな。
ホントなら兄ちゃんたちの判断を仰ぎたいところだけれど、ここから伐採場に向かっていたら時間がかかっちまう」
男「そんなのは僕だって分かってるよ。だから、急いでるんじゃないか」
少年「わかってるってば。ったくよ~、いつもならこういう役回りはお前のはずなんだけどな……。
まあ、兄ちゃんたちには後で事情を説明するとして、ひとまず俺たちは村長の元に向かうとしようぜ。
もしかしたら事件に関係している魔族を見つけたかもしれないって離して、俺たちが寝床に使わせてもらってる家にそいつを運べるようにすればいいだろ。
そうすりゃそこで看病もできるし、目を覚ましたのなら事件と関わりがないのかも聞くことができるしな。実際、これで成果があれば兄ちゃん達も褒めてくれるだろうし」
男の心情を察し、看病もできるような状況を作りつつ今の自分たちの現状を動かすことができるような意見を出す少年。
彼はすぐさまそれを実行できるように今口にしたように村長の元へと向かい出す。そんな頼もしい相棒の背を眺めながら男は彼の後を追うのであった。
村長に事情を説明し、村への被害は与えないよう最大限の手配はすると説得し、どうにか男たちに与えられた家屋へ魔族の少女を連れ、看病することを許された二人。
確認を取ると、すぐさま男は少年を連れて森に残された少女の元へと向かった。その表情は不安と喜びが入り混じっている。
少女は未だにあの場所にいるだろうか? もしかして自分がこの場を去った後に目を覚まし、人への警戒心からボロボロの身体に鞭を打ち、どこかへと消えていないのだろうか? そんなことを男は考える。
何故こうまで少女のことが気になるのか、男自身にもよくわからない。これまでも魔族を見逃してきたことは何度もあったが、こうまで心を揺さぶられる存在はいなかった。
それでも、敢えて例を挙げるとするならば彼が始めて魔族という存在を知る切っ掛けてとなった四人の魔族との出会い、その時に感じた時の気持ちが一番似ている。
あの少女と出会うことは、もしかしたら運命だったのかもしれない。そんな恥ずかしくなるような想いを胸に抱き、男は走った。
駆け抜けた森に生える樹の一つ。それに身体を預け、少女は今も眠っていた。そんな彼女の姿を見つけ、男はすぐさま彼女の前へと近づいてゆく。
触れれば壊れてしまうような物を扱うかのような手つきで、そっと少女の頬に手を伸ばす。ジワリと触れ合う肌から熱が伝わる。
ひとまず、目の前にて眠る少女の体温が冷たいモノへと変わっていなかったことに安心し、少女を起こさぬようにその身体を背に乗せた。
少女が落ちないように上手くバランスを取り、再び村へと戻ろうとする男。そんな彼と、その背に背負われた魔族の少女を男と共にこの場に来ていた少年は交互に見た。
苦悶の表情を浮かべながらも、どこか心を許したようにも見える獣耳の少女。そんな彼女の様子を優しい眼差しで見つめる男。
少年(……おいおい。まさか、〝そういうこと〟じゃねえよな。いや、まだ出会ったばかりだろうし。でも、一目惚れってこともあるし……)
そんな二人を見て少年は密かに嫌な予感がするのであった。
◇
木々の隙間から見える空は青から移り変わり、黄昏の世界が広がる。人一人を抱えて歩くというのはいくら身体を鍛えてあっても楽なものではなく、ジワリと滲む汗を拭いながら、男は少年と共に村へ向かって歩いていく。
視線の先には既に村が見えた。背負った少女をようやく休ませることができると思っているのか、男の表情は安堵したものになる。
だが、そんな彼の心に水を差すようにそれまで黙って後ろをついてきた少年がボソリと呟く。
少年「なあ、なあ。今更俺もお前の話に乗っかっておいてなんだけどさ、やっぱ兄ちゃん達になんも言わずに勝手に行動を取ったのは不味かったんじゃねえか?」
男「……うん、そうだね」
少年の言葉に対し、意外にもあっさりと男は自身の非を認めた。しかし、彼が自分のとった行動が悪いと認識しているとわかると少年は質問を投げかけた時よりも、より一層気落ちした。
理由は単純。以前も、その前も何度も同じような光景を目にしているから。
自身の行いが良くないことを理解している。だが、後悔はしていない。一度そうと決めたら誰に何を言われようと、確立した意思を曲げない。そんな人間が男なのだということを他の誰よりも少年は嫌というほど見てきた。
それは確固たる自分というものを持たない人間には眩しく、羨望の眼差しで見られることもなくはない。だが、言い換えれば融通の聞かない愚か者と見なされなくもないのだ。
そして、現在の彼の状況はハッキリ言って後者だ。
彼の考えに対し、他に誰も理解者がいないにも関わらず自分の決めた道理を貫こうとしている。
その果てに待つのは孤立だということを少年は知っている。人という存在は自身が理解できない現象や、考えを前にすると既知の常識を持ち出す。そして、己の知りえぬそれを理解する前に殆どが否定する。
そのことを少年は知っていた。まだ孤児院に彼がいた幼少期に。
だが彼には少なくとも一人、理解者がいた。前を歩く親友に背負われた人外の少女と同じく、誰よりも先に手を差し伸べ、自分自身にも分からない様々なものを共有しようとしてくれた少年がいた。
だから、少年は彼が魔族に対して他の人々とは違う考えを持つことを否定しない。するのは精々忠告くらい。
だが、異端な存在というものは良くも悪くも人を惹きつける。そして、少年は男が善なる異端であると信じている。そして、それが他の者の心にも認められると思っていた。
男槍使い「……全く、お前ってやつはつくづく俺の頭を痛ませてくれる」
村の入口には男槍使いと女弓使いの二人が立っていた。その表情は独断行動をとった二人、特に男を叱責すべきか、否か迷っているように見える。
そんな彼らの前に辿りついた男は心底申し訳ないという気持ちを抱え、素直に謝罪した。
男「すみません。でも、僕は怪我をしたこの子を放っておけませんでした」
女弓使い「馬鹿ね、そこは嘘でも依頼の進展に繋がる切っ掛けを見つけたとでも言っておけばいいのよ。
そんなに素直に非を認められたらこっちとしても怒らないといけないじゃない」
男槍使い「村の住人の前でもあるしな。
……見ろ。お前が取った行動は確かにそいつを救うかもしれないが、同時にこの村に住む人間に言い知れぬ不安を与えてることになっているということを」
そう言って男槍使いは村の中から遠巻きに男たちを眺める住人たちに視線を逸らした。
事実、彼の言うとおり住人の殆どが怯えを含んだ眼差しで男たちの一挙手一動を見守っていた。
男「……すみません」
男槍使い「まあ、お前の考えを変えることは無理だってことは今回の件でハッキリしたよ。だから、俺はもうお前に何も言わねえ。
その代わり、お前の取る行動。その責任やその後のフォローも含めた全ての責任をお前自身が持つと誓え。
それは、お前を仲間だと思っている俺たちに対してもだ」
真摯な眼差しで男を見据える男槍使い。そんな男槍使いに対し、男もまた強い意思の宿った視線で応える。
男「誓います。僕は、助けたいと思う誰かを助けられる人でありたい。
そして、そのために生じる責任に対しても決して逃げません」
それはある意味今後の彼の生き様を正式に決定づける誓いでもあった。これで男は己の今後の行動に二度と嘘をつけない。
この場で交わした彼の誓いはそれほど強固なものであり、それを否定することはすなわち男という存在そのものを否定することにほかならないからだ。
だからこそ、男槍使いも女弓使いもそれ以上は何も言うことはなかった。
男槍使い「……そうか。お前の選んだ道は茨の道だということを忘れるな。
誰もが皆、お前のような存在を受け入れてくれるわけじゃないんだからな」
男「わかっています」
男槍使い「ならいいさ。よし、それじゃこの話はもう終わりだ。ひとまず今お前が背負っているそいつの手当に入るとしよう。
……だが、その前に」
パンッと乾いた音が鳴ると共に、男の頬がヒリヒリとした痛みを伴って赤く腫れる。
男槍使い「悪いが、こうでもしないと住人たちにも示しがつかないからな。
魔物に襲われた住人の依頼を受けてその討伐に来た俺たちが魔族の少女を助けるなんて真似をするんだ。
言い訳は既にお前がしてるが、何の罰もないんじゃ向こうの反感が高まるだけだろうしな」
男「はい。本当に何から何までありがとうございます」
男槍使い「気にするな。手の掛かる奴は面倒だが、それが気に入ってる奴ならそれも含めて面倒を見てやりたくなるのが先輩ってもんだ。
おい、少年。お前は今から俺と一緒に村の警備だ。女弓使いは男と一緒にそいつの傷の手当てをして目を覚ましたらいろいろ聞き出しておいてくれ」
少年「え~。また警備かよ。なんで俺ばっかり」
男槍使い「文句言うな。恨むなら真っ先に男の肩を持つ自分を恨め」
少年「くっそ……それを言われると何も言い返せねえや。おい、男。トヴァルに帰ったらなんか奢れよ!」
男「了解。何でも言ってよ、僕にできることなら何でもするから」
少年「言ったな! 覚えてろよ、しばらくの間俺の支払いは全部お前持ちだからな!」
そう言って少年は男槍使いと共に未だに不安そうにこちらを見つめる住人たちの緊張を解しに向かった。残された女弓使いはポンッと男の頭を優しく叩くと、
女弓使い「それじゃ、あたしたちもやるべきことをするわよ」
男「はい!」
男の前を歩いて彼らが借り受けた空家に向かっていく。別れた少年、男槍使い。そして自身の前を進む女弓使いの全員に、心からの感謝を胸の内で男は伝えるのであった。
◇
暗闇から光へと手を伸ばした。苦しくて、痛くて、体中が悲鳴を上げている。それでも、まだ生きていたいと願う意思に呼応するかのように全身に絡みつく闇を振り払い、飛び出した光の世界。
目を開けた先、飛び込んできたのは見知らぬ世界だった。
?「……ココ、は?」
明滅する視界の中、目に映るのはどれもこれも彼女にとって縁の無いものであった。家という家屋は元より、家具、ベッド、机といったもの、その全てが新鮮であり未知の存在。
一体自分はどこにいるのか? 意識を失う寸前に出会った人間に捕まったのか? そう考える少女だが、不思議なことに今の自分には何も枷はない。
上半身を起こすと、身体のあちこちから痛みが走った。だが、これまで彼女が感じてきたようなどうしようもないほどの痛みではない。
よく見れば身体のあちこちに包帯が巻かれている。同時にキツイ香りが鼻についた。
ツンとした匂いを発するそれは、森に生えている薬草を磨り潰して怪我をした場所に塗った薬だった。
自分は誰かに助けられた。そう理解するのに時間はかからなかった。だが、誰が? 魔族としても人としても半端な自分に手を差し伸べるのだろうか。
そう少女が考えていると、現状に戸惑う彼女の不意を突くように彼女が今いる部屋の戸が音を立てて開いた。
男「……あっ!?」
部屋に入り、まだ眠っていると思っていた少女が目を覚ましたことに気がついた男は驚愕と喜びを混ぜた声を上げた。
戸の前に立つ彼があまりにも純粋で、悪意の欠片もない笑顔を浮かべるものだから、普段ならば人相手に警戒心をむき出しにするはずの少女は、つい毒気を抜かれてしまった。
唐突な展開。本来であれば拒絶の対象である人間。悪意や、恐怖といった感情だけをこれまで向けていた人という種族が自分の姿を見ても驚いた様子も見せずに屈託のない笑顔を見せるのだ。
森の動物たちの中にはあくまで共存という形での生活だったため、優しさという感情とは縁がなかったのである。いきなりこんな感情を向けられては、戸惑わない方が無理だろう。
少女と自分の食事を籠に持って入ってきた男はそれを部屋に備え付けられている机の上において、ベッドの上で呆けた様子で固まっている少女に近づいた。
男「よかった、目が覚めたんだ。えっと、傷の調子とかは大丈夫? 包帯とかも寝汗で緩んでいない?」
奇妙な感覚だった。目の前にいる男は少女にとって受け入れがたいと思っている種族なのに、警戒も敵対の感情も何故か湧いてこない。代わりに感じたのは暖かな陽だまりに包まれたような安心感。
かつて住んでいた森で共に過ごした動物たちに対して抱いていたのと同じ感情を、出会ったばかりの人間に与えられるのが少女にとっては、不思議で仕方がなかった。
?「……オマエ、いい匂いがするな」
椅子に腰掛け、様子を伺う男に少女は導かれるように顔を寄せた。不意打ち気味に近づく二人の距離。
男「なっ!? えっ!?」
突然の少女の行動に狼狽する男。女性から近づかれる程度のことで慌てふためくなど、彼にあるまじき反応であった。そもそも、それ以上のことを過去に済ませているのだから。
にも関わらず、男は初々しい反応を見せた。真っ直ぐに自分の瞳を見つめる少女から視線を逸らすこともできず、その瞳に浮かぶ深い色の中に引き寄せられる。
口から溢れる吐息は熱を持ち、心臓は大きく跳ね上がっている。
硬直する二人。生まれて初めての感情に戸惑う少女と慣れているはずの状況に対処できずに動揺する男。
鳥の囀りが外から聞こえる。風が吹き抜ける音が聞こえる。それが明確に耳に届くほどの両者の沈黙。だが、悪くないといえる程にはこの場の空気は柔らかいものだった。
?「ン~ッ。……あむっ」
互いの唇が重なりそうなほどな距離にまで近づいた時、少女はまるで幼い獣同士がじゃれあうように男の首元に甘噛みした。
それは、自分の知らない相手を知りたいという欲求からか、それとも自分という存在を相手に少しでも刻みたいという想いからか? もしかしたらその両方かもしれない。
少なくとも、今の男に分かるのは目の前の少女は現在自分に対して敵対心を持っていないということ。そして、そんな彼女の一挙手一動が自身の心を酷く揺らして、普段であれば冷静に対処できるようなことにさえマトモに思考が働かないということであった。
だが、そんな彼の心情などお構いなしに少女は男へのコミュニケーションを継続する。最初はおずおずと身体を触れ合わせていた少女ではあったが、無抵抗な男の様子から主導権を自分が握っていると判断したのか、徐々にその行動は遠慮をなくしていく。
首筋から耳たぶへの甘噛み、耳元に吹き掛かる少女の吐息。スンスンと鼻をヒクつかせて男の体臭を嗅いだりもした。
力を抜いて男にしなだれかかる少女の身体は、まだ成長途中ながらも豊満な感触を男の胸元にふよふよと与えてくれる。
このような状況を過去に経験したことがあるといえど彼も立派な男。部屋に入った時にはまるで想像もしなかったが、彼女の思惑がどうあれこの状況はある意味役得。女性に対して紳士でありたいと思うものの、時折本能は理性を勝る。
つまり、自らの意思とは別に身体が勝手に動くこともある。気づいたときには男の手は少女の髪を梳いていた。
手入れをしていないと思われる少女の髪は予想に反してサラリとしたものだった。
男が自身に触れてきたことに最初は驚き、ビクリと僅かに身を震わせた少女ではあったが、自らの髪を梳かれるその感触が心地良いのか、頬を上気させて瞳を潤ませた。
そんな彼女の姿に気分を良くした男はすっかり当初の目的を忘れて彼女の髪を梳き続けた。まるで手の掛かる子をあやしているようにも見える。
そして、男自身触れる前に少女に対して抱いていた劣情感はいつの間にかどこかへと行っており、今では孤児院時代に幼少の子供の相手をした時のことを思い出して微笑ましい気持ちになっていた。
優しい表情で自らを見つめる男からその心の機微を察したのか、先ほどまで持っていた主導権が彼に奪われつつあると思った少女は惚けた表情から一転、険しい顔つきになり、再度男の首元に顔を寄せた。
男「痛ッ!?」
一瞬の叫びと共に男の表情が僅かに歪む。少女が首元に顔を寄せたと思ったと同時に男の首元に短い痛みが走った。
すぐさま男は少女を引き剥がし、僅かな熱を生み始めながらズキズキと痛む首元に手を当てた。
見れば、痛む部位に触れた手にはほんの数滴分の血がついていた。おそらく少女が強く首元を噛んだせいで肌が傷つき血が流れたのだろう。
思わず少女の口元を男は見た。なるほど、先程までは熱に浮かされて気がつかなかったが、開いた口元から見える少女の歯には牙とも思えるほど尖った八重歯があった。
無理やり引き剥がされたことが気に入らなかったのか、少女の表情は不満気なものだった。主導権を自分が握っていると思っていたのに、反抗されたのが気に入らなかったのだろう。
反省の欠片もない少女の態度から男もようやく目の前にいる彼女が、自身の常識とはまた別の常識で動く魔族の一員であることを思いだし、それと同時にそもそもこの部屋に来た目的を思い出した。
だが、一応彼自身が持つ人としての常識から、男は少女の先ほどの行動をまずは叱ることにした。
男「こら! いきなり噛み付いちゃダメじゃないか。ちょっととはいえ血も出て痛いじゃないか。
僕は獲物じゃないよ。まあ、君はじゃれてるつもりかもしれないけどね。
けど、君は魔族で一応捕らわれている身なんだからもうちょっと警戒しなよ。僕だからよかったけど、他の人に今みたいな行動とったら敵意ありと思われるかもしれないよ?
……えっと、僕の言っていること分かる?」
キョトンとした様子で見つめる少女に思わずそう問いかけてしまう男。言葉は通じているものの、人間の持つ常識をどうやら少女はあまり理解していないらしい。
男自身も言ったが、少女の方はきっとじゃれているだけだったのだろう。だが、今の光景を村の人間が見たりしたら男が少女に襲われていると勘違いしても仕方がない。
それほど、魔族という存在は一般の人間からは恐れられているのだ。
だが、少女はそのことを理解しているのかいないのか、眉間に皺を寄せていた。どうも難しい話は苦手らしい。
男が少女に諌める口調で何かを伝えたというのは分かったらしく、それが先ほど自分の取った行動に対する反応だと判断した少女はしょぼくれた態度になった。
そして三度男の首元へと顔を近づけた。さすがに今回は先ほどの件もあり、男も少女を止めようとしたが、顔を近づける際に少女が微かに躊躇いを見せたのと、罪悪感を抱いているような申し訳なさそうな表情を見せたことで、結局その行動を容認してしまった。
少女は男の首元から流れる血をジッと見つめると、空気に触れて少しずつ乾き始めているそれをペロリと舐めた。最初はチロチロと、小鳥が餌を啄むように舌を傷口に当てた。
だが、男の血の味が気に入ったのか次第に舌だけではなく唇での吸引へと少女は移行した。くすぐったいながらも、ゾクリと背筋を走る快感を男は感じ、さすがに不味いと思い少女を引き剥がす。
気づけば傷口は少女の唾液でベッタリになっており、ベッドに押しのけられた少女は名残惜しそうに自分の存在を刻んだ箇所を眺めていた。
男「……厄介な子だな。互いの常識が違うから余計にタチが悪い」
一連の少女の行動から、どうにか上手く線引きをしておかないと彼女のペースに巻き込まれてしまうと悟った男は、ようやく本題に入る事にした。
男「え~、コホン。改めて言うのもなんだけれど、初めまして。
僕は男。人間だ。よかったら、君の名前を教えて貰えないかな?」
男の問いかけに対して、少女はしばし考える素振りを見せた。それは長らく呼ばれることのなかった自分の名前を思い出してのことだった。
しばしの沈黙の後、ようやく己の名を思い出した少女はニッコリと男に向かって微笑みながらその名を告げた。
半獣娘「ワタシ、半獣娘! お前、オトコ!」
ベッドの下に隠れた尻尾をフリフリと勢いよく振りながら少女は自らの名と男の名前を呼んだ。
男「そっか、半獣娘って言うんだ。よろしくね。
えっと、それじゃあ色々と話を聞きたいんだけど……」
そう言って話の続きを口にしようとした男ではあったが、半獣娘はウズウズと身体を小刻みに震わせて男の話などまるで聞いていない。どうやら、己の名を読んでもらえたことが嬉しいようだった。
そんな半獣娘は湧き上がる喜びの感情を持て余していた。そして、それを外部へと放出し、行動に移すのは直ぐだった。
半獣娘「オトコ! お前やっぱりいい匂い!」
全身包帯状態で、無茶をすれば身体が痛むというのにも関わらず、少女はベッドから男の胸元へと飛び込んだ。
予期せぬ一撃、その衝撃に備えることもできなかった男はそのまま少女に押し倒されて椅子ごと背後に倒れた。
結果、少女が気を失う前と寸分変わらぬ体勢になった。唯一違う点があるとすれば、警戒心と敵愾心で一杯であった以前とは違い、今回は半獣娘が男に対して抱いている感情は興味と好奇心であるということであろう。
もちろん、男もその事に関しては分かっているから、なるべく彼女の気を損ねないように注意を払いつつ、ゆっくりと彼女を身体の上から退かしてベッドに戻そうと考える。
だが、半獣娘の方はそんな気はさらさらないのか、ペロリ舌なめずりをしながら男を見下ろしている。おそらく先ほどと同じようにお気に入りの獲物を捕らえた征服者としての威厳を見せようとでもしているのだろう。
だが、少女が持つそのような獣の側面よりも今は寝汗でうっすらと透けた寝衣や、興奮から赤く染まった頬。そして獲物に対する条件反射とも思える艶かしい舌なめずりなどといった様々な女としての点の方が男には強く印象に残った。
意図はどうあれ熱い視線を送ってくる半獣娘からどうにも視線を外せずにいると、不意にこの部屋の戸を開く音が聞こえた。
少年「……なにやってんだ、お前」
おそらく、もっとも最悪のタイミングで戸を開けた少年は開口一番呆れた声色で男に向かってこう問いかけた。
そして、このようなみっともない光景を見られてしまった男は羞恥に顔を染めながら、上に乗る少女にお願いするのであった。
男「ごめん、とりあえずどいてくれるかな半獣娘」
男以外の人間の入室と、またしても自らの思い通りに事が進まなかったことから半獣娘は先の一件よりも更に不機嫌になり、その後しばらく一言も口を聞こうとしなかった。
結局、彼女とまともに話ができるようになるのは、腹を空かせた半獣娘がお腹の音を盛大に鳴らし、そんな彼女に男と少年が食事を持ってきて、彼女がそれを食べ終えてからになるのであった。
今回はここまでで
乙
います
面白い
すみません、ここしばらく忙しくて全然書き溜めができていないのでもうしばらく時間がかかります。
ただ、このままだと落ちてしまいそうなので本当に少ない量ですが続きを今日中にあげたいと思います。
◇
半獣娘の目が覚め、早数時間。元は冒険者たる男たちに村の人々より貸し与えられた宿場の中は緊張した空気が漂っていた。
目を覚ました半獣娘は最初に男と遭遇した時とはうってかわって何故か彼に懐いていたが、どうやらそれは彼だけに適用される例外であり、その他の人々に対しては警戒心を剥き出しにし、今も彼女を取り囲むようにして質問を投げかけようとする男槍使いや女弓使い、そして少年に対しては口を開くこともなく全身の毛並みを逆立てて拒絶の姿勢を見せていた。
男槍使い「……なあ、どうしてそいつはお前にだけは懐いてるんだ?
お前もしかして魔族の一員だなんてオチはないだろうな?」
呆れた口調で男にそう問いかける男槍使い。ベッドの傍に置かれた椅子に座りながら、肩からしなだれかかる半獣娘の機嫌を取る男はその質問に困惑した様子で返事をした。
男「そんなこと僕に言われても……。正直僕だってどうしてこの子が僕だけに心を許してくれるのかなんてわかりませんよ。
第一、僕だって最初に会った時はものすごい警戒されて襲われもしたんですよ?」
女弓使い「それにしたって不思議なものね。もしかしたらこの子は男が魔族に対してあまり否定的でないのを本能的に察してるのかもしれないわね」
男槍使い「ってことはなにか? 俺たちがいたら話もまともに聞けないってか?」
少年「見ての通りだよ兄ちゃん。そいつ俺たちに対しては警戒心全開。
こりゃ、話を聞けるか心配するよりか自分の身を守る方に専念しなきゃならないぜ」
男槍使い「となると、ひとまずこいつは男に任せるしかないな。
よし、男。お前そいつからできる限り情報を聞き出せ。それでどうにか今の事態が少しでも進展するようにな」
男「えっ!? ちょ、ちょっと待ってくださいよ」
女弓使い「じゃあね~男。頑張りなさいよ」
男槍使い「言っておくがそいつはこの部屋から外に出すなよ? そいつを勝手に連れてきたのはお前だから面倒を見るのもお前の役目だ」
少年「そういうこった。ま、死にそうな目に合うようなことがあれば助けに戻ってきてやるよ」
男「……うそ」
各々言いたいことだけを男に伝えて一人、また一人と部屋から去っていく。残された男は困惑した様子で半獣娘の顔を見つめる。
そんな彼の心情に気づかない半獣娘は先程までとは真逆の気の抜けた声でこう問いかけた。
半獣娘「……オトコ? どうした、ゲンキないぞー」
男「そうだね。ところで半獣娘、少し前にも聞いたと思うんだけれど君のことを教えてもらえないかな?」
半獣娘「んん?」
男「えっと、単刀直入に聞くけれど君はこの村の人を襲ったりしたかい?
その……最初に僕に会ったときみたいに」
表面上は穏やかな物言いで男は問いかけたが、内心はかなりの緊張感を抱いていた。
それもそのはず。今の半獣娘は大人しくしているが、最初の遭遇時に彼女は男に敵対の意思を見せて脅しをかけたりもしたのだ。
結局怪我の影響によって意識を失い、目を覚ました後は今のように男に対してのみではあるが友好的な態度を見せている。
ただ、これが彼女にとって敵と言えるであろう人間に捕らえられ、友好的な態度を男に見せることで傷を癒し、この場から逃げ出すための隙を伺っていると捉えることもできなくはないのだ。
だからこそ、男はできれば彼女を疑いたくないと思いつつも、依頼を受け現在も魔族による被害に怯えている村の人たちへの想いを優先してこうして探りを入れているのであった。
半獣娘「……」
重なる男と半獣娘の視線。ニコニコと無邪気な笑みを浮かべていた半獣娘はどこか苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、ポツリと呟いた。
半獣娘「ニンゲンは……嫌い。
意味のない狩りする。森を荒らす。何もしてないのに襲ってくる。
だから、襲ってきたやつは痛い思いもさせた」
ポツリ、ポツリと怒りと憎しみを込めた思いを吐き出していく半獣娘。そこにあったのは先ほどまでのような陽気な彼女からは想像できない暗い感情。
だが、その片鱗を遭遇時に垣間見ていた男にとってはある意味この返しは予期できていた。
表面上は穏やかな物言いで男は問いかけたが、内心はかなりの緊張感を抱いていた。
それもそのはず。今の半獣娘は大人しくしているが、最初の遭遇時に彼女は男に敵対の意思を見せて脅しをかけたりもしたのだ。
結局怪我の影響によって意識を失い、目を覚ました後は今のように男に対してのみではあるが友好的な態度を見せている。
ただ、これが彼女にとって敵と言えるであろう人間に捕らえられ、友好的な態度を男に見せることで傷を癒し、この場から逃げ出すための隙を伺っていると捉えることもできなくはないのだ。
だからこそ、男はできれば彼女を疑いたくないと思いつつも、依頼を受け現在も魔族による被害に怯えている村の人たちへの想いを優先してこうして探りを入れているのであった。
半獣娘「……」
重なる男と半獣娘の視線。ニコニコと無邪気な笑みを浮かべていた半獣娘はどこか苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、ポツリと呟いた。
半獣娘「ニンゲンは……嫌い。
意味のない狩りする。森を荒らす。何もしてないのに襲ってくる。
だから、襲ってきたやつは痛い思いもさせた」
ポツリ、ポツリと怒りと憎しみを込めた思いを吐き出していく半獣娘。そこにあったのは先ほどまでのような陽気な彼女からは想像できない暗い感情。
だが、その片鱗を遭遇時に垣間見ていた男にとってはある意味この返しは予期できていた。
半獣娘「ケド、ワタシはそんなあいつらと違って意味もなく何かを壊したりしない。
襲われたのならその分痛い思いをさせる。だけど、ワタシがこれまで狩りをしたのは食べるためだけ。
意味ない狩りしたらそれ、ニンゲンと一緒。だからワタシそれはしない。絶対に!」
おそらく、彼女の芯とも言える真っ直ぐさを瞳の光に宿して半獣娘は改めて男を見据える。
男(ああ……きっと、この子は今回の件には関係していない。
こんな短いやり取りでそう思うのも変だと思うけど、僕には分かる。
彼女は無関係だ。だって、この子は人から迫害されてもこんなにも真っ直ぐな考えを持ったまま成長しているんだから)
魔族に対して他の人間よりも過分な肩入れは入っているものの、客観的に見ても半獣娘が今回の事件とはほとんど関わりがないと判断した男はホッとした。
半獣娘「……信じてクレる?」
不安に揺れる感情を半獣娘の言葉から感じ取った男は彼女を安心させるため、柔らかな笑みを浮かべて答えた。
男「うん、信じるよ。心配しなくてもいいよ、他の人には僕がちゃんと説明しておく。
だから、そろそろ寝ていいんだよ。まだ傷もふさがっていないだろうし、起きてるのも本当はキツイよね?」
男はそう言うと、半獣娘の体を支えながらゆっくりとベッドに寝かした。
半獣娘「……オトコ」
男「ん? まだ何か言いたいことがあった?」
半獣娘「うん、と。信じてくれて……アリガト」
男「……どういたしまして」
半獣娘は男にお礼の言葉を告げると、数分も経たないうちに静かな寝息を立て始めた。やはり、内心では相当緊張の糸を張り詰めていたのだろう。
まだ幼さを残す少女の寝顔を男は黙って見つめ、そっと頬を指先でなぞった。スベスベとした肌だった。
男「……おやすみ、半獣娘。ゆっくり休んでね」
そう告げて男はしばらくの間半獣娘の寝顔を眺め続けるのだった。
見てるよ、期待
◇
――夜が来た。
虫の鳴き声、木々の隙間を通り抜ける風のささやき。そして村を照らす灯火の揺れる音のみを残し、静かに闇がやってきた。
月は天高くへと昇り、大地に淡い光を浴びせている。
村の住民たちは村の中に少女の姿をしているとはいえ魔物がいることに不安を覚えながらも、どうにか意識を眠りへと持っていこうとしていた。
警備につく大人たちの間には目には見えない緊張感が漂っている。
そんな中、村の住人たちと共に警備についている少年たち冒険者はある予感を感じていた。
男槍使い(……何か、起こりそうな空気だな)
一同のリーダーを務める男槍使いはピリピリと張り詰めた空気を肌で感じ取っていた。
と、同時に長年魔物との戦闘に赴いて来た彼は虫の知らせとでも言うべき予感を胸中に抱いていた。
村を訪れてから数日。これまで何の手がかりも得られなかった男槍使いたち。
そんな彼らの元に突如降ってきた魔物の少女という幸運。ここだけの話、彼女の存在は余りにもこの状況に嵌り過ぎている。
村長から聞かされた被害者たちの襲われかた。人間に対する少女の敵愾心。村の人々を襲う動機。その全てが奇妙なまでに合致している。
男槍使い(いくらなんでもこれは出来すぎだ)
平静を装ってはいるものの、村の住人たちの忍耐はもう限界に達していることに男槍使いは気づいていた。
いつ終わるともしれない現状に皆不満を抱いている。そんな中、不安に怯える住人たちの元へ寄越された一匹の生贄。
全ての条件を満たし、尚且つ手負いの魔物が手を伸ばせば届く距離にいるのだ。今日のところは男の説明と、冒険者たる自分たちの手前主立って文句を口にするものもいなかったが、明日にはそれも分からない。
突如舞い降りた現状に終止符を打つ存在に目を奪われ、それが真実かどうかを確認するまでもなく結論を出してしまう可能性が高い。
誰か一人でも声を荒げてしまえば、追い込まれた人々は救いを求めてそれに追従する。そうして、いつしか誰もが真実などには目もくれず、目の前にぶら下げられた格好の餌に食いつくことだけに集中することになるのだ。
そうなれば、もう終わりだ。こちらが何を言ったとしても彼らは決して聞き入れない。
今回の件は終わったものとみなされ、依頼を終えた自分たちは本来いるべき場所へと戻ることになる。問題は何も解決していないのにもかかわらず。
その結果、どうなるか。終わったと思っていた出来事は再発し、彼らに更なる被害を及ぼすだろう。
いや、それで済むのならば安いものだ。最悪の場合を考えれば、村の住人全てが死ぬ可能性も考えられるのだ。
おそらく、姿の見えない〝敵〟は力を持たない村の住人たちに対し遊び半分で襲いかかっていたのだろう。傷を負った住人はいたものの、未だ命を落とした者がいないのがその証拠だ。
だが、そこに自分たち冒険者という対抗勢力が突如として現れたことで状況が変わった。このまま遊びを続けた場合、下手をすれば自分たちの命が危ういと察したのだろう。
生物としての本能によるものか、それとも知恵を絞って出した結論なのかはわからない。だが、それが後者であった場合男槍使いたちにとっては非常に厄介であった。
もし、〝敵〟が知恵を絞るような魔族であった場合、男槍使いたちがこうして〝敵〟の痕跡を探したり、どのような存在なのかを想像しているのと同じように、相手もまたこちらを観察している確率が高いからだ。
男槍使い「……頭が痛いな、この状況は」
目に見える形で徐々に悪化していく現状に頭を悩ませる男槍使い。そんな彼の元に別の場所にて警備を担当していた少年が、彼と同じような考えに至り相談を持ちかけようとした時、この状況に変化をもたらすある出来事が起こった。
それは、半獣娘の監視兼看病に就いていた男から伝えられた、ある報告だった。
男「大変です、男槍使いさん。もうすぐここに魔物の集団が押し寄せてくるみたいです!」
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