「昏き穴蔵の魔女殿、お迎えにあがりました」
竜の子とパートナーである生贄娘、そして新たに大人勃ち……もとい、お友達となった魔女を乗せた船は無事航海を終え、海の向こう側の港町に着港して、久しぶりの大地に足を踏みしめる喜びに浸る間も無く、兵士達に取り囲まれた。
「な、なに……? 僕、なんか悪いことした?」
「若様、危険です。お下がりください」
物々しい雰囲気に危険を感じた生贄娘は、自らが捧げられた竜王の子を己の背に庇い、問う。
「あの方々はあなたのお客様ですか?」
「……そう」
兵士に名指しされた魔女は静かに頷き認めた。
「とても友好的とは思えませんが……」
「……あなた達には、迷惑をかけない」
そう言って魔女は、竜の子の小さな手を取る。
「……若、ごめん」
「魔女さん……?」
「……やっぱり、私は、お友達にはなれない」
「えっ?」
「……私は、若達の傍には、いられない」
一方的に告げて、黒真珠の瞳を伏せる魔女は、まるで泣いているようで、切なくなった。
「……そんなこと、言わないで」
「……ごめんね。もう、行かないと」
「っ……行かないでっ!」
兵士達と共に立ち去ろうとする魔女を、竜の子が思わず引き留めると、魔女は困ったような、泣きそうな顔をして、なにやら手渡してきた。
「……さようなら。私の、初めての、お友達」
「魔女さんっ!?」
「……どうか、忘れないで」
一雫の涙を零して別れを告げて、魔女は踵を返し、それっきり振り返らずに、立ち去った。
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「いや~清々しましたねぇ!」
一人減り、再び二人だけの旅が始まり、生贄娘は上機嫌で鼻歌を奏でながら前を歩いている。
「一時はヒロインの座を奪われるのではないかとヒヤヒヤしましたが、口ほどにもありませんでした。やはり、天は私の味方のようですね」
晴れ晴れという心中を物語るかのごとく、晴れ渡った青空に生贄娘の元気な声が響き渡るも、傍らの竜の子は黙したまま、返事を返さない。
「おや? 若様、どうなされました?」
「……わかってる癖に」
「ははあ。なるほど……ずばりうんちですね?」
「……違うよ」
「お恥ずかしがらずとも、私がお世話を……」
「っ……違うって、言ってるでしょ!!」
空気を読むつもりのないらしい生贄娘に竜の子が堪らず怒鳴り散らすと、彼女は足を止めた。
そして背を向けたまま、竜の子に尋ねた。
「何故もっと強く引き留めなかったのです?」
「だって、魔女さんが!」
まるで魔女を見捨てたかのようなその物言いに、竜の子が声を荒げて言い返そうとすると、生贄娘は振り返り、ぴしゃりと叱りつけた。
「お黙りなさい。全ては、若様の責任です」
「僕の、責任……?」
「そうです。若様の意気地がなかった。故に魔女は連れていかれたのです。情けないですね」
「……うるさい」
「意気地なしの竜の子を、さぞご両親は嘆かれるでしょう。かくいう私も、幻滅しています」
「うるさい! うるさい! 黙れっ!!」
「いいえ黙りません。それが生贄の務めです」
癇癪を起こした子供に生贄娘は呆れることや見放すことをせずに、真っ直ぐ向き合い、諭す。
「いいですか若様。お友達は大切な存在です」
ひとことひとこと、噛み砕くように説明した。
「失えば、もう二度と元には戻りません」
「……そんなの、やだ」
「泣いたって喚いたってどうにもなりません」
「ううっ……やだ、やだ、やだぁっ!!」
「若様はあの時たかが人間如きの兵士に怯え、ご自分のお友達をお見捨てになられました」
「違う違う! 僕はそんなことしてない!!」
嫌な言葉から逃れるようにかぶりを振りながら両耳を塞ぐ竜の子を生贄娘は尚も責め立てた。
「あの時の若様は臆病者で、薄情者でした」
「僕だって、出来ることなら助けたかった!」
「では、何故戦おうとしなかったのですか?」
「だって! 僕はまだ子供で、弱くて……!」
竜の子は自惚れてはいない。過信していない。
いくら父が偉大な竜王であっても所詮は稚児。
まだまだその力には遠く及ばない存在である。
その自己分析は正しく、そしてそれは生贄娘も重々理解しているからこそ、あの時、庇った。
竜の子は幼く、弱い。それでも、だからこそ。
「では、どうして……」
生贄娘は悲しげな目で、竜の子に問いかける。
「どうしてこの私を頼って下さらなかった!」
言われて、はっとした。
言われて、遅まきながら、気づく。
自らの弱さを、言い訳にしていただけだと。
竜の子は、自らの愚かさを痛感し、反省した。
「……ごめんなさい」
自らの過ちに気づき、愚かさが身に沁みた竜の子は消沈して素直に謝る。しかし、泣かない。
「僕が全部悪かった。僕は、自分が情けない」
自分自身への嫌悪感で、竜の子の頭は冷え切り、どうすればいいかを考えることが出来た。
「生贄娘、お願い」
「はい、なんなりとお命じくださいませ」
「僕と一緒に、魔女さんを助けて……!」
声が震えた。まさしく、恥の上塗りだった。
今更どの口が助けを求めるのか。格好悪い。
情けない自分が惨めで、醜くて、嫌になる。
それでも竜の子のその悔しそうな顔を見て。
「はい。この私に全て、お任せくださいませ」
そこに含まれる様々な葛藤が必ずやこの子を強くしてくれると、そう確信して、ようやく生贄娘は優しい微笑みを浮かべ、快諾してくれた。
「ありがとう……生贄娘」
「必ずや、若様のご期待にお応えしましょう」
「うん……本当に、ありがとう」
自信満々にそう言い切る生贄娘は頼りになる。
自分もいつか、そんな大人になりたいと思う。
いや、ならなければならないと、決意をした。
「ところで、若様。ひとつ気になることが」
「えっ? なんのこと?」
「去り際に、魔女から何を貰ったのですか?」
「ほえ?」
そう言えば何かを手渡されたなと思い出して、握りしめていた手のひらを開くと、そこには。
「ま、真っ黒クロスケ……!」
黒くてスケスケの魔女の下着が現れた、瞬間。
「やっぱり魔女を助けるのはやめましょう!」
「ええっ!?」
「何が、どうか、忘れないで、ですか! 馬鹿にしてるとしか思えません! これは没収です!」
憤慨した生贄娘に、魔女の黒くてスケスケな下着を没収された竜の子は、なんだか勿体なかったなと、そう感じて、ちょっとだけ涙が出た。
「ほほう。これまた随分立派なお城ですねぇ」
あの後、すっかりへそを曲げてしまった生贄娘をどうにかこうにか竜の子が説得し、魔女が連れ去られたと思しき城の前までたどり着いた。
城門は堅牢であり周囲はお堀に囲まれ、見張りの衛兵の数も多くどこにも隙は見当たらない。
「生贄娘、どうするつもり?」
「もちろん、中へ入ります」
「どうやって?」
「私に考えがありますので、お任せください」
そう言って生贄娘は竜の子の手を引いて、正面から桟橋を渡り、城門の扉をドンドン叩いた。
「ごめんくださーい! 開けてくださーい!」
「ちょっとちょっと! 困るよ、君たち!?」
あまりに堂々と目の前を横切るものだから呆気に取られついつい桟橋を渡らせてしまった衛兵達が我に返り、慌てて生贄娘の狂行を止めた。
「もしもーし! 開けてくださーい!」
「やめなさいって! お城になんの用だ!?」
衛兵達の制止の声になど聞く耳を持たず、ドンドン城門を叩き続ける生贄娘に仕方なく衛兵が尋ねると、ようやく扉を叩くのやめて答えた。
「実は、おトイレがしたくて……」
「はあ? トイレなら、城下町にあるだろう」
「しかしもう、限界でして……それに、弟も」
このタイミングでまた僕の出番かと竜の子は度肝を抜かれたが、演技をして、話を合わせた。
「う、う~ん……お姉ちゃん、苦しいよぉ」
「どうか、おトイレを貸してくれませんか?」
「そう言われてもダメだ。規則だからな」
「ですが、このままでは、私も弟も……」
「ダメだ。町のトイレを使え」
「ならば、致し方ありません」
とりつく島もない衛兵に深々と嘆息して、生贄娘をその場にどっかりと、しゃがみ込んだ。
「い、生贄娘……?」
「若様、覚悟を決めてください」
「ほ、本当にするの……?」
「息を揃えて、同時に漏らしましょう」
「なっ!? お前たち、よせっ!?」
何をしようとしているのかを察した衛兵達が青い顔をして止めに入るその最中、城門が開き。
「あなた達、一体何を騒いでいるのですか?」
「ひ、姫様!?」
騒ぎを聞きつけたこの城の姫君が、姿を現した。
「あらあら、まあまあ」
衛兵から事の次第を聞いた姫君は淑やかに微笑んで、竜の子と生贄に向けて手招きをした。
「さあ、漏らさぬうちに早くお入りなさいな」
「ですが、姫様!」
「よいと、言っているのです。何か問題が?」
「……いえ、ありません!」
美しい笑顔だけで衛兵の苦言を黙らせた姫君は、豊かな金髪の巻き髪を揺らしながら城内を先導し、竜の子と生贄娘を自室へと招いた。
そして、変わらぬ笑顔のまま、促した。
「ここはわたくしの私室ですので、遠慮はいりません。さあ、盛大に脱糞してくださいまし」
竜の子は目を瞬かせる。おかしいな。
何かの間違いか。いや、幻聴だろう。
そう思い、気を取り直そうとしたら。
「では、お言葉に甘えて、遠慮なく」
ぶりゅっ!
傍らで生贄娘が脱糞をして。
あっ、終わったと、思った。
城内での脱糞は極刑だろう。
罪状が脱糞なんて格好悪い。
ぶりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅぅ~っ!
父上、母上。ごめんなさい。
志し半ばで、口惜しいです。
生贄娘の手綱を離しました。
そしたら、脱糞されました。
それが嘘みたいな現実です。
どうか、せめて、お元気で。
「フハッ!」
「えっ?」
父と母にお別れをしていた竜の子は、姫君の私室に響いた愉悦によって、現実に立ち返った。
今のは誰の愉悦だろう。生贄娘ではなかった。
彼女の愉悦を竜の子が聞き間違える筈もない。
ではいったい、誰がこんな高嗤いをしたのか。
「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
ふと視線を上げると、お姫様が、狂っていた。
口角を釣り上げて、哄笑を響かせるその姿は。
姫君もまた、同じ穴の貉であると示していた。
「ふぅ……なかなか、見事なお点前で」
「お粗末様でした」
「粗末なものにこそ、価値は光るのです」
そんな、いかにも格言っぽいことを言っているがそれは単に糞に対しての褒め言葉であった。
「さて、本題に移りましょう」
まるで何事もなかったかのように平然と話題を変える姫君に、竜の子は得体の知れない恐怖を感じ、お尻の穴が絞まるのを自覚していると。
「あなた方が我々から昏き穴蔵の魔女殿を取り戻しに来たということは、既にお見通しです」
「!」
目的を看破され、狂っていながらも全てを見通す姫君の慧眼に、竜の子はぞくりと戦慄した。
しかし、生贄娘は何ら動じることなく尋ねた。
カマをかけられている可能性を考慮しながら。
「にもかかわらず、我々を城内に招いたと?」
「ええ、そういうことになりますね」
「理由を伺ってもよろしいですか?」
「ただの好奇心ですわ。あの魔女殿が心を開いた者たちに興味があったので、招き入れました」
冗談めかしてそういう姫君の視線は竜の子に注がれており、生贄娘は注意深く質問を続ける。
「若様に何か気になる点でも?」
「これはわたくしの個人的な推察ですが、その子供には恐らく、あの魔女の心を開かせるだけの何かがあるのだと、そう考えておりますわ」
「たとえば、どのような?」
「そうですね……人ならざる者、だとか」
あまりに察しの良すぎるこの姫君が、どこまで見透かしているのか、生贄娘にもわからない。
「ふふっ……ごめんあそばせ。わたくしとしたことがつい、おふざけが過ぎてしまいましたわ」
上品にくすりと笑って、姫君は種を明かした。
「実はわたくしは精霊の声が聞こえるのです」
その姫君の告白の真偽が判断出来ず困惑する。
精霊の声。神の声。天からのお告げ。なんて。
様々な言い方はあるがどれも信憑性に乏しい。
ぶっちゃけ、全て精神疾患なのかも知れない。
故に、王女の発言は、俄かには信じ難かった。
「それを我々に信じろと仰るのですか?」
「ええ。でなければお話が進みませんわ」
「ちなみにどのような展開がお望みで?」
「手と手を取り合って、世界の危機に立ち向かう、そんな英雄譚などはいかがでしょうか?」
「なるほど……もう、結構です」
戯言だと、生贄娘は判断した。
もしくは、利用するつもりだと。
話を切り上げて、退室を切り出そうとしたら。
「今、昏き穴蔵の魔女殿は独り、世界を危機に陥れようとしている巨悪に立ち向かっています」
「魔女さんが……?」
ここぞとばかりに、竜の子の気を引かれて、生贄娘は退室を切り出す機会を失い、奪われた。
「昏き穴蔵の魔女は強大です。しかし、たった独りでは巨悪を討ち亡ぼすことは困難でしょう」
「魔女さん、負けちゃうの……?」
姫君の言葉に真摯に耳を傾ける竜の子を危ぶみ、生贄娘が割って入る前に、予言を告げた。
「遠からず魔女は敗北し世界は闇に包まれる」
ごくりと、竜の子が喉を鳴らす。
どうやら、完全に信じてしまった様子。
仕方なく、生贄娘は予言の続きを促した。
「それで私達に何をしろと仰るのですか?」
「魔女殿を助け、巨悪を滅ぼしてください」
「女子供に任せるお仕事ではありませんね」
「謙遜はよくありませんわ。力を感じます」
まるでひりつく指先をなぞるように、姫君は優しげな微笑を浮かべて、竜の子に問いかける。
「魔女殿を助けたくはありませんか?」
「助けたい!」
即断だった。即決だった。逡巡などなかった。
生贄娘は救出に向かう際に発破をかけ過ぎたことを後悔しながらもやむを得まいと開き直る。
ここで魔女を見捨てるように育ってしまっては、竜の子の父と母に顔向けが出来なかった。
なので、やむなく黙認すると、姫君は喜んだ。
「まあ、竜の若君は素直な良い子ですわね」
さらりと、竜の子の正体を口にした精霊使いの姫君に対し、今更動揺する必要などなかった。
「初めから、正体に気づいていたのですね?」
「ええ、当然ですわ。なにせ精霊が怯えておしっこを漏らす程の力を秘めているのですもの」
結局、何もかもを見抜いていたらしい王女は冗談めかして、おもむろにスカートの裾を捲り。
「わたくしも、少々、達してしまいましたわ」
「ほえ?」
その言葉通り。
王女の健康的な肉つきの良い太ももを滴る尿の雫に、竜の子は思わず目を奪われてしまった。
「……『また』でしたね、若様」
「……ごめんなさいでした」
あの後すぐにお漏らしお姫様から魔女の現在地を教えられて、竜の子と生贄娘は城を出た。
桟橋を渡りながら、生贄娘は竜の子を叱る。
「前回の反省が全く活かされていませんねぇ」
「……面目ありません」
「どうして見てしまうのですか?」
「……わかりません」
「この物語がどんなお話か覚えていますか?」
「……お茶の間で皆が嗤って愉しめる物語です」
「然り。それが全年齢対象で健全な物語です」
「……はい。固く、肝に命じます」
説教の最後に生贄娘は拗ねた口調で付け足す。
「節操がなければ、女の子に嫌われますよ」
「……き、嫌わないで」
「ふんだ」
「嫌わないでぇっ!?」
涙目で懇願する竜の子を、冷たくあしらった。
もちろん、姫君の太ももと尿に目を奪われたことに対する抗議もあるが、何よりも、城から出た直後の、覚悟を決めたお顔が気に入らない。
「魔女の為に、あんなに、お熱くなられて……」
そこまでして救おうとする魔女に、嫉妬した。
「……カッコよすぎて、本当に、羨ましいです」
「えっ? 生贄娘、何か言った?」
「若様はお子様であられるとそう言いました」
「お子様じゃないもん!」
少し揶揄うとすぐに不満そうに頬を膨らませる竜の子の年相応の子供らしさを見て、生贄娘はまだまだ子供だと安心感を抱きつつ、しかし、油断は禁物であり大敵だと、気を引き締めた。
子供の成長は早い。すぐ大人になってしまう。
目を離すとあっという間にどこか遠くへ巣立ってしまうのではないかと不安で、寂しかった。
とはいえ、泣きごとなど生贄娘の柄ではない。
頼れる大人であろうと、年頃の娘は精一杯の虚勢を張って、竜の子の手を取り、前へと進む。
「それでは、私としては全く気が進みませんが、ともあれ一度は弟子となったわけですし、嫌々ながらも、魔女を助けにいきましょうか」
そんな素直ではない生贄娘の言い草に対し、全幅の信頼を寄せる竜の子は今度は怒ることなく、しっかりと彼女の手を握り力強く頷いた。
「うん! 行こう!」
巨悪から魔女を救うべく、竜の子の旅は続く。
【竜の子と生贄娘の葛藤】
FIN
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