ありがとうございました、そう言って控え室に戻る。
オーディションの控え室には色々な子が居る。 一人でずっとスマホをいじっている子、知り合いのアイドルの子とお喋りをしている子、台本をチェックしている子。
私は…… 一人で今日の反省会、あそこがダメだった。 あそこはもっと出来た。 って
でも、今日はよく出来た方だと思う。 ダンスの苦手な部分はノーミスだったし、歌は自分でも自信を持てるような出来映えだった。
きっと大丈夫、練習は嘘を付かない。 私が今までやってきたことは絶対無駄なんかじゃない。
絶対、絶対…… 絶対大丈夫……
でも…… もしダメだったら……
ううん、そんなことない。 大丈夫、私は私を信じてあげなくちゃ。
先週より高音も安定するようになった。 激しく動いても声がブレなくなった。 体重だって少し減った。 大丈夫、私は前より絶対良くなってる。 前がダメだったけど今度はきっと上手くいく。
もう終わった後トイレに駆け込んだりしない。 誰も部屋から居なくなるまで机に突っ伏したりしない。 美也ちゃんに沢山迷惑かけたりしない。
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立てられなかったかと思ったら二個立っちゃってますね、一個削除依頼出してきます。
落ち着けば落ち着くほど、嫌なことばかり思い出される。 脳内は過去の思い出で埋め尽くされて、今日の反省会は全く進まない。
ああこれならスマホでつまらないゲームをしてくだらない時間を過ごした方がまだマシだったかも。
そう思い立ってバッグからスマホを取り出…… そうとして落としちゃった。 床に当たったのはケースの方だから画面は傷ついてないけど、気を付けなくちゃね。
床に落ちたスマホを拾って、何故かまた落としちゃった。 ふふ、床に落としたスマホを拾えないなんて、私そんなに目が悪かったかな? 眼鏡もっと度の強いのに変えなきゃダメかな?
違う、拾えないのはよく見えてないからなんかじゃない。 手が震えて上手く掴めないから。 何度手にしたって、私の手から滑り落ちてしまう。 何回も手を伸ばしてそうしてやっと手に取れた。
今度は落ちないように、両手で掴んでしっかり胸に抱き締める。 もう、私の元から居なくならないで……
扉が開いて、スタッフさんが入ってくる。 私は反射的に立ち上がって結果発表を待つ。
スタッフさんが記録した紙を広げるのにまごついてる。 何で、何でそんなに焦らすの……
大丈夫、きっと大丈夫だから、そんなに焦る必要ないでしょ? 落ち着いて、ゆっくり。
「今回のオーディションの合格者は……」
スタッフさんがとてもゆっくり喋ってるように聞こえる。 早くして。
あぁもう何で? 何でそんなに時間をかけるの? 今すぐ結果を教えて、それで安心させて?
絶対大丈夫なんだから、早く…… 早く楽にさせてよ……
「No34、765プロの……」
* * *
「おめでとう、翼ちゃん」
「ありがとうございます紗代子さん! やったー、またテレビに出られる~」
オーディションの結果、合格したのは同じ事務所の伊吹翼ちゃんだった。 翼ちゃんは歌もダンスも完璧で、何より華がある。 本物のアイドルって感じの子。
私と違ってオーディションにも合格して歌番組にも沢山出てるし、今度ドラマの仕事もするみたい。 デビューした時期は同じくらいなのに、随分差がついちゃったな。
翼ちゃんは元々可愛くってアイドルらしい子だったけど、きっと歌もダンスも沢山練習してここまで成長したんだよね、私と違って忙しいのに練習も欠かさないなんて凄いなぁ。
そんな完璧な翼ちゃんが同じオーディション受けてたんだもん、私なんかじゃ合格出来る訳ないよね。
「あ、プロデューサーさん来てくれてるみたいですよ! 一緒に報告しに行きましょー?」
「あ、ううん 私ちょっと喉乾いたからジュース買ってくるね。 翼ちゃんも何かいる?」
「買ってきてくれるんですか!? ならコーラお願いしまーす!」
ふふっ、ジュースひとつでこんな喜んでくれるなんて、翼ちゃんは可愛いな。 とっても目がキラキラしててまるでアイドルみたい、いや本当にアイドルなんだけど。
自販機で自分用の水と、翼ちゃんへのコーラを買う。 今考えてるもやもやしたことと一緒にペットボトルの水を飲み干す。
少し…… だけ落ち着いた。
プロデューサーと翼ちゃんの所へ戻りながら、プロデューサーへの今日の報告を考えていた。
『またダメでした』なんて言ったら呆れられちゃうかな…… 私、翼ちゃんと違ってプロデューサーの期待に全然応えられてないし……
でも…… プロデューサーは優しいから…… 何度ダメだって次があるよって励ましてくれるよね。
うん、プロデューサーは私が辛い時そうやってフォローしてくれる人だから、素直にダメだったって伝えて、それで翼ちゃんみたいに甘えたら……
ふふっ、少しだけ変な妄想をしちゃってつい口許が緩んじゃった。 ダメダメ、プロデューサーはそんな人じゃないんだから。
「翼ちゃん、飲み物買ってきたよ」
「プロデューサーさ~ん、わたしってスゴいと思いませんか?」
楽屋前に戻ってくると、プロデューサーはもう来ていて、翼ちゃんと話していた。
「ほら、わたし最近絶好調じゃないですか~? オーディションも受けたら絶対受かっちゃうし、劇場のセンターだって何回もやってるし、だから~ 少し誉めて欲しいかなー って…… ダメぇ?」
「えへへ、やったぁ……」
「わたし、これからもっともっとお仕事していっぱい活躍しますから、ずっとずっと見守っててくださいね!」
* * *
自室のベッドに伏せる。
あの後、プロデューサーと翼ちゃんは『お疲れさま会』ってご飯を食べに行った。 私も誘われたけど断った。
だってそうだよね、翼ちゃんはプロデューサーと一緒でとっても嬉しそうだったし、私が居ても邪魔だし……
翼ちゃんと話してる時のプロデューサー、楽しそうだったなぁ。 私と話してる時のプロデューサーはいつも無理して笑って、私が落ち込まないように気を使ってる風なのに。
でもそうだよね、翼ちゃんは私と違ってアイドルとして成功してるし、プロデューサーもダメな私より翼ちゃんと話してる方が楽しいよね。
それに…… 翼ちゃんは可愛いし、甘え上手で、プロデューサーとの距離も近くて……
プロデューサー、私より翼ちゃんの方が好きなのかな……
「なんで…… どうして……」
どうして私はオーディションに合格出来ないの? どうして歌が完璧に歌えないの? どうしてダンスを失敗するの? どうして可愛く振る舞えないの? どうして頑張っても結果に繋がらないの? どうして私はプロデューサーに誉めてもらえないの? どうして私は翼ちゃんに追い付けないの? どうして!? どうして!?
私に才能が無いのなんて知ってる。 私なんかがどんなに努力したってトップアイドルになれないことだってわかってる。 それでも…… その夢の片鱗だって見させてくれないの? 『努力すれば願いが叶う』なんてただの綺麗事だけど、それを信じる権利すら私にはないの!?
私はこんなに頑張ってるのに! 毎日練習してるのに…… どうして翼ちゃんに及ばないの? 翼ちゃんは元から私より出来るのに、その上でもっと上手くなるんだもん…… そんなの勝てないよ…… ズルいよ……
プロデューサーは私に『一緒にトップアイドルになろう』って言ってくれたよね? なのになんで私はまだトップアイドルになれないの? 何で私のことを見てくれないの? 私が出来ない子だから? 私が可愛くないから? 私が甘え下手だから?
あぁ…… 今日の反省点のまとめ、全然出来てないな…… 明日からはまた練習して今度こそオーディションに合格出来るように頑張らなくちゃ。
眠ったら少しは気持ちも落ち着くはず、明日からもう一度気持ちをリセットして頑張ろう。
眠れば大丈夫、元気になれる…… 眠ったら……
終わり
読んでくれた人、ありがとうございました。
特技にそういう意味が...
リアルだった、乙です
高山紗代子(17) Vo/Pr
https://i.imgur.com/G3Xvfmo.jpg
https://i.imgur.com/LoRteOS.jpg
>>5
伊吹翼(14) Vi/An
http://i.imgur.com/JUAw9ZX.jpg
http://i.imgur.com/M6j5De1.jpg
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