アトリエSSです
百合注意です
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ぶどう酒で口の中を洗い流し、ナプキンで口を拭う。心地良い満腹感と酔いに包まれて、椅子の背に軽く体重を預けた。
「美味しかったぁ、ごちそうさま。ありがとうね、ミミちゃん」
「お粗末さま。口に合ったみたいで良かったわ」
わたしの23歳の誕生日。お祝いがしたいというミミちゃんに招かれて、わたしは彼女の借りている部屋で夕食をご馳走になっていた。ミミちゃんは少し良いぶどう酒を開け、普段あまり目にしないような洒落た料理を振舞ってくれて、わたしは凝った見た目に違わぬ美味に驚いたままあっという間に完食してしまった。
「悪いなぁ、こんなにしてもらって。大変だったでしょ?」
「見た目ほど手間でも無かったわよ。お店で食べてもよかったんだけど、今日はちょっと。ほら、自分で作ってあげたくて」
「ありがたいけど…今日は、なんで?23歳って中途半端だし。ミミちゃん、毎年お祝いしてくれるけど、今年は気合い入ってるというか」
「まあ…気分よ、気分。そんな深い理由は無いわよ」
ミミちゃんは目を泳がせながら曖昧な返事をする。毎年、ミミちゃんとお姉ちゃんはわたしの誕生日には必ずプレゼントを贈ってくれるけれど。先週わたしを誘う時から違和感があった。二人きりで過ごしたい旨を強調して、ミミちゃんらしくもない。この一週間わたしの前ではいつも緊張していたし、視線を長く合わせてくれない。今だってなんとなくぎこちない。
「ミミちゃんって結構律儀だよね」
まあいいや、ミミちゃんのやりたいようにやらせてあげよう。なんでもない振りを装って、会話を続けることにした。
「そ、そうかしら」
「そうだよ。子供の頃ならともかく、この歳になると誕生日を祝うこともなくなってくるでしょ?」
「…もしかして、余計だった?」
「まさか。嬉しいよ、すっごく。大切にされてるなぁ、って感じる」
酔いにまかせて甘えた声で気持ちを吐き出すと、自然と頬が緩んでしまう。ミミちゃんは少し頬を染めて視線を逸らした。そうしてぶどう酒の注がれたグラスにゆっくり手を伸ばそうとして、途中で手を下ろす。そういえば、今日はあんまり飲んでないみたい。逸らしていた視線がわたしの方へと戻る。
「あ、あんたは、特別だから」
「…え?」
「トトリだから祝いたいの。他の人を祝わないわけじゃないけど、あんたへのそれとは意味が違う、と思う」
「ちょ、ちょっと、ミミちゃん?」
「私はトトリとの時間を大切に思ってる。だから、なんというか、あんたにも私との時間を無為に感じさせたくないの。トトリにも、私との時間を特別に思って欲しくて」
「待ってよ、待ってってば」
なんか、変だ。一言言う度に赤くなって、恥ずかしいなら妙なこと言わなければいいのに。からかおうと思っていたのに、思わぬ反撃を受けてこっちまで恥ずかしくなってしまった。嘘やお世辞じゃないって分かってしまうのが、余計に。ミミちゃんの言葉で顔が熱くなるのが癪だった。
「もう…なんなの、今日は?変だよ」
「…私達の仲も長いでしょう」
また急な話だ。勢いで言いたかった話をしてしまうつもりだろうか。ミミちゃんは一拍間を置いて深く呼吸をすると、話を続けた。
「私達が会ったのが、あんたが13歳の時じゃない。正確にはまだ先だけど、もうすぐ出会って10年も経つのよ」
「…10年。そっか、確かにそうだね。もうそんなになるんだ」
わたしがアーランドの冒険者ギルドでミミちゃんとクーデリアさんが言い争うのを見てから10年か。そう言われると、なるほど感慨深いものが沸いてくる。様子がおかしかったのは、10年という一つの区切りで張り切っていたということだろうか。
「あ……あのね。今日は言ってしまうけれど、あんたには本当に感謝してるの。トトリと出会ってなかったら、きっと私、すごく嫌な女になって…自分のこと、嫌いになっていたと思う」
そんなふうに素直に感謝されると、少しくすぐったい。わたしがいなかったとしても、ミミちゃんが自身を誇れないような道に進むなんて到底思えなかったから。わたしが彼女にどれだけのことをしただろうか。
「ミミちゃんは多分、わたしと出会わなくてもかっこいい人になっていたと思うよ」
「そりゃあ…ええ、否定はしないわ」
しないんだ。でも、そういうとこ好きだよ。
「それでも、今の私はあんたと出会った私で。私はきっと、どんな私よりもこの私が好きなの」
「……そ、そう」
いつもと逆だな、と思った。ミミちゃんにあんまり真っ直ぐ言われたから、何も返せない。わたしだって、ミミちゃんと出会うことができるような、そんな人生に産まれて良かったって思ってるのに、言い返せない。二人とも真っ赤になって見つめあって、何してるんだろう。嫌な気分じゃないけどさ。
「だ…だからこそ、なあなあじゃ駄目だと思って。10年も経つのに今更かもしれないけれど、つまり…10年も経つんだ、と思ってしまったから。これからずっと、何も変わらず年ばっかり重ねていくと思うと、恐ろしいの」
相変わらずいまいち話が読めない。躊躇や不安が彼女の話を迂遠にしているように感じた。ミミちゃんは決意を込めた表情で懐から何か取り出すと、わたしの前に置いた。
「…これ、渡しとく」
それは控え目にリボンを結ばれた、飾り気の無いデザインの鍵だった。
「えっと…鍵?どこの?」
「……この部屋」
―――ミミちゃんの部屋の鍵を?わたしに?
言葉と行為が繋がって意味を成すまで、数秒。それを理解した途端に、頭の中が真っ白になった。驚きのあまり、思考が進んでいかない。ぱちくりと瞬きをするわたしを、ミミちゃんは不安そうに見ている。
「なんとか言ってよ…」
「それって、その、そういうことだよね」
「…トトリが良ければだけど…私と、一緒の部屋に住んで欲しい。これはこの部屋の鍵だけど、アールズのことが片付いても、なんというか、あんたの一番近くにいたいの」
潤んで揺れる紫の瞳を見ていると、散らばっていたわたしの思考は少しずつつながりを取り戻していく。それなのに、感情が整理されない。ミミちゃんと一緒の家に暮らす、その意味を咀嚼しなければならなかった。
日常という自身の存在に深く関わる場所に、自分の意志で他者の存在を受け入れる。トトゥーリア・ヘルモルトとミミ・ウリエ・フォン・シュヴァルツラングの人生が、より密接に繋がる。ミミちゃんの瞳に籠った熱から、仲のいい友人同士で一緒に住むだけ、という話ではないことが伝わってくる。この鍵には、「親友」を超えるための意味が込められていた。
ミミちゃんはわたしの言葉をじっと待っている。張り詰めた空気に、一度唾を飲み込む。迂闊なことを言ってはいけない、慎重に言葉を選ばなければならない。そんなふうに思って、すぐにその考えを捨てた。
「わたし」
開いた口から出た声はかすれていたけれど、別にこれでいい。用意されてない声を、感情をそのまま伝えれば、誠意を示すことが出来る気がした。小賢しい思考は今必要ない。言いたいことを言おう。
「わたしにとってのミミちゃんは親友で、相棒で、それで……」
恋人とか夫婦とか、わからないけどさ。関係にどれだけ名前を与えても無粋に感じてしまうくらい、特別になってしまっている。ミミちゃん。かけがえのない人。
彼女はわたしの言葉を聞いていた。テーブルに置かれた鍵に触れると、その冷たさで、自分の体が熱くなっているのが分かった。
「わたしも、ミミちゃんが大切で…ミミちゃんともっと近くになれるなら、そうしたい」
鍵を手に取って、胸の中に抱きしめる。心音は浮かれたように弾んでいた。思っていた通り、話すままにしていると感情が整理されて、暖かな響きだけが体に広がってくる。ミミちゃんに求められて、わたしの身体が生み出した温度だ。穏やかで心地いい温度が答えだった。
「この鍵、大事にするね」
ミミちゃんとわたしが住む家を想像した。錬金釜が置けて、たくさんお客さんを呼べるくらいの広めの家。部屋は広いのに、わたし達は二人がけのソファーにひっついて座って、幸せそうに笑っている。何年、何十年経っても、ミミちゃんの隣にいるわたしは笑っているだろう、そんな確信があった。
ミミちゃんはわたしの手を取って、両手で強く、強く握りしめた。強い光を帯びた眼でわたしを見つめる。
「幸せにするから」
「あはは、おおげさ」
ありふれた清らかな決意を、大真面目に誓うミミちゃんがおかしかった。とっくに幸せ過ぎて、信じられないくらいなのに。わたし達の関係が、ひとつの取り返しのつかない段階を超えた実感がある。その一歩をミミちゃんから踏み出してくれたのが、嬉しくてたまらなかった。
「プロポーズみたい」
「…そ、そう取ってくれても、いいわ」
かっこつけようとしたくせに、途中で照れて語尾が小さくなってしまっている。
かわいい。
そう思った途端、胸の奥のほうから感じたことの無い種類の嗜虐心が沸いてきた。それは驚くほど強い感情で、ミミちゃんと出会った時に産まれて、今までずっと眠りながら育っていた、わたしの中の根源的な欲求のようなものだった。
この子が欲しい。
「今日、泊まるね」
わたしがそう告げると、ミミちゃんは息を呑んで固まってしまう。何秒も待った後、かくかくとぎこちなく頷く彼女に、穏やかに笑いかけた。
関係を踏み越えようとしたのはミミちゃんの方なんだから、何されたって文句言えないよね。10年もの間、何もされなかったという事実に今更になって腹が立ってきた。わたしがどれだけミミちゃんのことを想っていたか。あなたがわたしの人生の中で、どれだけ大きな存在になってしまったのか。身をもって伝えなければいけない。だから、覚悟してね。
わたしのミミちゃん。
おしまい
トトリエ発売が2010年なのでそのへん意識しました
トトリちゃん誕生日おめでとう
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