【ミリマス】未来は神様と思い出したい (19)
ははは、はーんあん。
ははは、はーんあん。
文字に書き起こすと鳴き声はまさにそんな感じで。
あ、鳴き声じゃなくて泣き声ですね。
とにかく、私が呼びだされた時にははは、はーんあん。
「静かに!」
ぴっ、と彼女の動きが止まり、私はコホン! と神々しく咳ばらいをついて言ったのです。
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「心配せずとも大方の事情は分かっています。ズバリ、今日は貴女の生まれて来た日だった」
「そっ、それは、それ、そうですけど。……私、そういうこと話しましたっけ?」
「ふっふっふ。驚くなかれ。実は貴女とこうして話すのは初めての事では無いのです」
「ええっ!?」
「驚くなかれ! 具体的にはもう三十……細かい話はいいですね。
とにかく何度も会ってるのでお悩み自体は知ってました。
ただ我が神通力をもってしてもこの問題はちょこっとばかし手に余るのです」
言って、私は錫杖で床を鳴らしました。
おっと違う。錫杖で床をつつきました。
違う。錫杖をトン、と鳴らして見せました。
「……すみません。都合三回も地震を起こしてしまい」
「全部震度1みたいだからへーきですけど」スマホを持って彼女は言います。
「それでその、手に余る問題と言うのがですね。
そうして繰り返し検証を行った結果、貴女が自分の誕生日を忘れてしまっていたように、
この地球、宇宙、それから〇×.~//から隣三軒位の範囲において、
全ての生命が『今日が貴女の誕生日である』事実を忘れてしまっている事が分かりました」
「えぇ~、そんなぁ~……」
「お嘆くなかれ! であるからして、特例中の特例ですが神様である私がどーにかこーにかしたんですね。
貴女が神に願ったから。
ラッキーですよ? 決してこちらの不手際を秘密裏に修正したいとかではなくて。
――三十……二ぃ……四? とにかくそこそこの回数『今日という日』をやり直しました。
まぁ実務と言っても貴女にこうして説明し、砂時計をひっくり返しただけですけど」
そこまで説明してもう一度コホンと咳払い。
「さて……。それで、今は汝ですか?」
「午後十一時二十二分です!」
「ボケ潰しとは意外にやりますねぇ」
スマホを持って答える彼女に私は困った顔を見せます。
実際は全然困ってませんですが、
こーゆー顔を見せておくことで親身になってる風に思わせるのは営業の基本テクなんです。
「む~……。今回は繰り返すごとに一分ずつズレてるのかなぁ?」
「え? 神様が来てくれてから結構お喋りしてましたよ」
「そういう話は言わなければ誰にも分らないのに。
……言い訳がましくなりますが、今は時間の流れが止まっています。神通力の成せるワザです」
「でもさっきは地震速報が――」
「疑うなかれ! それはアレ、時差です時差。貴女そういう事ばっかり気にしてるといつしか友達失くしますよ?」
有難いお告げが効いたのでしょう。
彼女はみるみる青くなり「そ、それだけは許してください!」と慌てて私に泣きつきます。
ははは、はーんあん。
……泣きたいのはむしろこちらでした。
ああ、ああ、私の服に青っぱなが。
「しかしここまで何度も繰り返して、日付が変わる直前まで
貴女しか思い出せないとなるとつまりそれは――」
「つまりそれは?」
「原因はきっと貴女にあります。
解法が歴史改変系になっちゃうのであんまり好ましくないんですが、
今度のループではもう少し直接的な治療をしましょう」
「はぁ」
彼女が困惑したように項垂れました。
それから少しばかり悩んだ様子で手遊びし、
「……でも、それでも誰も思い出さなかったら?
神様はやっぱりもう一度、世界をやり直しちゃうんですか?」
「世界では無くて今日ですけど」流石にその規模のやり直しは結構面倒くさいのです。
「大丈夫です、憂うなかれ! 思い出せなかった時はその時で、
今日という時点において人類の歴史が止まってしまうだけですから。
永遠に繰り返される一日というのも案外悪くありませんよ?」
私は彼女を安心させる為にウィンクをし、そのまま布団に入るよう促しました。
案外聞き分けの良い彼女はすんなり寝入ってくれました。
私は神様ウォークで部屋を出て、神様ジャンプで空に舞い、
神の仕事道具である砂時計をひっくり返しました。それも、丁度一日分を。
夜が朝へと変わっていきます。
世界が昨日へと戻って行きます。
たった一人の願いを叶える為に大袈裟だって思いますか? でもね、それがお仕事なんです。
人々の預かり知らぬトコで蠢く不具合を治療する――全てにパッチが当たりました。
===
「春日、未来さんですよね! ――本物だぁ! 私、貴女のファンなんです!」
と、劇場へ向かってる途中で話しかけられた。
私は乗ってた自転車にブレーキをかけて
――ん? ブレーキはもうかけてあったっけ?――
とにかく、自転車から降りてその人に「ありがとうございます!」って元気にお返事して。
「もしかして今から劇場ですか? あ、それともやっぱり学校に」
「劇場です! 今日は朝からお仕事がある予定で」
「大変ですねぇ。お若いのに」
なんて褒められちゃったから思わず照れ臭くなっちゃった。
そう言えばアイドルになってからは色んな人に褒められる事が増えた気がする。
「でへへ~、いやぁ、そんなことは。
……レッスンとか楽しいですし、何よりファンの皆さんに笑顔を届ける為ですし!」
言って、私は差し出された握手に心良く応じた。
ファンサービスは大切ってプロデューサーさんにも言われてるし、
何より手と手を繋ぐことで笑顔になってくれるのが私の胸をポカポカさせて。
「おお! 私、この手は洗わないでそのまま取っときます」
興奮気味に喜んでくれるファンの人に私はもう一度お礼を言った。
すると、その人は「ああそうだ、ちょっと待ってください」と鞄をガサゴソし始めて……
どーしたんだろ? って待ってると、出てきたのは赤いサイコロだった。
それは所謂サイコロキャラメルで。
受け取りながらファンの人にも見覚えがあるなって感じちゃって。
でもドコで会ったかは思いだせなくって。
それでもその人は私を見つめて嬉しそうに教えてくれた。
「今日がお誕生日でしたよね」
「はい。今日は誕生日です」
だからスルっと答えて思い出した。
そうだ、今日は誕生日だ。
私がこの世に生まれた日。
一年の中でたった一回、とりわけ大事な日の事を――どうして忘れてたんだろう?
「なのにこんなモノぐらいしか渡せないで。おやつ時にでも食べて下さい」
「あ……いえっ! ありがとうございます!」
「おめでとうございます。じゃあ何度も引き留めちゃってごめんなさいね。活躍、応援してますから」
「は、はい! ……はい! また劇場にも観に来てくださいねーっ!!」
去って行くファンの人に大きく大きく手を振って、私は夢現な気分のまま劇場までを辿り着いた。
いつもみたいに自転車置き場に自転車を置いて、エントランスの扉を開けて中に入り、
それから、もう一度改めて今日が誕生日だって事を噛みしめるように確認して。
「おはよう未来。今来たトコか?」
そんなこんなで立ち止まっているとプロデューサーさんと鉢合わせる。
玄関だから当たり前だ。
でも、私はそんな当たり前が当たり前過ぎて忘れてしまったりしてたワケで。
「プロデューサーさんっ!」
気づけば足が動き出した。すぐにも私は訊きたかった。
タックルみたいに飛び込んじゃった私を難なく受け止める彼に向けて、
この発見をどうしても伝えたい気持ちが爆発しちゃって止まらない。
今すぐ彼にも確かめたい!
「プロデューサーさんっ。今日が私の誕生日だって知ってました?」
すると微笑む彼から最高の返事。
だから私も感じたままの言葉で返す。
それで、それが一体何かと問うならば――驚くなかれ!
「私はさっき思い出しました♪」
===
……ふぅ、何とかハッピーエンドですね。
こういうの自慢じゃありませんが、また人類を救ってしまいました。
これで彼女の世界は安心です、アフターケアまでバッチリです。
とはいえスケジュール帳はびっしりで、私の仕事も沢山残ってます。
週末は(一応解説しときますと、週末と終末をかけてますよ)まだまだ先に思えますが、
神様を必要としている世界はこの世に無数にありますし。
ほら――耳を澄ませば聞こえてくる。
ははは、はーんあん。
ははは、はーんあん。
===
以上おしまい。
未来ちゃんハッピーバースデー! ……ってのも、忘れちゃってたら言えないのね。
彼女が覚えてないようなら、アナタが教えてあげてください。
では、お読みいただきありがとうございました。
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