Steins;Stratos -Refine- �  (517)

このSSは既に完結している


紅莉栖「岡部、IS学園に転入して」

改め

Steins;Stratos の改定版です。


足りなかった表現。
都合により切り取った場面などを補完してのSSです。


一度完走しているSSですので、完全sage進行でゆっくり、時間をかけて書いて行こうと予定しています。
更新頻度は不明。
けれど、エタることはないと思います。
時間を気にせず、気長に満足いくまで書こうと予定しています。

完結後にお叱り、ご指摘を頂いたポイントも考慮していますが“別物”ではございません。
改定版なので、話しの大筋は変更されてないのでご了承下さい。
物語が進むに連れて、使いまわしの文が多くなることもあるかと思います。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1363409516






岡部『紅莉栖! 紅莉栖! 無、事────』

 目に入る絶望。
 心臓部から流血する血液。

 白いIS学園の制服は紅莉栖の鮮血で真っ赤に穢れていた。


紅莉栖「おか──べ……ごめ、ん……ね……ぇ」

 
 何も、聞こえない。 
 静寂のみが煩い。


 ISを纏っている身では紅莉栖の体温が解らない。
 この機械の手が、今は邪魔で仕方が無かった。
 

岡部『────────あ、』

 



 
 

          ∧   
 ─────ヘ/  ':, /`ーw─'^ー ─ - 
             ∨
 



 




 ────ゴクッ。



岡部『カッ────アッ……ッッ!!』

 喉まで出掛かっていたモノを飲み込む。
 叫びたい。

 感情のままに叫びだし、爆発させてしまいたい。

岡部『────ッッ!!』

 ダメだ。
 それだけは、してはいけない。

 叫び出してしまったら、きっと止められない。
 この感情を爆発させてしまってはいけない。


 ──諦めてはいけない。


 叫び声を我慢した際に噛み切った唇から、大量の血が流れていた。
 


岡部『まだ、だ……まだ、終わらん……まだ、まだ……』

 ──ハッ・ハッ・ハッ。

 過呼吸気味になる呼吸。
 体が正常に機能しない。

 紅莉栖を抱きしめる腕が震える。
 脳が麻痺しようとしていた。

 けれど、思考を止める訳にはいかない。
 思考停止は即ち、一夏と紅莉栖の死を受け入れることになる。

岡部『まだ……ま、だ……まだ……』

 ガチガチと歯が鳴る。
 震えが全身にまで至っていた。

岡部『“石鍵”ぃ……俺にははは、こっここにはっ、コレが……コイツがっ……あ、あ、あ!!』

 動悸が激しくなる。
 眩暈がするほど血圧が上がっていた。

 ──ググッ。

 “蝶翼”。
 ウィングスラスターを開放しようとする。

 しかし、紅莉栖が施したソレが展開を邪魔した。
 


岡部『何でだよっ!! 今、跳ばなきゃ何時飛ぶんだよっ!!』

 目からは涙が溢れ、声も上手く発音出来ない。
 何度も何度も“蝶翼”を作動させるが、羽は開かない。

岡部『頼むよ……コレしかない、コレしかないんだ……頼むよ……』

 少しだけ開かれたスラスターの隙間から、光燐が溢れ出す。
 翼となれないソレは放電現象を起こし“石鍵”を包み始めた。








 ────べ。










 ────跳べよおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!

 
 
 
 
 





 

 


         最終章

 ── Hacking to the Gate ──








 

おわーり。
ありがとうございました。








 ────跳べよおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!
 








 ──────。



 ────────────。



 ──────────────────。

 
 

 
 ヴー・ヴー・ヴー。


 ヴー・ヴー・ヴー。



 ──────。



 ────────────。



 ──────────────────。
 




 




 ──電話。鳴ってるわよ。











 ──────。



 ────────────。



 ──────────────────。

 
 

 

 
岡部「────ッッ!」

 白んだ世界が開け、視界がクリアになる。
 見たことのある景色だった。

 ──電話? 誰からだったの? もしかして、まゆりとか?

 恐らく、自身になのだろう。
 声がかかった。

 岡部を呼ぶ声。
 それは、耳に馴染んだ声であった。

岡部「……」

 岡部は立ったまま動けなかった。
 何故、自分が今立っているのか。

 携帯電話を握り締めている。
 なぜ耳に当てているのかが理解出来なかった。

 全身から汗が噴出している。

岡部「……」

 首が動かない。
 それどころか、体中で言う事を聞くパーツが見当たらない。

 ──ねぇ、どうしたの?

 どくん・どくん。
 心臓の早鐘を打つ音が聞こえる。

 まるでネジを回すように、ギリギリと首だけを右に回した。
 それだけの行為が、今の岡部にとってどれほど勇気の必要とする作業であっただろうか。

 食堂。右隣席。
 目線を落した先に居る、赤茶色の髪をした少女。

岡部「──紅、莉栖」

紅莉栖「ん?」

 “牧瀬 紅莉栖”がそこにいた。

 





 時計は午後19時を指し、夕食時とあって食堂は賑わっていた。
 隣の席には紅莉栖が座っている。

 眉をしかめ、岡部を睨む紅莉栖を他所に視線を他所へと移動する。
 対面には“織斑 一夏”が居た。

岡部「ぁ……」

 そして周りには何時ものメンバーが座っている。
 状況を飲み込めない。

岡部「……じょ」

紅莉栖「ジョ?」

岡部「助手スティーナ……今日は、何月何日だ?」

 視線は宙を浮いたまま。
 声は感情を含まぬまま、紅莉栖へと質問を投げかける。

 岡部の脳は、未だに全てを理解してはいない。

紅莉栖「はぁ……? なに寝惚けてーって……なんかもう突っ込むのも面倒だわソレ」

岡部「何月……何日だ……?」

一夏「12月22日だよ、凶真」

 岡部の問いに一夏が越えた。
 はっきりと良く聞こえる声で、12月22日と。

岡部「(22日…………?)」

 訳がわからなくなる。
 何が起きたのか。

 さっきまで何をしていたのか。
 記憶が曖昧だった。

 携帯を握り締めていることも忘れ、その手で髪の毛を掻き毟る。
 岡部の顔色は最悪だった。

 12月22日。
 無理矢理にでも記憶を手繰る。

 24日はクリスマスイヴ。トーナメント当日である。
 前日は楯無との瞑想があり、その前の22日となれば……。

岡部「(眼帯娘との極限スパーリングの後か……)」

 一夏の顔を見やると今にも意識が飛びそうな表情をしている。
 自身の身体も極端に重かった。

岡部「(成功したのか……?)」



 ────なにに、成功したんだ?



岡部「(俺は一体、何を……)」

セシリア「倫太郎さん? お食事中に席を立つのはお行儀が悪いですわよ?」

箒「電話が終わったのなら座ったらどうだ」

鈴音「図体のでかいアンタが立ちっぱだと、何か落ち着かないのよね」

 岡部の内心など知る由も無いガールズである。
 心境を察してそっとしておくことなど、出来るはずもなかった。
 


岡部「あ……あぁ」

 すとん。と椅子に腰を下ろす。
 目の前には、飲みかけのドリンクだけが置いてある。

岡部「(そうだ、食欲がなくて……)」

 さらに記憶を遡る。
 状況を理解する必要があった。

岡部「(お、落ち着け……)」

 ギュウゥ、っとズボンの裾を握り締める。
 思い出さなければならなかった。

岡部「(リーディング・シュタイナーは発動していない……)」

 “運命探知の魔眼”-リーディング・シュタイナー-は作動していない。
 それはつまり、世界線を移動していないと言うことだった。

岡部「(蝶翼……! あの時、俺は蝶翼を……いや、違う……)」

 “蝶翼”-ノスタルジアドライブ-。
 過去一度、この能力を大事な場面で使用した時にはリーディング・シュタイナーが発動していた。

 世界線は変動していない。
 それに“蝶翼”には封印が施されていて、発動出来なかったはずである。


 世界線を移動せず、時間を逆行する。


 過去へ戻る芸当。
 岡部の知る限り、それをする方法は1つしかない。

 神をも冒涜する12番目の理論。

 かつて、秋葉原のちっぽけな一室で生まれた偶然の産物。
 自らの手で破棄した、未来ガジェット8号機に付与された能力。


 ──タイムリープ。


 記憶だけを過去に送る御業。
 岡部は再び、過去へとタイムリープした。


 



岡部「オァッッ……うぷっ……」

 トイレに胃の内容物を吐き出す。
 2日前に食べた物を吐くのは、妙な気分だった。

 とは言えほとんどが固形物ではなく胃液である。
 嘔吐と言う作業は余計に岡部の体力を奪っていた。

岡部「はぁはぁ……」

 胃から込み上げてくる熱いもの。
 頭の中も、胃の中もぐちゃぐちゃになっていた。

 
 




一夏「凶真のヤツ大丈夫かな……?」

箒「急に気分が悪くなったと言っていたがな」

鈴音「明後日に試合があるから、ナーバスになってんのよ。アレでアイツ小心者っぽいし」

紅莉栖「……」

 岡部はその後、トイレへと席を外していた。
 気分が優れないと理由をつけて。

ラウラ「──で、紅莉栖」

紅莉栖「えっ、あぁ、はいはい」

ラウラ「話しを戻して良いか?」

 岡部のことを気にかけていた紅莉栖にラウラが話しかける。
 中断していた会話の続きを所望していた。

紅莉栖「えーっと、ラボの話しだったわね」

セシリア「そうですわ。度々話しに出てくる“らぼ”とは一体なんですの?」

一夏「そう言や、詳しくは聞いたことなかったんだよな」

シャル「何時もオカリンがなんとなーく、話しに入れてくるだけだもんね」

紅莉栖「そう……ね……」

 話しの途中で岡部が行ってしまった。
 当然のように紅莉栖がラボラトリーの説明をせねばならない。

 紅莉栖は言葉に詰まっていた。
 


紅莉栖「(何て説明すりゃ良いのよ、あれ……)」

一夏「仮装大会の時に来た“椎名 まゆり”さんもラボの一員なんだろ?」

紅莉栖「えぇ、そうよ」

ラウラ「まゆりか。ヤツの裁縫の技術はただ事では無いと本国の者が言っていた。なるほど、レベルの高い集団のようだ」

 仮装大会の写真は既にドイツ特殊部隊“シュヴァルツェ・ハーゼ”に送信されている。
 まゆりが手掛けた岡部のコスプレは特殊部隊でも大好評であった。

 そして、専用機持ちオンリーの仮装大会となったために、その映像や写真は世界的に広まっていった。
 岡部の知らぬ所でファンが増え続けている。

 “シュヴァルツェ・ハーゼ”副隊長である“クラリッサ・ハルフォーフ”などは、岡部×一夏の同人本執筆に着手していた。

紅莉栖「あー……どう、だろ……」

 レベルねぇ。と、思う紅莉栖であった。
 が、実際に未来ガジェット研究所員の実力は中々である。

 天才と言われる“牧瀬 紅莉栖”。
 その紅莉栖すら舌を巻くPC技術を持つ“橋田 至”。

 仮装大会でその腕を(結果的に)世界中へ見せ付けた“椎名 まゆり”。
 そして世界で2人しか存在しない、男性IS適性者“岡部 倫太郎”。

 他ラボメンのスペックも決して低くは無い。
 むしろ、その分野にいたってはかなりの実力を発揮する者達であった。

紅莉栖「んー……まぁ、岡部が秋葉原で部屋を一室借りてるのよ。ソコに皆で集まってわいわいしてるだけって感じ」

シャル「でも、ラボって言う位だから何か研究してるんじゃないの?」

箒「何かを作っているとかか?」

紅莉栖「……作って、る……た?」

鈴音「?」

紅莉栖「いや。最近はもう何もしてないと思う、うん」

一夏「凶真や紅莉栖がコッチに来てるから、それは仕方ないんじゃないか?」

セシリア「それも……そうですわね」

 一様に納得する面々。
 ラボに対する興味は薄れるどころか、深まっていく。
 


ラウラ「是非一度行って見たいものだな」

シャル「うんっ! 良かったら今度行ってみたいなぁ」

鈴音「面白そーね」

セシリア「わたくしも、そのラボラトリーと言うものに興味がありますわね」

箒「紅莉栖達の職場のようなものだろう? 興味があるな」

一夏「なぁ、紅莉栖。今度俺達も遊びに行っちゃだめか?」

紅莉栖「え゛っ……」

 この学園に居ると麻痺しがちになるが、今一緒に食卓を囲んでいる面子。
 その誰もが専用機を持つ、言わばIS操縦のエリートである。

 ISは1機で軍事バランスを崩す程の力を持つ。
 岡部の物を合わせて、7機。

 国を落せる力。
 そんな大それた物、人たちがあの汚いラボへ?

 紅莉栖は苦笑いを浮かべるしか出来なかった。

岡部「未来ガジェット研究所の扉は常に開いている。何時でも来てくれ、歓迎する」

一夏「凶真」

 お手洗いから帰ってきた岡部が後ろから声をかけた。
 顔色は優れない。
 


紅莉栖「ちょっと、平気?」

岡部「あぁ。胃の調子が良くなかったらしい」

 再び椅子を引き、紅莉栖の隣へと腰をかける。
 ラウラと行った訓練の影響が強いのか、身体が思うように動かなかった。

ラウラ「そうか。ではお言葉に甘えるとしよう」

岡部「あぁ。ただし、ラボメンになる為には厳正なる審査と試験が──」

紅莉栖「無いだろ」

岡部「……まぁ、お前達なら問題無い。時間が空いている時にでも来てくれたら紹介しよう」

ラウラ「“あきばはら”と言う町にも興味がある」

シャル「日本のコミック文化を学べる町なんだよね?」

セシリア「イギリスでもその町の名前は良く目にしましたわ。聖地、サンクチュアリと」

一夏「間違った日本の知識か……」

箒「の、ようだな……」

鈴音「中国でも秋葉原を勘違いしている子って結構居たわ……」

 外国人にとって、秋葉原は魅惑の町でもあった。
 数多くある家電量販店。

 近年ではアニメ・漫画の文化も外国へ浸透している。
 そのため聖地として秋葉原を報道している節もあった。

岡部「そうだな。時間さえあれば秋葉原の歩き方も教えよう」

紅莉栖「牛丼は食べるべきね」

 あれやこれやと話しが広がる。
 ラボにも、秋葉原の町にもどんどんと興味が深まっていった。

鈴音「──まっ、それもこれも全部はクリスマスの試合が終わってからね」

 鈴音の一言で空気がピリッとしたものに変わる。
 


箒「そうだな。試合に勝って、新年を気持ちよく向かえてから……だな」

セシリア「それは残念ですわね。何せ優勝出来るのは1人……つまり、気持ちよく新年を向かえられるのは──」

ラウラ「私1人と言う事になるな」

シャル「あはは……」

一夏「はははっ! 良い試合にしような」

岡部「……」

 試合。
 その一言で岡部の顔が固まった。

 全てを出し切ったはずの胃がまた熱くなる。

一夏「なぁ、凶真?」

岡部「えっ……あぁ、そうだな……」

紅莉栖「……?」

 不自然に変わった岡部を纏う空気。
 それに気付いたのは紅莉栖だけであった。

岡部「(そろそろ、か……)」

楯無「2人とも、お疲れさまーっ!」

 ひょっこりと楯無が顔を出す。
 何時の間に? と顔を作る一同。

 ただ1人、岡部だけが動揺することなく楯無の登場を受け止めた。

 






楯無「うんっ。大丈夫、安心してかいちょーである私に任せなさいっ」

岡部「そうだな……とりあえず、今日は疲れた。部屋に帰って休ませて貰おう」

一夏「だな……俺も疲れたよ」

 その言葉で全員が席を立つ。
 部屋へ帰る者。浴場へ向かう者。IS整備室に向かう者と別れる。

 岡部と一夏は足を揃えて自室に向かった。

岡部「俺はもう寝る。シャワーは朝に浴びるから好きにしてくれ」

一夏「おう。じゃぁ俺もシャワー浴びたら寝るよ。おやすみ」

岡部「あぁ、おやすみ」

 
 






一夏「……ぐぅ」

 気持ち良さそうに寝息を立てる一夏。
 一方、岡部の目は覚めていた。

 眠れるはずがない。

岡部「……」

 布団を頭まで被り、ペンライトで手元のノートを照らしている。
 一夏が眠ったのを確認してから作業を始めた。

 本来なら1人でゆっくりと行いたかったが、ソレは難しかった。
 同室の、年下の男は何とも気を効かせる友人なのだ。

 こんな表情で、ノートと睨めっこをしている姿など見られたら首を突っ込まないはずがない。
 部屋の外で顔馴染みに会うのも避けたかった。

 必然、布団の中での確認作業となる。
 ノートに書き込まれた様々な言葉、出来事。

岡部「思い出せ……」

 12月24日。
 あの日、何が起きたのかを思い出さなければならなかった。

 
 



岡部「……」

 カリカリとノートに走るペンの音が布団にこもる。

 12月24日。
 あの日起きた、目を背けたくなるような惨劇を思い出さなければならない。

岡部「……」

 ぐちゃぐちゃに書き殴られているノート。
 世界線の変動や考えなければならないことは山積している。

 けれども、今一番考えなければならないのは、この状況を作り出した原因。
 タイムリープについてだった。

岡部「やはり、あの時だ……」

 紅莉栖を抱きしめ、蝶翼を展開しようとしたあの瞬間。
 その瞬間までは記憶がある。

岡部「しかし……紅莉栖の封印は確かに生きていた」

 何度も何度もスラスターを開放しようとした。
 しかし、翼が開くことはなかった。

岡部「音だ。あの時、音が……」

 記憶を手繰り寄せる。
 むせ返る様な血の匂いを鼻腔が思い出した。

 脳裏に蘇る光景を無視して、あの時聞いた音を思い起こす。
 放電音だった。

 バチバチと放電する音を思い出す。
 それは、数ヶ月前に作った電話レンジの音に酷似していた。
 


岡部「やはりタイムリープ……だが、新しいガジェットの告知は無かった」

 今までを考えると、新しい能力が発露される場合は常に新しいガジェットが作られていた。
 が、今回はそのようなことは無い。

 あの状況で告知を見逃すことは充分にありえる。
 岡部はデバイスを開いた。

岡部「……ガジェットの更新は無い」

 デバイスからISの装備状況を見る。
 新しいガジェットが作られた情報などなく、何時ものままだった。

岡部「いや、よしんば更新があったとして過去に戻っているのならソレも元に……」

 ペンが止まる。
 思考の袋小路に入っていた。

岡部「無理矢理、蝶翼を展開しようとした。その結果、体ごと跳ぶタイムトラベルではなく、タイムリープが作動した……」

 結局、この程度の結論にしか辿り着けない。
 なんの確証も無い結果。

岡部「どうする……明後日、明後日にはもう……」



 一夏と紅莉栖が死ぬ。



岡部「くっ……」

 布団の中で声が漏れる。
 考えた。

 考えて考えて考えて考えた。
 気が着くと、意識はまどろみ岡部は眠りに付いていた。

 






岡部「ん……」

 空調が効いているとは言え、12月の気温は寒く意識を目覚めさせるのに苦労する。
 瞼が異様に重かった。

一夏「おっ、起きたか」

岡部「……ッッ!?」

 弓でも引いたかのように体が反応する。
 淀んでいた意識は一気に覚醒した。

岡部「今、何時だ……?」

 眠っていた? 何時間?
 貴重な時間をどれだけ睡眠で削ってしまったのだろうかと背筋が凍る。

一夏「ん? まだ11時。楯無さんの指示した時間にはまだ余裕があるぜ」

 しまった。
 岡部の内心はこの一言に尽きた。

 眠る暇など無いのに。
 眠る余裕など無いのに。

 時間は岡部の事情などには構ってくれない。
 部屋の時計は12月23日の午前11時を指していた。

 残り、1日と少し。

岡部「……」

 眠ってしまった自分に嫌悪する。
 そして、妙に自分が疲れていることに気付いた。

一夏「体、大丈夫か? 最近さ、箒たちとの訓練の他にも千冬姉にしごかれてるだろ」

岡部「あ……あぁ。それでか……体が重く感じる」

 近頃はISを操縦することに違和感を覚え、授業に身が入っていなかった。
 真面目に動かすと言えばクラスメイトとの個人レッスンの時のみである。

 そんな岡部を見越してか、2日前に千冬の指導が入っていた。


 ──どうやら気合が足りないようだな。良し、私が面倒みてやる。嬉しいだろう?


 そう言われ、岡部はよりいっそう体を苛め抜かれていた。
 千冬の絶妙な手加減により24日の本試合に響かない程度のトレーニング。

 それをしていたことすらも、岡部は忘れていた。
 クラスメイトとの限界を超えた実戦トレーニング。

 それに加えて千冬の致死量ギリギリのトレーニングである。
 


岡部「(そうだ……2日前、確かにトレーニングを……眠いはずだ……)」

 時間が無いと言うのに。
 体は疲れ、タイムリープによって脳も少なからず疲れていた。

岡部「(最悪だ……)」

一夏「どうせ起きたんならさ、飯でも行こうぜ。昨日、疲れて食べれなかったから腹ペコなんだ」

岡部「あ、あぁ……」

 着替えを済ませ、一夏の後ろを歩く。
 食堂へ向かう足取りは重かった。

岡部「(この記憶はない。確か、昼過ぎ……ギリギリまで眠っていたはずだ)」

 自然と集まる何時もの面々。
 記憶にある12月23日と違う行動を起こしていた。

 トーストを齧っても味などわかりはしない。
 岡部の頭は明日のことで一杯だった。

紅莉栖「岡部? あんた顔色凄いけど……」

鈴音「あたし達の実戦に加えて、千冬さんに絞られてるんでしょ? そりゃぁ、ねえ」

一夏「考えただけで俺も食欲がなくなるよ」

岡部「あぁ。ちょっと、色々と響いていてな……」

ラウラ「教官から直々に指導を受けるとは運の良いヤツだ。励めよ」

 本来なら楽しいはずの食事だが、今の岡部には全てが喧騒に聞こえた。
 時間のことが気になって仕方がない。

岡部「(本来ならば眠っていた時間……経験していない世界……)」

 こんなことをしても、最悪の未来が回避できるとは思えない。
 動くしかなかった。

岡部「……すまん。やはり体調が悪いようだ……保健室に行って来る」

紅莉栖「え?」

セシリア「大丈夫ですの……?」

岡部「少し横になれば大丈夫だ」

 逃げるように食堂を後にする岡部。
 千冬のしごきの後では仕方ないかと納得する一夏達。

 しかし、紅莉栖だけは納得していなかった。
 違和感を覚える。
 


紅莉栖「(なんか……変な感じ)」

 昨晩かかってきた電話を境に、岡部の様子は明らかにおかしかった。
 “IS”に乗る事に戸惑いを感じ、表情が翳っていた岡部であったがそれが一段と濃くなっている。

紅莉栖「(ッチ……アイツ、まーた私に何の相談もしないで1人で抱え込んでんな)」

 紅莉栖の心配を他所に岡部は走る。
 1人で集中して考えられる自室へと。

岡部「時間がない……」

 タイムリープ方法も確定していない今、時間などいくらあっても足りない。
 戻れなかった…………では済まないのだから。

 このまま手を何も打てず24日を向かえ、万が一タイムリープが出来なかったら。
 想像したくもなかった。

岡部「前回とはケースが違いすぎる……」

 夏と同じように世界が繰り返すと言うのであれば、確実にタイムリープは出来る。
 そして2人が死ぬ世界に収束する。

 だが、今岡部が手にしている力“蝶翼”には不確定な部分があまりにも多すぎた。


岡部「考えろ……今の俺には、それしか出来ない……」
 

 考える岡部。
 けれど、時間は無常にもただただ常と同じく秒針を刻んでいた。

 
 

おわーり。
ありがとうございました。


 岡部は不信がるクラスメイトの目をよそに1人学食を後にした。
 これで時間が出来た。

 考える時間は充分だ。
 そう思う一方、もう二度とあの光景を目にしたくないと言う気持ちが強かった。

岡部「救ってみせる」

 足早に自室へと駆け込む。
 ノートを取り出し、再び状況整理を始めた。

 憶測に憶測を重ね、一つの結論を導き出す。

岡部「よし、これで……」

 タイムリープの発生タイミングはわかった。
 嬉々としてそれらをノートに書き込む。

 タイミングと方法。
 そして当日までに起こる出来事。

岡部「これ……で……」

 その手が不意に止まった。
 じんわりと、嫌な汗が額に滲む。

 鉛筆を握り締める手に力が入る。
 一から順に自分の書いた状況を黙読する。

岡部「……」

 段々と青ざめていく表情。
 それは絶望に近い色を孕んでいた。
 


岡部「ぐっ……」

 ぺきっ、と握っていた鉛筆が掌の中で折れる。
 完全に動きが止まった。

岡部「これでは……これじゃ……」




 ──2人を救うことが出来ない。




岡部「……」

 ふらふらとよろめきながら、ベッドに倒れこむ。

 掌を顔にあて視界を遮った。 
 
岡部「どう……すれば……」


 声が掠れる。
 誰に言うでもなく、言葉がこぼれた。

 時間を遡ることだけを考えていた岡部。
 そうすれば、どうにかなると思っていた。


 思いたかった。


 心のどこかでは、タイムリープではどうにもならない事はわかっていた。
 その試行は何百何千と過去に行っている。

 けれど、ISがあれば。
 “石鍵”があれば、何とかなる。なんとか出来る。

 しかし、考えるだにそれは上手く行かない。
 どのような方法を考えても悉く跳ね除けられてしまう。
 


岡部「……」

 時間の循環から逃れ得る手管。
 それは結局、過去に岡部と“阿万音 鈴羽”が行った方法。


 世界を騙す。


 これに尽きる。
 これ以外の方法では“アトラクタフィールド”の干渉により、成功しない。

 そしてタイムリープではそれが出来ない。
 岡部自身もそれは充分に承知している。

 痛いほど身に染みていた。

 世界線を動かすことが出来た“蝶翼”。
 もちろん、これを使った方法も考えた。

 紅莉栖に頼み、封印を解除してもらう。
 これ自体はとても簡単なことである。

 しかし、それは出来ない。

岡部「蝶翼を解放し救出に失敗し、タイムリープが出来なければ……」

 その時点で全てが終わる。
 戻ることも出来ず、一夏と紅莉栖を失った世界で生きていかねばならない。

 タイムリープは“蝶翼”を封印した結果に出来た副産物である。
 開放した状態で出来る保障は何処にもない。

岡部「他に……他に方法があるはずだ……」

 “タイムマシン”も“阿万音 鈴羽”も居ないが、今の岡部にはIS──“石鍵”がある。
 単機で世界の均衡を崩しかねない力を持つ兵器。

 世界線すら動かす力を持つそれを使えば……。

岡部「“世界線収束範囲”を跳ね除けることが出来るのか……?」

 わからない。
 ISは岡部の想像を遥かに超えている代物である。

 その力が実際、どれほど“世界線収束範囲”-アトラクタフィールド-に影響を与えるかは検討もついていなかった。
 こんなことなら、もっと“蝶翼”を使った実験をしておくべきだったと後悔する。
 


岡部「いっそ“蝶翼”を使い……いや、ダメだ。そんな賭けは出来ない」

 たった数秒の時間改竄で何が出来るのか。
 そして改竄される範囲もわからないまま、行動出来るのか。

岡部「ダメだ……出来ない……」

 ISを使った全てが賭けになる。
 岡部はこの時そう思った。

 思い込んでしまった。

 思考が凝固する。
 凝り固まった考えは簡単に溶けることはない。
 
 岡部の思考からISを用いた救出方法。
 この選択肢が除外される。

 紅莉栖と一夏をなくす。
 この恐怖心が、岡部に最も愚かな思考を選択させてしまった。

岡部「大丈夫だ……大丈夫……時間は、あるんだ……」

 一度犯した夏の過ち。
 岡部はその軌跡をまたなぞろうとしていた。

 繰り返される聖夜に埋もれる岡部。
 けれど、それに気付く者も居なかった。
 



 結局、俺は何1つ行動に移すことが出来なかった。

 だってそうだろう。

 このまま行けば、確実に紅莉栖と一夏は死ぬ。

 だが、このまま行けばタイムリープは出来る。出来るはずなんだ。

 まだチャンスがある。

 無理に動いて世界線を変える訳にはいかない。

 12月24日。

 その当日まで俺は一度もISを起動しなかった。

 コレで良い。コレで良いんだ。

 俺は慎重にならなければならない。

 何1つ歯車をずらしてはいけないんだ。

 ISの恐ろしさはもう充分にわかった。

 これは“電話レンジ”よりも、もっと不安定なものなんだ。

 使いこなせるような代物じゃない。

 この先、どんな光景を目にしようとも決して俺は目を背けてはいけない。

 絶対に……絶対に死なせたりするものか。

 紅莉栖も、一夏も。

 絶対に。
 



 ─12月24日─


 モニターから流れる楯無とダリルの戦闘。
 これも見覚えがあった。

 あと2.3分で楯無が勝利する。
 そして次の対戦相手が表示される。

 俺と、箒の名前が電光掲示板に出ることだろう。

紅莉栖「……」

 紅莉栖は俺の隣で試合を眺めていた。
 この後、十数分後に自分に訪れる悲劇など知る由もない。

 胸が、苦しい。
 俺は知っているのに。

 それを紅莉栖に告げることは出来ない。
 死刑宣告なんて、出来るはずがないだろう……。

 ISなんて大それた力を持っていても、こんなものだ。
 結局、俺はあの夏から何1つ変わっちゃ居ないんだ。

 知っているのに、見殺しにして、自分1人でやり直す。
 これしか、出来ないんだ。

紅莉栖「あ……やっぱり、会長が勝ったわね。国家代表は伊達じゃないってことか」

岡部「あぁ。そうだな……」

紅莉栖「ん。なに? 緊張してるの?」

 違う。違うんだよ。

岡部「かも、な……」

紅莉栖「あの……さ。あんた、ちょっと前から様子が──」


 ──来ました! 日本人対決!! しーかーもっ……世界で2人目の男性IS適性者……岡部倫太郎選手です!!


 紅莉栖の言葉を掻き消すように、次のカードを司会者が大きな声で実況した。
 もう直ぐだった。

 もう直ぐ、紅莉栖も一夏も……。
 


紅莉栖「あー……当っちゃった……わね」

岡部「あぁ……」

 2人、肩を並べてモニターを見つめる。
 控え室の電光掲示板には、目立つ赤色で“次戦です。準備をして下さい”と発光していた。

紅莉栖「どうするの……?」

岡部「戦うさ……」

 俺は早々にISを展開した。
 もう、紅莉栖の顔を見ていることが出来なかった。

紅莉栖「ん……まぁ、そうだよね」

岡部『行って来る……』

紅莉栖「あぁ、ちょい待ち。サポーターは会場のリンクギリギリで観戦出来るから、途中まで一緒に行きましょ」

 そうか、そうだよな。
 そうならないと、おかしいもんな。

 止めたい。
 引き止めたい。

 リンクには来るなと、引き止めたい。

岡部『あっ──』

紅莉栖「ん?」

 喉元まで湧き上がってきた言葉を飲み込んだ。
 涙が溢れそうになる。

 俺は何て、卑怯なヤツなんだ。
 この期に及んで自分が被害者なのだと思っているとは。

岡部『何でも、ない……』

紅莉栖「ふふっ。変なヤツ。やっぱ緊張してんな?」

 紅莉栖。
 必ず、お前を救う。

 突破口を見つけてやる。
 タイムリープの方法さえ確立すれば、動きようはあるんだ。

 たった一回だけ。
 ごめんな。

 赦してくれ。
 


岡部『……』

 ドーム中央には既に箒が“紅椿”を纏って待っていた。
 アイツは本気の勝負を望んで居るんだったな……。

 そのままゆっくりと、中央へ向かう。
 正直、戦う気などにはなれなかった。

 しかし……逃げている訳にもいかない。
 なるべく、あの時と同じように戦った方が良いに決まっている。

 紅莉栖は言っていた。
 ISの攻撃は当った、外れただけでも大事になりえると。

 ならば、少しでも違える事はなくしたい。
 試合に付き合わなければならないんだ。

 ──両者見合って──はっけよーうい……のこったぁぁああ!!! 

 すまない。
 箒……俺はお前の気持ちも踏み躙らなければいけないんだ。


 ──篠ノ之流剣術 剣士。篠ノ之 箒────推して参る!! 


 もう直ぐだ。
 もう……時間が来る。

 もう、時間だ。

箒『──次の一撃にて幕を引こう』

 あぁ。ここまでだ。
 やつ等が──来る。

箒『──なっ!』

 来た。

 あの時と同じ光景。
 空から地上に降り注ぐBTエネルギー。

 風穴から、やつ等が入ってくる。
 


岡部『ぐっ……』

 同様に降り注ぐ攻撃の雨。
 吹き飛ばされ、身動きが取れないほどの弾幕を張られる。

岡部『(落ち着け……落ち着けェ……)』

 目の前では箒が蜘蛛の形をしたISに暴虐を受けている。
 俺は俺でBTレーザーが体中に突き刺さり……同じだ、あの時と全く同じだ。


一夏『待たせたな!!』


 あぁ、一夏。
 お前はやはり、やって来るんだな。

 待ってない。
 待ってないんだよ……そんな登場は願っていないんだ。

 お前が死ななきゃならない登場なんて、いらないのに。


箒『いやああああああああああああああ!!!!!』


 ごめん。

 ごめん。

 ごめん。

 見殺しにするしか出来ない。

 今の俺には、それしか出来ない。

岡部『あっ……あっ……』

 ゆっくりと空から紅莉栖が落ちて来る。
 届け、届け。

 落す訳にはいかないんだ。

岡部『っく……ふぅふぅ……』

 ISのパワーアシストのせいだろうか。
 紅莉栖の体重も、体温も、何も伝わってこない。


紅莉栖「おか──べ……ごめ、ん……ね……ぇ」


岡部『────────あ、』

 腕の中で事切れる紅莉栖。
 突き付けられる現実。

 やはり、紅莉栖と一夏は死ぬ。

 ココだ。
 一切を見逃すな。
 


岡部『蝶翼……ちょう、よくを……』

 目を凝らせ。
 耳を澄ませ。

 データの見逃しなど許されない。
 あのタイムリープは新しいガジェットが発露したものなのか。

 それとも、俺の考えた通りの代物なのかを。

 ──ググッ。

 やはりスラスターは開かない。
 紅莉栖の封印は生きている。

 新ガジェットが構築されたようなアナウンスも入らない。

岡部『ハァ、ハァ』

 喉がカラカラだ。
 どうする、どうなる……!?

 俺には蝶翼を展開させ続ける事しか出来ないんだ!!


 ──バチバチ。


岡部『放電、音……!!』

 背中に視界を向けた。
 ハイパーセンサーのお陰で、意識すれば背中で起きてる事象すら良く見れる。

 少しだけ開いた蝶翼のスラスター口から、光燐が溢れ出ている。
 本来なら翼を象るエネルギーは、放電しながら俺を包んだ。

岡部『跳べ、跳べ、跳べェ……』

 
 





 ────跳べよおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!

 
 
 


 ──────。



 ────────────。



 ──────────────────。

 
 

 
 ヴー・ヴー・ヴー。


 ヴー・ヴー・ヴー。



 ──────。



 ────────────。



 ──────────────────。

 
 




 ──電話。鳴ってるわよ。







 ──────。



 ────────────。



 ──────────────────。

 
 

 
岡部「────ッッ!」

 白んだ世界が開け、視界がクリアになる。
 見たことのある景色だった。

 すぐさま辺りを見回す。
 隣には紅莉栖。

 正面には一夏。
 自身の席には飲みかけのドリンクだけが寂しく置いてある。
 



岡部「成功……だ……」

 崩れ落ちるように椅子に着席する。
 隣に座っていた紅莉栖は目を丸くしていた。

岡部「……成功、した」

 岡部は安堵した。
 コレは決してゴールではない。

 それどころか、また時間の迷宮に迷い込んだと言って良い。
 けれど、やり直しが出来る。

 過去、そうやって1つの正解に辿り着いた。
 その事実だけが今の岡部を支えている。

 12月22日。
 繰り返す、3度目の22日。


 最悪のクリスマスまで、あと2日。 
 
 



  







 不意に、無意識になることが多くなった。
 食事をしながらも箸を動かさなくなることがある。

 クラスメイトの注意を受けて、ようやく自分が食事を止めていたことに気付く。
 数十回目の12月23日であった。

セシリア「倫太郎さん……?」

岡部「あぁ……。疲れているらしい、すまないな」

一夏「まぁ、千冬姉にしごかれたらそうなるよなぁ」

 カラカラと快活に笑う一夏。
 このやり取りにも飽きてきていた。

紅莉栖「おか──」

岡部「やはり体調が優れないらしい。一足先に部屋に戻らせて貰おう」

紅莉栖「あ……うん」

箒「大丈夫なのか? 試合は明日だぞ」

岡部「一晩寝れば問題ない……ではな」

シャル「お、お大事にねー」

 さっさと食堂を後に、自室に篭る。
 ベッドに埋もれ色々な考えが頭を巡っていた。
 


岡部「コレでは……ダメだ」

 “蝶翼”-ノスタルジアドライブ-が封印を施され、副産物としてタイムリープが可能になった。
 ここまで来れば話しは簡単である。

 12月24日からのタイムリープで22日へ。
 22日には既に“蝶翼”は封印されている。

 戻ろうと思えば更に遡ることが出来るのだ。
 けれど、岡部はそれをしない。

岡部「確か……封印をしたのは、合宿から暫くたった後……12月10日辺りか……」

 既に心が折れかけている。
 ソレは無駄だとわかっていた。


 ──────。



 ────────────。



 ──────────────────。

 
 
司会者「あれっ? えーっと……ちょっと! 岡部君は!?」


 司会者と会場スタッフのやり取りをマイクが拾う。
 会場はざわついていた。

 リンク中央には“紅椿”を展開し、対峙する相手を待つ箒の姿が。
 電光掲示板に映されている“石鍵”vs“紅椿”の文字。

 けれど、リンクに“石鍵”の姿は見られなかった。

まゆり「ふぇ……? オカリンどうしたのかなぁ……」

ダル「とっ、とらぶる? 何でオカリン出てこんの?」

 客席からも声が漏れる。
 主役である岡部の姿が見れないのだから仕方が無い。
 


紅莉栖『ちょっと! アンタ今どこにっ──あぁもう! チャンネル切ってやがるな!』

 関係者が岡部に連絡を取ろうとするが、全ての回線を切っているらしく連絡は取れない。
 それどころか、位置を特定しようにもジャミングが働いてそれも出来なかった。

紅莉栖『何考えてんのよ……』

 


 ドーム上空を包む霧煙。
 それはガジェット“モアッド・スネーク”から生まれ出ているものだった。

岡部『……』

 すでに“サイリウム・セーバー”にはエネルギーが供給され、最高のパフォーマンスを発揮出来る状態を保っている。
 刀身をエネルギーが紅く染め、切り裂く標的を今か今かと待っていた。

 恐怖心が体全体を包む。
 襲来する敵に対するものではない。

 ISを用いて、今までしてこなかった行動を起こす事が怖かった。
 しかし……一番の元凶を取り除く。

 これは絶対に試みなければならない。
 紅莉栖と一夏の死が“世界線収束範囲”-アトラクタフィールド-により確約されているものなのかどうか。

 それを確かめなければならない。

岡部『……』

 自分の思考が矛盾していることはわかっている。
 ISを使いたくない、賭けになるような事をしたくない、世界線を動かすようなことをしたくない。

岡部『俺は……俺は……』

 矛盾を抱き“石鍵”を纏う。
 もう、どうしたら良いのかわからなかった。

岡部『ッ──来た、か』

 空から飛来する2つの光源。
 “サイレント・ゼフィルス”と“アラクネ”である。

オータム『あ゛? なんだぁ、あの煙は……』

エム『……』

 長距離飛行能力を持たない“アラクネ”は“サイレント・ゼフィルス”に掴まれている。
 その“アラクネ”に一筋の紅い線が伸びた。
 


エム『……』

 ──ブンッ。

オータム『──なっ!』

 “サイレント・ゼフィルス”が“アラクネ”をドームに向かって投げ捨てる。
 一瞬遅れて実弾が空を駆けた。

岡部『ッチ……』

オータム『てんめぇぇぇかぁぁぁ!!』

 投げ捨てられた勢いそのままに“石鍵”へと突っ込む。
 エムから受けたぞんざいな扱いと、スナイプされかけた怒りをそのまま叩き込んだ。

 ──ギィッ! ギ・ギ・ギ。

 ぶつかり合う“サイリウム・セーバー”と“アラクネ”の装甲多脚。
 右腕で多脚を捌きつつも“サイレント・ゼフィルス”にも注意は怠らない。

 左腕の“ビット粒子砲”で“サイレント・ゼフィルス”に牽制を行っていた。

エム『作戦が漏れていたようだな……』

オータム『どーすんだよ! この糞一匹とは限らねぇぞ!!』

エム『作戦変更だ。お前はソイツの相手をしていろ、私は──』

岡部『ぬぁぁァァァァ!!』

 パワーアシストを最大にし、多脚を退ける。
 すぐさま体位を変え、回し後ろ蹴りをオータムの腹部へと叩き込んだ。

 千冬による繰り返された訓練が実を結ぶ。
 岡部の体術は目に見えて向上していた。

オータム『ごぁっ……』

 蹴りの勢いそのままにスラスターを噴出させ“サイレント・ゼフィルス”の前へ躍り出る。
 2人の内、1人でもドームへと入れる訳にはいかなかった。

岡部『……』

エム『……』

 長大なライフル。
 “スターブレイカー”の先端に粒子が集まる。砲塔に剣が展開され、銃剣の様を作った。

 左手にピンク色のナイフを持ち、近接線の構えを取る。
 岡部に対し、ロングレンジからの射撃は時間稼ぎにしかならないことをエムは理解していた。
 


エム『ここでお前は堕として行く……』

岡部『……』

 



岡部『ハァ──ッ、ハァ──ッ』

 2人を同時に相手する大立ち回りである。
 体力も精神力も限界に近づいていた。

オータム『んで、勝てねぇんだよ! 2対1だぞオイッッ!』

エム『足手まといが居るからな……』

オータム『んだとコラァ!!』

 エムとオータムにコンビネーションなどない。
 入れ替わり立ち代るだけである。

 いくら岡部の実力が向上しているとは言え、専用機持ちの実力を越えた2人を圧倒はできない。
 エムとオータムが悪い意味でお互いの持ち味を殺しあった結果である。

オータム『あ゛っ!? マジかよ……でもよぉスコール!!』

エム『……』

オータム『あぁ、わかったよ……わかった。おい餓鬼!!』

 スコールから入った連絡。
 突入タイミングを逃した為、襲撃は失敗に終わった。

 ドーム内では“予期せぬ事故”があったらしく、もはや襲撃どころではない。
 撤退しろとの連絡だった。

エム『……』

 無言のまま“アラクネ”の両肩を掴むエム。
 岡部は追撃の構えも取らずそれを見送った。

岡部『どう──なったんだ……』





千冬「岡部ッッ!! 貴様どこへ……今はそれどころじゃ──」

岡部「紅莉栖は……一夏は……」

千冬「倒れた。今、病院へ搬送されている。ほぼ2人同時だ……」

岡部「……」

 会場は大騒ぎである。
 メインの1人、岡部の未登場。

 そして“織斑 一夏”突然の欠場。
 他の専用機持ちである女子達も心を掻き乱されていた。
 


千冬「何にせよ、大会を中止する訳には──おい! 何処へ行く!」

岡部「……」

 ──失敗した。

 やはり、ダメだった。
 全身を巡る血液が沸騰しそうになる。

 引き止める千冬の声を無視して、控え室へと戻った。
 二の句を挙げず“石鍵”を纏う。

 やる事は1つだった。


 ──────。



 ────────────。



 ──────────────────。
 

岡部「紅莉栖。明日から出かけるぞ」

紅莉栖「──えっ?」

 12月22日。
 夕食後まもなくのことだった。

 紅莉栖を呼び出した岡部はそれを告げる。

岡部「準備をしておいてくれ。じゃぁ──」

紅莉栖「っちょ! ちょいちょい!」

 ファーストネームを呼ばれた嬉しさを噛み締める暇もない。
 違和感だらけである。

紅莉栖「出かけるってどう言うこと!? 出れる訳無いじゃない、大会が──」

岡部「良いんだ。良いから、言うことを聞いてくれ。明日、朝6時30分。皆が起きる前に校門へ来てくれ」

紅莉栖「ちょっとおか──」

 紅莉栖の言葉も聞かずにその場を後にする。
 もう、余裕など無かった。

紅莉栖「どう言うことよ……」





紅莉栖「──えっ」

岡部「来たか。では行くぞ」

 待ち合わせ場所に居た岡部。
 もう目に慣れたカスタム済みの制服ではない。

 それどころか見慣れた白衣姿でもない。
 冬の寒さを考慮した、フォーマルな私服。

 おそらく、まゆりの仕立てなのだろうそれを着込んでいた。
 


紅莉栖「いやいや、なんで私服なのよ」

岡部「言っただろう。出かけると」

紅莉栖「説明してよ! 全くわからんだろうが!」

岡部「青森に行く」

紅莉栖「あお……もり?」

 青森。
 そこには自身の父親である中鉢が住む家がある。

 もちろん、現在そこに父親はいない。
 父親の引渡しは24日であるが、それを岡部に告げてはいなかった。

紅莉栖「なんで……?」

岡部「丁度良いと思ってな。約束も果たしていなかったことだ」

紅莉栖「は? 約束……? あっ! えー……あれっ?」

 額に指先をあて混乱する。
 そのような話しをした覚えはあるが、酷く不確かで良くわからなかった。

岡部「覚えていないのなら良い。だが行くぞ。もうチケットは取ってある」

紅莉栖「ちょ──」

岡部「良いから」

 強引に紅莉栖の手を握る。
 そしてそのまま校門を出て、駅へと歩を進めた。

紅莉栖「あっ」

 握られた岡部の手は温かく、紅莉栖の頬は一気に上気した。





 新幹線車内。
 紅莉栖は岡部の隣で冷凍みかんをむいていた。

紅莉栖「……」

岡部「……」

 お金の工面は楽だった。
 専用機持ちであり、世界で2人目の男性適性者である岡部。

 どこの金融機関も大手を振るって大金を貸し付けてくれた。

紅莉栖「はい、みかん。むけたわよ」

岡部「あぁ……」

 口に含むと冷凍みかんは、じんわりと溶けてシャリシャリとした食感を楽しませてくれる。
 紅莉栖は何も尋ねてこなかった。

紅莉栖「えと、今日は23日だからー……」

 言葉尻が濁る。
 指先を弄り、もじもじとしだす。

 チラチラと上目使いで岡部を見上げ、頬はほんのりと染まっていた。
 


紅莉栖「さすがに今日連絡して、今日行くのは向こうにも迷惑って言うか……」

岡部「それも……そうだな」

紅莉栖「うん。だからー……その、ね?」

岡部「もう新幹線に乗ってしまってる訳だからな。青森県内で今日は適当に宿を取るか」

紅莉栖「うっ……うん。そうしてくれると、助かる……かな……」

 紅莉栖の顔は完全に茹で上がっていた。
 岡部と2人で遠出。しかも泊まりである。

 乙女の部分が全開になっていた。

岡部「青森に着いたら宿を探さんとな……」

紅莉栖「うん……うん」

 岡部の取った謎の行動。
 首を傾げるばかりだが、何を言ってもこの男が事情を話すとは思えなかった。

 明日は国際大会と言っても過言ではない。
 それを無視しての行動である。

 何かしらの大きな理由があるに違いない。
 きっと、その事情も話してくれると、そう信じて何も言わずについて来ていた。

 そしてもう一つ。
 当の父親の取引についても言い出せていない。

 この逃避行は岡部にとっても、紅莉栖にとっても難儀なものと言えた。





紅莉栖「ねぇ……?」

岡部「……」

 並べて敷かれた布団。
 12月23日。

 聖夜前日とあってビジネスホテルなどは全てが埋まっている。
 結局、老舗旅館の一室しか取れず相部屋となっていた。

 予約もなかったのでそれなりの料金を取られてはいるが、料理も美味しく温泉も素晴らしいものだった。
 10代の身空には豪華すぎるものである。

 岡部も久々に心休まる時間を過ごせていた。

紅莉栖「寝てる……?」

 女将が気を利かせたのか、布団は最初一組だった。
 顔を真っ赤にさせて2人でもう一組布団を敷いて今に至る。

 枕もとに置かれた水差しとティッシュが何とも艶かしい想像を掻き立てた。
 


岡部「……」

紅莉栖「寝てるか……」

 岡部は反応しない。
 意識はあるが、何となしに答える気が起きなかった。

紅莉栖「んしょ……と」

 もぞもぞと布団から手だけを出し、岡部の布団へと侵入する。
 一瞬、狸寝入りをしていた岡部もドキリとしたが可愛い悪戯だった。

 紅莉栖の冷たい指先が岡部の手に絡む。
 熱を帯びた岡部の手が、紅莉栖の手に熱を移す。

 ひんやりと、サラサラした指が気持ちよかった。

紅莉栖「これ位……良いよね」

 小さくそう呟くと、紅莉栖も目を瞑る。
 逆に岡部は眠れなくなってしまった。

 長い夜が明ける。
 12月24日が訪れた。





 売店で買ったラジオを点け、ニュースに耳を傾ける。
 自分が失踪したことがニュースになっていた。

岡部「……」

紅莉栖「ニュースになっちゃってるね……」

岡部「だな……」

紅莉栖「……さって。じゃぁちょっと行って来るから」

岡部「あぁ」

 中鉢家へは紅莉栖1人で出向く事になった。
 気難しい父である上に、男同伴では……と嘘をついている。

岡部「俺はそこの喫茶店に居る。好きなだけ甘えてくるが良い」

紅莉栖「はいはい」

 手を振りインターホンを押す。
 時間は15:30分。

 問題の時間にはまだ時間があった。

岡部「さて……後は待つだけだな……」

 喫茶店に入り時間を潰す。
 コーヒーを注文し、それを啜る。

 雑誌や携帯を弄ろうとは思えなかった。
 喫茶店から流れるクラッシック音楽が心地よい。
 


岡部「……」

 目を瞑る。
 旅の疲れか、緊張からか、意識が途切れてしまった。

岡部「──ッッ」

 うたた寝の中、階段から落ちるような感覚を味わい意識が戻る。
 岡部の中では一瞬だけのつもりだったが、時計の針は正確に刻んでいる。

 もう、その時間は近づいていた。

岡部「……」

 レシートを持ち、会計を済ませる。
 携帯をチェックしたが紅莉栖からの連絡は無い。

 まだ、家に居る証拠である。

岡部「……」

 玄関の前。
 怪しまれぬよう、ブロック塀に背中を預けただその時間を待った。

 ほどなく、時間にして30分にも満たない間である。
 紅莉栖が出てきた。

岡部「紅莉……」

 辺りはもう暗い。
 日は暮れ、明かりなど街灯と星の瞬きしか存在しない。

紅莉栖「岡部……」

岡部「終わったか」

 紅莉栖の表情は濁っていた。
 どう考えても、いい方向へ転んだとは思えない。

紅莉栖「んー……まぁ、ね」

岡部「……そうか」

 実際のところ、この家に住む人間はいない。
 スパイ行為での取引により父親を救い出すまで、誰一人いるはずがないのだ。

紅莉栖「……」

 しかし、それを岡部に言えるはずがない。
 自身のことで岡部の心を掻き乱したくはなかった。

岡部「帰るか……」

紅莉栖「ん──……ッッ」

岡部「紅……紅莉栖!?」

 返事をした後だった。
 明らかに苦痛、苦しみから篭れ出る声が漏れる。

紅莉栖「ぁ……ぐっ……」

 よろめき、体を支えられず岡部にもたれかかる。
 両手は胸に……心臓部分へ当てられていた。

紅莉栖「ふぐっ……あっあっ……」

岡部「紅莉栖ッ! 紅莉栖ッッ!!」

紅莉栖「ぁ……」

 数秒。十数秒。
 何秒彼女は苦しんだのだろうか。

 苦しみから解放された紅莉栖は、もうその瞳を開く事はなかった。
 


岡部「……」

 展開される“石鍵”。
 取る行動は1つである。

岡部『ごめん。ごめんな……辛い思いばかりさせてしまって……』

 閉じたウィングスラスターから溢れる光粉が岡部を包む。
 バチバチとなる放電音が、今の岡部には何よりも大事なものになっていた。


 ──────。



 ────────────。



 ──────────────────。


岡部「……」

 12月22日以前に遡る。
 それに気付いたのは何度か24日を繰り返した後であった。

 救う方法が無い以上、何日遡っても一緒である。
 それよりも遡った日から紅莉栖や一夏と日々を過ごすのが想像しただけで辛かった。

岡部「また、世界は紅莉栖の命を否定するのか……」

 結果が出てしまった。
 確定してしまった。

 それを確認してしまった。
 もう、どうしようもない。

 果たして“蝶翼”を開放し、エム等を退けたとして世界は紅莉栖と一夏を見逃すのか。
 収束する世界線を跳ね除ける程の変動が得られるのか。

岡部「無理だ……」

 こぼれ出る言葉。
 もう何度24日を過ごしているのかわからない。

 その時が来なければISを展開するどころか、デバイスを開くこともなくなっていた。

岡部「俺は……俺は……」

 毎日のように繰り返される千冬との組み手が、今の岡部を繋ぎとめている。
 遠慮無しに自分へ飛び込んでくる拳が自分を責めてくれているようで。

 それすらも繰り返しすぎて、当らなくなってきている。
 岡部の技量は繰り返すほどに上がってきていた。

 実情、世界最強のトレーナーからマンツーマンで指導を受け続けていることになっているのだから頷ける。
 けれど、そんなものは何の役にも立たなかった。

岡部「……俺は、どうしたら」

 繰り返す。
 逃げれない輪廻の輪。

 死んで、戻り、繰り返す。



 ──逃げれない──



岡部「誰か……助けてくれよ……」

 溢れ出る涙。
 何日繰り返したところで、助けなど来ない。

 時間に囚われた囚人。
 それが今の岡部であった。



 ─第1アリーナ─


 専用機持ちが自機の動作チェックや整備、訓練をしている。
 そんな中でISも展開せず、岡部と千冬はアリーナの端で組み手を行っていた。

千冬「(こいつ……)」

 変わらない毎日の中でただ1つ変わるものがあった。
 千冬の動きである。

 日に日に上達する岡部の功夫(と言っても、千冬にしてみれば訓練2日目なのだが)。
 タイムリープを重ねる毎にその体術は研鑽されていく。

岡部「はぁっ!」

 鋭く放つローキック。
 千冬は軸足を引く形で難無く蹴りを避ける。

 そして、岡部の打ち放ちを狙い即座に間合いを詰め掌打による顔面フック。
 その動きは知っていた。

千冬「ぬっ……!」

 そのフックに被せるように、岡部はライトクロスの拳を撃つ。
 決まった。タイミングも、狙いも完璧である。

 “何度も”食らってきたパンチに初めてカウンターを合わせる事が出来た。

 ──ッチ。

 岡部の拳が千冬の鼻先を掠める。
 ジャストミートするはずのソレは、千冬の強引な体裁きで外される。
 


岡部「──なっ」

 めきっ。
 自身の顔面から響く音を零距離で捉える。

 カウンターに合わせたカウンターをさらに合わせられ、顔面に掌打がめり込む。
 目まぐるしく変わる攻防に訳がわからなくなった。

千冬「ふぅ……」

 仰向けに倒れる岡部を見下ろし、千冬が額の汗を拭った。
 その表情には驚きの色が含まれている。

千冬「お前が思ったよりもヤルものだから、少々力加減を間違えてしまった」

 じんじんと痛みが広がる。
 その痛みが心地よかった。

 度重なるループで壊れかけた岡部の心は、この組み手によって支えられているようなものである。
 どれだけ岡部が先を見、手を変えても千冬はそれを全て凌駕し圧倒的な力量の差を見せ付けてくれた。

岡部「今回もダメだったか……」

千冬「“も”? まだ昨日と今日で2回目だろうが」

岡部「そう……だな……また負けた」

 記憶だけのループでは肉体的な強化は意味を成さない。
 千冬に一矢報いるには技を磨く他なかった。

岡部「もっと技を教えてくれないか」

 アリーナに寝転びながらそう投げかける。
 この問答もテンプレート化していた。

千冬「試合は明日だ。今日、今からやっても付け焼刃にもならんぞ。それより肉体を強化する方が──」

岡部「頼む。今日だけで良いんだ。気分転換にな……」

千冬「まったく……」

 岡部の口調は友人にものを頼むようなものである。
 教師に叩く口かと注意をしたところで、馬の耳に念仏なのだろうと千冬は半ば諦めていた。

 


 



千冬「よし。今日はコレまで! 明日は試合だ。皆、たっぷりと休養するように! ……岡部、お前もな」

岡部「……」

 横たわったまま腕を振り答える。
 体力が空っぽになるまで鍛錬を積んだ結果だった。

一夏「よーっす、お疲れー」

 着替えを済ませた一夏がスポーツドリンクを持って近づいてくる。
 これも定例であるが、素直に嬉しかった。

 差し出されたそれを一気に飲み干す。
 冷たすぎず、温すぎず丁度良い温度になっていた。

岡部「ふう……」

一夏「それにしても、凶真は何時の間に腕を上げたんだ? 千冬姉にあれだけ食らい付くなんてな」

岡部「……随分長いことやってるからな」

一夏「えっ」

岡部「冗談だ」

 千冬との訓練は違う箇所にも影響を及ぼしていた。
 腕前が上がるにつれ、周囲の人間が放つ言葉も代わってくる。

 何気ない変化だが、その変化のお陰で狂いそうになる時間の中、正気を保てていた。

岡部「(さて、そろそろだな)」

 腰を上げる。
 行き先は決まっていた。

一夏「着替えか?」

岡部「あぁ、直ぐに済ませる。少しだけ待っていてくれ」

一夏「オッケー。したら飯行こうぜ」

岡部「あぁ……」

 広々とした男子更衣室へ足を向ける。

 1人であることを確認し、IS“石鍵”を展開した。
 タイムリープを行う為に……。

 何度かタイムリープを繰り返してわかった事があった。
 電話レンジでのタイムリープと違い、入力が無い。

 その為“石鍵”でのタイムリープは48時間に固定されている。
 何も24日の当日にタイムリープを行うことはない。

 ただ、2人の死を回避出来れば良いのだから。
 




 ──────。





 ────────────。





 ──────────────────。

 
 
 
 幾度目のタイムリープだろうか。

 岡部はふと、自分が一体どこまで強くなったのかが気になった。

 無限に繰り返される千冬との組み手。
 その体術はISでの戦闘でも大いに奮うのではないのかと。

 興味本位から、24日。
 全学年個人別トーナメントの舞台へと時を進めた。

 “サイリウム・セーバー”にはエネルギーを供給せず“ビット粒子砲”も展開していない。
 ただの物理刀剣として、ソレを振るう。

 結果は圧勝であった。
 剣士として申し分ない実力を持つ箒に対し、岡部は難無く勝利を収める。

 “亡国機業”-ファントム・タスク-の襲来を待たずにして勝利してしまった。
 ここへ来て、ある疑問が再び岡部の脳裏を過ぎる。

岡部「(コレならば、あの襲撃者2人を倒せ……いや、ダメだ。結果は目に見えている……)」

 退けたとしても意味がない。

 ──けれど。

 試してみたい。
 珍しく岡部の中にある、男としての何かが芽生えた。

岡部「(試して……みるか……)」

 試合が終り、箒がリンクから退場する。
 早々に決着がついたため、襲撃者はまだ現れていない。

司会者「えーっと、次の試合が始まるので選手はご退場を……あのー?」

 司会者が岡部へ退場するように促す。
 しかし岡部は動かない。

 視線を天井に向けたまま微動だにしなかった。

紅莉栖『ちょっと岡部! 退場! 退場!』

 プライベート・チャネルから紅莉栖が呼びかける。
 岡部はそれに答えず“サイリウム・セーバー”を構えた。

 次の瞬間、電気が消えエネルギー状の柱がドーム中央に発生する。
 “亡国機業”-ファントム・タスク-の襲来だった。

 


 



オータム『ぐぁぁっ……』

 懐に潜り込まれ、拳による連打を食らう。
 “アラクネ”のエネルギー総量は底をついていた。

 紅莉栖が居る位置を確かめ“アラクネ”を反対方向へと蹴り飛ばす。
 例えそうなったとしても、この屑に紅莉栖の命をくれてやろうとは思えなかった。

エム『……』

岡部『後は、お前だけだ……』

 ISの強制解除により、意識を失い生身の状態になったオータム。
 エムも早々に“スターブレイカー”と“シールド・ビット”を撃ち落され、残る武装はナイフのみとなっていた。

 “何百日”と過ごした千冬との時間。
 それが岡部をここまでの操縦者へと練り上げていた。

 少なからず心が高翌揚する。
 繰り返される時間の中で起きる違った事象。

 諦めかけていた何かを掴めそうな気がして。

エム『……わかった。撤収する』

 スコールからの撤退指示が入る。
 エムは素直に従い、転がっていたオータムの体を拾い上げた。

岡部『……』

 それを黙って見過ごす岡部。
 追撃する気はない。

 “もしかしたら”と言う気持ちが脳を支配している。

 幾百と繰り返した日々の中で、初めての試みに成功した。
 当初は無駄だと、やる価値はないと、試みなかったソレに成功した。

 あの日をなぞり、正攻法で撃退した。
 これで、もしかしたら──と。

一夏『凶真っ!!』

 一手遅れて一夏が駆けつける。
 敵はもう居ない。

 一夏の頭を吹き飛ばした敵はもう会場には居なかった。
 


岡部『遅かったな……』

 声は上擦っていないか。
 震えていないか。

 久々に訪れる瞬間を前に緊張感が張り詰めていた。

一夏『バリアーを切り裂くのに手間取っちまった。で、凶真が全部追い払ったんだろ?』

岡部『なんとか……な』

一夏『すげーじゃんか!』

 まるで自分のことのように喜び笑顔を見せる。
 岡部の背中を叩き、褒め称えた。

岡部『そんなことより、ワンサマー……体調は平気か?』

一夏『体調? 急になにいっれんら?』

岡部『……』

一夏『はれ……ろれるがまわ……』

 かくん。
 と、一夏の膝が折れた。

 すかさず手を入れ、岡部がそれを支える。

一夏『おっ、わりーわり……疲れへんのはは……』

岡部『ぁ……』

 頭を撃たれた時間まではまだ時がある。
 つまり、これは前兆だった。

 システムが復興し、責任者である千冬らがリンクへと駆けつけて来る。

千冬「無事か!!」

岡部『いっ、一夏が……』

一夏『はあら……らんか、痺れれ……』

千冬「何を言って……おい、一夏! 一夏!?」

 突然ISの展開が解かれる。
 白式が純白のガントレットへと姿を変えた。

一夏『あえ……』

岡部『あ……あ……』

千冬『一夏!? おい! 誰か! 誰か救急車を!!』

 ただ事ではない空気を察知し、すぐ様それをスタッフに指示する。
 一夏の様子は明らかにおかしかった。
 


千冬『おい、一夏。どうしたんだ……返事をしろ、おい!』

 抱きかかえていた一夏をゆっくりと下ろし、岡部もISの展開をといた。
 一瞬でも期待を抱えた自分が愚かだったと罪悪感で一杯になる。

 そして一夏がこうなった以上、紅莉栖もまた……。

 一夏の異変を察知し、紅莉栖がこちらへ歩み寄ってきていた。
 しかし、こちら側へ辿り着くことはない。

 途中で胸を押さえ、うずくまる。
 苦しそうに表情を歪ませていた。

 岡部はヨタヨタと紅莉栖の元へ足を進める。
 足元では千冬が必死に一夏へと声をかけていた。

紅莉栖「かっ……ぁっ……」

 呼吸が上手く出来ないのか、体が小刻みに震えている。
 岡部はその体をそっと抱きしめた。

岡部「ごめん、ごめんな……辛い思いをさせてしまって……」

 どうしても救えない。
 救えないのなら、その痛みを与えたくない。

 時間を戻し、なかったことにしてしまえるとしても。
 その苦痛を与えたくはなかったのに。

 自分の身勝手な願望のせいでまたそれを与えてしまった。
 無駄であることはもうわかっていたのに。

 縋ってしまった。
 こうなることは知っていたのに。

 紅莉栖を担ぎ、控え室へと戻る。
 背後では一夏と呼ぶ声が増えていた。

 シールドが解除され、他の専用機持ち達が続々と駆けつけているのだろう。
 結局、2人の絶命はもう決定付けられている。

 控え室の器機に紅莉栖を寝かせる。
 直ぐにでも“蝶翼”を起動し、時を遡るべきなのに岡部はそうしなかった。

 紅莉栖の死に顔を目に焼き付ける。
 もう二度と、この場面に戻らないようにと──。

岡部「紅莉栖……俺は続けるよ。永遠に。……お前を死なせたくない……」

 何百日とループを続けるうちに、蔑ろになっていった原初の決意。
 失いたくない気持ち。
 


 それを再確認した。

 どれほどの時が経っただろうか。
 10分20分。

 紅莉栖に別れを告げ“石鍵”を呼び出そうとした瞬間、携帯が鳴った。

 ヴー・ヴー・ヴー。

 着信を知らせる音ではなく、メールを知らせる音だった。

岡部「メール……? ダルか、まゆりか……」

 メールなど受け取った記憶は今までに一度もない。
 岡部がこの時間までタイムリープをせずに留まったのは初めてであり、これ以降に起こる事象を知る由もなかった。

岡部「……」

 どうせ避難したラボメンからのメールだろうと思ったが、何となしに携帯を手に取った。
 受信したメールを開く。

岡部「…………あ」

 目が見開く。
 見知った、もう見ることは無いと思っていたメールアドレスからの受信。

 全身の毛穴が開き、汗が吹き出てくる。

 
 受信日時:2010/12/24 19:26

 差出人:sg-epk@jtk93.x29.jp 

 件名:なし


 デバイス 稼働時間 見ろ

 
 
 携帯を握る手が震える。

 これは過去、未来から送られてきたメールアドレスである。

 送信者は紛れもない。

 未来の“岡部 倫太郎”であった。

 
 

 


 内臓が締め付けられるかのような感覚。
 全身の筋肉が緊張し、体が動かなかった。

 握り締めた携帯に表示される文字列。
 それは何百日と繰り返した今までにない事象。

 恐らくは未来の“岡部 倫太郎”から送られてきたメールであった。

岡部「こ……れは……」


 ──デバイス 稼働時間 見ろ。

 
 
 デバイス。稼働時間。

 そんなもの、もうずっと見ていない。

 見たところで、何がどうなる訳でもないと目を向けたこともなかった。
 震えながらデバイスを起動し稼働時間を表示させる。

岡部「ぁ……」

 思わず声が漏れた。
 一瞬、目を疑う。

 “石鍵”の総稼働時間。

 岡部がIS学園に入学し“石鍵”を手に入れてから、現実時間に換算して2ヶ月と経っていない。
 1日に3時間起動したとしても、180時間程度。

 待機状態を含んでも2ヶ月間で1500時間。
 実稼動200時間。装着時間として1500時間にも満たないはずであった。

 けれど、デバイスに表示されている総稼働時間。
 その数字は今も現在進行形で進み続けている。




 ──9800時間。




 それが、デバイスの映し出した時間だった。
 


岡部「どう言うことだ……」

 なぜ、こんな馬鹿げた数字が出ているのか。
 48時間を繰り返しているだけなのだから、稼働時間が進むはずが無い。

 更新されるはずがないのだ。
 なのに“石鍵”の時は進み続けている。

岡部「……」

 岡部の記憶のみが時間をループし、やりなおし続けている。
 当たり前のこと。

 その自分だけの常識に岡部は囚われていた。
 
 そう思い込み。
 自ら思考の幅を狭めていた。

 タイムリープを行っていたのは“岡部 倫太郎”だけではない。
 IS“石鍵”の“記録”もまた、一緒にタイムリープを行っていた。

 9800時間。
 1年を越える月日を岡部と共に繰り返していた。

 ひっそりと、時間を蓄え続けていた。
  
岡部「お前は……お前も……」

 待機状態である指輪を握り締める。
 1人で彷徨い続けているのだと思っていた岡部。

 誰よりも近くで、そばにあり続けた存在に今になって気付く。
 涙が溢れた。

 1人ではなかった。

 取り残された時間の中、たった1人でもがいていた訳ではなかった。
 傍らには“石鍵”がいたのだ。
 


岡部「……」

 ──しかし。

岡部「それで……どうすれば良いんだ?」

 携帯を再び取り出す。
 いくらスクロールしても、それ以上の文面はない。

 ただ、稼働時間を見ろとしか書いていなかった。
 他には何もない。

 いつかのように添付ファイルすらなかった。

岡部「9800時間……10000時間で何かが起きるとでも……」

 わからない。
 何が正解なのかがわからない。

 けれども、キリが良いとは言えないこの数字。
 次の位──1万と言う桁に何かがあると思わざるを得なかった。

岡部「……そう言う、ことなんだよな?」

 岡部の瞳に意思の力が灯る。
 決して諦めない、もがき続ける者の瞳だった。

岡部「紅莉栖……もう暫く待っていてくれ……必ず……」

 眠る紅莉栖にそう告げると“石鍵”を展開した。
 封印されている“蝶翼”を起動する。

 放電音が控え室に響き、岡部は再び時を跳んだ。

 





 ──────。





 ────────────。





 ──────────────────。

 
 

 それからの約200時間。
 8日余りを岡部は慎重に生きた。

 常に緊張感を持ち、けれど周りの人間には気取らせない。
 そんな生活を続けた。

 そしてもう1つ。
 全て、あの最初の日。

 タイムリープをした最悪の日。
 あの日をなぞるように生活を送っている。

 もはや記憶は薄れているが、それでも同じようにしようと努めた。
 特に24日。

 “亡国機業”-ファントム・タスク-の襲来までを含めて。





ラウラ「……倫太郎。何かあったのか?」

岡部「ごふっ……!」

 夕食時、不意にラウラが口を開いた。
 咀嚼していた物を噴出しそうになる。

 何か、とは何か。
 色々ありすぎて困惑する。

 そもそも、このような台詞は繰り返した日常の中で一度も言われたことがない。
 初めてのケースであった。
 


ラウラ「お前の纏っている雰囲気が昨日と比べるにガラリと変わっている」

シャル「そう言えば……なんか違うね?」

岡部「な、何を言っている……何時もと変わらん」

一夏「んー? そうかぁ? 何時も通りの顔だと思うけどな」

ラウラ「顔、表情ではない。雰囲気だ」

 勘の鋭いラウラである。
 今までのループでも岡部の雰囲気を察知していたに違いない。

 しかし言葉として発することはなかった。
 何故、今回に限って……と岡部は思った。

 そう、今日は12月23日。
 稼働時間は9980時間を越えている。

 明日の24日こそが、10000時間に達する時であった。

岡部「気のせいだろう。俺は俺だ」

紅莉栖「……」

 紅莉栖が目を細め、岡部を凝視している。
 横を見ずともそれがわかった。

ラウラ「そうか。ならば、良い」

 ラウラは食い下がろうとはしなかった。
 直ぐに視線を戻しシュニッツェルにフォークを突き刺す。

箒「そう言えば……ラウラが夕食に揚げ物を食べるなど珍しいな」

ラウラ「明日は試合だからな。力を蓄えておく。月並みだが、やはり肉は活力の元だ」

セシリア「まさしく。わたくしも今日はステーキを食べて英気を養っていますの」

 食卓を注視すると、ここにも僅かな相違があった。
 皆、食べているメニューが少しずつ違っている。

 どれも力が付きそうなボリュームある物を食べていた。
 今までの記憶を手繰っても、このような献立は一度も見たことがない。

岡部「……な、なぁ。皆、なぜボリュームがある食事を?」

ラウラ「言っただろう。活力の元だと」

岡部「いっ、いやそう言う意味ではなく……だな。普段なら、その……夜に食べないだろう、試合と言えど」

ラウラ「……ふむ。まぁそうだろうな」

 確かにと納得する。
 そして静かに続けた。

ラウラ「それはやはり、倫太郎。お前の影響だろうな」

岡部「……む?」

ラウラ「お前の放つ雰囲気。日本語で言うとノリノリと言うやつか。それにあてられてしまった」

シャル「ノリノリってラウラ……」

一夏「気合充分、って感じか?」

鈴音「あー確かに。何か緊張感ある良い気合の乗りしてるわ、今のアンタ」

 明らかに今までとは違う会話。
 少しずつだが、何かが違ってきている。

 それが良い兆しなのか、悪いものなのか判別する手管はない。
 それでも、何時もと違う会話はいやが上にも、期待を高める。
 


箒「ついに、明日が本番だな……」

 ここ最近の授業は全てトーナメントに向けて組まれたものだった。
 皆、緊張している。

 トーナメントを繰り返した岡部にとって、既に大舞台と言えど緊張はない。
 完全に舞台慣れしていると言って良い。

 けれど、今回だけは違った。
 勝敗ではない。

 それこそ人生を賭けた試合。
 その緊張感が皆に伝わり、良い意味で伝播していた。

一夏「良い試合にしような!」

箒「うむ。勿論だ」

セシリア「負けませんわよ?」

鈴音「はいはい。まぁ結局勝つのはアタシだけどね」

シャル「悔いが残らないようにしたいね」

ラウラ「皆の実力も上がってきている。楽しめそうだ」

 12月23日。
 運命の日、前夜。

 やれることはやった。
 思いも寄らぬ出来事のお陰で光が射した。

 後は明日を待つばかり。
 10000時間目の Holy Night.





 ─選手控え室─


 紅莉栖と肩を並べ、楯無とダリルの試合を見る。
 楯無が徐々にダリルを圧倒し始めていた。

紅莉栖「緊張してる……?」

岡部「あぁ……」

紅莉栖「そりゃそうか……」

 何故か会話が続かない。
 岡部の放つ雰囲気、緊張感が空気を張り詰めさせていた。
 
岡部「終わった、な」

紅莉栖「思ったより時間が掛かったわね。あのダリルって人、相当強いみたい」

 画面では、激闘の末に“ミステリアス・レイディ”が“ヘル・ハウンドver2.5”を撃破していた。
 楯無はそのまま勝利者へのインタビューを答えている。

 一字一句違わぬ台詞をマイクから発していた。

紅莉栖「あの年で、ロシアの正式な代表だからね。強さは折り紙つきよ」

岡部「当りたくないものだ」

 インタビューが終り、次の対戦相手が表示される。


  >> 岡部 倫太郎 vs 篠ノ之 箒 <<


紅莉栖「……来ちゃった、わね」

岡部「そのようだ」

 岡部はそう返事をすると腰を上げた。
 後、1時間もしない内に紅莉栖は死を迎えることになる。


岡部「紅莉栖」

紅莉栖「ふぇ!?」

 名前を呼ばれる。
 びくんと体が跳ね、緊張した。

 無言のまま、紅莉栖の体を抱きしめる。
 きつく。きつく。

紅莉栖「ちょ、ちょぉぉ!?」

岡部「頑張るから……」

 耳元で囁く。
 これから起こることに対して。

 何が起こるかはわからない。
 今の岡部に言えることはその言葉だけだった。

紅莉栖「えー……あー……」

 この状態で何を言えば良いのか。
 天才の思考回路も表情も全てがオーバーヒート寸前である。

岡部「行って来る」

 抱きしめていた腕を解き、廊下へ出る。
 その顔は緊張と決意で引き締まっていた。

紅莉栖「あ……ちょ! 待て! 私も行くんだからな!」

 とてとてと岡部に追いつく。
 サポーターとしてリンク端の特等席に居るのだと、照れを隠し喚きながら隣に付いた。

 長めの廊下を2人して歩く。
 これが最後だと心に秘めて。

岡部「ではクリスティーナよ。行って来る」

紅莉栖「あぁもう、直ぐ呼び名が戻るんだから……はいはい、せいぜいタコ殴りに合わないようにね」

 既に準備万端と中央に構える箒。
 一瞬だけ視線を交え直ぐに“石鍵”を展開する。

 珍しい全身装甲型のISとあって会場も一気にヒートアップした。
 PICでゆっくりと、中央へ移動する。

箒『……』

岡部『……』

司会者「両者見合っています! ココは日本人同士、伝統ある掛け声で試合を始めさせて頂きたいと思います!!」


 ──オオオオオオオオ!!!


 会場中の声が、塊となってドームを揺らす。
 世紀の一戦が始まろうとしていた。
 


司会者「両者見合って──はっけよーうい……のこったぁぁああ!!!」


 ──ギィィィイイイン!!!


 開始の合図と共に“二段階瞬時加速”-ダブル・イグニッション-を吹かせ突進する箒。
 岡部はそれを避けることもなく、剣で迎えた。
 
箒『決着を付けよう……倫太郎!』

岡部『全力で来い……全て受け止めてやる』

箒『篠ノ之流剣術 剣士。篠ノ之 箒────推して参る!!』

 



箒『くっ……!』

 岡部の振るった“サイリウム・セーバー”を二刀で防ぐ箒。
 試合は、防戦一方であった。

 “サイリウム・セーバー”にエネルギーは殆ど供給されていない。
 岡部は物理刀剣としてソレを振るい、後は体術で箒を圧倒していた。

箒『(強い……ッッ! まるで千冬さんと対峙しているかのようだ……)』

 ジリジリと後退してゆく。
 もはや、勝ち目はなかった。

岡部『(ここまでだな。篠ノ之……この勝負、決着は付いていないんだ)』

 前進を辞め視線を天井へと映す。
 もう間もなくだった。


 ────バツン。


箒『!?』

岡部『(いよいよだ……)』

 ドーム内の一切の明かりが消える。
 直ぐに予備電源が作動し、薄暗い明かりが灯った。

司会者「おおっと!? 停電……でしょうか!? ちょっと、スタッフ! スタッフ!?」

  
 ──ドンッ!!!


箒『──なっ!』

岡部『……』

 蒼白い閃光がドーム頂上から柱のように地上へと突き刺さった。
 エネルギー状の柱。

 “スターブレイカー”から放たれたBTエネルギー。
 舞台の幕引きとなる役者は出揃った。
 


 



 “石鍵”に降り注ぐ集中豪雨。
 “サイレント・ゼフィルス”から放たれたビットが総動員で噴火口を作り上げている。

 岡部はビット攻撃により釘付けにされ、死神達は一夏を標的にしていた。
 もう、時間がない。

岡部『(まだか……まだかっ……!)』


 ─3─


オータム『[ピーーー]やぁぁぁあ!!』


 ─4─


岡部『(頼む頼む頼む……)』


 ─5─


一夏『がっ……』


 ─6─


岡部『(もう、これ以外ないんだ……)』


 ─7─


オータム『貰ったぁぁあ!!』


 ─8─


岡部『(頼むから、一夏と紅莉栖を救わせてくれ……)』


 ─9─


エム『[ピーーー]』


 ─0─


岡部『頼む……から……』






 《稼動累計10000時間を突破しました》






 全ての時間が停止する。
 実際には停止した訳ではないが、岡部の主観がそう感じた。
 


 淡々と“石鍵”から流れ出るアナウンス。






 《“単一仕様能力”-ワンオフ・アビリティ-の生成が完了しました》






岡部『な……わんおふ……』

 “単一仕様能力”-ワンオフ・アビリティ-。
 岡部の中でソレは一夏の持つ“零落白夜”のイメージしかない。





 《起動を推奨します》






岡部『あ……』

 未だにビットから放たれるBTレーザーの雨は止まない。
 けれど、いやにその雨粒の弾着が遅く感じた。

 こくりと、小さく頷く。
 “石鍵”のソレに全てを委ねるように。






 《“刻司ル十二ノ盟約”-パラダイム・シフト-起動します》






 《稼働率10……50……75……100%》






 肩から射出されたソレは今までに見たこともない数字をたたき出している。
 目まぐるしい演算の後だけが、脳裏を過ぎていく。

 使用者である岡部の脳を破壊するその情報量。
 その全てをコアが代理演算していた。
 







 《パッチを解除します》






岡部『パッチ……?』


 ──バクン!


 閉ざされていたウィングスラスターが口開く。
 紅莉栖が施した封印はいとも容易く決壊した。






 《“蝶翼-ノスタルジアドライブ-”起動します》






 《稼働率10……50……75……100%》






 今までとは比較にならないほどのエネルギー放出が伴なった。
 密度が高すぎるそのエネルギーが虹色に輝く。







 《単一仕様能力-ワンオフ・アビリティー-限定解除します》





 
 












                 -単一仕様能力-
   ─────────────────────────

      ──運命石の扉の選択-シュタインズ;ゲート──         

   ─────────────────────────







 
 
 
 









岡部『しゅた……』






 《シュタインズ;ゲートを開錠します。キーワードを音声入力して下さい》






岡部『キー……ワード……』

 キーワード。
 急にそんな事を言われてもわかる筈がない。

 なのに、なのに。
 脳裏に浮かぶ言葉があった。

岡部『あ、あ……』

 口の中の水分が全て蒸発してしまったかのように思える。
 声が上手く出せない。

 フルフェイス装甲の中。
 掠れた声で、けれどしっかりと発音した。







        エル──







        プサイ──








      ──コングルゥ。

 
 
 
 


 
 意味はない。
 
 意味のないその言葉が、最後の鍵となった。

 
 



 



        エル──



        プサイ──








      ──コングルゥ。

 
 
 
 





 《認証しました》






 








 《シュタインズ;ゲートを開錠します》








 ──ギコン。








岡部『……』

 “ソレ”が何時からあったのかはわからない。
 機体を覆うように、幾つかの歯車が自転している。

 認証とともに歯車が不規則に動きだした。
 
岡部『な────』

 まばたき。
 ぱちりと瞼を閉じ、開けた時には景色が違っていた。

 永遠と続く闇。
 暗く、果てしないどこまでも続く広大な黒。

 その黒のキャンバスを彩っていたのは星々であった。
 岡部の覗く光景、それは誰しもが想像する“宇宙”のソレである。

 一夏は。

 紅莉栖は。

 亡国機業は。

 首を振り、体を捻ってもどこにも見当たらない。
 それどころか、音までなくなっていた。

 この場所この空間がどういったものか理解出来ない。
 本当にあの一瞬で宇宙まで来てしまったのか。

 それとも自身の意識だけが、この空間に来てしまったのか。
 理解が追いつかなかった。

岡部『これは……』

 奇妙な物に目が行き着く
 それはとても巨大で、巨大すぎる為に目に入っていても気付けなかった。

 始まりの見えない宇宙の端から、終りの見えない宇宙の端まで伸びている。
 縦なのか、横なのか。

 それすらも判別し難いほどの長大さ。
 岡部は本能的にそれがなにかを理解した。
 


岡部『世界──線』

 それは、一本の線だった。

 目を凝らす。
 ハイパーセンサーが起動し、その巨大ななにかをズームアップした。

 巨大な一本線のように伸びるなにか。
 しかし、良く目を凝らすとそれらは一本一本が糸のようにか細いものの集合体であることがわかる。

 その数は億……京……澗を越え那由他。
 無量大数と言っても問題はない。

 端があるのであれば、全ての始まりが。
 端があるのであれば、全ての終りが。

 恐らくは全てがこの線上に存在する。
 呼ぶ人が呼べば、これは“アカシックレコード”とも呼べるものでもあった。

岡部『…………』

 岡部は圧倒されていた。
 世界線を海と例えるなら、岡部の大きさはミジンコ程度であろうと。

 ISの視覚補助がなければ、それが一本の線であることすらわからなかったかもしれない。
 そんなものに岡部は今、対峙していた。





 ──フィィィィィィィィ。





 機体が唸りを上げる。
 岡部が戸惑っているのを他所に“石鍵”はフル稼働し続けていた。

岡部『どうしろと……言うのだ……』

 ココが何処なのか。
 何をすれば良いのか。

 岡部は未だに理解していない。
 けれども“石鍵”は動き続ける。

 岡部に流れ来る情報。
 “パラダイム・シフト”で得られたそれを簡略化し、岡部の脳に送り込む。
 


岡部『……』




 ──ごくり。




 ノドを鳴らす音が自身に響く。
 届いた情報。俄かには信じられないものであった。

岡部『……』






 《該当ケースを発見しました》






 岡部の意思を汲み取り“石鍵”がアナウンスする。
 準備は整っていた。

岡部『……』

 これが本当なら。
 本当にそんなことが出来るのなら。


 ──2人を救える。


 例えそれが、理を外れたものであっても。
 神を冒涜するものであったとしても。

岡部『……2人を、救えるのなら』

 迷う理由などなかった。





 








 ──────。









 ────────────。









 ──────────────────。
 





 
 

 






 ─全学年個人別トーナメント会場─


 ──ギィィィィィン!!!

オータム『ッチィィ! 邪魔くせぇ餓鬼がぁぁ!!』

箒『紅莉栖! 無事かっ!?』

紅莉栖「う、うん」

 箒の視界に入った“アラクネ”と“紅莉栖”。
 やつ等の性格を考えれば、人質を取ることを汲み取れた。

 一夏とアイコンタクトを送りあう。
 任せた、と言われた気がした。

 “二段階瞬時加速”-ダブル・イグニッション-を発動し“アラクネ”の元へと突進する。
 間一髪のところで、毒牙から紅莉栖の身を防ぐことに成功した。

箒『貴様等の好きにはさせん……!!』

一夏『へへっ……どうした、凶真にやられたのが響いているのか?』

エム『……』

 全てのビットを落され、エムの武装は“スターブレイカー”とピンク色に光るナイフだけになっていた。
 “スターブレイカー”のエネルギー残量も残り少ない。

 “白式”のエネルギー量も心許ないが、まだ戦える。
 “石鍵”が事前に“サイレント・ゼフィルス”のビットを全て落してくれていたお陰であった。

スコール『2人とも、聞こえる? 撤退よ。奪ったはずのバリアーコントロールが何者かに奪い返されたわ』

エム『奪い返された……?』

 耳を疑うかのようにエムが聞き返す。
 IS戦闘もそうであるが、諜報活動もスコールは超がつく一流である。

 こういった工作で引けを取るはずがない。

スコール『口惜しいけれど、世界最高クラスのハッカー……いえ、技術者かしらね。
     それが横槍をいれてきたようなの。私では歯が立たないわ、撤退よ。急いで』

エム『……』

一夏『むっ……!』

 エムの苛ついた雰囲気を感じ取ったのか、一夏は“雪片弐型”を構えなおす。
 しかし、エムは一瞥をくれるだけで“瞬時加速”を行い“紅椿”の元へと移動してしまった。
 


一夏『箒ぃー!! そっちへ行った!!』

箒『なっ』

 ──ガキィィィィイ。

 加速を利用した蹴りで“紅椿”を吹き飛ばす。
 反応が遅れた箒は“サイレント・ゼフィルス”のスピードが乗った蹴りを思い切り食らってしまった。

エム『聞こえたな。撤収する』

オータム『ッチィ……』

 “スターブレイカー”の出力を極限にまで高める。
 それを天に翳し開け放った。


 ──キィィィィィィィィィィィイイイン!!!!!!!!


 耳を劈く大轟音と共に、これまでに見せた最大出力の砲撃を見せた。
 -星を砕く者-その名に恥じぬ破壊力。

 リミッターを外したその一撃で“スターブレイカー”はライフルとしての機能を失い鉄塊になってしまった。
 その代償に、再び機能を取り戻した会場を覆うバリアーに機体が通れるほどの穴が穿たれる。

 ジ・ジ・ジと放電を響かせ、穿たれた穴を修復しようとまたその空間へエネルギーが供給され始めた。

エム『塞がる前に出る』

オータム『ッケ』

 ガシッ、と“アラクネ”の両肩を掴み“瞬時加速”を起動する。
 後ろから一夏が迫ってきたが、それを振り切りエムはドームから脱出した。

一夏『ちっくしょう……逃がしたか……』

箒『一夏!』

一夏『おう、無事か?』

箒『あぁ。こちらは大丈夫だ。それより──』

一夏『凶真。凶真だ!』

 2人で視線を地上へと向ける。
 視線の先にはISが強制解除され、意識を失った岡部倫太郎が居た。

 紅莉栖がよたよたと駆け寄り、岡部の頬を叩いているのが見える。
 一夏と箒も頷き岡部の元へと集った。

紅莉栖「岡部! 岡部しっかりしてよ!」

 ぺちぺち。
 意識を取り戻させようと、頬を叩く。

 その力が段々強くなっていく。

紅莉栖「ねぇ! ねぇってば!!」

 ばちばち。

紅莉栖「起きなさいよ……ねぇ!」

 ばちん!

一夏「ひぃっ」

箒「……」

岡部「んぐぁぁぉ!?」

 痛みにより引き戻される意識。
 岡部の左頬は真っ赤に腫れあがっていた。
 


一夏「ISの強制解除を受けただけだから、意識をなくしただけだったみたいだな」

箒「生身の状態で流れ弾に当らなかったのは不幸中の幸いだ」

紅莉栖「無茶すんなって何時も言っとろーが! 心配させんな……」

 紅莉栖は両目に涙を溜め、怒りと安堵で体を震わせている。

岡部「あ……あぁ……」

 首を振る。
 戦いでの疲労感、そして“運命探知の魔眼”-リーディング・シュタイナー-の発動により、意識も朦朧としていた。




 ──そうか。




 ──俺は。




 ──救うことが出来たのか。



 
紅莉栖「っちょ、ここでまた寝るか」

 再び目を閉じる岡部。
 がぁがぁと寝息を立てている。

一夏「俺も、何かすっげー疲れたよ」

箒「またイベントが中途半端になってしまったな……」

一夏「ははっ。そう言えば、まともにイベントが出来たのって殆どないな」

箒「笑い事ではないだろう……」

 ──いちかさーん!!

 ──いーちかーっ!!

 ──いちかー!!

 ──いちかっ!!

一夏「おっ、あいつ等も出てきたか」

箒「うむ」


 12月24日。
 全学年個人別トーナメントは、横槍によって中止となってしまった。

 奇跡的に死傷者は0。
 ドーム天井の穴や、リンク・客席の損害のみ。

 たった2戦しか行われないまま幕を閉じることとなった。


 終わる24日。
 紅莉栖の膝の上、心地良く眠る岡部の寝顔はとてもやすらかなものであった。

 


 



束「ほわー!! ちょーあぶねー!! ねっ! ねっ! 危なかったよね!?」

くー「ファインプレーです」

 寝巻きに着替え、巨大なウサギのぬいぐるみを抱える束。
 その表情は一仕事してやったぜ、といったものだった。

束「束さんが歯を磨き忘れてベッドから戻ってきたから良かったようなものの、あれはまったくちょーやばかったね」

くー「バリアーの権限を奪回したお陰で、彼女等は撤退を余儀なくされたのでしょう」

束「はー、グッジョブグッジョブ。束さん良くやった、気が聞く娘さんだね」

くー「お疲れ様です」

束「よーうし、寝直すよ。くーちゃん!」

くー「お供します」

 薄暗いラボの中。
 2人は寝室へと足並みを揃えてとけていった。

 







 ──せーのっ…………。








 12月31日。大晦日。
 クリスマスイヴに行われた世紀の大イベントは“亡国機業”の襲撃により幕を閉じた。

 頭を抱える各国の首脳たちを尻目に、世界は年の瀬を迎えている。
 “IS学園”に通う生徒らも実家。親族が暮らす国へと帰郷していた。

 冬休み到来。

 ここ“織斑家”では盛大に新年を迎える為のパーティーが開かれていた。

一夏「いやぁ……それにしても……なぁ?」

岡部「あぁ……」

紅莉栖「……」

 提案者が誰なのかはもはや知る術はない。
 余りにも高すぎる人口密度のなかで年忘れパーティーは開催された。

箒「むう……一夏が遠い……」

まゆり「このお料理美味しいよー!」

弾「無理があるだろ、この人数はよ」

ダル「素数だ……素数を数えるのだぜ……おおおお、おちちついて……」

セシリア「一夏さんのお宅が狭いと言う訳ではありませんが……」

フェイリス「ニャァ~……目が回ってしまうニャ……」

 家主である一夏を筆頭に、総勢で20名。
 20人もの人間が織斑家のリビングに集結していた。
 


楯無「これじゃ、せっかくのお料理も楽しめそうにないわね」

簪「うう……勇気を出して、き、来たけどコレじゃ……」

萌郁「騒がしい……」

 わいわい。がやがや。
 話すに話せず、食うに食えず。

 決して広いとは言えない一軒家。
 これでは新年を迎える前にどこかが壊れてしまう。

 そう感じた一夏が声を上げようとした時だった。

千冬「おら、餓鬼ども!」

 “ボス”と言っても過言ではない大姉貴が声を上げた。
 騒々しさが一瞬で掻き消え、視線が1人に集中する。

真耶「さすが先輩」

 ちゃっかりと参加していた真耶が顔をニヤつかせる。
 学校内ではないため、織斑教諭ではなく千冬としての顔を覗くのが楽しかった。

千冬「この家で、この人数の宴は無理だ。子どもは子どもらしく外で新年を迎えろ!」

一夏「でも千冬姉。もう22時越えてるし、子どもだけじゃ……」

 常識で考えれば、一夏の言っていることは最もだった。
 けれど、本日は12月31日である。

千冬「一夏、硬いことを言うな。今日は大晦日、馬鹿なことをしなければ野暮を言う大人も出てきやしない。遊んで来い」

一夏「はは……まぁ、そうか」

 許可が降りたところで一夏が口をあける。
 場所を移そう、神社へ出陣だ! と。
 


千冬「あぁ、酒は駄目だぞ。さすがにな」

一夏「わかってるよ」

千冬「それとな、岡部」

岡部「む?」

 千冬は既に少しばかりのアルコールを摂取していた。
 その為、常より舌が良く回っている。

 本性の一部である、悪戯っ子の素顔が顔をちらつかせていた。

千冬「この面子ではお前が年長者だ。子どもが暴走しないよう、ちゃんと見張って置けよ?」

岡部「……」

千冬「おい。返事は」

岡部「了承した」

千冬「おう。行って来い」

 まるで師弟のようなやり取りである。
 それを隣で聞いていた紅莉栖は破顔し、笑いを必死に堪えていた。

ダル「な、なんつー裏山死刑なやりとり……」

まゆり「千冬さんって、あの千冬さんでしょ? オカリン、いつのまに仲良くなったんだろー」

フェイリス「むむう……“ブリュンヒルデ”とあんなに密接な関係になってるとはニャ……」

るか「さすがおか、凶真さん。IS姿もカッコ良かったし、憧れちゃいます……ほんとに」

萌郁「気になる……“ブリュンヒルデ”との関係……」

 岡部と千冬のやりとりを見て、波紋が広がるのはラボサイドだけではない。

箒「確か、千冬さんの指導は一、二回程度だったはずでは……」

セシリア「ですわよね? にしては少々仲が良いように感じますわ」

鈴音「確かにね。千冬さんがあんな言い回しするのって一夏いがいじゃ初めて見るかも」

シャル「うん。そんなにオカリンと先生が話す時間があったとは思えないけど」

ラウラ「教官……私より、倫太郎の方が引率者に向いてると言うのですか……」

楯無「あらあら。何だか倫ちゃんを取られちゃった気分ねー」

簪「ど、どこか行くのか、な……?」

 広がる波紋。
 千冬にしても、なぜ岡部に責任を押し付けたのかはわからなかった。

 アルコールの影響なのか。
 たった一度や二度の稽古が原因なのか。

 理由はわからないけれど、酒により気分が良くなったことは間違いなかった。 
 


千冬「さぁ、行った行った。今からこの家は大人が占拠した」

真耶「はいー。お酒も沢山買ってますので!」

一夏「ってコトだ。みんな! 出ようぜ! 神社へ行こう!」

弾「だってよ、蘭。早く行こうぜ」

蘭「うっさい馬鹿兄! 聞いてりゃわかるっつーの。ったく……全然話せない……」

 ぞろぞろと脚を揃えて織斑家を跡にする。
 目指すは神社での年越しだった。

一夏「んで、どこの神社に行く? 大晦日だけあって交通機関もまだ動いてるけどさ」

岡部「……小さいが、良い神社がある」

一夏「箒のところでもって思ってたけど、凶真が行きたいところあるならソコで良いな」

箒「私も賛成だ。うちの方は混んでいるだろうし、この人数だとはぐれてしまう可能性もある」

岡部「決定だ。ルカ子!」

 先頭を歩いていた岡部が振り返る。
 列後方でまゆりの隣にいた“漆原 るか”へと声をかけた。

岡部「“柳林神社”で年を越す。案内は任せたぞ」

るか「う、うちですかっ!?」

岡部「あぁ。行くぞ、出発だ」







 ──明けまして、おめでとうございますっっ!!!!!!




 深夜零時零分。声が重なる。
 場所は秋葉原にある“柳林神社”の一角。

 神主でありルカ子の父親である“漆原 栄輔”の厚意によりブルーシートを張っての宴会となっていた。
 寒さ対策でのファンヒーターまで回っている厚待遇ぶりである。
 


一夏「良いとこだなぁ、神主さんも凄く良い人だったし」

箒「あぁ。威厳のある良い神社だ」

セシリア「わたくし、神社と言うものを始めて経験しましたが……」

鈴音「外国人からしたら大晦日の神社って雰囲気は中々神秘的に感じるわよね」

シャル「うん。なんだか、そわそわするって言うか……不思議な感じがするよ」

ラウラ「この“わたあめ”と言う菓子……まるで雲のようだな……素晴らしい技術だ」

 提灯に灯ったぼやけた光。
 出店が放つ不思議な魅力。

 年の移り変わりを人々が意識し、日頃とは違う空気が日本中を包んでいる。
 外国人である彼女らにとって年越しは何もかもが新鮮だった。

一夏「仲間と過ごす年越しってのは良いもんだな」

岡部「あぁ……」

紅莉栖「なーにカッコつけてんだか」

まゆり「ねぇねぇ、焼きソバとお好み焼きどっち買ってこようかー?」

ダル「答えは両方。つまり、ハーレムを選ぶのがココの正解っ!!」

 大いに賑わう若人達。
 “某国機業”に襲撃されたことなどなかったかのように、楽しい時間を過ごしている。

 あれほどに恐ろしい思いをしたと言うのに、岡部は不思議でならなかった。

岡部「(まるで、夢だったようだ……)」

 提灯をぼんやりと見つめグラスに注がれた液体を口にする。
 一瞬甘く感じたそれは、喉元を過ぎて熱さを感じた。
 


岡部「ファッ!? こ、これは……?」

 慌てて口を拭う。
 水やジュースの類ではない。

 ソレは明らかに“日本酒”であった。

岡部「お、おい! 酒が混じって──」

紅莉栖「……はェ? おかれー、あんらも飲みらはいよーぅ」

岡部「クリスティーナ……」

 時既に遅し。
 すでに何人かはその液体を飲み、何なのか理解することもなく飲み干していた。

箒「うー……いちかぁ! わらしはなぁー!」

一夏「ほ、箒!?」

セシリア「いちかさん! うぅー……なんでわたしくしのことをー……うぅ……」

一夏「セシリアまで!? なんで泣いてんだよ!?」

 ポロポロと涙を流し始める者まで出てきている。
 大問題だった。

シャル「わわっ、ラウラまで! 飲んじゃ駄目だって、それはお酒──」

ラウラ「うるはい! わらしは、くろうさのー……ひっく……んん……ねむい……」

 こてん、と即落ちするラウラ。
 一瞬の内にテンションがあがり、一瞬の内に眠ってしまった。

るか「──ねぇ、倫太郎さん」

岡部「る、るか……子?」

るか「はい……あの、ね……」

岡部「なぁ、おい。コレは、酒のようだぞ……」

るか「あぁ……これは、お酒じゃなくって“御神酒”だから大丈夫なんです……」

 酔っ払っているせいか頬が蒸気して桃色に染まっている。
 白く柔な肌までが充血し、はだけた胸元が妙になまめかしい。
 


岡部「(って違う! ルカ子は男だ!!)」

るか「倫太郎さん……ぼく、ぼく……」

 距離が縮まる。
 顔と顔との最短距離をるかの唇はなぞっていた。

岡部「(なぜだ、動けない……さ、酒のせいか……?)」

るか「──ね?」

 息と息がぶつかり合う。
 御神酒を飲んだのだろう、るかの吐く息はなんとも大人の匂いがした。

岡部「(な──こ、れ──は……)」

まゆり「もー、るか君ってば! お酒は駄目だよー」

 寸前のところ。
 岡部に迫ったるかの顔は、まゆりによってぐいと引き離された。

まゆり「もう、オカリンにまでお酒を飲ませちゃ駄目だよー」

岡部「(た、助かった……)」

 まゆりのことである。
 るかが岡部に御神酒を飲ませようとしていた、そう勘違いしての引き離し。

 結果、それが違う意味で岡部を救うことになっていた。

一夏「あー……何人か、飲んじまったみたいだな」

 潰れて、眠っている者が数名。
 飲まれて、泣いたり笑ったりしているものが数名。

 この光景を千冬に見られたらと思うと。

一夏「……」

岡部「……」

 ヤバイ。
 思考がシンクロする。

 特に岡部は引率を任された身である。
 責任は重い。

一夏「どうするかな……」

岡部「ラボ、いや……この人数では……」

紅莉栖「おーかーれーェ、らにやってんらろぅ、かがくしゃならのまのまーえー」

 絡み付いてくる紅莉栖の顔面を掌で押し退けつつ、脳を最大限に回転させる。
 ラボでは手狭である、しかしこの人数を収容できる施設に心当たりもない。

岡部「カラオケボックス……いやしかし、未成年。それも高校生が入れる訳が……」

一夏「……やべぇ、手詰まりか? 大人しく千冬姉に報告を……」


 ──ねねね、家。来る?


 背後から声がかかる。
 振り向くと、そこにはトレードマークであるカチューシャを取っ払ったメイド少女。

 “秋葉 留未穂”の姿があった。
 

 

おわーり。
一息に大量更新して申し訳ないです。


 東京タイムズタワーの最上階。
 およそ一般人では住むこと叶わぬ高級マンション。

 ここは“フェイリスニャンニャン”であり“秋葉 留未穂”である彼女の住まいであった。

岡部「ふう……」

まゆり「オカリン、本当に力持ちになったんだねぇ」

 ダルを担ぎソファへと下ろす岡部。
 以前だったら考えられない光景だった。

 重みの塊であるダルを岡部が担ぎ、運ぶことなど不可能に近かった。
 けれど、今は違う。

 岡部はその上背にあった人並み以上の筋肉を有している。

一夏「ふう……これで大丈夫か。っつーかほとんど御神酒を飲んだみたいだな……」

紅莉栖「けらけらっ」

 ほとんどの面子はソレが酒とはわからず、御神酒を飲み潰れていた。
 無事に残った者、貧乏くじを引く人間はどこの世界にも平等に存在する。

 岡部、一夏、まゆり、シャルロット、留未穂の五名。
 楯無は実妹である簪が酔い潰れたため、引き連れて先に帰ってしまっていた。

 同じくして酔い潰れた妹を背負い、一夏の友人である弾と蘭も自宅へと帰宅している。
 


まゆり「ねぇねぇ、オカリン」

 くいくい、と袖を引っ張るまゆり。
 もう片方の手は目をくしくしとかいていた。

岡部「どうした?」

まゆり「あのね、まゆしぃも眠くなってきちゃった……」

岡部「そうか……もうこんな時間だ。いつもなら眠っている時間だろう」

 深夜一時過ぎ。
 健康優良児であるまゆりにとっては眠気を堪えるにも限界であった。

岡部「まゆりもスペースを借りて眠っておけ。そこで酔い潰れている紅莉栖の隣が空いてるようだ」

紅莉栖「すぴー、くかー、くるっぱ……」

 先ほどまで笑い転げていた紅莉栖はすでに意識を飛ばし眠っていた。
 天才とは思えぬ、なんとも間抜けな寝息を立てている。

まゆり「うん……フェリスちゃん、ありがとね?」

留未穂「ううん。ゆっくり眠ってね?」

まゆり「ありがとー……」

 もぞもぞと紅莉栖の被っていた羽毛布団の隣に潜り込むまゆり。
 すぐに寝息をたてて満面の笑みを浮かべる。

 久々に岡部を含む皆と楽しく遊べたことに大満足していた。

留未穂「はい、ココア。……で、良かったかな?」

岡部「ん……お、あぁ」

一夏「サンキュー」

シャル「なんか、僕まで貰っちゃって悪いなぁ……」

 人数分のココアを差し出す留未穂。
 その口調や仕草は岡部が見慣れている“フェイリス”とは掛け離れたものだった。
 


留未穂「よいしょっと」

 自身も同じホットココアを手に持ちソファに腰掛ける。
 良く練られたバンホーテンのココアは香りも甘味も一級品だった。

岡部「どうしたんだ、らしくないじゃないか」

 らしくない。
 岡部にとっては“秋葉 留未穂”よりも“フェイリスニャンニャン”の方が馴染み深い。

 このように留未穂と対峙し、会話するなど別世界線上での会話以来と言えた。

留未穂「へん……かな?」

岡部「いや。らしいと言えば、らしい」

 まるで気ままな風のようにコロコロと口調や性格が変わってしまう。
 けれど、本質は一本。

 フェイリスだろうが、留未穂であろうが同一人物であることを岡部は知っている。

留未穂「へんなの」

 くすりと笑う。
 やはり、何時ものフェイリスとは勝手が違うようだった。

留未穂「なんかね。今日、IS学園の子たちを見てて良いなぁって思ったの」

一夏「え?」

シャル「へ?」

 岡部と2人だけの世界を作っているかと思ったら、思いもがけず自身らを巻き込んできた。
 唐突に瞳を見られたじろぐ一夏とシャルロット。
 


岡部「そう言えば、お前のIS適性値は確か……」

留未穂「うん……“A”だよ」

一夏「“A”!?」

シャル「!?」

 IS適性値“A”と言えば各国の代表候補生、及び代表クラスと言えた。
 一夏は“B”でありシャルロットは“A”。

 その数値の人間は世界にも指折り数えるほどしか存在しない。

一夏「ちょ、ちょっと待ってくれよ」

シャル「適性値“A”だとしたら、代表候補生……ううん。それ以前に“IS”学園に入学してるはずじゃ」

 適性値は高ければ高いほど“IS”との連動率が高まる。
 どの国も高適性の人材は喉から手が出るほど欲していた。

留未穂「にゃはは……うん、凄かったなぁ。勧誘」

 どこか遠いところを目で見据えながら留未穂は続けた。

留未穂「お父さんのね、会社を守らないといけないから……」

岡部「……」

 留未穂の口から紡がれた言葉。
 それは、以前に岡部が耳にしたそのものだった。

 亡き父親のため。
 秋葉原のため。

 留未穂は国からの超がつく高待遇を蹴って今ここにいる。
 その決意は10代の少女が担うにはあまりにも大きなものだった。
 


岡部「……」

留未穂「後悔はないんだ。メイクインは楽しいし、事業の方も……まぁ楽しいとは言えないけどさ」

一夏「大変、なんだな……」

シャル「……」

 企業の娘。
 立ち位置が違うだけで、こうも自身と境遇が変わるのかと不思議な感傷を抱くシャルロット。

留未穂「けど、岡部さんや学園の人たちを見てたらね、なんだか良いなぁって。楽しそうだなぁって」


 ──思ったんだぁ。


岡部「……」

 まるで独白のようなそれに対して、岡部はなにも答えることが出来なかった。
 楽しいのか。

 自分は今、楽しく日々を暮らせているのか。
 それに対しての感情が全くわからなかった。
 


一夏「そっか」

シャル「うん……留未穂ちゃんも学園にいたらきっと楽しかったね」

留未穂「そう言って貰えるとなんだか嬉しいな……っと!」

 ソファから立ち上がりくるりとその場で一回転。
 するとソコにはカチューシャを付けた猫耳の少女が立っていた。

フェイリス「ニャン! しばしの羽休めは終わったのニャ!」

岡部「フェイリス……」

一夏「お?」

シャル「ふぇ?」

 変貌に付いていけない2人。
 留未穂はカチューシャを装備し、メイドであるフェイリスへと心を切り替えた。

フェイリス「フフーフ。3人とも? さっきの事は秘密だよ! フェイリスは今の生活、とっても楽しいんだニャ!」

岡部「わかっているさ……」

一夏「おう!」

シャル「うん!」

フェイリス「ニャハハ、いいお友達が沢山いてフェイリスは幸せ者だニャ」

 一月一日。
 一年で一番長い夜はゆっくりと更けていった。
 






 一月二日。
 秋葉原ラボラトリー。

紅莉栖「うー……ぅー……」

ダル「あーうー……」

ルカ子「……うぅ」

萌郁「……だる、い」

まゆり「みんな、だいじょうぶー?」

 ソファに。椅子に。床に。
 ラボメンが死屍累々と撃沈していた。

フェイリス「んー、まだお酒が抜け切ってニャいみたい」

岡部「調子に乗るからだ」
 






 一月一日。元旦のことである。
 一眠りして目覚めたラボメンと学園生一同は明け方に解散となった。

一夏「よっし、俺は帰るとするよ。家に帰って千冬姉の面倒みないと」

箒「私も帰って神社の手伝いをせねばな」

鈴音「あたしはー……はぁ、本国に帰らなきゃいけないのよね」

セシリア「わたくしもですわ。……はて? 昨夜の記憶がないのはなぜでしょう……」

ラウラ「なにも……思いだせん……」

シャル「あはは……」

 国家に属している代表候補生は一旦の帰国が言い渡されている。
 その為、一日の早朝には解散し留未穂のマンションに残るはラボメン一同のみとなっていた。

岡部「そうか。俺はしばらくこの町に留まる。新学期までしばらくの別れだな」

一夏「大袈裟だなぁ、凶真。なんだったらおせち料理を食いに家に来てくれよ」

 ぽんぽんと背中を叩く。
 三が日は実家で千冬の面倒を見ると決め込んでいる一夏である。

 友達の顔出しは大歓迎だった。

箒「(くっ……行きたいが、三が日は動けん……神社での手伝いが……)」

鈴音「(くぅ~……なんでこんな時に国へ帰んなきゃいけないのよ!)」

セシリア「(あぁ、一夏さんとゆっくり新年を……あぁ……)」

シャル「(一夏とおこたでみかんを食べて……幸せだろうなぁ)」

ラウラ「(一夏と教官と私。籍を入れたら日常になるのだろうか)」

 各々に予定があい動けぬガールズたち。
 口惜しいと全員の顔が物語っている。

岡部「あぁ。時間があればお邪魔するとしよう」

一夏「約束だぜ? 来てくれよな!」

 こうして先に家を出た面々。
 残されたラボメン。

 昨夜の御神酒で調子に乗った人間の言葉。
 これが原因だった。


紅莉栖「日本って、お正月は昼間っからお酒飲んで宴会をするんでしょう?」

 






紅莉栖「うー……アタマ、イタイ……」

 調子に乗った結末が二日酔いだった。
 先日、お神酒を舐める程度でダウンした者たちである。

 本格的な酒宴を開いて無事でいられるはずがなかった。

萌郁「……さすがに、飲みすぎた」

 その酒豪っぷりを発揮したのは“桐生 萌郁”だった。
 1人で日本酒を二升あけている。

 この程度のダメージで済んでいるのは、元々に酒のみであるためだった。

ダル「気持ち悪いお……気持ち悪いお……」

ルカ子「なにも……思いだせないんです……」

まゆり「もー、みんな未成年なのに飲んじゃ駄目だって言ったのにー」

 静止するまゆりの声を余所に、飲みに飲んだ。
 正月無礼講。

 この言葉に乗っかり、酒に飲まれた者たちの末路。
 


岡部「まったく……久々にラボメンが集まったと言うのに」

 ククッ、と久しく心からの苦笑が漏れる。
 
 紅莉栖は頭痛に悩まされているし、ダルは吐き気と戦っている。
 ルカ子は記憶を飛ばし、唯一の成年である萌郁もダウン。

 無事なのは自身とまゆりとフェイリスだけ。
 久々にラボへ脚を伸ばし、ラボメンが集結していると言うのにこれでは何もできない。

 だと言うのに、岡部は可笑しくて仕方がなかった。

岡部「ククッ……ははっ……」

まゆり「オカリン?」

フェイリス「ニャニャ? ついに前世の記憶が戻り、聖なる戦い“ジ・ハード”へ赴く決意が!?」

岡部「いや、なんでもない……」




 ──やはり、ココが俺の居場所なんだ。




 そう。


 どんなに楽しくても、あそこは違う。


 けれど、それを意識するのはあまりにも辛いことだった。


 できることならば、ずっと、このまま。

 




 

おわーり。
ありがとうございます。

情弱な私はフェノグラムだとかIS始動だとか訳が……。


 一月三日。

 岡部は1人、織斑家へと歩を進めていた。
 IS学園の面々は元より、ラボラトリーのメンバーも各々の実家へと顔を出している。

 紅莉栖にいたっては少しばかり怪訝な表情を浮かべていたが、

紅莉栖「まっ、会っておかないとね。コレは私の問題だから」

 と心配する岡部を跳ね除けて実家へと帰省した。

岡部「……なにか、手土産を買っていった方が良いか」

 電車へ乗り継ぎ、一夏の住まう町へと体を降ろす。
 正月だと言うのに商店街は賑わい活気が溢れていた。

岡部「酒の肴だろうか、やはり……」

 思い浮かぶのは千冬の顔。
 友人である一夏の姉であり、担任であり、ある種の師匠のような存在。

 特別な感情を抱いている訳ではないが妙な緊張感があった。

岡部「適当にツマミでも買っておくか」

 ぶらりと乾物屋に入り、幾つか見繕う。
 甘いデザートなどではなくこう言った乾物を選んでしまう辺り、やはり岡部は少しずれていた。
 






一夏「よう! 来てくれたんだな!」

岡部「あぁ。お言葉に甘えてな」

 満面の笑顔で出迎える一夏。
 この笑顔を見せられて、心が揺るがない同年代の少女はいないだろうなと岡部は思った。

一夏「年末は落ち着いて飯も食えなかったからな、今日はくつろいでくれよ」

岡部「楽しみだ」

 一夏のいでたちはまるで主夫であった。
 今の今まで料理をしていたのだろう、三角頭巾にエプロンをつけている。

 客人ようのスリッパをはき、一夏の後ろへ付き従う。
 廊下を抜けてリビングへと体をくぐらせる。

千冬「おう、岡部か。おめでとう」

岡部「うっ……お、おめでとう……ございます」

真耶「みゃぁー……」

 ギリギリのところで敬語へと変換することに成功した。
 その光景を見て引き気味になる。

 空き瓶の山、山、山。
 日本酒の一升瓶。スピリッツ・リキュール類の空ボトル。

 いったいどれほどを飲み干したのだろうか。
 付き合っていたであろう真耶は目を回していた。

一夏「ありゃー、真耶先生は完全にアウトだな」

千冬「まったく。だらしがないぞ」

真耶「みゃぅー……」

 もはや返事すら出来ない。
 年末から夜通し明け通しで飲み通しの食べ通しである。

 胃と肝臓、体力の限界であった。
 


千冬「一夏、おぶって寝室に寝かせておいてやれ」

一夏「はいよ……よっと、失礼しますね」

真耶「はぅー……」

 ひょいとお姫様抱っこで真耶を担ぐ一夏。
 そのまま階段を昇り、真耶を寝室へと寝かせに行った。

千冬「おう、岡部」

岡部「うっ……」

 嫌な予感しかしない。
 いつのも千冬ではない、明らかに酔っている。

千冬「どうした。お前は今日は客人だろう? ソファに座って飯を食え。美味いぞ、私の弟の飯は」

岡部「あ、あぁ……いただきます」

 ソファに腰を下ろし、テーブルに目線を落す。
 確かに、一夏の作ったおせち料理はどれも美味しそうだった。

 まるで出来合いの物を買ってきたかのような色鮮やかな品揃えである。 
 とても高校生男子が作ったおせちとは思えなかった。
 


千冬「ふふん。どうだ?」

岡部「……」

 なぜ貴様が偉そうなのだ。とは口が裂けても言えない。
 言えばどうなるかは火を見るよりも明らかだった。

一夏「ふぅ、寝かせてきた。ありゃしばらく起きそうにもないな」

千冬「ご苦労。一夏、燗してくれ」

一夏「はいよ」

 とっくりを弟に手渡し、日本酒を燗させる。
 姉弟と言うより尻に敷かれた夫婦のように見えた。

一夏「凶真も好きに食ってくれよな」

岡部「あぁ、いただ……と、そうだ。手ぶらじゃ何だと思ってな。これを」

 来がけに買ってきた代物を手渡す。
 炒り豆、スルメ、たたみいわし……乾物の詰め合わせだった。

千冬「くくくっ……はっはっは!」

岡部「???」

 土産物を見て笑い始める千冬。
 酒が入ってるせいか、笑いのツボに入るハードルが低くなっているようだった。
 


千冬「いやいや、岡部。お前はわかっているな」

岡部「む?」

千冬「土産などと言うからケーキだのスイーツだのと思ったが、乾物とは……」

一夏「最高の酒の肴だ。スルメといわしは軽く炙ろうか? 千冬姉」

千冬「あぁ。日本酒がすすむ」

 明らかに上機嫌になる千冬。
 どうやら、少しばかりずれた岡部の思考がツボに入ったらしい。

 酒飲み。こと、正月においては日本酒がよく似合う。
 乾物は最高の肴といえた。

千冬「よし、岡部。お前も一杯飲むか?」

岡部「いやいや、俺は未成年だ……」

千冬「む……19と言えば……そうか、未成年か。使えんやつだ」

 ッチ、と軽く舌を鳴らす。
 半ば本気で次の飲み相手と捕捉していた気があった。

一夏「千冬姉、無茶言うなって……はい、熱燗」

千冬「おう」

 お猪口に酒を注いで一息で飲みきる。
 その表情は普段とは打って変わり、とても幸せそうな表情だった。
 


千冬「なんだ? 人の顔をジロジロみて」

岡部「いや……学園とは違うな、と」

千冬「ふん。当たり前だ、ここは家だからな」

 他愛もない話をしながら料理をつまむ。
 一夏の手料理はどれも手が込んでいて、本当に美味しいものだった。

岡部「ワンサマーは本当に料理が上手いな……」

一夏「いやぁ──」

千冬「──おう。私の弟だからな」

 一夏が言を吐ききる前に姉からのカットインが入る。
 良い感じにアルコールが回り、千冬の上機嫌が続いていた。

千冬「おい、岡部」

岡部「──む?」

 一夏特製の栗きんとんを頬張っていた時のことである。
 あまりにも出来が良かったため、まゆりへの土産に小分けして貰えないか思案していた最中。

 千冬の口が開いた。

千冬「お前はいったい、なんなんだ?」

岡部「……」

 ──ごくん。

 咀嚼していた物を飲み砕く。
 一瞬、時が止まったかのように思えた。

 一夏は千冬の命により次なる酒の肴を調理している。
 場には岡部と千冬の2人だけだった。
 


千冬「酔っ払いのたわ言だと思えば良い」

岡部「……」

千冬「“IS”を起動することが出来た男……」

 まるで千冬の独り言。
 岡部は固まりながら、その言葉に耳を傾けた。

千冬「これは──まぁ、私の弟もそうだが、」

 チラリとキッチンで料理をする愛弟へ目を配らせる。

千冬「お前の上達速度は異常だ、ありえん」

 くぴり。
 ひたすらに酒を飲み続けながら言葉を紡いでいく。

 学園ではない。ここは家である。
 家で、酒の席だからこそ出来る会話内容であった。

千冬「この間の組み手もそうだ。筋力は皆無であるくせに、あの手練は納得がいかん」

 岡部の攻撃は千冬の鼻を掠めた。
 例えラウラですらその域には達していない。

 ついこの間まで普通の男子大学生だったもやし男が行える所業ではなかった。
 


岡部「……」

千冬「大会で篠ノ之と戦った時もそうだな……随分と余力を残しているように見えた」

 痛いところを突かれた。
 あの時、あの瞬間。

 岡部は箒を圧倒する技量を手にしていた。
 けれど、最初の。

 最低最悪のシナリオをなぞる必要があった。

 結果、実力者から見れば力を抜いているように見えたのだろう。
 千冬の目は誤魔化せていない。

千冬「ふんっ。まぁ良いさ……時間はある。新学期に入ったら覚えていろ? 私が直接この目でお前を確かめてやる」

岡部「……それは、怖いな」

 千冬の顔は、まるでイジメッ子のような表情だった。
 ニヤリといやらしく笑っている。

千冬「そうだ。織斑先生は怖いんだ」

 不思議な感覚だった。
 織斑 千冬。

 ループする世界の中で、もっとも多くの時間を共に過ごした人物。
 代わり映えしない世界の中で唯一違う動きで岡部を圧倒してきた。

 千冬がいたからこそ、岡部は精神を壊すことなくここまで辿り着けた。
 千冬がいたからこそ、岡部はここまで技術を練り上げることができた。 

 感謝してもしきれない。
 師匠のような存在。

 けれど、その記憶は岡部だけのもの。
 決して千冬は思い出さない。

 妙な寂しさを覚えたが、岡部はそれを押し殺した。
 この業を背負うのは自身だけで良い。

 それが、自分勝手に世界を操作した罪による罰。

 誰かに話して、一緒に背負って貰おうなどとは思えなかった。
 


一夏「おまちどうさん! ツマミは一旦休憩して、飯にしよう。年越し蕎麦を食いっぱぐれたから、蕎麦にしてみた」

千冬「お、天ぷら蕎麦か」

岡部「美味そうだ」

 揚げたての掻き揚げが蕎麦つゆに染みてぶくぶくと気泡を浮かべている。
 煙りに乗って漂う香気はなんとも食欲をかきたてるものだった。

一夏「あー、完全に年を跨いじゃったけどさ。今年も一年、宜しくお願いします」

千冬「お願いします」

岡部「お願いします」

 一夏にならい、ぺこりと頭を下げる。
 これぞ正月の習いであった。

 正月料理をつまみ、話しに花を咲かせる。
 他人の家だと言うのに不思議と居心地が良い。

 こんなにもゆったりと、正月らしい正月を過ごしたのは本当に久々であった。

岡部「(もう一つ歳を取れば二十歳か……)」

 蕎麦の汁を吸いながら思いふける。
 そう、今年で岡部は二十歳を迎える。

 とすれば来年の正月は千冬と一緒に酒を酌み交わすことが出来てしまう。

岡部「……」

 チラリと横目で流し見ると、千冬は美味そうに蕎麦を啜っていた。

岡部「(それも、楽しそうだ……)」

 先のビジョンを見据えて思わず口角が上がる。
 楽しそう。なんとも魅力的な未来予想図。

 それは、岡部が望めば叶う未来。
 このまま何事もなく過ごせば必ず来る世界。

 そんなことを思いつつ、3人でずるずると蕎麦を啜っていた。

 

おわーり。
ありがとうございました。





予告。




比翼連理のだーりんin“IS”ガールズ。




それは──あったかもしれない、ISガールズたちとの恋物語。

 
 
 

 

だーりんネタですが……


     *      *
  *     +  うそです
     n ∧_∧ n
 + (ヨ(* ´∀`)E)
      Y     Y    *

くだらないエイプリルフールでした。申し訳。
投稿します。


 
 “IS学園”の冬休みは短い。
 三が日を休校とし、四日目を自由登校。

 一月の五日からは平常通りの授業を行うことになっている。
 “岡部 倫太郎”は四日目の自由登校から学園へと通っていた。

岡部「ふう……」

 ルームメイトである“織斑 一夏”の姿はない。
 なんでも、正月で家が汚れてしまったので今日は徹底的に掃除をするのだと言う。

 汚れた原因の殆どは姉が担っているはずだが、それは言わないでおいた。

岡部「さて」

 制服を脱ぎ捨て、動きやすいジャージへと衣を移す。
 年末年始でなまり気味になった体をほぐす予定を立てていた。

岡部「技術は身についたが、体力はな……」

 繰り返し続けたタイムリープにより、千冬の指導を徹底的に受けてきた。
 お陰で技術水準は大幅に向上している。

 が、体力はどうにもならない。
 今の岡部はとてもアンバランスなスペックを持っていた。

岡部「まずは走りこみだな」

 岡部はひそかに新年の目標を立てていた。
 少しでも、強くなること。

 もう二度と、遅れは取らない。
 “亡国機業”の面々が頭にチラつく。

岡部「……」

 ガジェットや兵器に頼った強さではない。
 単純な戦闘力の向上を意識していた。

岡部「もう誰一人、死なせるものか……」

 そう決意を秘め、1人グラウンドへと足を進めた。

 






岡部「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」

 一月の寒空の下。
 走り続け、汗を流す。

 すでに20キロ近い距離を走り続けていた。
 体力がないとは“IS学園”基準でのこと。

 岡部はすでに一般男性が持つ体力を凌駕している。

岡部「──ふぅ」

 大きく深呼吸をして呼吸を整える。
 ランニングの後は筋肉トレーニングを予定していた。

岡部「……なんのようだ?」

 地べたに座り、ストレッチをする傍ら誰かに話しかける。
 それは後方から岡部を驚かそうと忍び寄っていた人物に投げかけられた言葉だった。

楯無「なーんだ。気付いていたの?」

岡部「……」

 以前の岡部であれば、楯無の接近に気付くことは出来なかっただろう。
 この気配を察知する能力も千冬との組み手で叩き上げられた能力の一つだった。

楯無「倫ちゃんってば、最近とってもたくましくなったわよね?」

岡部「鍛えているからな」

楯無「んー……それもあるんだけど……」

 含みのある言葉。
 やはり、いぶかしんでいる。

 それほどに岡部の実力向上は突飛なものに見えていた。
 トーナメント当日。“亡国機業”襲撃までの戦闘。

 たった数分たらずの戦闘であったが、楯無クラスの人間には実力の差がはっきりと見えていた。
 


楯無「ねぇ、倫ちゃん。私と組み手してみない……?」

岡部「……」

 絡んでくる楯無を無視しつつ、体を伸ばしていた岡部であったがその言葉で動きが止まる。
 楯無との組み手。

 興味があった。

楯無「ねね? もし一本とれたら、デートしてあげるからっ」

岡部「そんなものはいらん……が、」

 ループから抜け出してからと言うもの、組み手をしていない。
 と言うよりも、岡部の体感ではすでに数ヶ月もの間、千冬としか手を合わせていないのである。

 自身の力量がどの程度まで上がっているのかを確かめてみたかった。
 果たして学園最強である“更織 楯無”にどの程度近づけているのか。

 以前、組み合った時は話しにならなかった。

岡部「相手をしよう。俺も、確かめておきたい」

楯無「──クスッ。変な倫ちゃん」

 






岡部「……」

楯無「さーぁ。何時でもかかってらっしゃい」

 畳み道場。
 2人は胴着に着替え、向かい合っている。

 対面し、驚きを覚えていたのは岡部の方だった。

岡部「(強い……隙が……見当たらない……)」

 以前とは見える景色が全く違う。
 千冬との特訓を経て力量が上がった岡部から見る楯無は、やはり充分に化物だった。

楯無「どうしたの?」

岡部「……」

 腹を括るより他ない。
 どんなに強かろうが、千冬よりも格上であるはずがないのだからと自身に言い聞かせる。

 足先に力をいれ、邁進しようとしたその時。

楯無「──来ないなら、おねーさんから行っちゃえ」

岡部「な、」

 無音。無動作。
 気づけば、楯無は懐へと飛び込んでいた。

 その華奢な右腕はすでに岡部の胴着を掴んでいる。
 このまま時を無為に過ごせば体は宙を舞い、地に叩き付けられるだろう。
 


楯無「あ」

 けれど、今の岡部は易々と投げられるような男ではなかった。
 寸前のところで掴みを振り解く。

 その動作は合気のようで、力ではなく技術を用い、最低限の腕力を使っての脱出であった。

岡部「ハァッ、ハァッ……!!」

 一気に汗が噴出していた。
 ニュートラルに入れていたギアを、一気に五速まで叩き込んだような動きを見せたのだから頷ける。

 全身の細胞が危険だとアラートを発していた。

楯無「……今のをほどいちゃうのか」

 完全に決まったと思っていた。
 仮にコレが一夏であれば確実に攻撃は決まっていただろう。

 例えラウラでさえ、あのタイミングで胴着を掴まれては対処できまい。
 それを、岡部は振り解いた。
 


楯無「……」

 やはり異常事態であることを再確認する。
 目の前に居る男は数週間前までの人間とは違う。

楯無「倫ちゃん。おねーさん、ちょーっと本気になるから……怪我だけはしないでね?」

 楯無の表情から笑顔が消える。
 それはまだ岡部が見たことのない、本気の“更織 楯無”であった。

岡部「助かる……自分がどこに居るかを把握しておきたかった……」

 覚悟を決める。
 きっと、体のあちこちが損傷してしまうだろう。

 現状で楯無に打ち勝てるとは思えていない。
 千冬との無限にも思えたあの組み手が、どれほどの実を結んでいるのか。

 それだけを知りたかった。

 






楯無「(嘘でしょう……)」

岡部「ハッ、ハッ、ハッ……スゥー、ハァー……」

 楯無の頬に一筋の汗が流れる。
 組み手を開始してから既に1時間以上の時が経過していた。

 未だに技あり、一本、なし。
 どちらの攻撃もクリーンヒットを許していなかった。

楯無「……」

岡部「ハァ、ハァ……」

 呼吸を乱しているのは岡部のみ。
 楯無は疲労の顔さえ浮かべていない。

 が、どうしても一本が取れない。
 それは岡部が攻めに転じず、楯無の攻撃を捌くことだけに意識を集中していたからであった。

岡部「(見ろ……瞬きすらするな……集中、集中、集中……)」

 楯無の攻撃は鋭くて正確。   
 けれど、どの攻撃も千冬を越えたものではない。

 であれば、攻撃は出来ないが攻撃を防ぐことは出来る。
 冷静に対処し捌けば良い。

 こうして岡部は楯無の猛攻を1時間防いでいた。
 


楯無「(防御に徹しているとは言え、ここまでなんて……)」

 初めての経験だった。
 同年代付近の人間に対して、ここまで粘られたのは楯無にとって初体験である。

 国家代表選手である彼女からすれば、代表候補生クラスであれば赤子の手を捻るように対処できる。
 であるのに、岡部を落すことが出来ていない。

 大問題であった。

楯無「(考えられないけど、倫ちゃんの戦闘能力は代表候補生以上ってことね……)」

 常識で考えれば、どうやっても数日間で辿り着ける領域ではない。
 けれども実際に手を合わせたからこそわかる。

 付け焼刃の技術ではない。
 時と痛みを重ね、練磨研鑽を積み身に着く技術。

 それをこの短期間でなど、どう足掻いても不可能であるはず。
 


楯無「……」

 答えは出ない。
 その答えは岡部のみが知っていた。

 千冬とこなした組み手の回数。時間。
 これは、最早カウントしようがない。

 延々と繰り返し続けた。
 どれほど強烈な攻撃を受けようと、岡部の死は決定されていない。

 その事実を逆手にとり岡部は言葉巧みに千冬を挑発した。
 攻撃を喰らい続け怪我を負った事もあった。

 しかし、怪我も、組み手で消費した体力も。
 全てがタイムリープによりなかったことに出来た。

 脳に叩き込まれた技術だけを持って、岡部は千冬に挑み続けた。
 何度も何度も何度も何度も。

 通常であれば2時間も組み手を行えば体力は消耗し、それ以上は効果がなくなってしまう。
 けれど、岡部はタイムリープを駆使したお陰で休むことなくひたすらに鍛錬を行えた。

 これは恐ろしいことである。
 24時間だろうと、100時間であろうと、世界最強の人間と休憩を挟まずに手を合わせていられる。

 得られる経験値は、常人の数百倍以上。
 これにより、岡部は自身を徹底的に叩き上げていた。

 岡部は自身が思うよりも遥か高みに位置する領域に足を踏み入れていたのだった。 

  

おわーり。
ありがとうございました。


岡部「……」

楯無「ふぅ……」

 岡部vs楯無。
 両者の結末はあっけないものと言えた。

 長時間の戦闘、もとい組み手である。
 雌雄を決した決め手は体力であった。

 集中力、体力を共に切らした岡部が攻撃を捌ききれず一本を取られそのまま失神。
 K.O負けを喫していた。

楯無「技術は申し分なし。けれど、技術に体と体力がついていけてない……」

 冷静に分析する。
 明らかに、本人の能力を超えるオーバースペックな技術を習得している。

 いったい、どのような魔法を使えばこんなことになるのか。
 楯無でさえ皆目検討がつかなかった。

楯無「思い当たると言えば千冬センセの組み手だけど……」

 それにしても、2度や3度。
 たったそれだけで達人になれるのであれば、苦労と言う言葉は存在しない。

楯無「ま、わからないものは仕方ないか。教えてくれないだろうし。それに……」

 伸びている岡部の顔に視線を落す。
 とても気持ち良さそうに眠っていた。

楯無「どう見ても、悪い子には見えないしね」

 くすり。
 年下であるにも関わらず、無邪気に眠る岡部に対し先輩ぶる。

楯無「ゆっくり見守るとしますか」

 微笑む楯無の顔に、一切の思惑は存在しなかった。

 





 
 一月五日。
 “更織 楯無”生徒会長による始業式が行われ、新学期がスタートする。

 午前中の授業を受け、誰が誘うともなく食堂へと皆が足を揃えて運んだ。

紅莉栖「もち、餅、モチ……見事に全てのメニューがおもちね……」

一夏「餅の在庫が大量にあるらしい。メニューの殆どが餅関係になってる」

 食堂。
 正月に帰省した専用機持ちたちも全員が帰国し、顔を揃えていた。

セシリア「あら。私はこのお餅と言うのが気に入りましたわ」

ラウラ「雑煮、汁粉、きな粉餅。なるほど、効率的にカロリーが摂取出来る優れた食品だな」

シャル「お餅はカロリー高いもんね。マッチ箱くらいの大きさで、ご飯だとお茶碗一杯あるんだって」

鈴音「じゃぁセシリアは毎回どんぶり飯ってことね」

セシリア「……」

 カタン、と箸を椀に置くセシリア。
 帰国中は訓練がなかった。

 本国での“IS”メンテナンスや候補生としての雑誌インタビュー。
 一切、体を動かしていない。

 ウェイトの増加が気になっていた。
 


セシリア「わ、わたくしはちゃんとウェイトコントロールを行っているので問題ありませんわ。
     それより箒さんの召し上がりっぷりは少々度が過ぎているんじゃありませんこと?」

箒「私は問題無い。毎日食べた以上に体を動かしカロリーを消費しているからな」

セシリア「……」

一夏「箒は食った以上に体を動かすからな、昔っから体重気にしたことなかったよなぁ」

箒「う、うむ……その、なんだ。一夏も、ふくよかな体よりは引き締まった体の方が良いだろう……?」

一夏「ん? そりゃ、太ってるよりは引き締まってる方が健康だろ」

箒「だっ、だな! うむ、うむ」

セシリア「……」

 何時も通りのやり取りを見て、紅莉栖が苦笑する。
 紅莉栖にとって、IS学園での日常もラボ同様に楽しく思える空間になっていた。

岡部「……」

紅莉栖「ん? ちょっと、どうしたの?」

岡部「あぁ、いや。今日から新学期。早いものだ」

 熱いほうじ茶を啜りながら岡部が答える。
 ここ最近の岡部はどうもおかしい。

 少なくとも紅莉栖の目にはそう映っていた。
 なんと言うか、爺臭い。妙に達観している。

 厨2病をこじらせた発言をすることも極端に減って、むしろしなくなった。
 


一夏「今日から新学期か。なんか、実感わかないな」

鈴音「気を引き締めなさいよね。あんた、どうせ毎日お風呂入りまくって蕩けきってるだろうから」

一夏「年始と言えば風呂だろ」

 年始と言えば風呂。
 一夏は常にこれを口酸っぱく説いていた。

シャル「日本では年始イコールお風呂なんだね」

ラウラ「1年間の垢を洗い流すと言って、年末にも風呂だと騒いでいたな」

セシリア「日本人のそう言った感性はとても素晴らしいですわ」

一夏「だろ? いやー、風呂って良いよなぁ」

鈴音「いや……」

箒「それは一夏だけの常識だ……」

 わいわいと続く談笑。
 岡部は微笑みながらその光景を傍観する。

 言葉に出来ない、妙な違和感。
 まるで、自分がこの場に存在していないかのような感覚。


 ──あってはならない存在。


 そんなような気がして、どこか寂しい気持ちになっていた。

 






 ─第1アリーナ整備室─


 食事を終え、紅莉栖の希望でISの整備を行うことになった。
 昨年の試合以降、ISを起動する機会もなくシステムデータを見ていなかった。

 システムチェック。整備等やることは山積している。

紅莉栖「ケーブルよっしと、ちゃちゃっと済ませちゃうわね」

岡部「……あぁ」

 フルフェイス装甲の中、岡部の表情が曇る。
 けれど鋼鉄に覆われたそれを紅莉栖が見ることは叶わない。

紅莉栖「んーっと、得に問題はなさそうね」

岡部「……」

紅莉栖「“蝶翼”の封印パッチも生きてるし、稼働率も問題なしっと……」

岡部「そうか……」

 “単一仕様能力”-ワンオフ・アビリティ-は鳴りを潜めていた。
 それどころか、稼働時間までデータ上で改竄を行っている。

 そう言うことに“石鍵”がしていた。
 紅莉栖ですらソレに気がつけないでいる。

 データ上“石鍵”のスペックは12月24日のまま、更新がない。
 それは、岡部の思考を汲み取り“石鍵”が自身で行っていることだった。

紅莉栖「よし、よし……よしっっと。システムオールグリーン、問題なしね!」

岡部「ひと安心だな」

紅莉栖「……ね、ねぇ岡部」

岡部「ん?」

 ISの展開を解除し、機材を片付けはじめている岡部に紅莉栖が声を投げかけた。
 その声はどこか遠慮がちである。

紅莉栖「最近、なんか変わった……?」

岡部「なんだ。藪から棒に」

 紅莉栖の問い掛けに首を捻る。
 なにを言いたいのかがわからない。
 


紅莉栖「あーっと、だからだな……なんつーか、妙に落ち着いてるっつーか……」

岡部「……」

紅莉栖「大人っぽい……じゃなくて──ぅわかんないけどッ!」

 どうにも言葉が紡げない。
 24日のクリスマス以降、岡部の様子はどこかがおかしかった。

 “岡部 倫太郎”であることに変わりはない。
 けれど、どうにも拭いきれぬ違和感が心のどこかにまとわりついている。

 それがどうしても気持ち悪かった。

岡部「俺は俺だ。変わってないさ」

 面と向かってはっきりと口にする。
 自分は、自分だと。

紅莉栖「ん……まぁ、そりゃそうなんだけどさ……」

 真摯な態度に紅莉栖もそれ以上、言及するこは出来なかった。
 紅莉栖からしても岡部は岡部である。

 ただ単に、感じ取れる雰囲気の違いに戸惑っているだけ。
 それ以上でも以下でもなかった。
 


岡部「……心配するな。俺は変わらない」

 ぽん、と紅莉栖の頭に掌を乗せて撫でる。
 自分を心配する少女の心遣いが嬉しかった。

紅莉栖「こっ、子供扱いすんな!」

 頭を撫でられるのは正直に気持ちよく、嬉しかった。
 しかし、子供扱いされているようで複雑な気持ちになる。

 昔、本当に子供だった頃は父親に頭を良く撫でられたなと思い出した。

岡部「新学期だ。また忙しい毎日が始まる。よろしく頼むぞ、助手よ」

紅莉栖「そっ、そうね……っ助手じゃないけどな」

 火照った顔を隠すように、そっぽを向いて返事をする。
 明日からのことよりも、早く顔のコンディションを整えることに専念したかった。

 
 





 一月三日。深夜。
 織斑家、一夏の寝室。

一夏「なぁ、凶真」

岡部「む?」

 その日、岡部は織斑家へ一泊していた。
 ベッドと敷布団一組。
 
 一夏は自身のベッドへ潜り、岡部は客人用の布団で眠っていた。

一夏「俺さ、すげー嬉しいんだ」

岡部「?」

 一夏の声は、どこか落ち着いて澄んだものだった。
 ふざけている様子はない。

一夏「“IS”に乗れる男って俺1人だったからさ」

岡部「あぁ。……そうだな」

 納得する。
 これは、そう言った話題なのだと。

一夏「まぁ、2人目が現れて自分だけが異常じゃないってことで安心したってのもある」

岡部「当然だな。人は、特別でありたいとは願いつつ、極端に尖った場所へ立つのを恐怖する」

一夏「ははっ。凶真は難しいこと言うなー」

 しかし、一夏の言いたい事は違った。
 そう言ったことではない。
 


一夏「でもさ、違うんだ」

岡部「む?」

一夏「凶真が友達になってくれて、すげー嬉しいんだ。俺は」

岡部「……」

 真っ直ぐな一夏の言葉。
 聞いている当人が気恥ずかしくなるほどの、純真無垢さ。

一夏「今、毎日が楽しい。すげー楽しい。凶真が来る前も勿論楽しかったけどさ、違うんだ」

岡部「……」

 返答できない。
 今までの人生で、同性からここまで真っ直ぐな気持ちを告白されたことなど一度もなかった。

 本音をあっけらかんと恥ずかしげもなく曝け出す。
 “織斑 一夏”とはそう言ったことが行える人間であった。

一夏「なんか、言葉にするの難しいけど……ありがとな」

岡部「礼を言うのは違うと思うぞ、ワンサマーよ」




 ──礼を言いたいのは、俺の方だよ。一夏。




一夏「なんか言いたくなったんだよ」

岡部「そうか」

 ククッ、と小さく笑いを溢す岡部。
 釣られて一夏も小さく笑った。

 



 一月六日。
 どこか、学園中がソワソワとした空気を発していた。

一夏「なんか、騒々しい気がしないか?」

岡部「何時にも増して騒々しいな」

紅莉栖「他のクラスの女子達も何人か出入りしてるみたいね」

 2人の会話に紅莉栖が割ってはいる。
 どうにも様子がおかしい。

 ざわつく教室内。
 喧騒の中から幾つかのキーワードが耳に飛び込んでくる。

 ──えっ、専用機!?

 ──男!? 男!?

 ──国は? どこ?

一夏「おいおい、マジかよ……」

岡部「どう言うことだ?」

紅莉栖「総合すると、専用機持ちの転入生……?」

 嘘でしょ、と言葉を続けて漏らす。
 新年早々の転入もそうだが、それよりも気に掛かるのは専用機持ちと言うワードである。

 
 


箒「専用機持ち……? またこのクラスにか?」

セシリア「しかもこんな時期に……異常ですわね」

 騒ぎを耳にした箒たちも一夏の机へと集まりだす。
 考えられない事態である。

 1組に7機目のIS。
 “石鍵”“白式”“紅椿”“蒼雫”“疾風”“黒雨”。

 専用機を受け持っていないクラスを考えれば、異常事態であることは誰の目にも見て明らかであった。
 がやがやとクラス内のボリュームはどんどんと上がっていく。


 ──静かにしろ!!


 ピタリ。
 静寂が訪れる。

 良く通った綺麗な声。
 指示を送るのに適した司令官向きの声の主。

 それはこの学園で最も恐ろしく、強く、美しいと言われる“織斑 千冬”のものであった。

千冬「HRの時間だ。席に着け。他のクラスの者もさっさと自分のクラスへと戻れ!」

 蜘蛛の子を散らすように退散する生徒ら。
 千冬に逆らってまでこの場に留まる理由は何1つなかった。

 千冬と真耶が教室に入る。
 教壇に立ち、声を発した。

真耶「みなさん、おはようございます」

 真耶の挨拶に全員が大声で応答する。
 ここで声を出さない者は、千冬に喧嘩を売るのと同じである。
 


真耶「それでですね……えーっと……」

 真耶の口が篭る。
 言い難そうに、困惑した表情を浮かべていた。

千冬「転入生を紹介する」

真耶「と、言う訳なんです……」

 千冬と真耶も困惑していた。
 この時期に転入生。

 しかも、専用機持ちである。
 1年1組に配属される理由も明かされていない。

 いきなりの転入。
 謎だらけも良い所であった。


 ──はい! 先生、転入生は男子ですか?


 女生徒が挙手し質問を投げかける。
 目下、女生徒らの興味はその一点であった。

千冬「女子だ。そう、ぽんぽんとISを起動出来る男がいてたまるか」

 肩を落す女生徒たち。
 一抹の期待が霧散した。

千冬「入れ」

 ドアをスライドして、教室内へと歩を進めてくる女子。
 空気が固まる。
 


岡部「ぁ……」

 教壇に立ち、その少女が微笑んだ。
 髪を一本のおさげに束ねているのが印象的である。

千冬「自己紹介をしろ」


 ──はい。


岡部「……」










 ──“阿万音 鈴羽”です。皆さん、よろしくお願いします。 










 次にその会合を果たすのは2017年。
 そうであるべきだった。

 そうあるはずの未来だった。
 けれど、岡部の前に現れた少女は“阿万音 鈴羽”と名乗りを上げていた。

 

おわーり。ありがとうございました。

失礼。
ご指摘ありがとうございます。

ブラウザやらPCやら投稿環境が安定せず、酉付けやsageやらがぐだぐだになってました。
このままsage進行でいかせて頂きます。


 衝撃の再開も束の間。
 再び岡部の前に現れた“阿万音 鈴羽”と会話をする時間などなかった。

千冬「午前中はISの実施訓練を行う。年末年始で鈍った体を今日一日で元に戻せ」

真耶「はい。と言う訳で皆さん、着がえてアリーナに集合ですよ。HRは終ります」

一夏「凶真、急ごうぜ」

岡部「あ、あぁ……」

 視線は鈴羽に釘付けである。
 何故、いま鈴羽がこの時代に居るのか。

 髪型が微妙に違って居るが、間違いようもない。
 ラボメンNo.008の“阿万音 鈴羽”である。

 “橋田 至”の娘。
 過去、未来からやってきた戦士。

岡部「(どう言うことだ……)」

 嫌な予感しかしない。
 胃の中から熱いものが込み上げてくる。

 全て終わった。
 解決した。

 そうじゃなかったのかと、心に溜まっていた澱が舞い上がり始めていた。
 






 ─第1アリーナ─ 


真耶「各自“打鉄”に搭乗し、スパーリング。専用機持ちは模擬戦を行います」

千冬「年末年始でどれだけ腕が錆び付いたか見せて貰おうか」

 千冬が品定めをするように、専用機持ちの顔色を物色する。
 そんな中、挙手をする者が居た。

千冬「ん? どうした、ボーデヴィッヒ」

ラウラ「教か……先生。転入生も専用機を持っているとのことですが」

千冬「ん。あぁ、そうらしいな。だろう、阿万音?」

鈴羽「はい」

 いきなりの転入。
 当日になりソレを知らされた千冬と真耶。

 鈴羽が専用機を持っていると聞いてはいるが、その実態は知らずにいた。
 余りにも謎が多すぎる転校生の扱いに、千冬自身も戸惑っている。

ラウラ「でしたら、実力の程を見せて頂きたいかと」

千冬「……そうだな。では阿万音。ボーデヴィッヒ。この両名で模擬戦を行う」

ラウラ「ハッ!」

鈴羽「了解」

 黒い雨。“シュヴァルツェア・レーゲン”を展開するラウラ。
 “打鉄”で訓練行っていた生徒たちも、手を止め鈴羽に注視する。

 右手中指に嵌められたリング。
 どうやらソレがISの待機形態であるようだった。
 


ラウラ『むっ……』

岡部「……」

紅莉栖「嘘……」

 高速の瞬時展開。
 その展開速度は岡部のそれと同格だった。

千冬「似ているな……」

真耶「えぇ……」

 鈴羽が呼び出したIS。
 そのフォルムは“全身装甲型”のISであった。

 違いと言えば“石鍵”は武装さえ呼び出さなければ小さなウイングスラスターが背部に2基搭載されているのみ。
 それに比べるとIS特有の巨大な装備が何点か宙を浮いていた。

鈴羽『“FG205 3rd EDITION Ver4.62”……行くよ!!』

岡部「……FGだと」

 一気に加速し宙を駆ける鈴羽。
 衆人環視の中、“黒い雨”との戦いが始まった。
 






ラウラ『ッチィ!!』

 打ち放つレールカノン。
 音よりも衝撃が先行する。

 弾丸が音速を超えている証であった。

鈴羽『おっと! 当らない当らない!』

ラウラ『疾い……機体制御の上手さは倫太郎以上。速さはシャルロットを越えている……コイツ……』

千冬「強いな……」

 鈴羽は未だに攻撃態勢をとっていない。
 ラウラの出方や武装などをチェックしているだけであった。

鈴羽『(師匠もこの時代じゃまだまだだねー)』

ラウラ『埒が明かんな……』

 両肩部に配置されている武装から射出される数多のワイヤーブレード。
 それに加え手刀ブレードを起動させ、スラスターを吹かし一気に間合いを詰め込む。

鈴羽『……ニッ』

 鈴羽が笑う。
 先行していたワイヤーブレードが“FG”へ直撃した。

ラウラ『っ!?』

 “黒い雨”の機体バランスが崩れる。
 それまで装備されていた物が強制解除されていた。
 


鈴羽『またつまらぬものを繋げてしまった……』

 鈴羽の手に握られているもの。
 それはまるで、ワイヤーブレードを一本の束に纏め上げたような鞭状の武器だった。

鈴羽『ばーい五右衛門っっ!』

 突如表れた鞭を振るう。
 巻き上げられた“黒い雨”はそのまま大地へと投げ捨てられた。

ラウラ『ぬぁっっ!』

鈴羽『行くよ師匠!』

 鞭を投げ捨て、意識を集中させる。

 両肩部に浮いていた巨大な武装がニ分割された。
 それは形を変え、腕を象る。

 その姿はまさに阿修羅。
 6本の腕を携え地上に突き刺さった“黒い雨”の元へと邁進する。

鈴羽『もしかしてぇぇ────』

岡部「オラオラ……ですか……」

鈴羽『オラオラですかーっ!?』

 降り注ぐ拳の雨。
 ラウラは咄嗟に腕を突き出し“AIC”を起動した。

鈴羽『“AIC”の弱点は多量の集中力が必要であること。任意の物しか停止出来ないこと。おいで──』




 ──“泣き濡れし女神の帰還”-ホーミング・ディーヴァ-──




ラウラ『がっ……』

 後方に落ちていた鞭が“黒い雨”に被弾した。
 対角線上には“FG205”が。

 -ホーミング・ディーヴァ-。それは“五右衛門”で生成した装備を手元に呼び寄せる能力。
 明後日の方向から浴びせられた衝撃にラウラの集中力は途切れる。
 


鈴羽『隙ありっ!』

ラウラ『────っっ』

 遠慮無しに叩き付けられる剛拳乱舞。
 寸分違わぬ精度で全ての拳が“黒い雨”を暴力の渦へと巻き込んでいった。


 ──そこまで!!


 ぴたり。
 6本の腕が稼動を止める。

 千冬の、担任の声が試合を遮った。

千冬「ご苦労。力量の程はわかった」

鈴羽「……ぷふー」

一夏「マジかよ」

箒「ラウラが一方的に……」

セシリア「代表クラスの腕前、と言うことになりますわね……」

シャル「あれだけじゃ何とも言えないけど、会長クラスの操縦者かも」

紅莉栖「日本人操縦者であれ程の腕を持っていたら、私が知らないはずないんだけど……」

岡部「……」

 圧倒的な“阿万音 鈴羽”の実力。
 IS学園1年最強と唄われている“ラウラ・ボーデヴィッヒ”を事も何気に撃破してしまった。

ラウラ『きょっ……教官。まだ、やれます……』

 立ち上がるラウラ。
 眼帯に手をかけ“越界の瞳”-ヴォーダン・オージェ-を発動させる。
 


千冬「無駄だ。お前では勝てない」

ラウラ『なっ……』

千冬「シールドエネルギー残量も残り僅かで、一体なにをするつもりだ」

ラウラ『……』

 拳を地面に叩きつける。
 正式な試合でラウラは今まで無敗を誇っていた。

 それがこんな形であっけなく、素性も知れぬ操縦者に敗れるなど屈辱以外のなにものでもない。

ラウラ『頭を……冷やしてきます……』

千冬「……」

真耶「えっと、それでは皆さん。引き続き訓練の方を──」

 

 



 放課後、食堂。
 それは大変な人だかりだった。

 突然の転入。
 専用機持ち。

 そして1年最強の“ラウラ・ボーデヴィッヒ”を打ち破った。
 学園全体の興味の対象となる鈴羽。

 1年2年3年と群がる中の中心人物。
 岡部が声をかける隙などなかった。


 ──日本代表なの!?

 ──転入する前までは何してたの!?

 ──“FG”って言ってたけどどこの会社製なの!?


鈴羽「あははっ……ごめんね、そう言うの他言しちゃ駄目だって釘刺されてるんだ」

一夏「すげー人気だな」

紅莉栖「そりゃ、あれだけ派手なお披露目をしたらね……にしても、どっかで顔を見た記憶があるような……むぅん」

岡部「……」

シャル「ラウラ、大丈夫?」

ラウラ「問題無い。借りはいずれ返す」

鈴音「ラウラが負けたとか未だに信じ難いんだけど……そんなに強かったの?」

箒「練達した操縦者のようだった」

セシリア「えぇ。恐らくは楯無会長と同格……国家代表クラスの力量かと」

鈴音「ふぅん。そんなんが何でこの時期に転入なんてしてきてんのよ……?」

一夏「さぁなぁ……」

 一夏たちの会話もやはり“阿万音 鈴羽”に対するものであった。


 ──ガタン。


 岡部が不意に腰を上げる。
 表情は芳しくない。
 


一夏「ん?」

岡部「少し、席を外す……」

 もう我慢出来ない、とでも表せば良いのか。
 岡部はずんずんと歩を進め、人の壁を掻き分け中心部へと突き進んだ。


 ──バンッ!!


 テーブルに掌をたたきつける。
 談笑していた空気が一気に冷え切った。

 開いていた女子達の口が閉じる。
 突如表れた“岡部 倫太郎”の登場に戸惑っていた。

岡部「あまね……すずは……」

鈴羽「そう言う君は、おかべりんたろう」

岡部「少し、付き合ってくれないか」

鈴羽「いいよ」

紅莉栖「……」

 握っていた箸を落す。
 何が起きたかわからない。

 あの岡部が女子の波を掻き分けて、女子の元へと只ならぬ表情で向かって行った。
 しかも、何やら顔見知りのようである。

 紅莉栖の顔は固まっていた。
 


一夏「えっ。あの2人顔見知りなのか……?」

セシリア「の、ようですわね」

箒「む? 紅莉栖?」

鈴音「おーい、戻ってこーい」

 ぶんぶんと紅莉栖の前で手を振る。
 しかし、反応は返って来ない。

岡部「すまん。ちょっと通してくれ……」

鈴羽「ごめんねー」

 2人で食堂を出て行く。
 岡部が鈴羽の手首を握り、引っ張るようにしてその場を後にした。

 ひそひそと噂話が聞こえてくる。

 ──えっ、何!?

 ──もしかして、昔の恋人とか?

 ──元カノ!? ありそー!!

 ──告白かもよ!!

紅莉栖「……」

シャル「紅莉栖ー?」

ラウラ「一体どうしたんだ?」

 知っているようで知らない。
 岡部の知り合いと言うのなら、もしかしたら一度くらい顔を見たのかもしれない。

 だったら何故、今まで知り合いだと言うことを隠していたのだろう。
 元カノ? なにそれ、怖い。

 畏怖するリア充単語が紅莉栖の鼓膜を振るわせていた。 
 




 ──ドンッ。


 壁を叩き付ける。
 廊下の先。

 誰も通らないような人気のない突き当たりにある空間に、岡部と鈴羽は居た。

鈴羽「いきなりだね」

岡部「説明しろ」

鈴羽「むぅん……一体何から説明したら──」

岡部「全てだ」

 声のトーンは低い。
 岡部に余裕などなかった。

鈴羽「ココじゃちょっと不味いかな。色々と人に聞かれたら不味いこともあるし」

岡部「……では、先に1つだけ答えてくれ」

鈴羽「どうぞ」

岡部「お前は、俺の知る“阿万音 鈴羽”か?」

鈴羽「答えはノー。違うよ」

 違う。
 目の前に居る“阿万音 鈴羽”は岡部の知る人格ではなかった。
 


鈴羽「私はこの世界線上から数えて、2036年からタイムトラベルしてきた」

岡部「……」

鈴羽「聞きたいこと。話さなければならない事がいっぱいだね」

岡部「あぁ。山ほどある」

鈴羽「もっと人気のないところ……特に、君の関係者に聞かれると色々面倒かな」

岡部「助手や……ワンサマー、一夏たちのことか?」

鈴羽「そそ」

 話しが途切れる。
 何から聞けば良いのか。

 この場所で一体何を話せるのか。
 聞かなければならないことは山積している。

 けれど何から聞けば良いのかが頭の中で宙ぶらりんになっていた。

鈴羽「それにしても──」

 鈴羽が口を開く。

鈴羽「この時代のご飯は美味しいね! バリエーションもかなり豊富だし、味も申し分ないよ!」

岡部「──食事……ッッ!? まさか……」

鈴羽「ん?」

 なぜそのワードに岡部が反応したのか。
 鈴羽には理解出来なかった。
 


岡部「食事だと……おい、まさか普段はろくな物を食べていなかったとかじゃないよな……?」

鈴羽「えっ、いや別に……どうだろ」

岡部「満足に食事が出来ない世界なのか……?」

鈴羽「あー……うん。まぁ」

 あちゃー、と顔をしかめる。
 まさかこんな話題から話しが繋がるとは、鈴羽からすれば計算外だった。

岡部「……2036年は今、どうなってるんだ」

 岡部のトーンが一段と低くなる。
 悪い結果と知っていながらも聞かなければならない、そんな心境だった。

 キョロキョロと辺りを見回し、人気がないことを確認する。
 気配がないことを確認してから鈴羽は小さく静かに口を開いた。

鈴羽「第3次世界大戦……57億人が命を落してる」

岡部「……」

鈴羽「私の乗ってるISが最後のISになっちゃった」

 眩暈が岡部を襲う。
 大戦。最後のIS。

 こいつは何を言っているんだ。
 


鈴羽「話す順序が狂っちゃった。ミスったなぁ」

岡部「いや、良い……」

 ずるずると腰が砕ける。
 そのまま床に腰を下ろしてしまった。

鈴羽「時間はある。順を追って1から全て説明するよ」

岡部「……あぁ」

鈴羽「──いやぁ、にしても師匠も“大師匠”も若かったなぁ」

 鋭い顔を作っていたと思いきや、ニヘラと鈴羽が顔を崩した。
 そう言えばと岡部も思い出す。

 対戦時、鈴羽は「師匠」と言う言葉を使っていたと。

岡部「師匠……?」

鈴羽「あっ、うん。ラウラ・ボーデヴィッヒ。未来では私の師匠なんだ」

岡部「眼帯娘が師匠とはな……ん、大師匠と言うのはなんだ?」

鈴羽「んとね、それは──」

 鈴羽が口を開こうとした時、学園のチャイムが鳴った。
 思えば今は授業と授業の合間の時間。

 ゆったりとしている暇はない。

鈴羽「おっと、時間だ。転入早々に授業を遅刻する訳にはいかないからね! 先に行くよ!」

 取り付く島もなく、鈴羽は教室へとかけて行った。
 その後ろ姿はあっと言う間に見えなくなる。
 


岡部「……」

 1人になる岡部。
 頭はパンク寸前だった。


 ──俺はまた、間違えたのか?


 あの時、先を見通そうなどとは思えなかった。
 紅莉栖と一夏を死なせたくない。

 ただただ、それだけを考えていた。
 でも、それじゃ駄目だった。

 全く関係のない所で世界は動いている。
 回避したはずの第3次世界大戦は勃発し、人類の殆どが死に絶えている。

 鈴羽は言った。
 最後のISだと。

 2036年にISを操縦しているのは鈴羽だけだと言うことになる。

 一夏は? 箒、セシリア、鈴音、シャルロット、ラウラ……。
 皆、どうなってしまった。

 聞くのが怖かった。
 楯無は、簪は。

 専用機を持っていたやつ等はどうなったんだと。
 口が裂けても聞くことが出来なかった。

岡部「くそっ……」

 頭を抱える。
 髪型はくしゃくしゃになっていた。

 どう言うことなんだ。
 わからない。意味がわからない。




 最後の“IS”と言うことならば、俺は────。




岡部「……」



 体が動かなくなる。
 この日、岡部が自室に戻ったのは消灯時間ギリギリだった。

 声をかける一夏の声も虚しく、岡部は部屋に帰り着くなり深い眠りに付く。
 忘れたい、眠りたいと脳がそう指示していた。
 

おわーり。
ありがとうございました。




岡部「……」

 ベッドから体を起こす。
 時間を確認すると朝5時。

 空か微かに白み、朝の到来を匂わせている。

一夏「すー、すー……」

 隣のベッドで寝ているルームメイトは気持ち良さそうに寝息を立てている。
 岡部は友人を起こさぬように、そっと着替えを済ませ部屋を出て行った。

岡部「……走るか」

 1月6日。金曜日。
 冬の明け方とあって、冷え込みも相等なものだった。

 しっかりと体の節々を伸ばしてからランニングを始める。
 流した汗で体温が冷え込まぬよう、手ぬぐいの準備もぬかりない。

岡部「……」

 30分ほど1人でグラウンドを駆けていると、もう一つ駆ける音が重なった。
 どうやら岡部の他に早朝から走りこんでいる者がいたらしい。
 


岡部「む……」

鈴羽「およ? おはよー!」

 足音の正体は過去から来た戦士“阿万音 鈴羽”の者だった。
 偶然に岡部と出くわしたのだろう、驚いた表情を作っている。

岡部「……鍛えてるのか?」

鈴羽「うん。師匠にも大師匠にも、体力は資本だからって言われて育ったからね」

 鈴羽にとっての師匠が“ラウラ・ボーデヴィッヒ”であることは伺い知っている。
 けれど“大師匠”と言う存在は未だに聞いていなかった。

 少しばかり気に掛かる。
 あのラウラよりも上の存在。

 もしや、自分のことなのではないのかとさえ思ってしまう。

岡部「その“大師匠”と言うのは、誰なんだ?」

 鈴羽と同じペースで体を流す。
 計らずとも追走状態となっていた。

鈴羽「ん。そう言えば説明してなかったね」

 ラウラが鈴羽の師匠をやっていると言うのも話しが繋がらない。
 何がどうなってそうなったのか。

 鈴羽に尋ねたいことはどんどんと増えていく。
 


鈴羽「大師匠はね、」




 ──“織斑 千冬”のことだよ。




岡部「なっ……」

 思いもよらぬ名前。
 “織斑 一夏”の実姉であり、岡部の担任。

 未来で一体なにが起きたと言うのか。
 どうして千冬が鈴羽に。

 鈴羽がタイムマシーンでこの時代に来たと言うことは、間違いなく未来の自分自身。
 “岡部 倫太郎”が関わっているのだろう。

 であれば、鈴羽の師匠。
 それに大師匠と呼ばれている二人もこのことに一枚噛んでいるはずである。
 


岡部「……」

 岡部の足は何時の間にか止まっていた。
 もはやランニングどころではない。

鈴羽「お? 急に止まったら体に悪いよー?」

 岡部を置き去り前を走っていた鈴羽がバックステップをして体を戻してきた。

鈴羽「おわっ!?」

 ガシッ、と手首を岡部に掴まれる。
 その表情は真剣そのものだった。

岡部「……朝食までまだ間がある。時間を、くれないか……?」

鈴羽「はぁ……まずは体をクールダウンさせてストレッチを……って、そんなこと言ってる場合でもないか」

 小さく溜息を吐いた後、鈴羽短く「いいよ」と答えた。

 






 風邪だけは引かぬよう、お互いに体を拭き着がえてからの再集合となった。
 会話を聞かれては大変によろしくない。

 という事で2人の会話はお馴染みとも言える“IS整備室”で行われた。

岡部「ここなら個室だし、聞き耳を立てられる心配もないだろう」

鈴羽「うん。でもちょっと待ってね」

 扉を閉めて鍵を閉める。
 これで完全に密室、2人きり。

 しかし、鈴羽の顔は緊張感で満ちていた。

鈴羽「この学園には油断ならないのがけっこー居るって聞いてるからさ」

 そう言って鈴羽は“IS”を高速展開した。

岡部「なっ……」

 目を丸くする岡部。
 鈴羽が“FG”を展開する意図が読み取れない。
 


鈴羽『んー……生体反応、なし』

 ハイパーセンサーを最大稼動させ、周囲に人間が居ないかを索敵した。
 どうあっても話を聞かれる訳にはいかない。

岡部「……随分な念のいれようだな」

鈴羽「この学園には“更織 楯無”がいるでしょう? 大師匠が、そいつには気をつけろって」

 人気が完全にないことを確認してすぐに展開を解除していた。

岡部「それはつまり、未来であいつは敵というこ──」

鈴羽「違う違う。もー、そんな怖い顔しないでよ。あの人は情報収集のプロだからさ、この時代の他の人間に聞かれちゃ不味いって話し」

岡部「……そうか」

 完全に否定され、安堵の溜息を漏らす。
 自分の知る誰かが敵に回るなど考えもしたくない。

鈴羽「さてさてさて、安心したところでまずなにから聞きたい?」

岡部「む……」

 椅子にドカッと腰を下ろし、鈴羽が口を開いた。
 何から聞きたいのか、と。

 聞きたいことは山ほどある。
 山積しすぎて何から聞けば良いのかわからないほどであった。
 


岡部「そうだな……」

 顎に手を当てて頭を回転させる。
 順番は肝心だ。頭に情報を入れるなら効率を重視した方が良い。

岡部「鈴羽、お前の親はダル……“橋田 至”で間違いないか?」

鈴羽「うん。間違いないよ」

岡部「そのダルと俺……“岡部 倫太郎”は友達という事も、変わりないな?」

鈴羽「うん。変わりない」

 大事なことである。
 そこが覆ってしまっては、例え姿形が鈴羽を象っていても全てを信じることは難しい。

岡部「この学園での転入手続きはどうしたんだ? 現代にツテがあるとは思えんが……」

鈴羽「あぁ。父さんがちょちょいって……。今の父さんならそれくらい、朝飯前だって威張ってたよ」

岡部「そうか。さすがはダル。時を越えて尚、頼りになる」

鈴羽「えへへ」

 まるで自身が褒められたかのようにはにかむ。
 どうやら鈴羽にとってダルは良い父親をやっているらしい。
 


岡部「では、少し踏み入った質問に切り替える」

鈴羽「よしきた」

 やはり鈴羽は鈴羽だった。
 髪型が変わっても、来た未来線が違っても。

 変わりない。
 来ガジェット研究所 ラボメンNo.008。

岡部「鈴羽。お前をこの時代に送った人間は……誰だ?」

鈴羽「……」

 鈴羽の腕がゆっくりと動く。
 岡部に向けて、腕を突き出し人差し指を向けた。

岡部「俺、か……」

鈴羽「……」

 無言で頷く。
 またもや鈴羽は自身の自分勝手で過去と未来を行き来している。

 そんなことがとても情けなく、恥ずかしかった。
 


岡部「わかった。次の質問だ」

鈴羽「ん」

 聞きたくない。
 けれど、知らなければならない。

 鈴羽の言葉の節々から感じ取れる、負の未来。
 耳を背けたい事柄だが、今の岡部がそれから逃げることは出来ない。

岡部「今……鈴羽が住む世界はどうなっているんだ」

鈴羽「……」

岡部「ゆっくりで構わない」

 一言二言で説明出来る現状ではないのだろう。  
 おそらくは、語りたいとも思えないことになっているのだろう。

 すまない。すまない。
 と心の中で何度も謝罪を唱えながら、岡部は鈴羽の言葉を待った。






 ──第三次世界大戦。






岡部「……」

 ぽつりと鈴羽が言葉を溢す。
 そう何度も聞きたい単語ではなかった。

鈴羽「世界は、滅茶苦茶になってる」

 今にも泣き出しそうな声色で、少女は言った。
 

おわーり。
ありがとうございました。






  ──“戦略軍事監視衛星”-オービターアイズ-──




 米国が打ち上げたこの監視衛星が全ての始まりだったと鈴羽は告げた。

 超高感度スキャナーを搭載した衛星。

 使用目的は他国のIS分析、並びに軍事機密の収集。

 事実、この衛星の登場により米国のIS産業は飛躍的に伸び、数年でTOPへ踊りでた。

岡部「“IS”情報の収集……?」

鈴羽「そう」

 岡部の顔が曇った。
 基本的に“IS”の情報はアラスカ条約にて公に公開されることが義務づけられているからだった。

鈴羽「確かにアラスカ条約によって情報は公開されているよ」

 岡部の考えを表情から読み取った鈴羽が言葉を続けた。
 


鈴羽「公開されているのは触りの部分だけ。大本、根っこの部分はどこの企業も軍部も隠しているからね」

 全ての情報を曝け出してしまうのであれば、産業になどなるはずがない。
 軍部も、民間事業も発展しようもない。


 -オービターアイズ-はその根本を読み取ることを目的に作られたものだった。

 次々と米国IS企業に淘汰されていく諸国の企業。

 かのデュノア社もその波には勝てず倒産したと言う。

 -オービターアイズ-が発見されたのは、米国がシェア単独1位。

 各大会も米国選手で埋まっていた時期だった。

 激怒した各国は即刻軍事制裁……戦争を決意した。

岡部「それが、第3次世界大戦……」

 こくりと鈴羽が頷く。
 その目にはとても悲しいものが秘められている。

鈴羽「ISでの戦争は人類初だったんだ。ISがどれだけ強力な兵器かは誰もがわかっていた。わかっていたのに……」

 人類がその戦争で終末を迎えるのにそう時間はかからなかった。

 IS同士での集団戦闘。

 その火力は凄まじく、幾つかの島が地図上から消えたと鈴羽は続けた。
 


岡部「“篠ノ之 束”はどう動いたんだ? あれ程の天才が動けば戦争くらい……」

 縋るような岡部の言葉。
 けれど鈴羽は静かに首を振った。

 束博士も戦争には反対だったらしい。

 各国に辞めろと声明も送った。

 けれど、軍部はそれを意に介さなかった。

 米国だけではない、軍部が強い国は全て“篠ノ之 束”の介入を許さなかった。

 “女尊男卑”。これを快く思わない男が軍部にはひしめいていた。

 軍上層部の利権には男がしがみ付き、戦争にはその男たちのくだらないプライドも大いに携わっている。

 世界を破壊したのはISだけではない。

 それ以外の兵器も大いに活躍した。

 “篠ノ之 束”の無人ISが如何に強力無比でも、世界中の兵士や兵器を止めることは出来なかった。

岡部「死んだのか……“篠ノ之 束”も」

鈴羽「わからない……。束博士の消息は終ぞ誰も知ることが出来なかったんだ」

 1つ1つ明かされていく絶望。
 その全てを岡部は聞かなければならない。

 続けて口を開く。
 最も聞きたくない事柄だった。
 


岡部「専用機持ち……あいつ等は……あいつ等はどうなったんだ」

 視線は上げられない。
 聞きたくない結末。

 けれど、聞かずにはいられなかった。

鈴羽「……みな、招集されたよ」

 不幸中の幸いと言えたことがある。

 “織斑 一夏”を中心に集まっていたメンバーには米国所属の人間が居なかった。

 大戦の構図は米国vs世界。

 クラスメイト同士で命を取り合うような、最悪な事態は起きなかった。

鈴羽「まぁ、それでも何人かは米国の人も居たけれど……」

岡部「……それで、どうなったんだ」

鈴羽「ふふっ。自分のことより友達の方が気になるんだ?」

岡部「……」

 殆どの人が戦死……軍人として殉職した。

 一番最初に命を落したのは“織斑 一夏”であると鈴羽は答える。

 死因は戦死でも事故死でもない。

 命令違反の銃殺刑だと。
 


岡部「銃殺……?」

鈴羽「考えられないだろうけれど、戦争はかなり煮詰まっていたんだ。誰も彼もが狂ってた」

岡部「……」

鈴羽「殺らなければ殺される。それでも“織斑 一夏”は殺さなかった」


 敵機の自由を奪うことしかしなかった。

 何機も何機も撃墜したけれど、その中に死者は1名たりともいなかった。

 そう言う戦いを“織斑 一夏”は繰り返し続けた。

 その結果が軍法会議による銃殺刑。

 戦時に、世界でたった1人”の男性IS操縦者”など必要としていなかった。

 淡々と言葉を続ける。

 一言だけ引っかかるワードがあった。
 


鈴羽「現役じゃなかったんだ。オカリンオジサンは戦争が始まるずっと前に、自分の両足を自分で切り落としている」

岡部「……」

 一瞬、目の前が真っ暗になった。
 その決断に至った理由がわかる。

 きっと、もう“IS”に乗りたくなかったのだろう。
 自分が持つ力が恐ろしくてたまらなかったのだ。

 だから、操縦者である権利を放棄するために自らの足を。

 “IS”を操縦するにあたっての規定。
 五体満足の健常者であることを岡部は放棄したのだった。

鈴羽「操縦者としての権利を放棄したオジサンは“牧瀬 紅莉栖”“橋田至”その他すべてのラボメンと共にISの研究チームを立ち上げた」

岡部「ラボメン……? 紅莉栖ならわかるが、全員か?」

鈴羽「もう……。お父さんに“研究の種類が異なるが付いて来い”って言ったの忘れてるの?」

岡部「む……」

 言った。
 確かに言った。

 IS学園への転入が決まったあの日……。


 ──これより、未来ガジェット研究所は IS-インフィニット・ストラトス-の開発に力を入れることとする! ダル! まゆり!


 ──お前達はこれからも、今までと同様にこのラボのメンバーだ。これからは研究の種類が異なるが付いて来い!

 
 


鈴羽「お父さんはあれからずっと独学で“IS”を勉強してたんだよ」

岡部「そうか……」

鈴羽「おっと、話を戻すね……」


 “織斑 一夏”が殺されてからはもう滅茶苦茶だった。

 敵なのか、味方なのかさえわからない。

 なんの為の戦争なのかすらわからなくなっていった。

 思想の違いだけで身内での戦闘が起きる。

 戦争は兵士である操縦者たちの思考まで蝕んでいった。

 皆、死んでいった。

 1人死に、2人死に……。

 最後に残った専用機持ちが“ラウラ・ボーデヴィッヒ”。

 戦争で左腕をなくし、退役するしかなくなった。

 行く宛てもなく、恐らくは生涯で一番輝かしい毎日を過ごした日本へと足を踏み入れたのだろう。

 そこで“岡部 倫太郎”と出会い、ラボメンに加わった。

 小さかった鈴羽に戦闘のイロハ。

 ISの使い方などを叩き込んだのは他ならぬラウラであったと鈴羽は告白した。
 


岡部「そんなことがあったのか……」

鈴羽「うん。あと多分だけど、師匠は一夏さんが亡くなってからオジサンラブだったよ」

岡部「っぶ」

鈴羽「あははっ、ジョーダンジョーダン! 紅莉栖さんや大師匠がいる手前、感情は隠してたけどね」

岡部「ジョークを挟むな」

鈴羽「ふふっ。……師匠は言ったよ。“殺って殺られて、殺り返して。でも私が殺られた時は殺り返さなくて良い”って、」

 
 ──だから私は、我慢したんだ。


岡部「……そんなことが…………ん?」

鈴羽「うん?」

 腑に落ちない、と言う顔を作る岡部。
 今の会話でどうにも理解が及ばない箇所がある。


 ──紅莉栖さんや大師匠がいる手前、感情は隠してたけどね。


 鈴羽は言った。
 大師匠なる人物が“織斑 千冬”であると。
 


鈴羽「うん?」

岡部「鈴羽、大師匠と言うのは……“織斑 千冬”なのだな……?」

鈴羽「そだよ?」

 天井を仰ぎ見る。
 理解の範疇を遥かに超えていた。

 師匠がラウラであり、戦闘のイロハはラウラに教えて貰ったという。
 けれども、その師匠を越える“大師匠”が存在し、それは“織斑 千冬”だとも言う。

 話しの節を読むと、その大師匠様はどうやら岡部に気があると言うのだ。

岡部「おっ、織斑千冬と俺は行動を共にしているのか……?」

鈴羽「共にって言うか、紅莉栖さんとどちらが面倒を見るかで毎度揉めてるって感じかなぁ……」

 言葉が出ない。
 なにが、どうなってそうなったのか。

 未来の俺よ、まずはソレを説明しろ。
 岡部はそう怒鳴りたい気持ちでいっぱいだった。
 


岡部「師匠であるラウラに体術などは叩き込まれたのだな?」

鈴羽「うん」

岡部「大師匠と呼ぶ織斑千冬からは何かレクチャーを受けていたのか?」

鈴羽「大師匠は最後まで私が“IS”操縦者になることに反対してたんだ」

 “IS”に乗るという事は、人を殺す可能性が生まれてしまう。
 岡部と同様、織斑千冬にとっても幼い鈴羽は大切な娘であった。

 生き残る為に必要な最低限の修練は教えていた。
 けれど、どうしても“IS”に関する技術を教えることは出来ない。

 戦争によって弟を亡くした千冬にとって、それは到底出来かねる行為であった。

鈴羽「だから“IS”に関しては“大師匠”じゃなくて“師匠”に教えて貰ったってわけ」

岡部「……頭が可笑しくなりそうだ、色々な意味で」

 第三次世界大戦。

 親友達の死。

 自身の両足欠損。

 そして、織斑千冬との関係。

 まだまだ聞かなければならないことは有り余っている。

 けれど、それを全て飲み込み把握出来るほど今の岡部に余裕はなかった。

 
 

 
 
 
 







             夢幻泡影のDozing World.






 






 一月六日。
 学園中が気だるい空気で覆われていた。

 生徒達はキャイキャイと黄色い声を上げてはしゃぐこともなく、正月でボケた脳を活性化させる努力もしていない。
 難関と世間でうたわれる“IS学園”と言えど、中身は全くの高校生たちだった。

岡部「なんとも……」

一夏「腑抜けた顔してんなぁ」

本音「ふにゃぁ……」

 その中でも特に蕩けきっていたのは生徒会の仲間でもある“布仏 本音”だった。
 生来のまったり屋である彼女からすれば、正月はまさに極楽浄土。

 ここぞとばかりに堕落しきった生活を送っていたのだ。
 この娘に気持ちの切り替えが即座に出来ようはずもなく、未だに机に突っ伏し破顔させた表情を作っている。
 


岡部「ワンサマーよ。このままでは織斑教諭になにをされるか……」

一夏「……だな」

 もう数分で始業のチャイムが鳴り響く。
 担任である“織斑 千冬”が来る前になんとかしなければならない。

一夏「のほほんさん! ヤバイって、そろそろ千冬姉が来るからっ!」

本音「あふぅ……」

岡部「おい、起きろ! このままでは……」

本音「むりぽよー……」

 体を揺さぶろうと、大声をあげようと本音は体を持ち上げない。
 千冬と言う恐怖よりも、気だるさが上回っているようだった。

箒「なにをやってるんだか……」

セシリア「まったくですわ」

 席の後方でそれを見守る。
 もとい、見捨てている友人達。
 


シャル「あと少しでチャイムだね」

ラウラ「一夏。お前も席に座ってないと教官から注意を受けるぞ」

一夏「でも──」

 見捨てることも出来ないだろ? そう言い終わる前に無常にも学園の鐘は鳴った。
 計ったかのようにスライドし開く扉。

 コツコツと控えめな高さを持つヒールを鳴らしながら教室へと足を踏み入れる。
 後方には副担任である“山田 真耶”もいた。

千冬「HRの時間だと言うのに着席していない阿呆が居るようだな」

一夏「やっ、ちがっくって……きょ、凶真も……凶真!?」

岡部「……」

 振り向くと親友はそこにはおらず、元居た己の場所に腰を下ろしていた。
 教室を見渡せば席に座らず立っているのは一夏ただ1人。

 一夏を窮地に追いやった本音すらも、うつらうつらとではあるが背筋を伸ばしていた。

一夏「ちっ、千冬姉ちが──ッッ」

千冬「……」

 急いで口を掌で覆う。
 完璧なるNGワードを言い放ってしまったことに対する後悔をする暇もなく、一夏の顔面には純白のチョークがめり込んでいた。

一夏「ぐぁっ……」

千冬「織斑先生だ」

 鼻を押さえうずくまる生徒であり、弟でもある一夏。
 千冬の声色は姉のものとは思えないほど冷たいものだった。
 


一夏「す、すみません……」

千冬「体力が有り余ってるようだ。織斑、お前先に教室を出てアリーナを50週していろ」

一夏「ごじゅっ……」

 言い掛けて口を閉ざした。
 ここで反抗しては更に罰が重くなる。

 伊達に弟をやっている訳ではない、千冬の性格は熟知していた。

一夏「わかりました……先に行かせて頂きます」

千冬「おう」

 短いやり取りを終え、1人で教室を出て行く一夏。
 見捨てた形になってしまった岡部からしたらなんともバツが悪かったが、共倒れする未来も見たくはなかった。

千冬「騒がしいのが消えたところでHRだ」

真耶「あっ、あははー……みなさん、おはようございます」

 引きつった笑顔で挨拶をする真耶に対し、教室中の生徒も引きつった挨拶を返す。
 気の緩んだ新年一発目を飾るには少々刺激が強い光景だった。

千冬「午前中はISの実施訓練を行う。年末年始で鈍った体を今日一日で元に戻せ」

真耶「はい。と言う訳で皆さん、着がえてアリーナに集合ですよ。HRは終ります」

 用件だけを言い伝えると担任と副担任はそそくさと教室を後にした。
 1年1組のHRは早い。

 それは担任である千冬の性格が大いに影響していた。
 


紅莉栖「あんた、サイッテー」

岡部「言うな。助手よ……」

 友人を見捨てた岡部に対し、紅莉栖が冷たい視線と言を吐いた。
 それに対し他のガールズ達は一夏の自業自得として呆れている。

 一夏と千冬の間柄を岡部たちよりも熟知しているからだった。

箒「倫太郎。早く移動して着がえないと一夏の二の舞だぞ」

セシリア「一夏さんと並走したいのでしたら止めはしませんけれど」

シャル「僕たちも着がえたいから早めに移動してくれると嬉しいなぁ、なんて」

ラウラ「さっさと移動しろ」

紅莉栖「だとよ、ヘタレ似非サイエンティスト」

岡部「ぐぬぬ……」

 一斉に出て行けと釘を刺される。
 この教室に男子は岡部1人であるため、その岡部が移動しないことには女子達も着替えが出来ない。

 岡部は紅莉栖に浴びせられた罵声に言い返すこともなく更衣室へと走っていった。

 






 ─第1アリーナ─ 


真耶「各自“打鉄”に搭乗し、スパーリング。専用機持ちは模擬戦を行います」

千冬「年末年始でどれだけ腕が錆び付いたか見せて貰おうか」

 専用機を持たない一般生徒は真耶が。
 専用機持ちには千冬が付いての授業となる。

千冬「ふむ……」

 まるで品定めをするかのように専用機持ちの顔色を物色する。
 千冬の目に止まったのは、

千冬「オルコット。それに、おか──いや、デュノア。お前だ」

 岡部。と口にしかけ、寸でのところで言い換えた。
 名指しされた2人は「ハイ」と元気な声で起立する。

千冬「オルコット。貴様、ウェイトコントロールをサボったな?」

セシリア「なっ……」

 言われて絶句する。
 頭の先からつま先までジロリと千冬に睨まれ、恥らうように腕で体を隠した。

 年末年始は大変に栄養価が高い食べ物が食卓に並ぶ。
 常と違い、運動によるカロリー消費も少ない。

 年頃であり育ち盛りの娘にとってこの時期の体重増加は半ば義務のようなものであった。
 


千冬「それに比べデュノアはしっかりとコントロールをしていたようだ。ウェイトに全く変化が見られない」

シャル「あ、ありがとうございます」

 自分を律する鍛錬が日課となっている箒やラウラは別次元である。
 シャルロットが行っている日々のストレッチやカロリーコントロールこそ、操縦者に求められる理想的なものと言えた。

千冬「たかが数キロと侮るなよ。その体重増加が実戦でどれほど動きに関わるか、証明してやる」

 “数キロ”という言葉をチョイスしたのは千冬なりの情けでもあった。
 アリーナでは未だにひいひいと息を枯らし走っている愚弟の姿。

 如何に鬼教師と呼ばれる千冬であっても、恋する乙女の体重増加を意中の相手に伝えるようなことはしなかった。 

セシリア「うう……気が重いですわ」

紅莉栖「(操縦者じゃなくて良かった……)」

 半泣き顔を作るセシリアを見てつくづく思う。
 紅莉栖も同様、年末年始によって体重増加を余儀なくされた人物の1人だった。

千冬「方式は通常の試合通りで行う。両者、練習だからと言って気を抜かず本気でやれ!」

 『『ハイッ!』』

 “IS”を展開した2人が元気良く応答する。
 千冬が言わずもがな、両者共に“IS”を纏った戦闘で気を抜くつもりは毛頭ない。

 それが専用機を持ち、国家の代表候補として名を連ねる者の気概でもあった。

千冬「────はじめっ!!」

 






一夏「ぜひっ……ぜひっ……、き、きつい……」

 全身から汗を流し、息も絶え絶えになる一夏。
 アリーナ50週を完走し終えた頃はもう昼食時であった。

箒「一夏も終わったようだな」

セシリア「わたくしも疲れましたわ……」

シャル「僕も。午前中からハードだったね」

ラウラ「セシリア。やはり贅肉が付きすぎているようだ、絞らないと身を滅ぼすぞ」

紅莉栖「うう……私もダイエットしないとなぁ……」

 練習を終え、ゾロゾロと一夏の元へ集うガールズ達。
 岡部も同様に足を運ぼうとした時だった。

千冬「岡部」

岡部「む?」

 呼び止められる。
 千冬の顔は真剣そのものだった。

 思えば午前中の授業では一度も岡部は指名されていない。
 終ぞ“IS”を展開することもなく、授業が終了してしまっている。
 


千冬「夜、1人でココへ来い。いいな」

岡部「ぇ……」

 小声で、岡部にだけ聞こえる小さな声でそういい残し千冬はアリーナを後にした。

紅莉栖「って、おーい! アンタも学食行くでしょ? 早くしなさいよねー!」

岡部「あ、あぁ……」

 千冬の表情からは怒気も殺気も感じられなかった。
 無論、恋慕の情も欠片すらない。

 心臓が早鐘を打ち始める。
 理由がわからないからこその恐怖だった。

 






 皆で円卓を囲み、いつも通りの食事を食堂で済ませる。
 午前の授業が実戦と言うことで空腹だったのだろう。

 皆が皆、ボリュームのある料理を選択していた。

一夏「ん? セシリアに紅莉栖はそれだけで良いのか?」

 両者のトレイに目を落す。
 野菜のスープとノンオイルドレッシングが特徴の生野菜サラダのみだった。

セシリア「わたくし、少々胸がいっぱいで……」

紅莉栖「私もなのよ。昨日は徹夜で論文を読み耽ってたからかな……」

 白々しく言い訳を作る。
 お互いに目線は腹部を追っていた。

 正月太りをなんとしても解消せねばと、無言の協定条約が結ばれている。

箒「食べた分だけ動けば良い。それだけのことだ」

ラウラ「運動量が足りないのだろう」

シャル「みんな、2人みたいに激しい運動を日課には出来ないんだよ」

 ウェイトコントロールなど考えたこともない人間に、体重増加に悩む乙女の気持ちはわからない。
 今は箒とラウラの言動がセシリアと紅莉栖にとっては憎たらしいものになっていた。
 


 カツ丼を頬張りながら一夏が口を開く。
 ヒレ肉を使っているため、油で揚げているのにサッパリとした味付けが人気の逸品だ。
  
 椀物として、おろし蕎麦も付属しており痒いところに手が届くセットになっていた。

一夏「走りながら見てたけど、凶真は戦わなかったんだな?」

岡部「あぁ」

 ずるずると月見うどんを啜りながら答える。
 手打ちと唄うだけあって、角が立ちコシがあり出汁も美味い。

 文句のつけ様がない月見うどんだった。

紅莉栖「最初にセシリアとシャルロットが。次いで箒とラウラでスパーリングをして終わっちゃったわね」

シャル「一夏が走りこみしちゃってたから、仕方ないかもね」

一夏「それ言われると……面目ねぇ」

岡部「いいさ、お陰で楽が出来た」

 会話が弾む。食事も美味い。
 だと言うのに、岡部の心は空を彷徨っていた。

 千冬に耳打ちされた内容。


 ──夜、1人でココへ来い。いいな。


 真意が読み取れぬソレに対し、不安感だけが塞がらぬ傷口のように疼いていた。

 






一夏「……くぅ……くぅ……」

岡部「……」

 ルームメイトが熟睡していることを確認し、1人で部屋を抜ける。
 本来であれば外出の許可が降りる時間帯ではない。

 けれど、千冬が前もって動いていたのだろう。
 驚くほどスムーズに第一アリーナへと足を踏み入れることが出来た。

千冬「待っていたぞ」

岡部「──なっ」

 アリーナ中央。観客席に人影はない。
 この空間に存在するのは、岡部と──。




 ──“IS”を纏った千冬のみだった。




岡部「なにを……」

 “打鉄”を展開し、既に刀を握り戦闘態勢を取っている。
 纏っている気迫は本物だった。

千冬「“石鍵”を呼べ。さもなくば────」



 ──怪我では済まんぞ。


 
 人類最強。
 この地球上に置いて、このフレーズを耳にし思い描く人物と言えば“織斑 千冬”と答える人間が大多数である。

 岡部の眼前に立つ女性。
 それはまさに、人類最強そのものだった。
 

 

おわーり。
ありがとうございました。

1・Hacking to the Gate

2・夢幻泡影のDozing World.

どちらを先に消化しますか?
どちらから消化しても結末はかわりません。
日曜日深夜24時までの多数決でご協力お願いします。

圧倒的2ありがとうございます。
GW明けまで仕事が鬼ですので、ゆっくりいかせて頂きます。




千冬『“IS”を展開しろ。武器を取れ。私を敵と認識し、撃破しろ』

 冷やかな声が岡部の鼓膜を打つ。
 感情のこもらぬ声が、千冬の本気を示していた。

岡部「なっ……」

千冬『言葉でいってもわからないか……』

 瞬間、確かに目の前に居たはずの千冬が岡部の視界から消え去った。
 状況が全くといって良いほど理解できてない岡部である。

 対応できようはずがなかった。

 ──ぐぁっっっ!!

千冬『……』

 真横から走る衝撃。
 横腹を蹴られ、その勢いのままアリーナへと体を倒す。
 


岡部「なっ、なぜだ……」

 受けた攻撃により肺腑の酸素が強制的に排出される。
 苦しい。痛い。なぜ、こんなことになっているのか。

千冬『最後だ“IS”を展開しろ』

岡部「断る! 理由がわからない!」

千冬『……お前はこれから起こる不慮の事故で……そうだな、両足をなくす』

岡部「……ッ」

千冬『“IS”は五体満足の健常者のみが操縦者として機体を承ることが出来る』

 淡々と言葉を紡いでいく。
 これから岡部の身に降りかかる災いを予言していた。

千冬『担任と行った鍛錬中での事故だ』

岡部「な、なにを言って……」

千冬『安心しろ。責任は私が取る、両足の変わりになってやるさ』

岡部「……なにを」

千冬『ゆくぞ、』

 未だ“IS”を展開しない岡部に対し、千冬は完全に意識を切り替えた。
 剣を握り返し、全身の筋肉をバネへと変質させる。

 見事なまでの闘争状態。
 “織斑 千冬”の本気の姿がそこにはあった。
 



 《ALERT! ALERT!》


 突如、岡部の眼前を警告表示が埋め尽くした。
 “IS”を起動した覚えはない。

 これは自発的に“石鍵”が搭乗者である岡部に送ったものだった。


 《対象を“S級”の脅威として認識》


 《展開を強く推奨します》


岡部「な、違う! アイツは敵じゃ──」

千冬『疾ッッ!!』

 尻餅をついた状態の岡部へと千冬が突進した。
 スラスターから閃光をなびかせ、一直線へと向かってくる。


 《強制展開します》


千冬『破ァァ!!』

岡部『──ッッ』

 ギン。と言う大きな音が、岡部を覆った硬質の装甲から響いた。
 直後にやってくる衝撃。

 展開直後と言うこともあり“PIC”を起動してもいないと言うのに、岡部の体は宙を大きく舞った。
 “石鍵”を纏った岡部の重量は数百キロ。

 それが紙切れのように吹き飛ぶ様はまさに現実離れしていた。
 


千冬『……』

岡部『……まさか、本当に』

 空中で“PIC”を起動させ、ピタリと止まる。
 装甲のお陰でダメージはなかった。

 けれど、千冬の考えがわからないため、その戸惑いが大きい。

千冬『なるほど……インパクトの瞬間に“シールドエネルギー”をカットしたのか』

 “石鍵”が強制展開したのは千冬の攻撃が直撃する寸前だった。
 通常であれば“シールドエネルギー”は展開した直後に身に纏っているもの。

 これは“操縦者”の命を守るため、絶対的に行われるものである。

千冬『やはり、異常だな』

岡部『なぜだ……なぜ、戦う必要が……』

千冬『見極める。その上で、お前に“ISが必要なのか”を判断させて貰う』

 そう言って握っていた刀剣を明後日の方向へと投げ捨てた。
 実のところ“打鉄”に標準搭載されている剣では千冬の身体能力について行くことは難しい。

 “IS”のパワーアシストが加わった握力に対し、柄がひしゃげている。
 加えて“石鍵”を薙いだことにより刀身も刃が欠け、装備としての役目を終えていた。
 


千冬『光栄に思え……この刃を個人に見せるのはお前が初めてだ』

 粒子が千冬の掌へと収束する。
 即座に展開されることはなく、徐々にその姿が“剣”へと形を変えていった。

千冬『“近接プラズマブレード”……私が持つ、唯一の個人武装だ』

 白を基調とした大型の剣。
 蒼白く発光したエネルギーがチリチリと辺りの空気を切り裂いていた。


 《ALERT! ALERT!》


 再度鳴り響く警告音。
 それは“石鍵”の悲鳴でもあった。

岡部『……』


 《ゲートの開錠を推奨します》


岡部『……駄目だ』


 《対象の目的は当機の破壊。殲滅》


岡部『違うっ!!』


 《装備を展開して下さい》


岡部『必要ないっ!!』


 映し出される“石鍵”からの要望。
 あの千冬が“敵”になるなど信じられない。理由がない。

 戦う理由がわからない。
 


千冬『岡部、お前は戦士ではない。この舞台から降りろ』

 バチバチと放電現象を纏いながら“プラズマブレード”が唸る。
 いつの間にか間合いは消され接近を許していた。

 透き通るような蒼き剣が“石鍵”を優しく薙いだ。

岡部『────ッッ』

 空中から斬撃を受け、アリーナ席へと突き刺さる。
 フルフェイスの中で表示されている“エネルギーシールド”が大幅に減少し、点滅していたのが目に入った。

岡部『ぁ……』

千冬『どうやら、コイツでの攻撃ならその装甲を切り裂けそうだな』

 先ほどの攻撃は装甲での防御を選択した“石鍵”である。
 けれども“プラズマブレード”での攻撃は“シールドエネルギー”を消費して防いだ。

 これは、その攻撃を受け続ければ装甲が危うい。
 そう示しているのだと岡部も、千冬ですらが理解した。


 《エネルギー残量大幅減。ゲートの開錠を強く推奨します》


岡部『…………戦わなければ、いけないのか……』
 
千冬『……』

 一歩、一歩。千冬が近づいてくる。
 歩みを止める気はないらしい。

 手にした武器の度合いが千冬の本気を表している。


 《ゲートの開錠を強く推奨します》


岡部『フー、フー……』

 息が荒くなる。
 千冬は間違いなく、有言実行するだろう。

 不慮の事故として両足を失う。
 “IS”に乗る権利も必要も失う。

 世界を揺るがす“IS”はそれで消滅する。

 
 


岡部『だが……それでは到底納得が出来ない』

 心拍数が高鳴っていく。
 とても不思議な気分だった。

 先ほどまでは、なにもわからない恐怖だけが頭に靄を被せていた。
 けれど、今は少し違う。

 圧倒的な相手に対する恐怖は同じ。
 しかし、その相手は──。

千冬『…………』

 “慣れ親しんだ”千冬である。
 経過時間を数えることすら出来ないほど、手合わせした人物。

 なにを恐れることがあろうか。
 幾度となく手を合わせ、殴られてきた。

 恐れる事はない。
 相手は人類最強だが、人間である。

 実態がない化物や霊の類ではない。
 そこにある実在するモノ。

千冬『ほう……』

 岡部の纏う空気が変質したことに気付く。
 歩調を休め、出方を伺った。
 


岡部『わかった。相手になろう“サウザンウィンター”…………開錠だ』


 《承認。第一、及び、第二ゲート開錠します》


 扉が開かれる。
 岡部は過去に開錠されていた扉を再び閉ざしていた。

 通常時は他の“IS”同様、凡庸なエネルギー量で学園生活を過ごす。
 スペックとして低い部分は体術で補うことで極端な戦闘力の低下を隠していた。

岡部『展開』


 《承認。“刻司ル十二ノ盟約”-パラダイム・シフト-を起動します》


 両肩部からユニットが射出され、さらにビットが飛び出し分散する。
 12からなるビットがアリーナへと放たれた。

岡部『展開』


 《承認。“蝶翼”-ノスタルジアドライブ-を起動します》
 

 背部に設置された小型のスラスターが口を開く。
 まるでアゲハ蝶のように煌びやかなエネルギー状の羽が発露した。


岡部『展開』


 《“サイリウム・セーバー”及び“ビット粒子砲”を起動します》


 右腕に真紅の刃を展開させ、左腕に砲を展開する。
 現状、持ちうる最大限の装備を展開した。
 



 《エネルギー不足により“単一仕様能力”は発動出来ません。注意して下さい》


岡部『やはりな…』


 アレだけのことをしてのける能力。
 その力を行使するのあれば、それなりのエネルギーが必要になることはわかっていた。

 “石鍵”のエネルギー貯蔵量を満タンにするには、それこそ数年の時を必要とするほどである。
 現状では“運命石の扉”を開くことは出来ない。

千冬『岡部、それがお前の本気か』

岡部『あぁ。そのようだ』

千冬『ふっ……面白い、こんな気分は久方ぶりだ』

 珍しく、ニヤリと千冬の口角が釣りあがった。
 一線を退き教師として燻ってはいるものの、千冬は根っからの戦士である。

 強き者との対峙は心躍るなにかがあった。

千冬『行くぞ、岡部』

岡部『来い、サウザンウィンター』

 人類最強 vs 観測者の戦いが始まった。

 

おわーり。
ありがとうございました。





 《敵機“ブリュンヒルデ” -世界最強を冠する名- を解析します》


 アリーナ上空を飛び回る6対12のビットが忙しなく動き始める。
 観測兵器としての力を発揮していた。


 《解析完了》


岡部『結果を表示しろ』

 端的に言葉を切る。
 相手は千冬、のんびりとしているほど余裕はない。


 《撃破成功確率38%。逃走成功率100%。逃走を推奨します》


岡部『世界最強に対し、38%も勝算があるのか……?』

 にわかには信じがたい数字だった。
 千冬に対して38%もの確率で勝利を収められる人類が果たしているのだろうか。

 いたとしても、ソレに自分が含まれるとは思えない。


 《敵機IS“打鉄”のスペックは対象のスペックに見合っていません》


岡部『なるほど……』


 《当機の状態も完全とは言えません。逃走を推奨します》


 エネルギー残量に不安があった。
 第一、第二ゲートを開放したことによって残存エネルギーは爆発的な増殖を果たしている。

 けれど、完全とは言えない。
 相手は“織斑 千冬”。全てのガジェットをフル稼働させない限り、とうてい勝利は収められない。

岡部『いや、戦う。相手は“打鉄”……最強と言えど“IS”としての性能は負けてないはずだ』

 “石鍵”の観測結果通り“打鉄”では千冬のポテンシャルを引き出しきれない。
 それは、対戦相手である岡部にとっては大きなアドバンテージだった。


岡部『行くぞ……そう待っても貰えないだろうからな』


 《了解しました》


千冬『作戦立ては済んだか?』

岡部『サウザンウィンター。今日こそ、お前を越えさせて貰う!』

千冬『……おかしなヤツだ』

 今日こそ。
 無意識に選んだこの言葉は、繰り返した鍛錬の日々を思い返してのものだった。


 《敵機、来ます》


岡部『ッッ!?』

 蒼白い閃光だけが残光として斬撃の軌跡を残していた。
 意識の隙間を縫うかのような移動術を駆使し、間合いを殺した千冬。

 高出力のプラズマブレードが“石鍵”に直撃する。
 


岡部『ぬぅぐぁぁぁぁッッッッ!!』

 かつてない程の衝撃が全身を走る。
 シールドエネルギーが裂かれ、装甲に刃が達しそうになった。


 《跳びます》


*


岡部『──ッッ』


 《上昇による回避を推奨します》


 景色が変わる。
 岡部はアナウンスに対し、咄嗟に反応して急上昇を行った。

千冬『ッッ!?』

 ジッ。と空を裂く音が鳴る。
 岡部が位置していた空間をプラズマブレードの蒼い刃が切り取っていた。

 

千冬『今の攻撃を回避するか』

 完全に捕らえたと確信していた。
 呼吸、まばたき。全てを読み取り、意識の隙間を突き距離を削り接近した。

 避けられるはずがない。
 反応反射で回避出来る類の攻撃ではないのだ。

 それが出来るのだとしたら“岡部 倫太郎”と言う人間は千冬と同じ領域に立つ人間と言うことになる。

岡部『……く』

 ズキン。ズキン。
 強烈な頭痛が襲い、目の前が白く染まる。

 過去、幾度となく経験した痛みだった。

岡部『と、跳んだのか……』


 《現状では4.8秒地点が限界です。注意して下さい》


 感情を感じさせない“石鍵”からのアナウンス。
 さらりと、とんでもない言葉の羅列を並べている。


 ──4.8秒。


 それが、今の“石鍵”に跳ぶことが出来る秒数であった。
 4.8秒前の世界線へと飛翔する。

 例えどれほどのダメージを受けようとも、4.8秒前の世界へと飛翔しその事象を免れることが出来てしまう。
 それこそがガジェット“蝶翼”による羽ばたきだった。
 


 《敵機、移動を開始します。粒子砲を8時の方向へ照射して下さい》


岡部『くっ……!!』

 休む間もなく、考える暇もなく戦闘は続く。
 “刻司ル十二ノ盟約”により観測した千冬の移動ルートをなぞるように弾丸を掃射する。

千冬『……ッッ!!』

 “打鉄”を使用しているとは言え、千冬の移動速度は遅くない。
 むしろ、この学園に在籍するどの生徒よりも今の千冬は早かった。

 目で追い、照準し、射撃を行うことなど至難。

千冬『未来予測射撃!!』
 
 千冬の行動を予測し、射撃を行う。
 神速の速さで移動を続ける千冬の動きを先読みし、攻撃を行うなど神業に等しい。

 そもそも、未来予測射撃など熟練のスナイパーが最後に辿り着く領域ですらある。
 ついこの間まで素人であった岡部が行えるなど、考えもつかなかった。
 


千冬『ッチィ!』

 思わず舌が鳴る。
 本気で回避運動を取らねば、放たれた弾丸は“打鉄”のシールドエネルギーを削りきってしまう。

 スペックの限界を越えた動きを行い、千冬は全ての弾丸を回避した。


 《敵機の無傷を確認。移動し、距離を取って下さい》


岡部『こちらのエネルギー残量も心許なくなってきたな……』

 千冬の無傷を確認し、新たなるガジェットを展開する。

 “モアッド・スネーク”
 
 空中にそれを投げ出し、弾丸で打ち抜き起動させる。
 アリーナは一瞬にして煙りに包まれた。
 


千冬『視界を塞ぎに来たか……』

 “モアッド・スネーク”が作り出す煙幕にはハイパーセンサージャマーが搭載されている。
 そのことを知っていた千冬はあえてセンサーを全面カットし、己の感覚だけを研ぎ澄ました。


 《対象の集中力が大幅に向上。危険指数大幅に上昇》


岡部『まるで、一夏のようだな……』

 “刻司ル十二ノ盟約”により、岡部の視界は変わらない。
 卑怯と謗られようと、千冬に勝つためであれば条件は選べない。

 ゆっくりと背部に回り砲の照準をセットする。

岡部『“打鉄”のエネルギーシールド量では、耐えることは出来まい……』

 カチン。
 トリガーを握り、弾丸を照射したその時だった。
 


千冬『────ソコかっ!!』

岡部『ッッ!?』

 微かな空気の対流。トリガーを引く音。弾丸が空気を裂く衝撃。
 この広いアリーナの中で起きた微かな行動痕を千冬は聞き漏らさなかった。

 振り向き様にプラズマブレードを手放し弾丸へと変換する。
 超速で投げ捨てられた刃の速度は、岡部の照射した弾丸を全て焼き切り突き進む。

岡部『──避け、られ──』


 《跳びます》


*


岡部『──カハッ』

 突き進んできたプラズマブレードが脳裏に焼き付いている。
 あのままであれば、完全に敗北していた。

 未だにトリガーは引いていない。
 これを引けば、勝負はつく。
 


岡部『……』

 射撃では駄目だった。
 千冬相手に虚を突くことが出来ない。


 《エネルギー残量、大幅減少。注意して下さい》


 無常にも告げられるアナウンス。
 一回の戦闘で二度も飛んだのは初めてだった。

 ここへ来て一つの事実に気付く。
 “蝶翼”により過去へ移動した場合、受けたダメージは無効化される。

 全てが“4.8秒”前の世界に戻ると思い込んでいた岡部であったがそうではない。

岡部『消費したエネルギーは戻らない……』

 “蝶翼”による飛翔には多大なるエネルギーの消耗が伴う。
 過去の世界に跳ぼうと、跳んだ事実がある以上、エネルギーが元に戻る事はない。

 既に“石鍵”のエネルギー残量はレッドゾーンを示していた。
 

岡部『次の攻撃で、決める……』

 右腕に力を込める。
 展開されている“サイリウム・セーバー”の朱色が増した。

岡部『すー……はぁ……』

 恐らく、この深呼吸の音すら千冬の耳は知覚しているのだろう。
 小細工は効かない。

 正面から切り伏せてこそ、千冬を越えると言うことなのだ。

 “蝶翼”の展開を解除する。
 残りのエネルギーは“刻司ル十二ノ盟約”による観測、予測。

 そして千冬の握る“プラズマブレード”に打ち負けぬよう“サイリウム・セーバー”に注力した。

千冬『……どこからでも、来い』

 360度。全方位からの攻撃に対応出来るよう、極限まで集中力を保ち持続させている。
 “打鉄”に残されたエネルギーも残り僅か。

 千冬にとっても、次のアタックが最後であることを覚悟していた。

岡部『……』

千冬『……』

 2人の呼吸が重なる。

 背部を陣取っていた岡部は場所を移し、千冬の対面へと立っていた。
 宙を浮くことすら辞め、地に二本の足を立たせている。

 “モアッド・スネーク”の作り出した濃霧の中、岡部は最後の攻撃を開始した。
 

おわーり。
ありがとうございました。



 ◇


 完全なる作戦ミスだった。
 千冬の前に対峙し、はっきりと痛感する。

 “刻司ル十二ノ盟約”の機能を活用し、初めから近距離格闘に持ち込めば違う未来が見えていたはず。
 ほんの少し、心の隅にあった臆病風に吹かれ遠距離戦闘を選んでしまった。

 結果、悪戯に跳躍を行い多量のエネルギーを消費してしまっている。

岡部『(最初から近距離で戦っていれば……)』

 たら、れば。が出てしまう。

 未来予測で攻撃を回避をしつつ、甚大な被害を受ければ時間を跳躍し回復、回避を行う。
 今の岡部が持つ技量と合わされば千冬とも戦えたであろう。

 気持ちの上で、岡部は千冬の風下に立っていたのだった。

千冬『ほう、背後からの攻撃は辞めたのか』

岡部『……』

 やはり、気付かれていた。
 濃霧の中だと言うのに千冬にとっては簡単に見て取れる状況らしい。

千冬『ようやく腹を括ったようだな、私としても近接の方がやりやすい』


 ──となると、この霧は少し興が冷めるな。


 濃霧の向こう。
 蒼を纏った白刃が舞った。
 


岡部『──なっ』

 直後、突風が吹き荒れる。
 衝撃とも感じ取れるほどの大きな風が千冬を中心に発生し、濃霧を無理矢理に霧散させてしまった。

岡部『……』

 やはり、化物。
 伊達に“ブリュンヒルデ” -世界最強を冠する名-を背負っていない。

 仮に“打鉄”ではなく、違う“IS”に搭乗していたのならば既に岡部は撃滅されていただろう。
 “織斑 千冬”と戦うにはまだ早過ぎた。

岡部『……行くぞ』

千冬『おう』

 けれど、逃げ出す訳にはいかない。
 目の前の世界最強を押し退けねば、この学園に留まることが出来なくなってしまう。

 気が狂いそうなほどに時間を繰り返し、血反吐を撒き散らし辿り着いたこの平穏。
 失いたくはなかった。

岡部『最後だ。頼むぞ』


 《敵機、装備出力解析完了済みです》


 “プラズマブレード”に打ち負けぬよう“サイリウム・セーバー”の出力調整を“石鍵”に依存させる。
 “刻司ル十二ノ盟約”を千冬の動きにのみに当て、万全を期す。

岡部『この状況での、最大稼動時間は』


 《敵機との接触、戦闘開始からおおよそ2分です》


岡部『了解した』


 《撃破成功確率は──》


岡部『数字はいい。行くぞ……!!』

 前傾姿勢を取り、スラスターを開放し一気に距離を縮める。
 世界最強へと最速で邁進した。

千冬『──来い。ここでお前を見極めるッッ!』

 






 紅と蒼。
 二色の閃光がぶつかり合う。

岡部『────ッッ』

 歯を食いしばりすぎ、口から血が滲み出ていた。
 関節のあちこちが悲鳴をあげているが、それを無視して攻撃を繰り返し続ける。

千冬『(コイツ……)』

 お互いが剣でのみの決着を望み、近距離での格闘を望んだ。 
 その結果、まばたき一つ、許されない。

 呼吸すら忘れて互いに剣を打ち込み、回避し、鍔競り合う。

千冬『(まただ……)』

 斬り合いが始まり、30秒が経過した。
 岡部にとっては途方もなく苦しく長い時間であるが、千冬からすれば思考を挟む余地がある。 

 限界を超える戦いの最中、千冬の脳裏には違和感がべっとりとこびり付いていた。

千冬『(この攻撃を避けれる筈が──)』

 何度目かの攻防。
 千冬は確実に“とった”と確信出来る攻撃を数撃見舞っていた。

 けれど、岡部はそれを紙一重で回避している。

千冬『(──ありえん)』

 例え、未来予測をしているのだとしても。
 高速で行われる剣舞の中、ガジェットから送られるデータを受け取ってからの回避など。

千冬『(人間に、出来るはずがない)』

 ギシッ。
 “打鉄”から嫌な音が漏れる。

 千冬の稼動に“打鉄”がついて来れていなかった。

千冬『(……時間がない)』

 早く、早く決めてしまわねば。


 ──動けなくなってしまう。

 
 



岡部『──ハァッ、ハァッ』

 目がチカチカする。
 心肺機能が限界だと岡部にシグナルを送り続けているが、全てを無視していた。

岡部『(目が、霞む……)』

 脳裏に叩き込まれる蒼の剣閃。
 これを避けること、回避出来ないのであれば、刃を打ち込み防御する。

 それのみを岡部の体は甲斐甲斐しく行っていた。
 回りの景色がどれだけ歪もうと、千冬の振るった刃からは目を逸らさない。

 それが、今の岡部に出来ることだった。


 《…………》


千冬『(まただ……)』

 また、避けられた。
 “プラズマブレード”の切っ先は“石鍵”が残した残像の喉元を切り裂いている。

 攻撃が当らない。

千冬『(岡部の身体機能を超えている……)』

 ボッ、ボッ。
 “石鍵”の背部に搭載されたスラスターから微かな光粒が煌き、音を鳴らしている。

 近接戦でのスラスター活用術。これは上級者からすれば当然のことであるが、どうにも腑に落ちない。

千冬『(機動力が上がっている訳ではない……だが)』

 この世界の誰もが回避不可と言って問題はないだろう。
 そんな攻撃を岡部は回避し続けている。

 技量を超えた何かを“岡部 倫太郎”は持っている。
 そう確信せざるを得なかった。


 ──1分。


千冬『(もう、持たん……)』

岡部『(あと、1分……)』

 たった1分の攻防。
 それは世界の頂上を冠するに相応しい、60秒であった。

 ──決める。

 お互いの思考がリンクする。
 二機とも、すでに限界地点が鼻先まで迫っていた。
 


千冬『ウォォォォオオオ!!』

岡部『ウァァァァアアア!!』

 まるで、花火のようだった。
 赤と青の原色が混じり、綺麗で歪な花を咲かせている。

 この祭りで先に悲鳴を挙げたのは、岡部でも千冬でもなく、


 ──“打鉄”だった。


千冬『──ッチィ!!』

 スペックを越えた動きを強要させられ、各部は磨耗しきっている。
 各種回路も千冬に合わせたため、ズタズタに焼ききれていた。

 プツン、と糸が切れたかのように動きを止める。

岡部『──貰ったァァァア!!』

 大好機。
 勝利を確信し、紅刃を振り下ろす。


 けれど──。
  

岡部『……な』

千冬『……』

 突如、動きを止める“石鍵”。

 “打鉄”の次に限界を超えたのは、“石鍵”であった。

 まだ、斬り合いを初めて2分と経過していない。

 しかし“石鍵”は動くことなく、最後の刃を振り下ろす前に完全に動きを止めていた。


 

おわーり。
ありがとうございました。

生存報告です
生きてます……生きてますがギリギリです
pixiの方ももちろん更新できてない始末で申し訳ありません

失礼しました。
生きてます、仕事で昇進してしまい休みが激減していました。
少しばかりですが休みを確保出来るようになったので、スローペースでまた頑張っていきたいと思います。

長期で休んでいたのでageようかとも思いましたが、またいつ死ぬほど多忙になるかわかりませんのでこのままで……。






紅莉栖「──で、どう言うことだか説明はして貰えるんでしょうね?」

 不機嫌極まりない声で第一声を挙げたのは“牧瀬 紅莉栖”であった。
 半ばお決まりとも言える“IS整備室”に3人の人間が集まっている。

千冬「なるほど。牧瀬も共犯者という事か……それならば色々と頷けることもある」

 岡部、紅莉栖。
 それに千冬の3人が整備室で顔を突き合わせている。

 2人の戦闘後まもなくのことだった。

岡部「……織斑教諭との個人的な授業が、だな」

 言葉が濁る。どこから説明したら良いものか。
 なぜ稼働時間を残したまま“石鍵”の動きは止まってしまったのかがわからない。

 なにが起きたのか。それを解明するために岡部は紅莉栖を呼び出したのだった。
 


千冬「牧瀬。岡部について……“石鍵”について。私も首を突っ込ませて貰うぞ」

紅莉栖「なっ」

 おどろき、岡部の顔へと視線を移す。
 岡部は黙って首を横に振った。

 まだ、なにも話してはいない。けれど、もう隠し通すこともできない。
 そう言ったニュアンスであることを、岡部の顔色をみて紅莉栖は瞬時に理解した。

紅莉栖「……」

 一瞬の間で思考する。
 “織斑 千冬”は信用できる人間なのか。

 少なくとも、敵ではない……はずだ。
 “石鍵”の能力を知って、どういったアクションを取るのだろうか。

 奪い、益に走る類ではない。
 むしろ危険だと破壊をとるタイプだろう。

 紅莉栖の考える限り、千冬は後者だ。
 “IS”の持つ能力として“時間”に干渉する機能などあるはずもない。

 完全なるイレギュラーである“石鍵”に対し、破壊と言う選択肢を選ぶ確率は高いと判断できた。

紅莉栖「……」

 もう一度、チラリと岡部の顔を覗く。
 すると今度はゆっくりと首を縦に振った。
 


紅莉栖「はぁ……」

 一呼吸ぶんだけ、溜息を吐く。
 岡部は千冬に知られても良いと思っている。

 その結果“石鍵”がどうなろうとも受け入れる心構えが出来ている。
 それ程までに岡部は“織斑 千冬”を信用しているのかと疑問が浮かんだが、それは頭の隅へとおいやった。

紅莉栖「じゃぁ、まぁ……展開して。ケーブルを繋いで解析をするから」

 紅莉栖にしても興味深い解析である。
 どうせなら最初から最後までその戦いを見たかった、と言うのが本音だった。

 “世界最強”に対し、岡部はどこまで肉薄できたのだろうか。
 紅莉栖の算用では岡部が臆病風に吹かれず“打鉄”のスペックを考慮し、能力をフルに活用すればあるいは……そう考えていた。

 しかし、解析から流れてくるデータに目を通すと……。

紅莉栖「(駄目だコイツ……射撃でどうにかなる相手じゃなかろうが……)」

 案の定と言うべきか“石鍵”に刻まれているデータを読み解くと岡部は射撃攻撃に傾倒していた。
 エネルギーに不安が過ぎる頃合になると近接戦へとシフトしている。

 この解析を見るだけで、岡部がどのように千冬との戦闘を運んだのか手に取るように見える。
 あぁ、なんて惜しい。

 もし私がセコンドとしてついていたのならば、的確な指示を飛ばしていたのなら。
 “世界最強”に勝てる好機だったと言うのに──。
 


紅莉栖「……」

岡部「……助手?」

紅莉栖「──っ、なんでもない!」

 つい妄想に耽ってしまった。
 なんとも情け無い戦闘ログではあるが、それでも千冬に肉薄している。

 “打鉄”とは言え“IS”を纏った千冬に対してこれだけ持ちこたえ──否、戦える人間が世界にどれほど居ると言うのか。
 “岡部 倫太郎”と言う操縦者は世界でも有数の乗り手へと進化していた。

千冬「──色々と問いたいことは山積しているが、先だって一つだけ腑に落ちないことがある」

 千冬が口を開いた。
 2人の様子を伺う限り、待って話を聞くよりも問う方が効率的だと判断したためだった。

千冬「数度、避けれるはずのない攻撃を回避された。言葉として破綻しているが、そうとしか言えん」

 確実に“獲った”。
 そう確信できる攻撃シーンが何度かある。

 しかし、岡部はその攻撃を悉く回避し、終ぞ被弾することはなかった。
 攻撃をした側である千冬からしたら違和感だけしか残らない。

 気持ち悪いなにかがベットリと脳裏に張り付いていた。
 


紅莉栖「……理由は、多分。はい、わかります」

 解答はある。
 けれど、それを言って良いものなのかどうなのか。

 紅莉栖の中で今だにそれが揺れていた。

紅莉栖「岡部……本当に、良いのね?」

 最後通告。
 千冬の問いただした事象は“石鍵”の持つ能力の核心に触れている。

 説明すれば、なし崩し的に全てを暴露することになるだろう。
 本当にそれで良いのかと、最後の確認だった。

岡部「……あぁ、頼む」

 重く、覚悟の乗った声だった。
 その声を耳にした紅莉栖は一つ大きく息を吐いて、千冬に向き合う。

紅莉栖「“事象計算”及び“時空跳躍”これが“石鍵”の持つ規格外の能力……まるで、神と悪魔が同居したような力」

千冬「……」

 突拍子もない紅莉栖の発言。
 それは、表情変化の乏しい千冬の表情を歪めるほどの一撃だった。
 

おわーり。
本当に書く時間が少なく、久々なもので文章が安定していないかもです。
申し訳ありません。


 ◇

紅莉栖「──では、この二つの能力について説明していきます」

千冬「……」

 千冬は紅莉栖の発言に対し黙って頷いた。
 聞き間違えであって欲しいとすら願う。

 しかし、紅莉栖の発言が冗談や妄想でないことはその身を持って体験している。
 その解答は余りにも突拍子がない。それ故に、頷けるものだった。

紅莉栖「まず……先に“時空跳躍”から」

 “石鍵”の背部に設置されている可変式のスラスター。
 形状から察するに推進力の向上を促す物であるはずだが、その効果はない。

 通常時は可変せず、ある一定の行動を行う時のみに可変しエネルギー状の翼を発露する。

紅莉栖「これを“蝶翼”と言います」

千冬「“単一使用能力”なのか?」

紅莉栖「いいえ。“石鍵”が自ら作り出した“無段階移行”の賜物です」

千冬「……続けてくれ」

 この“蝶翼”の使用には莫大なエネルギーが必要となる。
 エネルギーリミッターがカットされている軍事用“IS”ですら、手に余る程の大飯喰らい。

 “石鍵”に内包されている規格外のエネルギー。
 その使い道はこのガジェットの為、と言えるかもしれない。
 


千冬「概要は理解した。能力の説明を頼む」

紅莉栖「……このガジェットによる能力は、先ほど述べたように“時空跳躍”になります」

千冬「聞き慣れない単語だな」

 この能力は未だ、細かく解析が出来ていない。
 操縦者である岡部の記憶を過去へと飛ばす“タイムリープ”であるのか。

 “石鍵”を纏ったまま、肉体そのままに過去へと戻る“タイムトラベル”なのか。
 “タイムトラベル”の場合、過去に同一人物であるはずの自身が居るためその可能性は極めて低い。

 これまでの状況を鑑みるに、前者である確率が極めて高い。
 が、断定するには至らない。

 ここでは仮に“時空跳躍”を“タイムリープ”と仮定する。

紅莉栖「岡部は“タイムリープ”を行い、未来から記憶を持って現在に存在する……」

千冬「……」

 なにを思えば良いのだろうか。未来? 過去? 現実味がなさ過ぎる。
 SF作品の読みすぎと言えるだろう。

 だがしかし、それならば説明がつく。

千冬「(私の攻撃を避け続けた答えはソレか……)」

 回避不可と判断出来る攻撃を立て続けに回避した岡部。
 どれだけ疾く、鋭い攻撃も“知っていれば”避けることも可能。

 技量を超えた“力”だった。

紅莉栖「これが一つ目の力……“時空跳躍”」

千冬「色々と情報の整理が必要だが、続けてくれ。もう一つあったな」

紅莉栖「了解。続いて“事象計算”について説明します」

 12個のビットからなる観測兵器に依存した能力。
 ビット自体に攻撃力は皆無であり、習得した情報を搭乗者及び“IS”へと送信する兵器である。
 


千冬「ただの索敵兵器かと思ったが……」

紅莉栖「とんでもない。この兵装こそ鍵となる力と言えます」

 “蝶翼”を行う際に必要な時間や空間の解析。
 謝った地点へ跳躍せず、タイムラグもなくスムーズに能力を行使する為には必要不可欠なガジェットである。

 また、相手操縦者の視線、筋肉の動きから行動を予測することも可能。

紅莉栖「観測兵器として完成されている、と謳っても過言はないと思います」

千冬「……」

紅莉栖「──そして、」

 この二つの兵器を束ねるモノ。
 “石鍵”と言う“IS”のコア。

紅莉栖「これこそが、肝と言える武器となっている。それが現状で出せる、私の結論」

 言い切り、深く息を吸う。
 説明もいよいよ大詰めだった。
 
紅莉栖「複雑な“時間”と“空間”に関する演算を瞬時に行い、操縦者へと情報を送る」

千冬「……」

紅莉栖「言ってしまえば“石鍵”の能力とは全てを見通し、岡部の欲する未来を握る──」


 ──全知掌握。


紅莉栖「“IS”の、人類の域を出た、いきすぎた能力と言えます」

岡部「……」

千冬「とてもじゃないが、信じられる類の話しではないな」

紅莉栖「えぇ」

千冬「だが……」

 現に、岡部と手を合わせ覚えた違和感。
 自身と同等と言える技量を持つ岡部。

 これで全て合点がいく。
 


千冬「そう言うこと、なのだろうな」

紅莉栖「はい」

岡部「……」

 今できる全ての説明を終え、整備室には沈黙が流れる。
 紅莉栖と岡部からすれば千冬がなにを思い、考えているのか気になるところだった。

 “石鍵”と言う“IS”の枠を外れたイレギュラーに対しどのような行動を取るのか。

岡部「……」

紅莉栖「……」

 千冬を見つめる2人。
 当の本人は目を閉じ、眉間に皺を寄せていた。

千冬「この話しを知るのは、私を含めて3人か?」

紅莉栖「はい」

岡部「あぁ」

 声が重なる。
 これ程に重要なことを他の第三者に話せるはずがない。

 相手が“織斑 千冬”だからこそ打ち明けたのである。

千冬「……岡部には聞きたいことがまだあるが、今日はこれまでとしよう。私も話を整理する時間が欲しいからな」

 話しは以上だ。
 そう言って部屋を出ようとする千冬に声を投げかけたのは岡部ではなく、紅莉栖だった。

紅莉栖「あっ、あの!」

千冬「なんだ?」

紅莉栖「その……“石鍵”をどうするつもりですか……?」

 緊張と恐怖が混ざった声色。
 千冬が破壊すると、そう断じたのであればこの世界でソレから逃げることは難しい。

 “石鍵”の力をフルに活用できたとして、本気の千冬から逃げ切れることなど出来るのか。
 紅莉栖の頭の中はそのことでいっぱいだった。

千冬「なんだ。そんなことを心配していたのか?」

 紅莉栖の緊張とは反対に、返ってきたのは柔らかい声だった。
 口角がほんの少し上がっている。

千冬「生徒は私が守る。岡部、お前も私の生徒だ」


 そう短く告げて千冬は1人、部屋を後にした。

 
 

おわーり。
相変わらず時間は無いようです。


 明け方。
 肌寒く、人気の感じられない世界。

 剣道場では1人の女性が木刀を振るっていた。

 ──フッ。

 ──ハッ。

 鋭い剣閃。
 風を切る音すら響かせず、静寂を保ったまま剣が空を裂く。

千冬「……」

 仮想する相手。
 二手、三手先を読み攻撃をするも──。

千冬「これでは、駄目だ」

 自身がイメージする岡部を。“石鍵”を切り裂くことが出来ないでいた。
 胴着に着替え稽古をするなど、どれほどぶりになるのだろう。

 久しく感覚を忘れていた。

千冬「相手はこちらの攻撃を“知っている”……」

 再び仮想の相手を脳内に作り出す。
 剣を握る手に力を込め、型を作った。

千冬「通常の攻撃では掠ることすら叶わない……」

 呼吸を整える。
 体と同時に脳も全開に稼動させていた。

千冬「……」

 突如、全身の力を抜き木刀を下げる。
 剣を振るわずとも、わかってしまった。

千冬「今の私では、無理か」

 “石鍵”のスペックを知った上での全力闘争を想定していた。

 自身は無論、最高の状態。
 全盛期を支えた“暮桜”に搭乗している。

 そして“石鍵”もまた最高の状態。
 現在、聞いている中で最も力を発揮している状況を踏まえての仮想戦闘だった。
 


千冬「エネルギーの問題をカバーされると、なるほど。どうにもならんな……」

 例えダメージを与えたところで時間を跳ばれてしまう。
 その後は攻撃が当った事象を無視し、経験則から回避されてしまう。

 あのデタラメな装甲を一撃で破り切るほどの攻撃力を有している訳でもなく、千冬は木刀を下ろしてしまった。

千冬「いや、手はある……」


 ──“零落白夜”


 これの一撃さえ当れば、他の“IS”同様に“石鍵”も鉄の棺桶と化すだろう。
 装甲を打ち破る必要はない。エネルギーを消失させてしまえば良いのだから。

千冬「…………」

 考える。

 岡部が経験していない初撃。
 ここで“零落白夜”を起動し、攻撃を当てたのであれば“時空跳躍”を行うことも出来ないのでは、と。

 通常の攻撃であればどれほど高火力であれ、跳ばれてしまえばダメージはなくなり攻撃は避けられてしまう。
 けれど“零落白夜”であれば……。

千冬「ん……」

 思考する自分を客観視し、ふと我に帰る。

千冬「まったく、私としたことが……」

 “生徒”であり“守るべき対象”であるはずの岡部との戦闘。
 そんなことは起きるはずがない。

 起きようはずもない。
 だと言うのに対岡部を想像しての稽古など……と滑稽にすら思えてしまった。

千冬「どいつもこいつも、全くもって教師泣かせな奴等だ」

 そう小さく呟き、千冬は一人道場を後にした。

 






 担任である“織斑 千冬”に“石鍵”とその能力を打ち明けたことにより、岡部の日常に少しばかりの苦労が追加されていた。
 他の一般生徒と同じように過ごす学園生活。

 それに加え“専用機持ち”としてこなさなければならない練習。
 生徒会に籍を置く身としての活動。

 ──そして。

岡部「がっ……」

 めきっ、と言う鈍い音が自身の腹部から内臓を伝わり耳に響いた。
 千冬の掌打が深々と岡部の腹部に突き刺さっている。

千冬「ボディがガラ空きだ」

 千冬の声質からどうにも不機嫌であることが見て取れる。
 それと言うのも岡部と組み手を始めて10分以上が経過し、これが初めて取れた一本だからだった。

 岡部の成長は著しい。
 千冬は決して手を抜いている訳ではない。

千冬「まるで自分と相対しているようだな、気分が悪い」

 近頃はいつも同じ台詞を吐いている。
 入学当初は素人同然であった岡部が短期間で信じられない程の成長を遂げた。

 その原因は“時空跳躍”により、考えられないほどの時間を繰り返し自身との稽古に当てたと言うのだ。
 それならばこの成長度合いも頷ける。

 千冬との組み手を気が遠くなるほど繰り返した岡部。
 その動きは千冬のそれに近い。
 


岡部「ぐぅ……まだ無理か……」

千冬「ほざけ。まだまだお前に遅れを取る気はない」

 岡部の成長には理由がもう一つあった。
 事情を知った千冬が岡部のレベルに合わせて稽古をしている。

 素人なりに頑張っている岡部、ではない。
 千冬自身がその手で叩き上げた弟子として手ほどきをしているのだ。

 闇雲に“タイムリープ”を繰り返し修練を積むのではない。
 段階を踏みステップアップをし“成長”させる為の訓練を行っている。

千冬「岡部。お前また“跳んだ”だろ?」

岡部「……」

千冬「今日は何度めだ? ん? 私がお前の実力を加味してスケジュールを組んでやってると言うのに」

 岡部はより訓練を濃密なものにする為、何度かこの時間を繰り返していた。
 人よりも数倍、数十倍の時間を繰り返し経験している。

 常人であれば気が狂うソレは、もはや岡部にとってなんら影響を与えるものではない。

千冬「牧瀬も言っていた。跳べば体力は回復し、無限に鍛錬を積むことが出来るだろうと」

岡部「……」

千冬「しかし“タイムリープ”による脳への負担は必ず蓄積しているはずだ。あまり無茶はするな」

岡部「あぁ……」


 “IS学園”に入学し、しばらくが経過していた。

 三年の夏。

 卒業が迫っていた。
 

おわーり。

せめて、いっs……2週間に1度は更新したいです。



 ──某日。


 草木も眠る丑三つ時。
 誰も居るはずがない第1アリーナ。

 このような時間にアリーナへ入場、使用することなど一般生徒では決して許されない。
 そんなアリーナの中央にぽつんと人影があった。

 影の大きさからさっするにどうやら男性のようである。
 “IS学園”は女の園。

 男性と言うだけでその影の正体は限定されてしまう。

岡部「……」

 白衣を見に纏った長身の男。
 “岡部 倫太郎”だった。

岡部「呼び出しておいて、姿を現さんとは……」

 虚空に向け、声を投げかける。
 独り言ではなく誰かに話しかけている口調だった。

岡部「卒業を前に、気でも沈んでいるんじゃないだろうな」

 辺りをどう見やっても、人影は岡部のものしか見当たらない。
 けれど岡部は言葉を続けた。

岡部「……用がないのなら帰るぞ、楯無」


 ──えへっ。


 気配もなく、暗がりから姿を現したのは“元生徒会長”である“更織 楯無”だった。
 いつものように、感情が読み取れない笑みを浮かべている。
 


楯無「もー、倫ちゃんってばつれないんだから。淑女が殿方をこんな時間に呼び出したのよ? 少しは……ねっ?」

岡部「……」

 楯無はなおも笑顔のままだが、纏っている空気が常と違っていた。
 ピリピリと肌を刺すようなプレッシャーを放っている。

 隠す気はないらしい。

岡部「やり残した仕事でも思い出したのか?」

楯無「そっ。おねーさんってば、2つばっかし仕事をし忘れちゃっててねー」

 “元生徒会長”である楯無は現在三学年へと進み、来月には卒業を控えた身となっている。
 そんな楯無が卒業を前に呼び出したのは“生徒会長”である“織斑 一夏”ではなく“副会長”である“岡部 倫太郎”だった。

楯無「副会長になった感想は?」

岡部「半ば無理矢理つかされた役職だ。手に余っている」

楯無「そっかそっか……おねーさんは、倫ちゃんが生徒会長になると思ったんだけどなぁ」

 “IS学園”に置いて“生徒会長”と言う椅子は特別な意味を持っている。


 ──学園最強。


 これこそが、唯一にして絶対の条件。

 それを満たし、現在の生徒会長職に就任しているのは“織斑 一夏”であった。 
 


岡部「生徒会長は学園最強たれ。ワンサマーは誰しもが認め──」

楯無「──少なくとも。私はそう思わない」

 声色が変わる。
 岡部の言に割って入るように言葉を被せた。

楯無「一夏くんは強くなった。とってもね。けれど……最強ではないわ」

岡部「……」

楯無「私には2つ、遣り残した仕事があるの」

 次第にアリーナを包む空気が重く、冷やかなものになってゆく。
 どうやら岡部が想像していた通りの展開になるようだった。

楯無「一つ。“IS石鍵”のスペックチェック」

岡部「……“国家代表”としてなのか“当主”としてなのか。俺が自身で判断するには難しいな」

 楯無はロシアの“国家代表”であり“更織家の当主”でもある。
 2つの顔を持つ彼女が、いったいどの立場の顔を覗かせているのか。

楯無「ふふっ、どっちもよ。倫ちゃん」

岡部「……」

楯無「そして“IS石鍵”が危険因子を孕んでいると判断された場合、それを──」


 ──破壊する。


岡部「……」

楯無「あまり、驚かないのね?」

岡部「お前の立場を思えば、な」

 沈黙が流れる。
 楯無の問いに対して答えた岡部の言葉は、とても高校二年生とは思えない。

 厳密に言えば大学からの編入生のため、年齢は楯無より上である。
 しかし、そう言ったレベルの問題ではない。

 岡部を纏う空気は二十代が持つソレとはどうしても思えない。
 一年間“岡部 倫太郎”を観察してきた結果、楯無が出した答えは──。
 


楯無「答えて、倫ちゃん」

岡部「……」

楯無「貴方は一体、何者なの……?」


 ──わからない。


 だった。

 一夏同様に“IS”を起動出来る理由は謎。 
 千冬から個人的な手ほどきを受けているようだが、技術の向上速度が常軌を逸していた。

 上手く実力を隠しているけれど、楯無の目から見ても頭一つ以上抜き出ている力を有している。
 その力は“生徒会長”である一夏を越え、卒業を控えた身である自身、

 “国家代表”である“更織 楯無”に届きうるものだと判断していた。

岡部「……」

楯無「言葉で教えてくれないのなら、仕方がないわよね」

 いつの間にか“アクア・クリスタル”が左右一対でふよふよと浮かんでいた。
 岡部はそれを見ても動揺せず、ただ相手の出方を伺っているだけだった。

楯無「少し、湿気が強いかしら?」

岡部「そのようだ。纏わり付く湿気が気持ち悪い」


 ──ぱちん。


 楯無の細く、しなやかな指が音を鳴らす。
 途端に爆発が巻き起こり、周囲の一切合切を熱と煙りが飲み込んだ。

楯無「……」

 爆発の中心は岡部。
 生身の人間であれば無傷どころか、身体の全てが散り散りに吹き飛んでいる。

 けれど、

楯無「ダメージ無し。わかっていてやったけれど、やっぱり少しだけショックね」

岡部『……』

 “石鍵”を見に纏う岡部。
 その身体にはダメージどころか、焦りすら見て取れない。

楯無『ミステリアス・レイディ』

 小さく呟き、岡部同様に“IS”を纏う。
 “石鍵”のソレと違い、露出部分の多い機体だった。

楯無『さぁ、はじめましょう……』

 ひっそりと始まる二人の戦い。

 それは、学園頂上決戦と呼ぶに相応しいものだった。 
 

おわーり。
ありがとうございました。

 ◇


 《敵機、起動を確認》


 爆発が生じる数コンマ手前。
 巻き起こる熱と風の暴力に晒される前に岡部は“石鍵”を展開していた。

岡部『相手は間違いなく世界最強の一角。出し惜しみはしない』

 《武装の限定解除を受理しました》

 全身にエネルギーの供給が開始される。
 背部スラスターが可変し、淡い光が零れ始めた。

岡部『射出』

 両肩部からもユニットが射出され、十二のビットが拡散しアリーナを浮遊し始める。
 “蝶翼”と“刻司ル十二ノ盟約”を初手から開放した。

岡部『良い機会だ。俺が今、どの地点へ居るのか……胸を借りようじゃないか』

 岡部は普段“蝶翼”と“刻司ル十二ノ盟約”を封印して日々を過ごしてた。
 この二つの能力はあまりにも強力すぎてしまう。

 ここ一年間で岡部自身の実力は目に見えて上がっている。
 千冬とのトレーニングは岡部を達人へと叩き上げていた。

 そんな彼が二つのガジェットを駆使し立ち回ってしまえば、学園のバランスが崩れかねない。
 千冬からもガジェットの使用は極力避けるようにと命を受けている。

 しかし、相手は“更織 楯無”。
 元学園最強であり、国家代表。

 千冬の次代を担う世界最強の一角を担っている。

岡部『相手にとって不足はない』

 本来の岡部の性格からいけば戦いを了承することなどなかった。
 楯無の立場を踏まえた上での避けられない戦い。

 けれど、それでも“岡部 倫太郎”であれば戦いを拒んでいただろう。
 一年と言う月日は少なからず彼に“戦闘欲”と言う新たな感情を植えつけていた。

 抑えられない衝動。
 試してみたい、力を全て解放したい。

 千冬との組み手は“IS”を持ち得ない生身での攻防のみである。
 “IS”を起動した状態での全力戦闘など一年前に千冬と戦って以来、初めてだった。

 “生徒会長”を決めるトーナメントですらガジェットを封印して戦っていた。
 魂が奮える感覚を覚え、岡部は“石鍵”を纏い紅刃を構えた。
 



 ◇


 それは静かな立ち上がりだった。
 激しい爆発もなければ、銃撃もない。

 純粋なる刃と刃の衝突。
 紅に発光する“サイリウム・セーバー”と“蛇腹剣”-ラスティー・ネイル-での剣撃だった。

楯無『(やっぱり……)』

岡部『(やはり……)』


 ──強い。


 互いにシンクロする敵操縦者の技量。
 純粋な打ち合いの中に時折り混ざるフェイク動作。

 全てが高次元で纏まっていた。

楯無『(千冬先生に手ほどきを受けているから……だけでは説明が付かないわね)』

 楯無の勘定には誤差が出ていた。
 確かな力量を感じていたが、ここまでとは。

 自身に届きうる──ではない。
 同等の牙を有していると断言できる実力。

 わずか一年余りの時間で素人がこの領域まで踏み込んでくることなど、ありえない。

楯無『くっ……』

 拮抗が崩れ始める。
 刻司ル十二ノ盟約”を起動している分、近接戦闘では岡部に勝敗があがっていた。

楯無『(悔しいなぁ……正面からでも切り破れると思ってたんだけど)』

 正直な心情だった。
 まさか、真っ向からの力勝負で岡部に負けることなど想定すらするはずがない。

 数分手を合わせただけで相手方の優勢を悟れてしまう自身の把握能力が恨めしかった。

楯無『(良いわ、倫ちゃん。悔しいけれど、真っ向勝負の白星はあげる)』

 戦闘と言うものがソレだけで決まる訳ではない。
 楯無の目が強く物語っていた。

 



 ◇


 《現段階での最大跳躍は二回です》


岡部『……』

 現在の貯蓄されているエネルギー量では二回の跳躍が限度だった。
 戦闘を行いながらの跳躍には多大なるエネルギーが必要となる。

 楯無との一撃必殺を予期される戦いの最中であればなおさらと言えた。

岡部『(一回が限度……いや、跳べるかどうか……)』

 “石鍵”から提示された回数は二回。
 けれど、それは他のガジェットにエネルギーを流用していない場合である。

 楯無相手に“刻司ル十二ノ盟約”を使わずに勝てる自信などない。
 となれば跳べる回数は一回が限度。

 戦闘の運び方次第では跳べるかどうかも定かではなかった。

岡部『(集中しろ、集中だ……)』

 背水の覚悟で挑む。
 一度のミスが敗北を招く相手に対し、集中力の欠如は許されない。

楯無『……くっ』

 楯無から声が漏れる。
 近接戦闘では僅かだが岡部が押していた。

岡部『(このまま押し切らせては……貰えないだろうな)』

 ギンッ。
 と小気味良い刃鳴りを響かせ、両者が間合いを取った。

岡部『(小手調べは終了、と言う訳か)』


 ──ドロリ。


 それまで楯無を象っていたモノが溶け出した。
 まるで、氷が水になるように。

楯無『驚いたわ、倫ちゃん。それほどまでに上達していたなんて……』

 対面に居る楯無からの声ではない。
 アリーナ中から声が響いていた。

楯無『第一ラウンドは倫ちゃんの勝ち。ここからは──』

岡部『──第二ラウンド、か』

楯無『せいかーい♪』

 気付けば周囲に無数の気配が立ち並んでいる。
 岡部を取り囲むようにぐるり一周。

 複数人の楯無がアリーナに存在している。

岡部『……囲まれたか』

 “刻司ル十二ノ盟約”は確かに起動している。
 にも関わらず、囲まれたことに今になって気付く。

 つまり、岡部を取り囲む楯無たちはたった今、精製されたモノだと言うことだろう。

楯無『おねーさんを甘くみてると、火傷しちゃうわよ?』

 複製された楯無たちは同時にニコリと笑う。
 突き出されるランスを模した専用装備“蒼流旋”。

 搭載されている四問のガトリングガン。
 合計、数十門の火口が岡部に向けその熱を解き放った。
 

おわーり。

突っ込みがあったので、情け無いのですが説明を。

>>327
は2年後。
岡部3年生。

>>334
は1年後。
岡部2年生。

です。
先に時間を飛ばしてから、巻き戻して描写してます。
わかりにくかったようで申し訳。


ありがとうございました。

大変失礼しました。
生きてます。
申し訳ありません、時間が、、、

生きてます。
10月はなんとか再開できそうです。
本当に遅くて申し訳ありません。



 ──火力。


 火力、火力、火力。
 純粋なる鉄と熱量の暴力だった。

 岡部を中心に巻き起こる、避けることの出来ない炎の嵐。
 生身の身体では秒とすら持たない殺戮地帯の中心点で岡部は耐えていた。

楯無『……』

 回避は不可能。
 ありったけの弾薬を吐きつくし、空転するガトリングを構えたまま楯無は言を失っていた。

 どれほどの防御力を有していたとしても“蒼流旋”の一斉砲撃に耐えられる強度を持つ“IS”など存在するはずがない。
 “シールド・エネルギー”を完全に削られ展開を維持していることなど不可能になるはず。

 にも関わらず“石鍵”は凛としてその場に佇んでいた。


 ──例えばこれが“公式な戦い”であれば、楯無の勝利は決まっていた。


 しかし、これは公の戦いではない。
 エネルギーの削りあいではなく、ただただ相手を沈黙させることに従事した戦。


 岡部がエネルギーを消費して“絶対防御”を発動すると言う“IS”に架せられた大原則に則る理由はなかった。


岡部『試合だったら、負けてたな……』

楯無『あら、もう勝ったつもりなんてせっかちさんね』

 完全包囲された状態での一斉砲撃。
 これを避けることは不可能だった。

 “蝶翼”を起動し跳ぶかどうか、刹那のタイミングで判断せねばならない状況下で“石鍵”が下した判断。
 それはエネルギー供給カットによる、物理装甲での防御だった。

 これは、一種の賭けである。
 “石鍵”の装甲を“蒼流旋”の火力が上回っていた場合、エネルギーで守られていない岡部の肉体は粉々に砕け散っていただろう。

 自身の命が関わる判断を迫られながらも、岡部は逡巡せず“石鍵”の提案を承諾した。

岡部『(内心、冷や汗ものだったが……)』

 現在まで“石鍵”を稼動した中で、これほどの攻撃を物理装甲のみで受けたのは初めての試みだった。


 結果──損害、なし。


 思えば、この時の戦闘。
 この結果が岡部にとって、戦闘に対する考え方を一変させることとなった。

 
 



 ◇


 正直、背筋が凍りつく想いだった。
 “蒼流旋”での一斉砲撃。

 これは例え相手が“IS”での一個小隊だったとしても一撃で掃討出来るほどの火力を有している。
 にも関わらず“石鍵”に対しての有効攻撃になり得なかった。

楯無『(ありえない……)』

 データ上“石鍵”の“シールド・エネルギー”は数秒間、確かに0を表示していた。
 けれど、どうだろう。

 現在では“シールド・エネルギー”の値は回復し、なにもなかったかのように空中に佇んでいる。
 これで一つの仮定が事実となってしまった。


 “石鍵”vs“白式”


 岡部が入学してまもなくのこと、一夏と戦ったあの日。
 “零落白夜”を振りぬき、全てのダメージが通ったはずの“石鍵”が無傷だったあの戦い。

楯無『(エネルギー供給を一時的にカットすることにより、装甲のみで防御する……)』

 “IS”での戦闘を根本的に否定している。
 操縦者の生命に関わるような動作、そんなシステムが許されるはずがない。

 なにより“蒼流旋”の砲撃に耐え得る装甲など。

楯無『(倫ちゃん。貴方、いったい……)』

 ゆっくりと“石鍵”が爆煙の中から姿を現す。
 その姿は死神そのものに見えた。
 


岡部『行くぞ……』

 楯無は決断を強いられていた。
 残された手管はあと一手。

 自身が持ちうる最強の切り札。


 “ミストルテインの槍 ”
 

 小型気化爆弾四個分に相当する攻撃を、岡部に使用するのかどうかを。

楯無『(どうかしら……例え“石鍵”と言えど……)』

 この攻撃には耐えられないだろう。
 エネルギー供給をカットした状態で攻撃を受ければ、死──。

 岡部を殺すことになる。

 仮に、この攻撃でも“石鍵”を仕留められないとするならば……。

楯無『(それはもう、世界最強ってことで……)』

 くくっ。
 不意に笑みがこぼれた。

 私は、なにの心配をしているのだろう。
 気化爆弾の攻撃に耐える? そんな馬鹿げた話しがあるだろうか。

 “絶対防御”で防いだとしても対象に多大なる被害を与えるほどの攻撃力。
 それをただの物理装甲で防げるはずがない。


 ──けれど、


楯無『やーめたっ』

岡部『……む?』

楯無『おわりっ! ね? おねーさん疲れちゃった』

岡部『な……』

 唐突に“IS”の展開を解除する楯無。
 戦闘の終了を宣言した。

岡部『なっ、おい! どう言うことだ!?』

 肩透かしを食らう岡部。
 まさか、これも演技であり攻撃を受けるのではないかと身構えている。

楯無「もう歳ね。疲れちゃったの、シャワー浴びたくなっちゃった♪」

 先ほどまで死闘を繰り広げていた相手はヒラヒラと手を振り背を向けてしまう。
 不意打ちをする所作どころか、殺気すら一片も感じれない。

楯無「倫ちゃん、背中流してくれる?」

岡部「なな、なにを言って──」

楯無「じょーだんじょーだん♪」

 クスクスと笑いながら一方的に戦闘を止め、アリーナを退場する。
 一人残された岡部は展開を解除することもなく呆気にとられていた。


 

 ◇


楯無「ぷふー……」

 熱いシャワーを頭から被る。
 全身をくまなく疲労感が襲っていた。

 こんな時は一夏にマッサージを頼むのが一番だなと思案し、この後は部屋を強襲しようと即決する。


 ──随分と早い判断だったじゃないか。


楯無「あら」 

 シャワー室の外から声が響いた。
 聞きなれた教員の声。

楯無「千冬せんせ、いらしたんですか?」

千冬「とぼけるな」

楯無「あははっ♪」

 恐らくは一部始終を見ていたのだろう。
 やはり、一筋縄ではいかない。

 野次馬されないように手を打ってはいたが“織斑 千冬”を相手取るには些か準備不足だった。

千冬「なぜ、あそこで戦いを止めた」

楯無「いたずらに戦いを引き延ばす理由はないかと」

千冬「“ミストルテインの槍”ならば、装甲を貫けるとは思わなかったのか」

 千冬の質問に対し、沈黙を返す。
 その答えは楯無の中でも正当が出ていない。

楯無「大事なお弟子さんを殺してしまっても?」

千冬「ふん。それで死ぬようであれば、それまでの男だったと言うことさ」

 お互いに思考は似通っていた。
 “ミストルテインの槍”であれば“石鍵”の装甲を貫くことが出来る。

 けれど、もし、万が一。

 それでも装甲を貫けなかったら……。

楯無「(現行“IS”の中で……いえ、)」

千冬「(この世界で“石鍵”を破壊出来る者が存在しなくなる……)」

 再び流れる沈黙は、お互いの思考一致を示していた。

楯無「センセ?」

千冬「なんだ」

楯無「倫ちゃんをあそこまで育ててどうするおつもり?」

 当然の疑問だった。
 直弟子と言っても過言ではない、それほどに千冬は岡部に戦闘術を叩き込んでいる。

 一体、なにが目的なのか。
 なにをさせたいのか、楯無ですらその真意は検討もつかない。
 


千冬「さてな……正直なところ、私にもわからんのだ」

楯無「へ?」

千冬「放っておくと、禄でもないことになりそうだから性根を鍛えてやってる……まぁそんなところだ」

 ぷふっ。
 楯無が噴出す。

 それが駆け引きのない、千冬の純粋なる吐露だとわかったからだった。
 元生徒会長でり、決して短い付き合いでもなく、卒業する身だからこそ聞けた千冬の言葉。

 初めて聞いたかもしれない、女としての千冬の言葉がどうにも可笑しく感じたのだった。

楯無「今から一夏くんを襲おうかと思うんですけど?」

千冬「なぜ私に許可を取る」

楯無「だって、私のおねーさまになるかもですよ?」

千冬「扉を壊すな。以上だ」

楯無「はーい♪」

 千冬の気配が消える。
 再びシャワー室には楯無一人だけとなった。

楯無「……強くなったわね、倫ちゃん」

 脳裏には転入したて。
 一夏と拙い戦いをしていた岡部が過ぎっていた。

 卒業する。

 更織 楯無 は“IS学園”を卒業する。
 二年になり、生徒会長になり、一夏が入学して、岡部が転入して。

 楽しかった。
 当主として生きてきた人生の中で、一番輝いていた時期だろうと断言できるほどに。 

楯無「楽しかった……」

 不意に瞳から涙が毀れ出たが、シャワーがそれを直ぐに洗い流した。
 もう学生ではなくなる。

 当主として、国家代表として。
 さらに立派な人格を求められる人生が始まる。




 更織 楯無 は“IS学園”を卒業した。



 



 ◇




 春。

 卒業する者もいれば、入学してくる者もいる。
 今年もまた“IS学園”に入学する生徒を向かえるべく生徒会は活動せねばならない。

 自身たちが歓迎を受けたように。

一夏「えー、皆さん。ご入学をおめでとうございます」

 体育館がざわめく。
 どこを見ても女子一色の学園にも関わらず、壇上に立っていたのは男子生徒だった。

一夏「俺の名前は“織斑 一夏”。この学園の生徒会長に就かせて貰ってます」


 ──あ、あの人が一夏さん!?

 ──男で“IS”が動かせるって言うっ!

 ──ちょっと待って、生徒会長って学園で一番強い人が……。

 ──カッコイイ……。


 字の如く、女生徒の視線を一手に引き受ける一夏は楯無の後継として生徒会長の座に付いていた。
 書面に書かれた通りの言葉をマイク越しに音読していく。

箒「むう……」

鈴音「むす……」

セシリア「はぁ……」

シャル「あぁ……」

ラウラ「ッチ……」

簪「うぅ……」

 数々の熱視線の中でも群を抜いている者たちがいた。
 全員が全員、機嫌が悪い。

 それもそのはず、思い人である一夏が生徒会長になってしまった。
 言い寄る女子の数は倍増どころではない。

 受ける視線の数も以前とは比べ物にならなくなっている。
 気が気ではなかった。
 


紅莉栖「(あの子らは平常運転ね……)」

 そしてもう一人。
 そわそわと挙動不審になる人物がいた。

 壇上の上には一夏が新入生歓迎の言を読んでいるが、その奥に副生徒会長。
 長身が目立つ男が立っている。

岡部「……」

 今は一夏のお陰でめだってはいないが、この先どうなるのだろうか。

紅莉栖「(まさかアイツに限って一夏みたいにモテるなんてことは……)」

 紅莉栖も箒たちのことを言えないでいた。
 近頃は一緒に過ごす時間も少ない。

 千冬との組み手時間>>>>紅莉栖との雑談等々。

紅莉栖「(どう言うことよ、なんで私が蔑ろにされてるんだっつーの!)」

 構って貰えない。
 それが、紅莉栖にとっての最近の悩みであった。


一夏「────と言うことで、みなさん。一緒に頑張って行きましょう」

 
 春。

 一つ学年があがり、上級生となった。
 ここからの学園生活は最も平和で、安穏とした毎日だった。



 

おわーり。
ありがとうございました。





 ──死に方、用意!!




 ある日の昼時だった。
 よく通る、指揮官向きの声。

 食堂で拳銃を構えるラウラの目先には新入生に囲まれる一夏がいた。

一夏「ちょっ、ラウラ! 待て!」

ラウラ「言い訳は聞かん。貴様は嫁失格だ」

シャル「ラウラ! 駄目だよ!」

 今にもトリガーを引き絞りそうなラウラを羽交い絞めにして止めるシャルロット。
 一夏を取り囲んでいた下級生らは何時の間にか消えていた。

 ラウラの暴挙もあるが、それよりも後ろでほの暗い眼光を見せるシャルロットに対しての恐怖からか、
 まさに蜘蛛の子を散らしたように。

ラウラ「止めてくれるな、シャルロット。一夏は近頃、浮かれすぎている! 灸を据えてやらねば!」

一夏「落ち着けって、ラウラ。俺がなにか怒らせるようなことをしたのか? だったら謝るからさ」

ラウラ「だから──その、だ、な……」

 構ってくれない。

 この一言に尽きる。
 近頃、一夏は生徒会長としての仕事で多忙を極めていた。

 放課後は勿論、昼食すらも一緒に取れないことが多い。

 今日だって──。
 


シャル「──今日だって本当なら僕たちとランチする予定だったのに、一夏がすっぽかすからだよ」

一夏「あー、いや、それは悪かったよ……。下級生が“IS”の操縦に慣れないからアドバイスが欲しいって言うもんだからさ」

シャル「もうっ」

 わかってる。
 一夏は優しいんだ、優しいから仕方ない。

 下級生に頼られたら断れないのも知ってる。
 でも、だけどさ。

 ふんだ。

一夏「なぁ、シャル。悪かったって……ラウラも、なっ」

 ラウラの乱心から数分。
 感情を露に怒っていたのはどこへやら、ラウラをなだめていたシャルロットまでが口を尖らせて拗ねてしまった。

一夏「参ったな……」

 どうすれば良いか手が思い浮かばない。
 約束を破ってしまったのは自分の責任であるが、謝って許して貰えそうもないのだから困りものである。

 拗ねる両者を眼前にどうしたものかと悩んでいると、見知った男が食堂へと顔を出した。
 この学園に男子生徒は2人しかいない。

 その男とは勿論“岡部 倫太郎”であった。
 隣にはクラスメイトの“牧瀬 紅莉栖”も一緒である。

岡部「ワンサマー」

紅莉栖「……」

 挨拶を交わす一夏と岡部。
 紅莉栖は「げっ」と言った表情を浮かべていた。

 視線の端でその様子を確認したラウラとシャルロットも似たようなリアクションである。

一夏「それが……で……」

岡部「……何時ものことじゃないか」

一夏「そんな……頼むよ……」

 なにやら男2人で話しこんでいる。
 いつもこうだ。

 女子を放って、この2人は話しこんでしまう。
 ランチを楽しみにしていたシャルロットは諦め、ラウラは怒りを通り越しダウナー気味な思考にシフトしてしまっていた。

ラウラ「わたしには魅力が足りないのだろうか……」

シャル「はぁ……」

紅莉栖「せっかく久しぶりに2人きりだったのに……」

 女心を理解することも出来ず、朴念仁は相も変わらず平常運転を行っていた。
 



 ◇


鈴音「ねぇ」

一夏「ん?」

 図書室。
 中間試験が近づき、一夏と鈴音は2人で試験勉強を行っていた──はずだった。

鈴音「な、ん、で……アンタたちまで居るの?」

 視線を一夏の両サイドへずらす。

箒「試験が近いからな。勉強だ」

セシリア「ですわ。試験が近いですから」

鈴音「近いのはアンタたちと一夏の距離よ! 離れなさいよ!」

 一夏を挟むように座る箒とセシリア。
 心なしか距離が近く、肩と肩が触れ合う距離だった。

簪「と、図書館では静かに、し、しないと……」

 激昂する鈴音を抑える簪。
 その心境は、やはり面白くないようである。

 鈴音を抑えつつも、シャーペンの芯を折っては時折り一夏に投げつけていた。

 ピシッ。ピシッ。

一夏「いっ、シャー芯……? じゃなくて、鈴。どうしたんだよ?」

鈴音「む~……どうした、じゃないっての……」

 せっかく2人きりで図書室デートだと思ったのに。
 気付けばいつも通り。

 アレが来て、コレが来て、パーティの出来上がり。
 RPGかってのよ、まったく。

 はぁ……それにしても……。
 学年が上がって、ぐっと大人っぽくなったように見える。

 正直、カッコイイ。
 すごく良いと思う。

 だからこそ、最近の一夏は腹が立つ。
 生徒会長になったからって調子に乗ってるんじゃないかしら。

 むぅ。
 


一夏「お前も真面目に勉強しないと、単位落しちまうぞ」

鈴音「しっ、失礼ね! あたしは勉強だって優秀なんだから、落すわけないでしょっ」

 ゆるやかに時間が進んでいく。
 一夏が居て、いつも通りのメンバーが居て。

 近頃では“亡国機業”による襲撃もなく、イベントなども滞りなく進んでいた。
 平和そのものな毎日。

 ニュースなどに目を通しても“亡国機業”が潰れたなどと言う情報は流れていない。
 “IS学園”に対する攻撃を諦めたのだろうか。

 生徒会長として、学園を守らなければならない立場の一夏にとってそれだけが気がかりであった。

一夏「(平和なのは嬉しいけど、なんか嫌な予感がするんだよな……)」

 平和を手放しで喜べない。
 楽しい毎日だと言うのに、どこか嫌な予感が頭へとこびり付く。

箒「こら、一夏。手が止まっているぞ」

セシリア「生徒会長が赤点など取ったら大変なことになりますわよ?」

一夏「おっと、ついボーッとしちまったな」

 両サイドから注意が入り、手が止まっていたことに気付く。

一夏「試験が終わったら、個人別トーナメントか……」

 再びペンを走らせながら、一夏がぽつりと呟いた。
 その言葉に全員が反応する。

鈴音「ふふーん、今度こそはあたしが優勝を貰うからね」

箒「学園最強の座。一夏から貰い受けるのは私だ」

セシリア「最強……良い響きですわね」

簪「わ、私も今回は……じっ、自信があるんだ」

 全員の目が一斉に輝きを持つ。
 やはり、ペンを持つより武器を持つ方が性に合う。

一夏「へへっ。“生徒会長は最強たれ”……負けたら楯無さんに怒られちまう。手を抜く気はないから覚悟しろよ?」

 負ける訳にはいかない。
 生徒会長であり、学園最強の称号を持つ身である。

 例え“亡国機業”が乗り込んできたとしても。

一夏「俺は、負けない」

 この学園の平和を維持する為。
 生徒会長として最強を名乗る為。

 “織斑 一夏”は負けることを許されない。

簪「い、一夏。テストも……ね?」

一夏「お……おう」

 テストの点数だけは、楯無とは違い学年トップを飾ることが出来なかった。

 
 



 ◇


一夏「ふう……」

 ロッカールームで一人、集中を高める。
 随分と長く感じた中間試験が終わり、やってきた個人別トーナメント。

 第一回戦の相手は“凰 鈴音”だった。

一夏「最初の相手は鈴か……」

 生徒会長へ就任してから、初めての公式戦。
 緊張していないと言えば嘘と言える。

一夏「鈴は中近距離の戦いが上手いからな……相手のペースに乗らないようにしないと」

 鈴音とは何度も手を合わせている。
 確かに強いが、負ける相手ではない。

 一年生の頃、楯無にマンツーマン指導と言う名の虐待を受け続け、実力を向上させてきた。
 まぐれで生徒会長になった訳ではない。

一夏「よし、行くか……」

 “白式”を展開し、身に纏う。
 頭の中ではすでに“甲龍”をどう攻略するか、その筋道が出来上がっていた。

 



 ◇


鈴音『ふふん。待ってたわよ、一夏』

一夏『準備万端って訳か』

 アリーナではすでに鈴音が“甲龍”を展開し、待っていた。
 その手には連結された“双天牙月”が握られている。

鈴音『こうしてアンタと戦うのは何度目かしらね』

一夏『さぁな。もう数え切れない位に戦ってるだろ』

 一夏も“雪片弐型”を展開し、強く握り締めた。
 両者、合わせたように宙へ舞い上がる。


 ──個人別トーナメント。初戦、開始。


 ブザーが鳴り響き、試合が始まる。

鈴音『……』

一夏『……』

 お互いに動かない。
 初撃を奪い、戦いの主導権を握ろうと間合いを読みあっている。

鈴音『……ふふっ』

 不意に、鈴音が笑いをこぼした。

一夏『なにが可笑しいんだよ』

鈴音『や、ごめん。なんか思い出しちゃって』

一夏『ん?』

鈴音『前に一夏と戦ってた時にさ、乱入があったじゃん』

一夏『あぁ……』

 一年前の出来事。
 あの時、鈴音との戦闘中に正体不明のISが乱入してきた。

鈴音『あれ、もう一年も前のことなのよね』

一夏『だな』

鈴音『早いわね、本当に』

一夏『全くだ』

 短い会話が終わり“甲龍”が動いた。
 両肩部に搭載された“龍咆”の方向が一夏へと照準を定める。
 


鈴音『アンタ、これ苦手だったわよね』

一夏『再現しようってか? もうあの頃の俺じゃないぜ?』

鈴音『アタシだって、昔とは違うわ。試してみる?』

一夏『望むところ──』




 ────ドンッッ!!




一夏『──だ』

 ビリビリと衝撃が走る。
 天から走った攻撃は、そのまま地上へと突き刺さり振動がアリーナ全体を襲った。

鈴音『ちょ……』

一夏『ここまでの再現は、望んじゃいないぜ……』

 アリーナに穿たれた穴から飛来する見知った機体。
 深海を思わせる機体カラー。

 “サイレント・ゼフィルス ”だった。

エム『……』

一夏『今回は“ゴーレム”じゃなくて、お前かよ……』

 一夏にとっては久方ぶりの顔合わせだった。
 じっとりと嫌な汗が滲む。

 今の自分は、果たして“亡国機業”に通じるのだろうか。
 “生徒会長”となり成長した自分の力が通用するのか。

 
 


鈴音『一夏っ!! まさか一人でやろうってんじゃないでしょうねっ!!』

一夏『っ!!』

鈴音『わかってる!? ここは学園なのよ、被害を広げる訳にはいかない!!』

 鈴音の言葉で我に返る。
 一夏の脳内では一対一での戦いばかりを想定していた。

 そうだ、相手は明確な敵だ。
 試合じゃない、競い合う相手じゃない。

一夏『すまん、気が動転してた』

鈴音『全く。隣に居たのがアタシで良かったわね!』

 “サイレント・ゼフィルス”を囲うように位置する。
 エムは動きを見せなかった。

一夏『目的はなんだ……?』

エム『……』

 一夏の問いに答える気はないようで、エムは周囲をキョロキョロと見回していた。

鈴音『答える気はないってことね』

エム『──だ』

一夏『……ん?』

エム『あいつは、どこだ』


 あいつ。


 誰のことを指すのか検討がつかない。
 しかし、目的の人物がこの学園にいることだけは理解できた。

一夏『探し人か。なおさら、ここから動かす訳にはいかないな』

鈴音『今日こそそのバイザーを剥いでご尊顔を見てあげようじゃないの』

エム『雑魚に興味はない……』

 一夏と鈴音。
 まるで打ち合わせたかのように、同時のタイミングでエムへと斬りかかった。


 





 ◆




鈴音『ふふん。待ってたわよ、一夏』

一夏『準備万端って訳か』

 アリーナではすでに鈴音が“甲龍”を展開し、待っていた。
 その手にはすでに連結された“双天牙月”が握られている。

鈴音『こうしてアンタと戦うのは何度目かしらね』

一夏『さぁな。もう数え切れない位に戦ってるだろ』

 一夏も“雪片弐型”を展開し、強く握り締めた。
 両者、合わせたように宙へ舞い上がる。


 ──個人別トーナメント。初戦、開始。


 ブザーが鳴り響き、試合が始まる。

鈴音『……』

一夏『……』

 お互いに動かない。
 初撃を奪い、戦いの主導権を握ろうと間合いを読みあっている。

鈴音『……ふふっ』

 不意に、鈴音が笑いをこぼした。

一夏『なにが可笑しいんだよ』

鈴音『や、ごめん。なんか思い出しちゃって』

一夏『ん?』

鈴音『確か、前に一夏と戦ってた時にさ乱入があったじゃん』

一夏『あぁ……』

 一年前の出来事。
 あの時、鈴音との戦闘中に正体不明のISが乱入してきた。

鈴音『あれ、もう一年も前のことなのよね』

一夏『だな』

鈴音『早いわね、本当に』

一夏『全くだ』

 短い会話が終わり“甲龍”が動いた。
 両肩部に搭載された“龍咆”の方向が一夏へと照準を定める。
 


鈴音『アンタ、これ苦手だったわよね』

一夏『再現しようってか? もうあの頃の俺じゃないぜ?』

鈴音『アタシだって、昔とは違うわ。試してみる?』

一夏『望むところだ!!』

 ドン。
 一夏の言い終わりを待っていたかのように“龍砲”が吼えた。

一夏『──ッッ』

 放たれる拡散衝撃砲。
 広範囲に広がる破壊の衝撃から逃れるには、大きい回避運動が要求される。

 大きく後ろへ仰け反る一夏。
 待ってましたと言わんばかりに鈴音は投擲武器にもなる“双天牙月”を投げつけていた。

鈴音『貰ったっ!!』

 ガキィィッ。

 鉄と鉄とが接触する音が響く。
 “双天牙月”の刃は“白式”に直撃することなく、高速展開された“雪羅”のアームによって握られていた。

鈴音『……そのタイミングで展開する? ふつー?』

一夏『ふう……間に合ったか』

 握っていた“双天牙月”を地上へ投げ捨てる。
 近距離武器を排除出来たのは幸運だった。

一夏『悪いな、鈴音。お前を相手に長引かせるつもりはないぜ。直ぐに終わらせる』

鈴音『上ッッ等っ、じゃないの……』

 相手の武器を投げ捨てたのも、鈴音を挑発したのも意味がある。
 惑わせ、感情を露にさせる。

 相手が平静を失えば、その時点で自身の勝利は揺るがない。
 楯無に嫌と言うほど叩き込まれた戦略。

 会話程度で感情を表すなど、下の下。
 


一夏『瞬時加速“イグニッション・ブースト”』

 一気に間合いを詰める。
 数十メートルあった“甲龍”との間合いは一瞬で縮められた。

鈴音『アンタぁ……それは、舐めすぎでしょぉぉぉっがっ!!』

 “龍砲”の照準を“白式”に合わせ、両肩部から衝撃砲が産声を上げる。
 突進する“白式”に対し、一点に集中された衝撃砲。

 もはやその攻撃に、見えざる衝撃の恐怖はなかった。

一夏『“零落白夜”発動』

 “雪羅”が“零落白夜”を纏う。
 “白式”に残されたエネルギーは僅かだった。

鈴音『くっ……』

 衝撃砲が当る刹那のタイミングで身体を捻り直撃を回避する一夏。
 集約された砲撃ならば避けることは容易い。

 エネルギー攻撃ではない衝撃砲は“零落白夜”では斬り破れない。
 そう考え動いてきた鈴音の心理を逆手に取っていた。

一夏『これで決まりだ』

鈴音『────ッッ』

 “雪羅”の爪が“甲龍”を引き裂く。
 一撃で“エネルギー・シールド”残量をゼロにした。


 ──試合、終了。


 試合終了を告げるブザーが鳴る。

 第一回戦 勝者 “織斑 一夏”

 “白式”のシールド残量はレッドゾーンを指している。
 鈴音の攻撃が一度でも当っていたら勝敗は逆になっていただろう。

 一夏にとっては薄氷を踏むかのような、ギリギリの勝利であった。


 

おわーり。
ありがとうございました。

時間が出来た時にまた。



 ◆


 彼方から飛来する一機の“IS”。
 確かな殺意を抱いて飛行する彼女の目的地は“IS学園”であった。

エム『……』

 学園上空に到着するや否や“スターブレイカー”をその手に展開した。
 バチバチと砲口を鳴らし、最大の出力にて学園を守るバリアーを破砕する。

 引き金を絞ろうとした、その時だった。

エム『お前の方から出てくるのなら、手間が省ける』

 射撃体勢そのままに、後方へ声を投げかける。
 背後にはすでに“石鍵”を纏った“岡部 倫太郎”がいた。

岡部『いい加減、諦めたらどうだ』

エム『……』

 岡部の声に感情らしいものが感じられない。
 あえて表現するのであれば“心底、面倒くさい”と言ったようだった。

エム『黙れ……お前は、殺す』

 照準を瞬時に変更し“スターブレイカー”の的は学園から“石鍵”へ。
 堅牢な学園のバリアーを打ち砕く光弾はそのまま“石鍵”へと直撃した。

 
 


岡部『無駄だ。そろそろ解れ』

エム『……』

 バイザーの中で数値が著しく動き回る。
 攻撃が直撃した瞬間、確かに“石鍵”のエネルギー残量は0を示していた。

岡部『お前では、俺を殺すことは出来ない。さぁ、帰るんだ』

エム『……ッッ』

 屈辱だった。
 まるで掌で踊らされているような感覚。

 例え相手が“スコール”だったとしても、こうも一方的に子ども扱いを受けることはない。
 稚児扱いも良いところ。

エム『“BT”が効かないのなら、実弾をくれてやる』

 “スターブレイカー”は“BTエネルギー弾”と実弾とをかねそろえている。
 エムは“BT”から実弾へと弾種を切り替え、再び岡部へと砲身を向けた。

エム『死────』

 引き鉄を引く。
 その前に岡部は動いていた。  

岡部『遅い』

エム『な……』

 信じられない光景だった。
 エムへと超スピードで突進してきた岡部。

 彼の取った行動は銃撃を阻止することではない。
 在ろう事か“銃口を掌で覆った”のだった。

 
 


エム『────ッィ』

 間に合わない。
 人差し指はすでにアクションを起こし、射撃と言う動作は終了している。

 銃口を押さえられ、行き場を失った弾丸は撒き散らすはずだった破壊の限りを自身へと向けた。


 ──ボンッ。


 と小気味良い音が中空で鳴り響く。
 パラパラと“スターブレイカー”を構成していた精密機械が地上へと降り注いでいた。

エム『きさ……ま……』

 “スターブレイカー”の暴発を零距離で受けたのである。
 防御など間に合うはずもなく“絶対防御”が発動しエネルギー残量は危険地帯へと踏み込んでいた。

岡部『解っただろう。お前では、無理だ』

 銃口を押さえ、暴発を誘った岡部の右腕。
 自然に考えるのであれば“絶対防御”に守られているとは言え、ダメージは貫通し、最悪なら右腕が消し飛んでいたであろう。

 しかし、けれども、

エム『今ので無傷……だと……』

岡部『……』

 考えられない。
 ここまでの実力差などありえない。

 データでは“岡部 倫太郎”が“IS”を起動してから一年も時間が経過していない。
 そんな人間がここまでの動作を可能にすることなど。

 “スターブレイカー”の最大出力を受けて、無傷でいることなど。
 全てが常軌を逸している。

 エムはここまで生きてきて、初めて絶望と言う感情を覚えた。

 どう足掻こうが、勝てる未来が見えない。

岡部『本来、この“IS”は戦闘用ではない……と俺は結論を付けた』

エム『……』

 困惑するエムを尻目に、岡部が口を開く。
 それは相手に語るのではなく独白のようにも思えた。

 
 




 デタラメな装甲も、敵の攻撃を防ぐ為じゃない。

 常軌を逸したエネルギー貯蓄量も、武器への供給を意識したものではないだろう。

 全身を覆った、生体部分を露出しないこの作りも。

 きっと、違うことに効果を発揮する代物だったはずだ。

 だと言うのに俺は……。

 どこかで選択を誤ったのだろう。

 もう、どこで間違ったのか皆目検討もつかない。

 巻き戻ることも出来ない。

 俺は経験を積みすぎ、時間を重ねすぎてしまったようだ。

 この世界がどこへ向かっているのか、もう、わからない。

 だから、頼むよ。

 せめて、俺の回りの平和を壊さないでくれ。

 じゃないと、いい加減、、、








 ──殺すぞ。  








 
 


 ◇



 
簪『……来ない』


 ──岡部選手。岡部倫太郎選手、時間内に姿を現さなかったため、失格となります。


 ──勝者 不戦勝により “更織 簪”。



 ◇


岡部「すまなかったな、腹の調子が悪くトイレから出ることが出来なかった……」

簪「い、良いよ。でっ、でも体調管理もしっかりしないと……」

一夏「何か悪いもんでも食ったのか?」

紅莉栖「ちょっと一夏。なんでソコで私を見たのか説明を願いたいのだが?」

 個人別トーナメント初日終了。
 いつものように、時間のあったメンバーで集い食堂で食事を取っていた。

一夏「い、いやぁ……特に理由は……」

紅莉栖「説明を願いたいのだが?」

一夏「うぅ……」

 目を逸らすしかない一夏。完全に失言であった。
 この学園で食事に当った、となればその原因になり得る事象を一夏は二例しか知らない。

 その中の一例が紅莉栖の料理だとは口が裂けても言えなかった。
 無論、もう一例は言わずもがな、

セシリア「体調管理はIS操縦者にとっても最も基本的な事であり、最も重要なことでもありますのよ?」

 ──である。

岡部「あぁ……最近は温かくなってきたと油断して布団をかけて寝なかったからだろうな」

一夏「寝冷えかぁ! そうかー、それなら仕方ないな!」

紅莉栖「おい」

 談笑が続く。

 長らく続いた学園での平穏。
 それは全て、岡部が裏で処理を行っていた結果であった。

 襲撃があれば場所を特定し“蝶翼”を行いタイムリープを行う。
 相手は“亡国機業”であったり“無人IS ゴーレム”であったり。

 相手の命を奪うことなく、迎撃し続けていた。
 エムをあしらい続けていく内に標的として見なされるようにもなった。

 続く続く。

 平穏が続いていく。


 

おわーり。
ありがとうございました。

更新頻度の緩急が酷くて申し訳ない限りです。



 ──放課後、少しだけ時間を取れるか?


紅莉栖「……へ?」

 紅莉栖にお誘いの声を発したのは“織斑 千冬”だった。
 意外な人物からの誘いである。

紅莉栖「え、あ、はぁ……大丈夫、ですけど」

 紅莉栖は目を丸くしたまま、首を縦に振る。
 千冬からの誘いは初めてであるが、話しの内容が大よそ予想できたからだった。

 十中八九“岡部 倫太郎”の話題である、と。

 
 



 ◇


 金曜の放課後。
 紅莉栖は“IS学園”用にリメイクした服ではなく、常用していた私服へと着がえていた。

 外出許可を提出し、学園を離れる。
 千冬に呼ばれた場所は大人の雰囲気あふれる“BAR”であった。

 間接照明が落ち着いた空気を作っている。

千冬「ここだ」

 どうやら先に到着していたようである千冬から声がかかる。
 すでに注文を終えていたらしく、愛飲している黒ビールは半分ほどグラスから消えていた。

千冬「マスター。彼女は未成年なので、ジュースを」

 はい。と短く答える老年のマスター。
 紅莉栖は「どうも」と小さく挨拶を発し、隣のカウンター席へと腰を下ろした。

千冬「まだ未成年だからな。酒は飲ませられんぞ」

紅莉栖「わかってますって」

 口ぶりからさっするに、どうやら多少酔いが回っているようだった。
 半分ほど空いているグラスは一杯目のビールではないらしい。

千冬「お前を呼び出したのは、アレだ」

 グラスを手に取り、残っていた黒色の液体を喉に流し込む。
 ゴクゴクと粋な音を鳴らし爽快に飲み干した。

 
 


千冬「ふう。マスター、おかわり」

 はい。とマスター。
 チャージで出されるキューブチーズを口に放り込み、余韻を楽しんでいる。

紅莉栖「……」

 紅莉栖はアルコールの代わりにと出されたパイナップルジュースをちびちびと飲みながら千冬の言葉を待つ。
 どうやら、思っている以上に千冬は酔っているようだった。

千冬「岡部のことなんだがな」

 ぴくり。
 紅莉栖の耳だけが反応する。

 顔には出てないな、良し。と自身に言い聞かせながら次の言葉を待った。

千冬「あいつは、本当に」

 紅莉栖からしても近頃の千冬と岡部の関係は気になっていた。
 兎にも角にも、一緒に居る時間が長すぎる。

 その殆ど。大半以上、いや全てがトレーニングとは言え。
 長すぎる。

 男女が一つの事象に対し、目的を合わせて行動を取る。
 人間は単純な生き物な訳で、脳が勝手に“恋愛”と言う感情をお互いに抱かせている可能性も否めない。

 たかが組み手。トレーニング程度でまさか、ハハ、ワロス。
 ありえない。

紅莉栖「……本当に?」

 次の言葉が出てこない千冬に痺れを切らし催促する。
 なみなみと注がれたビールグラスを傾けながら千冬は答えた。

千冬「あいつは一体、どれ程の年齢を重ねているんだ」

紅莉栖「……」

 言葉が詰まる。
 千冬の発した一言にどれだけの意味が込められているか。

 それが理解できたからだった。
 


千冬「あいつめ。時々、私を呼び捨てにする癖がついてきてな」

紅莉栖「──なっ」

千冬「余りにも自然とそう呼ぶので、私もつい受け流してしまうのだが」

紅莉栖「……」

 つまり、岡部は“千冬”と呼んでいるのだろう。
 口ぶりから察するにトレーニング時に。

 受け流してしまう。と言うことは辺りに生徒がいない事を示している。
 生徒が居たとなれば鉄拳制裁による粛清を行うはずだからだった。

千冬「なぁ、牧瀬」

紅莉栖「はっ、はひ!?」

 声が裏返る。
 岡部はどう言った感情で千冬と呼び捨てにしているのだろうか。

 そんなことばかりが頭の中を行き来していた。

千冬「あいつは、どれだけ“繰り返して”いるんだろうな」

紅莉栖「……」

 “繰り返して”。
 それが“タイムリープ”を指している事は間違いない。

千冬「恐らくだが、私よりも生きた時間は長いだろうな」

紅莉栖「……」

 岡部が今まで生きてきた時間。
 それは、通常の人間とは大きく異なっている。

 言ってしまえば、時間と言う鎖に縛られていないのだ。

千冬「お前は聞いているのか? 岡部がどれだけ“タイムリープ”を行っているのかを」

紅莉栖「いえ……そう言った話は、あまり」

千冬「そうか」

 どれだけ。

 どれだけ時間を繰り返しているのだろうか。

 岡部はそれを決して話さない。
 


千冬「私との組み手でもな。ちょくちょく……いや、かなり跳んでいるようだ」

紅莉栖「そ、その……どうなんです? 組み手の方は」

千冬「……そろそろだな」

紅莉栖「そろそろ?」


 ──私を越える頃合だ。


紅莉栖「……」

 絶句する。
 千冬が冗談を言っているとは思えない。

 けれど、しかし。
 あの岡部が、誰もが世界最強と信じる千冬を越えることなど。

千冬「あぁ、だが、アレだぞ。技術面だけだ」

紅莉栖「と言うと?」

千冬「肉体的な強度。タフネスは話しにならん」

 なるほど。と紅莉栖は頷く。
 たかだかニ、三年の修練で千冬に及ぶ肉体を手に入れることは出来ない。

 岡部が手に入れたのは技術。
 テクニックだけ、時間を繰り返し、学び、吸収していた。

紅莉栖「……にしたって」

千冬「あぁ。数年で私に追いつくなど不可能だ」

 沈黙する。
 不可能だと断言できることを、岡部は行っていた。

 ずぶの素人であった男がたった数年で世界最高峰の技術を習得したと言う。

千冬「普通の人間であれば、気が狂うだろうな」

紅莉栖「数年。では足りないですよね」

千冬「あぁ」

 お互いにグラスを傾ける。
 金曜日の夜は静かに深けて行った。

 





 ◇




千冬「お前、今なんと言った?」

 珍しく千冬が驚きの表情を出した。
 ある日のトレーニング後である。

 何時ものように、訓練後の水分補給を岡部と行っている時だった。

岡部「卒業したら“IS”の操縦者を辞める。そう言ったんだ」

千冬「お前……」

 三年の秋。
 日が暮れるのも早くなり、年の瀬がちらつき始める頃だった。

 卒業を間近に、生徒達は進路を悩みはじめる。
 代表候補生は名の通り、各国の代表枠を勝ち取る為に更なる高みへと上るだろう。

 国に属していない箒と一夏の進路はそれぞれの国が話し合っている。
 岡部にしてもそうだった。

千冬「はいそうですか。と操縦者を辞められると本気で思っているのか?」

岡部「……」

千冬「しかも、お前は女じゃなく男だ。一夏同様に、世の宝と言って良い」

 一夏と岡部。
 2人の男性“IS操縦者”が生まれて数年。

 後続する男性適性者は未だ現れておらず、現状もたった2名の男性操縦者だった。

岡部「決めたことだ」

千冬「……」

 溜息を漏らす。
 岡部の頑固さは千冬も承知している。

 こうと決めたのなら、意志は揺るがないだろう。
 けれど、前述の通り「はいそうですか」で済む話しではない。

千冬「わかった。──ただし、私が課した卒業試験をクリア出来たらだ」

岡部「……卒業試験?」

千冬「あぁ」

岡部「内容は」

千冬「それは答えられん。当日を待て」

岡部「……わかった」

 短く応答し、一人アリーナを出る岡部。
 千冬は黙ってその背中を見送ることしか出来なかった。

 
 




 ◇



 年が明けて一発目。
 大事な話しがあると千冬姉に言われて俺は“IS学園”へと足を向けていた。

 始業式は明日からなのに、一体なんの用なんだ?
 訳を話してくれないのは何時ものことだけど、なんか様子が可笑しかったのが気になるんだよな。

一夏「お」

 見知った顔……って言うか、何時もの顔が校門で顔を突き合わせていた。

箒「む」

セシリア「まぁ」

鈴音「あ」

シャル「あれ?」

ラウラ「ん?」

簪「?」

 全員集合。
 それぞれが専用機を持つクラスメイトたち。

一夏「どうしたんだ、みんな。始業式は明日だぜ?」

箒「私は織斑先生に呼ばれてな」

セシリア「わたくしもですわ」

鈴音「あたしもー」

シャル「僕もだよ」

ラウラ「私もだ。教官に呼ばれた」

簪「わ、私も……」

 全員が顔を傾ける。
 頭上にはクエスチョンマークだらけ。

 しかも、揃いも揃って集合した理由を聞いてないらしい。
 まぁ聞いたところで教えてくれないのが千冬姉なんだけどな。

千冬「揃ったようだな」

一夏「あっ」

 何時ものスーツではなく、ジャージ姿の千冬姉が学校から出てくる。
 表情を見る限り機嫌が良いとは思えなかった。

 これは長年一緒に暮らしている俺だからわかることだ。
 


千冬「よし。全員“ISスーツ”に着がえて第一アリーナへ集合しろ」

一夏「ちょっ。千──先生。どう言うことですか?」

千冬「説明は後だ。早くしろ」

 そうぶった切られて話しが終わる。
 とにかく、言われたのなら早く着がえて向かわないとまずい。

 ただでさえ機嫌が悪そうなのに、これ以上悪化されたら大変だ。

一夏「なんだか良くわからないけど、急ごうぜ」

 満場一致で頷き、更衣室へと駆け足で向かう。

一夏「……ん?」

 なにか、違和感を覚えた。
 確かに全員いたよな。

 箒が居て、鈴音。
 セシリアにシャルに、ラウラに簪。

 スーツに着がえながらその違和感の正体に気付く。

一夏「なぁ、凶真。千冬姉はいったいなにを──」

 隣を向いて思い出す。
 凶真がいない。

 あれ? 俺はてっきり全員呼ばれたものかと。
 凶真以外の専用機を呼び出すってのも意味がわからないし。

 寝坊か?
 わからん……。

 まぁ、いいか。千冬姉に直接聞こう。
 着替えを済ませてさっさとアリーナへ行っちまおう。

 



 ◇


 “ISスーツ”を纏った専用機持ちが7人。
 第一アリーナで肩を並べる

千冬「専用機が7機、か。コレならどの国と戦争が起きても負けることはないだろうな」

 なんて、不吉なことを言う千冬姉。
 いや、それって笑えねぇよ。

箒「先生。今日の用向きは一体?」

セシリア「用件をまだ聞いていませんでしたわね」

鈴音「なにかあるんですか?」

シャル「スーツを着てるってことは、訓練かな」

ラウラ「準備は整ってます」

簪「あう、いったいなにを……?」

 やっぱり、凶真が居ない。
 どうしたんだろうな。

 聞いていいような雰囲気でもないし。

千冬「うむ。お前たちには今日、極めて実戦に近い訓練を行ってもらう」

 うはぁ。
 やっぱり、そう言う感じか。

千冬「協力戦だ。お前等、7人で1チーム」

 って、え? 7人で1チーム?
 じゃぁ一体、誰と戦うって言うんだ。

 まさか、千冬姉と戦えって言うんじゃないだろうな……。

 
 


箒「7人で?」

セシリア「1チーム……ですか?」

鈴音「それじゃ戦う相手が……」

 勿論、みんな困惑する。
 俺だってそうだ。

シャル「まさか、先生と……」

ラウラ「教官となら頷けますが……」

簪「えっ、えー……」

 顔面蒼白になる俺たち。
 いくら7対1だからって、千冬姉と戦うことなんて考えただけで背筋が凍る。

千冬「おい、勘違いするな。お前等が戦う相手は私じゃない」

 ──え?

千冬「出てこい!」

 そう叫んで対面の入場口に視線をやる。

 出てきたのは──。

一夏「凶真……?」

 見知った、クラスメイト。
 生徒会でも副会長を務めてくれている、俺の親友。

 岡部倫太郎だった。

岡部「そう言う、ことか」

千冬「そう言う、ことだ」

 千冬姉と凶真が訳知り顔で言葉を交わす。
 どうなっているのかサッパリわからない俺たちは完全に置いてけぼりだった。

千冬「対象は“岡部 倫太郎”! この戦闘の結果は卒業考査に強く加味される!」   

一夏「えっ、いや、ちょっと待ってくれ! 意味が──」

千冬「──理解する必要は無い。全力で、全員で叩け」

 言葉を遮られる。
 千冬姉は本気だった。

千冬「良いか。あいつを、お前等が思う“岡部 倫太郎”とは思うなよ」

 どう言うことだよ。
 意味がわからないよ、千冬姉。

千冬「お前等とは積み重ねてきた“時間”が違うからな」

 説明してくれよ。
 なんで、俺達が束になって凶真と戦わなければいけないんだ。

 


千冬「──世界最強と思い挑め。そして、完膚なきまでに潰せ」

 世界最強? 凶真が?
 それは千冬姉が持つ称号だろ?

千冬「全員!! 展開!!」

一夏「────ッチ」

 思わず舌を鳴らしながらも、千冬姉の号令に従い“IS”を展開する。
 凶真は未だに生身のままだった。

箒『先生! 1対7では勝負に──』

シャル『箒!!』

箒『────ッッ』

 高速の弾丸が“紅椿”の右腕を打ち抜いた。
 握り締めていた“雨月”が被弾し、刀身が割れる。

岡部「……」

 その凶弾は、部分展開された凶真の左腕から射出されたものだった。

千冬「油断するからだ。戦いはもう始まっているぞ」

岡部「……7対1なら、遠慮はいらんな」

 そう小さく呟き、凶真は“石鍵”を展開した。
 見慣れた、全身装甲の“IS”だ。

一夏『本気で、俺たち7人と戦うつもりかよ……』

 無言で肯定する凶真。
 そうかい、わかったよ。

 理由はわからないけど、やってやる。

 生徒会長とは、学園最強でなければならない。

 


箒『くっ』

セシリア『倫太郎さんは本気のようですわね』

鈴音『あたしたち7人相手って……馬鹿じゃないのっ』

シャル『怪我だけはさせないようにしないと』

ラウラ『……』

簪『えっ、えっ……ほ、本当に……?』


一夏『俺一人で充分だッッ!!』

 一撃で、速攻で終わらせる。

 こんな馬鹿げた卒業考査なんてあってたまるもんか。


 “二段階瞬時加速”-ダブル・イグニッション・ブースト- 発動。


 凶真は決して弱くない。

 だけど、強くもない。

 俺たちの順位ではいつも下位にいた。

 体術は千冬姉に教えて貰ってるだけあって、ラウラ、シャルに次ぐ程になったけどさ。

 “IS”として“石鍵”は戦闘能力が高くないんだ。

 こんな、こんな無茶苦茶な戦いが出来るはずがない。

一夏『ウォォォォオオオ!!!!』

 “二段階瞬時加速”に対応出来るはずがない。

 “零落白夜”発動。

一夏『終わりだあぁぁぁぁ!!!!』

 一撃でエネルギーを刈り取って、それで終わりだ。
 さっさと後片付けをして飯でも食いに行こう。


 なぁ、凶真。


 終わったらさ、みんなで遊びに行こうぜ。



 

おわーり。
ありがとうございました。

捕捉。



世界線α→ 一夏・紅莉栖を助けられない

世界線β→ 一夏・紅莉栖を助けられた

世界線γ→ 一夏・紅莉栖を助けた後、鈴羽が来た世界(βからの世界)

世界線θ→ 一夏・紅莉栖を助けた後、鈴羽が来なかった世界


αは完結済み(BAD)

βからγに行って、未完。

今はθです。

αだのβだのの記号にさして意味はありません。



 “二段階瞬時加速”からの“零落白夜”。
 多大なるエネルギーを要する二種の大技併用は一夏のフィニッシュパターンだった。

 “雪片弐型”は勿論のこと“雪羅”起動している為、エネルギーの消費量はそのワンアクションで底尽きるほどである。
 けれど、威力は絶大だった。

 一瞬の内に間合いを消し去り、懐へと侵入を果す。
 後に“零落白夜”で相手を切り裂き試合を終える。

 単純かつ凶悪。
 発動のタイミングを見誤れば即座に一夏の敗北が決まる大技。

 だが、一夏はこの必殺と言える技を駆使し、生徒会長へと上り詰めた。

一夏『ウォォォォオオオ!!!!』

 距離を殺し、刃で薙ぐ。
 岡部は棒立ちであった。

 それもそのはず、開幕からの奇襲である。
 反応、対応が間に合うはずがない。

 右手に握り締めた“雪片弐型”を思い切り振りぬいた。


 ──が。


一夏『……な』

岡部『……』

 “零落白夜”を纏った“雪片弐型”。
 エネルギー殺しとも呼べるその刃を、岡部は右腕で掴んでいた。

 触れればエネルギーを消滅させる“零落白夜”である。
 にも関わらず、岡部は次の行動へと移っていた。
 


岡部『すまんな』

 右手で捕らえた刀身に左腕を近づける。
 既に展開されている“ビット粒子砲”の砲身をピタリと添え、込められた実弾を発射した。


 ──ギンッ。


 と音を鳴らし形を崩す“雪片弐型”。
 刃を掴まれ、武器を壊されて唖然とする一夏に対し、岡部は腹部へと回し蹴りを放った。

一夏『──かはっ』

 宙に舞う一夏。
 なにが起きたのか理解が追いつかない。

 肉体的なダメージよりも、精神面のダメージが大きかった。

セシリア『な、なにが起きましたの……?』

鈴音『ちょっと、なんなのよ……』 

シャル『“零落白夜”は発動していたんだよね……?』

 息を飲むガールズたち。
 彼女たちの目には確かに“零落白夜”を纏った“雪片弐型”が岡部へと攻撃する様を見ていた。

ラウラ『なるほどな……』

 その状況を見て、理解できた者が1人。
 眼帯を外し“ヴォーダン・オージェ”を発動させていたラウラだった。

簪『ど、どう言うこと……?』

箒『なにが起きたんだ?』

 全員が説明を求めてくる。
 ラウラ以外、誰しもが一夏の奇襲成功を信じて疑っていなかった。

 あの状況で攻撃を対処する方法などありはしない。
 いわんや、相手は“石鍵”である。

 碌な武装もなく、処理出来るほど一夏の攻撃は甘くない。
 


ラウラ『エネルギー供給をカットし“絶対防御”の発動を阻止。後に一夏の振るった刃を白刃取り、それだけだ』

鈴音『……はぁ?』

 眉間に皺を寄せ、鈴音が皆の言葉を代弁した。

鈴音『エネルギーの供給をカットって、それってエネルギーアシストまでなくなるのよ?
   高速で振るった一夏の一刀をキャッチするだなんて、非常識ってレベルじゃないわよ!』

ラウラ『事実だ』

 ラウラは見たままの事象を口にしただけである。
 そこに嘘偽りは存在しない。

シャル『ねぇ、ラウラ。オカリンの実力は……』

ラウラ『警戒に値する。教官クラスの操者であると認識すべきだ』

 淡々と自己による評価を口にする。
 その言葉はその場に居合わせた面々を凍り付かせる威力を持っていた。

箒『まさか……』

セシリア『そんな、倫太郎さんが……』

鈴音『信じられるかってのよ……』

 ありえない。
 岡部の成績は良くて下の上。

 中間以下の成績を常に彷徨っていた。
 “石鍵”の武装も知っている。

 汎用性の高い良い武装だが、決して必殺となりえない。
 主役になれる武器を持っていない、パッとしない“IS”。

 それが、皆が持つ共通認識の“石鍵”であった。

ラウラ『……倫太郎め。手を抜いているとは思っていたが、ココまでとは』

 ラウラは常々、岡部の動きに違和感を覚えていた。
 手を抜いているような、力を出していないような。

 相手を壊さぬよう、労わるような。
 対峙した時も暖簾に腕を押すように試合が終了する。

 結果は言うまでもなく、岡部の敗北。
 疑惑が確信へと変わる。
 


ラウラ『つまり。アイツは今まで手を抜いて我々を欺いていた、と言うことだろう』

 忌々し気に語るラウラであったが、不思議と口角が笑みにより上がっていた。
 強者に出会えた喜び。その感情が強く表情へと現れている。

ラウラ『箒! 一夏のエネルギーがない。急ぎ“絢爛舞踏”で回復させろ!』

箒『あ、あぁ……』

ラウラ『シャルロット! 鈴音! 我々で時間を稼ぐ。セシリアと簪は後方支援。以上、おわーり!!』

 的確に、この場に居る誰よりも的確にラウラは指示を出した。
 “岡部 倫太郎”を強大な敵と認識し、一対一では敵わないと自覚する。

 その敵を倒す為には一夏の持つ“零落白夜”が必要なことも計算に入れていた。

セシリア『お、お任せ有れ!!』

簪『は、外さない……よっ!』

 二機の砲台が役割を果すため、装備を展開する。
 目標は“石鍵”ただ一機。

箒『一夏ぁ!!』

 一夏の元へと駆け寄る箒。
 それを守るために三機が岡部へと突進する。

ラウラ『シャルロットは左翼から。鈴音は右翼。中央は私に任せろ!』

シャル『うん! 任せて!』

鈴音『けちょんけちょんにしてやるわよ!』

 ラウラの指揮によりペースを取り戻したシャルロットと鈴音。
 既にヘタれの岡部が相手ではないのだと切り替えがすんでいる。

 もはや、油断と言う二文字は消えていた。

ラウラ『決して侮るなよ……ッッ!!』

千冬「そうだ。決して侮るなよ……」

 戦いを見つめる千冬。
 そして、もう一人。

 アリーナ席には紅莉栖が戦闘の様子を伺っていた。
 


紅莉栖「岡部……」

 千冬から聞かされた岡部の意思。
 けれど、紅莉栖が願うのは岡部の安全だけだった。

 いくら強くなったとは言え7対1である。
 数の暴力から加減が効かず、不慮の事故が起こることも充分にありえる。

 ただただ五体満足で帰ってきて欲しい。
 願いはそれのみであった。




 ──そうだ、全力で来い。




岡部『良かった。こうなることが予測できて』

 千冬が卒業試験をほのめかしてからと言うもの、岡部は“石鍵”のエネルギー消費を極限まで減らしていた。
 通常の“IS”とは異なりエネルギーの絶対量が多い“石鍵”である。

 エネルギーを貯蔵するにはそれなりの時間を有してしまう。
 そして、エネルギー残量がそのまま戦闘力に直結する“石鍵”にとって、その貯蔵は死活問題。

 卒業試験が戦闘だとするならば、それなりの準備が必要だった。

岡部『開錠』


 《承認。第一、及び、第二ゲート開錠します》


 “石鍵”が答える。
 塞き止められていた門が開き、大量のエネルギーが奔流する。

岡部『展開』


 《承認。“刻司ル十二ノ盟約”-パラダイム・シフト-を起動します》


 両肩部からユニットが射出され、さらにビットが飛び出し分散する。
 12からなるビットがアリーナへと放たれた。

岡部『展開』


 《承認。“蝶翼”-ノスタルジアドライブ-を起動します》
 

 背部に設置された小型のスラスターが口を開く。
 まるでアゲハ蝶のように煌びやかなエネルギー状の羽が発露した。

岡部『……行くぞ』

 静かに動き出す“石鍵”。

 岡部に課せられた“卒業試験”が始まった。

 
 

おわーり。
ありがとうございました。



ラウラ『ハァッ!!』

 一足飛びでラウラが先行する。
 追って、左右からシャルロットと鈴音のタッグが距離を詰めてくるのが見えた。

岡部『ワイヤーブレードか』

 “刻司ル十二ノ盟約”から送られる情報から、大概の行動は先読みできた。
 未来予測通り、六本のワイヤーブレードが岡部を襲う。

 縦横無尽。
 全方位から襲い掛かる刃の鞭。

 それを岡部は──。

岡部『一見、隙が無いように見えるが高々6本程度の攻撃だ。攻撃角度は6種しかない』

ラウラ『ムッ……』

岡部『この程度の攻撃速度では──掴まれても仕方がないだろう』

 右手で3本。左手で3本。
 全てのワイヤーを手づかみしていた。

岡部『捕らえるつもりの武器だが、掴まれてしまっては……逆効果だな』

 ワイヤーを掴まれるなど想定外。
 ラウラはスラスターによる突進を中止することなく、突進を続けていた。
 


ラウラ『チィ……!』

 状況を把握し、ブレーキをかけた時にはもう遅い。
 その推進力を利用され、岡部は“黒い雨”を左翼へと放り投げた。

シャル『──へ?』

ラウラ『すまんっ……!』

 激突する“疾風”と“黒い雨”。
 二機の“IS”は正面衝突を強要され、その衝撃からアリーナへの壁へと叩き付けられてしまった。

鈴音『ちょっ』

 その光景を目の当たりに、行動を止めてしまった鈴音。
 懐には既に“石鍵”が侵入を果たしていた。

岡部『作戦が破綻したからと言って、行動を止めるのは得策じゃないな』

鈴音『な、な、な』

 アッパー気味に腹部へ拳を叩き込み、中空へと“甲龍”を押し上げる。
 ガンッ、と小気味良い音と内臓を抉るような衝撃が鈴音を襲った。

岡部『スナイパーが2人居るようだからな。すまんが守って貰うぞ』

鈴音『ぐぅぅ……って、へ?』

 すかさず宙に浮いた“甲龍”の背後を取り首根っこを抑える。
 “弾着地点”は読めていた。
 


岡部『優秀だ』

セシリア『なっ』

簪『そんな……』

 “スターライトmkIII”と“山嵐”によるピンポイントアタック。
 岡部を打ち抜くはずの攻撃は正確に“甲龍”へと突き刺さる。

鈴音『ぐぇぇ……』

 プスプスと煙りを上げる“甲龍”。
 高火力の餌食となったため、ほとんどのエネルギーが削り取られてしまった。

ラウラ『くっ……すまん。シャルロット、鈴音』

シャル『あてて……吃驚した。まさかワイヤーブレードを全て掴むなんて』

 体勢を立て直す二人。
 開幕してから3分もたたず、鈴音が落とされてしまった。

セシリア『なんてことですの……』

簪『そんな、そんな』

 集まる視線。
 その先には岡部に止めの一撃となる斬撃を喰らい、強制解除状態となった鈴音がいた。

岡部『すまんな。7対1だ。手心を加える余裕はない』

鈴音『……』

 ブラックアウト状態になった鈴音を掴み、千冬へと放り投げる。
 ここはまだ戦場。生身の姿で横たわっていては生命にかかわってしまう。

千冬『鳳は無事だ。続けろ』

 千冬の声は至って平坦だった。
 こうなることが予測できていたように。

箒『まだか、一夏!』

一夏『もうちょっと……あと、少しだ……』

 遠巻きから岡部の強さを目の当たりにしていた2人である。
 一刻も早く戦線に復帰したい気持ちで一杯だったが、回復には時間を要していた。

 底を付きかけていたエネルギーを補充するには“絢爛舞踏”と言えど時間がかかる。

ラウラ『セシリア! 簪! 間を空けるな、撃てェェェェ!!』

セシリア『は、はい!』

簪『うっ、うん……!』

 棒立ちになる2人に指示を出す。
 砲台が攻撃を辞めてしまったら、ただの的である。

 岡部がそれを見逃すほど甘くはない。

 
 


セシリア『いっ、いない……!?』

簪『あれ? あれ?』

 先ほどまで岡部が座していた地点をスコープ越しに見やるが見当たらない。
 焦れば焦る程、照準は狭まる。

セシリア『一体どこへ……どこへ!?』

岡部『上だ』

 セシリアと言う名の砲台への直下降。
 “サイリウム・セーバー”には既に充分なエネルギーが供給されている。

セシリア『キャ──』

シャル『セシリア伏せてっ!』


 ──ギンッ。


岡部『むっ』

 セシリアと岡部の間を挟んだ物理シールド。
 その盾はしっかりと“サイリウム・セーバー”の攻撃を阻んでいた。

岡部『だが……』

 出力と力を上げる。
 刃は更に朱色へと染まり攻撃力を増し、シールドを切り裂いた。

岡部『ほう』

 切り裂いたシールドの向こう側へ居たはずの2人がいない。
 岡部がシールドを切り裂くのに要した時間は5秒足らず。

 セシリアとの間に入り、盾を展開し、その場から離脱する。
 それをたった数秒でやって退けたシャルロットの動きはまさに疾風であった。
 


シャル『ふう……“ガーデン・カーテン”のシールドが5秒も持たないなんて』

 実体シールド2枚、エネルギーシールド2枚による強固なシールド。
 それをいとも容易く切り裂く攻撃力は脅威と言える。

 岡部が常に使っていた“サイリウム・セーバー”の攻撃力とは一線を画していた。

ラウラ『体勢を立て直す。彼奴の強さは想像以上だ』

セシリア『えぇ。狙撃する隙がありませんわ』

簪『いっ、一夏はまだなの?』

 集い、作戦を立て直す。

 けれどそれは──。

シャル『待ってくれればの話し……だけどね……ッッ』

 急接近する岡部に対し、単機で立ちはだかったのはシャルロットであった。
 両手に連装ショットガン“レイン・オブ・サタデイ”を展開し、弾幕を張る。

 必要なのは時間。
 大口径の高火力は必要なく、ただ相手の時間を奪えば良い。

 スラスターを吹かし、円形移動をしながら岡部を軸にショットガンを放ち続ける。

シャル『(少しは時間が稼げると良いけど……)」

岡部『無駄だ』

シャル『えっ』

 弾幕を突き破り突進する“石鍵”。
 まるで鋼鉄の弾丸が豆鉄砲かのように、攻撃を無視している。
 


岡部『シャルロット、お前の武装では俺を砕くことは出来ない』

シャル『くっ……』

 “高速切替”。
 両手に持っていたショットガンを手放し“灰色の鱗殻”を展開した。

 突き進んでくる“石鍵”に対し“瞬時加速”を行い迎撃に映る。
 爆発的な推進力により零距離にまで間合いを殺し“灰色の鱗殻”を岡部の腹部へと突き立てる。

シャル『お腹に穴が開いちゃっても……知らないからねッッ!!』

 69口径のパイルバンカーが“石鍵”の腹部に突き刺さる。
 その攻撃力は第2世代では最高クラスの威力。

 加え“瞬時加速”により速度も上乗せされている。
 その物理破壊力は第3世代を見渡しても並ぶものが見当たらないほどであった。

 ガンッ。と鈍い音が響く。
 けれどそれは“石鍵”を砕く音ではなく、パイルバンカーのが破壊された音だった。

シャル『そん……な……』

 “石鍵”との密着状態からの一撃。
 これ以上の攻撃力はないと自負出来るほどのタイミングだった。

 だと言うのに“灰色の鱗殻”による攻撃は一切の効果を示さない。

岡部『すまんな』

 懐には攻撃に失敗したシャルロット。
 零距離から受けた攻撃を、そのまま返す。

 “ビット粒子砲”による零距離射撃。
 ありったけの鉛球を受けた“疾風”はエネルギーシールドが零になるまで攻撃を受け続けた。

シャル『ご、ごめん……』

 鈴音同様“IS”が強制解除される。
 意識を失い倒れたシャルロットを岡部は優しく抱きかかえた。

岡部『頼む』

 すかさず千冬へと投げかける。

千冬「おう」

 2人目の脱落者を丁寧に受け取り、横たえる。
 これで、残り5人。

岡部『なるほど、役目は果したと言うことか』

一夏『……あぁ。待たせたな』

 “絢爛舞踏”によるエネルギー供給を終了し、全快した一夏が岡部を睨む。
 箒、ラウラ、セシリアに簪と残った面子も一夏を取り囲むように準備を整えていた。

一夏『行くぜ、凶真』

岡部『あぁ。かかって来い』

 既に脱落者が2名出ていると言うのに、一夏らの瞳に諦めの色は射していない。
 岡部を倒すためだけに、残された5人は一つの意識を持った生き物のように行動を開始した。
 

おわーり。
ありがとうございました。


 長く伸びた黒髪を、ギュウッと後ろで束ねる。
 鋭い眼光のまま生徒同士の戦いを見守る千冬は、自身の髪型をポニーテールへと変えていた。

千冬「この髪型にするのも久しぶりだな」

 目まぐるしく変わる戦況。
 千冬の目から見たそれは、岡部によるワンサイドゲームと言えた。

 早々に鈴音とシャルロットが落とされ、残った5人は見事と言える連携プレイを行い攻勢を保っている。
 保ってはいるが、

一夏『──くっ』

 またしても“雪羅”による攻撃を避けられてしまった。
 チームワークにより生まれた一瞬のチャンスを一夏は逃し続けている。

 箒が、セシリアが、ラウラが、簪が。
 皆が皆、一夏の攻撃の為に動いている。

 それに答えたい一夏ではあるが、その爪は岡部に届かないでいた。

一夏『くそっ、エネルギーが……』

箒『補給をする! 皆、援護を頼む!』

 戦線を離脱し“絢爛舞踏”での回復を試みる。

 ──が。

ラウラ『──しまっ』

 箒と一夏が離脱し、前線で岡部の剣撃を防いでいたラウラ。
 3対1でやっと凌いでいた攻撃を1人で捌ききれる訳もなく、

セシリア『倫太郎さん……っっ』

岡部『すまんな』

 横腹に痛烈な蹴りを叩き込まれ、吹き飛ぶ“黒い雨”。
 前衛が居なくなり、丸裸となった狙撃種2人。
 


簪『あ、あ……』

 なす術もなく、2人は“サイリウム・セーバー”による撫で斬りを喰らい沈黙する。
 これで、残るは3人。

 一夏、箒、ラウラである。
 度重なる攻撃を受け、ラウラの“エネルギーシールド”の残量も底をつきかけていた。

 本来であれば“絢爛舞踏”による回復を行いたいが、そのチャンスはもう来ないだろう。
 一夏にとってもこれが最後の補給であることは覚悟ができていた。

一夏『ごめん。みんな、ごめん。俺が弱いばっかりに……』




 ──そうだ一夏。お前は弱い。お前が弱いばかりに皆、落とされた。




箒『……え』

ラウラ『痛ゥ……ん、なっ……』

 “絢爛舞踏”によりエネルギー補給を終えた一夏と箒。
 そんな“弟”に声を発したのは彼の“姉”であった。

千冬『弟の不出来は、姉である私がつけようじゃないか』 

 あんぐりと口を開け、驚愕する表情を作るラウラ。
 目が点になっていた。

 それもそのハズ。
 千冬のいでたちは生身の姿ではなく“IS”を纏っていたからだった。

 “打鉄”ではない。
 正真正銘、現役時代の彼女を支えた愛機。“暮桜”を纏っていた。

千冬『コイツを使うに当って、それなりに無茶をした。おい、この代償は高くつくぞ』

岡部『……』

 くくく。
 と、フルフェイスに覆われた装甲の中で小さく笑う。

 思わず口角があがってしまうほど、気分が高揚していた。

岡部『やはりか、千冬。やはり、貴様が来るのだな』

千冬『おう。どうやら、弟たちの手には余るようだからな』

 “暮桜”の専用武器である“雪片”を高速展開した。
 一夏が振るう“雪片弐型”同様、当たり前に“零落白夜”を纏う事が可能である。

岡部『本気で、行くぞ』

千冬『おう』

 その言葉と同時に背部スラスターから広がる“蝶翼”が姿を消した。
 スラスターが可変し、エネルギー排出口が閉じる。

ラウラ『……スラスターの使用を止めた?』

 “蝶翼”の展開解除は、タイムリープを行わないことの宣言と言えた。
 千冬に対し“やり直し”をしない。

 岡部は千冬に伝わるよう、暗黙の意思表示をしたのだった。

千冬『思い上がっているようだな……』

岡部『試してみろ』

 激突する岡部と千冬。

 “石鍵”と“暮桜”。

 それは正に、2年前をなぞるかのようだった。
 

 ◇


 ギャンギャンと鉄と鉄の打ち合う音がアリーナに響く。
 純粋なる剣と剣とのぶつかり合い。

 そこには“零落白夜”も出力を上げた“サイリウム・セーバー”も伴わない。
 純粋な剣術のぶつけ合いだった。

千冬『(コイツ……ッッ)』

 2年前。
 岡部は正面衝突を恐れ後手に回った。

 その結果、いたずらに時間を跳び、エネルギー消耗による引き分けに終わった。
 けれど今は違う。

 開幕からの正面衝突。
 完全状態の千冬を前に、一歩たりとも引けを取ってはいない。

一夏『……くっ』

ラウラ『一夏。やめておけ』

 剣を握りなおし、ハリケーンと化す戦場の渦に挑もうとする一夏を諌めたのはラウラであった。
 散々に攻撃を受けた“黒い雨”は中破状態である。

ラウラ『もはや、ただの人間では入り込めん……』

一夏『くそっ……』

箒『目に焼き付けるんだ。あの戦いを……』

 世界最強である千冬。
 そしてそれと真っ向から戦う岡部の姿。

 それは余りにも遠い存在だった。
 


岡部『どうした千冬! どうしたどうした!』

千冬『さっきから、千冬千冬と……織斑先生だろうがッ!』

 当らない。
 千冬の攻撃の一切が機体に当ることがない。

 刃と刃のぶつかり合いのみで、攻撃と呼べるものが一切ヒットしていない。
 それに比べ、

千冬『──ッチィ』

 被弾する。
 岡部の刃は少しずつだが当るようになってきていた。

 ジワリジワリとエネルギーシールドを削られている。

千冬『ハァァァァァァッッッ!!』

 剣撃に加え、両足からも蹴りを放つコンビネーションに切り替える。
 まるで竜巻。

 巻き込まれたが最後、悉くを粉砕する暴力の渦。
 ハイパーセンサーを用いたと言えど追うこと困難な超速の攻撃を、岡部は掠ることもなく避けていた。

岡部『今、はっきりとわかった』

千冬『……なにをだ』

 ことも何気に攻撃を避けた岡部。
 それに対し、本気で繰り出した連撃を繰り出した千冬の額には汗がにじみ出ていた。

岡部『お前は俺に、勝てない』

千冬『大層な口を叩くようになったな』

岡部『……“刻司ル十二ノ盟約”の稼働率は70%を越えている』

 千冬の参戦と同時に解除した“蝶翼”。

 けれどそれは、相手を舐めていたからでも、タイムリープと決別した訳でもない。

 純粋に、真正面からぶつかり、リテイクなしで千冬を倒し、越えるため。

 “蝶翼”に割くエネルギーを全て“刻司ル十二ノ盟約”割り振るため、翼を閉じた。

 千冬により鍛え、叩かれ、練磨された岡部の技術は既に師を越えている。

千冬『だから、どうした……』

岡部『……』










 ────千冬。お前でも、もう俺に触れることすら出来ないんだよ。











 そう言い放った岡部。
 装甲で覆われた奥では、悲しみの笑みを浮かべていた。
 

おわーり。
ありがとうございました。

誤字脱字は発見次第、ピクシブの方で修正しております。

≫1です。

完全にPCが壊れました。
新調するのに数ヶ月の見込みです。

そして、新調してからデータをサルベージ出来るかどうかが問題です。
バックアップを取ってなかった私の責任なのですが、プロットや設定メモやら全てが消失した場合は……。

賞へ応募する予定だったものや、次回作のプロットなど全て吹き飛んだらと思うと吐き気が止まりません。

せっかくアニメも始動し、投稿速度も安定してきたと言うのに申し訳ありません。

お騒がせしました。
友人の協力もあって、なんとかパソコンを立ち上げることが出来ました。
データも保存できました。

パソコンには疎いもので、四苦八苦しましたが続きを書けそうです。

申し訳ありません。
投稿環境が悪く、一発で投稿出来るpixivの方で更新しました。

自身のパソコンではないので、止むなしですがすみません……。

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