少女は死ぬまで生きるようです (27)
ど新人です。死にたくても[ピーーー]ない女の子と、優しい死神の死への旅路のお話です。
よろしくお願いします
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1549766164
失敗した。
ロープをほどきながらいつものように唇を噛みしめる。もう何度目だろう。死にたくないと叫ぶのは理性なのか本能なのか。それがわかったらきっと、ここではない何処かへ征ける気がした。
眠れない夜を誠実に過ごす事に耐えきれなくなった私は、アコースティック・ギターを背負って外に出た。肌に纏わり付く湿気に季節の移ろいを感じ、それとほぼ同時に、命が抱える底無しの虚しさに襲われる。
月がぽっかりと浮かぶ防波堤の上。群青色の夜空に錐で穿ったような星々がどこか寂しげに瞬く。
それはどうしようもなく当たり前なんだと思う。
君たちは互いに、途方もなく離れているんだから。もし星が恋をするのなら、それはすべからく、気が遠くなるほどにロマンチックなんだと思う。
堤防に腰をおろしてぼんやりと空を眺めると、なんだか暴力的な月光が、気高く瞬くリゲルさえも霞ませていた。
だからと言って満月が嫌いなわけじゃない。
……暗がりはきっと大切なもので溢れてる。
夜にしか照らせない何かだってあるかもしれない。
だから彼は、夜を徘徊する私にとって唯一の友だちだ。月が私のことをどう思っているのかなんて知る由もないけれど。
バチン、と指先に痛みが走った。ギターの弦が切れてしまったのだ。潮風を浴びて、ずいぶんと劣化していたのかもしれない。
「…………なんだ、もう終わりなの…?」
いきなり背後から声がするものだから、驚きできゅっと身体が縮こまる。ゆっくりと振り返る。……誰もいない。
背中に氷でも入れられたような感覚に陥って、私はくらりと倒れそうになる。海に落ちるのをなんとか踏みとどまり、深く深く呼吸をした。
「ごめんごめん……まさかそこまで驚くなんて思わなくて。本当にごめんよ」
「……え…?」
そこには女性がいた。夜に溶け込む黒装束を着た、なんの変哲もない女性。
…………海面に立っていること以外は。
……20代後半辺りだろうか?
大学生にしては大人びて見えるし、社会人にしては浮かべる笑みが無邪気だ。
茶色みがかった髪の毛が月の明かりで朝日みたいに煌めいている。
「お詫びと言っちゃなんだけど……お願いを1つ、訊いてあげるよ」
ようやく落ち着きを取り戻した私は、まだ少しだけ震える声で尋ねる。
「なんでも……ですか…?」
「うん、なんでも」
「じゃあ…………」
月を背にして私は告げた。今この時だけは、なんだか世界が静止して思えた。
「私を、ころしてください」
そう言い切ると、世界はようやくゆっくりと色を取り戻し、わたしを軸に廻り始めた。
……いいや、私と“彼女”を軸に。
そう、これは私と“あなた”のお話なんだ。
サーチライトに撫でられるまで2話
細波が無骨な防波堤に打ちつけられて、ちゃぷんと音を立てる。月は相変わらず飽きっぽい表情で、私の遥か空を照らしていた。
「…………いきなり物騒なことを言うね、キミは」
「……そんな凶器持ってる貴女が言うんですか…?」
「おっと、仕舞い忘れてたね」
わざと見せつけたのだろうか。おどけた様子で彼女は、その黒々とした大鎌を薄闇に溶け込ませるようにして消し去った。
…………ほっぺたをつねってみる。
……夢ではない。
いや、ここが夢だとしても私の願いは変わらない。
……命ある限り終わりが来るのだとしたら。
そんな残酷な結末に抗う方法なんて、たった一つしかないじゃないか。
だから……だから、私は私を殺したかったのだ。
「それで……願いを訊いてくれるんですよね?はやく殺してくれませんか?」
「うーん……[ピーーー]のはやぶさかではないんだけどねー……」
「死神は、生きたがってる人間しか殺せないんだ」
「…………はい?」
「いやだから……つまりさ」
屈託のない笑顔で彼女は言う。
「……キミは生きなきゃいけないってわけだよ」
ひどく重たい言葉が脳を殴って、濃密な虚無の匂いに私は嘔吐した。
その場にうずくまり、だだっ広いだけの夜に嗚咽を投げ続けた。
その様子を死神は慰めるでもなく、ただ同じ目線にしゃがんで、足元に広がる吐瀉物も気にせずに、泣き止むのを待ってくれていた。
『サーチライトに撫でられるまで』3話
「生きなきゃいけないって……具体的には?」
「…んー……生きることを楽しめ、って感じかな」
夏草の生えたあぜ道を死神と歩む。なかなか新鮮な体験だ。
蛙の鳴く声がなんだか寂しげだから、“死神だろうと隣を歩む人が居てくれるのはいい事だな”と素直に思った。
先ほど自分の一番きたない部分を見られたせいだろうか。私は私が思う以上に、この死神に心を開いているのかもしれない。
「いわゆる……友達とカラオケだとか、旅行だ記念撮影だとかそういうの?」
「ずいぶん嫌そうな顔して言うね、そのとおりだけど……そのとおりじゃない」
「……?」
「……たとえ話をしよう。きみの人生に色が無いとする」
「うん」
「それに彩色を施すのが、きみのこれからの仕事だよ。死ぬまでの、ね」
「…………何色でも、いいってこと…?」
「だいせいかい!そゆことっ」
ご機嫌に歩く死神とは対照的に、私の眉根には深い谷が刻まれていた。
…………わたしの楽しみとは、何だっただろう。
……それがわからないから、死にたかったんじゃないか。
「ねぇ……私のパレットには色が無いみたい」
「そっかー。それじゃ、今から旅をしよう」
「……旅って……わたしなんの準備も、」
「人生だって命がけの旅なんだぜ?」
「旅をするのに、いのち以外は必要ないよ。友達とかカメラなんかもいらない」
「死神に命はあるの…?」
「痛いとこつくなー……いいからほら、どこ行くか考えて!」
「えーと…じゃあ…」
こうして旅が始まった。
死ぬまでの旅路で、私はどんな色を拾って行けるだろうか。
「そういえばキミ、名前なんていうの?」
「……詩織。死神さんは?」
「んー……ブラウン…は男っぽいな」
「……ビャクヤ。百夜でいいや」
「自分の名前なのにずいぶん適当に決めるんだね」
「ふふ、名前なんて名前でしかないんだよ」
「そうかな……」
「……そうだよ、きっと」
彼女ーー百夜にしてはめずらしく、そう、哀しそうな声で呟いた。
『サーチライトに撫でられるまで』第4話
途中、コンビニに寄った。百夜は自身をも透明化できるらしく、黒装束の女性を連れて入店しても何ら怪しまれることはなかった。
近くの公園のベンチに座る。まだ早朝だ。スズメのさえずり以外は何も聞こえない、閑静な住宅街の朝だ。
「……死神ってお腹すくんだね」
「そりゃー空くさ。餓死はしないけどね」
「じゃあ返してよ、私の苺サンド」
「……美味しかったよ、ごちそうさま」
にまり、と満面の笑みを浮かべた白夜。
「そっか……まあ…美味しかったならよかったよ」
あんまり美味しそうにかぶりついたものだから、満足げな彼女の表情に私の頬はすこし弛緩していた。
「さて…腹ごしらえも済ませたことだし。詩織は、夢とかないの?」
「教師や親に無理やり搾りだされた夢なら持ち合わせてるけど……あいにく、本物は持ってないかな」
「ふーん……」
「女の子は子供を産むことが一番の幸せだー!とか、言う人いるじゃん…?」
「いるね」
「私さ、反出生主義なんだ……」
「ハンシュッショーシュギ?」
「ああ…えと…つまり、生きることを強いるのは残酷だから、子を為すことは罪深いって感じの考え方」
「なるほどねー、それで、詩織は女の子の究極の幸せを味わえない、と」
「そういうこと……」
「でもさ、幸せなんて小さくたっていいんだよ。塵も積もればなんとやらってね」
「例えば……さっき食べたこれ」
「苺パン……の空袋……」
「そんな恨めしそうに見つめないでよ…照れちゃうから」
「白夜……マゾだったの…?」
「ふふ…確かめてみる…?」
早朝のベンチの上。
清潔な空間になんだかやらしい空気が澱む。
「……冗談だよ。私が言いたいのはね…」
「私は、あの苺パンがとっても美味しくて、とっても幸せだった、ってことだよ。ふわふわでほんのり甘くて温かいパン生地に、たっぷりの生クリームと甘酸っぱい苺のハーモニーといったらもう」
「ああ…わかったから。つまり……幸せなんてそのへんに転がってるって言いたいの…?」
「だいたいそんな感じ。幸せを幸せと思えないのが人間なんだけどね」
神にでもなったような視座で彼女は言う。
その余裕に少しだけムカついて、死神も一応神か……と思い直すことにした。
さて…次はどこへ向かおうか。
さて……次はどこへ向かおうか?
そう考えていた矢先。
「おい、No.1254、そこでなにしてる」
「……!?」
突如現れた大男。
彼が見ていたのは…私ではなく。
明らかに……他者からは認識すらできないはずの……百夜だった。
「なんだ、No.514じゃないか。驚かさないでくれよ…驚くことに慣れてないんだ」
「驚くことに慣れてるやつなんているものか。それより…なぜ生者と会話をしている?それも親しげに。いや…理由はどうでもいいか」
No.514と呼ばれた男は、腕を組んでため息をついた。ガタイがいいだけにその姿にはなんだか迫力がある。
「はぁー、死神条項に違反している、って言いたいんだろ?」
「……自覚してやってるなら尚更罪悪だな。おとなしく本部に出頭しろ」
その男が怒気を孕んだ声で言う。私はもう百夜と旅ができないのだろうか?そんな憂鬱がお腹の脇を横切ったとき。
「逃げるよ、詩織」
「……っえ!?」
彼女は私の襟首を鷲づかみにすると、ひとっ飛びでコンビニの屋根の上に降り立った。
「おい……No.1254、なんの真似だ…?」
「いくら相手が古株だからって、死神が死神から逃げられない道理はないさ。時効って言葉、知ってる?」
「お前…!」
「詩織…ちょっとごめんよ」
百夜は男に挑戦的に言い放つと、私の額に触れた。世界がぐるりと反転して、地面から落っことされたような気分になる。
「詩織と私を透明化したよ。それも選択的にね。つまり、これでNo.514から私たちのことは見えない」
「おえっ……百夜って透明化する度にこんな気分になってるの?」
「何ごとも慣れるもんさ。ほら…早いとこここを離れよう。行きたい所はある?」
「じゃあ……楽器屋さん。ちょっと遠いけど……」
「いいよ、旅に移動は付き物だ」
にっこりと笑む彼女の静かな瞳に私はなんだか安堵を覚え、その場をあとにしたのだった。
『サーチライトに撫でられるまで』第6話
「ねぇ、百夜」
「んー?」
「よかったの…?あんなことしてあとで怒られない?」
「いいんだよ。一度きりの人生…好きなことやるべきだ」
「でも百夜は死神だよね。そういえば死神に寿命とかってあるの?」
「んーとね…ないといえばないし、あるといえばある」
「なにそれ」
「ほら…死にもいろいろあるだろ?心臓が止まったときとか、人に忘れられたときとか」
「……そういうもんかな」
「そういうもんだよ。お、詩織の言ってた楽器屋さんってあれ?」
遠くに丸太づくりの小屋が見えた。行きつけの楽器屋だ。
「そうだよ。開いてるといいんだけど……。お邪魔しまーす」
「っらっしゃい」
ここの店主は風変わりな人だ。痩せこけた頬にデニム生地のエプロンをして、いつも煙草を咥えている。人通りの悪い森の麓に小屋なんか立てて、看板も出していないのだから。それでもそこらの店より、品揃えはいい。
「……と…これとこれください」
「あいよ。1500円ね」
どうやら百夜は透明化しているようだ。いくらこんな店主とはいえ、姿を見せるべきではないと踏んだのだろう。
「ありがとうございます」
「そりゃこっちの台詞だよ。こんなとこまでいつもご苦労さん」
結局切れてしまったギターの弦と真っ赤なピックを買った。涙みたいなかたちで、なんだか私にあっている気がしたのだ。
「お目当てのものは買えた?」
「うん。でも満たされちゃったから、行きたいところがなくなっちゃった」
「旅に行き先は必須じゃないよ。でも……キミのギターが聴きたいな。何処か落ち着けるとこないの?」
「じゃあ…時計台に行こう。周りにベンチがたくさんあるんだ」
「よーし、決まり。曲のリクエストをしてもいいかな?」
「私の知ってる曲なら……」
「そこまで有名じゃないからなー。えーとね、秋田ひろむって人の『少年少女』って曲なんだけど」
「あっ、それなら知ってる。amazarashiの人だよね」
「おっ、知っててよかった。趣味が合うねー」
なんて会話をしながら私たちは時計台へと赴く。
透明な死神と楽しげに会話しながら歩く私は、他人からどんな目で見られているのだろう。
そんなことを今まで気にしていなかったことにようやく驚いて、なぜだか涙が出てきた。なんでだろう。
そんな涙に気づかぬフリをしてくれる百夜の優しさが、今はあたたかかった。
『サーチライトに撫でられるまで』第7話
時計台にたどり着く。百夜は少し歩き疲れたのか、どっかりとベンチに腰掛けた。私もその隣に腰を下ろす。
「うろ覚えだから…下手くそでも笑わないでね…?あと…音痴だし…」
「そんなの気にしないよ。わたしは、詩織の奏でる曲が聴きたいだけだから」
アコースティック・ギターを太腿に乗せて、潮風に錆びて切れてしまった弦を取り替える。チューニングを済ますと、さきほど買ったばかりの、赤い涙みたいなピックを持つ。
「じゃあ…弾くよ」
まずは『少年少女』https://youtu.be/f5YB9xatsRY
切実で泣きたくなるような現実を若者たちが生き抜いてゆくさまを、リアリティたっぷりに描いた楽曲だ。
唄えば歌うほどにこの曲は、胸を締め付ける。
それでも百夜に聴いてほしくて、最後まで歌い切った。
「いいね。いまの詩織にぴったりだ」
無邪気な笑みを浮かべながら拍手を送る彼女。
少しだけ自信がついた私は、次の曲に取り掛かる。
『たられば』https://youtu.be/QuJBdDS3dOM
その通り、作詞者がたらればを絞り出した楽曲だ。
そのメロディーも魅力的だけれど、なによりその優しい願いが心を打つ。
涙は出ないけれど、泣き叫ぶように弾いて唄った。
優しすぎる作詞者の願いを、無遠慮に代弁した。
「…………いい曲だね」
「……うん」
「どうして泣きそうな顔してるのさ」
「だって……自分以外に聴かせるために歌ったの初めてだから。それが、こんなに、幸せな行為だなんてしらなかった」
「そっか…。詩織には、まだまだ知らない幸せがたくさんあるんだ。それはそのへんに転がってるかも知れないし、背伸びしても届かない所にあるかもしれない」
「……でもね」
珍しく真剣味を帯びた表情で彼女は語る。
「不幸のどん底にいたとしても、希望が一筋も見えなくとも。生きる意味なんてものは、いつだってつくれるものさ」
「……っと、柄にもなく説教じみたこと言っちゃったね。さて、と……次はどっちに向かう…?」
「…………中学校」
「ほおー…どうしてそんなとこに?」
「私は中学校のとき、不登校だったんだ。だから、死ぬ前に、一度見ておきたくて。トラウマだらけの場所なんだけどね」
百夜はトラウマについて訊いてこなかった。
ただ、こくりと頷いてベンチから立ち上がった。
一体……私たちは、どこへ向かうのだろう。
旅の終わりが死でしかないなら、その旅に意味はあるのだろうか。
そんなことを思いながら、私はギターをケースに仕舞った。
『サーチライトに撫でられるまで』第8話
中学校へと向かう懐かしい坂道。半年だけだけれど、私はこの道を歩んだのだ。あの頃は登下校も一人だったけれど、今は隣に百夜がいてくれる。
ああ……私は百夜に依存してしまっているのかな。
そんなことを考えていると、いまさら死ぬのが惜しくなってくる気がして、その思考を頭から追いやった。
「きっつい坂道だねー…。こんなの毎朝登ってたの?」
汗で額に前髪を張り付かせながら百夜は言う。
死神も汗をかくんだな、なんてのんきに思った。
「うん、半年間だけね。あの頃は坂を登る脚がよく震えてたっけ……」
「クラスに馴染めなかったの?」
「馴染めなかったのは否定しないけど…なにより、馴染めない自分を許せなかったんだ」
「だから…学校にいけなくなったときは、罪悪感で胸が押しつぶされそうだった」
「ふーん…」
百夜は空を仰いで、さして興味もなさ気に言った。
もしかしたら、百夜の飄々とした態度は演技なのかもしれない。わけも無く、私はそう思った。
「ほら…着いたよ」
卒業してもう何年も経つというのに、校門の前に立つと脚がすくんでしまう。時折校庭から聞こえる笛の音に、なんだか怯えてしまう。
「詩織。ひどい顔してるよ?」
「そんなこと……」
「まあ…とりあえず入ってみようか。透明化はしてあげるからさ」
「うん……」
駐輪場を横切り、下駄箱の脇を通り過ぎる。
教室に向かう途中、数人の生徒とすれ違ったがやはり私の姿は見えていないようだ。それでも、心臓はうるさくて仕方なかった。どうしようもなかった。
「へえー…今の中学校はエアコンなんてついてるんだね」
「百夜の頃はついてなかったの?」
「ついてなかった気がするんだけど…。あれ、おかしいな…記憶があいまいだ」
少しだけ哀しげに、彼女は困ったような笑みを浮かべた。
そのあとは職員室へと向かった。
見覚えのある先生がいた。元担任だ。
不登校の私の家に、足繁く通ってくれた。
それを思い出して、なんだか申し訳なくなって、涙がにじんだ。
そんな私の頭を、百夜は優しく撫でてくれた。
姉が妹にするように、指先で髪を梳いては抱き寄せてくれた。
その行動に私は少しだけ、違和感を覚えた。
百夜の優しさはこんなかたちだっただろうか…?
なんだかその抱擁は、わたしと白夜の別れを予感させた。……私の勘違いだと、いいのだけれど。
そうして、私たちは学校をあとにした。
最後に振り向いた校舎の姿は、やはり私の胸を締めつけた。この痛みを死ぬまで覚えていようと、なんとなく思った。
『サーチライトに撫でられるまで第9話』
いつのまにか太陽は私たちの頭上に居座って、じりじりと水分やナトリウムやその他もろもろを、白昼堂々と盗んでいた。
黒装束の百夜はさぞかし暑いだろうと訊ねてみたが、
「魂を扱える死神に体温調節なんて造作もないさ」なんて自慢げに言われてしまった。
中学校に行く坂道では汗をかいていたくせに。
……もしかしたら、私と同じ体験をしたくて汗をかいてくれたのだろうか。
そしてほんの一瞬、魂ってなんだろう…と疑問が頭を掠めたが、気にしないことにした。
どうせそのうち私は死ぬのだから。
……そういう言い訳を、私は生きるうえでよく使ってきた。
「ねぇ詩織。人間の幸福ってなんだと思う?」
「むつかしいこと訊くね。うーん……三大欲求を満たすこと、とか?美味しいもの食べて、ぐっすり眠って、ついでに……えっちなことしたりして…とか…」
自分で言っておいてなんだか恥ずかしくなってしまった。保健体育の授業は涼しい顔で受けていられるのに。……なんだか不思議だ。
「なるほどなるほどー。美味しいものはさっきコンビニで食べたし、じゃあ…お昼寝しよっか!」
「死神とお昼寝するなんて一生の思い出だね。でも、どこで寝るの?」
「そりゃー詩織のお部屋だよ。一度行ってみたかったんだ。ね、いいでしょ…?」
態とらしく媚びてくる死神になんだか苦笑してしまって、「仕方ないな…」と了承した。
「何もない部屋だけど…どうぞ」
自分の部屋に他人を招くなんていつ以来だろう。もしかしたら、初めてかもしれない。それだけ私はこの世界から孤立していた。
私の部屋にはろくなものが無い。
あるものと言えばシングルベッドに読書灯と本棚と、小さなテーブルにノートPCくらいのものだ。
母親には、もうちょっと女の子らしくしたら?なんて小言を言われたりもする。
「わぁぁあーーーっ」
ぼふっ、と音を立てて百夜がベッドにダイブする。
本当に子供みたいな死神だ。
「そういえば百夜っていつもはどこで寝てるの?」
私も、もぞもぞと布団にもぐりながら尋ねてみる。
ベッドの質感を満喫した百夜が、顔だけ振り向いて答える。
「電柱の上とか…ビルの屋上とか…防波堤の上とか?」
「寝心地悪そうだね……」
「うん。だからベッドで眠れるなんて幸せだよ」
「そっか……幸せか……」
なんだか目蓋が重たくなってきた。今日は夜明けから色んなことがありすぎて、疲れているのかもしれない。
百夜が私を優しく抱き寄せる。その胸に顔をうずめる。おやすみ、と優しい死神は小さく呟いた。
そこで、私の意識は途切れた。
目を醒ますと、彼女の姿は無かった。
百夜の陽だまりみたいな匂いだけが、残されていた。
「百夜…?どこ…?……百夜…!?」
窓の外では夕立が雨音を立てていた。
西陽の射し込む部屋の隅で、私は膝を抱えて、彼女が居なくなった心の隙間を涙で埋めていた。
『いいんだよ。一度きりの人生…好きなことやるべきだ』
彼女の言葉が脳裏に蘇る。
気がつけば私は、家を飛び出していた。
あてなどない。あるわけがない。
だってこれは、人生なんだから。
私だけの、気が遠くなるほど虚しい、旅なんだから。
『サーチライトに撫でられるまで』最終話前編
私は駆ける。
夕立のなかを、長い黒髪を振り乱し、あの無邪気な死神の名を叫びながら。
流石に息が切れてしまって、脚が震えて言うことを聞かなくなってしまう。日頃の運動不足がたたってしまったようだ。
……だって普通、死神を必死で探すことになるなんて思わないよ。そんなふうに、酸素不足の脳内は文句ばかりを産生していた。
喘鳴を零しながら、道路脇の公園にある水飲み場にふらふらと向かう。蛇口をひねって、細く吹き出す水を顔面にいっぱい浴びる。ぽたぽたと水滴を垂らしながらベンチに倒れ込む。無遠慮に射し込む西陽が鬱陶しくて、目元を腕で覆った。
「百夜……どこにいるのさ……」
「さて…どこだろうね」
「……!!」
思わず飛び起きて、声のする方を振り向いた。
「百夜……びゃくや……なんで…」
「死神協会の本部にちょっとね。怒られに行ってきたよ」
「やっぱり、私なんかと過ごしてるせい…?」
「んー、それもあるけど。……私、ろくに死神やれてないんだ。ノルマとかもあってさー、死んだあとまでこき使われるのも疲れるもんだね」
「死んだ……あと……?」
「あれ、言ってなかったっけ。……死神は、生前自殺した人がなる職業なんだ。自分の命を奪えるなら、他人の命だって奪えるだろ?って感じなのかな」
「百夜に……生前の記憶はあるの?」
「それがぼんやりとしか思い出せないんだ。でもこれだけは覚えてる。死ぬのは、死ぬほど怖かったよ」
「そっか……ねえ、百夜」
「なあに?」
「いまの私なら……殺してくれる…?」
「ああ、殺してあげられるよ」
いつの間にか夕立は止んでいた。雨雲の隙間から薄い茜色の光が、街を照らしていた。
百夜が大鎌を取り出す。
その刃先を私の首筋に当てる。
唇を噛む。ぎゅっ、とかたく目をつむる。
ようやく[ピーーー]るんだ。ようやく。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『サーチライトに撫でられるまで』最終話後編
いつまで待っても死の苦痛らしきものはやってこなかった。ゆっくりと目をあける。茜色に染まった死神は、にんまりとした笑みを湛えていた。
「脚……震えてるよ…?そんなんで死にたいなんてよく言えたもんだね」
「……っ…!ひどいよ、百夜……だましたの?」
「まあまあ、落ち着いてよ。殺さないなんて言ってない」
「詩織にとってこの世界が生きづらいのはよく分かったよ。この一日でね。たった一日で、私みたいな馬鹿にでも分かるほど、つらかったんだね」
「だから……だからなんなの…?」
ぼろぼろと涙をこぼしながら私は百夜を睨む。
その悪意を、優しい死神は困ったような笑みで受けとめる。
「生きる意味なんて始めっからないのさ。こんな愚かな人間の生に、価値なんてあるはずがない」
「じゃあ…じゃあなんで…!!?それでも…それでも…!それが神の答えだとしても、それを私は否定する!!!」
「私は、もう、生きたいんだよ…!どうしようもなく、百夜と生きて死にたいんだよ…っ!!命が尽きるまで、この生を全うしたくなっちゃったんだよ…っ!!!!!」
声が掠れる程に叫んだ。近所迷惑なんてどうでもいい。
私の人生より気にすべき事柄なんて、この世には存在しない。
……この死神を除いては。
「……お見事。よくがんばったね」
静かな声で、母親みたいなあたたかさで、彼女はわたしを抱き寄せる。
「本来死神と人間はともに生きていけない。矛盾した存在だからね。」
「……だったら、答えは決まってるよ」
覚悟を決める。覚悟とは、覚悟を決める姿勢のことを言うのかもしれない。
「……私をころして、百夜。そして私は死神になるよ」
「……いいんだね?」
「うん。死んだところで大して悲しむ人も居ないだろうし。それに…」
「百夜と夜を越えられるなら、きっとなにも怖くない。夜に潜む憂鬱も、夜窓に居座る希死念慮も。ロープを結ぶ私自身も。」
「強くなったね…詩織」
「私が強くなったんじゃないよ。百夜が支えてくれただけ」
「照れること言うなー詩織はー。……じゃあ、いくよ…?」
「……うん」
胸元から、何かが抜け落ちる感触がした。
確か死神は魂を奪うんだっけ…。
こんな空っぽな私にも、魂があったんだ……。
薄っすらと消えてゆく意識のなかで、百夜が手を振るのがぼんやりと見えた。何か言っている。
「……た……でね……」
気づけば私は、真っ白なホールに座り込んでいた。
「お、ようやく起きたね」
「百夜…っ…!」
彼女の胸元に顔を埋めたまま、私は泣いた。
涙の出る理由なんてどうでもいいか、と今は思える。
百夜が頭を撫でてくれる。そして耳元で囁く。
「ようこそ、死神の世界へ」
こうして私は、たったの一日だけだけれど、死ぬまで生きた。
生きる意味は見いだせなかったけど、死ぬ意味は見いだせた。
それでもいいか、と思えるこの思考こそが、百夜と出会って得た唯一の宝物なのかもしれない。
『サーチライトに撫でられるまで』エピローグ
死神協会の屋上に出てみる。
夜空の星々は相変わらず美しくて、その儚げな瞬きになんだか、命の煌めきを見出せた。
一陣の風が吹いた。
おろしたての黒装束がぱたぱたと揺れる。
……わたしは、ここで生きていくのだ。
以上で終わります。カクヨムにも同じものを投稿してます。感想をいただけるととても嬉しいです。ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
カクヨムの方のリンクです
レビュー貰えるととびあがってよろこびます
ついでにこの小説の元になった絵を貼っとく
自分で描いたやつだから下手くそだけど
https://i.imgur.com/cSP6IRn.jpg
https://i.imgur.com/2b2VUSG.jpg
https://i.imgur.com/D8z2JdI.jpg
ちなみに精神病院に入院中に書き上げた作品です
>>15
レビュー会員登録とかめんどくさいですけどよろしくお願いします。酷評でもなんでも嬉しいです。それが僕の生きる糧なんです。
改行を覚えろ
>>19
改行してたらこれ以上改行できません!って出てしまって
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません