高垣楓「恋しい日常」 (28)
――長い自粛生活のなかで、
高垣楓は限界を迎えたのであった――
P「…………」
P「もしもし」
楓『はい。あっ、プロデューサー。こんばんは』
P「こんばんは。楓さん。面白いチャット送ってくるのやめてください」
楓『面白かったですか?よかった』
P「えーっと、またビデオ通話になってないです。チャット送るくらいにはオンラインに慣れたのになぜいまだに通話下手なのか」
楓『あら?えっと、こうですかね……?』
P「ああ、映りました。酒瓶だけ。ドアップで」
楓『ででーん』
P「ぶふっ。酒瓶に髪を生やすのはずるい……」
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P「慣れたもんじゃないですか。自粛生活」
楓『そんなことないです』
楓『あの手この手でプロデューサーを笑わせようと……毎日必死なんです』
P「そんな方向で哀愁漂わせられても……。別に俺を笑わせるのが仕事ではないんですが」
楓『ぽーん』
P「謎にプロフェッショナルの音」
P「限界ですか」
楓『限界ですね』
楓『こうしてリモートでお話するのも楽しいですけど……やっぱり、ああ、以前のフツウの日々は幸せだったんだなぁって、思います』
P「そうですね」
楓『すみません。わがままなことを言って。いつもこうして付き合ってもらっているのに……』
P「いえ。それはまあ。仕事です」
楓『……ふふ。そうですか』
楓『プロデューサーって大変ですね』
P「いえ」
楓『限界なので、今日のあの手この手はおもしろチャットを試してみました』
P「自分で言っちゃう。面白かったです」
楓『――長い自粛生活の果てに、高垣は……』
P「ぷ。それっぽい声で語り出すのやめてください」
楓『よし』
楓『ふふ……。仕事は』
楓『少しずつ、前みたいなかたちで……日常を取り戻しているのかな、と思います』
楓『でも、こうした打合せとか……お話する機会は、ほとんどオンラインになってしまって』
P「そうですね。予定の確認とか、少し込み入った打合せでも、できちゃいますし」
楓『できちゃいますね。できちゃうって、分かっちゃったというか』
楓『その分、もっと大切なことも分かっちゃったって、思います』
P「……そうですね」
P「えっと……本当の本当に、限界が来たら教えてください。そのときは――」
楓『はい』
P「はい。どうぞ」
楓『来ました』
P「え?」
楓『冗談です』
楓『……ふふ。こうやって、困らせてしまうのって、なんだか遠距離恋愛みたいですね』
P「……あー」
楓『冗談です』
楓『冗談ですよ。えーっと、ごめんなさい。そうだ。このお酒、おいしくて、プロデューサーにもおすすめしようと……あら』
P「楓さん?」
楓『……ちょうどからっぽ……えっと、すみません、お仕事中だったのに。ちょっと私、お酒、買いに行っていきます。また明日』
P「え?いや、もう夜も遅いのでそれこそ明日にした方が」
P「……切れた」
P「……うーん」
ぱたん
楓「…………ふー」
楓「……はぁ」
楓「……限界を迎えたのであった。ぱたり」
楓「……。お酒、買いに行こう」
楓「…」ガサ
楓「……なんだかすごい量を……つい……」
楓「……重たい」
楓(前はよく、プロデューサーが代わりに持ってくれたな……もう冷えるから指先がちょっと痛い)
楓「……ビニール袋が身に入る……?違うかしら」
楓(そう思うと今も昔もずっと迷惑かけっぱなし)
楓「ふふ。どうしてこんなになったのかなー」
P「買い過ぎたからでしょ」
楓「ひぁ」
P(珍しい反応)
楓「ぷろ」
P「持ちますよ」
楓「……す」
P「す?」ガサ
楓「お、重いですよ」
P「そりゃこんだけ買えば重いですよ。はは。あ、なんだかもはや懐かしいですね。買い過ぎ楓さん。よっと」
楓「あ、ありがとうございます……」
P「いえ」
楓「あの……えっと」
P「偶然ってことにしといてください」
楓「あ、はい。では」
P「?」
楓「あら。プロデューサー。こんばんは。奇遇ですね」
P「そっから入るんですね。あらまあ。楓さんこそ。よかったら持ちますよ」
楓「ありがとうございます」
楓「うふふ」
P「はは」
楓「……もう」
楓「プロデューサー」
P「え?おっと」
楓「…………」
P「か、楓さん?あの、寄りかかると歩けない、というか、ちゃんと距離を」
楓「……重いですよ」
P「いや、このくらい、別に」
楓「私」
P「……」
P「いや、楓さんはものすごく軽いです」
楓「……ふふ」
楓「そうですか。いえ。なんでもないです」
P「はい。えっと、すみません」
楓「いいえ。えい」
P「痛い。すみません」
楓「もう。……もう。はい」
楓「ちょっと失礼しますね」ガサ
P「あ、はい」
楓「よいしょ。はむ」
P「食べ歩きは行儀が悪いですよ」
楓「まあそほほ、ほふへふひ」
P「食べながらしゃべりませんよ」
楓「むふ。はぐ」
P「あーあー。もう」
楓「はふ。あ、あはは……失礼しました」
P「はいはい」
楓「プロデューサーも、よかったら。二つ、買ってあるんです」
P「なぜまた」
楓「え?」
P「え?」
楓「もしかしたら、このあと、帰り道で、プロデューサーに会ったりしたらって思って」
楓「二つ買うの。プロデューサーはしないですか?」
P「…………」
P「……しないですかね。自分なので」
楓「なるほど。確かにそうですね」
P「ええ」
楓「そういうわけです」
P「なるほど」
楓「そういうわけで、そこの公園に寄りませんか?せっかくの偶然なので」
P「あ、さっきは公園にって言ってたんですね」
P「まあ、公園なら。外ですし。偶然ですし。距離も取れば」
楓「わーい。お酒もありますよー」
P「お酒はなしで」
楓「そうですよねー……」
楓「どうぞ」
P「どうも」
P「うま。肉まんなんて久しぶりです。前は事務所で、だれかが差し入れてくれて食べたりとか……それ以来かな」
楓「分かります。意外と、一緒に食べるものですよね。肉まん」
P「そうなんですよね」
楓「はむ」
楓「はふ……。なんだか、こう……学生みたいでいいですね。夜の公園で、肉まんって」
P「確かに」
楓「青春っぽいですね」
P「ええ」
楓「プロデューサーにもありますか?学生のころ、恋人とこうして、家に帰るまで、一緒に時間を過ごした経験とか」
P「……」モグモグ
P「ぐいぐい来ますね」
楓「ぐいぐい行きますね」
楓「ふふ。嬉しくて。プロデューサーに会えて」
P「それは……どうも」
楓「はい」
楓「……本当に嬉しいです。本当に、遠距離恋愛してたみたいな気持ちで」
P「……」
P「……ぐいぐい来ますね」
楓「ぐいぐい行きますね」
楓「はむ」
楓「……ごくん」
楓「ほんとのほんとに嬉しいみたいです。自分でも嘘みたいに。他人事みたいな言い方ですけど……嬉しいから、ああ、私、本当に限界だったんだなぁって」
P「……ええ」
楓「みんな大変なのに。自分のことばかりで、ごめんなさい」
楓「でもやっぱり、寂しかったんです。いろいろ、ぜんぶ、変わった日常が、前のフツウの日々が、恋しくて」
P「はい」
楓「はい」
楓「ありがとうございます。プロデューサー」
楓「偶然でも、会いに来てくれて、嬉しいです」
P「いえ。その……偶然ですから」
楓「はい。そうですね」
楓「……あの」
楓「偶然ついでに、もうひとつだけ」
楓「わがままを聞いてもらえませんか?」
P「なんでしょう」
楓「プロデューサーも、寂しかったって、……それか、仕事でもいいので、会えないと困るって」
楓「そう言ってもらえませんか?そうしたら、私」
楓「この気持ちの先は、いまはなにも、言わずに」
P「それは」
P「……あの、ええと」
楓「……」
楓「ふふ」
楓「冗談です」
楓「ごめんなさい。私、もうすっかり、プロデューサーを笑わせるのと困らせるの、両方、仕事みたいになっちゃってますね」
P「いえ。そんなことは、本当に」
P「あの。楓さん」
楓「はい」
P「……」
P「大丈夫です。俺だって、やっぱり、さみしいですから。前みたいな生活が恋しいですよ」
楓「前みたいな?」
P「その……事務所で、普通に、みんなと仕事をしていた……日々が」
楓「なるほど」
楓「30点」
P「厳しいですね」
楓「辛口です」
楓「まあ、いいです」
P「よかった」
楓「プロデューサーって、絶対、仕事熱心ゆえ付き合った子を泣かせるタイプですよね」
P「……ノーコメントで」
楓「私と付き合えば、同時にトロフィーがもらえちゃいますよ?」
P「あー……えーっと、楓さん、その」
楓「ふふふふ。赤点のバツです」
P「……しかと受け止めます」
楓「そうしてください」
楓「まあ、これで許してあげます。だって」
楓「私、好きなんです」
P「え」
楓「プロデューサーの、困った顔」
P「……それは」
P「困りますね」
楓「はい。困ってください♪」
P「……はい」
楓「それでは、そろそろ帰りましょうか」
P「恐れ入ります」
楓「いえ」
P「楓さん」
楓「はい」
P「また……その、限界が来たら、いつでも言ってください」
楓「……ぷっ」
楓「プロデューサー。ちょっと強めにたたいてもいいですか?」
P「どうぞ」
楓「えい」
P「痛い」
楓「そういうところが、プロデューサー、ですね。ふふ」
P「はい。プロデューサーなんです」
楓「はい。知ってます」
おわりん
寒い季節、唐突に恋愛話を書きたくなった。以上。お読みいただきありがとうございました。
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