ぶりぶりざえもん「……少し席を外すぞ」 (9)

クレヨンしんちゃんの映画に、『ヘンダーランドの大冒険』という名作があって、その中に登場するトッペマ・マペットという人形の女の子が歌う曲を、私はとても気に入っていた。

周囲を建物で囲われ、街の喧騒に取り残されて迷子のような気持ちになった時、ふと思い出したその曲を口ずさんでいると。

「やあ! ぼくは、ス・ノーマン・パー! 良い子の味方さ! こんなところで何してるんだい?」

忽然と雪だるまの怪人である、ス・ノーマン・パーが眼前に現れて、人の良さそうな雰囲気を纏って気さくに話しかけてきた。

まさかトッペマの曲を口ずさんでいたとは言えず、私は咄嗟に大人ぶってこう返した。

「ノスタルジーに浸っていたの」
「なるほど、さすが兄貴だ! 惚れちゃうぜ!」

冷んやりとした冷気を身に纏い、ちっとも熱がこもっていない軽薄な口調で惚れたと言われても、何ひとつとして胸には響かなかった。

「兄貴じゃないし」
「なら、姉貴と呼ばせて貰ってもいいかい?」
「好きにすれば」

ス・ノーマン・パーは悪い怪人だ。
かつてオカマ魔女によってその姿と性格を変えられた気の毒な過去があったとしても、雪だるまとなった今の彼は冷たくて冷酷な男だった。

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「そう言えば、姉貴」
「なに?」
「変なトランプを知らないかい?」

ほら、やっぱり聞いてきた。予想通りだ。
善人ぶっていても、その下には裏がある。
下心を出した雪だるまを、私は拒絶した。

「知らない」
「へぇ……そうかい」
「どっか行って」
「姉貴」

怯える私を見下しながら、雪だるまが尋ねる。

「今日、姉貴の家に行ってもいいかい?」
「……だめ」

即座に却下して、足早に立ち去ろうとすると。

「姉貴」

背に冷え切った声をかけられて、立ち止まる。

「実はオイラ、トイレがしたいんだ」
「勝手にすれば」
「公衆トイレまで案内してくれねぇか?」

どうして私がと、そうは思いつつも。
私の足は最寄りの公衆トイレへと向かう。
雪だるまの悪人は、その後ろをついてきた。

「いや~助かったぜ、姉貴!」

用を済ませた彼は、白々しく感謝をしてきた。

「済んだなら、もう帰って」
「まあまあ、そう焦らずに」
「別に、焦ってなんか……」

なんとかして一刻も早く雪だるまから逃れたい私に対して、彼はまるで見透かしたように。

「姉貴もトイレがしたいんだろ?」
「……したくない」
「我慢は身体に毒だぜ? 荷物はオイラが預かっておくから、早いとこ済ませちまいな」

こちらを気遣うそぶりをしつつ、荷物に仕舞ってあるスゲーナ・スゴイデスのトランプを奪おうとするス・ノーマン・パーに戦慄し、改めて、油断出来ない相手だと思った。

「トランプは渡さない」
「悪いことは言わねぇから、さっさとよこせ」
「いやだ」

断固として譲らない意思を示すと彼は深々と嘆息して冷えた冷気を吐き出し、本性を見せた。

「てめぇのそのジャガイモ頭カチ割って脳みそストローでちゅーちゅー吸うぞガキィっ!?」

豹変した彼がこうして恫喝してくるであろうことは読んでいた。それでも怖くて、恐ろしい。
思わずおしっこが漏れそうになったが、ぐっと堪えて、私は荷物からスゲーナ・スゴイデスのトランプを取り出し、目の前に掲げた。

「……使い方はわかってんのか?」
「スゲーナ・スゴイデス!」

私は間違わない。正確な発音で呪文を唱えた。

「アクション仮面、参上!」
「カンタムロボ、参上!」
「ぶりぶりざえもん……参上」

願いを叶えるトランプの力で助っ人が現れた。

「おいおい。そんな子供騙しのヒーローで、このス・ノーマン・パー様が倒せると思ってるのか? わからないようなら、胸を貸してやる」

来な、と。雪だるまに挑発され、侮られた子供向けのヒーロー達は全力で攻撃を開始した。

「アクション・ビーム!」
「カンタム・パーンチ!」

目がくらむような閃光が迸り、ロケットパンチの轟音が響き渡る。会心の一撃が決まった。
しかし、爆煙が晴れると、ス・ノーマン・パーは何事もなかったように無傷で佇んでおり。

「やれやれ……私の出番のようだな」

見かねたぶりぶりざえもんが満を持して雪だるまに対峙して、そしてクルリと向きを変えた。

「さあ! どこからでもかかってこい!」

ぶりぶりざえもんは流れるように寝返った。
常に長いものに巻かれ、強者に媚びを売るのが彼の流儀であり、そして邪魔だと言わんばかりに雪だるまに後頭部をしたたかに蹴られ、またこちらへと戻ってきたのでボコボコにした。

「作戦タイム!」
「認める」

ぶりぶりざえもんをボコった後、作戦タイムを申し出ると、雪だるまは認めてくれた。

「やっぱりアレしかないと思う」
「そうだな」
「アレしかないな」
「私は初めからアレしかないと思っていた」
「黙れ豚」
「偉そうに」
「ヌケヌケと」
「……少し言い過ぎじゃないか……?」

豚を皆で罵倒して、私は作戦開始を宣言した。

「皆であいつにおしっこをかけよう!」
「待て」

しかし雪だるまはその作戦を先読みしていた。

「今更、命ごいなんて……」
「いいから聞け。今、オレの身体はマイナス100℃の超低温が維持されている。お前らの放尿器官はせいぜい30数℃……その状態でこのオレにおしっこをかけたらどうなる?」

ゴクリと私達は喉を鳴らして、想像した。
尿からマイナス100℃の冷気が伝わり、我々の放尿器官が凍りつき、砕け散るその様を。

「に、二度目の作戦タイム!」
「認める」

ぶるった私達は、即座に作戦決行を断念した。

「どうしよう」
「どうする」
「どうしたら」
「……少し席を外すぞ」

アクション仮面とカンタムロボと相談するも活路を見出せず、思い沈黙がその場を支配した。
そんな中、これまで一切役に立っていないぶりぶりざえもんが立ち上がり、歩き出した。

「おい、お前。どこに行くつもりだ?」
「ちょっとお腹が痛くてトイレに……」
「こんな時に糞とか何考えてんだこの豚」

アクション仮面が尋ねると、腹が痛いと抜かしたぶりぶりざえもんに、カンタムロボが憤慨し、そして私は名案ならぬ妙案を閃いた。

「あいつに糞をぶっかけよう」

そう発言すると、これまで冷静さを保っていたクールな雪だるまが俄かに慌てふためいた。

「ま、待て! さっきの話を聞いてなかったのか? マイナス100℃のオレの身体に糞をぶっかければお前らの肛門も無事では済まないぞ!」

再び脅しをかけてくるス・ノーマン・パーに、私は不敵な笑みを浮かべてこう言い返した。

「尿と糞では熱伝導が違う」
「んなっ!?」

液体の尿だと確かに冷気は速やかに伝わるかも知れないが、粘性の高い半個体である糞は冷気の伝わり方は遅くなる。故に糞をぶっかける。

「アクション・ローキック!」
「ぬあっ!?」

狼狽した雪だるまの隙を突いたアクション仮面のローキックが炸裂。奴は盛大に転んだ。
雪だるまの性質上、身体が丸いス・ノーマン・パーはなかなか起き上がることが出来ない。

今が好機。最大の脱糞チャンスが到来した。

「では、お先に失礼する」
「あっ!」

ぶりぶりっ!

ぶりぶりざえもんが真っ先に脱糞して。

「アクション・ウーンチ!」
「ああっ!?」

ぶりゅりゅりゅっ!

眩い閃光を迸らせアクション仮面が脱糞し。

「カンタム・ウーンチ!」
「あああっ!?」

ぶりゅりゅりゅりゅりゅっ!!

カンタムロボが爆発的な脱糞をぶちまけ。

「トッ便マ・マ便ット!!」
「あ、ああ、あああ、あああああっ!?!!」

ぶりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅぅ~っ!

そして私が魔法のうんちを大量にぶっかけた。

「あ、熱い! 身体が燃えるように熱いっ!?」
「フハッ!」

効いてる効いてる。私達の熱が届いている。
しかもそれは便の熱である。胸が熱くなる。
あのいつも飄々としたクールなス・ノーマン・パーが、私の糞に塗れて、便に喘いでいる。
その事実に愉悦を抱き私は高らかに哄笑した。

「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

どうだ。みたか。この糞の力。素晴らしい。
まさに『スゲー糞ダ・スゴイ糞デス』である。
今ならば、オカマ魔女にも負ける気はしない。
この排便の爽快感はマカオとジョマの支配から逃れる光明になると確信した。私は自由だ。

「ちっ! お、覚えてろよぉ!?」
「あっ!」

しまった。油断した。愉悦に浸りすぎた。
お尻の穴と共に気が緩み、ス・ノーマン・パーの逃走を許してしまった。なんたる失態。

「くっ……逃げ足の速い奴め」
「また催したら呼んでくれ!」
「脱糞料10億万円。ローン可」

同時に魔法で呼び出した助っ人達も時間切れで消えて、トイレに独り取り残された私は漂う便の残り香に、ノスタルジーと寂寥感を感じた。

溢れそうになった涙を堪えて、呪文を唱える。

「……トッペマ・マペット」

私はトッペマ。何の役にも立たない人形。
それでも、あなたのしもべにはならない。
いつかきっと人の良い顔をしてクールで常識人ぶっているあなたを糞の熱で溶かしてみせる。


【便ダーランドの大便冒険】


FIN

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