男「月が……綺麗ですね」女「どこが?」 (27)
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男(夜も更けていいムードだ。ようし、とっておきの決め台詞を……)
男「月が……綺麗ですね」
女「どこが?」
男「え」
女「あの太陽に照らされてるだけの岩のかたまりの一体どこが綺麗だっていうの?」
男「いや、あの」
女「そもそもあなた、月のことどれだけ知ってるの? たとえば直径は?」
男「わ、分かりません」
女「ろくに知らないのに綺麗だとか言っちゃうのは無責任だと思わない?」
男「ご、ごめんなさい」
女「しょうがない! だったらこの私が……月について教えてあげる!」
男(なんか妙な流れになったぞ……)
女「まずは月の基本的な情報から。直径はどのぐらいだと思う?」
男「ううんと……結構大きいから、100kmぐらい?」
女「……」ドスッ
男「うぐっ! 突きを入れないで下さい!」
女「月の直径は3476kmよ。地球のおよそ1/4ぐらい」
男「へぇ~、大きい! だけどどのぐらいなのかイメージしづらいですね……」
女「北海道鹿児島間が約1800kmだから、それを二倍したぐらいね」
男「……やっぱりイメージしづらい」
女「大きさを的確に伝えるってなかなか難しいものね……」
女「それと、地球と月の平均距離はおよそ38万4400km」
男「これまたとんでもない数字で」
女「歩きだと11年、ジェット機だと16日、光だと1.3秒かかる距離よ」
男「光はさすがですけど、歩きで11年か……なんだかいけそうな気もしてきた」
女「じゃあやってみる?」
男「いえ、やめときます」
女「ちなみに地球をバスケットボール、月をテニスボールとすると、およそ7.5m離れてるぐらいになるわ」
男「遠いような近いような、不思議な距離感ですね」
女「そう、それはまるで男女の距離のような……」
男「なんで急にポエム入るんですか」
男「だけど、今の“平均”距離ってなんなんです?」
男「ずばり地球と月の距離は38万4400km、じゃダメなんですか?」
女「月が地球を回る軌道はほんの少し楕円になってるの」
男「ああ、冥王星みたいに!」
女「あそこまで極端じゃないけどね」
女「一番遠い時で40万6740km、一番近い時で35万6410km。ざっと地球4個分はずれてるのね」
男「それだけずれてたら、回ってるうち円がますます歪んでいきそうですけど、上手く出来てますよね~」
女「それじゃ、そろそろ月表面の話に移りましょうか」
男「はい」
女「月の重力は地球の1/6、大気はほとんどなく、真空といっていいわ」
男「真空……」
女「空気がないから当然青空なんてないし、白黒の世界よ」
女「太陽の当たってるところはものすごく暑くなるし、当たってないところはものすごく寒い」
男「どのぐらいの温度になるんですか?」
女「昼は130℃、夜はマイナス170℃ぐらいね」
男「昼間はサウナってレベルじゃないし、夜はバナナで釘が打てるどころじゃないですね」
女「さて、月にはウサギが住んでるっていうけど、あれはどうしてか知ってる?」
男「月の黒い模様がウサギに見えるから、ですよね」
女「その通り。ちなみにあの黒い部分は“海”と地球では呼ばれてるわ」
男「ああ、聞いたことあります」
女「もちろん水なんかないんだけど、“海”には平らでなだらかな大平原が広がってるわ」
女「“海”は玄武岩、ようするにマグマで出来てるわ」
男「いわば、マグマの海ですね」
女「もちろん、冷えて固まってるけどね」
女「白い部分は“高地”と呼んで、こっちは斜長石で出来てるわ。斜長石は白色だから、白く見えるのね」
女「よくいう月のクレーターがあるのはこっちの方ね」
女「海には名前もつけられてて、その一部を紹介すると」
女「『嵐の大洋』『晴れの海』『雨の海』『雲の海』『静かの海』『蒸気の海』『神酒の海』なんてのがあるわ」
男「シャレた名前がつけられてますね」
女「地球の人のセンスもなかなかね。ちなみにあなたならどんな名前をつける?」
男「……『独特のふ海(風味)』とか」
女「……」ドスッ
男「いてっ!」
女「あなた、ゲームで城の名前をつける時に『あしたの城』とかにするでしょ」
男「正解!」
女「……」ドスッ
男「だから突きはやめて!」
女「ああ、それと日本ではあの黒いのをウサギと見立てることになってるけどこれも海外では結構違うのよ」
男「そうなんですか!」
女「例えば、南ヨーロッパでは“ハサミを振り上げるカニ”に見られてるし」
女「南アメリカでは“ロバ”に見えるんだって」
女「他にも、ヨーロッパでは白い部分と合わせて“女性の横顔”に見立ててることもあるわ」
男「へぇ~、僕はもう餅をつくウサギにしか見えないですね」
女「こういう地域差も面白いわよね」
女「さてここで、疑問に思わない?」
男「え?」
女「夜に地球から月を見ると、いつもウサギさんがあるわよね」
男「ああ、そういえば……」
女「実は月はいつも同じ面を地球に向けてるの。地球から裏側を見ることは絶対できないのよ」
男「そうなんですか! どうしてそんなことに……」
女「月の自転周期と月が地球を回る公転周期が同じだからよ」
男「裏側ってどうなってるんですか?」
女「裏側にはさっきの“海”はほとんどなく、地層の厚さも裏側の方が厚くなってるわ」
女「こうした違いを“月の二分性”と呼ぶの」
男「なぜ、表と裏でそんなに違うんでしょう」
女「今のところ……謎よ!」
男「言い切った!」
男「こうなると、そもそも月がどうやって出来たかってのも気になってきますね」
女「おっ、今まで受け身だったけどようやく月に興味が出てきたわね!」
男「どうも……」
女「月がどうやって出来たかには、色々な説があったわ」
女「最初からあった双子説、地球の一部がちぎれた親子説、元々他の軌道にいた月を重力で捕まえた捕獲説……」
女「だけど現在主流となってるのは“ジャイアントインパクト説”ね」
男「ジャイアンとインパクト……新たなガキ大将の登場ですか」
女「ドラえもんの登場キャラを増やさないで!」
女「ジャイアントインパクト説について説明するわね」
女「今から46億年前、地球が誕生してまもない頃に火星サイズの天体が地球に衝突したの」
男「火星サイズってどのぐらいですか」
女「だいたい地球の半分ぐらいね」
女「衝突した天体は溶けて飛び散り、地球の周りを回るようになったわ」
女「その後、その溶けた物質は回ってるうち、冷えて岩石の粒となって」
女「合体を繰り返して大きくなって、やがて月へと成長したわ」
男「ずいぶん荒っぽい誕生の仕方ですね……」
女「生き物だって誕生する時は荒っぽいじゃない」
男「思い浮かべるとたしかに」
女「この説なら月の岩石に水や揮発しやすい元素が含まれてないこと」
女「月中心部の金属コアが小さいことなど、さまざまなところに説明がつくわ」
男「だから主流になってるんですね」
女「ただし疑問も残るの」
男「え」
女「この説だと、地球と月は別々の天体だったってことになるわよね」
男「そうですね。ぶつかった天体が月になったって話ですから」
女「だけど、地球と月の成分を調べると、同位体比がほとんど同じなの」
男「どういたい……」
女「原子番号が同じで質量が異なる元素のことで、この比率を調べると物質の起源なんかが分かるのよ」
男「でもそれがほとんど同じってことは……」
女「ジャイアントインパクト説がちょっと揺らいじゃうのよね」
女「だからぶつかった天体はもっと大きかったとか、複数回衝突はあったんじゃないかとか」
女「今でも研究は続いているわ」
男「なにしろ数十億年前のことですもんね……そう簡単に分かるわけないか」
女「今起きてる事件ですら、真相が分からなかったりするものね」
女「ここで問題」
男「どうぞ」
女「月は地球環境にも影響を及ぼしてるけど、どんな影響でしょう?」
男「え……」
女「ヒント、海。もうほとんど答えだけど」
男「海に月が映る……この月を斬れば、最強の奥義を会得できる!」
女「……」ドスッ
男「ぐほっ!」
女「これが奥義よ」
男「ちなみに……正解は?」
女「潮の満ち干よ!」
女「月からの引力で、潮の満ち干が起こってるの。聞いたことあるでしょ?」
男「ええ、まあ」
女「これは太陽によっても起こるけど、月の方が満ち干に与える影響は大きいわ」
男「太陽の方がずっと大きいのに……」
女「遠くのイケメンより、近くのフツメンってことかもね」
男「どういう喩えですか」
女「カナダ東部にあるファンディ湾は満潮と干潮の差が世界一大きいことで有名よ」
男「どのぐらい?」
女「なんと15m。四階建てビルほどもあるわ」
男「そんなに変わっちゃうんですか! うっかりしてたらすぐ水に呑まれちゃいますね!」
女「それと、月の動きが暦になってることも知ってるわよね」
男「はい、太陰暦ってやつですね。昔日本でも使ってたっていう」
女「正確には太陰太陽暦ね。日本では1872年まで太陰太陽暦を使ってたの。いわゆる旧暦」
女「太陰暦は月の満ち欠けをする29.5日を一ヶ月とする暦なんだけど」
女「これだと一ヶ月は29日か30日、一年は約354日になる」
女「そうすると、季節と暦がどんどんずれていくのね」
男「今は365日で一年ですからね」
女「だから、太陽太陰暦では約3年に一度、正確には19年間に七度、閏月という13ヶ月目の月を入れて」
女「調整してたの」
男「昔の人もよく考えたものですね。僕ならずれたままでいいかって思っちゃいそうですけど」
女「ちなみにずれたままにする太陰暦は今でもイスラム社会で使われてるわ。ヒジュラ暦っていうんだけど」
男「タイムスリップして昔の時代に行ったら、現代の知識を見せびらかせるなんて考えたりしますけど」
男「昔の人もメチャクチャ頭いいですよね」
女「最初は上手くいってもすぐ知識を吸収されちゃって追い抜かれちゃうかもね」
男「ごもっとも」
女「ああ、昔といえば……月は色んな神話や物語にも足跡を残してるわね」
女「“月で思い浮かぶ昔話”といったらなに?」
男「それはやっぱりかぐや姫の出てくる……竹取物語じゃないでしょうか」
女「大正解!」
男「おおっ、テンション高い!」
女「他にも中国では月には嫦娥(じょうが)という仙女がいるという伝説があるし」
女「ギリシャ神話に出てくる月と狩猟の女神アルテミスも有名ね」
男「月と美女ってのは密接な関わりがあるんですね」
女「よく分かってるじゃない!」バシバシ
男「痛い……」
女「月は小説にも登場するわ」
女「フランスのジュール・ベルヌ作の1865年に出版された『地球から月へ』と1870年に出版された『月をめぐりて』」
女「三人の人間が大砲で月に行くって話なんだけど……」
男「あー、知ってます。映画にもなりましたよね」
女「そう『月世界旅行』。大砲の弾が月の顔面に突き刺さるシーンが印象的ね」
男「大砲で月を目指すなんて豪快というかなんというか……」
女「やってみる?」
男「やめときます!」
女「その後、アメリカとソ連が月面探査を競うようになり、地球人はついに月に到着する」
男「アポロ11号ですよね」
女「そう、1969年アポロ11号が月に到着し、ニール・アームストロング船長が月の大地を踏んだわ」
男「テレビで何度も見ましたよ」
女「その時の名言は?」
男「月に代わって――」
女「……」ドスッ
男「おしおきしないで!」
女「『これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大いなる飛躍である』ね」
男「偉大なことをした人間は、言葉選びもセンスがありますよね」
女「……どう? 月のこと、少しは分かった?」
男「はい、分かりました!」
女「じゃあ、今でも月が綺麗っていえる?」
男「いえます!」
女「もし私が一緒に月に行こうっていったら来てくれる?」
男「行きますよ!」
女「一緒に住もうっていったら?」
男「住みます!」
女「よっしゃ、善は急げ!」ピッポッパッ
男「え?」
女「あ、もしもしー! うん! やっと見つけた!」
男「あの……」
女「うん、急いで! 彼の気が変わらないうちに!」
男「いったいなんの話を……」
ギュゥゥゥゥン…
男「な、なんだ!?」
使者「姫様、お待たせしました!」
女「さ、行くわよ!」
男「行くってどこに!?」
女「もちろん、月よ」
男「なんですってぇ!?」
男(ちょっと待てよ……。今の……“姫”とか、さっきの“地球人”とか……)
男「あなたの正体は……まさか!?」
女「そう、かぐや姫。といっても竹取物語に登場する本人じゃなく子孫だけどね」
女「ご先祖様は地球で求婚されまくったけど、今は逆に地球で婚活しても厳しくてねえ。これも時代かな」
女「だけどやっと相手が見つかったわ!」
男「その相手ってのは……僕ですか!」
女「その通り!」
男「だけど月って、人が住めるような環境じゃないんですよね? 大気がなくて、昼夜の温度も……」
女「さっきはああいったけど、居住区は地球と同じ感覚で住めるわ」
女「それに私たちの技術は地球よりずっと発達してるから、地球にもいつでも戻れるしね」
女「娯楽もたくさんあるわよ。お餅はおいしいし、スマホだってできるし」
男「……」
女「ダメ?」
男「いえ……月に行きます!」
女「やったーっ! ありがとーっ!」
……
……
女「どう? 月は慣れた?」
男「ええ、おかげさまで」
男「それどころか、姫の旦那として地球よりよっぽどいい生活させてもらってますよ」
男「それに地球にも、しょっちゅう帰らせてもらえてますし」
女「オホホ、せっかくお婿に来てくれたんだからそれぐらいしないとね」
女「はい、一杯どうぞ」トクトク
男「どうも。うーん、月のお酒最高!」
女「それじゃ、あなたの故郷を見ながら一杯やりましょうか」
男「そうですね」
男「それにしても、まさか人生でこんな台詞をいう瞬間が来るとは思いませんでしたよ」
女「なに?」
男「地球が……綺麗ですね」
~おわり~
閏月の説明が間違っていたので修正しました
自分の中で折り合いをつけたく供養のつもりでの投下です
よろしければ修正版としてまとめて頂ければありがたいです
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