「今日は皆さんに殺し合いをしてもらいます」
入江小3年4組担任、戸川秀之の宣言から48時間と半日が過ぎた。ここは4組の戦場となった孤島。その南端にひっそりと佇む荒れ果てた教会の廊下。
西日を受けたステンドグラスは、橙や空色、翡翠の暖かな輝きを持って廊下を照らす。その光に包まれれば、天井の隅を占拠するレコード大の雲の巣や蛾なんかの気色の悪い羽虫ですらこの上なく愛おしいものに見えた。しかし、
「う~たをうたうなら~...♪ふふふふ~ん...♪」
そんな慈愛の光すら相容れない異物が一人、今まさにこの廊下を闊歩している。たまえ...否、『タミー』は、いつもの水色のスモックに重ねて上等の白エプロンを纏っていた。おそらくは無人となった民家から頂戴したものだろう。
「陽気な~...さんにん~...♪ふふふっ...まるちゃん...❤️」
いつかTVで耳にしたうろ覚えの歌を口ずさみながら、彼女は時折スキップしたりその場で一回転してみたりして、ロングスカートを可愛らしく踊らせる。
そこにいるのは、紛れもなく想い人との再会を夢見ながら上機嫌に道程を歩む無邪気な乙女だった。無論、彼女がストラップ付きの無骨なサブマシンガンを首から提げていることと、その装束が血まみれであることを除けばだが。
『タミー』の勝利は目前だった。残り12時間以内に消さねばならない者といえば野口、杉山、山田、長山のみ。その4匹を駆除してからゲーム管理塔の人員を皆殺しにすれば、『まるちゃん』と結ばれる。
なにせクラスメイト40人中12人を、彼女は周囲の人間に悟られることなく単身屠ったのだ。自分ならできると『タミー』は信じていた。花輪との死闘で散弾を浴びた右肩の痛みも、まる子と添い遂げる未来を想像するだけでたちまち雲散した。
「やあ、穂波さん」
『タミー』の靴音と鼻歌だけがこだましていた廊下に、突如声が響く。自分だけの時間に水を差され思わず舌打ちを漏らしながらも、たまえは声の主を見遣る。
まず目につくのは、廊下の先を塞いでいるバリケードだった。有刺鉄線や礼拝堂の長椅子、その他もろもろの家具を積み重ねているが、急ぎで作ったようで簡単に決壊しそうだ。
その手前、こちらに背を向けて学校椅子に座る少女がいた。肩までの黒髪に紫のシャツ。たまえが最も敵視する女、野口笑子だった。
「クックック...大したもんだね。アンタのことはマークしてたけど、まさかここまでやるとは予想外だったよ...」
「邪魔」
たまえは平然とした顔でエプロンの裏ポケットからタクティカルナイフを取り出すと、ツカツカと野口の背中に歩み寄る。
ガシッ!
野口の頭を鷲掴みにし上を向かせ、剥き出しの喉笛をナイフで掻き切る...
筈だった。
ゴロンッ!
「!?」
ゴロゴロゴロ...
刃を立てる前に野口の首は?げてしまった。たまえが吃驚して生首を取り落とすと、ボーリングの要領で首は鈍く転がる。
やがてたまえの方を向いて静止した布製の顔面には、ラクガキのような顔に「えみこ」とだけマジックで書かれていた。
『やあ、穂波さん、クックック...大したもんだね。』
役目を終えたマネキンが首から下げたボイスレコーダーは、依然律儀にループ再生を続行していた。
「えっ」
ピーーーーーーーーーーー
ドオオォオォン!!!!!
パラパラ....
「クックックック..........ドリフのオチみたいだね」
粉塵と埃が舞う。C4の爆風で四散したバリケードの瓦礫を踏みつけ、土煙の中から野口が現れた。
「スプラッター気取りの割に、案外うかつだね。クックック....」
仰向けに倒れているたまえに語りかける。
「...」
たまえの返事はない。
目に見えての外傷は特にないが、気絶していてもなんらおかしくはないだろう。野口は構わず嫌味を吐き続ける。
「言えやしない、言えやしないよね...
穂波はさくらに振り向いて欲しくて、自分以外と仲良くするのが許せなくて、独り占めしたいあまり...
4組を『ゲーム』に招いて...その上でさくらを守ってマッチポンプしちゃっただなんて」
「...で、いつまで寝てんのさ」
ピンピンしてるクセに、と野口が言い終わらないうちに、割れた眼鏡の奥でたまえの目がカッと見開く。
ダダダダダ、と起きざまにたまえのウージーが火を吹くが、野口は咄嗟に横に跳び伏し長椅子の残骸に身を隠した。
そのまま恐ろしい手際で懐からニューナンブを取り出し、遮蔽物からの身体の露出を最低限に留めたまえに遮二無二撃ち込んだ。
たまえも彼女で銃口を観察し回避に努めるが、最後の一発が右耳に命中する。
「いぃ゛っ.......やああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
獣にも似た奇声を上げ、たまえは滅多矢鱈にウージーを乱射した。
野口に命中することはなかったが、遮蔽物は粗方蜂の巣と化し使い物にならなくなる。
「チッ...!」
「フーッ...フゥッ....!」ガチッ
「アレッ....?」ガチッガチッ
「!....アレ、あれれ、ジャムったみたいだねぇ...クック」
ガシャーン...!
野口の挑発に神経を逆撫でされたのか、ウージーを投げ捨てる音が響く。
それ聞いて野口は冷や汗をかきながらも、不敵な笑みを浮かべて呟いた。
「.....さくら...後のこと、よろしく頼むよ」
そう言い切るや、ニューナンブを正確に構えたまえの面前に躍り出る。
殺意に満ちた笑みを浮かべ逆手にナイフを握りしめたたまえは、既に肉薄三寸まで迫っていた。
聖なる廊下に、最期の銃声が響き渡った。
後半へ続く
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