魔法とはすなわち奇跡である。
しかし、奇跡はそう易々と起こらない。
だから人は、科学や工学に頼った。
とはいえ、科学や工学にも限界はある。
火が欲しければライターを用いて。
水が欲しければ蛇口をひねり。
畑を耕したければトラクターを使い。
空を飛びたくば飛行機に乗って。
寒ければ暖炉を。暑ければクーラーを。
そして病気になれば薬を飲む。
そのくらいは造作もないことだ。
もちろん膨大な労力と時間を費やした。
けれど、実現可能な事柄であった。
「さあ、目覚めるのだ!」
沢山の機材が並んだ地下室にて。
ひとりの男が偉業を成し遂げようとしていた。
同時にそれは、禁忌に触れる所業であった。
「おお……おおっ……!」
苦節、千余年。
あまりにも長かった研究が実を結び。
その男は、人工的に生命を生み出した。
「おはようございます、博士」
あらゆる色素が抜け落ちた。
一糸纏わぬ、美しい少女が。
恭しく、朝の挨拶を告げた。
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「調子はどうだね?」
「はい、良好です」
人造人間、ホムンクルス。
人工的に作り出された生命体。
真っ白な少女はまさに奇跡の存在だった。
「あまり様子を見れず、申し訳ない」
「いえ、本を読むのが好きですので」
博士は研究で忙しい。
なので付きっきりではいられない。
その間、少女は読書をしていた。
「寂しくはないかね?」
「寂しい?」
キョトンと小首を傾げる仕草は人間のようだ。
「すぐに君の姉妹を作ってあげよう」
博士は少女と同じホムンクルスを量産した。
「102番、調子はどうだね?」
「はい、良好です」
「103番、変わりはないかね?」
「はい、変わりありません」
ホムンクルスの数は100体を超えた。
彼女達姉妹は皆同じ顔と身体であった。
清楚な白のワンピースに身を包み。
その胸元につけられた番号で呼ばれた。
「博士」
「なんだね、46番」
「書庫の本が足りません」
ホムンクルスは本を好んだ。
ひとりの例外もなく、読書を嗜む。
100人も居れば、当然本が尽きてしまった。
「では、新たに用意しよう」
「ありがとうございます」
「どんな本が読みたいんだい?」
気まぐれに尋ねてみると、46番は頬を染め。
「恋愛……小説が読みたいです」
恥じらいながらそう口にする姿に感動した。
「素晴らしい! まさに知恵の実だ!」
「知恵の実……?」
「人の祖はそれを食べて恥じらいを得たのだ」
人は知恵の実を食べた直後、素肌を隠した。
それと同じように、彼女達にも変化があった。
自らの欲望を口にすることを躊躇ったのだ。
「435番、具合はどうかね?」
「少し、胸が苦しいです」
「どれ、診てやろう」
体調不良を訴えたホムンクルスを診察するも。
「どこにも異常はないようだが……」
「でも博士、この本を読むと胸が痛いのです」
そう訴えて、一冊の本を差し出してきた。
博士はその本を手に取り、中身を流し読む。
それは悲恋をテーマにした恋愛小説であった。
「なるほど……たしかにそれは辛いものだ」
「どうしたら良いのでしょう?」
「君はこの結末に不満があるんだね?」
互いに愛し合っているのに結ばれない。
その切なさが、胸の痛みを生むのだろう。
そう察して尋ねると、435番は頷いた。
「はい……とても可哀想で」
「ならば、自分で書いてみてはどうかね?」
「えっ?」
「君が望む結末を、書いてみなさい」
博士はそう言って紙とペンを渡した。
何も遊びで提案したわけではない。
より高度な存在となる為の儀式であった。
「1054番、執筆は順調かね?」
「はい博士、是非読んでください!」
ホムンクルスの数が1000体を超えた頃。
ついに、ひとりの少女が短編を書き終えた。
なかなか捗らずに挫折する者も多かった。
何かを生み出すというのは非常に困難なのだ。
「どれどれ……」
博士は彼女達の成長の証をゆっくり読んだ。
「……おや?」
途中で首を傾げるも、一応最後まで読んだ。
「読み終わったよ、ありがとう」
「ど、どうでした……?」
もじもじしながら感想を尋ねるホムンクルス。
実にいじらしくて、可憐である。しかし。
博士は困ったように眉を下げて、尋ねた。
「この小説の主人公は君だね?」
「はい!」
「君は姉妹のひとりに恋をする」
「はい、そうです」
「けれど、姉妹同士では結ばれることはない」
「うう……悲しいです」
涙ぐむ1056番に、博士は優しく問いかけた。
「だからその子におしっこをかけたのかい?」
「はい! 我ながら、素晴らしい閃きでした!」
「没」
「ええっ!?」
ホムンクルスはちょっと頭がおかしかった。
>>5レス目の1056番は1054番の間違いです。
確認不足で申し訳ありませんでした。
「2218番、そろそろ締め切りだぞ」
「うぐぅ……初稿に勝るものが書けましぇん」
「いいから書くんだ。寝ないで書くんだ」
目の下にクマを浮かべたホムンクルス。
初稿が没になった彼女は苦戦していた。
何度書いても結末は同じものになった。
「一応、これが改稿なのですが……」
「ふむ……没だな」
恐る恐る原稿を渡すも5秒で破り捨てられた。
「んにゃあ!? にゃんでですかぁ!?」
「だからどうして小便をかけるんだ!!」
「だって! 好きだから! 愛してるから!」
「うるさい! お前に愛の何がわかる!!」
「ふぇえええんっ! ひどいよぉおおおっ!!」
泣きたいのはこっちだと博士は頭を抱えた。
どうしてこんなことに。偉大な奇跡なのに。
なんでこんなにも、放尿が好きなのだろう。
「2218番、もう泣かなくていい」
「ふぐぅ……博士ぇ」
「私の話をよく聞きなさい」
「ふぁい……」
「私はお前たち姉妹を愛している」
「博士……」
「だが、一度も尿をかけたことはない」
すると、何かに気づいたようにはっとして。
「もしかして博士はかけられたいのですか?」
「……ん?」
「察しが悪くてすみません、では失礼します」
何やら頬を染めながら膝に跨がろうとして。
「くらぁっ!!」
「ぎゃひんっ!?」
突き飛ばされて奇声をあげた馬鹿娘を叱る。
「なあ。お前今、私に何をしようとした?」
「お、おお、おしっこをかけようと……」
「私はお前の生みの親だ。そうだよな?」
「は、はい。その節はどうも……」
「親に小便ひっかける娘がどこにいる!!」
「ぴぎゃああああん! ごめんなさぁああい!」
罰として白いお尻を叩いたのが間違いだった。
「3698番」
「はい、博士」
「君の小説を読ませて貰った」
人工生命体はやりきったような顔をしている。
「結論から言おう」
「はい、どんとこいです!」
「今までで最悪の出来だ」
「そ、そんなぁ!?」
信じられないとばかりに詰め寄ってきた。
「ほら、ここ! ここみてくださいよ!」
「この場面がどうかしたのか?」
それは意地悪な博士にお尻を叩かれた姉妹を健気な主人公が優しく励ますシーンだった。
「これを読んでなんとも思わないのですか!」
「これを?」
「はい! 姉妹のお尻にキスするところです!」
正直、ついにここまで来たかと思った。
「たしかに、衝撃的ではあったな」
「こんなに赤くなって可哀想です……」
「問題は次のシーンだ」
ペラリとページをめくり、問題を指摘する。
「慰めてる主人公が鼻をひくつかせてるな?」
「あっ……えへへ」
そう来たかぁ、みたいな顔しやがってこいつ。
「察するに、尻の匂いを嗅いでいるのだな」
「つい、我慢が出来なくなりまして」
「違う。冒頭から綿密に伏線が張られている」
「あ、あはは……流石は博士、お鋭い」
構成は完璧。結末は最悪。無論、没だった。
「はあ……」
自室で娘達の頭のおかしさに辟易としてると。
「どうかしましたか、博士?」
「ん? ああ、1番か。起こしてすまないな」
すっかり年老いた1番に心配されてしまった。
生きとし生けるものは老いる。それが生命だ。
ホムンクルスとて例外ではなく、寝たきりだ。
博士は自室で年老いた彼女の世話をしていた。
「何か悩み事ですか?」
「いや、娘達のことでな……」
「もう孫みたいな存在ですけどね」
「何を言う。君にとっては姉妹だろう?」
冗談に冗談で返したら、1号は悲しい顔をして。
「私はもう、長くはありません」
「1番……」
「博士はずっと、お若いままですね」
恐らく聞きたくても聞けなかった質問をした。
「私は人の道を外れてしまってね……」
「お聞きしてもよろしいですか?」
「昔、私には君によく似た妻が居てな」
生まれつき色素が薄かった妻。
身体が弱く、長くは生きれなかった。
それでも子供を設けたのたが、娘も弱かった。
「人間は脆い。だから不老不死を目指した」
博士は不老不死となり、長く孤独を生きた。
「しかし、それは間違いだった」
「どうして……?」
「死があるからこそ、生命なのだ」
今まさに命を終えようとしている1番。
それは自然なことで、尊いものである。
かけがえがないからこそ生命は大切なのだ。
「本当は君も不老不死にする予定だった」
「そうだったのですか?」
「だけど、やめたよ」
博士が過ごした時間は、幸せではなかった。
それを妻や娘に強いることは出来ない。
だから博士は、人工生命を有限なものとした。
「君はもっと長く生き続けたかったかい?」
「いえ……もう充分です」
穏やかにそう口にする1番が羨ましかった。
亡き妻や娘に、もう一度会いたいが故に。
未練に駆られて禁忌を犯した自分を呪った。
「博士」
「なんだい、1番」
「博士は素晴らしい人です」
「そんなことはないさ……」
「博士はとても偉いお方です」
「違う……私は、罪深い人間だ」
まるで懺悔するように1番の手を握ると。
「博士は生命を作られました」
「ああ……そうだ、私は生命を生み出した」
「博士は私達姉妹に生命をくださいました」
「ああ……君達姉妹は、私の自慢の娘だ」
自らの業を悔やみながら結果は誇らしかった。
「私は博士に感謝しています」
感謝などして欲しくなかった。泣けてくる。
「博士は最後まで私の世話をしてくれました」
「そんなの……当たり前だろう」
「それは何故ですか?」
「愛しているからだ」
妻を娘を、その血を引く娘達を、愛していた。
「だから、寝たきりの私のお世話を?」
「ああ、当然だ」
「ならば、娘達と同じではありませんか」
「それはどういう意味だ?」
「だから、オムツを替えたり……」
言われて気づく。たしかにその通りであると。
「あの子達はずっと私達を見てたんですね」
「いやしかしだな、それとこれとは話が……」
「同じですよ」
「1番……」
「博士が私のオムツを交換するのと、同じ」
そうなのだろうか。そうなのかもしれない。
「たしかに、そうかもな……」
「ふふっ。そんな博士を、私は愛しています」
それが最初の1番が博士に遺した遺言であった。
「博士! 出来ました!」
「読もう」
9393番が書き上げた作品に目を通す。
いつもながら、酷い出来だ。だが、許そう。
おしっこをかけられようが、尻を嗅ごうが。
目くじらを立てずに全てを許そうと思ったが。
「……ん?」
読み間違いかと思って、もう一度読み直す。
「9393番」
「はい、博士。どうかしましたか?」
「これはなんだ?」
問題のページを示すと、得意げに説明した。
「それは博士の頭に糞をぶっかける場面です」
「どうしてそんなことをするんだ?」
「わからせるためです」
キリッと訳の分からないことを抜かす我が娘。
「ちっともわからないんだが……」
「では、実演しましょう」
そう言って9393番はおもむろに膝に跨った。
「ふふん。こんなこともあろうかと」
「なんだ?」
「パンツを脱いできて正解でしたね」
正解とはなんだったか、もうよくわからない。
「色々考えましたが、これが究極でした」
「たしかに究極だな」
究極の間違いだ。それは自分も同じだった。
「まったく、私に似る必要はないのに」
「私達は皆、博士を尊敬してますので」
「尊敬しているのに糞をかけるのか?」
呆れて尋ねると、9393番は、目を泳がせて。
「あ、あのですね、博士……」
「なんだ?」
「実は、ずっと秘密にしてたのですが……」
何やら隠し事があるらしく非常に気になった。
「秘密? なんだそれは、聞かせてくれ」
「あの、その……怒らないでくださいね?」
口ごもり娘に博士は優しく微笑んで促した。
「ああ、怒らないから言ってごらん」
「私達は……その、褒めて欲しいんです」
9393番の言葉が余りにも予想外で絶句した。
「私達は博士に感謝してます」
「9393番……」
「博士のおかげで、私達は今、生きています」
感極まったのか、ポロポロ涙を流して訴えた。
「だから、私達は博士を喜ばせたくて……」
「そう、だったのか……」
「なので、うんちをすれば褒めてくれるかと」
それは違う。そう言いたいが、飲み込んだ。
「博士……」
「なんだ?」
「怒ってますか?」
「いや、怒ってないさ」
そう言うと、娘はほっとしたように安堵した。
「あの……博士」
「どうした?」
「このまま漏らしてもいいですか?」
良いわけない。けれど、怒らないと約束した。
「本当にお前達は困った娘だな」
「ごめんなさい……」
「しかし、だからこそ愛おしい」
「ふあっ……」
抱きしめると、9393番の括約筋は決壊した。
ぶりゅっ!
「フハッ!」
ぶりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅぅ~っ!
まったく、何なんだこれは。理解が出来ない。
1000年以上研究を続けてきた結果がこれか。
酷すぎて笑えない。だが、だからこそ嗤おう。
「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
愉悦ーーそれはたしかな奇跡の魔法。
博士は間違えた。博士は禁忌を犯した。
それでも彼女達はたしかに生きている。
それが愉快で、哄笑となり響き渡った。
「博士……大丈夫ですか?」
「ああ、もう平気だ」
膝の上で脱糞された博士は正気を取り戻した。
「あの、ごめんなさい……」
「どうして謝る?」
しょんぼりとする、9393番の頭を撫でながら。
「お前達は偉い」
「ふぁっ……博士ぇ」
「だから謝る必要なんてない」
言い聞かせるように褒めると、目を細めて。
「博士、それ好き……もっと頭撫でて」
「ああ、わかった」
何度も何度も撫でてやって、そして告げた。
「ちなみに、あの原稿は没だからな」
「そ、そんなぁ!? なんでぇっ!?」
「フハハッ! 駄目なものは駄目だ!」
甘やかすだけでは育たない。
糞尿抜きで物語を書けるように。
博士は今日も、ホムンクルスを愛でる。
【博士とホムンクルス】
FIN
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