・モバマスのSSです。
・初投稿、地の文有りです。
・読者の方々の認識と登場人物の性格・発言等差異がある場合があります。
拙い文章力故に長丁場になるかもしれませんが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
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両親について良い思い出と呼べるものは数える程しか無い。
ただ、私は母親の料理している背中が好きだった。
料理の味よりも、誰かが自分のために食事を用意してくれている。
そんな些細なことが何よりも嬉しかった。
学生時代は本気でプロを目指して料亭で働いていた。厨房の匂いが、手の込んだ長い仕込みが、より美味しいものを作ろうとする周囲の姿勢が好きだった。厳しいながらも私は確かにそこに充実感を感じていた。
しかし、結局私は料理の道では無く、全く無縁だったプロデュース業の道を歩むこととなった。きっかけは宗教に嵌まった母親が、私の安らぎの場であったキッチンの天井や床に教団の教えが書かれた紙を大量に貼り始めたことだった。一番大事な拠り所が汚された気分になり、しばらく厨房を離れた。
行き場を失い、人生に絶望しつつあった自分は社長に救われた。
「人を育てるのも、素晴らしい料理を作るのも、本質的なものは同じだと私は感じている。もしよければ、うちでプロデューサーとして働かないか?」
ナニカに縋りたかった私は、この言葉を信じた。
正直、今でもこの選択が正しかったのか分からない。
だだ、プロデューサーとしてアイドルを支え、まっすぐ前を見据えている彼女たちが、私が作った料理を食べ、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべてくれた時、安心するのだ。ああ、良かった。私はまだ人と触れ合うことができるのだと。
だだ、プロデューサーとしてアイドルを支え、まっすぐ前を見据えている彼女たちが、私が作った料理を食べ、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべてくれた時、安心するのだ。ああ、良かった。私はまだ人と触れ合うことができるのだと。
「プロデューサーの料理の腕は確かに素晴らしいです」
若干困ったような表情でリゾットを頬張りながら、事務員の千川ちひろさんは言う。
リスのように食べ物を頬張っている姿は大変愛らしい。
「それは良かった。もう少し追加しますか?」
「ええ、お願いします。このリゾット美味しいですね」
「少し多めに入れておきますね」
「ありがとうございます。家庭的で栄養バランスも考えられているのはとても良いと思います」
「アイドル同様に社会人は体が資本ですから」
「おっしゃる通りです」
ちなみに材料費は毎月アイドルの給料から天引きしているが、アイドルの人数が多いため微々たる金額に留まっており、幸い今の所苦情は無い。私としては両親とあまり食事をする機会の無い志原仁奈等の年少組が喜んでくれるのが何よりも嬉しい。
「一緒に食べるでごぜーますよ!プロデューサー!」
仁奈の食事の際のあの笑顔は最高だと思う。一度カメラに収める機会があったらそうしよう。
「でもね、明らかにプロデューサーの料理はおかしいんですよ!どう考えても普通じゃないんです!」
「……味や材料に何か問題でも?」
近くの商店街から購入している材料に特段問題があるとは思えないのだが。
「どんでもない!美味しいですよ」
ブンブンと首を振って否定してくれるのは嬉しいが、ちひろさんの髪の毛が料理に触れそうで怖い。
「異常なのは料理の効果です!どこのイタリア人のスタンド使いですかあなたは!?」
「トニオさん地味に好きなんですよ」
「でも、パール・ジャムってスタンドは明らかに料理に入れていい外見じゃないですよね?」
「ミニトマトに手が生えた感じですからね。それよりも何でスタンドが食べられてトニオさんにダメージが無いのか気になります」
「あ、それ私も思いました。って、違います!今はその話ではありません!」
アイドルは皆、激しい運動量をこなしているし、栄養管理をきちんとすれば体調がよくなるのは当然のことだと思うのだが、一体何が不満なのだろうか。
「料理自体に不満はありません。むしろ結婚して三食作って欲しいくらいです」
「前向きに検討しておきますよ」
「私はいつでもいいので」
「はい、では続きを」
「さらっとスルーして逃げないでください」
「ええ、続きをお願いします。何が不満なのか具体的に」
「………スタドリが全く売れなくなりました。年少組はともかく、学生組や大人組も何が入っているか分からないスタドリよりもプロデューサーの料理の方が健康に良いって」
「そもそもアイドルとプロデューサー相手に商売しないでください。あとスタドリの原材料ってなんですか?未だに不明なんですけど」
「企業秘密です。在庫大量に抱える羽目になるんで買ってください」
「お断りします。材料不明な薬品なんて飲めません」
「堅物ですね。市販薬だって材料不明じゃないですか」
「それとこれは別です。プロデューサーとしてアイドル及び自身の健康管理は義務ですから」
「まあ、スタドリの件は結婚して責任とってもらうからいいとしましょう」
これ以上結婚を迫られた場合、辞表を書くべきだろうか。ちひろさんと結婚した場合、確実に金銭的なトラブルを抱える羽目になる気がする。
>>7様 申し訳ありません。入力ミスです。
誤:志原仁奈
正:市原仁奈
再度文面を確認してから続きを投稿させていただきます。
お手を煩わせて大変申し訳ありません。
「明らかにプロデューサーの料理を食べた人が進化してます!というか、一部のアイドルなんてキャラが完全に崩壊しています!もう何人か完全に人間止めちゃいましたよ!」
「そうですか?」
某ロボット発明家や元婦警等、元々人外染みた能力の持ち主は何人かいたような気がしなくもないのだが。
「ええ、監視カメラでその様子を撮影しましたのでご覧ください」
「盗撮の件は、あとで早苗さんに通報しておきますね」
「コレを見てからでもそれが言えますかね。人間離れし過ぎにも程がありますよ」
どこか含みのある笑顔でちひろさんはビデオを再生した。
Case.01 北条加蓮の場合
「加蓮。少し疲れた表情だけど大丈夫か?」
「今日のレッスン少し厳しめだったからね。あと、Pさんお腹空いた」
「それを早く言え。毎日三食ちゃんと食べるって約束だろ」
「守ってるから大丈夫だって。過保護だなぁ」
映像内の加蓮と私は呑気に会話をしているが、正直人間一人の体調を管理するだけでも結構気を使うのだ。今は心臓に毛が生えているのではと時折思わせてくれるようになったが、いつ再発するか分からないため、加蓮が扱う仕事内容については細心の注意を払っている。
「過保護なくらいがちょうどいい。加蓮の場合は特に」
「んー、でも、Pさんがご飯作ってくれるようになってからジャンクフードあんまり食べなくなったし、自分でも少し作り始めたし」
「ああ、その件については親御さんからお礼言われたよ。やっと、加蓮が料理に興味持ってくれたし、健康的になったって」
「あー、はいはい」
「まあ、本当に良かったよ。加蓮が逞しくなってくれて」
「逞しいってアイドルに言わない方がいいよ。気にする子もいるだろうから」
「デリカシーが足りなかったな。すまない」
「ん、別にいいよ。まだ時間かかりそうだからゴミ出しておくね」
「すまん。助かるよ」
この映像を見て大人組に改めて事務所内での飲酒を避ける様に言い聞かせる必要があると思った。
映像内では尋常ではない量の空き缶やワインの空き瓶、ワンカップの瓶等がゴミ箱の近くに放置されている。
加蓮が呆れた様子でそれらを小さく握り潰してゴミ袋に入れている。年少組の情操教育にも良くないのでそろそろ対策を練るべきだろう。
「あーあ、昔はレッスンとかめんどくさいとか、だるいとか言ってた私が自主的にゴミ出しかぁ」
「確かに口では文句言っていたけど、一度も途中で投げ出したり、帰ったりしなかったからな。加蓮の担当を選んで良かったと思ってるよ」
「それ、言ってて恥ずかしくない?」
「昔、体調崩した加蓮にご飯食べさせる時にプライドなんて捨てたよ」
「お粥作るのに鮮度の良い材料が無いからって直接農家に頼み込んだよね。あまりの過保護ぶりにお母さんがちょっと引いてたよ」
「…少しショックだ」
この会話には覚えがある。確か加蓮が某ハンバーガーチェーン店の新作のライスバーガーのCMに出演した頃なので約2週間程前のことだ。
加蓮に何度か1日店長を務めてもらい、インターネット上でかなり話題になった後にCMに取り組んだのでかなり知名度の向上にはつながった案件だ。
「…最近、仕事多いけど無理してないか?」
「大丈夫。あなたが育てたアイドルだよ」
「どういう意味だ?」
「ちゃんと無理しない様にずっと見ててくれるって信じてるってこと」
「分かった。気を付けるよ」
「私さ、絶対Pさんが居なくなったらまた体調崩すと思う」
「胃が痛くなるから止めてくれ」
「Pさんが私のプロデューサーやってくれてる間は問題ないから心配ないよ」
「なら、いいけどな。ほら、パスタできたぞ」
「ありがと。あと、Pさん。私に言わずに結婚とかしないでね、不安になるから」
「何度も言われてるし分かってるよ」
「もし破ったらライスバーガーの刑ね」
一旦映像を切ってちひろさんは深呼吸をした。
若干リゾットが口のまわりについているのはご愛嬌。
「今の映像に明らかにおかしい点があります」
「別に普通だと思いますが?」
食事を作りながら加蓮と話していただけだ。何処にも違和感など無い。
汚れたお札を見つけた時のような表情でしばらくちひろさんは黙っていたが、やがて自分の机から何かが書かれた紙を取出した。
A社企画リスト9月度 北条加蓮
①CMテーマソング収録:1件
②ファーストフード店1日店長:都内2件
③ファーストフードの新商品のCM:1件
「このCM覚えてますよね?」
「もちろんです。担当アイドルのことですから」
加蓮が1日店長を務めた際に大勢のファンと取材陣が訪れた結果、店内のパンが切れてしまい一時注文を受け付けることができなくなった。
幸い米が残っていたので急遽『加蓮のギュッ♡とライスバーガー』を独断で販売。
これがきっかけとなり、A社は公式な商品として販売、もちろん当該商品のCMには加蓮が出演した。
CMの長さは25秒程度だが、インパクトが凄い。
通常の宣伝ならば、出演者の知名度、より食感をリアルに見せる為に具を派手にアップしたり、肉が焼ける食欲をそそる効果音等に力を入れるがこのCMは一切それが無い。一切CGを使用しない。
加蓮が微笑んでご飯を握って、具を挟む。
そして、『愛情注入しました』というセリフと共に若干潤んだ目で加蓮がバーガーを掲げる。
それだけのCMだ。
しかし、これが売れた。何故ならば、加蓮は炊飯器にから醤油のかかったご飯を取出して握ると何故か焦げ目がついている。それも綺麗なハート型に。
ご飯の両面に綺麗なハート型が焼かれている『加蓮のギュッ♡とライスバーガー』
加蓮が一日店長を務めた店で即興で見せたこの技がインターネット上の動画で話題となり、製品化へと至った。
『え、マジで?』『自演乙』『どうせCGだろ?』等の噂がもちろん相次いだが、生放送で実践して以降、この手の話題は徐々に減りつつある。
「どうやって作ってるんですか?あのバーガー、もとい焼きごはん。あとさっきの映像のここ!
どう見ても空き缶や空き瓶をペッタンコに潰してから捨ててますよね!病弱な女子高生が空き瓶潰せますか?」
「ああ、それ気になって本人に聞いてみたんですよ」
「それでなんて言ってたんですか?」
『Pさんのこといろいろ考えながらご飯握ったらできた』
「なにそれこわい」
ちなみに、何故かCuで同じことができる子が多かった。
「あと、ライスバーガーの刑ってなんですか?」
「根性焼きです。あのハート型の」
「や、やられたことあるんですか?」
「もちろん無いですよ」
「ですよねー」
流石に冗談だろうが、もし本当にやられたら一生消えない気がする。
あのCMは加蓮の今までの過程をかなり正確に沿っている。
最初は煮え切らず、燻っていた加蓮が本格的にアイドルとして活躍し、打たれた鉄のように熱い。
そんな加蓮の状況を如実に表している気がしてこのCMはかなり気に入っている。
「料理は情熱次第と、加蓮談」
「確かにそうなんですけど!そうなんですけど!何か違うんですよ!致命的に!」
「そうですか?内心は熱い加蓮らしいと思いますけど」
「…もういいです。次行きましょう。次」
何か諦めた目をしてちひろさんは空になった皿をこちらに差し出した。
「もういいですよ、この魔窟で生きるために責任とってもらいますから」
「はいはい」
一番変わったことと言えば、ちひろさんが以前ほどお金に執着しなくなったことだと思いながら黙ってちひろさんの皿に料理を追加した。
現時点では以上です。
『北条加蓮』は病弱故に達観していた人生を、身体的なハンデを乗り越えアイドルになったため、人一倍執着、情熱を抱いているイメージがありましたのでこのような形になりました。
お目汚し大変失礼致しました。
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