佐藤和真「一応、父親だからな」 (8)
Some people feel the rain.Others just get wet.
(雨を感じられる人間もいるし、 ただ濡れるだけの奴らもいる)
ボブ・マーリー
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「おい」
昼近くになるというのに寝巻き姿でソファにだらしなく寝そべり、うつらうつらとしているそいつを睨んで僕は訊いた。
「なんであんたは働かないんだ?」
名門貴族出身の母上は王宮での務めを果たすために朝早く家を出て夜遅くに帰宅するというのに夫であり、つまりは父親であるこの男が働いている姿を僕は生まれてこの方見たことがない。
「逆になんで働くと思う?」
さも面倒臭そうに薄目を開けて質問に質問で返してきた父親にイラつきながらも答える。
「生きるため」
「そうだな。世の中には働かないと生きていけない人が大勢居る。でも俺は違う。働かなくても生きていける。だから働かないんだ」
まるで自分は例外のような戯言に反論する。
「でも母上は毎日働いてる」
「そうだな。じゃあ、どうして働かなくても生きていけるのに働いていると思う?」
「それは、世のため人のために……」
「違うな。あれはただの趣味だ。魔王軍の残党の小競り合いに巻き込まれて嬲られるのを愉しんでいるだけだ」
「は、母上を侮辱するなっ!」
僕がキレると父は身を起こして手を伸ばす。
「悪かったよ、ロロ。お前のお母さんはちょっと頭のおかしい奴だけど、結果としてそれで助けられている人も大勢……は居ないかもしれないが、どこかには居るかもしれない」
戸籍上の父親は頭に手を乗せて撫でてきた。
「母上はおかしくないもん」
「おかしいけど美人だ。そこは誇っていい」
そう言ってにやりと笑う。何故か安心した。
「はあ……」
ちっとも父親らしくない奴に頭を撫でられてちょっと嬉しくなってしまった自分に嫌気が差して、早く母上が帰ってこないかなと溜息を漏らすと見透かしたように。
「お母さんに会いたくなったか?」
「……別に」
「よし。じゃあ、会いに行くか」
そう言って、重い腰をあげた父は大人なので当然子供の僕より背が高くて、見上げながらその言葉の意味を確かめた。
「会いに、行くの……?」
「ああ。行きたいんだろ?」
「今から?」
「ちょうど暇だからな」
ちょうども何もいつも暇な癖に。まったく。
「わかった。支度してくる」
「別にそのままの格好でいいだろ」
「だめだよ! 王宮に行くんだよ!?」
「あんなとこ、大したことないぞ?」
大したことある。そもそも理解してるのか。
「王宮には女王陛下も住んでるんだよ!?」
「あーそういやちょっと前にアイリスが女王に即位したんだったな」
「アイリス・様! もしくは陛下!」
女王陛下を呼び捨てにする暴挙を窘めるも。
「アイリスは俺の妹みたいなもんだから」
「な、なに言ってんだよ!?」
やはりずっと家に閉じこもっていた父は世間とはズレているらしく、寝巻き姿のまま古ぼけたマントを羽織り、近所で暮らすいつもひとりぼっちの紅魔族のお姉さんにテレポートで王都に移動した。僕はもちろん着替えた。
「おーい」
「止まれ、何者だ!?」
大手を振って王城にかかる石橋を守る衛兵に声をかける父。完全に不審者であり、当然衛兵は警戒した。僕もジロジロ見られて怖い。
「見ない顔だな。しかもなんだその格好は」
「アイリスに佐藤和真が来たと伝えてくれ」
「サ、サトウ、カズマ……だと? まさか貴様が、いや……貴方様が、あの伝説の……?」
「ああ。クビになりたくないなら早くしろ」
衛兵の高圧的な態度にも動じず、父はまるで使いパシリのように指示した。何様なのか。
「アイリス陛下に会ったことあるの?」
「だからさっきアイリスは妹みたいなもんだって言っただろ。その証拠に、ほら……」
「えっ……?」
嘘だ。門が開いて、陛下が。アイリス様が小走りで。いや、全力疾走してこちらに向かって来られる。僕は慌てて、その場に跪いた。
「カズマ様!」
「ようアイリス。元気そうだな」
「はい! またお会い出来て嬉しいです!」
「突然来ちまって悪かったな。実は子供に駄々捏ねられてさ。ダクネス居るか?」
「ダスティネス卿は王都郊外で魔王軍の残党を懲らしめに出払っております」
「そうか。じゃあ、案内頼めるか?」
「はいっ! もちろんです、お兄様!」
空いた口が塞がらない。不敬とはわかっていながらも思わず顔を上げてしまった。父と話すアイリス様はたしかに妹のようで、お兄様とか言っていて、何がなんだかわからない。
「ああ、ごめんなさい。ひとりで立てる?」
「え? あ、はい……だ、大丈夫です」
「ふふっ。ダスティネス卿にそっくりね」
アイリス様の微笑みと、母上に似ていると言われたことの嬉しさが入り混じり、顔が熱かった。母上と同じポニーテールをもじもじ。
「おっ。見えて来たな」
「あそこに、母上が……?」
王都の外れのスラム街。そこでは乱闘騒ぎが起こっていて、怒号と暴力によって満たされていた。母上を助けないと。でも足が竦む。
「怖いですか?」
「は、はい……」
物陰に隠れて身動き出来ずに息を潜めることしか出来ない僕を安心させるようにアイリス様が身を寄せて肩を抱いてくださり、囁く。
「でも大丈夫。ダスティネス卿は英雄の妻ですから。なにも心配は要りません」
「え?」
「英雄……?」
誰のことだろう。僕と父が、キョロキョロ。
「カズマ様。たまにはお子さんに良いところを見せてあげてくださいな」
「ええー……まあ、アイリスがそう言うなら」
嫌そうな顔をしつつも父は物陰から出て、そして気配を消した。よく注意しないと見失ってしまう。あれはたぶん、盗賊のスキルだ。
「あの人は盗賊だったのですか?」
「まさか。似たようなことをしたという逸話はたしかにありますが、あの方は族風情などではありませんよ」
父は接近する。気づかれずに。背後を取り軽く押してバランスを崩し、しゃがみ込んで足を払い、土魔法で盛り土をして転ばせつつ。
「なに遊んでんだよ、ダクネス」
「カ、カズマ!? 何故お前がここに……いますごく良いところだから邪魔をするな!」
「ロロが来てるんだよ」
「ふえ?」
集団でリンチされていた母上に僕の存在をつげると、まるでスイッチが入ったかのように立ち上がり背筋を伸ばして剣を構えた。
「さて……本気を出そうか」
「遊びは終わりか?」
「ああ。下がっていろ、カズマ」
「なら、俺は後方で支援してやるよ」
「……感謝する」
そこから残党が壊滅するまでは数分だった。
母上の見当外れの斬撃は、吸い寄せられるように敵に当たった。父がそう誘導していた。
「あの方たちはかつて、同じパーティの冒険者仲間で、そして魔王を倒したすごい人たちなんですよ」
アイリス様の言葉が嘘には聞こえなかった。
「母上、かっこよかった!」
「そうだろうそうだろう!」
帰り道。僕は母上を褒め称えると嬉しげに。
「今日は会いに来てくれて嬉しかった」
「また行ってもいい?」
「もちろんだとも。しかし今度は事前に言ってくれると助かる。色々準備があるからな」
誤魔化すように付け加えて僕を抱っこする。
「僕、自分で歩けるよ」
「いいんだ。私が抱っこしたいのだから」
そう言って頬をくっつける。嬉しくて幸せ。
「カズマもありがとう」
「なんのことだ?」
「ロロを連れて来てくれて」
母上が父にそう言うと、父は振り返らずに。
「一応、父親だからな」
西日に映るシルエットが英雄のようだった。
「母上、下ろして」
「もういいのか?」
僕は地面に降り立ち、そして父に駆け寄る。
「抱っこ」
「嫌だ。お母さんにしてもらえ」
「父親なんでしょ?」
すると嫌そうに。大事そうに抱いてくれた。
「……あのさ」
「ん? どうかしたか?」
アクセルの街に戻り、屋敷までの道中も父はずっと抱っこしてくれて、僕が思っているよりもずっと父は力があり、体力もあるのだと実感して、弱音を吐いた。
「僕は、怖くて何も出来なかった……」
僕は母上を助けたくても助けられなかった。
「なあ、ロロ」
見えてきた屋敷を見つめて父は僕に諭した。
「どうして誰かを助けるんだと思う?」
「助けたいから」
「違う。助けられる力があるからだ」
父は強かった。母上を助けられる力がある。
「僕は弱いから……誰も助けられない」
弱い僕の涙が雨のように父の肩を濡らした。
「そうだな。だから俺やお母さんが守る」
「だからずっと家に居るの?」
「違う。働かない理由は、働かなくても生きていけるからだ。むしろ働いたら俺は死ぬ」
暴論をほざく父を見かねて母上が口を挟む。
「おいカズマ、何を馬鹿なことを……」
「冒険者時代、俺は何度も死んだだろう?」
「そ、それはそうだが……」
「俺も弱い。だからロロ。何も気にすんな」
父は弱いらしい。でも魔王を倒した。何故。
「大切なのは、何が出来るかだ。弱い俺でも魔王くらいは倒せた。俺よりも強い奴は大勢居るが、そいつらには魔王は倒せなかった」
父の言葉は難しい。難しいけど大切な言葉。
「ロロティーナ。俺が魔王を倒したように、お前にしか出来ないことをすればいい」
「僕にしか、出来ないこと……?」
なんだろうと考えてそして閃き耳打ちする。
「たとえば、怖くて漏らしちゃったから父上のボロ雑巾みたいなマントでお尻を拭くとか……?」
「フハッ!」
「おい、カズマ! 娘の前で下品だぞ!」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
父上は嗤う。高らかに。まるで魔王の如く。
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
あんなに良いことを云って、格好つけていた父が愉悦を漏らしたのは僕の仕業。だからこれが自分にしか出来ないことだと理解した。
「ふぅ……まったく。残念なところもお母さんそっくりになっちまいやがって」
「おいカズマ。それはどういう意味だ?」
「外見だけなら文句なしって意味だよ」
「そう言ってまた私を孕ませるつもりか?」
「娘の前で下品なこと言うな」
母上と似ていることは嬉しい。何故ならば、今日母上に会いたかったのは僕だけではなく父上もそうだろうから。美しさが誇らしい。
「アイリス様にもそっくりって言われた」
「ロロティーナは美人だからなぁ」
「私に似てな」
じゃあ、そんな僕……私に、何が出来るか。
「母上に似てれば父上と結婚出来る?」
「ダクネスみたいな嫁は1人で充分だ」
「ふふっ。残念だったな、我が娘よ!」
「だったら私は父上に似てる人を探す」
父上みたいな人と結婚することなら出来る。
【この素晴らしい愛娘に良縁を!】
FIN
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