P「ぜひお祝いしてくださいね、っと……たはは、身内にだけ向けたつぶやきだけど音無さん恥ずかしがるかなぁ」
P「春香達を迎えに行くまで少し時間あるな。花でも買って行こうか。感謝のしるしに」
P(えっと、あのCDは……あったあった。一人で車に乗ってるときしか聞けないからな)
~♪
ひとつ
生まれた種
弱く小さいけれど
深く
根を歩ませ
強く今を生きている
P「……よし、花屋はいつも頼んでいるところにお願いするか」ブロロロロ
~♪自分になろうもっと誇れるように
かねてより打診していた大きなプロジェクト。それがようやく形になりそうだった。
形になったからと言って、それを本当にモノにするためにはより一層の努力が必要だ。
俺も、アイドルたちも、もちろん小鳥さんもこれからもっと忙しくなる。
俺は765プロなら何も心配はいらないと考えているが。
だから花を贈るのは、今まで支えてくれたことに対する感謝であり、これからのことをいっしょに乗り切る同志に対する労いの先取りなのだ。
~♪その心をちゃんと胸で支えて
P(あー……なんで花を贈るだけなのに色々考えているんだ。そんなかしこまる間柄でもないのに)
信号の待ち時間、そんなことをなんとはなしに考えて。
『その人』を認識するのに時間がかかった。
~♪何にだってなれる
P「音無さん!?」
彼女が、街中の横断歩道を歩いていた。
幼めの顔つきに柔らかな雰囲気、間違えようもない。
P「な、なんで。こんな時間にこんな所に? 事務所にいるはずじゃ」
P「買い出しか? まさかサボりってことは無いだろうし……というか、事務服じゃない」
P「社長が誕生日だからって気を利かせて早めに帰らせたのか?」
揺れ動く緑がかった髪を目で追う。
と、彼女は親しい人にあった時のように、手を少し上げ、ほころばせた顔で歩道にいる人物に駆け寄った。
道往く人に紛れて見えづらいが男性のようだ。
傍らにはベビーカーも見える。
音無さんは男性に笑いかけた後、ベビーカーに目を遣って、赤ん坊を抱え上げ――――
プップー!!!
P「!!」
信号が変わってもいつまでも動き出さない俺の車に、後ろからクラクションが浴びせられた。
P(知り合いだ。知り合いだ)
目に付いた所に路駐し、俺はあの横断歩道へと急いでいた。
P「音無さんは独身だ。子どもがいるわけがない。親戚か、それか知り合いの子なんだ」
P(余りにも自然な所作で、一瞬音無さんの子どもかと思ってしまったが、そんなわけはないんだ)
P(第一、音無さんはずっと事務所に顔を出してた。産休もなければおなかも膨らんでいなかった)
P「それに……そうだそれに、もし結婚を前提にした恋人ができたなら音無さんは教えてくれる、はず」
P「どこにいったんだ?」
P(って俺は何でこんなに焦って探しているんだ?)
ノヘ,_
,へ_ _, ,-==し/:. 入
ノ"ミメ/".::::::::::::::::. ゙ヮ-‐ミ
// ̄ソ .::::::::::: lヾlヽ::ヽ:::::zU
|.:./:7(.:::::|:::|ヽ」lLH:_::::i::::: ゙l いぇい!
ノ:::|:::l{::.|」ム‐ ゛ ,,-、|::|:|:::: ノ 道端に生えてる草は食べられる草です!
,ゝ:冫 |:ハ、 <´ノ /ソ:::丿
ヽ(_ lt|゙'ゝ┬ イ (τ" ホント 貧乏は地獄です! うっう~~はいたーっち!!!
r⌒ヘ__>ト、
|: ヾ ゞ\ノヽ: __ . ri ri
彳 ゝMarl| r‐ヽ_|_⊂////;`ゞ--―─-r| | / |
ゞ \ | [,|゙゙''―ll_l,,l,|,iノ二二二二│`""""""""""""|二;;二二;;二二二i≡二三三l
/\ ゞ| | _|_ _High To
P「って、あれは……」
いた。音無さんだ。ベビーカーを押す男性の隣。
楽しそうに笑いながら、話している。
P「音無さ……っ」
P(うっ、なんて声をかけよう)
P(なんか声かけ辛い……身内同士の話してるみたいだし)
P(それにもし男の方が仕事で関わった人だったら、無礼になる。声かける勇気がないわけじゃないぞ)
後ろから窺う限り、男の姿は二十代半ばくらいに見える。
音無さんに話かけるたびに見える横顔は、優男風で眼鏡をかけている。
仕事で会った人物を思い返してみるが、とりあえず覚えは無かった。
P「ビビることないんだよな。ていうか別れた後それとなく話しかければ……」
小鳥「いっ、要りませんよ!」
P「ん?」
P(なんだ音無さん、あんなに腕振って拒否して。もしかしてあの男、押し売りかなんかだったのか)
P(子連れでキャッチとは珍しいが、それも相手に警戒心を与えないためなのかも。
そうだあんなに楽しそうに話してたのも、男の話術によるもので……)
小鳥「ですからっ! 誕生日だからって指輪なんか新しく要りません! 私には――――」
そうやって音無さんは左手を男の前に突き出した。
小鳥「あなたからもらったこの薬指のだけで十分です!」
きらり、と秋の日差しが小鳥さんの細い指で照り映えた。
ああ。小鳥さんが微笑んでいる。
あの人は照れると口元がほころんで、顔を赤く染めて、そしてその後恥ずかしそうにちょっと舌を出すのだ。
小鳥さんは人目をはばからず、えいっと男に飛び込んだ。それを男が抱きとめる。
P(なんだこれは)
P(ドッキリか。亜美真美にしては対象年齢が高いドッキリだな。わかった真と響が悪乗りしたな)
P(あずささんをアドバイザーに、小鳥さんの年齢が求める幸せを演出して)
P(小鳥さんもノリノリだな)
P(ノリノリ過ぎですよ……あははははは)
P(ああ)
P(なんだこれなんだこれ)
P(こんなドッキリあるか。あいつらがこんなことするか)
周りの景色が遠くなる。辺りの音が遠くなる。
何を考えているか自分でも把握できない。
それでも小鳥さんを追いすがる足は止められなくて、彼女を追った。彼女と、彼と、赤ん坊を追った。
CDショップで新作を視聴する二人。
最初に小鳥さんが聞いて、ヘッドフォンをそっと男にかけていた。
食材を買いに行く二人。
小鳥さんはなにやら胸を叩いて任せなさいと言っている。苦笑する男になぜ笑うんですと慌てている。
時折、赤ん坊をあやす二人。
男が抱いていると、だめだめと横から小鳥さんが赤ん坊を取り上げた。母性が浮かぶその微笑みで赤ん坊は静かになる。
ああ。
ああ。
ああ。
小鳥さんは幸せだった。
その様子を見せつけられて、夢の中のように疑念が麻痺していった。
小鳥さんに旦那はいないとか子どもがいないとか、もしいたとしても隠せるはずがないとか。
そういった疑問は、どこか遠い世界にいった。
俺の知らない人生を送る彼女は、文句のつけようもなく幸福に満ちていた。
P(……もしも。もしも小鳥さんが、事務員としての人生で無かったらこういう幸せを手に入れていたんだ)
P(そりゃそうだ。小鳥さんは気さくで、やさしくて、暖かくて、素敵な女性だ。
それは隙だらけで、変な妄想をするところも含めて、魅力的な女性なんだ)
P(ああ、くそ、なんで俺は……)
プルルルルルル!プルルルルル!
P(!!)
P「電話……春香から?」
P「も、もしもし」ピッ
春香『ああっ、やっと繋がったー! プロデューサーさん今どこですかっ!?』
P「あ、いや、その」
春香『何かあったんじゃないかと心配だったんですよ!』
P「す、すまん。今迎えに行く」
春香の張りのある声に我にかえってみると、ここはあの横断歩道の近くだった。
いつの間にやら元の場所に戻ってきていたみたいだ。
春香『もう! 小鳥さんに花束買って行こうと思ってたんですからね! 帰りにお花屋さんに寄って下さいよ!』
P「えっ……小鳥さん?」
春香『そうですよ! 今日小鳥さんの誕生日なんですよ! 忘れちゃったんですか!?
そうだ、プロデューサーさんに繋がらなかったから、一回小鳥さんに連絡入れたんです。
繋がらないっていうと心配してましたから、プロデューサーさんから電話してあげて下さい』
P「小鳥さんが事務所にいる……?」
とっさに周囲を見渡した。
P(小鳥さんがいない。男も、ベビーカーも……)
春香『もしもし?』
P「あっ、ああわかった。そうするよ」
春香『はい!』ピッ
P「電話…………事務所じゃなく、小鳥さんのケータイに……いや、やっぱり事務所だ」
小鳥『はい、765プロでございます』
P「!」
P(うっ、う)
小鳥『……? 恐れ入りますがお名前をお聞かせいただけますでしょうか』
P「音無さん、俺です」
小鳥『プロデューサーさん! ああ、よかった! 春香ちゃんから繋がらないって聞いて心配してたんですよ』
P「ご迷惑をおかけしました。今から戻ります」
小鳥『はいっ! 早く帰ってきてくださいね。あのプロジェクトのこと聞きたくてみんなウズウズしてるんですよ』
小鳥『しかし、今までよりもずっと大規模になりそうなプロジェクトですよね。
みんな、もっと大活躍するんだろうな……うふふ。張り切っちゃいますね』
P「あの、音無さん」
小鳥『はい?』
P「そんな風にみんなのことばっかりで、後悔しませんか」
小鳥『へっ? 後悔なんて』
P「もっと別の幸せがあったとは思いませんか」
小鳥『う、うう~ん! やめてくださいよ~! そういうの頃ごろ嫌でも考えちゃうんですから』
P「……やっぱり」
小鳥『やれ結婚したーとか初孫見せたら喜ばれたーとか、精神攻撃も毎度受け続けてるとね!
だんだん不安になりますよ! どこで選択肢ミスっちゃったとか一人悶々とルートの検証を……!」
P「結婚とか子どもとか考えますか。そっちの方が幸せだったとか考えますか」
小鳥『……悩みっぱなしですよ』
P「そうですか」
小鳥『……でも、答えなんて決まってるんですけどね』
P「え?」
小鳥『そうですよ。プロデューサーさんなら言うまでもなく分かってると思ったんですけどね』
P「どういうことですか」
小鳥『がんばってる子を支えて、その輝きを一番間近に感じる。泣き虫だった子が強く、意地っ張りな子が仲間に優しく。
頑なだった子が思いやりある子に。優しい子がその優しさをみんなに分ける』
小鳥『そんな成長を、そんな絆を一番近くで感じられる』
小鳥『これって世界で一番幸せなことです』
小鳥『あたし、そんな妹たちを持てて幸せマックスに日々を生きておるのです』
小鳥『とか言ってみたり……えへへ』
P「…………」
小鳥『もしもし、プロデューサーさん? やだもう反応ないと辛いじゃないですか~』
P「ごめんなさい。いや実はですね、ちょっと居眠りしたとき変な夢を見てたもんで」
小鳥『夢?』
P(そうです。それで勝手に思いこんじゃったんですよ)
――『こっち』が幸せじゃないなんて
小鳥『夢ってどんな夢ですかー?』
P「それはまた戻った時に」ピッ
P(夢だったんだ。そうだ)
P(季節の変わり目に陰陽は入れ替わる。そんなことを貴音に聞いたことがある。
別の道がちらりと見えることもあるのだと)
P「でもそれで――こっちが間違ってるとは限らないよな」
春香「小鳥さん誕生日おめでとうございます!!」
小鳥「ひゃぁ! 何その花束!! 新装開店!? はっ! あたしに新装開店しろというのね!!」
P(でも、あの幻が心に深く残ってしまったことは事実で……
やみくもに巨大な花束を買ってしまった)
春香「プロデューサーさんが買ったんですよ!」
小鳥「ええっ!! なぜこんな大きな! はっ! あれですか今まで受け取り損ねたブーケの代わりということですか!」
P「いや、そういうわけじゃ……いや、そうです」
小鳥「えー!」
P「気を引き締めるためにね。小鳥さんあのプロジェクト絶対成功させましょうね」
小鳥「……もう、こんな花束でけん制しなくたって、あたしはずっと765にいますよ! 途中でリタイアとか、しないですからね!」
真美「えー! ピヨちゃん! 寿退社しないのー!?」
亜美「あたしたちはうれしーけど、女としてはどうなのって感じがするねい。今なら撤回OKだよ~」
小鳥「し、しないわ!!」
小鳥「私音無小鳥は仕事に生きるのです!! 仕事が恋人なのです!」
真美「亜美~ハンメンキョーシにしようね」
亜美「うん、いつもピヨちゃんの姿を思い出して迷いを断とうね」
小鳥「がーん!」
――夜
例のプロジェクトを発表したことで発生した大量の雑務をこなすため俺達は事務所に残っていた。
未成年の律子を帰して、音無さんと二人。励まし合いながら処理を続ける。
小鳥「あっ」
そして0時を回った時、彼女は小さく声をあげた。
誕生日が終わったのだ
小鳥「……」トントントン
P「……」
帰って下さいといくら勧めても小鳥さんは帰らなかった。
昼間言ったことに対して意地になってるかのように。
ペンを無意識に振りながら、時計をしばらく眺めつづける。
コチコチ、と針は時を刻み続ける。
P「――小鳥さん。自分だけの幸せも見つけていいと思いますよ」
小鳥「――――え?」
P「むしろ見つけるべきです。妹たちの為にも」
小鳥「Pさんなに言って」
だめだ、言葉が止まらない。遅れたと思うから。
P「俺も小鳥さんと同じようにアイドルが好きです。
今は恋愛沙汰にも気を使ってますが、あんなに頑張って輝いた彼女たちはいつか人並みの幸せを手に入れてほしいと思ってます」
P「仕事と使命に、燃え尽きてしまうところを見たくないんですよ」
P「――それは小鳥さんにも言えることなんです」
P「真美がいったような反面教師じゃなく、まっとうな教師になってほしいんです」
小鳥「ええ、はい、言ってることは分かります……でも……」
ああもう
P「小鳥さん」
小鳥「はいっ」
P「誕生日おめでとうございます」
小鳥「あはは……さっき過ぎましたよ」
P「いいんです。今日は新しい小鳥さんがスタートする日ですから」
小鳥「はい? 新しい?」
P「そうです。ちゃんと『自分の幸せを追える小鳥さん』の誕生日です」
小鳥「ええっそんな」
P「ダメです! 妹たちの見本になって下さい!」
小鳥「ううう、そりゃあ自分でも幸せになりたいとは思いますが、どうすれば……」
P(『あの』小鳥さんはどうやったんだろう)
P「優しげな男性にですね、お姉さんをアピールしつつも、それがなんか空回ってる感じを出して、しょうがないなあと思わせて下さい」
小鳥「な、なんですかそれは!?」
P「こうやれば間違いは無いはずです。俺には分かります」
小鳥「はぁーん……」
P(うわあ、なんかジト目で睨まれとる)
小鳥「プロデューサーさん、まさかそんな感じでアイドルの指示出してませんよね」
P「うう」
小鳥「そんなアドバイスでうまくいくなら最初から苦労はありません」
P「うっ、はい」
小鳥「あと馬鹿にされてる感じがします」
P「すいません……」
小鳥「しょうがないですね」
P「申し訳ない」
小鳥「反省してください」
P「……はい」
小鳥「……」
P「……」
小鳥「……」
P「……」
小鳥「……ふふっ、なーんて! 嘘です、気にしてませんよ」
P「え」
小鳥「はいはい、お姉さんは許してあげますから、顔を洗ってきてください。汗かいてますよ」
P「うっ、はい」ダダッ
小鳥「う、うまくいったのかしら。空回りになってたかしら。いや空回りを狙って空回りしなかったのならそれは空回りと言っていいんじゃ……
いや、しょうがないなあと思われるのが大事なのよね。どう思ったのかしらプロデューサーさんは」
顔を水で二度、三度と洗う。
鏡を見ると前髪がしなって前に垂れているのがおぼろげに見える。
タオルで顔を拭うと、外したコンタクトに手を伸ばした。
と、そこで気配を感じる。
P「小鳥さん?」
小鳥さんがドアの縁から顔だけ出してこちらを窺っていた。
小鳥「はうぁ! いやこれはですね。しょうがないなあと思っているか様子を見に来たわけではなくてですね……って」
P「な、なんですか」
小鳥「そう言えばコンタクトでしたね」
P「そう、ですが」
小鳥「眼鏡の方が、あたし似合うと思いますよ」
なぜか今、ふっと思ったんですけど。
とそう小鳥さんは付け加えた。
完
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